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知財みちしるべ:最高裁の知的財産裁判例集をチェックし、判例を集めてみました

争点別に注目判決を整理したもの

新規事項

令和5(行ケ)10124  特許取消決定取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和6年9月11日  知的財産高等裁判所

 特許異議申し立てで取り消された審決について、知財高裁は訂正後の構\成は新規事項であるとした審決を維持しました。

a 変更フラグについて
変更フラグは、動きベクトル候補を示すリストを変更するための制 御情報であり(【0203】、【0205】、【0207】)、変更フ ラグによって動きベクトル候補が変更される場合に、結果として動き ベクトル候補の数が変更される場合があること自体は認められる(図 46〜図48)。また、時間動きベクトル候補はtemporal1つ しか存在しないため、時間動きベクトル候補だけが変更されると、必ず 動きベクトル候補の数が変更されるといえる(図46、図47)。 しかし、変更フラグをオンにすることは、変更後の動きベクトル候補 を示すリストを符号化して送信することにとどまるのであり(【020 3】、【0205】)、動きベクトルの数を制御情報として送信するこ とは本件明細書等に記載されていない。また、本件明細書等においてリ スト変更の具体的態様を制限する記載はなく、空間動きベクトル候補 はMV_A、MV_B、MV_C、medianの4つがある(【01 83】、【0184】、【0193】)ため、各々が候補に加わる、又 は候補から外れることにより、空間動きベクトル候補だけが変更され る場合には、空間動きベクトル候補の数は変更される場合と変更されない場合があるから、「変更フラグ」オンは、候補ベクトル数が変わる 場合と変わらない場合を含んでいることになる。そうすると、「変更フ ラグ」に係る制御情報は、動きベクトル候補の数の変更を目的とするも のと理解することはできず、変更フラグは、「動きベクトル候補の数を 変更するための制御情報」に当たらない。
b 閾値Th及び最大ベクトル数について
閾値は、本件明細書【0111】、【0139】によれば、「この場 合、例えば、複数のベクトル候補のうち、閾値Th以下の評価値SAD になる候補の全てを使用して予測画像を生成する方法が考えられる。」\nとあることから、予測画像の生成に使用する動きベクトル候補を選定\nするための設定値である。予測に用いるベクトルの本数は、評価値SA\nDが閾値Th以下となる候補ベクトルの本数となるが、評価値は符号 化対象となるブロックの各候補ベクトルについて算出されるものであ るから(【0068】、【0076】、【0077】、【0079】〜 【0081】、【0089】)、閾値を定めても、符号化対象となるブ ロックが具体的に特定されなければ、「動きベクトル候補の数」が変更 されたか否かは特定できない。そうすると、「閾値Th」に係る制御情 報は、ベクトル数の変更に関与する情報ではあるが、変更に結果的、間 接的に寄与するものにすぎず、動きベクトル候補の数の変更を目的と するものと解することはできないから、「動きベクトル候補の数を変更 するための制御情報」に該当しない。
