2020.12.21
令和2(ネ)10039 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和2年12月1日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
特許侵害事件で、1審ではサポート要件違反として無効と判断されました。知財高裁も同じ判断をしました。発明はアンテナなのでサポート要件違反は珍しいですね。原審(東京地裁平成30年(ワ)5506号)はアップされていません。
前記(ア)の発明の詳細な説明の記載によれば,発明の詳細な説明に記
載された実施例(第1実施例,第2実施例)は,いずれもアンテナ素子
の下に平面アンテナユニットを配置し,アンテナ素子の下縁と平面アン
テナユニットの上面の間隔を約0.25λ 以上としたものであり,それ
により,アンテナ素子と平面アンテナユニットについて,相互に影響を
及ぼすことが低減され,それぞれ単独で存在する場合の各アンテナと同
等の電気的特性を示すことを具体的に示すものである。発明の詳細な説
明には,第1実施例のアンテナ装置を用いた実験結果が記載されている
ところ(【0018】〜【0026】,図7〜図12,図15〜図19),
これらは,アンテナ素子と平面アンテナユニットの相互干渉がアンテナ
の電気的特性に及ぼす影響を検証したものであると認められ,実施例が,
発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するという効果を生ず
るかどうかを確かめるものと認められる。
そうすると,発明の詳細な説明に記載された実施例は,前記認定の発
明の詳細な説明に記載された発明(前記イ(イ))の実施の形態を具体的
に示し,その発明の課題(前記ア(イ))を解決するという効果を生ずる
ことを示すものであると認められる。
(3) 請求1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載された発明か
ア 請求項1に記載された発明は,前記第2,3(2)のとおりであり,1)アン
テナ素子に加えて別のアンテナである平面アンテナユニットを組み込むこ
とは構成要件とされてはおらず,また,2)仮にアンテナ素子に加えて平面
アンテナユニットを組み込んだ場合に,アンテナ素子の下縁と平面アンテ
ナユニットの上面との間隔が約0.25λ以上であることも構成要件とさ\nれていない。そのため,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加
えて平面アンテナユニットを組み込み,アンテナ素子の下縁と平面アンテ
ナユニットの上面との間隔を約0.25λ以上とするアンテナ装置以外に
も,1)そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニットが組み込まれて
いないアンテナ装置の発明を含み,また,2)アンテナ素子に加えて平面ア
ンテナユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面
アンテナユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置
の発明を含むものである。
イ これに対し,発明の詳細な説明に記載された発明は,前記(2)イ(イ)のと
おりであり,アンテナ素子と,アンテナ素子の直下であって,前記アンテ
ナ素子の面とほぼ直交するよう配置されている平面アンテナユニットとを
備えるアンテナにおいて,平面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の
下端との間隔を約0.25λ以上とするものであると認められる。
ウ そうすると,請求項1に記載された発明のうち,1)アンテナ素子以外に
平面アンテナユニットが組み込まれていないアンテナ装置の発明,及び2)
アンテナ素子に加えて平面アンテナユニットが組み込まれてはいるもの
の,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニットの上面との間隔が約0.
25λ未満であるアンテナ装置の発明は,発明の詳細な説明に記載された
発明ではない。
したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明に記載さ
れた発明以外の発明を含むものであり,発明の詳細な説明に記載された発
明であるとは認められない。
(4)請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は
出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識できる範囲の
ものであるか発明の詳細な説明に記載された発明の課題は,限られた空間しか有してい
ないアンテナケースを備えるアンテナ装置に既設の立設されたアンテナ素子
に加えてさらに平面アンテナユニットを組み込むと相互に他のアンテナの影
響を受けて良好な電気的特性を得ることができないという課題であり(前記
(2)ア(イ)),このような課題を当業者が認識するためには,限られた空間し
か有しないアンテナ装置において,既設の立設されたアンテナ素子に加えて
新たに平面アンテナユニットを組み込むことが前提となる。しかし,請求項
1に記載された発明は,そもそもアンテナ素子以外に平面アンテナユニット
が組み込まれていないアンテナ装置の発明を含み(前記(3)ア),そのような
構成の発明の課題は,発明の詳細な説明には記載されていない。そのため,\n請求項1に記載された発明は,当業者が発明の詳細な説明の記載によって課
題を認識できない発明を含むものであり,当業者が課題を解決できると認識
できる範囲を超えたものである。
また,請求項1に記載された発明は,アンテナ素子に加えて平面アンテナ
ユニットが組み込まれてはいるものの,アンテナ素子の下縁と平面アンテナ
ユニットの上面との間隔が約0.25λ未満であるアンテナ装置の発明を含
むが(前記(3)ア),発明の詳細な説明には,課題を解決する方法として,平
面アンテナユニットの上面とアンテナ素子の下端との間隔を約0.25λ 以
上とすることが記載されており,アンテナ素子の下縁と平面アンテナユニッ
トの上面との間隔を約0.25λ未満とするならば,発明の詳細な説明に記
載された課題を解決することはできない。そのため,請求項1に記載された
発明は,この点においても当業者が発明の詳細な説明に記載された解決手段
によって課題を解決できると認識できない発明を含むものであり,当業者が
課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。
その他,請求項1に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載若しくは
示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識でき
る範囲のものであることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,請求項1に記載された発明は,発明の詳細な説明の記載若し
くは示唆又は出願時の技術常識に照らし,当業者が課題を解決できると認識
できる範囲のものであるとは認められない。
◆判決本文
関連訴訟(原告被告が同じ)はこちらです。
◆平成27(ワ)22060
◆平成26(ワ)28449
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2020.12.21
令和1(行ケ)10136 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年12月15日 知的財産高等裁判所
サポート要件違反として無効審決がなされ、知財高裁もこれを維持しました。本件発明の課題である24ケ月の貯蔵安定性を有することの具体的裏付けが記載されていないとの判断です。
上記(1)イ(イ)・(ウ)のとおり,本件明細書においては,パロノセトロン又はそ
の塩を含む溶液は,pH及び/又は賦形剤濃度の調整並びにマンニトール及び
キレート剤の適切な濃度での添加によって,安定性が向上することが記載さ
れ,実施例1〜3において,製剤が最も安定するpHの値,クエン酸緩衝液及
びEDTAの好適な濃度範囲,マンニトールの最適レベルが示され,実施例
4,5に代表的な医薬製剤が示されているが,実施例4,5においては,実\n際に安定性試験が行われていないため,そこに記載された医薬製剤が少なく
とも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。ま
た,その他の箇所をみても,安定化に資する要素は挙げられてはいるものの,
それらが24ケ月の貯蔵安定性を実現するものであることについての直接的
な言及はないし,どのような要素があればどの程度の貯蔵安定性を実現する
ことができるのかを推論する根拠となるような具体的な指摘もなく,結局,
具体的な裏付けをもって,具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安
定性を有することが記載されているとはいえない。
なお,上記(1)イ(イ)のとおり,本件明細書の一連の実施例は,薬剤の安定化
のための合理的な条件を見出すための要因を探求するものであって,特に,
実施例1〜3は,個々の要因を探求するプレフォーミュレーション(予備処\n方設計,前処方化)に該当し,実施例4,5の代表的な医薬製剤は処方化研\n究(製剤設計)に該当するといえるとしても,上記のとおり,本件明細書に
は,pH,賦形剤,マンニトール及びキレート剤の濃度を調整することで,安
定性向上に関し,どのような作用・機序があるのか,どの程度の安定性の向
上,安定性への貢献が見込めるのかが記載されていないため,実施例4,5
の医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されてい
るとはいえないし,その他の箇所をみても,合理的な説明をもって,具体的
な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されてい
るとはいえない。
そうすると,本件明細書には,24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤
が記載されているとはいえないし,本件出願時の技術常識に照らしても,当
業者が,本件各発明につき,医薬安定性が向上し,24ケ月以上の保存を可
能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を\n提供するという本件各発明の課題(上記(1)ア)を解決できると認識できる範
囲のものであるとはいえない。
なお,実施例6,7の記載は,(1)イ(エ)のとおり,パロノセトロン塩酸塩以
外の成分(賦形剤,等張剤など)の有無及び濃度についての記載や,pHの
値についての記載を欠くため,本件各発明に該当する製剤に関する実施例で
あるとはいえないし,これによって安定性が確認されたのは,最長でも16
日間にすぎないのであるから,上記(2)イの技術常識に照らしてみても,24
ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤を提供する等の本件各発明の課題(上
記(1)ア)を解決し得ることの根拠にはなり得ない。
(4) 原告の主張について
ア 上記第4の1(1)及び(2)の主張について
上記(3)のとおり,本件明細書には,pH,賦形剤,マンニトール及びキレ
ート剤の濃度を調整することで,安定性向上に関し,どのような作用・機
序があるのか,どの程度の安定性の向上,安定性への貢献が見込めるのか
が記載されていないため,本件出願時の技術常識を踏まえても,実施例4,
5の医薬製剤が24ケ月要件を備えたものであることが記載されていると
はいえないし,その他の箇所をみても,具体的な医薬製剤が少なくとも2
4ケ月の貯蔵安定性を有することを,具体的な根拠に基づいて合理的に説
明しているとはいえない。そして,24ケ月という期間に直接言及する【
0017】【0037】の記載も,上記(1)イ(ア)のとおり,当該製剤ないし
容器を24ケ月以上保存できることをいかなる方法で確認したか等につい
ての具体的な言及を欠くから,これらの段落の記載をもって,24ケ月要
件が本件明細書に実質的に記載されているということもできない。
したがって,原告の上記第4の1(1)及び(2)の主張は採用することができ
ない。
◆判決本文
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2020.10.29
令和1(行ケ)10130 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年10月22日 知的財産高等裁判所(3部)
無効審判の審理で訂正し、無効理由無しとされましたが、これについては、審決取消訴訟(前訴)で取り消されました。再開した審理で、訂正がなされ、無効理由無しと判断されました。知財高裁は審決を維持しました。争点は新規性・進歩性、サポート要件です。概要は、先行公報に記載された事項については前訴の拘束力化あり、また阻害要因ありと判断されました。
本件訂正発明1と甲1発明の相違点の認定の誤りについて
ア 甲1の【0016】には,「図1にホットプレスにより作製したターゲッ
トの断面組織写真を示す。これによれば,微細な黒い点(SiO2)が均質
に分布しているのが観察され,・・・以上の結果より,このターゲット組織は
SiO2がCo−Cr−Ta合金中に分散した微細混合相からなっている
ことがわかった。」との記載があるから,甲1の図1の黒い点はSiO2と
認められる。そして,甲1の図1によれば,SiO2の黒い点は粒子状をな
しており,いずれも半径2µmの仮想円よりも小さいと認められる。したが
って,甲1の図1のSiO2粒子はいずれも,SiO2粒子内の任意の点を
中心に形成した半径2µmの全ての仮想円よりも小さいと認められ,形状2
の粒子の存在を確認することはできないから,本件訂正発明1が必ず形状
2を含むのに対し,甲1発明においては,形状2の粒子を含むのか否かが
一見して明らかではないと認められる。
前訴判決は,審決を取り消す前提として,甲1発明の図1の全ての粒子
は形状1であると認定しており(甲30,61頁),この点について拘束力
が生じているものと認められ,この点からしても,本件訂正発明1が必ず
形状2を含むのに対し,甲1発明においては,形状2の粒子を含むのか否
かが一見して明らかではないということができる。
そうすると,本件訂正発明1が形状2の粒子を含むのに対し甲1発明に
おいて形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかでないとの本件審
決の相違点(相違点2)の認定に誤りはないものと認められる。
イ(ア) この点につき,原告は,甲3に記載された再現実験は,甲1の実施
例1の再現実験であり,甲3で確認される非磁性材料粒子の組織は,甲
1の実施例1の組織と同じであるとして,甲3の断面組織写真である図
6の画面右下には形状2の粒子が存在するから(甲47),本件訂正発明
1と同じく,甲1発明にも形状2の粒子が存在するということができ,
形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかでない点をもって,本件
訂正発明1と甲1発明の相違点ということはできないと主張する。
(イ) 前記2(2)アのとおり,メカニカルアロイングは,高エネルギー型ボ
ールミルを用いて,異種粉末混合物と硬質ボールを密閉容器に挿入し,
機械的エネルギーを与えて,金属,セラミックス,ポリマー中に金属や,
セラミックスなどを超微細分散化,混合化,合金化,アモルファス化さ
せる手法で,セラミックス粒子を金属マトリクス内に微細に分散させる
ことを可能とするものであり,このようなメカニカルアロイングの仕組\nみに照らすと,メカニカルアロイングにおいては,ボールミルのボール
の衝突により異種粉末混合物にどのような力が加えられるかにより,生
成物の組織が異なってくるものと認められる。また,甲52に「一般に
粉末のミリング時には衝撃,剪断,摩擦,圧縮あるいはそれらの混合し
たきわめて多様な力が作用するがメカニカルアロイングにおいて最も重
要なものはミリング媒体の硬質球の衝突における衝撃力とされている。
衝撃圧縮により粉末粒子は鍛造変形を受け加工硬化し,破砕され薄片化
する。・・・薄片化および新生金属面の形成に加え,新生面の冷間圧接およ
びたたみ込みが重なるいわゆる Kneading 効果により,次第に微細に混
じり合い,ついには光学顕微鏡程度では成分の見分けがつかないほどに
なってしまう。」(前記2(1)オ)との記載があることからすると,メカニ
カルアロイングにおいて最も重要なものはミリング媒体の硬質球の衝突
における衝撃力であると認められる。そうすると,ボールミルのボール
の材質や大きさ,ボールミルの回転速度等の条件が異なれば,メカニカ
ルアロイングによって得られる粉末の物性は異なり,そのような粉末か
ら得られるスパッタリングターゲットの研磨面で観察される組織の形態
も異なると認められる。
そうであるとすれば,少なくともボールミルのボールの材質や大きさ,
ボールミルの回転速度等のメカニカルアロイング条件が明らかにされな
ければ,どのような組織の生成物ができるかが明らかにならないものと
いうべきである。
そこで本件についてみると,甲1には,甲1発明のスパッタリングタ
ーゲットを製造する際の,ボールミルのボールの材質や大きさ,ボール
ミルの回転速度等のメカニカルアロイング条件についての記載はなく,
甲3のメカニカルアロイングの条件が,甲1発明のスパッタリングター
ゲットを製造する際のメカニカルアロイングの条件と同じであったとい
う根拠はない。そうすると,甲3に記載されたスパッタリングターゲッ
トが形状2の粒子を含んでいたとしても,このことのみから,甲1発明
のスパッタリングターゲットも形状2の粒子を含むということはできな
い。そして,その他に,甲1発明のスパッタリングターゲットが形状2
の粒子を含むことを認めるに足りる証拠はない。
・・・
(2) 本件訂正発明1〜6の進歩性についての判断の誤りについて
ア 本件訂正発明1と甲1発明の相違点2,本件訂正発明2と甲1発明の相
違点2’の容易想到性について検討する。
甲1発明は,ハードディスク用の酸化物分散型 Co 系合金スパッタリン
グターゲット及びその製造方法に関する発明であり(【0001】【産業上
の利用分野】),発明の目的は,保磁力に優れ,媒体ノイズの少ない Co 系合
金磁性膜をスパッタリング法によって形成するために,結晶組織が合金相
とセラミックス相が均質に分散した微細混合相であるスパッタリングタ
ーゲット及びその製造方法を提供することにある(【0009】【発明が解
決しようとする課題】)。そして,発明者らは,Co 系合金磁性膜の結晶粒界
に非磁性相を均質に分散させれば,保磁力の向上とノイズの低減が改善さ
れた Co 系合金磁性膜が得られることから,そのような磁性膜を得るため
には,使用されるスパッタリングターゲットの結晶組織が合金相とセラミ
ックス相が均質に分散した微細混合相であればよいことに着目し,セラミ
ックス相として酸化物が均質に分散した Co 系合金磁性膜を製造する方法
について研究し,甲1記載の発明を発明した(【0010】【課題を解決す
るための手段】)。そして,甲1には,急冷凝固法で作製した Co 系合金粉末
と酸化物とをメカニカルアロイングすると,酸化物が Co 系合金粉末中に
均質に分散した組織を有する複合合金粉末が得られ,この粉末をモールド
に入れてホットプレスすると非常に均質な酸化物分散型 Co 系合金ターゲ
ットが製造できる(【0013】(課題を解決するための手段))と記載され
ており,甲1発明のスパッタリングターゲットは,アトマイズ粉末とSi
O2粉末を混合した後メカニカルアロイングを行い,その後のホットプレ
スにより製造されたものであり,SiO2が Co−Cr−Ta 合金中に分散した
微細混合相からなる組織を有する(【0015】,【0016】(実施例1))。
他方,メカニカルアロイングについては,本件特許の優先日当時,前記
2(2)記載の技術常識が存在したと認められ,当業者は,甲1発明のスパッ
タリングターゲットを製造する際も,原料粉末粒子が圧縮,圧延により扁
平化する段階(第一段階),ニーディングが繰り返され,ラメラ組織が発達
する段階(第二段階),結晶粒が微細化され,酸化物などの分散粒子を含む
場合は,酸化物粒子が取り込まれ,均一微細分散が達成される段階(第三
段階)の三段階で,メカニカルアロイングが進行すること自体は理解して
いたものと解される。
そして,メカニカルアロイングが上記第一ないし第三の段階を踏んで進
行することからすると,メカニカルアロイングが途中の段階,例えば,第
二段階では,ラメラ組織が発達し,形状2の粒子も存在するものと考えら
れ,甲49(実験成績報告書「甲3の混合過程で形状2の非磁性材料粒子
が存在すること(1)」)及び甲50(実験成績報告書「甲3の混合過程で
形状2の非磁性材料粒子が存在すること(2)」)も,メカニカルアロイン
グの途中の段階においては,形状2の粒子が存在することを示している。
しかし,甲1には,形状2のSiO2粒子について,記載も示唆もされて
いない。むしろ,本件特許の優先日当時のメカニカルアロイングについて
の前記技術常識(前記2(2))に照らすと,メカニカルアロイングは,セラ
ミックス粒子等を金属マトリクス内に微細に分散させるための技術であ
り,第二段階は進行の過程にとどまり,均一微細分散が達成される第三段
階に至ってメカニカルアロイングが完了すると認識されていたものと推
認されるところであり,前記2(1)の技術文献の記載に照らして,メカニカ
ルアロイングをその途中の第二段階で止めることが想定されていたとは
認められない。メカニカルアロイングを第二段階等の途中の段階までで終
了することについて,甲1には何ら記載も示唆もされておらず,その他に,
これを示唆するものは認められない。むしろ,甲1には,合金相とセラミ
ックス相が均質に分散した微細混合相である結晶組織を得ることが,課題
を解決するための手段として書かれており,セラミックス相が均質に分散
した微細混合相を得るためには,均一微細分散が達成される第三段階まで
メカニカルアロイングを進めることが必要であるから,甲1は,メカニカ
ルアロイングをその途中の第二段階で止めることを阻害するものと認め
られる。
そうすると,当業者は,メカニカルアロイングについて前記2(2)記載の
技術常識を有していたものではあるが,甲1発明のスパッタリングターゲ
ットを製造する際に,メカニカルアロイングを第二段階等の途中の段階ま
でで終了することにより,SiO2粒子の形状を形状2(形状2’)の粒子
を含むようにすることを動機付けられることはなかったというべきであ
る。
したがって,相違点2及び相違点2’に係る事項は,当業者が容易に想
到し得たものとは認められない。
◆判決本文
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2020.09.17
令和1(行ケ)10150 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年9月15日 知的財産高等裁判所
新規性・進歩性違反については、一致点と相違点の認定を誤っているとして取り消しました。その他の記載要件(実施可能要件・サポート要件)については無効理由無しについても判断しています。\n
イ 本件審決は,引用発明1を前記第2の3(2)アのとおり,低純度酸素の生成に
関し,「高純度酸素が側塔から抜き取られる位置よりも15〜25平衡段高い位置で
側塔から液体として抜き出され,液体ポンプを通過することにより高い圧力に圧送
され,主熱交換器を通過することによって気化され」るものと認定した。
原告は,上記認定を争い,引用発明1は,低純度酸素を専ら液体として抜き出す
ものではないと主張し,その根拠として記載Aを指摘する。
ウ 記載Aは,「Either or both of the lower purity oxygen and the higher
purity oxygen may be withdrawn from side column 11 as liquid or vapor for
