2020.09. 7
令和1(行ケ)10173 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年9月3日 知的財産高等裁判所
記載要件(サポート要件、実施可能要件、明確性)違反として、異議理由ありとした審決が取り消されました。\n
本件特許請求の範囲には,複数のピークが生じる場合に,特定のピークを選択す
る旨の記載や,全てのピークが140゜C)以上であることの記載が存在しないところ,
上記のとおり,実施例1〜7の発泡体は,比較例2,3と同じ直鎖状低密度ポリエ
チレンを20〜60重量%で含有するから,【表1】に記載された141.5〜14\n7.4゜C)(140゜C)以上)の結晶融解温度ピーク以外に,140゜C)未満の結晶融解温度ピークを含むであろうことは,当業者であれば,上記イの技術常識により,容易に理解することができる。このことは,原告による実施例2の追試結果の図(甲8)
や甲10の図4とも符合する。
そうすると,本件明細書(【表1】)の実施例1〜7についての結晶融解温度ピー\nクは,複数の結晶融解温度ピークのうち,ポリプロピレン系樹脂を含有させたこと
に基づく140゜C)以上のピークを1個記載したものであることが理解できるから,
「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上」は,複数
の結晶融解温度ピークが測定される場合があることを前提として,140゜C)以上に
ピークが存在することを意味するものと解され,このような解釈は,上記アの解釈
に沿うものである。
また,本件発明1は,ポリプロピレン系樹脂の含有量を規定するものではないか
ら,ポリプロピレン系樹脂の含有量が,140゜C)未満のピークを示す直鎖状低密度
ポリエチレンの含有量を下回る場合を含むことは,実施例7の記載から明らかであ
る。そして,このような場合に,当業者であれば,140゜C)未満に一番大きいピーク
(最大ピーク)が生じ得ることを理解することができるのであり,「示差走査熱量計
により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上である」について,複数のピ
ークがある場合のピークの大小は問わないものと解するのが合理的である。
エ 以上のとおり,本件発明1の「示差走査熱量計により測定される結晶融解温
度ピークが140゜C)以上である」とは,示差走査熱量計による測定結果のグラフの
ピーク(頂点)が140゜C)以上に存在することを意味し,複数のピークがある場合
のピークの大小は問わないものと解され,その記載について,第三者の利益が不当
に害されるほどに不明確であるということはできない。
(3) 被告の主張について
被告は,「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上で
あり」について,1)結晶融解温度ピークといえるものは140゜C)以上であるという
解釈,2)最も高温側の結晶融解温度ピークが140゜C)以上であるという解釈,3)最
大ピークを示す温度が140゜C)以上である,又は,最大面積の吸熱ピークの頂点温
度が140゜C)以上であるという解釈,4)最も低い結晶融解ピーク温度が140゜C)以上であるという解釈,5)わずかなピークであっても,そのピークが140゜C)以上に
存在すればよいという解釈等複数の解釈が考えられるところ,いずれを示すものか
が不明であると主張する。しかし,3)4)の解釈を採るべき場合にはその旨が明記さ
れているところ(乙2・【0032】,乙3・【0056】,乙4・【0024】,乙5・[0025],乙6・【0018】,甲5・【0014】,乙7・【0008】,乙8・【0091】,乙9・【0027】),本件明細書にはこのような記載はなく,複数あるピークの大小を問わず,1つのピークが140゜C)以上にあれば「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上であり」を充足すると解すべきであることは,前記(2)において説示したとおりである。また,5)について,特許請求の範
囲の記載及び本件明細書にピークの大きさを特定する記載はないから,ピークの大
きさを問わず「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以
上であり」に該当するというべきであり,「示差走査熱量計により測定される結晶融
解温度ピークが140゜C)以上であり」との記載が不明確であるという被告の主張は
採用できない。
また,被告は,本件発明1において結晶融解温度ピークが複数ある場合は想定さ
れていないと主張する。しかし,本件発明1において,結晶融解温度ピークが複数
ある場合が想定されていることは,前記(2)ウに説示したところから明らかである。
・・・
被告は,本件発明はいわゆるパラメータ発明であり,サポート要件に適合す
るためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との\n関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理
解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が
示す範囲内であれば所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程\n度に,具体例を開示して記載することを要する(知財高裁平成17年(行ケ)100
42号同年11月11日判決)と主張する。しかし,本件発明は,特性値を表す技術\n的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した
物を構成要件とする発明ではなく,被告が指摘する上記裁判例にいうパラメータ発\n明には当たらないから,被告の主張は前提を欠く。
イ 被告は,本件発明の特許請求の範囲の記載が明確ではなく,また,実施可能\n要件を欠き本件発明1は製造することができない態様を含むものであるから,本件
発明はサポート要件に適合しないと主張する。しかし,明確性要件及び実施可能要\n件についての判断は前記2及び3のとおりであり,被告の主張は採用できない。
ウ 被告は,本件明細書の記載(【0020】)から,厚さ,結晶融解温度ピーク,
発泡倍率及び気泡のアスペクト比の4つの条件のうち耐熱性と関連があるのは結晶
融解温度ピークのみであり,これが高いほど耐熱性が優れている旨説明されている
と理解できると主張する。
しかし,本件明細書には,厚さ,結晶融解温度ピーク,発泡倍率及び気泡のアスペ
クト比の4つの条件のうち耐熱性と関連があるのは結晶融解温度ピークのみであり,
これが高いほど耐熱性が優れている旨の説明は存在しない。かえって,結晶融解温
度ピークが143.9゜C)であっても,気泡のアスペクト比が0.5と0.9〜3の範
囲外である比較例1において,耐熱性に劣る結果となっている(【表1】)ことから\nすれば,4つの条件のうち耐熱性と関連があるのが結晶融解温度ピークのみとは理
解されない。
エ また,被告は,4つの条件のうち耐反発性と関連があるのは結晶融解温度ピ
ークを除く3つであり,発泡倍率が15cm3/gに近いほど,気泡のアスペクト比
が0.9あるいは3に近いほど,また,厚さが1500μmに近いほど耐反発性が
劣る旨説明されていることを前提に,実施例1及び5の構成の一部を本件発明1の\n範囲内の境界に近い数値に変更した場合に,本件発明1の課題を解決できると認識
することができないと主張する。
しかし,本件明細書には,発泡倍率が15cm3/gに近いほど,気泡のアスペク
ト比が0.9あるいは3に近いほど,また,厚さが1500μmに近いほど耐反発
性が劣ることの記載はない。また,被告の主張する構成の変更により耐反発性が低\n下するとしても,所定の評価方法に基づき耐反発性が◎と評価された実施例1及び
5(【0074】,【表1】)について,本件課題を解決できないほどの耐反発性の低下をもたらすとする根拠は不明であり,被告の主張は採用できない。\nオ 被告は,実施例に記載された「AD571」以外のポリプロピレン系樹脂を
使用した場合や,実施例とは異なる条件で発泡体を製造した場合に,本件発明1の
課題を解決できることが実施例によって裏付けられていないと主張する。
しかし,ポリプロピレン系樹脂が,耐熱性や機械的強度(耐衝撃性)に優れた樹脂
であることは,本件特許の出願時の技術常識であり(甲10の「はじめに」の項,乙
11[0002],乙12[0002],乙14[0002]),これによれば,当業者は,
「AD571」以外のポリプロピレン系樹脂を使用した場合や実施例と異なる条件
で発泡体を製造した場合についての実施例及び比較例がなくても,本件明細書の記
載や本件特許の出願時の技術常識に照らし,本件発明1の両面粘着テープが,本件
課題を解決できると認識できるというべきである。
カ 被告は,「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以
上であり」について,140゜C)以上の部分にごく小さな結晶融解温度ピークでも存
在しさえすれば良いとすると,そのような,ピークを発現する材料がごく少量の場
合に本件発明1の課題を解決できると認識することはできないと主張する。
しかし,前記ウのとおり,比較例1によれば,耐熱性には結晶融解温度ピークの
みならず気泡のアスペクト比が関係していることを理解することができる。そして,
上記オのとおり,ポリプロピレン系樹脂は,耐熱性や機械的強度(耐衝撃性)に優れ
た樹脂であるところ,融点が140゜C)よりも低いポリプロピレン系樹脂も本件特許
の出願時の当業者に知られていた(乙11[0008],[0009],乙12[0080],[0097],乙14[0078])。そうすると,ポリプロピレン系樹脂を含有させたこ
とに基づく140゜C)以上のピークがごく小さいものであったとしても,ポリプロピ
レン系樹脂の含有量を調整すること及び気泡のアスペクト比を調整することにより,
本件課題を解決することができると認識することができるというべきである。
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2020.09. 1
令和1(行ケ)10174 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年8月26日 知的財産高等裁判所
電子たばこの特許について、新規性・進歩性、サポート要件・実施可能要件、明確性要件について無効理由があるのかが争われました。審決は理由無しと判断しました。知財高裁(2部)もかかる判断を維持しました。
(イ) 前記ア(イ)〜(エ)の本件明細書の記載からすると,特許請求の範囲の請求
項1及び15にある第1,第2及び第3段階と第1,第2及び第3の温度の技術的
意義は,次のとおりであると認められる。
1) 第1段階として,加熱要素の温度をエアロゾル形成基材からエアロゾルが発
生する温度であるが許容温度(「エアロゾル形成基材から所望の物質の揮発が開始さ
れる温度」から「エアロゾル形成基材から望ましくない物質の揮発が開始される温
度」未満又は「エアロゾル形成基材が燃焼する温度」未満)の範囲内の第1の温度
まで上昇させ,装置及び基材が温まり,凝縮が抑えられてエアロゾルの送達が増加
することに伴い,2)第2段階として,エアロゾルの送達を抑えるため,第1の温度
より低いが,エアロゾル形成基材のエアロゾル揮発温度よりは低くならない,エア
ロゾルの送達を軽減する温度である第2の温度へと加熱要素の温度を低下させ,そ
の後,エアロゾル形成基材の枯渇及び熱拡散の低下に起因するエアロゾル送達の減
少が生じるため,それを補償するため,3)第3段階として,加熱要素の温度を第2
の温度より高いが許容温度内にある第3の温度に上昇させる。4)これらの構成を採\n用することにより,「ユーザによる複数回の吸煙を含む期間にわたって特性がより一
貫したエアロゾルを提供するエアロゾル発生装置及びシステムを提供すること」と
いう本件発明の課題が解決される。
(ウ) 以上の本件発明の課題やその解決手段の技術的意義に照らして,本件特
許の特許請求の範囲の請求項1及び15を見ると,原告が主張する特性がより一貫
したエアロゾルを提供できない態様の時間や温度のもの(前記第3の1(原告の主
張)(1)で原告が例として挙げているようなもの)までが本件特許の特許請求の範囲
に含まれるとは解されない。
(エ) そうすると,本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び15は,発明の
詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる。
(2) 原告は,1)本件特許の特許請求の範囲には,第1,第2及び第3の温度の技
