2022.11.25
令和3(行ケ)10164 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和4年11月16日 知的財産高等裁判所
知財高裁は、進歩性なしとした審決を、阻害要因ありとして取り消しました。また、手続き違背についても認めました。
(1) 引用発明1を含む甲8に記載された発明は、特に、「被膜を有しないSn耐食
性に優れた合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子を
提供することを目的とする」ものである(甲8の段落[0006])ところ、銀の添加に
ついては「Sn耐食性」の向上については触れられていない(同[0018])一方で、
ニッケルの添加は「Sn耐食性の向上・硬度上昇に効果がある」ことが明記されて
いる(同[0019])。
そして、実施例においても、硬度等とともに「Sn耐食性」が独立の項目として
評価され(同[0036])、甲8に係る発明の実施例には全てニッケルが添加され、い
ずれも「Sn耐食性」において「○」と評価されている(同[0038]及び[表1]。\nなお、同[0003]及び[0047]等の記載のほか、同[0040]〜[0045]の比較例1
〜6に対する評価に係る記載をみても、甲8に係る発明は、硬度とSn耐食性を含
む複数の要請をいずれも満たすことを目的としたものであると認められる。)。
この点、比較例7のみにおいては、ニッケルの添加がされていないが、「Sn耐食
性」において「×」と評価され、かつ、「Snはんだ等低硬度材向けのコンタクトプ
ローブ用途として好ましくないといえる」と明記されている(同[0046]及び[表\n1])。
以上の点に照らすと、引用発明1においては、ニッケルの添加が課題解決のため
の必須の構成とされているというべきであり、引用発明1の「合金材料」について、\nニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることには、阻害要因があるというべ
きである。そして、甲8の記載に照らしても、引用発明1の「合金材料」について、ニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることの動機付けとなる記載は認められず、
他にそのようにすることが当業者において容易想到であるというべき技術常識等も
認められない。
したがって、引用発明1に基づいて、相違点1に係る本願補正発明の構成とする\nことについて、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
(2) 被告の主張について
ア 被告は、一次特性と二次特性の区別を前提として、甲8の記載に接した当業
者においては、導電性と硬度という最優先の二大特性が最低限満たされたベース合
金のコンタクトプローブも意識するはずであるから、相違点1に係る本願補正発明
の構成に容易に想到し得る旨を主張する。\nしかし、一次特性と二次特性についての被告の主張を前提としても、前記(1)で指
摘した諸点に照らすと、甲8の記載に接した当業者においては、導電性と硬度とい
う最優先の二大特性を最低限満たした銅銀二元合金に、ニッケルをどのような割合
で添加すること等によって、「Sn耐食性」を向上させ、それや硬度を含めたコンタ
クトプローブとしての要請をどのように実現させるかという観点から引用発明1を
みるものといえるから、「Sn耐食性」が専ら二次特性に係るものであるという理解
を前提としても、そのことから直ちにニッケルの省略が動機付けられるものとはい
えず、相違点1に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとの被告の主張は採\n用できない。
・・・・
(2) 特許法50条本文や同法17条の2第1項1号又は3号による出願人の防御
の機会の保障の趣旨は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由
を発見した場合にも及ぶものと解される(同法159条2項)。
また、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含
む。)において、同法17条の2第1項3号による補正や審判請求時にされた補正が
独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定めら
