2022.09. 5
令和3(行ケ)10137 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和4年8月23日 知的財産高等裁判所
先の審取で、実施可能要件違反はないと判断され、再度、実施可能\要件要件の無効を主張しましたが、「一次審決取消訴訟において行った主張と同じ」と判断されました。
(1) 審決取消訴訟の拘束力
特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が
確定したときは、審判官は法181条2項の規定に従い当該審判事件につい
て更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟
法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定
により、上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が
導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審
判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。
したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ
判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰
り返すこと、あるいはかかる主張を裏付けるための新たな立証をすることを
許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限
りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすること
ができない(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号2
45頁)。
(2)ア 一次審決取消訴訟の判断
(ア) 本件訴訟におけると同様に、一次審決取消訴訟においても、実施可能\n要件(法36条4項1号)に関して、本件明細書の発明の詳細な説明の
記載は、「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加す
る所定角度範囲内において徐々に減少」するとの構成(構\成要件G)を
当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているか否かという\nことが争点となり、原告(一次審決取消訴訟の被告)は、本件発明に係
る作業機を自ら開発した被告(一次審決取消訴訟の原告)ですら、本件
明細書等の図7のグラフのデータを得た日に存在していた「当時の作業
機」を再現できないのであるから、構成要件Gが実施不可能\であること
は明らかであると主張した(甲47〔20頁〕)。
(イ) この点について、一次判決は、特許発明が実施可能であるか否かは、\n実施例に示された例をそのまま具体的に再現することができるか否か
によって判断されるものではないから、本件特許の原出願時に当業者が
本件明細書の記載に基づいて本件発明を実施することができたか否か
は、本件明細書等の図7のグラフのデータを得た「当時の作業機」自体
を再現できるか否かによって判断されるものではなく、甲60(審判乙
14)、甲64(審判乙18)によれば、構成要件Gが実施可能\であるこ
とが認められるから、原告の上記主張は採用することができない、と判
断した(甲47〔51〜52頁〕)。
イ 本件審決の判断
原告は、本件審決においても、前記ア(ア)と同様の主張を行ったが(本件
審決第4の3(4)カ)、本件審決は、一次審決取消訴訟のとおりの判断(前記
ア(イ))をし、そのような判断によれば、「一次審決は、図7のグラフを得た
という作業機(実施品)が当時存在していたかについて審理判断していな
いが、図7のグラフを得たという作業機が当時存在していたことを示す証
拠は皆無であり、架空の構成Gは当業者であっても実施不可能\である。」と
いう原告の主張をもって、構成要件Gが実施可能\であるとの判断が左右さ
れるものでないことは明らかであると判断した(本件審決第6の2(5)イ(イ)
c〔本件審決111頁〕)。
(3) 原告は、本件訴訟において、取消事由3として、本件発明が、構成要件G\nの「エプロンを跳ね上げるのに要する力は、エプロン角度が増加する所定角
度範囲内において徐々に減少し」という構成を備えるものとして実施可能\で
あるというためには、本件明細書等の図7のグラフに示された結果を得るた
めの実測に用いられた本件発明に係る当時の作業機(本件発明の実施品)が
実際に存在していたことが前提であるとし、それにもかかわらず、構成要件\nGの根拠である図7のグラフを得たという当時の作業機自体及びそれに関す
る資料が現在存在しないから、図7のグラフは、一体どのような作業機を用
いた実測結果であるのか全く理解できず、構成要件Gの根拠になり得ず、そ\nのため、構成要件Gは根拠がなく、当業者であっても実施不可能\であると主
張する(前記第3の9〔原告の主張〕)。
しかし、原告の取消事由3についての上記主張は、本件明細書等の図7の
グラフのデータの実測に用いられた作業機に関する資料の存否に言及するも
のの、資料がないためにそのような作業機の存在が認められなければ、構成\n要件Gは実施不可能であるとの趣旨の主張であり、実施可能\要件との関係に
おいては、本件明細書等の図7のグラフのデータの実測に用いられた作業機
