2018.12. 9
平成29(行ケ)10230 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年11月28日 知的財産高等裁判所
特許異議申立がなされて審決は取消決定をしました。知財高裁は、「モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であるとしても,そのことから,本件光透過率が80%〜90%以上となるジアミン誘導体を使用することまでも周知であるということはできない」として、進歩性なしとした審決を取り消しました。\n
ア 前記(1)で認定した甲3文献の【請求項1】,段落【0006】,【007
2】,甲7文献の段落【0043】,【0061】,乙2文献の【請求項2】,段落【0187】,【0246】の各記載によると,本件特許の出願当時,光透過性に優れた
ポリイミドを得るために,波長400nm,光路長1cmの光透過率が80%以上
のテトラカルボン酸誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったと認め
られる。
イ また,前記(1)で認定した甲3文献の段落【0102】,甲7文献の段落
【0055】,甲8文献の段落【0027】,甲9文献の「1.2.2」,乙3文
献のS93頁の概要(Abstract)の欄の1行〜7行,S94頁29行〜3
4行,S105頁3行〜6行によると,本件特許の出願当時,光透過性に優れたポ
リイミドを得るために,モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用する
ことは,当業者にとって周知であったと認められる。
ウ しかし,光透過性に優れたポリイミドを得るために,純水又はN,N−
ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長4
00nm,光路長1cmの光透過率(以下「本件光透過率」という。)が90%以
上である芳香環を有しないジアミン誘導体又は本件光透過率が80%以上である芳
香環を有するジアミン誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったとは
いえない。理由は以下のとおりである。
(ア) 確かに,着色の少ないジアミン誘導体を使用するということは,光透
過性の高いジアミン誘導体を使用することを意味するものと理解できる。
しかし,本件証拠上,モノマーとして,本件光透過率が80%〜90%以上のジ
アミン誘導体を使用することについて記載した文献は一切ない(なお,被告は,光
透過性に優れたポリイミドの指標として,「フィルムとしたときの波長400nm
の光透過率」を用いることは周知であると主張するが,同周知事項は,モノマーの
光透過性の指標として用いられるものではない。)。
(イ) また,前記(1)のとおり,甲9文献には,「モノマーの純度も重要なフ
ァクターであり,見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化
する原因となる。図8には用いたジアミンの再結晶前後の光透過性について示した
ものである。活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや
優れている。光透過性では僅かな差ではあるが,着色の差としてはっきりと表れる。\n」との記載があり,同記載からすると,着色の度合いと光透過性との間の相関の程
度は不明といわざるを得ず,他にこの点を認めるに足りる証拠もない。したがって
,モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であるとし
ても,そのことから,本件光透過率が80%〜90%以上となるジアミン誘導体を
使用することまでも周知であるということはできないというべきである。
エ このように,光透過性に優れたポリイミドとするために,モノマーとし
て,本件光透過率が80%〜90%以上のジアミン誘導体を使用することが周知で
あったということはできないから,甲4発明に本件証拠によって認められる周知技
術を適用しても,本件発明1の構成に到らず,したがって,本件発明1は進歩性が\nないということはできない。
オ 被告の主張について
被告は,1)可視光領域(可視域)の吸収をなくして,光透過性に優れたポリイミドを
合成することは,当業界における周知の課題である,2)光透過性に優れたポリイミ
ドの指標として,「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いること
は周知である,3)光透過性に優れたポリイミドとするためには,可視光を吸収する
要因を排除すればよく,そのためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がな
いよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知である,4)ポリイ
ミド原料モノマーのうち,少なくともテトラカルボン酸二無水物において,上記の
「光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に生成した純度の高いモ
ノマー」であることの指標として,当該モノマーを適当な溶媒に溶解したときに波
長400nmの光透過率(溶媒にモノマーを溶解させた溶液の光路長1cmの光透
過率)がなるべく高いものであることを用いることは周知である,5)ポリイミドの
原料モノマーのうち,ジアミン誘導体についても,再結晶や蒸留等により精製して,
純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知であるとした上で,甲4発明に
上記各周知技術を適用することにより,相違点1−1に係る構成を備えた本件発明\n1は容易に想到できる旨主張する。
(ア) しかし,前記ウのとおり,光透過性に優れたポリイミドとするために,
モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であったとし
ても,同周知技術から,本件光透過率が80%〜90%以上のジアミン誘導体を使
用することを導き出すことはできないところ,このことは,被告の指摘する上記の
すべての周知技術を考慮しても変わるものではない。
(イ) この点,被告は,ジアミンに含まれる光透過性を悪化する原因となる
不純物が,そのままポリイミドにも含まれることとなり,ポリイミドの光透過性に
影響することから,光透過性に優れたポリイミドとするために,テトラカルボン酸