recovery.」というものである(甲1の1。5欄8行〜10行)。引用例1の他の箇所
(例えば,5欄11行〜22行,23行〜32行,33行〜39行)において,
“recover”の用語が最終的な製品を得ることという意味で用いられていることから
すると,記載A文末の“recovery”も最終製品の回収のことを意味し,他方で文中の
“withdrawn”は,中間的な生成物の抜き出しのことを意味するものと解される(4
欄40行の“withdrawn”,5欄43行の“withdrawal”も同様である。)。そうすると,記載Aは,前記ア gのとおり,低純度酸素及び高純度酸素のいずれか又は両方は,
回収のために,液体又は気化ガスとして側塔11から抜き出されてもよいと訳すの
が相当である。
そうだとすると,記載Aからは,引用発明1が低純度酸素を専ら液体として抜き
出すもので,気体としての抜き出しは排除されている,と理解するのは困難である。
しかも,引用例1の全体をみると,引用発明1が解決しようとする課題は,低純
度酸素及び高純度酸素の両方を高回収率で効果的に精製することができる極低温精
留システムを提供することであり ,課題を解決する手段は,空気成分の
沸点の差,すなわち低沸点の成分は気化ガス相に濃縮する傾向があり,高沸点の成
分は液相に濃縮する傾向があることを利用したものである(同 と認められ,図
1に示されたのは,あくまで,好ましい実施形態にすぎない 。図1の説明
においては,低純度酸素を液体として抜き出し,それにより大量の高純度酸素を得
られるとしても,それは,最も好ましい実施形態を示したものであって,引用例1
に側塔11から低純度酸素を気体として抜き出すことが記載されていないとはいえ
ない。
エ また,証拠(甲2,3の1,4,7の1,8)によれば,本件発明1の出願当
時,空気分離装置又は方法において,高純度酸素と区別して低純度酸素を回収する
ことができ,その際に,精留塔から,低純度酸素を気体として抜き出す方法も液体
として抜き出す方法もあることは,技術常識であったと認められる。上記認定の技
術常識に照らしても,引用例1には,低純度酸素を液体として抜き出すことのみな
らず,気体として抜き出すことが記載されているに等しいというべきである。
オ そうすると,本件審決が,引用発明1を,低純度酸素を専ら液体として抜き
出すものと認定し,これを一致点とせずに相違点1と認定したことは,誤りといわ
ざるを得ない。
本件審決は,その余の相違点及び本件発明2〜4と引用発明1との相違点につい
て判断せず,原告被告ともにこれを主張立証していないから,これらの点に係る新
規性及び進歩性については,再度の審判により審理判断が尽くされるべきである。
・・・
事案に鑑み,取消事由3についても判断する。
(1) 実施可能要件適合性\n
ア 本件各発明に係る「空気分離方法」のための「空気分離装置」は,2種以上の
純度の酸素を取り出すものであり,そのうち1種を低純度のガス酸素で取り出すこ
とによって,低圧精留塔内の主凝縮器に必要な酸素の純度を低減でき,その結果,
空気圧縮機の吐出圧の低減を図り,該圧縮機の消費動力を低減し,「空気分離装置」
の稼動コストを従来よりも小さくすることができるものである。
イ 本件各発明において用いられる装置は,「空気圧縮機」,「吸着器」,「主熱
交換器」,「高圧精留塔」,「低圧精留塔」,「低圧精留塔」内に設けられた「主凝
縮器」,「昇圧圧縮機」,「液酸ポンプ」,「空気凝縮器容器」及び「空気凝縮器容
器」内に設けられた「空気凝縮器」を主として備える「空気分離装置」であり,それ
ぞれの意味するところは,図面をもって具体的に示されている(【0023】,図
1)。
工程についても,1)「低圧精留塔」内で精留分離された液体酸素が,「空気凝縮器
容器」内に供給され,「空気凝縮器容器」内で気化したガス酸素(低純度酸素)が,
供給ライン(ガス酸素供給ライン)により「主熱交換器」に送られて常温に戻された
後,必要に応じて空気が混合されて酸素富化燃焼用酸素として外部(酸素富化炉)
に供給されること(【0027】〜【0029】),2)「空気凝縮器容器」内の液体
酸素は,供給ラインにより「液酸ポンプ」に送られて必要圧に昇圧された後,「主熱
交換器」で蒸発及び昇温されることによりガス酸素(高純度酸素)となり,酸化用酸
素として外部(酸化炉)に供給されること(【0030】),3)「空気凝縮器容器」
内の液体酸素(高純度酸素)の抜き出し量は,例えば10%〜80%の間とするこ
と(【0059】,【表3〜5】),以上のことが,具体的に示されている。\nそして,以上のような「空気分離装置」によれば,必要とされる高純度酸素が全体
の酸素の一部である場合に,必要とされる高純度酸素の純度を確保しつつ,「低圧
精留塔」の「主凝縮器」から取り出す液体酸素の純度を低減し,低減分の酸素の沸点
を下げることが可能となり,また,「低圧精留塔」内で液体酸素とガス窒素との間で\n行われる熱交換の温度差を大きくすることにより,「高圧精留塔」内の必要圧力を
下げることができ,これにより,「空気圧縮機」の吐圧力を低減し,ひいては該圧縮
機の消費動力の低減が可能となるので,「空気分離装置」の稼動コストを従来より\nも抑えることができるとして,効果及びその機序の説明もされている(【0018】,
【0035】,【0036】)。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明には,前記ア,イのことがその具体的な実施
の形態も含めて記載されており,当業者は,これをみれば,過度の試行錯誤を要す
ることなく,本件各発明を実施することができる。
よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に適合する。\n
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2020.09. 7
令和1(行ケ)10173 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年9月3日 知的財産高等裁判所
記載要件(サポート要件、実施可能要件、明確性)違反として、異議理由ありとした審決が取り消されました。\n
本件特許請求の範囲には,複数のピークが生じる場合に,特定のピークを選択す
る旨の記載や,全てのピークが140゜C)以上であることの記載が存在しないところ,
上記のとおり,実施例1〜7の発泡体は,比較例2,3と同じ直鎖状低密度ポリエ
チレンを20〜60重量%で含有するから,【表1】に記載された141.5〜14\n7.4゜C)(140゜C)以上)の結晶融解温度ピーク以外に,140゜C)未満の結晶融解温度ピークを含むであろうことは,当業者であれば,上記イの技術常識により,容易に理解することができる。このことは,原告による実施例2の追試結果の図(甲8)
や甲10の図4とも符合する。
そうすると,本件明細書(【表1】)の実施例1〜7についての結晶融解温度ピー\nクは,複数の結晶融解温度ピークのうち,ポリプロピレン系樹脂を含有させたこと
に基づく140゜C)以上のピークを1個記載したものであることが理解できるから,
「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上」は,複数
の結晶融解温度ピークが測定される場合があることを前提として,140゜C)以上に
ピークが存在することを意味するものと解され,このような解釈は,上記アの解釈
に沿うものである。
また,本件発明1は,ポリプロピレン系樹脂の含有量を規定するものではないか
ら,ポリプロピレン系樹脂の含有量が,140゜C)未満のピークを示す直鎖状低密度
ポリエチレンの含有量を下回る場合を含むことは,実施例7の記載から明らかであ
る。そして,このような場合に,当業者であれば,140゜C)未満に一番大きいピーク
(最大ピーク)が生じ得ることを理解することができるのであり,「示差走査熱量計
により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上である」について,複数のピ
ークがある場合のピークの大小は問わないものと解するのが合理的である。
エ 以上のとおり,本件発明1の「示差走査熱量計により測定される結晶融解温
度ピークが140゜C)以上である」とは,示差走査熱量計による測定結果のグラフの
ピーク(頂点)が140゜C)以上に存在することを意味し,複数のピークがある場合
のピークの大小は問わないものと解され,その記載について,第三者の利益が不当
に害されるほどに不明確であるということはできない。
(3) 被告の主張について
被告は,「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上で
あり」について,1)結晶融解温度ピークといえるものは140゜C)以上であるという
解釈,2)最も高温側の結晶融解温度ピークが140゜C)以上であるという解釈,3)最
大ピークを示す温度が140゜C)以上である,又は,最大面積の吸熱ピークの頂点温
度が140゜C)以上であるという解釈,4)最も低い結晶融解ピーク温度が140゜C)以上であるという解釈,5)わずかなピークであっても,そのピークが140゜C)以上に
存在すればよいという解釈等複数の解釈が考えられるところ,いずれを示すものか
が不明であると主張する。しかし,3)4)の解釈を採るべき場合にはその旨が明記さ
れているところ(乙2・【0032】,乙3・【0056】,乙4・【0024】,乙5・[0025],乙6・【0018】,甲5・【0014】,乙7・【0008】,乙8・【0091】,乙9・【0027】),本件明細書にはこのような記載はなく,複数あるピークの大小を問わず,1つのピークが140゜C)以上にあれば「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以上であり」を充足すると解すべきであることは,前記(2)において説示したとおりである。また,5)について,特許請求の範
囲の記載及び本件明細書にピークの大きさを特定する記載はないから,ピークの大
きさを問わず「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以
上であり」に該当するというべきであり,「示差走査熱量計により測定される結晶融
解温度ピークが140゜C)以上であり」との記載が不明確であるという被告の主張は
採用できない。
また,被告は,本件発明1において結晶融解温度ピークが複数ある場合は想定さ
れていないと主張する。しかし,本件発明1において,結晶融解温度ピークが複数
ある場合が想定されていることは,前記(2)ウに説示したところから明らかである。
・・・
被告は,本件発明はいわゆるパラメータ発明であり,サポート要件に適合す
るためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との\n関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理
解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が
示す範囲内であれば所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程\n度に,具体例を開示して記載することを要する(知財高裁平成17年(行ケ)100
42号同年11月11日判決)と主張する。しかし,本件発明は,特性値を表す技術\n的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した
物を構成要件とする発明ではなく,被告が指摘する上記裁判例にいうパラメータ発\n明には当たらないから,被告の主張は前提を欠く。
イ 被告は,本件発明の特許請求の範囲の記載が明確ではなく,また,実施可能\n要件を欠き本件発明1は製造することができない態様を含むものであるから,本件
発明はサポート要件に適合しないと主張する。しかし,明確性要件及び実施可能要\n件についての判断は前記2及び3のとおりであり,被告の主張は採用できない。
ウ 被告は,本件明細書の記載(【0020】)から,厚さ,結晶融解温度ピーク,
発泡倍率及び気泡のアスペクト比の4つの条件のうち耐熱性と関連があるのは結晶
融解温度ピークのみであり,これが高いほど耐熱性が優れている旨説明されている
と理解できると主張する。
しかし,本件明細書には,厚さ,結晶融解温度ピーク,発泡倍率及び気泡のアスペ
クト比の4つの条件のうち耐熱性と関連があるのは結晶融解温度ピークのみであり,
これが高いほど耐熱性が優れている旨の説明は存在しない。かえって,結晶融解温
度ピークが143.9゜C)であっても,気泡のアスペクト比が0.5と0.9〜3の範
囲外である比較例1において,耐熱性に劣る結果となっている(【表1】)ことから\nすれば,4つの条件のうち耐熱性と関連があるのが結晶融解温度ピークのみとは理
解されない。
エ また,被告は,4つの条件のうち耐反発性と関連があるのは結晶融解温度ピ
ークを除く3つであり,発泡倍率が15cm3/gに近いほど,気泡のアスペクト比
が0.9あるいは3に近いほど,また,厚さが1500μmに近いほど耐反発性が
劣る旨説明されていることを前提に,実施例1及び5の構成の一部を本件発明1の\n範囲内の境界に近い数値に変更した場合に,本件発明1の課題を解決できると認識
することができないと主張する。
しかし,本件明細書には,発泡倍率が15cm3/gに近いほど,気泡のアスペク
ト比が0.9あるいは3に近いほど,また,厚さが1500μmに近いほど耐反発
性が劣ることの記載はない。また,被告の主張する構成の変更により耐反発性が低\n下するとしても,所定の評価方法に基づき耐反発性が◎と評価された実施例1及び
5(【0074】,【表1】)について,本件課題を解決できないほどの耐反発性の低下をもたらすとする根拠は不明であり,被告の主張は採用できない。\nオ 被告は,実施例に記載された「AD571」以外のポリプロピレン系樹脂を
使用した場合や,実施例とは異なる条件で発泡体を製造した場合に,本件発明1の
課題を解決できることが実施例によって裏付けられていないと主張する。
しかし,ポリプロピレン系樹脂が,耐熱性や機械的強度(耐衝撃性)に優れた樹脂
であることは,本件特許の出願時の技術常識であり(甲10の「はじめに」の項,乙
11[0002],乙12[0002],乙14[0002]),これによれば,当業者は,
「AD571」以外のポリプロピレン系樹脂を使用した場合や実施例と異なる条件
で発泡体を製造した場合についての実施例及び比較例がなくても,本件明細書の記
載や本件特許の出願時の技術常識に照らし,本件発明1の両面粘着テープが,本件
課題を解決できると認識できるというべきである。
カ 被告は,「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140゜C)以
上であり」について,140゜C)以上の部分にごく小さな結晶融解温度ピークでも存
在しさえすれば良いとすると,そのような,ピークを発現する材料がごく少量の場
合に本件発明1の課題を解決できると認識することはできないと主張する。
しかし,前記ウのとおり,比較例1によれば,耐熱性には結晶融解温度ピークの
みならず気泡のアスペクト比が関係していることを理解することができる。そして,
上記オのとおり,ポリプロピレン系樹脂は,耐熱性や機械的強度(耐衝撃性)に優れ
た樹脂であるところ,融点が140゜C)よりも低いポリプロピレン系樹脂も本件特許
の出願時の当業者に知られていた(乙11[0008],[0009],乙12[0080],[0097],乙14[0078])。そうすると,ポリプロピレン系樹脂を含有させたこ
とに基づく140゜C)以上のピークがごく小さいものであったとしても,ポリプロピ
レン系樹脂の含有量を調整すること及び気泡のアスペクト比を調整することにより,
本件課題を解決することができると認識することができるというべきである。
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2020.09. 1
令和1(行ケ)10174 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年8月26日 知的財産高等裁判所
電子たばこの特許について、新規性・進歩性、サポート要件・実施可能要件、明確性要件について無効理由があるのかが争われました。審決は理由無しと判断しました。知財高裁(2部)もかかる判断を維持しました。
(イ) 前記ア(イ)〜(エ)の本件明細書の記載からすると,特許請求の範囲の請求
項1及び15にある第1,第2及び第3段階と第1,第2及び第3の温度の技術的
意義は,次のとおりであると認められる。
1) 第1段階として,加熱要素の温度をエアロゾル形成基材からエアロゾルが発
生する温度であるが許容温度(「エアロゾル形成基材から所望の物質の揮発が開始さ
れる温度」から「エアロゾル形成基材から望ましくない物質の揮発が開始される温
度」未満又は「エアロゾル形成基材が燃焼する温度」未満)の範囲内の第1の温度
まで上昇させ,装置及び基材が温まり,凝縮が抑えられてエアロゾルの送達が増加
することに伴い,2)第2段階として,エアロゾルの送達を抑えるため,第1の温度
より低いが,エアロゾル形成基材のエアロゾル揮発温度よりは低くならない,エア
ロゾルの送達を軽減する温度である第2の温度へと加熱要素の温度を低下させ,そ
の後,エアロゾル形成基材の枯渇及び熱拡散の低下に起因するエアロゾル送達の減
少が生じるため,それを補償するため,3)第3段階として,加熱要素の温度を第2
の温度より高いが許容温度内にある第3の温度に上昇させる。4)これらの構成を採\n用することにより,「ユーザによる複数回の吸煙を含む期間にわたって特性がより一
貫したエアロゾルを提供するエアロゾル発生装置及びシステムを提供すること」と
いう本件発明の課題が解決される。
(ウ) 以上の本件発明の課題やその解決手段の技術的意義に照らして,本件特
許の特許請求の範囲の請求項1及び15を見ると,原告が主張する特性がより一貫
したエアロゾルを提供できない態様の時間や温度のもの(前記第3の1(原告の主
張)(1)で原告が例として挙げているようなもの)までが本件特許の特許請求の範囲
に含まれるとは解されない。
(エ) そうすると,本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び15は,発明の
詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる。
(2) 原告は,1)本件特許の特許請求の範囲には,第1,第2及び第3の温度の技
術的意義や持続時間又は切替タイミングについて何も規定されていないから,特許
請求の範囲を本件明細書の記載に基づいて限定解釈することは許されない,2)「第
3の温度」に関して,加熱要素の温度を上げることで,エアロゾル送達の減少を抑
制できるという技術常識が存在せず,当業者はそのことを理解できないし,「第2段
階」についても,エアロゾルの送達を抑制するために加熱要素の温度を下げるとい
うことは当業者には理解できないと主張する。
ア 上記1)について
(ア) 前記のとおり,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載と発明
の詳細な説明の記載とを対比して行うものであるが,対比の前提として特許請求の
範囲から発明を認定するに当たり,特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意
味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に,必要に応じて明細書や図面
の記載を斟酌することは妨げられないというべきであり,当事者が引用するリパー
ゼ判決は,そのことを禁じるものと解することはできない。
そして,本件においては,本件明細書の記載に照らすと,特許請求の範囲の請求
項1及び15について,前記(1)で認定したとおりのものであると理解できるのであ
り,それを基に特許請求の範囲と発明の詳細な説明を対比すると,特許請求の範囲
に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の
記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると
いえる。
(イ) 原告は,この点について,サポート要件の判断に当たって,発明の詳
細な説明に基づく特許請求の範囲の限定解釈が許されるとすると,特許請求の範囲
が文言上どれだけ広くてもサポート要件違反になることがなくなり,その趣旨が没
却されるし,侵害の場面で広範な特許請求の範囲に基づき充足を主張でき,二重の
利得を得ることになるから不当であると主張する。
しかし,サポート要件の判断に当たって,発明の詳細な説明を参酌するからとい
って,特許請求の範囲に発明の詳細な説明を参酌して認められる発明の内容が,発
明の詳細な説明によってサポートされていないときは,サポート要件違反になるこ
と(例えば,特許請求の範囲の文言に発明の詳細な説明を参酌して認められる発明
の内容が,AとBの両方を含むものであるが,実施例等としては,Bしかないとき
にAはサポートされていないと判断する場合があることなど)はあり得るのであっ
て,常にサポート要件違反を免れるということにはならない。
また,特許発明の技術的範囲を定めるに当たり,明細書及び図面を考慮するとさ
れていること(特許法70条2項)からすると,原告のいう二重の利得が発生する
とはいえない。したがって,原告の上記主張は,前記(1)の判断を左右するものではない。
イ 上記2)について
「第3の温度」について,本件明細書では,段落【0056】において,【図4】
を示しつつ,成分の送達は,ピークを迎えた後に,「基材の枯渇」及び「熱拡散効果
が弱まること」によって,時間と共に低下すると説明しているところ,同説明は一
般的な科学法則に合致した合理的なものであり,当業者は,ここから吸い終わりに
近い頃に,より高い熱量を加えて,熱拡散効果を高めてエアロゾル形成基材全体の
温度を上げ,エアロゾルの発生量を増やすことで,エアロゾル送達の減少を抑制で
きると理解することができると認められる。
また,「第2段階」について,本件明細書では,段落【0019】において,装置
及びエアロゾル形成基材が温まることによって凝縮が抑えられてエアロゾルの送達
が増加するため,第2段階で加熱要素の温度を第2の温度へと低下させると記載さ
れている。【図4】は,上記段落【0019】に記載されている一定時間経過後のエ
アロゾル送達の増加に沿うものとなっている。これらの本件明細書の記載も一般的
な科学法則に合致した合理的なものであり,これらの記載に接した当業者は,「第2
段階」において,加熱要素の温度を下げることにより,エアロゾル発生基材からの
エアロゾルの発生を抑えることで,エアロゾルの送達の増加を抑制することができ
ると理解することができると認められる。
そして,このような第3段階におけるエアロゾル送達の減少の抑制や第2段階に
おけるエアロゾル送達の増加の抑制が,「特性がより一貫したエアロゾルを提供する
エアロゾル発生装置及びシステムを提供する」という本件発明の課題を解決するも
のであることも,本件明細書の記載から明らかである。
なお,原告は,「第3段階」の開始タイミングと「第3の温度」についても主張す
るが,それらが本件発明の課題やその解決手段の技術的意義に照らして解釈される
べきことは,前記(1)のとおりである。
以上のとおり,当業者は,本件明細書の記載から「第3の温度」や「第2段階」
について理解することができると認められ,これらが理解できないとする原告の主
張は採用することができない。
(3) よって,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由3(実施可能要件違反についての判断の誤り)について\n
(1) 本件発明は物及び方法の発明であるところ,物の発明における発明の実施と
は,その物の生産,使用等をいい(特許法2条3項1号),方法の発明における発明
の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(同項2号),物及び方法の発明
について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が明細書の記載及び出\n願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産,
