2024.06. 9
知財高裁も原審と同じく、共同発明ではないと判断されました。
原審(東地判令和4年(ワ)10717)はアップされていません。
控訴人は、前記第2の3(1)のとおり、本件準備契約6条は、ステルスダイ
シング技術に関する本成果については、控訴人と被控訴人の共有とする旨を
定めたものである旨を主張する。
しかし、本件準備契約6条の解釈については、補正の上で引用した原判決
第3の1(2)のとおりである。
控訴人は、補正の上で引用した原判決第3の1(1)イの控訴人による修正申\n入れにより、ステルスダイシング技術に関する「本成果」は、控訴人と被控
訴人の共有とする旨定める本件準備契約6条1項(2)に移されて本件準備契約
の締結に至ったものであるから、ステルスダイシング技術に関する「本成果」
も、控訴人と被控訴人の共有となる旨主張する。
しかし、ステルスダイシング技術に関する「本成果」についても控訴人と
被控訴人の共有とする旨の合意の下に、本件準備契約が締結されたと認める
に足りる的確な証拠はない上、補正の上で引用した原判決第3の1(2)アのと
おり、本件準備契約6条1項(1)及び(2)は、いずれも同条柱書に記載された「本
成果」の帰属等について定めるものであるところ、同項(2)は、もともとSD
エンジンに「関しない本成果」を控訴人と被控訴人の共有とする旨定めてい
たものであるから、同項(2)にステルスダイシング技術に関する定めを移すこ
とが、直ちに「ステルスダイシング技術に関する本成果」を控訴人と被控訴
人の共有とする旨定めるに至ったことを意味するものともいえない。「ステル
スダイシング技術」は、被控訴人が作成した契約書の第1ドラフト(甲22)
においても、「乙(判決注:被控訴人)が基本特許を有するレーザを用いたダ
イシング技術」と定義されており、本件準備契約作成時点において被控訴人
に帰属する固有の技術であったのであるから、これが控訴人と被控訴人の共
有になることはないというべきである。
したがって、控訴人と被控訴人の共同開発に至る経緯を考慮しても、上記
解釈を左右するものではないから、控訴人の上記主張は採用することができ
ない。
(2) 控訴人は、前記第2の3(2)、(3)及び(4)アのとおり、SDエンジンに関する
本成果とは、発明・考案等の課題解決のため必須の構成全部を、SDエンジ\nンが備えるものをいうと解すべきと主張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の1(3)のとおり、本件準備契約の
目的、趣旨や文理等に鑑みると、「SDエンジンに関する本成果」とは、発明
の特徴的部分がSDエンジンに関する発明等(本成果)をいうものと解され
る。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 控訴人は、前記第2の3(4)イ(ア)のとおり、「SDエンジンに関する本成果」
に関し、仮に「発明の特徴的部分」を基準として発明の帰属を判断するもの
と解したとしても、本件発明1は控訴人と被控訴人の共有とすべきものと主
張し、それに沿う証拠として甲51、52を提出する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の1(4)のとおり、本件発明1は、
いずれも発明の特徴的部分がSDエンジンに関するものとして、その成果は
被控訴人に属するものというべきであるところ、控訴人が当審において提出
する甲51、甲52はいずれもCPUボードないしコンピュータソフトウェ\nア設計に係る証拠であり、本件発明1の内容は補正の上で引用した原判決第
2の1(3)及び同第3の1(4)ア(ア)のとおりであって、本件発明1は、レーザ加
工方法の手順をレーザ加工装置のコンピュータに実行させるためのコンピュ
ータソフトウェアに係る発明ではない。そうすると、上記の控訴人の主張及\nびこれに係る証拠は、本件発明1の特徴的部分ないし発明特定事項である特許請求の範囲の記載と関係しないものである。
その点を措いても、本件試作機は、●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」(平
成14年10月2日付け打合議事録。甲26)とされていることから、本件
試作機においては、それまでレーザエンジン側で行っていたことを装置本体
側のCPU162で行えるようにしたものであるところ、控訴人のCPU1
62に係る主張は、レーザ加工装置の制御を行うCPUの所在場所をいうも
のにすぎず、そのプログラムの前提となる本件発明1の前記特徴に係るもの
ではない上、本件準備契約1条(3)の「SDエンジン」の定義には、キーコン
ポーネント部及びソフトウェア設計も含まれているのであるから、CPU1\n62の所在場所及びそのソフトウェアとしての機能\をもって、本件発明1を
控訴人と被控訴人の共有とすべき根拠とすることはできないというべきであ
る。
また、控訴人は、本件発明1は、X軸上のステージの動作とその制御を発
明の特徴的部分に含み、加工対象物の端部というステージのX軸上の特定の
