少し前の事件ですが、漏れていたのでアップします。特許侵害事件において、無効理由無かつ技術的範囲に属するとした1審判断を維持しました。同一特許に係る審決取消請求事件の判決の理由中の判断は,侵害訴訟における技術的範囲の確定に対して拘束力を持たないとも言及しました。
ところで,特許発明の技術的範囲の確定の場面におけるクレーム解釈と,当該特
許の新規性,進歩性等を判断する前提としての発明の要旨認定の場面におけるクレ
ーム解釈とは整合するのが望ましいところ,確かに,本件特許2に係る審決取消請
求事件の判決(甲12)には,控訴人が指摘するとおり,「本件特許発明2は,ケ
ーブルコネクタの回転のみによって,すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクル
コネクタ間のスライドなどによる相対位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置
が突出部に対して位置変化を起こす構成に限定されていると解される。」旨の記載\nがある(39頁)。しかし,上記判決は,主引用例(本件における乙3)の嵌合過
程について,「…肩部56で形成される溝部49の底面に回転中心突起53が当た
り,ここで停止する状態となる。…この状態で相手コネクタ33を回転させるので
はなく,回転中心突起53を肩部56に沿って動かすことで,相手コネクタ33を
コネクタ31に対してコネクタ突合方向のケーブル44側にずらした状態にして,
相手コネクタ33をコネクタ突合方向に直交する溝部方向に動かすことができない
ようにし,その後,回転中心突起53を中心に相手コネクタ33を回転させている」
(36〜37頁)との認定を前提に,本件特許発明2と乙3発明とを対比するに当
たり,乙3発明には,「回転によって,回転中心突起53の最後方位置が回転前に
比較して後方に位置するという技術思想が記載されているとはいえない」,「回転
中心突起53の上方に肩部56の上面が位置するように,相手コネクタ33が傾斜
している状態で肩部56の前側から後側(ケーブル側)へ回転中心突起53を移動
させているものであって,相手コネクタ33の回転により回転中心突起56の最後
方位置が後方(ケーブル側)へ移動するものではない」(38頁)として,乙3発
明は,「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブルコネクタの前端がもち上がって該ケー
ブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,上記ロック突部の突部後縁の最後方位
置が,上記ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢にあるときと比較して前方に
位置するものではないという点において,本件特許発明2と相違する。」旨認定し
ている(38頁)。上記のように,乙3発明においては,ロック突部の突部後縁の
最後方位置の変化に,ケーブルコネクタの上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合終了姿
勢への回転を伴う姿勢の変化が関係していないこと(「回転によって,回転中心突
起53の最後方位置が回転前に比較して後方に位置するという技術思想が記載され
ているとはいえない」こと)に照らせば,本件特許発明2と乙3発明とが相違する
ことを認定するについては,本件特許発明2におけるロック突部の突部後縁の最後
方位置の変化が,ケーブルコネクタの上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合終了姿勢へ
の回転を伴う姿勢の変化によって生じるものであれば足り,「回転のみによって」
生じること,言い換えれば,ケーブルコネクタを上向き傾斜姿勢からコネクタ嵌合
終了姿勢へと変化させる際に,姿勢方向を回転させることに伴って生じる「ケーブ
ルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対位置の変位」が一
切あってはならないことを要するものではないというべきである。なお,同一特許
に係る審決取消請求事件の判決の理由中の判断は,侵害訴訟における技術的範囲の
確定に対して拘束力を持つものではない。
したがって,控訴人の上記限定解釈に係る主張は,理由がない。
(イ) 控訴人は,被控訴人が,特許の無効を回避するために,自ら,「本件特許
発明2は,「ロック突部の突部後縁の最後方位置」が,「ケーブルコネクタが上向
き傾斜姿勢にあるとき」はロック溝部の溝部後縁から溝内方に突出する突出部の最
前方位置よりも前方に位置し,また,「ケーブルコネクタがコネクタ嵌合終了姿勢
にあるとき」は上記突出部の最前方位置よりも後方に位置することを規定している」
旨構成要件e及びfを限定解釈すべきことを主張しているのであるから,その技術\n的範囲の解釈に際しては,被控訴人の上記主張が前提にされるべきである旨主張す
る。
しかし,特許発明の技術的範囲を解釈するについて,相手方の無効主張に対する
反論として述べた当事者の主張は,必ずしも裁判所の判断を拘束するものではない。
そして,本件特許発明2に係る特許請求の範囲には,控訴人が主張するような限
定は規定されていないし,前記(1)イ記載の本件特許発明2の課題及び作用効果は,
ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にある
とき,すなわち,コネクタ嵌合終了姿勢に至る前は,常にロック溝部の溝部後縁か
ら溝内方に突出する突出部の最前方位置よりも前方に位置しているのでなければ奏
し得ないというものではない。また,そもそも,本件明細書2には,本件特許発明
2に係る実施例の嵌合動作について,「ロック突部21’の下部傾斜部21’B−
2が,ロック溝部57’の後縁突出部59’Bの位置まで達すると,該後縁突出部
59’Bに対して下部傾斜部21’B−2が該後縁突出部59’Bの下方に向けて
滑動しながらケーブルコネクタ10はその前端が時計方向に回転して水平姿勢とな
って嵌合終了の姿勢に至る。」(【0053】)と記載されているように,ケーブ
ルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるときであっても,嵌合終了姿勢(水平姿勢)に
近づくと,ロック突部の突部後縁の最後方位置が,ロック溝部の溝部後縁から溝内
方に突出する突出部の最前方位置よりも後方に位置することが開示されているとい
えるから,構成要件eを,「ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるときは,ロ\nック突部の突部後縁の最後方位置が,ロック溝部の溝部後縁から溝内方に突出する
突出部の最前方位置よりも前方に位置する」ことを規定したものと解釈することは,
