2018.11.13
平成29(行ケ)10191 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年10月29日 知的財産高等裁判所
審決は、記載不備(明確性、サポート要件、実施可能要件)と判断しましたが、知財高裁(2部)は、これを取り消しました。
イ(ア) 本願明細書には,前記(1)イのとおり,中間水について,少なくとも−
40度付近の温度において,規則化(コールドクリスタリゼーション)する傾向を
強く有するものと推察されること,規則化する強い傾向の存在により,不規則な状
態で凝固した状態からの加熱において,−40度付近で規則化に伴う発熱がみられ
ること,規則化に伴う発熱量は,規則化を生じている水の量,すなわち,中間水の
量に比例するものと推察されることが記載されている。
(イ) 前記(1)ウの甲1〜5の記載によると,中間水の量(Wfb)は,次の式
のとおり,低温結晶化した水におけるエンタルピー変化量(ΔHcc)と,水の融解熱
(Cp)から得ることができることが理解される。
Wfb=ΔHcc/Cp
この式を変形すると,ΔHcc=Cp×Wfb となり,低温結晶化した水におけるエン
タルピー変化量(ΔHcc),すなわち,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量
は,比例定数を Cp として,中間水の量(Wfb)に比例するといえる。
このことも,前記アと同様の理由により,日本バイオマテリアル学会の構成員や\n関係者には,平成21年の時点において,知られていたと認められるのであって,
本願明細書に記載された内容の「中間水」の量の計算方法は,本願出願時において,
当業者の技術常識になっていたと認められることができるというべきである。
そして,Cp は,純水の融解熱と等しいと考えられ,純水の融解熱が 334J / g であ
ることも,前記ウの甲2及び甲4の記載並びに証拠(甲11)及び弁論の全趣旨に
よると,当業者の技術常識であったと認められる。
したがって,当業者は,中間水の量の算出方法については,本願明細書の記載及
び本願出願時の技術常識に基づいて明確に理解することができたというべきである。
(3)ア 被告は,本願明細書から,「コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量
は,中間水の量に比例するものと推察される。」という認定aだけではなく,「中間
水の量は,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱ピークの挙動(コールドクリ
スタリゼーションに伴う発熱量は含水量の増加に伴って増加するが,ある含水量以
上では変化しなくなること)と,全含水量とから求めることができる。」という認定
b及び「中間水の量は,各含水量におけるコールドクリスタリゼーションに伴う発
熱量と0度付近の吸熱量の関係から中間水の最大量を求めてW0(試料の乾燥重量)
で除することにより求められる。」という認定cも認定できるところ,これらの認定
が共存するため,本願明細書から,当業者が中間水の量をどのように算出したらよ
いのか明確に理解することはできない旨主張する。
認定bは,前記(1)イ(イ)b(b)の本願明細書の記載に基づくものであり,認定cは,
前記(1)イ(イ)b(c)の本願明細書の記載に基づくものであるが,いずれも,中間水の量
を求める方法についての具体的な内容の説明はされていない。
一方,認定aは,前記(1)イ(イ)b(a)の本願明細書の記載に基づくものであるが,前
記(2)イのとおり,上記記載を含む本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識から,
中間水の量の算出方法を明確に理解することができる。
そうすると,当業者は,本願明細書に前記(1)イ(イ)b(b)及び(c)の記載があるからと
いって,本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識から明確に理解できる中間水
の算出方法を理解できなくなるというものではないというべきである。
イ 被告は,当業者は,発明の詳細な説明の記載に基づき,中間水のコール
ドクリスタリゼーションは通常の水の凍結とは異なる相転移であると理解されるか
ら,中間水のコールドクリスタリゼーションの単位潜熱(中間水の量を算出するた
めの比例定数)は,通常の水の凍結の場合の単位凝固潜熱334J/gとは異なる
値であると考えるのが自然である旨主張する。
しかし,前記(2)イのとおり,比例定数(Cp)は,純水の融解熱に等しいと考えら
れている。本願明細書に記載されたPMEAのコールドクリスタリゼーションに伴
う発熱量の最大値を中間水量で除した値が313J/gであるとしても,純水の融
解熱が334J/gであることは,当業者の技術常識である以上,当業者は,31
3J/gの方が誤差を含む数値であると考えるのか通常であると解されるのであっ
て,このことにより,当業者が,中間水のコールドクリスタリゼーションの単位潜
熱(中間水の量を算出するための比例定数)が,純水の単位凝固潜熱334J/g
とは異なる値であると考えるとはいい難い。
ウ 被告は,甲1〜5は,本願発明者やその共同研究者による文献であり,
中間水の概念は,本願発明者らの研究グループが独自に提唱したもので,本願発明
者らの研究グループ以外の当業者に,本願出願時までに広く知れ渡り,技術常識に
なっていたことを示す証拠はない旨主張する。
「中間水」の概念が本願発明者であるAにより構築されたことは,前記(2)アのと
おりであるが,前記(2)ア,イのとおり,「中間水」の概念及びその量の算出方法は当
業者の技術常識となったことが認められる。
エ 被告は,甲5は本願明細書で引用したものではなく,仮に当業者が甲5
を本願明細書の記載から探し当てることができたとしても,その記載内容が実質的
に発明の詳細な説明に記載されたに等しいものであるということはできない旨主張
する。
しかし,本願明細書の【0007】には【先行技術文献】として,「【非特許文献
1】バイオマテリアル 28−1,2010」と記載されているから,当業者であれ
ば,これは,バイオマテリアルという雑誌の28巻1号(出版年2010年)とい
うものであると理解する。そして,甲5は,その雑誌のその号に掲載されている。
しかも,上記の「非特許文献1」は,本願明細書の【0013】においても,「所定
量の水を含水した水和性組成物を一旦十分に冷却し,その後に比較的ゆっくりした\n速度で加熱した場合に,0℃以下の特定の温度域において所定の発熱を生じると共
に,−10度近辺から0度までの広い温度範囲において吸熱が観察されることが明
らかにされている(例えば,非特許文献1等を参照)。」という形で引用されている。
そうすると,当業者は,本願明細書の記載から,容易に甲5に行き着くものと考え
られるから,甲5は本願の発明の詳細な説明【0007】で引用されたものである
と認められる。
そして,甲5が,「中間水」の概念及びその量の算出方法が当業者の技術常識とな
ったことを裏付け得るものであることは,前記(2)ア,イのとおりである。
オ 被告は,本願発明の「中間水の量が1wt%以上,且つ30wt%以下」
がどの時点の中間水の量を意味するかについて,発明の詳細な説明に,発熱量が最
大値になる含水量の場合と飽和含水になった時点での含水量の場合という,相異な
る二通りの記載があるから,本願発明の技術的範囲が定まらない旨主張する。
しかし,前記(2)イのとおり,当業者は,本願明細書の記載及び出願当時の技術常
識に基づいて,中間水の量は,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と水の
融解熱から得ることができることが理解されるから,当業者が本願補正発明を実施
するに当たり,水和性組成物について,発熱量が最大値の中間水の量と,飽和含水
になった時点の中間水の量の二通りが記載されているとしても,水和性組成物の中
間水の量は,含水量にかかわらず,コールドクリスタリゼーションに伴う発熱量と
水の融解熱から一義的に決まるものであって,本願補正発明の技術的範囲が定まら
ないということはできない。
・・・
本件審決は,当業者が本願出願時の技術常識に照らしても本願明細書の記載から
中間水の量の算出方法を理解することができないから,表2に中間水量が記載され\nた具体的な組成物以外のものについては課題が解決できると認識することはできな
い旨判断したが,当業者が本願出願時の技術常識に照らして本願明細書の記載から
中間水の量の算出方法を理解することができることは,前記2のとおりであるから,
本件審決のサポート要件の有無の判断は,前提を欠き,誤りがある。
4 取消事由3(実施可能要件違反)について
本件審決は,当業者が本願出願時の技術常識に照らしても本願明細書の記載から
中間水の量の算出方法を理解することができないから,本願補正発明1及び4を当
◆判決本文
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2018.10.29
平成29(行ケ)10113 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年10月25日 知的財産高等裁判所
記載不備(明確性、サポート要件、実施可能要件)の無効理由無しとした審決が維持されました。
特許法36条6項2号の趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確
でない場合に,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となることによ
り生じ得る第三者の不測の不利益を防止することにある。そこで,特許を受
けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,
願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時にお
ける技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不
利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきものと解
される。
(3)ア そこで検討するに,本件明細書には,泡に関し,「本明細書で用いられ
る「泡」は,混合されて,可変長の時間持続する構造を有する小さい気泡\nのマスを形成する液体及び気体を意味する。」(【0036】),「気泡
は,液体のフィルムで取り囲まれた気体のセルである。」(【0037】)
との定義が記載されている。また,本件発明の発泡性組成物の作用効果に
関し,本件発明の組成物は,発泡性であるために,適用された部分に留ま
ることができ(【0015】),表面上に容易に広がる泡として分配でき\nる(【0018】)ものであって,空気と混合されるときに安定な泡を与
え,この泡は,個人的洗浄用又は消毒目的のために使用でき,例えばユー
ザーが両手をこすったとき又は表面上に塗布されたときに壊れること(【0\n041】),本発明の重要かつ驚くべき成果は,消毒に適する組成物が40%
v/vより多量のアルコールを含有すること,そして低圧容器及びエアゾール
包装容器の両者から化粧品として魅力的な泡として分配され得ること(【0
044】)がそれぞれ記載されている。
イ この点に関連して,泡に関する技術常識についてみると,「入門講座 泡
の化学」と題する論文(オレオサイエンス第1巻第8号。2001年発行。
甲12)には,「深い井戸からくみ上げた水に生ずる泡はきわめて微小な
気泡が多数水中に分散している。このように気体が液体または固体に包ま
れた状態を気泡(Bubble)という。泡は各種界面活性物質,または界面活
性剤の気・液界面への吸着によって起こる現象であって,洗濯時の洗濯機