位置においてレンズのZ軸上の所定の動作を行うものであり、これはSDエ
ンジンに関する発明に該当しない旨も主張する。
しかし、805特許に係る明細書(甲48)は補正の上で引用した原判決
別紙3のとおりであるところ、その明細書の段落【0045】、【0058】
及び【0075】の記載によれば(記載内容は原判決別紙3参照)、805特
許において、既にZ軸ステージをZ軸方向に移動させることにより、加工対
象物(シリコンウェハ)の内部にレーザ光の集光点を合わせることができ、
X軸ステージやY軸ステージを移動させることにより、集光点を切断予定ラ\nインに沿って移動させ、これにより、改質領域を切断予定ラインに沿うよう\nに加工対象物の内部に形成することが示されているから、これと本件発明1
の内容(補正の上で引用した原判決第2の1(3)及び第3の1(4)ア)とを対比
すると、805特許に示されたX軸ステージの移動に係る制御と特段異なる
内容は示されておらず、本件発明1の内容にはX軸ステージの移動に係る制
御に関して805特許に示されたX軸ステージの動作を超える新規の技術的
事項は何ら示されていない上、控訴人の主張するX軸上の特定の位置の検出
それ自体は、X軸ステージの制御を意味するものでもないから、これをもっ
て、X軸ステージの制御に本件発明1の特徴的部分があるとはいえない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 控訴人は、前記第2の3(4)イ(イ)のとおり、「SDエンジンに関する本成果」
に関し、仮に「発明の特徴的部分」を基準として発明の帰属を判断するもの
と解したとしても、本件発明2は控訴人と被控訴人の共有とすべきものと主
張する。
しかし、補正の上で引用した原判決第3の1(4)イのとおり、本件発明2は、
いずれも発明の特徴的部分が「SDエンジン」に関するものとして、その成
果は被控訴人に属するものというべきである。
本件発明2に係るパルスピッチは、レーザ光の繰り返し周波数及びX軸な
いしY軸ステージの移動速度との関係により決まるものであるところ(本件
明細書2の段落【0015】及び【0057】)、前記(3)のとおり、805特
許において、既にX軸ステージやY軸ステージを移動させることにより、集
光点を切断予定ラインに沿って移動させ、これにより、改質領域を切断予\定
ラインに沿うように加工対象物の内部に形成することが示されており、これ
と本件発明2の内容(補正の上で引用した原判決第2の1(4)及び第3の1(4)
イ)とを対比すると、805特許に示されたX軸ステージやY軸ステージの
移動に係る制御と特段異なる内容は示されておらず、本件発明2の内容には
X軸ステージやY軸ステージの移動に係る制御に関して805特許に示され
たX軸ステージやY軸ステージの動作を超える新規の技術的事項は何ら示さ
れていない。そうすると、X軸ステージ及びY軸ステージの制御に本件発明
2の特徴的部分があるとはいえない。
また、控訴人の提出に係る証拠において、パルスピッチが明記されている
ものは、甲38(「浜松ホトニクス殿・出張報告―14」と題する文書)に、\n「改質層ピッチ」として本件発明2の数値範囲内である●●●●μmとの記
載があるのみであり、その甲38においても、パルスピッチが記載されてい
る箇所は、「hpk SDL_100V での最新(〜7/11)の加工状況」における「現在の
最適条件」の欄であって、パルスピッチに関し控訴人が知見を得たことを示
すものとはいえないところ、乙12ないし14、16及び18には、例えば
乙12(平成15年6月13日被控訴人作成の「スケジュール」と題する書
面)に、「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」
などとあり、乙13(平成15年6月13日被控訴人作成の実験資料)には、
パルスピッチごとに改質領域の形成状況が示された実験結果があるように、
被控訴人において、パルスピッチ及び微小空洞に着目して実験を繰り返し、
最適なパルスピッチ等につき検証を行っていたことが認められる。そうする
と、こうしたパルスピッチの最適化に関し、控訴人に具体的な貢献があった
と認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張はその前提を欠くものというべきである。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
◆判決本文
関連事件です。
◆令和5(ネ)10037
◆令和4(行ケ)10099
◆平成30(ワ)28931
◆平成30(ワ)28930
◆平成30(ワ)28929
発明者をAIと記載した国際特許出願の国内書面が却下されました。出願人はこれを不服として裁判所に不服申し立てを行いましたが、東京地裁(40部)は、AIは発明者になれないとの判断を維持しました。最後に付言があります。
1 我が国における「発明者」という概念
知的財産基本法2条1項は、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、