二無水物を溶媒に溶解した溶液の波長400nmの光透過率が90%以上のものを
用いるのであれば,ポリイミドを構成するもう一方のモノマーであるジアミンにつ\nいても,テトラカルボン酸二無水物と同程度の光透過率のものとすることは,当業
者であれば当然に理解する旨主張する。
a 被告の上記主張は,透明性の優れたポリイミドを製造するためには,
ポリイミドの純度を高める必要があり,そのためには,モノマーであるジアミン誘
導体の純度も高める必要がある,そのジアミン誘導体の純度を光透過率に置き換え
ると,もう一つのモノマーであるテトラカルボン酸誘導体に要求される光透過率と
同程度であるというものと理解できるが,本件証拠上,ジアミン誘導体及びテトラ
カルボン酸誘導体のそれぞれの純度と光透過率との間の相関の程度は明らかではな
く,後記bのような実験結果もあるから,透過性に優れたポリイミドの製造のため
に,ジアミン誘導体の光透過率をテトラカルボン酸誘導体の光透過率と同程度とす
ることが導き出されるということはできず,また,当業者もそのような理解をする
とは認められない。
◆判決本文
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2018.10.26
平成29(行ケ)10133 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年10月24日 知的財産高等裁判所
引用発明の認定を争いましたが、引用文献には開示がないとして、無効でないとした審決が維持されました。
原告は,「個人的に記録されたカセット」においては,オーバーライト
の可能性がない場合には記録が可能\とされ,オーバーライトの可能性が発\n見された場合には,3つの態様(1)「記録機能は全く阻止される」,2)「問
い合わせおよび確認の後トリガされ得る」,3)「更に個々の記録に対して
記録機能の全くのブロッキングを付加データに対して設けられたメモリ\nの箇所における相応のエントリにより行なわせることもできる」)のいず
れかによって「既に存在している記録の不本意乍らのオーバーライトない
し消去の防止」が図られること,そのうちの1)の「記録機能は全く阻止さ\nれる」の態様の場合には,第2バイトの情報によって,カセット全体につ
いて「追加記録または再生のみ可能」という用途に応じた記録の制御が行\nわれることが記載されているとして,引用発明1の第2バイトの情報(「x
01」)は,「追加記録または再生のみ可能」という用途を指示する「用\n途識別情報」(構成要件F)に該当する旨主張する。
(ア) そこで検討するに,甲1の記載事項(前記(2)ア(ア),(エ)ないし
(キ),図2)によれば,甲1には,1)甲1記載の「磁気テープカセット
用メモリ装置」は「制御データを含んでおり,該制御データによっては
記録および/又は再生機器の動作モードの選択的ブロッキングが可制
御であることを特徴とする」こと(請求の範囲1項),2)「個人的に記
録されたカセット」の場合,「第2のメモリ領域にてカセットが個人的
使用のものであることが当該識別子により指示される場合次のメモリ
領域の分割も規定」され,また,第2バイトの「次のメモリ領域」(第
3バイト以降)には,初期時間及び終了時間と付加的に情報に対する複
数のバイトからなるデータセットが設けられていること,3)個人的に記
録されたカセット」の「2.1記録上の保護」として,「既に存在して
いる記録の不本意乍らのオーバーライトないし消去の防止は次のよう
にして達成される,即ち実際のテープ位置とメモリにおけるエントリと
の比較を記録装置が常に行うようにするのである。当該比較によりオー
バーライトの可能性のないことが指示された際のみ記録機能\がトリガ
される。但しオーバーライトの可能性が発見されると,記録機能\は全く
阻止されるか,又は問い合わせおよび確認の後トリガされ得る」こと,
4)個人的に記録されたカセット」の「2.2チャイルドプルーフのブロ
ック」として,「さらなる機能はそれぞれの個々の記録に対する再生の\nブロックの初期の解放(レリーズ)である。このことは同様に付加デー
タに対して設けられた箇所にてエントリにて行われ得る。そのようにし
て,正当な権限のないものに対する再生を例えば子どもによる不当な操
作に対する防止保護の形態で阻止することができる」ことが記載されて
いるものと認められる。
上記記載を総合すれば,甲1には,「個人的に記録されたカセット」
の「第2バイト」(第2のメモリ領域)に記憶されている識別子により
カセットが「個人的使用のもの」であることが指示され,それに対応し
た用途として記録及び再生の双方が可能となることを前提として,第2\nバイトの「次のメモリ領域」(第3バイト以降)に設けられた「エント
リ」によって「既に存在している記録の不本意乍らのオーバーライトな
いし消去の防止」といった記録再生機器の記録動作の制御や「正当な権
限のないもの」に対する「再生のブロック」といった記録再生機器の再
生動作の制御を可能(「可制御」)としたことが開示されているものと\n認められる。
そうすると,引用発明1(「個人的に記録されたカセット」による発
明)の「第2バイト」に記憶されている情報(「x01」)は,記録再
生機器に対して,記録及び再生の双方が可能というカセットの用途に対\n応した記録動作又は再生動作の制御内容を示す情報に相当するものと
いえるから,本件発明の「用途識別情報」に該当することが認められる。
また,甲1の記載事項(前記(2)ア(キ),図2)によれば,引用発明
1においては,追加記録のみ可能,すなわち,上書き禁止の制御は,「第\n2バイト」の次のメモリ領域(第3バイト以降)の付加データに対して
「エントリ」(図2記載の第13バイトの「付加データ 本例 オーバ
ライト阻止」)を設けることによって行われていることからすると,第
2バイトの「x01」は,「追加記録または再生のみ可能」の用途を示\nすものとはいえない。
さらに,「個人的に記録されたカセット」においては,「既に存在し
ている記録の不本意乍らのオーバーライトないし消去の防止」の態様と
して,2)及び3)の態様もあり得ることに照らすと,「個人的に記録され
たカセット」であることを示す第2バイトの識別子のみによって,1)な
いし3)の態様を区別することは困難である。
(イ) 以上によれば,引用発明1の第2バイトの情報(「x01」)は,
「追加記録または再生のみ可能」という用途を指示する情報であるとの\n原告の前記主張は採用することができない。
