2012.05. 2
職務発明に基づく補償金として200万円強が認められました。
使用者等は職務発明に係る特許権について無償の通常実施権を有するのであるから(特許法35条1項),改正前特許法35条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは,当該発明を実施することにより得るべき利益ではなく,これを超えて発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益(独占の利益)をいうと解するのが相当である。そうすると,本件のように使用者等が職務発明に係る特許権を自己実施していた場合には,超過売上高(全売上高−通常実施権による売上高)に,第三者に実施許諾した場合の想定実施料率を乗じることによって,独占の利益(超過利益)の額が算出できるから,これから使用者貢献度に相当する額を控除し,発明者間の寄与割合を乗じれば,相当の対価を算定することができる(当該算定方法については当事者間に争いがない。)。もっとも,「使用者等が受けるべき利益」は,権利承継時において客観的に見込まれる利益をいい,具体的には,特許権の存続期間の終了までの独占の利益を指すから,当該利益の認定に当たっては,口頭弁論終結時までに生じた使用者等における実際の売上高等の一切の事情を考慮することができるというべきである。
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本件各発明によって圧電セラミックス円柱の振動子を使用する振動ジャイロを独占できたとはいえないのであって,本件各発明はその一態様をそれぞれ技術的範囲とするにすぎない。具体的には,電極の数及び位置について,本件発明1は6以上の偶数個の電極を等間隔に設けたものに,本件発明2は240°の範囲に奇数個の電極を等間隔に設けたものに,本件発明3は120°ごとに設けた3個の電極に加えて2個の電極を有するものに,本件発明5は7個の電極を有するもの,又は1つの面に対してのみ対称となるような位置に配置される6個の電極を有するものに,それぞれ技術的範囲が限定され(前提事実(2)ア〜ウ及びオ),本件発明4は,電極の数及び位置については,限定されないものの,電極の中央部に無電極部を有するものに技術的範囲が限定されている(前提事実(2)エ)。このように,本件各発明は,圧電セラミックス円柱の振動子を使用する振動ジャイロの一態様をそれぞれ技術的範囲とするにすぎないのであるから,圧電セラミックス円柱の振動子を使用する振動ジャイロを独占するものではないし,本件各発明が技術的範囲とする各態様を併せても,圧電セラミックス円柱の振動子を使用する振動ジャイロを事実上独占するものであるとも認められない。
◆判決本文
1審では、職務発明の対価として6000万円強が認定されましたが、知財高裁は、約600万円に減額しました。損害額は、特許寄与率3%、被告寄与度95%から認定されました。
このような包括クロスライセンス契約の締結交渉において,多数の特許の全てについて,逐一,その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うことは現実的に不可能であるから,相手方が実施している可能\性が高いと推測している特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を,提示特許として相互に一定件数の範囲内で相手方に提示し,それらの特許に相手方の製品が抵触するか否か,当該特許の技術的価値の程度及び実施していると認められた製品の売上高等について具体的に協議し,相手方の製品との抵触性及び技術的価値が確認された特定の特許(代表特許)と対象となる製品の売上高を重視した上で,互いに保有する特許の件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約の諸条件が決定されていることが通常であるということができる。そうすると,多数の特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相手方への提示特許等として認められた特許以外の個別の対象特許(以下「非提示対象特許」という。)については,多数の特許のうちの1つとして,その他の多数の特許とともに厳密な検討を経ることなく当該契約の対象とされていたものというべきである。したがって,非提示対象特許については,包括クロスライセンス契約の対象特許である以上,同契約締結に対する何らかの寄与度は認められるものの,それは,提示特許等による寄与度を除いた残余の寄与度にすぎないと解される。そして,提示特許等が包括クロスライセンス契約締結に対する寄与度の相当部分を占めるものと評価すべき場合が多いと考えられること,非提示対象特許の数は極めて多いことが通常であることからすれば,非提示対象特許は,多数の特許群を構\成するものとしてその価値を評価すれば足りるものであって,包括クロスライセンス契約に対する特段の寄与度を認めるまでの必要はないものというべきである。もっとも,非提示対象特許であっても,包括クロスライセンス契約締結当時において相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特許については,当該契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり,また,特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使しているものということができることから,提示特許等に準じるものとして,当該契約締結に対する一定の寄与度を認めるべきである。1審被告も,提示特許等とされなかった特許であっても,相手方が実施している蓋然性が高いと後に判断された場合,実施料の配分を行ったと主張するところである。
