治験が特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるかが争われました。東京地裁(40部)は平成11年最判の判断が本件にも該当するとして、特69条が適用されると判断しました。
1 争点1(本件治験が特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明
の実施」に当たるか)について
(1) 特許法69条1項は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」について
特許権の効力が及ばないと規定しているが,その趣旨は,特許法1条に規定さ
れた「発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発
達に寄与する」ためには,当該発明をした特許権者の利益を保護することが必
要である一方,特許権の効力を試験又は研究のためにする特許発明の実施にま
で及ぼすと,かえって産業の発達を損なう結果となることから,産業政策上の
見地から,試験又は研究のためにする特許発明の実施には特許権の効力が及ば
ないこととし,もって,特許権者と一般公共の利益との調和を図ったものと解
される。
本件治験が同項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当た
るかどうかは,特許法1条の目的,同法69条1項の上記立法趣旨,医薬品医
療機器等法上の目的及び規律,本件治験の目的・内容,治験に係る医薬品等の
性質,特許権の存続期間の延長制度との整合性なども考慮しつつ,保護すべき
特許権者の利益と一般公共の利益との調整を図るという観点から決すること
が相当である。
(2) 前記第2の2(8)のとおり,平成11年最判は,後発医薬品について,第三
者が,特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じく
する後発医薬品を製造して販売することを目的として,その製造につき薬事法
(当時)14条所定の承認申請をするため,特許権の存続期間中に,特許発明\nの技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し,これを使用して同申請書\nに添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは,特許法69条1項にい
う「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり,特許権の侵害とは
ならないと判示している。
本件治験の対象とされているT-VECは,前記第2の2(5)のとおり,外国の医
薬品規制当局の製造承認を受け,我が国でブリッジング試験を行っている先発
医薬品であるが,以下のとおり,本件治験についても,平成11年最判の趣旨
が妥当するものと解される。
ア 平成11年最判は,後発医薬品が特許法69条1項にいう「試験又は研究
のためにする特許発明の実施」に当たる理由として,後発医薬品についても,
他の医薬品と同様,その製造の承認を申請するためには,あらかじめ一定の\n期間をかけて所定の試験を行うことを要し,その試験のためには,特許権者
の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し,使用する
必要がある点を指摘する。
本件治験は,外国の医薬品規制当局の製造承認を受け,我が国でブリッジ
ング試験を行うものであるが,証拠(乙15)によれば,ブリッジング試験
とは,外国臨床データを新地域の住民集団に外挿するために新地域で実施さ
れる臨床試験であり,新地域における有効性,安全性及び用法・用量に関す
る臨床データ又は薬力学的データを得ることを目的として行われるもので
あって,同試験に当たり,一定の条件に適合する外国臨床データは医薬品の
製造等承認申請書に添付される資料として受け入れられるものの,日本人に\nおける当該医薬品の有効性及び安全性の評価を行うため,原則として,国内
で実施された臨床試験成績に関する資料を併せて提出することが必要であ
ると認められる。
そして,本件治験は,T-VECの「日本人被験者における安全性及び有効性を
評価するための試験」(甲8の1・2頁「Official Title」欄)であり,修
正版WHO応答基準を用いたDRR(持続性奏効率)によって評価されるT-VECの
抗腫瘍活性が主要評価項目となっているものと認められる(甲8の1・4頁
「Primary Outcome Measures」欄の2)。このDRRとは,乙14の論文によれ
ば,最初の12か月以内に開始する完全奏功(CR:腫瘍が完全に消失するこ
と)及び部分奏功(PR:腫瘍が一定の割合以上小さくなること)が6か月連
続して継続した割合として定義されるものであるから,T-VECの製造販売の
承認申請には,日本人被験者にT-VECを投与して,一定の期間をかけて臨床
試験を行うことが必要となる。
そうすると,先発医薬品等に当たるT-VECについても,後発医薬品と同様,
その製造販売の承認を申請するためには,あらかじめ一定の期間をかけて所\n定の試験を行うことを要し,その試験のためには,本件発明の技術的範囲に
属する医薬品等を生産し,使用する必要があるということができる。
