出願前に納品されたことにより、公然実施されたとして、特104条3に基づき、権利行使不能と判断されました。\n
被告は、平成11年5月から平成12年4月までの間に、日本製紙八代工場に
ベルト4反(ベルトB)を納品し、ベルトBが同工場において平成11年6月1
1日から平成12年5月9日までの間に使用開始されており、ベルトBの構成は\n本件発明1の構成要件と一致し、納品によってその構\成が日本製紙に知り得る状
態となり、また、当業者はDMTDAの同定が可能であったとして、本件特許1\nの出願前にベルトBに係る発明が公然実施された旨主張するので、以下検討する。
(1)ア 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、
原告は乙32が真に平成11年に作成されたのか不明である旨を主張するが、そ
の体裁等に照らすと、作成日等に関する疑義は認められない。)。
(ア) 被告は、昭和63年からベルトを製造していたところ、平成8年4月に新
工場を新設して、ベルトの製造を集約することとなった。それに伴い、被告では、
品質を一定の水準以上に維持するために、製造工程の一連の流れ、各ステップの
管理項目、品質特性(品質保証項目)及び管理方法を明確にしたルールを作成す
ることとなり、平成11年2月26日、QC工程図が作成された。(以上につき、
乙32、83)
QC工程図には、樹脂コーティング工程に関し、1)ビス(メチルチオ)−2,
4−トルエンジアミン、ビス(メチルチオ)−2,6−トルエンジアミン及びメ
チルチオトルエンジアミンの混合物であるエタキュアー300(硬化剤)のほか、
イソシアネート基を末端に有するプレポリマーである、タケネートL2390及\nびタケネートL2395を受け入れ、10)1)の樹脂を調合し、11)基布(ベース)の
シュー側(内周面側)にコートしてキュアし、その後、15)反転して、18)1)で受け
入れた樹脂を調合し、19)基布(ベース)のフェルト側(外周面側)にもコートし
てキュアする旨の記載がある(乙32〜36、130〜132。なお、数字は工
程番号を指す。)。
(イ) 被告は、QC工程図に従って、平成11年3月1日から同月4日の間に反
番51+01349のベルト、同年8月5日から同月10日の間に反番51+0
4750のベルト、同年10月1日から同月5日の間に反番51+06801の
ベルト及び平成12年2月15日から同月22日の間に反番52+00481の
ベルトの各樹脂コーティング工程作業を行い、その頃、基布面を完全に被覆する
両面樹脂構造であり、かつ、排水溝を有するベルトBの製造を完了させ、日本製\n紙に対し、平成11年5月14日、同年9月3日、同年10月21日及び平成1
2年4月27日、それぞれ納品した(乙25、27〜31、83)。
イ 前記ア(ア)及び(イ)によれば、ベルトBは、ポリウレタンにより基布が完全
に被覆されており、内周面及び外周面のポリウレタンは、末端にイソシアネート\n基を有するウレタンプレポリマーとDMTDAを含有する硬化剤とを含んでおり、
熱硬化性であることが認められる。そうすると、公然実施発明Bは、基布を熱硬
化性ポリウレタンが完全に被覆してなり、前記基布が前記ポリウレタン中に埋設
され(構成B−a)、フェルト側およびシュー側が前記ポリウレタンで構\成され
たシュープレス用ベルトにおいて(構成B−b)、フェルト側を構\成するポリウ
レタンは、末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと、ビス(メ\nチルチオ)−2,4−トルエンジアミンおよびビス(メチルチオ)−2,6−トル
エンジアミンを含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている(構成B−\nc)、シュープレス用ベルト(構成B−d)という構\成を有していることが認め
られ、本件発明1の各構成要件を充足する。\n(2) 特許法29条1項2号所定の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数
の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうところ、前記(1)ア(イ)の
とおり、被告は、本件特許1出願前の平成11年5月14日から平成12年4月
27日までの間、日本製紙に対し、ベルトBを納品し、その内容を不特定多数の