意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明
がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、\n商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘\n密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいうと規定している。
上記の規定によれば、同法に規定する「発明」とは、人間の創造的活動により
生み出されるものの例示として定義されていることからすると、知的財産基本法
は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、
自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。
そして、特許法についてみると、発明者の表示については、同法36条1項2\n号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人
の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければな\nらない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然
人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の
前提とするものといえる。また、特許法66条は、特許権は設定の登録により発
生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明に
ついて特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格
を有するものではないから、上記にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利
の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当で
ある。
他方、特許法に規定する「発明者」にAIが含まれると解した場合には、AI
発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソ\フトウェアに関する権
利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管
理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべ
きかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。のみならず、特許
法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識
を有する者(以下「当業者」という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に
発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については
特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、\n今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困\n難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、直ちにAIに
も適用するのは相当ではない。さらに、AIの自律的創作能力と、自然人の創作\n能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社\n会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期\n間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。\nこのような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会
経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねるこ\nととし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組み
の在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方と
みるのが相当である。グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制
度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」に直ちに
AIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論
の全趣旨によれば、明らかである。
これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する「発明者」は、自然人に限
られるものと解するのが相当である。
したがって、特許法184条の5第1項2号の規定にかかわらず、原告が発明
者として「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載して、発明者の\n氏名を記載しなかったことにつき、原処分庁が同条の5第2項3号に基づき補正
を命じた上、同条の5第3項の規定に基づき本件処分をしたことは、適法である
と認めるのが相当である。
2 原告の主張に対する判断
(1) 原告は、我が国の特許法には諸外国のように特許を受ける権利の主体を発明
者に限定するような規定がなく、特許法の制定時にAI発明が想定されていな
かったことは、AI発明の保護を否定する理由にはならない旨主張する。しか
しながら、自然人を想定して制度設計された現行特許法の枠組みの中で、AI
発明に係る発明者等を定めるのは困難であることは、前記において説示したと
おりである。この点につき、原告は、民法205条が準用する同法189条の
規定により定められる旨主張するものの、同条によっても、果実を取得できる
者を特定するのは格別、果実を生じさせる特許権そのものの発明主体を直ちに
特定することはできないというべきである。その他に、原告の主張は、AI発
明をめぐる実務上の懸念など十分傾聴に値するところがあるものの、前記にお\nいて説示したところを踏まえると、立法論であれば格別、特許法の解釈適用と
しては、その域を超えるものというほかない。
(2) 原告は、AI発明を保護しないという解釈はTRIPS協定27条1項に違
反する旨主張する。しかしながら、同項は、「特許の対象」を規律の内容とす
るものであり、「権利の主体」につき、加盟国に対し、加盟国の国内特許法に
いう「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまでいえず、また、原告
主張に係る欧州特許庁の見解も、特許法に関する判断の国際調和という観点か
ら一つの見解を示すものとして十分参考にはなるものの、属地主義の原則に照\nらし、我が国の特許法の解釈を直ちに左右するものとはいえず、本件に適切で
はない。
(3) 原告は、知的財産基本法2条1項は「その他」と「その他の」の用法を混同
しており、「発明」が「人間の創造的活動により生み出されるもの」に包含さ
れると規定するものではない旨主張する。しかしながら、特許法がAI発明を
想定していなかったことは、原告も認めるとおりであり、知的財産基本法2条
1項も、立法経緯に照らし、文言どおり、AI発明を想定していなかったもの
と解するのが相当である。そして、当時想定していなかったAI発明について
は、現行特許法の解釈のみでは、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏ま\nえた的確な結論を導き得ない派生的問題が多数生じることは、前記において繰
り返し説示したとおりである。
・・・
その他に、原告提出に係る準備書面及び提出証拠を改めて検討しても、前記に
おいて説示したところを踏まえると、いずれも前記判断を左右するに至らない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
なお、被告は、当裁判所の審理計画の定め(第2回弁論準備手続調書参照)に
かかわらず、原告主張に係るAI発明をめぐる実務上の懸念に対し、具体的な反
論反証(令和5年11月6日提出予定の被告の再々反論、再々反証をいう。上記\n手続調書参照)をあえて行っていないものの、特許法にいう「発明者」が自然人
に限られる旨の前記判断は、上記実務上の懸念までをも直ちに否定するものでは
なく、原告の主張内容及び弁論の全趣旨に鑑みると、まずは我が国で立法論とし
てAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発
明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、
最後に改めて付言する。
◆判決本文
無効理由無しとした審決が取り消されました。知財高裁は、新規性違反、冒認出願違反であると判断しました。
(2) 甲53の1文書について
ア 甲53の1文書は、ベルベット織りの立毛シートの製造工程を示すものとし
て交付されたものであり、別紙2のとおり、「「生機投入」→「スチームセット」→
「ドライセット」→「糊抜き」→「脱水」→「染色」→「脱水」→「乾燥(ブラシ)」
→「ブラシ※ブイテック様」」との工程が記載されている。
イ 「生機投入」の部分により、製織工程と切断工程が開示されているといえる
かという点について争いがあるので検討するに、「生機」とは「織り上げて織機から
はずしたままの織物」を意味するところ(甲114・大辞林第四版)、ベルベット織
りの織り機は、織ると同時に切断も行うことから一度に2枚分が織り上がるもので
