2019.12.27
平成30(行ケ)10093 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年9月19日 知的財産高等裁判所
サポート要件および実施可能要件について、無効理由無しとした審決が維持されました。
前記(1)及び(2)を踏まえると,本件明細書には,本件発明に関し,次のよ
うなことが開示されていると認められる。
従来,高温下の成形又は熱処理を要する鋼板においては,一般に亜鉛の融点を上
回る高い温度で熱処理が行われるため,鋼板に亜鉛被膜があると,亜鉛が溶融,流
動して熱間成形用ツールの働きを妨害し,さらに,急冷中に被膜が劣化すると考え
られてきた。そのため,鋼板の被覆処理は,熱処理の前には行われず,熱間成形や
熱処理後の完成部品に対して行われていたが,そうすると,(1)部品の表面及び中空\n部分の十分な清浄化が不可欠であり,その清浄化には酸又は塩基を使用する必要が\nあるため,経済的な負担や作業員及び環境への危険があること,(2)鋼の脱炭及び酸
化を完全に防止するために,熱処理を管理雰囲気下で行う必要があること,(3)熱間
成形の場合に生じるカーボンデポジットが成形用ツールを損傷し,部品の品質を低
下させたり,ツールの頻繁な修理のためにコストが上がったりすること,(4)得られ
た部品の耐食性を強化するために,当該部品の後処理が必要であるが,後処理は,
経費も高く作業も難しい上に,中空部分のある部品では不可能であることなどの問\n題があった。(【0002】,【0003】)
そこで,本件発明は,熱間成形や熱処理の前に鋼板に被覆を形成することで,熱
処理における鋼板の脱炭や酸化を防止するなど,上記(1)〜(4)の従来技術の問題点を
解決することができる,極めて高い機械的特性値をもつ鋼板を製造する方法を提供
することを課題とするものであり,その解決に当たり,亜鉛又は亜鉛合金で被覆し
た鋼板を熱処理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の
鋼と合金化した層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度
を持つようになるという,従来の定説とは異なる新たな知見が得られたことに基づ
き,解決手段として,亜鉛又は亜鉛を50重量%以上含む亜鉛ベース合金(前記(2)
のとおり,ここには金属間化合物からなる合金も含まれている。)で被覆された熱処
理用鋼板ブランクに対し,部品を得るための熱間型打ち前に,800℃〜1200℃
の高温を2〜10分間作用させる熱処理を行うことにより,腐食に対する保護及び
鋼の脱炭に対する保護を確保しかつ潤滑機能を確保する,亜鉛−鉄ベース合金化合\n物及び亜鉛−鉄−アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化
合物(金属間化合物)を熱処理用鋼板ブランクの表面に生じさせる工程を実施する\nものとしたことを特徴とするものである(【請求項1】,【0004】〜【0008】,
【0014】〜【0016】,【0021】)。
そして,本件発明は,熱処理用鋼板に上記合金化合物(金属間化合物)の被膜を
形成することにより,熱処理中又は熱間成形中の鋼の腐食防止及び脱炭防止,カー
ボンデポジットの形成を阻止することによるツールの損耗防止,高温での潤滑機能\nの確保,得られた部品の酸洗い浴が不要となることによる経済的利点,成形部品の
耐疲労性,耐損耗性,耐摩耗性及び耐食性の強化などの効果を奏するものである(【0
024】〜【0027】)。
2 金属間化合物についての本件出願時の技術常識
(1) 金属間化合物とは,2種類以上の金属元素から形成される化合物であり,
本件出願時に,本件発明において熱処理後に生じるとされている(1)亜鉛−鉄ベース
の金属間化合物として,亜鉛−鉄及び亜鉛−ニッケル−鉄の金属間化合物が,(2)亜
鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物として,亜鉛−鉄―アルミニウムと亜\n鉛−鉄−アルミニウム―ニッケルの金属間化合物がそれぞれ知られていた(甲3,\n7,8,14〜16,20,25,乙8,弁論の全趣旨)。
また,熱処理をして亜鉛に鉄を拡散させ,金属間化合物を形成することができる
こと及び各金属間化合物について,組成の濃度に応じて複数の相が存在することが
本件出願時に知られていた(甲2,3,7,8,15,16,25,弁論の全趣旨)。
(2) 前記のとおり,本件発明においては,熱処理前の「亜鉛ベース合金」に,金
属間化合物が含まれ得るところ,本件出願時に,亜鉛と金属間化合物を形成して「亜
鉛を50重量%以上含む亜鉛ベースの金属間化合物」を構成し得る元素としては,\n鉄の他に,ニッケル,銀,金,クロム,マンガンなどが知られていた(甲2,23,
24,乙5,弁論の全趣旨)。
3 取消事由1(サポート要件についての認定判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否
か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のであり,サポート要件の存在については,特許権者(被告)がその証明責任を負
うものである。
そして,前記のとおり,本件では熱処理前の「亜鉛ベース合金」が「亜鉛ベース
の金属間化合物」である場合にもサポート要件が充足されているかどうかが争点と
なっているところ,以下,この争点について,上記のような証明責任が果たされて
いるかどうかについて判断する。
(2) ア 前記1のとおり,本件明細書には,亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板
を熱処理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の鋼と合
金化した層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度を持つ
ようになるという新たな知見が得られたことに基づき,熱間成形や熱処理の前に,
鋼板を亜鉛又は亜鉛ベース合金で被覆し,その後熱処理を行うことにより,腐食に
対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保しかつ潤滑機能を確保する,亜鉛−鉄\nベース合金化合物又は亜鉛−鉄−アルミニウムベース合金化合物を生じさせ,これ
によって,熱処理中または熱間成形中の鋼の腐食防止,脱炭防止,高温での潤滑機
能の確保等の効果を奏することが記載され,実施例1として,鋼板を亜鉛で被膜し\nたものを950℃で熱処理して,亜鉛−鉄合金の被膜を鋼板の表面に生じさせたと\nころ,同被膜が優れた腐食防止効果を有することが確認された旨が記載され,さら
に,実施例2として,50−55%のアルミニウム,45−50%の亜鉛及び任意
に少量のケイ素を含有する被膜を熱処理したところ,極めて優れた腐食防止効果を
有する亜鉛−アルミニウム−鉄合金の被膜が得られたことが記載されている。
これらの記載及び弁論の全趣旨を総合すると,当業者は,本件明細書の記載から,
鋼板上に被覆された亜鉛又は「亜鉛ベース合金」の固溶体である亜鉛−アルミニウ
ム合金を熱処理して,亜鉛−鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛−鉄−
アルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせ,高い機械的強度を持
つ鋼板を製造することができることを認識することができるものと認められる。ま
た,当業者は,本件発明の合金化合物において,亜鉛が共通する主要な成分である
から,本件発明の課題解決には亜鉛が重要な役割を果たしていると認識するものと
認められる。
イ 前記2で認定したとおり,亜鉛と鉄が金属間化合物を形成するものであ
ること,熱処理後の「亜鉛−鉄ベース合金化合物」に亜鉛−鉄金属間化合物が含ま
れること及び熱処理により鋼板から鉄の拡散が進んで金属間化合物について複数の
相が生じ得る,すなわち,異なる金属間化合物に変化し得ることが,本件出願時の
技術常識であったことからすると,本件明細書の記載に接した当業者は,熱処理前
の被膜が実施例1とは異なり,亜鉛−鉄金属間化合物であったとしても,実施例1
の記載及び上記技術常識を基礎にして,熱処理前の亜鉛−鉄の金属間化合物の組成,
熱処理の温度や時間等を適宜調節して,熱処理後に異なる亜鉛−鉄ベース合金化合
物(金属間化合物)を生じさせ,高い機械的特性を持つ鋼板を製造することができ
ると認識することができると認められる。
ウ また,鋼板上に被覆された熱処理前の「亜鉛ベース合金」が金属間化合
物で,それを熱処理して亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせ
る場合についても,(1)固溶体である亜鉛−アルミニウム合金の被膜を熱処理して,
極めて優れた腐食防止効果を有する亜鉛−鉄−アルミニウム合金の被膜を生じさせ
る実施例2が本件明細書に記載されていること,(2)前記2(1)のとおり,亜鉛−鉄−
アルミニウムの金属間化合物の存在が,本件出願時,当業者に知られていた上,熱
処理により鋼板から鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物が生じるという本件出願
時に知られていた基本的なメカニズムは,出発点が亜鉛−アルミニウムの固溶体で
ある場合と,亜鉛−鉄−アルミニウムの金属間化合物である場合で,異なることを
示す根拠となる事情は認められず,基本的には異ならないと考えられることからす
ると,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,実施例2に開示された亜鉛―アルミニウ\nムの固溶体からなる合金のみならず,亜鉛−鉄−アルミニウムの金属間化合物であ
っても,熱処理前の同金属化合物の組成,熱処理の温度や時間等を適宜調節して,
亜鉛−鉄−アルミニウムベースの合金化合物(金属間化合物)を生じさせ,高い機
械的特性を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
エ 次に,その他の熱処理前の「亜鉛ベース合金」についても検討する。「亜
鉛ベース合金」には,前記2(2)で認定したとおり,多種多様な金属間化合物が該当
し得る一方で,本件明細書には,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,それらの「亜
鉛ベースの金属間化合物」である場合についての明示的な記載はない。
しかし,前記2(1)のとおり,本件出願時,本件発明にいう熱処理後に生じる3元
系以上の亜鉛−鉄ベース又は亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物に該当
するものとして,証拠上認定できるものは,(1)亜鉛−ニッケル−鉄,(2)亜鉛−鉄−
アルミニウム,(3)亜鉛−鉄−アルミニウム−ニッケルの3種類のみである。
そうすると,上記のような3元系以上の「亜鉛−鉄ベース合金化合物」又は「亜
鉛−アルミニウム合金化合物」を生じさせることのできる熱処理前の「亜鉛ベース
金属間化合物」たる「亜鉛ベース合金」に含まれ得る亜鉛以外の金属元素としては,
鉄,アルミニウム以外にはニッケルが挙げられる。そして,ニッケルについては,
前記2(1)で認定したとおり,亜鉛−ニッケル−鉄や亜鉛−鉄−アルミニウム−ニ
ッケルの金属間化合物の存在が本件出願時に知られていた上,本件出願時から,ニ
ッケルは亜鉛と合金を形成して鋼板の被膜を形成すること及び亜鉛−ニッケル合金
メッキは優れた耐食性を有することが知られていた(甲2,乙8)から,当業者は,
ニッケルがマイナー成分として加えられても本件発明の課題解決には影響はなく,
上記のように亜鉛が重要な役割を果たしていると認識するといえる。そうすると,
本件明細書の記載に接した当業者は,前記の鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物
が生じるという技術常識も踏まえて,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,亜鉛−ニ
ッケルの金属間化合物やそれに更にアルミニウムや鉄を含む金属間化合物であって
も,それらの組成,熱処理の温度や時間を適宜調節して,亜鉛−鉄ベースの合金化
合物又は亜鉛−アルミニウム−鉄ベースの合金化合物を生じさせ,高い機械的特性
を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
そして,本件ではアルミニウムとニッケル以外の金属が亜鉛−鉄と3元系以上の
金属間化合物を形成するかどうかは証拠上必ずしも明らかとなっていないのである
から,鉄,アルミニウム及びニッケル以外の金属元素と亜鉛からなる「亜鉛ベース
の金属間化合物」の被覆が熱処理により3元系以上の亜鉛−鉄ベース金属化合物又
は亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせて本件発明の課題を解
決することを被告が積極的に主張立証していないとしてもサポート要件が充足され
なくなるものではない。
オ 以上からすると,当業者は,本件明細書の記載と本件出願時の技術常識
とに基づいて,本件明細書の実施例2で開示された亜鉛重量50%−アルミニウム
重量50%の合金以外の「亜鉛ベース合金」として,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛
−鉄−アルミニウム金属化合物,亜鉛−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニ
ウムや鉄が加わった金属間化合物等を想起し,これらからなる鋼板上の被覆を熱処
理することによって亜鉛−鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛−鉄−ア
ルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせて本件発明に係る課題を
解決できることを理解することができ,そのことを被告は証明したと認めることが
できる。
(3) 原告は,(1)いかなる金属間化合物で鋼板を被覆し,それを熱処理すること
で,本件発明の課題を解決できるいかなる金属間化合物が生じるかを,被告が根拠
となる本件明細書の記載と技術常識を明らかにしつつ具体的に主張立証しなければ
ならないが,その主張立証が果たされていない,(2)亜鉛−鉄金属間化合物について,
δ1相が鋼板用の被膜として望ましいとする従来の技術常識からすると,当業者は
本件明細書の記載及び技術常識に照らして,本件発明の課題をできるとは認識しな
い,(3)亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物と亜鉛−ニッケル−鉄金属間化合物に
ついて,限られた温度の3元系状態図しか知られていなかったことからすると,当
業者は,熱処理することでどのような金属間化合物を得られるかを予測することは\nできないから,熱処理前の「亜鉛ベース合金」を本件明細書に開示のない「亜鉛ベ
ースの金属間化合物」にまで拡張することはできないと主張する。
ア 上記(1)について,当業者が,「亜鉛ベースの金属間化合物」の被覆とし
て,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケ
ル金属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等からなる被
覆を想起し,これらの被覆を熱処理することによって本件発明に係る課題を解決で
きることを理解できることは,前記(2)で判断したとおりである。
イ 上記(2)について,本件発明は,亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板を熱処
理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の鋼と合金化し
た層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度を持つように
なるという新たな知見に基づくものであり,かつ,実施例1,2で優れた腐食防止
効果を持つ被膜が形成されていることが確認できる(実施例1,2と同じ条件で実
験した場合にこのような結果が得られないことを示す証拠はない。)以上,従来の
技術常識にかかわらず,当業者は,本件明細書の記載と本件出願時の技術常識に基
づいて「亜鉛ベース合金」が「亜鉛ベースの金属間化合物」である場合,本件発明
の課題を解決できることを認識するといえ,原告の主張は採用することができない。
ウ 上記(3)について,前記(2)で検討したとおり,当業者は,本件明細書の記
載及び本件出願時の技術常識から,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物又は亜鉛
−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等の
被覆であっても課題を解決できると認識することができるというべきであって,こ
のことは,限られた温度の3元系状態図しか知られていなかったとしても,左右さ
れるものではない。
エ 以上からすると,原告の上記主張は,前記(2)の認定判断を左右するもの
ではない。
(4) したがって,原告主張の審決取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(実施可能要件についての認定判断の誤り)について\n
(1) 本件発明は方法の発明であるところ,方法の発明における発明の実施とは,
その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明につい
て実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が明細書の記載及び出願当時\nの技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その方法の使用をする
ことができる程度の記載が明細書の発明の詳細な説明にあるか否かによるというべ
きである。そして,実施可能要件についても特許権者(被告)がその証明責任を負\nう。
(2) 前記3で検討したところからすると,当業者は,本件明細書の記載と本件出
願時の技術常識に基づいて,「亜鉛ベースの金属間化合物」からなる被覆として,
亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケル金
属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等からなる被覆を
想起し,これらの被覆を熱処理することによって,高い機械的特性を持つ鋼板を製
造することができると認められるから,本件明細書の詳細な説明には,本件発明の
方法を使用をすることができる程度の記載があり,実施可能要件は充足されている\nと認められる。
(3) 原告は,実施可能要件について,(1)いかなる金属間化合物で被覆して熱処理
をすると,いかなる金属間化合物が生じ,「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対す
る保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得」ることについて主張立証がされていない,\n(2)鉄が被覆に拡散して鉄含有率の少ない金属間化合物が鉄含有率の高い金属間化合
物に変化することにより「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且
つ潤滑機能を確保し得る金属間化合物」となるとはいえない,(3)亜鉛−ニッケル金
属間化合物から亜鉛−ニッケル−鉄金属間化合物が形成されるとは理解できないと
主張する。
ア しかし,上記(1)について,前記3で検討したところからすると,当業者
は,「亜鉛ベースの金属間化合物」の被覆として,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−
鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニ
ウムや鉄が加わった金属化合物等からなる被覆を想起し,これらの被覆を熱処理す
ることによって本件発明を実施できると認識するものと認められる。
イ 上記(2)について,前記3で検討したとおり,本件発明が新たな知見に基
づくものであることや実施例1,2で優れた腐食防止効果を持つ被膜が形成されて
いることからすると,原告が主張するような事情を考慮しても,当業者は実施可能\nであると認識するものと認められる。
ウ 上記(3)について,前記3で検討したところからすると,当業者は,本件
明細書の記載や本件出願時の技術常識から,亜鉛−鉄−ニッケルの金属間化合物を
生じさせることができると認識すると認められる。
◆判決本文
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2019.12.15
平成30(行ケ)10110等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年11月14日 知的財産高等裁判所
無効審判中で訂正がなされて無効理由無しと判断されましたが、知財高裁は、サポート要件を満たしていないとして、審決を取り消しました。
原告らは,本件明細書の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識か
ら,本件発明1の「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200
μm未満」という数値範囲の全体にわたり,当業者が本件発明1の課題を解決
できると認識できるものではないから,本件発明1は,サポート要件に適合せ
ず,また,本件発明2ないし5,7ないし9も,同様に,サポート要件に適合
しないから,本件発明1〜5,7〜19は,サポート要件に適合するとした本
件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
(1) 本件発明1のサポート要件の適合性について
ア 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な
説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したもの
であり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特
許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独
占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止
することにあるものと解される。
そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許
請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,
当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明
に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができ
ると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
これを本件発明1についてみると,本件発明1の特許請求の範囲(請求
項1)の記載によれば,本件発明1は,「一つ以上の薬剤的に許容な賦形
剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシ
ブ」を含む「固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」に関す\nる発明であって,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が2
00μm未満である粒子サイズの分布を有する」ことを特徴とするもので
あるから,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。
そして,前記1(2)の本件明細書の開示事項によれば,本件発明1は,未
調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬\n可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供することを課題とするも\nのであると認められる。
イ(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,セレコキシブの生物学的利用
能に関し,「発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約\n200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μ
m以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm
以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の
上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシ
ブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若\nしくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少に
より,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したが\nって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは
約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは
約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11
に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60
μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に\n改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10
μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズ
を有する。」(【0124】),「湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,
一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕さ
れる若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕器若し
くは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリン\nグのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物
に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用し
てセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱
させることを回避するために,粉砕中に必要なことである。前記にて議
論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,
好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに
好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下に小さくす
ることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要で\nある。」(【0135】)との記載がある。これらの記載は,未調合の
セレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μ
m以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善される\nこと,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイ
プの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたら
せることを示したものといえる。
一方で,(1)本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「粒子の
最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子
サイズの分布を有する」構成とする具体的な方法を規定した記載はなく,\n本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミリングのような衝撃粉
砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もないこと,かえって,
本件明細書の【0135】には,セレコキシブの微細化に関し,「さま
ざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能である」との記載が\nあること,(2)本件明細書の【0008】には「セレコキシブは,水溶性
媒体には異常なほど溶解しない。例えば,カプセル形態で経口投与させ
た場合,未調合のセレコキシブは胃腸管にて急速に吸収されるために,
容易には溶解せず,分散もしない。加えて,長く凝集した針を形成する
傾向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは,通常,錠剤成形
ダイでの圧縮の際に,融合して一枚岩の塊になる。他の物質とブレンド
させたときでも,セレコキシブの結晶は,他の物質から分離する傾向が
あり,組成物の混合中にセレコキシブ同士で凝集し,セレコキシブの不
必要な大きな塊を含有する,非均一なブレンド組成物になる。」との記
載があること,(3)本件優先日当時,粉砕によって薬物の粒子径を小さく
し,比表面積(有効表\面積)を増大させることにより,薬物の溶出が改
善されるが,他方で,難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る
場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積\nが小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小
化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなること
があることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物で
あるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約20
0μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能\
が改善されることを直ちに理解することはできない。
また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長における
セレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定する
ことの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具\n体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの
粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満で
ある」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限
定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,
化合物によって様々な形態を採ること(甲イ72)に照らすと,200
μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布が
どのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解\nすることはできない。
以上によれば,本件明細書の【0022】,【0124】及び【01
35】の上記記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μ
m以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの
生物学的利用能が改善されると認識することはできない。\n
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2019.12. 5
平成30(行ケ)1017 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年12月4日 知的財産高等裁判所
サポート要件違反、進歩性違反が争われました。知財高裁(1部)は、サポート要件違反無し、進歩性違反ありとして、拒絶審決を維持しました。審決はサポート要件、進歩性違反とも無効理由ありと判断していました。
前記1(1)によれば,本件明細書には,「課題を解決するための手段」として,「本
発明の一の態様による自動注入可能なアクセスポートは,コンピュータ断層撮影走\n査プロセスに用いられ,隔膜を保持するよう構成される本体と,皮下埋め込み後,\n前記自動注入可能なアクセスポートをX線を介して識別するように構\築される,前
記アクセスポートの少なくとも1つの,前記自動注入可能なアクセスポートの,自\n動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報と相関がありX線
で可視の,識別可能な特徴とを具え,前記自動注入可能\なアクセスポートは,機械
的補助によって注入され,かつ加圧されることができ,前記隔膜は,前記本体内に
画定された空洞内に,前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜である。」
(【0009】)との記載があることに加え,アクセスポートは,機械的補助(自動注
入可能ポート)によって注入され,かつ加圧されることができること(【0013】),自動注入可能\ポートは,コンピュータ断層撮影(「CT」)走査プロセスにおいて使
用することができること(【0014】),典型的なアクセスポート10は,キャップ
14とベース16の間で隔膜18を保持するために構成することができ,これらが\n集合して,本体20に吐出ステム31の内腔29と流体連通している空洞36を画
定することができること(【0017】,【0018】,図1A,図1B),識別可能な特徴は,アクセスポートが患者の中に埋め込まれた後に知覚可能\であり,自動注射
可能であるアクセスポートと相関関係を有することができること(【0015】),識\n別可能な特徴は,金属プレートのサイズや形状等,X線の画像化を通じて知覚する\nことができるものでもよいこと(【0016】,【0046】)が記載されている。
これらの記載によれば,特許請求の範囲請求項1に記載された本件発明1は,本
件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。
(3) 当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであること
前記1(1)のとおり,本件明細書の「発明が解決しようとする課題」には,従来の
アクセスポートは,異なる製造業者または型式であっても,互いに区別することが
できない実質的に同様の外形を有することがあり,一度アクセスポートが埋め込ま
れると,アクセスポートの型式,様式またはデザインを見つけ出すのが難しくなり,
交換タイミング等の目的にとって好ましくないという問題があり(【0007】),皮
下埋め込み後に検知される,少なくとも1つの識別可能な特徴を設けたアクセスポ\nートを提供することは有利であること(【0008】)の記載がある。
また,「課題を解決するための手段」には,アクセスポートは,(例えば,針を含む
注射器を介して)手で注入されることができ,または,機械的補助(例えば,いわゆ
る自動注入可能ポート)によって注入され,かつ加圧されることができること(【0\n013】,【0014】),アクセスポートの識別可能な特徴は,アクセスポートに関\n連する情報(例えば製造業者の型式またはデザイン)と相関関係を有することがで
き,自動注射可能であるアクセスポートと相関関係を有することができること(【0\n015】)の記載がある。
以上の記載によれば,本件発明1の課題は,自動注入可能なアクセスポートを埋\nめ込んだ後に,そのアクセスポートが自動注入可能なアクセスポートであるのかを\n識別可能とすることであると認められ,その課題の解決手段として,「皮下埋め込み\n後,前記自動注入可能なアクセスポートをX線を介して識別するように構\築される,
前記アクセスポートの少なくとも1つの,前記自動注入可能なアクセスポートの,\n自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報と相関がありX
線で可視の,識別可能な特徴」を備えるようにしたものであることが認められる。\nそして,本件明細書には,「識別可能な特徴」に関し,触診又は目視観察によって\n知覚することができるもののほか,プレート又は他の金属形状の金属的な特徴のよ
うにX線の画像化を通じて知覚できるものでもよく,その金属的特徴は,X線感光
フィルムを,アクセスポートを通過するX線エネルギーに曝すと同時に,X線エネ
ルギーへのアクセスポートの露出によって生じるX線で示されること(【0016】,
【0046】),識別可能な特徴が,ひとたび観察され,または別の方法で決定され\nると,アクセスポートのそのような少なくとも1つの特徴の相関関係を達成するこ
とができ,アクセスポートに関連する情報を得ることができること(【0015】)
の記載がある。
これらの記載に接した当業者は,本件発明1の「識別可能な特徴」を採用したア\nクセスポートは,X線に曝すことで「識別可能な特徴」が知覚でき,これにより「自\n動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報」との相関関係を
達成し,「自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報」を得
ることができ,その結果,皮下埋め込み後に自動注入可能と識別できるものである\nことを認識することができるというべきである。
よって,特許請求の範囲請求項1に記載された本件発明1は,本件明細書の発明
の詳細な説明の記載により,当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる
範囲のものである。
(4) 被告らの主張について
被告らは,本件明細書には,「X線で可視の,識別可能な特徴」と「自動注入可能\
なアクセスポートの,自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\
な情報」をどのように「相関」させるかという点について記載も示唆もないから,本
件発明1はサポート要件を欠いていると主張する。
しかし,本件明細書には,「識別可能な特徴は,前記アクセスポートに関連する情\n報・・・と相関関係を有することができる」ものであり,「アクセスポートからの識別可能な特徴は,異なる型式またはデザインの,別のアクセスポートの他の識別可能\な
特徴の,すべてではないにしても大部分に関して唯一のものである」(【0015】)
との記載があり,触診によって知覚される識別可能な特徴の例として,本体を部分\n的な略ピラミッド状の形状とすること(【0020】,【0021】,図1A,図1B),X線の画像化を通じて知覚することができる識別可能な特徴の例として,アクセス\nポートの金属的な特徴のサイズ,形状,又はサイズと形状の両方が,アクセスポー
トの識別のため選択的に調整されること(【0046】)が記載されている。
これらの記載によれば,「識別可能な特徴」を,当該アクセスポートに固有の形状\nやサイズにすることによりアクセスポートを特定可能にし,もって,「アクセスポー\nトに関連する情報…と相関関係を有することができる」ようにすることが開示され
ている。そして,本件発明1の「自動注入可能なアクセスポートの,自動注入可能\に
定格されていないアクセスポートと区別可能な情報」は,「アクセスポートに関連す\nる情報」であるから,上記記載は,「自動注入可能なアクセスポートの,自動注入可\n能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報」と「X線で可視の,識別
可能な特徴」との「相関」の具体的態様の1つとして理解することができるという\nべきである。
・・・
(4) 相違点1の容易想到性
ア 各文献の記載事項
本件出願の優先日当時の各文献には,次の記載がある(下記記載中の甲11図1
0,甲12図2−1,2−3,2−4は別紙周知例図面目録のとおり。)。
(ア) 米国特許第5851221号明細書(甲11)には,(1)予め形成されたヘッ\nダモジュール12を機密封止筐体14に取り付けて製造される埋め込み型の医療機
器において,ヘッダモジュール12のハウジング20がX線不透過性のIDプレー
ト60を備えること(第8欄23行〜34行,図10),(2)埋め込み型医療機器には,