誤りである。
・・・・・
ア 控訴人の明確性要件違反並びに新規性及び進歩性欠如に係る主張は,控訴人
が請求した無効審判請求(無効2014−800015)と同一の事実及び同一の
証拠に基づくものであるところ,上記無効審判請求については,請求不成立審決が,
既に確定した(甲8,12)。したがって,控訴人において,本件特許2が,上記
明確性要件違反並びに新規性及び進歩性の欠如を理由として,特許無効審判により
無効にされるべきものと主張することは,紛争の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義
則によって,許されない(同法167条,104条の3第1項)。
イ なお,控訴人は,本件特許発明2が「ケーブルコネクタの回転のみによって,
すなわち,ケーブルコネクタとレセプタクルコネクタ間のスライドなどによる相対
位置の変化なしに,ロック突部の最後方位置が突出部に対して位置変化を起こす構\n成に限定されている」ものと解釈されないとすれば,本件特許発明2は進歩性を欠
く旨主張する。
しかし,本件特許発明2の要旨を上記のように限定的に認定しない場合であって
も,乙3発明における嵌合動作は,相手コネクタ33の回転中心突起53をコネク
タ31の溝部49に肩部56で停止する深さまで挿入し,次いで,回転中心突起5
3を肩部56に沿って動かし,回転中心突起53が溝部49に形成された肩部56
のケーブル44側に当接している状態にして,その後,回転中心突起53を中心に
相手コネクタ33を回転させ,嵌合終了姿勢に至るというものであり,本件特許発
明2と乙3発明とは,本件特許発明2では,「コネクタ嵌合過程にて上記ケーブル
コネクタの前端がもち上がって該ケーブルコネクタが上向き傾斜姿勢にあるとき,
上記ロック突部の突部後縁の最後方位置が,上記ケーブルコネクタがコネクタ嵌合
終了姿勢にあるときと比較して前方に位置し」ているのに対し,乙3発明では,コ
ネクタ嵌合過程にて相手コネクタ33の前端がもち上がって該相手コネクタ33が
上向き傾斜姿勢にあるときのうち,少なくとも,コネクタ突合方向のケーブル44
側の端までずらした状態で回転中心突起53を中心に相手コネクタ33を回転させ
るとき,回転中心突起の突部後縁の最後方位置が,相手コネクタ33がコネクタ嵌
合終了姿勢にあるときと同一の地点に位置している点,すなわち構成要件eの点で\n相違する。そして,乙3には,乙3発明の上記嵌合動作に関し,回転によって,回
転中心突起53の最後方位置が回転前に比較して後方に位置するという技術的思想
が記載されているとはいえず(甲12・38頁),また,乙3発明と乙7ないし1
0に記載された各コネクタとでは,その構造や形状が大きく異なるから,乙3発明\nにおいて,上記各コネクタの嵌合過程における突起部と突出部との位置関係を適用
しようとする動機付けがあるということはできないし,仮に適用を試みたとしても,
乙3発明において,上記相違点に係る本件特許発明2の構成を備えることが容易に\n想到できたとは認められない。
◆判決本文
◆原審はこちら。平成26(ワ)14006
分割要件を満たしていないとした審決を維持しました。また手続違背についても審決を取り消すようなものではないと判断されました。
前記(1)によれば,本件原出願当初明細書に記載された事項は,内歯揺動型
内接噛合遊星歯車装置に関するものであって,本件原出願当初明細書には外歯揺動
型遊星歯車装置に関する記載は全くないのに対し,本件出願における本件訂正発明
1は,「揺動型遊星歯車装置」に関するものとすることで,揺動体の揺動歯車を内歯
とする限定はないものであるから,揺動体の揺動歯車が外歯であるもの(外歯揺動
型遊星歯車装置)を含ませるものであると認められる。もっとも,本件原出願の出
願前に刊行された各特許公報(甲25〜27)によれば,内歯揺動型遊星歯車装置
と外歯揺動型遊星歯車装置とに共通する技術(以下「共通技術」という。),すなわ
ち,偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない
技術があることは周知の事項であると認められ,当業者であれば,揺動型遊星歯車
装置の個々の形式に依存する技術と,形式には依存しない共通技術があることを,
知識として有しているものといえる。
そこで,本件原出願当初明細書に揺動体の揺動歯車を内歯とする以外の歯車装置
へ適用することなどについての記載がないとしても,本件訂正発明1が,本件原出
願当初明細書に記載された事項の範囲内といえるか,すなわち本件原出願当初明細
書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において,新たな技術
的事項を導入しないものであるかについて,以下,検討する。
・・・
本件原出願当初明細書に記載された技術的課題のうち,前記(2)に関しては,偏心
体軸が円周方向において非等間隔に配置されることにより生じるものであり,内歯
揺動体が外歯歯車の周りで円滑に揺動駆動することにより解決されるものであるか
ら,課題を解決する手段として,外歯歯車とその周りで揺動する内歯歯車を備える
こと,すなわち内歯揺動型遊星歯車装置であることが,本件原出願当初明細書に記
載された発明の前提であるといえる。なお,外歯揺動型遊星歯車装置では,揺動体
は,その外周面に外歯が設けられるものであることから必然的にその外形は円形と
ならざるを得ないものであり,偏心体軸を非等間隔にしても揺動体の外周の形状は
円形のままで変わらず,装置全体の形状や他の軸の配置等には何ら影響を及ぼすも
のではないから,偏心体軸を非等間隔とする技術的意義はない(本件原出願当初明
細書に記載された課題は,偏心体軸を非等間隔に配置することにも技術的意義を有
する内歯揺動型遊星歯車装置に特有のものであり,外歯揺動型遊星歯車装置におい
てはそもそも課題とならないものである。)。
このように,本件原出願当初明細書の全体の記載からすると,同明細書に開示さ
れた技術は,従来の内歯揺動型遊星歯車装置における問題を解決すべく改良を加え
たものであって,その対象は内歯揺動型遊星歯車に関するものであると解するのが
相当であり,外歯揺動型遊星歯車装置を含むように一般化された共通の技術的事項
を導くことは困難であるといわざるを得ない。
また,本件原出願当初明細書の特許請求の範囲,発明の詳細な説明(実施例を含
む。)及び図面には,外歯歯車118を出力軸とする内歯揺動型遊星歯車装置のみが
記載され,内歯揺動型遊星歯車装置について終始説明されているのに対し,本件原
出願当初明細書に記載された技術が,揺動体の形態に関わらない共通技術であるこ
と,外歯揺動型遊星歯車装置に適用することが可能であることやその際の具体的な\n実施形態,その他の周知技術の適用が可能であること等についての記載や示唆は全\nくないのであるから,本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であっても,同
