2020.03.11
平成30(行ケ)10165 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月19日 知的財産高等裁判所
進歩性違反無しとした無効審決が、動機付けあり、特段の効果無しとして取り消されました。
(ア) 甲3には,引用発明2−2−1’(実施例4記載の用時混合型の医療
溶液)が「血液浄化用薬液」であることを明示した記載はない。
一方で,甲3には,前記(1)イ(イ)認定のとおり,「本発明」の目的の1
つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存及び使用の間に渡り良好な安
定性を保証する「医療溶液」(血液透析,血液透析濾過,血液濾過及び腹
膜透析用の透析液,腎疾患集中治療室内での透析用の溶液,通常は緩衝
物質を含む置換液又は輸液,並びに栄養目的のための溶液)を提供する
ことにあることの開示がある。この「医療溶液」中の「腎疾患集中治療
室内での透析用の溶液」とは,救急・集中治療領域において,急性腎不
全の患者に対して行う持続的な血液浄化のための透析用の溶液を含むこ
とは自明である。
また,甲3には,前記(1)イ(ア)及び(イ)認定のとおり,(1)急性腎不全に
罹患している患者に適応となる治療法は,数週間を通しての持続的腎機
能代替療法(CRRT)であり,血液濾過が用いられるが,血清リンレ\nベルが正常な患者からリンを効率的に除去してしまう結果,定期的な週
3回の血液透析治療を受けている患者よりも高い頻度で,低リン血症が
起こり得るものであること,(2)低リン血症は,リンの投与によって予防,\n治療されるが,医療溶液にリンを導入する場合,沈殿する様々なリン酸
カルシウムの形成の問題があり,生理的pHに等しいpH値を有する生
理溶液では,リン酸カルシウムの沈殿の危険性が高くなるという問題が
あること,(3)「本発明」の発明者らは,特定のpH範囲等の如き一定の
条件下では,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンを重炭酸塩及び
リン酸塩重炭酸塩と共に保持し得ることができ,滅菌の安定なリン酸塩
含有医療溶液を提供できることを見出したことの開示があることからす
ると,「本発明」の実施例である引用発明2−2−1’の「医療溶液」は,
急性腎不全に罹患している患者に適応し得るものと理解できる。
以上の点に照らすと,甲3に接した当業者においては,甲3記載の実
施例4(引用発明2−2−1’)において,当該「医療溶液」を「血液浄
化用薬液」にすることを試みる動機付けがあるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2−2−1’において,相違点(甲
3−3−b”)に係る本件訂正発明12の構成とすることを容易に想到す\nることができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(イ) これに対し被告らは,引用発明2−2−1’は,単なる「医療溶液」
にすぎず,これを「血液浄化用薬液」として使用することができると解
すべき技術常識は存在しないことなどからすると,甲3に「医療溶液」
として記載された引用発明2−2−1’を「血液浄化用薬液」とするこ
とは,当業者が容易に想到し得たことではない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)のとおり,甲3の記載事項に照らすと,当業
者は,引用発明2−2−1’において,相違点(甲3−3−b’’)に係る
本件訂正発明12の構成とすることを容易に想到することができたもの\nと認められるから,被告らの上記主張は採用することができない。
イ 相違点(甲3−3−d”)について
(ア) 引用発明2−2−1’(実施例4記載の用時混合型の医療溶液)にお
ける第一単一溶液と第二単一溶液を混合した即時使用溶液の各成分の
イオン濃度は,「K+」(カリウムイオン濃度)が「4.0mM」(4.0
mEq/L),「HPO4 2-」(リン酸イオン濃度)が「1.20mM」(無
機リン濃度3.72mg/dL),「Ca2+」(カルシウムイオン濃度)
が「1.25mM」(2.50mEq/L),「Mg2+」(マグネシウムイ
オン濃度)が「0.6mM」(1.2mEq/L),「HCO₃⁻」(炭酸水
素イオン濃度)が「30.0mM」(30.0mEq/L)である。
一方,前記(1)イ(イ)の認定事実によれば,甲3には,(1)「本発明」の
目的の1つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存及び使用の間に渡り
良好な安定性を保証する「医療溶液」を提供することにあること,(2)「本
発明」の発明者らは,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンは,特
定のpH範囲等の如き一定の条件下では,重炭酸塩と共に保持し得るも
のであり,一定の条件下では,リン酸塩とも一緒に保持することができ,
特定の環境,濃度,pH範囲及びパッケージングにおいて,滅菌の安定
なリン酸塩含有医療溶液を提供できることを見出したこと,(3)「本発明」
は,上記課題を解決するため,「即時使用溶液」が,1.0〜2.8mM
の濃度(無機リン濃度に換算すると「3.1〜8.7mg/dL」)のリ
ン酸塩を含み,滅菌され,かつ6.5〜7.6のpHを有するという構\n成を採用したことの開示があることが認められる。
加えて,甲3には,(4)「本明細書で述べる現在好ましい実施形態への
様々な変更および修正は当業者に明らかであることが理解されるべきで
ある。そのような変更および修正は,本発明の精神および範囲から逸脱