れ、同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含
む。)において、上記により補正の却下の決定をするときは拒絶理由通知を要しない
旨が定められたのは、平成5年法律第26号による特許法の改正によるものである
ところ、同改正の際には、審判請求時にされた補正の判断に当たって審査段階にお
ける先行技術調査の結果を利用することが想定されていたものとみられるととも
に、同改正の趣旨は、再度拒絶理由が通知されて審理が繰り返し行われることを回
避する点にあったものと解される。
以上の点に加え、新たな引用文献に基づいて独立特許要件違反が判断される場合、
当該引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正については当該引用文献を示
されて初めて検討が可能になる場合が少なくないとみられること等も考慮すると、\n特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合
であっても、特許出願に対する審査手続や審判手続の具体的経過に照らし、出願人
の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、拒絶理由
通知をしないことが手続違背の違法と認められる場合もあり得るというべきであ
る。
(3) 本件においては、次の各事情が認められる。
ア 証拠(甲3、7、13)及び弁論の全趣旨によると、甲16(引用文献5)
については、審査段階で指摘されることはなく、本件審判手続に至っても予め指摘\nされることなく、本件審決で初めて指摘された文献であると認められる。
イ 本願の特許請求の範囲の請求項1については、進歩性に関し、1)令和2年6
月22日起案の拒絶理由通知書(甲7)において、甲8が引用文献として指摘され、
「銅銀合金を製造する上で、銅に対する銀の添加量をどのような値とするのかは、
当業者が適宜行う設計的事項にすぎない」という理解が示された上で、甲8に記載
された発明と本願発明との相違点は一点(本件審決にいう相違点2に相当するもの)
に限られることが指摘され、その相違点に係る本願発明の構成が容易想到である旨\nが指摘されたこと、2)原告は、同年8月19日付け意見書において、上記拒絶理由
通知書における上記理解が誤りである旨を指摘し、甲8に記載された合金はニッケ
ルを含むもので、甲8の銅銀ニッケル合金において銀の添加量を変更しても本願発
明には至らないことなどを主張したこと(甲11)、3)同年10月22日付けで上記
拒絶理由通知書の記載に沿う拒絶査定がされたこと(甲13)、4)原告は、令和3年
2月3日付けで本件審判請求及び合金の組成に係る本件補正をしたこと(甲14、
15)、5)令和元年12月9日付けの補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1に
おいても、本願発明の合金は「銅銀合金体」と記載されており、それと上記2)の意
見書における原告の主張を併せて考慮すると、本願発明の「銅銀合金体」がニッケ
ルを含むものではないことを原告が前提としていることは、同意見書の提出の時点
で理解できたことが認められるところであり、原告においては、上記のとおり審査
段階において本願発明について進歩性欠如の根拠とされた唯一の文献である甲8に
対し、合金の材料に係る他の相違点が存在するという点に専らその主張を集中させ
て争い、本件審判請求の際にもそれに沿う趣旨の本件補正をしたものである。
しかるに、前記2(1)及び(2)のほか、本願発明と引用発明1の対比によると、本
願補正発明と引用発明5との相違点である相違点3は、本願補正発明と引用発明1
の相違点2及び本願発明と引用発明1の相違点4と実質的に全く同一のものである
と認められる一方、本願補正発明と引用発明1との相違点1は、本願補正発明と引
用発明5の相違点としては認められないものである。それゆえ、拒絶理由通知をも
って甲16(引用文献5)を示されていた場合には、原告においては、審査段階や
審判段階において、引用発明5の認定並びに本願補正発明と引用発明5の一致点及
び相違点について争ったり、相違点2及び相違点3をより重視した反論をしたり、
あるいは相違点3に係る本願発明の構成に関して補正することを検討するなどして\nいた可能性もあるものとみられ、原告の方針には重大な影響が生じていたものとい\nうべきである。