術的意義や持続時間又は切替タイミングについて何も規定されていないから,特許
請求の範囲を本件明細書の記載に基づいて限定解釈することは許されない,2)「第
3の温度」に関して,加熱要素の温度を上げることで,エアロゾル送達の減少を抑
制できるという技術常識が存在せず,当業者はそのことを理解できないし,「第2段
階」についても,エアロゾルの送達を抑制するために加熱要素の温度を下げるとい
うことは当業者には理解できないと主張する。
ア 上記1)について
(ア) 前記のとおり,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載と発明
の詳細な説明の記載とを対比して行うものであるが,対比の前提として特許請求の
範囲から発明を認定するに当たり,特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意
味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に,必要に応じて明細書や図面
の記載を斟酌することは妨げられないというべきであり,当事者が引用するリパー
ゼ判決は,そのことを禁じるものと解することはできない。
そして,本件においては,本件明細書の記載に照らすと,特許請求の範囲の請求
項1及び15について,前記(1)で認定したとおりのものであると理解できるのであ
り,それを基に特許請求の範囲と発明の詳細な説明を対比すると,特許請求の範囲
に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の
記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると
いえる。
(イ) 原告は,この点について,サポート要件の判断に当たって,発明の詳
細な説明に基づく特許請求の範囲の限定解釈が許されるとすると,特許請求の範囲
が文言上どれだけ広くてもサポート要件違反になることがなくなり,その趣旨が没
却されるし,侵害の場面で広範な特許請求の範囲に基づき充足を主張でき,二重の
利得を得ることになるから不当であると主張する。
しかし,サポート要件の判断に当たって,発明の詳細な説明を参酌するからとい
って,特許請求の範囲に発明の詳細な説明を参酌して認められる発明の内容が,発
明の詳細な説明によってサポートされていないときは,サポート要件違反になるこ
と(例えば,特許請求の範囲の文言に発明の詳細な説明を参酌して認められる発明
の内容が,AとBの両方を含むものであるが,実施例等としては,Bしかないとき
にAはサポートされていないと判断する場合があることなど)はあり得るのであっ
て,常にサポート要件違反を免れるということにはならない。
また,特許発明の技術的範囲を定めるに当たり,明細書及び図面を考慮するとさ
れていること(特許法70条2項)からすると,原告のいう二重の利得が発生する
とはいえない。したがって,原告の上記主張は,前記(1)の判断を左右するものではない。
イ 上記2)について
「第3の温度」について,本件明細書では,段落【0056】において,【図4】
を示しつつ,成分の送達は,ピークを迎えた後に,「基材の枯渇」及び「熱拡散効果
が弱まること」によって,時間と共に低下すると説明しているところ,同説明は一
般的な科学法則に合致した合理的なものであり,当業者は,ここから吸い終わりに
近い頃に,より高い熱量を加えて,熱拡散効果を高めてエアロゾル形成基材全体の
温度を上げ,エアロゾルの発生量を増やすことで,エアロゾル送達の減少を抑制で
きると理解することができると認められる。
また,「第2段階」について,本件明細書では,段落【0019】において,装置
及びエアロゾル形成基材が温まることによって凝縮が抑えられてエアロゾルの送達
が増加するため,第2段階で加熱要素の温度を第2の温度へと低下させると記載さ
れている。【図4】は,上記段落【0019】に記載されている一定時間経過後のエ
アロゾル送達の増加に沿うものとなっている。これらの本件明細書の記載も一般的
な科学法則に合致した合理的なものであり,これらの記載に接した当業者は,「第2
段階」において,加熱要素の温度を下げることにより,エアロゾル発生基材からの
エアロゾルの発生を抑えることで,エアロゾルの送達の増加を抑制することができ
ると理解することができると認められる。
そして,このような第3段階におけるエアロゾル送達の減少の抑制や第2段階に
おけるエアロゾル送達の増加の抑制が,「特性がより一貫したエアロゾルを提供する
エアロゾル発生装置及びシステムを提供する」という本件発明の課題を解決するも
のであることも,本件明細書の記載から明らかである。
なお,原告は,「第3段階」の開始タイミングと「第3の温度」についても主張す
るが,それらが本件発明の課題やその解決手段の技術的意義に照らして解釈される
べきことは,前記(1)のとおりである。
以上のとおり,当業者は,本件明細書の記載から「第3の温度」や「第2段階」
について理解することができると認められ,これらが理解できないとする原告の主
張は採用することができない。
(3) よって,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由3(実施可能要件違反についての判断の誤り)について\n
(1) 本件発明は物及び方法の発明であるところ,物の発明における発明の実施と
は,その物の生産,使用等をいい(特許法2条3項1号),方法の発明における発明
の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(同項2号),物及び方法の発明
について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が明細書の記載及び出\n願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産,
使用等することができるか,その方法の使用をすることができるか否かによるとい
うべきである。
前記2で認定,判断したとおり,特許請求の範囲の請求項1及び15についての
技術的な意義は明らかであり,また,本件明細書には,設定されるべき許容温度の
範囲の例や三つの具体例を含む発明を実施するための形態が記載されている。また,
従来技術について記載した本件明細書の段落【0002】,【0003】や後述する
甲1の段落【0045】,【0046】,【0048】〜【0050】,甲2の段落[0003],[0027],[0037],[0039]などからすると,加熱式エアロゾル発生装置において,各種のエアロゾル形成基材の種類,香味などを考慮して,加熱温度や時間を適宜設
定することは,本件出願日当時における周知技術であったと認められる。
以上によると,当業者は,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基
づいて,過度の試行錯誤を経ることなく,使用するエアロゾル形成基材に応じて,
「第1の温度」・「第1段階」,「第2の温度」・「第2段階」及び「第3の温度」・「第3段階」を設定し,本件発明を実施することができるものと認められるから,実施
可能要件は充足されていると認められる。\n
(2) 原告は,任意のエアロゾル形成基材に対して最適な温度プロファイルと時
間的プロファイルを実験的に求めるのは過度の試行錯誤に当たり,エアロゾル形成
基材の材料が明らかにならないと本件明細書に開示された三つの実施例すら実施で
きないと主張するが,上記(1)で判示したところに照らし,採用することはできない。
(3) よって,原告が主張する取消事由3は理由がない。
4 取消事由2(明確性要件違反についての判断の誤り)について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみな
らず,明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を
基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明
確であるか否かという観点から判断されるべきである。
原告は,本件特許の請求項1及び15の「少なくとも1つの加熱要素」が複数の
加熱要素である場合,請求項1及び15に記載された各「前記加熱要素」が1)複数
の加熱要素のうち一つの加熱要素を意味するのか,2)複数の加熱要素のうちのいく
つかを意味するのか,3)全ての複数の加熱要素を意味するのかが不明であると主張
する。
しかし,前記2で認定,判断した特許請求の範囲の請求項1及び15の技術的意
義からすると,これらの発明においては,複数の加熱要素がある場合には,最終的
に複数の加熱要素が協働することにより,「第1の温度」・「第1段階」,「第2の温度」・
「第2段階」及び「第3の温度」・「第3段階」が実現できるように各加熱要素を適
宜制御するものであることは明らかである。
そうすると,請求項1及び15の「少なくとも 1 つの加熱要素」は,加熱要素が
一つある場合には,その加熱要素を,加熱要素が複数ある場合には,適宜制御され
る複数の加熱要素を意味するのであって,原告が主張する1)〜3)のいずれかが特定
されていなくても,請求項1及び15の記載は明確であるといえる。
この点について,原告は,請求項1に5回登場する「前記加熱要素」がどのよう
なものを指すか不明であると主張するが,これらの「前記加熱要素」も,上記のと
おり,加熱要素が複数ある場合は,適宜制御される複数の加熱要素を意味するので
あって,不明確であるということはできない。
よって,原告が主張する取消事由2は理由がない。
・・・
他方,甲2発明は,前記ア,イのとおり,加熱が開始された後,天火の温度が2
40゜C)に達すると,制御部の制御により,電気加熱片による加熱が停止され,天火
の温度が180゜C)を下回ると加熱が再開されることが繰り返され,吸い始めから吸
い終わりまでの間,天火の動作温度が180゜C)〜240゜C)に維持されるように制御
されるというものであり,本件明細書の段落【0056】や【図3】,【図4】にあ
るような,動作中に一定の温度をもたらすように構成され,エアロゾル成分の送達\nがピークを迎えた後,エアロゾル形成基材が枯渇して熱拡散効果が弱まるにつれ,
時間と共にエアロゾル成分の送達が低下する従来技術に相当するものといえる。甲
2には,ユーザによる複数回の喫煙を含む期間にわたって,エアロゾルの送達量を
一貫とするために,凝縮が抑えられてエアロゾルの送達量が増加することに応じて
第1の温度から第2の温度へと温度を低下させたり,逆にエアロゾル形成基材の枯
渇及び熱拡散の低下に応じて第2の温度から第3の温度へと温度を上昇させたりす
るという技術思想については,記載も示唆もされていない。
以上からすると,甲2発明と本件発明1及び15では,加熱要素の制御方法やそ
のための電気回路の構成が異なっているというべきであり,甲2発明と本件発明1\n及び15との間には,本件審決が認定した前記第2の3(5)エ(ア)a及び(ウ)a記載の
相違点1B及び相違点15Bが存在すると認められる。
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2020.08.14
平成30(ワ)4851 特許権侵害差止等請求事件 特許権 令和2年5月28日 大阪地方裁判所
一部のイ号は、記載不備の拒絶に対する補正が均等の第5要件を満たさないとされましたが、一部のイ号は間接侵害が認定されました。
本件拒絶理由通知記載の拒絶理由は明確性要件違反であり,具体的には,本件第1補正後の特許請求の範囲請求項1の記載につき,「本願発明が如何なるクランプ装置を意図しているのか,その外縁が明確に特定できない」こと,「「第2油路」が具体的に想定できない」こと及び「「流量調整弁」が具体的に想定できない」ことが挙げられている。換言すれば,スイングクランプ,リンククランプいずれのタイプのクランプ装置をも含むと解し得る記載となっていることによって新規性又は進歩性が欠如するとの無効理由は指摘されていないことから,本件第2補正は,こうした無効理由を回避するためにされたものではない。また,明確性要件違反の指摘においても,スイングクランプ,リンククランプいずれのタイプのクランプ装置をも含むと解し得る記載であるが故に不明確とされているわけでもない。
もっとも,上記拒絶理由のうち「本願発明が如何なるクランプ装置を意図しているのか,その外縁が明確に特定できない」とは,より具体的には,油圧シリンダの具体的な規定がなく,その油室の数が不明であり,そのために,第1油路,第2油路及び流量調整弁の機能ないし役割が不明であるといった問題点を指摘するものである。これは,当業者にとって,クランプ装置のタイプを含む装置の前提的な構\成の不明確さを指摘する趣旨のものと理解されると思われる。