することなくおよびその付随する利点を減じることなく実施することが
できる。」(前記(1)ア(ケ))との記載があることに照らすと,甲3に接し
た当業者は,引用発明2−2−1’における上記即時使用溶液の各成分
のイオン濃度を最適なものに変更し得るものと理解するものといえる。
しかるところ,前記(2)イ認定のとおり,本件優先日当時,「急性血液
浄化」のための血液濾過(透析)用に使用され得る,市販されている透
析液及び補充液において,カルシウムイオン濃度を「2.5〜3.5m
Eq/L」,マグネシウムイオン濃度を「1.0〜1.5mEq/L」,
炭酸水素イオン濃度を「30mEq/L」前後の範囲の中で調整するこ
とは,技術常識又は周知であったものである。
そして,上記技術常識又は周知技術を踏まえると,引用発明2−2−
1’における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度(「1.2mE
q/L」)を市販されている透析液及び補充液の数値範囲の中で調整する
ことは,当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認められる。
そうすると,甲3に接した当業者は,引用発明2−2−1’における
上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度を市販されている透析液及
び補充液の上記数値範囲内の「1.0mEq/L」(相違点(甲3−3−
d”)に係る本件訂正発明12の構成)にすることを容易に想到すること\nができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(イ) これに対し被告らは,(1)不溶性微粒子の形成を抑制する溶液を実現
するためには,リン酸塩の濃度のみならず,溶液に含まれる他の成分及
び各イオン濃度の組合せが調整される必要があるから,これらの組合せ
が1個の不可分のまとまりのある技術事項となるところ,本件訂正発明
12は,配合及び混合液の各成分の濃度が所定の組合せであることによ
って,混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性炭酸塩の生成
を抑制することができる用時混合型急性血液浄化用薬液を実現したも
のであるから,混合液の各成分の濃度は,成分ごとに区々別々に対比す
るのではなく,各成分の濃度の組合せを一つの単位として認定して,引
用発明2−2−1’と対比するのが相当である,(2)引用発明2−2−1’
は,「所定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制され
る,混合時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」であり,本件
訂正発明12とは,技術的意義を異にする発明であるから,各成分の濃
度の相違は,設計事項となるものではなく,また,引用発明2−2−1’
に基づき,その各成分の濃度を変更して本件訂正発明12に到達しよう
とする動機付けは,そもそも観念できない,(3)引用発明2−2−1’は,
低リン血症を防止するとともに粒子の形成を抑制する旨の課題に対し,
所定の配合及び各成分の濃度を定めるとともに,「溶液混合時のpHの
範囲を定めることにより」既に上記課題を解決しているものであるから,
引用発明2−2−1’に接した当業者が,上記課題を解決するために引
用発明2−2−1’の各成分の濃度を変更する動機付けもない,(4)一定
の濃度の範囲内で各成分の濃度を適宜に変動することができるのは,あ
くまで,「一般の透析液・補充液」限りのものであって,これは,リン
酸塩を含む溶液に妥当するものではないなどとして,当業者は,引用発
明2−2−1’において,相違点(甲3−3−d”)に係る本件訂正発
明12の構成(マグネシウムイオン濃度を「1.0mEq/L」)とす\nることを容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)のとおり,甲3に接した当業者においては,
甲3記載の実施例4(引用発明2−2−1’)において,マグネシウム
イオン濃度を市販されている透析液及び補充液の数値範囲の中で調整
することは,当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認められる。
そうすると,当業者は,引用発明2において,相違点(甲3−3−d”)
に係る本件訂正発明12の構成とすることを容易に想到することができ\nたものと認められる。このことは,混合液の各成分の濃度の組合せをひ
とまとまりの相違点と認定した場合であっても同様である。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
ウ 相違点(甲3−3−a”)について
(ア) 本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載中には,
本件訂正発明12の「当該薬液調製後少なくとも27時間にわたって不
溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」との構成の意義を規定し\nた記載はない。
次に,本件明細書(甲11)には,「時間の経過と共に補充液中のカル
シウムイオンおよびマグネシウムイオンと炭酸水素イオンが反応し,不
溶性の炭酸塩の微粒子や沈殿が生じる」こと(【0007】),「当該薬液
中には,カルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在するにも拘わら
ず,リン酸イオンを含有させても不溶性のリン酸塩を生じない。また,