イ 平成11年最判は,特許権存続期間中に,特許発明の技術的範囲に属する
化学物質ないし医薬品の生産等を行えないとすると,特許権の存続期間が終
了した後も,なお相当の期間,第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果
となるが,この結果は,特許権の存続期間が終了した後は,何人でも自由に
その発明を利用することができ,それによって社会一般が広く益されるよう
にするという特許制度の根幹に反するとしている。
T-VECについても,前記判示のとおり,その製造販売の承認を申請するた\nめには,あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要するので,
本件特許権の存続期間中に,本件発明の技術的範囲に属する医薬品の生産等
を行えないとすると,特許権の存続期間が終了した後も,なお相当の期間,
本件発明を自由に利用し得ない結果となるが,この結果が特許制度の根幹に
反するものであることは,平成11年最判の判示するとおりである。
ウ 平成11年最判は,第三者が,特許権存続期間中に,薬事法(当時)に基
づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて,同期間終了後に譲渡\nする後発医薬品を生産し,又はその成分とするため特許発明に係る化学物質
を生産・使用することは,特許権を侵害するものとして許されないと判示す
る。本件治験については,前記のとおり,医薬品医療機器等法の規定に基づい
て第I)相臨床試験を行っているところであり,被告が,本件特許権の存続期
間中に,本件特許権の存続期間満了後の譲渡等を見据え,同法に基づく製造
販売承認のための試験に必要な範囲を超えてT-VECを生産等し,又はそのお
それがあることをうかがわせる証拠は存在しない。
そうすると,特許権者である原告が本件特許権の存続期間中にその独占的
実施により利益を得る機会は確保されるのであって,それにもかかわらず,
本件特許権の存続期間中にT-VECの製造承認申請に必要な試験のための生産\n等をも排除し得るものと解すると,本件特許権の存続期間を相当期間延長す
るのと同様の結果となるが,それは,平成11年最判も判示するとおり,特
許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものとい
うべきである。
エ 以上のとおり,平成11年最判の趣旨は本件治験についても妥当するので,
本件治験は,特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実
施」に当たる。
◆判決本文
漏れていたのでアップします。米国でNPEと和解した控訴人(1審原告)が、被控訴人(1審被告)に対して、特許補償条項を根拠に、和解金の支払いを求めました。1審はこの請求を棄却しました。知財高裁は、7割の過失相殺をみとめたものの具体的な義務ありとして、約180万ドルの支払いを認めました。
(2) 本件基本契約18条2項に基づく義務
ア 本件基本契約は,控訴人と被控訴人との間の物品の売買取引に関する基本的
事項を定めるものであるところ,18条1項は「被控訴人は,控訴人に納入する物
品並びにその製造方法及び使用方法が,第三者の工業所有権,著作権,その他の権
利(総称して「知的財産権」という。)を侵害しないことを保証する。」旨,同条
2項は「被控訴人は,物品に関して知的財産権侵害を理由として第三者との間で紛
争が生じた場合,自己の費用と責任においてこれを解決し,または控訴人に協力し,
控訴人に一切迷惑をかけないものとする。万一控訴人に損害が生じた場合,被控訴
人はその損害を賠償する。」旨規定する。そして,本件基本契約には,他に知的財
産権侵害を理由とする第三者との間の紛争に対する解決手段・解決方法等について
の具体的な定めがないことからすれば,同条2項は,同条1項により,被控訴人は,
控訴人に対し,その納品した物品に関しては第三者の知的財産権を侵害しないこと
を保証することを前提としつつ,第三者が有する知的財産権の侵害が問題となった
場合の,被控訴人がとるべき包括的な義務を規定したものと解するのが相当である。
イ この点,被控訴人は,本件基本契約18条2項は「自己の費用と責任におい
てこれを解決」する債務と,「控訴人に協力し,控訴人に一切の迷惑をかけない」
債務を選択的に規定したものであり,選択権を有する被控訴人は,前者の債務を選
択したから,本件紛争の解決権は被控訴人に留保されていたものであると主張する。
しかし,本件紛争の解決権が被控訴人に留保されていたことを認めるに足りる証
拠はなく,同項の文言から被控訴人が選択権を有すると解することはできない。
ウ 一方,控訴人は,被控訴人が,本件基本契約18条2項に基づき,少なくと
も1)第三者が保有する特許権を侵害しないこと,具体的には納入した物品が特許請
求の範囲記載の発明の技術的範囲に含まれないことや,当該特許が無効であること
などの抗弁があることを明確にし,また,2)当該第三者から特許権の実施許諾を得
て,当該第三者に対してライセンス料を支払うなどして,当該第三者からの差止め
及び損害賠償請求により控訴人が被る不利益を回避する義務を負っていたと主張す
る。
しかし,同項の文言のみから,直ちに被控訴人の負うべき具体的な義務が発生す