埋め込み可能な薬剤供給装置,IPG(心臓ペースメーカ,ペースメーカ‐心臓除\n細動器,神経,筋肉及び神経刺激器,心筋刺激器など),埋め込み型心臓信号モニタ
及びレコーダなどが含まれること(第6欄39行〜54行)が開示されている。
(イ) IsoMedの説明書(甲12)は,肝動脈の注入治療のための臨床のレフ
ァレンスガイドであり ,(1)IsoMed注入システムは,IsoMed定量ポンプ
と,メドトロニック血管カテーテルを含み,化学療法用薬剤の肝動脈注入に使用す
る場合,まずカテーテルをポンプに接続し,ポンプは腹部の皮下腔に配置し,カテ
ーテルは腹壁内にくぐらせその端部は胃十二指腸動脈等に配置すること(2−2頁\n1行〜8行,図2−1),(2)IsoMed定量ポンプは,化学療法薬剤またはヘパリ
ン化液剤を貯蔵するリザーバーと,セルフシーリング隔膜を有し,リフィル針によ
りリザーバーにアクセス可能なセンターリザーバフィルポートとを備えること(2\n−3頁14行〜18行,2−4頁1行〜6行,図2−3),(3)IsoMed定量ポン
プはさらに,X線識別タグ等を備え,X線識別タグは,メドトロニック識別子,ポン
プの型番,リザーバーの体積及び流量を記録していること(2−4頁10行〜14
行,図2−4)が開示されている。
(ウ) Robert M. Steiner ほか「心臓ペースメーカの放射線学(The radiology of ca
rdiac pacemakers)」と題する論文(RadioGraphics,Vol.6,No.3,p373−39
9。乙1)には,ジェネレーターのX線画像は,ペースメーカの製造業者,タイプ及
び作用機序を識別するために有用であるが,何十もの製造業者が何百ものモデルを\n製造しており,流通している全てのペースメーカに精通している医師はいないため,
製造業者から通常提供される,X線画像上の外観やX線不透過性コードを示す参照
チャートが利用可能であることが開示されている(379頁)。\n
(エ) Sergio L. Pinski ほか「植込み型除細動器:非電気生理学者への影響(Implan
table Cardioverter-Defibrillators: Implications for the Nonelectrophysiologist)」と題す
る論文(Annals of Internal Medicine Vol.122, No.10,p770−777。乙
2)には,全ての製造業者の植込み型除細動器は,X線不透過性の識別子を有する
ので,緊急時にはX線を透過させることによりデバイスの識別が可能になることが\n開示されている(771頁左欄14行〜26行)。
(オ) John L. Atlee ほか「心調律管理装置(第2部)(Cardiac Rhythm Managemen
t Devices (Part II) Perioperative Management)」と題する論文(Anesthesiology, Vol.95,No.6,p1492−1506。乙3)には,既存のほとんどのペースメーカ
及びICD には,これらのデバイスが埋め込まれている領域の胸部X線写真をみれ
ば,デバイスの製造業者及びモデルが識別できる固有のX線不透過性コード(X線
又はX線画像上の署名)が刻印されていることが開示されている(1502頁左欄
11行〜右欄15行)。
(カ) 米国特許第4863470号明細書(甲14)には,(1)乳房用,ペニス,膀
胱,失禁用装置等のインプラントは,体内への埋め込み前及び後の両方において容
易に識別可能であると好都合であること(第1欄14行〜35行),(2)皮下移植用の
インプラントについて,X線不透過性の識別マーカーを囲むX線透過部を含むよう
にすることで,識別マーカーは埋め込み前において視認可能であるとともに,埋め\n込み後はX線撮影によって判読可能であること(第1欄49行〜57行),(3)識別マ
ーカーは,インプラントのサイズのほか,製造業者,製造年,種類等を示すことがで
きること(第2欄30行〜46行)が開示されている。
イ 周知技術の認定
(ア) 上記アの記載事項によれば,本件優先日当時,心臓用の医療装置(甲11,
乙1〜3),皮下埋込型の薬液注入装置(甲12),人工乳房(甲14)等の,人体に
埋め込まれて使用される医療機器において,人体に埋め込まれた後に当該装置を特
定する情報を含むX線不透過性の識別子,すなわち,X線で可視の識別可能な特徴\nを備えることは,既に臨床レベルで採用された,周知の技術であったと認められる。
(イ) 原告の主張について
原告は,甲11,甲12の各文献に記載されたわずか2件の発明を根拠に,人体
に埋め込まれて使用される医療機器一般について,X線で可視な特徴を備えること
が周知技術と認定することはできず,また,乙1〜3,甲14の各文献の記載を考
慮したとしても,これらに開示されているのは,人体に埋め込まれて使用される心
臓用医療機器であるから,アクセスポートを含む皮膚埋込型の医療機器全般におけ
る周知技術を認定することはできないと主張する。
しかし,装置の型番を示すX線で可視な特徴を備えることは,心臓用医療機器の
みならず,人工乳房,肝動脈に抗がん剤を投入するポンプなど,人体に埋め込まれ
て使用される多様な医療装置において行われていたことは,上記アのとおりである。
そして,甲12には,化学療法用薬剤の肝動脈注入ポンプを腹部の皮下腔に配置
し,体外から薬剤を注入することが記載されていること,甲11には,X線で可視
な特徴としてX線不透過性のIDプレート60を備える医療機器の例として,心臓
ペースメーカ,植込み型除細動器などのほかに薬剤供給装置が挙げられており,薬
剤供給の用途が示唆されていることに照らすなら,装置の型番を示すX線で可視な
特徴を備えることは,アクセスポートを含む皮膚埋込型の医療機器においても,周
知技術であったと認められ,原告の上記主張は採用できない。
ウ 容易想到性の判断
(ア) 引用発明は,造影CTにおいて,造影剤を注入するために用いられる皮下埋
込型のアクセスポートであって,人体に埋め込まれて使用される医療機器の分野に
おける上記イの周知技術と同一の技術分野に属している。また,引用発明に上記周
知技術を適用することについて,阻害要因があることは認められない。そうすると,
引用発明に上記周知技術を適用し,人体に埋め込まれた後に当該装置を特定する情
報を含む,X線で可視の識別可能な特徴を備えるようにすることは,当業者が適宜\nなし得ることであるというべきである。
そして,引用発明である「自動注入可能なアクセスポート」を特定する情報は,自\n動注入可能なアクセスポートを自動注入可能\に定格されていないアクセスポートと
区別可能な情報である。そうすると,引用発明を特定する情報を含む,X線で可視\nの識別可能な特徴によって,上記「情報」を識別することができるから,上記識別可\n能な特徴は,「前記アクセスポートの少なくとも一つの,前記自動注入可能\なアクセ
スポートの,自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能\な情報」
と「相関」があるということができる。
よって,引用発明に上記周知技術を適用し,相違点1に係る構成とすることは,\n当業者が適宜なし得ることである。
(イ) 原告の主張について
原告は,本件発明の「相関」は,添付文書に記載された情報に基づいて,「識別可
能な特徴」に,「自動注入可能\」であることを示すものとしての意味が直接的に付与
されていることが必要であり,医師等が添付文書などに基づいて,その「識別可能\nな特徴」の意味を理解できることを要し,単に「ポートの型式」が示されているだけ
では,それ自体に「自動注入可能」かどうかの直接的な意味付けはない以上,「自動\n注射可能である前記アクセスポートと相関関係」があるとはいえないから,「前記自\n動注入可能なアクセスポートの,自動注入可能\に定格されていないアクセスポート
と区別可能な情報と相関がありX線で可視の,識別可能\な特徴」に該当するとはい
えない旨主張する。
しかし,本件発明1の特許請求の範囲には,「相関」の具体的態様について限定は
ない上,本件明細書にも,「相関」について,添付文書に記載された情報に基づいて,
「識別可能な特徴」に,「自動注入可能\」であることを示すものとしての意味が直接
的に付与されていることが必要であり,医師等が添付文書などに基づいて,その「識
別可能な特徴」の意味を理解できることを要することの記載や示唆はない。\nそして,本件明細書の「識別可能な特徴が,ひとたび観察され,または別の方法で\n決定されると,アクセスポートのそのような少なくとも1つの特徴の相関関係を達
成することができ,そして,前記アクセスポートに関連する情報を得ることができ
る」(【0015】)との記載によれば,「識別可能な特徴」と「アクセスポートに関連する情報」との「相関」が達成されると,「識別可能\な特徴」から「アクセスポート
に関連する情報を得ることができる」ようになって,そのアクセスポートを特定で
きるようになることを理解することができるところ,その具体的態様については,
当業者が適宜設定できるものと解される。
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2019.11.17
平成31(行ケ)10003 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年11月11日 知的財産高等裁判所
サポート要件違反が争われました。原告は、「本件発明の課題は,市販品として問題のない口腔内崩壊錠が提供されるかという観点から判断されるべき」と主張しましたが、知財高裁(3部〉は、サポート要件違反とした審決を維持しました。
原告が本件発明の実施例であると主張する実施例4においては,錠剤硬度
117N,摩損度0.4パーセント(7/12)(ただし,括弧内は明らか
なひび・割れ・欠けの個数/試験数),崩壊時間39秒(日局(補助盤な
し)),7秒(日局(補助盤あり)),40秒(口腔内(静的))であった
ことが記載されている。
他方,本件明細書の実施例の摩損度の評価は,錠剤の摩損度試験法(日局
参考情報)に従って行われるとされているところ(【0062】),日本薬
局方参考情報(乙1)によれば,錠剤の摩損度試験法においては,明らかに
ひび,割れ,欠けが見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとさ
れている。
そうすると,「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠であ
り,摩損度が0.4%とする実施例4の摩損度の評価の記載を,日本薬局方
参考情報における錠剤の摩損度試験法で「明らかなひび・割れ・欠け」が見
られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされていることとの関係
で一義的に整合するように理解することができない。そして,本件明細書に
は「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠である実施例4の場
合に,どのような方法で摩損度を測定した結果0.4%という数値を得たの
かに関する説明はなく,この点についての当業者の技術常識を示す的確な証
拠もない。
以上によれば,当業者は,本件明細書の実施例4の記載から,当該実施例
において低い摩損度を含む本件課題が実現されていることを理解することが
できないし,本件明細書のその余の部分にも,本件発明が,「高い原薬含有
率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの
口腔内崩壊錠を提供する」という本件課題を解決できることを示唆する記載
はなく,この点に関する技術常識を示す的確な証拠もない。
したがって,本件発明について,本件明細書に記載された発明で,発明の
詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであり,また,その記載や示唆がなくとも当業者が
出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲の
ものであるということができないから,本件発明がサポート要件に適合する
ものということはできない。
(5) 原告の主張について
ア 原告は,「明らかなひび・割れ・欠け」は,摩損度とは異なる概念であ
り,本件発明の課題には含まれない,また,仮に含まれるとしても,本件
発明の課題は,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度の両立」であ
るから,本件発明はこれを解決するものであると主張する。
前記(3)ア及びイにみたとおり,本件明細書においては,発明を実施する
ための形態,実施例の箇所において,それぞれ速やかな崩壊性,高い硬
度,低い摩損度の具体的な評価方法について記載している。特に,摩損度
について,発明を実施するための形態において,「『低い』摩損度とは,
例えば,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従い,試験を行うとき,
0.5%未満(明らかなひび・割れ・欠けなし)である。」(【005
0】)とされ,また,実施例において,「摩損度は,錠剤の摩損度試験法
(日局参考情報)に従い,試験を行った。摩損度の目標品質は,通常の錠
剤と変わらない取り扱いを目指し,0.5%未満(明らかなひび・割れ・
欠けなし)とした。」(【0062】)と記載されている。
そして,本件明細書は,かかる評価方法に従って,崩壊性や硬度につい
て,比較例や実施例を評価しており,摩損度については,明らかなひび,
割れ,欠けの個数も含めて評価している(【0068】,【0072】,
【0076】)。
また,摩損度について,本件明細書が引用する日本薬局方の参考情報
は,「試験後の錠剤試料に明らかにひび,割れ,あるいは欠けの見られる
錠剤があるとき,その試料は不適合である。もし結果が判断しにくいと
き,あるいは質量減少が目標値より大きいときは,更に試験を二回繰り返
し,三回の試験結果の平均値を求める。多くの製品において,最大平均質
量減少(三回の試験の)が1.0%以下であることが望ましい。」(乙
1)として,摩損度試験の評価の際に,明らかなひび,割れ,欠けがある
場合にそもそも試料が不適合であるとしてかかる概念も含めて評価の対象
とするものである。
そして,前記(3)に引用した本件明細書の記載のほかに,本件明細書中に
おいて,本件課題の具体的な評価方法としても,個別の実施例の記載につ
いても,本件発明の課題解決をどのように評価するかについての基準や考
え方は窺われない。
以上によれば,本件課題である「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩
損度の両立」が解決されたといえるためには,「低い摩損度」概念の中に
「明らかなひび・割れ・欠け」がないことも含んだ上で,「速やかな崩壊
性」,「高い硬度」及び「低い摩損度」を実現することが必要であると解
される。
イ 原告は,本件発明の課題が達成されているかどうかは市販品として問題
のない口腔内崩壊錠が提供されているかどうかという観点から判断される
ものであるなどと主張する。
しかしながら,本件明細書には,原告の主張する「市販品として問題の
ない口腔内崩壊錠が提供されているかどうか」について何らの記載もな
く,本件明細書における摩損度試験法に関する明示的な記載に反してこの
ような評価をすべき根拠は見当たらない。
ウ 原告は,実施例4の摩損度及び「明らかなひび・割れ・欠け」の記載に
接すると,当業者であれば,日本薬局方の参考情報(乙1)が想定する摩
損度が1パーセントを明らかに超えるようなレベルの「明らかなひび・割
れ・欠け」があるとまではいえないものがカウントされていると理解でき
るなどと主張する。
しかしながら,そもそも,本件明細書は,摩損度試験について,日本薬
局方の参考情報(乙1)に従うとした上で,それと同様の表現をした「明\nらかなひび・割れ・欠け」の有無を問題としているのであって,本件明細
書と日本薬局方の「明らかなひび・割れ・欠け」が異なる概念であること
は何ら読み取れない。
エ 原告は,本件特許出願時において,打錠圧を上げることによって「明ら
かなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることや,予\圧をすることによ
って「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることが技術常識で\nあったとして,このような技術常識に照らせば,本件発明は本件発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであることを主張する。
しかしながら,本件課題は,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高
い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供す
る」というものであるところ,甲41〜44,54,69〜74(枝番を
含む。)には,本件発明の口腔内崩壊錠について,打錠圧を上げ,あるい
は,予圧をすることによって,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損\n度を両立」することができることを示すものではない。本件発明の構成に\nついて,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって本件課題を解\n決することができるとの技術常識があるとは認められない。
そして,かかる技術常識が存在しない以上,それを裏付ける実験データ
(甲45,53)を考慮することはできない。
なお,本件明細書には,「適切な硬度が得られる打錠圧で所定の質量の
錠剤を製造する。」(【0059】)と記載されているものの,「ひび・
割れ・欠け」の解消との関係で,打錠圧の調整をすべきことについては記
載がなく,当業者に対し,課題解決への示唆があるとも認められない。
037/089037
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2019.11.17
平成31(行ケ)10015 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年11月11日 知的財産高等裁判所
争点の一つがPBPクレームの明確性判断です。請求項7について、審決はPBPクレームについて明確性違反ありと判断されました。これに対して、原告は、「製造方法が物のどのような構造又は特性を表\しているのかは明らか」と争いましたが、裁判所は無効審決を維持しました。
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載
されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)
において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明
が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当
該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能\であるか,又はお
よそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年
(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号70
0頁参照)。
(2) 本件発明7について
本件発明7は,「前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した
直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。」として,請求項
6の「前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1また
は2に記載のタブ端子。」を引用するものであり,「酸化スズ形成処理が溶
剤処理により行われる」との記載は製造方法であるから,特許請求の範囲に
その物の製造方法が記載されている場合に当たる。
そうすると,本件発明7について明確性要件に適合するというためには,
出願時において本件発明7の「タブ端子」を,その構造又は特性により直接特定することが不可能\であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することを要するところ,原告はかかる事情について,具体的な主張立証を
しない。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,本件明細書の記載(【0026】,【0028】)から,ウィ
スカ発生の抑制を目的とした酸化スズが形成されているというタブ端子の
溶接部分の構造ないし特性を示す目的で「溶剤処理」という用語を用いていることが読み取れるとして,製造方法が物のどのような構\造又は特性を表しているのかは,本件発明の記載及び本件明細書の記載から極めて明白であり,上記(1)の不可能又は非実際的事情について検討するまでもなく,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確と\nいえないから,明確性要件に適合すると主張する。
しかし,本件明細書には,請求項3に係る「熱処理」及び請求項6に係
る「溶剤処理」により酸化スズ形成処理が施されたタブ端子についての記
載があるものの,これらの熱処理及び溶剤処理により形成された酸化スズ
が,それぞれどのような構造又は特性を有するものであるのかについての記載はない。そうすると,本件明細書の記載から,本件発明7の引用する\n請求項6に係る溶剤処理により形成された酸化スズがどのような構造又は特性を有するかが明らかであるとはいえないし,また,それが技術常識か\nら明らかであるとみるべき証拠もない。
したがって,原告の主張は採用できない。
イ また,原告は,仮に,本件発明において問題としている課題解決手段で
ある酸化スズ形成処理を超えてその構造・特性や熱処理や溶剤処理を行うにタブ端子に対して生じる変化を事細かに規定しなければならないとす\nれば,それは上記(1)の最高裁判決に示す不可能又は非実際的事情に該当すると主張する。\nしかし,原告の主張する点は,本件発明7の「タブ端子」を,その構造又は特性により直接特定することが不可能\であるか,又はおよそ実際的でないことを示す事情を示すものではなく,上記(2)の判断を左右するもので
はない。
ウ さらに,原告は,審決が明確性要件の判断に先立ち,本件発明6につい
ての進歩性の判断を行っていることは,実質的に本件発明が明確であるこ
とを前提としていると主張する。
しかし,進歩性の欠如と明確性要件適合性は,異なる無効理由であり,
進歩性の判断と明確性要件適合性の判断に論理的な先後関係があるわけで
はないから,原告の主張は採用できない。
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2019.11. 1
平成30(行ケ)10092 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年10月30日 知的財産高等裁判所
無効理由無し(サポート要件、実施可能要件、進歩性)とした審決が維持されました。
上記(1)の認定事実によれば,本件発明1は,PCSK9とLDLRタンパク
質の結合を中和し,参照抗体1と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこ
れを使用した医薬組成物を,本件発明2は,PCSK9とLDLRタンパク質の結
合を中和し,参照抗体2と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使
用した医薬組成物を,それぞれ提供するものである。そして,本件各発明の課題は,
かかる新規の抗体を提供し,これを使用した医薬組成物を作製することをもって,
PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,
対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,高コレステロール血症
などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することにあると理解することができる。\n本件各明細書には,本件各明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用
してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体
を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され,そのうちの合計39抗体
について,エピトープビニングを行い,21B12と競合するが,31H4と競合
しないもの(ビン1)が19個含まれ,そのうち15個は,中和抗体であること,
また,31H4と競合するが,21B12と競合しないもの(ビン3)が10個含
まれ,そのうち7個は,中和抗体であることが,それぞれ確認されたことが開示さ
れている。また,本件各明細書には,21B12と31H4は,PCSK9とLD
LRのEGFaドメインとの結合を極めて良好に遮断することも開示されている。
21B12は参照抗体1に含まれ,31H4は参照抗体2に含まれるから,21
B12と競合する抗体は参照抗体1と競合する抗体であり,31H4と競合する抗
体は参照抗体2と競合する抗体であることが理解できる。そうすると,本件各明細
書に接した当業者は,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個
の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加え
て,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同
様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体
を得られ,それが対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を有すると認
識できると認められる。
さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免
疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,21B12や
31H4と競合する,PCSK9−LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定す
るためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され,当業
者は,これらの記載に基づき,一連の手順を最初から繰り返し行うことによって,
本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗
体1又は2と競合する中和抗体を得ることができることを認識できるものと認めら
れる。
以上によれば,当業者は,本件各明細書の記載から,PCSK9とLDLRタン
パク質の結合を中和し,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル
抗体を得ることができるため,新規の抗体である本件発明1−1及び2−1のモノ
クローナル抗体が提供され,これを使用した本件発明1−2及び2−2の医薬組成
物によって,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連す
る疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減するとの課題を解決できることを認識できるものと認められる。よって,本件各発明は,いずれもサポート要件に\n適合するものと認められる。
(3) 控訴人の主張について
控訴人は,本件各発明は,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件と,「結
合中和することができる」という解決すべき課題(所望の効果)のみによって特定
される抗体及びこれを使用した医薬組成物の発明であるところ,競合することのみ
により課題を解決できるとはいえないから,サポート要件に適合しない旨主張する。
しかし,本件各明細書の記載から,「結合中和することができる」ことと,「参照
抗体と競合する」こととが,課題と解決手段の関係であるということはできないし,
参照抗体と競合するとの構成要件が,パラメータ要件であるということもできない。そして,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特\n定されていくことは技術常識であり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,
その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認められない(甲34,35)。\n前記のとおり,本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,
本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するもので,参
照抗体と「競合」する単離されたモノクローナル抗体であること及びPCSK9と
LDLR間の相互作用(結合)を遮断(「中和」)することができるものであること
を構成要件としているのであるから,控訴人の主張は採用できない。(4) 本件各訂正発明のサポート要件適合性
なお,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構\成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構\成要件2B’)とするものであるから,本件各訂正発明も,いずれもサポート要件に適合するものと認められ
る。
(5) 小括
以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれもサポート要件に適合するというべきである。
4 争点(2)イ(実施可能要件違反)について\n
(1) 前記3(1)の認定事実によれば,本件各明細書の記載から,本件発明1−1及
び2−1の抗体及び本件発明1−2及び2−2の医薬組成物を作製し,使用するこ
とができるものと認められるから,本件各明細書の発明の詳細な説明の記載は,当
業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができる。\nしたがって,本件各発明は,いずれも,実施可能要件に適合するものと認められる。\n
(2) 控訴人の主張について
控訴人は,本件各発明は,抗体の構造を特定することなく,機能\的にのみ定義さ
れており,極めて広範な抗体を含むところ,当業者が,実施例抗体以外の,構造が特定されていない本件各発明の範囲の全体に含まれる抗体を取得するには,膨大な\n時間と労力を要し,過度の試行錯誤を要するのであるから,本件各発明は実施可能要件を満たさない旨主張する。\nしかし,明細書の発明の詳細な説明の記載について,当業者がその実施をするこ
とができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとの要件に適合することが求められるのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程\n度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになる\nからである。
本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
PCSK9との結合に関して,参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗
体についての技術的思想であり,機能的にのみ定義されているとはいえない。そして,発明の詳細な説明の記載に,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和す\nることができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体1又は2と競合する,単離
されたモノクローナル抗体の技術的思想を具体化した抗体を作ることができる程度
の記載があれば,当業者は,その実施をすることが可能というべきであり,特許発明の技術的範囲に属し得るあらゆるアミノ酸配列の抗体を全て取得することができ\nることまで記載されている必要はない。
また,本件各発明は,抗原上のどのアミノ酸を認識するかについては特定しない
抗体の発明であるから,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認
識する特定の抗体(EGFaミミック)が発明の詳細な説明の記載から実施可能に記載されているかどうかは,実施可能\要件とは関係しないというべきである。そして,前記(1)のとおり,当業者は,本件各明細書の記載に従って,本件各明細
書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件各特許の特許請求の範
囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるのであ
るから,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得
る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。
よって,控訴人の主張は採用できない。
(3) 本件各訂正発明の実施可能要件の適合性\n
なお,前記3(4)のとおり,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構\成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構\成要件2B’)とするものであるから,当業者は,本件各明細書の記載から,本件訂正発明1
−1及び2−1の抗体及び本件訂正発明1−2及び2−2の医薬組成物を作製し,
使用することができるものと認められ,本件各訂正発明も,いずれも実施可能要件に適合するものと認められる。\n
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2019.10. 1
平成30(行ケ)10150 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年9月18日 知的財産高等裁判所
特36条4項「実施可能要件」という。)の無効理由なしとした審決が維持されました。
本件各発明の方法は,1)ラテックスの第一層(請求項1)や織布又はメリヤ
スの第一層(請求項2)が形成された型を,水性ラテックスエマルジョン中で浸漬
被覆することによりラテックスの第二層を形成し,2)ラテックスの第二層に離散し
た多面的な塩の粒子を塗布することでラテックスの第二層をゲル化し,ラテックス
の第二層の中の塩の粒子の形状を固定した上,3)ラテックスの第二層を熱硬化させ
る前にラテックスの第二層から離散した多面的な塩の粒子を溶解し,4)その後,形
成した層を熱硬化させ,硬化した第二層を形成し,5)型から硬化したテクスチャー
ド加工手袋を外すというものである。
そして,本件各発明の方法に用いられる「型」(【0013】),「凝固剤」(【0014】【0026】),「水性ラテックスエマルジョン」ないし「発泡体」に相当するもの(【0015】【0028】【0032】),「塩」ないし「離散粒子」に相当するもの(【0010】〜【0012】【0018】【0033】),「織布」ないし「メリヤス」(【0022】)については,いずれも本件明細書に具体的にその意義(使用目的),材料名,調合方法又は入手方法等が記載されている。
また,本件各発明の方法に係る具体的手法は,離散した塩粒子のサイズ及び塗布
方法(【0010】【0012】【0018】【0033】)や,塩の粒子の溶解がラテックスの第二層の熱硬化の前に行われること(【0009】【0018】【0034】
〜【0036】)を含めて,いずれも本件明細書に実施例を交えて詳細に記載されて
いる(【0009】〜【0016】【0018】【0022】【0026】〜【003
8】)。
よって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が,本件各発
明の方法の使用を可能とする具体的な記載がある。\nイ また,本件各発明により生産されるのは,テクスチャード加工表面被覆を有\nする手袋であるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,テクスチャード加工
表面被覆は,離散粒子(塩)の逆像が多面的な痕となって残ったものであり,手袋の\n外側又は内側のいずれかに取り入れられることが記載されている(【0007】【0
009】【0011】)。
ウ このように,本件明細書には,その具体的な実施の形態の記載もあることか
らすれば,当業者において,発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に
基づき,その製造方法を使用し,かつ,その製造方法により生産した手袋を使用す
ることができる程度の記載があるということができ,使用のために当業者に試行錯
誤を要するものともいえない。
よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に適合するもの\nと認められる。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,本件各発明に係る手袋の生産方法が,甲1,甲2及び甲7に記載さ
れた手袋の生産方法よりも優れた作用効果を有する手袋の生産をすることができる
ように記載されていないとし,また,本件明細書に記載されたつまみ力試験ではグ
リップ力の測定はできず,そこでされている従来の被告の自社製品等との比較も適
切なものでないとして,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件各
発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないと主張す\nる。
イ 甲1,甲2及び甲7には,次の各記載がある。
・・・・
ウ しかしながら,本件各発明の方法により製造される手袋が,原告の引用する
手袋(甲1,甲2及び甲7)よりも優れたグリップ力を有するか否か,及び,つまみ
力試験でグリップ力の測定ができるか否かは,本件明細書の発明の詳細な説明の記
載が実施可能要件を満たしているか否かとは関係がない。\nなお,証拠(甲18)によれば,原告の主張は,本件各発明が,甲1,甲2及び甲
7等の従来技術よりも手袋のグリップ力を向上させることを課題とするにもかかわ
らず,その課題の達成が追試可能な形で示されていないという趣旨のものと理解で\nきないわけではない。しかし,そうであれば,結局のところ,本件各発明の上記従来
技術に対する進歩性を問題とするものであり,発明の公開の程度を問題とするもの
ではないから,いずれにせよ実施可能要件の充足を争う主張としては失当というほ\nかない。
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2019.09.20
平成30(行ケ)10093 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年9月19日 知的財産高等裁判所
サポート要件・実施可能要件違反の無効理由なしとした審決が維持されました。\n
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否
か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のであり,サポート要件の存在については,特許権者(被告)がその証明責任を負
うものである。
そして,前記のとおり,本件では熱処理前の「亜鉛ベース合金」が「亜鉛ベース
の金属間化合物」である場合にもサポート要件が充足されているかどうかが争点と
なっているところ,以下,この争点について,上記のような証明責任が果たされて
いるかどうかについて判断する。
(2) ア 前記1のとおり,本件明細書には,亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板
を熱処理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の鋼と合
金化した層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度を持つ
ようになるという新たな知見が得られたことに基づき,熱間成形や熱処理の前に,
鋼板を亜鉛又は亜鉛ベース合金で被覆し,その後熱処理を行うことにより,腐食に
対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保しかつ潤滑機能を確保する,亜鉛−鉄\nベース合金化合物又は亜鉛−鉄−アルミニウムベース合金化合物を生じさせ,これ
によって,熱処理中または熱間成形中の鋼の腐食防止,脱炭防止,高温での潤滑機
能の確保等の効果を奏することが記載され,実施例1として,鋼板を亜鉛で被膜し\nたものを950℃で熱処理して,亜鉛−鉄合金の被膜を鋼板の表面に生じさせたと\nころ,同被膜が優れた腐食防止効果を有することが確認された旨が記載され,さら
に,実施例2として,50−55%のアルミニウム,45−50%の亜鉛及び任意
に少量のケイ素を含有する被膜を熱処理したところ,極めて優れた腐食防止効果を
有する亜鉛−アルミニウム−鉄合金の被膜が得られたことが記載されている。
これらの記載及び弁論の全趣旨を総合すると,当業者は,本件明細書の記載から,
鋼板上に被覆された亜鉛又は「亜鉛ベース合金」の固溶体である亜鉛−アルミニウ