また、本件明細書【0111】、【0139】によれば、最大ベクト ル数についても、「閾値Th以下の候補の全てを使用するのではなく、 スライスヘッダなどに、予め使用する最大ベクトル数を定めておき、評\n価値の小さい候補から最大ベクトル数分用いて予測画像を生成するよ\nうに」するというもので、予測画像の生成に使用する動きベクトル候補\nを選定するための設定値という点で閾値Thと同様であるから、「最大 ベクトル数」を定めても、符号化対象となるブロックが具体的に特定さ れ評価値が計算されない限り「動きベクトル候補の数」が変更されたか 否かは特定できない。そうすると、「最大ベクトル数」に係る制御情報 は、ベクトル数の変更に関与する情報ではあるが、変更に結果的、間接 的に寄与するものにすぎず、動きベクトル候補の数の変更を目的とす るものと解することはできないから、「動きベクトル候補の数を変更す るための制御情報」に該当しない。
さらに、最大ベクトル数について言及する本件明細書【0111】、 【0139】は、実施の形態1における画像符号化及び復号処理の変形 例である実施の形態2、3について記載したものである。実施の形態1 における復号処理(本件明細書【0086】〜【0093】、特に【0 089】)に【0111】、【0139】の「最大ベクトル数」を定め ておく方法を適用した場合、予め定められた候補ベクトルを全て復号\nし、評価値の小さい候補から最大ベクトル数分を用いて予測画像を生\n成することになる。その場合、動きベクトルの選択のために、インデッ クス情報を用いる(【0143】)のではなく、評価値と最大ベクトル 数をもとに選択した候補ベクトルを用いることになる。他方、本件明細 書中、インデックス情報を用いる実施の形態4、その変形例である実施 の形態6、7に関し、最大ベクトル数に関する記載はない。そうすると、 最大ベクトル数の使用に関する本件明細書の記載は、「動きベクトル候 補」が「当該インデックス情報に基づき選択される」ことを発明特定事 項とする本件発明に関わるものではないというほかない。原告は、実施 の形態6、7が実施の形態2、3の上位互換の関係に当たる旨主張する が、両者は別個の技術というべきであり、採用できない。
(イ) 以上によれば、本件明細書における「変更フラグ」、「閾値Th」及び 「最大ベクトル数」は、いずれも「動きベクトル候補の数を変更するため の制御情報」に該当せず、本件明細書等において、他に上記情報に該当す る情報に関する記載は見当たらない。 したがって、「当該インデックス情報に基づき選択される動きベクト ル候補の数を変更するための制御情報」との事項は、本件明細書等に記 載された事項ではない。訂正事項2による訂正は、本件明細書等に記載 のない事項を更に限定する訂正事項を含むものであるから、本件明細書 等に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

