審決はサポート要件違反なしと判断しましたが、知財高裁はこれを取り消しました。
ア 審決は,磁気検出素子の位置について,「図8に示されるように,スロッ
トルボディー1及びその下側部に組み付けられたモータ4を一括して覆う縦長の形
状をしたカバー9において,ホールICを固定したステータコアが,カバーの中心
から所定距離だけ長手方向にずれた位置にモールド成形されている」として,磁気
検出素子がカバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位置にあることを前提
とし,これを前提に,横すべりが短尺方向よりも長手方向に大きいのであれば,磁
気検出素子と磁石との位置ずれも生じるとする。
しかし,前記のとおり,訂正発明1に係る特許請求の範囲には,磁気検出素子の
位置を特定するような記載はない。また,カバーの形状自体,特許請求の範囲には,
縦長形状であることの特定はあるものの,長方形とは限定されておらず,左右非対
称の形状も含むのであるから,「カバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位
置」を特定できるものでなく,さらに,その位置が磁気検出素子と磁石との間の位
置ずれを生じさせるか否かも明らかとならない。しかも,訂正発明1の回転角検出
装置は,自動車のスロットルバルブの回転角の検出に利用される旨の特定もないか
ら,自動車の回転角検出装置におけるカバーに関する技術常識を補って解釈するこ
ともできない。
なお,訂正明細書の発明の詳細な説明には,磁気検出素子の位置を特定する本文
中の記載はなく,図2,7,8のカバ−の図によっても,磁気検出素子と磁石との
位置ずれが生じる範囲を認識することはできない。
イ また,審決は,カバーの長手方向と短尺方向でどのような熱変形が生ず
るかは,カバーの全体形状や各部の形状,各部の肉厚,凹凸の有無やその形状,ス
テータコアが設けられる位置等の諸条件に依拠するが,あらゆる条件を検討して,
カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい条件をもれなく特定
することは事実上不可能であり,そのような条件をすべて特定しなくても,訂正発\n明1は,カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向より大きいものを前提としており,
その前提に係る構成も特許請求の範囲に記載されているのであるから,上記諸条件\nのうちこの前提を満たすもののみが訂正発明1に含まれるのであり,このような前
提が満たされれば,特許請求の範囲に記載されている上記配置に係る構成により,\n訂正発明1の課題は解決されるとする。
しかし,訂正発明1に係る特許請求の範囲は,縦長形状のカバーであることを特
定しているのみであり,前記(3)ウのとおり,カバーが均質組成の長方形で内部温度
分布は均一であり,3次元的変形を2次元的に均一に膨脹したと仮定し,長手方向
が短尺方向よりも熱変形(延び)するとしても,磁気検出素子と磁石の位置ずれが
起こるとは限らないのであるから,特許請求の範囲の記載が,審決が述べるように
「カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きいものを前提」とし
ているとはいえず,特許請求の範囲に記載されている配置に係る構成から,訂正発\n明1の課題を認識しこれが解決されると理解することはできない。
ウ 審決は,あらゆる条件を検討して,位置ずれが不可避に生じる条件をも
れなく特定することは不可能であるから,あらゆる条件を検討することは,過度の\n試行錯誤を強いるものではあるが,上記構成において,ある条件,例えば,訂正明\n細書に従来の技術として記載されたものを参考に立てた条件について,上記位置ず
れが生じるか否かを,当該条件を設定した上で実験を行ったり計算をしたりするこ
とにより確認はできるから,これらの条件について記載されていなくても,発明の
詳細な説明や特許請求の範囲に上記構成が記載されていれば,位置ずれが生じる前\n提となる構成が記載されているといえるとする。\n確かに,特許請求の範囲において,位置ずれが不可避的に生じる条件をすべて特
定して記載することまでは要しないとしても,訂正発明1に係る特許請求の範囲の
記載では,上記に述べたとおり,当業者が,磁気検出素子と磁石との位置ずれが生
じる場合が理解できるものでないことは明らかである。
また,審決は,参考資料2(甲10)における各メーカーの製品写真に示されて
いるように,カバーの四隅等の周縁部においてスロットルボディーにボルトで固定
することが一般的であるとして,これを前提として技術理解をするようであるが,
訂正発明1の特許請求の範囲には,自動車のスロットルバルブの回転角を検出する