者が知り得る状況で公然実施発明Bを実施したものと認められる。
(3) 原告の主張について
原告は、ベルトの現物自体からは当該ベルトが幾つの層によって構成されてい\nるか等を把握することは不可能であること、ベルトを構\成するポリウレタンは様々
な化学物質で構成されているから、外周面を構\成するポリウレタンに含有される
硬化剤に着目した分析が行われたとはいえないこと、当時、硬化剤として考え得
る候補物質は極めて多数存在していた上に、エタキュアー300を用いることで
クラックの発生を抑制できることは当業者においてすら知られていなかったから、
硬化剤としてDMTDAに着目し、これをわざわざ入手してサンプルとして分析
機関に送付し、分析を依頼したとは到底いえないことを指摘して、ベルトBを日
本製紙に納品したとしても、ベルトBの外周面に硬化剤としてDMTDAが含有
されていたことが特定できたとはいえない旨を主張する。
しかし、前記(1)アのとおり、ベルトBは、日本製紙に納品され、自由に解析等
をなされ得る状態におかれたものであり、解析等によりベルトの構造等を特定す\nることは可能であるほか(甲25等参照)、本件特許1の出願日前において、外\n周層、内周層等の複数の層を積層してベルトを製造することやウレタンプレポリ
マーと硬化剤とを混合してポリウレタンとし、ベルトの弾性材料とすることは、
技術常識に属する事項であった(甲2、乙26、27)。これに加え、証拠(乙
37、124、127〜133)及び弁論の全趣旨によれば、1)昭和62年に発
行された書籍において、実用化されている硬化剤として、MOCAのほかにエタ
キュアー300が紹介されていたこと、2)米国の会社が平成2年に発行したエタ
キュアー300のカタログにおいて、エタキュアー300は、新しいウレタン用
硬化剤であり、TDI(トルエンジイソシアナート。主にポリウレタンの原料と\nして使用される化学物質)系プレポリマーに使用した場合、MBCA(MOCA
と同義。乙140、141)の代替品として、現在最も優れたものであると確信
している旨が記載されていたこと、3)米国の別の会社は、平成10年に日本向け
のエタキュアー300のカタログを発行したこと、4)平成11年に日本国内で発
行された雑誌には、MOCAには発がん性があることが指摘されており、より安
全性の高い材料が求められていたが、1980年代後半には、既にMOCAに代
わる新しい硬化剤としてエタキュアー300が開発された旨の記事が掲載されて
いたこと、5)被告は、平成3年頃からエタキュアー300の研究を開始し、遅く
とも平成9年7月時点では、製紙用ポリウレタンベルトの硬化剤としてエタキュ
アー300を使用していたこと、6)本件特許1の出願前に、エタキュアー300
と同様にウレタン用に使用された主要な硬化剤は、10種類前後であったことが
認められる。これらの事実関係に照らすと、本件特許1の出願前に、エタキュアー
300は、ウレタン用の硬化剤として注目され、実用化されていたものと認めら
れ、分析機関のライブラリにDMTDAのマススペクトルが登録されていなかっ
たとしても(平成29年時点において、ライブラリにDMTDAのマススペクト
ルを登録している分析機関と登録していない分析機関がある(甲11、24)。)、
エタキュアー300をサンプルとして分析機関に送付して分析を依頼した蓋然性
があったといえ、当業者は、公然実施発明Bの内容を知り得たものと認められる。
証拠(甲39、40)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、平成30年6月、
分析機関に対し、組成を明らかにすることなく被告製品3及び4のサンプルを送
付し、ポリウレタンの定性分析を依頼したところ、硬化剤について特定すること
ができなかったことが認められる。しかし、同分析機関が硬化剤を特定すること
ができなかったのは、同分析機関のライブラリにDMTDAのマススペクトルが
登録されていなかったこと(甲24の3)によるものと認められるところ、前記
のとおり、エタキュアー300をサンプルとして分析機関に送付して分析を依頼
した蓋然性があったといえることに照らすと、前記結果(甲39、40)は、当
業者が公然実施発明Bの内容を知り得たという結論に影響を与えるものではない。
したがって、原告の前記主張は採用できない。