(4) 前記(2)を前提として、前記(3)の諸事情を踏まえた場合、相違点3と同一の
相違点2については審査段階で原告に反論の機会が与えられていたこと等を考慮し
ても、なお、引用発明5を主引用例として本願補正発明の進歩性を判断することは、
原告の手続保障の観点から許されないというべきである。
◆判決本文
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2022.11.22
令和4(行ケ)10021 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和4年11月16日 知的財産高等裁判所
「吹矢の矢」の特許についての審決取消請求事件です。特許庁が無効理由無しとした審決が維持されました。侵害訴訟については1審は侵害と認定しましたが、知財高裁は技術的範囲に属しないと判断しています。
ア 事案の内容に鑑み、まず、相違点2−1−cに関する容易想到性について検
討する。
イ 前記4(1)及び(2)によると、甲2及び3には、前記第2の3(3)ア(ア)aのよ
うに本件審決が認定する「長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方
に延びる円柱部とからなるピンを備えた吹矢に使用する矢」(甲2・3技術事項)
が記載されていると認められるが、それら甲2及び3に記載された矢は、いずれも、
(円錐形の)フィルムを備えたものではない。
また、前記4(3)によると、甲4において、重りの釘2)は頭部を矢の後方(プラス
ティックフィルム1)が巻かれた側)に位置しており、フィルムに釘の円柱部全てが
差し込まれているものではなく、フィルムの先端部に重りの釘2)の頭部が接続され
ているものでもない。
したがって、仮に、甲1発明に甲2〜4を適用しても、相違点2−1−cに係る
本件発明の構成には至らないから、甲2〜4は相違点2−1−cについての容易想\n到性を基礎付けるものではない。
ウ(ア) これに対し、甲5発明の矢については、釘4の円柱状部分全てがスカート
部6に差し込まれて固着されるとともに、スカート部6の先端部に連続して釘4の
丸い頭部4aが接続されているといえる。
(イ) しかし、甲1発明の矢は、矢軸5の後方に中空円錐状の羽根部6が篏合固着
されており、矢軸5を羽根部6に全て差し込む形で固着することについて、甲1に
これを示唆し、又は動機付ける記載があるとは認められない。
この点、甲1において、矢じりは金属製とされ、標的台は台板と紙とクッション
ボードから成るものとされ、クッションボードについては所定厚さ(約20mm)が
明記され、全長約10cmの吹矢の約5分の1程度を矢じり4及び矢軸5が占める第
3図が掲載され、吹矢の当たった状態を示すとされる第6図においては矢じり4の
先端が台板8に接している状態が示されていることを考慮すると、甲1において吹
矢が標的面に当たり「小気味の良い音」を発するについては、矢じり4の先端が台
板に到達することが少なからず寄与していることが窺われる。それにもかかわらず、
仮に矢軸5を羽根部6に全て差し込む形で固着した場合、第6図のように矢じり4
の先端が台板に到達するかには疑問を差し挟む余地がある。このことは、甲1発明
の矢について、矢軸5を羽根部6に全て差し込む形で固着するという構成を採用す\nることを阻害する事情となり得るところである。
(ウ) そうすると、甲1発明に甲5発明を適用することについては、示唆も動機付
けもなく、むしろ阻害要因があるともいえるから、甲1及び5に基づいて、当業者
において相違点2−1―cに係る本件発明の構\成とすることが容易になし得たもの
とはいえない。
エ したがって、相違点2−1のうちその余の点について判断するまでもなく、
相違点2−1に係る本件発明の構成が容易想到であるとはいえない。\n
オ 原告の主張について
(ア) 原告は、羽根部分がピンから外れ、又は前側(円頭形部分側)にフィルムが
ずれてしまうことから、甲1に接した当業者であれば、甲5に開示のようにフィル
ムに円柱部を全て差し込む構成とする必要があり、動機付けがある旨を主張する。\n原告の上記主張は、動機付けとして、甲1や甲5の記載を根拠とするものではな
く、物理法則ないし技術常識を指摘するものと解されるところ、原告が上記主張の
根拠として提出する実験結果報告書(甲12)については、実験に用いられた吹矢
の矢の素材や寸法等も明らかでなく(なお、甲1においては、羽根は、紙又は合成