◆判決本文

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◆令和5(行ケ)10125

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令和5(行ケ)10145 審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和6年7月10日  知的財産高等裁判所

 補正が新規事項であるとした審決が維持されました。

本件補正は、特許請求の範囲の請求項2に対する「前記開放空間は、前記 封止部材と前記レンズ部材の間において、前記レンズ部材の外縁を環状に一 周することなく前記接着剤が配されることで形成される」との請求項2補正 事項を含むものであり、この請求項2補正事項が、新規事項の追加に当たる かが問題となっている。そして、請求項2補正事項は、その文言から、開放空 間が「前記レンズ部材の外縁を環状に一周することなく前記接着剤が配され ること(本件接着剤配置)で」形成されるのであるから、本件接着剤配置が開 放空間の形成に寄与することを要すると解される。そこで、以上の趣旨が、当 初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項といえる かを、以下検討する。
ア 当初明細書等のうち、まず、実施形態3に係る【0037】〜【0039】 の記載及び図7によれば、接着剤がレンズ部材の外縁を環状に一周して配 されていることが明らかであるから、これが本件接着剤配置、ひいては請 求項2補正事項を開示するものでないことは明らかである。
イ 次に、当初明細書等のうち、実施形態4に係る記載について検討する。 実施形態4では、図8から、レンズアレイ20の外縁と、レンズアレイ2 0が接着剤により封止部材80に固定される領域との関係から、接着剤は レンズ部材の外縁を環状に一周していないことが理解できるので、本件接 着剤配置については、図8から見て取れる事項といえる。
しかし、当初明細書等の「レンズアレイ20は、平面視において、レンズ アレイ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されて いるとともに(図8中の開口部Gを参照)、凹部82bの外側において接着 剤により封止部材80に固定されている。」(【0040】)との記載及び 「開口部Gの数及び配置は、レンズアレイ20の外縁の一部を凹部82b の内側に位置させるものであればよく、図8に図示した数及び配置に限定 されるものではない。」(【0041】)との記載によれば、実施形態4に 係る記載は、レンズアレイ20の外縁の一部を凹部82bの内側に位置さ せるという位置関係によって開放空間を形成するのであって、そこでは、 そもそも接着剤の配置は問題とされていない。また、当初明細書等の【0042】の記載は、発明が実施形態3、4に限定されないことを示すにすぎない。
ウ 原告は、当初明細書等の【0040】の記載から直接的に「レンズアレイ 20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されていると ともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定され ている」ことにより、レンズアレイ20と封止部材80との間の空間が開 放空間となっていると理解できる旨主張するところ、これは、「レンズアレ イ20の外縁の一部が凹部82bの内側に位置するように配置されている」 ことと、「凹部82bの外側において接着剤により封止部材80に固定さ れている」ことが相まって、レンズアレイ20と封止部材80との間の空間が開放空間となっているとするものである。しかしながら、【0040】 の当該記載は、接着剤がレンズ部材の外縁を環状に一周して配されている ものであり、本件接着剤配置を前提としない実施形態3を説明する【00 37】の「レンズアレイ20は、平面視において、凹部82bの内側に貫通 孔Fを有するとともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材 80に固定されている。」という記載と、「レンズアレイ20は、平面視に おいて、・・・とともに、凹部82bの外側において接着剤により封止部材 80に固定されている」という文言で一致しており、接着剤の配置が開放 空間の形成に寄与することを示すものとは認められない。
また、原告は、実施形態3において、レンズアレイ20に貫通孔Fが設けられていない構造は、封止部材80とレンズアレイ20の間の空間は開放空間とはならない構\造であることが理解できることを前提に、当業者は、請求項2補正事項を明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより、導くことができる旨主張する。しかし、実施形態3に係る当初明細書等【0037】〜【0039】及び図7、特に【0038】の「これに対して、接続部24に貫通孔Fを設ければ、レンズアレイ20と封止部材80との間の空間が開放空間となるため、接着剤から気化したガスを当該空間外へと逃がし、有機物の堆積(集塵)を抑制しやすくなる。開放空間とは開放された空間をいう。」との記載に鑑みれば、貫通孔Fを開放空間形成の手段としていることが明らかであり、貫通孔Fが設けられていない構成についての記載や示唆もなく、ほかに、実施形態3に関する記載から貫通孔Fが設けられていない構\成を当業者が理解することができることを示す証拠もないことから、上記前提自体が認められない。
エ 以上のとおり当初明細書等の全ての記載を総合しても、本件接着剤配置が開放空間の形成に寄与するという技術的事項を導くことはできない。

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令和5(行ケ)10057  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和6年3月26日  知的財産高等裁判所