の中の液やビールの泡のようにこれが多数集まって薄膜を隔てて密接に存
在するものを泡沫(Foam)と呼ぶ。気泡と泡沫の区別は形態的であるが前
者はただ一つの界面を有するのに対し,後者は2つの界面を有する。」(8
63頁左欄)との記載がある。
この論文の公開時期に鑑みれば,泡には,形態的に区別される気泡と泡
沫とがあり,気泡(Bubble)は,気体が液体又は固体に包まれた状態を指
し,ただ1つの界面を有するのに対し,泡沫(Foam)は,気泡が多数集ま
って薄膜を隔てて密接に存在し,2つの界面を有するものであることは,
親出願の出願日当時における当業者の技術常識であったと認められる。
ウ 以上のとおり,上記アに摘示した本件明細書に記載された定義と,本件
発明における泡の作用効果に関する記載からすると,本件発明における「泡」
との語は,上記イ記載の泡沫を意味するものであることは明らかである。
そして,本件明細書の記載及び親出願の出願日当時における当業者の技
術的常識を基礎とすると,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載が,第
三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
(4) 原告の主張について
原告は,本件明細書の段落【0036】における1)「可変長の時間持続す
る構造」が表\す時間の長さ,2)「構造」とは,気泡と気泡のマスのいずれを\n指すのか,3)「小さい気泡」とは,何と比較して小さいのか,がいずれも不
明であるから,請求項1の記載が不明確であると主張する。
しかし,上記(3)において説示したとおり,当業者は,本件発明における「泡」
との語が泡沫を意味すること,泡沫とは,気泡が多数集まって薄膜を隔てて
密接に存在するものであるから,これはすなわち気泡のマスであること,そ
して,本件明細書の段落【0036】における「構造」とは気泡のマスであ\nることをそれぞれ理解できるというべきである。
また,当該段落の「可変長の時間持続する」との語については,本件発明
の組成物が発泡性組成物であることによる作用効果に関する本件明細書の記
載からすると,本件発明の組成物は,適用された部分に留まることができ,
かつ,表面上に容易に広がる泡として分配できるものであって,例えばユー\nザーが両手をこすったとき又は表面上に塗布されたときに壊れる程度の安定\n性を有するほどに,泡の持続時間が様々であることと理解できる。
さらに,「小さい」との語についても,上記本件明細書における本件発明
の作用効果に関する記載に照らせば,化粧品として魅力的な泡といえる程度
の大きさをいうものと解するのが相当である。
したがって,この点についての原告の主張を採用することはできない。
◆判決本文
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2018.09.26
平成29(行ケ)10045 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年9月18日 知的財産高等裁判所
異議申立について応答せずに取消決定がなされました。これに対する取消訴訟です。\n知財高裁は、実施可能要件違反、サポート要件違反として異議決定を維持しました。なお、審決書に理由が記載されていなかったことは、取消理由通知に対する応答がなかったという特殊性もあり、実質問題なしと判断されました。\n
ア 実施可能要件適合性について
(ア) 原告は,「当業者が,エピトープについて具体的に特定する記載がな
い本件明細書の記載に基づいて,エピトープを決定してLRP6結合分
子を得るためには,過剰な実験を行う必要がある。」との本件異議申立\n書記載の主張に対し,本件明細書には,LRP6に関連するエピトープ
が示されており,当業者であれば,本件特許の優先日当時に利用可能な\n技術を用いることにより,インビトロで,エピトープを含む特定のペプ
チド(すなわち,プロペラ1領域又はプロペラ3領域のアミノ酸配列)
に結合する本件発明の候補となるLRP6抗体を十分な数で特定するこ\nとができ,また,本件明細書の記載及び本件特許の優先日当時の周知技
術を用いることにより,製造された結合分子の結合性及び活性を調べ,
その有用性を確認することができたと主張する。
(イ) 検討
a 物の発明について,明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要\n件に適合するというためには,当業者が,明細書及び図面の記載並び
に出願時の技術常識に基づいて,その物を生産でき,かつ,使用する
ことができるように具体的に記載されていることが必要であると解す
るのが相当である。
b 本件明細書の記載について
上記1(2)において認定したとおり,本件明細書には,本件発明に係
るLRP6結合分子のLRP6上の結合部分や結合によるWntリガ
ンドの結合阻害についての説明(【0015】,【0033】等)と
ともに,実施例1には,優先的にWnt1又はWnt3a誘導Wnt
シグナル伝達を阻害する抗LRP6アンタゴニストFabs(実験時
のプライベートネームであるFab003,Fab004,Fab0
15など7つのFabで記載)が同定された旨が記載されている(【0
226】〜【0228】)。
しかし,本件明細書には,上記各Fabがいかなる抗原結合部分を
含んでいるのか,すなわち,抗原結合部分やそれが認識するエピトー
プがいかなるアミノ酸配列等によって特定されるのかについて,これ
を具体的に示す記載はなく,その手掛かりとなる記載も見当たらない。
また,実験結果が記載されていたと推測される図は,全て欠落してい
る。
c 本件発明1〜22,31〜33は特定のアミノ酸配列の抗原結合部
分を含むLRP6結合分子,すなわち化学物質の発明である。そして,
上記bにおいて説示したとおり,本件明細書の記載から,実施例で得
られた各Fabのアミノ酸配列等の化学構造や認識するエピトープを\n把握することはできない。また,本件明細書には,Wnt1特異的等
の機能的な限定に対応する具体的な化学構\造等に関する技術情報も記
載されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明におけ
る他の記載及び本件特許の出願時の技術常識を考慮しても,特許請求
の範囲に規定されている300程度のアミノ酸の配列に基づき,Wn
t1に特異的である等の機能を有するLRP6結合分子を得るために\nは,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤をする必要があると認
めるのが相当である。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,本件明
細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,本件発明に
係る物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載
されているとはいえない。
(ウ) 原告の主張について
a 原告は,特定のエピトープに対応する抗原結合部分を有する抗体は,
汎用のファージディスプレイ法により取得することができるから,本
件発明に係る結合分子を得るために,当業者が期待し得る程度を超え
る試行錯誤は要しないし,本件明細書記載の機能アッセイにより得ら\nれた抗体の機能(Wnt特異性)についても,当業者は容易に確認す\nることができると主張する。
確かに,原告が主張する技術は,いずれも本件発明が属する技術分
野における一般的な技術である,抗体類の製造方法やリガンド・受容
体の結合アッセイ法であって,例えば,抗原又はエピトープが特定さ
れている場合に,ファージディスプレイ法等の周知の技術を適用する
ことによって,それに対応する抗体が得られることは技術常識である
といえる(この点,当事者間に争いはない)。しかし,本件発明に係
る「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特異的であり,優
先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,Wnt3a誘導
シグナル伝達経路を阻害しない」「LRP6結合分子」を生産するた
めには,まず,本件発明に係るLRP6の第1又は第3プロペラに相
当するそれぞれ300程度のアミノ酸の配列から,本件発明に係る特
異性を満たすエピトープになり得ると予想される特定の塩基配列を選\n定した上で,ファージディスプレイ法などの周知の手法によってそれ
らに対応する化学構造(アミノ酸配列)を有するペプチド(すなわち\nFab)を取得し,得られた多数のFabの中から,「Wnt1特異
的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,W
nt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」との機能を有するFa\nbを特定することが必要である。
これに対し,本件明細書には,本件発明に係る特異性を満たすエピ
トープとなり得ると予想される特定の塩基配列の具体的な選定方法に\nついて何ら記載がないから,本件明細書に基づいて本件発明のLRP
6結合分子を得ようとする当業者は,結局,発明者が本件発明を発明
した際に行ったのと同程度の試行錯誤をしなければならないところ,
これは当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いるものという
べきである。
すなわち,エピトープを特定すれば,それに対応する抗体は周知の
手法により得ることができるとはいえるものの,本件明細書には,そ
のエピトープについて,具体的なアミノ酸配列等のその構造に関する\n技術的特徴が実施例として開示されておらず,また,本件明細書にお
ける他の記載及び出願時の技術常識に基づいても,エピトープ又はそ
れに対応する抗体結合部分の具体的構造等を特定することができない\n以上,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて本
件発明に係る結合分子を容易に生産することができるとはいえない。
・・・
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請
求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範
囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明
の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認
識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも
当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認
識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解する
のが相当である。
b これを本件についてみると,本件発明1の技術的特徴は,原告が主
張するとおり,特定のWntとLRP6におけるその特定の結合部位
との関係(例えば,Wnt1の結合部位はプロペラ1の領域であるこ
と等)を有し,具体的な抗原結合部分(Fab)を備える「Wnt1
アンタゴニスト抗体」及び「Wnt3aアンタゴニスト抗体」にある
と認められる。そして,特許請求の範囲に記載されているとおり,「抗
原結合部分が,配列番号:1のアミノ酸20−326;または…のい
ずれかに含まれるか,またはいずれかと重複しているヒトLRP6(配
列番号:1)のエピトープに結合し」,「モノクローナル抗体の抗原