発明であることは記載されておらず,特定の製品を参考に前提条件を限定して技術
理解を行うこと自体が誤りである。
エ 被告は,計算により課題に直面するか否かが判断できるとし,審決が被
告の主張を支持して,ボルト固定力がカバー内力を下回る可能性に関して,ボルト\n軸線と直角方向の荷重を受けた場合にすべりが生じる可能性があることは技術常識\nに反するものではなく,熱応力によってカバーがボルトを押す力F とボルト固定力
L とを具体的に検討したことは合理的であり,この検討に用いた数式は力学の法則
に基づき,パラメータの数値は実際のカバー,スロットルボディー,ボルトの特性,
寸法等に即したものであって,合理的なものであると主張する。
しかし,審決は,以下の数式を基礎に検討しているところ,これは,ボルトに対
する固定力とカバーに生じる熱応力とを比較し,単に,カバーに生じる熱応力がボ
ルトの固定力を上回る場合があり得ることを計算上,導けるというにすぎない。
・・・
この計算式には,ボルトの位置は反映されておらず,当該ボルト付近において横
すべりが生ずる可能性の有無を示すにすぎないのであり,熱変形がどの方向に向か\nって生じるかは明らかではない。また,カバーに熱応力による変形が均一に生じ,
固定された磁力検出素子が位置ずれを起こすと仮定しても,磁力検出素子が固定さ
れた箇所における位置ずれは,長手方向が短尺方向と比較して大きくなければなら
ないところ,どの部分がどのように変形し,磁気検出素子と磁石との位置ずれに影
響するかは,ボルト固定の数や位置,磁気検出素子の位置,ボルトまでの距離など
を具体的に検討しなければ,明らかにならない。すなわち,上記計算によっても,
訂正発明1の課題は一義的に導かれるものではない。
また,審決は,この計算において,ボルト及びカラーには亜鉛メッキがされてお
りこのメッキにより摩擦係数μが低下すること,エンジンルーム内での使用環境を
考えると摩擦面に水分,油分,又は異物が入り込むおそれも無視はできず,その場
合は摩擦係数μが低下すること,エンジンの振動により機械設計便覧(甲15)に
示されるようにボルト軸直角方向に振動外力が作用するおそれがあることを考慮し
て,すべりの発生の可能性があると認定しているところ,前記のとおり,訂正発明\n1がエンジンルーム内の使用に限定されるものではない上,このような摩擦に影響
を及ぼす事情は,すべてのボルトについて,一様に,しかも,均一に生じるとは考
え難い。そうすると,訂正発明1が,長手方向において,短尺方向に比して,なお,
磁石と磁気検出素子の位置ずれが大きいといえるのか,必ずしも明らかではない。
(5) 小括
以上によれば,当業者は,訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載から,いかな
る場合において課題に直面するかを理解できないのであり,したがって,特許請求
の範囲に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載等や,出願当時の技術常識に
照らしても,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えたもの
である。
◆判決本文
審決は36条違反(実施可能要件、サポート要件)としましたが、知財高裁はこの判断については取り消しました。ただ、審決が進歩性なしとした判断については維持され、結局審決は維持されました。
審決は,本願発明のうち,間隔保持部材を有さない構成において,各分\n離ディスク間に精度よく間隔を形成する方法が,発明の詳細な説明に,当業者が実
施可能な程度に記載されていない,とする。\nイ しかしながら,複数の部材を相互にはんだ付け又は溶接により接合する
場合に,当該複数の部材は,一定の時間相互に近接保持される必要があるが,様々
な治具等によって空間内の特定の位置に固定されることは,技術常識といえる。例
えば,従来,・・・が開示されており,このことは,本件発明のように,多数の分離ディスクが含
まれる場合も同様である。そして,当業者にとって,各分離ディスクの間隔をどの
程度とするか,また,その間隔の精度をどの程度とするかは,各分離ディスクの固
定手段により適宜調整可能なことである。\nしたがって,審決の特許法36条4項1号に関する判断には,誤りがある。
ウ これに対して,被告は,本願発明において,間隔保持部材を設けること
なしに,はんだ付け又は溶接するだけで,遠心分離機の分離ディスクとして回転す
る場合でも回転に関して動的に安定したものとすること,及び,適切に遠心分離を
行うために必要な薄い流動空間を正確に形成できることまでは,明細書の記載から
明らかではなく,技術常識でもない,と主張する。しかしながら,本願発明のよう
な遠心分離機において,間隔保持部材を設けることが必須であるといった技術的知