ム合金を熱処理して,亜鉛−鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛−鉄−
アルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせ,高い機械的強度を持
つ鋼板を製造することができることを認識することができるものと認められる。ま
た,当業者は,本件発明の合金化合物において,亜鉛が共通する主要な成分である
から,本件発明の課題解決には亜鉛が重要な役割を果たしていると認識するものと
認められる。
イ 前記2で認定したとおり,亜鉛と鉄が金属間化合物を形成するものであ
ること,熱処理後の「亜鉛−鉄ベース合金化合物」に亜鉛−鉄金属間化合物が含ま
れること及び熱処理により鋼板から鉄の拡散が進んで金属間化合物について複数の
相が生じ得る,すなわち,異なる金属間化合物に変化し得ることが,本件出願時の
技術常識であったことからすると,本件明細書の記載に接した当業者は,熱処理前
の被膜が実施例1とは異なり,亜鉛−鉄金属間化合物であったとしても,実施例1
の記載及び上記技術常識を基礎にして,熱処理前の亜鉛−鉄の金属間化合物の組成,
熱処理の温度や時間等を適宜調節して,熱処理後に異なる亜鉛−鉄ベース合金化合
物(金属間化合物)を生じさせ,高い機械的特性を持つ鋼板を製造することができ
ると認識することができると認められる。
ウ また,鋼板上に被覆された熱処理前の「亜鉛ベース合金」が金属間化合
物で,それを熱処理して亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせ
る場合についても,1)固溶体である亜鉛−アルミニウム合金の被膜を熱処理して,
極めて優れた腐食防止効果を有する亜鉛−鉄−アルミニウム合金の被膜を生じさせ
る実施例2が本件明細書に記載されていること,2)前記2(1)のとおり,亜鉛−鉄−
アルミニウムの金属間化合物の存在が,本件出願時,当業者に知られていた上,熱
処理により鋼板から鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物が生じるという本件出願
時に知られていた基本的なメカニズムは,出発点が亜鉛−アルミニウムの固溶体で
ある場合と,亜鉛−鉄−アルミニウムの金属間化合物である場合で,異なることを
示す根拠となる事情は認められず,基本的には異ならないと考えられることからす
ると,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,実施例2に開示された亜鉛―アルミニウ\nムの固溶体からなる合金のみならず,亜鉛−鉄−アルミニウムの金属間化合物であ
っても,熱処理前の同金属化合物の組成,熱処理の温度や時間等を適宜調節して,
亜鉛−鉄−アルミニウムベースの合金化合物(金属間化合物)を生じさせ,高い機
械的特性を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
エ 次に,その他の熱処理前の「亜鉛ベース合金」についても検討する。「亜
鉛ベース合金」には,前記2(2)で認定したとおり,多種多様な金属間化合物が該当
し得る一方で,本件明細書には,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,それらの「亜
鉛ベースの金属間化合物」である場合についての明示的な記載はない。
しかし,前記2(1)のとおり,本件出願時,本件発明にいう熱処理後に生じる3元
系以上の亜鉛−鉄ベース又は亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物に該当
するものとして,証拠上認定できるものは,1)亜鉛−ニッケル−鉄,2)亜鉛−鉄−
アルミニウム,3)亜鉛−鉄−アルミニウム−ニッケルの3種類のみである。
そうすると,上記のような3元系以上の「亜鉛−鉄ベース合金化合物」又は「亜
鉛−アルミニウム合金化合物」を生じさせることのできる熱処理前の「亜鉛ベース
金属間化合物」たる「亜鉛ベース合金」に含まれ得る亜鉛以外の金属元素としては,
鉄,アルミニウム以外にはニッケルが挙げられる。そして,ニッケルについては,
前記2(1)で認定したとおり,亜鉛−ニッケル−鉄や亜鉛−鉄−アルミニウム−ニ
ッケルの金属間化合物の存在が本件出願時に知られていた上,本件出願時から,ニ
ッケルは亜鉛と合金を形成して鋼板の被膜を形成すること及び亜鉛−ニッケル合金
メッキは優れた耐食性を有することが知られていた(甲2,乙8)から,当業者は,
ニッケルがマイナー成分として加えられても本件発明の課題解決には影響はなく,
上記のように亜鉛が重要な役割を果たしていると認識するといえる。そうすると,
本件明細書の記載に接した当業者は,前記の鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物
が生じるという技術常識も踏まえて,熱処理前の「亜鉛ベース合金」が,亜鉛−ニ
ッケルの金属間化合物やそれに更にアルミニウムや鉄を含む金属間化合物であって
も,それらの組成,熱処理の温度や時間を適宜調節して,亜鉛−鉄ベースの合金化
合物又は亜鉛−アルミニウム−鉄ベースの合金化合物を生じさせ,高い機械的特性
を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
そして,本件ではアルミニウムとニッケル以外の金属が亜鉛−鉄と3元系以上の
金属間化合物を形成するかどうかは証拠上必ずしも明らかとなっていないのである
から,鉄,アルミニウム及びニッケル以外の金属元素と亜鉛からなる「亜鉛ベース
の金属間化合物」の被覆が熱処理により3元系以上の亜鉛−鉄ベース金属化合物又
は亜鉛−鉄−アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせて本件発明の課題を解
決することを被告が積極的に主張立証していないとしてもサポート要件が充足され
なくなるものではない。
オ 以上からすると,当業者は,本件明細書の記載と本件出願時の技術常識
とに基づいて,本件明細書の実施例2で開示された亜鉛重量50%−アルミニウム
重量50%の合金以外の「亜鉛ベース合金」として,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛
−鉄−アルミニウム金属化合物,亜鉛−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニ
ウムや鉄が加わった金属間化合物等を想起し,これらからなる鋼板上の被覆を熱処
理することによって亜鉛−鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛−鉄−ア
ルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせて本件発明に係る課題を
解決できることを理解することができ,そのことを被告は証明したと認めることが
できる。
(3) 原告は,1)いかなる金属間化合物で鋼板を被覆し,それを熱処理すること
で,本件発明の課題を解決できるいかなる金属間化合物が生じるかを,被告が根拠
となる本件明細書の記載と技術常識を明らかにしつつ具体的に主張立証しなければ
ならないが,その主張立証が果たされていない,2)亜鉛−鉄金属間化合物について,
δ1相が鋼板用の被膜として望ましいとする従来の技術常識からすると,当業者は
本件明細書の記載及び技術常識に照らして,本件発明の課題をできるとは認識しな
い,3)亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物と亜鉛−ニッケル−鉄金属間化合物に
ついて,限られた温度の3元系状態図しか知られていなかったことからすると,当
業者は,熱処理することでどのような金属間化合物を得られるかを予測することは\nできないから,熱処理前の「亜鉛ベース合金」を本件明細書に開示のない「亜鉛ベ
ースの金属間化合物」にまで拡張することはできないと主張する。
ア 上記1)について,当業者が,「亜鉛ベースの金属間化合物」の被覆とし
て,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケ
ル金属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等からなる被
覆を想起し,これらの被覆を熱処理することによって本件発明に係る課題を解決で
きることを理解できることは,前記(2)で判断したとおりである。
イ 上記2)について,本件発明は,亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板を熱処
理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに,被膜が鋼板の鋼と合金化し
た層を形成し,この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度を持つように
なるという新たな知見に基づくものであり,かつ,実施例1,2で優れた腐食防止
効果を持つ被膜が形成されていることが確認できる(実施例1,2と同じ条件で実
験した場合にこのような結果が得られないことを示す証拠はない。)以上,従来の
技術常識にかかわらず,当業者は,本件明細書の記載と本件出願時の技術常識に基
づいて「亜鉛ベース合金」が「亜鉛ベースの金属間化合物」である場合,本件発明
の課題を解決できることを認識するといえ,原告の主張は採用することができない。
ウ 上記3)について,前記(2)で検討したとおり,当業者は,本件明細書の記
載及び本件出願時の技術常識から,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物又は亜鉛
−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等の
被覆であっても課題を解決できると認識することができるというべきであって,こ
のことは,限られた温度の3元系状態図しか知られていなかったとしても,左右さ
れるものではない。
エ 以上からすると,原告の上記主張は,前記(2)の認定判断を左右するもの
ではない。
(4) したがって,原告主張の審決取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(実施可能要件についての認定判断の誤り)について\n
(1) 本件発明は方法の発明であるところ,方法の発明における発明の実施とは,
その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明につい
て実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が明細書の記載及び出願当時\nの技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その方法の使用をする
ことができる程度の記載が明細書の発明の詳細な説明にあるか否かによるというべ
きである。そして,実施可能要件についても特許権者(被告)がその証明責任を負\nう。
(2) 前記3で検討したところからすると,当業者は,本件明細書の記載と本件出
願時の技術常識に基づいて,「亜鉛ベースの金属間化合物」からなる被覆として,
亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケル金
属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等からなる被覆を
想起し,これらの被覆を熱処理することによって,高い機械的特性を持つ鋼板を製
造することができると認められるから,本件明細書の詳細な説明には,本件発明の
方法を使用をすることができる程度の記載があり,実施可能要件は充足されている\nと認められる。
(3) 原告は,実施可能要件について,1)いかなる金属間化合物で被覆して熱処理
をすると,いかなる金属間化合物が生じ,「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対す
る保護を確保し且つ潤滑機能を確保し得」ることについて主張立証がされていない,\n2)鉄が被覆に拡散して鉄含有率の少ない金属間化合物が鉄含有率の高い金属間化合
物に変化することにより「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且
つ潤滑機能を確保し得る金属間化合物」となるとはいえない,3)亜鉛−ニッケル金
属間化合物から亜鉛−ニッケル−鉄金属間化合物が形成されるとは理解できないと
主張する。
ア しかし,上記1)について,前記3で検討したところからすると,当業者
は,「亜鉛ベースの金属間化合物」の被覆として,亜鉛−鉄金属間化合物,亜鉛−
鉄−アルミニウム金属間化合物,亜鉛−ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニ
ウムや鉄が加わった金属化合物等からなる被覆を想起し,これらの被覆を熱処理す
ることによって本件発明を実施できると認識するものと認められる。
イ 上記2)について,前記3で検討したとおり,本件発明が新たな知見に基
づくものであることや実施例1,2で優れた腐食防止効果を持つ被膜が形成されて
いることからすると,原告が主張するような事情を考慮しても,当業者は実施可能\nであると認識するものと認められる。
ウ 上記3)について,前記3で検討したところからすると,当業者は,本件
明細書の記載や本件出願時の技術常識から,亜鉛−鉄−ニッケルの金属間化合物を
生じさせることができると認識すると認められる。
エ 以上からすると,原告の上記主張は,前記(2)の認定判断を左右するもの
ではない。
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2019.09.13
平成30(行ケ)10117 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年4月12日 知的財産高等裁判所
知財高裁(1部)は、明確性違反、サポート要件違反であるとした審決を取り消しました。
特定事項A及びBは,本願発明が,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,
当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数
を「指標」として使用する方法である旨特定するものであるところ,特定事項Cは,
本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定し,\n特定事項D及び特定事項EないしHは,重畳的に,これに更に特定を加えるもので
ある。
そうすると,特定事項Iは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,脂質含
有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち一つ又は複数を「指標」と
して使用する方法について,これが,特定事項CないしHによって特定された構成\nを有する脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択す
るための方法である旨更に特定するものということができる。
カ 特定事項Aの明確性
以上によれば,特定事項Aは,「脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当
該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を
「指標」として使用する方法」と解釈するのが合理的であって,特定事項Aを,こ
のように解釈することは,その余の特定事項の解釈とも整合するものということが
できる。
キ 被告の主張について
(ア) 被告は,本願発明は「年齢」や「性別」のような属性を,ありふれた油脂
を選択するための指標として使用する方法をいうところ,「指標として」という記
載は抽象的であり,いかなる行為までが「指標」として使用する行為に含まれ得る
のか明確ではないから,本願発明の外延は明確ではない,要素を何らかの形で脂質
含有配合物を選択するための指標として用いたか否かについては,明確に判別する
ことはできない旨主張する。
しかし,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,年齢,性別等の対象の要素
をメルクマールにして,その脂質含有配合物の構成を決定すれば,要素を「指標と\nして」使用したといえる。また,これにより決定される脂質含有配合物の構成があ\nりふれたものであったとしても,ありふれていることを理由に発明の外延が不明確
であると評価されるものではない。そうすると,「指標として」という記載が,第
三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
また,対象方法が本願発明の特許発明の技術的範囲に属するか否かは,本願発明
の技術的範囲を画定し,対象方法を認定した上で,これらを比較検討して判断する
ものである。そして,脂質含有配合物を選択するための指標として本願発明の要素
をメルクマールとして用いたか否かは,対象方法の認定に係る問題であって,本願
発明の技術的範囲の画定の問題,すなわち,明確性要件とは無関係である。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(イ) 被告は,特定事項EないしIは,特定事項Dにおける「ω−6脂肪酸対ω
−3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に,どのように基づい
ているのかを特定しようとする記載と解すべきである旨主張する。
しかし,特定事項Dと特定事項EないしHは,いずれも特定事項Cによって特定
された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,更に,それぞれ\n異なる観点から特定するものである。特定事項E及びGには「一つ以上の要素」に
関する記載が全くないのであるから,これらと選択関係にある特定事項EないしH
との関係から,特定事項Dの技術的意義を解すべきとはいえない。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(ウ) 被告は,本願明細書は「要素」の使用方法を明らかにするものではなく,
それが技術常識でもない旨主張する。
被告の上記主張は,本願発明は,対象に投与する脂質含有配合物を選択するため
に,どのように「要素」を使用するかについて特定した方法であるという解釈を前
提とするものである。
しかし,特定事項F及びHに係る特許請求の範囲の記載においては,「要素」で
ある食餌及び生活圏周囲の温度範囲を,どのように使用するかについて特定されて
いるものの,これらの特定事項と選択関係にある特定事項E及びGには,「要素」
の使用方法に関する記載はない。特定事項F及びHは,本願発明の方法によって選
択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定するものにすぎないと解すべき\nである。そして,その余の本願発明に係る特許請求の範囲の記載には,「要素」の
使用方法に関する記載はない。
したがって,被告の上記主張は,特許請求の範囲の記載を離れた本願発明の解釈
を前提とするものであるから,採用できない。なお,本願発明の課題を解決するた
めには,脂質含有配合物の選択に当たり,特定の「要素」をどのように使用するか
についてまで特定しなければならないにもかかわらず,特許請求の範囲に記載され
た発明が,脂質含有配合物の選択に当たり,特定の「要素」を使用する方法につい
て特定するにとどまるというのであれば,それは,サポート要件の問題であって,
明確性要件の問題ではない。明確性要件は,出願人が当該出願によって得ようとす
る特許の技術的範囲が明確か否かについて判断するものであって,それが,発明の
課題を解決するための構成又は方法として十\分か否かについて判断するものではな
い。
ク 小括
以上によれば,特定事項Aは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該
脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指
標」として使用する方法である旨特定するものである。特定事項Aに係る特許請求
の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということは
できない。
・・・
本件審決は,サポート要件について,「ω−6の増加が緩やかおよび/また
はω−3の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」と
の技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願
発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該
発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載
や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。
(2) しかしながら,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明
の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のである。
そうすると,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課
題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆が
なくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否かについて,何ら検討することなく,選択関係にある特
定事項EないしHのうち特定事項G「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との技術的
事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことの一事をもって,
サポート要件に適合しないとした本件審決は,誤りである。
(3) 加えて,以下のとおり,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の中
止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との特定事項G
の技術的事項は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている。
すなわち,まず,本願明細書【0042】には,「長鎖ω−3脂肪酸または免疫
抑制性の植物性化学物質/栄養素の習慣的で多量の供給が宿主に対して突然行われ
なくなるか,またはω−6脂肪酸が突然増加すると,全身性の炎症応答(毛細血管
漏出,発熱,頻脈,呼吸促迫),多臓器不全(消化器,肺,肝臓,腎臓,心臓)お
よび関節の結合組織損傷を含む重篤な結果を伴うサイトカインストームの応答が生
じることがある。」と記載され,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の
中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,様々な疾患が生じ得るこ
とが記載されている。このように,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであ」る投与方法に関する技術的事項は,本願明細書【0042】
に記載されている。
また,本願明細書には,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜30
歳及び31〜50歳の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以
下とすること(実施例3【表9】),多量のシーフード摂取者であって上記と同年\n齢の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実
施例3【表11】),及び,医学的適応として肥満を有する者に投与する脂質組成\n物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例6【表13】)が,それ\nぞれ記載されている。このように,「ω−6の用量が,40グラム以下であ」る投
与方法に関する技術的事項は,本願明細書の実施例3【表9】【表\11】及び実施
例6【表13】のそれぞれ一部の対象に対するものとして記載されている。\nさらに,上記のとおり,本願明細書【0042】には,「ω−6の増加が緩やか
および/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,
様々な疾患が生じ得ることが記載されており,これは,「ω−6の増加が緩やかお
よび/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法が,特定の対象に限らず,一
般的に好ましい旨開示するものというべきである。そうすると, このような投与方
法と,実施例3【表9】【表\11】及び実施例6【表13】のそれぞれ一部に記載\nされた「ω−6の用量が,40グラム以下であ」るという投与方法を組み合わせた
投与方法,すなわち,例えば,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜
30歳及び31〜50歳の男性に,40g以下の用量のω−6脂肪酸を投与し,そ
の際,ω−6脂肪酸を緩やかに増加させ及び/又はω−3脂肪酸を穏やかに中止す
るという,脂質含有組成物の投与方法に関する技術的事項は,本願明細書に記載さ
れているということができる。
(4) したがって,本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤
りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断
枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由
がある。
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2019.09. 9
平成30(行ケ)10084 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年8月29日 知的財産高等裁判所
進歩性・サポート要件の無効理由ありとした審決が維持されました。
本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明1は,アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法の発明であって,アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,「35ppm未満の遊離SO2」と,「3
00ppm未満の塩化物」と,「800ppm未満のスルフェート」とを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップを含むものであるから,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。
次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の課題を明示
した記載はないが,【0002】ないし【0004】の記載(前記(1)イ(ア))
から,本件発明1の課題は,アルミニウム缶内にパッケージングした「ワ
インの品質」が保存中に著しく劣化しないようにすることであり,ここ
にいう「ワインの品質」は,「ワインの味質」を意味するものと理解で
きる。
そして,本件明細書の【0038】ないし【0042】及び表1には,\n白ワインの保存評価試験の結果として,パッケージングされた白ワイン
を30℃で6ヶ月間保存した後に,味覚パネルによる官能試験により,\n「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認された」との記載が\nあることに照らすと,本件明細書の発明の詳細な説明には,ワインの品
質(味質)が劣化したかどうかは味覚パネルによる官能試験によって判\n断されることの開示があることが認められる。
一方,上記の「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認され\nた」ワインについて,表1には,別紙のとおり,保存期間「6ヶ月」に\n対応する「Al mg/L」欄及び「初期に対するAl含有量上昇率(%)」
欄に,アルミニウム含有量0.72mg/L,含有量上昇率44%(「直
立」状態で保存の缶),アルミニウム含有量0.68mg/L,含有量
上昇率36%(「倒立」状態で保存の缶)であったことの記載があるが,
表1を含む本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても,当該ワ\nインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃度につ
いての具体的な開示はない。
また,本件明細書の【0003】の「ワイン中の物質の比較的攻撃的
な性質,及び,ワインと容器との反応生成物の,ワイン品質,特に味質
に及ぼす悪影響にあると考えられる。」との記載及び【0034】の「良
好に架橋された不透過性膜によって,保存中に過度のレベルのアルミニ
ウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」との
記載から,アルミニウム缶からワイン中に溶出する「過度のレベルのア
ルミニウム」がワインの味質に悪影響を及ぼすことは理解できるものの,
本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても,アルミニウム缶に
保存されたワイン中のアルミニウム含有量のみに基づいてワインの味質
が劣化したかどうかを判断できることについての記載も示唆もない。
さらに,アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量
とワインの味質の劣化との具体的な相関関係に関する技術常識を示した
証拠は提出されておらず,上記の具体的な相関関係は明らかではない。
もっとも,本件優先日当時,遊離SO2とアルミニウムとの間の酸化還元
反応により硫化水素が発生し,この硫化水素によってワインのフレーバ
ーを悪くするという問題があったことは技術常識であったこと(甲50,
51等)が認められるが,かかる技術常識に照らしても,遊離SO2の濃
度にかかわらず,ワイン中のアルミニウム含有量のみに基づいてワイン
の味質が劣化したかどうかを判断できるものとはいえない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,本件発明1
の課題(「アルミニウム缶内にパッケージングしたワインの品質(味質)
が保存中に著しく劣化しないようにすること」)を解決できるかどうか
を確認する方法は,味覚パネルによる官能試験の試験結果によらざるを\n得ないことを理解できる。
(イ) しかるところ,前記(ア)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に
は,白ワインの保存評価試験(【0038】ないし【0042】及び表\n1)において「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認された」\nワインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃度に
ついての具体的な開示はなく,仮にこれらの濃度が,本件発明1で規定
するそれぞれの濃度(「300ppm未満の塩化物」及び「800pp
m未満のスルフェート」)の範囲内であったとしても,それぞれの上限
値に近い数値であったものと当然には理解することはできないから,上
記保存評価試験の結果から,本件発明1の対象とするワインに含まれる
塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェートの濃度範囲(8
00ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保存中に著しく劣
化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により確認された\nものと認識することはできないというべきである。
また,甲1及び甲43(「アルミ缶の特性ならびに腐食問題」200
2年,Zairyo-to-kankyo,51,p.293〜298)によれば,ワインを組成する
一般的な物質のうち,遊離SO2,塩化物イオン(Cl−)及びスルフェ
ート(SO4 2−)以外にも,リンゴ酸,クエン酸等の有機酸がアルミニウ
ムの腐食原因となることは,本件優先日当時の技術常識であったことが
認められる。このような技術常識に照らすと,本件明細書の発明の詳細
な説明には,白ワインの保存評価試験に用いられたワインの組成につい
ての記載はないものの,これらのアルミニウムの腐食原因となる物質も,
当該ワインの組成に含まれており,表1記載の保存期間「6ヶ月」に対\n応するアルミニウム含有量や味覚パネルによる官能試験の試験結果に影\n響を及ぼしている可能性があるものと理解できる。\n以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日
当時の技術常識から,当業者が本件発明1に含まれる塩化物の濃度30
0ppm未満及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全
体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められ
ないから,本件発明1は,サポート要件に適合するものと認めることは
できない。
(3) 原告の主張について
原告は,本件優先日当時,1)ワイン中の塩化物及びスルフェートの濃度は,
生産国・地域,品種,収穫年,製造条件等の違いによりワイン毎に様々であ
り,いずれの濃度分布も広範囲に亘っており,塩化物の濃度は3ppmから
1148ppmの範囲で,スルフェートの濃度は38.6ppmから242
0ppmの範囲で分布していること,及び,「300ppm」以上の塩化物
及び「800ppm」以上のスルフェートを含有するワインが実際に存在す
ること(甲31,59ないし63,136の1),2)「淡水」とは塩分濃度
が500ppm以下,塩化物濃度が約300ppm以下の水であること(甲
137の1,2,139,140),3)塩化物イオン(Cl−)及びスルフェ
ート(SO4 2−)が,アルミニウムやステンレスの局部腐食(不動態被膜の孔
食)の原因となるイオンであること(甲78,80ないし84,137の1,
2)は,技術常識であったことに加えて,本件明細書の「このような不成功
の理由は,ワイン中の物質の比較的攻撃的な性質,及び,ワインと容器との
反応生成物の,ワイン品質,特に味質に及ぼす悪影響にあると考えられる。」
(【0003】)との記載を考慮すれば,当業者であれば,アルミニウムの
腐食原因であるワイン中の物質が「低い」濃度レベルであることを規定する,
本件発明1の「35ppm未満」の遊離SO2,「300ppm未満」の塩化
物及び「800ppm未満」のスルフェートとの要件を満たすワインをパッ
ケージング対象とすることによって,これらの腐食原因物質の濃度が高いワ
インがアルミニウム缶にパッケージングされることを確実に防止できるとい
う本件発明1の効果を容易に認識可能であり,本件発明1は,この効果によ\nって,「アルミニウム缶内にワインをパッケージングし,これによりワイン
の品質が保存中に著しく劣化しないようにする」という課題(「アルミニウ
ム缶の腐食によって保存中にワインの中で増加してしまうアルミニウムイオ
ン及び硫化水素によって,ワイン品質(味,色,臭い)が保存中に著しく劣
化しないようにする」という課題)を解決するものであることを容易に認識
できること,そして,アルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」の濃度を
300ppmよりも低くすればするほど,同腐食原因である「スルフェート」
の濃度を800ppmよりも低くすればするほど,アルミニウム缶の腐食防
止効果がより高まることは容易に認識できることからすると,本件発明1の
上記効果は,特許請求の範囲の全てにおいて奏する効果であることを当業者
が認識できることは明らかであり,本件明細書の【0038】ないし【00
42】記載の試験結果を参酌しなくても,本件優先日当時の技術常識に照ら
し,本件明細書のその余の発明の詳細な説明の記載及び本件発明1の特許請
求の範囲の記載から,本件発明1は,当業者が本件発明1の課題を解決でき
ると認識できる範囲のものであるといえるから,本件発明1は,サポート要
件に適合する旨主張する。
しかしながら,前記(2)イ(ア)認定のとおり,本件発明1の課題は,アルミ
ニウム缶内にパッケージングした「ワインの味質」が保存中に著しく劣化し
ないようにすることにあるものと認められるところ, 原告主張の本件優先日
当時の上記1)ないし3)の技術常識に照らしても,当業者が,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載から,本件発明1は,「35ppm未満」の遊離SO2,
「300ppm未満」の塩化物及び「800ppm未満」のスルフェートと
の要件を満たすワインをパッケージング対象とすることによる効果によっ
て,本件発明1の上記課題を解決するものであることを認識できるものと認
めることはできない。
また,原告が主張するようにアルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」
の濃度を300ppmよりも低くすればするほど,同腐食原因である「スル
フェート」の濃度を800ppmよりも低くすればするほど,アルミニウム
缶の腐食防止効果がより高まるといえるとしても,前記(2)イ(ア)認定のとお
り,アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量とワインの
味質の劣化との具体的な相関関係は明らかではなく,本件発明1の上記課題
を解決できるかどうかを確認する方法は,味覚パネルによる官能試験の試験\n結果によらざるを得ない。そして,本件明細書の【0038】ないし【00
42】及び表1記載の白ワインの保存評価試験の結果から,本件発明1の対\n象とするワインに含まれる塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスル
フェートの濃度範囲(800ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」
が保存中に著しく劣化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果に\nより確認されたものと認識することはできないことは,前記(2)イ(イ)のとお
りである。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の
技術常識から,当業者が本件発明1に含まれる塩化物の濃度300ppm未
満及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全体にわたり本件
発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから,原告の上
記主張は採用することができない。
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2019.09. 9
平成30(ネ)10040 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和元年8月29日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
原審では、サポート要件、実施可能要件違反で権利行使不能\と判断されていました。
控訴審は、サポート要件違反と判断しました。
所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許
請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,
当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明
に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決できると認識で
きるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
イ(ア) これを本件についてみるに,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)
の記載によれば,本件発明は,アルミニウム缶内にワインをパッケージ
ングする方法の発明であって,「35ppm未満の遊離SO2」と,「3
00ppm未満の塩化物」と,「800ppm未満のスルフェート」と
を有することを特徴とするワインを製造するステップを含むものである
から,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。
次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の課題を明示し
た記載はないが,【0002】ないし【0004】の記載(前記(1)イ(ア))
から,本件発明の課題は,アルミニウム缶内にパッケージングした「ワ
インの品質」が保存中に著しく劣化しないようにすること,ここにいう