結合部分がWnt1特異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝
達経路を阻害するが,Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」
等の主として機能によって特定される広範な化学物質の発明について\n特許を受けようとするものである。
一方,上記ア(イ)bにおいて説示したとおり,本件明細書には,具
体的な抗体の抗原結合断片Fabを得たことをうかがわせるプライベ
ート番号(Fab003,Fab015など)が記載されているもの
の,それらの具体的なFabの構造(アミノ酸配列)も,当該抗原結\n合断片が認識するエピトープ(LRP6中の数個のアミノ酸配列)も
記載されていない(なお,上記のとおり,実験結果が記載されていた
と推測される図が全て欠落しているため,これらのFabが有する詳
細な機能・特性の検証自体が事実上不可能\である。)。そして,特許
請求の範囲には,「モノクローナル抗体の抗原結合部分がWnt1特
異的であり,優先的にWnt1誘導シグナル伝達経路を阻害するが,
Wnt3a誘導シグナル伝達経路を阻害しない」という機能的な特徴\nを有することが記載されているものの,これらの機能と得られたFa\nbの構造上の特徴等を関連づける情報も何ら記載されていない。\n
そうすると,本件発明1について,特許請求の範囲に記載された発
明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記
載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のも
のであるとも,また,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の
課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
このことは,本件発明2〜22,31〜33についても同様である。
・・・
そこで検討するに,特許異議の申立てについての決定には,決定の結論及\nび理由を記載しなければならない(特許法120条の6第1項4号)。
この点に関連して,特許法157条2項4号は,審決をする場合には審決
書に理由を記載しなければならないと定めている。この趣旨は,審判官の判
断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,
当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与
えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあ
るというべきであり,したがって,審決書に記載すべき理由としては,当該
発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者の技術上の常識又は
技術水準とされる事実などこれらの者にとって顕著な事実について判断を示
す場合であるなど特段の事由がない限り,前示のような審判における最終的
な判断として,その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示
することを要するものと解するのが相当である(最高裁昭和59年3月13
日第三小法廷判決・集民141号339頁)ところ,このことは特許異議の
申立てに係る決定についても同様と解される。\n
(3) 本件についてみると,上記第2の5において認定したとおり,本件取消決
定に係る決定書そのものには,結論に至った具体的な判断過程も,その根拠
となるべき証拠による認定事実も何ら記載されていない。
しかし,当該決定書には,「平成28年5月13日付けで取消理由を通知
し」,「上記の取消理由は妥当なものと認められる」との記載がされており,
本件取消理由通知書には,取消理由の要旨と,詳細については本件異議申立\n書を参照のこととの記載がされ,本件異議申立書には,本件特許が取り消さ\nれるべきであることについての理由が,証拠を具体的に摘示して,詳細に記
載されているのであるから,本件異議申立書,本件取消理由通知書及び本件\n取消決定に係る決定書の全体をみれば,当該決定書の記載が,審決の公正を
保障し,当事者が決定に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに
便宜を与え,決定の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にするという趣
旨に反するものとはいえない。また,本件異議申立手続において,被告が本\n件取消理由通知をしたのに対し,原告が応答をしなかったという経緯も踏ま
えれば,本件取消決定に係る決定書そのものに,結論に至った具体的な判断
過程や,その根拠となるべき証拠による認定事実が何ら記載されていないと
しても,上記の結論に変わりはないものというべきである。
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2018.07. 8
平成29(行ケ)10143 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年7月5日 知的財産高等裁判所
実施可能要件およびサポート要件に違反するとした無効審決が維持されました。\n
ところで,本件訂正発明のような有機アンモニウム化合物を含有するレジ
スト除去・洗浄剤では,レジスト除去は塩基の作用によるものであって,塩
基の濃度が高い,あるいは,pHが高いほど,その除去作用が強いという傾向
にあることは当業者における技術常識である(弁論の全趣旨)。また,回路
に用いられる代表的な導電性金属である銅やアルミニウムの腐食性が,接触\nする組成物・溶液の種類とそのpHに依存することも,当業者における技術常
識であり,例えば,アルミニウムは,接触する溶液の種類によるものの, pH
が12以上で不安定化する傾向にあることは周知の技術常識である(甲48)。
これらの技術常識に照らせば,当業者は,一般論として,塩基の濃度とpH
を調整することにより,レジスト除去に代表されるポリマー,エッチング・\nアッシング残渣の除去作用の強弱と,回路材料である金属の腐食作用の強弱
とを変化させることが可能であると一応理解できるというべきである。さら\nに,当業者は,本件明細書の段落【0089】の記載から,レジスト除去を
より高温で,より長時間行うと,より完全となる傾向があることも理解する
ことができる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,実際のpHが明らかにされた
具体的な組成物の記載は一切存在しないし(例えば,W3,W11〜W13
はpH<7,W5及びW6はpH>12であることが記載されているものの,具体的に
pHがいかなる値であったのかは明らかでない。),上記(3)において説示した
とおり,訂正後発明1に係る成分を含有し,基板からのポリマー,エッチン
グ・アッシング残渣除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲
に抑えることが両立している具体的な組成物の例も記載されていない。
また,本件明細書に記載されているその余の組成物についても,基板から
のポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属
の腐食作用の各程度を,同一の組成物について具体的に評価した例は発明の
詳細な説明に記載されておらず,実際のpHの値が具体的に明らかにされた組
成物すら記載されていない。
(5) 以上検討したところによれば,本件明細書に接した当業者は,塩基の濃度
及びpHと,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去作用,
及び回路材料である金属の腐食作用との間に関係性があるとの技術常識を考
慮して,pHを調整することにより,ポリマー,エッチング・アッシング残渣
の除去と金属で形成された回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることの両
立が可能であることを一応理解できるとはいえるものの,反面,本件明細書\nの発明の詳細な説明においては,当該調整の出発点となるべき具体的組成物
の実際のpHの値が一切明らかにされていない上,基板からのポリマー,エッ
チング・アッシング残渣の除去作用と回路材料である金属の腐食作用との関
係において,どの程度のpHの調整が必要であるのかについての具体的な情報
が余りにも不足しているといわざるを得ない。そのため,当業者が,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本件訂正発明に係る組成物を生
産しようとする場合,具体的に使用するレジストや回路材料等を念頭に置い
て,基板からのポリマー,エッチング・アッシング残渣の除去と回路の損傷
量を許容し得る範囲に抑えることとが両立した適切な組成物を得るためには,
的確な手掛かりもないまま,試行錯誤によって各成分の配合量を探索せざる
を得ないところ,このような試行錯誤は過度の負担を強いるものというべき
である。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,訂正後発明1〜7
の組成物を生産でき,かつ,使用することができるように具体的に記載され
ているものとはいえない。
・・・
しかし,上記2において説示したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明
には,上記2つの性質が両立していると具体的に評価された実施例に関する
記載はなく,技術常識を併せ考慮したとしても,当業者が本件訂正発明に係
る組成物を生産しようとする場合,過度の試行錯誤によって各成分の配合量
を探索せざるを得ない。
したがって,本件訂正発明1〜7に係る特許請求の範囲の記載は,技術常
識を考慮しても,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,集
積回路基板等から,ポリマー,エッチング残渣,アッシング残渣,又はそれ
らの組合せの除去と回路の損傷量を許容し得る範囲に抑えることとを両立さ
せることのできる組成物と認識できる範囲内のものであるとはいえない。
◆判決本文
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2018.06.27
平成29(行ケ)10153 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年6月19日 知的財産高等裁判所
「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の明確性、本件発明の課題が解決できるのかについてサポート要件違反が争われました。
上記記載事項によれば,めっき処理を行った亜鉛又は亜鉛系め
っき鋼板において,酸化性雰囲気中で加熱を行うことによって,亜鉛の蒸
発を阻止するバリア層として酸化皮膜層が形成されるが,亜鉛又は亜鉛系
めっきの共通成分は亜鉛であり,亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板がいずれも均
一な酸化皮膜を形成し,塗膜密着性,耐食性が良好という共通の性質を有
することが理解できる。そうだとすれば,当業者であれば,当然,本件発
明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は「亜鉛の酸化皮膜」
であると理解すると認められる。
してみると,本件発明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」
