特29−2違反に対して、先願は未完成発明と主張しましたが、知財高裁(1部)はこれを退けて、拒絶審決を維持しました。
ア 原告は,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度に
まで具体的・客観的なものとして構成されていないいわゆる「未完成発明」は,特\n許法29条の2における「他の特許出願‥の発明」に当たらず,後願排除効を有さ
ないとし,甲1明細書に記載された発明は発明として未完成であると主張する。
イ そこで判断するに,特許法184条の13により読み替える同法29条の2
は,特許出願に係る発明が,当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録
出願であって,当該特許出願後に特許掲載公報,実用新案掲載公報の発行がされた
ものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書等」という。)に記
載された発明又は考案と同一であるときは,その発明について特許を受けることが
できないと規定する。
同条の趣旨は,先願明細書等に記載されている発明は,特許請求の範囲以外の記
載であっても,出願公開等により一般にその内容は公表されるので,たとえ先願が\n出願公開等をされる前に出願された後願であっても,その内容が先願と同一内容の
発明である以上,さらに出願公開等をしても,新しい技術をなんら公開するもので
はなく,このような発明に特許権を与えることは,新しい発明の公表の代償として\n発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でない,というものである。
このような趣旨からすれば,同条にいう先願明細書等に記載された「発明」とは,
先願明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握され
る発明をいい,記載されているに等しい事項とは,出願時における技術常識を参酌
することにより,記載されている事項から導き出せるものをいうものと解される。
したがって,特に先願明細書等に記載がなくても,先願発明を理解するに当たっ
て,当業者の有する技術常識を参酌して先願の発明を認定することができる一方,
抽象的であり,あるいは当業者の有する技術常識を参酌してもなお技術内容の開示
が不十分であるような発明は,ここでいう「発明」には該当せず,同条の定める後願\nを排除する効果を有しない。また,創作された技術内容がその技術分野における通
常の知識・経験を持つ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術
効果をあげることができる程度に構成されていないものは,「発明」としては未完成\nであり,特許法29条の2にいう「発明」に該当しないものというべきである。
ウ これを本件についてみると,・・・・
エ 以上によれば,ガラス合紙の,シリコーンのポリジメチルシロキサンであ
る有機ケイ素化合物の含有量を3ppm以下,好ましくは1ppm以下で,0.
05ppm以上とした先願発明は,ガラス合紙からガラス板に転写された有機ケ
イ素化合物に起因する配線の不良等を大幅に低減でき,特にポリジメチルシロキ
サンがガラス板に転写され,より配線や電極の不良等が発生し易くなることを抑
制できるものであって,先願発明の目的とする効果を奏するものであること,そ
のようなガラス合紙は,ポリジメチルシロキサンを含有する消泡剤を使用しない
で製造したパルプを原料として用い,ガラス合紙の製造工程において,パルプの
洗浄,紙のシャワー洗浄,水槽を用いる洗浄や,これらを2種以上行う方法によ
り製造できること,以上のことが理解できる。
そうすると,先願発明は,創作された技術内容がその技術分野における通常の知
識・経験を持つ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果を
あげることができる程度に構成されたものというべきである。\nよって,先願発明は,特許法29条の2にいう「発明」に該当し,未完成とは
いえないから,同条により,これと同一の後願を排除する効果を有する。
◆判決本文
債権の決済方法は発明ではないと認定されました。出願人は銀行です。問題のクレームは以下のようにシンプルです。別途分割出願もあります。
【請求項1】
電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むための第1の振込
信号を送信すること,
前記電子記録債権の割引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債
務者の口座から引き落とすための第1の引落信号を送信すること,
前記電子記録債権の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落
信号を送信することを含む,電子記録債権の決済方法。
本願発明の発明該当性について
前記(2)の観点から,本願発明の発明該当性について検討する。
ア(ア) 前記(1)イ(イ)のとおり,本願発明は,従来から利用されている電子
記録債権による取引決済における割引について,債権者をより手厚く保