「ワインの品質」は,「ワインの味質」を意味するものと理解できる。
そして,本件明細書の【0038】ないし【0042】及び表1には,\n白ワインの保存評価試験の結果として,パッケージングされた白ワイン
を30℃で6ヶ月間保存した後に,味覚パネルによる官能試験により,\n「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認された」との記載が\nあることに照らすと,本件明細書の発明の詳細な説明には,ワインの品
質(味質)が劣化したかどうかは味覚パネルによる官能試験によって判\n断されることの開示があることが認められる。
一方,上記の「許容可能なワイン品質が味覚パネルによって確認され\nた」ワインについて,表1には,別紙のとおり,保存期間「6ヶ月」に\n対応する「Al mg/L」欄及び「初期に対するAl含有量上昇率(%)」
欄に,アルミニウム含有量0.72mg/L,含有量上昇率44%(「直
立」状態で保存の缶),アルミニウム含有量0.68mg/L,含有量
上昇率36%(「倒立」状態で保存の缶)であったことの記載があるが,
表1を含む本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても,当該ワ\nインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃度につ
いての具体的な開示はない。
また,本件明細書の【0003】の「ワイン中の物質の比較的攻撃的
な性質,及び,ワインと容器との反応生成物の,ワイン品質,特に味質
に及ぼす悪影響にあると考えられる。」との記載及び【0034】の「良
好に架橋された不透過性膜によって,保存中に過度のレベルのアルミニ
ウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」との
記載から,アルミニウム缶からワイン中に溶出する「過度のレベルのア
ルミニウム」がワインの味質に悪影響を及ぼすことは理解できるものの,
本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体をみても,アルミニウム缶に
保存されたワイン中のアルミニウム含有量のみに基づいてワインの味質
が劣化したかどうかを判断できることについての記載も示唆もない。
さらに,アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量
とワインの味質の劣化との具体的な相関関係に関する技術常識を示した
証拠は提出されておらず,上記の具体的な相関関係は明らかではない。
もっとも,本件優先日当時,遊離SO2とアルミニウムとの間の酸化還
元反応により硫化水素が発生し,この硫化水素によってワインのフレー
バーを悪くするという問題があったことは技術常識であったこと(甲3
9,40等)が認められるが,かかる技術常識に照らしても,遊離SO
2の濃度にかかわらず,ワイン中のアルミニウム含有量のみに基づいて
ワインの味質が劣化したかどうかを判断できるものとはいえない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,本件発明の
課題(「アルミニウム缶内にパッケージングしたワインの品質(味質)
が保存中に著しく劣化しないようにすること」)を解決できるかどうか
を確認する方法は,味覚パネルによる官能試験の試験結果によらざるを\n得ないことを理解できる。
(イ) しかるところ,前記(ア)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明
には,白ワインの保存評価試験(【0038】ないし【0042】及び
表1)において「許容可能\なワイン品質が味覚パネルによって確認され
た」ワインの保存開始時(「初期」)の塩化物及びスルフェートの各濃
度についての具体的な開示はなく,仮にこれらの濃度が,本件発明で規
定するそれぞれの濃度(「300ppm未満の塩化物」及び「800p
pm未満のスルフェート」)の範囲内であったとしても,それぞれの上
限値に近い数値であったものと当然には理解することはできないから,
上記保存評価試験の結果から,本件発明の対象とするワインに含まれる
塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェートの濃度範囲(8
00ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保存中に著しく劣
化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により確認された\nものと認識することはできないというべきである。
また,乙29及び甲175(「アルミ缶の特性ならびに腐食問題」2
002年,Zairyo-to-kankyo,51,p.293〜298)によれば,ワインを組成
する一般的な物質のうち,遊離SO2,塩化物イオン(Cl−)及びスル
フェート(SO4 2−)以外にも,リンゴ酸,クエン酸等の有機酸がアル
ミニウムの腐食原因となることは,本件優先日当時の技術常識であった
ことが認められる。このような技術常識に照らすと,本件明細書の発明
の詳細な説明には,白ワインの保存評価試験に用いられたワインの組成
についての記載はないものの,これらのアルミニウムの腐食原因となる
物質も,当該ワインの組成に含まれており,表1記載の保存期間「6ヶ\n月」に対応するアルミニウム含有量や味覚パネルによる官能試験の試験\n結果に影響を及ぼしている可能性があるものと理解できる。\n以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日
当時の技術常識から,当業者が本件発明に含まれる塩化物の濃度300
ppm未満及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全体
にわたり本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められない
から,本件発明は,サポート要件に適合するものと認めることはできな
い。
(3) 控訴人の主張について
控訴人は,本件優先日当時,1)ワイン中の塩化物及びスルフェートの濃度
は,生産国・地域,品種,収穫年,製造条件等の違いによりワイン毎に様々
であり,いずれの濃度分布も広範囲に亘っており,塩化物の濃度は3ppm
から1148ppmの範囲で,スルフェートの濃度は38.6ppmから2
420ppmの範囲で分布していること,及び,「300ppm」以上の塩
化物及び「800ppm」以上のスルフェートを含有するワインが実際に存
在すること(甲24,41,42,51,57,58,101,乙67),
2)「淡水」とは塩分濃度が500ppm以下,塩化物濃度が約300ppm
以下の水であること(甲167,168,169の1,2),3)塩化物イオ
ン(Cl−)及びスルフェート(SO4 2−)が,アルミニウムやステンレスの
局部腐食(不動態被膜の孔食)の原因となるイオンであること(甲88ない
し90,115ないし117,169の1,2)は,技術常識であったこと
に加えて,本件明細書の「このような不成功の理由は,ワイン中の物質の比
較的攻撃的な性質,及び,ワインと容器との反応生成物の,ワイン品質,特
に味質に及ぼす悪影響にあると考えられる。」(【0003】)との記載を
考慮すれば,当業者であれば,アルミニウムの腐食原因であるワイン中の物
質が「低い」濃度レベルであることを規定する,本件発明の「35ppm未
満」の遊離SO2,「300ppm未満」の塩化物及び「800ppm未満」
のスルフェートとの要件を満たすワインをパッケージング対象とすることに
よって,これらの腐食原因物質の濃度が高いワインがアルミニウム缶にパッ
ケージングされることを確実に防止できるという本件発明の効果を容易に認
識可能であり,本件発明は,この効果によって,「アルミニウム缶内にワイ\nンをパッケージングし,これによりワインの品質が保存中に著しく劣化しな
いようにする」という課題(「アルミニウム缶の腐食によって保存中にワイ
ンの中で増加してしまうアルミニウムイオン及び硫化水素によって,ワイン
品質(味,色,臭い)が保存中に著しく劣化しないようにする」という課題)
を解決するものであることを容易に認識できること,そして,アルミニウム
缶の腐食原因である「塩化物」の濃度を300ppmよりも低くすればする
ほど,同腐食原因である「スルフェート」の濃度を800ppmよりも低く
すればするほど,アルミニウム缶の腐食防止効果がより高まることは容易に
認識できることからすると,本件発明の上記効果は,特許請求の範囲の全て
において奏する効果であることを当業者が認識できることは明らかであり,
本件明細書の【0038】ないし【0042】記載の試験結果を参酌しなく
ても,本件優先日当時の技術常識に照らし,本件明細書のその余の発明の詳
細な説明の記載及び本件発明の特許請求の範囲の記載から,本件発明は,当
業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる
から,本件発明は,サポート要件に適合する旨主張する。
しかしながら,前記(2)イ(ア)認定のとおり,本件発明の課題は,アルミニ
ウム缶内にパッケージングした「ワインの味質」が保存中に著しく劣化しな
いようにすることにあるものと認められるところ,控訴人主張の本件優先日
当時の上記1)ないし3)の技術常識に照らしても,当業者が,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載から,本件発明は,「35ppm未満」の遊離SO2,
「300ppm未満」の塩化物及び「800ppm未満」のスルフェートと
の要件を満たすワインをパッケージング対象とすることによる効果によって,
本件発明の上記課題を解決するものであることを認識できるものと認めるこ
とはできない。
また,控訴人が主張するようにアルミニウム缶の腐食原因である「塩化物」
の濃度を300ppmよりも低くすればするほど,同腐食原因である「スル
フェート」の濃度を800ppmよりも低くすればするほど,アルミニウム
缶の腐食防止効果がより高まるといえるとしても,前記(2)イ(ア)認定のとお
り,アルミニウム缶に保存されたワイン中のアルミニウム含有量とワインの
味質の劣化との具体的な相関関係は明らかではなく,本件発明の上記課題を
解決できるかどうかを確認する方法は,味覚パネルによる官能試験の試験結\n果によらざるを得ない。そして,本件明細書の【0038】ないし【004
2】及び表1記載の白ワインの保存評価試験の結果から,本件発明の対象と\nするワインに含まれる塩化物の濃度範囲(300ppm未満)及びスルフェ
ートの濃度範囲(800ppm未満)の全体にわたり「ワインの味質」が保
存中に著しく劣化しないことが味覚パネルによる官能試験の試験結果により\n確認されたものと認識することはできないことは,前記(2)イ(イ)のとおりで
ある。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の
技術常識から,当業者が本件発明に含まれる塩化物の濃度300ppm未満
及びスルフェートの濃度800ppm未満の数値範囲の全体にわたり本件発
明の課題を解決できると認識できるものと認められないから,控訴人の上記
主張は採用することができない。
◆判決本文
1審はこちらです。
◆平成27(ワ)21684
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2019.09. 2
平成30(行ケ)10117 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年4月12日 知的財産高等裁判所(1部)
明確性・サポート要件違反とした拒絶審決が取り消されました。
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だ
けではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願
当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不
当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで,本願発明に係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害され
るほどに不明確であるか否かについて,検討する。なお,以下,本願発明の発明特
定事項について,次のとおり分説し,それぞれ「特定事項A」ないし「特定事項I」
ということがある。
A 対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択
するための指標としての使用であって,
B 前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,前
記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容
性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活
圏の周囲の温度範囲から選択され,
C ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω−6脂肪
酸およびω−3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,
D ここでω−6脂肪酸対ω−3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以
上の要素に基づいており;
E ここでω−6対ω−3の比が,4:1以上,ここでω−6の前記用量が40
グラム以下であり;
F または前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質,植物化学
物質,およびシーフードの量に基づいて1:1〜50:1;
G またはここでω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の中止が緩やかで
あり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり;
H またはここで前記脂肪酸の含有量は,下記表6:(表\は略)と適合する,
I 前記使用。
(2) 「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選
択するための指標としての使用」との記載(特定事項A)の明確性
ア 特定事項A及びB
本願発明は,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配
合物を選択するための指標としての使用であって,」と特定され(特定事項A),
続いて,「前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,
前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍
容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生
活圏の周囲の温度範囲から選択され,」と特定されている(特定事項B)。
そうすると,特定事項A及びBは,本願発明が,少なくとも,下記の方法である
旨特定するものと解釈するのが合理的である。
記
脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するため
に,当該対象の「要素」,すなわち,年齢,性別,食餌,体重,身体活動レベル,
脂質忍容性レベル,医学的状態,家族の病歴及び生活圏の周囲の温度範囲のうち,
一つ又は複数を「指標」として使用する方法
イ 特定事項C
本願発明は,「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量の
ω−6脂肪酸およびω−3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,」と特定されている(特定
事項C)。そして,「ここで前記配合物」とは,特定事項A及びBで特定された方
法によって選択される対象物である「脂質含有配合物」をいうものである。
そうすると,特定事項Cは,本願発明の方法によって選択される対象物である脂
質含有配合物がω−6脂肪酸及びω−3脂肪酸を含む脂肪酸を含むなどと,本願発
明の方法によって選択される対象物の構成を特定するものということができる。\n
ウ 特定事項DないしHによって特定される目的物
特定事項DないしHは,ω−6脂肪酸とω−3脂肪酸の用量の比率を特定したり
(特定事項D,E,F),ω−6脂肪酸及び/又はω−3脂肪酸の用量を特定した
り(特定事項D,E,G),脂肪酸に含まれるω−9脂肪酸,ω−6脂肪酸及びω
−3脂肪酸の重量%を特定したり(特定事項H),ω−6脂肪酸及び/又はω−3
脂肪酸の摂取量の経時的変化(特定事項G)を特定したりするものである。
そうすると,特定事項DないしHは,特定事項Cによって特定された本願発明の
方法によって選択される対象物の構成,すなわち,対象物である脂質含有配合物が\nω−6脂肪酸及びω−3脂肪酸を含む脂肪酸を含むという構成について,ω−6脂\n肪酸,ω−3脂肪酸又は脂肪酸に含まれるω−9脂肪酸等の比率,用量,重量%又
は摂取量の経時的変化に着目することにより,更に特定するものということができ
る。
エ 特定事項DないしHの関係
(ア) 特定事項DないしHは,それぞれ「;」で区切られているから,それぞれ
の発明特定事項ごとに,個別の技術的意義を有すると解すべきものである。
(イ) そして,特定事項Dは「ここで」で始まり,特定事項Eは「ここで」で始
まり,特定事項FないしHは「または」で接続されているから,特定事項Dないし
Hは,特定事項Dと特定事項EないしHに更に区別され,特定事項EないしHは選
択関係にあるものである。
(ウ) さらに,特定事項Dと特定事項EないしHとの関係について検討する。
これらの特定事項は,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選
択される対象物の構成について,ω−6脂肪酸,ω−3脂肪酸又は脂肪酸に含まれ\nるω−9脂肪酸等の比率,用量,重量%又は摂取量の経時的変化に着目することに
より,更に特定するものである。
そして,特定事項Dは,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって
選択される対象物の構成について,脂質含有配合物が投与される対象の「要素」,\nすなわち,年齢,性別,食餌,体重,身体活動レベル,脂質忍容性レベル,医学的
状態,家族の病歴及び生活圏の周囲の温度範囲のうち,一つ又は複数に基づいて特
定しようとするものである。
一方,特定事項EないしHは,特定事項Cによって特定された本願発明の方法に
よって選択される対象物の構成について,客観的な比率,用量,重量%又は摂取量\nの経時的変化に基づいて特定しようとするものである。
このように,特定事項Dと特定事項EないしHは,いずれも特定事項Cによって
特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,更に特定す\nるものであるところ,その特定の仕方が異なり,特定事項Dと特定事項EないしH
による特定の間で矛盾が生じるものではないから,重畳して適用されるものという
べきである。
オ 特定事項I
特定事項A及びBは,本願発明が,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,
当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数
を「指標」として使用する方法である旨特定するものであるところ,特定事項Cは,
本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定し,\n特定事項D及び特定事項EないしHは,重畳的に,これに更に特定を加えるもので
ある。
そうすると,特定事項Iは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,脂質含
有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち一つ又は複数を「指標」と
して使用する方法について,これが,特定事項CないしHによって特定された構成\nを有する脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択す
るための方法である旨更に特定するものということができる。
カ 特定事項Aの明確性
以上によれば,特定事項Aは,「脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当
該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を
「指標」として使用する方法」と解釈するのが合理的であって,特定事項Aを,こ
のように解釈することは,その余の特定事項の解釈とも整合するものということが
できる。
・・・
特定事項Cで特定される脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の構成は「一日\n用量」の脂肪酸を含むものであるところ,特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載
だけからでは,1)脂質含有配合物が,「一日用量」に相当する「ω−6脂肪酸およ
びω−3脂肪酸」を含み,更にその余の脂肪酸を含んでもよいのか,それとも2)脂
質含有配合物が,「一日用量」に相当する「脂肪酸」を含み,かつ,当該「脂肪酸」
が「ω−6脂肪酸およびω−3脂肪酸」を含むのか,について,一義的に明らかで
はない。
(イ) そこで,本願明細書の記載を考慮する。
a 本願明細書において,対象に投与される脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の
量について具体的に明示する記載は,実施例1,3,5及び6のみである。
そして,実施例1には,「この配合物は,およそ10〜100グラムの1日総脂
肪の,均衡のとれた脂肪酸組成物を供給できる。」と記載され,脂質含有配合物に
含まれる「脂肪酸」の「一日用量」について記載されている。一方,「ω−6脂肪
酸」及び「ω−3脂肪酸」の「一日用量」に関する記載はない。
また,実施例3,5及び6には,【表9】ないし【表\13】が記載され,各表に\nついて,「総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪
酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,
ω−6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω−9脂肪酸対ω−6脂肪酸の比率
範囲,ω−3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω−6脂肪酸対ω−3脂
肪酸の比率範囲を,性別および年齢群により示すものである。」と説明されている。
実施例3,5及び6の各表は,脂質含有配合物に含まれる「脂肪酸」の「一日用量」\nを示した上で,当該「脂肪酸」の内訳として,一価不飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪
酸,飽和脂肪酸,ω−6脂肪酸,ω−9脂肪酸及びω−3脂肪酸の量を示すもので
ある。
b 一方,本願明細書には,発明を実施するための形態として「脂質配合物」に
ついて開示されている(【0022】〜【0036】)。その中で,「ω−6脂肪
酸およびω−3脂肪酸両方の最適な1日送達量」と記載されているが,同記載は「一
態様」として開示されているものであって(【0022】),「ω−6脂肪酸」及
び「ω−3脂肪酸」以外の「脂肪酸」の均衡について言及する「実施形態」も開示
されている(【0030】)。
また,実施例3,5及び6の各表は,脂質含有配合物に含まれる「ω−6脂肪酸」\n及び「ω−3脂肪酸」の用量を示すものであるが,その余の脂肪酸の用量について
も示されている。
そうすると,ω−6脂肪酸及びω−3脂肪酸の用量を開示するこれらの本願明細
書の記載は,その余の脂肪酸の用量を適宜定めてよいとするものではないから,上
記1)を前提とするものではないというべきである。
c したがって,本願明細書は,脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の量について,
まず「脂肪酸」の「一日用量」に着目した上で説明するものであって,上記2)を前
提とするものということができる。
(ウ) このように,特許請求の範囲の記載に加え,本願明細書の記載を考慮すれ
ば,特定事項Cは,2)脂質含有配合物が,「一日用量」に相当する「脂肪酸」を含
み,かつ,当該「脂肪酸」が「ω−6脂肪酸およびω−3脂肪酸」を含む旨特定す
るものということができる。
・・・
本件審決は,サポート要件について,「ω−6の増加が緩やかおよび/また
はω−3の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」と
の技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願
発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該
発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載
や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。
(2) しかしながら,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明
の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のである。
そうすると,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課
題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆が
なくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否かについて,何ら検討することなく,選択関係にある特
定事項EないしHのうち特定事項G「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との技術的
事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことの一事をもって,
サポート要件に適合しないとした本件審決は,誤りである。
(3) 加えて,以下のとおり,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の中
止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との特定事項G
の技術的事項は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている。
すなわち,まず,本願明細書【0042】には,「長鎖ω−3脂肪酸または免疫
抑制性の植物性化学物質/栄養素の習慣的で多量の供給が宿主に対して突然行われ
なくなるか,またはω−6脂肪酸が突然増加すると,全身性の炎症応答(毛細血管
漏出,発熱,頻脈,呼吸促迫),多臓器不全(消化器,肺,肝臓,腎臓,心臓)お
よび関節の結合組織損傷を含む重篤な結果を伴うサイトカインストームの応答が生
じることがある。」と記載され,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の
中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,様々な疾患が生じ得るこ
とが記載されている。このように,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであ」る投与方法に関する技術的事項は,本願明細書【0042】
に記載されている。
また,本願明細書には,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜30
歳及び31〜50歳の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以
下とすること(実施例3【表9】),多量のシーフード摂取者であって上記と同年\n齢の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実
施例3【表11】),及び,医学的適応として肥満を有する者に投与する脂質組成\n物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例6【表13】)が,それ\nぞれ記載されている。このように,「ω−6の用量が,40グラム以下であ」る投
与方法に関する技術的事項は,本願明細書の実施例3【表9】【表\11】及び実施
例6【表13】のそれぞれ一部の対象に対するものとして記載されている。\nさらに,上記のとおり,本願明細書【0042】には,「ω−6の増加が緩やか
および/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,
様々な疾患が生じ得ることが記載されており,これは,「ω−6の増加が緩やかお
よび/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法が,特定の対象に限らず,一
般的に好ましい旨開示するものというべきである。そうすると, このような投与方
法と,実施例3【表9】【表\11】及び実施例6【表13】のそれぞれ一部に記載\nされた「ω−6の用量が,40グラム以下であ」るという投与方法を組み合わせた
投与方法,すなわち,例えば,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜
30歳及び31〜50歳の男性に,40g以下の用量のω−6脂肪酸を投与し,そ
の際,ω−6脂肪酸を緩やかに増加させ及び/又はω−3脂肪酸を穏やかに中止す
るという,脂質含有組成物の投与方法に関する技術的事項は,本願明細書に記載さ
れているということができる。
(4) したがって,本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤
りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断
枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由
がある。
◆判決本文
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2019.09. 2
平成30(行ケ)10047 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年5月23日 知的財産高等裁判所
訂正を認める、無効理由なしとした審決が維持されました。争点は、新規事項、サポート要件、進歩性です。被告(特許権者)は東芝からメモリ事業を買収した会社ですが、その後東芝メモリと商号変更しています。
本件訂正事項は,本件訂正前の請求項21の「内層として形成される複
数の配線層」にいう「複数の配線層」を「グランドまたは電源となる3つ
のプレーン層」と「信号を送受信する3つの信号層」を備える「配線層」
に限定するものである。そして,本件訂正後の請求項21の文言から,「グ
ランドまたは電源となる3つのプレーン層」にいう「電源となる…プレー
ン層」は,「配線層」であって,半導体装置の基板に搭載された「ドライ
ブ制御回路」や「不揮発性半導体メモリ」に対して,電源電圧が供給され
る電源線として機能することを理解できる。\n次に,本件明細書には,「電源回路5は,ホスト1側の電源回路から供
給される外部直流電源から複数の異なる内部直流電源電圧を生成し,これ
ら内部直流電源電圧を半導体装置100内の各回路に供給する。」(【0
011】),「略長方形形状を呈する基板8の一方の短辺側には,ホスト
1に接続されて,上述したSATAインタフェース2,通信インタフェー
ス3として機能するコネクタ9が設けられている。コネクタ9は,ホスト\n1から入力された電源を電源回路5に供給する電源入力部として機能す\nる。」(【0012】),「図4は,基板8の層構成を示す図である。基\n板8には,合成樹脂で構成された各層(絶縁膜8a)の表\面あるいは内層
に様々な形状で配線層8bとして配線パターンが形成されている。配線パ
ターンは,例えば銅で形成される。基板8に形成された配線パターンを介
して,基板8上に搭載された電源回路5,DRAM20,ドライブ制御回
路4,NANDメモリ10同士が電気的に接続される。…」(【0013】),
「基板8の各層に形成された配線層8bは,図5に示すように,信号を送
受信する信号層,グランドや電源線となるプレーン層として機能する。」\n(【0015】)との記載がある。また,図5には,基板8の内層として,
「3層」,「4層」及び「6層」に「信号層」を,「2層」及び「7層」
に「プレーン層(GND)」を,「5層」に「プレーン層(電源)」を配
する層構成が示されている。\nこれらの記載事項によれば,図5の「5層」の「プレーン層(電源)」
は,配線層であって,半導体装置の基板に搭載された「ドライブ制御回路」
や「不揮発性半導体メモリ」である「NANDメモリ」に対して,電源回
路5において外部直流電源から生成した「内部直流電源電圧」が供給され
る電源線として機能することを理解できる。\n以上によれば,本件訂正後の請求項21の「グランドまたは電源となる
3つのプレーン層」にいう「電源となる…プレーン層」は,本件明細書に
記載されているものと認められるから(【0011】ないし【0013】,
【0015】,図5),本件訂正は,本件明細書に記載された事項の範囲
内においてしたものであって,新規事項の追加に当たらないものと認めら
れる。
イ これに対し原告は,本件明細書の【0015】記載の「電源線」とは,
基板のいずれかの層に設けられた「配線」程度を意味するものであり,「発
電機または電池のように,外部に電気エネルギーを供給しうる源」を意味
する「電源」(甲62,63)とは全く異なる概念であるが,本件訂正事
項は,「電源線」を「電源」とする訂正を含むものであり,本件訂正事項
のとおりに請求項21を訂正した場合には,配線層の中に「電源」がある
こととなって,本件明細書の「電源はホスト1にある」旨の記載とも矛盾
するから,本件訂正は,本件明細書に記載されていない新規事項を追加す
るものであって,本件明細書に記載された事項の範囲内においてしたもの
とはいえない旨主張する。
しかしながら,前記ア認定のとおり,本件訂正後の請求項21の「グラ
ンドまたは電源となる3つのプレーン層」にいう「電源となる…プレーン
層」は,半導体装置の基板に搭載された「ドライブ制御回路」や「不揮発
性半導体メモリ」に対して,電源電圧が供給される電源線として機能する\n「配線層」であって,「電源」そのものではないから,原告の上記主張は,
その前提において採用することができない。
(3) 小括
以上のとおり,本件訂正は,本件明細書に記載された事項の範囲内におい
てしたものであって,新規事項の追加に当たらないから,これと同旨の本件
審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
・・・・
原告は,本件特許発明1,14及び21の「第1の値が7.5%以下」及
び「前記第1の平均値と前記第2の平均値はともに60%以上」並びに本件
特許発明1,2,5,6,17,21及び25の「配線密度が80%以上」
は,いずれも原出願当初明細書に記載されていないから,本件出願は,分割
出願の要件を満たしていない不適法な分割出願であり,これと異なる本件審
決の判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。
ア 「第1の値が7.5%以下」について
(ア) 前記(1)の記載事項によれば,原出願当初明細書には,「本発明」は,
平面視において長方形形状の基板を用いる場合に,基板の反りを抑える
ことができる半導体装置を提供することを目的とし(【0005】),
上層(基板の層構造の中心線よりも表\面層側に形成された層)全体の配
線密度と下層(基板の層構造の中心線よりも裏面層側に形成された層)\n全体の配線密度とが略等しくなることで,基板の上層全体に占める絶縁
膜(合成樹脂)と配線部分(銅)との比率が,基板の下層全体に占める
合成樹脂と銅との比率と略等しくなり,上層と下層とで熱膨張係数も略
等しくなるため,基板に反りが発生するのを抑制するという効果を奏す
ること(【0014】,【0015】,【0023】,【0024】,
図5)の開示があることが認められる。
次に,原出願当初明細書には,1)「基板8の各層に形成された配線層
8bは,図5に示すように,信号を送受信する信号層,グランドや電源
線となるプレーン層として機能」し,「各層に形成された配線パターン\nの配線密度,すなわち,基板8の表面面積に対する配線層が占める割合」\nを「図5に示すように構成している」こと(【0015】),2)「本実
施の形態では,グランドとして機能する第8層をプレーン層ではなく網\n状配線層とすることで,その配線密度を30〜60%に抑え」,「基板
8の上層全体での配線密度は約60%となって」おり,「第8層の配線
密度を約30%として配線パターンを形成することで,下層全体での配
線密度を約60%とすることができ,上層全体の配線密度と下層全体の
配線密度とを略等しくすることができる」こと,「なお,第8層の配線
密度は,約30〜60%の範囲で調整することで,上層全体の配線密度
と略等しくなるようにすればよい」こと(【0016】),3)「本実施
の形態では,第8層の配線密度は,約30〜60%の範囲で調整し,上
層全体の配線密度と下層全体の配線密度とを略等しくしているので,熱
膨張係数も略等しくなる」ため,「基板8に反りが発生するのを抑制す
ることができる」こと(【0024】)の記載がある。また,図5には,
「第1の実施の形態」に係る8層構造の配線層の上層の配線密度につい\nて,「1層」が「約60%」,「2層」が「約80%」,「3層」が「約
50%」,「4層」が「約50%」,上層全体(「1層」ないし「4層」)
で「約60%」であること,下層の配線密度について,「5層」が「約
80%」,「6層」が「約50%」,「7層」が「約80%」,「8層」
が「約30〜60%」,下層全体(「5層」ないし「8層」)で「約6
0%〜67.5%」であることが示されている。
そして,図5,【0016】及び【0024】の記載(上記2)及び3))
から,図5の「8層」の配線密度を「約30%」とした場合には下層全
体の配線密度が「約60%」(計算式(80+50+80+30)÷4)
になり,「8層」の配線密度を「約60%」とした場合には下層全体の
配線密度が「約67.5%」(計算式(80+50+80+60)÷4)
になること,図5に示す上層全体の配線密度が「約60%」の場合,下
層全体の配線密度が「約60%〜67.5%」であるときは,「上層全
体の配線密度と下層全体の配線密度とを略等しくしているので,熱膨張
係数も略等しくなる」ため,「基板8に反りが発生するのを抑制するこ
とができる」ことを理解できる。
さらに,これらの記載事項から,図5の「8層」の配線密度を「約3
0%〜60%」の範囲で調整すると,上層全体の配線密度の平均値(約
60%)と下層全体の配線密度の平均値(約60〜67.5%)の差が
「約0%〜7.5%」の範囲で調整され,両者の配線密度が略等しくな
り,熱膨張係数も略等しくなるため,基板8に反りが発生するのを抑制
することができるものと理解できる。
そうすると,原出願当初明細書には,「本発明」の「第1の実施の形
態」として,配線層の上層全体の配線密度の平均値(「第1の平均値」
に相当)と下層全体の配線密度の平均値(「第2の平均値」に相当)と
の差を「7.5%以下」とすることが記載されていることが認められる
から,本件特許発明1,14及び21の「第1の値が7.5%以下」は,
原出願当初明細書に記載された事項の範囲内の事項であるものと認めら
れる。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(イ) これに対し原告は,原出願当初明細書には,基板の反りが発生する
のを抑えることができるための上層全体の配線密度と下層全体の配線密
度との差が何%かについての記載はなく,また,【0016】の「なお,
第8層の配線密度は,約30〜60%の範囲で調整することで,上層全
体の配線密度と略等しくなるようにすればよい。」との記載は,第8層
の配線密度を約30〜60%の範囲で調整することを可能とすることで,\n上層全体の配線密度を67.5%とした場合(例えば,第3層の配線密
度を80%とした場合)であっても,第8層の配線密度を60%とする
と,下層全体の配線密度も67.5%となり,上層全体の配線密度と略
等しくすることで,反りを防止していることを意味するものであり,上
層全体の配線密度と下層全体の配線密度とに差を設けて,「第1の値が
7.5%以下」とすることについての記載はないから,本件特許発明1,
14及び21の「第1の値が7.5%以下」は,原出願当初明細書に記
載されていない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)認定のとおり,図5,【0016】及び【0
024】から,図5に示す上層全体の配線密度が「約60%」の場合,
下層全体の配線密度が「約60%〜67.5%」であるときは,「上層
全体の配線密度と下層全体の配線密度とを略等しくしているので,熱膨
張係数も略等しくなる」ため,「基板8に反りが発生するのを抑制する
ことができる」ことを理解できるから,原出願当初明細書には,上層全
体の配線密度と下層全体の配線密度とに差を設けて,「第1の値が7.