リン酸イオンの存在により,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグ
ネシウムイオンが共存し,pHが7.5を超えるような長時間後であっ
ても,不溶性炭酸塩の生成が抑制される」こと(【0023】),「不溶性
微粒子や沈澱の生成が長時間にわたって抑制される」とは,投与対象に
適用すべき最終薬液の調製後,たとえば上記A液とB液の混合後,少な
くとも27時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること,
またはpHが7.5以上になっても不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制さ
れること」を意味すること(【0057】)の記載がある。
また,本件明細書には,本件訂正発明12に規定するオルトリン酸の
濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」の薬液と
「リン酸イオンを含有しない薬液」との対比実験を行ったところ,「7日
間でpHが7.23〜7.29から7.89〜7.94までほぼ直線的
に上昇し,その間にリン酸イオン不含有薬液では不溶性微粒子の粒径も
数も顕著に増加したが,リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかか
わらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった。」(【008
8】)との記載があり,この記載は,本件訂正発明12に規定するオルト
リン酸の濃度の範囲内である「リン酸イオン濃度が4.0mg/dL」
の薬液では,「7日間」にわたって「リン酸イオン含有薬液ではpHの上
昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった」
ことを示すものである。もっとも,本件明細書には,本件訂正発明12
の「用時混合型血液浄化用薬液」が「27時間」にわたって不溶性微粒
子や沈殿の形成が実質的に抑制されたことを明示した記載はない。
以上の本件訂正発明12の特許請求の範囲(請求項12)の記載及び
本件明細書の記載を総合すると,本件訂正発明12の「そして当該薬液
調製後少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質
的に抑制され」との構成は,本件訂正発明12のA液及びB液の成分組\n成及びそれらのイオン濃度を請求項12に記載されたものに特定するこ
とによって実現されるものと理解できる。
(イ) そして,前記ア及びイのとおり,甲3に接した当業者は,引用発明
2−2−1’において,「血液浄化用薬液」として使用すること(相違点
(甲3−3−b”)に係る本件訂正発明12の構成)及びマグネシウムイ\nオン濃度を本件訂正発明12の濃度とすること(相違点(甲3−3−d”)
に係る本件訂正発明12の構成)を容易に想到することができたもので\nある。
加えて,引用発明2−2−1’のカリウムイオン濃度と本件訂正発明
12のカリウムイオン濃度は「4.0mM」(4.0mEq/L),引用
発明2−2−1’の炭酸水素イオン濃度と本件訂正発明12の炭酸水素
イオン濃度は「30.0mEq/L」であって,いずれも一致する。
以上によれば,本件訂正発明12の「少なくとも27時間にわたって
不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用\n発明2−2−1’において,相違点(甲3−3−b”)及び(甲3−3−
d”)に係る本件訂正発明12の構成とした場合に,自ずと備えるものと\n認められる。
したがって,引用発明2−2−1’において,相違点(甲3−3−a”)
に係る本件訂正発明12の構成とすることは,当業者が容易に想到する\nことができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(ウ) これに対し被告らは,引用発明2−2−1’は,「所定のリン酸塩
の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される,混合時の即時使用
溶液のpHの範囲を特定した発明」にすぎず,24時間を超える長時間
の経過によるpHの上昇は,全く想定されていないこと,粒子の形成が
24時間抑制されれば,pHの上昇にかかわらず,少なくとも27時間
にわたって,不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されるとする技術常識は
ないことからすると,引用発明2−2−1’には,同発明から,混合後
長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈澱の生成を抑制
することができる血液浄化用薬液を想到する基礎がないから,相違点(甲
3−3−a”)に係る本件訂正発明12の構成は,引用発明2−2−1’\nに基づいて容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)及び(イ)で説示したとおり,引用発明2−2−
1’において,相違点(甲3−3−a”)に係る本件訂正発明12の構成\nとすることは容易に想到することができたものと認められるから,被告
らの上記主張は採用することができない。
(4) 本件訂正発明12の顕著な効果について
被告らは,(1)本件訂正発明12は,「混合後長時間が経過してpHが上昇し
ても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる用時混合型急性血
液浄化用薬液」を実現した発明であるのに対し,引用発明2−2−1’は,