樹脂材及び金属箔の単独又は組合せにより形成された最大外径10〜12mmの軽量
なものとされ、矢の全長は約10cmであるとされている。)、甲1発明の矢を適切
に再現した上でされた実験であることが担保されているとはみられない。また、そ
の内容に沿わない被告提出の報告書(乙1)も存在する。さらに、接着剤の詳細に
ついても不明であり、より強固な接着力を有する接着剤を選択するという方法が存
在しないことも裏付けられていない。したがって、前記報告書(甲12)に基づい
て原告の主張するような動機付けがあると認めることはできず、その他、甲1発明
について矢軸5を羽根部6に全て差し込む形で固着するという構成を採る動機付け\nとなり得るような技術常識等を認めるべき証拠もない。
したがって、原告の上記主張は前記イ〜エの判断を左右するものではない。
(イ) 原告は、1)矢軸の途中にフィルムを巻き付ける構成とした場合、ピンの軸が\nフィルムの中央を通るように固定することが困難となり、上下方向で重心のブレを
生じ、命中精度に影響し得ること、2)上記構成とすると、吹矢を量産する際に差し\n込む部分の長さを一定にするための位置決めが困難であるのに対し、フィルムに円
柱部を全て差し込む構成とすると、同じ長さの吹矢を容易に製造することが可能\と
なるといった点を踏まえても、甲1発明に甲5発明を適用する動機付けがあると主
張するが、命中精度や製造の容易性に関して甲1に示唆や動機付けというべき記載
は認められず、他に上記1)及び2)の点に関して甲1発明に甲5発明を適用する動機
付けとなり得るような技術常識等を認めるべき証拠もない。
◆判決本文
侵害訴訟の控訴審はこちら。
◆令和3(ネ)10049等
1審はこちら。
◆平成31(ワ)2675
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2022.10.20
令和3(行ケ)10165 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和4年8月30日 知的財産高等裁判所
動機づけなし・阻害要因ありとして、進歩性なしとした拒絶審決が維持されました。
ア 本件発明1と甲2発明1との相違点1ないし4は、前記第2の3(3)イの
とおりであるところ、これらはいずれも本件発明1における伸縮部を備え
ているか否かをその内容とするものといえる。
そこで、以下、本件特許が出願された当時の当業者が、甲2発明1、甲
4発明及び甲5公報ないし甲7公報から認定される周知技術に基づいて、
甲2発明1について上記伸縮部を備えることを容易に想到し得たか否か
について検討する。
イ まず、主引用発明である甲2発明1について検討するに、甲2公報にお
いて、盗難防止用連結ワイヤを伸縮可能なものとすることが記載又は示唆\nされているというべき記載は見当たらない。
また、前記(1)のとおり、甲2発明1は、盗難防止用連結ワイヤの一方を
ドアノブや玄関周り固定物に接続し、他方を宅配容器本体に接続するもの
であるところ、甲2公報の段落【0022】並びに図3及び図4の記載に
よれば、甲2発明1の盗難防止用連結ワイヤは、玄関内側のドアノブや建
物内部の玄関周り固定物に接続するものであるといえる。さらに、甲2公
報の段落【0022】及び図3の記載によれば、甲2発明1において、配
達物を収納していないときの形態の宅配容器本体をドアノブに掛ける際
には、宅配容器本体に備えられた「宅配容器取っ手」を使用することとさ
れている。
このように、甲2発明1においては、配達物を収納していないときの形
態の宅配容器は、「宅配容器取っ手」を使用して玄関外側のドアノブに掛け
られ、他方で、宅配容器に接続された盗難防止用連結ワイヤは、玄関内側
のドアノブや建物内部の玄関周り固定物に接続することとなるのである
から、同ワイヤは、これを可能とするのに十\分な長さを確保する必要があ
るといえる。そうすると、配達物を収納していないときの形態における甲
2発明1においては、盗難防止用連結ワイヤの長さを、ドアの一部に吊り
下げられるように短縮する構成は採用し得ず、そのような構\成を採る動機
付けは存しないというべきである。
以上によれば、甲2発明1において、盗難防止用連結ワイヤを伸縮可能\nなものとすることは動機付けられないというべきである。なお、上記に照
らすと、甲2発明1においては、少なくとも相違点3に係る本件発明1の
構成を採ることについて、阻害要因が存するというべきである。\n
◆判決本文