明細書に記載された発明の技術的課題及び解決方法の趣旨に照らし,内歯揺動型遊
星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置に共通した課題及びその解決方法が開示され
ていると認識するものではないと解される。
(4) さらに,本件訂正発明1について検討するに,証拠(甲5,24,30)
及び弁論の全趣旨によれば,揺動型遊星歯車装置には,外歯揺動型と内歯揺動型が
あること,それぞれの型において,出力部材と固定部材とは相対関係にあり,入れ
替え自在であること自体は,周知技術であると認められるところ,外歯揺動型遊星
歯車装置については,外側の内歯歯車を出力歯車とする1型(外側に出力軸を,内
側に固定部材を配置するもの)と外側の内歯歯車を固定部材とする2型(内側に出
力軸を,外側に固定部材を配置するもの)の2つの型が想定されるものと認められ
る。本件訂正発明1は,「前記ケーシングの内側で,該ケーシングに回転自在に支持
され,当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸と,を備
え,」とされており,上記ケーシングは固定部材であるといえるから,本件訂正発明
1には,外歯揺動型遊星歯車装置については2型のもののみが含まれ,1型は含ま
れないものと認められる(下図参照)。
1型(外側に出力軸,内側に固定部材) 2型(内側に出力軸,外側に固定部材)
もっとも,本件原出願当初明細書には,「出力軸としての機能を兼用する外歯歯車\n118によって」(【0026】),「内歯揺動体116A,116Bには,ホローシャフトタイプの出力軸兼用の外歯歯車118が内接している。」(【0034】),「内歯揺動体116A,116Bは,その自転が拘束されているため,該内歯揺動体11
6A,116Bの1回の揺動回転によって,該内歯揺動体116A,116Bと噛
合する外歯歯車118はその歯数差だけ位相がずれ,その位相差に相当する自転成
分が外歯歯車110(判決注:「118」の誤記と認められる。)の回転となり,出
力が外部へ取り出される。」(【0038】)などの記載があり,これらの記載によれ
ば,本件原出願当初明細書に記載された実施例については揺動体の内歯歯車に噛合
する外歯歯車118が出力軸として機能する内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置が記\n載されている一方で,本件原出願当初明細書には固定部材と出力歯車が入れ替え可
能であり,出力軸を固定部材に変更することができる旨の記載はないのであるから,\n同実施例を前提として外歯揺動型遊星歯車装置とする場合には,揺動体に設けられ
る外歯歯車に噛合する内歯歯車が出力軸となるのであって,出力軸が外側になり,
内側に固定部材が配置される型を想定することが自然であるといえる。したがって,
本件原出願当初明細書に記載された事項から,固定部材と出力軸を入れ替えた2型
の外歯揺動型遊星歯車装置を想起することは考え難い。
また,本件原出願当初明細書に記載された内歯揺動型遊星歯車装置においては,
内歯揺動体は内周面に内歯歯車を設けることから,その内周の形状は,必然的に円
形となる。しかしながら,外周面については,複数の偏心体軸を支持することがで
きる限りにおいて,自由な形状を採り得るものであるから,本件訂正発明1の中間
軸を設けるに際して,内歯揺動体との干渉を考慮する必要はないものであり,実施
例においても,揺動体の外周を非円形の形状として,その外側に中間軸を配置する
構成を採用している。さらに,中間軸への入力は,中間軸の外側に入力軸を配置し\nて行うことで装置全体の軸方向長さを短縮していることが認められる。これに対し,
外歯揺動体は,その外周の全周にわたって連続的に外歯を有するものであって,必
然的にその外形は円形となるものであるから,2型の外歯揺動型遊星歯車装置に適
用する形態では,「該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置される
と共に,該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸」を備え,「前記中間軸を回転駆
動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ,前記伝動外歯歯車を介して
該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達され,前記駆
動源側のピニオン,前記伝動外歯歯車および前記複数の偏心体軸歯車が,同一平面
上で噛み合う」構成を,その外形が円形である外歯揺動体を構\\成要素とする外歯揺
動型遊星歯車装置において実現することを要するものである。
しかしながら,本件原出願当初明細書に記載された実施例である内歯揺動型遊星
歯車装置を前提として,さらに,固定部材と出力軸を入れ替えた2型の外歯揺動型
遊星歯車装置とする場合には,必然的にその外形が円形となる外歯揺動体と中間軸
との間に干渉を生じることとなるから,そのままでは中間軸を配置することはでき
ないことになる。本件訂正発明1を2型の外歯揺動型遊星歯車装置に適用するには,
揺動体と中間軸との干渉を避けるための設計変更(揺動体に中間軸を通すための孔
を形成すること)や,中間軸への入力を他の部材との干渉を避けつつ行うための設
計変更等を要することとなるのに対し,本件原出願当初明細書には,外歯揺動型遊
星歯車装置に適用する場合の具体的な実施形態,その他の周知技術の適用が可能で\nあることなどについての記載や示唆は全くない。
したがって,偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには
依存しない共通技術があることが周知の事項であるとしても,当業者は,本件原出
願当初明細書の記載から,2型の外歯揺動型遊星歯車装置を含む本件訂正発明1を
想起することはないものと解される。
(5) 以上によれば,本件訂正発明1は,本件原出願当初明細書の全ての記載を
総合することにより導かれる事項との関係において,新たな技術的事項を導入する
ことに当たらないということはできず,本件原出願当初明細書に記載した事項の範
囲内であるとはいえないから,本件原出願に包含された発明であると認めることは
できない。
・・・
原告は,審決が判断した無効理由は,本件無効理由通知書及び審決の予告\nとは大きく異なるものであったにもかかわらず(審決は,本件無効理由通知書(甲
40)及び審決の予告(甲41)で判断されていない事項(「相応の工夫が必要」か\n否か,「必須の構成」を備えているか否か)について判断をした。),「相応の工夫が\n必要」か否か,「必須の構成」を備えているか否かについて,原告の意見は全く求め\nられず,原告(被請求人)に不利な審理結果を招来したことは,実質的に,特許法