(オ) 原告は,本件第2補正の際に提出した意見書(乙2の2)で,請求項1
に係る補正につき,本件拒絶理由通知での審査官の指摘に対して,「補正後の請求項
1では,「前記出力ロッドを退入側に駆動するクランプ用の油圧シリンダ」と規定し
ております。…補正後の請求項1に係る本願発明において,「第1油路」及び「第2
油路」や,両流路の接続部にある「流量調整弁」が,何のために在って何をしてい
るのかという点については明確であると思料いたします。よって,ご指摘の記載不
備は解消し得たものと思料致します。」との補足説明をしている。
(カ) 以上の事情を踏まえて本件第1補正から本件第2補正に至る経緯を見る
と,客観的,外形的には,原告は,本件第1補正後の特許請求の範囲請求項1の記
載によれば,その構成はスイングクランプとリンククランプいずれのタイプのクラ\nンプ装置も含むものであることを認識しながら,本件拒絶理由通知を受けて行った
本件第2補正により,敢えて補正後の特許請求の範囲にリンククランプのタイプの
クランプ装置を含むものとして記載しなかった旨を表示したものと理解される。\nそうである以上,本件においては,本件第2補正においてリンククランプのタイ
プのクランプ装置が特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるという特
段の事情が存する。
したがって,被告製品群4〜6は,本件発明との関係で,均等の第5要件を充足
しない。この点に関する原告の主位的主張は採用できない。
ウ 原告の予備的主張について\n
原告は,予備的主張として,本件第1補正後の特許請求の範囲請求項1記載\nの「クランプ用の油圧シリンダ」は「アンクランプ用の油圧シリンダ」(本件第2補
正後の特許請求の範囲請求項3)を含まないとの理解を前提として,本件第2補正
後の特許請求の範囲請求項3は補正前の特許請求の範囲に含まれないものを手続補
正により追加したものであり,請求項3については意識的に除外されたものとはい
えないなどと主張する。
しかし,本件第1補正後の特許請求の範囲請求項1記載のクランプ装置は,「クラ
ンプ本体に進退可能に装着された出力ロッド」及び「出力ロッドを駆動するクラン\nプ用の油圧シリンダ」等を備えることは記載されているものの,「出力ロッド」が退
入側・進出側いずれに駆動することによってワークをクランプするものであるかを
うかがわせる記載はない(なお,この時点での請求項2〜4にも,クランプのタイ
プに関係する記載はない。)。このことと,従来技術としてはスイングクランプ及び
リンククランプの両タイプが挙げられていることに鑑みれば,本件特許に係る明細
書においては出願当初よりリンククランプのタイプのクランプ装置も除外されてい
ないといえることを併せ考えると,本件第1補正後の特許請求の範囲請求項1は,
スイングクランプのみならずリンククランプのタイプのクランプ装置をも含むもの
と理解される。本件第2補正後の特許請求の範囲請求項1において「クランプ用の
油圧シリンダ」とし,請求項3において「アンクランプ用の油圧シリンダ」とされ
たのは,本件拒絶理由通知を受けた対応として,クランプ装置の構成をより具体的\nに特定したことに伴うものと理解することができるから,本件第2補正の前後で
「クランプ用の油圧シリンダ」を異なる意味に解することはなお合理的である。
したがって,原告の予備的主張はその前提を欠くから,これを採用することはで\nきない。
エ 小括
以上より,均等侵害として,被告製品群4及び6は本件発明1の技術的範囲
に属するとはいえず,また,被告製品群5は本件発明3の技術的範囲に属するとは
いえない。そうである以上,被告らによる被告製品群4〜6の製造,販売等は,本
件特許権を侵害するものとはいえない。
したがって,被告製品群4〜6に係る原告の被告らに対する製造等の差止請求,
廃棄請求及び損害賠償請求は,いずれも理由がない。
3 争点3(被告製品群7及び8の製造,販売等に係る間接侵害の成否)につい
て
(1) 前記(第2の2(4)オ)のとおり,被告製品群7及び8は,被告製品群1〜
3のクランプに取り付けて使用される場合にクランプ装置の生産に用いるものであ
る。また,特許法101条2号の趣旨によれば,「発明による課題の解決に不可欠なも
の」とは,それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決
されるような部品等,換言すれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,
当該発明が新たに開示する特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特
有の構成等を直接もたらす特徴的な部品等が,これに該当するものと解される。\n本件発明において,作動油の流量の微調整を容易かつ確実に可能とすることなど\nの課題を解決する直接的な手段となるものは,相対移動可能な弁体部を有する弁部\n材をその構成に含む「流量調整弁」である。このため,「流量調整弁」は,本件発明\nが新たに開示する特徴的技術手段における特徴的な部品等ということができる。被
告製品群7及び8(スピードコントロールバルブ)は,この「流量調整弁」に相当
するものであるから,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101
条2号)に該当する。
これに対し,被告らは,被告製品群1及び3が本件発明1の構成要件1K及び1Xを
充足せず,被告製品群2が本件発明3の構成要件3K及び3Xを充足しないことから,
被告製品群7及び8は本件発明の課題の解決に不可欠なものではないと主張する。
しかし,前記1のとおり,被告製品群1〜3は本件発明の上記各構成要件を充足す\nる。そうである以上,この点に関する被告らの主張はその前提を欠き,採用できな
い。
(2) 被告らが,本件発明が特許発明であることを知っていたことについては,当
事者間に争いがない。
また,被告らは,被告製品群7を被告製品群1及び3の,被告製品群8を被告製
品群2のアクセサリとしてそれぞれ製造,販売していること(甲6,10,11,
乙9,10)に鑑みると,被告製品群7及び8が本件発明の実施品である被告製品
群1〜3に用いられることを知っていたことが認められる。
なお,被告製品群7及び8は,スイングクランプのほか,リンククランプ,リフ
トシリンダ,ワークサポートにも使用可能なものである(甲6,10,乙4,5,\n9,10)。
しかし,特許法101条2号の趣旨に鑑みれば,発明に係る特許権の侵害品「の
生産に用いる物…がその発明の実施に用いられること」とは,当該部品等の性質,
その客観的利用状況,提供方法等に照らし,当該部品等を購入等する者のうち例外
的とはいえない範囲の者が当該製品を特許権侵害に利用する蓋然性が高い状況が現
に存在し,部品等の生産,譲渡等をする者において,そのことを認識,認容してい
ることを要し,またそれで足りると解される。
本件においては,後記6のとおり,被告製品群7及び8に属する製品がスイング
クランプと組み合わせて販売される割合が大きいことに鑑みると,これを購入等す
る者のうち例外的とはいえない範囲の者が被告製品群7及び8を特許権侵害に利用
する蓋然性が高い状況が現に存在するとともに,被告らはそのことを認識,認容し
ていたものといえる。そうである以上,上記事情は本件における間接侵害の成立を
妨げるものではない。
これに対し,被告らは,被告製品群7が本件発明1の実施に,被告製品群8が本
件発明3の実施にそれぞれ用いられることを認識していないなどと主張する。しか
し,被告らは,当然に被告製品群1〜3の構成を認識していると考えられるところ,\n被告製品群1〜3が本件特許権侵害を構成する以上,被告製品群7及び8について\nも,本件発明の実施に用いられるものであることを知っていたといえる。この点に
関する被告らの主張は採用できない。
(3) 小括
以上より,被告らが被告製品群7及び8を製造,販売する行為は,本件特許権
の間接侵害(特許法101条2号)を構成する。\n
◆判決本文
関連の審決取消事件です。
◆平成29(行ケ)10076
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2020.06.26
令和1(行ケ)10115 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年6月11日 知的財産高等裁判所
明細書に「略同一面」と記載されており、クレームでは「同一面」とある用語が明確性違反であるとの主張は否定されました。
ア 特許請求の範囲の記載については,特許を受けようとする発明が明確である
ことを要する(特許法36条6項2号。明確性要件)。
明確性要件の適否は,特許請求の範囲の記載,明細書の記載及び図面並びに出願
時の当業者の技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不
利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断するのが相当である。
イ 特許請求の範囲請求項1及び2にいう「同一面」の意義は,前記(1)のとおり
であり,その意義は明確であり,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益
を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
ウ 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明において,「略同一面」という文言に
ついて「樹脂部とリードとは略同一面に形成されている。この略同一面とは同じ切
断工程で形成されたことを意味する。」との特別な定義付けがされていることを指摘
し,これと「同一面」という文言が同義であると直ちには理解できないとして,明確
性要件の適合性を争う。
しかし,特許請求の範囲請求項1及び2にいう「同一面」とは,樹脂パッケージの
外側面において樹脂部とリードとが同一面に形成されることを意味するものと解釈
することができることは,前記(1)のとおりである。他方,本件明細書の発明の詳細
な説明の「略同一面」については,「樹脂部とリードとは略同一面に形成されている。
この略同一面とは同じ切断工程で形成されたことを意味する。」(【0042】)とい
うものであり,前記「同一面」と同義のものである。よって,特許請求の範囲に記載
された「同一面」という用語と,発明の詳細な説明に記載された「略同一面」という
用語とが,異なる意味で用いられていると解すべき根拠は見当たらず,そうすると,
発明の詳細な説明において専ら「略同一面」という文言が用いられているからとい
って,発明の詳細な説明に記載された製造方法により,樹脂パッケージの外側面に
おいて樹脂部とリードとが「同一面」に形成されるという当業者の理解が妨げられ
るものではない。原告の主張は理由がないというべきである。
◆判決本文
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2020.06.25
平成31(行ケ)10019等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月25日 知的財産高等裁判所
サポート要件・実施可能性要件違反なしと判断した無効審決が維持されました。\n
ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある。
イ(ア) 本件発明の課題は,「コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造
において,L−グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」で\nあり,本件発明11の中には,誘導条件下のみならず,非誘導条件下においても生
産能力の向上を図るものが含まれているところ,誘導条件下において,19型変異\nを導入した株であるATCC13869−19株の生産能力が野生株に比して向上\nしていることは,本件明細書の実施例10(段落【0125】〜【0128】,【表\n9】,【表10】)に開示されているといえるから,当業者は,19型変異について,\n誘導条件下でグルタミン酸の生産能力向上がみられるものであることを認識できる\nといえる。
(イ) 次に,非誘導条件下における19型変異の生産能力の向上について検\n討するに,本件明細書の実施例8の培養は,実施例2と同様の方法で実施されたと
されていて,その培地には,請求項6などにいう「過剰量のビオチン」に該当する
300μg/lのビオチンが存在していた上,界面活性剤等は添加されていなかっ
たと認められるから,実施例8は,非誘導条件下での19型変異株の生産能力向上\nについてした実験である(本件明細書の段落【0120】,【0097】,【0032】)。