が,亜鉛系めっきに由来する亜鉛の酸化皮膜を意味することは明確である
といえる。このことは,本件発明1を引用する本件発明2ないし6及び(同
様の文言を有する)本件発明7についても同様である。
ウ 原告の主張について
原告は,本件訂正によって,特許請求の範囲の記載にあった「亜鉛また
は亜鉛系合金のめっき層」に代えて,「スズ−亜鉛合金めっき層」などの
具体的な合金めっき層が記載されたこと,本件明細書においては,「スズ
−亜鉛合金めっき」の具体例としては,「スズ−8%亜鉛合金めっき」の
みが記載されている(【0038】)こと,「スズ−8%亜鉛合金めっき」
を加熱した場合に生ずる変化については本件明細書に全く記載がないこと
などを挙げて,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が亜鉛の酸化皮膜でな
ければならないと当然に解釈できるとはいえないから,金属酸化物の種類
が不明確であると主張する。
しかしながら,本件明細書の記載から,亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板がい
ずれも均一な酸化皮膜を形成し,塗膜密着性,耐食性が良好という共通の
性質を有することが理解でき,当業者であれば,本件発明1の「加熱時の
亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は「亜鉛の酸化皮膜」であると理解する
と認められることは,前記ア,イのとおりである。他方,「スズ−8%亜
鉛合金めっき」についてのみ,これと異なる理解をすると認めるべき合理
的事情はない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
(2) 酸化皮膜の形成時期について
ア 原告は,本件訴訟におけるのと同様に,先行事件訴訟においても,「亜
鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期が明らかでないと主張して明確
性要件を争っており,その結果,原告の主張を排斥する先行事件判決がな
され,同判決は既に確定しているものである(当裁判所に顕著な事実)。
そうすると,原告が本件訴訟において再びこの点を争うことは,実質的
に前訴の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義則に反するものとして許されな
いというべきである。
よって,この点に関する原告の主張も採用できない。
イ 念のため,中身について検討してみても,この点に関しては,先行事件
判決が示すとおり,本件明細書の【0018】には,酸化皮膜は熱間プレ
スに先立つ加熱前にある程度形成されることが必要で,その後熱間プレス
加工のための700〜1000℃の加熱によっても形成が進むと推測され
ることが記載され,【0042】及び【0043】には,酸化皮膜は,熱
間プレス加工のため700〜1000℃に加熱する前に,予め形成されて\nいる場合と形成されていない場合があることを前提として,予め酸化皮膜\nが形成されている材料の場合には,酸化皮膜の維持に悪影響がない限り熱
間プレスのための加熱方法については特に制限がないことが記載され,さ
らに,【0064】及び【表5】には,実施例No.2,3として,電気\nめっきを施した後,熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃,3分間
行ったものについて均一な酸化皮膜が形成されたことが記載されていると
ころ,電気めっきにおいては,めっき層は加熱されないことから,上記実
施例はいずれも熱間プレスに先立つ加熱前に予め酸化皮膜が形成されてい\nない場合であって,この場合の酸化皮膜は,熱間プレスのための加熱(大
気炉で850℃,3分間)により形成されたものと理解することができる。
そうすると,本件発明の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は,
熱間プレスの加熱前に,予め形成されている場合,ある程度形成されてい\nてその後熱間プレスの加熱時に形成が進む場合,予め形成されていないが\n熱間プレスの加熱により形成される場合のいずれでもよいことから,その
形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当である。
したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし6並びに
本件発明7の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期は,
本件明細書の発明の詳細な説明を参照すれば明確というべきであるから,
原告の主張はいずれにしても失当である。
(3) 「700〜1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス
用」について
ア 本件明細書の【0016】ないし【0018】,【0029】,【00
34】,【0042】,【0044】,【0048】,【0050】及び
【0064】には,熱間プレスは700〜1000℃という温度で加熱す
ることを意味すること,熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼き入
れを行うことから,そのような焼き入れを可能とする鋼種を用いること,\n熱間成形後に急冷して高強度,高硬度となる焼き入れ鋼,例えば表1にあ\nるような鋼化学成分(鋼種A等)の高張力鋼板が実用上は特に好ましいこ
と,700〜1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行い,めっき
層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層\nとして全面的に形成されていること,具体的には,表1に示す鋼種Aを,\n大気雰囲気の加熱炉内で950℃×5分加熱して,加熱炉より取り出し,
このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行うこと,また,熱間
プレスに先立つ加熱を,大気炉で850℃,3分間行うことが記載されて
いる。
そして,これらの記載によれば,本件発明1の「700〜1000℃に
加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という文言において,
1)「700〜1000℃に加熱されて」は,熱間プレスの加熱条件であり,
2)「プレスされ焼き入れされる」は,成形と同時に焼き入れを行う熱間プ
レス成形の特徴であり,3)「用」という文言の意味は,「(接尾語的に)
…に使うためのものの意を表す」(広辞苑第六版)であることからすると,\n「熱間プレス用」は,後に続く,本件発明1の「鋼板」を修飾し,鋼板が
熱間プレスに使うためのものであることを意味するものと理解できる。
してみれば,「700〜1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れさ
れる」は,「熱間プレス」の加熱条件及び特徴を表現するものと理解でき\nるから,本件発明1の「700〜1000℃に加熱されてプレスされ焼き
入れされる熱間プレス用」という文言は明確である。このことは,本件発
明1を引用する本件発明2〜6及び(同様の文言を有する)本件発明7に
ついても同様である。
イ 原告の主張について
原告は,本件発明は用途発明であるとした上で,種々理由を述べて,「7
00〜1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」
という記載の意味が不明確であると主張する。
しかしながら,前記アのとおり,「700〜1000℃に加熱されてプ
レスされ焼き入れされる」は,「熱間プレス」の加熱条件及び特徴を表現\nするものと認められるから,その余の点について判断するまでもなく,本
件発明1の「700〜1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる
熱間プレス用」という文言の意味は明確である。
また,本件発明1が用途発明であるか否かは,その結論を左右するもの
ではない。
◆判決本文
関連事件は以下です。
◆平成26(行ケ)10201
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2018.05. 9
平成27(ワ)21684 特許権 民事訴訟 平成30年4月20日 東京地方裁判所(40部)
特許権侵害事件です。争点は、本件発明「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」は製造方法の発明か、サポート要件違反、実施可能要件違反などです。製造会社だけでなく、商社、コンビニが被告とされています。裁判所は、製造方法の発明かについては判断することなく、サポート要件違反・実施可能\要件違反として無効と判断しました。
ところで,耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより,
缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは,本件特許の出願日当時,
当業者に周知であるということができる(乙34〜36)。例えば,特開平
7−232737号公開特許公報(乙36)には,「エポキシ系樹脂組成物
を被覆した場合,ワイン系飲料に含まれる亜硫酸ガス(SO2)をはじめと
するガスに対するガスバリヤー性が劣っており,かつフレーバー成分の収
着性が高い。例えば,ワイン系飲料等を充填した場合,含有する亜硫酸ガ
ス(SO2)が塗膜を通過して下地の金属面を腐食する虞があり,場合によ
っては内容物が漏洩することもある。この亜硫酸ガスは下地の金属と反応
して硫化水素(H2S)を発生させるが,この硫化水素(H2S)は悪臭の
主要因となるばかりでなく,飲料の品質保持のため必要な亜硫酸ガス(S
O2)を消費するため飲料の品質を劣化させフレーバーを損なうこととな
る。また,この樹脂組成物は飲料中のフレーバーを特徴付ける成分を収着
しやすく,飲料用金属容器の内面に被覆するには官能的に充分満足のでき\nるものではない。」(段落【0004】),「一方,ビニル系樹脂組成物を被覆
した場合,…エポキシ系樹脂組成物と同様に亜硫酸ガス(SO2)等に対す
るガスバリヤー性に乏しく,やはり腐食や漏洩の危険性及び官能的な問題\nがある。」(段落【0005】)との記載がある。これによれば,耐食コーテ
ィングに用いる材料や成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等
に大きな影響を及ぼすことは,本件特許の出願日当時の技術常識であった
ということができる。
上記のとおり,耐食コーティングに用いる材料の成分が,ワイン中の成
分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと,
本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティング
についても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業
者が認識し得るように記載することを要するというべきである。
この点,原告は,本件発明の課題は,ワイン中の遊離SO2,塩化物及び
スルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであ
り,耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。
しかし,塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し,
缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表,乙\n35の第2,3表等),ワイン中の遊離SO2,塩化物及びスルフェートの\n含有量を所定値以下にすれば,コーティングの種類にかかわらず同様の効
果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
(4) 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなく
とも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があると\nいうことはできない。そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)によ
り当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討
する。
ア 本件明細書には,「パッケージングされたワインを,周囲条件下で6ヶ
月間,30℃で6ヶ月間保存する。50%の缶を直立状態で,50%の缶
を倒立状態で保存する。」(段落【0038】)との方法で試験が行われ
た旨の記載がある。しかし,本件明細書には,当該「パッケージングされ
たワイン」の「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度,そ
の他の成分の濃度,耐食コーティングに用いる材料や成分等については何
ら記載がなく,その記載からは,当該「パッケージングされたワイン」が
本件発明に係るワインであることも確認できない。
イ また,本件明細書には,試験方法について,「製品を2ヶ月の間隔を置
いて,Al,pH,°ブリックス(Brix),頭隙酸素及び缶の目視検査に関
してチェックする。…目視検査は,ラッカー状態,ラッカーの汚染,シー
ム状態を含む。…官能試験は,味覚パネルによる認識客観システムを用い\nる。」(段落【0039】)との記載がある。「頭隙酸素」については,
乙29文献(4頁下から2行〜末行)に「ヘッドスペースの酸素は,アル
ミニウムの放出に関して非常に重大である」との記載があるとおり,ワイ
ンの品質に大きな影響を与え得る因子であり,「官能試験」はワインの味\n質の検査であるから,いずれもその方法や結果は効果の有無を認識する上
で重要である。しかし,本件明細書には,「頭隙酸素」のチェック結果や
「目視検査」の結果についての記載はなく,「官能試験」についても「味\n覚パネルによる認識客観システム」についての説明や試験結果についての
記載は存在しない。
ウ さらに,本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定
した上でその濃度の範囲を規定するものであるから,比較試験を行わない
と本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが,
本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しな
い。このため,当業者は,本件発明で特定されている「遊離SO2」,「塩
化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ,「遊離
SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載
された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないか
どうかを認識することができない。
加えて,耐食コーティングについては,試験で用いられたものが本件明
細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく,まし
て,エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを
具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は,
ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など,基本的な数値,条件
等が開示されていないなど不十分のものであり,比較試験に関する記載も\n一切存在しない。また,当該試験の結果,所定の効果が得られるとしても,
それが本件発明に係る「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」の
濃度によるのか,それ以外の成分の影響によるのか,耐食コーティングの
成分の影響によるのかなどの点について,当業者が認識することはできな
い。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された
「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足り
る具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,
当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきであ
る。
オ この点,原告は,本件発明の特徴的な部分は,従来存在しなかった技術
思想であり,「塩化物」等の濃度には臨界的な意義もないので,その裏付
けとなる実験結果等の記載がないとしてもサポート要件には違反しない
と主張する。
しかし,前記判示のとおり,特許請求の範囲に記載された構成の技術的\nな意義に関する本件明細書の記載は不十分であり,具体例の開示がなくて\nも技術常識から所望の効果が生じることが当業者に明らかであるという
ことはできない。また,「遊離SO2」,「塩化物」及び「スルフェート」
に係る濃度については,その範囲が数値により限定されている以上,その
範囲内において所望の効果が生じ,その範囲外の場合には同様の効果が得
られないことを比較試験等に基づいて具体的に示す必要があるというべ
きである。
・・・
(5) 以上のとおり,本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが,
本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成
成分について,本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされている\nとはいい難いことに照らすと,本件明細書の発明の詳細の記載は,当業者が
実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず,特許\n法36条4項1号に違反するというべきである。
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2018.04.24
平成29(行ケ)10138 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年4月18日 知的財産高等裁判所
サポート要件、実施可能要件について、無効理由なしとした審決が維持されました。\n
原告は,図1に示された気体溶解装置は,加圧型気体溶解手段3によって生成さ
れ,溶存槽4に貯留された水素水を気体溶解装置の内部で循環させるようには構成\nされておらず,図3に示された気体溶解装置は,その内部に,「溶存槽4(41,4
2)」に貯留された水素水を「加圧型気体溶解手段3」に送出する「加圧送水通路」
を備えてはいないから,本件発明1は,図1に示された気体溶解装置,図3に示さ
れた気体溶解装置のいずれによってもサポートされていない旨主張する。
しかし,本件明細書には,図1に示された気体溶解装置について,「溶存槽4に保
存された液体は,降圧移送手段5である細管5a内で層流状態を維持して流れるこ
とで降圧され(S6),水素水吐出口10から外部へ吐出される(S7)。」(【003
4】)との記載がある一方で,「本発明の気体溶解装置1は,加圧型気体溶解手段3
で加圧して気体を溶解した液体を,排出せずに循環して加圧型気体溶解手段3に送
り,循環した後に,降圧移送手段5に送る」(【0037】)との記載がある。したが
って,図1に示された気体溶解装置は,加圧型気体溶解手段3によって生成され,
溶存槽4に貯留された水素水を気体溶解装置の内部で循環させるように構成されて\nいると認められる。
また,本件明細書には,前記イのとおり,本件発明1の「溶存槽」と「加圧型気体
溶解手段」との間に水素水を循環させる経路として,ウォーターサーバーを用いる
場合,水槽を用いる場合,加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体を,
排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る経路を用いる場合の開示がある一方,
これらの場合に循環の経路が限定されるとの記載や示唆はない。したがって,当業
者であれば,本件発明1においては,水素水が,これらの場合を含む何らかの経路
で循環すればよく,図3に示された気体溶解装置は,水素水を「送出し加圧送水し
て循環させ」る経路の例示にすぎないことを理解できる。
よって,原告の主張は採用することができない。
・・・
原告は,請求項1及び8はウォーターサーバーを発明特定事項としていないが,
実施例1,3ないし13には,図3に示すウォーターサーバーに気体溶解装置を接
続した場合の実験条件しか記載されていない,また,実施例2は,図1に示す気体
溶解装置を用いたものであるが,どのように水素水を生成,循環させたのか不明で
あるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1及び8を実施できる程度
に明確かつ十分に記載されているとはいえない旨主張する。\nしかしながら,本件発明1及び8は,本件明細書に例示された,ウォーターサー
バーを用いる場合,水槽を用いる場合,加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解
した液体を,排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合を含む,何らかの
経路により水素水を循環させるものであることは,前記2(3),(4)で検討したとおり
である。そして,本件明細書には,ウォーターサーバーを用いた実施例1,3ないし
13の実験条件が,他の経路により循環させる構成について当てはまらないと解す\nべき根拠となる記載はない。
また,実施例2についても,加圧型気体溶解手段で加圧して気体を溶解した液体
を,排出せずに循環して加圧型気体溶解手段に送る場合を含む,何らかの経路によ
り水素水を循環させるものであると理解することができる。
そうすると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明を参考にして,本件発明
1及び8を実施することができるといえるから,原告の主張は採用できない。
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2018.04.24
平成29(行ケ)10051 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年4月12日 知的財産高等裁判所(3部)
暗号化回路について、実施可能要件違反とした審決が維持されました。\n
そうすると,本願発明の目的である「サイドチャネルを利用した攻撃
から回路を保護すること」は,段落【0009】,【0010】及び
【0041】で言及されているサイドチャネルを利用した攻撃から関数
鍵 kc を保護することを意味し,この保護は関数鍵 kc を第2の鍵(又は