訂正事項が新規事項か否かについて、知財高裁は新規事項でないとした審決を維持しました。

(4) 本件訂正発明1(害虫忌避成分が「イカリジン」である場合を含む)の要旨 となる技術的事項が、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項の範囲を超 えるものであるか
ア 上記(2)イで認定したとおり、優先権出願1の明細書等には、ディートに代わ る害虫忌避成分として、3−(N−n−ブチル−N−アセチル)アミノプロピオン 酸エチルエステル(EBAAP)、p−メンタン−3,8−ジオール、1−メチルプ ロピル 2−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペリジンカルボキシレート(イカリ ジン)に共通して、「使用者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合さ れているにもかかわらず、粘膜への刺激が低減された噴射製品および噴射方法を提 供する」という課題を有し、前記(2)イ(ウ)に認定した1)〜3)の特徴を有すること、 すなわち、所定量の揮発抑制成分を添加するなどして、50%平均粒子径r30と粒 子径比(r30/r15)がそれぞれ所定の値以上(粒子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r30が50μm以上)となるよう調整することにより、上記課題 を解決することが記載されている。
また、前記1(2)ア〜ウ及びオのとおり、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、 解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件の技術的意義につ\nいては、本件明細書の【0001】、【0002】、【0004】〜【0007】、【0009】、【0012】〜【0015】、【0023】及び【0024】等に記載され ているが、ほぼ同一の記載が、前記(2)イ(ア)〜(ウ)及び(オ)のとおり、優先権出願1 の明細書の【0001】、【0002】、【0004】〜【0008】、【0012】〜【0015】、【0017】、【0018】、【0026】及び【0027】において記載されていたものといえる。
イ また、本件訂正発明1の発明特定事項は、いずれも優先権出願1の特許請求 の範囲の請求項1又は2に記載されており、害虫忌避成分としてEBAAPと同様 にイカリジンも明記されていたものといえる。
ウ 前記(2)イ(エ)及び(3)イ(イ)のとおり、優先権出願1の明細書等において、実 施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品の みであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権 出願2の明細書等(実施例5及び7)により追加されたものであるが、当該実施例 は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求 の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例 を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された 技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
エ したがって、本件訂正発明1の要旨となる技術的事項は、イカリジンを含む 部分も含めて優先権出願1の明細書等において記載された技術的事項の範囲を超え るものではないから、本件訂正発明1は、害虫忌避成分をイカリジンとする部分に ついても、優先権出願1に基づく国内優先権主張の効果が認められる。
(5) 原告の主張について
ア 害虫忌避成分をイカリジンとする部分は本件第1優先日時点で完成してい るかについて(前記第3の1(1)イの主張について) まず、国内優先権主張の効果が認められるかどうかは、前記2(1)の説示のとおり、 後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものと いえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初 明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特 許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書 等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合は、その超えた部分につ いては優先権主張の効果は認められないと解するのが相当である。 この点、優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、 害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイ カリジンを含む噴射製品に係る実施例自体は、優先権出願2の明細書等(実施例5 及び7)により追加されたものであるものの、優先権出願1の特許請求の範囲の請 求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に 記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項 との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないことは前記(4)の判 断のとおりである。