使用等することができるか,その方法の使用をすることができるか否かによるとい
うべきである。
前記2で認定,判断したとおり,特許請求の範囲の請求項1及び15についての
技術的な意義は明らかであり,また,本件明細書には,設定されるべき許容温度の
範囲の例や三つの具体例を含む発明を実施するための形態が記載されている。また,
従来技術について記載した本件明細書の段落【0002】,【0003】や後述する
甲1の段落【0045】,【0046】,【0048】〜【0050】,甲2の段落[0003],[0027],[0037],[0039]などからすると,加熱式エアロゾル発生装置において,各種のエアロゾル形成基材の種類,香味などを考慮して,加熱温度や時間を適宜設
定することは,本件出願日当時における周知技術であったと認められる。
以上によると,当業者は,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基
づいて,過度の試行錯誤を経ることなく,使用するエアロゾル形成基材に応じて,
「第1の温度」・「第1段階」,「第2の温度」・「第2段階」及び「第3の温度」・「第3段階」を設定し,本件発明を実施することができるものと認められるから,実施
可能要件は充足されていると認められる。\n
(2) 原告は,任意のエアロゾル形成基材に対して最適な温度プロファイルと時
間的プロファイルを実験的に求めるのは過度の試行錯誤に当たり,エアロゾル形成
基材の材料が明らかにならないと本件明細書に開示された三つの実施例すら実施で
きないと主張するが,上記(1)で判示したところに照らし,採用することはできない。
(3) よって,原告が主張する取消事由3は理由がない。
4 取消事由2(明確性要件違反についての判断の誤り)について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみな
らず,明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を
基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明
確であるか否かという観点から判断されるべきである。
原告は,本件特許の請求項1及び15の「少なくとも1つの加熱要素」が複数の
加熱要素である場合,請求項1及び15に記載された各「前記加熱要素」が1)複数
の加熱要素のうち一つの加熱要素を意味するのか,2)複数の加熱要素のうちのいく
つかを意味するのか,3)全ての複数の加熱要素を意味するのかが不明であると主張
する。
しかし,前記2で認定,判断した特許請求の範囲の請求項1及び15の技術的意
義からすると,これらの発明においては,複数の加熱要素がある場合には,最終的
に複数の加熱要素が協働することにより,「第1の温度」・「第1段階」,「第2の温度」・
「第2段階」及び「第3の温度」・「第3段階」が実現できるように各加熱要素を適
宜制御するものであることは明らかである。
そうすると,請求項1及び15の「少なくとも 1 つの加熱要素」は,加熱要素が
一つある場合には,その加熱要素を,加熱要素が複数ある場合には,適宜制御され
る複数の加熱要素を意味するのであって,原告が主張する1)〜3)のいずれかが特定
されていなくても,請求項1及び15の記載は明確であるといえる。
この点について,原告は,請求項1に5回登場する「前記加熱要素」がどのよう
なものを指すか不明であると主張するが,これらの「前記加熱要素」も,上記のと
おり,加熱要素が複数ある場合は,適宜制御される複数の加熱要素を意味するので
あって,不明確であるということはできない。
よって,原告が主張する取消事由2は理由がない。
・・・
他方,甲2発明は,前記ア,イのとおり,加熱が開始された後,天火の温度が2
40゜C)に達すると,制御部の制御により,電気加熱片による加熱が停止され,天火
の温度が180゜C)を下回ると加熱が再開されることが繰り返され,吸い始めから吸
い終わりまでの間,天火の動作温度が180゜C)〜240゜C)に維持されるように制御
されるというものであり,本件明細書の段落【0056】や【図3】,【図4】にあ
るような,動作中に一定の温度をもたらすように構成され,エアロゾル成分の送達\nがピークを迎えた後,エアロゾル形成基材が枯渇して熱拡散効果が弱まるにつれ,
時間と共にエアロゾル成分の送達が低下する従来技術に相当するものといえる。甲
2には,ユーザによる複数回の喫煙を含む期間にわたって,エアロゾルの送達量を
一貫とするために,凝縮が抑えられてエアロゾルの送達量が増加することに応じて
第1の温度から第2の温度へと温度を低下させたり,逆にエアロゾル形成基材の枯
渇及び熱拡散の低下に応じて第2の温度から第3の温度へと温度を上昇させたりす
るという技術思想については,記載も示唆もされていない。
以上からすると,甲2発明と本件発明1及び15では,加熱要素の制御方法やそ
のための電気回路の構成が異なっているというべきであり,甲2発明と本件発明1\n及び15との間には,本件審決が認定した前記第2の3(5)エ(ア)a及び(ウ)a記載の
相違点1B及び相違点15Bが存在すると認められる。
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2020.08.14
平成30(ワ)10126 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 令和2年6月30日 東京地方裁判所
104条の3の無効理由(新規事項、サポート要件違反)があるので、権利行使不能と判断されました。
図103〜106のドットパターンに関係して,前記2のとおり,段落
【0184】〜【0195】I),【0228】〜【0246】II)の記載があ
る。これらによれば,そのドットパターンは,格子状に配置されたドット
で構成される。そして,格子ドットLDと呼ばれるドットを四隅に配置し,その4つの格子ドットLDで囲まれた領域の中心からどの程度ずらすかに\nよってテータ内容が定義され,例えば,同領域の中心から等距離の位置で
45度ずつずらした点を8個定義することで,8通りのデータを表現でき,このずらす距離を変更した点を8個定義することで16通りのデータを表\現できる。また,格子ドットLDは,本来,縦横方向の格子線の交点上で
ある格子点上に配置されるが,その位置をずらしたドットをキードットK
Dとして,このキードットKDに囲まれた領域,又は,キードットKDを
中心にした領域が一つのデータを示している。また,キードットKDを格
子点から等距離で45°ずつずらすことにより,その角度ごとに別の情報
を定義することができることなどが記載されている。(以下,図103〜1
06や上記発明の詳細な説明に記載されている技術思想のドットパターン
を「図105ドットパターン」ということがある。)
図105について,垂直方向のラインについて,LV1,LV2などの
符号を付し,水平方向のラインについて,LH1,LH2などの符号を付
し,ドットにD1,D2などの番号を付したものが別紙図105その2で
ある。
図105においては,例えば,垂直方向の格子線であるLV1,LV3,
LV5と,水平方向の格子線であるLH1,LH3,LH5の交点に格子
ドットが配置され,格子ドットが四隅に配置されている領域が示されてい
る(例えば,D1,D2,D13,D12(ただし後述)を四隅とするも
の,D2,D3,D14,D13を四隅とするもの)。そして,その4個の
格子ドットで囲まれる領域の中心から等距離の位置でいずれかの位置に
1個のドットが配置されていることが示され(例えば,D7,D8),図
105全体では,上記領域の中心から等距離の位置で,45°ずつずれた
位置のいずれか1つの位置にドットが配置されることが記載されている。
また,図103には,交点から45°ずつずれた位置にドットを配置する
構成が記載されている。そして,D12やD56は,垂直方向の格子線であるLV3又はLV11上にあるが,水平方向の格子線であるLH1上に\nはなく,これらは,格子線の交点からずれたキードットKDであることが
示されている。
ア 本件補正1及び2による補正後の構成要件B1・G2は「(前記ドットパターンは,)縦横方向に等間隔に設けられた格子線の交点である格子点を中\n心に,前記情報ドットを前記格子点の中心から等距離で45°ずつずらした
方向のうちいずれかの方向に,どの程度ずらすかによってデータ内容を定義
し」である。
当初明細書1及び2の記載や図における図105ドットパターンにおい
て,4個の格子ドットで囲まれる領域の中心は,それらの格子ドットが配置
されている格子線の中間にそれらと並行して存在するといえる格子線の交
点ともいえるから(例えば,格子点D1,D2,D13,D12で囲まれる
領域の中心は,垂直方向の格子線であるLV1,LV3の間のLV2と,水
平方向の格子線であるLH1,LH3の間のLH2の交点といえ,また,L
V2,LV4,LV6,LH2,LH4,LH6は,縦横方向に等間隔に設
けられた格子線ともいえる。),上記構成要件B1・G2に係る構\成は,【01
84】〜【0195】I),【0228】〜【0246】II)及び図105に記載
されているといえる。
他方,図5ドットパターンにおいて,図5〜図8では,縦横方向に等間隔
で設けられた格子線(例えばLV4,LV7,LV10,LH4,LH7,
LH10)の交点から等距離に,水平方向及び(又は)垂直方向にずらした
位置に各1〜3個のドットが記載されて情報を示している。これらでは,縦
横方向に等間隔に設けられた格子線の交点である格子点を中心に,情報内容
を定義するドットが格子点の中心からずれることで情報が示されていると
いえるが,情報内容を定義するドットは,水平方向及び(又は)垂直方向に
ずらされるのであり,等距離で90°ずつずらしているとはいえるとしても,
等距離で45°ずつずらしているものではない。図5〜図8では,格子線の
間に設けられた垂直方向及び水平方向のライン(例えば,LV3,LV5,
LH3,LH5)が示された上で,それらのラインや格子線の交点に情報を
示すドットが示されていて(例えば,D9,D14),これは情報を示すド
ットを格子点の中心から等距離で90°ずつずらすことを前提としている
ものであり,このように交点に情報を示すドットを配置するこの図では情報
を示すドットを等距離で45°ずつずらすことは想定されていない。そうす
ると,上記構成要件B1・G2に係る構\成は,【0023】〜【0027】
I),【0067】〜【0071】II)及び図5〜図8に記載されているもので
はない。
イ 本件補正1及び2による補正後の構成要件C1・H2は「前記情報ドットが配置されて情報を表\現する部分を囲むように,前記縦方向の所定の格子点間隔ごとに水平方向に引いた第一方向ライン上と,該第一方向ラインと交差
するように前記横方向の所定の格子点間隔ごとに垂直方向に引いた第二方
向ライン上とにおいて,該縦横方向の複数の格子点上に格子ドットが配置さ
れた(ドットパターンである)」である。
前記アのとおり,当初明細書I),II)には,図105ドットパターンに関す
る記載において,本件補正1及び2による補正後の構成要件B1・G2に係る構\成が記載されていた。しかし,図105ドットパターンにおいては,縦横方向の格子線の交点上である格子点上に格子ドットLDが配置され,その
位置をずらしたドットをキードットKDとして,このキードットKDに囲ま
れた領域,又は,キードットKDを中心にした領域が一つのデータを示すも
のとされている。このようなキードットKDに囲まれた領域又はキードット
KDを中心にした領域が一つのデータを示すものであり,「前記情報ドット
が配置されて情報を表現する部分」(C1・H2)であるといえるところ,図105ドットパターンでは,前記のようにキードットKDによって,それ\nに囲まれた領域,又はそれを中心にした領域が情報を表現する部分とされているのであり,また,図105では,情報を表\現する部分はキードットKDにより囲まれていることが示されているのであって,そうである以上,「第
一方向ライン」及び「第二方向ライン」(C1・H2)として特定される水
平方向及び垂直方向のラインによって,情報を表現する部分を囲んでいると直ちにいえるものではない。したがって,「第一方向ライン」,「第二方向ラ\nイン」がない以上,情報を示すドットが配置されて情報を表現する部分を囲むような「第一方向ライン」及び「第二方向ライン」上にドットが配置され\nているということもできない。以上によれば,上記構成要件C1・H2に係る構\成は,【0184】〜【0195】I),【0228】〜【0246】II)及
び図105に記載されているとは認められない。
なお,図5ドットパターンについて,補正後の構成要件B1・G2に係る構\成の記載はないのであるが,図5ドットパターンには,情報ドットが配置されて情報を表現する部分を囲むように,縦方向の所定のドットの間隔ごとに水平方向に引いた水平ラインと,水平ラインと交差するように横方向の所\n定のドットの間隔ごとに垂直方向に引いた垂直ラインが存在し,また,それ
らのライン上において,複数の格子点上に格子ドットが配置されているとい
える。したがって,上記構成要件C1・H2に係る構\成は,【0023】〜
【0027】I),【0067】〜【0071】II)及び図5〜図8に記載され
ているとはいえる。
ア 前記(3)によれば,当初明細書1及び2において,構成要件B1・G2に係る構\成は,【0184】〜【0195】I),【0228】〜【0246】II)及
び図105には記載されているとはいえるが,そこで記載されているドッ
トパターンである図105ドットパターンは構成要件C1・H2の構\成を
有するものではない。また,当初明細書1及び2において,構成要件C1・H2に係る構\成は,【0023】〜【0027】I),【0067】〜【007
1】II)及び図5〜図8には記載されているとはいえるが,そこで記載されて
いるドットパターンである図5ドットパターンは構成要件B1・G2の構\
成を有するものではない。
そして,図5ドットパターンと図105ドットパターンは,情報ドットの
ずらし方,1つの交点に対する情報ドットの個数,情報ドット以外のドット
の配置,格子線又はラインのうち特定のものを「第一方向ライン」等として
特定するか否か,垂直ライン上のドットが本来の位置からのずれ方によって
データの種類を表すか否か,1つのデータを区画するキードットKDが存在するか否か等,多くの点で相違しており,これらの相違は,各実施例が開示\nする技術的事項,すなわちドットパターンによる情報の定義方法が相当に異
なることに起因する。当初明細書1及び2は,極小領域であってもコード情
報やXY座標情報が定義可能なドットパターンを提供するとし(【0013】I),【0008】II)),複数のドットパターンを記載しているのであるが,そ
こに記載されたドットパターンである図5ドットパターンと図105ドッ
トパターンの情報の定義方法は上記のとおり相当に異なるのであり,また,
当初明細書1及び2に,これらの異なる情報定義方法を採用した各ドットパ
ターンが採用する情報定義方法を相互に入れ替えたり,重ねて採用したりす
ることについては何ら記載されていない。したがって,当初明細書1及び2
に,これらのドットパターンを組み合わせたものについての記載があるとは
いえないし,それが当業者に自明であるともいえない。
以上によれば,当初明細書1及び2には,いずれも,本件補正1及び2に
よって変更された構成要件B1・G2及び構\成要件C1・H2の構成をいずれも備えるドットパターンについての記載があるとはいえない。\nそうすると,当初明細書1又は2において,全ての記載を総合したとして
も,当初明細書1又は2には,本件補正1及び2で補正後のドットパターン
が記載されているとはいえず,本件補正は,当初明細書1又は2に開示され
ていない新たな技術的事項を導入するものである。
したがって,本件補正1及び2は,当初明細書1又は2の記載等から導か
れる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものである
から,特許法17条の2第3項の補正要件に違反する。
イ これに対し,原告は,図103〜図106の実施例と図5〜図8の実施例
は,極小領域であってもコード情報やXY座標情報が定義可能なドットパターンを提案するという共通の課題を解決するための異なる実施例であり,こ\nれらを組み合わせることは当業者には自明の範囲のものであるから,構成要件B1・G2及び構\成要件C1・H2の構成は,いずれも当初明細書1及び\n2に記載されていると主張する。しかしながら,図5〜図8の実施例で示される図5ドットパターンと図103〜図106の実施例で示される図105ドットパターンでは,上記のとおり,情報の定義方法が相当に異なり,それを組み合わせることが当業者に
自明とはいえないし,当初明細書1及び2にそのような組み合わせを前提と
した記載も存在しない。原告の上記主張には理由がない。
4 争点4−3(サポート要件に違反しているか)について
事案に鑑み,続いて,争点4−3のうち,本件発明3〜5についてのサポート
要件違反について判断する。
本件発明3の構成要件D3及び本件発明4の構\成要件E4の特許請求の範
囲の記載は「前記垂直方向に配置されたドットの1つは,当該ドット本来の位
置からのずらし方によって前記ドットパターンの向きを意味している」との記
載を含み,本件発明5の構成要件D5の特許請求の範囲の記載は,「前記垂直 方向に配置されたドットの1つにおける当該ドット本来の位置からのずれ方
によって,前記ドットパターンの向きを認識する手段」との記載を含むもので
ある。
これらには,垂直方向に配置されたドットの1つについて,本来の位置に配
置せず別の位置に配置すること,そして,「ずらし方によって」「ずれ方によっ
て」ドットパターンの向きを示すとしていることからも,本来の位置と実際に
配置された位置との関係に基づいてドットパターンの向きが表現されることが記載されているといえる。\n
(2)ア 本件明細書3及び4には,前記1の記載があり,また,ドットパターンに
関係して前記2の記載がある。
ここで,本件明細書3及び4には,ドットを本来の位置とは違う位置に配
置し,本来の位置と実際に配置された位置のずれ方によってドットパターン
の向きを表現することに関係し得るものとして,本件明細書3の【0009】III)に特許請求の範囲と同じ記載があり,後記イのキードットKDのずらし方
に関係する記載があることを除いて,何ら記載がない。
イ 【0240】〜【0242】III),【0234】〜【0236】IV)には,キー
ドットKDにつき,撮像された格子ドットとキードットKDとの位置関係か
らカメラの角度が分かり,カメラで同じ領域を撮影しても角度という別次元
のパラメータを持たせることができる旨の記載がある。このようにキードッ
トKDの配置のずらし方によってドットパターンを撮像するカメラの角度
が分かることが記載されているところ,その角度が分かるためには配置のず
らし方があらかじめ定められていることを前提としているはずであり,ドッ
トパターンについていうと,キードットKDの配置のずらし方によって,ド
ットパターンの向きを示すことが記載されているともいえる。
しかしながら,上記記載は,図105ドットパターンに関するものである
(ドットパターンに関する明細書の記載及び図面は,当初明細書1及び2,
本件明細書1〜4では,いずれも同じであり,本件明細書3,4にも,図1
05ドッパターンと図5ドットパターンが記載されているといえる。)。前記
のとおり,図105ドットパターンにおいて,情報を示すドットは4
個の格子ドットLDに囲まれた領域の中心から等距離の位置で45°ずつ
ずらしたいずれかの位置に配置されている。しかし,その中心点を交点とす
るような垂直ラインと水平ラインを仮想的に想定したとして,それらは水平
方向あるいは垂直方向に配置されたドットから設定されたものではない。す
なわち,図105ドットパターンにおいては,4個の格子ドットLDに囲ま
れた領域の中心について,そこを交点とする垂直ラインと水平ラインを仮想
的に想定するとしても,それらの垂直ラインと水平ラインを設定するドット
はない。そうすると,図105ドットパターンは,少なくとも,「前記水平
方向に配置されたドットから仮想的に設定された垂直ラインと,前記垂直方
向に配置されたドットから水平方向に仮想的に設定された水平ラインとの
交点」である「格子点…からのずれ方でデータ内容が定義された情報ドット」
(構成要件C3・D4・C5)に係る構\成を有するものではない。また,図
105,図106においては,キードットKDは,垂直方向の格子線上にあ
るが水平方向の格子線上にはないという態様で格子点からずれていて,これ
らのキードットKDは「等間隔に所定個数水平方向に配置されたドット」(A
3・B4・A5)の1つであり,「前記水平方向に配置されたドットの端点
に位置する当該ドットから等間隔に所定個数垂直方向に配置されたドット」
(A3・C4・A5)ではないから,「前記垂直方向に配置されたドットの
1つは,当該ドット本来の位置からのずらし方によって前記ドットパターン
の向きを意味している」(構成要件D3・E4・D5)ものには当たらないといえる。\n以上によれば,図105ドットパターンは,少なくとも,構成要件C3・D4・C5に対応する構\成を有するものではない。また,図105,図10 6のキードットKDは,構成要件D3・E4・D5の情報ドットではないともいえる。\n
そうすると,図105ドットパターンは,本件発明3〜5に係るドットパ
ターンと異なるドットパターンである。そのような図105ドットパターン
に関してキードットKDについて上記記載があるとしても,その記載をもっ
て,本件発明3〜5について,「ずらし方によって前記ドットパターンの向
きを意味している」(構成要件D3・E4),「ずれ方によって,前記ドットパターンの向きを認識する手段」(構\成要件D5)についての記載があるといえるものではないし,また,当業者にとって,その記載があると理解する
ことはできない。
ウ 図5ドットパターンについては,水平ライン(図5その2のLH1,LH
13等)上に等間隔に配置されたドット(図5その2のLH1上ではD1,
D8,D20,D30等)は「等間隔に所定個数水平方向に配置されたドッ
ト」(構成要件A3・B4)「等間隔に所定個数,所定方向に配置されたドットを水平方向に配置されたドット」(構\成要件C5)であるといえ,垂直ライン(図5その2のLV1,LV13等)上に等間隔で配置されたドット(例
えば,図5その2のD2,D3等)は「前記水平方向に配置されたドットの
端点に位置する当該ドットから等間隔に所定個数垂直方向に配置されたド
ット」(構成要件B3・C4),「前記所定方向に対して垂直方向に等間隔に所定個数配置されたドットを垂直方向に配置されたドットとして抽出し」(構\成要件C5)であるといえる。また,水平ライン及び垂直ライン上に設置さ
れた上記各ドットを通過する縦横の格子線の交点から,90°ずつずれたい
ずれかの方向にずれた情報ドットは,「前記水平方向に配置されたドットか
ら仮想的に設定された垂直ラインと,前記垂直方向に配置されたドットから
水平方向に仮想的に設定された水平ラインとの交点を格子点とし,該格子点
からのずれ方でデータ内容が定義された情報ドット」(構成要件C3・D4・ C5)であるといえる。
しかしながら,「ずらし方によって前記ドットパターンの向きを意味して
いる」(構成要件D3・E4),「ずれ方によって,前記ドットパターンの向きを認識する」(構\成要件D5)については,本件明細書3及び4には,関係する記載はないといえる。図5ドットパターンの図5〜8において垂直ライン
上にドットがないところがあり,そこにはドットが本来の位置と比べて,図
5では左(図5その2のD2),図6では左又は右,図7では左,図8では右
にずれた位置にドットが配置されているが,【0069】〜【0073】III),
【0063】〜【0067】IV)には,これらのドットについて,その本来の
位置と実際に配置された位置との関係に基づいてドットパターンの向きを
意味することを示す記載は全く存在しない。かえって,上記のドットについ
て,図5及び図7では,左にずれたドットについて「x,y座標フラグ」と
記載され,そのドットパターンがx座標,y座標を示すことが記載され,図