そして,実施例8の【表7】には,以下のとおり,19型変異株であるATCC\n13869−19株が,野生株に比して0.2g/L多くのL−グルタミン酸を生
産したことが示されている。そして,それを受けて本件明細書の段落【0120】
には,「ATCC13869−19株は親株のATCC13869株と比べてL−グ
ルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。」と記載されているから,それらの記載から,
当業者は,19型変異について,非誘導条件下でも本件発明の課題を解決できるも
のであることを認識するといえる。
ウ 原告らは,実施例8に関して,(1)実施例2における野生株のグルタミン
酸生産量の値及びブランク値,実施例3におけるブランク値並びに実施例2,3,
5,7,9の値からみて,実施例8における野生株と19型変異株のグルタミン酸
生産量の違いは誤差の範囲内にすぎず,当業者は,実施例8からグルタミン酸の生
産能力が向上したとは認識できない,(2)ブランク値と変異株及び親株の結果とを対
比しないと,実施例8の信用性を評価することはできない,(3)甲28の実験や甲3
4の実験の結果からも19型変異株が非誘導条件下でグルタミン酸を生成しないこ
とが裏付けられていると主張する。
(ア) 上記(1)について
本件明細書上,実施例3,6〜9は,いずれも実施例2記載の方法又は同様の方
法で,培地中に300μg/lのビオチンが存在するなどの非誘導条件下で実施さ
れたものである(本件明細書の段落【0097】,【0100】,【0109】,【0112】,【0117】,【0120】,【0123】)。そして,実施例2,3,6の【表\n1】,【表2】,【表\4】,【表5】に記載されているブランク値について,本件明細書に明示的な説明はされていないものの,菌体量を示すOD620値がいずれも0.\n002と極めて低い値になっていることからすると,被告が主張するとおり,グル
タミン酸生産菌を接種しない培養開始時の培地(初発培地)でのグルタミン酸の濃
度を表すものであると認められる。また,甲36,乙6によると,非誘導条件下で\nの野生株(ATCC13869)のグルタミン酸生産量の値は,培養が進むにつれ
てグルタミン酸が分解された後の値であると認められる。
上記四つのブランク値が,それぞれ異なっていること(【表1】が0.4g/L,\n【表2】と【表\4】が0.6g/L,【表5】が0.7g/L)からすると,実施例\n3,6〜9について,実施例2記載の方法又は同様の方法で実施されたと記載され
ているものの,初発培地におけるグルタミン酸の濃度などの培養条件は実施例又は
各培養ごとに異なるものであったと認められる。本件明細書の段落【0097】の
記載及び甲36,乙6の記載からすると,上記のような各実施例におけるブランク
値の違いは,天然物を起源とする大豆加水分解物に由来するものであると認められ
る。
そもそも,本件明細書のブランク値及び野生株のグルタミン酸生産量の値は,上
記認定のとおりのものであって,これらの値を根拠に,これらの値とは異なる実施
例8における野生株と19型変異株とのグルタミン酸生産量の違いが誤差に基づく
ものということはできない。その上,上記認定のとおり,培養条件は,実施例又は
各培養ごとに異なるから,なおさら,実施例2や実施例3に表れた数値を根拠に,\n実施例8における野生株と19型変異株におけるグルタミン生産量の0.2g/L
の違いが誤差に基づくものであるということはできない。
さらに,実施例2,3,5,7,9のその他の数値からみても,実施例8の野生
株と19型変異株のグルタミン酸生産量の0.2g/Lの違いが誤差に基づくもの
ということはできない。
以上からすると,上記(1)は,前記イの判断を左右するものとはいえない。
(イ) 上記(2)について
本件発明の課題は,「コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造において,L
−グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」であるところ,\nここでいう「生産能力の向上」とは,「野生株などの非改変株と比較して,L−グル\nタミン酸生産能が上昇したこと」を意味する(【請求項1】,【請求項4】,【請求項5】\n及び本件明細書の段落【0015】,【0031】)から,実施例8において,19型
変異株が,野生株に比してより多くのグルタミン酸を生産することが示されている
以上,ブランク値が記載されていないとしても,実施例8の結果が信用できないも
のということはできない。
・・・・
(4) 小括
以上からすると,19型変異に関して,本件発明11にサポート要件違反や実施
可能要件違反があるとはいえないから,原告らが主張する取消事由1は理由がない。\n
◆判決本文
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2020.04. 2
令和1(行ケ)10095 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月12日 知的財産高等裁判所
明確性要件を充足しないと判断されました。理由は「出願当時の技術常識を基礎としても,本件発明の「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義を理解することはできず,本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを得ない」
というものです。
請求項1には,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」との
記載があるところ,請求項1の記載自体から,この炭化タングステン粒子は,「少な
くとも二個の粉砕工具」の「工具表面」に「含有」されるものであることを理解することができ,また,上記炭化タングステン粒子は,第1の粉砕工具の表\面には95重量%以下含有され,その粒径が1.3μm以上であること,第2の粉砕工具の表面には80重量%以上含有され,その粒径が0.5μm以下であること,粒径はメ\nジアン粒径であること,炭化タングステン粒子のメジアン粒径が1.3μm以上あ
るいは0.5μm以下であることは,炭化タングステン粒子を「質量により秤量」し
て測定するものであることが理解できる。
しかしながら,請求項1の記載からは,粉砕工具の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義が明らかであ\nるとはいえない。
また,本件特許の出願当時において,炭化タングステンを含んでなる表面を有する粉砕工具の工具表\面に含有される炭化タングステン粒子につき,質量により秤量したメジアン粒径を得ることができたとする当業者の技術常識を認めるに足りる証
拠はない。
イ 本件明細書の記載
本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」のタングステン含有量が95%以下であり,工具表面の材料における\n100%に対する残りは,好ましくはコバルト結合剤であり,好ましくは1%未満
の程度に追加の炭化物が存在する(【0026】〜【0028】),焼結の結果は,炭
素の添加によっても影響を受ける(【0029】)との記載があり,「炭化タングステ
ンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」の炭化タングステン粒子
が,コバルトである結合剤と焼結により一体化していることが開示されている。そ
して,本件明細書には,コバルト結合剤と焼結により一体化した「粉砕工具」の「工
具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径について,定義や測定方法の記載はない。\nウ 以上によれば,本件明細書の記載を考慮し,出願当時の技術常識を基礎とし
ても,本件発明の「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義を理解することはできず,本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを
得ないから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,明確性要件を充足しないと
いうべきである。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の定義
は,沈降法により測定されるストークス径について,質量を基準に粒子径を表した質量分布におけるメジアン粒径ということで,一義的に明確であり,ストークス径\nはストークスの式により明確に定義されるものである旨主張する。
そこで検討するに,甲18(神保元二ら編「微粒子ハンドブック」初版第1刷,1
991年9月1日)には,ストークス径は,最も広く用いられる代表径であり,静止流体中を重力で落下する粒子の沈降速度v1と同じ沈降速度をもち,また同じ密度を\nもつ球形粒子の直径であり,流体中で運動する粒子の諸現象を考える場合に有用な
代表径であることの記載があり,本件出願当時,粒子の大きさを測定する方法として,ストークス径を得る沈降法があることは,周知であったことが認められる。\nまた,ウェブページ「粒度分布測定の基礎知識」(甲19)には,「主な粒度分布測
定原理」の表の「遠心沈降法」の欄に,「測定粒子径の定義」を「ストークス径」,「基本粒度分布」を「重量基準」との記載があり,「遠心沈降法 液相中の粒子群の沈降
状態を吸光度などから計測して,球と仮定して導かれたストークスの式などと照合
し,有効径(ストークス径)を求める。」との記載がある。ウェブページ「粒径分布
測定[重力/遠心沈降式]」(甲22)には,「[測定原理/測定法]微粒子を水または不溶溶媒中に懸濁させ,重力場にそのまま静置するか遠心場に粒子懸濁液を置くと,
大きな粒子ほど速い速度で沈降していきます。その様子を粒子懸濁液に照射したレ
ーザー光の透過光強度によって検出します。粒子サイズは重力沈降の場合,次のS
tokesの式から得られます。」との記載があり,
とのストークスの式が記載されている。これらによれば,沈降法は,重量(質量)基
準に基づく粒度分布が得られるものであること,液相中の粒子の沈降速度から粒径
を求めるものであり,分離して沈降可能な粒子を測定対象としていることが認められる。\nしかし,前記(2)イのとおり,本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる
表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」の炭化タングステン粒子が,コバルトで
ある結合剤と焼結により一体化していることが開示されている一方,炭化タングス
テン粒子が工具表面から分離可能\であることの記載や示唆はない。また,ストーク
スの式によりストークス径を算出するためには,ストークスの式に沈降距離h,沈
降時間t等のパラメータを代入することが必要であるところ,本件明細書を見ても,
ストークスの式のパラメータの値としてどのような値を採用するかについての記載
はない。
そうすると,粒子の大きさを測定する方法としてストークス径を得る沈降法があ
ることが周知であり,沈降法により重量(質量)基準に基づく粒度分布が得られる
としても,「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子が,コバルトである結合剤と焼結により一体化している以上,沈降法により炭化タング\nステン粒子のストークス径を測定することは不可能であるから,本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量されたメジアン粒径」が,沈降法に基づいて得\nられるストークス径のメジアン粒径であると解することはできない。
イ 原告は,焼結によって炭化タングステン粒子の粒径が変化するか否か,変化
するとしてどの程度変化するかは,焼結条件との兼ね合いで理論的にも実験的にも
十分に予\測が可能であり,その変化分を加味した上で炭化タングステン粒子の粒径を調整し,必要に応じて焼結条件を調整すればよく,また,焼結の前後それぞれの\n炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認するこ
とで,ストークス径の粒度分布の変化を予測することは可能\であるから,工具表面に存在する炭化タングステン粒子自体を測定するまでもない,また,本件発明にお\nけるメジアン粒径は,「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」という広い範囲