イ 以上によれば,引用発明1は,構成要件Fの「ユーザが改変することが\nできず,前記磁気テープに対して追加記録または再生のみ可能」とされて\nいる「用途識別情報」に相当する構成を備えていない点において,本件発\n明と相違するから,結論において,本件審決における相違点2の認定に誤
りはない。
◆判決本文
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◆平成29(行ケ)10134
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2018.10. 4
平成29(行ケ)10173 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年9月26日 知的財産高等裁判所
新規性・進歩性が争点となった無効審判の取消訴訟です。特許図面の正確性は従前と同じく、正確性はそれほど要求されないとして、本件発明の技術思想が開示されていると判断されました。
なお、判決文1ページに「被告は,平成17年9月30日,発明の名称を「ドライブスプロケット支持構造」とする発明につき,特許を出願し(特願2005−287276号),平成24年2月24日,設定登録(特許第4933764号)を受けた(請求項の数3。甲1。以下「本件特許」という。)。被告は,平成27年3月23日,本件特許の請求項1〜3に係る発明について特許無効審判を請求した(無効2015−800071号。甲16,乙1)。」とありますが、冒頭の「被告は,平成17年・・」は、「原告は,平成17年・・・」の誤記と思われます。
前記の2の甲2の図1及び2において,ドライブスプロケット21
の左側張出部の外側は,変速機ハウジング51にボルト52aで固定されたカバー
52の内側に接しているよう図示されており,ドライブスプロケット21の右側張
出部の外側の右端は,変速機ハウジング張出部の内側に接しているよう図示されて
いる。
しかし,甲2は,公開特許公報であり,甲2に掲載された前記2の図1及び2は
いずれも特許出願の願書に添付された図面に描かれたものであるところ,一般に,
特許出願の願書に添付される図面は,明細書の記載内容を補完し,特許を受けよう
とする発明の技術内容を当業者に理解させるための説明図であるから,当該発明の
技術内容を理解するために必要な程度の正確さを備えていれば足り,設計図面に要
求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。
甲2において,図1は「本発明に係るポンプハブ支持構造を有したトルクコンバ\nータおよび油圧ポンプ駆動系を示す断面図」であり,図2は,「上記ポンプハブ支持
構造部分を示す断面図」であるところ,前記2認定の甲2の記載に鑑みると,これ\nらの図面は,トルクコンバータのポンプハブの支持構造に関し,ポンプハブ11を\nステータシャフト6にニードルベアリング12によって支持し,このニードルベア
リング12に対して,径方向にほぼ重なるようにして,すなわち,軸方向にほぼ同
位置において,ドライブスプロケット21がスプライン結合して,ドライブスプロ
ケット21に作用する径方向力をドライブスプロケット21の内径側に位置するニ
ードルベアリング12により受けるようにしたことを示すために,その位置関係を
示すべく,甲2に記載されたものであって,設計図面に要求されるような正確性を
もって描かれているとは考えられない。
(イ) 前記2のとおり,甲2には,「ドライブスプロケット21に作用する
径方向力は,ドライブスプロケット21の内径側に位置するニードルベアリング1
2により受ける。このように,ニードルベアリング12およびドライブスプロケッ
ト21を軸方向ほぼ同じ位置に重なるように配設することにより,ドライブスプロ
ケット21に作用する力をニードルベアリング12により確実に受けることができ
るだけでなく,この部分の軸方向寸法を短縮してこの部分の構造をコンパクト化す\nることができる。」(【0010】)と記載されている。したがって,甲2発明は,ド
ライブスプロケット21に作用する径方向力は,ドライブスプロケット21の内径
側に位置するニードルベアリング12により受けるものである。この記載のみでは,
ドライブスプロケット21に作用する径方向力を外径側でも受けるかどうかは必ず
しも明らかでないものの,そのような必要性があるというべき事情は認められない
上,全体として一体化したケースに対し,ドライブスプロケットのような回転する
部材を,内周面及び外周面で同時に軸受等により支持することは,回転する部材や
周囲の部材の寸法誤差の許容範囲を狭めることになり,過度の工作精度を要求する
ことになるから,通常行われるものとは考え難い(全体として一体化したケースに
対し,ドライブスプロケットのような回転する部材を,内周面及び外周面で同時に
軸受等により支持する例があることを認めるに足りる証拠もない。)。
また,回転する部材と回転しない部材が,回転する部材の回転中,一時的にしろ,
接触するような状態となることがあれば,回転する部材の円滑な回転が損なわれ,
異音が発生したり,部材の摩耗が生じるといった不具合を生じることも想定される
のであって,当業者は,回転する部材であるドライブスプロケット21が,回転し
ない部材であるカバー及び変速機ハウジングと接触するという設計を,通常は行わ
ないと解される。
さらに,甲2の図2には,ドライブスプロケット21の左側張出部の外周面とカ
バー52の内周面との間の対向面,及び,ドライブスプロケット21の右側張出部
の外周面の右端と変速機ハウジング張出部の内周面との間の対向面の軸方向の長さ
は,ニードルベアリング12の長さに比べて著しく短いものとして記載されている。
仮に,ドライブスプロケット21の左側張出部の外周面とカバー52の内周面との
間の対向面,及び,ドライブスプロケット21の右側張出部の外周面の右端と変速
機ハウジング張出部の内周面との間の対向面がすべり軸受として接するように設定
されているとするならば,ドライブスプロケットにかかる径方向の負荷が,当該接
触面である対向面にも負荷されることになるところ,この場合には,小さい接触面
に対して集中した負荷がかかることになると考えられる。そして,このような局所
的に集中した負荷は,当該接触面である対向面に潤滑油の介在があるとしても,早
期の摩耗等の不具合が生じるおそれがあるといえるから,通常行われるものではな
いと解される。
以上によると,甲2発明におけるドライブスプロケット21は,その内周面がポ
ンプハブ11を介してニードルベアリング12で支持されるのであって,ドライブ
スプロケット21の左側張出部の外周面とカバー52の内周面,及び,ドライブス