るものと認めることはできず,上記のとおり,同項は,被控訴人がとるべき包括的
な義務を定めたものであって,被控訴人が負う具体的な義務の内容は,当該第三者
による侵害の主張の態様やその内容,控訴人との協議等の具体的事情により定まる
ものと解するのが相当である。
(3) 本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の具体的義務について
ア 前記のとおり,控訴人はWi−LAN社から,本件各特許権のライセンスの
申出を受けていたこと(前記前提事実等(8)及び前記(1)イ。なお,Wi−LAN社
のライセンスの申出が,本件チップセットあるいは本件製品を問題としていたのか,\n控訴人のサービスを問題としていたのかは,証拠上,明らかでない。),控訴人は,
被控訴人に対し協力を依頼した当初から,本件チップセットが本件各特許権を侵害
するか否かについての回答を求めていたこと(前記(1)ア),被控訴人,控訴人及び
イカノス社の間において,ライセンス料,その算定根拠等の検討が必要であること
が確認され,イカノス社において,必要な情報を提示する旨を回答していたこと(前
記(1)タ)に鑑みれば,被控訴人は,本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務
として,1)控訴人においてWi−LAN社との間でライセンス契約を締結すること
が必要か否かを判断するため,本件各特許の技術分析を行い,本件各特許の有効性,
本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を,裏付けと
なる資料と共に提示し,また,2)控訴人においてWi−LAN社とライセンス契約
を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を
収集,提供しなければならない義務を負っていたものと認めるのが相当である。
イ 控訴人は,この点について,被控訴人が自ら又はイカノス社をして,Wi−
LAN社から特許権の実施許諾を得てライセンス料を支払うことにより,控訴人が
被る不利益を回避する義務をも負っていたと主張する。しかし,前記(1)で認定した
被控訴人と控訴人との間の交渉の経緯及び内容,並びに前記1説示のとおり,本件
ライセンス契約が締結される以前はおろか,現段階に至っても,本件チップセット
が本件各特許権を侵害するか否かは明らかではないことに鑑みても,本件基本契約
18条2項に基づく具体的な義務として,被控訴人において,自ら又はイカノス社
をして,Wi−LAN社との間でライセンス契約を締結すべきであったとまで認め
ることはできない。
(4) 被控訴人の義務違反について
ア 技術分析の結果を提供すべき義務について
(ア) イカノス社は,平成23年8月及び同年11月,控訴人に対し,技術分析
の結果を報告している。しかし,まず,同年8月の報告(乙20)の内容は,前記
(1)トで認定したとおり,別件特許については,これらの技術を使用していないとの
報告がされたものの,本件特許1,2,4,6及び9については,これらの特許が
DSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技\n術とは無関係であるとの報告がされたのみで,これらの技術を使用しているのか否
かについての報告がなく,本件特許3,5,7及び8については何らの報告もなかっ
た。また,同年11月の報告(乙21)の内容も,前記(1)ノで認定したとおり,別
件特許については,これらの技術を使用していないとの報告がされたものの,本件
各特許については,DSLAM送信機の請求項である,CPEの請求項と思われる,
DSLAMの実装に固有の要素であり,CPEの実装には見られない要素であるな
どという程度の,簡単な意見を付したものにすぎず,およそ本件各特許の有効性や
充足性を判断できる程度の内容とはいえないものであった。そして,被控訴人自ら
は,詳細な技術分析を行ったものとはいえないし,本件証拠上,上記イカノス社の
意見を客観的に裏付ける資料の存在も認めることはできない。
(イ) 被控訴人の主張について
a 被控訴人は,この点について,イカノス社において詳細な分析ができなかっ
たのは,控訴人が部品表等の必要な資料を提供しなかったことが原因であると主張\nする。
確かに,イカノス社は,被控訴人を介して,控訴人に対し,控訴人の部品表等の\n資料の開示を求めていたものの(前記(1)ケ),本件各特許の有効性,本件チップセッ
トが本件各特許権を侵害するか否か等を調査するに当たっての上記資料の必要性は
必ずしも明らかではない。そして,前記(1)ケのとおり,開示を求められた控訴人に
おいても,上記資料の必要性に疑問を呈し,イカノス社に対してその意図を確認す
るよう被控訴人に求めているところ,イカノス社から上記資料の必要性について回
答がされたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,単にイカノス社が上記
資料の開示を求めていたというだけでは,技術分析における上記資料の必要性を認
めることはできない。
b また,被控訴人は,平成23年10月12日の三者間協議において,Wi−
LAN社が,本件チップセットではなく,控訴人の提供するシステムがAnnex.
