無効理由なしとの審決が維持されました。争点として訂正要件を満たしているのかが争われています。「下端部」を「先端部」とする訂正も新規事項ではないと判断されました。
原告は,訂正事項1について,審決は,「下端部」が「先端部」と同じ意味
であることは明らかであると断定しているが,本件明細書には「先端部」という記
載はなく,「下端部(自由端部)6a」,「下端部6a」という記載しか存在しないの
であるから,本件明細書に全く記載のない全く別概念である「先端部」という表現\nを用いた訂正を行うことは,本件明細書に記載した事項の範囲内の訂正であるとは
いえず,新規事項を追加するものであり,違法である旨主張する。
しかし,本件明細書の「棚板2は,水平状に広がる平面視四角形の基板4と,基
板4の各辺から上向きに立ち上がっている外壁5と,外壁5の上端に連接した内壁
6とから成っており,」(段落【0016】),「図3(B)に示すように,・・・内壁6のうち外壁5に繋がる連接部11は本実施形態では略平坦状の姿勢になっている。
他方,内壁6の下端部(自由端部)6aは,外壁5に向けて傾斜した傾斜部になっ
ている。」(段落【0021】)との記載によれば,図3(B)の実施形態において,
内壁6の上端部は,外壁5との連接部11であり,外壁5に繋がる固定端部である
のに対し,内壁6の下端部6aは,自由端部であり,下端部6aよりも先には内壁
6の部分が存在しないことから,内壁6の先端部であると認められる。そして,こ
のような内壁6の構造は,本件明細書の図5(A),(B)などにも記載されている\nものである。
したがって,訂正事項1の「先端部」との表現を用いた訂正は,本件明細書に記\n載した事項の範囲内のものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,「先端部」という用語は,上下方向に限られない先に位置する部分
を指す語であるから,「先端部」は「下端部」よりも広い部分を指すことになるので,
本件発明において,「下端部」の代わりに「先端部」という語を用いると発明の範囲
を広げることになる旨主張する。
しかし,本件明細書には,「なお,本願発明の棚板は基板の周囲に外壁を備えてい
るが,棚板は基板から上向きに立ち上がっていても良いし,下向きに垂下していて
も良い。」(段落【0010】)と記載されているところ,後者の外壁が下向きに垂下
する構成を採用する場合,内壁の先端部は下端部ではなく,上端部となることは自\n明である。そうすると,本件明細書に明示的に記載があるのは「下端部」との語の
みであるとしても,内壁の先端部について,「下端部」のみならず「上端部」も本件
明細書に記載されているに等しいものと認められるから,本件明細書に記載されて
いると認められる事項が「下端部」に限定されるものでないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,訂正事項1のうち,「内壁の先端部は前記基板に至ることなく前記
外壁に向かっており」との部分について,本件明細書には,「内壁の先端部が外壁に
到達していない」構成は記載も示唆もされていないのであるから,特許請求の範囲\nにおいてもそのように解釈されるべきであり,内壁の先端部が外壁に到達していな
い場合を含む表現である「前記内壁の先端部は・・・前記外壁に向かっており」と\n訂正することは,実質上特許請求の範囲を拡張することに該当し,拡張変更に当ら
ないとする審決の判断は誤っていると主張する。
審決が認定するとおり,「向かう」とは「ある場所や方向を目指して進む。また,
ある状態に近づく。」(広辞苑:甲11)との意味であり,「内壁の先端部は・・・外
壁に向かっており」とは,内壁の先端部が外壁の方向を目指して延びているとの意
味であると解されるから,「内壁の先端部は・・・外壁に向かっており」との構成は,\n内壁の先端部が外壁の方向を目指して延びていれば足り,内壁の先端部が外壁に到
達しているか否かは問わないものであって,内壁の先端部が外壁に到達している場
合と内壁の先端部が外壁に到達していない場合とを含むものであるといえる。
もっとも,本件明細書(図3,図5(A),(B))には,「内壁の先端部が外壁に
到達していない」構成も記載されていることが認められるから,実質上特許請求の\n範囲を拡張することに該当するとは認められない。なお,本件明細書には,「内壁の
先端部が外壁に到達していない」構成も記載されていることが認められる(図5(J)\n(K))。
そして,訂正事項1は,内壁の先端部についての限定がされていなかった本件訂
正前の請求項1について,本件明細書の図5(D)のような,外壁と重なる「重合
部6b」を有する内壁6の構造などの「内壁の先端部は・・・外壁に向かって」い\nるものではない構成を除外することにより,本件訂正前の請求項1に記載された「内\n壁」を限定するものであると認められる。
したがって,訂正事項1は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する