エ 1審被告又はルネサスは,包括クロスライセンス契約に対する本件各特許の寄与を認め,合計約2223万円もの実績報奨金を支払ったものであり,上記実績補償金の金額を算定する際,認定した本件各特許の寄与率又は本件各特許への配分額は,1審被告又はルネサスが,1審原告と1審被告との間で職務発明に係る相当の対価請求について争いが生じる以前に,他の配分の対象となった特許の内容,交渉の経過等を総合的に考慮して算定したものであると推測される。もっとも,包括クロスライセンス契約の対象に含まれる全2万件又は4万件にも及ぶ特許に対して実績報奨金の支払を決定する際,対象とされた各特許発明のそれぞれについて,商業的に実施されている技術や他社製品に採用されている技術との関係や公知例との関係等を厳密かつ客観的に検証することは,時間,手間及びコストのいずれの観点からも非現実的であり,この厳密な検証を行うこと自体,営利企業においては合理的であるとも認めることはできない。そのため,従業員等に対する報奨金の算定に当たり,全従業員等に対する報奨金の総額において合理的範囲内に収まる限りにおいて,厳密な検証を行うことなく,相当の対価の額が算定されていたとしても,不自然とまで,いうことができない。その結果として,使用者等が算定した報奨金の額が,厳密な検証を行った上で算定した額と異なった場合には,その不均衡の是正を求めることが可能であり,報奨金の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,従業者等は,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるものとされるところである(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。もちろん,実際上,従業者等に対して,本来支払うべき額を超えて相当の対価が支払われることも生じ得る。この点について,1審原告は,1審被告がライセンス交渉の材料として日本967号特許を有効に活用しなかったにもかかわらず,正当な理由もなく,同特許について,平均分配率をはるかに超える高率の分配率を付与し,その対価を1審原告に支払ったのであれば,1審被告の関係取締役及び関係幹部社員は,忠実義務違反又は善管注意義務違反の責任を問われかねないものであるなどとも主張するが,使用者等が,本来支払うべき額を超えて対価を支払った場合に,1審原告の主張する責任を追及される余地があるとしても,厳密な検討に要する費用の節約や発明の奨励等の目的のために,不当利得返還請求などを差し控えることは考えられないわけではないから,1審原告に対し,その返還を求めることがなかったからといって,1審原告に支払った対価の額が相当であったということはできない。以上,要するに,1審被告又はルネサスによる,本件各特許に実施料を配分すべき包括クロスライセンス契約の選択や寄与率に関する認定については,本件における主張立証の内容をふまえ,その認定に明らかな誤りがないか否か,明らかに不公正又は偏った認定となっていないか否か等の観点に基づいて,再検討を要するというべきである。そこで,以下,上記観点をふまえて検討する。
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前記ア(イ)及び(ウ)の各事実によれば,1審被告において,本件各特許は,ライセンス交渉における提示特許等の候補の1つとして把握されており,平成12年度以降の交渉の際,実際に提示特許等として活用したのみならず,提示特許等として活用しなかった包括クロスライセンス契約についても,貢献を認めるなどしていたものである。他方で,先に争点(1)アについて認定したとおり,本件出願時明細書に記載された発明は,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関するものであって,平成3年度における戦略特許賞「金賞」を受賞したのも,その当時,エッジ強調型位相シフトマスクが有力な技術であると一般的に評価され,雑誌記事において紹介されていたことによるものと推測される。日本967−1発明は,平成7年における補正より現在の内容となったところ,1審被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとの当時の1審被告又はルネサスの認識(あるいは1審被告又はルネサスにおいて,意図的にそのようなものとして取り扱ったこと)を前提として,本件各特許を高く評価したものにすぎないと認められるところ,客観的には,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとは認められず,仮に,含まれると解する場合,当該補正は,本件出願時明細書の要旨を変更するものとなってしまうことは,先に争点(1)アについて認定したとおりである。