153条2項の規定に違反する旨主張する。
そこで,検討するに,特許法153条2項は,審判において当事者が申し立てな\nい理由について審理したときは,審判長は,その審理の結果を当事者に通知し,相
当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならないと規定してい\nる。これは,当事者の知らない間に不利な資料が集められて,何ら弁明の機会も与
えられないうちに心証が形成されるという不利益から当事者を救済するための手続
を定めたものであると解される。このような特許法153条2項の趣旨に照らすと,
審判長が当事者に対し意見を申し立てる機会を与えなければならない「当事者が申\\
し立てない理由」とは,新たな無効理由の根拠法条の追加,主要事実の差し替えや
追加等,不利な結論を受ける当事者にとって不意打ちとなり予め告知を受けて意見\nを述べる機会を与えなければ手続上著しく不公平となるような重大な理由がある場
合のことを指し,当事者が本来熟知している周知技術の指摘や間接事実及び補助事
実の追加等の軽微な理由はこれに含まれないと解される。
本件において,本件無効理由通知及び審決の予告の判断内容と審決の判断内容を\n比較すると,審決には,「相応の工夫」や「必須の構成」といった,本件無効理由通\n知及び審決の予告には記載されていなかった判断が追加されていることが認められ\nる。しかしながら,審決の上記判断事項は,根拠法条や主要事実の変更ではなく,
それまで審判手続の中で当事者双方の争点となっていた,本件出願が分割要件を満
たすものであるか否か(本件訂正発明1が本件原出願当初明細書に記載した範囲内
のものであり,本件原出願に包含された発明であるか)を判断する際に,その理由
付けの一つとして判断された事項であり,審決は,上記争点を判断の過程における
理由について審決の予告を補足したにすぎないものと解される。\nそして,審決の予告及び審決において,本件特許を無効とする理由は,本件訂正\n発明に係る特許についての出願が,分割の要件を満たすものではなく,出願日は本
件原出願の出願日に遡及しないものであるところ,本件訂正発明は,本件出願前に
頒布された刊行物である本件原出願の特許公開公報に記載された発明であるから,
特許法29条1項3号の規定に違反するものであり,特許法123条1項2号に該
当し,無効とされるべきものである,というものであって,両者に異なるところは
なく,この無効理由は,本件無効理由通知により当事者に対し通知されたものと同
一のものである。
このように,審決の理由中に,本件無効理由通知及び審決の予告にはなかった新\nたな判断内容が追加されるなどしたとしても,審決の上記判断内容は,本件出願の
ような分割出願が分割の要件を満たすものであるかの判断の過程における理由を補
足するものであり,「当事者の申し立てない理由」には当たらないと解されるから,\n改めて無効理由が通知されなかったことをもって,特許法153条2項の規定に違
反する違法があったということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用する
◆判決本文
島野製作所vsAPPLEの無効審判事件です。親出願に開示があったのかが争われました。
(イ) 他方,原出願明細書には,絶縁球を備えない接触端子は記載されていない。
また,前記(2)オのとおり「絶縁球30には,圧縮バネから成るコイルバネ31がそ
の一端部を当接させている。…なお,コイルバネ31には絶縁体被膜を与えられて
いてもよい。」(【0025】),「コイルバネ31は,絶縁被膜を与えられてこ
れが剥がれ落ちたとしても,介在する絶縁球30に確実に阻まれてプランジャーピ
ン20に接触し得ず,プランジャーピン20に対して確実に絶縁される。つまり,
プランジャーピン20に比較的大なる電流を流しても,コイルバネ31の焼き切れ
を確実に防止できる。」(【0027】)との記載があり,これらは,コイルバネ
自体に絶縁体被膜が与えられており,それによってコイルバネに電流が流れるのを
防ぎ得る場合であっても,プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在さ
せてプランジャーピンとコイルバネとの絶縁を確実なものとする趣旨である。前記
のとおり絶縁球を備えない接触端子は記載されていないことをも併せ考えれば,原
出願明細書においては,プランジャーピンとコイルバネとの間に必ず絶縁球を介在
させてコイルバネに電流が流れないようにすることによりコイルバネの焼き切れ防
止に確実を期しており,コイルバネに絶縁体被膜を与えるなどコイルバネに電流が
流れるのを防ぐその他の手段と併用することはあっても,同手段をもって絶縁球に
代えること,すなわち,接触端子を,絶縁球を含まないものとすることは想定され
ていないものと解するべきである。
3 分割出願の要件について
(1)本件特許出願の分割出願の要件
分割出願は,原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項),
そのためには,分割出願に係る発明が,原出願の願書に添付された明細書,特許請
求の範囲又は図面の範囲内のものであることを要する。
前記1のとおり,本件発明1には,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの
間にあって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に押し付け
る「球の球状面からなる球状部」が導電性を有し,絶縁球を備えない接触端子も含
まれる。
他方,前記2(1)のとおり,本件原出願に係る特許請求の範囲請求項1から9に係
る構成のいずれも,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間に介在する絶縁\n球を含むものである。また,前記2(3)イのとおり,原出願明細書においては,絶縁
球を備えない接触端子は記載されておらず,プランジャーピンとコイルバネとの間
に介在する絶縁球は必須の構成とされているものと解される。\nよって,本件発明1は,絶縁球を含まない接触端子という,原出願明細書,特許
請求の範囲及び図面に記載されていない発明を含むものであるから,本件特許出願
は,分割出願の要件を満たすものということはできない。
(2) 原告の主張について
ア 原告は,コイルバネに電流を流さないことは,原出願明細書の背景技術に記
載された公知技術によって既に解決された課題であるから,原出願発明の課題には
ならないとして,原出願発明の課題は,プランジャーピンを本体ケースに対してよ
り確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことであ
る旨主張する。
しかし,既存の技術によって解決可能な課題であっても,例えばより効率よく解\n決する,解決による効果をより高めるなど解決方法等につき改善の余地がある場合
も考えられる。よって,コイルバネの焼き切れを防ぐためにコイルバネに電流を流
さないことが,原出願明細書の背景技術に記載された公知技術によって解決されて
いることをもって,直ちに,原出願発明の課題から除外されるとはいえない。
そして,前記2(3)アのとおり,原出願明細書に,1)比較的大なる電流を,プラン
ジャーピンを介して本体ケースに流す際,コイルバネに電流が流れると抵抗加熱に
よりコイルバネが焼き切れてしまうことがあること,2)プランジャーピンとコイル
バネとの間に絶縁球ないし絶縁球及び導電球を介在させてコイルバネに電流を流さ
ないような機構を与えた接触端子においては,コイルバネに電流を流すことなく,\nプランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができること,3)接触端
子の径(幅)を大きくして電流路の断面積を大きくする方法は,コイルバネを流れ
る電流量を小さくすることができるものの,電気機器の小型化に対応する点からは,
好ましい方法ではないこと,4)原出願発明1から9に係る構成につき,「コイルバ\nネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すこ
とができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る」旨の記載があることから,原
出願明細書には,原出願発明の課題として,コイルバネの焼き切れを防ぐために,
コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流
を流すことができ,比較的大なる電流を流し得る接触端子を提供することが記載さ
れているものということができる。
イ 原告は,仮に原出願明細書において,コイルバネに電流を流さないことが課
題として記載されていたとしても,これとは別の独立した課題として,プランジャ
ーピンを本体ケースに対してより確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケー
スへ確実に電流を流すという課題も記載されており,同課題に焦点が当てられてい
る旨主張する。
しかし,前記2(3)アのとおり,原出願発明の目的は,比較的大なる電流を流し得
る接触端子の提供であり,そのような接触端子を得るためには,プランジャーピン
を介して本体ケースへ比較的大なる電流を確実に流すことが必要となるが,その際,
コイルバネに電流が流れるとコイルバネが焼き切れてしまうことがあるので,これ
を防ぐために,コイルバネに電流を流さないようにする必要がある。したがって,
コイルバネに電流を流さないという課題は,比較的大なる電流を流し得る接触端子
を得るためにプランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すという課題を解
決する際に生じ得るコイルバネの焼き切れの防止を目的とするものであるから,上
記両課題は別個独立のものということはできない。
ウ 原告は,原出願明細書の【0005】には,プランジャーピンを本体ケース
に押し付ける押付部材としての導電球が明記されているなどとして,原出願明細書
を全体として見れば,押付部材としての導電球も開示されており,よって,絶縁球
に代えて,例えば絶縁被膜を与えない導電球を用いることも想定されている旨主張
する。
確かに,原出願明細書の【0005】には,背景技術として記載された公知技術
の1つとして,プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球及び導電球が介在し,
導電球がプランジャーピンを本体ケースに押し付ける接触端子が記載されている。
しかし,本件発明1は,絶縁球を備えない接触端子を含むものであるところ,前
記2(3)イのとおり,原出願明細書においては,プランジャーピンとコイルバネとの
間に必ず絶縁球を介在させてコイルバネに電流が流れないようにすることによりコ
イルバネの焼き切れ防止に確実を期しており,コイルバネに電流を流れるのを防ぐ
その他の手段と併用することはあっても,同手段をもって絶縁球に代えること,す
なわち,接触端子を,絶縁球を含まないものとすることは,想定されていないもの
と解すべきである。原出願明細書には,「以上,本発明による実施例及びこれに基
づく変形例を説明したが,本発明は必ずしもこれに限定されるものではなく,当業
者であれば,本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく,様々
な代替実施例及び改変例を見いだすことができるであろう。」という旨の記載
(【0043】)があるものの,絶縁球を備えない接触端子とすることは,「本発
明の主旨」を逸脱するものといえるから,「様々な代替実施例及び改変例」の範ち
ゅうに入らない。
したがって,本件発明1は,絶縁球を備えない接触端子を含むという点において,
原出願明細書に記載されていない発明を含むものである。
エ 原告は,仮に,原出願明細書に押付部材としての導電球が直接記載されてい
ないとしても,押付部材として導電球を用いることは技術常識であるから,押付部
材としての導電球は,原出願明細書に記載されているに等しい事項である旨主張す
る。
しかし,仮に押付部材として導電球を用いることが技術常識であったとしても,
前記ウのとおり,本件発明1が,絶縁球を備えない接触端子を含むという点におい
て,原出願明細書に記載されていない発明を含むものであることに変わりはない。
◆判決本文
分割要件において、親出願において必須の構成であると記載されていたわけではないと判断されました。\n
本件発明1の構成要件Hは,原出願明細書中,継手ピッチ19が400mmと6\n00mmのように200mm程度以上の寸法差を有する鋼矢板15の双方を施工可
能な鋼矢板圧入引抜機が提供されていなかったという従来技術が有する問題点の理\n由のうち,クランプ装置に関する問題を解決する手段,すなわち,クランプ装置を
構成する複数のクランプ部材の台座への配設箇所を組み替えて,クランプピッチを\n変更可能とすることにより,クランプする既設の鋼矢板が多様な継手ピッチを有し\nていたとしても,既設の先頭の鋼矢板をクランプ装置でクランプした状態で鋼矢板
圧入引抜機を既設の鋼矢板上に定置するという構成を採用したものということがで\nきる。
そして,クランプ装置は,チャック装置によって圧入・引抜作業を行う鋼矢板を
チャックする前に,既設の鋼矢板をクランプして鋼矢板圧入引抜機を定置するもの
であり,チャック装置とは別個のものである。原出願明細書には,多様な継手ピッ