ものであり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから,原告
の上記主張は採用することができない。
◆判決本文
新規事項違反なし、サポート要件違反なしとした審決が取り消されました。
当初明細書等の記載には,前記1(1)のとおり,便器と便座との間隙を形成する手
段としては便座昇降装置が記載されているが,他の手段は,何の記載も示唆もない。
すなわち,補正前発明は,便器と便座との間隙を形成する手段として,便座昇降
装置のみをその技術的要素として特定するものである。
そうすると,便座と便器との間に間隙を設けるための手段として便座昇降装置以
外の手段を導入することは,新たな技術的事項を追加することにほかならず,しか
も,上記のとおり,その手段は当初明細書等には記載されていないのであるから,
本件補正は,新規事項を追加するものと認められる。
(3) 被告の主張について
1) 被告は,当初明細書等に接した当業者にとって,便器と便座との間に拭き取
りアームを移動させるための間隙さえ形成されていればよく,その手段が当初明細
書等に例示されたもの限られないということは,自明の事項であると主張する。
しかしながら,便器と便座との間の間隙を形成する手段が自明な事項というには,
その手段が明細書に記載されているに等しいと認められるものでなければならず,
単に,他にも手段があり得るという程度では足りない。上記のとおり,当初明細書
等には,便座昇降装置以外の手段については何らの記載も示唆もないのであり,他
の手段が,当業者であれば一義的に導けるほど明らかであるとする根拠も見当たら
ない。
2) また,被告は,公開特許公報には,便座昇降装置以外の手段で便器と便座と
の間に間隙を設ける技術が開示されているから,当初明細書等に便座昇降装置以外
の手段で便器と便座との間に間隙を設けることは,当初明細書等に実質的に記載さ
れていると主張する。
しかしながら,上記の自明な事項の解釈からいって,他に公知技術があるからと
いって当該公知技術が明細書に実質的に記載されていることになるものでないこと
は,明らかである。のみならず,上記公報に記載された技術は,容器6と座部3と
の間に介護者が手を入れられる隙間を設けることを開示しているだけであり,便器
と便座との間に機械的な拭き取りアームが通過する間隙を設けることとは,全く技
術的意義を異にしている。
3) 被告の上記各主張は,いずれも採用することはできない。
・・・
3 取消事由2(サポート要件充足の有無に対する判断の誤り)について
上記2に説示のとおり,当初明細書等には,便座昇降装置により便座が上昇され
た際に生じる便器と便座との間の間隙以外の間隙を設ける手段の記載はないところ,
本件発明に係る本件補正後の明細書及び図面(以下「本件明細書」という。甲4。)
は,当初明細書等の発明の詳細な説明及び図面と同旨であり,本件明細書にも,便
座昇降装置により便座が上昇された際に生じる便器と便座との間の間隙以外の間隙
を設ける手段の記載はない。そして,本件発明15のような機械式拭き取り装置の
設置を前提として,便器と便座との間の間隙をどのように形成するかに関して何ら
かの技術常識があるとは認められない。
そうすると,便器と便座との間の間隙を形成するに際して,便座昇降装置を用い
るものに限定されない本件発明15は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載した
ものではなく,サポート要件を充足しないものである。したがって,本件発明15
の発明特定事項を全て含む本件発明23,本件発明25ないし本件発明29,及び
本件発明30(15)もまた,サポート要件を充足しないものである。
以上から,審決のサポート要件充足の有無に対する判断には,誤りがある。
◆判決本文
訂正要件を満たしているのかが争われました。裁判所は、新規事項であると判断しました。
被控訴人は,本件特許について本件訂正を行ったことに伴い,従前の特許発明に
基づく請求を維持したまま,限定的減縮を行った訂正後の発明に基づいて予備的請\n求を行うところ,特許権者が自らの意思に基づいて訂正請求等を行う以上,特許権
に基づく侵害訴訟においても,これを訂正の再抗弁として位置付けて,訂正後の発
明に基づく請求のみを審理判断すべきものと解されるが,本件では,後記のとおり
訂正発明1に係る訂正自体が不適法であることから,予備的請求1だけでなく主位\n的請求についても審理判断することとする。なお,予備的請求2については,被控\n訴人の主張のとおり,訂正後の請求項4に基づく請求を,訂正の再抗弁として位置
付けて審理判断する。
そして,当裁判所は,主位的請求については,控訴人は本件発明1の技術的範囲
に属する控訴人方法1を使用していると認められる(争点(1)及び(6))が,本件発
明1に係る特許には新規性欠如の無効理由はない(争点(2))ものの,進歩性欠如
の無効理由がある(争点(3))と判断する。また,予備的請求1については,訂正\n発明1に係る本件訂正は不適法であり許容されない(争点(8))上,控訴人が控訴
