1次審決では無効理由無しと判断され、知財高裁はこれを取り消し、差し戻しました(1次審取訴訟)さしもどった2次審決では特許権者が再度、訂正をして、審決は無効理由無しと判断しました。知財高裁は審決の判断を維持しました。
争点は新規事項か否かです。
本件訂正前の請求項1の記載によれば、本件発明1の「浸水防止
部屋」は、側壁及び隔壁に接すること、仕切板により形成されるこ
と、部屋の高さ方向にわたって形成されること、機関区域の部屋に
設けられること、側壁と隔壁との連結部を覆った空間であり空間に
面する側壁が損傷した場合浸水することなどが特定されている。し
かし、「専ら」又は「主に」浸水防止を企図した空間であるべきかは
明らかでない。なお、当業者の技術常識として、「空間」とは、「空
所」や「ボイド」とは異なり、必ずしも物体が存在しない場所には
限定されないと認められ、このことは「下層空間13の船尾側に推
進用エンジン14が配置されている」(段落【0026】)などの本
件明細書等の記載とも整合する。そのため、「空間」であることから、
直ちに「専ら」あるいは「主に」浸水防止を企図していることは導
けない。また、SOLAS条約(「千九百七十四年の海上における人\n命の安全のための国際条約」、甲23)によれば、浸水率の計算にお
いて、タンクは、0又は0.95のいずれか、より厳格な条件とな
る方の値(もともと水で満たされているため浸水が0である場合と、
もとは空であるため浸水が容積の95%に及ぶ場合のうち、復原性
を悪くする方の値)を用いて計算すべきとされており、タンクであ
ってもそれに面する側壁が損傷した場合浸水する場合があることを
前提としているから、「空間に面する側壁が損傷した場合浸水するこ
と」が、必ずしもタンクを排除するものとはいえない。
次に、本件明細書等によれば、本件発明の課題及び解決手段は、
前記のとおり、浸水防止部屋を設けて、側壁における隔壁の近傍が
損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、浸水防止部屋を
設けた部屋が浸水することがないようにすることで、浸水区画が過
大となることを防止し、設計の自由度を拡大することを目的とする
ものである。そうであるとすれば、「浸水防止部屋」は、それに面す
る側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しな
いような水密構造となっていれば、浸水区画が過大となることを防\n止するという本件発明の目的にかなうのであって、タンク等の他の
機能を兼ねることが、そのような目的を阻害すると認めるに足りる\n証拠はない。かえって、甲17(実願昭49−19748号(実開
昭50−111892号)のマイクロフィルム)には、第1図及び
「本考案は、横置隔壁2の船側部両端に、船側外板1を一面とした
高さ方向に細長い浸水阻止用の区画7を備えているから、横隔壁数
を増加しなくても、船側外板1の損傷による船内への浸水を該区画
7内に、または該区画7と隣接する1つの船内区画内にとどめるこ
とができ」(4頁下から7〜1行)との記載があり、本件発明の「浸
水防止部屋」の機能に類似する「空間7」を有する船舶の発明が開\n示されているところ、同文献には、「該区画7を小槽として利用する
こともできる。」(5頁7行)とも記載されているから、浸水防止を
目的とした区画を、小槽(タンク)として利用することは、公知で
あったと認められる。また、「浸水防止部屋」が他の機能を兼ねるこ\nとを許容する方が、設計の自由度が拡大し、その意味で本件発明の
目的に資するものである。
以上によれば、本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」とは、
それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」
に浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解\nするのが相当である。そして、「浸水防止部屋」は、タンク等の他の
機能を備えることが許容されるものであると認められる。\n
b 「(ただし、タンクを除く。)」という記載の追加による新たな技術的
事項の導入の有無
前記aのとおり、「浸水防止部屋」は、タンクの機能を備えることが\n許容されるから、「浸水防止部屋」には、タンクの機能を兼ねるものと、\nタンクの機能を兼ねないものがあるものと認められる。本件明細書等\nには、浸水防止部屋としてタンクの機能を兼ねるもののみが記載され\nていると解すべき理由はないから、本件明細書等には、タンクの機能\nを兼ねる「浸水防止部屋」とともに、タンクの機能を兼ねない「浸水\n防止部屋」が記載されていると認められる。そして、タンクの機能を\n兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明と、タンクの機能を兼ねない「浸\n水防止部屋」を備える発明は、いずれも本件明細書等に記載された発
明であったから、訂正事項1により、特許請求の範囲の請求項1の「浸
水防止部屋」がタンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋(ただし、タ\nンクを除く。)」に訂正されて、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」\nを備える発明が除かれても、新たな技術的事項を導入しないことは明
らかである。
なお、本件訂正により、本件訂正後の発明が、側壁における隔壁の
近傍が損傷を受けても、浸水防止部屋が浸水するだけで、複数の部屋
に跨って浸水することはなく、船損傷時における複数の部屋への浸水
を防止することができると共に、複数の部屋の大型化を抑制して設計
の自由度を拡大することができるという本件発明の効果を奏すること
なく、新たな効果を奏する発明となると解すべき理由はない。そのた
め、本件訂正によって発明の作用効果が変わることによって新たな技
術的事項が導入されたと解する余地もない。
したがって、訂正事項1による「(ただし、タンクを除く。)」という
記載の追加は、当業者によって、特許請求の範囲、明細書又は図面の
全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係におい
て、新たな技術的事項を導入しないものであると認められるから、新
規事項追加(法134条の2第9項、法126条5項)に当たらない
というべきである。
c 原告の主張に対する判断
原告は、浸水防止部屋を、タンクを除くものに限定することによっ
て、「タンクと比べて、設置スペースを低減することができ、配置の自
由度を向上できるという有利な効果を奏」し、「更に、浸水防止部屋と
いう空間を設けることによって、タンクと比べて、損傷時復原性の計
算、二次浸水、環境汚染の観点からも有利な効果を奏する」という新
たな作用効果を奏するから、「(ただし、タンクを除く。)」という記載
の追加は、新たな技術事項を導入するものであると主張する。
しかし、原告が主張する上記の効果は、タンクの機能を兼ねる「浸\n水防止部屋」と比べた場合に、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部\n屋」が有する効果を述べたものにとどまる。前記のとおり、本件明細
書等には、もともと、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」ととも\nに、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が記載されていたもの\nと認められるから、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が何ら\nかの作用効果を有するとしても、それは、もともと本件明細書等に記
載されていた発明の一部が作用効果を有しているというにすぎず、そ
のことをもって、本件明細書等との関係で新たな技術的事項が付け加
えられたと解する余地はない。
◆判決本文
関連事件です。
令和3(行ケ)10150
◆判決本文
それぞれの1次審取訴訟です。
令和1(行ケ)10080
◆判決本文
令和1(行ケ)10079
◆判決本文