チの鋼矢板に対応可能な汎用性を有する鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法\nを提供するために,従来技術のチャック装置に関する問題及びクランプ装置に関す
る問題の両方の解決を要することは記載されているが,クランプ装置に関する問題
を解決するためにチャック装置に関する問題の解決を要することは,記載されてい
ない。したがって,原出願明細書においては,本件発明1の構成要件Hが採用した\nクランプ装置に関する問題を解決する手段としての前記構成に,請求項4記載のチ\nャック装置を必須とすることまで記載されているとはいえない。
◆判決本文
2017.03. 7
CS関連発明の特許権侵害訴訟です。東京地裁は、均等侵害も第1、第2、第3要件を満たさない、分割要件違反、および一部のクレームについてサポート要件違反があるとして請求棄却しました。
特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の
記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的\n部分であると解すべきである。
そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づ
いて,特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発
明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的
思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定さ\nれるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野に
おける従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれ
ば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に
明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきである。
ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されて
いるところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合\nには,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の
従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定さ\nれるべきである。
また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的
部分であるかどうかを判断する際には,上記のとおり確定される特許発
明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,こ
れを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではない
と判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術
的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,その\nことは第1要件の充足を否定する理由とはならないと解すべきである
(知的財産高等裁判所平成28年3月25日(平成27年(ネ)第100
14号)特別部判決参照)。
イ 原告は,本件発明1の本質的部分は「一の注文手続で,同一種類の金
融商品について,複数の価格にわたって一度に注文を行うこと」及び
「その注文と約定を繰り返すようにしたこと」にとどまると主張する。
この点,確かに,本件明細書等1には,本件発明1の課題として,
「本発明は・・・システムを利用する顧客が煩雑な注文手続を行うこと
なく指値注文による取引を効率的かつ円滑に行うことができる金融商品
取引管理方法を提供することを課題としている。」(段落【0006】)
との記載がある。この記載に,「請求項1・・・に記載の発明によれば,
・・・一の注文手続きを行うことで,同一種類の金融商品を複数の価格
にわたって一度に注文できる。」(段落【0017】),「請求項1・
・・に記載の発明によれば,・・・約定した第一注文と同じ第一注文価
格における第一注文の約定と,約定した第二注文と同じ前記第二注文価
格における前記第二注文の約定とを繰り返し行わせるように設定するこ
とにより,第一注文と第二注文とが約定した後も,当該約定した注文情
報群による指値注文のイフダンオーダーを繰り返し行うことが可能にな\nる。」(段落【0018】)との各記載も併せれば,原告の主張する
「一の注文手続で,同一種類の金融商品について,複数の価格にわたっ
て一度に注文を行うこと」及び「その注文と約定を繰り返すようにした
こと」との部分が本件発明1の本質的部分,すなわち従来技術に見られ
ない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であるように見えなくもな\nい。
しかし,本件発明1に係る特許(本件特許1)の出願時の従来技術に
照らせば,本件明細書等1に本件発明1の課題として記載された「シス
テムを利用する顧客が煩雑な注文手続を行うことなく指値注文による取
引を効率的かつ円滑に行うことができる金融商品取引管理方法を提供す
ること」(段落【0006】)は,本件発明1の課題の上位概念を記載
したものにすぎず,客観的に見てなお不十分であるといわざるを得ない。\n以下,詳述する。
以上の各記載に,上記エのとおり,引用文献1には既に「一の注文手
続で,同一種類の金融商品について,複数の価格にわたって一度に注文
を行う」という技術が開示されていたことも併せれば,本件発明1は,
単に一の注文手続で複数の価格にわたって一度に注文を行うだけではな
く,「請求項1・・・の発明」による「売買注文申込情報」,すなわち,\n「金融商品の種類」(構成要件1B−1),「注文価格ごとの注文金額」\n(構成要件1B−2),「注文価格」(構\成要件1B−3),「利幅」
(構成要件1B−4)及び「値幅」(構\成要件1B−5)を示す各情報
に基づいて,同一種類の金融商品を複数の価格について指値注文する注
文情報からなる注文情報群を生成することにより,金融商品を売買する
際,一の注文手続きを行うことで,同一種類の金融商品を複数の価格に
わたって一度に注文できるという点にその本質的部分があるというべき
である。
カ これを被告サービス1についてみると,被告サービス1では「利幅」
(構成要件1B−4)及び「値幅」(構\成要件1B−5)を示す情報が