C関連の特許を侵害する旨の主張をしているとの報告がされ,本件チップセット以
外の部分が本件各特許権を侵害しているか否かを検討する必要が生じていたことを
受けて,イカノス社は,控訴人に対し,Wi−LAN社の特許が控訴人のサービス
に関連するか否かについての控訴人の解析を共有することを求めたが,控訴人はこ
れを拒否したのであって,このように,イカノス社において詳細な技術分析を行う
前提として,回路図等の資料が必要であった旨主張する。
しかし,イカノス社が,被控訴人を介して,控訴人に対し,控訴人の回路図等の
資料の開示を求めたのは,同年2月22日であり(前記(1)ケ),被控訴人から,W
i−LAN社が,本件チップセットではなく,控訴人の提供するシステムがAnn
ex.C関連の特許を侵害する旨の主張をしているとの報告がされた同年10月1
2日(前記(1)ヌ)よりも前であって,上記資料の開示を求めた時点においては,被
控訴人からは,本件各特許の有効性,本件チップセットが本件各特許権を侵害する
か否か等を調査するに当たっての上記資料の必要性が何ら示されていない。そして,
控訴人が,被控訴人及びイカノス社との協議開始当初から,イカノス社に要請して
いたのは,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての技術分析
であって(前記(1)ウ),本件チップセット以外の控訴人の提供するシステムが本件
各特許権を侵害するか否かについての技術分析ではないのであるから,イカノス社
が,同年10月26日に,本件各特許が控訴人のサービスに関連するか否かについ
ての控訴人の分析の共有を求めたのに対して,控訴人がこれを拒否しているからと
いって(前記(1)ネ),本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについて
のイカノス社による技術分析が不可能になるということはできない。\n
c さらに,被控訴人は,イカノス社製のDSLAM用チップセットが初めて控
訴人に納入されたのは平成23年12月以降のことであるから,イカノス社が技術
分析の結果を提示した同年7月ないし11月の時点において,本件各特許がDSL
AMに関連するものであることが分かれば,本件チップセットが本件各特許権を侵
害するか否かに関する見解をそれ以上示す必要はなかった旨主張する。
しかし,イカノス社の報告(乙20,21)自体が客観的な資料により裏付けら
れたものとはいえないことは,前記(ア)のとおりである。そして,前記前提事実等
(3)及び(5)のとおり,ADSLサービスにおいてはADSLモデム用及びDSLA
M用のいずれのチップセットも使用されるところ,控訴人と被控訴人は,平成22
年12月から控訴人のADSLサービスに係るWi−LAN社との間の本件紛争に
ついて協議を重ねていたこと(前記(1)ア),控訴人が,平成23年5月の時点で,
被控訴人に対してDSLAM用チップセットを発注していることに鑑みれば,被控
訴人及びイカノス社は,遅くとも,平成23年11月に行った技術分析結果の報告
の際には,本件DSLAM用チップセットに関してもその見解を示す必要があった
ものと認めるのが相当である。
d 被控訴人は,この点について,控訴人作成に係る平成23年5月12日付け
DSLAM用チップセットの注文書(甲2)に記載されているように,DSLAM
用チップセットについては,別途協議の上で対応するとして,本件基本契約18条
2項とは別の枠組みで解決されることが,控訴人及び被控訴人の間で合意されてい
たのであるから,本件基本契約18条2項を根拠に,本件DSLAM用チップセッ
トについても見解を示す義務を負うとすることはできない旨主張する。
確かに,控訴人作成に係る平成23年5月12日付けDSLAM用チップセット
の注文書(甲2)の「その他の条件」欄には,「※本注文(Last Time B
uy)に対する附帯条件」として,「4:注文日現在,Wi−LAN社と協議中の
ライセンス費用は含まれていない。同費用が発生する場合は別途協議の上対応。」
と記載されている。しかし,同日の時点においては,控訴人及び被控訴人間で,W