そして、前記のとおり、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する 背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件\nの技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p−メンタン−3,8−ジ オール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すな わち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイ カリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知 識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる 程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。\n
これに対し、原告は、EBAAPとイカリジンとは物質として害虫忌避作用があ るということのほかには類似性がないこと等により、イカリジンを害虫忌避成分と する場合にEBAAPと同様の結果となるかどうかは判断できず、優先権出願2の 出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の 裏付けがされ完成したものであることを主張する。
この点、本件訂正発明1では、害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、成分 の揮発によって小さくなることを抑制するために、蒸気圧が小さい揮発抑制成分(2 0゜C)での蒸気圧が2.5kPa以下)を配合しているところ(本件明細書の【00 14】)、一般に、物質の揮発しやすさ(揮発性、揮発度ともいう。)は、その成分の 蒸気圧によって決定されるものであり(甲64)、蒸気圧が小さいものは揮発しにく く、蒸気圧が大きいものは揮発しやすいものであるといえる。そこで、20゜C)にお けるEBAAPやイカリジンの蒸気圧についてみると、EBAAPが0.0001 5kPa(=0.15Pa、甲27)、イカリジンが0.000034kPa(=3. 4×10−4hPa、甲28)であるのに対し、揮発抑制成分の蒸気圧は、1,3− ブチレングリコールが0.008kPa(=0.08hPa、甲39)、プロピレン グリコールが0.0107kPa(=0.08mmHg、甲40)、水が2.336 6kPa(甲3の1・2)であり、溶剤の蒸気圧は、無水エタノールが5.8kP a(甲65)であって、EBAAPとイカリジンの蒸気圧は、揮発抑制成分の蒸気 圧や溶剤の蒸気圧に比べて極めて小さいものといえる。これらのことからすると、 EBAAPとイカリジンはほとんど揮発しないという点では変わりがないから、両 者の蒸気圧の違いは、粒子径比(r30/r15)や50%平均粒子径r30に対して与え る影響を無視できるものといえる。そうすると、当業者は、EBAAPとイカリジ ンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを 使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30/r15)への影響は 変わらないものと理解できる。
したがって、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分は、少 なくとも優先権出願2におけるイカリジンに関する実施例を追加することで、初め て実験による技術上の裏付けがなされ完成したものであるとする原告の主張は採用 できない。
イ 「実施可能であるか」について(前記第3の1(1)ウの主張)
(ア) 前記(1)の「後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術 的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超える」ものか否か という判断は、実施例が追加された後の出願の特許請求の範囲に記載された発明が 先の出願の当初明細書等の記載事項との関係において実施可能であるかを判断する\nものと解される。
(イ) 優先権出願1の明細書等には、EBAAP、p−メンタン−3,8−ジオー ル又はイカリジンを含む害虫忌避成分について、噴射された粒子が使用者やその周 囲の者の鼻や喉等の粘膜を刺激しやすく、その結果、使用者等は、粘膜に違和感を 感じたり、咳き込んだりしやすいという問題があることから、使用者の鼻や喉等の 粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されているにもかかわらず、粘膜への刺激 が低減された噴射製品及び噴射方法を提供することを課題とするものであり、この 課題を解決するために、優先権出願1の明細書等に記載された発明は、前記害虫忌 避成分を含むものについて、さらに、1)噴射後の揮発を抑制するため、20゜C)での 蒸気圧が2.5kPa以下となる揮発抑制成分を、害虫忌避組成物中10質量%以 上含み、かつ、2)前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌 避組成物の50%平均粒子径rと、前記噴口から30cm離れた位置における噴 射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30との粒子径比(r30/r15)が、 0.6以上となるよう調整され、3)前記噴口から30cm離れた位置における噴射 された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、50μm以上となるよう調 整されたという特徴を有するものであることが記載されている。そして、その効果 を発揮するメカニズムとして、噴射された害虫忌避剤の中には、皮膚や髪等の適用 箇所に付着せずに、適用距離(例えば噴口から15cmの距離)を超えて更に離れ た位置(例えば噴口から30cm離れた位置)に到達し、浮遊するものがあり、そ のような離れた位置では、粒子径が小さくなるため、粘膜刺激を起こしやすく、害 虫忌避組成物中に揮発抑制成分を添加して、適用距離における粒子径だけでなく、 それを超えた位置における粒子径にも注意を払い、当該粒子径が小さくなりすぎな いよう、50%平均粒子径r30と粒子径比(r30/r15)がそれぞれ所定の値以上(粒 子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r30が50μm以上)となる よう調整したことが説明されている。