入力されないのであるから,本件発明1と被告サービス1の相違点が特
許発明の本質的部分ではないということはできない。
したがって,被告サービス1については,均等の要件のうち第1要件
を満たさない。
(4) 第2要件(置換可能性)について
次に,均等の第2要件について検討する。
原告は,本件発明1の課題は「専門的な知識がなく,必ずしも正確に相場
変動を予測することができなくても,また,常に相場に付ききりとならなく\nても,FX取引により所望の利益を得ること」にある旨主張している。
しかし,仮に本件発明1の課題が原告の主張するところにあるとしても,
本件発明1と被告サービス1とは,課題解決原理が全く異なる。
すなわち,本件発明1では,顧客に利幅(構成要件1B−4)及び値幅\n(構成要件1B−5)をはじめとして全ての注文を直接的かつ一義的に導き\n出すに足りる情報を入力させた上,これにより,買いの指値注文及び売りの
指値注文からなる注文のペアを複数生成させ,この複数の注文のペアからな
る注文を行うことで,上記課題を解決している。
一方,被告サービス1では,顧客が3)「参考期間」を選択しさえすれば,
4)「想定変動幅」を提案し,専門的な知識が必要である利幅(構成要件1B\n−4)及び値幅(構成要件1B−5)を顧客に入力させることなく,複数の\n注文のペアからなる注文を行うことで,上記課題を解決している。すなわち,
被告サービス1では,顧客に全ての注文を直接的かつ一義的に決定させるの
ではなく,顧客には専門的な知識が必要とされる情報を入力させないまま,
注文を行わせるものである。
このように,本件発明1と被告サービス1は,金融商品の相場変動を正確
に予測することができなくてもFX取引による所望の利益を得るという課題\nを,顧客に利幅(構成要件1B−4)及び値幅(構\成要件1B−5)という
専門的な知識が必要である情報を入力させることで解決するか(本件発明
1),それともこれらの情報を入力させないまま解決するか(被告サービス
1)という課題解決原理の違いがあり,そのため作用効果も異なってくるも
のといわざるを得ない。
したがって,均等の第2要件に関する原告の主張は理由がない。
(5) 第3要件(容易想到性)について
さらに,均等の第3要件について検討する。
ア 原告は,甲15公報及び甲17公報並びに他の証券会社の提供した
「クイック仕掛け(買いゲリラ100pips)」という機能に照らせば,値幅\nを直接入力せずに他の情報を入力してこれらの情報から値幅を算出して
決定するという構成や,あらかじめ設定された値を用いるという構\成は,
被告サービス1の提供開始時において既に公知の構成であったと主張す\nるので,以下検討する。
イ まず,甲15公報の「要約」欄には,以下の記載がある。
・「注文情報生成部は,取り引きの上限価格と,取り引きの下限価格と,
同時に生成される注文情報群の数とを取得し,取得された値に基づいて,
第一注文どうしの価格差が一定となり,第二注文どうしの価格差が一定
となり,かつ,同一の注文情報群に属する第一注文と第二注文との価格
差が一定となるように,第一注文及び第二注文の価格をそれぞれ演算す
る。」
また,甲17公報には,以下の記載がある。
・「前記表示手段における上側の接触位置に対応して表\示された前記価
格情報に基づいて上限価格を設定すると共に前記表示手段における下側\nの接触位置に対応して表示された前記価格情報に基づいて下限価格とを\n設定させると共に,前記注文発注手段に対し,前記上限価格と前記下限
価格との間に形成された前記発注価格帯において前記注文情報を発注さ
せることを特徴とする金融商品取引システム。」(【請求項1】)
・「前記注文発注手段は,前記任意の発注条件として,前記金融商品の
注文個数情報を備え,前記発注価格帯において,前記注文個数情報に基
づく複数の前記注文情報を,それぞれの価格差が均等な指値注文を発注
するように生成することを特徴とする請求項1乃至6の何れか一つに記
載の金融商品取引システム。」(【請求項7】)
・「ポジション・ペアの数は,第一形態注文入力画面33(図8)で注文個
数入力欄(図示せず)に入力された注文個数情報の数値,又は,発注価
格帯の数値を値幅入力欄(図示せず)に入力された数値で割った値のう
ちの整数値と同じ個数に等しく設定される。」(段落【0082】)
ウ 上記各記載を踏まえ,原告は,甲15公報にはトラップを仕掛ける範
囲(「取引の上限価格」と「取引の下限価格」)と,トラップの本数
(「同時に生成される注文情報群の数」)を入力し,これらの情報に基
づいて値幅及び利幅(「第一注文どうしの価格差」及び「同一の注文情
報群に属する第一注文価格と第二注文価格との差」)を一定となるよう
に演算して決定する構成が開示されており,また,甲17公報にも,ト\nラップを仕掛ける範囲(タッチパネルの上下の接触位置に対応する「発
注価格帯」)と,トラップの本数(「注文個数情報」)を入力し,これ
らの情報に基づいて,値幅が均等となるように演算して決定する構成が\n開示されていると主張する。
しかし,被告サービス1においては,そもそも注文情報群の数(原告
の主張する「トラップの本数」)を顧客が入力する構成とはなっていな\nい。すなわち,原告の主張によっても,被告サービス1では,顧客は6)
「対象資産(円)」欄に金額を入力するのみであり,被告サーバにおい
てその額の証拠金で生成可能な数の注文情報群を生成するというのであ\nる。
加えて,前述のとおり,本件発明1(構成要件1B)と被告サービス\n1の相違点は,本件発明1では構成要件1B−4(利幅を示す情報)及\nび構成要件1B−5(値幅を示す情報)を入力するのに対し,被告サー\nビス1では2)「注文種類」ないし6)「対象資産(円)」の五つの情報を
入力する点にあるところ,甲15公報及び甲17公報にはこれらの五つ
の情報の入力については何ら開示されていない。
エ さらに,他の証券会社の提供した「クイック仕掛け(買いゲリラ
100pips)」という機能についてみても,原告によれば,同機能\では利幅
及び値幅はあらかじめ設定されていて,顧客が入力するものではないと
いうのである。そうすると,利幅(構成要件1B−4)及び値幅(構\成
要件1B−5)が顧客の入力に係る本件発明1に対し,利幅(構成要件\n1B−4)及び値幅(構成要件1B−5)があらかじめ設定されている\n「クイック仕掛け(買いゲリラ100pips)」の技術を適用する基礎がそも
そも存在しないものといわざるを得ない。
オ 以上によれば,本件発明1の構成を被告サービス1のものに置換する\nことについて,当業者が被告サービス1の開始時点において容易に想到
することができたとはいえない。
したがって,均等の第3要件に関する原告の主張は理由がない。
・・・・
原出願である本件特許2に係る本件明細書等2の段落【0005】ないし
【0008】の記載によると,本件特許2は,従来技術の課題として,取引