i−LAN社とのライセンス交渉に対する協議が継続しており,Wi−LAN社と
の間でライセンス契約を締結してライセンス料を負担することとなった場合には,
本件基本契約18条2項に基づいて,被控訴人にも費用負担が生じ得ることとなる。
甲2の上記記載は,この点を明らかにするために,DSLAM用チップセットの販
売価格にはWi−LAN社と協議中のライセンス費用は含まれていないこと,同費
用が発生した場合には別途協議の上対応することを確認したものにすぎないという
べきであって,上記DSLAM用チップセットの注文について,本件基本契約18
条2項の適用がないことを規定したものということはできない。
e 以上によれば,被控訴人の前記各主張は,いずれも採用することができない。
(ウ) 以上のとおりであるから,イカノス社において報告された技術分析の結果
は十分なものであるとはいえず,その他,本件証拠上,被控訴人又はイカノス社が,\n本件各特許の有効性や本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等につい
ての見解を,裏付けとなる資料と共に提示したものと認めることはできないから,
被控訴人はこれを提供する義務を怠ったものというべきである。
イ ライセンス料の算定に関する情報を提供すべき義務について
(ア) 控訴人が,ライセンス料の算定に関する情報を必要としていたことは,前
記(1)タ,チ及びテで認定したとおりであるところ,これに対し,イカノス社は,本
件各特許に対する標準的な料率に関する情報を提示することを述べたものの,結局,
合理的なロイヤルティ率については,具体的な数字を提示することは困難であると
して,提示することができず,次に,コネクサント社製のチップセットに適用され
るロイヤルティ率に基づく検討を提案し,同ロイヤルティ率を突き止めようとした
が,これについても新たな情報を発見することができなかったと報告するにとど
まっている(前記(1)テ)。また,被控訴人自身は,ライセンス料の算定に関する情
報の提供をしていない。
そうすると,被控訴人又はイカノス社から,控訴人に対し,ライセンス料の算定
に関する情報が提供されたと認めることはできない。
(イ) これに対し,被控訴人は,本件各特許についてはITUにFRAND宣言
がされており,Wi−LAN社において,控訴人に対しライセンス料を算定するた
めの情報を提供すべき義務があるから,Wi−LAN社から合理的なロイヤルティ
の情報が得られれば,もはや被控訴人においてかかる情報を提供する必要はなかっ
たし,被控訴人は,平成23年8月の時点で,合理的なロイヤルティが1000万
円程度であることを認識した上で,既にWi−LAN社に伝えているのであるから,
被控訴人においてライセンス料の算定根拠となる資料を提供する義務が生じること
はない旨主張する。
しかし,被控訴人が,本件基本契約18条2項に基づき,上記情報を提供する義
務を負うことと,Wi−LAN社に上記情報を提供する義務があるか否かとは無関
係であるから,この点に関する被控訴人の主張は失当である上,Wi−LAN社か
らかかる情報が提供されていない以上,被控訴人から情報を取得する必要があった
ことは明らかである。そして,控訴人が,Wi−LAN社に対し,合理的なロイヤ
ルティは例えば11万USドルから12万USドルの範囲内にあるべきことを主張
したこと(前記(1)ト)に対して,Wi−LAN社からは,本件紛争の解決に対する
見解には大きな隔たりがあるとして,早期解決をする場合にはどの程度の金額の提
示が可能かを2週間以内に連絡するよう,2週間以内に回答がない場合には自動的\nに早期ライセンス交渉は終了するなどと,更なる要請を受けるなどしていること(前
記(1)ナ)からすれば,控訴人には,被控訴人からの合理的なライセンス料の算定根
拠となる資料の提供が必要であったというべきである。
したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
(ウ) 被控訴人は,仮に,被控訴人にライセンス料を算定するための情報を提供
する義務があったとしても,継続的にコネクサント社やイカノス社へ情報提供を要