あって、「織り機からはずしたままの織物」は、切断後の織物であると認められるか
ら(甲40、112)、「生機投入」との記載から、甲53の1文書を受領した当業
者は、当然に、製織工程と切断工程を経た生機が投入されると理解すると認めるの
が相当である。そして、甲53の1文書の「生機投入」の使用機器欄に記載された
「ZQ40 4mm」はパイル長4mmのポリエステル製パフ用の立毛シートの生
機の品番を意味するものと認められ(証人C〔28頁〕)、ポリエステルは熱可塑性
繊維であるから(本件明細書【0020】等)、甲53の1文書の「生機投入」工程
の記載により、本件各発明の製織工程と切断工程が開示されていると認められる。
ウ そして、甲53の1文書の「スチームセット」は本件各発明の「蒸し工程」
に、「ドライセット」は本件各発明の「プレセット工程」に、「糊抜き」は本件各発
明の「精練工程」にそれぞれ相当する(証人A〔5〕)。また、「染色」は本件各発明の「染色工程」に相当し、「染色」の次に記載された「脱水」は、真空脱水とあるか
ら脱水機を用いたものであることが明らかであって、本件各発明の「脱水機により
前記染料を脱水する脱水工程」に相当する。さらに、「乾燥(ブラシ)」はドライセ
ッターで150゜C)で乾燥させるものであるから、本件各発明の「前記立毛シートを
熱風で乾燥させる乾燥工程」に相当する。なお、特許請求の範囲の記載及び本件明
細書の記載を総合しても、本件発明1の乾燥工程から、ブラシを用いるものが除外
されているとは認められない。
エ そうすると、甲53の1文書に記載された工程は、本件発明1を構成する工\n程を全て含むものであるから、本件発明1を開示するものといえる。
オ この点、被告は、甲53の1文書記載の工程では、精練工程の後に脱水をし
ていること、タンブラー乾燥をしていないこと、使用液剤に酸性の液剤が含まれて
いないこと等から、本件各発明とは異なると主張する。しかしながら、本件発明1
の特許請求の範囲の記載に照らすと、請求項1に記載された工程を全て含む必要が
あるとはいえるものの、同工程のみを含むものに限定されており、別の工程が付加
されたものが除外されているものと理解することはできない。そして、本件明細書
の記載に照らしても、本件発明1は、請求項1に記載された工程のみを含むものに
限定されていると理解することはできない。そうすると、「精練工程の後に脱水」を
していることをもって本件各発明とは異なるということはできない。また、タンブ
ラー乾燥は本件発明3を構成する要素ではあるものの、本件発明1を構\成するもの
ではない(なお、前記2(5)(8)のとおり、タンブラーを利用した乾燥工程は、平成
18年頃から新栄染色で行われていたものと認められるが、当時、当該乾燥工程の
存在及び内容が秘密事項として管理されていたことをうがわせるような主張立証は
ない。そもそも、甲12(パイル織編物の仕上げ方法に関する公開特許公報(昭6
2−191566号))中にもパイル織物の染色加工後、タンブラー乾燥機で乾燥す
る旨の記載があることにも照らすと、本件各発明の出願時において、少なくとも、
熱可塑性繊維のパイル織物についてタンブラーを利用して乾燥する工程自体は公知
であったと考えられる。)。さらに、酸性の液剤を使用することは本件各発明の技術
的範囲に含まれるものではなく、その他の被告の指摘する事項はいずれも本件各発
明を構成する事項ではない。したがって、上記被告の主張はいずれも前記エの判断\nを左右するものではない。
被告は、甲53の1文書の工程は開発途中のものであって技術として確立してい
なかったとも主張するが、前記2(9)のとおり、同工程は、平成23年10月頃、新
栄染色において、現に商品の製造に用いられていた工程なのであるから、これが発
明に当たるとすれば、発明として完成していたのは明白である。
(3) 甲2文書について
甲2文書は、前記2(11)のとおり、ベルベット織りによる立毛シートの製造工程
を示すものとして交付されたものであり、別紙3のとおり、「織り」→「蒸しセット」→「PS」→「精練」→「染色」→「乾燥」の各工程が記載されたものである。甲
2文書に記載された工程について前記(2)と同様に検討すると、甲53の1文書に
記載された工程と同じであり、本件発明1を開示するものであると認められる。な
お、「織り」が製織工程と切断工程を含むことについては前記(2)イと同様であり、
「PS」はプレセットを意味するものと認められる(証人A〔34頁〕)。また、甲
2文書の工程には「乾燥」の前の「脱水」が記載されていないものの、乾燥する前
に脱水を行うことは当然であるから、当業者は、甲2文書により、脱水工程を含む
ものが開示されているものと理解すると認められる。
(4) 小括
そうすると、本件発明1は、平成23年10月頃には公然知られていたと認めら
れるから、本件発明1に係る特許は特許法29条1項1号の規定に違反してされた
ものであって、特許法123条1項2号の無効理由がある。
したがって、甲2生産工程(甲2文書に記載された工程であり、かつ甲53の1
文書に記載された工程)が公然知られたものとはいえず、本件発明1が特許法29