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2022.08.31
令和3(行ケ)10131 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和4年8月22日 知的財産高等裁判所
進歩性無しとした審決が維持されました。原告は阻害要因ありを主張しましたが、「専門の技術者がこれを行うことを常に想定しているということはできない」としてこれを否定しました。
(3) 前記(2)の記載によると、甲4の「スクリーン保護膜30」が本件発明1の
「保護シート」に相当し、「第一の離型膜341」及び「第二の離型膜342」が
それぞれ本件発明1の「第2剥離部」及び「第1剥離部」に相当することは明らか
である。そして、甲4の「第一の突起部343」及び「第二の突起部344」は、
それぞれ「第一の離型膜341」及び「第二の離型膜342」から、「スクリーン
保護膜30」の外側に延びるように設けられ、「第一の離型膜341」及び「第二
の離型膜342」を剥がす際に手で持つ部分であるから(段落【0025】、【0
026】、【図4】〜【図6】)、いずれも本件発明1の「延出部」に相当すると
いえる。
ここで、甲4において「第一の突起部343」及び「第二の突起部344」を設
けたのは、手で「第一の突起部343」又は「第二の突起部344」を持って、そ
れぞれ「第一の離型膜341」又は「第二の離型膜342」を便利に剥がせるよう
にするためである(段落【0025】)。そうすると、甲4に記載された発明とそ
の属する技術分野を同じくする甲3−1発明(その内容は、前記第2の3(2)ア
(ア)のとおり)においても、そのような利便性を図るため、甲4に記載された「第
一の突起部343」及び「第二の突起部344」の構成を適用して本件発明1の\n「延出部」を設けることは、本件優先日当時の当業者において容易に想到し得たこ
とであると認められる。
(4) この点に関し、原告は、甲3−1発明に甲4に記載された「第一の突起部
343」及び「第二の突起部344」の構成を適用することには、阻害要因がある\n旨主張するが、以下のとおり、これを採用することはできない。
ア 原告は、まず、甲3−1発明はその貼付の対象として超大型のディスプレイ\nパネル(最低でも17インチのものであり、適するのは82インチのものであり、
更にそれより大きいものを含む。)を想定しており、その貼付を行うのは専門の技\n術者であるから、本件発明1の「延出部」のような部材は不要である旨主張する。
そこで検討するに、前記(1)のとおり、甲3には、甲3−1発明の光学フィルム
を貼付する対象が「大型ディスプレイパネル」であり、「大型」とは17インチか\nら82インチ程度までのものをいう旨の記載がある(前記(1)イ、ケ等)。また、
特許請求の範囲においては、保護フィルムの貼付の対象となる大型ディスプレイパ\nネルが少なくとも17インチのものである旨の特定がされている(前記(1)ツ)。
さらに、実施例1においては、甲3−1発明の光学フィルムは40インチの大型液
晶テレビに貼付され、実施例2においては、甲3−1発明の光学フィルムは23イ\nンチのコンピュータディスプレイに貼付されている(前記(1)ソ及びタ)。これら\n甲3全体の記載を参酌すると、甲3の「要約」に、「この方法は、対角線208c
m(82インチ)の可視領域を有するような大型ディスプレイパネルでの使用に適
している。」との記載があること(前記(1)ア)を考慮しても、甲3−1発明が8
2インチ程度の大型ディスプレイパネルのみをその貼付の対象としていると認める\nことはできず、甲3−1発明は、幅広い大きさの範囲(17インチないし82イン
チ程度)のディスプレイパネルをその貼付の対象とするものであると認めるのが相\n当である。そして、17インチ程度の大きさのディスプレイパネルに光学フィルム
を貼付することが専門の技術者でなければ行えないとみるべき事情もない。そうす\nると、甲3−1発明の光学フィルムの貼付については、専門の技術者がこれを行う\nことを常に想定しているということはできないから、原告の上記主張は、その前提
を欠くものとして失当である(なお、原告が主張する「把持部」(本件発明1の
「延出部」に相当する部材)は、甲4における「第一の離型膜341」及び「第二
の離型膜342」を剥がすのに便利な「第一の突起部343」及び「第二の突起部