の存在が明らかにならなければ実施可能要件は認められないとの主張であっ\nて、原告が一次審決取消訴訟において行った主張(前記(2)ア(ア))と同じ内容
の主張であると認められる。そして、原告が一次審決取消訴訟においてした
主張は(前記(2)ア(ア))、一次審決取消訴訟の判決理由中で理由がないと判断
され(前記(2)ア(イ))、その判断には行政事件訴訟法33条1項の拘束力が生
じたものと認められ、本件審決は、一次審決取消訴訟の拘束力に従って、原
告の上記主張に理由がないと判断したものと認められる。
したがって、原告は、本件審決が一次審決取消訴訟の拘束力に従ってした
判断をもはや争うことはできないものというべきであるから、原告の取消事
由3の主張は理由がない。
◆判決本文
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2022.07.14
令和4(ネ)10015 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和4年6月29日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
医薬品特許について、原告特許権者、被告ジェネリック医薬品メーカです。1審は36条違反(実施可能要件)として権利行使不能\と判断していました。知財高裁も同様の判断をしました。
前記1(1)オ、カ及びクのとおり、本件明細書には、薬理データ又はこれと
同視し得る程度の事項として、本件化合物がホルマリン試験、カラゲニン試験及び
術後疼痛試験において効果を奏した旨の記載がある。しかしながら、後記(5)にお
いて説示するとおり、本件出願日当時、慢性疼痛は全て末梢や中枢の神経細胞の感
作という神経の機能異常により生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みであり、原因にか\nかわらず神経細胞の感作を抑制することにより痛みを治療できるとの控訴人主張の
技術常識が存在していたとは認められないから、本件化合物がホルマリン試験、カ
ラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こされた各痛みの処置において効果
を奏した旨の記載があるからといって、そのことをもって、当業者において、本件
化合物が原因を異にするあらゆる「痛み」の処置においても効果を奏すると理解し
たとは到底いえない。したがって、ホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛
試験の結果に係る上記記載をもって、本件明細書の発明の詳細な説明において、本
件化合物が「あらゆる全ての痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できること
につき薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され、本件出願日当時の
当業者において、本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できた
と認めることはできない。
その他、本件明細書の発明の詳細な説明に、本件化合物が「あらゆる全ての痛み
の処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき、薬理データ又はこれと同
視し得る程度の事項が記載され、本件出願日当時の当業者において、本件化合物が
当該用途の医薬として使用できることを理解できたと認めるに足りる的確な証拠は
ない。
◆判決本文
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◆令和4(ネ)10017
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◆令和2(ワ)19922等
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◆令和2(ワ)19926
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2022.04.23
令和2(ワ)19920等 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟 令和4年1月19日 東京地方裁判所
医薬品の用途発明について、請求項1,2については、実施可能要件・サポート要件違反として訂正が認められず、請求項3,4については均等侵害も否定されました。
医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されるこ\nとのみによっては,当該用途の有用性を予測することは困難であり,当該\n医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において
実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明にその医薬の\n有用性を当業者が理解できるような薬理試験結果を記載する必要がある
が,前記判示のとおり,本件明細書等には,本件化合物が神経障害性疼痛
又は心因性疼痛による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの治療に有効である
と当業者が理解し得るような薬理試験結果の記載は存在しない。
(3) 本件特許出願当時の技術常識
ア 本件明細書等には,本件化合物が侵害受容性疼痛による痛覚過敏又は接
触異痛に対して有効であれば,神経障害又は心因性による痛覚過敏又は接