見の存在を裏付けるに足る適切な証拠は提出されていない。
・・・
ア 審決は,本願発明のうち,間隔保持部材を有さない構成が発明の詳細な\n説明に記載されていない,とする。
イ 確かに,発明の詳細な説明中,実施例においては,間隔保持部材を有さ
ない構成は挙げられておらず,かかる構\成が含まれることは明示されてはいない。
しかしながら,本願発明は,分離ディスクの凹部内に配置されている封止部材によ
る摩耗などに起因するディスク強度の問題や(【0003】),これを回避するためね
じ接続を採用し,さらに,分離ディスクを圧縮する構成によった場合の各分離ディ\nスクの対称性や相互の位置合わせへの悪影響といった問題(【0004】)を解消す
るために,金属製のディスクをはんだ付け又は溶接によって接合するという構成を\n採用したものであるところ,間隔保持部材の有無は,上記各課題の解決には関連し
ないのであるから,間隔保持部材がない構成が記載されていないと解することはで\nきない。
よって,審決の特許法36条6項1号に関する判断には,誤りがある。
ウ 被告は,遠心分離機においては遠心分離を受ける液体用に分離室を多く
の薄い流動空間に分け,分離ディスク間の隔離部材(間隔保持部材)を配置するこ
とが一般的であり,適切に遠心分離を行うために分離ディスク間の薄い流動空間を
正確に形成する必要があることは明らかである,と主張する。
しかしながら,被告の摘示する特表平11−506385号公報(甲2)には,\n間隔保持部材を機能させる場合,すなわち,間隔保持部材が必要な場合には,分離\nディスクに固定するとの記載しかなく,間隔保持部材が必須ということは読み取れ
ないし,他にこの点を認めるに足る証拠もない。
◆判決本文
2015.05. 7
実施可能要件を満たしていない範囲について、サポート要件違反が成立すると判断されました。
一般に,膜厚を薄くすると熱膨張係数が小さくなることが知られているから(甲9。訳文1頁),甲8及び甲10のような熱イミド化によるポリイミドフィルムにおいて,膜厚を薄くすることでさらに熱膨張係数を下げることが可能であるとはいえるものの,どの程度まで下げることができるのかについて,本件明細書には具体的な指摘がされていない。\nまた,熱イミド化によるポリイミドフィルムの場合には,固形分量が多くなり延伸することが困難とされている(甲13の段落【0018】)。そして,甲29の実施例5のように,約1.04倍程度の延伸が可能であるとしても,45.6ppm/°Cの熱膨張係数を3〜7ppm/°Cという低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。\nさらに,4,4’−ODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムを化学イミド化により製造して,膜厚や延伸倍率等を調節したとしても,3〜7ppm/°Cという低い数値まで下げることが可能であるとする根拠はなく,本件明細書にも何ら具体的な指摘がない。\n被告は,この点について,ポリイミドフィルムについて最終的に得られる熱膨張係数は,延伸倍率に大きく影響されるほかに,延伸に際しての,溶媒含量,温度条件,延伸速度等多くの条件に影響され,またフィルムの厚さにも影響されることが甲9に記載されているから,ODA/BPDAの2成分系について,甲8のデータのみに基づいて,本件発明9の熱膨張係数の数値範囲を実現することができないと断定することはできない旨主張する。しかし,本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製造が可能\であることについて何ら具体的な主張立証をしない。
したがって,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識を考慮しても,4,4’−ODA/BPDAの2成分系フィルムについては,本件発明9の熱膨張係数の範囲とすることは,当業者が実施可能であったということはできない。\n
・・・・
しかし,前記2(5)のとおり,少なくともODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムについては,当業者が,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づき,これを実施することができない。そ
うすると,上記2成分系のポリイミドフィルムの構成に係る本件発明9は,本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識によっては,当業者が本件発明9の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということはできず,サポート要件を充足しないというべきである。\n
◆判決本文