開始直後の注文が成行注文のイフダンオーダーをすることができなかったこ
と及びイフダンオーダーを繰り返し行えなかったことを技術課題として設定
している。
この課題を解決する手段として,本件明細書等2では,取引開始直後に約
定する成行注文の約定価格を基準として,注文情報群を生成し,これに基づ
いて,決済注文である指値注文及び逆指値注文を行い,当該指値注文が約定
すると,新たな注文情報群を生成させ,これに基づいて,先行する成行注文
の約定価格と同一の価格の指値注文を行い,当該指値注文が約定すると,当
該新たな注文情報群に基づいて,当該指値注文の決済注文であって,先行す
る決済注文である指値注文及び逆指値注文と同一の価格の指値注文及び逆指
値注文を行うことが開示されている。
すなわち,本件明細書等2の段落【0044】では,「・・・成行リピー
トイフダンでは,一回目のイフダンでは,第一注文で買い注文または売り注
文の一方を成行で行ったのち,第二注文で買い注文または売り注文の他方を
指値で行う。・・・この第二注文の約定の後,指値の第一注文(このときの
指値価格は一回目の成行注文での約定価格とする)と指値の第二注文とから
なるイフダンが,複数回繰り返される。」とされ,段落【0062】では
「ここで,本実施形態の第一注文は,一回目は成行注文で行われるが,二回
目以降は指値注文で行われる。このため,約定情報生成部14は,当該成行
注文の約定価格を,二回目以降の第一注文の指値価格に設定する。」とされ
た上,【図7】においても,2回目以降の指値の第一注文の価格を1回目の
成行注文の約定価格とする旨の記載がある。そして,証拠(乙11,13)
及び弁論の全趣旨によれば,これらの段落【0044】及び【0062】並
びに【図7】は,出願当初の明細書等から補正がされていないものと認めら
れる。
(4) そこで,構成要件3F−2の「前記指値注文」の構\成と,本件明細書等2
の記載とを比較すると,本件明細書等2には2回目以降の指値の第一注文の
価格を1回目の成行注文の約定価格とすることしか開示されておらず,2回
目以降の指値の第一注文の価格を任意の価格にできるといった記載はない。
また,2回目以降の指値の第一注文の価格をどのような価格にするのか,言
い換えると,1回目の成行注文の約定価格以外のどのような価格に設定する
のか,そのための方法等は一切開示されていない。
そうすると,本件明細書等2の出願当初及び分割直前の明細書等には,そ
の技術課題及び課題を解決するための手段からみて,2回目以降の指値の第
一注文の価格を任意の価格に設定できることが形式的にも実質的にも記載さ
れていないものといわざるを得ない。
したがって,本件発明3の構成要件3F−2は,分割出願の出願日が原出\n
願の出願日へ遡及するための要件である,上記1)及び2)の要件のいずれも満
たさないから,本件発明3に係る特許出願には特許法44条2項の適用がな
く,分割要件違反となるものというべきである。
(5) 原告の主張に対する判断
この点に関して原告は,本件発明2及び3の技術思想は「顧客が煩雑な注
文手続を行うことなく複数のイフダンオーダーを繰り返し行うことができて,
システムを利用する顧客の利便性を高めると共にイフダンオーダーを行う際
に顧客が被るリスクを低減させることができる。」ことにあり,2回目以降
の第一注文の指値価格をどのようなものにするのかは,上記技術思想とは直
接の関係がないため,当業者において適宜選択・決定すれば足りる事項であ
ると主張する。
しかし,上記(3)において引用したところからすれば,本件発明2の技術
思想は,先行する成行注文の約定価格と同一の価格の指値注文を行うところ
にもあるということになる。そうすると,本件明細書等2に対し,システム
が2回目以降の指値の第一注文の指値価格を決定するという構成を追加する\nことは,新たな技術的事項を導入するものというべきであるから,原告の上
記主張はその前提を欠き,採用することができない。
(6) 以上によれば,本件発明3に係る特許出願の出願日は,原出願の出願日ま
で遡及せず,現実の出願日である平成26年11月13日となるところ,本
件発明2に係る特許出願の出願公開の公開日は平成25年7月11日である
から(甲4の2),本件発明3の新規性は,本件発明3を下位概念化した本
件発明2によって,否定されることになる。
したがって,本件発明3に係る特許は,特許法29条1項3号に違反して
されたものであるから,同法123条1項2号によって特許無効審判により
無効にされるべきものである。
・・・・
(1) 特許制度は,明細書に開示された発明を特許として保護するものであり,
明細書に開示されていない発明までも特許として保護することは特許制度の
趣旨に反することから,特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件が定
められたものである。
したがって,同号の要件については,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明の欄の記載によって十分に裏付けられ,開示されているこ\nとが求められるものであり,同要件に適合するものであるかどうかは,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に
記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であるか,すなわち,
発明の詳細な説明の記載と当業者の出願時の技術常識に照らし,当該発明に
おける課題とその解決手段その他当業者が当該発明を理解するために必要な
技術的事項が発明の詳細な説明に記載されているか否かを検討して判断すべ
きものと解される。
(2) これを本件についてみるに,原告の主張によれば,構成要件3F−2の\n「前記指値注文」とは,その価格については何の限定もなく,任意の指値価
格をその指値価格とする指値注文ということになる(前記10(3))。しかる
に,前記10(3)で引用した本件明細書等2の段落【0044】及び【006
2】並びに【図7】は,本件明細書等3の段落【0042】及び【0060】
並びに【図7】に相当するところ,これらの段落等にも,その技術課題及び
課題を解決するための手段からみて,2回目以降の指値の第一注文の価格を
任意の価格に設定できることが形式的にも実質的にも記載されているとはい
えない。
そうすると,当業者において,本件発明3の解決手段その他当業者が当該
発明を理解するために必要な技術的事項が,本件明細書等3の発明の詳細な
説明に記載されているものと認めることはできない。
(3) したがって,本件発明3は特許法36条6項1号に規定するサポート要件
を満たしていないことになるから,本件発明3に係る特許は同法123条1
項4号によって特許無効審判により無効にされるべきものである。
◆判決本文