触異痛についての薬理試験を要することなく治療効果が予測されること\nを明示又は示唆する技術常識の記載は存在しない。また,侵害受容性疼痛,
神経障害性疼痛,心因性疼痛などの種類を問わず,痛覚過敏又は接触異痛
などの痛みの発症原因や機序が同一であり,いずれかの種類の痛みに対し
て有効な医薬品であれば,他の種類の痛みに対しても有効であることが本
件特許出願当時の当業者に知られていたなどの記載もない。
・・・・
上記各文献は,本件の技術分野に属する専門家により執筆されたもので
あり,その当時の技術常識を反映した書籍であるというべきところ,上記
に摘示した各記載によれば,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛及び心因性
疼痛は,その発症原因,痛みの態様・程度及び治療方法がそれぞれ異なる
というのが本件特許出願当時の技術常識であり,痛みの種類を問わず,痛
覚過敏又は接触異痛などの痛みの発症原因や機序は同一であり,いずれか
の種類の痛みに対して有効な医薬品であれば,他の種類の痛みに対しても
有効であるとの技術常識が存在したということはできない。
ウ 以上によれば,本件化合物が神経障害又は心因性による痛覚過敏又は接
触異痛の痛みの治療に有効であることを示す薬理試験結果の記載もなく,
本件明細書等の記載に接した当業者が,本件化合物がこれらの痛みの治療
に有効であると認識し得たとは考えられない。
(4) したがって,本件明細書等の記載は訂正前発明1及び2を当業者が実施で
きる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできず,実施可\n能要件を充足しない。\n
(5) 原告の主張について
これに対し,原告は,本件特許出願当時,慢性疼痛は,それが侵害受容性
疼痛,神経障害性疼痛又は心因性疼痛のいずれによるものであっても,末梢
や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常で生ずる痛覚過敏や接触異痛\nの痛みであるとの技術常識が存在したので,当業者は,本件明細書等の記載及
び同明細書等に記載された薬理試験から,本件化合物が同明細書等に記載さ
れた各種の痛みに有用であると認識することができたと主張する。
・・・・
(オ) 以上によれば,上記(ア)ないし(ウ)の各記載から,侵害受容性疼痛,神
経障害性疼痛等で出現する痛覚過敏と,脊髄のNMDA受容体の活性化
による中枢性感作との間に関連性があるといい得るとしても,本件特許
出願当時,本件明細書等に記載された侵害受容性疼痛(炎症性疼痛,術
後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,痛風,火傷痛等)や神経障害性
疼痛(三叉神経痛,急性疱疹性神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギ
ー等)により出現する痛覚過敏がすべて末梢や中枢の神経細胞の感作と
いう神経の機能異常により生じるとの技術常識が存在したとは認め難\nく,まして,これらの記載から,当業者が,薬理試験結果の記載もなく,
本件化合物が神経障害性疼痛の治療に有効であると認識し得たという
ことはできない。
・・・・
原告は,被告医薬品が構成要件3B及び4Bの文言を充足しない場合であっ\nても,均等侵害が成立すると主張する。
しかし,相手方が製造等をする製品(対象製品)が,特許請求の範囲に記載
された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属すると認められる\nためには,当該対象製品が特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分が特\n許発明の本質的部分ではないことを要する(第1要件)。
本件発明3及び4と被告医薬品との相違部分は,その用途にあるところ,同
各発明は,既知の薬物である本件化合物が,侵害受容性疼痛の治療に有効であ
ることを新たに見出したことにあるので,その用途が同各発明の本質的部分を
構成することは明らかである。\nしたがって,被告医薬品は,第1要件を充足しないので,均等侵害は成立し
ない。
7 まとめ
以上によれば,訂正前発明1及び2に係る特許は,実施可能要件及びサポー\nト要件の各違反を理由に特許無効審判により無効にされるべきものであり,本
件訂正は訂正要件を具備せず,同訂正によっても上記各無効理由が解消されな
い。また,被告医薬品は,本件発明3及び4の技術的範囲に属しない。
◆判決本文
特許権は同じく、被告が異なる事件です。
◆令和2(ワ)19932
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2022.03.30
令和2(ワ)19931等 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟 令和4年2月16日 東京地方裁判所
医薬用途発明の特許権侵害訴訟です。東京地裁(29部)は、本件発明1,2については実施可能要件・サポート要件違反の無効理由ありと判断しました。また、本件発明3,4について、均等侵害も否定しました。本件発明1,2は特許庁で訂正要件を満たさないと判断されており、審決取消訴訟に係属しています。本件発明3,4は特許庁で訂正が認められています。
いわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,