条1項1号に該当しないとする本件審決の判断には誤りがあるから、取消しを免れ
ない。
4 取消事由4(冒認出願についての判断の誤り)について
(1) 冒認出願を理由として無効審判請求をすることができるのは特許を受ける権
利を有する者に限られるから(特許法123条2項、1項6号)、原告は、自らが特
許を受ける権利を有する者であることを証明する必要がある。そして、原告が主張
する本件各発明に係る特許を受ける権利は、Bが発明者として有していた本件各発
明に係る特許を受ける権利に由来するものであるから、原告が特許を受ける権利を
有する者であるといえるためには、Bが本件各発明の発明者であると認められる必
要がある。
(2) ここで、発明者とは、発明の技術的思想の創作行為に現実に加担したもので
あって、課題の解決手段に係る発明の特徴的部分の完成に現実に関与した者をいう
ところ、前記1(2)によると、本件各発明の特徴的部分は、蒸し工程と乾燥工程の双
方を用いることにより、高い立毛性を得ることにあり、本件発明3については、こ
れに加えて、タンブラーを使用することでブラッシング付き乾燥機を要しないもの
となったことにあると認められる。
(3) 前記2(9)及び前記3(2)のとおり、本件発明1は平成23年10月までに完
成していたということができる。前記2の経緯及びAが、新栄染色のAとして作成
した平成21年7月1日付け文書(甲128の3)に、「現況のB流を60点とする
と80点迄は持っていける」と記載していたことからすると、新栄染色では、平成
21年7月当時、Bが指導した工程により染色加工が行われていたことが認められ、
これに反する証拠はない。そして、前記2のBの職歴や本件訴訟に提出されたBが
作成したメモ(甲132)、Bが、新栄染色設立以前にも昌和染色に対し染色工程を
指導するなどしていたこと(甲1の1、証人C〔29頁〕)に照らすと、Bは、立毛
シートの染色加工に関し、創意工夫を凝らして発明をするに足る十分な知見を有し\nていたことが推認されるのであり、Bが、その陳述書(甲1の1)において、昭和
40年代の後半、プレセットの前に蒸し工程をするという工程を開発した経緯等と
して、株式会社杣長からポリエステルなど合成繊維のパフ用ベルベット織物(立毛
シートの半製品)の製造委託を受けたが、ポリエステルでは、シルクやレーヨンと
は異なり、ピン式ヒートセッターでピン止めして吊るしてプレセットを行うとピン
付近とそれ以外の部分が不均質になるという問題があったことから、プレセット前
に蒸し工程を行い、ポリエステルを収縮させてからプレセットをしたところ、パイ
ルが立毛になるという効果があったこと、蒸しは蒸し箱内にベルベット織物を垂下
させて高温水蒸気で蒸すものであり、Bが条件を90〜110゜C)、2時間と指示し
て行ったこと、パイル長が2〜3mmであったことなど、開発の経緯及び内容を具
体的に陳述していることは、これと整合するものである。
また、Bは、昭和50年代から、京都において、日本化工有限会社の従業員とし
てハセガワベルベットから委託を受けた染色加工工程に関与し、平成元年に有限会
社新栄テキスタイルを設立した後も、同社において被告から染色加工の委託を受け
ていたこと、同年頃までにBが作成したとされるメモ(甲132の2)には、染色、
脱水後の乾燥をタンブラーで行う旨の記載があること、平成18年に、新栄染色が
設立された際、BはAからの誘いにより代表取締役に就任したこと、その頃、Bが\n京都からタンブラー乾燥機を新栄染色に持ち込んで設置したこと、新栄染色におい
ても、Bは染色加工業務を担当し、被告代表者であったCに対し、染色加工の具体\n的内容を指導していたことは、前記2(3)から(6)までのとおりである。以上を総合
すると、Bは、遅くとも新栄染色を退職する平成21年3月よりも前に、本件各発
明をいずれも完成させていたものと推認するのが相当である。
なお、被告は、Bの陳述書(甲1の1)にパイル長が2〜3mmであったとある
から、Bには短いパイル長のものに係る知見しかなかったと主張するが、本件各発
明の特許請求の範囲(請求項4)には「切断工程後のパイル糸の長さを、織物基布
から3〜10mmの範囲で突出させる」とあるから、パイル長が3mmのものは、
本件各発明の技術的範囲に含まれるものであり、上記被告の主張は、Bが本件各発
明をするに必要な知見を有していたとする上記判断を左右しない。
(4) これに対し、Aは、本件の審判手続における尋問では、本件各発明のキーポ
イントは蒸し工程であり、蒸し工程の後にヒートセット(プレセット)を加えるこ
とにたどり着いた、長い間、蒸し工程をいれないでやっていた(甲74の3・06
4項目、130項目、131項目、149項目)と述べ、本件訴訟においても、被
告は、令和5年11月8日付け被告準備書面(2)2頁においては、本件各発明をする
前の短いパイル糸のベルベットに関する新栄染色の染色工程には蒸し工程及びプレ
セットが含まれておらず、長いパイル糸のベルベットを製造することができなかっ
た旨主張し、それに沿う内容のAの陳述書(乙8)を提出した。ところが、被告は、