非機能の鍵)ki でマスクする,すなわち kc と ki を XOR 演算することに
よって達成されるものと理解される。換言すれば,本願発明の暗号回路
においてサイドチャネルを利用した攻撃の目標として想定されているの
は関数鍵 kc であり,この関数鍵 kc をそのような攻撃から保護するため
に第2の鍵 ki を必要とし,関数鍵 kc を第2の鍵 ki と XOR 演算すること
によってマスクする(マスク鍵 kc(+)ki とする)という方法によって,関
数鍵 kc の保護が達成されるものと把握される。
さらに,本願明細書等には,サイドチャネルを利用した攻撃の具体的
な目標として関数鍵 kc 以外のものは記載されていない。
このように,本願発明が想定している攻撃目標は関数鍵 kc であり,
それ以外の攻撃目標を想定しない以上,本願発明の暗号回路が出力する
暗号文 y の秘密性は関数鍵 kcに依拠し,暗号文の計算手順(すなわち本
願発明の「暗号化アルゴリズム」)に依拠するものではないと認められ
る。そうであれば,関数鍵 kc が判明すれば,本願発明により出力され
る暗号文 y を解読し得ることになる。これは,本願発明の暗号回路が出
力する暗号文 y の暗号鍵が関数鍵 kcであることを意味する。すなわち,
本願発明は,秘密情報である関数鍵 kcを用いて平文 x から暗号文 y を計
算する関数を F で表したとき,y=F(x,kc)を満たす暗号文 y を出力す
る暗号回路であると認められる(以下,この技術思想を「本願技術思想
1)」という。)。
このように理解することは,本願明細書等の「関数鍵 kc が回路21
の暗号化を実施する役割を果たす。この暗号化は例えばレジスタ22の
内部で入力変数 x を暗号化された変数 y=DES(x,kc)に変換する DES
アルゴリズム23である。」(【0040】)との記載とも整合する。
・・・
上記本願技術思想1)及び2)によれば,本願発明の暗号回路を具現化
するためには,暗号回路によって実際に計算された暗号文と,暗号化ア
ルゴリズム F に基づいて計算された暗号文とが等しいこと,すなわち
G(x,kc(+)ki)=F(x,kc)
を満たすことが要求される(以下,この要求を「本願発明の技術的要求」
という。)。
しかし,本願発明の技術的要求を満たす関数 G を構成する計算方法\nが,当業者の技術常識に鑑みて自明であると認めるに足りる証拠はない。
そこで,G(x,kc(+)ki)の具体的な計算方法が本願明細書等に示されて
いるかについて,以下検討する。
・・・
以上のとおり,本願明細書等の図1及び2に示される回路において
は,そもそもマスク鍵 kc(+)ki が計算されているとは認められないこと
から,両図の回路をもって関数 G(x,kc(+)ki)の具体的態様を開示し
たものということはできない。
d また,段落【0028】記載の「【数2】K(+)M」は,2つの値が
XOR 演算されているという点で本願発明のマスク鍵と共通するもの
の,記号が異なることから,本願発明を説明したものとは認められな
い。
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2018.04.13
平成29(行ケ)10127 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年3月29日 知的財産高等裁判所
明確性違反および実施可能要件違反の無効を主張しましたが、審決、知財高裁とも無効理由無しと判断しました。
原告は,平成13年(2001年)以降でさえ,先行技術(甲20)と
技術常識に基づいて,外部から侵入した水分による劣化を防止しているとはいえ
ない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布の実現は不可能であったのであり,\n本件明細書の「フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,形成温度,粘度やフ
ォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整することによって種々の分
布を実現することができ」(【0047】)との記載は,本件構成に対応する技\n術的手段が単に抽象的に記載されているだけで,当業者が発明の実施をすること
ができない記載にすぎないことを意味するものに他ならないから,実施可能要件\nを欠くというべきであって,審決の結論には明らかな違法がある旨主張する。
明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができ
る程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号)。\n本件発明は,「発光装置と表示装置」(発光ダイオード)という物の発明であるとこ\nろ,物の発明における発明の「実施」とは,その物の生産,使用等をする行為をい
うから(特許法2条3項1号),物の発明について実施をすることができるとは,そ
の物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであると解
される。
本件明細書には,「蛍光体の分布は,フォトルミネセンス蛍光体を含有する部材,
形成温度,粘度やフォトルミネセンス蛍光体の形状,粒度分布などを調整すること
によって種々の分布を実現することができ,発光ダイオードの使用条件などを考慮
して分布状態が設定される。」(【0047】)との記載があることから,蛍光体の濃
度分布を適宜調整することにより,本件発明の「コーティング樹脂中のガーネット
系蛍光体の濃度が,コーティング樹脂の表面側からLEDチップ側に向かって高く\nなっている」発光ダイオードを生産することができ,かつ,使用することができる
ことは,本件明細書に接した当業者にとって明らかであると認められる。
したがって,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明を実施することがで
きる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められるから,その旨の審決の\n判断に誤りはない。
これに対し,原告が主張する,外部から侵入した水分による劣化を防止している
とはいえない程度に蛍光体の沈降が抑えられた濃度分布とは,本件構成に係る「コ\nーティング樹脂中のガーネット系蛍光体の濃度が,コーティング樹脂の表面側から\nLEDチップ側に向かって高くなっている」ものではない状態を示すものである。
そうすると,仮に,このような濃度分布について,発明の詳細な説明や出願時の
技術常識を考慮しても実現することができない,又は,その実現に過度の試行錯誤
を要するとしても,このことは,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が本件
発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとの前記認定を左右するも\nのではない(発光ダイオードの製造工程において,蛍光体がコーティング樹脂中を
沈降することによって,本件構成を満足するものを製造することができることにつ\nいては,当事者間に争いがないものと解される。)
◆判決本文
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2018.02.17
平成28(行ケ)10218 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年1月30日 知的財産高等裁判所
実施可能要件、サポート要件違反とした拒絶審決が取り消されました。なお、意見を述べる機会を与えなかった点について、手続違背もありと認定されています。
本願明細書の上記記載によれば,同配列アンタゴニスト化合物は,
アゴニスト作用を示していたIMOについて,「GACG」部分に化学修飾を導入し
て同部分をN2N1CGモチーフにすることにより,アンタゴニスト作用を示すに至
ったことが認められる(以下,当該作用変化を「本件反転作用」という。)。
このような記載に接した当業者は,本件反転作用を生じさせた原因となる部分は,
その他の配列が同一である以上,化学修飾を導入したN2N1CGモチーフに存在す
るものと理解するのが自然である。のみならず,本願明細書の前記a(c)の記載に接
した当業者は,細菌性及び合成DNAの塩基配列には様々なものがあるにもかかわ
らず,TLR9がそれらに存在する非メチル化CpGモチーフを認識するのである
から,IMOの「GACG」部分にある非メチル化CpGモチーフがTLR9に結
合するものと理解するといえる。そのため,本件反転作用の原因は,TLR9に結
合する「GACG」部分に化学修飾を導入し,これをN2N1CGモチーフとするこ
とによって,上記の結合部分に何らかの変化が生じたことによるものと理解するの
が自然である。
そうすると,12種類化合物の配列は,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接
するオリゴヌクレオチド部分配列(以下「5’末端側隣接配列」という。)が全て「C
TATCT」という一つの配列のみであり,かつ,N2N1CGモチーフの3’末端
側に隣接するオリゴヌクレオチド部分配列(以下「3’末端側隣接配列」という。)
が「TTCTCTGT」又は「TTCTCUGU」という類似する二つの配列のみ
であるものの,当業者は,本件反転作用を生じさせた部分は,N2N1CGモチーフ
自体であって,5’末端側隣接配列又は3’末端側隣接配列ではないと理解するの
であるから,N2N1CGモチーフを有する本願IRO化合物も,12種類化合物と
同様に,アンタゴニスト作用を奏する蓋然性が高いものと論理的に理解するのが自
然である。そして,当業者は,TLR9のアンタゴニストとして作用し得る本願I
RO化合物が,少なくともTLR9のアゴニスト作用が原因となる癌,自己免疫疾
患,気道炎症,炎症性疾患,感染症,皮膚疾患,アレルギー,ぜんそく又は病原体
により引き起こされる疾患を有する脊椎動物を治療的に処置し得ることを十分に理\n解することができるといえる。
したがって,本願明細書に接した当業者は,本願IRO化合物が高い蓋然性をも
ってTLR9のアンタゴニスト作用を奏し,かつ,TLR9のアンタゴニストとし
て作用し得る本願IRO化合物がTLR9のアゴニスト作用を原因とする上記各疾
患を治療的に処置し得ることを理解することができるのであるから,本願明細書中
の発明の詳細な説明の記載は,当業者によって本願出願当時に通常有する技術常識
に基づき本願発明の実施をすることができる程度の記載であると認めるのが相当で
ある。
以上によれば,本願明細書の記載により,本願IRO化合物が全て,TLR9の
アンタゴニスト作用を有するものであることを当業者が認識できるとはいえないな
どとして,本願発明が実施可能要件に適合するものではないとした審決の判断には\n誤りがあり,TLR9についての原告の取消事由3は,理由がある。
c これに対し,被告は,実施例11に示されている同配列アンタゴニス
ト化合物につき,5’末端側隣接配列が「CTATCT」であり,かつ,「N1N2N
3−Nm」が「TTCTCTGT」である化合物が示されるのみであって,それ以外
の本願IRO化合物は示されていないことからすると,アンタゴニスト作用が「C
pGジヌクレオチド」に結合した結果であるのか,あるいは,それ以外の共通する
部分に結合した結果であるのかは定かでなく,また,本願明細書の発明の詳細な説
明には,本願IRO化合物のうち,実施例11に示された化合物以外のものが,実
施例11に示された化合物と同様にアンタゴニスト作用を有することを示唆する記
載もなく,この点が技術常識であるともいえないなどと主張する。
しかしながら,同配列アンタゴニスト化合物は,上記bにおいて説示するとおり,