求していたから,この義務を果たしていたと主張する。
しかし,本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の義務は,単なる努力義務で
はない。また,控訴人は,本件訴訟において,ライセンス料の算定に関する資料と
して,1)Wi−LAN社の提示した特許のロイヤルティ料率に関する実例,2)イカ
ノス社が第三者と締結しているライセンス契約におけるロイヤルティ料率の実例,
3)Wi−LAN社が提示した特許と同様の特許権に関する標準的なロイヤルティ料
率を示す実例その他の資料を挙げているところ(これらがおよそ不合理なものとは
いえない。),イカノス社が第三者と締結しているライセンス契約におけるライセ
ンス料率の実例はイカノス社に回答を委ねるとしても,例えば,本件各特許のライ
センス料に関する実例や,本件各特許と同様の特許権に関する標準的なライセンス
料率の資料などは,被控訴人において,自ら,又はコネクサント社及びイカノス社
以外の他社の協力を仰ぎ,資料の収集,調査等を行うことが不可能なものとはいえ\nないから,コネクサント社やイカノス社に対して継続的に情報提供を要求しただけ
ではおよそ最善を尽くしたとはいえない。
被控訴人は,この点について,特許ライセンス契約においては守秘義務条項が設
けられており,特に対価や実施料率に関する事項については第三者に開示すること
が許容されていないのが一般的であるから,他社の協力を仰いだとしても,資料の
収集を行うことは事実上不可能である旨主張する。しかし,被控訴人において,自\nら,又はコネクサント社及びイカノス社以外の他社の協力を仰いだ事実があること
についての具体的な主張立証もない以上,合理的なライセンス料を算定するための
資料の提供義務を負う被控訴人として,およそ義務を果たしたものということはで
きない。
(エ) 以上によれば,被控訴人は,控訴人においてWi−LAN社とライセンス
契約を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するための資料を提供
すべき義務を怠ったものといえる。
ウ 小括
以上のとおり,被控訴人は,前記(3)アの1)及び2)の義務をいずれも怠ったもので
あり,被控訴人には本件基本契約18条2項の違反がある。
3 争点3(相殺の成否)について
(1) 被控訴人による本件基本契約18条2項違反と控訴人がWi−LAN社に
支払ったライセンス料2億円相当額の損害との間の相当因果関係の成否
ア 控訴人は,平成24年2月23日,Wi−LAN社との間で,本件ライセン
ス契約を締結し,同年3月16日,同社に対してライセンス料として2億円を支払っ
た。
確かに,前記1のとおり,本件口頭弁論終結時においても,本件チップセットが
本件各特許権を侵害するものであると認めるに足りる証拠がない以上,結果的に見
れば,本件ライセンス契約が締結された時点において,控訴人がWi−LAN社と
の間でライセンス契約を締結し,ライセンス料として2億円を支払う必要性があっ
たということはできない。
イ しかし,以下の事情を総合すれば,被控訴人による本件基本契約18条2項
違反と,控訴人のライセンス料相当額の損害との間には,相当因果関係を認めるこ
とができる。
・・・
(オ) そうすると,控訴人は,未だWi−LAN社による違反調査等が行われる
第2ラウンドに移行しておらず,直ちに差止請求を含む訴訟提起がされる危険性が
あるとはいえない状況において,Wi−LAN社からは,本件チップセットが本件
各特許権を侵害していることについて,技術分析の結果等の客観的資料に基づく具
体的根拠が示されているわけではなく,控訴人において,本件チップセットの構成・\n動作と本件各特許発明の各構成要件を逐一吟味した資料等に基づいて,その充足性\nを検討することなく,イカノス社による技術分析への対応等から本件チップセット
が本件各特許権を侵害する又は侵害する可能性が高いと考え,算定根拠が明らかで\nはないWi−LAN社のライセンス料の提示に対して,その内容を質すこともなく,
また,本件ライセンス契約直前にされた被控訴人による制止を顧慮することなく,