を規定するものであるから,焼結の有無はそれらの数値範囲の充足性にほとんど影
響を及ぼさないと考えられる旨主張する。
しかし,本件明細書には,焼結条件との兼ね合いで焼結による粒径の変化を予測して炭化タングステン粒子の粒径を調整することや,焼結の前後それぞれの炭化タ\nングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認してストーク
ス径の粒度分布の変化を予測することの記載や示唆はないから,本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,かかる予\測や調整等を行うことを前提として沈降法により測定されるストークス径のメジアン粒径である
とは解されない。また,本件発明におけるメジアン粒径が,広い範囲を規定するも
のであるとしても,焼結の有無が数値範囲の充足性に影響を及ぼさないと解すべき
根拠はないから,上記の判断を左右するものではない。
ウ 原告は,焼結後の炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定する必要がある
としても,コバルトの融点は1495℃,炭化タングステンの融点は2870℃で
あるから,バインダーであるコバルトを溶かすなどして除去し,炭化タングステン
粒子を取り出して沈降法で測定することは可能である旨主張する。しかし,本件明細書には,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン\n粒子とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取
り出して沈降法で測定することについては,記載も示唆もないから,本件発明の「炭
化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,コバルトを除去して
取り出した炭化タングステン粒子を沈降法により測定したストークス径であるメジ
アン粒径であるとは解されない。
仮に,上記測定方法により炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定する
ことができたとしても,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン粒子
とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取り出
すという過程において,炭化タングステン粒子の密度や形状が一切変化しないとい
う根拠はないから,そのように取り出して測定した炭化タングステン粒子のストー
クス径が,そのまま,コバルトマトリックスと一体化した工具表面の炭化タングステン粒子のストークス径であるということもできない。\n
◆判決本文
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2020.04. 2
平成31(行ケ)10019等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月25日 知的財産高等裁判所(2部)
サポート要件・実施可能要件、さらに進歩性について無効主張をしましたが、理由無しとした審決が維持されました。
1997年(平成9年)に執筆された甲8の共同執筆者の一人は,クラマー博士
であるところ,甲8は,上記乙39,40を引用し,後述のとおり,甲8の実験で
観察されたグルタミン酸の排出が担体によるものであるとの結論を導いている(甲
8,乙39,40,42)。
イ 上記アに関連し,原告らは,証拠(甲47〜50)からすると,本件優
先日当時,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,グルタミン酸が,浸透圧
に応じて浸透圧調節チャネルから排出されることが周知となっていたと主張する。
しかし,甲47には,「特別な条件下で,大腸菌がトレハロースを排出した観察結
果(StyrvoldとStrem 1991)およびコリネバクテリウム・グル
タミカムがグルタミン酸を排出した観察結果(Shiioら 1962)は我々の
研究と関連している。」との記載があるにすぎず,これだけで,原告らが主張するよ
うな技術常識があったと認めるには足りない。
また,甲48,49はいずれも大腸菌に関する文献であって,そこからコリネバ
クテリウム・グルタミカムをはじめとするコリネ型細菌におけるグルタミン酸排出
の技術常識の存在を認めることはできない。
甲50には,その5頁の図に関して,コリネバクテリウム・グルタミカムの低浸
透圧における相溶性溶質の排出が,少なくとも3種類の機械受容チャネル(浸透圧
調節チャネル)を通じて起こる旨の記載がある。しかし,後述する甲8の記載から
すると,浸透圧調節チャネルを通じた排出は全ての溶質について等しく行われるも
のではなく,特定の溶質について選択的に行われるのであると認められるから,上
記排出されるべき「相溶性の溶質」の中にグルタミン酸が含まれるのかは,上記図
だけからでは必ずしも明らかになっているとはいえず,甲50から原告らの主張す
る技術常識の存在を認めることはできない。
以上からすると,原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
(2) 甲8発明の認定の誤りについて(取消事由2)
前記(1)の事実関係を踏まえて,甲8において,原告らが主張するように,グルタ
ミン酸が浸透圧調節チャネルから排出されたと認定できるかについて検討する。
・・・
甲8のTable 1.には,上記のとおり,低浸透圧の状態になった際にグルタ
ミン酸が排出されていることが記載されているが,beforeの値を基準にその
排出量を検討すべきとする原告らの主張を前提としても,グルタミン酸は,浸透圧
が540mOsmになるまでほとんど排出されず,540mOsmになって20%
が排出されているにすぎないところ,これは,全部で11種類検討されている溶質
の中でATPに次いで小さな値である。そして,上記のようなTable 1.の
結果を受けて,クラマー博士をはじめとする甲8の執筆者らは,グリシンベタイン
など多くが排出されている溶質については浸透圧調節チャネルから排出されたとし
つつ,グルタミン酸の排出については,浸透圧調節チャネルではなく,担体による
排出であるとの結論を導いている。
Table 1.でグルタミン酸に次いで排出が制限されていることが観察された
リジンについては,前記(1)アで認定したとおり,本件優先日当時までに,その輸
送を担う担体がクラマー博士らによって発見されており,グルタミン酸の排出につ
いてもリジンなどと同様に担体によるものであるとの説がクラマー博士らによって
提唱されていた。そのクラマー博士が,自ら実験をした上でTable 1.の結果
を分析し,甲8の共同執筆者の一人として上記のような結論を導いていることから
すると,甲8に接した当業者が,それと異なる結論を敢えて着想するとは通常は考
え難いところである。
以上からすると,原告らが主張するように,当業者が,Table 1.の結果を
受けて,甲8に記載された浸透圧調節チャネルをグルタミン酸の排出と関連付けて
認識すると認めることはできないというべきである。
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2020.03.18
令和1(行ケ)10095 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月12日 知的財産高等裁判所
「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」とのクレームの記載が不明確であるとした拒絶審決が維持されました。
ア 原告は,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の定義
は,沈降法により測定されるストークス径について,質量を基準に粒子径を表した\n質量分布におけるメジアン粒径ということで,一義的に明確であり,ストークス径
はストークスの式により明確に定義されるものである旨主張する。
そこで検討するに,甲18(神保元二ら編「微粒子ハンドブック」初版第1刷,1
991年9月1日)には,ストークス径は,最も広く用いられる代表径であり,静止\n流体中を重力で落下する粒子の沈降速度v1と同じ沈降速度をもち,また同じ密度を
もつ球形粒子の直径であり,流体中で運動する粒子の諸現象を考える場合に有用な
代表径であることの記載があり,本件出願当時,粒子の大きさを測定する方法とし\nて,ストークス径を得る沈降法があることは,周知であったことが認められる。
また,ウェブページ「粒度分布測定の基礎知識」(甲19)には,「主な粒度分布測
定原理」の表の「遠心沈降法」の欄に,「測定粒子径の定義」を「ストークス径」,「基本粒度分布」を「重量基準」との記載があり,「遠心沈降法 液相中の粒子群の沈降
状態を吸光度などから計測して,球と仮定して導かれたストークスの式などと照合
し,有効径(ストークス径)を求める。」との記載がある。ウェブページ「粒径分布
測定[重力/遠心沈降式]」(甲22)には,「[測定原理/測定法]微粒子を水または不溶溶媒中に懸濁させ,重力場にそのまま静置するか遠心場に粒子懸濁液を置くと,
大きな粒子ほど速い速度で沈降していきます。その様子を粒子懸濁液に照射したレ
ーザー光の透過光強度によって検出します。粒子サイズは重力沈降の場合,次のS
tokesの式から得られます。」との記載があり,
・・・
とのストークスの式が記載されている。これらによれば,沈降法は,重量(質量)基
準に基づく粒度分布が得られるものであること,液相中の粒子の沈降速度から粒径
を求めるものであり,分離して沈降可能な粒子を測定対象としていることが認めら\nれる。
しかし,前記(2)イのとおり,本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる
表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」の炭化タングステン粒子が,コバルトで
ある結合剤と焼結により一体化していることが開示されている一方,炭化タングス
テン粒子が工具表面から分離可能\であることの記載や示唆はない。また,ストーク
スの式によりストークス径を算出するためには,ストークスの式に沈降距離h,沈
降時間t等のパラメータを代入することが必要であるところ,本件明細書を見ても,
ストークスの式のパラメータの値としてどのような値を採用するかについての記載
はない。
そうすると,粒子の大きさを測定する方法としてストークス径を得る沈降法があ
ることが周知であり,沈降法により重量(質量)基準に基づく粒度分布が得られる
としても,「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子が,\nコバルトである結合剤と焼結により一体化している以上,沈降法により炭化タング
ステン粒子のストークス径を測定することは不可能であるから,本件発明の「炭化\nタングステン粒子の質量により秤量されたメジアン粒径」が,沈降法に基づいて得
られるストークス径のメジアン粒径であると解することはできない。
イ 原告は,焼結によって炭化タングステン粒子の粒径が変化するか否か,変化
するとしてどの程度変化するかは,焼結条件との兼ね合いで理論的にも実験的にも
十分に予\測が可能であり,その変化分を加味した上で炭化タングステン粒子の粒径\nを調整し,必要に応じて焼結条件を調整すればよく,また,焼結の前後それぞれの
炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認するこ
とで,ストークス径の粒度分布の変化を予測することは可能\であるから,工具表面\nに存在する炭化タングステン粒子自体を測定するまでもない,また,本件発明にお
けるメジアン粒径は,「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」という広い範囲
を規定するものであるから,焼結の有無はそれらの数値範囲の充足性にほとんど影
響を及ぼさないと考えられる旨主張する。
しかし,本件明細書には,焼結条件との兼ね合いで焼結による粒径の変化を予測\nして炭化タングステン粒子の粒径を調整することや,焼結の前後それぞれの炭化タ
ングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認してストーク
ス径の粒度分布の変化を予測することの記載や示唆はないから,本件発明の「炭化\nタングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,かかる予測や調整等を\n行うことを前提として沈降法により測定されるストークス径のメジアン粒径である