同年12月19日付け被告準備書面(3)5頁では、本件各発明をする前にも新栄染
色では長いパイル糸のベルベットの製造をしており、その工程には蒸し工程が含ま
れていたがプレセットが含まれていなかったと主張を変更し、更に、令和6年1月
22日付け被告準備書面(4)では、短いパイル糸の染色工程にも蒸し工程が含まれ
ていたと主張を変更し、変更後の主張に沿う内容のAの陳述書(乙11)を改めて
提出した。この主張内容及び陳述内容の変更は、発明の課題そのものや発明の必要
性、発明の創作過程に極めて大きな影響を与えるものであるから、真にAが発明者
であるのであれば、単なる記憶違いなどによって上記のごとくその内容を変遷させ
るとはおよそ考え難い。なお、前記2(6)のとおり、新栄染色では当初は外注により、
遅くとも平成19年からは自社で蒸し工程を実施していたのであるから、新栄染色
が以前は「蒸し工程をしていなかった」との被告の従前の主張は事実とは認められ
ない。
さらに、被告の主張によると、従前の新栄染色の染色工程においてはプレセット
を行っていなかったことになるが、Aが述べる試行錯誤の内容は、プレセットにつ
いては、それを行う順番を試行錯誤したというものであって、プレセットを入れる
こととした理由については何ら説明をしていない。このことは、当時、既にプレセ
ット工程自体は存在しており、Aは専らその工程の順番について試行錯誤していた
ことをうかがわせるものである。また、Aが蒸し工程について試行錯誤した内容と
して述べる条件は、「90゜C)の蒸気で、0分、30分、60分、120分」と試した
というものであって、「95〜110゜C)で2〜3時間蒸す」(【0022】)という本
件明細書の記載と合致しない。Aは、本件の審判手続の尋問において、自ら発明ノ
ートを作成したことはないことを前提とした発言をしているが(甲74の3・13
5項目)、これは試行錯誤を繰り返していたはずの発明者としておよそ不自然とい
うほかない。
被告は、本件各発明においては乾燥工程にタンブラー乾燥機を用いることが重要
である旨主張する。しかし、前記2(5)(8)のとおり、新栄染色には、平成18年頃
から既にタンブラー乾燥機が設置されており、平成23年頃にはその台数が3台に
増加していたことが認められる。Bらが作成し、平成21年8月20日に被告大阪
営業所からFAX送信されたものと認められるメモ(甲106)によっても、遅く
とも同日までには、新栄染色では、乾燥工程にタンブラー乾燥機を用いていたこと
がうかがえる。前記2(10)のとおり、A自身が作成した平成24年1月10日付け
メモ(甲100の3)にも、新栄染色に関し、タンブラー方式はコストが高いこと
から平成24年中旬にテンター方式へ変更する旨の記載がある。これらの点に照ら
すと、遅くとも、平成24年までには、ベルベット織物の製造分野において乾燥工
程にタンブラー乾燥機を利用することは普通に行われていたと認めるのが相当であ
るから、本件各発明において創作されたものとは認められない。Aは、中和剤を用
いることで精練工程の後の脱水工程を省略し、ウィンス機で精練工程と染色工程が
できるようになったと証言しているが(証人A〔6頁〕)、そもそも中和剤を用いる
ことは本件各発明の特許請求の範囲に記載された事項ではなく、本件明細書には「ウ
ィンス機を使用して、」「立毛シートを処理液(例えば、アルカリ剤、非イオン活性
剤)中に順次送り込んで洗浄する」(【0024】)との記載があるものの、中和剤を
用いることで脱水工程を省略することができる旨の記載はないから、結局、上記A
の証言は、それが発明について述べたものだとしても、本件各発明とは関係のない
別の発明について述べるものにすぎない。Aは、小型、大型、中型のタンブラーで
試し、中型のタンブラーを用いることで目的を達成することができたとも証言して
いるが(証人A〔9頁〕)、本件発明3の特許請求の範囲にはタンブラーの大きさに
ついての言及はなく、本件明細書の記載を考慮しても、「タンブラー」の大きさは不
明であり、特許請求の範囲に記載された「タンブラー」が「中型のタンブラー」で
あり、タンブラーの大きさが何らかの技術的意義を有するものであると解すること
ができるような記載もない。
以上を総合すると、Aが染色工程につき様々な工夫をしたことがあったとしても、
いずれも本件各発明に係る特許請求の範囲の内容に含まれるものではないから、本
件各発明の発明者がAであるとの被告の主張を採用することはできない。他にBが
平成21年3月よりも前に本件各発明をいずれも完成させていた旨の前記認定を覆
すに足りる主張立証はない。
(5) したがって、本件各発明に係る発明者はBであると認めるのが相当であるか
ら、本件の出願は冒認出願に当たり、本件特許には特許法123条1項6号の無効
理由がある。また、原告は、Bから特許を受ける権利の一部について譲渡を受け(甲
16)、残部はBの相続人の全員が相続放棄したことにより原告に帰属したから(甲
110、111)、本件各発明に係る特許を受ける権利を有する。
よって、本件特許について冒認出願の無効理由がないとした本件審決の判断には
誤りがある。
◆判決本文