日本967号特許は,ライセンス交渉において,提示特許等として用いられたこともあったが,交渉の相手方が,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれる等その価値を高く評価して,包括クロスライセンス契約を締結したと認めるに足りる証拠はない。現に,ライセンス交渉の相手方から,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることに疑義が示されている例もあることが認められることは,先に説示したとおりである。しかも,日本967号発明の技術内容からすると,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれないことについて,相手方が指摘することは格別困難であるということはできないから,相手方からその旨の反論がされることは十分予\想できるものである。以上の諸事情からすれば,本件各特許の寄与率については,平成9年度から平成20年11月21日までの各年度を通じて,3%をもって相当と認める。
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本件発明それ自体は,1審原告の研究開発によりされたものと認められるが,これにより1審被告が前記の利益を得ることができたのは,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれ得るかのように特許請求の範囲を補正し,かつ,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることを前提にライセンス交渉が行われたことによるところが大きいものと認められる。そして,このような補正を行い,かつ,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるものとしてライセンス交渉において積極的に活用したのは,1審被告の貢献によるところであるのに対し,他方で,これらの点における1審原告の貢献は,そのような補正及び活用の基礎となる本件発明をしたという限度にとどまるものと認められる。しかも,1審原告が行った本件当初発明は問題点を包含しており,これを解消するに当たっての1審被告内部における問題点の指摘や,1審被告内部において進められていた位相シフトマスクに関する研究成果の蓄積を無視することはできないこと,本件当初発明に係る請求項は,補正により削除されるに至っていること,1審原告が行った発明には,ハーフトーン型位相シフトマスクは含まれていないこと等の本件発明が特許を取得するに至る経緯及び日本967号発明の本来の技術的範囲等その他の一切の事情を考慮すれば,本件発明により受けるべき利益の額及び本件発明がされるについて1審被告が貢献した程度は,相当程度高いものと解される。もっとも,本件においては,本件各特許が提示特許等とされた包括クロスライセンス契約における実施料及びクロス効果の合計額に基づいて,相当の対価を算定するところ,1審被告は,本件各特許について比較的高率の貢献を認めていることに鑑みて,1審被告が貢献した程度は,95%をもって相当と認める。
◆判決本文
職務発明の補償金について、消滅時効が成立していないとして、1審判決を取り消した知財高裁から差し戻された事件で、東京地裁は、5900万円の支払いを命じました。
被告は,原告の請求のうち,当初の請求額である150万円を超える部分(増額部分)の消滅時効は平成10年10月7日から進行し,上記150万円の訴訟提起によってもその時効は中断ぜずに進行を続け,平成20年10月6日の経過をもって時効期間が満了し,被告の消滅時効の援用により増額部分の請求債権は時効消滅したと主張する。しかし,数量的に可分な債権の一部につき一部であることを明示して訴えを提起した場合に,当該訴訟手続においてその残部について権利を行使する意思を継続的に表示していると認められる場合には,いわゆる裁判上の催告として,当該残部の請求債権の消滅時効の進行を中断する効力を有するものと解すべきであり,当該訴訟継続中に訴えの変更により残部について請求を拡張した場合には,消滅時効を確定的に中断すると解するのが相当である。
本件において,原告は,訴状において,相当対価の総額として主張した約20億6300万円から既払額を控除した残額の一部として150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するとしつつ,「本件請求については時効の問題は生じないものと考えられるが,被告からいかなる主張がなされるか不明であるので,念のため,一部請求額を「150万円」として本訴を提起したものであり,原告は追って被告の時効の主張を見て請求額を拡張する予定である」として,本件訴訟手続において,残部について権利を行使する意思を明示していたと認められる。したがって,裁判上の催告により,当該残部の請求債権の消滅時効の進行は,遅くとも上記訴状を第1回口頭弁論期日において陳述した平成19年6月26日に中断し,その後,本件訴訟係属中に原告が訴えの変更により残部について請求を拡張したことにより,当該残部の請求債権の消滅時効は確定的に中断したものというべきであるから,被告の主張には理由がない。\n
◆判決本文
◆知財高裁の判決はこちらです。平成20年(ネ)第10039号