プロケット21の右側張出部の外周面の右端と変速機ハウジング張出部の内周面は,
ドライブスプロケット21の静止時のみならず回転中も接触することがないように
間隙を設定することが前提になっている,すなわち,原告が主張する技術思想2)に
よるものと解することができる。
◆判決本文
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2018.04.17
平成28年(行ケ)第10182号 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年4月13日 知的財産高等裁判所(特別部)
知財高裁大合議の判断です。「無効審判不成立の審決に対する取消の訴えの利益は,特許権消滅後であっても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失なれない。」および「刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定できない。」と判断しました。
本件審判請求が行われたのは平成27年3月31日であるから,審判
請求に関しては同日当時の特許法(平成26年法律第36号による改正前の特許法)
が適用されるところ,当時の特許法123条2項は,「特許無効審判は,何人も請求
することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判
請求をすることができる旨を規定していた(なお,冒認や共同出願違反に関しては
別個の定めが置かれているが,本件には関係しないので,触れないこととする。こ
の点は,以下の判断においても同様である。)。
このような規定が置かれた趣旨は,特許権が独占権であり,何人に対しても特許
権者の許諾なく特許権に係る技術を使用することを禁ずるものであるところから,
誤って登録された特許を無効にすることは,全ての人の利益となる公益的な行為で
あるという性格を有することに鑑み,その請求権者を,当該特許を無効にすること
について私的な利害関係を有している者に限定せず,広く一般人に広げたところに
あると解される。
そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができる
のであるから(特許法123条3項),特許権の存続期間が満了したからといって,
特許無効審判請求を行う利益,したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決
に対する取消しの訴えの利益が消滅するものではないことも明らかである。
イ 被告は,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する特許権の存続期
間満了後の取消しの訴えについて,東京高裁平成2年12月26日判決を引用して,
訴えの利益が認められるのは当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具
体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られる旨主張する。
しかし,特許権消滅後に特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの
訴えの利益が認められる場合が,特許権の存続期間が経過したとしても,特許権者
と審判請求人との間に,当該特許の有効か無効かが前提問題となる損害賠償請求等
の紛争が生じていたり,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係があることが認められ,当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が\n具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られるとすると,訴えの利
益は,職権調査事項であることから,裁判所は,特許権消滅後,当該特許の有効・
無効が前提問題となる紛争やそのような紛争に発展する可能性の事実関係の有無を調査・判断しなければならない。そして,そのためには,裁判所は,当事者に対し\nて,例えば,自己の製造した製品が特定の特許の侵害品であるか否かにつき,現に
紛争が生じていることや,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係が存在すること等を主張することを求めることとなるが,このような主張\nには,自己の製造した製品が当該特許発明の実施品であると評価され得る可能性がある構\成を有していること等,自己に不利益になる可能\性がある事実の主張が含ま\nれ得る。
このような事実の主張を当事者に強いる結果となるのは,相当ではない。
ウ もっとも,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にさ
れた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われた
り,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存する場合,例えば,特許権の存続期間が満了してから既に20年が経過した場合等\nには,もはや当該特許権の存在によって不利益を受けるおそれがある者が全くいな
くなったことになるから,特許を無効にすることは意味がないものというべきであ
る。したがって,このような場合には,特許無効審判請求を不成立とした審決に対す
る取消しの訴えの利益も失われるものと解される。
エ 以上によると,平成26年法律第36号による改正前の特許法の下にお
いて,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許
権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,
損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。\nオ 以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段
の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。
(2) なお,平成26年法律第36号による改正によって,特許無効審判は,「利
害関係人」のみが行うことができるものとされ,代わりに,「何人も」行うことがで