(4) 以上から、本件発明1は、本件特許1の出願前に日本国内において公然実
施された発明であるから、新規性を欠き、無効審判により無効とされるべきもの
であって、原告は、被告に対し、本件特許権1を行使することができない(特許
法123条1項、104条の3第1項、29条1項2号)。
◆判決本文
技術的範囲に属すると認定されたものの、特許権者自らが販売していたとして、新規性違反の無効理由有りと判断されました。
ア 前記(1)アによれば、リベラル社は、平成30年7月5日時点において、別
件特許(「活量調質水溶液及び活量調質媒体の製造方法」)により、水酸化物イ
オン活量調質水溶液を製造し、これを希釈して、旧ATWのほか「ATW−1、
ATW−001」を製造していたことが認められるところ、前記(1)イのとおり、
被告は、当初、リベラル社から購入した旧ATWをそのままボトルに詰め、又は、
ラベルを貼り替える方法により、旧被告製品や無限七星FISHを製造し、販売\nしていたのであるから、これらの製品は、前記水溶液を希釈したものであると認
められる。一方、前記(1)エ及びオのとおり、被告は、原告の本件特許出願の後か
らは、リベラル社から購入した本件特許に規定される組成を有する現ATWを1
0倍希釈して被告製品や無限七星FISHを製造、販売するようになったところ、
本件代理店契約においては、現ATWを含めたATW水溶液は、別件特許の製造
方法による旨の合意がなされている。
また、原告が代表取締役を務めるATW社は、別件訴訟において、旧ATWと\n現ATWは、いずれもアミノ基という原子団を含んだ水溶液で、現ATWを10
倍薄めたものが旧ATWである旨を記載した準備書面を提出しているところ、リ
ベラル社が発行した請求書では、現ATWの1リットル当たりの単価は旧ATW
の同単価の10倍になっていること、本件代理店契約においてATW水溶液の品
質として標準仕様と10倍濃縮仕様がある旨の記載があることのほか、原告も、
本件訴訟において、現ATWは旧ATWの10倍の濃度である旨を主張している
(原告準備書面(4)第2の2(3)イ)。これらの事実関係に照らすと、旧ATW及び現ATWは、一貫して、同様の製造方法により製造された、アミノ基を含む成分が水溶、濃縮された水酸化物イオン活量調質水溶液を希釈したものであり、本件特許に規定される組成を有する現ATWを10倍希釈したものが旧ATWであると認められる。
イ また、証拠(乙2、18、24、25、33、36、37)及び弁論の全
趣旨によれば、次の事実が認められる。
すなわち、被告が平成30年11月10日にリベラル社に対して発注し同月1
2日に納品された旧ATWのボトル20本のうち、開封せずに保管していたもの
(以下「保管ボトル」という。)について、被告がそのうち1本を開封し、10
0ml分(以下「分析対象物」という。)を小分けにして、愛媛大学のP2名誉
教授に提供した。同教授は、令和3年9月30日、分析対象物について、乙18
分析をした結果、分析対象物の含有成分はポリアリルアミンであることが判明し
た。また、被告は、保管ボトルのうち1本(被告が「無限七星FISH」のラベ
ルを貼付したもの)を、株式会社東ソ\ー分析センターに提供し、前記センターは、
同年10月19日、保管ボトルの内容物について乙24分析をした結果、その重
量平均分子量は、4.5×10⁴であった。
ウ 前記(1)イ及びウのとおり、無限七星FISHは、鮮魚の鮮度を保持する機
能があり、魚の鮮度保持を主な用途として販売されており、また、証拠(乙19)\n及び弁論の全趣旨によれば、リベラル社が被告に販売した旧ATWの成分表記に\nは「重合アミン、水」との記載があったことが認められる。
エ 前記ア〜ウの事実関係に照らすと、現ATWが10倍に希釈化された旧A
TWと同一成分である無限七星FISHに係る引用発明は、ポリアリルアミン又
はその塩を機能成分として含有し、水、ポリアリルアミンの総含有量が95重量%\n以上である水であって(a’)、ポリアリルアミンの重量平均分子量が500〜
50000であって(b’)、魚介類の鮮度保持の機能を有する(c’)、機能\
水(d’)という構成を有するものと認められるから、被告製品のみならず、旧\n被告製品や無限七星FISHも本件発明の各構成要件を充足するものと認められ\nる。したがって、引用発明は、本件発明の各構成要件を充足する。\n
(3) 公然実施について