5%以下」とすることについての記載はあるものと認められる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
◆判決本文
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2019.08. 8
平成31(ネ)10005 特許権侵害行為差止請求控訴事件 特許権 行政訴訟 令和元年7月24日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
骨切術用開大器について、1審では、補正によって追加された事項を充足しない被疑侵害品について、第5要件問題なしとして均等を認めました。知財高裁は、文言侵害と判断しました。
なお、「原判決30頁17行目から31頁3行目までを次のとおり改める。」とありますが、原審のどの部分を改めるのか?は、上記範囲とはズレていますので、不明です。
また,請求項1においては,係合部が設けられている揺動部材と他方の揺動部材が,それぞれ開閉機構を有することが規定されるのみで,いずれの開閉機構\をどのような手順で操作するかについては何ら特定がなく,前述の本件発明の技術的意義からもかかる点につき限定する理由はないから,係合部を設けた揺動部材の側に力を加えることによって,他の揺動部材が同時に開く仕組みになっていることは,本件発明において必須の構成ではない。\n以上を踏まえると,構成要件Eの「係合部」とは,これによって外力を伝達し,その結果,いずれか一方の揺動部材の開操作をもって,2対の揺動部材を同時に開くことを可能\にするものであるというべきである。
イ 「揺動部材の一方に…係合部が設けられている」の意義
次に,かかる係合部の意義を踏まえて,「揺動部材の一方に…係合部
が設けられている」の意義について検討する。
まず,「設けられている」との文言の一般的な意味は,「そなえてこ
しらえる。設置する。しつらえる。」というものにすぎず(広辞苑・甲
13),当該文言自体からは,「係合部」が一方の揺動部材と一体であ
るのか,別の部品であるのかを読み取ることはできない。前記の本件発
明の技術的意義に照らしても,「係合部」が一方の揺動部材と一体のも
のでなければその機能を果たせないとはいえず,別の部品によって係合\n部を設けることを除くべき根拠は見当たらない。そうすると,係合部が
揺動部材に「設けられている」という構成が,係合部が揺動部材の一部\nを構成しているものに限定されるとはいえない。\nそして,「揺動部材の一方に…係合部が設けられている」という特許
請求の範囲の文言に照らすと,係合部が,「一方の」揺動部材に設けら
れていることを要することは明らかである。このことは,特許請求の範
囲における請求項3及び4が,2対の揺動部材について,いずれに「係
合部」が設けられているかを区別できることを前提としていることから
も裏付けられる。
以上によれば,「揺動部材の一方に…係合部が設けられている」とは,
「係合部」が,揺動部材に設けられており,かつ,それが2対のいずれ
の揺動部材に設けられているのか区別できることを要し,またそれをも
って足りると解される。
・・・
被告製品の構成eは,「揺動部材1,2の各下側揺動部には後部に開\n口部が設けられ,各上側揺動部にはその後部側に角度調整器のピンを挿
通させるためのピン用孔が設けられている。揺動部材1と揺動部材2が
組み合わせられたときに,開口部に留め金の突起部がはめ込まれ,ピン
用孔に角度調整器の2本のピンを挿通された状態で揺動部材2の上側揺
動部と下側揺動部を相互に開いていくと,留め金の突起部と角度調整器
のピンがそれぞれ揺動部材1の下側揺動部と上側揺動部を押圧して,揺
動部材2と一緒に開くようになっている」ものである(前記第2の3に
おいて引用した原判決「事実及び理由」の第2の2⑸)。
このように,被告製品における角度調整器の2本のピンと留め金の突
起部は,外力の伝達により,いずれか一方の揺動部材の開操作をもって,
2対の揺動部材を同時に開くことを可能にするものであるから,角度調\n整器のピン及び留め金の突起部は,構成要件Eの「係合部」を充足する。\nまた,上記のとおり,角度調整器のピン及び留め金の突起部は,開操
作の前に,組み合わせられた揺動部材1及び2の開口部に留め金の突起
部がはめ込まれ,ピン用孔に角度調整器の2本のピンが挿通された状態
に固定されるものである。このような固定態様に照らすと,「係合部」
である角度調整器のピン及び留め金の突起部が,揺動部材1又は2に設
けられているといえる。そして,証拠(甲3,乙6,10)によれば,
角度調整器は,施術者から視認できるように揺動部材1側からピンが挿
通されて揺動部材1に固定されることが認められるから,少なくとも角
度調整器のピンは,揺動部材1に設けられていると認識できることは明
らかである。そして,留め金の突起部も,角度調整器のピンと一体とな
って揺動部材の開操作に関わっているのであるから,この両者は,全体
として揺動部材1に設けられていると評価するのが素直である。したが
って,「係合部」である角度調整器のピン及び留め金の突起部をもって,
構成要件Eの「揺動部材の一方に…係合部が設けられている」との要件\nは充足されることになる。
そして,「係合部」である角度調整器のピン及び留め金の突起部が,
2対の揺動部材の開操作の前にこれらの揺動部材に固定されることは上
記のとおりであって,これらを同時に開いていく間にかかる固定が解除
されることはない(乙6,10)。したがって,構成要件Eの「他方の\n揺動部材と組み合わせられたときに」揺動部材の一方に係合する係合部
が設けられているといえる。
控訴人は,被告製品の角度調整器のピン及び留め金の突起部が,揺動
部材1及び2と別の部品であることから,直ちにいずれの揺動部材に上
記ピン及び上記突起部が固定されているのかの区別ができなくなるとい
う前提で主張するが,上記説示したところに照らし,採用できない。
カ 結論
以上のとおり,被告製品は構成要件Eを充足し,他の構\成要件を充足
することについては既に説示したとおりであるから,被告製品は,本件
発明1及び2の技術的範囲に属する。
◆判決本文
原審はこちらです。
◆平成29(ワ)18184
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2019.08. 8
平成29(ワ)44053 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟 令和元年5月29日 東京地方裁判所
争点は、分割要件違反など色々ありますが、発明1,3についてはサポート要件違反なので権利行使不要、発明2については構成要件不充足と判断されました。\n
(3) 本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載
ア 本件明細書1及び3の【0015】,【0017】
本件明細書1及び3の発明の詳細な説明の記載は,前記1(1)のとおりであり,発
明を実施するための形態として,「本発明の併用療法は,治療法が同時に行われ,
すなわち抗CD20抗体は,同時にまたは同じ時間枠(すなわち,治療は同時に進
んでいるが,薬剤は全く同時に投与されるわけではない)で投与される。本発明の
抗CD20抗体はまた,他の治療法の前または後に投与されてよい。」(【001
5】),「また本発明には,化学療法の前,その最中,または後に,治療上有効量
のキメラ抗CD20抗体を患者に投与することを含んでなる,B細胞リンパ腫の治
療法が含まれる。そのような化学療法は,少なくとも,CHOP,ICE,ミトザ
ントロン,シタラビン,DVP,ATRA,イダルビシン,ヘルツァー(hoelzer)
化学療法,ララ(LaLa)化学療法,ABVD,CEOP,2−CdA,FLAG&
IDA(以後のG−CSF治療有りまたは無し),VAD,M&P,C−Week
ly,ABCM,MOPP,およびDHAPよりなる群から選択される。」(【0
017】)と記載されている。
しかしながら,上記において,抗CD20抗体ないしキメラ抗CD20抗体とし
て示されるリツキシマブの投与時期について,【0015】では,「他の治療法の
前または後」と「同時にまたは同じ時間枠(すなわち,治療は同時に進んでいるが,
薬剤は全く同時に投与されるわけではない)」が併記されるにとどまり,また,
【0017】では,「化学療法の前…または後」と「その最中」が併記されるにと
どまっており,化学療法に用いられる薬剤の投薬期間や休薬期間に係る説明はされ
ていないから,これらの記載をもって,リツキシマブをCHOP療法の各薬剤の投
薬期間中に投与するという本件発明1の用途を認識することは困難であり,もとよ
り,リツキシマブを含む医薬組成物と化学療法に用いられる各薬剤を化学療法の各
サイクルの1日目に投与するという本件発明3の用途を認識することもできない。
このことに加えて,前記のとおり,本件発明1及び3は,いずれも,リツキシマ
ブを含む医薬組成物について,対象疾患,併用される化学療法及び投与時期を特定
した用途発明であるところ,【0015】では,対象疾患及び併用される化学療法
が特定されておらず,【0017】でも,対象疾患が特定されておらず,併用され
る化学療法であるCHOP療法も多数の選択肢の一つとして挙げられるにとどまっ
ているから,その意味でも,これらが本件発明1及び3の用途を記載又は示唆する
ものと認めるに足りない。
イ 本件明細書1の【0069】ないし【0071】,【0092】
(ア) また,本件明細書1の【0069】ないし【0071】及び【0092】の
SWOGによる臨床試験に係る部分において,本件発明1の対象疾患である「低グ
レード/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)」の患者に対するリツキシマブとC
HOP療法の併用療法に係る実施例が記載されているものの,次のとおり,これら
は,リツキシマブを含む医薬組成物をCHOP療法の各薬剤の投薬期間中に投与す
るという本件発明1の用途を記載又は示唆するものであるとは認められない。
a すなわち,まず,本件明細書1の【0069】ないし【0071】には,
「新に診断された再発性低悪性度NHLまたは濾胞性NHLにおけるCHOPとリ
ツクシマブ(登録商標)との併用を評価するために第II相試験」(【0069】)
について,「CHOPは,標準用量で3週間毎にリツクシマブ(登録商標)(37
5mg/m3)を6回注入する6サイクルを行った。リツクシマブ(登録商標)注入
1と2は,最初のCHOPサイクル(これは8日目に開始した)の前の1日目と6
日目に投与した。リツクシマブ(登録商標)注入3と4は,それぞれ第3および第
4のCHOPサイクルの2日前に投与し,注入5と6は,6回目のCHOPサイク
ル後のそれぞれ134日目と141日目に投与した。」(【0070】)と記載さ
れており,参考文献21として甲38文献が参照されていること(【0071】)
などに照らすと,これらは,甲38文献に記載されているCzuczmanらによる臨床試
験を記載したものと認められる(なお,【0070】の「第3および第4のCHO
Pサイクルの2日前」は「第3及び第5のCHOPサイクルの2日前」の誤記であ
ると認められる。)。
そうすると,【0070】の「リツクシマブ(登録商標)注入1と2」及び「注
入5と6」は,CHOP療法全体の開始前及び終了後の投与であり,また,「注入
3と4」も,Czuczmanらによる臨床試験の3回目及び4回目のリツキサンの投与と
同様に,CHOP療法の各薬剤の休薬期間中の投与であって,当業者は,いずれに
ついても,CHOP療法の各薬剤の投薬期間中に投与するものではないと認識する
と認められる。
したがって,【0069】ないし【0071】は,リツキシマブを含む医薬組成
物をCHOP療法の各薬剤の投薬期間中に投与するという本件発明1の用途を記載
又は示唆するものではない。
b また,本件明細書1の【0092】には,「SWOGにより行われた新に診
断された濾胞性リンパ腫でCHOPの後にリツクシマブ(登録商標)を使用する第
II相試験もまた,完了している。」として,SWOGによる臨床試験について記載
されているものの,同臨床試験においてリツキシマブが投与されたのは「CHOP
の後」であるから,リツキシマブを含む医薬組成物をCHOP療法の各薬剤の投薬
期間中に投与するという本件発明1の用途を記載又は示唆するものではない。
(イ) さらに,本件明細書1の【0092】には,「マントル細胞リンパ腫が未治
療の40人の患者でリツクシマブ(登録商標)とCHOPの第III相試験も,ダナ
ファーバー研究所(Dana Farber Institute)で行われている。21日毎の6サイ
クルで,リツクシマブ(登録商標)は1日目に投与され,CHOPは1〜3日目に
投与される。この試験の発生項目は完了している。」として,ダナファーバー研究
所による臨床試験について記載されているものの,本件明細書1には,同臨床試験
の対象とされたマントル細胞リンパ腫が本件発明1の対象疾患である「低グレード
/濾胞性非ホジキンリンパ腫(NHL)」に含まれることは記載されておらず,そ
のように認めるに足る証拠もないから,上記の臨床試験に係る記載部分が本件発明
1の用途を記載又は示唆するものと認めるに足りない。
ウ 本件明細書3の【0090】,【0092】
(ア) また,本件明細書3の【0090】において,本件発明3の対象疾患である
「中悪性度又は高悪性度の非ホジキンリンパ腫(NHL)」の患者に対するリツキ
シマブとCHOP療法の併用療法に係る実施例が記載されているものの,その内容
は,「別の試験では,中または高悪性度NHLを有する31人の患者(女性19人,
男性12人,平均年齢49才)に,6回の21日サイクルのCHOPの1日目にリ
ツクシマブ(登録商標)を投与した(35)。」というものであり,CHOP療法
の各薬剤の投与時期は記載されていない。
また,本件明細書3の発明の詳細な説明に,参考文献35として記載されている
乙9文献においても,前記1(2)イのとおり,Linkらによる臨床試験で,1サイクル
21日間(3週間)のCHOP療法を繰り返し実施するに当たり,リツキシマブは
CHOP療法の各サイクルの1日目に投与されたのに対し,シクロホスファミド,
ドキソルビシン及びビンクリスチンは各サイクルの3日目に投与され,プレドニソ\
ンは各サイクルの3日目から7日目まで投与されたことが認められる。
したがって,【0090】は,リツキシマブとCHOP療法の各薬剤をCHOP
療法の各サイクルの1日目に投与するという本件発明3の用途を記載又は示唆する
ものとは認められない。
(イ) さらに,本件明細書3の【0092】には,前記のとおり,ダナファーバー
研究所による臨床試験について記載されているものの,本件明細書3には,同臨床
試験の対象とされたマントル細胞リンパ腫が本件発明3の対象疾患である「中悪性
度又は高悪性度の非ホジキンリンパ腫(NHL)」に含まれることは記載されてお
らず,そのように認めるに足る証拠もない。
また,「21日毎の6サイクルで,リツクシマブ(登録商標)は1日目に投与さ
れ,CHOPは1〜3日目に投与される。」というだけでは,CHOP療法の各薬
剤が全て各サイクルの1日目に投与されたかは必ずしも明らかでないから,いずれ
にしても,上記の臨床試験に係る記載部分がリツキシマブとCHOP療法の各薬剤
をCHOP療法の各サイクルの1日目に投与するという本件発明3の用途を記載又
は示唆するものとは認められない。
(4)原告らの主張について
ア 本件発明1
原告らは,本件原出願日当時の化学療法とリツキシマブの併用療法は,化学療法
の各サイクルにおける化学療法薬の投薬期間の前又は後にリツキシマブを投与する
異日投与レジメンによっていたところ,本件明細書1の【0015】,【0017】
には,異日投与レジメンと区別して,化学療法の各サイクルにおける化学療法薬の
投薬期間中にリツキシマブを投与する同日投与レジメンが記載されていると主張す
る。
しかしながら,本件原出願日当時,原告らが主張する異日投与レジメンによって
リツキシマブと化学療法が併用されていたとしても,前記のとおり,【0015】,
【0017】には,化学療法に用いられる薬剤の投薬期間や休薬期間に係る記載は
なく,化学療法の開始前,終了後,化学療法に用いられる薬剤の休薬期間中にリツ
キシマブを投与するレジメンと区別して,化学療法に用いられる薬剤の投薬期間中
にリツキシマブを投与するレジメンが記載されているとはいえないから,これらの
記載が本件発明1の用途を記載又は示唆するものと認めるに足りない。
・・・
被告製剤についてみると,前記第2の2⑸ウのとおり,被告製剤の添付文書には,
用法・用量欄に「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合」が記載され,用法・用量に関
連する使用上の注意として,「他の抗悪性腫瘍剤と併用する場合は,先行バイオ
医薬品の臨床試験において検討された投与間隔,投与時期等について,【臨床成
績】の項の内容を熟知し,国内外の最新のガイドライン等を参考にすること。」
と記載されている。また,臨床成績欄には,被告製剤の臨床成績として,未治療
の進行期ろ胞性リンパ腫の患者に,被告製剤又は先行バイオ医薬品がR−CVP
レジメンによって投与されたことが記載されているほか,先行バイオ医薬品の臨
床成績として,国外臨床第III相試験(PRIMA試験)において,ろ胞性非ホジ
キンリンパ腫(NHL)の患者に,R−CVPレジメンによる寛解導入療法等が
実施されたことが記載されている。
そして,証拠(甲12,35)及び弁論の全趣旨によれば,被告製剤の添付文書
に記載されているR−CVPレジメンは,リツキシマブを1日目に投与するととも
に,シクロホスファミド(CPA)及びビンクリスチン(VCR)を1日目,プレ
ドニゾロン又はプレドニソン(PSL)を1日目から5日目まで投与するレジメン\nであると認められる。
そうすると,被告製剤は,添付文書に記載されたR−CVPレジメンがシクロホ
スファミドを1日目にのみ投与するものであり,1日目から5日目まで投与するも
のでない点で,構成要件2Bの「CVP」を充足するとはいえない。\n
・・・
以上のとおり,本件特許1及び3は特許法36条6項1号に違反しており,いず
れも特許無効審判により無効とされるべきものと認められるから,同法104条の
3第1項により,本件特許1及び3に係る専用実施権者である原告による権利行使
は認められない。
また,被告製剤は本件発明2の技術的範囲に属するとはいえないから,被告製剤
の製造販売等が本件専用実施権2を侵害するとはいえない。
◆判決本文
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2019.07.21
平成30(行ケ)10134 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年6月27日 知的財産高等裁判所
請求項1,2,7,8についてサポート要件違反と判断した無効審決が維持されました。
(2) 以上を前提に,サポート要件の具備の有無について検討する。
本件発明の各特許請求の範囲は,いずれも,「正または負の誘電異方性を有する極
性化合物の混合物に基づく液晶媒体であって」と記載されているから,いずれも,
n型の液晶化合物に基づく液晶媒体を含んでいる。
ところが,前記(1)のとおり,本件明細書には,p型の液晶化合物が用いたディス
プレイを前提として,しきい値電圧の低減をK1を減少させることにより実現する
ことが記載されているのみである。本件明細書には,n型の液晶化合物が用いられ
るディスプレイについて,K1を減少させることによってしきい値電圧を低減させ
ることができるとの記載はなく,また,そのような技術常識があったとは認められ
ないし,本件明細書の実施例にも,n型の液晶化合物は一切含まれていない。した
がって,n型の液晶化合物については,当業者は,本件明細書から,発明の課題を
解決できるものと認識することはできないというべきである。以上のとおり,本件発明は,いずれも,発明の詳細な説明の記載により,発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているというべきである。
なお,原告は,甲54実験,甲59実験,甲90実験について主張する。
しかし,上記のとおり,本件明細書には,n型の液晶化合物を用いたディスプレ
イにおいてK1を減少させることによって,しきい値電圧を低減できることは記載
されておらず,また,上記実験結果が,本件特許の出願日当時,当事者の技術常識
であったとも認められないから,上記実験結果を参照して,n型液晶化合物を用い
たディスプレイにおいて,K1を減少させることによって,しきい値電圧を低減でき
ることをサポート要件の判断に当たって考慮することはできないというべきである。
また,その他,原告が主張するところによっても,サポート要件に関する上記判
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2019.07.12
平成31(ネ)10009 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和元年6月27日 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
1審と同じく、明確性、サポート要件違反無しと判断されました。
前記第2の1の前提事実と一件記録によれば,本件訴訟の経過等として,
次の事実が認められる。
(ア) 控訴人日進は,平成26年12月頃から,調剤薬局等に対し,控訴
人日進と控訴人セイエーが共同開発した被告製品を販売するようになっ
た。
控訴人日進,控訴人OHU及び控訴人セイエーの3者間には,被告製
品に関し,控訴人日進が控訴人OHUに対して被告製品を発注し,この
発注を受けた控訴人OHUが控訴人セイエーに対して被告製品の製造を
委託し,この委託を受けた控訴人セイエーが被告製品を製造して,控訴
人日進に供給し,これにより,控訴人セイエーは控訴人OHUに対し,
控訴人OHUは控訴人日進に対し被告商品をそれぞれ販売するという継
続的な取引関係があった。
(イ) 被控訴人は,平成28年7月4日,控訴人らによる被告製品の製造,
販売が被控訴人の有する本件特許権の間接侵害等に当たる旨主張して,
控訴人らに対し,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の連帯
支払を求める本件訴訟を原審に提起した。
控訴人らは,同年12月8日の原審第2回弁論準備手続期日において,
準備書面(2)(無効論)に基づき,明確性要件違反,乙22を主引用例と
する新規性欠如,乙23を主引用例とする新規性欠如の無効理由による
無効の抗弁を主張し,平成29年3月16日の原審第4回弁論準備手続
期日において,準備書面(5)(無効論)に基づき,上記無効理由に加えて,
乙22を主引用例とする進歩性欠如,乙23を主引用例とする進歩性欠
如,補正要件違反,サポート要件違反,明確性要件違反(「2つ折りさ
れたシート」に係るもの)の無効理由による無効の抗弁を主張した。
その後,控訴人らは,同年6月30日の原審第6回弁論準備手続期日
において,準備書面(7)(無効論)に基づき,新たに乙23(乙23’発
明)を主引用例,乙22(乙22発明)を副引用例とする進歩性欠如の
無効理由による無効の抗弁を主張した。
(ウ) 控訴人日進は,平成29年7月10日,本件特許の設定登録時の請
求項1及び2に係る発明についての特許を無効にすることを求める別件
無効審判を請求した。控訴人日進が別件無効審判で主張した無効理由は,
明確性要件違反(「無効理由1」),「審判甲1」(乙22)を主引用
例とする新規性欠如(「無効理由2」),「審判甲1」(乙22)を主
引用例とし,「審判甲7」(乙49)に記載された事項(「甲7事項」)
を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由3」),「審判甲2」(乙2
3)を主引用例とし,「審判甲1」(乙22)に記載された事項(「甲
1事項」)等を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由4」),「審判
甲2」(乙23)を主引用例とし,「甲7事項」等を副引用例とする進
歩性欠如(「無効理由5」)である。上記「無効理由3」は,乙22を
主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由と,上記「無効理
由4」及び「無効理由5」は,乙23を主引用例とする本件訂正発明の
進歩性欠如による無効理由と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づ
くものである。
被控訴人は,同年10月6日,別件無効審判において,本件訂正をし
た後,同月19日の原審第9回弁論準備手続期日において,第7準備書
面に基づき,本件訂正と同一内容の訂正に係る訂正の再抗弁の主張をし
た。また,控訴人らは,上記弁論準備手続期日において,別件無効審判
の審判請求書(乙46)を書証として提出した。
控訴人らは,同年12月11日の原審第10回弁論準備手続期日にお
いて,準備書面(9)に基づき,被控訴人の訂正の再抗弁に対する反論をし
た。
原審の受命裁判官は,平成30年1月29日の原審第11回弁論準備
手続期日において,本件の侵害論の審理を終了し,損害論の審理を進め
ると述べた。
控訴人らは,同年3月12日の原審第12回弁論準備手続期日におい
て,別件無効審判に係る被控訴人作成の同年2月2日付け「口頭審理陳
述要領書(2)」(乙56)を書証として提出した。
(エ) 特許庁は,平成30年6月26日,本件訂正を認めた上で,控訴人
日進主張の「無効理由1」ないし「無効理由5」により本件特許を無効
とすることはできないとして,別件無効審判の請求は成り立たないとの
別件審決をした。その後,控訴人日進は,出訴期間内に別件審決に対す
る審決取消訴訟を提起しなかったため,別件審決は,確定し,同年8月
28日,その旨の確定登録が経由された。
原審は,同月24日,原審第2回口頭弁論期日において,口頭弁論を
終結した後,同年12月18日,被控訴人の請求を一部認容する原判決
を言い渡した。原判決は,控訴人ら主張の無効の抗弁はいずれも理由が
ないものと判断した。
(オ) 控訴人は,平成30年12月28日,本件控訴を提起した。
その後,控訴人は,平成31年2月15日付け控訴理由書において,
原判決には,乙22を主引用例とする進歩性欠如,乙23を主引用例と
する進歩性欠如,明確性要件違反及びサポート要件違反の無効理由の判
断に誤りがあることを主張するとともに,新たに本件出願に分割要件違
反があることを前提とした乙60を主引用例とする進歩性欠如の無効理
由を主張した。
当審は,令和元年5月16日の本件第1回口頭弁論期日において,口
頭弁論を終結した。
イ 特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び
参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求すること
ができないと規定している。この規定の趣旨は,先の審判の当事者及び参
加人は先の審判で主張立証を尽くすことができたにもかかわらず,審決が
確定した後に同一の事実及び同一の証拠に基づいて紛争の蒸し返しができ
るとすることは不合理であるため,同一の当事者及び参加人による再度の
無効審判請求を制限することにより,紛争の蒸し返しを防止し,紛争の一
回的解決を実現させることにあるものと解される。このような紛争の蒸し
返しの防止及び紛争の一回的解決の要請は,無効審判手続においてのみ妥
当するものではなく,侵害訴訟の被告が同法104条の3第1項に基づく
無効の抗弁を主張するのと併せて,無効の抗弁と同一の無効理由による無
効審判請求をし,特許の有効性について侵害訴訟手続と無効審判手続のい
わゆるダブルトラックで審理される場合においても妥当するというべきで
ある。
そうすると,侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無
効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請
求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定し
たときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,
訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許さ
れないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記アの認定事実によれば,1)控訴人らは,
本件訴訟の原審において,本件特許について,明確性要件違反,サポート
要件違反,乙22を主引用例とする新規性欠如及び進歩性欠如,乙23を
主引用例とする新規性欠如及び進歩性欠如等の無効理由による無効の抗弁
を主張したこと,2)控訴人らのうち,控訴人日進のみが本件特許を無効に
することを求める別件無効審判を請求し,本件特許の設定登録時の請求項
1及び2に係る発明の無効理由として「無効理由1」ないし「無効理由5」
を主張し,被控訴人は別件無効審判手続において本件訂正をしたところ,
特許庁は,本件訂正を認めた上で,控訴人日進主張の「無効理由1」ない
し「無効理由5」により本件特許を無効とすることはできないとして,別
件無効審判の請求は成り立たないとの別件審決をしたこと,3)控訴人日進
が別件審決に対する審決取消訴訟を提起しなかったため,別件審決は,原
判決の言渡し前に確定したことが認められる。
加えて,控訴人日進が原審及び当審において主張する乙22を主引用例
とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由は,確定した別件審決で排斥
された「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくもの
と認められるから(前記ア(ウ)),被控訴人日進が当審において乙22を
主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を
主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の
趣旨に照らし許されないと解すべきである。
ウ 次に,控訴人セイエー及び控訴人OHUについて検討するに,1)控訴人
セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人又は参加人のいずれ
でもないが,控訴人日進,控訴人OHU及び控訴人セイエーの3者間には,
被告製品に関し,控訴人セイエーは控訴人OHUに対し,控訴人OHUは
控訴人日進に対し被告商品をそれぞれ販売するという継続的な取引関係が
あり,本件特許が別件無効審判で無効とされた場合には,被控訴人の控訴
人らに対する請求はいずれも理由がないことに帰するので,別件無効審判
に関する利害は,控訴人ら3者間で一致していること,2)控訴人セイエー
及び控訴人OHUは,原審において,控訴人日進の主張する無効の抗弁と
同一の無効の抗弁を主張し,また,控訴人日進とともに,別件無効審判の
審判請求書(乙46)及び被控訴人作成の「口頭審理陳述要領書(2)」(乙
56)を書証として提出していることからすると,控訴人セイエー及び控
訴人OHUは,別件無効審判の内容及び経緯について十分に認識し,別件\n無効審判における被告日進の主張立証活動を事実上容認していたものと認
められること,上記1)及び2)の事実関係の下においては,控訴人セイエー
及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人の控訴人日進と同視し得る立
場にあるものと認めるのが相当であるから,確定した別件審決で排斥され
た「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づく乙22を
主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁の
主張をすることを控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは,紛争
の蒸し返しができるとすることにほかならないというべきである。
したがって,控訴人セイエー及び控訴人OHUにおいても,控訴人日進
と同様に,当審において乙22を主引用例とする進歩性欠如の無効理由に
よる無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,
民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。
エ 以上によれば,被控訴人の前記主張は理由があるから,その余の点につ
いて判断するまでもなく,乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性
欠如をいう控訴人らの主張は理由がない。
(6) 争点(4)カ(乙23を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理
由の有無)について