きるところの特許異議申立制度が導入されたことにより,現在においては,特許無効審判請求をすることができるのは,特許を無効にすることについて私的な利害関\n係を有する者のみに限定されたものと解さざるを得ない。
しかし,特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な\n利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を
不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,
訴えの利益が消滅したというためには,客観的に見て,原告に対し特許権侵害を問
題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損\n害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである。\n
・・・
特許法29条1項は,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる
発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と定め,同項3号とし
て,「特許出願前に日本国内又は外国において」「頒布された刊行物に記載された発
明」を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明
に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受
けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受け
ることができないことを定めている。
上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許
出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の
発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,
当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3 取消事由1について」において
同じ。)の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到するこ
とができたかどうかを判断することとなる。
このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明
(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)
は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象
とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された
発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明
をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行
物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊
行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する
場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優
先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る
具体的な技術的思想を抽出することはできない。
したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であ
って,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選
択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に
選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出す
ることはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当であ
る。
この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条 1 項3号所
定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発
明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたか
どうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様で
ある。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行
物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場
合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択す
べき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出すること
はできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。
そして,上記のとおり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明
を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,1)主引用発明又は
副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総\n合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあ
るかどうかを判断するとともに,2)適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著\nな効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。特許無効審判の審決に対する
取消訴訟においては,上記1)については,特許の無効を主張する者(特許拒絶査定
不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取\n消訴訟においては,特許庁長官)が,上記2)については,特許権者(特許拒絶査定
不服審判の審決に対する取消訴訟においては,特許出願人)が,それぞれそれらが
あることを基礎付ける事実を主張,立証する必要があるものということができる。
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2018.04.13
平成29(行ケ)10130 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年3月29日 知的財産高等裁判所
引用文献の認定誤りを理由に、異議理由ありとした審決が取り消されました。異議理由ありとの審決自体が珍しいですが、さらにそれが取り消されたので珍しいケースです。
イ 上記アによれば,本件訂正明細書には,アナターゼ型酸化チタンは光触
媒作用が強いため,熱可塑性樹脂等の高分子化合物に添加されるとそれを分解等し
てしまうことから,SiO2などで表面処理を行うのが好ましいこと,すなわち,\n本件訂正発明1の表面処理に用いられるSiO2は,光触媒作用が強いアナターゼ\n型酸化チタンが,熱可塑性樹脂等の高分子化合物を分解等しないようにするための
ものであることが記載されているものと認められる。
・・・
上記イによれば,SiO2(シリカ)とシロキサンは,共に酸化チタン
を被覆するものであること,SiO2(シリカ)は,Si−O−Si結合を有して
いるものの,テトラアルコキシシランが加水分解及び重合し,反応すべきものが全
て反応したときの反応物であるのに対して,シロキサンは,Si−O−Si結合を
含むものの総称であって,化学式SiO2で表されるものではないこと,したがっ\nて,SiO2(シリカ)とシロキサンは,化学物質として区別されるものであるこ
とが認められる。
エ 前記認定のとおり,本件訂正発明1の「SiO2で表面処理された・・・\n酸化チタン粒子」とは,文言上,「酸化チタン粒子」が,「SiO2(シリカ)」で表\n面処理されているものであることは明らかである。
これに対し,甲1文献には,酸化チタン粉末の表面処理のいずれの方法によって\nも,甲1発明の酸化チタン粉末の表面にシロキサンの被膜が形成されたことが記載\nされていることが認められるものの,甲1文献の上記記載は,甲1発明の酸化チタ
ン粉末の表面に「Si−O−Si結合」を含有する被膜が形成されていることを示\nすにとどまるものであって,「SiO2(シリカ)」の被膜が形成されていることを
推認させるものではない(前記認定のとおり,シロキサンは,Si−O−Si結合
を含むものの総称であって,SiO2(シリカ)とは化学物質として区別されるも
のである。)。また,その他,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に「SiO2(シリ\nカ)」が生成されていることを認めるに足りる証拠はない。
さらに,甲1文献には,テトラアルコキシシラン及び/又はテトラアルコキシシ
ランの部分加水分解縮合物について反応すべきものが全て反応したことについては,
記載も示唆もされていないのであるから,この点においても,甲1発明の酸化チタ
ン粉末の表面に「SiO2(シリカ)」が生成されていると認めることはできない。\nしたがって,甲1発明において,酸化チタン粉末の表面に,「SiO2(シリカ)」\nが生成されているとは認めることができず,甲1発明の酸化チタン粉末が「SiO
2(シリカ)」で表面処理されているということはできない。\n
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2018.04.11
平成29(行ケ)10120等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年4月4日 知的財産高等裁判所
引用発明の認定誤りを理由として、進歩性なしとした審決を取り消しました。
イ 前記アのとおり,甲4には,ブロックパターンの改良に関し,耐摩耗性能を\n向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能\及び乗心地性能をも向上\nせしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供することを目的とする発明が記載
されている(前記ア(イ)b)。
そして,タイヤ踏面の幅方向センター部に踏面幅の50%以内の領域において3
本のストレート溝をタイヤ周方向に環状に設けるとともに,これらのストレート溝
からタイヤ幅方向に延びる複数の副溝を配置したブロックパターンにおいて,1)全
溝面積比率を25%とし,かつ,領域W(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)F
F’のセンター部における踏面幅Tの50%以内)の全溝面積比率を残りの領域の
全溝面積比率の3倍とすること,2)ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブ
ロック1の表面に独立カーフcをタイヤ幅方向FF’に形成すること,3)ブロック
1の各辺とカーフcの各辺のタイヤ幅方向FF’全投影長さ(LG)とタイヤ周方
向EE’全投影長さ(CG)との比を「LG/CG=2.5」とすることにより,
良好な耐摩耗性及び乗心地性能を享受し,かつ,湿潤路運動性能\も低下しないよう
にしたものである(前記ア(イ)c)。
したがって,甲4には,「センター領域を含めた全ての領域が溝により複数のブ
ロックに区画されたブロックパターンについて,1)全溝面積比率を25%とし,か
つ,前記領域(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部における
トレッド踏面幅Tの50%以内の領域)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比
率の3倍となし,2)前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独
立カーフをタイヤ幅方向に形成し,3)前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタ
イヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比LG/CG=2.