「所定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される,混合
時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」にすぎず,また,用時混合
型急性血液浄化用薬液の技術分野では,本件優先日当時,所定の配合により,
混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成を抑
制することができる旨の技術常識はなかったことからすると,本件明細書の
【0088】に係る「混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微
粒子や沈殿の生成を抑制することができる」という本件訂正発明12の効果
は,引用発明2−2−1’に比して,質的に差のある当業者が予測できない\n格別の効果である,(2)被告らが,本件明細書記載の実施例2の検体と甲3記
載の実施例4(表9)の検体について行った不溶性微粒子の形成の対比試験\nの結果(甲20の参考資料3)によると,両検体のpHは,混合後,同様の
上昇推移を経て,54時間経過後に約8.7まで上昇したところ,本件明細
書記載の実施例2の検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過時
に8個,54時間経過時に12個形成されるにとどまり,25μmの微粒子
が,混合後54時間経過時でも1個形成されるにとどまったのに対し,甲3
の実施例4(表9)の検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過\n時に17個,54時間経過時に78個も形成され,25μmの微粒子が,混
合後54時間経過時には5個も形成されていたことからすると,「混合後長時
間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成を抑制すること
ができる」という本件訂正発明12の効果は,甲3の記載から予測できない\n格別の効果であるのみならず,引用発明2−2−1’の配合や各成分の濃度
では実現することができない,当業者の予測を超えた顕著な効果である旨主\n張する。
そこで検討するに,被告らが主張する「混合後長時間が経過してpHが上
昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成を抑制することができる」という本件
訂正発明12の効果は,「当該薬液調整後少なくとも27時間にわたってpH
7.5以上でも不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」ること(【0
057】)に相当する効果であるものと認められる。一方で,本件明細書には,
本件訂正発明12の成分組成及びイオン濃度を有する用時混合型急性血液浄
化用薬液において,「混合後27時間経過時」及び「54時間経過時」のpH
の推移,微粒子の形成状況について明示した記載はないから,上記対比試験
の結果(甲20の参考資料3)に基づく効果は,本件明細書に記載された本
件訂正発明12の効果であるとは認められない。
そして,上記「当該薬液調整後少なくとも27時間にわたってpH7.5
以上でも不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制され」るという効果は,
前記(3)ウで説示したところと同様に,引用発明2−2−1’において,相違
点(甲3−3−b”)及び(甲3−3−d”)に係る構成とした場合に,自ず\nと備えるものと認められるから,当業者の予測を超えた顕著な効果であると\nいうことはできない。
◆判決本文
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2020.02.27
平成31(行ケ)10011 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月25日 知的財産高等裁判所
ゲノム編集技術であるCrispr-Cas(クリスパー−キャス)関連特許について、29-2違反、進歩性違反の拒絶審決が取り消されました。出願人はブロードコムおよびMITです。技術説明会をやったのでしょうね。
(相違点)
本願発明は「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有」するもの
であると下限値が特定されているのに対して,引用発明1では,本願発明の「tr
acr配列」に相当する部分の長さについて明確な特定はなく,「第二及び第三領域」
の合わせた長さが「約30から約120ヌクレオチド長の範囲」である点。
(5)相違点の検討
ア 特許法29条の2は,特許出願に係る発明が,当該特許出願の日前の他の特
許出願又は実用新案登録出願であって,当該特許出願後に特許掲載公報,実用新案
掲載公報の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願
明細書等」という。)に記載された発明又は考案と同一であるときは,その発明につ
いて特許を受けることができないと規定する。
同条の趣旨は,先願明細書等に記載されている発明は,特許請求の範囲以外の記
載であっても,出願公開等により一般にその内容は公表されるので,たとえ先願が\n出願公開等をされる前に出願された後願であっても,その内容が先願と同一内容の
発明である以上,さらに出願公開等をしても,新しい技術をなんら公開するもので
はなく,このような発明に特許権を与えることは,新しい発明の公表の代償として\n発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でない,というものである。