化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのた\nめの当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬\nを当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施
可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの\n記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の
有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解
するのが相当である。
本件発明1及び2の特許請求の範囲においては,本件化合物が「痛みの
処置における」(構成要件1B)「鎮痛剤」(構\成要件1C)及び「鎮痛
剤」(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,いず\nれも本件化合物の鎮痛効果が認められる痛みは特定されていない。しかし,
本件明細書には,本件化合物について,「痛みの処置とくに慢性の疼痛性
障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定さ
れるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,
三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザ
ルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,
線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障
害および特発性疼痛症候群が包含される。」(前記1(1)イ)と記載されて
いることに照らすと,本件発明1及び2は,本件化合物が少なくとも上記
各痛みに対して鎮痛効果を有することを内容とするものと解される。
したがって,本件発明1及び2について実施可能要件を満たすというた\nめには,本件明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと
同視し得る程度の記載をすることなどにより,上記各痛みに対して鎮痛効
果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載が必要であ
るというべきである。
・・・
前記(ア)の各文献の記載によれば,本件出願当時,術後疼痛試験は,ラ
ットの皮膚,筋膜及び足蹠の足底側面の筋肉を切開することにより,痛
覚過敏を引き起こし,これに対する薬剤の効果を確かめる試験であるこ
とが,技術常識であったと認められる。
そして,本件明細書には,「S−(+)−3−イソブチルギャバ」\n(弁論の全趣旨によれば,構成要件3Aを充足する本件化合物の一種で\nあると認められる。)が術後疼痛試験において有効であったことが記載
されており,さらに,「ラット足蹠筋肉の切開は熱痛覚過敏および接触
異痛を生じた。いずれの侵害受容反応も手術後1時間以内にピークに達
し,3日間維持された。実験期間中,動物はすべて良好な健康状態を維
持した。」(前記1(1)キ(キ)),「ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉
の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発するこ
とを示している。本試験の主要な所見は,ギャバペンチンおよびS−
(+)−3−イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対して\nも等しく有効なことである。」(同(コ))との記載がある。
以上によれば,本件出願当時,本件明細書の術後疼痛試験の結果に接
した当業者は,本件化合物について,侵害受容性疼痛としての熱痛覚過
敏及び接触異痛に対して有効であると理解し,その他の痛みに対して有
効であると理解することはなかったというべきである。
・・・
ア 被告医薬品が本件発明3の構成と均等なものであるかについて\n
(ア) 原告は,本件発明3は,慢性疼痛に対する画期的処方薬として,抗て
んかん作用を有するGABA類縁体を痛みの処置に用いることを見いだ
したものであり,その本質的部分は本件化合物を慢性疼痛の処置に用い
る点にあるから,対象となる痛みが侵害受容性疼痛か,神経障害性疼痛
や線維筋痛症かは本質的部分ではなく,効能・効果を神経障害性疼痛や\n線維筋痛症に伴う疼痛とし,慢性疼痛の処置に用いる鎮痛剤である被告
医薬品は,均等侵害の第1要件を満たすと主張する。
しかし,前記1(1)アのとおり,本件特許に係る発明は,てんかん,ハ
ンチントン舞踏病等の中枢性神経系疾患に対する抗発作療法等に有用な
薬物である本件化合物が,痛みの治療における鎮痛作用及び抗痛覚過敏
作用を有し,反復使用により耐性を生じず,モルヒネと交叉耐性がない
ことに着目した医薬用途発明であるところ,前記2(1)イのとおり,本件
出願当時,痛みには種々のものがあり,その原因や機序も様々であるこ
とが技術常識であった。
そうすると,いかなる痛みに対して鎮痛効果を有するかは,本件発明
3において本質的部分というべきであり,その鎮痛効果の対象を異にす
る被告医薬品は,本件発明3の本質的部分を備えているものと認めるこ
とはできない。したがって,本件発明3に係る特許請求の範囲に記載さ
れた構成中の被告医薬品と異なる部分が本件発明3の本質的部分でない\nということはできないから,被告医薬品は均等の第1要件を満たさない。
(イ) また,前記(1)アによれば,原告は,本件訂正前発明3においては鎮痛