6及び図8では,右にずれたドットについて「一般コードフラグ」と記載さ
れ,そのドットパターンが「一般コード」を示すことが記載されている。そ
うすると,これらのドットは,ドットの本来の位置と実際に配置された位置
との関係によってドットパターンのデータの種類を定義していることがう
かがえる。
また,図5ドットパターンについて,【0072】III),【0066】IV)には,
水平ラインから垂直ラインを抽出した後,「垂直ラインは,水平ラインを構成するドットからスタートし,次の点もしくは3つ目の点がライン上にない\nことから上下方向を認識する。」という記載があり,垂直ライン上のドット
の有無によってドットパターンの上下方向を認識することが記載されてい
る。しかし,ここでは,ライン上にドットがあるかないかだけを認識して上
下方向を判断することが記載されているのであって,構成要件D3・E4・D5に係る構\成である,本来のドットの位置と実際に配置されたドットの位 置との関係に基づいてドットパターンの向きが表現されることが記載されているとはいえない。\n
これらによれば,図5ドットパターンについても,本件明細書3及び4は,
「ずらし方によって前記ドットパターンの向きを意味している」(構成要件D3・E4),「ずれ方によって,前記ドットパターンの向きを認識する手段」\n(構成要件D5)の構\成について,何ら記載はないといえることとなる。そ
の他,本件明細書3及び4に,本件発明3〜5における上記構成について説明していると解される記載は存在しない。\n
エ 以上によれば,本件明細書3及び4には,「ずらし方によって前記ドット
パターンの向きを意味している」(構成要件D3・E4),「ずれ方によって,前記ドットパターンの向きを認識する手段」(構\成要件D5)の構成につい\nて,具体的に何ら記載がないといえるし,具体的な記載がないにもかかわら
ず,当業者が,技術常識に照らして上記構成を理解したことを認めるに足りる証拠もない。\n したがって,本件発明3の構成要件D3,本件発明4の構\成要件E4,本
件発明5の構成要件D5は,本件明細書3及び4の発明の詳細な説明に記載したものとは認められない。\n
ア 原告は,図5〜図8において,「ドットパターンの向きを意味している」ド
ットは,「x,y座標フラグ」又は「一般コードフラグ」と兼用されている
と主張する。
しかしながら,図5〜図8の記載は上記のようなものであって,そこでは
ドットが「x,y座標フラグ」又は「一般コードフラグ」として記載されて
いるが,それ以外に,ドットパターンの向きに関する記載はない。そして,
明細書の発明の詳細な説明においても,【0071】〜【0073】III),【0
065】〜【0067】IV)においては,ドットの本来の位置と実際に配置さ
れた位置との関係によってドットパターンの向いている方向を認識するこ
とについては何ら説明されておらず,また本件明細書3及び4のどこにも,
ずれ方によってドットパターンの向きを意味するドットと,データ内容を定
義するドットとを兼用するとの説明は記載されていない。原告の上記主張に
は理由がない。
イ 原告は,【0239】〜【0241】III),【0233】〜【0235】IV)に
は,キードット(KD)につき,データ領域の範囲を定義する第1の機能と,ずらし方を変更することによりドットパターンの向き(角度)を意味すると\nいう第2の機能を有することが示されており,図105及び図106(d)では全てのキードット(KD)を一定の方向にずらすことによってドットパ\nターンの向きを表すことが開示されていると主張する。 しかしながら,これらは,図105ドットパターンに関する記載である。
前記(2)イのとおり,図105ドットパターンの情報の定義方法は本件発明3
〜5の構成要件C3・D4・C5に係る構\成の情報の定義方法と異なる。当
業者において,本件発明3〜5の情報の定義方法と異なる情報の定義方法を
採用する図105ドットパターンに開示された構成をもって,本件発明3〜5の構\成要件D3・E4・D5の各構成が開示されていると理解することは\nできない。原告の上記主張には理由がない。
5 小括
以上によれば,本件発明1及び2に係る本件特許1及び2は特許法17条の2
第3項に違反し,本件発明3〜5に係る本件特許3及び4は同法36条6項1号
に違反し,いずれも特許無効審判により無効にされるべきものである(同法12
3条1項1号,4号)。そうすると,その余を判断するまでもなく,原告は,同法
104条の3第1項により,被告各製品が本件発明1〜5の技術的範囲に属する
ことを主張して本件各特許権を行使することはできない。
◆判決本文
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2020.08. 7
平成30(行ケ)10159等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年7月2日 知的財産高等裁判所
サポート要件を満たさないとした審決が取り消しました。原告は「アメリカ合衆国」です。
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に
記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説
明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出
願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のも
のであるか否かを検討して判断すべきである。
そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請
求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,
課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決で
きるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであ
って,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。
なぜなら,まず,サポート要件は,発明の公開の代償として独占権を与える
という特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が
当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することが
できれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,
また,明細書が,先願主義の下での時間的制約の中で作成されるものである
ことも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳
密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。
(2) 本件化合物発明の課題について
本件明細書の記載によれば,本件化合物発明が解決しようとする課題は,
製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン
酸化合物を容易に遊離する組成物となり得る本件化合物(凍結乾燥粉末の形
態のBME)を提供することである。そして,この課題が解決されたといえ
るためには,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したこと,並びに当
該BMEが保存安定性,溶解容易性及び加水分解容易性を有することが必要
であると解されるから,これらの点が,上記(1)で説示したような意味におい
て本件明細書に記載又は示唆されているといえるかについて検討することと
する。なお,ここでいう「相当量」とは,医薬として上記課題の解決手段に
なり得る程度の量,という意味である。
(3) 凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて
ア 本件明細書の【0084】には,実施例1として,ボルテゾミブとD−
マンニトールとの凍結乾燥製剤の調製方法が開示されている。そして,本
件出願日当時の技術常識に照らすと,同調製方法のように,tert−ブ
タノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトール
を含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下で
は,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量の
BMEが生成すると理解し得る。
また,本件明細書の【0086】には,【0084】記載の方法によっ
て調製された実施例1FD製剤は,FAB質量分析により,BMEの形成
を示すm/z=531の強いシグナルを示したこと,このシグナルはボル
テゾミブとグリセロール(分析時のマトリックス)付加物のシグナルであ
るm/z=441とは異なっており,しかも,m/z=531のシグナル
の強度は,m/z=441のシグナルと区別されるほど大きいことが開示
されている。これらの事項からすれば,実施例1FD製剤は,相当量のB
MEを含むといえる。
したがって,本件明細書には,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生
成したことが記載されていると認められる。
イ 請求人ホスピーラの主張について
請求人ホスピーラは,FAB質量分析においては,ピークの大小をもっ
て試料に含まれる物質の存在量の大小を評価できないのであるから,実施
例1の記載から凍結乾燥製剤に相当量のBMEが含まれていることを認識
できない旨主張する。
しかしながら,上記(1)に説示したとおり,サポート要件を充足するため
には,厳密な科学的な証明までは必要としないと解されるところ,上記ア
の凍結乾燥製剤の調製方法に関する知見(相当量のBMEが生成されてい
ると考えられるとする甲60(丙教授の鑑定意見書)及び甲61(丁教授
の意見書)の記載を含む。)や,FAB質量分析により,m/z=531
の強いシグナルが確認されていることに照らせば,当業者は本件化合物発
明の対象物質(凍結乾燥粉末の状態のBME)が相当量生成したと合理的
に認識し得るというべきである。
したがって,請求人ホスピーラの上記主張は,上記アの判断を左右しな
い。
(4) 保存安定性について
ア 本件明細書の【0094】〜【0096】には,固体や液体のボルテゾ
ミブは,2〜8℃の低温で保存しても,3〜6ヶ月超,6ヶ月超は安定で
はなかったのに対して,実施例1FD製剤(上記(3)のとおり相当量のBM
Eを含む。)は,5℃,周辺温度,37℃,50℃で,いずれの温度でも,
約18ヶ月間にわたって,薬物の喪失は無く,分解産物も産生しなかった
との試験結果が開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本
件化合物が,ボルテゾミブに比較して優れた保存安定性を有していること
を当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。
イ 請求人ホスピーラの主張について
請求人ホスピーラは,本件明細書の【0094】〜【0096】に記載
された保存安定性の向上は,マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥
という周知技術の適用により奏されたものと認識することが自然である旨
主張する。
この点,確かに,実施例1FD製剤において,調製に供したボルテゾミ
ブの全量がBMEとなっているとは限らず,マンニトールを賦形剤として
凍結乾燥されたボルテゾミブも含まれていると考えられるから,凍結乾燥
されたボルテゾミブの存在が,保存安定性の向上に寄与しているとも考え
られるところである。しかしながら,相当量のBMEを含む製剤が保存安
定性を示している以上,BMEも保存安定性の向上に寄与していると考え
るのが通常人の認識であるといえるし,これに反して,凍結乾燥されたボ
ルテゾミブのみが保存安定性に寄与していると認めるべき事情は見当たら
ない。
そうすると,サポート要件の充足のために必要とされる当業者の認識が
上記(1)のようなもので足りる以上,請求人ホスピーラの上記主張は,上記
アの判断を左右しない。
◆判決本文
こちらは同一特許に関する関連事件です。
原告は同じで被告が異なります。
◆平成30(行ケ)10158等
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2020.06.25
平成31(行ケ)10019等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月25日 知的財産高等裁判所
サポート要件・実施可能性要件違反なしと判断した無効審決が維持されました。\n
ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある。
イ(ア) 本件発明の課題は,「コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造
において,L−グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」で\nあり,本件発明11の中には,誘導条件下のみならず,非誘導条件下においても生
産能力の向上を図るものが含まれているところ,誘導条件下において,19型変異\nを導入した株であるATCC13869−19株の生産能力が野生株に比して向上\nしていることは,本件明細書の実施例10(段落【0125】〜【0128】,【表\n9】,【表10】)に開示されているといえるから,当業者は,19型変異について,\n誘導条件下でグルタミン酸の生産能力向上がみられるものであることを認識できる\nといえる。
(イ) 次に,非誘導条件下における19型変異の生産能力の向上について検\n討するに,本件明細書の実施例8の培養は,実施例2と同様の方法で実施されたと
されていて,その培地には,請求項6などにいう「過剰量のビオチン」に該当する
300μg/lのビオチンが存在していた上,界面活性剤等は添加されていなかっ
たと認められるから,実施例8は,非誘導条件下での19型変異株の生産能力向上\nについてした実験である(本件明細書の段落【0120】,【0097】,【0032】)。
そして,実施例8の【表7】には,以下のとおり,19型変異株であるATCC\n13869−19株が,野生株に比して0.2g/L多くのL−グルタミン酸を生
産したことが示されている。そして,それを受けて本件明細書の段落【0120】
には,「ATCC13869−19株は親株のATCC13869株と比べてL−グ
ルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。」と記載されているから,それらの記載から,
当業者は,19型変異について,非誘導条件下でも本件発明の課題を解決できるも
のであることを認識するといえる。
ウ 原告らは,実施例8に関して,(1)実施例2における野生株のグルタミン
酸生産量の値及びブランク値,実施例3におけるブランク値並びに実施例2,3,
5,7,9の値からみて,実施例8における野生株と19型変異株のグルタミン酸
生産量の違いは誤差の範囲内にすぎず,当業者は,実施例8からグルタミン酸の生
産能力が向上したとは認識できない,(2)ブランク値と変異株及び親株の結果とを対
比しないと,実施例8の信用性を評価することはできない,(3)甲28の実験や甲3
4の実験の結果からも19型変異株が非誘導条件下でグルタミン酸を生成しないこ
とが裏付けられていると主張する。
(ア) 上記(1)について
本件明細書上,実施例3,6〜9は,いずれも実施例2記載の方法又は同様の方
法で,培地中に300μg/lのビオチンが存在するなどの非誘導条件下で実施さ
れたものである(本件明細書の段落【0097】,【0100】,【0109】,【0112】,【0117】,【0120】,【0123】)。そして,実施例2,3,6の【表\n1】,【表2】,【表\4】,【表5】に記載されているブランク値について,本件明細書に明示的な説明はされていないものの,菌体量を示すOD620値がいずれも0.\n002と極めて低い値になっていることからすると,被告が主張するとおり,グル
タミン酸生産菌を接種しない培養開始時の培地(初発培地)でのグルタミン酸の濃
度を表すものであると認められる。また,甲36,乙6によると,非誘導条件下で\nの野生株(ATCC13869)のグルタミン酸生産量の値は,培養が進むにつれ
てグルタミン酸が分解された後の値であると認められる。
上記四つのブランク値が,それぞれ異なっていること(【表1】が0.4g/L,\n【表2】と【表\4】が0.6g/L,【表5】が0.7g/L)からすると,実施例\n3,6〜9について,実施例2記載の方法又は同様の方法で実施されたと記載され
ているものの,初発培地におけるグルタミン酸の濃度などの培養条件は実施例又は
各培養ごとに異なるものであったと認められる。本件明細書の段落【0097】の
記載及び甲36,乙6の記載からすると,上記のような各実施例におけるブランク
値の違いは,天然物を起源とする大豆加水分解物に由来するものであると認められ
る。
そもそも,本件明細書のブランク値及び野生株のグルタミン酸生産量の値は,上
記認定のとおりのものであって,これらの値を根拠に,これらの値とは異なる実施
例8における野生株と19型変異株とのグルタミン酸生産量の違いが誤差に基づく
ものということはできない。その上,上記認定のとおり,培養条件は,実施例又は
各培養ごとに異なるから,なおさら,実施例2や実施例3に表れた数値を根拠に,\n実施例8における野生株と19型変異株におけるグルタミン生産量の0.2g/L
の違いが誤差に基づくものであるということはできない。
さらに,実施例2,3,5,7,9のその他の数値からみても,実施例8の野生
株と19型変異株のグルタミン酸生産量の0.2g/Lの違いが誤差に基づくもの
ということはできない。
以上からすると,上記(1)は,前記イの判断を左右するものとはいえない。
(イ) 上記(2)について
本件発明の課題は,「コリネ型細菌を用いたL−グルタミン酸の製造において,L
−グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」であるところ,\nここでいう「生産能力の向上」とは,「野生株などの非改変株と比較して,L−グル\nタミン酸生産能が上昇したこと」を意味する(【請求項1】,【請求項4】,【請求項5】\n及び本件明細書の段落【0015】,【0031】)から,実施例8において,19型
変異株が,野生株に比してより多くのグルタミン酸を生産することが示されている
以上,ブランク値が記載されていないとしても,実施例8の結果が信用できないも
のということはできない。
・・・・
(4) 小括
以上からすると,19型変異に関して,本件発明11にサポート要件違反や実施
可能要件違反があるとはいえないから,原告らが主張する取消事由1は理由がない。\n
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2020.05.11
平成29(ワ)24598 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 令和2年3月26日 東京地方裁判所
技術的範囲に属しない、サポート要件違反の無効理由ありとして、権利行使できないと判断されました。
原告による測定結果
株式会社東洋環境分析センターが,平成30年2月,原告の依頼によ
り,宮崎県食品開発センターが保有するPT−Rを用いて,前記イの記載
に従って,同じロットナンバーの被告製品2について,3回測定した結果
によれば,被告製品2(1ロット)の見掛けタッピング比容積は,いずれ
も2.4cm3/g(2.45cm3/g,2.46cm3/g,2.46cm3/g)で
あった(甲20の1,20の2)。
オ 被告による測定結果
株式会社住化分析センターが,平成30年2月,被告の依頼により,
PT−Xを用いて,前記イの記載に従って,製造時期が異なりロットナ
ンバーが異なる5つの被告製品についてそれぞれ1回ずつ測定した結果
によれば,被告製品2(製造時期の異なる5ロット)の見掛けタッピン
グ比容積は2.2〜2.3cm3/g(2つの製品について2.2cm3/g,
3つの製品について2.3cm3/g)であった(乙11)。
被告が,平成30年10月頃,宮崎食品開発センターが保有するPT
−Rを用いて,前記イの記載に従って,製造時期が異なりロットナンバ
ーが異なる5つの被告製品2について,それぞれ3回ずつ測定した結果
によれば,その見掛けタッピング比容積は2.2〜2.3cm3/g(3つ
の製品について3回とも2.3cm3/g,1つの製品について2.2cm3/
g,2.2cm3/g,2.3cm3/g),1つの製品について,2.2cm3/
g,2.3cm3/g,2.3cm3/g)であった(乙34)。
(2)本件明細書の特許請求の範囲には見掛けタッピング比容積の測定方法は記
載されていないが,発明の詳細な説明には,前記(1)イのとおり,実施例・比
較例における見掛けタッピング比容積はPT−Rを用いて測定された値であ
る旨の記載がある。
原告は,PT−Rを用いて測定した結果(前記(1)エ)によれば,被告製品
2の見掛けタッピング比容積は2.4cm3/gであるから,構成要件1F及び2Fをいずれも充足すると主張する。\nて測定した結果によれば,製造時期の異なる5ロットの被告製品2につき,
いずれも見掛けタッピング比容積が2.4cm3/gに達していなかった。その
実験の信用性が否定されることを裏付ける客観的な証拠はない。上記のとお
り,5ロットという複数の被告製品2について,それぞれ3回ずつ検査した
結果,いずれも見かけタッピング比容積が構成要件1F・2Fの下限である2.4cm3/gに達していなかったというのであるから,被告製品2は構成要定対象,測定方法による測定結果に照らして,原告の同エの測定結果によっ\nて被告製品2の見掛けタッピング比容積が2.4cm3/gであることを認める
に足りない。
・・・
本件発明1及び2は,前記のとおり,2.5N塩酸,15分,沸騰温
度という具体的な本件加水分解条件で測定された重合度(平均重合度)
をレベルオフ重合度とするものである(そのような具体的な本件加水分
解条件で測定されることを前提として実施可能要件を充足する。)。したがって,本件では,本件加水分解条件という具体的な条件で加水分解さ\nれた後に測定されるレベルオフ重合度について,優先日当時,当業者
が,技術常識に基づいて,発明の詳細な説明に記載された原料パルプの
レベルオフ重合度と,原料パルプを加水分解して得られたセルロース粉
末のレベルオフ重合度とが同一であると認識することができるかが問題
となるといえる(なお,本件加水分解条件は,レベルオフ重合度を求め
るものとして,当該酸濃度温度条件では比較的短時間といえる時間の加
水分解を定めたものであることがうかがえる。)。
ここで,優先日当時,本件加水分解条件で測定されるレベルオフ重合
度について,天然セルロースとそれを加水分解して生成されたセルロー
ス粉末とが同じレベルオフ重合度となることを直接的に述べた文献があ
ったことを認めるに足りる証拠はない。他方,本件明細書においてレベ
ルオフ重合度の説明において現に引用されている文献であり,種々の対
象について本件加水分解条件を含む条件で加水分解をした上で本件加水
分解条件(2.5N塩酸,沸騰温度,15分)を提唱したBATTIS
TA論文は,(1)木材パプルについて,温和な加水分解条件での加水分解
を経た後に2.5N塩酸,沸騰という過酷な条件で加水分解した重合度
と,温和な加水分解条件での加水分解を経ずに2.5N塩酸,沸騰温度
という条件で加水分解した重合度を実際に測定して,前者の値が後者の
値より低かったこと,(2)セルロースを加水分解した際には結晶化がされ
るという他の複数の研究者による研究成果を紹介した上で,上記(1)等の
実験結果は温和な加水分解は重量減少を伴わない結晶化を誘導すること
を示しているようであること,(3)温和な加水分解や過酷な加水分解で起
こるメカニズムを提唱した上で,温和な加水分解を経た後に過酷な加水
分解がされた場合には結晶化された短いセルロース鎖の残渣が保持され