また、優先権出願1の明細書等の【0013】〜【0031】に、本件訂正発明 1に係る噴射製品の組成物の各成分の説明及びポンプの構造の説明が詳細に記載さ\nれており、【0017】及び【0018】には、揮発抑制成分を配合することで、噴 射後の揮発が抑制され、適用箇所を超えた範囲(例えば、噴口から30cm)にま で噴射された場合であっても粒子径が小さくなりにくいことや揮発抑制成分の配合 量が記載されており、また、【0027】には、粒子径比(r30/r15)を上記範囲に 調整する方法は特に限定されず、例えば、害虫忌避組成物の処方(例えばそれぞれ の成分の種類及び含有量、忌避抑制成分の有無、含有量等)、アクチュエータの形状、 寸法(例えば噴口の大きさ、形状等)、又は単位時間当たりの噴射量(噴射速度)、 噴射圧等の各種物性が調整されることにより調整できることも示されている。
さらに、優先権出願1の明細書等の【0051】の表1の実施例及び比較例を見\nると、害虫忌避成分としてEBAAPを、揮発抑制成分として、1,3−ブチレン グリコール、プロピレングリコール又は水の少なくとも1の成分を10質量%以上 配合した害虫忌避組成物が充填された噴射製品が記載されており、実施例1及び2 並びに比較例1〜3から、揮発抑制成分の含有量が増えるほど揮発による50%平 均粒子径r30の小型化が抑制され、粒子径比(r30/r15)が大きくなっていること が理解できる。
そして、実施例1〜4においては、揮発抑制成分の含有量が10質 量%以上、粒子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r30が50μm 以上の害虫忌避組成物が実現されていることが理解できる。 以上のことからすると、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比 較例において具体的な製造方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成 物及び噴射製品と同様にして、イカリジンを配合し、粒子径比(r30/r15)が0. 6以上、50%平均粒子径r30が50μm以上を満たす噴射製品を製造することが できると解される。
この点、原告は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧が異なることを主張している が、前記アの各成分の20゜C)における蒸気圧によると、EBAAPやイカリジンの 蒸気圧の違いは、粒子径比(r30/r15)や50%平均粒子径r30に対して与える影 響を無視できるものといえるから、当業者であれば、害虫忌避成分としてEBAA Pを含む害虫忌避組成物を充填した噴射製品の実施例と同様にして、過度の試行錯 誤を要することなく、イカリジンを含む害虫忌避組成物を作成し、これを充填し、 粒子径比(r30/r15)を0.6以上、50%平均粒子径r30を50μm以上に調整 した噴射製品を製造することができるといえ、原告の上記主張は採用できない。
また、本件訂正発明1の噴射製品は、害虫忌避組成物を含む噴射製品、いわゆる 虫よけスプレーであり、優先権出願1の明細書等の【0006】、【0025】等の 記載を見ると、使用者が、一般的な虫よけスプレーと同様にして、噴口から害虫忌 避組成物を適用箇所に向けて噴射をすることができること、噴口から噴射される害 虫忌避組成物は、所定の粒子径、より具体的には、所定の粒子径比(r30/r15)及 び50%平均粒子径r30に調整され、霧状に噴射されること、及び、所定の粒子径 に調整されているため、粘膜を刺激しやすい害虫忌避成分が配合されている場合で あっても、粘膜への刺激が低減されることが認められ、このことは、害虫忌避成分 がEBAAPであっても、イカリジンであっても変わることはないものといえるか ら、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分としてイカリジンを含む部分が、優先権出 願1において、過度の試行錯誤を要することなく使用できるように記載されている ということができる。
この点、原告は、「使用できる」というためには、特許発明に係る物について、例 えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で用いることができるなど、技術上 の意義のある態様で使用することができることを要すると主張する。 しかし、原告の上記主張は独自の見解であって採用できない。また、仮にこれを 前提としても、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1の効果を発揮するメ カニズムについて、十分な記載があり、さらに、害虫忌避成分としてEBAAPと\nイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r 30/r15)への影響は変わらないことを理解できるから、当業者は、EBAAPとイ カリジンのいずれを使用しても、同様に「粘膜への刺激が低減された噴射製品及び 噴射方法を提供することができる」という作用効果を奏する態様で用いることがで き、技術上の意義のある態様で使用することができるものと理解することもできる。 したがって、当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例におい て具体的な製造及び使用方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物 及び噴射製品と同様にして、過度の試行錯誤を要することなく、イカリジンを配合 した害虫忌避組成物や噴射製品を製造し、粒子径比(r30/r15)を0.6以上、r30を50μm以上とすることができ、かつ、当該噴射製品を使用することができる といえる。よって、原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 以上によると、本件訂正発明1のうち害虫忌避成分をイカリジンとする部分 が、優先権出願1の明細書等の記載事項との関係において実施可能であるといえる\nから、「実施可能であるか」についての原告の主張(前記第3の1(1)ウの主張)は 理由がない。