の対象となる痛みを限定していなかったところ,本件訂正により「炎症
を原因とする痛み」及び「手術を原因とする痛み」に限定していること
からすると,本件発明3との関係においては,被告医薬品の効能・効果\nである神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛を意図的に除外したと
認めるのが相当である。
したがって,被告医薬品は均等の第5要件も満たさない。
(ウ) 以上によれば,被告医薬品は,本件発明3の特許請求の範囲に記載さ
れた構成と均等なものとは認められない。\n
イ 被告医薬品が本件発明4の構成と均等なものであるかについて\n
前記アと同様に,いかなる痛みに対して鎮痛効果を有するかは,本件発
明4の本質的部分というべきであり,被告医薬品は均等の第1要件を満た
さず,また,本件発明4との関係においては,被告医薬品の効能・効果で\nある神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛が意図的に除外されている
から,均等の第5要件も満たさない。
したがって,被告医薬品は,本件発明4の特許請求の範囲に記載された
構成と均等なものとは認められない。\n
◆判決本文
関連事件です。本件特許は同じですが、被告が異なります。なお、原告代理人はなぜか異なります。
◆令和2(ワ)19923等
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2022.03.15
令和2(ワ)22290等 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟 令和4年1月19日 東京地方裁判所
医薬用途発明について、「各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載がない」として、実施可能要件違反なので権利公使不能\と判断されました。
ア 実施可能要件違反の判断基準について
いわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,
化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予\測することは困難であり,当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施
可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解\nするのが相当である。
本件発明1及び2の特許請求の範囲においては,本件化合物が「痛みの
処置における」(構成要件1B)「鎮痛剤」(構\成要件1C)及び「鎮痛
剤」(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,いずれも本件化合物の鎮痛効果が認められる痛みは特定されていない。しかし,本件明細書には,本件化合物について,「痛みの処置とくに慢性の疼痛性\n障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定さ
れるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,
三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザ
ルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,
線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障
害および特発性疼痛症候群が包含される。」(前記1(1)イ)と記載されて
いることに照らすと,本件発明1及び2は,本件化合物が少なくとも上記
各痛みに対して鎮痛効果を有することを内容とするものと解される。
したがって,本件発明1及び2について実施可能要件を満たすというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,上記各痛みに対して鎮痛効\n果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載が必要であ
るというべきである。
イ 痛みの分類及び機序について
(ア) 痛みの分類及び機序について,証拠(甲15の1,甲26,39,4
1,42,46,55,59,77ないし84,86,88)によれば,
本件出願当時,以下の文献が存在したことが認められる。
・・・
(イ) 前記(ア)aないしgの文献の記載によれば,痛みは,その機序により大
きく分けると,1)炎症や組織損傷による侵害レセプターへの刺激により
生じる侵害受容性疼痛,2)末梢神経又は中枢神経が圧迫されたり,絞扼
されたり,遮断されたりすることにより生じる神経障害性疼痛,3)直接
末梢からの侵害刺激がないにもかかわらず存在し,心因性のもので,特
発性疼痛とも呼ばれる心因性疼痛の三つに分類することができること,
線維筋痛症は,上記3)の心因性疼痛に分類されること,上記のとおりに
分類された痛みの中にも様々なものがあり,それぞれの痛みについて機
序や症状,治療方法が存在することが,本件出願当時,技術常識であっ
たと認めるのが相当である。
(ウ) これに対して,原告は,痛覚過敏及び接触異痛は,通常の痛みとは異
なり,末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常で生じる痛みであると主張し,その根拠として,本件出願当時に前記(ア)hないしlのとお
りの文献が存在したことを指摘する。