同条にいう先願明細書等に記載された「発明」とは,先願明細書等に記載されて
いる事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい,記載されて
いるに等しい事項とは,出願時における技術常識を参酌することにより,記載され
ている事項から導き出せるものをいうものと解される。
イ 本願明細書の【0162】には,tracr配列の長さとゲノム改変効率の
関係について,「EMX1およびPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的について,
tracr配列長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察された」と
の一般的な説明がなされ,特に,ゲノム改変効率の増加が優れるものとして,nが
67,85,すなわちtracr配列の長さが45,63のキメラRNAをとりあ
げて,「野生型tracrRNAのより長い断片を含有するキメラRNA(chiR
NA(+67)及びchiRNA(+85))は,3つ全てのEMX1標的部位にお
けるDNA開裂を媒介し,特にchiRNA(+85)は,ガイド及びtracr配
列を別個の転写物中で発現する対応するcrRNA/tracrRNAハイブリッ
ドよりも顕著に高いレベルのDNA開裂を実証した(図16b及び17a)。ハイブ
リッド系(別個の転写物として発現されるガイド配列及びtracr配列)を検出
可能な開裂を生じなかったPVALB遺伝子座中の2つの部位も,chiRNAを\n使用してターゲティングした。chiRNA(+67)及びchiRNA(+85)
は,2つのPVALBプロトスペーサーにおける顕著な開裂を媒介し得た(図16
c及び17b)。」との説明が加えられている。
そして,本願明細書の図16や図17を参照すると,プロトスペーサー1やプロ
トスペーサー3を標的とした場合については,nが+67,+85である場合のみ
ならず,nが+54,すなわちtracr配列の長さが32のキメラRNAである
場合も,nが+48,すなわちtracr配列の長さが26のキメラRNAを上回
る改変効率が得られていることを見て取ることができ,本願発明がtracr配列
につき30以上のヌクレオチドの長さに設定したことによって引用発明1とは異な
る新たな効果を奏していることも理解できる。
このように,本願発明は,「tracr配列の長さ」に着目し,「tracr配列
が,30以上のヌクレオチドの長さを有」するものという構成を採用したことによ\nって,ゲノム改変効率が増加することを特徴とするものである。
他方,引用例1には,ガイドRNAが第一領域から第三領域までの3つの領域を
含むこと(【0067】),ステムの長さは約6から約20塩基対長であってよいこと
(【0069】),一般的に,第三の領域は,約4ヌクレオチド長以上であり,例えば,第三の領域の長さは,約5から約60ヌクレオチド長の範囲であるとすること(【0
070】),ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長さは,約30から約12
0ヌクレオチド長の範囲であり得ること(【0071】)が記載されているにすぎな
い。
ウ また,本願明細書【0063】の「ループの3’側の配列の部分は,trac
r配列に対応する」の記載によれば,本願発明のtracr配列は,引用発明1の
第二領域の片方のステムと第三領域を合わせたものに相当すると認められる。しか
し,引用例1には,tracr配列(第二領域の片方のステムと第三領域を合わせ
たもの)の長さそれ自体を規定するという技術思想が表れてはいない。\nさらに,本願優先日当時,tracr配列の長さを30以上のヌクレオチドの長
さとするとの当業者の技術常識が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
エ よって,引用例1に「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを
有」するものという構成を採用したことが記載されているといえないし,技術常識\nを参酌することにより記載されているに等しいともいえない。
(6) 被告の主張について
被告は,26ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+48)
と,32ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+54)とで,プ
ロトスペーサー2,4及び5を標的としたものでは差異を見出せない(図16,図
17)とした上,30以上のヌクレオチド長と特定する本願発明においては,標的
配列に依存することなく,改変効率が向上するとの効果を有しているとはいえない
として,本願発明は,引用発明1と異なる新たな効果を奏すると認めることはでき
ないと主張する。
しかし,前記のとおり,本願明細書によれば,プロトスペーサー1やプロトスペ
ーサー3という異なる標的配列に対して,32ヌクレオチド長のtracr配列を
有するキメラRNAが,26ヌクレオチド長のtracr配列を有するキメラRN
Aよりも,ゲノム改変効率が増加していることが記載されており,tracr配列
について30以上のヌクレオチド長であることを特定する本願発明は,プロトスペ
ーサー1やプロトスペーサー3以外においても真核細胞のゲノム改変効率が向上す
る可能性がないということはできない。\nしたがって,被告の主張は,理由がない。
(7) 小括
以上のとおり,本件審決において本願発明と引用発明1との一応の相違点として