人方法2を使用しているとは認め難い(争点(9))と判断する。さらに,予備的請\n求2については,控訴人方法3は訂正発明4の技術的範囲に属すると認められる
(争点(13))ものの,訂正発明4に係る特許にも進歩性欠如の無効理由がある(争
点(14))と判断する。
・・・
しかしながら,本件明細書には,スピネル型マンガン酸リチウムの製造過程にお
いて用いられる電解二酸化マンガンにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態,
あるいは,「本発明」における製造方法により得られるスピネル型マンガン酸リチ
ウムにおけるナトリウム又はカリウムの存在形態を具体的に特定する記載や,これ
を示唆する記載は一切見当たらない。
したがって,本件明細書には,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実\n質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムについて,少なくとも明示
的な記載はないと認められる。
ウ 「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除\nく。)」との事項が,本件明細書の記載から自明な事項であるか否か
次に,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除\nく。)」との事項が,本件明細書の記載から自明な事項であるか,すなわち,本件
出願時の技術常識に照らして,本件明細書に記載されているも同然であると理解す
ることができるか否かについて検討する。
(ア) 本件発明1は,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物又はカ
リウム化合物で中和し,所定のpH及びナトリウム又はカリウムの含有量とした電
解二酸化マンガンに,リチウム原料と,アルミニウムその他特定の元素のうち少な
くとも1種以上の元素で置換されるように当該元素を含む化合物とを加えて混合し,
所定の温度で焼成して作製することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの
製造方法であるところ,このような製造方法で製造したスピネル型マンガン酸リチ
ウムにおいて,原料として用いられた電解二酸化マンガンの中和に用いられたナト
リウム又はカリウムがどのような形態で存在するかについては,本件出願当時,少
なくともこれがLiMn2O4の結晶構造中ではなく,その外側に存在するとの技\n術常識が存在することを認めるに足りる証拠はない。
(イ) 一方,前記5(2)イ(ウ)及び同ウのとおり,乙18文献の記載に照ら
して,リチウム二次電池の正極活物質として用いられるLiMn2O4を作製する
際に,ナトリウム,ナトリウム化合物,アンモニウム化合物などの添加剤を混合し
て焼成することにより,LiMn2O4の結晶構造中にナトリウムが取り込まれ,\nそれによりマンガンの溶出が抑制されることが知られていたと認められ,また,乙
15文献の記載に照らして,電解二酸化マンガンを水酸化ナトリウムで中和するこ
とにより得られた二酸化マンガンは,ナトリウムを含有すること,このような二酸
化マンガンを原料にしてリチウムマンガン複合酸化物を作製すると,二酸化マンガ
ン中のナトリウムは,リチウムマンガン複合酸化物中のリチウムイオンの吸蔵放出
サイトに取り込まれることが,広く知られていたと認められる。
そして,本件出願当時,中和剤あるいは添加剤として用いられたナトリウムが,
焼成後のリチウムマンガン複合酸化物やスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造\n中に取り込まれることなく存在する場合があることや,その場合のナトリウムの具
体的な存在形態を示す知見を認めるに足りる証拠はない。
(ウ) これらの事情に加え,ナトリウムを添加剤として添加する場合と,
電解二酸化マンガンの中和に用いる場合とで,焼成時のナトリウムの挙動に差異が
あることを示す技術常識が存在すると認めるに足りる証拠はないことに照らせば,
スピネル型マンガン酸リチウムの製造工程において用いられる電解二酸化マンガン
をナトリウム又はカリウムで中和処理するとの本件明細書の記載に接した当業者は,
中和処理に用いられたナトリウムやカリウムが,焼成後に得られるスピネル型マン
ガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることをごく自然に理解するというべき\nである。これに対し,本件明細書の記載から,本件発明1の製造方法により製造さ
れたスピネル型マンガン酸リチウムにおいて,ナトリウムやカリウムがLiMn2
O4の結晶構造中ではなくその外側に存在することを,本件明細書に記載されてい\nるのも同然の事項として理解することは,到底できないというべきである。
さらに,「本発明」におけるスピネル型マンガン酸リチウムの製造の際に用いら
れる原料や製造工程の具体的な内容を含む本件明細書の記載を見ても,上記の理解
を否定すべき事情は見当たらない。
◆判決本文