るため,温和な加水分解を経ずに過酷な加水分解がされた場合よりもレ
ベルオフ重合度が低下すると予想されることなどを述べていた。なお,セルロースの加水分解において再結晶化が起こることは他の文献でも紹\n発明の詳細な説明の実施例2ないし7のセルロース粉末は,前記
のとおり,原料パルプを4N塩酸,40°C,48時間という条件,3N
塩酸,40°C,40時間という条件,3N塩酸,40°C,24時間とい
う条件などで加水分解したものであり,天然セルロースを温和な条件で
加水分解したものといえる。
前記のとおり,本件では本件加水分解条件によるレベルオフ重合度が問
題となるところ,本件加水分解条件を提唱し,本件明細書でも引用してい
るBATTISTA論文は,上記のとおり,他の複数の研究者による研究
成果を紹介した上で,本件加水分解条件によるレベルオフ重合度について
は,温和な加水分解を経た場合にはその過程を経ていないものに比べて,
値が低下することが予想されると述べていた。その内容とは異なり,本件加水分解条件で測定されるレベルオフ重合度について,天然セルロースと,\nそれを温和な条件で加水分解して生成されたセルロース粉末とが同じレ
ベルオフ重合度であるという技術常識があったことを認めるに足りる証
拠はない。 に述べられるレベルオフ重合度は本件加水分解
条件により測定されたものではないし,同文献の著者は,優先日頃におい
ても,著者が考える「レベルオフ」するためには本件加水分解条件の時間
では足りないと考えられていた旨述べる(同 )。
また,本件明細書に記載された実施例のセルロース粉末は,原料パル
プを加水分解した後,攪拌,噴霧乾燥(液供給速度6L/hr、入口温
度180〜220°C、出口温度50〜70°C)して得られたものであ
る。当該セルロース粉末の本件加水分解条件の下でのレベルオフ重合度
の明示的な記載が明細書にない以上は,上記加水分解,攪拌,噴霧乾燥
の工程を経た当該セルロース粉末について,本件加水分解条件下でのレ
ベルオフ重合度が原料パルプのそれと同じであるという技術常識がある
場合に,当該セルロース粉末のレベルオフ重合度が本件明細書に記載さ
れているに等しいといえる。上記の加水分解,攪拌や噴霧乾燥を経たセ
ルロース粉末の本件加水分解条件下でのレベルオフ重合度が原料パルプ
のそれとの関係でどのような値になるかについての技術常識を認めるに
足りる証拠はない。
これらを考慮すれば,優先日当時,当業者が,本件明細書に記載され
た原料パルプのレベルオフ重合度とそこから加水分解して生成されたセ
ルロース粉末の本件加水分解条件によるレベルオフ重合度が同じである
と認識したと認めることはできない。また,発明の詳細な説明の実施例
は,具体的な原料パルプから明細書記載の特定の条件の加水分解,攪
拌,噴霧乾燥を経て得られたセルロース粉末である。当業者が,優先日
当時,技術常識に基づいて,記載されている当該原料パルプのレベルオ
フ重合度に基づいて,上記具体的な条件で得られたセルロース粉末につ
いて,本件加水分解条件によるレベルオフ重合度の値を認識することが
できたとも認められない。
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,セルロース粉末
について,本件加水分解条件の下でのレベルオフ重合度の記載があるの
に等しいとは認められない。
カ 原告は,非晶質領域が分解されて結晶領域のみが残った状態に達したと
きの重合度であるレベルオフ重合度は,途中に原料パルプから本件セルロ
ース粉末という加水分解過程を経ると否とに関わらず同じ値となるのであ
り,当業者であれば,原料パルプとそこから温和な加水分解によって得ら
れる本件セルロース粉末のレベルオフ重合度は等しくなると当然に理解す
ることができる旨主張し,また,BATTISTA論文における上記実験
結果における温和な加水分解の条件が,本件の実施例における原料パルプ
からセルロース粉末を生成する温和な加水分解の条件と同じものではない
ことを指摘する。
しかし,本件においては具体的な本件加水分解条件による加水分解がさ
れたセルロースの重合度(平均重合度)が問題となる。本件加水分解条件
を提唱し,発明の詳細な説明でも引用されるBATTISTA論文が,本
件加水分解条件によるレベルオフ重合度について前記のように述べていた
ところ,優先日当時,そこに記載されているのと異なる内容の技術常識が
あったことを認めるに足りる証拠はない。また,BATTISTA論文
は,セルロースを加水分解した際には結晶化がされるという他の複数の研
究者による研究成果を紹介した上で,前記の予想をしているのであり,そこに記載されているのと異なる技術常識があったことを認めるに足りる証\n拠がない本件で,BATTISTA論文においてされた実験での温和な加
水分解の条件が,本件の実施例における原料パルプから粉末セルロースを
作成する加水分解の条件と全く同じものではないことは上記の結論を直ち
に左右するものではない。
なお,原告は,実験をした結果,原料パルプを本件加水分解条件で加水
分解したときの平均重合度と,当該原料パルプを実施例2と同じ加水分解
条件で加水分解して得たセルロース粉末を本件加水分解条件で加水分解し
たときの平均重合度は実質的に同じであったとして,平成30年8月頃に
測定された結果を記載した平成31年3月20日付け報告書(甲56の
1)を提出し,また,上記でセルロース粉末を得る際の写真やセルロース
粉末を得た際に80°Cの熱風を当てる工程を含む24時間の乾燥処理をし
たことなどが記載された同年4月9日付け報告書(甲57)を提出する。
しかし,本件では,優先日当時,本件明細書に記載された加水分解,攪
拌,噴霧乾燥の工程を経た当該セルロース粉末について,本件加水分解条
件下での重合度が原料パルプのそれと同じであるという技術常識の存否が
問題となるところ,上記時点の上記実験結果によって同技術常識を認める
ことはできない。
キ 以上によれば,本件差分要件は,粉末セルロースについての平均重合度
と本件加水分解条件下でのレベルオフ重合度の差に関するものであるとこ
ろ,明細書の発明の詳細な説明には,実施例について,粉末セルロースの
本件加水分解条件でのレベルオフ重合度についての明示的な記載はなく,
また,優先日当時の技術常識によっても,それが記載されているに等しい
とはいえない。したがって,本件明細書の発明な詳細には,本件特許請求
の範囲に記載された要件を満たす実施例の記載はないこととなる。
そうすると,本件明細書の発明な詳細において,特許請求に記載された
本件差分要件の範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体的な例が開示して記載されているとはいえ\nない。
以上によれば,本件発明1及び2は,発明の詳細な説明の記載により当業
者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないから,特
許法36条6項1号に違反する。
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2020.04. 2
平成31(行ケ)10019等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月25日 知的財産高等裁判所(2部)
サポート要件・実施可能要件、さらに進歩性について無効主張をしましたが、理由無しとした審決が維持されました。
1997年(平成9年)に執筆された甲8の共同執筆者の一人は,クラマー博士
であるところ,甲8は,上記乙39,40を引用し,後述のとおり,甲8の実験で
観察されたグルタミン酸の排出が担体によるものであるとの結論を導いている(甲
8,乙39,40,42)。
イ 上記アに関連し,原告らは,証拠(甲47〜50)からすると,本件優
先日当時,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,グルタミン酸が,浸透圧
に応じて浸透圧調節チャネルから排出されることが周知となっていたと主張する。
しかし,甲47には,「特別な条件下で,大腸菌がトレハロースを排出した観察結
果(StyrvoldとStrem 1991)およびコリネバクテリウム・グル
タミカムがグルタミン酸を排出した観察結果(Shiioら 1962)は我々の
研究と関連している。」との記載があるにすぎず,これだけで,原告らが主張するよ
うな技術常識があったと認めるには足りない。
また,甲48,49はいずれも大腸菌に関する文献であって,そこからコリネバ
クテリウム・グルタミカムをはじめとするコリネ型細菌におけるグルタミン酸排出
の技術常識の存在を認めることはできない。
甲50には,その5頁の図に関して,コリネバクテリウム・グルタミカムの低浸
透圧における相溶性溶質の排出が,少なくとも3種類の機械受容チャネル(浸透圧
調節チャネル)を通じて起こる旨の記載がある。しかし,後述する甲8の記載から
すると,浸透圧調節チャネルを通じた排出は全ての溶質について等しく行われるも
のではなく,特定の溶質について選択的に行われるのであると認められるから,上
記排出されるべき「相溶性の溶質」の中にグルタミン酸が含まれるのかは,上記図
だけからでは必ずしも明らかになっているとはいえず,甲50から原告らの主張す
る技術常識の存在を認めることはできない。
以上からすると,原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。
(2) 甲8発明の認定の誤りについて(取消事由2)
前記(1)の事実関係を踏まえて,甲8において,原告らが主張するように,グルタ
ミン酸が浸透圧調節チャネルから排出されたと認定できるかについて検討する。
・・・
甲8のTable 1.には,上記のとおり,低浸透圧の状態になった際にグルタ
ミン酸が排出されていることが記載されているが,beforeの値を基準にその
排出量を検討すべきとする原告らの主張を前提としても,グルタミン酸は,浸透圧
が540mOsmになるまでほとんど排出されず,540mOsmになって20%
が排出されているにすぎないところ,これは,全部で11種類検討されている溶質
の中でATPに次いで小さな値である。そして,上記のようなTable 1.の
結果を受けて,クラマー博士をはじめとする甲8の執筆者らは,グリシンベタイン
など多くが排出されている溶質については浸透圧調節チャネルから排出されたとし
つつ,グルタミン酸の排出については,浸透圧調節チャネルではなく,担体による
排出であるとの結論を導いている。
Table 1.でグルタミン酸に次いで排出が制限されていることが観察された
リジンについては,前記(1)アで認定したとおり,本件優先日当時までに,その輸
送を担う担体がクラマー博士らによって発見されており,グルタミン酸の排出につ
いてもリジンなどと同様に担体によるものであるとの説がクラマー博士らによって
提唱されていた。そのクラマー博士が,自ら実験をした上でTable 1.の結果
を分析し,甲8の共同執筆者の一人として上記のような結論を導いていることから
すると,甲8に接した当業者が,それと異なる結論を敢えて着想するとは通常は考
え難いところである。
以上からすると,原告らが主張するように,当業者が,Table 1.の結果を
受けて,甲8に記載された浸透圧調節チャネルをグルタミン酸の排出と関連付けて
認識すると認めることはできないというべきである。
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2020.03.26
平成31(行ケ)10018等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年3月19日 知的財産高等裁判所
無効理由として、実施可能要件、サポート要件、進歩性が争われました。裁判所は、無効理由無しとした審決を維持しました。\n
前記(1)イのとおり,甲2には,C.グルタミカムプロモーターの核酸
配列(図1)が記載されており,コリネ型細菌の染色体上の,GDH
遺伝子のプロモーター配列の−35領域に「TGGTCA」配列及び−10
領域に「CATAAT」配列を有し,CS遺伝子のプロモーター配列の−3
5領域に「TGGCTA」配列及び−10領域に「TAGCGT」配列を有するこ
とが示されている。また,甲2には,C.グルタミカムプロモーターの
セットにおいて,最もよく保存されている配列は-35 領域の「ttGcca.a」
及び-10 領域の「ggTA.aaT」であることが記載されている(図5)。
一方,甲2には,コリネ型細菌を用いた発酵法によるグルタミン酸
の製造方法において,グルタミン酸生合成系遺伝子であり,コリネ型
細菌の染色体上の特定の遺伝子であるGDH遺伝子及びCS遺伝子の
プロモーター配列について,その−35領域及び−10領域の塩基配
列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することの動機付けとな
るような記載はない。
したがって,甲2発明に接した当業者は,甲2の原告ら指摘箇所を
認識していたとしても,甲2発明において,GDH遺伝子のプロモー
ター配列の−35領域及び−10領域の配列と目的遺伝子の発現量の
強化の程度及びそれによるグルタミン酸生産能の向上との関係に着目\nし,グルタミン酸を高収率で生産する能力を有する変異株を得るため\nに,GDH遺伝子のプロモーター配列の−35領域及び−10領域の
配列を本件発明1−1の配列に置換する動機付けはないから,当業者
は上記構成を容易に想到できたものとは認められない。\nb これに対し原告らは,(1)L−グルタミン酸の生産を増強するために
は,L−グルタミン酸に至るまでの各反応に関与する酵素(CS,G
DH,ICDH等)の発現を強化することが望ましいことは,本件優
先日前において技術常識であったこと,(2)E.coli において,プロモー
ターの−10領域及び−35領域をコンセンサス配列に変更ないし近
づけることによって,目的遺伝子の発現を強化できることも,本件優
先日前において技術常識であったこと,(3)甲2には,コリネ型細菌と
E.coli のコンセンサス配列が同等であることや,コリネ型細菌のプロ
モーターの−10領域のコンセンサス配列が「TA.aaT」であり,この
3番目の塩基「.」として,相対的に「T」が最も頻度が高いことが記
載されていることからすると,甲2の記載は,当業者に対し,甲2発
明のGDH遺伝子のプロモーター配列の−10領域(CATAAT)の1番
目の塩基「C」を「T」に変異して,コンセンサス配列,すなわち本件
発明1−1の構成(「TATAAT」)とし,同−35領域(「TGGTCA」)
の1番目〜3番目の塩基を保存性の高い「TTG」にするために,2番目
の塩基「G」を「T」に変異して,本件発明1−1の構成(「TTGTCA」)
とすることを示唆するものである旨主張する。
しかしながら,仮に,本件優先日前において,L−グルタミン酸の
生産を増強するために,L−グルタミン酸の生成反応に関与する酵素
(CS,GDH,ICDH等)の発現を強化することが望ましいこと
が知られていたとしても,当該酵素の遺伝子を増強する具体的な方法
は,相当多数のものが想定し得たものと考えられるのであって,かか
る方法として,本件発明1のように,目的遺伝子のプロモーターの特
定の領域に変異を導入する方法が知られていたことは認められない。
また,E.coli において,プロモーターの−10領域及び−35領域
をコンセンサス配列に変更ないし近づけることによって,目的遺伝子
の発現を強化できる場合があることが,本件優先日前において知られ
ていたとしても,コリネ型細菌について,これと同様の知見が存在し
ていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって,前記(1)イのとお
り,甲2には,C.グルタミカムにおけるプロモーターの活性と-35 及
び-10 のコンセンサス配列との類似性の間には,E.coliと異なり,相
関は確認できなかった旨が記載されている。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
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2020.03. 6
令和1(行ケ)10103 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月26日 知的財産高等裁判所
大成建設の特許「コンクリート造基礎の支持構造」に、大林組が無効審判を請求しました。審決は無効理由無しとし、知財高裁2部もこれを維持しました。争点は進歩性、実施可能要件、明確性、サポート要件です。\n
前記(1)アで認定したとおり,甲3文献は,PHC杭のフーチングへの埋
込み長さと接合部の補強方法が異なる場合における杭頭固定度,接合方法及び終局
耐力を把握することを主目的として,5種類の試験体((1)杭をフーチング内へ単に
埋込む方式で,埋込み長さを10cmとした試験体,(2)杭をフーチング内へ単に埋
込む方式で,埋込み長さを35cmとした試験体,(3)フーチング内で立ち上げ筋と
スパイラルフープ筋により補強し,埋込み長さを20cmとした試験体,(4)内径3
5.4cm,長さ35cm,厚さ0.6cmの鋼管をエポキシ樹脂系接着材によっ
て杭体と一体化し,定着長35cmのアンカー鉄筋(D10−8本)を鋼管に溶接
して接合部を補強し,埋込み長さを10cmとした試験体,(5)内径35.4cm,
長さ35cm,厚さ0.6cmの鋼管をエポキシ樹脂系接着材によって杭体と一体
化し,定着長35cmのアンカー鉄筋(D10−8本)を鋼管に溶接して接合部を
補強し,埋込み長さを20cmとした試験体)について曲げせん断試験実験を行っ
たこと,及び同実験の条件を開示したものであるから,甲3文献は,PHC杭を用
いた剛接合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造における杭頭固定度及び終局
耐力を把握する実験であると認められる。そして,甲3発明は,PHC杭を用いた
剛接合構造による支持構\造であることを前提とした上記の実験において,杭をフー
チング内へ単に埋込む方式で,埋込み長さを10cmとした試験体について,フー
チングのコンクリートの圧縮強度を228kg/cm2,杭体のコンクリートの圧
縮強度を895kg/cm2とするとの条件を設定したものである。
したがって,PHC杭を用いた剛接合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造
における杭頭固定度及び終局耐力を把握する実験において,PHC杭を用いた剛接
合構造によるコンクリート造基礎の支持構\造という実験の前提自体を変更すること
の動機付けはないというべきである。
イ 前記2(3)ウ(キ)のとおり,剛接合構造と半剛接合構\造とでは,杭の移動
に対する拘束の有無,杭頭部に生じる曲げモーメントの大きさが異なるなどの点で
差異がある。
また,甲37には,「充填コンクリートは,鋼管の拘束度に応じてその圧縮強度が
著しく増大し,プレーンコンクリートの約6〜10倍になる」との記載があること
からすると,PHC杭と場所打ちコンクリート杭とでは,求められるコンクリート
の強度も異なるというべきである。
このように,剛接合構造と半剛接合構\造とでは,杭頭部に生じる曲げモーメント
の大きさが異なる上に,PHC杭と場所打ちコンクリート杭とでは,求められるコ
ンクリートの強度も異なるのであるから,甲3発明における杭体とフーチングの圧
縮強度の関係をそのままにして,甲3発明の実験の前提となるPHC杭を用いた剛
接合構造を場所打ちコンクリート杭を用いた半剛接合構\造に置換することを,当業
者が容易に想到するとは認められない。
ウ そして,上記ア,イで判示したところは,杭に基礎を「載置」する構成\nがありふれた構成であり,PHC杭と場所打ち杭は相互に代替的な構\成であり,甲
3文献に,「地震力に対する建築物の基礎の設計指針・・・が示され,実務に供され
つつあるが,杭頭接合部の固定度・・・と接合方法および構造耐力の問題が,研究\n課題の一つとして残されている。」と記載されているとしても,左右されることはな
い。
また,原告は,PHC杭と場所打ちコンクリート杭の相違が重要であるとすれば,
本件明細書には,鋼管中空杭と場所打ちコンクリート杭の相違を前提としても,な
お同様の作用効果が生じることにつき説明がないから,当業者が,課題を解決する
ものと理解できず,この点でもサポート要件違反となると主張するが,本件明細書
には,鋼管中空杭と場所打ちコンクリート杭のそれぞれについて本件発明の作用効
果を生じることが記載されており,サポート要件に違反するものではない。
エ したがって,甲3発明に,場所打ちコンクリート杭を用いた半剛接合に
よるコンクリート造基礎の支持構造という技術を適用して,本件発明2の相違点ア\n〜ウに係る構成とすることを当業者が容易に想到すると認めることはできない。\nまた,本件発明3は,本件発明2の構成に「コンクリート造基礎と前記杭頭部と\nの間に芯鋼材を配筋したこと」を付加したものであるところ,甲3発明に基づき本
件発明2を容易に発明することができない以上,甲3発明に基づき本件発明3も容
易に発明することはできない。
◆判決本文
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2020.03. 4
平成31(行ケ)10025 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月19日 知的財産高等裁判所
サポート要件違反の無効理由ありとした審決が取り消されました。審決は「水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することができない例が含まれる」と判断していましたが、裁判所は、技術常識から明らかと審決を取り消しました。
本件審決は,本件明細書の記載から,本件特許発明1ないし4の課題は「気
体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」する
ことであり,当該課題を「降圧移送手段を設け,かつ液体にかかる圧力を調整
す」ることにより,解決できることが理解できるが,一方で,0.8mより長
い細管には,水素水を過飽和の状態とし,かつ,これを安定に維持することが
できない例が含まれることは当業者であれば十分に認識しうる事項であるから,過飽和の状態が安定に維持できると認めることができない数値範囲が含まれて\nいる本件特許発明1ないし4は,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題
を解決するための手段が反映されていないため,発明の詳細な説明に記載した
範囲を超えて特許を請求するものであり,サポート要件に適合しない旨判断し
たが,原告は,本件審決の上記判断は誤りである旨主張するので,以下におい
て判断する。
・・・
前記1の本件明細書の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に
は,(1)「本発明」の気体溶解装置1は,気体を発生させる気体発生手段2
と,この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型気体溶解手段3と,気体
を溶解している液体を溶存及び貯留する溶存槽4と,この液体が細管5a
を流れることで降圧する降圧移送手段5とを備えること(【0029】,
図1),「本発明の気体溶解方法は,水に水素を溶解させて水素水を生成
し取出口から吐出させる気体溶解方法であって,生成した水素水を導いて
加圧貯留する溶存槽と,前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,
を少なくとも含む気体溶解装置において,前記取出口からの水素水の吐出
動作による前記管状路内の圧力変動を防止し前記管状路内に層流を形成さ
せることを特徴とする」こと(【0023】),(2)「加圧型気体溶解手段」
に関し,「電気分解により発生した水素」は「加圧型気体溶解手段」によ
り「加圧されることで,液体吸入口7から吸入した水に加圧溶解」され,
「水素を加圧溶解した水」は,「加圧型気体溶解手段」の吐出口9から吐
出され,溶存槽4に「過飽和の状態」で溶存されること(【0034】),
「20度Cにおける加圧型気体溶解手段3の圧力Yとしては,0.10〜1.