とは解されない。また,本件発明におけるメジアン粒径が,広い範囲を規定するも
のであるとしても,焼結の有無が数値範囲の充足性に影響を及ぼさないと解すべき
根拠はないから,上記の判断を左右するものではない。
ウ 原告は,焼結後の炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定する必要がある
としても,コバルトの融点は1495℃,炭化タングステンの融点は2870℃で
あるから,バインダーであるコバルトを溶かすなどして除去し,炭化タングステン
粒子を取り出して沈降法で測定することは可能である旨主張する。\nしかし,本件明細書には,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン
粒子とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取
り出して沈降法で測定することについては,記載も示唆もないから,本件発明の「炭
化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,コバルトを除去して
取り出した炭化タングステン粒子を沈降法により測定したストークス径であるメジ
アン粒径であるとは解されない。
仮に,上記測定方法により炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定する
ことができたとしても,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン粒子
とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取り出
すという過程において,炭化タングステン粒子の密度や形状が一切変化しないとい
う根拠はないから,そのように取り出して測定した炭化タングステン粒子のストー
クス径が,そのまま,コバルトマトリックスと一体化した工具表面の炭化タングス\nテン粒子のストークス径であるということもできない。
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2020.03.13
令和1(行ケ)10095 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月12日 知的財産高等裁判所
特許異議申し立てで「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」という表\記について、明確性違反として取り消し決定されました。特許権者はこれを不服として取り消しを求めましたが、裁判所も明確性違反と判断しました。
特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする
発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮
に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発
明の技術的範囲が不明確となり,第三者の利益が不当に害されることがあり得るの
で,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとす
る発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付し
た明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基
礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確
であるか否かという観点から判断されるべきである。
・・・・
請求項1には,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」との
記載があるところ,請求項1の記載自体から,この炭化タングステン粒子は,「少な
くとも二個の粉砕工具」の「工具表面」に「含有」されるものであることを理解する\nことができ,また,上記炭化タングステン粒子は,第1の粉砕工具の表面には95\n重量%以下含有され,その粒径が1.3μm以上であること,第2の粉砕工具の表\n面には80重量%以上含有され,その粒径が0.5μm以下であること,粒径はメ
ジアン粒径であること,炭化タングステン粒子のメジアン粒径が1.3μm以上あ
るいは0.5μm以下であることは,炭化タングステン粒子を「質量により秤量」し
て測定するものであることが理解できる。
しかしながら,請求項1の記載からは,粉砕工具の「工具表面」に「含有」される\n炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義が明らかであ
るとはいえない。
また,本件特許の出願当時において,炭化タングステンを含んでなる表面を有す\nる粉砕工具の工具表面に含有される炭化タングステン粒子につき,質量により秤量\nしたメジアン粒径を得ることができたとする当業者の技術常識を認めるに足りる証
拠はない。
イ 本件明細書の記載
本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の\n「工具表面」のタングステン含有量が95%以下であり,工具表\面の材料における
100%に対する残りは,好ましくはコバルト結合剤であり,好ましくは1%未満
の程度に追加の炭化物が存在する(【0026】〜【0028】),焼結の結果は,炭
素の添加によっても影響を受ける(【0029】)との記載があり,「炭化タングステ
ンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」の炭化タングステン粒子
が,コバルトである結合剤と焼結により一体化していることが開示されている。そ
して,本件明細書には,コバルト結合剤と焼結により一体化した「粉砕工具」の「工
具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン\n粒径について,定義や測定方法の記載はない。
ウ 以上によれば,本件明細書の記載を考慮し,出願当時の技術常識を基礎とし
ても,本件発明の「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工\n具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン\n粒径の意義を理解することはできず,本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを
得ないから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,明確性要件を充足しないと
いうべきである。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の定義
は,沈降法により測定されるストークス径について,質量を基準に粒子径を表した\n質量分布におけるメジアン粒径ということで,一義的に明確であり,ストークス径
はストークスの式により明確に定義されるものである旨主張する。
そこで検討するに,甲18(神保元二ら編「微粒子ハンドブック」初版第1刷,1
991年9月1日)には,ストークス径は,最も広く用いられる代表径であり,静止\n流体中を重力で落下する粒子の沈降速度v1と同じ沈降速度をもち,また同じ密度を
もつ球形粒子の直径であり,流体中で運動する粒子の諸現象を考える場合に有用な
代表径であることの記載があり,本件出願当時,粒子の大きさを測定する方法とし\nて,ストークス径を得る沈降法があることは,周知であったことが認められる。
また,ウェブページ「粒度分布測定の基礎知識」(甲19)には,「主な粒度分布測
定原理」の表の「遠心沈降法」の欄に,「測定粒子径の定義」を「ストークス径」,「基本粒度分布」を「重量基準」との記載があり,「遠心沈降法 液相中の粒子群の沈降
状態を吸光度などから計測して,球と仮定して導かれたストークスの式などと照合
し,有効径(ストークス径)を求める。」との記載がある。ウェブページ「粒径分布
測定[重力/遠心沈降式]」(甲22)には,「[測定原理/測定法]微粒子を水または
・・・
不溶溶媒中に懸濁させ,重力場にそのまま静置するか遠心場に粒子懸濁液を置くと,
大きな粒子ほど速い速度で沈降していきます。その様子を粒子懸濁液に照射したレ
ーザー光の透過光強度によって検出します。粒子サイズは重力沈降の場合,次のS
tokesの式から得られます。」との記載があり,
とのストークスの式が記載されている。これらによれば,沈降法は,重量(質量)基
準に基づく粒度分布が得られるものであること,液相中の粒子の沈降速度から粒径
を求めるものであり,分離して沈降可能な粒子を測定対象としていることが認めら\nれる。
しかし,前記(2)イのとおり,本件明細書には,「炭化タングステンを含んでなる
表面を有する」「粉砕工具」の「工具表\面」の炭化タングステン粒子が,コバルトで
ある結合剤と焼結により一体化していることが開示されている一方,炭化タングス
テン粒子が工具表面から分離可能\であることの記載や示唆はない。また,ストーク
スの式によりストークス径を算出するためには,ストークスの式に沈降距離h,沈
降時間t等のパラメータを代入することが必要であるところ,本件明細書を見ても,
ストークスの式のパラメータの値としてどのような値を採用するかについての記載
はない。
そうすると,粒子の大きさを測定する方法としてストークス径を得る沈降法があ
ることが周知であり,沈降法により重量(質量)基準に基づく粒度分布が得られる
としても,「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子が,\nコバルトである結合剤と焼結により一体化している以上,沈降法により炭化タング
ステン粒子のストークス径を測定することは不可能であるから,本件発明の「炭化\nタングステン粒子の質量により秤量されたメジアン粒径」が,沈降法に基づいて得
られるストークス径のメジアン粒径であると解することはできない。
イ 原告は,焼結によって炭化タングステン粒子の粒径が変化するか否か,変化
するとしてどの程度変化するかは,焼結条件との兼ね合いで理論的にも実験的にも
十分に予\測が可能であり,その変化分を加味した上で炭化タングステン粒子の粒径\nを調整し,必要に応じて焼結条件を調整すればよく,また,焼結の前後それぞれの
炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認するこ
とで,ストークス径の粒度分布の変化を予測することは可能\であるから,工具表面\nに存在する炭化タングステン粒子自体を測定するまでもない,また,本件発明にお
けるメジアン粒径は,「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」という広い範囲
を規定するものであるから,焼結の有無はそれらの数値範囲の充足性にほとんど影
響を及ぼさないと考えられる旨主張する。
しかし,本件明細書には,焼結条件との兼ね合いで焼結による粒径の変化を予測\nして炭化タングステン粒子の粒径を調整することや,焼結の前後それぞれの炭化タ
ングステン粒子の粒径を画像で確認し,その変化の有無や程度を確認してストーク
ス径の粒度分布の変化を予測することの記載や示唆はないから,本件発明の「炭化\nタングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,かかる予測や調整等を\n行うことを前提として沈降法により測定されるストークス径のメジアン粒径である
とは解されない。また,本件発明におけるメジアン粒径が,広い範囲を規定するも
のであるとしても,焼結の有無が数値範囲の充足性に影響を及ぼさないと解すべき
根拠はないから,上記の判断を左右するものではない。
ウ 原告は,焼結後の炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定する必要がある
としても,コバルトの融点は1495℃,炭化タングステンの融点は2870℃で
あるから,バインダーであるコバルトを溶かすなどして除去し,炭化タングステン
粒子を取り出して沈降法で測定することは可能である旨主張する。\nしかし,本件明細書には,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン
粒子とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取
り出して沈降法で測定することについては,記載も示唆もないから,本件発明の「炭