アゴニスト作用を示していたIMOについて,「GACG」部分についてのみ化学修
飾を導入して同部分をN2N1CGモチーフにすることにより,本件反転作用を奏す
るに至ったのであるから,このような記載に接した当業者は,本件反転作用を生じ
させた部分は,化学修飾を導入したN2N1CGモチーフに存在するものと論理的に
理解するのが自然であるといえる。そうすると,当業者は,実施例11に示された
化合物以外のものであっても,少なくともTLR9については,N2N1CGモチー
フが存在すれば,高い蓋然性をもってアンタゴニスト作用を示すものと理解すると
認めるのが相当である。
したがって,被告の主張は,その他の主張を含め,本件反転作用の技術的意義を
正解しないものに帰し,採用することができない。
このような適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は,複数の発明が同時に
出願されている場合の拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定の理由が解消さ
れている一方,複数の発明に対する上記拒絶査定の理由とは異なる拒絶理由につい
て,一方の発明に対してはこれを通知したものの,他方の発明に対しては実質的に
これを通知しなかったため,審判請求人が補正により特許要件を欠く上記他方の発
明を削除する可能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充\n足する上記一方の発明についてまで拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れ
る機会を失ったといえるときにも,当然妥当するものであって,このようなときに
は,当該審決に,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手続違背の
違法があるというべきである。
イ これを本件についてみると,前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全
趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
・・・
(ウ) 原告は,本件拒絶査定不服審判において,平成27年9月16日付け
の拒絶理由通知(甲16)を受けた(以下,当該拒絶理由通知を「本件拒絶理由通
知」といい,本件拒絶理由通知に係る拒絶理由を「本件拒絶理由」という。)。請求
項1,請求項8及び請求項13に対する本件拒絶理由は,大要次のとおりである。
a 請求項1,3,4及び7ないし17(請求項3を追加する前のもの)
証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,本件拒絶理由通知では,実施例にお
いてアンタゴニスト作用を有することが証明された化合物のうち,本願IRO化合
物に含まれるものは,IRO5,10,17,25,26,33,34,37,3
9,41,43及び98であるとして,これらの12種類化合物に限定して検討を
加えていること,12種類化合物は,いずれもTLR9に対してアンタゴニスト作
用を有するものであるが,IRO5に限り,TLR9のほか,TLR7及び8に対
してもアンタゴニスト作用を有するものであること,本件拒絶理由通知では,12
種類化合物を全体として比較して,N2N1CGモチーフの5’末端側に隣接する部分
の塩基配列及びN2N1CGモチーフの3’末端側に隣接する部分の塩基配列が,それ
ぞれ類似の二通りのみであることを根拠として,請求項1,3,4及び7ないし1
7に係る各発明の実施可能要件及びサポート要件違反を示していること,そのため,\n本件拒絶理由通知では,IRO5に固有の問題を検討するものではなく,TLR9
に対するアンタゴニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討しているこ
と,以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば,本件拒絶理由通知は,TLR9に対してアンタゴニスト
作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり,TLR7及び8に
対してもアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒絶理
由を通知するものではないから,実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由を示
すものではないと認めるのが相当である。
b 請求項8,13,16及び17(請求項3を追加する前のもの)
証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,本件拒絶理由通知は,請求項8に係
る発明につき,「本願明細書ではTLRとして「TLR7」,「TLR8」及び「TL
R9」に対する各種IROのアンタゴニスト作用を確認しただけであって,他のT
LRに対してもアンタゴニスト作用を有することは確認されていない。」,「請求項
8の「TLR媒介免疫反応」のうち,「TLR7」,「TLR8」又は「TLR9」の
媒介免疫反応以外の免疫反応については,本願発明のIRO化合物が阻害効果を示
すことが確認できない。」と記載し,また,請求項13に係る発明につき,「請求項
13の「TLRにより媒介される疾患」のうち,「TLR7」,「TLR8」又は「T
LR9」によって媒介される疾患以外の疾患については,本願発明のIRO化合物
が治療効果を示すことが確認できない。」と,それぞれ記載していることが認められ
る。
上記認定事実によれば,本件拒絶理由通知は,文言上,少なくとも,TLR7な
いし9については,アンタゴニスト作用及びその治療効果を有することが確認され
たことをいうものと理解するのが自然である。
・・・
(オ) その後,特許庁は,原告に対し,改めて拒絶理由を通知することなく,
平成28年5月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
ウ 前記イ(ウ)aによれば,本件拒絶理由通知は,TLR9に対してアンタゴ
ニスト作用を有する12種類化合物のみの問題を検討するにとどまり,TLR7及
び8に対してアンタゴニスト作用を有するIRO5に固有の問題を検討した上で拒
絶理由を通知するものではないから,実質的にはTLR7及び8に対する拒絶理由
を示すものではないことが認められる。のみならず,TLR7及び8については,
本件反転作用を裏付ける実施例はない上,そもそも認識するアゴニストの対象が,
TLR9とは異なり,一本鎖RNAウイルスであると認められるのであるから,T
LR7及び8の拒絶理由には,TLR9の拒絶理由とは異なる固有の理由が存在す
ることは明らかであるにもかかわらず,本件拒絶理由通知は,これを通知していな
いことが認められる。
そして,前記イ(エ)によれば,原告は,本件拒絶理由を受けて,その理由を解消す
るために,TLR1ないし6に係る発明部分を削除しているのであり,このような
経緯に鑑みると,原告は,TLR7及び8についても拒絶理由を実質的に通知され
ていた場合には,TLR7及び8に係る発明部分についても,TLR1ないし6に
係る発明部分と併せて補正によって削除した可能性が高いものと認められる。\nのみならず,前記イ(ウ)bによれば,請求項8,13,16及び17に係る各発明
に対する本件拒絶理由通知は,文言上,少なくとも,TLR7ないし9については,
アンタゴニスト作用及びその治療効果を有することが確認されたことをいうものと
理解するのが自然であるから,このような記載に接した原告が,少なくともTLR
7ないし9については,アンタゴニスト作用を有することが確認されたため,実施
可能要件及びサポート要件違反はないものと理解したのもやむを得ないところであ\nる。現に,原告は,前記イ(エ)によれば,本件拒絶理由通知を踏まえ,請求項9及び
14においては,TLR1ないし6を削除して,TLR7ないし9に限定する補正
をしている事実が認められるのであるから,このような事実からも,上記の原告の
理解が十分に裏付けられるといえる。そうすると,TLR7ないし9についてもア\nンタゴニスト作用を有するものであるとすることはできないとして,本願発明が実
施可能要件及びサポート要件に適合しないとした審決の判断は,実質的にみれば,\n上記の経過に照らし,原告にとっては,不意打ちというほかなく,不当であるとい
うほかない。
これらの事情の下においては,本件拒絶査定不服審判において,従前の拒絶査定
の理由とは異なる拒絶理由について,TLR9に係る発明に対してはこれを通知し
たものの,TLR7及び8に係る各発明に対しては実質的にこれを通知しなかった
ため,原告が補正により特許要件を欠くTLR7及び8に係る各発明を削除する可
能性が認められたのにこれを削除することができず,特許要件を充足するTLR9\nに係る発明についてまで本件拒絶査定不服審判の不成立審決を最終的に免れる機会
を失ったものと認められる。
したがって,審決には,特許法50条を準用する同法159条2項に規定する手
続違背の違法があるというべきであり,当該手続違背の違法は,審決の結論に影響
を及ぼすというべきであるから,取消事由1は,理由があるものと認められる。
エ これに対し,被告は,前記イ(ウ)aのとおり,サポート要件違反と実施可能\n要件違反をいう請求項1に係る本件拒絶理由は,旧請求項3及び4,7なしい17
についても存在する旨通知されているのであるから,審決が本件拒絶理由とは異な
る新たな拒絶理由に基づき実施可能要件及びサポート要件に適合しないと判断した\nとする原告の主張は,前提を欠くものであるなどと主張する。
しかしながら,上記ウで説示したとおり,本件拒絶査定不服審判において,本件
拒絶理由通知では,TLR9に関する拒絶理由のみを通知し,実質的にはTLR7
及び8に関する拒絶理由を通知しなかったため,原告はTLR7及び8に係る各発
明を削除するなどの補正をする機会を失うことになり,実施可能要件及びサポート\n要件をいずれも充足するTLR9に係る発明まで最終的に特許を受けることができ
ないことになったものと認められる。このような結果は,原告にとって,不意打ち
となるため,原告に過酷というほかなく,審判請求人の手続保障を規定する特許法
159条2項の趣旨に照らし,相当ではないというべきである。
かえって,被告は,本件訴訟に至っては,そもそもTLR7及び8が認識するも
のと,TLR9が認識するものが異なるという技術常識に基づけば,TLR9に対
して本願IRO化合物がアンタゴニスト作用を奏するとする原告の作用機序の説明
が,TLR7及び8には妥当し得ないことは明らかであるなどとして,現にTLR
7及び8に固有の拒絶理由を具体的に主張しているのであるから(準備書面(第1
回)13頁),実質的にみても,上記のように,本件拒絶査定不服審判においてTL
R7及び8に固有の拒絶理由を通知することが,審判合議体にとって困難なもので
あったとは認められない。
したがって,被告の主張は,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2
項の意義を正解しないものに帰し,採用することができない。
なお付言するに,本願IRO化合物が治療効果を有するかどうかの点につき,本
件拒絶理由では,TLR7ないし9によって媒介される疾患以外の疾患については
治療効果を示すことが確認できないとしているところ,原告は,本件拒絶査定不服
審判においては,TLR7ないし9によって媒介される疾患については治療効果を
示すことが確認されたものと理解した上,本件拒絶理由を踏まえてTLR1ないし
6を削除する補正をし,さらに,その後の意見書において,この点に係る拒絶理由