0MPaであることが好ましく,0.15〜0.65MPaであることが
より好ましく,0.20〜0.55MPaであることがさらにより好まし
く,0.23〜0.50MPaであることが最も好ましい。圧力をかかる
範囲とすることで,気体を液体中に容易に溶解できる」こと(【0036】),
(3)「降圧移送手段」に関し,「降圧移送手段5は,溶存槽4及び取出口1
0を接続する管状路5aにおいて,取出口10からの水素水の吐出動作に
よる管状路5a内の圧力変動を防止しこの中に層流を形成させる。例えば,
降圧移送手段5の管状路5aは,内部を流れる液体の圧力にもよるが比較
的長尺であり径の小さいことが好まし」いこと(【0030】),「溶存
槽4に溶存された液体は,降圧移送手段5である細管5a内で層流状態を
維持して流れることで降圧され(S6),水素水吐出口10から外部へ吐
出される(S7)」こと(【0034】),「降圧移送手段5である細管
5aの内径Xが,1.0mm以上5.0mm以下であることが好ましく,
1.0mmより大きく3.0mm以下であることがより好ましく,2.0
mm以上3.0mm以下であることが好ましい。かかる範囲とすることで,
特開平8−89771号公報記載の技術のように,降圧するために10本
以上の細管を設置する必要が無く,細管5aを1本有することで降圧する
ことができるとともに,管内に層流を形成し得る」こと(【0035】),
(4)「細管」の内径X及び長さL,「加圧型気体溶解手段」の圧力Yと「層
流」との関係に関し,「細管5aの内径をXmmとし,加圧型気体溶解手
段3により加えられる圧力をYMPaとしたときに,細管5a内に層流を
形成させるようなものであって,X/Yの値が,1.00〜12.00で
あることを特徴とするものであり,さらに,X/Yの値が,3.30〜1
0.0であることが好ましく,4.00〜6.67であることがより好ま
しい。気体を過飽和で溶存させている液体が,かかる条件で細管5a中を
層流状態で流れて降圧移送されることで,気体を過飽和の状態で液体に溶
解させ,さらに過飽和の状態を安定に維持し移送することができる」こと
(【0031】),「上記発明において,前記管状路の内径及び長さをそ
れぞれX,Lとし,前記加圧型気体溶解手段に加えられている圧力をYと
したときに,前記管状路内の水素水に層流を形成させるようX,Y及びL
の値が選択されていることを特徴としてもよい」こと(【0020】)の
記載がある。上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本
発明」の気体溶解装置は,「加圧型気体溶解手段」により水素を「過飽和
の状態」で液体に溶解させて水素水を生成し,この水素水が「降圧移送手
段」である管状路内で層流状態を維持して流れることで降圧され,「過飽
和の状態」を維持して水素水吐出口10に移送する構成を採用し,これにより「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定\nに維持」するという「本発明」の課題を解決できることの開示があるもの
と認められる。
ここに「過飽和」とは,「気体の液体への溶解度は温度により異なるが,
ある温度A(度C)における気体の液体への溶解量が,その温度A(℃)に
おける溶解度より多く存在している状態を示す。」こと(本件明細書の【0
031】),「層流」とは,一般に,速度の方向がそろった規則的な流れ
であって,流速が十分遅いときに実現するものであること(甲39の1)をいう。また,細管の内径X及び長さL,加圧型気体溶解手段の圧力Yと\nいう変数に関し,L及びYの2つの変数の値が同じであれば,細管の内径
Xの値が大きいほど,細管内を流れる液体の流速が遅くなり得ること,加
圧型気体溶解手段の圧力Yの値が大きければ,気体を液体に多く溶解させ
ることができるが,細管内を流れる液体の流速は速くなり得ること,細管
の長さLの値が大きければ,細管内壁の抵抗により細管内を流れる液体の
流速が遅くなり得ることは,技術常識であるものと認められる。
イ 前記アのとおり,本件明細書には,「上記発明において,前記管状路の
内径及び長さをそれぞれX,Lとし,前記加圧型気体溶解手段に加えられ
ている圧力をYとしたときに,前記管状路内の水素水に層流を形成させる
ようX,Y及びLの値が選択されていることを特徴としてもよい」(【0
020】)との記載があるが,水素水に層流を形成させるようにするには
X,Y及びLの値をどのように選択されるのかについての明示的な記載は
ない。
そこで,本件明細書記載の実施例1ないし13及び比較例1及び2に基
づいて,以下において検討する。なお,別紙2は,実施例1ないし13及
び比較例1及び2を一覧表にまとめたものである。
(ア) まず,実施例1ないし3(【0053】ないし【0055】)を比
較すると,別紙2のとおり,3つの実施例で細管の内径Xの値は2mm,
長さLの値は1.6m及び水素水の流量の値は730cm3/minと同
じであるところ,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値は,実施例1は0.
41Mpa,実施例2は0.25Mpa,実施例3は0.30Mpaで
ある。加圧型気体溶解手段の圧力Yの値が最も大きい実施例1の水素濃
度は6.5ppmと最も大きく,圧力Yの値が最も小さい実施例2の水
素濃度の値は2.6ppmと最も小さく,両実施例の差は3.9ppm
である。
このような実施例1ないし3の比較の結果は,前記アの技術常識に照
らすと,細管の内径X及び長さLと水素水の流量の各値が同じであれば,
加圧型気体溶解手段の圧力Yの値が大きいほど,水素が水に多く溶け込
むため,生成時における水素濃度の値が大きくなる結果,測定時におけ
る水素濃度の値も大きくなっているものと理解できる。
(イ) 次に,実施例5(【0057】)と実施例7(【0059】)を比
較すると,別紙2のとおり,両実施例で細管の内径Xの値は2mm及び
水素水の流量の値は560cm3/minと同じであるが,加圧型気体溶
解手段の圧力Yの値は,実施例5が0.38Mpa,実施例7が0.4
5Mpaで,実施例7は実施例5の約1.18倍であり,また,細管の
長さLの値は,実施例5が1.6m,実施例7が1.8mで,実施例7
は実施例5の約1.13倍である。水素濃度の値は,実施例5が3.8
ppm,実施例7が4.5ppmであり,両実施例の水素濃度の差は0.
7ppmであり,実施例2と実施例3との水素濃度の差3.9ppmと
比べると,その差はわずかである。このような実施例5と実施例7の比
較の結果は,細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に
おいて,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値と細管の長さの値をそれぞれ
おおむね同じ割合で増加させたときは,増加の前後で,水素濃度はおお
むね同じであり,水素濃度が高まらないことを示している。
また,実施例10(【0062】)と実施例11(【0063】)を
比較すると,別紙2のとおり,両実施例で細管の内径Xの値は2mm,
水素水の流量の値は550cm3/minと同じであるが,加圧型気体溶
解手段の圧力Yの値は,実施例10が0.20Mpa,実施例11が0.
50Mpaで,実施例11が実施例10の2.5倍であり,細管の長さ
Lの値は,実施例10が1.4m,実施例11が3mで,実施例11は
実施例10の約2.14倍である。水素濃度の値は,実施例10が2.
7ppm,実施例11が2.4ppmであり,実施例10が実施例11
よりも0.3ppm高いが,実施例2と実施例3との水素濃度の差3.
9ppmと比べると,その差はわずかである。このような実施例10と
実施例11の比較の結果は,実施例5と実施例7の比較の結果と同様に,
細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合において,加圧
型気体溶解手段の圧力Yの値と細管の長さの値をそれぞれおおむね同じ
割合で増加させたときは,増加の前後で,水素濃度はおおむね同じであ
り,水素濃度が高まらないことを示している。
これらの実施例の比較の結果及び前記(ア)の実施例1ないし3の比較
の結果と前記アの技術常識から,細管の内径X及び水素水の流量の各値
が同じである場合に,水素濃度の値を高めるには,加圧型気体溶解手段
の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくな
るように各値を選択すればよいことを理解できる。
(ウ) 他方,比較例1及び2については,別紙2のとおり,比較例1は,
細管の内径Xの値が2mm,細管の長さLの値が0.4m,加圧型気体
溶解手段の圧力Yの値が0.05MPa,水素水の流量の値が960c
m3/min,水素濃度の値が1.6ppm,比較例2は,細管の内径
Xの値が3mm,細管の長さLの値が0.8m,加圧型気体溶解手段の
圧力Yの値が0.08MPa,水素水の流量の値が900cm3/mi
n,水素濃度の値が1.8ppmであって,いずれも過飽和の状態を維
持できなかったものであるところ(【0066】,【0067】),比
較例1及び2は,圧力Yの値が0.05又は0.08MPaであって,
実施例1ないし13における圧力Yの値(0.20ないし0.60MP
a)と比べて相当小さかったため,そもそも,加圧型気体溶解手段によ
って水素水生成時に過飽和の状態の水素水を得ることができなかったこ
とによる可能性もあるものと理解できる。
ウ 前記ア及びイを総合すると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載及び技術常識から,本件特許発明1の気体溶解装置は,水に水素を
溶解させて水素水を生成し,取出口から吐出させる装置であって,気体を
発生させる気体発生手段と,この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型
気体溶解手段と,気体を溶解している液体を導いて溶存及び貯留する溶存
槽と,この液体が細管からなる管状路を流れることで降圧する降圧移送手
段とを備え,降圧移送手段により取出口からの水素水の吐出動作による管
状路内の圧力変動を防止し,管状路内に層流を形成させることに特徴があ
る装置であり,一方,必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴があ
るものではないと理解し,例えば,細管の内径(X)が1.0mmより大
きく3.0mm以下で,かつ,細管の長さ(L)の値が0.8mより大き
く1.4mより小さい数値範囲のときであっても,「細管の内径X及び水
素水の流量の各値が同じである場合に水素濃度の値を高めるには,加圧型
気体溶解手段の圧力Yの値を大きくすればよく,この場合に加圧型気体溶
解手段の圧力Y及び細管の長さLの値をいずれも大きくして,水素濃度の
値を高めるには,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長
さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいこと」
(前記イ)を勘案し,細管からなる管状路内の水素水に層流を形成させる
ようX,Y及びLの値を選択することにより,「気体を過飽和の状態に液
体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」するという本件特許発
明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。
エ これに対し被告は,(1)当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載
及び技術常識から,細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小
さい場合に,過飽和の状態を安定に維持するとの発明の課題を解決できる
と認識することはできないから,本件特許発明1は,サポート要件に適合
しない,(2)過飽和の状態が維持される条件として,降圧移送手段の管状路
(細管5a)の内径や長さのみならず,細管5aの材料,加圧型気体溶解
手段3により加えられる圧力,水素発生量,水の流量等の条件は,過飽和
の状態を安定に維持するという本件特許発明1の課題の解決に不可欠であ
るにもかかわらず,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1にはそれらの
条件が記載されていないため,当業者は,細管の内径X及び長さがそれぞ
れ本件特許発明1に規定された範囲内であれば,本件特許発明1の上記課
題を解決できると認識することはできないから,この点からも,本件特許
発明1は,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら,前記ウ認定のとおり,本件特許発明1において細管の長
さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合においても,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて,当業者が,本件
特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから,被告
の上記主張は,いずれも理由がない。
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2020.02.25
平成31(行ケ)10025 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年2月19日 知的財産高等裁判所
無効理由ありとした審決が取り消されました。争点はサポート要件です。
前記1の本件明細書の記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に
は,(1)「本発明」の気体溶解装置1は,気体を発生させる気体発生手段2
と,この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型気体溶解手段3と,気体
を溶解している液体を溶存及び貯留する溶存槽4と,この液体が細管5a
を流れることで降圧する降圧移送手段5とを備えること(【0029】,
図1),「本発明の気体溶解方法は,水に水素を溶解させて水素水を生成
し取出口から吐出させる気体溶解方法であって,生成した水素水を導いて
加圧貯留する溶存槽と,前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,
を少なくとも含む気体溶解装置において,前記取出口からの水素水の吐出
動作による前記管状路内の圧力変動を防止し前記管状路内に層流を形成さ
せることを特徴とする」こと(【0023】),(2)「加圧型気体溶解手段」
に関し,「電気分解により発生した水素」は「加圧型気体溶解手段」によ
り「加圧されることで,液体吸入口7から吸入した水に加圧溶解」され,
「水素を加圧溶解した水」は,「加圧型気体溶解手段」の吐出口9から吐
出され,溶存槽4に「過飽和の状態」で溶存されること(【0034】),
「20度Cにおける加圧型気体溶解手段3の圧力Yとしては,0.10〜1.0MPaであることが好ましく,0.15〜0.65MPaであることが
より好ましく,0.20〜0.55MPaであることがさらにより好まし
く,0.23〜0.50MPaであることが最も好ましい。圧力をかかる
範囲とすることで,気体を液体中に容易に溶解できる」こと(【0036】),
(3)「降圧移送手段」に関し,「降圧移送手段5は,溶存槽4及び取出口1
0を接続する管状路5aにおいて,取出口10からの水素水の吐出動作に
よる管状路5a内の圧力変動を防止しこの中に層流を形成させる。例えば,
降圧移送手段5の管状路5aは,内部を流れる液体の圧力にもよるが比較
的長尺であり径の小さいことが好まし」いこと(【0030】),「溶存
槽4に溶存された液体は,降圧移送手段5である細管5a内で層流状態を
維持して流れることで降圧され(S6),水素水吐出口10から外部へ吐
出される(S7)」こと(【0034】),「降圧移送手段5である細管
5aの内径Xが,1.0mm以上5.0mm以下であることが好ましく,
1.0mmより大きく3.0mm以下であることがより好ましく,2.0
mm以上3.0mm以下であることが好ましい。かかる範囲とすることで,
特開平8−89771号公報記載の技術のように,降圧するために10本
以上の細管を設置する必要が無く,細管5aを1本有することで降圧する
ことができるとともに,管内に層流を形成し得る」こと(【0035】),
(4)「細管」の内径X及び長さL,「加圧型気体溶解手段」の圧力Yと「層
流」との関係に関し,「細管5aの内径をXmmとし,加圧型気体溶解手
段3により加えられる圧力をYMPaとしたときに,細管5a内に層流を
形成させるようなものであって,X/Yの値が,1.00〜12.00で
あることを特徴とするものであり,さらに,X/Yの値が,3.30〜1
0.0であることが好ましく,4.00〜6.67であることがより好ま
しい。気体を過飽和で溶存させている液体が,かかる条件で細管5a中を
層流状態で流れて降圧移送されることで,気体を過飽和の状態で液体に溶
解させ,さらに過飽和の状態を安定に維持し移送することができる」こと
(【0031】),「上記発明において,前記管状路の内径及び長さをそ
れぞれX,Lとし,前記加圧型気体溶解手段に加えられている圧力をYと
したときに,前記管状路内の水素水に層流を形成させるようX,Y及びL
の値が選択されていることを特徴としてもよい」こと(【0020】)の
記載がある。上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本
発明」の気体溶解装置は,「加圧型気体溶解手段」により水素を「過飽和
の状態」で液体に溶解させて水素水を生成し,この水素水が「降圧移送手
段」である管状路内で層流状態を維持して流れることで降圧され,「過飽
和の状態」を維持して水素水吐出口10に移送する構成を採用し,これにより「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定\nに維持」するという「本発明」の課題を解決できることの開示があるものと認められる。
ここに「過飽和」とは,「気体の液体への溶解度は温度により異なるが,
ある温度A(度C)における気体の液体への溶解量が,その温度A(度C)に
おける溶解度より多く存在している状態を示す。」こと(本件明細書の【0
031】),「層流」とは,一般に,速度の方向がそろった規則的な流れ
であって,流速が十分遅いときに実現するものであること(甲39の1)をいう。また,細管の内径X及び長さL,加圧型気体溶解手段の圧力Yと\nいう変数に関し,L及びYの2つの変数の値が同じであれば,細管の内径
Xの値が大きいほど,細管内を流れる液体の流速が遅くなり得ること,加
圧型気体溶解手段の圧力Yの値が大きければ,気体を液体に多く溶解させ
ることができるが,細管内を流れる液体の流速は速くなり得ること,細管
の長さLの値が大きければ,細管内壁の抵抗により細管内を流れる液体の
流速が遅くなり得ることは,技術常識であるものと認められる。
イ 前記アのとおり,本件明細書には,「上記発明において,前記管状路の
内径及び長さをそれぞれX,Lとし,前記加圧型気体溶解手段に加えられ
ている圧力をYとしたときに,前記管状路内の水素水に層流を形成させる
ようX,Y及びLの値が選択されていることを特徴としてもよい」(【0
020】)との記載があるが,水素水に層流を形成させるようにするには
X,Y及びLの値をどのように選択されるのかについての明示的な記載はない。
そこで,本件明細書記載の実施例1ないし13及び比較例1及び2に基
づいて,以下において検討する。なお,別紙2は,実施例1ないし13及
び比較例1及び2を一覧表にまとめたものである。(ア) まず,実施例1ないし3(【0053】ないし【0055】)を比
較すると,別紙2のとおり,3つの実施例で細管の内径Xの値は2mm,
長さLの値は1.6m及び水素水の流量の値は730cm3/minと同
じであるところ,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値は,実施例1は0.