344」と同様の機能を有するものであるところ(甲4の段落【0025】等参\n照)、甲4の「第一の離型膜341」及び「第二の離型膜342」は、甲3―1発\n明の分離剥離ライナーである「第1の部分38a」及び「第2の部分38b」に対
応するものである。専門の技術者であったとしても、分離剥離ライナーを剥がすた
めに「把持部」を設けることは便利となるものであって、仮に、甲3−1発明の光
学フィルムがその貼付を専門の技術者が行うことを想定しているとしても、そのこ\nとから直ちに、甲3−1発明の光学フィルムにおいて、分離剥離ライナーである
「第1の部分38a」及び「第2の部分38b」を剥がすのに便利な「把持部」を
設けることが不要になるわけではない。)。
イ 原告は、また、甲3−1発明の光学フィルムの貼付作業に利用できるように\n「把持部」を形成する場合、最低でも10cm程度の大きさ(これは、「把持部」
と「第1の部分38a」又は「第2の部分38b」が接する部分の長さをいうもの
と解される。)が必要になるところ、そのような大きさの「把持部」が形成される
と、甲3が想定する精度で貼付作業を行うことができなくなる旨主張する。\nしかしながら、甲3−1発明の光学フィルムに「把持部」を形成する場合、最低
でも10cm程度の大きさを必要とするとの原告の主張は、何ら客観的な根拠を有
するものではないし、上記アのとおり、甲3−1発明の光学フィルムは、17イン
チのディスプレイパネルをもその貼付の対象とするものであるから、その場合にも、\n「把持部」を形成するのであれば最低でも10cm程度のものが必要であるという
ことはできない(なお、原告の上記主張は、甲3−1発明の光学フィルムの貼付の\n対象として、82インチ程度の超大型ディスプレイパネルのみが想定されているこ
とを前提とするものと解されるが、その前提が成り立たないことは、前記アのとお
りである。)。したがって、原告の上記主張も、前提を誤るものとして失当である。
ウ 原告は、さらに、甲3−1発明の光学フィルムは、ディスプレイパネルの周
囲に大きな段差のあるフレームがあるような場合に使用されることを想定している
ところ(甲3の図面)、そのような場合に「把持部」を形成すると、フレームと
「把持部」が干渉してしまい、甲3−1発明の光学フィルムの位置決めが不可能に\nなる旨主張する。
確かに、甲3の図面の中には、ディスプレイパネルの周囲にフレームがあり、段
差が生じていると見て取れるもの(図7a等)がある。しかしながら、実施例1に
おいては、甲3−1発明の光学フィルムは大型液晶テレビに貼付され、実施例2に\nおいては、甲3−1発明の光学フィルムはコンピュータディスプレイに貼付されて\nいるところ(前記(1)ソ及びタ)、大型液晶テレビやコンピュータのディスプレイ\nパネルの周囲に必ず段差のあるフレームが存在するわけではないから、甲3−1発
明の光学フィルムが、常にディスプレイパネルの周囲に大きな段差のあるフレーム
があるような場合に使用されることを想定しているということはできない。したが
って、原告の上記主張も、その前提を誤るものとして失当である。
エ なお、原告は、実験報告書(甲28の3、甲36)を根拠に、甲3−1発明
の光学フィルムを巨大なディスプレイパネルに貼付する場合、「把持部」があると、\nかえって作業に支障を来す旨主張する。
しかしながら、上記実験において用いられたのは、82インチの光学フィルムの
みであるところ、前記アのとおり、甲3−1発明は、常に82インチ程度の光学フ
ィルムであることを前提としているわけではないから、82インチよりも小さいサ
イズの光学フィルムを用いた実験を省略する上記実験は、17インチないし82イ
ンチ程度といった幅広い大きさの範囲でディスプレイパネルに貼付することを前提\nとする甲3−1発明の光学フィルムに「把持部」を設けることの不都合さを示す実
験としては、十分なものではない。加えて、23インチのディスプレイパネル及び\n82インチのディスプレイパネルに貼付することのできる2種類の光学フィルムを\n用いた被告の実験結果(「延出部」を設けても貼付作業に支障を来さず、むしろ有\n用であったとするもの。乙1、2)にも照らすと、原告の上記実験結果によっても、
甲3−1発明の光学フィルムに「把持部」を設けると貼付作業に支障を来すことに\nなると認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
◆判決本文
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