しかし,前記(ア)h,i,k及びlの各文献は,マスタードオイル,カ
プサイシン及び切開による侵害刺激を与える実験の結果に基づくもので
あるから,これらの実験により,痛覚過敏及び接触異痛が,その原因に
かかわらず,末梢性感作や中枢性感作による神経の機能異常により生じると,直ちにいうことはできない。
また,前記(ア)jの文献では,「NメチルDアスパラギン酸(NMDA)
受容体の過剰活性は,神経障害性疼痛の発生における要因の1つである
可能性がある。」,「動物の神経障害性疼痛モデルにおいて示唆されるように…,痛覚過敏は NMDA 受容体によって介在される「ワインドアップ
現象」の提示である可能性がある。」などと記載されているところ,これらの記載は,NMDA受容体の過剰活性が神経障害性疼痛の要因となること,あるいは痛覚過敏がNMDA受容体によって介在されるワイン\nドアップ現象(神経細胞の感作)によるものであることの可能性を指摘したにすぎず,これをもって,上記文献の記載内容が本件出願当時の技術常識であったということはできない。そして,他に,本件出願当時,痛覚過敏及び接触異痛がその原因にかかわらず末梢性感作や中枢性感作による神経の機能\異常で生じる痛みであることが技術常識であったと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
・・・
以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明においては,ホルマリン
試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の各薬理データの記載により,本
件化合物が侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があること
及びそのための当該医薬の有効量は裏付けられているといえる。しかし,
本件発明1及び2がその内容とする「痛み」,すなわち,少なくとも「炎
症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱
疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢
捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,
幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛
症候群」(前記1(1)イ)の各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのた
めの当該医薬の有効量を裏付ける記載はない。したがって,本件発明1及
び2は,実施可能要件に違反するものと認められる。\n
◆判決本文
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2022.02. 1
令和2(行ケ)10080等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和3年12月27日 知的財産高等裁判所
医薬用途発明の「実施可能要件」について、患者に投与した場合に,著しい副作用又は有害事象の危険が生ずるため投与を避けるべきことが明白であるなどの特段の事由がない限り,治療効果を有することを当業者が理解できるものであれば足りると判断しました。
(3) 本件出願当時の5−HT1A 受容体部分作動薬の双極性障害のうつ病エピ
ソードに対する治療効果に関する技術常識について\n
ア 前記(1)イの記載事項を総合すると,本件出願当時,1)大うつ病(単極性
うつ病)の症状の一つである「大うつ病エピソード」(うつ病エピソ\ード)
と双極性障害(双極性障害I)型及びII)型)の症状の一つである「大うつ病
エピソード」(うつ病エピソ\ード)の定義及び診断基準は同一であったこと,
2)大うつ病性障害の患者に有効であることが立証されているすべての抗う
つ薬は双極性障害のうつ病エピソードの患者にも有効であると考えられて\nいたこと,3)一方で,双極性障害の患者に対する抗うつ薬の投与によって,
躁病エピソードを誘発し,躁転や急速交代化を引き起こす可能\性があるが,
このような可能性がある場合には,抗うつ薬の投与量の調整,気分安定薬\nとの併用等により対応していたことが認められる。
上記認定事実と5−HT1A 受容体部分作動薬が,脳内のシナプス後5−
HT1A 受容体に結合することによって発現する5−HT1A 受容体部分作
動作用に基づいて抗うつ作用を有することは,本件出願当時の技術常識で
あったこと(前記(2))によれば,本件出願当時,5−HT1A 受容体部分
作動薬一般がその抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対\nして治療効果を有することは技術常識であったことが認められる。
イ この点に関し本件審決は,本件出願時において,各種の抗うつ薬を双極
性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用することができることは,技\n術常識であるが,一方で,双極性障害の患者に抗うつ薬を使用した場合,
躁病エピソードの誘発,軽躁エピソ\ードの誘発,急速交代化の誘発,及び
混合状態の悪化等の様々な有害事象が生じる危険性があることを考慮する
と,全ての抗うつ薬が双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用す\nることができるという技術常識があるとは言い難く,5−HT1A 部分作動