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令和5(行ケ)10024  審決取消請求事件  特許権  行政訴訟 令和6年1月22日  知的財産高等裁判所

審決は、数値限定が「24h」(24時間)当たりの値であるかについては記載が無いし、技術常識ではないので、「24時間当たりの水蒸気透過率」とする補正は、新規事項と判断しました。知財高裁は、審決を取り消しました。

ア(ア) 本願発明2に係る特許請求の範囲の記載は「前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ」というものである。当該記載からは、「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」が封止要素を構成する材料であると理解することができるものの、その余の特許請求の範囲の記載を踏まえても、上記の水蒸気透過率の単位が24時間単位であることをうかがわせる記載はない。\n
(イ) 次に本願明細書をみると、封止要素の水蒸気透過率については、【0008】、【0051】、【0144】、【0164】の各段落において、「水分(例えば、水蒸気)に対して不浸透性の任意の好適な材料、例えば、金属箔(例えば、アルミニウムもしくはチタン)、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションによって適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素で被覆されたポリマー」等と同様の不浸透性を有する材料の例として、「10グラム/100in^2未満または好ましくは1グラム/100in^2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」又は「10グラム/100in2未満もしくは好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の物質」との記載がされている。 しかし、これらの記載においても当該任意の材料の水蒸気透過率が24時間単位のものであるかは判然としない。したがって、本願明細書の記載からは、本願発明2の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」における「グラム/100in2」が、「グラム/100in2/24h」という24時間単位のものであることを直ちに読み取ることはできない。また、当該任意の材料は、封止要素に用いられるものであって、水分(水蒸気)に対して実質的に不浸透性の材料を意味するものと理解することができるものの、「実質的に不浸透性の材料」であるということから、当該任意の材料の水蒸気透過率を示す「10グラム/100in2」又は「1グラム/100in2」との記載が24時間単位であることを意味するものとは直ちに認めることはできない。
イ 本願の出願日当時の技術常識について検討するに、平成20年3月20日改正の日本工業規格「プラスチック−フィルム及びシート−水蒸気透過度の求め方(機器測定法) JIS K 7129」(甲9)には、エンボスなどのない表面が平滑な、プラスチックフィルム、プラスチックシート及びプラスチックを含む多層材料の感湿センサ法、赤外線センサ法及びガスクロマトグラフ法による水蒸気透過度の求め方について規定した規格について、「水蒸気透過度は、24時間に透過した面積1平方メートル当たりの水蒸気のグラム数〔g/(m2・24h)〕で表\す。」との記載があることが認められるが、本願発明2においては、封止要素の材料はプラスチック又はこれを含むものに限られるものではなく、また、水蒸気透過度の測定方法も特定されていないから、上記日本工業規格をそのまま本願発明2に適用することができるということはできない。
また、本願の出願日以前に公開されていた文献には、シートやフィルム等の水蒸気透過度について、「g/m2/24hr」「g/100in.2/24hr」(甲5・特表2009−503279号公報)、「g/100in2/日」(甲6・国際公開第2016/097951号、特表\2018−501127)、「g/1m2/24時間」「g/100in2/24時間」(甲7・特開2014−148361号公報)、「g/m2・day」(甲8・特開平11−43175号公報)、「g/24h/m2」(甲12・米国特許出願公開第2016/0058380号明細書)、「mg/日」(甲13・特表2012−519038号公報)などと、24時間又は一日当たりの値を示すものがある一方で、水分バリアーポリマーについて「g−mil/100in2/h」を用いるもの(乙1の1・2・米国特許第5799450号明細書)、絶縁基板について「g/m2/h」を用いつつ、樹脂封止シートについては「g/m2・day」を用いるもの(乙2・特開2014−67918号公報)、透明性樹脂シートについて「g/m2・1hr」を用いるもの(乙3・特開2010−284250号公報)、火傷創傷包帯の基材について「グラム/1h/1平方フィート」を用いるもの(乙4の1・2・米国特許第4820302号明細書)があり、1時間単位の値が用いられているものもみられるから、本願の出願日当時、水蒸気透過率について24時間単位で表\すことが通常であったということはできない。原告は、医療分野では24時間又は一日単位が一般的に使用されていると主張するが、そうであるとしても、前記の各文献における使用例に照らすと、本願の出願日当時、医療分野において、水蒸気透過率を表す場合に時間単位が用いられることはなかったということはできない。\n
そうすると、当業者が、本願発明2に係る特許請求の範囲及び本願明細書の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」との記載をもって、「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない(なお、本願発明2に係る本件補正は、特許請求の範囲を「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2未満/24h」とするものであるが、「1グラム/100in2未満/24h」は「1グラム/100in2/24h未満」の誤記であることが自明である。)。
ウ もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」との記載は、「10グラム/100in2/h未満または好ましくは1グラム/100in2/h未満」又は「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in2/h未満または好ましくは1グラム/100in2/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in2/24h未満または好ましくは24グラム/100in2/24h未満」となる。\n
そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。

◆判決本文

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