本件ライセンス契約を締結し,ライセンス料2億円を支払ったことになる。この点
については,拙速との評価を免れず,控訴人にも,損害の発生について,過失があ
るといわざるを得ない。
イ そして,上記アにおいて説示した事情,前記(1)イ(ア)のとおり,本件ライセ
ンス契約の対象には,本件各特許以外の特許が含まれていること,その他本件訴訟
に顕れた一切の事情及び弁論の全趣旨を勘案すれば,損害の発生に対する過失割合
は,控訴人が7割,被控訴人が3割と認めるのが相当である。
ウ したがって,控訴人の被控訴人に対する本件基本契約18条2項の債務不履
行に基づく損害賠償債権を自働債権とし,被控訴人の控訴人に対する本件各物品の
売買契約の代金債権を受働債権とする相殺の意思表示は,2億円の3割である60\n00万円の限度でその効力が生じるものというべきである。
◆判決本文
原審はこちらです。
◆平成24年(ワ)第21128号
「オプジーボ」について、原告Xは発明者であるとの確認を求める訴訟にて、東京地裁は、「訴えの利益無し、発明者ではない」と判断sました。原告Xは研究室にいた研究者と小野薬品です。被告Yは本庶教授なのでしょう。
原告は,本件発明の発明者であることの確認を求める利益を有すると主張す
る。しかし,確認の利益は,原告の権利又は法律的地位に危険や不安定が現存し,
かつ,その危険や不安定を除去する方法として,当事者間に当該請求について
判決をもって法律関係の存否を確定することが必要かつ適切な場合に認められ
ると解されるところ,本件発明の発明者であることの確認請求は,原告が本件
発明の発明者にあるという事実関係についての確認を求めるものにすぎず,給
付の訴えである不法行為に基づく損害賠償請求をすれば足りるのであるから,
原告には本件発明の発明者であることの確認を求める利益があるということは
できない。
したがって,本件訴えのうち,原告が本件発明の発明者であることの確認を
求める部分は確認の利益を欠き,不適法である。
・・・
上記(2)ないし(4)によれば,1)本件発明の技術的思想を着想したのは,被
告Y及びZ教授であり,2)抗PD−L1抗体の作製に貢献した主体は,Z教
授及びW助手であり,3)本件発明を構成する個々の実験の設計及び構\築をし
たのはZ教授であったものと認められ,原告は,本件発明において,実験の
実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの,その貢献の度合いは限ら
れたものであり,本件発明の発明者として認定するに十分のものであったと\nいうことはできない。
したがって,原告を本件発明の発明者であると認めることはできない。
(6) 原告の主張について
ア 発明者の認定基準について
(ア) 本件実験のほぼ全てを原告が行ったことについては,当事者間に争い
がないところ,原告は,化学の分野においては,発明の基礎となる実験
を現に行い,その検討を行った者が発明者と認められるべきであると主
張する。
しかし,前記判示のとおり,発明者と認められるためには,当該特許
請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着
想し,それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,仮に,
発明者のために実際に実験を行い,データの収集・分析を行ったとして
も,その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,発明者という
ことができないと解すべきである。
原告が本件発明に係る技術的思想に関与せず,抗PD−L1抗体の作
製・選択及び本件発明を構成する実験の設計・構\築に対する貢献もごく
限られたものであったことは,前記判示のとおりであり,これによれば,
原告の本件発明における役割は補助的なものであったというべきであ
る。
(イ) また,原告は,特許発明に係る情報を記載した各種文書を作成し,こ
れを管理している場合には,いわば発明を占有するものとして発明者性
が推認されるべきであると主張するが,研究の補助者が特許発明に係る
情報を記載した各種文書を作成・保管することもあり得ることに照らす