薬を双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用できることが技術常\n識であるとはいえないなどとして,5−HT1A 部分作動薬を双極性障害の
治療に使用することができることは,本件出願時の技術常識であるとはい
えない旨判断した。
(ア) ところで,医薬品の開発は,基礎研究として対象疾患の治療の標的
分子(受容体等)を探索し,標的分子(受容体等)に対する薬理作用及び
当該薬理作用を有する化合物を探索する薬理試験(in vitro 試験,動物実
験)が実施され,このような薬理試験の結果として,化合物が有する薬
理作用が疾患に対する治療効果を有すること(「医薬の有効性」)につい
て合理的な期待が得られた段階で医薬用途発明の特許出願がされるのが
一般的であるものと認められる。
一方で,薬機法は,医薬品の製造販売をしようとする者は,その品目
ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければなら
ない旨規定し(14条1項),その承認審査においては,申請に係る医薬\n品の名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,\n有効性及び安全性に関する事項を審査し,その審査の結果,申請に係る\n医薬品又は医薬部外品が,その申請に係る効能\又は効果を有すると認め
られないとき,申請に係る医薬品が,その効能\又は効果に比して著しく
有害な作用を有することにより,医薬品又は医薬部外品として使用価値
がないと認められるときは,承認を与えない旨規定し(同条2項3号),
厚生労働省令で定める医薬品の承認を受けようとする者は,申請書に,\n厚生労働省令で定める基準に従って収集され,かつ,作成された臨床試
験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければなら\nない旨規定している(同条3項)。この臨床試験は,臨床試験第1相(少
数の健常人に対する投与であり,副作用などの有無をみる。),臨床試験
第2相(少数の患者に対する投与であり,効果などが見込まれるかをみ
る。),臨床試験第3相(多数の患者に対する投与であり,効果などがあ
ることを確認する。)の3段階の試験で実施される。このように医薬品の
承認審査では,申請に係る化合物の薬効及び安全性(副作用,有害事象\nの有無及び程度等)を総合的に考慮し,「医薬の有用性」について審査し
ている。
以上のような医薬品の開発の実情,医薬品の承認審査制度の内容,特
許法の記載要件(実施可能要件,サポート要件)の審査は,先願主義の下\nで,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業
の発達に寄与するとの特許法の目的を踏まえてされるべきものであるこ
とに鑑みると,物の発明である医薬用途発明について「その物の使用す
る行為」としての「実施」をすることができるというためには,当該医薬
をその医薬用途の対象疾患に罹患した患者に対して投与した場合に,著
しい副作用又は有害事象の危険が生ずるため投与を避けるべきことが明
白であるなどの特段の事由がない限り,明細書の発明の詳細な説明の記
載及び特許出願時の技術常識に基づいて,当該医薬が当該対象疾患に対
して治療効果を有することを当業者が理解できるものであれば足りるも
のと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,本件審決が述べる「双極性障害の患者に
抗うつ薬を使用した場合,躁病エピソードの誘発,軽躁エピソ\ードの誘
発,急速交代化の誘発,及び混合状態の悪化等」の「様々な有害事象が生
じる危険性」については,本件出願当時,抗うつ薬と気分安定薬とを併
用することにより,躁転のリスクコントロールが可能であり,躁転発生\n時には抗うつ薬の中止又は漸減により対応可能であると考えられていた\nこと(前記ア3))に照らすと,上記特段の事由に当たるものと認められない。
そして,本件出願当時,5−HT1A 受容体部分作動薬一般がその抗う
つ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有する\nことが技術常識であったことは,前記ア認定のとおりである。
(イ) 以上によれば,本件審決の前記判断は誤りである。
ウ この点に関し被告らは,双極性障害については,鬱病相と躁病相があり,
双極性障害の鬱病相を治療するために抗鬱薬を投与すると,躁転の可能性\nを有意に高め,双極性障害の症状を悪化させる可能性が高いという固有の\n事情が存在し(甲A1,2,31の1,乙A98,106,),臨床上も,双
極性障害の鬱病相の治療において抗鬱薬の使用は慎重に行うべきとされて
いることからすれば,全ての抗鬱薬を双極性障害の鬱病相(うつ病エピソ\nード)の治療に用いることができるなどという技術常識は存在しない旨主
張する。
しかしながら,前記イで説示したところに照らすと,被告ら主張の上記
固有の事情があるとしても,本件出願当時,5−HT1A 受容体部分作動薬
一般がその抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療\n効果を有することが技術常識であったことを否定する根拠にならない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
◆判決本文
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◆判決本文
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