挙げられた「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有」することは,
実質的な相違点であり,本願発明と引用発明1とが同一の発明であるとは認められ
ないから,本願発明につき特許法29条の2の規定により特許を受けることができ
ないとした本件審決の判断には誤りがある。
・・・
(4)相違点4の判断について
ア 引用例2には,全長成熟(42ヌクレオチド)crRNAと,5’又は3’末
端で配列が欠如した様々な切断型のtracrRNAを組み合わせて再構成された\n二本鎖のCas9−tracrRNA:crRNA複合体を用いた試験において,
天然配列のヌクレオチド23〜48(tracr配列のヌクレオチド長は26)を
保持しているtracrRNAがCas9によるDNA切断に有効であることが示
されている(前記(1)ウ,ク,図3A)。
また,tracrRNA:crRNAは一本鎖のキメラRNAに設計でき(前記
(1)ア),ヌクレオチド23〜48を保持した長いキメラA(tracr配列のヌクレ
オチド長は26)が,二本鎖のtracrRNA:crRNA複合体を用いた場合
と同じような挙動でCas9によるDNA切断を誘導したこと,他方,短いキメラ
B(tracr配列のヌクレオチド長は18)の場合には,DNA切断を誘導でき
なかったこと(前記(1)エ,オ,図5B)が示されている。
以上の引用例2の実験結果に接した本願優先日の当業者は,26ヌクレオチド長
よりも短いtracr配列は,Cas9の開裂効果が劣ることから,Cas9タン
パク質による標的配列の開裂には,少なくとも,天然配列の23〜48を保持した
26ヌクレオチド長のtracr配列を含む必要があることを理解する。
ところが,tracr配列の長さについては,26ヌクレオチドより短い場合と
の比較では,長い26ヌクレオチドの方が好ましいことは理解できるものの,引用
例2には,26ヌクレオチドより長い場合で比較した場合に,より長さの大きいt
racr配列の方が好ましいことを示す記載は,見当たらない。
加えて,本件全証拠によっても,本願優先日当時,tracr配列の長さが大き
ければ大きいほど好ましいことを示す技術常識が存在したことを認めるに足りない。
(イ) 一方,本願明細書の【0162】によると,tracr配列の長さとゲノム
改変効率の関係について,「EMX1およびPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的
について,tracr配列長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察
された」との一般的な説明がされ,本願明細書の図16や図17から,プロトスペ
ーサー1やプロトスペーサー3を標的とした場合に,tracr配列の長さが32
のキメラRNAの方が,tracr配列の長さが26のキメラRNAよりも,ゲノ
ム改変効率に優れていると理解することができる。
そうすると,引用例2の記載や本願優先日の技術常識を勘案しても,ゲノムの改
変効率を向上させる観点で,引用発明2のtracrRNAの長さについて,引用
例2に具体的に開示されている26から30以上に変更することを,当業者が動機
付けられていたということはできない。
(ウ) また,本願優先日当時,引用例2の要約に記載された細菌や古細菌の獲得免
疫に由来するCRISPR/Cas系(前記(1)ア)を,緩衝液中での混合(試験管レ
ベル)でなく,真核細胞に適用することができた旨を報告する技術論文や特許文献
は存在しておらず,tracr配列の長さを30以上に設定するという技術手段を
採用することで,真核細胞におけるゲノム改変効率が向上するという効果は,当業
者の期待や予測を超える効果と評価することができる。\n
(エ) したがって,相違点4として挙げた本願発明の発明特定事項,すなわち「t
racr配列」について,「30以上のヌクレオチドの長さ」とすることは,引用例
2の記載や本願優先日の技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到し得たとはい
えないものである。
イ 被告の主張について
被告は,引用例2の記載から,23〜48の26ヌクレオチド長を含むtrac
rRNAであれば,その5’末端側や3’末端側にさらにヌクレオチドが存在して
も,Cas9によるDNA切断を誘導できると理解することができるとした上,引
用例2には5’末端側や3’末端側にヌクレオチドを付加してさらに長くすること
を妨げる記載はなく,図3Aには,上記最小領域のほか,「15−53」,「23−
89」,「15−89」の領域からなるさらに長いtracrRNAも,crRNA
と共に用いることでCas9によるDNA切断を誘導できることが示されていると
して,引用発明2のうち「tracrRNA」を多少長くして30ヌクレオチド長
程度のものとすることは,当業者が適宜なし得たことであると主張する。
しかし,図3Aには,長いtracrRNAをcrRNAと組み合わせて二本鎖
として用いた実験結果が示されるものの,特に長いtracrRNAの方が標的配
列の開裂に優れることは開示されていない。また,引用発明2のtracr配列の
長さを26から30にするには,15%以上長くする必要があるから,これが多少
長くした程度のものであるとはいえない。さらに,上記のとおり,本願優先日当
時,tracr配列の長さが大きければ大きいほど,好ましいことを示す技術常識
は存在せず,真核細胞にCRISPR/Cas系を適用したことを報告する技術論
文,特許文献も存在しなかったことからすれば,tracr配列の長さを30以上
に設定することに伴い真核細胞におけるゲノム改変効率が向上するという効果は,
当業者の期待や予測を超えるものと評価されるというべきである。\n