41Mpa,実施例2は0.25Mpa,実施例3は0.30Mpaで
ある。加圧型気体溶解手段の圧力Yの値が最も大きい実施例1の水素濃
度は6.5ppmと最も大きく,圧力Yの値が最も小さい実施例2の水
素濃度の値は2.6ppmと最も小さく,両実施例の差は3.9ppm
である。
このような実施例1ないし3の比較の結果は,前記アの技術常識に照
らすと,細管の内径X及び長さLと水素水の流量の各値が同じであれば,
加圧型気体溶解手段の圧力Yの値が大きいほど,水素が水に多く溶け込
むため,生成時における水素濃度の値が大きくなる結果,測定時におけ
る水素濃度の値も大きくなっているものと理解できる。
(イ) 次に,実施例5(【0057】)と実施例7(【0059】)を比
較すると,別紙2のとおり,両実施例で細管の内径Xの値は2mm及び
水素水の流量の値は560cm3/minと同じであるが,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値は,実施例5が0.38Mpa,実施例7が0.4
5Mpaで,実施例7は実施例5の約1.18倍であり,また,細管の
長さLの値は,実施例5が1.6m,実施例7が1.8mで,実施例7
は実施例5の約1.13倍である。水素濃度の値は,実施例5が3.8
ppm,実施例7が4.5ppmであり,両実施例の水素濃度の差は0.
7ppmであり,実施例2と実施例3との水素濃度の差3.9ppmと
比べると,その差はわずかである。このような実施例5と実施例7の比
較の結果は,細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に
おいて,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値と細管の長さの値をそれぞれ
おおむね同じ割合で増加させたときは,増加の前後で,水素濃度はおお
むね同じであり,水素濃度が高まらないことを示している。
また,実施例10(【0062】)と実施例11(【0063】)を
比較すると,別紙2のとおり,両実施例で細管の内径Xの値は2mm,
水素水の流量の値は550cm3/minと同じであるが,加圧型気体溶
解手段の圧力Yの値は,実施例10が0.20Mpa,実施例11が0.
50Mpaで,実施例11が実施例10の2.5倍であり,細管の長さ
Lの値は,実施例10が1.4m,実施例11が3mで,実施例11は
実施例10の約2.14倍である。水素濃度の値は,実施例10が2.
7ppm,実施例11が2.4ppmであり,実施例10が実施例11
よりも0.3ppm高いが,実施例2と実施例3との水素濃度の差3.
9ppmと比べると,その差はわずかである。このような実施例10と
実施例11の比較の結果は,実施例5と実施例7の比較の結果と同様に,
細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合において,加圧
型気体溶解手段の圧力Yの値と細管の長さの値をそれぞれおおむね同じ
割合で増加させたときは,増加の前後で,水素濃度はおおむね同じであり,水素濃度が高まらないことを示している。
これらの実施例の比較の結果及び前記(ア)の実施例1ないし3の比較
の結果と前記アの技術常識から,細管の内径X及び水素水の流量の各値
が同じである場合に,水素濃度の値を高めるには,加圧型気体溶解手段
の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくな
るように各値を選択すればよいことを理解できる。
(ウ) 他方,比較例1及び2については,別紙2のとおり,比較例1は,
細管の内径Xの値が2mm,細管の長さLの値が0.4m,加圧型気体
溶解手段の圧力Yの値が0.05MPa,水素水の流量の値が960c
m3/min,水素濃度の値が1.6ppm,比較例2は,細管の内径
Xの値が3mm,細管の長さLの値が0.8m,加圧型気体溶解手段の
圧力Yの値が0.08MPa,水素水の流量の値が900cm3/mi
n,水素濃度の値が1.8ppmであって,いずれも過飽和の状態を維
持できなかったものであるところ(【0066】,【0067】),比
較例1及び2は,圧力Yの値が0.05又は0.08MPaであって,
実施例1ないし13における圧力Yの値(0.20ないし0.60MPa)と比べて相当小さかったため,そもそも,加圧型気体溶解手段によ
って水素水生成時に過飽和の状態の水素水を得ることができなかったこ
とによる可能性もあるものと理解できる。
ウ 前記ア及びイを総合すると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載及び技術常識から,本件特許発明1の気体溶解装置は,水に水素を
溶解させて水素水を生成し,取出口から吐出させる装置であって,気体を
発生させる気体発生手段と,この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型
気体溶解手段と,気体を溶解している液体を導いて溶存及び貯留する溶存
槽と,この液体が細管からなる管状路を流れることで降圧する降圧移送手
段とを備え,降圧移送手段により取出口からの水素水の吐出動作による管
状路内の圧力変動を防止し,管状路内に層流を形成させることに特徴があ
る装置であり,一方,必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴がある装置であり,一方,必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴があ
るものではないと理解し,例えば,細管の内径(X)が1.0mmより大
きく3.0mm以下で,かつ,細管の長さ(L)の値が0.8mより大き
く1.4mより小さい数値範囲のときであっても,「細管の内径X及び水
素水の流量の各値が同じである場合に水素濃度の値を高めるには,加圧型
気体溶解手段の圧力Yの値を大きくすればよく,この場合に加圧型気体溶
解手段の圧力Y及び細管の長さLの値をいずれも大きくして,水素濃度の
値を高めるには,加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長
さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいこと」
(前記イ)を勘案し,細管からなる管状路内の水素水に層流を形成させる
ようX,Y及びLの値を選択することにより,「気体を過飽和の状態に液
体へ溶解させ,かかる過飽和の状態を安定に維持」するという本件特許発
明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。
エ これに対し被告は,(1)当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載
及び技術常識から,細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小
さい場合に,過飽和の状態を安定に維持するとの発明の課題を解決できる
と認識することはできないから,本件特許発明1は,サポート要件に適合
しない,(2)過飽和の状態が維持される条件として,降圧移送手段の管状路
(細管5a)の内径や長さのみならず,細管5aの材料,加圧型気体溶解
手段3により加えられる圧力,水素発生量,水の流量等の条件は,過飽和
の状態を安定に維持するという本件特許発明1の課題の解決に不可欠であ
るにもかかわらず,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1にはそれらの
条件が記載されていないため,当業者は,細管の内径X及び長さがそれぞ
れ本件特許発明1に規定された範囲内であれば,本件特許発明1の上記課
題を解決できると認識することはできないから,この点からも,本件特許
発明1は,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら,前記ウ認定のとおり,本件特許発明1において細管の長
さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合においても,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて,当業者が,本件
特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから,被告
の上記主張は,いずれも理由がない。
◆判決本文
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2020.02. 6
平成30(行ケ)10170 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年1月29日 知的財産高等裁判所
異議申し立てでサポート要件の無効理由ありと認定されましたが、知財高裁4部はこれを取り消しました。
本件決定は,(1)本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき出願時(本
件出願の優先日当時)の技術常識に照らして,当業者が,本件訂正発明4の
課題を解決できる範囲は,実施例に記載された「エチレンカーボネート(E
C)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)
にLiPF6を1mol/Lの割合となるように溶解して調整した基本電解
液にフルオロスルホン酸リチウムを2.98×10−3mol/L以上0.5
96mol/L以下の範囲内で含有している非水系電解液であって,硫酸イ
オンの含有量が1.00×10−7mol/L以上1.00×10−2mol/
L以下である,非水系電解液」である,(2)本件訂正発明1の特許請求の範囲
の記載には,実施例に記載された上記非水系電解液以外の非水系電解液も包
含されているが,本件出願の優先日当時の技術常識に照らしても,本件明細
書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明4の課題を,本件訂正発明4によ
って解決し得るまでの開示がされているとはいえないから,本件訂正発明4
は,発明の詳細な説明に記載したものとはいえず,サポート要件に適合しな
い旨判断した。
原告は,本件決定の上記判断は,当業者が本件訂正発明4の課題を解決で
きると認識できる範囲は本件明細書の実施例記載の非水系電解液に限定され
ることを前提とするものであるが,「基本電解液」を「エチレンカーボネー
ト(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:
70)とLiPF6を1mol/Lの割合となるように溶解して調整した基
本電解液」以外の一般的な基本電解液とし,フルオロスルホン酸リチウムの
含有量を本件訂正発明4の下限値の0.0005mol/L以上2.98×
10−3mol/L未満の範囲内のものとした場合であっても,本件訂正発明
4の課題を解決できると認識できるものといえるから,本件決定の上記判断
は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 本件明細書記載の実施例について
本件明細書には,実施例1ないし7に係る「試験例B」として,「エチ
レンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混
合物(体積比30:70)に乾燥したLiPF6を1mol/Lの割合と
なるように溶解して」調整した「基本電解液」に,「硫酸イオンを含むフ
ルオロスルホン酸リチウムを表2に記載の割合となるように混合」して電\n解液を製造し(【0253】) ,表2記載の電解液を用いたシート状電池\nを作製して,「初期放電容量評価」及び「高温保存膨れ保存評価」(高温
保存前後の体積変化から発生したガス発生量の評価)を行ったこと(【0
254】,【0249】,【0250】)が記載されている。
表2には,実施例1ないし7は,電解液中のフルオロスルホン酸リチウ\nムの含有量が「0.025〜5質量%」(「2.98×10−3mol/L
〜0.596mol/L」)及び硫酸イオンの含有量が「9.21×10
−7mol/L〜7.27×10−3mol/L」の範囲内の電解液であり,
比較例2は,電解液中のフルオロスルホン酸リチウム及び硫酸イオンをい
ずれも含有しない電解液,比較例3は,電解液中のフルオロスルホン酸リ
チウムの含有量が「5質量%」(「0.596mol/L」)及び硫酸イ
オンの含有量が「1.67×10−2mol/L」の電解液であることが示
されている。このうち,実施例2ないし7は,本件訂正発明4(フルオロ
スルホン酸リチウムのモル含有量が「0.0005mol/L以上0.5
mol/L以下」,硫酸イオン分のモル含有量が「1.0×10−7mol
/L以上1.0×10−2mol/L以下」)に含まれる電解液である。
そして,本件明細書には,「表2より,製造された電解液の硫酸イオン\nの量が1.00×10-7×mol/L〜1.00×10-2mol/Lの範
囲内であれば,初期放電容量が向上し,高温保存時のガス発生量が低下す
ることから,電池特性が向上することが分かる。」(【0256】)との
記載がある。
また,表2の記載から,実施例2ないし7は,比較例2及び3よりも,\n初期放電容量が向上し,高温保存時のガス発生量が低下し,電池特性が向
上していることを理解できる。
一方で,本件明細書には,本件訂正発明4に含まれる「フルオロスルホ
ン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上2.98×10
−3mol/L(0.00298mol/L未満)」の電解液については,
実施例の記載がない。
イ 実施例記載の基本電解液と他の電解液との互換性について
(ア) 本件訂正発明4の特許請求の範囲(請求項4)には,本件訂正発明
4の非水系電解液の含有する非水系溶媒として「炭素数2〜4のいずれ
か1種以上のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート」及び「炭素
数3〜7のいずれか1種以上の鎖状カーボネート」を含むことが記載さ
れているが,飽和環状カーボネートと鎖状カーボネートの具体的な組成
及び混合割合を特定する記載はない。
次に,本件明細書には,(1)「飽和環状カーボネート」について,「本
発明において非水系溶媒として用いることができる飽和環状カーボネー
トとしては,炭素数2〜4のアルキレン基を有するものが挙げられる。
具体的には,炭素数2〜4の飽和環状カーボネートとしては,エチレン
カーボネート,プロピレンカーボネート,ブチレンカーボネート等が挙
げられる。」(【0036】),「飽和環状カーボネートの配合量は,
特に制限されず,本発明の効果を著しく損なわない限り任意であるが,
1種を単独で用いる場合の配合量の下限は,非水系溶媒100体積%中,
3体積%以上,より好ましくは5体積%以上である。…また上限は,9
0体積%以下,より好ましくは85体積%以下,さらに好ましくは80
体積%以下である。」(【0036】),(2)「鎖状カーボネート」につ
いて,「本発明において非水系溶媒として用いることができる鎖状カー
ボネートとしては,炭素数3〜7のものが挙げられる。具体的には,炭
素数3〜7の鎖状カーボネートとしては,ジメチルカーボネート,ジエ
チルカーボネート,ジ−n‐プロピルカーボネート,ジイソプロピルカ\nーボネート,n‐プロピルイソプロピルカーボネート,エチルメチルカ\nーボネート…等が挙げられる。」(【0039】),「 鎖状カーボネー
トは,1種を単独で用いてもよく,2種以上を任意の組み合わせ及び比
率で併用してもよい。…鎖状カーボネートの配合量は,より好ましくは
20体積%以上,さらに好ましくは25体積%以上であり,また,より
好ましくは85体積%以下,さらに好ましくは80体積%以下である。」
(【0043】),(3)「本発明において,フルオロスルホン酸リチウム,
フルオロスルホン酸リチウム以外のリチウム塩を溶解する為の非水系溶
媒の代表的な具体例を以下に列挙する。本発明においては,これらの非\n水系溶媒は単独或いは複数の溶媒を任意の割合で混合した混合液として
使用されるが,本発明の効果を著しく損なわない限りこれらの例示に限
定されない。」(【0035】)との記載がある。これらの記載によれ
ば,本件明細書には,「本発明において非水系溶媒として用いることが
できる飽和環状カーボネート」の配合量は,「非水系溶媒100体積%
中,3体積%以上,より好ましくは5体積%以上」,「上限は,90体
積%以下,より好ましくは85体積%以下,さらに好ましくは80体積%
以下」であること,「本発明において非水系溶媒として用いることがで
きる鎖状カーボネート」の配合量は,「より好ましくは20体積%以上,
さらに好ましくは25体積%以上」,「より好ましくは85体積%以下,
さらに好ましくは80体積%以下」であること,「鎖状カーボネート」
と「飽和環状カーボネート」の混合割合は,本発明の効果を著しく損な
わない限り,実施例記載のものに限定されないことの開示があるものと
認められる。
そうすると,本件明細書の上記記載から,「試験例B」で用いられた
「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)
との混合物(体積比30:70)」以外の組成及び混合割合の「炭素数
2〜4のいずれか1種以上のアルキレン基を有する飽和環状カーボネー
ト」及び「炭素数3〜7のいずれか1種以上の鎖状カーボネート」を含
む混合物であっても,本件訂正発明の非水系溶媒として用いることがで
きるものと理解できる。
(イ) 本件訂正発明4の特許請求の範囲(請求項4)は,本件訂正発明4
の非水系電解液中のLiPF6の含有量は「0.7mol/L以上1.
5mol/L以下」であることを規定している。
次に,本件明細書には,「LiPF6」の含有量について,「本発明
における非水系電解液は,特定量の硫酸イオン分を含有するフルオロ硫
酸リチウムを含有するが,さらにその他のリチウム塩を1種以上含有す
ることが好ましい。その他のリチウム塩としては,この用途に用いるこ
とが知られているものであれば,特に制限はなく,具体的には以下のも
のが挙げられる。」(【0024】),「例えば,LiPF6,LiB
F4,LiClO4,LiAlF4,LiSbF6,LiTaF6,LiW
F7等の無機リチウム塩」(【0025】),「…さらに,これらの中
でも,LiPF6,LiBF4が好ましく,LiPF6が最も好ましい。」
(【0028】)との記載があるが,「LiPF6」の含有量について
一般的に述べた記載はなく,「試験例B」で用いられた基本電解液中の
LiPF6の含有量(1mol/L)以外であっても,本件訂正発明4
に用いることができることについて述べた記載もない。
一方で,(1)甲37(特開2000−195546号公報)には,「本
発明で使用される非水溶媒としては,高誘電率溶媒と低粘度溶媒とから
なるものが好ましい。高誘電率溶媒としては,例えば,エチレンカーボ
ネート(EC),プロピレンカーボネート(PC),ブチレンカーボネ
ート(BC)などの環状カーボネート類が好適に挙げられる。これらの
高誘電率溶媒は,1種類で使用してもよく,また2種類以上組み合わせ
て使用してもよい。」(【0015】),「本発明で使用される電解質
としては,例えば,LiPF6,LiBF4…などが挙げられる。これら
の電解質は,1種類で使用してもよく,2種類以上組み合わせて使用し
てもよい。これら電解質は,前記の非水溶媒に通常0.1〜3M,好ま
しくは0.5〜1.5Mの濃度で溶解されて使用される。」(【001
7】),(2)甲13(特開2011−054503号公報)には,「非水
電解液としては,リチウム塩を有機溶媒に溶解した溶液が用いられる。
リチウム塩としては,溶媒中で解離してLi+イオンを形成し,電池と
して使用される電圧範囲で分解などの副反応を起こしにくいものであれ
ば特に制限はない。例えば,LiClO4,LiPF6,LiBF4 ,L
iAsF6 ,LiSbF6 などの無機リチウム塩…などを用いることが
できる。」(【0084】),「このリチウム塩の電解液中の濃度とし
ては,0.5〜1.5mol/lとすることが好ましく,0.9〜1.