被控訴人は,控訴人ら主張の乙23を主引用例とする進歩性欠如の無効理
由は,別件無効審判における「無効理由4」及び「無効理由5」と実質的に
同一の事実及び同一の証拠に基づくものであるから,別件無効審判の請求人
である控訴人日進並びに控訴人日進と密接な取引関係にある控訴人セイエ
ー及び控訴人OHUの3者が,当審において,上記無効理由による無効の抗
弁を主張することは,訴訟上の信義則に反し,許されない旨主張する。
そこで検討するに,控訴人らが原審及び当審において主張する乙23を主
引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由は,前記(5)ア(ウ)認定
のとおり,控訴人日進及び被控訴人間の確定した別件審決で排斥された「無
効理由4」及び「無効理由5」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づ
くものと認められる。
そうすると,前記(5)ウ及びエで説示したのと同様の理由により,控訴人
らが当審において乙23を主引用例とする進歩性欠如の無効理由による無
効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟
法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきであるから,被控訴人の上記主
張は理由がある。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,乙23を主引用例
とする本件訂正発明の進歩性欠如をいう控訴人らの主張は理由がない。
◆判決本文
1審はこちらです。
◆平成28(ワ)6494
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2019.06.28
平成30(行ケ)10043 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和元年6月26日 知的財産高等裁判所(3部)
医薬品の発明について、実施可能要件を満たしていないとして、無効理由なしとした審決が取り消されました。\n
被告は,【0029】及び【0116】を含む本件明細書の記載並びに
技術常識からすれば,当業者は,1) ヒスチジンの置換箇所を特定するた
めに,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的に
ヒスチジン置換した抗体を作製し,そのKD値を測定して置換位置を特定
する試験(以下「前半の試験」という。),及び2) 上記1)により所望のp
H依存性を示す(有望であることないしpH依存的結合特性がもたらされ
たことが判明した)場合に血中動態の試験(以下「後半の試験」という。)
を行うことにより,本件発明1を実施することができると主張する(被告
主張ヒスチジンスキャニング)。
そこで検討するに,本件明細書の【0029】にはアラニンスキャニン
グに関する記載があり,本件出願日当時,アミノ酸配列の各残基を1つず
つアラニンに置換して各残基の役割を解析する手法としてアラニンスキャ
ニングは技術常識であったと認められる(乙19〜23)。したがって,
本件明細書に接した当業者は技術常識に基づき,抗体の可変部位のアミノ
酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換をした抗体を作
製することは可能であるということができる。\n被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所
望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性が
もたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張し
ているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上
現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置
を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施するこ
とができるのかが明らかではない。
このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによっ
て,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており,
本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明
の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要すること
なく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があ\nるということはできない。
イ 仮に,被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験におけるヒスチジ
ン置換位置の特定について,1)本件明細書の【0029】に記載された「変
異前と比較してKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,
2)特許請求の範囲に記載された「所定のpH依存的結合特性を有する」箇
所を意味すると理解するとしても,次のとおり,このような被告主張ヒス
チジンスキャニングにより本件発明1に係る医薬組成物全体を実施できる
とはいえない。
(ア) 本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで
置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されている
ことを特徴とする」「抗体」は,複数のヒスチジン置換がされた抗体を含
むものであるところ,被告は,複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒ
スチジン置換位置の特定については,前半の試験により特定された単独
のヒスチジン置換位置を組み合わせれば足りると主張する。
(イ) そこで,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法により,
本件発明1の複数のヒスチジン置換がされた抗体における,ヒスチジン
置換位置を常に特定することができるかを検討する。
a 本件明細書には,本件発明1の,複数のヒスチジン置換がされたこ
とを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体におけるヒ
スチジン置換箇所について,必ず被告主張ヒスチジンスキャニングの
前半の試験により特定できることを示す記載は見当たらない。また,
このことについての本件出願日当時の技術常識を示す的確な証拠もな
い。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に,複数のヒスチジン
置換がされた場合について実施することができる程度に発明の構成等\nの記載があるということはできない。
◆判決本文
関連事件です。いずれも同じように実施可能要件を満たしていないと判断されています。
◆平成30(行ケ)10044
◆平成30(行ケ)10045
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2019.04.17
平成30(行ケ)10117 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年4月12日 知的財産高等裁判所(1部)
拒絶審決が取り消されました。理由は、明確性、サポート要件違反ではないというものです。なお、第1回の拒絶理由通知に対してクレームを追加する補正をしたのに、そのクレームには新たな拒絶理由通知がなされなかった点も争いましたが、こちらは理由なしと判断されました。
原告は,拒絶査定不服審判事件において,本件拒絶理由通知を受けたことか
ら,新たに請求項19ないし47を追加する本件補正をしたところ,審判合議体が,
本件補正で追加した請求項について,新たに拒絶理由通知をせず,また本件審決に
おいて判断しなかったことが,特許法47条に実質的に違反する旨主張する。
しかし,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又
は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生す
るという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるもので\nはない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許\n出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定
又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,
他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは
予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の\n分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)
第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。
そうすると,審判合議体は,拒絶査定不服審判において,一の請求項について拒
絶理由があると判断すれば,それのみで請求不成立審決をすることができ,その余
の補正で追加された請求項について判断しなくても,違法ではないというべきであ
る。
なお,特許出願人は,請求項の数を増加する補正をする際には,手続補正書を提
出する際に手数料を納付しなければならない(特許法施行規則11条4項)。そし
て,拒絶査定不服審判請求後において請求項の数を増加する補正の場合,手続補正
書の提出によって,審査の続審である審判手続が,その増加した請求項について潜
在的に係属するといえる。そうすると,その際に納付すべき手数料を,出願審査の
請求に当たり必要な手数料及び審判の請求に当たり必要な手数料とすることは,不
合理なものといえず,また,手数料の納付時期を,手続補正書の提出時点とする同
規則の規定は,立法政策の問題というべきである。
本件において,審判合議体は,特許請求の範囲【請求項1】の記載は明確性要件
及びサポート要件に適合しないなどとする本件拒絶理由通知(甲11)をし,本件
補正により補正された同請求項の記載も,明確性要件及びサポート要件に適合しな
いとして,本件審決をしたものである。審判合議体が,本件補正で追加した請求項
について,新たに拒絶理由通知をせず,また本件審決について判断しなかったこと
をもって,審判手続に違法があるということはできない。
(2) 原告は,審判合議体が本件拒絶査定における理由の一部についてしか判断し
ていないこと,審判官が専門とする技術分野が本願発明の技術分野とは異なること
などから,本件は実質的に審理されたものということはできず,審理不尽の違法が
あると主張する。
しかし,審判合議体は,特許請求の範囲【請求項1】の記載は明確性要件及びサ
ポート要件に適合しないなどとする本件拒絶理由通知をし,本件補正により補正さ
れた同請求項の記載も,明確性要件及びサポート要件に適合しないとして,本件審
決をしたものである。審判合議体は,拒絶査定不服審判において,拒絶査定に挙げ
られた全ての理由について判断することが求められているものではない。また,本
件審決をした審判官につき除斥又は忌避事由があったことを窺わせる証拠はない。
その他,審判合議体が本件を実質的に審理しなかったことを認めるに足りる証拠も
ない。
したがって,本件につき審理不尽の違法がある旨の原告の主張は採用できない。
・・・
以上によれば,特定事項Aは,「脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当
該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を
「指標」として使用する方法」と解釈するのが合理的であって,特定事項Aを,こ
のように解釈することは,その余の特定事項の解釈とも整合するものということが
できる。
キ 被告の主張について
(ア) 被告は,本願発明は「年齢」や「性別」のような属性を,ありふれた油脂
を選択するための指標として使用する方法をいうところ,「指標として」という記
載は抽象的であり,いかなる行為までが「指標」として使用する行為に含まれ得る
のか明確ではないから,本願発明の外延は明確ではない,要素を何らかの形で脂質
含有配合物を選択するための指標として用いたか否かについては,明確に判別する
ことはできない旨主張する。
しかし,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,年齢,性別等の対象の要素
をメルクマールにして,その脂質含有配合物の構成を決定すれば,要素を「指標と\nして」使用したといえる。また,これにより決定される脂質含有配合物の構成があ\nりふれたものであったとしても,ありふれていることを理由に発明の外延が不明確
であると評価されるものではない。そうすると,「指標として」という記載が,第
三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
また,対象方法が本願発明の特許発明の技術的範囲に属するか否かは,本願発明
の技術的範囲を画定し,対象方法を認定した上で,これらを比較検討して判断する
ものである。そして,脂質含有配合物を選択するための指標として本願発明の要素
をメルクマールとして用いたか否かは,対象方法の認定に係る問題であって,本願
発明の技術的範囲の画定の問題,すなわち,明確性要件とは無関係である。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
・・・・
本件審決は,サポート要件について,「ω−6の増加が緩やかおよび/また
はω−3の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」と
の技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願
発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該
発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載
や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。
(2) しかしながら,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記
載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明
の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のである。
そうすると,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課
題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆が
なくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否かについて,何ら検討することなく,選択関係にある特
定事項EないしHのうち特定事項G「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との技術的
事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことの一事をもって,
サポート要件に適合しないとした本件審決は,誤りである。
(3) 加えて,以下のとおり,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の中
止が緩やかであり,かつω−6の用量が,40グラム以下であり」との特定事項G
の技術的事項は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている。
すなわち,まず,本願明細書【0042】には,「長鎖ω−3脂肪酸または免疫
抑制性の植物性化学物質/栄養素の習慣的で多量の供給が宿主に対して突然行われ
なくなるか,またはω−6脂肪酸が突然増加すると,全身性の炎症応答(毛細血管
漏出,発熱,頻脈,呼吸促迫),多臓器不全(消化器,肺,肝臓,腎臓,心臓)お
よび関節の結合組織損傷を含む重篤な結果を伴うサイトカインストームの応答が生
じることがある。」と記載され,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3の
中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,様々な疾患が生じ得るこ
とが記載されている。このように,「ω−6の増加が緩やかおよび/またはω−3
の中止が緩やかであ」る投与方法に関する技術的事項は,本願明細書【0042】
に記載されている。
また,本願明細書には,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜30
歳及び31〜50歳の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以
下とすること(実施例3【表9】),多量のシーフード摂取者であって上記と同年\n齢の男性に投与する脂質組成物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実
施例3【表11】),及び,医学的適応として肥満を有する者に投与する脂質組成\n物のω−6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例6【表13】)が,それ\nぞれ記載されている。このように,「ω−6の用量が,40グラム以下であ」る投
与方法に関する技術的事項は,本願明細書の実施例3【表9】【表\11】及び実施
例6【表13】のそれぞれ一部の対象に対するものとして記載されている。\nさらに,上記のとおり,本願明細書【0042】には,「ω−6の増加が緩やか
および/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,
様々な疾患が生じ得ることが記載されており,これは,「ω−6の増加が緩やかお
よび/またはω−3の中止が緩やかであ」る投与方法が,特定の対象に限らず,一
般的に好ましい旨開示するものというべきである。そうすると, このような投与方
法と,実施例3【表9】【表\11】及び実施例6【表13】のそれぞれ一部に記載\nされた「ω−6の用量が,40グラム以下であ」るという投与方法を組み合わせた
投与方法,すなわち,例えば,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜
30歳及び31〜50歳の男性に,40g以下の用量のω−6脂肪酸を投与し,そ
の際,ω−6脂肪酸を緩やかに増加させ及び/又はω−3脂肪酸を穏やかに中止す
るという,脂質含有組成物の投与方法に関する技術的事項は,本願明細書に記載さ
れているということができる。
(4) したがって,本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤
りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断
枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由
がある。
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2019.03.29
平成30(行ケ)10034 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年3月20日 知的財産高等裁判所
サポート要件違反として無効とした審決が維持されました。また、「第2予告により,上記無効理由に関しては,実質的に見て原告に訂正の機会が与えられたものといえる。よって,新規性及び進歩性との関係では,第2予\告の後更に審決の予告をすべき場合には当たらない」として、審決の予\告も不要と判断しました。
2 取消事由1(手続違背)について
(1) 審判長は,特許無効審判の事件が審決をするのに熟した場合,審判の請求に
理由があると認めるときその他の経済産業省令で定めるときは,審決の予告を当事\n者等にしなければならない(特許法164条の2第1項)。上記「経済産業省令で
定めるとき」として,特許法施行規則50条の6の2が規定されている。同条3号
は,同条1号又は2号に掲げる審決の予告をした後であって事件が審決をするのに\n熟した場合にあっては,「当該審決の予告をしたときまでに当事者…が申\し立てた
理由又は特許法153条第2項の規定により審理の結果が通知された理由(当該理
由により審判の請求を理由があるとする審決の予告をしていないものに限る。)に\nよって,審判官が審判の請求に理由があると認めるとき」は,審決の予告をしなけ\nればならない旨規定する。
この規定によれば,先に行われた審決の予告までに当事者が申\し立てた理由のう
ち,当該予告において判断が留保され又は有効と判断された理由につき特許を無効\nにすべきものと判断する場合のように,「当該理由により審判の請求を理由がある
とする審決の予告をしていない」場合は,実質的に訂正の機会が与えられなかった\nものであり,再度の審決の予告をしなければならない。他方,そうでない場合,す\nなわち,先に行われた審決の予告と実質的に同じ内容の理由により特許を無効にす\nべきものと判断する場合のように,実質的に訂正の機会が与えられていた場合は,審判長は,更に審決の予告をする必要はないものと解される。審決予\告の制度は,
特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟提起後の訂正審判の請求につき,それに
起因する特許庁と裁判所との間の事件の往復による審理の遅延ひいては審決の確定
の遅延を解消する一方で,特許無効審判の審判合議体が審決において示した特許の
有効性の判断を踏まえた訂正の機会を得られるという利点を確保するために,審決
取消訴訟提起後の訂正審判の請求を禁止することと併せて設けられたものであると
ころ,上記の解釈は,この制度趣旨にかなうものである。
(2)第1予告及び第2予\告の内容等
ア 第1予告\n
第1予告で示された認定判断のうち,サポート要件に係る部分は,以下のとおり\nである。
(ア) 本件特許に係る発明の課題
「補償膜において,広い視野範囲にわたり,例えば輝度の増大といった光学的性
質を改善すること」,及び「補償膜を構成する重合性液晶組成物を製造するにあた\nり,配向,及び重合に高温を要しないものとすること」である。
(イ) 判断
a 「補償膜において,広い視野範囲にわたり,例えば輝度の増大といった光学
的性質を改善する」という課題は,「ホメオトロピック配向または傾斜したホメオ
トロピック配向を有する補償膜」とすることにより解決されるものである。
b 当時の請求項1記載の発明は,「補償膜において,広い視野範囲にわたり,
例えば輝度の増大といった光学的性質を改善する」という課題を解決するものであ
る。
また,当該発明の発明特定事項は全文訂正明細書に記載されている。
したがって,当該発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できる
ことを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとはいえない。
c 当時の請求項4〜14記載の発明についても同様である。
d したがって,当時の請求項1,4〜14記載の発明は,発明の詳細な説明に
記載されたものではないとはいえない。
イ 第2予告\n
第1予告を受け,原告は,平成28年2月8日付け訂正請求を行った。第2予\告
は,これを受けて行われた。
(ア) サポート要件について
a 当時の請求項1,4〜14及び25〜32の解決しようとする課題
上記ア(ア)に同じ。
b 当該課題を解決するための手段
「重合性メソゲン物質の混合物の重合あるいは共重合によって得られる少なくと\nも1つのアニソトロピックポリマー層がホメオトロピックまたは傾斜したホメオト\nロピック分子配向を有する補償膜,および該補償膜を備えた液晶表示デバイスの提\n供」をするものである。
c 判断
(a) 当時の請求項1記載の発明の「式 I」の定義を満たすメソゲンの全てが\n「ホメオトロピック又は傾斜したホメオトロピック分子配向を有する補償膜」を好
適に作製できる範囲にあるとは認められない。
当該発明の「式 I」を満たすメソゲンの中には,置換基における炭素数が1つ違\nうだけでも,その液晶としての物性が大きく異なる場合が存在しており,メソゲン\nの分子量や立体構造や極性基の有無などによっても,その液晶としての物性が大き\nく異なることも当業者の技術常識であるから,当時の全文訂正明細書の例1A〜例
2において試験された化合物(1)〜(6)以外のメソゲンの全てが「ホメオトロピックま\nたは傾斜したホメオトロピック分子配向を有する補償膜」を好適に作製できる範囲
にあるとは認められない。
(b) 当時の請求項4〜14及び25〜32記載の発明についても同様である。
(c)したがって,当時の請求項1,4〜14及び25〜32記載の発明は,発明
の詳細な説明に記載されたものではない。
(イ) 新規性及び進歩性について
a 引用発明の認定
第2予告において認定された甲1記載の発明(以下「甲1の2発明」,「甲1の\n3発明」という。)は,以下のとおりである。
(a) 甲1の2発明
偏光板と液晶セルの間に光学補償板として使用できる光学異方フィルムを配置す
る液晶表示素子であって,前記光学異方フィルムは,下記の式(I)の化合物25
重量部,
下記の式(m)の化合物25重量部,
下記の式(a)の化合物50重量部
からなる重合性液晶組成物99重量部と光重合開始材1重量部から成る重合性液晶組成物を光重合させて得られた,ホモジニアス配向の光学異方フィルムである,
前記液晶表示素子(判決注:上記式(I),(m)及び(a)は,別紙2「引用発
明」記載1のものと同一である。)。
(b) 甲1の3発明
重合性液晶組成物を光重合させて得られた,光学補償板として使用することがで
きるホメオトロピック配向の光学異方フィルムであって,下記の式(a)の化合物
50重量部,
及び下記の式(d)の化合物50重量部
からなる重合性液晶組成物100重量部と光重合開始剤1重量部からなる重合性
液晶組成物を,2枚のガラス基板の間に挟持させ,ホメオトロピック配向している
ことを確認した後,紫外線を照射して光重合させて得られた,前記光学異方フィル
ム(判決注:上記式(a)及び(d)は,別紙2「引用発明」記載2のものと同一
である。)。
b 当時の請求項14記載の発明について
当時の請求項14記載の発明は,甲1の2発明であるから,特許法29条1項3
号に該当する。
(ウ) 第2予告を受け,原告は,本件訂正請求を行った。\n
(3) サポート要件について
ア 本件審決と第2予告は,いずれもサポート要件につき,特許請求の範囲の記\n載は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件訂正発明の課題を解決できると
認識できる範囲のものであるとは認められず,また,その記載や示唆がなくとも当
業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲の
ものであるとも認められないとして,サポート要件に適合しないと判断したもので
ある。
イ 本件訂正発明の解決しようとする課題
(ア) 本件審決が認定した本件訂正発明の解決しようとする課題は,前記第2の
3(2)アのとおりである。また,第2予告が認定した本件訂正発明の解決しようとす\nる課題は,前記(2)イ(ア)aのとおりである。
(イ) 本件審決と第2予告がそれぞれ認定した本件訂正発明の解決しようとする課題は,表\現こそ異なるものの,実質的には同じ内容を意味するものと理解される。
ウ 以上によれば,サポート要件との関係では,サポート要件違反により審判の
請求を理由があるとする第2予告の後,原告には実質的に訂正の機会が与えられた\nものといえるから,更に審決の予告をすべき場合には当たらない。\n
(4) 新規性及び進歩性について
ア 本件審決及び第2予告において判断の対象とされた新規性・進歩性の判断に\n当たり対比される主引用例は,いずれも甲1(引用例)であり,同一である。
イ 引用発明の認定
(ア) 本件審決の認定した引用発明1A及び1Bは,前記第2の3(3)のとおりで
ある。また,第2予告が認定した甲1の2発明及び甲1の3発明は,前記(2)イ(イ)
aのとおりである。
(イ) 引用発明1Bと甲1の3発明とを対比すると,本件審決の認定と第2予告\nの認定は同一である。他方,引用発明1Aと甲1の2発明については,本件審決で
は式(N−a)の化合物を含むのに対し,第2予告ではこれを含まない点その他の\n点で,液晶表示素子に係る混合物を構\成する重合性液晶組成物の一部が相違する。
しかし,甲1を主引用例として認定された引用発明に基づき,新規性又は進歩性
が欠如するとの無効理由により審判の請求を理由があるとする第2予告により,上\n記無効理由に関しては,実質的に見て原告に訂正の機会が与えられたものといえる。
よって,新規性及び進歩性との関係では,第2予告の後更に審決の予\告をすべき
場合には当たらない。
(5) まとめ
以上のとおり,本件審決は,第2予告をしたときまでに当事者が申\し立てた理由
で,当該理由により審判の請求を理由があるとする審決の予告をしたものを判断の\n対象としたものであり,「当該理由により審判の請求を理由があるとする審決の予\n告をしていないとき」に該当しないから,第2予告の後更に審決の予\告をしなけれ
ばならない場合には当たらない。
したがって,再度の審決の予告をしないまま審決をしたことにつき,本件審決に\n違法はない。
(6) 原告の主張について
ア 原告は,本件審決が認定した本件訂正発明の課題は第2予告で認定されたも\nのと異なるなどと主張する。
しかし,本件訂正明細書においては,液晶表示デバイスの補償膜に係る従来技術\n及びそれが抱える欠点等につき前記1(1)ア(イ)のとおり説明し,これを受ける形で,
「本発明の課題の一つは」などとして,前記1(1)ア(ウ)のとおり,解決しようとす
る課題及び本件訂正発明がこの課題を解決できる旨が記載されている。本件審決は,
これを踏まえ,本件訂正発明の課題を認定したものと理解される。
他方,第2予告においても,これらと同旨の記載が当時の全文訂正明細書にある\nことを根拠に,発明の課題の認定が行われている。
このことと,第2予告の認定において,「補償膜において,・・・光学的性質を改善\nすること」と「補償膜を構成する・・・高温を要しないものとすること」とは「及び」\nにより接続されていることを踏まえると,本件審決と第2予告とがそれぞれ認定した発明の課題が異なるものということはできない。\nなお,原告は,課題の認定につき,第1予告では,第2予\告と同様の認定がされ
ながらサポート要件を満たすものとして通知されていたために,それ以降サポート
要件についての議論はさほどされなかったなどといった経緯から,第2予告のサポ\nート要件違反の理由につき,本件審決において変化する理由は推測できないなどと
指摘する。
しかし,上記のとおり,本件審決と第2予告とで認定した発明の課題が異なると\nはいえない上,特許法施行規則50条の6の2第3号に基づく審決の予告と理解さ\nれる第2予告においてサポート要件違反とする理由が明確に示され,原告もこれに\n対する反論を現に行っていること(甲68−1)に鑑みると,第1予告の内容がど\nうであれ,第1予告から第2予\告,その後の本件審決へと至る経緯を考慮しても,
本件審決に先立ち,第3の審決の予告を行って原告に主張立証や訂正の機会を与え\nなければならないとはいえない。
イ 原告は,本件審決が第2予告で指摘していない式Iの例をサポート要件違反\nの根拠とし,また,審尋における質問に対する回答によって一旦解消した問題を不
意打ち的に蒸し返して判断したなどと主張する。
しかし,本件審決が括弧書で示した化合物は,実施例記載の具体的な化合物(1)〜
(6)以外のメソゲンが本件訂正発明の課題を解決しないことを説明するための例示に\nすぎず,その記載の有無が結論に影響を及ぼすものではない。その意味で,これら
が第2予告において示されていなかったとしても,再度の審決の予\告を行い訂正の
機会を与える必要性を裏付けるものとはいえない。
また,原告主張に係る審尋における審判合議体の質問で例示された化合物に関し