◆判決本文
下記は出願人の一部が一致するCrispr-Casの関連事件ですが、こちらは拒絶審決が維持されています。
◆平成31(行ケ)10010
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2020.02. 6
平成30(行ケ)10157 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年1月30日 知的財産高等裁判所
第1次審決は,個別の効果しか認定をしていないとして審理不尽の違法があるとして,取り消されました。第2次審決は進歩性違反無しとの審決がなされました。知財高裁3部は、特段の効果無しとして、審決を取り消しました。
特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念と
して包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に
開示されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕
著な特有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏さ
れる効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を
奏する場合を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である。
したがって,本件発明1は,甲1に具体的に開示されておらず,かつ,
甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果
を奏する場合を除き,特許性を有しないところ,甲1には,本件発明1に
該当する態様が具体的に開示されていることは認められない。
そこで,本件発明1が甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する
ものであるかについて,以下検討する。
・・・
前記(イ)のとおり,甲1発明Aは,(1)広い温度範囲において析出する
ことがない,(2)高速応答に対応した低い粘度である,(3)表示不良を生じ\nない,という効果を同時に奏する液晶組成物であることから,本件発明
1と甲1発明Aは,上記三つの特性を備えた液晶組成物であるという点
において,共通するものである。
そこで,本件発明1に特許性が認められるためには,上記三つの特性
において,本件発明1が,甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏
することを要する。
a 効果(1)(低温保存性の向上)について
・・・
(b) 前記(a)の記載に関し本件審決は,甲1の実施例1〜52及び比較
例1の「下限温度」は,−40度及び−30度のいずれでも(ただ
し,実施例21は「−40度では」)10日以内に結晶又はスメク
チック相に変化したものと理解できるのに対し,本件明細書の実施
例1〜4は,−25度及び−40度で2週間又は3週間ネマチック
状態を維持したと記載されているから,甲1に記載された実験結果
より低い温度でより長い期間に渡り安定性が維持されるものと解す
ることができ,本件発明1の低温保存性は,甲1に記載されていな
い有利な効果である旨判断した。
しかしながら,そもそも,本件明細書に記載された低温保存試験
は,具体的な測定方法,測定条件について記載されていないため,
甲1に記載された低温保存試験と同じ測定方法,測定条件で実施さ
れたものであるかについて,本件明細書の記載からは明らかでない。
また,液晶組成物の低温保存試験は,液晶組成物のその他の物性
値である粘度,光学異方性値,誘電率異方性値等と異なり,確立さ
れた標準的な手法は存在しないところ(弁論の全趣旨),甲32(原
告従業員による平成30年7月12日付けの試験成績証明書)にお
いては,試験管(P−12M)を用いた場合とクリーンバイアル瓶
(A−No.3)を用いた場合という容器の形状等の違いで実験結
果に差異が生じ,甲1の実施例20と甲82(株式会社UKCシス
テムエンジニアリングによる平成31年4月17日付け試験報告
書)の実験結果の間でも,低温保存試験の条件によって実験結果が
異なることからすると,液晶組成物の低温保存試験においては,試
験方法や試験条件が異なることで過冷却の状態が生じることを否
定できず(甲40),試験結果に著しい差異が生じる可能性がある\nものと認められる。
加えて,甲1の低温保存試験においては,化合物(1)ないし(3)
の組合せやその配合量が顕著に異なる液晶組成物であっても,実施
例21(「Tc≦−30度」)を除いて,「Tc≦−20度」とい
う同じ結果となっているのに対し,本件明細書の実施例1〜4と比
較例1は,フッ素原子を有する重合性化合物又はフッ素原子を有し
ない重合性化合物という配合成分の差異のみで,−25度及び−4
0度におけるネマチック状態の維持期間が顕著に異なる結果とな
っている。
(c) 以上の事情に照らすと,低温保存試験に関する甲1の実験と本件
明細書の実験が,同じ配合組成(配合成分及び配合量)の液晶組成
物を試験した場合に同様の試験結果が得られるような,共通の試験
方法,試験条件において実施されたものとは,にわかに考え難いと
いうべきである。
さらに,本件明細書において,実施例1〜4と対比されたのは,
重合性化合物にフッ素原子を有しない構造を有するというほかは,\n実施例1〜4と同様の配合組成を有する比較例1であって,その配
合組成は,甲1の実施例(1〜52)とは顕著に異なるものである。
そして,この点は,被告において本件明細書の試験の再現実験であ