護するため,割引料の負担を債務者に求めるよう改訂された下請法の運
用基準に適合し,かつ,債務者や債権者の事務負担や管理コストを増大
させることなく,債務者によって割引料の負担が可能な電子記録債権の決済方法を提供するという課題を解決するための構\成として,本願発明に係る構成を採用したものである。一方,本願発明の構\成のうち,「(所定の)金額を(電子記録債権の)債権者の口座に振り込むための振込信号を送信すること」,及び「(所定
の)金額を電子記録債権の債務者の口座から引き落とすための引落信号
を送信すること」は,電子記録債権による取引決済において,従前から
採用されていたものであり,また,「電子記録債権の額を(電子記録債権
の)債務者の口座から引き落とす」ことは,下請法の運用基準の改訂前
後で,取扱いに変更はないものである。
そうすると,本願発明は,「電子記録債権の額に応じた金額を債権者の
口座に振り込む」ことと,「前記電子記録債権の割引料に相当する割引料
相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から引き落とす」こととを,
前記課題を解決するための技術的手段の構成とするものであると理解できる。\n
(イ) また,本願明細書には,「本発明」の効果として,「電子記録債権の
割引が行われる場合,債務者や債権者の事務負担や管理コストを増大さ
せることなく,割引料を負担する主体を債務者とすることで,割引困難
な債権の発生を効果的に抑制することが可能となるという効果を奏する」ことが記載されている(前記(1)イ)。
一方,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には,電子記録債権の
決済方法として,「電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振
り込むための第1の振込信号を送信すること」,「前記電子記録債権の割
引料に相当する割引料相当料を前記電子記録債権の債務者の口座から
引き落とすための第1の引落信号を送信すること」,「前記電子記録債権
の額を前記債務者の口座から引き落とすための第2の引落信号を送信
すること」が記載されているに過ぎないため,かかる構成を採用することにより,「自然法則を利用した」如何なる技術的手段によって,債務者\nや債権者の事務負担や管理コストを増大させないという効果を奏する
のかは明確でなく,本願明細書にもこの点を説明する記載はない。
なお,本願明細書には,「本発明」の実施形態1及び2の決裁方法は,
割引料の負担主体が債権者と債務者のいずれの場合にも対応すること
ができるため,債権者と債務者は,従来利用してきた電子決済サービス
を引き続き利用することができ,支払業務等の負担の軽減と人的資源を
引き続き有効に活用することができる旨の記載があるが(前記(1)イ(カ)),これは,従来から利用されている電子記録債権による取引決済における割引を対象とする発明であることによって,当然に奏する効果であるものと理解できる。
また,本願明細書に記載された本願発明の効果のうち,「割引困難な債
権の発生を効果的に抑制することが可能となる」という点については,「本発明」の実施形態1及び2に関する本願明細書の【0051】及び\n【0082】の記載(「また,電子記録債権を割引した際の割引料を債務
者が負担する場合,債権者は割引の際に一時的に負担した割引料を債務
者から回収することができる。さらに,割引料相当料の負担を軽減する
ための方策を構築するための動機づけを債務者に対して与えることができるため,支払遅延や割引困難な債権の発生を効果的に抑制すること\nが可能となる。」)に照らすと,かかる効果は,電子記録債権の割引料を債務者が負担する方式に改めたことによる効果であることを理解でき\nる。
(ウ) 以上によれば,本願発明は,電子記録債権を用いた決済方法におい
て,電子記録債権の額に応じた金額を債権者の口座に振り込むとともに,
割引料相当料を債務者の口座から引き落とすことを,課題を解決するた
めの技術的手段の構成とし,これにより,割引料負担を債務者に求めるという下請法の運用基準の改訂に対応し,割引料を負担する主体を債務\n者とすることで,割引困難な債権の発生を効果的に抑制することができ
るという効果を奏するとするものであるから,本願発明の技術的意義は,
電子記録債権の割引における割引料を債務者負担としたことに尽きると
いうべきである。
イ 前記アで認定した技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の
構成及びその構\成から導かれる効果等の技術的意義を総合して検討すれ
ば,本願発明の技術的意義は,電子記録債権を用いた決済に関して,電子
記録債権の割引の際の手数料を債務者の負担としたことにあるといえる
から,本願発明の本質は,専ら取引決済についての人為的な取り決めその
ものに向けられたものであると認められる。
したがって,本願発明は,その本質が専ら人為的な取り決めそのものに
向けられているものであり,自然界の現象や秩序について成立している科
学的法則を利用するものではないから,全体として「自然法則を利用した」
技術的思想の創作には該当しない。
以上によれば,本願発明は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当