化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が,コバルトを除去して
取り出した炭化タングステン粒子を沈降法により測定したストークス径であるメジ
アン粒径であるとは解されない。
仮に,上記測定方法により炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定する
ことができたとしても,一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン粒子
とを加熱し,バインダーであるコバルトを除去し,炭化タングステン粒子を取り出
すという過程において,炭化タングステン粒子の密度や形状が一切変化しないとい
う根拠はないから,そのように取り出して測定した炭化タングステン粒子のストー
クス径が,そのまま,コバルトマトリックスと一体化した工具表面の炭化タングス\nテン粒子のストークス径であるということもできない。
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2020.03. 6
令和1(行ケ)10103 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月26日 知的財産高等裁判所
大成建設の特許「コンクリート造基礎の支持構造」に、大林組が無効審判を請求しました。審決は無効理由無しとし、知財高裁2部もこれを維持しました。争点は進歩性、実施可能要件、明確性、サポート要件です。\n
前記(1)アで認定したとおり,甲3文献は,PHC杭のフーチングへの埋
込み長さと接合部の補強方法が異なる場合における杭頭固定度,接合方法及び終局
耐力を把握することを主目的として,5種類の試験体((1)杭をフーチング内へ単に
埋込む方式で,埋込み長さを10cmとした試験体,(2)杭をフーチング内へ単に埋
込む方式で,埋込み長さを35cmとした試験体,(3)フーチング内で立ち上げ筋と
スパイラルフープ筋により補強し,埋込み長さを20cmとした試験体,(4)内径3
5.4cm,長さ35cm,厚さ0.6cmの鋼管をエポキシ樹脂系接着材によっ
て杭体と一体化し,定着長35cmのアンカー鉄筋(D10−8本)を鋼管に溶接
して接合部を補強し,埋込み長さを10cmとした試験体,(5)内径35.4cm,
長さ35cm,厚さ0.6cmの鋼管をエポキシ樹脂系接着材によって杭体と一体
化し,定着長35cmのアンカー鉄筋(D10−8本)を鋼管に溶接して接合部を
補強し,埋込み長さを20cmとした試験体)について曲げせん断試験実験を行っ
たこと,及び同実験の条件を開示したものであるから,甲3文献は,PHC杭を用
いた剛接合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造における杭頭固定度及び終局
耐力を把握する実験であると認められる。そして,甲3発明は,PHC杭を用いた
剛接合構造による支持構\造であることを前提とした上記の実験において,杭をフー
チング内へ単に埋込む方式で,埋込み長さを10cmとした試験体について,フー
チングのコンクリートの圧縮強度を228kg/cm2,杭体のコンクリートの圧
縮強度を895kg/cm2とするとの条件を設定したものである。
したがって,PHC杭を用いた剛接合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造
における杭頭固定度及び終局耐力を把握する実験において,PHC杭を用いた剛接
合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造という実験の前提自体を変更すること
の動機付けはないというべきである。
イ 前記2(3)ウ(キ)のとおり,剛接合構造と半剛接合構\造とでは,杭の移動
に対する拘束の有無,杭頭部に生じる曲げモーメントの大きさが異なるなどの点で
差異がある。
また,甲37には,「充填コンクリートは,鋼管の拘束度に応じてその圧縮強度が
著しく増大し,プレーンコンクリートの約6〜10倍になる」との記載があること
からすると,PHC杭と場所打ちコンクリート杭とでは,求められるコンクリート
の強度も異なるというべきである。
このように,剛接合構造と半剛接合構\造とでは,杭頭部に生じる曲げモーメント
の大きさが異なる上に,PHC杭と場所打ちコンクリート杭とでは,求められるコ
ンクリートの強度も異なるのであるから,甲3発明における杭体とフーチングの圧
縮強度の関係をそのままにして,甲3発明の実験の前提となるPHC杭を用いた剛
接合構造を場所打ちコンクリート杭を用いた半剛接合構\造に置換することを,当業
者が容易に想到するとは認められない。
ウ そして,上記ア,イで判示したところは,杭に基礎を「載置」する構成\nがありふれた構成であり,PHC杭と場所打ち杭は相互に代替的な構\成であり,甲
3文献に,「地震力に対する建築物の基礎の設計指針・・・が示され,実務に供され
つつあるが,杭頭接合部の固定度・・・と接合方法および構造耐力の問題が,研究\n課題の一つとして残されている。」と記載されているとしても,左右されることはな
い。
また,原告は,PHC杭と場所打ちコンクリート杭の相違が重要であるとすれば,
本件明細書には,鋼管中空杭と場所打ちコンクリート杭の相違を前提としても,な
お同様の作用効果が生じることにつき説明がないから,当業者が,課題を解決する
ものと理解できず,この点でもサポート要件違反となると主張するが,本件明細書
には,鋼管中空杭と場所打ちコンクリート杭のそれぞれについて本件発明の作用効
果を生じることが記載されており,サポート要件に違反するものではない。
エ したがって,甲3発明に,場所打ちコンクリート杭を用いた半剛接合に
よるコンクリート造基礎の支持構造という技術を適用して,本件発明2の相違点ア\n〜ウに係る構成とすることを当業者が容易に想到すると認めることはできない。\nまた,本件発明3は,本件発明2の構成に「コンクリート造基礎と前記杭頭部と\nの間に芯鋼材を配筋したこと」を付加したものであるところ,甲3発明に基づき本
件発明2を容易に発明することができない以上,甲3発明に基づき本件発明3も容
易に発明することはできない。
◆判決本文
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2020.01.30
平成31(行ケ)10064 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年1月28日 知的財産高等裁判所(1部)
無効理由無しとした審決が維持されました。
原告は,本件各発明は物の発明であるから,構成要件Hは制御手段の存在に\nよって特定されるべきであり,この解釈を措くとしても,構成要件Hは空気式マッ\nサージ具による挟み動作と施療子による叩き動作という異質の2種類の施療手段を
あえて同期させるものであるから,その制御手段を具体的に開示することが要請さ
れるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には制御手段の具体的な説明はなく,
またかかる制御手段が技術常識であった事実は存在しないから,本件明細書の発明
の詳細な説明の記載は,実施可能要件に違反していると主張する。\n
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記(2)アのとおり,機械式マッサ
ージ器8の左右の施療子9がマッサージ用モータ10の回転を制御することで叩き
動作を行うことや,空気式のマッサージ具41が内部に備えた袋体(エアセル42)
にコンプレッサー61から空気を供給し膨張させることで押圧動作を行うことが記
載されている。そして,機械式のマッサージ器による叩き動作と,空気式マッサー
ジ器による押圧動作を「同時」に行うためには,両者の制御をその字義どおり時を
同じくして(甲25の1・2)行えば足り,それぞれを単独で動作させる場合の制御
と格別異なる制御を要するものではないから,このような制御手段について発明の
詳細な説明に記載がないとしても,そのことによって当業者が本件各発明の実施に
過度の試行錯誤を要するとは認められない。
イ 原告は,被告が本件出願の審査過程で主張した,左右の施療子によって使用
者の背中に対し左右交互に前後の叩き動作が繰り返されるという作用効果に関して
は,制御手段としてさらに具体的な説明が必要であるのに,本件明細書の発明の詳
細な説明には何らの記載も存在しないとも主張する。
しかし,実施可能要件の適合性は,請求項に係る発明について,明細書の記載と\n出願時の技術常識とに基づいて判断され,その判断が,出願人の審査段階の主張に
より左右されるとは解されない。実施可能要件の適合性の判断を,出願人が出願経\n緯において述べた事項が禁反言の法理等により技術的範囲の解釈に影響することが
あるということと同様に考えることはできない。
◆判決本文
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2020.01.24
平成31(行ケ)10042 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年1月21日 知的財産高等裁判所
マッサージ機の特許について、無効理由無しとした審決が取り消されました。
争点は補正要件(新規事項)、記載要件などです。裁判所は、明確性について構成要件Fについて実質判断していないとして審決を取り消しました。
本件審決は,明確性要件の判断において,構成要件G及びLについて判断したの\nみで,構成要件Fについては「請求人の主張の概要」にも「当合議体の判断」にも記\n載がなく,実質的に判断されたと評価することもできない。
したがって,本件審決には,手続的な違法があり,これが審決の結論に影響を及
ぼす違法であるということができる。
(3) 補正要件違反,分割要件違反及びサポート要件について
ア 本件審決には,補正要件違反等の原告の主張する無効理由との関係で,構成\n要件Fについての明示的な記載はない。
しかし,補正要件の適否は,当該補正に係る全ての補正事項について全体として
判断されるべきものであり,事項Fの一部の追加が新規事項に当たるという主張は,
本件補正に係る補正要件違反という無効理由を基礎付ける攻撃防御方法の一部にす
ぎず,これと独立した別個の無効理由であるとまではいえない。その判断を欠いた
としても,直ちに当該無効理由について判断の遺脱があったということはできない。
また,構成要件Fで規定する「開口」は,構\成要件H(「前記一対の保持部は,各々
の前記開口が横を向き,且つ前記開口同士が互いに対向するように配設されている」)
の前提となる構成であって,事項Hの追加が新規事項の追加に当たらないとした本\n件審決においても,実質的に判断されているということができる。
そして,後記のとおり,当初明細書の【0037】,【0038】,【図2】には,断
面視において略C字状の略半円筒形状をなす「保持部」が記載され,「開口部」とは,
「保持部」における「長手方向へ延びた欠落部分」を指し,一般的な体格の成人の腕
部の太さよりも若干大きい幅とされ,そこから保持部内に腕部を挿入可能であるこ\nとが記載されているから,構成要件Fで規定する「開口」が,当初明細書に記載され\nていた事項であることは明らかである。
イ また,新規事項の追加があることを前提とした分割要件違反に起因する新規
性・進歩性欠如をいう原告の主張も,同様である。
ウ サポート要件についても,本件審決には,構成要件Fについての明示的な記\n載はない。
しかし,サポート要件の適合性は,後記4(1)のとおり判断すべきものであり,上
記アと同様,事項Fの一部についての判断を欠いたとしても,直ちに当該無効理由
について判断の遺脱があったということはできない。
また,構成要件Fで規定する「開口」は,上記アのとおり,構\成要件Hの前提とな
る構成であり,本件審決においても実質的に判断されているということができる。\nそして,後記のとおり,本件発明1は,本件明細書の【0010】に記載された構\n成を全て備えており,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明に
より当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであり,加え
て,本件明細書にも前記【0037】,【0038】,【図2】と同様の記載があることからすれば,構成要件Fで規定する「開口」が本件明細書の当該記載によってサポ\nートされていることも明らかである。
(4) 小括
以上のとおり,本件審決は,明確性要件についての判断を遺脱しており,この点
の審理判断を尽くさせるため,本件審決は取り消されるべきである。
もっとも,他の無効理由については当事者双方が主張立証を尽くしているので,