25mol/lとすることがより好ましい。」(【0086】)との記
載がある。上記記載によれば,本件出願の優先日当時,高誘電率溶媒と
低粘度溶媒とからなる非水系溶媒に電解質として用いる「LiPF6」
の濃度は,0.5〜1.5mol/Lの範囲とすることが好ましいこと
は技術常識であったものと認められる。
そして,上記技術上常識に照らすと,本件訂正発明4の非水系電解液
中のLiPF6の含有量(「0.7mol/L以上1.5mol/L以下」)
は,LiPF6を「炭素数2〜4のいずれか1種以上のアルキレン基を有
する飽和環状カーボネート」及び「炭素数3〜7のいずれか1種以上の
鎖状カーボネート」を含む非水系溶媒に電解質として用いる場合におい
て好ましい濃度範囲であることを理解できる。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載
及び本件出願の優先日当時の技術常識から,当業者は,試験例Bに用い
られた基本電解液(「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカ
ーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)に乾燥したLi
PF6を1mol/Lの割合となるように溶解して」調整した「基本電
解液」)以外の組成及び混合割合の本件訂正発明4に含まれる基本電解
液を用いた場合であっても,試験例Bに示されたように,フルオロスル
ホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として含有しない非水系電解液
に対して,「初期放電容量」を改善できるものと理解し,本件訂正発明
4の課題を解決できると認識できるものと認められる。
(エ) これに対し被告は,本件出願の優先日当時の技術常識((1)ECなど
の誘電率の大きな溶媒とEMCなどの低沸点の低粘度溶媒とLiPF6
などの支持電解質の組合せやそれらの使用量比の変動に伴う,電解液組
成の変動によって,非水系電解液二次電池の電池特性も変動するため,
電池特性評価試験の結果に基づいて,満足な電池特性が得られない電解
液組成を選別するという最適化を行わなければ,満足な電池特性の非水
系電解液二次電池をもたらす電解液組成が得られないこと(乙1等),
(2)非水系電解液の導電性について,電解質伝導度は電池の放電容量など
に密接に関係し,電池性能に大きな影響を及ぼすこと(甲15))に照\nらすと,ECとEMCとの体積比やLiPF6の濃度が実施例の範囲内
のもの(試験例B)と異なる非水系電解液については,電池特性評価試
験の結果に基づく電解液組成の選別を行わないと,比較例3のような満
足な電池特性が得られない非水系電解液が含まれてしまうことになるか
ら,当業者は,試験例Bに用いられている基本電解液を他の一般的な電
解液に変更したとしても,本件訂正発明4の課題を解決できるとは認識
しない旨主張する。
しかしながら,まず,被告の主張は本件訂正発明4の課題が「初期放
電容量が改善され,容量維持率および/またはガス発生量が改善された
非水系電解液二次電池をもたらすことができる非水系電解液を提供する
こと」にあるというものであるが,前記(1)ウのとおり,本件訂正発明4
の課題は,フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として
含有しない非水系電解液に対して,初期放電容量等の電池特性を改善す
る非水系電解液を提供することにあると認定すべきであるから,その前
提を欠くものである。
また,本件出願の優先日当時,非水電解液は,PC,ECなどの誘電
率の大きな溶媒とジメチルカーボネートなどの低沸点の低粘度溶媒とL
iPF6などの支持電解質とから主に構成され,これら3種類の組合せ\nやそれらの使用量比などにより最適化されることは,技術常識であった
こと(甲15(「電池ハンドブック」平成22年2月刊行)の373頁
等)に照らすと,当業者は,本件明細書の記載に基づいて最適化を行う
ことにより,試験例Bに用いられた基本電解液以外の組成及び混合割合
の本件訂正発明4に含まれる基本電解液を用いた場合であっても,本件
訂正発明4の課題を解決できると認識できるものと認めるのが相当であ
る。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ フルオロスルホン酸リチウムの含有量の下限値について
前記アのとおり,本件明細書には,本件訂正発明4に含まれる「フルオ
ロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上2.9
8×10−3(0.00298)mol/L未満」の電解液については,実
施例の記載がない。
しかるところ,本件明細書には,試験例Bの結果を示した表2において,\n本件訂正発明4に含まれる実施例2ないし7(電解液中のフルオロスルホ
ン酸リチウムの含有量が「0.025〜2.5質量%」(「2.98×1
0−3mol/L〜2.98×10−1mol/L」)及び硫酸イオンの含有
量が「9.21×10−7mol/L〜8.23×10−3mol/L」の範
囲内の電解液)が電解液中のフルオロスルホン酸リチウム及び硫酸イオン
をいずれも含有しない比較例2の電解液よりも,初期発電容量が向上して
いること,実施例2ないし7のうち,電解液中のフルオロスルホン酸リチ
ウムの含有量が最も少ない実施例7(フルオロスルホン酸リチウムの含有
量2.98×10−3mol/L,硫酸イオンの含有量9.21×10−7
mol/L)の初期発電容量は148.7mAh/g,比較例2の初期発
電容量は145.8mAh/gであることが開示されている。この開示事
項から,フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として添加
した非水系電解液は,これらをいずれも添加剤として含有しない非水系電
解液に対して,初期放電容量が改善できるものと理解できる。
そして,本件訂正発明4に含まれる「フルオロスルホン酸リチウムのモ
ル含有量の下限値0.0005mol/Lは,実施例7のフルオロスルホ
ン酸リチウムの含有量2.98×10−3mol/L(0.00298mo
l/L)の約6分の1程度であり,実施例7よりも顕著に少ないとまでは
いえないことに照らすと,当業者は,フルオロスルホン酸リチウムの含有
量が0.0005mol/Lの電解液を用いた場合であっても,フルオロ
スルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として含有しない非水系電解
液に対して,「初期放電容量」が改善し,本件訂正発明4の課題を解決で
きると認識できるものと認められる。
これに反する被告の主張は理由がない。
(3) 小括
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願の優先
日当時の技術常識に基づいて,当業者が,本件訂正発明4の発明特定事項の
全体にわたり,本件訂正発明4の課題を解決できると認識できると認められ
るから,本件訂正発明4は発明の詳細な説明に記載したものであることが認
められる。したがって,本件訂正発明4は,サポート要件に適合するものと認められ
る。
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2020.01.24
平成31(行ケ)10060 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年1月14日 知的財産高等裁判所
無効理由無しとした審決が維持されました。争点は実施可能要件、サポート要件、進歩性です。
本件明細書によれば,本件発明1に係るスクラブ石けんの製造方法について,
次の事項が記載されていることが認められる。
微粒火山灰に膨化処理を施した中空状のシラスバルーンをアルカリ溶液に浸漬し
て,中空内部にアルカリ溶液を浸透させ,その後,アルカリ溶液に脂肪酸を添加す
ることにより,前記シラスバルーンの外部において石けんを形成するとともに,中
空内部にも石けんを形成するものであり(【0029】),アルカリ溶液には,界面活
性剤を添加しているため,アルカリ溶液の表面張力が弱められて,シラスバルーン\n表面の微細なクラックからシラスバルーンの内部へ,アルカリ溶液を容易に浸入さ\nせることができ,シラスバルーン内部はアルカリ溶液で満たされることとなる(【0
032】,【0033】)。
通常石けんを製造する場合には,脂肪酸(又は油脂)の溶液に,アルカリ溶液を
徐々に添加するのが一般的であるが,脂肪酸溶液とシラスバルーンとを混合し,次
いで,アルカリ溶液を添加した場合,シラスバルーンの内部にある脂肪酸溶液と,
シラスバルーン内に浸入してきたアルカリ溶液とが,シラスバルーンの表面で石け\nんを形成してしまい,アルカリ溶液の更なる浸入を妨げるため,シラスバルーン中
心部の脂肪酸溶液が未反応となりやすく,内包石けんが形成されにくいため,好ま
しくない(【0039】,【0040】)。また,固形状又は半固形状の基材石けんに,シラスバルーンを混入させただけでは,単にシラスバルーンの表面に基材石けんが\n付着するのみであり,粘度の高い基材石けんがシラスバルーンの中空内部に入って
内包石けんとなることはない(【0043】)。これに対し,アルカリ溶液とシラスバ
ルーンとを混合してアルカリ火山灰溶液を調製し,次いで,アルカリ火山灰溶液に
加温溶融した脂肪酸を添加すると,脂肪酸もまた徐々に表面のクラックを介してシ\nラスバルーン内に浸透することとなり(【0037】),シラスバルーンの表面で石け\nんを形成しても,反応当初は高濃度のアルカリ溶液が脂肪酸溶液に比して多量にあ
るため,速やかに石けん分子が分散することとなり,シラスバルーン内部に脂肪酸
溶液が入るのを妨げることがなく,シラスバルーン内部に十分な量の内包石けんを\n形成することができる(【0041】,【0042】)。
具体的な工程は,次のとおりである。すなわち,加温可能で内部を減圧可能\に形
成した調合タンク等で,アルカリ溶液調製工程を行い,27.3重量部の水に,5.
55重量部の水酸化カリウムを徐々に添加して,水酸化カリウムを十分溶解し,ア\nルカリ水溶液をできるだけ室温に近い温度で調製し(【0051】〜【0053】),
界面活性剤添加工程で,3重量部のグリセリン,5重量部の保湿剤,3重量部の増
泡剤,3重量部の界面活性剤をそれぞれアルカリ溶液中に添加して均一になるまで,
できるだけ室温に近い温度撹拌を行う(【0054】〜【0056】)。シラスバルー
ン添加工程では,22.74重量部の予め膨化処理を施して微細な中空球状に成形し\nた火山灰(シラス),4重量部の白色顔料,0.01重量部の糖類を,界面活性剤を
含有するアルカリ溶液に添加し,この際,まず,プラネタリーミキサー等で液中及
び液面を穏やかに撹拌し,次いで,ディスパー等により,強力な渦流を発生させて
液中に巻き込むように撹拌混合を行ってシラスバルーンや白色顔料が粉塵として宙
に舞うことを防止するとともに,当初の時点で空気を抱き込ませずに撹拌を行うこ
とで,シラスバルーンの中空内部まで,効率よく界面活性剤を含有するアルカリ溶
液を浸透させ,撹拌時には,80℃に達するまで徐々に液温を昇温する(【0057】
〜【0065】)。次に,浸透工程で調製した,界面活性剤を含有するアルカリ溶液と
シラスバルーンとの混合液(アルカリ火山灰溶液)に,図1に示すB−1(脂肪酸)
を添加する脂肪酸添加工程では,炭素数がC12〜C18で直鎖状の飽和又は不飽
和脂肪酸を好適に用い,脂肪酸の組成は,所望する石けんの性状に併せて適宜決定
することができ,本実施形態で用いる脂肪酸(又は脂肪酸塩)は,固体であるため,
70〜90℃に加熱溶融してから添加する(【0066】,【0069】〜【0071】)。
石けん調製工程では,アルカリ火山灰溶液に脂肪酸を混合した直後より,調合タン
ク内の減圧を行い,混合液中に含まれる空気を脱気(脱泡)しながら,20分間撹拌
混合し,混合液の温度を75〜85℃,より好ましくは77〜83℃とすることに
より,均一で滑らかであり,しかも,白色の際だったスクラブ石けんとすることが
できる(【0072】〜【0077】)。
このようにして得られたスクラブ石けんは,シラスバルーンの内部にもペースト
状の石けんを含有している(【0082】)。
イ 以上によれば,本件明細書には,微粒火山灰に膨化処理を施した中空状のシ
ラスバルーンを,界面活性剤を含有するアルカリ溶液に浸漬して,中空内部にアル
カリ溶液を浸透させ,その後,アルカリ溶液に脂肪酸を添加することにより,前記
シラスバルーンの外部において石けんを形成するとともに,中空内部にも石けんを
形成するスクラブ石けんを製造する方法について,その実施をすることができる程
度に明確かつ十分に記載されていると認められる。\n
(3) 原告の主張について
原告は,中空状のシラスバルーンの中空内部に石けんが内包(形成)されている
か否かを如何なる方法により観察(分析)できるのか,本件発明にかかる明細書に
は何ら示されていないことから,本件明細書の記載は実施可能要件に適合しない旨\nを主張する。
しかし,本件明細書の記載から,シラスバルーンの中空内部に石けんが形成され
ることが十分に理解できることは,前記(2)のとおりであり,分析方法についての説
明がないことをもって実施可能要件に適合しないとはいえないから,原告の主張は\n採用できない。
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2020.01. 8
平成31(行ケ)10027 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年12月25日 知的財産高等裁判所
無効理由無しとした審決が取り消されました。争点は、補正要件、記載要件、進歩性と多くありましたが、知財高裁3部は、実施可能要件違反と判断しました。発明は機械の構\造です。機械分野で実施可能要件違反の無効理由は珍しいです。\n
ア 本件明細書には,(1)本件発明のマッサージ機は,施療者の臀部または大\n腿部が当接する座部11a,及び施療者の背部が当接する背凭れ部12a
を有する椅子本体10aと,該椅子本体10aの両側部に肘掛部14aを
有する椅子式マッサージ機1aであり,前記背凭れ部12aは,座部11
aの後側にリクライニング可能に連結されていること(段落【0022】),\n(2)肘掛部14aは,椅子本体10aに対して前後方向に移動可能に設けら\nれ,背凭れ部12aのリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持し
ながら背凭れ部12aのリクライニング動作に連動して前記肘掛部14a
が椅子本体10aに対して前後方向に移動するようにされていること(段
落【0054】),(3)肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回
動部141aを設けること(段落【0055】),(4)肘掛部14aの後部
で回動可能に背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けるこ\nと(段落【0055】)が記載されている。
また,【図4】は,背凭れ部12aが座部に対してリクライニングする
と,背凭れ部12aに連結された肘掛部14aが前後方向に回動すること
を概略的に図示している(段落【0054】,【0055】)。
イ 上記アによれば,本件明細書には,[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側
部とを,「肘掛部全体が,前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して,
リクライニングする方向に傾くように」(構成要件E)連結する連結手段\nについては連結部142aによる回動関係が,[2]肘掛部全体を座部に
対して回動させる回動手段については回動部141aによる回動関係が開
示されているが,[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し
連結する連結手段の具体的な構成は記載されていない。また,本件明細書\nには,「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身におけ
る着座姿勢を保」つように(構成要件F),[1]肘掛部の後部と背凭れ\n部の側部とを,「肘掛部全体が,前記背凭れ部のリクライニング動作に連
動して,リクライニングする方向に傾くように」連結する連結手段(構成\n要件D,E),[2]背凭れ部のリクライニング動作の際に上記の連結手
段を介して肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段(構成要件D)\n及び[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結
手段(構成要件D)の具体的な組み合わせの記載はない。\n
ウ 審決は,本件明細書の【図4】は,背凭れ部が座部に対して回動し,背
凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】,【0
055】)を概略的に図示したものであり,そのための「適宜の回動手段」
「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得
る程度のことであると認定する。
しかし,上記イのとおり,本件においては,構成要件D〜Fを充足する\nような,[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部を連結する連結手段,[2]
肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段及び[3]背凭れ部を座部
に対し連結する連結手段の具体的な組み合わせが問題になっており,した
がって,これらの各手段は何の制約もなく部材を連結又は回動させれば足
りるのではなく,それぞれの手段が協調して構成要件D〜Fに示された機\n能を実現する必要がある。そうすると,このような機能\を実現するための
手段の選択には,技術的創意が必要であり,単に適宜の手段を選択すれば
足りるというわけにはいかないのであるから,明細書の記載が実施可能要\n件を満たしているといえるためには,必要な機能を実現するための具体的\n構成を示すか,少なくとも当業者が技術常識に基づき具体的構\成に至るこ
とができるような示唆を与える必要があると解されるところ,本件明細書
には,このような具体的構成の記載も示唆もない。\n
エ 被告は,本件明細書の記載から当業者が実施し得る本件発明1の具体的
な構成として,別紙被告主張図面目録記載のとおり動作するマッサージ機\nの具体的構成(以下「被告主張構\成」という。)を主張する。
被告主張構成は,[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを本件明細書\nの【図4】同様の回動手段により連結し,[2]肘掛部の下部の椅子本体
に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部に
挿入され,[3]座部の後端に軸心を設けて背凭れ部を回動させる回動手
段を設けた構成であり,リクライニング前は,肘掛部の下部に設けられた\n回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部の奥まで達して
おり(【被告参考図(1)−2】),これをリクライニングすると,背凭れ部
のリクライニング動作に連動して肘掛部全体がリクライニングする方向に
傾くに従って,肘掛部全体が円柱状部材から上記空洞部に沿って遠ざかる
ように移動する(【被告参考図(2)】から【被告参考図(3)】)というもので
ある。
しかし,本件明細書には被告主張構成の記載や示唆はないから,被告主\n張構成が直ちに実施可能\要件適合性を裏付けるものではない上に,当業者
が,上記ア及びイのとおりの本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に
基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,被告主張構成を採用し得た\nというべき技術常識ないし周知技術に関する的確な証拠もない。
オ 以上によれば,本件明細書には,当業者が,明細書の発明の詳細な説明
の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要すること
なく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があ\nるということはできず,この点は,本件発明1を引用する本件発明2につ
いても同様である。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。\n
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2020.01. 8
平成31(ネ)10014 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和元年10月30日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
少し前のですが、欠落していたのでアップします。薬品特許のクレームが作用的(?)に記載されている場合に、クレーム限定、またはサポート要件・実施可能要件違反が主張されました。知財高裁は、1審と同様に、技術的範囲に属する、無効理由無しと判断しました。
上記(1)の認定事実によれば,本件発明1は,PCSK9とLDLRタンパク
質の結合を中和し,参照抗体1と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこ
れを使用した医薬組成物を,本件発明2は,PCSK9とLDLRタンパク質の結
合を中和し,参照抗体2と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使
用した医薬組成物を,それぞれ提供するものである。そして,本件各発明の課題は,
かかる新規の抗体を提供し,これを使用した医薬組成物を作製することをもって,
PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,
対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,高コレステロール血症
などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患\nのリスクを低減することにあると理解することができる。
本件各明細書には,本件各明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用
してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体
を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され,そのうちの合計39抗体
について,エピトープビニングを行い,21B12と競合するが,31H4と競合
しないもの(ビン1)が19個含まれ,そのうち15個は,中和抗体であること,
また,31H4と競合するが,21B12と競合しないもの(ビン3)が10個含
まれ,そのうち7個は,中和抗体であることが,それぞれ確認されたことが開示さ
れている。また,本件各明細書には,21B12と31H4は,PCSK9とLD
LRのEGFaドメインとの結合を極めて良好に遮断することも開示されている。
21B12は参照抗体1に含まれ,31H4は参照抗体2に含まれるから,21
B12と競合する抗体は参照抗体1と競合する抗体であり,31H4と競合する抗
体は参照抗体2と競合する抗体であることが理解できる。そうすると,本件各明細
書に接した当業者は,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個
の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加え
て,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同
様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体
を得られ,それが対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を有すると認
識できると認められる。
さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免
疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,21B12や
31H4と競合する,PCSK9−LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定す
るためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され,当業
者は,これらの記載に基づき,一連の手順を最初から繰り返し行うことによって,
本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗
体1又は2と競合する中和抗体を得ることができることを認識できるものと認めら
れる。
以上によれば,当業者は,本件各明細書の記載から,PCSK9とLDLRタン
パク質の結合を中和し,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル
抗体を得ることができるため,新規の抗体である本件発明1−1及び2−1のモノ
クローナル抗体が提供され,これを使用した本件発明1−2及び2−2の医薬組成
物によって,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連す
る疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減するとの課題を解決できること\nを認識できるものと認められる。よって,本件各発明は,いずれもサポート要件に
適合するものと認められる。
(3) 控訴人の主張について
控訴人は,本件各発明は,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件と,「結
合中和することができる」という解決すべき課題(所望の効果)のみによって特定
される抗体及びこれを使用した医薬組成物の発明であるところ,競合することのみ
により課題を解決できるとはいえないから,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかし,本件各明細書の記載から,「結合中和することができる」ことと,「参照
抗体と競合する」こととが,課題と解決手段の関係であるということはできないし,
参照抗体と競合するとの構成要件が,パラメータ要件であるということもできない。\nそして,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特
定されていくことは技術常識であり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,
その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認め\nられない(甲34,35)。
前記のとおり,本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,
本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するもので,参
照抗体と「競合」する単離されたモノクローナル抗体であること及びPCSK9と
LDLR間の相互作用(結合)を遮断(「中和」)することができるものであること
を構成要件としているのであるから,控訴人の主張は採用できない。\n
・・・
控訴人は,本件各発明は,抗体の構造を特定することなく,機能\的にのみ定義さ
れており,極めて広範な抗体を含むところ,当業者が,実施例抗体以外の,構造が\n特定されていない本件各発明の範囲の全体に含まれる抗体を取得するには,膨大な
時間と労力を要し,過度の試行錯誤を要するのであるから,本件各発明は実施可能\n要件を満たさない旨主張する。
しかし,明細書の発明の詳細な説明の記載について,当業者がその実施をするこ
とができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとの要件に適合することが求\nめられるのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程
度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰\nし,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになる
からである。
本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
PCSK9との結合に関して,参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗
体についての技術的思想であり,機能的にのみ定義されているとはいえない。そし\nて,発明の詳細な説明の記載に,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和す
ることができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体1又は2と競合する,単離
されたモノクローナル抗体の技術的思想を具体化した抗体を作ることができる程度
の記載があれば,当業者は,その実施をすることが可能というべきであり,特許発\n明の技術的範囲に属し得るあらゆるアミノ酸配列の抗体を全て取得することができ
ることまで記載されている必要はない。
また,本件各発明は,抗原上のどのアミノ酸を認識するかについては特定しない
抗体の発明であるから,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認
識する特定の抗体(EGFaミミック)が発明の詳細な説明の記載から実施可能に\n記載されているかどうかは,実施可能要件とは関係しないというべきである。\nそして,前記(1)のとおり,当業者は,本件各明細書の記載に従って,本件各明細
書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件各特許の特許請求の範
囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるのであ
るから,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得
る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。
よって,控訴人の主張は採用できない
◆判決本文
1審はこちらです。
◆平成29(ワ)16468
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