5とする。」との技術的事項,すなわち,甲4技術Aが記載されていると認められ
る。
ウ 本件審決の認定について
本件審決は,甲4に甲4技術が記載されていると認定した。
しかし,前記アのとおり,甲4には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明に
も,一貫して,ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載さ
れている。また,前記イのとおり,甲4には,前記イ1)ないし3)の技術的事項,す
なわち,溝面積比率,独立カーフ,タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影
長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。
そこで,これらの記載に鑑みると,上記イ1)ないし3)の技術的事項は,甲4に記
載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構\成全て
を備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能\,湿潤
路走行性能及び乗心地性能\をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提
供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。
したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを
捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術
が開示されていると認めることはできない。よって,本件審決における甲4記載の
技術的事項の認定には,上記の点において問題がある。
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2018.03.28
平成29(行ケ)10148 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年3月26日 知的財産高等裁判所(4部)
CS関連発明の進歩性なしとした審決について、引用発明の認定に誤りはあるが、結論としては妥当として審決が維持されました。
本件審決は,引用発明の「仮情報」は「固定情報」であることが示唆され
ている旨判断した。
a この点について,被告は,本願発明の「固定情報」は,複数の取引ごとに変
化しない情報であればよく,取引のたびごとに生成削除されたとしても,生成のた
びに同じ値の「仮情報」が生成されていれば「固定情報」であるといえる,実際,
引用発明において,仮情報は,口座取引の内容と無関係に生成される値であり,口
座取引内容に応じて値を変化させる必要がない旨主張する。
しかし,引用例1の【図3】のステップS310〜S311には,「仮情報」を
口座情報に基づいて生成することの記載はないし,「仮情報」はセキュリティの観
点から取引ごとに異なるものとすることが通常であるところ,引用例1にこれを同
じにすることを示唆する記載もない。したがって,引用発明において,生成のたび
に同じ値の「仮情報」が生成されることが示唆されているとはいえない
い。
b 被告は,引用例1の「ホストコンピュータ30においては,事前に仮情報デ
ータと顧客口座情報の対応を検証し,ホスト側データ保管部302に保管しておい
ても構わない。」(【0045】)との記載は,「仮情報」を複数の取引にまたが\nって用い得ることを示唆している旨主張する。
しかし,前記イ(イ)のとおり,事前に仮情報データと顧客口座の対応が検証され
る場合であっても,「仮情報」は取引終了時に削除されることからすれば,「仮情
報」が複数の取引にまたがって用い得ることが示唆されているとはいえない。
c 被告は,引用例1の「仮情報使用の有効期限と有効回数を設けることも可能\nである。」(【0086】),「仮情報に有効期限と有効回数を設けることにより,
第3者等による不正利用防止のセキュリティを向上させることができる。」(【0
087】)との記載によれば,引用発明の「仮情報」を有効期限や有効回数が設け
られた情報のような固定情報として生成することが示唆されている旨主張する。
しかし,「有効期限」(【0086】【0087】)は,携帯端末装置が仮情報
を受け取ってから,現金自動取引装置に仮情報を入力するまでの期限のことと解さ
れ,「有効期限」の定めがあるからといって,1回の取引を超えて「仮情報」が使
用されることを示唆するとはいい難い。そして,「有効回数」(【0086】【0
087】)は,仮情報の使用回数を,1回限りではなく,数回としたものと解され
るが,前記イ(イ)のとおり,引用発明は,課題解決手段として,顧客口座情報を用
いない手段を採用しているのであるから,「有効回数」の定めがあるからといって,
「固定情報」であることが示唆されているとはいい難い。
d したがって,引用発明の「仮情報」は「固定情報」であることが示唆されて
いる旨の本件審決の判断には誤りがあるが,相違点2を容易に想到することができ
た旨の本件審決の判断は,結論において正当である。
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2018.01.11
平成29(行ケ)10072 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成29年12月21日 知的財産高等裁判所
異議理由あり(進歩性)との審決が、引用文献の認定誤りを理由に取り消されました。異議の成立自体が低く、かつそれが取り消されるのはかなりレアな事例です。
以上より,甲5文献記載の発明は,ポリメチルシルセスキオキサンの製
造方法に関するものであり(前記ア2)),塩素原子の含有量が少なく,アルカリ土類
金属やアルカリ金属を含有せず,自由流動性の優れた粉末状のポリメチルシルセス