が解消されたとまで述べているのであるから,審決においてTLR7ないし9によ
って媒介される疾患についても治療的に処置することができるといえる根拠がない
と判断するのであれば,審判請求人の手続保障を規定する特許法159条2項の法
意に照らすと,本件拒絶査定不服審判において,この点についても改めて拒絶理由
を通知することが相当であったものと認められる。
◆判決本文
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2018.01.19
平成28(行ケ)10278 特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成30年1月15日 知的財産高等裁判所(4部)
異議理由ありとした審決が取り消されました。理由は、新規事項か、サポート要件違反か、実施可能要件違反かです。知財高裁は、当初明細書の範囲内と判断しました。\n
ア 本件出願当初明細書等の記載
結晶多形Aについて,本件出願当初明細書等には,おおむね,次のとおり記載が
ある。
・・・・
イ 本件出願当初明細書等に開示された結晶多形Aに関する技術的事項
(ア) 本件出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,本件出願当初明細書等におい
て名付けられたものである(【0007】)。
(イ) そして,本件出願当初明細書等【0008】には,結晶多形Aに該当する具体的な結晶多形として,【0008】(1)は,本件出願時の特許請求の範囲【請求
項1】で特定される結晶多形を挙げるほか,【0008】(5)は,2θで表して,構\
成要件Eで特定されるのと同様の26個の角度において,ピークを有する特徴的な
X線回析図形を示し,FT−IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量
が3〜15%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げており,後者の結
晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。このように,本件\n出願当初明細書等【0008】の記載は,結晶多形Aには,構成要件Eで特定され\nる結晶多形だけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される
結晶多形も,該当する旨説明するものである。
(ウ) また,本件出願当初明細書等【0009】は,「結晶多形Aの一つの具体
的形態」として,2θで表して,構\成要件Eで特定されるのと同様の26個無偏差
相対強度図形を示す結晶多形を例示しており,この結晶多形は,構成要件Eで特定\nされる結晶多形を含むものである。そうすると,本件出願当初明細書等【0009】
の記載は,構成要件Eで特定される結晶多形は,結晶多形Aの具体的な態様の一つ\nである旨説明するものである。
(エ) さらに,本願出願当初明細書等【0047】には,【0047】に記載さ
れた製造方法によって,結晶多形Aが得られること,当該結晶多形AのX線粉末回
析図形は,構成要件Eと同様の26個無偏差相対強度図形を示したことが記載され\nている。本件出願当初明細書等【0047】の記載は,特定の製造方法によって生
成された結晶多形AのX線粉末回析図形を説明するにとどまり,構成要件Eで特定\nされる結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない。
(オ) したがって,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特\n定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特
定される結晶多形Aも,導くことができる。
(4) 新規事項の追加の有無
本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形A\nだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形A
も,導くことができるから,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定され
る結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを,本件出願当\n初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。
したがって,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加す\nる本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等
に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。
(5) 被告の主張について
被告は,本件出願当初明細書等に記載された結晶多形Aを,26個のピークの回
折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個のピークの回析角2θ等によっ
て特定し得るということは技術常識ではないと主張する。
しかし,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,26個のピークの回折角2
θ及びその相対強度で特定される結晶多形Aだけではなく,6個のピークの回析角
2θ等によって特定される結晶多形Aも導くことができる。本件補正は,26個の
ピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形を,6個のピークの回
析角2θ等によって特定することを前提としてなされたものではないから,被告の
上記主張は,前提を欠く。
(6) 小括
以上のとおり,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加\nする本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。そして,本件補正の
その余の部分について,被告は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件
出願当初明細書等に記載した範囲内においてしたものであることを争わない。した
がって,本件補正は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たす。
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2018.01.11
平成29(行ケ)10029 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成29年12月26日 知的財産高等裁判所
無効理由無しとした審決が取り消されました。理由は、サポート要件違反・委任省令違反、進歩性違反です。委任省令違反である以上、サポート要件違反でもあるという理由です。
前記アのとおり,本件明細書には,「EVOH層の界面での乱れに起因す
るゲル」は,ロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生するゲルで
あると記載されているものの,本件明細書には,「EVOH層の界面での乱れに起因
するゲル」が,乙15における「ゲル状ブツ」の原因となるゲルと,その形状,構\n造等がどのように異なるのかを明らかにする記載は見当たらない。
また,本件明細書においては,前記イのとおり,「EVOH層の界面での乱れに起
因するゲル」は,目視観察できるものであるとされ,乙15における「ゲル状ブツ」
は,前記ウのとおり,肉眼で見ることができるものとされているところ,本件明細
書には,「目視観察」の定義は見当たらず,後者は肉眼で見分けられ,前者は肉眼で
見分けられないものを含む旨の特段の記載はないから,本件発明における「EVO
H層の界面での乱れに起因するゲル」と背景技術(乙15)における「ゲル」を,
観察方法において区別することができるとは,理解できない。
このように,本件明細書には,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに
起因するゲル」は,本件特許出願前の技術により抑制することができるとされてい
るロングラン成形により発生するゲルとは異なる原因で発生する旨の記載があるも
のの,その記載のみでは,ロングラン成形により発生するゲルと区別できるかどう
かは,明らかでないというほかない。
この点について,被告は,「不完全溶融EVOH」が発生する機序について主張し,
これは,従来から知られていた「熱架橋ゲル」とは異なる旨主張する。しかし,本
件明細書には,被告が本訴において主張するようなことは何ら記載されておらず,
被告が本訴において主張するような技術常識が存したとも認められないから,本件
発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」が被告が本訴において
主張するようなものと認めることはできない。
そうすると,本件発明における「EVOH層の界面での乱れに起因するゲル」の
意義は明らかでないというほかなく,本件特許出願時の技術常識を考慮しても,「成
形物に溶融成形したときにEVOH層の界面での乱れに起因するゲルの発生がなく,
良好な成形物が得られ」るという本件発明の課題は,理解できないというほかない。
オ したがって,本件明細書の記載には,本件発明の課題について,当業者
が理解できるように記載されていないから,「特許法第三十六条第四項第一号の経\n済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解
決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明
の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければなら
ない。」と定める特許法施行規則24条の2の規定に適合するものではない。
(2) 以上のとおり,本件発明についての本件明細書の発明の詳細の説明の記
載は,特許法36条4項1号の規定に適合しないから,審決のこの点に係る判断に
は誤りがあり,取消事由3には理由がある。
・・・
前記2(1)オのとおり,本件明細書には,本件発明の課題について,当業者が理解
できるように記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の
詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲の
ものであると認めることはできないし,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも,
当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲
のものであるとも認められない。
この点について,被告は,「本件発明は,粒径500μm(0.5mm)未満の微
粉の含有量を0.1重量%以下に制御すること(新規な解決手段)により,『不完全
溶融EVOH』に起因する界面での乱れによるゲル(点状に分布する透明な粒状の
不完全溶融ゲルであり,EVOHの一部が極端な場合には他の樹脂層に突出するよ
うな形態)の発生(斬新な課題)を抑制することができる(新規課題解決効果の奏
効)という特別な効果を得る」ものであると主張するが,前記2(1)のとおり,この
課題は,本件明細書及び技術常識から理解することができない。
◆判決本文
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