2011.03. 1
サポート要件(36条6項1号)違反であるとされた審決が取り消されました。
36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は,同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し,「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において,その対象を異にする。特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように,特許権者の専有権の及ぶ範囲は,「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条,70条)。もし仮に,「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて,「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば,特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。36条6項1号は,そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって,「発明の詳細な説明」において,「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても,限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は,同号に違反するものとして許されない(もとより,「発明の詳細な説明」において,技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に,同号に違反するものとして許されないことになるのは,いうまでもない。)。以上のとおり,36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。・・・・前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして,i)特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,ii)本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,iii)本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられたDV2が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2 を用いたと認識するものというべきである。確かに,前記3(3)記載のとおり,原告は,本願発明の還元用組成物について,アミノシリコーンを含有しない還元用組成物である旨の意見を述べている。しかし,原告が,このような意見を述べたのは,本願発明が,先行技術との関係で進歩性の要件を充足することを強調するためと推測され,手続過程でこのような意見を述べたことは,信義に悖るものというべきであるが,そのような経緯があったからといって,DV2が「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」であることにはならない。なお,甲14ないし16によれば,DV2は,アミノシリコーンを含有しているものと推認される。イまた,実施例2,3においても,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用した場合とそうでない場合が比較され,本願発明の効果が示されているということができる。(4) 小括以上のとおりであり,審決が,i)本願発明について,「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点,ii)「前処理をせずに,アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点,及びiii)本願発明1ないし9について,「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に,誤りがある。
◆判決本文
数値限定発明について、サポート要件違反とした審決を取り消しました。
この点について,被告は,本件発明における(A−1):(A−2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A−1):(A−2)=100:1〜100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の意義((A−1):(A−2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A−1とA−2とが,GPCの面積比で,(A−1):(A−2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A−1):(A−2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A−1):(A−2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A−1):(A−2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構\成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。・・・本件審決は,本件発明1の課題について,i)高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及びii)保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,ii)接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,i)の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。
イ 本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。
◆判決本文