キオキサンの製造方法を提供することを目的とし(前記ア3)),アンモニアまたはア
ミン類を,原料であるメチルトリアルコキシシラン中に残存する塩素原子の中和剤,
並びに,メチルトリアルコキシシランの加水分解及び縮合反応の触媒として用いる
という製造方法を採用したものである(前記ア4))と認められる。
(2) 引用発明の粉末のシラノール基量及び撥水性を甲4実験に基づき認定し
た点について
ア 甲1文献の実施例1において用いたポリメチルシルセスキオキサン粉末
は,「甲5文献記載の方法により得た平均粒子径5μm」のものである。決定は,甲
4実験は,甲1文献の実施例1を追試したものであり,甲4実験のポリメチルシル
セスキオキサン粒子は,シラノール基量が0.08%であること,及び,撥水性の
程度が「水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間
攪拌後において,粒子が分散しない程度」であることを示していると認定した上で,
引用発明のポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を認定
した。
しかし,甲1文献の実施例1にいう,甲5文献記載の方法によることが,甲5文
献の実施例1によることで足りるとしても,以下のとおり,甲4実験は甲1文献の
実施例1を再現したものとは認められない。
イ 甲5文献の実施例1を含む甲1文献の実施例1の方法と,甲4実験とを
比較すると,少なくとも,1)攪拌条件,及び,2)原料メチルトリメトキシシランの
塩素含有量において,甲4実験は,甲1文献の実施例1の方法を再現したとは認め
られない。
(ア) 攪拌条件について
真球状ポリメチルシルセスキオキサンの粒子径をコントロールするために,反応
温度,攪拌速度,触媒量などの反応条件を選定すること(乙2 489頁左欄6行
〜11行),ポリアルキルシルセスキオキサン粒子の製造方法として,オルガノトリ
アルコキシシランを有機酸条件下で加水分解し,水/アルコール溶液,アルカリ性
水溶液を添加した後,静止状態で縮合する方法において,弱攪拌又は攪拌せずに縮
合反応させることによって,低濃度触媒量でも凝集物を生成しない粒子を得ること
ができるが,粒径が1μm以上の粒子を製造するのに不適切であることが本件発明
の従来技術であったこと(本件明細書【0006】)からすると,ポリメチルシルセ
スキオキサン粒子の製造においては,攪拌条件により,粒子径の異なるものが得ら
れるものといえる。
甲5文献の実施例1には,攪拌速度は記載されておらず,甲4実験においても,
攪拌速度が明らかにされていない。したがって,実験条件から,得られたポリメチ
ルシルセスキオキサン粒子の平均粒径を推測することはできない。加えて,甲4実
験においては,甲5文献の実施例1で追試して得られたとするポリメチルシルセス
キオキサン粒子の粒径は計測されていない。したがって,甲4実験において甲5文
献の実施例1を追試して得られたとするポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均
粒子径が,甲1文献の実施例1で用いられたポリメチルシルセスキオキサン粉末と
同じ5μmのものであると認めることはできない。
(イ) 原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量について
甲5文献記載の発明は,前記(1)イのとおり,塩素原子の含有量が少ないポリメチ
ルシルセスキオキサンの製造方法を提供するものであり,塩素原子を中和するため
にアンモニア又はアミン類を用いるものである。そして,アンモニア及びアミン類
の使用量は,アルコキシシラン又はその部分加水分解縮合物中に存在する塩素原子
を中和するのに十分な量に触媒量を加えた量であるが,除去等の点で必要最小限に\nとどめるべきであり,アンモニア及びアミン類の使用量が少なすぎると,アルコキ
シシラン類の加水分解,さらには縮合反応が進行せず,目的物が得られない(前記
(1)ア4))。実施例1〜5及び比較例1〜3においては,原料に含まれる塩素原子濃
度並びに使用したアンモニア水溶液の量及びアンモニア濃度が記載されている(前
記(1)ア5)6))。以上の点からすると,塩素原子の中和に必要な量でありかつ除去等
の点で最小限である量のアンモニア及びアミン類を使用するために,塩素原子の量
とアンモニア及びアミン類の量を確認する必要があり,そのために,甲5文献の実
施例1においては,用いたメチルトリメトキシシランのメチルトリクロロシランの
含有量が塩素原子換算で5ppmであることを示したものと理解される。
ところが,甲4実験で甲5文献の実施例1の追試のために原料として用いたメチ
ルトリメトキシシランの塩素原子含有量は計測されていない。したがって,甲4実
験で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量と甲5文献
の実施例1で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量と
が同一であると認めることはできない。そうすると,甲4実験において,甲5文献
の実施例1と同様にアルコキシシラン類の加水分解,縮合反応が進行したと認める
ことはできず,その結果,得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子が,甲5文
献の実施例1で得られたものと同一と認めることはできない。
ウ 以上より,甲4実験で用いたポリメチルシルセスキオキサン粒子は,甲
1文献の実施例1で用いられたものと同一とはいえないから,甲4実験で得られた
ポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を,甲1文献の実
施例1のそれと同視して,引用発明の内容と認定することはできない。
◆判決本文
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