る旨主張する乙14についても同様であることから,本件明細書及
び乙14の実験結果のみから,本件発明1の効果と甲1発明Aの効
果を比較することは困難である。
したがって,本件明細書に記載された実施例1〜4の下限温度と,
甲1に記載された実施例及び比較例の下限温度とを単純に比較す
るだけで,低温保存に係る本件発明1の効果が,甲1発明Aの効果
よりも顕著に有利なものであると認めることはできない。
b 効果(2)(低粘度)について
前記(イ)のとおり,甲1発明Aの具体例である実施例の液晶組成物
は,いずれも高速応答に対応した低い粘度のものであることが認めら
れるところ,液晶組成物の粘度について,本件発明1が甲1発明Aと
比較して顕著な特有の効果を奏するものであることを認めるに足りる
証拠はない。
したがって,本件発明1が,甲1発明Aと比較して,低粘度に係る
有利な効果を奏するものとは認められない。
c 効果(3)(焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないこと)につ\nいて
(a) 本件発明1に関し,本件明細書には,実施例1〜6の液晶組成物,
及びフッ素原子を有しない重合性化合物を用い,かつ一般式(II
−A)及び(II−B)で表される化合物を含まない比較例2の液\n晶組成物において,重合性化合物の液晶化合物に対する配向規制力
をプレチルト角の測定により確認した旨が記載されている(前記(1)
イ(エ)c)。
一方,甲1発明Aに関し,甲1には,第三成分の好ましい割合は,
表示不良を防ぐために,第三成分を除いた液晶組成物100重量部\nに対して10重量部以下であり,さらに好ましい割合は,0.1重
量部から2重量部の範囲である旨が記載されている(前記(2)イ
(エ))。
(b) 前記(a)の記載に関し本件審決は,本件明細書には,実施例1〜4
が,焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないという効果(効果(3))\nを奏することは具体的に記載されていないが,実施例1〜4におい
ては,「環構造と重合性官能\基のみを持つ1,4−フェニレン基等
の構造を有する重合性化合物」に相当する重合性化合物(I−11)\nが用いられ,かつ,当該重合性化合物が添加された液晶組成物は,
いずれも「アルケニル基や塩素原子を含む液晶化合物を使用」して
いないから,従来から公知の技術的事項に照らして,焼き付きや表\n示ムラ等が少ないか全くないものである蓋然性が高いといえる旨判
断した。
しかしながら,前記(a)のとおり,本件明細書には,実施例1〜6
及び比較例2に関し,「重合性化合物の液晶化合物に対する配向規
制力をプレチルト角の測定により確認した」旨が記載されているに
過ぎず,本件明細書及び被告の提出する実験報告書(甲46〜48)
を参照しても,焼き付き等の表示不良の有無や程度についての評価\nが可能な,プレチルト角の経時変化及び安定性に関する実験結果は\n記載されておらず,VHR(電圧保持率)についても,いかなる条
件で得られた数値が,この評価の対象とされ,どの程度の数値を示
せば,焼き付き等の表示不良を生じないと評価できるのか等の詳細\nについて,何ら具体的な説明はされていない。
したがって,仮に,焼き付き等の表示不良とプレチルト角の経時\n変化及び安定性又はVHRとの間に一定の相関関係があったとし
ても,本件明細書及び甲46〜48に示された実験結果に基づいて,
本件発明1が達成している焼き付き等の表示不良抑制の程度を評\n価することはできないというべきである。
(C)また,本件明細書には,式(I−1)ないし(I−4)の重合性
化合物を用いることにより,表示ムラが抑制されるか,又は全く発\n生しないこと,また,焼き付きや表示ムラ等の表\示不良を抑制する
ため,又は全く発生させないためには,塩素原子で置換される液晶
化合物を含有することは好ましくないことが記載されているとこ
ろ(前記(1)イ(イ)),甲1の実施例の半数以上(実施例5,7,1
1,13,26〜27,29〜52 )が,本件発明1の重合性化合
物(I−1)〜(I−4)のいずれかに相当する重合性液晶化合物
(化合物(3−3−1),(3−4−1),(3−7−1),(3
−8−1))を含有し,また,甲1の実施例の7割以上(実施例2
〜8,11〜16,19,21〜24,28〜30,35〜52)
が,塩素原子で置換された液晶化合物を含有していない。
さらに,本件明細書において,実施例1〜6と対比されたのは,
フッ素原子を有しない重合性化合物を用い,かつ一般式(II−A)
及び(II−B)で表される化合物を含まない比較例2であって,\nその配合組成は,甲1の実施例(1〜52)とは顕著に異なるもの
であり,この点は,被告において本件明細書の試験の再現実験であ
る旨主張する甲46〜48についても同様であるから,仮に本件発
明1の実施例が比較例よりも有利な結果を示したとしても,甲1の
実施例に対しても同様に有利な結果を示すとは限らない。
(d) 以上の事情に照らすと,焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くな\nいことに係る本件発明1の効果が,甲1発明Aの表示不良が生じな\nい効果よりも顕著に有利なものであると認めることはできない。
d 小括
以上によると,本件発明1は,甲1の実施例で示された液晶組成物
では到底得られないような効果(低温保存性の向上,低粘度及び焼き
付きや表示ムラ等が少ないか全くないこと)を示すものとは認められ\nないので,本件発明1が,甲1発明Aと比較して,格別顕著な効果を
奏するものとは認められない。
◆判決本文
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