ては,「その「重合性基(P)」がアクリレート基であるとした場合に,その「P
−Sp−」の選択肢として,例えば「CH2CHCOO−O−(CH2)m−」や
「CH2CHOO−OCOO−(CH2)m−」のような化学構造のものまでもが本\n件第2訂正発明1の範囲に含まれてしまいます。」とされている。他方,本件審決
で例示されたものは,「Pがプロペニルエーテル基又はエポキシ基であり,Spが
−O−CH2−C≡CH2−O−であり,Xが−O−である場合のメソゲン物質」(本件訂正発明1)や「Pがプロペニルエーテル基であり,Spが−O−CH2−C≡C−CH2−O−CH2−O−COO−CH2−CO−S−であり,Xが−O−である場合のメソ\ゲン物質」(本件訂正発明4,5,7,8,10〜14,25〜34),「Pがプロペニルエーテル基であり,Spが−O−CH2−O−であり,
Xが−O−である場合のメソゲン物質」(本件訂正発明6)であり,第2予\告で例
示された化合物と一致しない。そうである以上,上記「解決済み」との原告の主張
は,その前提を欠く。
ウ 原告は,本件訂正発明に係る好適なホメオトロピック配向の効果の有無を認
定することがないまま審決に至った点で,本件審決には審理不尽があるなどと主張する。
しかし,本件審決は,本件訂正発明のうち進歩性を欠くとしたものについては,
いずれもその判断において,発明の効果につき「当業者が予測し得る範囲内のもの\nである。」旨の判断を示している。そうである以上,本件審決に至る審理において
本件訂正発明の効果に関する検討が行われていないとはいえない。
エ 原告は,第2予告における引用発明が本件審決において別の発明にすり替わ\nっており,その変更の理由も述べられていないことと併せ,本件審決には手続違背
があるなどと主張する。
しかし,本件審決における引用発明1Aと第2予告における甲1の2発明とで相\n違があるとしても,実質的に見て,第2予告により原告には訂正の機会が与えられ\nたものといえることは,前記のとおりである。
オ 原告は,本件訂正発明14につき,第2予告では新規性欠如との理由が示さ\nれていたのに対し,本件審決では新規性及び進歩性欠如の理由が示されており,無
効理由が実質上も形式上も一致していないなどと主張する。
しかし,第2予告においても,その当時の訂正発明14につき新規性欠如及び進\n歩性欠如がいずれも無効理由として主張され,判断の対象とされていた(甲66)。
このこと及び第2予告後に請求項14の訂正を含む本件訂正請求が行われたことに\n鑑みると,審判合議体が審決に当たり新規性についてのみならず進歩性についても
判断を示す必要があると考えたとしても,再度更に審決の予告をして原告に訂正の\n機会を与える必要があるとはいえない。
・・・・
3 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲
の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当
該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳
細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
ある。そして,サポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うものと解される。
・・・・
ア 前記のとおり,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,
明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において
認識できるように記載しなければならない。そして,本件訂正発明におけるメソゲ\nン化合物a,a1,a2を定義する式 I ないし I’は,請求項によってその具体的
内容を多少異にするものの,いずれも当該式を構成する重合性基P,スペーサー基\nSp,結合基X,メソゲン基MG,末端基Rといった基本骨格部分において非常に\n多くの化合物を含む表現である上,これらに結合する置換基の選択肢も考慮すれば,\nその組合せによって膨大な数の化合物を表現し得るものとなっている。\nこのような場合に,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合する
ためには,発明の詳細な説明は,上記式が示す範囲と得られる効果との関係の技術
的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該式が示す範囲内で
あれば,所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示
して記載することを要するものと解するのが相当である。換言すれば,発明の詳細
な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開
示せず,特許出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載され
た発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できる
とはいえない場合,サポート要件に適合するとはいえない。
イ 前記のとおり,本件訂正発明におけるメソゲン化合物a,a1,a2を定義\nする式 I ないしI’は,その組合せによって膨大な数の化合物を表現し得るものと\nなっている。
他方,本件訂正発明の実施例である例1A〜例3においてメソゲン化合物として\n用いられている化合物(1)〜(8)は,いずれも式 I において,重合性基Pがアクリレー
ト基(CH2=CHCOO−),Sp(スペーサー基)が炭素数3又は6個の直鎖
状アルキレン基,Xが−O−,nが1という,化学構造が類似するごく限られた化\n合物に限られる。
例えば,重合性基Pがメタクリレート基であるモノマーを含むと安定な配向を得
にくくなる場合が生じてくることが知られている(乙4)。また,例えばスペーサ
ー基Spを構成する(その一部の置換えも含む。)アルキレン基として炭素数が1\nの場合と20の場合とでは化合物の特性が大きく異なることが予測されることなど配合するメソ\ゲン化合物の化学構造がその配向性や配向膜の特性に影響することは,\n現に引用例において様々な構造の化合物につき検討されていることからもうかがわ\nれるように,本件優先日当時における当業者の認識であったと考えられる。そうす
ると,本件訂正明細書の発明の詳細な説明における他の記載を参酌しても,補償膜
の調製に用いる混合物につき,上記具体例として示された化合物とは構造が異なる\n化合物を成分とする混合物に係る本件訂正発明の範囲にまで拡張ないし一般化した
場合,すなわち本件訂正発明に係る式 I で表される広範な重合性メソ\ゲン化合物の
いずれかを含む混合物とした場合に,これによって,前記認定に係る本件訂正発明
の課題を解決するような補償膜として好適なフィルムが得られるとはいえない。
したがって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に開示されている内容からは,
本件特許の特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発
明であり,本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとはいえない。そのように認識できる範囲のものというべき本件特許出願時の技術常識
を認めるに足りる証拠もない。
ウ 本件訂正発明の解決しようとする課題のうち,「高融点を示し配向および重
合に高温を要するという欠点を有していない」点について,本件訂正明細書の発明
の詳細な説明には,「低融点,好ましくは100℃またはそれ以下,特に60℃ま
たはそれ以下の融点を有する重合性混合物を使用すると好ましく,これにより低温
で混合物の液晶相において硬化を行うことができる。…60℃以下の硬化温度は特
に好ましい。」との記載がある。加えて,実施例(例1A)には,基板に塗布し,
50℃で溶剤を蒸発させることによってホメオトロピック配向膜を得られることが
示されている。もっとも,「高温を要するという欠点」を回避し得る融点を具体的
に特定する記載はない。
他方,本件訂正明細書で液晶の配向に高温を要する例として掲げたJP05−1
42531(乙1)の【化2】で表される化合物について,引用例には,「108〜211℃という非常に高い温度範囲でネマチック相を示し,実際にこの化合物を\n含有する重合性組成物を液晶状態で重合して作製した光学異方フィルム(カラー偏
光板)は外観も不均一であり,むらが生じる欠点があった。」と記載されている。
また,本件訂正明細書で同様に「高融点を有し,従って配向および重合に高温を要」
するものとして例示された Heynderickx, Broer 等の刊行物(乙2)に記載されて
いる‘Scheme 1’の化合物については,引用例にも,「一般式(R−2)において,
R5がメチル基の化合物80重量部及びR5が水素原子の化合物20重量部から成
る液晶組成物は,80〜121℃と室温よりかなり高い温度範囲でネマチック層を
示し,また予期しない熱重合に起因してこのような重合性液晶組成物を用いて作製される光学異方フィルムのメソ\ゲンの配向が不均一となるという欠点があった。」
と記載されている。ところが,これらの化合物はいずれも,本件訂正発明に係る式
I で定義される広範な化合物に含まれるのであって,本件訂正明細書の内部でいわ
ば記載内容に矛盾を生じている。
そうすると,本件訂正発明に係る式 I で定義されるメソゲン化合物を含む混合物\nは,その全てが本件訂正発明の課題を解決し得る「高融点を示し配向および重合に
高温を要するという欠点を有していない」ものとはいえない。その点からも,本件
訂正明細書の発明の詳細な説明に開示されている内容からは,本件特許の特許請求
の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であり,本件訂正
発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとはいえず,また,その
ように認識できる範囲のものというべき本件特許出願時の技術常識を認めるに足り
る証拠もない。
◆判決本文
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2019.03.29
平成30(ネ)10060 損害賠償等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成31年3月20日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
UI関連の発明について、1審では、新規性無しの無効理由ありとして請求棄却されました。1審では、訂正審判がなされ審決が確定しましたが、時期に後れた主張であるして、口頭弁論は再開しませんでした。知財高裁は、構成要件Fが不明瞭のため要件を具備しないと判断されました。被告はAppleです。
まず,構成要件Fの「入力」との文言の意味について検討する。
(ア) 本件明細書には,構成要件Fの「入力」の意味を直接定義していると認めるに足りる記載は見当たらない。\n他方で,本件明細書には,複数の箇所で「入力」との文言が使用され
ているところ,例えば,段落【0008】の「摩擦力による入力を,直
接的または間接的に検出する」のように「物理的な力を加えること」と
の意味や,段落【0012】の「図14は,…文字を入力する例を示し
た図である。」のように「コンピュータに情報を与えること」との意味
など,同一の文言であるにもかかわらず文脈によって異なる意味で使用
されている。
なお,本件訂正審決は,本件明細書の段落【0035】及び【006
2】の記載に基づいて,本件発明の「『当該変更結果を当該表示対象に対する入力として前記コンピュータの(判決注:原文のまま)記憶部に\n記憶させる』とは,(背景の変更などの)変更結果を,(フォルダYに
保存することなどの)表示対象に対する情報として記憶することを意味しているといえる。」と判断しているが,これは構\成要件Fの「入力」
は「コンピュータに情報を与えること」を意味すると解したものといえ
る。
(イ) この点について,控訴人は,構成要件Fの「入力」は,「力入力検出手段」により検出された当該表\示対象に対する「力入力」,すなわち「物理的な力を加えること」を意味すると主張する。
しかし,この解釈は,構成要件H,A及びDでは,「物理的な力を加えること」として「力入力」との文言が明示的に使用されているにもか\nかわらず,構成要件Fでは敢えて「入力」のように異なる文言が使用されていることと整合しない。\n
また,構成要件Fの「入力」は,「当該変更結果」,すなわち,「保持された表\示対象以外の表\示態様を変更することにより,当該表\示対象を相対的に変更させた結果」を目的語としていると解し得るところ,こ
の場合に「入力」を「物理的な力を加えること」と解釈することは不自
然である。さらに,「として」は,前に置かれた語を受けて,その状態,
資格,立場等であることを表す語であるところ,「入力」を「物理的な力を加えること」と解すると,「入力として・・・記憶させる」との文言が\n意味するところを理解できないというべきである。
(ウ) 控訴人は,本件訂正審決が「当該変更結果を当該表示対象に対する入力として・・・記憶部に記憶させる」とは,「(背景の変更などの)変更結\n果を,(フォルダYに保存することなどの)表示対象に対する情報として記憶することを意味している」と判断したことを指摘して,当該判断\nは控訴人の上記主張と整合するとも主張する。
しかし,「物理的な力を加えること」と「コンピュータに情報を与え
ること」とは別個の概念であるから,構成要件Fの「入力」を「物理的な力を加えること」と解した上で,本件訂正審決の判断のように「コンピュータに情報を与えること」との意味をも有すると直ちに理解することは困難である(物理的な力が加わったことをコンピュータに検出させる場合には,両者の意味が重なっているともいい得るが,本件においては,上記説示のとおり,少なくとも「物理的な力を加えること」と解することは不自然であるから,両者の意味が重なっている場合と断ずることもできない。)。\n
(エ) 以上によれば,控訴人の主張によっては,構成要件Fの「入力」の意味を一義的に理解することは困難であるというほかない。\n
イ 仮に,構成要件Fの「入力」を,本件訂正審決が判断したように,「コンピュータに情報を与えること」と解したとしても,次のとおり,構\成要件Fの意義は依然として不明確であるというべきである。
(ア) 構成要件Fの「当該表\示対象」は,構成要件Cの「前記位置入力手段にて検出された位置の表\示対象」をいうと解される。本件明細書には,この「表示対象」の意味についても,直接定義していると認めるに足りる記載は見当たらないものの,発明の詳細な説明の記載に照らせば,アイコン等(【0021】),アイコンや文字列等(【0029】),アイコンや文字,記号,図形,立体表\示対象など(【0035】)がこれに当たるものと解される。
しかし,表示画面にアイコン等を表\示させ,利用者が当該表示画面に接触した位置を検出し,当該接触位置に応じて処理を行う入出力装置においては,表\示画面に表示するアイコン等のデータそのもの(例えば,スマートフォンの画面に表\示されているカメラ様の画像データ)と,当該アイコン等と紐づけされた実体(例えば,カメラアプリケーション)
とは,別個のものとされていることが多いと解されるところ,本件明細
書の記載を精査しても,本件発明における「表示対象」が具体的にどのようなものであるのかは明らかといえない。\n
(イ) また,上記ア(イ)のとおり,構成要件Fの「当該変更結果」は,「保持された表\示対象以外の表示態様を変更することにより,当該表\示対象を相対的に変更させた結果」と解し得るところ,「相対的に変更させた結果」についても,背景として設定されている画像が移動したピクセル数や,保持された表示対象と重なることとなったアイコン等の有無及びその種類など,さまざまなものがあり得る。\n そして,構成要件Fによれば,この「相対的に変更させた結果」は,「当該表\示対象」に対する情報として与えるものであるが,ある対象に与え得る情報は,当該対象がアプリケーションかデータかや,その実装方法によっても大きく異なるものと解される。
そうすると,上記(ア)のとおり,「当該表示対象」が具体的に意味するところが明らかでない上に,「相対的に変更させた結果」の意味内容も特定されていないことを考え合わせると,「当該変更結果を当該表\示対象に対する入力として記憶部に記憶させる」の意義も明らかでないというべきである。
(ウ) この点に関し,本件訂正審決は,本件明細書の段落【0035】及び
【0062】の記載に基づいて,「当該表示対象に対する入力として前記コンピュータの(判決注:原文のまま)記憶部に記憶させる」とは,「表\示要素『B』のデータをフォルダXからフォルダYに移動させて保存することを意味している」と判断した。しかし,本件訂正審決の説示においても,「表示要素『B』のデータ」がいかなるデータであるのかが具体的に特定されているとはいい難い。\n また,本件明細書の段落【0035】記載の「フォルダX」及び「フォルダY」と段落【0062】記載の「WINDOW1」及び「WINDOW2」の関係も明らかでなく,いかなる情報が「相対的に変更させた結果」に該当し,「フォルダXからフォルダYに移動させ」ると理解することになるのかについても具体的な指摘がされているとはいえない。
ウ 以上検討したところによれば,結局のところ,構成要件Fの意義は不明確というべきである。そして,構\成要件Fの意義が不明確である以上,被告各製品が構成要件Fを充足すると認めることはできない。\n
◆判決本文
1審はこちらです。
◆平成29(ワ)14142
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2019.03.29
平成30(行ケ)10086 審決取消請求事件 実用新案権 行政訴訟 平成31年3月20日 知的財産高等裁判所
実用新案権について、サポート要件、明確性要件が争われました。知財高裁は、無効理由なしとした審決を維持しました。争点は、連結固定の手法が特定されていない「介して」の用語が明確か否かです。
本件考案1の実用新案登録請求の範囲の分説Bには,「前記底座体の前
部に回動自在に設置された第一駆動ホイールが第一モータに連結され,前
記第一駆動ホイールに第一偏心軸の入力端部が固定されると共に,前記第
一偏心軸の出力端部は第三8字形リンクロッドを介して前記上板の前部に
連結され,」(第一駆動系)と,分説Cには,「前記底座体の後部に回動
自在に設置された第二駆動ホイールが第二モータに連結され,第二駆動ホ
イールに第二偏心軸の入力端部が固定されると共に,第二偏心軸の出力端
部はリンクロッドを介して前記中心軸に連結された」(第二駆動系)と記
載されている。そして,「介して」は「間におく。さしはさむ。中に立て
る。」といった意味であるが(甲6,7),このような実用新案登録請求
の範囲の記載のみからは,「第一偏心軸の出力端部」と「上板の前部」と
が「第三8字形リンクロッド」を「介して」どのように連結固定されるの
か,「第二偏心軸の出力端部」と「中心軸」とが「リンクロッド」を「介
して」どのように連結固定されるのかが必ずしも明らかではない。
そこで,本件考案の技術的意義について,本件明細書の記載をみるに,
本件明細書の【0007】〜【0009】,【図1】及び【図2】には,
「底座体4」,「上板1」,「中心軸2」,「第一8字形リンクロッド8
1」,「第二8字形リンクロッド82」,「第一モータ91」,「第一駆
動ホイール61」,「第一偏心軸71」,「第三8字形リンクロッド83」,
「第二モータ92」,「第二駆動ホイール62」,「第二偏心軸72」,
「リンクロッド3」の本件考案の各機械要素の位置関係又は連結固定関係
が記載されている。また,【0010】〜【0012】には,本件考案の
振動器が上記の機械要素を用いて,上板に,1) 上下振動,2) 前後振動,
3) 両者を複合した振動を発生させるものであり,1)は,「第二モータ9
2」は停止させ,「第一モータ91」を作動させて「第一駆動ホイール6
1」を回転させると当該「第一駆動ホイール61」に固定された「第一偏
心軸71」が回転し,当該「第一偏心軸71」が「第三8字形リンクロッド83」を動かすことで「上板1」を上下方向に振動させるものであるこ
と(【0010】),2)は,「第一モータ91」は停止させ,「第二モー
タ92」を作動させて「第二駆動ホイール62」を回転させると当該「第
二駆動ホイール62」に固定された「第二偏心軸72」が回転し,当該「第
二偏心軸72」が「上板1」に設けた「中心軸2」に連結されている「リ
ンクロッド3」を動かすことで,「上板1」に前後方向に振動させるもの
であること(【0011】),3)は,「第一モータ91」と「第二モータ
92」を同時に作動させたときに「上板1」を上下方向と前後方向に同時
に移動することで生じる1)と2)を複合した弧形の振動であること(【00
12】)が記載されている。また,これ以外の態様は記載されていない。
以上に照らせば,本件考案の技術的意義は,第一駆動系により上板を上
下方向に振動させ,第二駆動系により上板を前後方向に振動させることで,
複数方向の振動を発生させることにあるといえる。そうすると,本件考案
1の分説B及び分説Cにおける「介する」は,第一駆動系により上板を上
下振動させ,第二駆動系により上板を左右振動させるような連結固定関係
としたものを意味するものであることは,明らかである。
イ 以上によれば,実用新案登録請求の範囲の記載は,その記載それ自体に
加え,本件明細書の記載及び図面並びに当業者の技術常識を基礎にすると,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものとは認められないから,
明確性要件関する本件審決の判断の結論に誤りはなく,この点に関する原
告の主張は採用することができない。
(3) 原告の主張について
原告は,分説B及び分説Cは,「介して」という「間におく。さしはさむ。
中に立てる。」という意味の用語を用いているのに止まり,本件考案を特定
するために必要不可欠な技術的事項の記載が欠落しており,原告指摘振動器
1及び原告指摘振動器2を含み得るように広く記載されているから,請求項
1の記載が不明確である旨主張する。
しかし,上記(2)に説示したとおり,分説B及びCの「介して」の用語の意
義を理解できるから,請求項1の記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほ
どに不明確なものとは認められない。
3 取消事由1(サポート要件違反についての判断の誤り)について
(1) サポート要件に適合するかどうかは,実用新案登録請求の範囲の記載と考
案の詳細な説明の記載とを対比し,実用新案登録請求の範囲に記載された考
案が,考案の詳細な説明に記載された考案で,考案の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該考案の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否
か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当
該考案の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきも
のである。
(2) 以上を前提に,本件考案1のサポート要件適合性について判断するに,本
件考案の技術的意義については,上記2(2)アのとおりであり,本件考案の採
用する課題解決手段もそのとおりに理解することができる。
そうすると,実用新案登録請求の範囲の請求項1の記載は,考案の詳細な
説明に記載された考案で,当業者が,技術常識に照らし,考案の詳細な説明
の記載により当該考案の課題(美容あるいは運動用の振動器において,複数
方向の振動を発生させ,様々なニーズに応じた美容効果を得ることができる
振動器を提供すること)を解決できると認識できる範囲のものであるといえ
る。
よって,本件考案1は,サポート要件に適合しているから,サポート要件
関する本件審決の判断の結論に誤りはなく,この点に関する原告の主張は採
用することができない。
したがって,取消事由2は理由がない。
(3) 原告の主張について
ア 原告は,本件考案1には,上下方向の振動しかしない原告指摘振動器1
と前後方向の振動しかしない原告指摘振動器2が含まれると主張する。
しかし,上記2(2)アで述べたところに照らせば,原告指摘振動器1及び
原告指摘振動器2は,本件考案1には含まれないというべきであるから,
原告の主張は前提を欠く。
◆判決本文
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2019.03.12
平成29(行ケ)10200 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年2月18日 知的財産高等裁判所
無効理由なしとした審決が取り消されました。理由は、相違点については、技術常識から容易である、さらに、サポート要件を満たしていないことです。
相違点1に係る,本件発明1の「回転数適応型の動吸振器(5)が,
油影響に関連して,駆動装置の励振の次数qよりも所定の次数オフセッ
ト値qFだけ大きい有効次数qeffに設計されている」ことの意義につい
てみると,本件発明1の特許請求の範囲には,「所定の次数オフセット
qF」をいかに設定するかについて,「油影響に関連して」されるもので
あること以上に特定する記載はないから,「油影響」について何らかの
関連を有し,何らかの次数オフセットqFだけ大きい有効次数qeffに設
計されているという程度の意味であると理解できる。
さらに,本件明細書についてみると,1) 図3に関する【0038】
〜【0039】の記載から,同じ設計の動吸振器であれば,回転する油
質量体の下では次数値が低くオフセットされるため,その抑制次数qFに
相当する分だけ高い次数値への次数オフセットをすることが,遠心力に
抵抗する油影響から結果的に生じる作用を考慮することになることが示
されているといえる。また,2) 【0043】によれば,qFは自由に選
択可能な値として規定されていてもよいし,励振の個々の次数に対して,\nそれぞれ固定の値が設定されていてもよいとされているから,次数オフセットqF自体は,任意に設定し得る値であることが読み取れる。
(イ) 以上によれば,qFは,1)のような実験的な測定に基づき設定される
ものに限られず,2)のような任意の値も採り得るものであるといえる。
そして,動吸振器の幾何学的次数が,駆動装置の励振の次数(q)より
も任意の値(qF)の分だけ大きい数値(qeff)になるように設計され
ているということは,オーバーチューニングに当たるといえる。そうす
ると,本件発明1の「回転数適応型の動吸振器(5)が,油影響に関連
して,駆動装置の励振の次数qよりも所定の次数オフセット値qFだけ大
きい有効次数qeffに設計されていること」は,「油影響」を受ける状況
下においては,動吸振器の次数が低下することから,任意の値の次数オ
フセットにより,動吸振器をオーバーチューニングしたという程度の意
味と解される。
ウ 「油影響に関連して…設計されている」構成の容易想到性\n
上記ア(イ)の技術常識によれば,油中に浸漬され,油という液体の影響を
受ける遠心振り子のような動吸振器にあっても,回転する油中であるか否
かにかかわらず,その固有振動数(又は次数)に何らかの影響,特に,そ
の固有振動数(又は次数)が低下するような影響が生じるであろうことは,
当業者にとって当然に予測し得ることといえる。\nそして,回転数適応型の動吸振器において,理論上最も効果的に駆動装
置側の振動を減衰できるのは,遠心振り子の固有振動数が駆動装置の励振
の振動数と一致する場合なのであるから(上記ア(ア)),油の影響を受ける
回転数適応型の動吸振器において,効果的に駆動装置の振動を減衰させる
ためには,油の影響によって固有振動数(又は次数)が低下することから,
動吸振器の固有振動数(又は次数)について,任意の値の次数オフセット
によりオーバーチューニングするという,相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たことであるといえる。\nよって,相違点1に係る構成は,甲4発明及び技術常識から容易に想到\nすることができたものである。
・・・
(2) 上記を前提に,サポート要件違反について検討する。
ア 上記2(3)イのとおり,本件発明1の特許請求の範囲には,「所定の次数
オフセットqF」について,「油影響に関連して」設定されるものであるこ
とのほかに具体的な設定の手法等についての特定はないから,「回転数適
応型の動吸振器(5)が,油影響に関連して,駆動装置の励振の次数qよ
りも所定の次数オフセット値qFだけ大きい有効次数qeffに設計されてい
る」とは,「油影響」を受ける状況下においては,動吸振器の次数が低下することから,任意の値の次数オフセットにより,動吸振器をオーバーチ
ューニングしたという程度の意味に解される。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,1) 図3に関連する【0
038】,【0039】の記載から,同じ設計の動吸振器であれば,回転
する油質量体の下では,次数値が低くオフセットされるから,その抑制次
数に相当する分だけ高い次数値への次数オフセットをすることが,遠心力
に抵抗する油影響から結果的に生じる作用を考慮することになることが示
され,この記載の対応する限度では,当業者は,本件発明の課題(上記1(3)ウ)を解決できるものと認識できるといえる。
しかし,上記のとおり,特許請求の範囲には,次数オフセットqFについ
ての具体的な設定の手法等を特定する記載はなく,2) 本件明細書【00
43】のとおり,任意に設定された次数オフセットqFだけ高い次数値への
次数オフセットをする場合も含まれるというべきであるが,このような任
意に設定した次数オフセットqFをとった場合については,本件明細書の記
載から当業者が本件発明の課題を解決できるものと認識できるとはいえな
い。
そうすると,本件発明1は,当業者が発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるとはいえないから,サポート要件に適合するとはい
えない。
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2019.02.28
平成30(行ケ)10073 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年2月7日 知的財産高等裁判所
インクカートリッジICチップの制御に関する本願発明1のうち一部の実施例については課題を解決できると認識できないとして、サポート要件違反とした拒絶審決が維持されました。
ウ 本願発明1は,インクカートリッジICチップに関し,前記イのような
インクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことを課題とする(【0
001】,【0006】)。
(3) 前記1によると,「課題を解決するための手段」欄のインクカートリッジI
Cチップに係る記載(【0007】〜【0009】)には,本願発明1に含まれるイ
ンクカートリッジICチップの構成が記載されているが,このようなインクカートリッジICチップの構\成とすることにより,前記(2)ウのインクカートリッジ位置の
検出過程における誤報率を減らすことができる理由については何らの記載も示唆も
なく,当業者が本願出願日当時の技術常識に照らしても,上記記載のみによって,
本願発明1の課題を解決できると認識できるものとは認められない。
そこで,実施例の記載を見ると,本願明細書には,具体的な実施例として,少な
くともインタフェースユニットと制御ユニットを含み,インタフェースユニットは,
イメージング装置に電気的に接続され,イメージング装置から送られる光制御指令
の受信に用いられ,前記光制御指令は,インクカートリッジICチップ上の発光ユ
ニットを発光させるのに用いられる発光指令を含み(本願発明1とは異なり,消光
指令を含むか否かは明らかでない。),制御ユニットは,前記インタフェースユニッ
トが光制御指令を受信したときに,インクカートリッジICチップの状態に応じて
その光制御指令を実行するかどうかを制御するのに用いられるインクカートリッジ
ICチップにおいて,前記インクカートリッジICチップの状態は,実行可能な状\n態と実行不可能な状態を含み,前記制御ユニットは,前記インタフェースユニット\nが発光指令を受信したときに,前記インクカートリッジICチップが実行可能な状\n態にある場合,前記発光ユニットを発光させるのに用いられる実施例が記載されて
いる(【0016】,【0017】)。この実施例は,発光指令を受信したときに,
インクカートリッジICチップが実行可能な状態にある場合には,その発光指令を実行\nするものであるが,これを含む上記実施例のように構成することにより,前記(2)ウ
のインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことができる理由に
ついては何らの記載も示唆もなく,当業者が本願出願日当時の技術常識に照らして
も,上記実施例の記載のみによって,本願発明1の課題を解決できると認識できる
ものとは認められない。上記実施例記載のインクカートリッジICチップを用いて
も,前記(2)ア・イの従来技術と同じ機会に同じインクカートリッジのみが発光する
ように,発光指令が実行可能な状態において受信される構\成では,本願発明1の課
題が解決できないことは明らかである。
また,本願明細書には,本願発明1に含まれる実施例として,第1種のインクカ
ートリッジICチップ(【0021】〜【0033】),第2種のインクカートリッジ
ICチップ(【0035】〜【0042】),第5種のインクカートリッジICチップ
(【0056】〜【0057】)が記載されており,発光指令を受信したときに,イ
ンクカートリッジICチップが実行可能な状態にある場合には,その発光指令を実\n行し,実行不可能な状態にある場合には,その発光指令を実行しないものであるが\n(【0021】,【0026】,【0035】,【0056】),これを含む上記各実施例のように構成することにより,前記(2)ウのインクカートリッジ位置の検出過程におけ
る誤報率を減らすことができる理由については何らの記載も示唆もなく,当業者が
本願出願日当時の技術常識に照らしても,上記各実施例の記載のみによって,本願
発明1の課題を解決できると認識できるものとは認められない。なお,第3種のイ
ンクカートリッジICチップ(【0044】〜【0050】)及び第4種のインクカ
ートリッジICチップ(【0051】〜【0055】)は,インクカートリッジIC
チップの状態はインクカートリッジICチップの指令受信状態であり,指令受信統
計ユニットに記録された指令受信状態に応じて,インタフェースユニットが受信し
た光制御指令を実行するかどうかを制御するものであるから,本願発明7及びこれを更に限定した本願発明8〜13に係る実施例であって,インクカートリッジIC
チップの状態が実行可能な状態と実行不可能\な状態とを含むものではない点におい
て,本願発明1に含まれる実施例とは認められない。
さらに,本願明細書には,正対位置検出とそれに引き続く隣接光検出とからなる
インクカートリッジ位置検出について,初期状態で発光指令を実行できる状態とさ
れているインクカートリッジICチップにおいて,1)インクカートリッジの正対位
置検出のために,そのインクカートリッジを発光させる発光指令を受信した場合に
は,発光指令を実行できる状態に応じて,その発光指令を実行して,そのインクカ
ートリッジを発光させる(発光指令を実行できる状態のその余のインクカートリッ
ジも発光させる。)とともに,そのインクカートリッジを発光させる発光指令を実行不可能な状態とし,2)次いで受信する消光指令を実行してそのインクカートリッジ
を消光し(前記1)で発光させたその余のインクカートリッジも消光させる。),3)以
後,隣接光検出等のために,発光指令を受信した場合には,実行不可能な状態に応\nじて,その発光指令を実行しないように制御する実施例が記載されている(【002
0】,【0024】,【0084】〜【0091】)。上記実施例の記載によると,正対位置検出時に比し,隣接光検出時に一部の隣接インクカートリッジの発光をカット
することにより,正対位置検出時に受光部に届く光の量が条件を満たすようにしな
がら,隣接光検出時には受光部に光が届かない又はわずかな光しか届かないように
して,イメージング装置の誤報率を減らすことができ,本願発明1の課題を解決で
きると認識することができる。
そして,本願明細書には,「イメージング装置の種類によっては,そのインクカー
トリッジの数,インクカートリッジ装着方法,検出順番と検出方法等も異なるため,
上記のインクカートリッジ検出に関する説明はあくまでも参考例に過ぎ」ない旨記
載されているが(【0092】),検出順番や検出方法等が異なるイメージング装置に
ついて,適切な制御手順を構築する方法についての記載や示唆はないし,上記実施\n例(【0020】,【0024】,【0084】〜【0091】)以外に,前記(2)ウのインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことができ,本願発明1
の課題を解決できると認識することができる実施例は見当たらない。
そうすると,本願明細書に接した当業者は,本願発明1のうち,上記実施例(【0
020】,【0024】,【0084】〜【0091】)に該当するものについては,本願発明1の課題を解決できると認識するが,本願発明1のうち,その余の構成のも\nのについては,本願発明1の課題を解決できると認識することはできないと認めら
れる。
(4) 本願発明1は,前記第2の2(1)のとおりであり,「前記制御ユニットは,前
記インタフェースユニットが光制御指令を受信したときに,インクカートリッジI
Cチップの状態に応じて当該光制御指令を実行するかどうかを制御する」について,「インクカートリッジICチップの状態」である「実行可能な状態」と「実行不可\n能な状態」のそれぞれに応じて,「光制御指令を実行するかどうか」をどのように制\n御するのかが特定されておらず,また,「インクカートリッジICチップの状態」の
設定や変更についても特定されていないから,上記実施例(【0020】,【0024】,【0084】〜【0091】)のものに限定されていないことは明らかである。
そうすると,本願発明1は,発明の詳細な説明の記載及び本願出願日当時の技術
常識により発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり,本願発
明1に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号(サポート要件)に適
合するものとは認められない。
(5) 前記1によると,本願明細書の【0084】,【図5】においては,発光指令
を受信したときは,発光標識部の状態に応じて,発光標識部が実行可能な状態にあ\nる場合には,発光指令を実行することにより発光ユニットを発光させ,発光標識部
が実行不可能な状態にある場合には,発光指令を実行しないことにより発光ユニッ\nトを発光させない一方,消光指令を受信したときは,発光標識部の状態にかかわら
ず,消光指令を実行することにより発光ユニットを消光させることが記載されてい
る。また,本願発明1に含まれる【0095】,【図10】においても,判断の手順
こそ違うものの,同様に,発光指令を受信したときは,発光標識部の状態に応じて,
発光標識部が実行可能な状態にある場合には,発光指令を実行することにより発光\nユニットを発光させ,発光標識部が実行不可能な状態にある場合には,発光指令を\n実行しないことにより発光ユニットを発光させない一方,消光指令を受信したときは,発光標識部の状態にかかわらず,消光指令を実行することにより発光ユニット
を消光させることが記載されている。このような実施例の存在を参酌すると,本願
発明1に係る特許請求の範囲請求項1の記載から,インクカートリッジICチップ
の状態が実行可能な状態にある場合には,光制御指令(発光指令と消光指令を含む)\nを実行し,インクカートリッジICチップの状態が実行不可能な状態にある場合に\nは,光制御指令(発光指令と消光指令を含む)を実行しないものと一義的に解釈することはできず,この点からしても,インクカートリッジICチップの状態である
実行可能な状態と実行不可能\な状態のそれぞれに応じて,光制御指令を実行するか
どうかをどのように制御するのかは特定されていないというべきである。この点に
ついて,原告は,本願明細書の【0099】の実施例には,インクカートリッジI
Cチップの状態が実行不可能な状態であれば,消光指令を実行しないことが記載さ\nれているなどと主張するが,前記1のとおり,上記実施例は,「発光カウントユニッ
トを設置し,発光ユニットが発光したときにカウントを開始し,発光カウントユニ
ットがある所定値までカウントすると,自動的に発光ユニットを消光させる」もの
であり,発光指令,消光指令の実行の有無の制御という本願発明1の発明特定事項
とは異なる方法を付加して発光ユニットの消光を達成するものである上,上記実施
例を考慮したとしても,本願発明1に係る特許請求の範囲請求項1の記載が多義的
であることが示されるにすぎず,上記判断を左右するものではない。
そうすると,本願発明1は,発明の詳細な説明の記載及び本願出願日当時の技術
常識により発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり,本願発
明1に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号(サポート要件)に適合するものとは認められない。
(6) 原告は,本願発明1の制御ユニットは,インクカートリッジICチップが実
行可能状態にある際に,発光指令を含む光制御指令を受け付けた場合,これに応じ\nて発光ユニットを発光させる制御を実行し,実行不可能状態にある際に,発光指令\nを含む光制御指令を受け付けても,発光ユニットの発光を実行しないから,本願明
細書の【図8a】〜【図8c】,【0087】〜【0090】に記載した検出を行う
ことができ,ひいては「誤報率を減らす」という課題を解決することができること
を当業者であれば理解することができるなどと主張する。
しかし,本願発明1の特許請求の範囲の記載が本願明細書の【図8a】〜【図8
c】,【0087】〜【0090】の実施例のものに限定されていないことは,前記
(4)認定のとおりであるから,本願発明1は,サポート要件に適合しないものである。
◆判決本文
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2019.02.22
平成30(行ケ)10104 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年1月31日 知的財産高等裁判所
記載不備(実施可能要件、サポート要件)、新規事項違反などの無効主張をしましたが、知財高裁は、無効理由なしとした審決を維持しました。\n
ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が,「断熱性に優れた発泡
積層シートを成形してなる容器において,端縁部での怪我を防止しつつ蓋体を強固
に止着させうる容器の提供」(【0009】)を「発明が解決しようとする課題」とし
ていることが,当該課題に直面するに至った背景(【0002】〜【0007】)と
ともに記載され,当該課題を解決するために容器に係る本件発明が備えている「解
決手段」が,【0010】に記載され,これにより,本件発明の容器が,「断熱性に
優れ,上面側に凹凸形状を形成させて熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザ
グとなるように形成させることにより利用者の怪我などを抑制させ,下面側が平坦
に形成されていることから蓋体を外嵌させる際に強固な係合状態を形成できる」
(【0012】)という効果を奏し,上記課題を解決することが記載されているから,
本件明細書の発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題及びその解決手
段が記載されており,当業者は,その技術上の意義を理解することができる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法施行規則24条の
2で定めるところにより,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十\n分に記載したものということができ,特許法36条4項1号に規定する要件を満た
している。
イ(ア) 原告は,断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器におい
て,その端縁部で指等を裂傷するといった怪我が生じること自体,本件明細書の発
明の詳細な説明には,客観的・科学的な証明や事実が一切記載されていないし,仮
に怪我が生じ得るとしても,本件発明における凹凸形状によればその怪我を防止で
きることが,発明の詳細な説明において,何ら客観的・科学的な証明はされていな
い旨主張する。
しかし,「断熱性に優れた発泡積層シートを成形してなる容器において,その端縁
部で指等を裂傷するといった怪我が生じること」については,発泡積層シートの熱
可塑性樹脂発泡シートや熱可塑性樹脂フィルムとしてどのような材料を用いたのか,
発泡積層シートが圧縮前はどの程度の厚みがあり圧縮後にどのような厚みとなった
か(圧縮の程度),発泡積層シートの切断面の状態,発泡積層シートに対して指先等
がどのように接触するか(指を押し当てる強さ,指を移動させる方向・早さ等)に
応じて,怪我が生じる可能性があることは,当業者において,客観的・科学的な証明がなくとも容易に理解でき,「凹凸形状によればその怪我を防止できること」も,\n端縁部の上面側に形成する凹凸形状の形状に応じて指と端縁部の端面との接触面積
が異なる結果,怪我を防止することができることも,当業者において,客観的・科
学的な証明がなくとも容易に理解できるから,原告の上記主張には理由がない。
(イ) 原告は,1)「熱可塑性樹脂発泡シートと熱可塑性樹脂フィルムとの硬
さの差により,切断面(外側端面)に於いて硬い熱可塑性樹脂フィルムが柔らかい
熱可塑性樹脂発泡シートよりも外側に突き出た状態となり,且つ熱可塑性樹脂フィ
ルムの切断面の形状が鋭利になりやすく,容器に触れた際に,硬いフィルムで指等
を裂傷する虞があり」(【0005】)との記載には根拠がない,2)「フィルム端縁で
指等を裂傷するという課題を解決するために,突出部の上下面にジグザグとなる凹
凸を形成させる」(【0007】)との記載は,特許文献3(甲21)に記載されてい
る,それ自体で形状を維持できる程度の厚さ・硬さを有する薄手シートのみで構成\nされた容器に関するもので,本件発明が対象とする積層発泡シートの薄い樹脂フィ
ルムとは異なると主張する。
しかし,上記1),2)については,前記(ア)のとおりであって,特許文献3(甲21)
に記載されているのが薄手のシートの成形品で,本件発明が熱可塑性樹脂発泡シー
トに非発泡の熱可塑性樹脂フィルムを積層した発泡積層シートの成形品であることをもって,前記(ア)の認定は左右されない。
◆判決本文
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2019.02.20
平成30(行ケ)10100 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成31年2月6日 知的財産高等裁判所
請求項1についての無効理由なしとした審決が維持されました。本件は第4次審決の取消訴訟です。第1次審決は無効理由なしであり、審取にて取消されて、審判にて訂正がなされて無効理由なしと審決されました。これを第3次審決まで繰り返しています。また、別途無効審判がありますが、一旦併合されて、その後分離され、中断しています。争点は明確性違反などです。
本件訂正事項1は,要するに,請求項1における「皮膚」を「皮膚(但し,
皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)」に訂正するものである。\n原告が指摘するとおり,「皮膚」がどのような組織を意味するのかという点
について,本件明細書中に定義や示唆はない。そこで,証拠として提出されて
いる各種辞典類(甲40・広辞苑,甲41・生化学辞典,甲77・化粧品辞典)
の記載を総合的に検討すれば,通常,「皮膚」なる用語には,「表皮・真皮」\nを指す場合と,「表皮・真皮・皮下組織」を指す場合の二通りの意味があるも\nのと認められる。
すなわち,甲40(広辞苑)には,「【皮膚】後生動物の体を包む外被。体
の保護,体温・水分蒸発などの調節,各種の感覚の受容のほか,皮膚呼吸も営
む。動物によりさまざまに変形適応する。高等脊椎動物では表皮・真皮・皮下\n組織,および各種の付属器官から成る。」の後に「表皮と真皮のみを指す場合\nもある。」と明記されている。
甲41(生化学辞典)には,「皮膚[cutis,skin] 表層にある上皮性の表\
皮とその下の結合組織性の真皮から成る.その下は皮下組織で多くの場所で脂
肪組織に変わっている.…」とある。
甲77(化粧品辞典)には,「皮膚は大きく3層(表皮,真皮,皮下組織)\nからなる」という記載がある一方で,「皮膚の厚さ(表皮と真皮を足した厚さ)\nは1.0〜4mmで,一般に女性よりも男性が厚く,幼児よりも成人が厚い.…たんなる物理的な壁ではなく,生体の保護を中心とする絶対不可欠な機能を\nもった組織である.」という記載もある。
以上のとおり,「皮膚」は,広義では,動物(高等脊椎動物)の表皮・真皮\nのみならず皮下組織をも含むものとして観念されるものの,その機能の多様性\nに照らし,表皮・真皮のみを指す場合もあるといえ,文脈を離れて一義的にそ\nの意味するところを決することはできない。
本件訂正事項1は,このうち後者の場合,すなわち,皮下組織を含まないも
のと定義することによって技術的に明瞭な記載とすることを意図したものであ
り,不明瞭な記載の釈明を目的とするものに該当する。また,かかる訂正によ
って本件発明の解釈に支障や混乱を来すとは認められない。
以上に反して,(皮下組織をも含むものとして)皮膚概念は一義的に明確で
あるとする原告の主張は,一面的な見方であって,直ちに採用できないというべきである。
・・・
本件訂正事項4は,本件訂正前の請求項1に記載された「経皮吸収製剤」か
ら「目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦
孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤」(除外製剤)
を除外するものであるところ,原告の主張は,要するに,この除外製剤が物と
して技術的に明確でないとするものである。
そこで検討するに,除外製剤における「医療用針」が,目的物質を注入する
ための注射針やランセット,マイクロニードルなどを意味することは,出願時
の技術常識に照らして明らかであるといえる。また,「チャンバ」又は「縦穴」
が当該「医療用針」内に設けられたものであること,及び「目的物質」が「チ
ャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持さ
れている」ことは,いずれも除外製剤の構造を特定するものであって,その特\n定に不明確な点があるとは認められない。
そうすると,上記除外製剤が,特定の構造を有する「医療用針」である「経\n皮吸収製剤」を意味していることは明らかであるから,上記除外製剤は物とし
て技術的に明確であり,さらには,かかる除外製剤を除く「経皮吸収製剤」に
ついても,発明の詳細な説明の記載,例えば,【0070】の「基剤に目的物
質を保持させる方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可能である。\n例えば,目的物質を基剤中に超分子化して含有させることにより,目的物質を
基剤に保持させることができる。その他の例をしては(判決注:「その他の例
としては」の誤記と認める。),溶解した基剤の中に目的物質を加えて懸濁状
態とし,その後に硬化させることによっても目的物質を基剤に保持させること
ができる。」に接した当業者であれば,出願時の技術常識を考慮して,物とし
て明確に理解することができるといえる。
そうである以上,本件訂正事項4によって訂正された請求項1の記載は明確
であるというべきであって,これに反する(あるいは前提を異にする)原告の
主張はいずれも採用できない。
◆判決本文
第3次までの取消訴訟は以下です。
◆平成25(行ケ)10134
◆平成26(行ケ)10204
◆平成28(行ケ)10160
侵害訴訟事件です。
◆平成26(ネ)10109
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2019.02. 7
平成30(ワ)3018 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 平成30年11月29日 東京地方裁判所(46部)
サポート要件などの無効理由なし、技術的範囲に属すると判断されました。
前記(2)のとおり、本件各名作書には、本件参照抗体と競合する,PCSK
9−LDLR結合中和抗体を同定,取得するための,免疫プログラムの手順
及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製方法,ハイブリドーマの作製
方法,スクリーニング方法及びエピトープビニングアッセイの方法等が記載
されている。そして,当該方法によれば,本件各明細書で具体的に開示され
た以外の本件参照抗体と競合する抗体も得ることができるといえる。
そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各\n明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1
若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られる
とはいえない。したがって,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範\n囲が本権各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定のアミノ酸
の1もしくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限ら
れることを前提として,本件各発明の技術的範囲が本件各明細書記載の具体
的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のア
ミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限定されるとの被告の主張
は採用することができない。
(4)また,被告は,1)本件各明細書では,本件参照抗体と競合する抗体であれ
ば,PCSK9とLDLRの結合を中和することができるという技術思想を
読み取ることはできない,2)本件各明細書の実施例に記載された3グループ
ないし2グループの抗体のみによって,本件参照抗体と競合する膨大な数の
抗体全てがPCSK9−LDLR結合中和抗体であるとはいえず,本件各明
細書には,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体がPCSK9−LDLR
結合中和抗体であることの根拠は全く示されていないと主張する。
しかしながら,前記 のとおり,本件各明細書には,本件参照抗体がP
CSK9−LDLR結合中和抗体であること,本件参照抗体がPCSK9に
結合するエピトープと同じエピトープに結合する抗体,又は,本件参照抗体
とPCSK9との結合を立体的に妨害するような上記エピトープに隣接する
エピトープに結合する抗体である,本件参照抗体と競合する抗体は,本件参
照抗体と類似した機能的特性を有すると予\想されることが記載されている。
そして,前記 のとおりのスクリーニング等によって得られた本件各明細書の表2記載の30の抗体(21B12参照抗体と31H4参照抗体を除く。)\nのうち,24の抗体はPCSK9−LDLR結合中和抗体であり,かつ,本
件参照抗体と競合する抗体であること,表37.1.のビン1(21B12\n参照抗体と競合し,31H4参照抗体と競合しない抗体)に属する19の抗
体のうち16個,ビン2(21B12参照抗体とも,31H4参照抗体とも
競合する抗体)に属する抗体のうち2個及びビン3(31H4参照抗体と競
合し,21B12参照抗体と競合しない抗体)に属する10の抗体のうちの
7個は,表2に記載された抗体であり,これら16個と2個と7個の抗体の\nうち,27B2抗体並びに21B12参照抗体及び31H4参照抗体を除く
少なくとも20個はPCSK9−LDLR結合中和抗体であることが記載さ
れている。そうすると,本件各明細書には,特定のスクリーニング等を経て
得られた抗体のうち,本件参照抗体と競合する複数の抗体がPCSK9−LDLR結合中和抗体であることが示されているといえる。
なお,この点に関係し,被告は,本件参照抗体と競合する膨大な数の抗体
がPCSK9−LDLR結合中和抗体であることの根拠は全く示されていな
いと主張するが,本件各明細書に記載された抗体以外に,本件参照抗体と競
合するがPCSK9−LDLR結合中和抗体ではない具体的な抗体が示され
ているものではなく,また,本件参照抗体と競合する抗体中,PCSK9−
LDLR結合中和抗体でないものの割合が大きいことも明らかではない。
さらに,被告は,本件参照抗体と競合する抗体は,PCSK9−LDLR
結合中和抗体であるとは限らないとも主張する。しかし,本件各発明は,P
CSK9−LDLR結合中和抗体であることを構成要件とするものであるか\nら(構成要件1A,2A),上記のような例外的な抗体は本件各発明の技術\n的範囲に含まれない。
(5)証拠(甲5,7の1,2,甲8〜10)及び弁論の全趣旨によれば,本件
各発明について,被告が主張する限定的な解釈を採らない限り,被告モノク
ローナル抗体は,本件発明1−1及び本件発明2−1の各構成要件を全て充\n足し,被告製品は,本件発明1−2及び本件発明2−2の各構成要件を全て\n充足すると認められるから,被告モノクローナル抗体は,本件発明1−1及
び本件発明2−1の技術的範囲に属し,被告製品は,本件発明1−2及び本
件発明2−2の技術的範囲に属すると認められる。なお,被告モノクローナ
ル抗体は,本件訂正発明1-1及び本件訂正発明2−1の技術的範囲にも属
し,被告製品は,本件訂正発明1−2及び本件訂正発明2−2の技術的範囲
にも属すると認められる。
◆判決本文
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2019.01.22
平成28(ワ)25956等 特許権侵害損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 平成30年12月27日 東京地方裁判所(46部)
SONY VS 富士フイルムの特許侵害事件です。サポート要件違反の無効理由があるとして104条の3の規定により、権利行使不能と判断されました。\n
以上によれば,式(1)には上限値は定められておらず,下限値である2
30以上の数値の全てにわたり式(1)を満たすことになるにもかかわらず,
本件明細書記載の実施例において課題を解決できることが裏付けられるH
c×(1+0.5×SFD)の範囲は,230.1〜245.8(又は24
7.5)に限られることになる。そして,本件明細書にはこの範囲よりも大
きい数値の磁気録媒体の記録電流値の裕度を大きくすることができること
に関する記載はない。
これらによれば,式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上
限値がないところ,実施例で示されているのは前記の範囲であって,その値
が実施例で示されたものよりも大きくなった場合などを含めた,式(1)の
関係が満たされることとなる場合において,当業者が,前記の課題を解決で
きると認識できたとはいえないとするのが相当である。
エ 更に,本件発明においては,Hcの上限値やSFDの下限値は定められて
いないから,ΔH,ひいてはSFDの値を大きくせず,Hcの値を例えば2
30以上の数値にすると,SFDの値が実施例を大きく下回る場合も式(1)
の関係を満たすこととなる。しかし,このように実施例を大きく下回るSF
Dの値の場合に当業者が前記課題を解決できると認識できるとはいえない。
原告は,文献(乙9),実施例2及び実施例4の記載に接することで,SFD
が実施例の数値を大きく下回るなどの場合でも,式(1)によって課題を解
決できると認識することできると主張するが,式(1)の技術的意義,実施
例が示す範囲や本件明細書の記載は前記のとおりであり,採用することがで
きない。
オ したがって,当業者は,本件明細書の記載から,式(1)によって記録電
流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できるとはいえず,ま
た,本件出願当時の技術常識から,上記課題を解決できると認識できるとも
いえない。
以上によれば,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が,本件明細書の記載
により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである
とはいえず,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照
らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえな
いから,本件発明にはいわゆるサポート要件違反がある。
3 本件訂正発明によるサポート要件違反の解消の有無について(争点 )
原告は,本件訂正によって,いわゆるサポート要件違反が解消したと主張す
るので,以下,この点について検討する。
訂正事項1−1は,保持力Hcを210以上,221以下とするものである
(構成要件F2)。
前記2 アのとおり,式(1)について,磁気記録媒体の技術分野で広く
知られている式であることを認めるに足りる証拠はなく,本件明細書におい
て,式(1)の意義に関する記載はない。また,同イのとおり,原告の主張
は,式(1)の意義に関して,オーバーカレント状態において,磁性粒子自
体のHcのばらつきが大きくなることによって,そのばらつきが大きくない
場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなることをい
うものといえるが,本件明細書にそのことを述べる記載がなく,また,本件
出願当時,当業者にとってそのことが技術常識であったことを認めるに足り
る証拠はない。
イ 本件明細書をみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記2 アの
とおり,実施例1ないし4及び比較例1及び2の数値が記載されている。
そして,Hcが210以上という本件訂正事項1−1によって,実施例2
は本件訂正発明の実施例でなくなる。したがって,実施例は,実施例3及び
実施例4のみであり,また,前記2 のとおり,「最適記録電流」の点から
実施例3が実施例とならないとすると,実施例は,実施例4のみとなる。
そうすると,式(1)には上限値は定められておらず,下限値である23
0以上の数値の全てにわたり式(1)を満たすことになるにもかかわらず,
本件明細書記載の実施例において課題を解決できることが裏付けられるH
c×(1+0.5×SFD)の数値(範囲)は,245.8(又は245.
8〜247.5)に限られることになる。そして,本件明細書にはこの数値
(範囲)よりも大きい数値の磁気録媒体の記録電流値の裕度を確保すること
ができることに関する記載はない。
これらによれば,式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上
限値がないところ,実施例で示されているのは前記の数値(範囲)であり,
その値が実施例で示されたものよりも大きくなった場合なども含めた,式
(1)の関係が満たされるといえる場合において,当業者が,前記の課題を
解決できると認識することができたとはいえないとするのが相当である。
ウ 更に,本件訂正発明においては,Hcの上限値は定められたが,SFDの
下限値は定められていない。そして,例えば,Hcが上限値である221の
場合,SFDが0.082であっても,式(1)を満たすこととなるが,実
施例4のSFDは0.341であり,実施例よりも大幅に小さいSFDの値
の場合に,当業者が前記の課題を解決できると認識できたとはいえない。被告は,上記のような場合でも,文献(乙9),実施例2及び実施例4の記載に
接することで,式(1)によって課題を解決できると認識することできると
主張するが,式(1)の技術的意義,実施例が示す範囲や本件明細書の記載
は前記のとおりであり,採用することができない。
以上によれば,当業者は,本件訂正後も,本件明細書の記載から,式(1)
によって記録電流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できる
とはいえず,また,本件出願当時の技術常識から,上記課題を解決できると認
識できるともいえない。
そうすると,本件特許には特許法123条1項4号の事由があり(前記2),
本件訂正によってもその事由が解消したとは認められないから,本件訂正請求
が訂正要件を満たすか(争点 )など,その他の争点を検討するまでもな
く,原告は,特許法104条の3第1項により,本件特許権を行使することが
できない。
◆判決本文
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