しないものである。
ウ これに対し原告は,(1)請求項に係る発明が自然法則を利用しているかど
うかは,本願発明の構成要件全体を単位として判断すべきものであるから,本件審決のように,本願発明の一部の構\成要件を単位とした判断には意味がなく,本件審決の判断には誤りがある,(2)仮に,本願発明の一部の構成要件を単位とした判断をする場合であっても,本願発明の各処理の実行は,\n全て信号の送受信によって達成されるところ,信号の送受信は,金融取引
上の業務手順そのものを特定するだけで達成できるものではなく,自然法
則を利用することで初めて達成できるものである,(3)本願発明を全体とし
てみれば,「第1の引落信号」の送信と「第2の引落信号」の送信とを別々
に行うことができる構成を有していることから,「債務者の口座から割引料相当額を引き落とす時期」と「債務者の口座から電子記録債権の額を引き\n落とす時期」とを分けることができ,その結果,債務者が「割引料」と「電
子記録債権の額」とを区別して管理することが容易になり,例えば,「債務
者は,事務的な負担の増大を伴うことなく,一定期間に支払わなければな
らない割引料相当料を容易に,かつ正確に把握することができる。」(本願
明細書【0017】)という効果を奏することができ,また,「第1の引落
信号を送信する」という構成は,債務者が割引料を負担するに当たって,実際の現金を用いなくても電子的な情報のやり取りによって,手続的負担\nを抑制するという効果を奏するから,全体として特許法2条1項の「自然
法則を利用した技術的思想の創作」に該当する,(4)本願発明を「コンピュ
ータソフトウエア関連発明」であるとみても,「第1の引落信号」及び「第2の引落信号」を区別して送信する構\成は,コンピュータ同士の間で行われる必然的な技術的事項を越えた技術的特徴であるから,自然法則を利用
した技術的思想の創作である旨主張する。
まず,上記(1)の点について,本願発明を全体として考察した結果,「自然
法則を利用した」技術的思想の創作には該当しないと判断されることにつ
いては,前記イのとおりである。
上記(2)の点については,前記アのとおり,本願発明において,「信号」を
「送信」することを構成として含む意義は,電子記録債権による取引決済において,従前から採用されていた方法を利用することにあるのに過ぎな\nい。すなわち,前述のとおり,本願発明の意義は,電子記録債権の割引の
際の手数料を債務者の負担としたところにあるのであって,原告のいう「信
号」と「送信」は,それ自体については何ら技術的工夫が加えられること
なく,通常の用法に基づいて,上記の意義を実現するための単なる手段と
して用いられているのに過ぎないのである。そして,このような場合には,
「信号」や「送信」という一見技術的手段に見えるものが構成に含まれているとしても,本願発明は,全体として「自然法則を利用した」技術的思\n想の創作には該当しないものというべきである。
上記(3)の点について,本願明細書の記載(【0017】)によれば,原告
が主張する「債務者は,事務的な負担の増大を伴うことなく,一定期間に
支払わなければならない割引料相当料を容易に,かつ正確に把握すること
ができる。」との効果は,「金融機関」が,「電子的通信手段を用い,割引料
に相当する金額・・・を定期的・・・に算出し,各債務者に対して割引料相当料が
確定したことを定期的に通知する」ことにより奏するものであることを理
解できるところ,上記の構成は,本願発明の構\成に含まれないものである。
また,「債務者の口座から割引料相当額を引き落とす時期」と「債務者の口
座から電子記録債権の額を引き落とす時期」とを分けることにより,債務
者が「割引料」と「電子記録債権の額」を区別して管理することが容易に
なるとの効果については,本願明細書に記載されていないし,本願発明の
特許請求の範囲(請求項1)には,「第1の引落信号を送信すること」と「第
2の引落信号を送信すること」が記載されているに過ぎず,その構成に上記信号を送信する時期や,上記信号に基づきいつどのように引落しが行わ\nれるかを含むものではない。
そして,実際の現金を用いなくても電子的な情報のやり取りによって,
手続的負担を抑制するという効果は,前記ア(イ)で説示したように,電子
記録債権による取引決済における割引を対象とする発明であることによっ
て,当然に奏する効果である。
上記(4)の点については,請求項1には,3つの信号を送信することが記
載されるにとどまり,ソフトウエアによる情報処理が記載されているものではない。したがって,本願発明は,コンピュータソ\フトウエアを利用するものという観点からも,自然法則を利用した技術的思想の創作であると
はいえない。
以上のとおり,原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
(3) 小括
以上によれば,本件審決が,本願発明は,特許法2条1項の「自然法則
を利用した技術的思想の創作」とはいえないから,同法29条1項柱書に
規定する要件を満たしておらず,特許を受けることができないものである
旨判断した点に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
◆判決本文