以下,当裁判所の判断を示すこととする。
・・・
ア 当初明細書の【0042】,【0044】,【0048】,【図5】,【0066】,
【0072】,【0074】,【図8】には,保持部の内面の略全体に空気袋が設けられている構成の記載がある。これらの記載に加えて,従来のマッサージ機においては,\n肘掛け部に例えばバイブレータ等の施療装置が設けられていないことが多く,被施
療者の腕部を施療することができないことが課題になっていたこと(【0003】)
を併せて考えれば,当初明細書の上記各記載から,保持部の内面の対向する部分の
双方でなくとも,対向する部分の一方に空気袋が設けられていれば,腕部が保持部
によって保持され,保持部の内面の一方の側から空気袋の膨張・圧縮に伴う力を受
けることで一定の施療効果が期待できることは明らかというべきである。
そうすると,保持部の内面の互いに対向する部分の双方でなく,対向する部分の
一方に空気袋が設けられていれば,座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に
設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき,被施療者の腕
部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題\nの課題解決手段として十分であることが容易に理解できる。\n
イ 当初明細書の【0042】には,保持部の形状について「略C字状」の断面形
状を有することの記載があり,【0037】,【0038】及び【図2】には,断面視
において略C字状の略半円筒形状をなす「保持部」が記載されており,「開口部」と
は,「保持部」における「長手方向へ延びた欠落部分」を指し,一般的な体格の成人
の腕部の太さよりも若干大きい幅とされ,そこから保持部内に腕部を挿入可能であ\nることが記載されている。そして,【0100】には,腕部を保持する保持部は,【図
13】(a)に示されるものに限定されず,同図(b)〜(e)に示されるものとし
てもよいこと,さらに,同図(c)は,開口を「所定角度で傾斜させた」ものであり,
同図(e)は,開口を「上方に開口」させたものであることが記載されている。
以上の記載を踏まえると,【図13】(a)は,開口が所定角度で傾斜せずに横を向
いている保持部を示していると理解するのが自然であり,そうすると,当初明細書
には,所定角度で傾斜したものと傾斜していないものを含めて「開口が横を向」い
ている保持部が記載されているといえる。
そして,「開口が横を向」いている保持部であっても,腕部を横方向に移動させる
ことで被施療者が腕部を保持部内に挿入することができ,座部に座った被施療者の
腕部を保持部の内面に設けた空気袋によって施療することができることが容易に認
識でき,被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当\n初明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解できるというべきである。
ウ 請求項2の「開口が真横を向いている」にいう「開口」とは,そこから保持部
内に腕部を挿入することを可能とするもの(【0038】,【図2】)であることから\nすれば,「開口が真横を向いている」とは,腕部の挿入方向に着目して,被施療者が
座部に座った状態で腕部を「真横」(水平)に移動させることで保持部内に腕部を挿
入することができるという技術的意義を有するものであると理解できる。
そして,当初明細書には,【図13】(a)及び(c)において,所定角度で傾斜し
たものと傾斜していないものを含めて「開口が横を向」いている保持部が示され,
同図(a)は,開口が所定角度で傾斜せずに横を向いている保持部,すなわち,「開
口が真横を向」いている保持部を示していると理解するのが自然であるところ,「開
口が真横を向」いていれば,腕部を真横(水平)に移動させることで被施療者が腕部
を保持部内に挿入することができ,座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に
設けた空気袋によって施療することができることが容易に認識でき,被施療者の腕
部を施療することが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題\nを解決できることも容易に理解することができるというべきである。
エ 当初明細書には,【0037】,【0044】,【0046】などにも,前腕部を
挿入する第2保持部分の内面において,被施療者の手首又は掌に相当する部分に振
動装置が設けられていることが開示されている。加えて,保持部が,被施療者の上
腕を保持するための第1保持部分と被施療者の前腕を保持するための第2保持部分
とから構成され(【0037】,【図2】),第2保持部分の内面であって被施療者の手首又は掌に相当する部分に振動装置が設けられ,この振動装置が振動することによ\nり,被施療者の手首又は掌に刺激を与えることが可能となっていること(【0044】,【図2】)も記載されている。\nそうすると,保持部内に挿入された被施療者の手首又は掌を,保持部の内面であ
って,手首又は掌に相当する部分に設けられた振動装置を振動させることで,被施
療者の手首又は掌に刺激を与えることが可能となっており,その前提として,保持\n部が,被施療者の手首又は掌を「保持可能」とするような構\成を有していることは
明らかである。
オ 当初明細書のうち,第1保持部分を幅方向へ切断したときの断面図である【図
5】,【図8】には,空気袋(11b,11c,26b,26c)が全体として保持部
の奥側(図の右側)よりも開口側(図の左側)の端部にて高さが高くなるよう盛り上
がる形状が示されており,当初明細書の【0042】の記載も踏まえると,【図5】
には,保持部分の内面の略全体において略一定の厚み幅を有する空気袋11bと,
当該空気袋11bの上に積層する形で空気袋11cが設けられ,当該空気袋11c
は奥側から開口側に行くにしたがってその厚み幅が漸増しており,空気袋11bと
空気袋11cをあわせてみたときに,空気袋は開口側の部分の方が奥側の部分より
も立ち上がるように構成されていることが記載されているといえる。\nそして,空気袋が保持部の開口側の部分の方が奥側の部分よりも立ち上がるよう
に構成されていれば,空気袋の膨張・圧縮の程度が保持部の奥側の部分よりも開口\n側の部分の方が大きく,腕部がそのような空気袋の構成に応じた膨張・圧縮に伴う\n力を受けることで,座部に座った被施療者の腕部を保持部の内面に設けた空気袋に
よって施療することができることが容易に認識でき,被施療者の腕部を施療するこ
とが可能なマッサージ機を提供するという当初明細書に記載の課題を解決できるこ\nとも容易に理解することができる。
カ 以上によれば,本件補正は,当初明細書の全ての記載を総合することにより
導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとはいえ
ない。
・・・
4 取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)について
(1) サポート要件について
特許請求の範囲の記載が,サポート要件を定めた特許法36条6項1号に適合す
るか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請
求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細
な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであ
るか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当
該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2) 本件発明1について
ア 本件明細書の記載
本件明細書には,(1)椅子型のマッサージ機にあっては,肘掛け部にバイブレータ
等の施療装置が設けられていないことが多く,被施療者の腕部を施療することがで
きないという問題があったことから(【0002】,【0003】),被施療者の腕部を施療することが可能なマッサージ機を提供することを課題とし(【0007】),(2)当
該課題を解決するための手段として,被施療者が着座可能な座部と,被施療者の上\n半身を支持する背凭れ部とを備える椅子型のマッサージ機において,「前記座部の両
側に夫々配設され,被施療者の腕部を部分的に覆って保持する一対の保持部と,前
記保持部の内面に設けられる膨張及び収縮可能な空気袋と,を有し,前記保持部は,\nその幅方向に切断して見た断面において被施療者の腕を挿入する開口が形成されて
いると共に,その内面に互いに対向する部分を有し,前記空気袋は,前記内面の互
いに対向する部分のうち少なくとも一方の部分に設けられ,前記一対の保持部は,
各々の前記開口が横を向き,且つ前記開口同士が互いに対向するように配設され」
ていること(【0010】),(3)本発明に係るマッサージ機によれば,空気袋によって
被施療者の腕部を施療することが可能となること(【0028】)が記載されている。\n
そして,本件明細書には,本件発明の「実施の形態1」の説明において,マッサー
ジ機の全体構成やその動作について,保持部の構\成やその内面に設けられた空気袋
の構成や作用とともに記載され(【0037】,【0038】,【0042】〜【0045】,【0048】,【図1】,【図2】,【図5】),本件明細書の【0100】,【010\n1】及び【図13】には,本件発明のマッサージ機の保持部の種々の断面形状につい
て説明がされているところ,マッサージ機を扱う当業者であれば,本件明細書の以
上の記載から,(1)の課題を解決するために(2)の解決手段を備え,(3)の効果を奏する
発明を認識することができる。
そして,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2(1)のとおりで
あるところ,本件明細書の【0010】には,同発明が記載されている。また,当業
者が,本件明細書の前記記載により本件発明1の課題を解決できると認識すること
ができる。そうすると,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明
の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のも
のであるということができ,本件発明1の記載についてサポート要件の違反はない。
イ 原告の主張について
原告は,(1)構成要件Gは,空気袋につき,保持部の内面の対向する部分の一方の\n部分のみに設ける構成も含むが,本件明細書には,かかる構\成であっても解決でき
る課題につき何らの説明もなく,(2)構成要件Hは,保持部の形状につき,本件明細\n書の【図13】の(a),(c)から導かれる形状とするものであるところ,本件明細
書には,他の形状を示す同図(b),(d),(e)との関係で解決される課題につき,何らの説明もないと主張する。
しかし,本件明細書によれば,保持部の内面の対向する部分の双方でなくとも,
対向する部分の一方に空気袋が設けられていれば,被施療者の腕部を施療すること
が可能なマッサージ機を提供するという本件明細書に記載の課題の解決手段として\n十分であることが容易に理解することができる。また,保持部に形成する開口が横\nを向いていれば,腕部を横方向に移動させることで被施療者が保持部内に腕部を挿
入することができ,座部に座った被施療者の腕部を施療することが可能なマッサー\nジ機を提供するという本件明細書に記載の課題を解決できることが容易に理解する
ことができる。
したがって,原告の主張は理由がない。
5 取消事由5(引用発明に基づく進歩性判断の誤り)について
・・・
このように,甲13文献に示されるパッド31は,せいぜい,パッド35ととも
に肢にフィットするように全体にc字形をしており,開口を患者の側に向けて,パ
ッド35とともに椅子21(肘掛け)又は床の上に「置く」ことができることが開示
されているにとどまり,「一対の保持部」について,相違点2に係る,各々の開口が
横を向き,かつ開口同士が互いに「対向するように配設」するという技術思想が開
示されているとはいえない。
(ウ) したがって,引用発明に甲13技術を適用する動機付けはないし,これを
適用しても,相違点2に係る構成に至らないから,これを容易に想到することがで\nきたものとはいえない。
◆判決本文
関連事件です。こちらは無効理由無しとした審決が維持されています。
◆平成31(行ケ)10054
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