と,特許発明に関する文書の作成・保管主体をもって直ちに発明者であ
ると推認することはできない。
◆判決本文
2020.04. 2
1審の特許権侵害で約9000万の損害賠償が認められ、一部の被告が控訴しましたが、控訴棄却されました。
前記認定のとおり,本件地盤特許についてはecoリーフ
の下請けであるはなみずきの担当者のFが,本件ナビ特許については
リーフの担当者であるE又は代表取締役であるAが,被控訴人に対し,本件各特許権の共有持分を購入すれば,近日中に大幅に価値が上がり,\n高額なロイヤリティを受け取れるなどと虚偽の説明をして購入を勧誘
し,被控訴人から,本件各特許権の共有持分の購入代金名下に合計8
295万円を騙取したものと認められ,これらの行為は被控訴人に対
する不法行為を構成するものと認められる。加えて,(1)このように本件各特許権の持分を細分化して高額で譲渡
するという基本的枠組みは,控訴人X2,日本知財開発及びジンムの
関与がなければ成立し得ないものであるから,Fらが控訴人X2,日
本知財開発及びジンムと無関係に被控訴人に対する上記虚偽の説明を
して勧誘を行ったものとは考えられないこと,(2)本件地盤特許譲受申込書(甲3)には,本件地盤特許の共有持分を1口60万円で譲渡す\nることが,本件ナビ特許の特許権譲受申込書(甲5)には,本件ナビ特許の共有持分を1口20万円で譲渡することが記載されているとこ\nろ,いずれの書面にも特許権者及び譲渡者として控訴人X2の氏名及
び日本知財開発の名称が記載されていること,(3)控訴人X2及び日本
知財開発が作成した別件侵害訴訟に関する報告書(甲22ないし24
の2)及び本件ナビ特許に関する報告書(甲27の1ないし3)の各
内容に照らすと,控訴人X2,日本知財開発及びジンムは,Fらが上
記虚偽の説明をして,被控訴人に本件各特許権の共有持分を購入させ
たことを認識し,これに積極的に加担したものと認められる。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば,ecoリーフ,はなみずき,リーフ,
控訴人X2,日本知財開発及びジンムは,被控訴人から本件各特許権
の共有持分の購入代金名下に合計8295万円を騙取したことの全体
について,共同不法行為責任を負うものと認めるのが相当である。
したがって,控訴人らの前記主張は採用することができない。
イ 控訴人X3は,本件については何も知らず,控訴人X2は監督すべき
要注意の人物ではないから,控訴人X3が控訴人X2に対する強い監督
責任を問われるべきものではない旨主張する。
しかしながら,控訴人X3は,ジンムの取締役であり,代表取締役である控訴人X2の業務執行が適正に行われるよう監視すべき義務がある。\nしかるところ,控訴人X3作成の平成29年11月4日付け答弁書(原
審)には,5年前に,控訴人X2から,特許の一部を譲ってその代金が
もらえると聞いていたが,訴外鹿島建設との裁判に負けた後は控訴人X
3への説明はなくなった旨の記載がある。上記記載によれば,控訴人X
3は控訴人X2が特許権の共有持分権を譲渡していることを認識してい
たことが認められるから,控訴人X2の業務執行について監視を行うこ
とが可能であったものと認められる。もっとも,上記答弁書中には,控訴人X3は控訴人X2と別居中である旨の記載があるが,別居が開始し\nた時期やその態様についての記載はないことに照らすと,上記記載から
直ちに控訴人X2の業務執行についての監視が困難であったものと認め
ることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人X3は,控訴人X2及びジンムが関与した本件各
特許権の共有持分の不正な販売行為に関し,ジンムの取締役としての控
訴人X2に対する監視義務の履行を怠ったことについて重大な過失があ
ったものと認められるから,被控訴人に対し,会社法429条1項に基
づく損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
したがって,控訴人X3の上記主張は採用することができない。
◆判決本文
原審はこちら。
◆平成31(ワ)3277