特許法29条1項2号所定の「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者
が知り得る状況でその発明が実施されることをいうところ、前記(1)イのとおり、
被告は、本件特許の優先日前の平成30年10月から、無限七星FISHを製造
及び販売して、引用発明を実施した。
(4) 原告の主張について
ア 原告は、旧ATWは、別件特許に基づく方法により製造されているのに対
し、現ATWは、ポリアリルアミンを使用して製造されているから、両者の成分
は異なる旨を主張する。
しかし、両者の成分の違いを明らかにする証拠はなく、前記(1)オ及びキのとお
り、被告は、本件代理店契約において、リベラル社及びATW社との間で、AT
W水溶液の仕様は、別件特許の製造方法によることを合意したことや、ATW社
が、別件訴訟において、旧ATWと現ATWは、いずれもアミノ基という原子団
を含んだ水溶液で、現ATWを10倍薄めたものが旧ATWである旨を記載した
準備書面を提出したのであるから、旧ATWと現ATWの製造方法が異なる旨や
両者の成分が異なる旨の原告の主張は直ちに採用することはできず、その他、原
告の主張事実を裏付ける証拠はない。
イ また、原告は、乙18分析及び乙24分析は、いずれも、測定対象の水溶
液がどの時期に製造、販売され、どういう形で試験に供されたのか全く不明であ
ることを指摘し、さらに、乙18分析の内容については、1)乙18のFig.1の
スペクトルの面積比を理由に高分子化合物の繰り返し構造をCH₂−CH−CH₂
と推定することが困難なこと、2)3ppm付近のシグナルの変化を理由に当該シ
グナルがアミン(CH₂−NH₂)であると推定できる根拠が不明であること、3)
Fig.1とFig.4a)のスペクトルが異なることといった疑問点があるから、
いずれも信用性がない旨を主張する。
しかし、前記(1)認定の事実からすれば、乙18にいう「2018年10月に販
売が始まった初代無限七星」とは、旧ATWと成分を同じくする旧被告製品又は
無限七星FISHであると理解できるし、乙24は保管ボトルのうち1本を分析
した結果であることが明らかであり、これに反する証拠はない。そして、乙18
分析は、核磁気共鳴分光法及び質量分析法により、分析対象物の含有成分がポリ
アリルアミンであることを推定した上で、それを踏まえて、分析対象物と市販の
ポリアリルアミンの水溶液について核磁気共鳴分光法のスペクトルを比較して、
分析対象物の含有成分がポリアリルアミンであると結論づけているところ、原告
の主張1)について、原告主張のように、ポリマーのNMRはピーク(スペクトル)
がブロードになりやすく、面積比を算出する切断箇所の設定によって面積比の値
が異なり得ることから、Fig.1のスペクトルの面積比「1.00:0.55:
0.80」が完全に「2:1:2」に一致しなくとも、同一環境の水素の数の比
を「2:1:2」とみなし、CH₂−CH−CH₂の部分構造が考えられるとする\nことは不合理ではない。また、原告の主張2)について、3ppm近辺のCH₂に対
応するシグナルの位置は、隣に窒素原子が繋がっていることを示唆するところ、
トリフルオロ酢酸を加えると、2.7〜3.3ppmのシグナルが3.0ppm
のシグナルに変化したというのであるから、分析対象物にトリフルオロ酢酸によ
り塩を形成するアミン(CH₂−NH₂)が存在すると考えて矛盾はないというべ
きである。さらに、原告の主張3)については、確かに、Fig.1とFig.4a)
のスペクトルは一致していないが、一方で、トリフルオロ酢酸塩のスペクトルで
あるFig.2a)とFig.4b)は、ほぼ一致している(乙18、25)。こ
の点について、証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば、ポリアリルアミンは、
共存物の影響でアミン部位が塩の状態になっている場合、スペクトルのピーク位
置の出現がシフトする可能性があり、ポリアリルアミンの塩の形成状況によって\nスペクトルの形状が変化し、複雑になるものと認められ、一方で、強い酸である
トリフルオロ酢酸を加えて、全てのアミノ基をアンモニウムに変換し、均一な状
況にすることにより、一定の分析結果を得ることができたものと認められるから、
Fig.1とFig.4a)のスペクトルが異なるからといって、乙18分析の信
用性に疑義を生じさせることにはならない。
◆判決本文