カートリッジを再生利用できないようにした場合や,ICチップにカートリッジのトナーがなくなったなどのデータを記録し,再生品が装着されたときにレーザープリンタの機能の一部が作動しないようにすることが権利濫用と判断されました。\n
独占禁止法21条は,「この法律の規定は,・・・特許法・・・による権利の行使
と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定しているが,特許権の行
使が,その目的,態様,競争に与える影響の大きさなどに照らし,「発明を
奨励し,産業の発達に寄与する」との特許法の目的(特許法1条)に反し,
又は特許制度の趣旨を逸脱する場合については,独占禁止法21条の「権利
の行使と認められる行為」には該当しないものとして,同法が適用されると
解される
。
同法21条の上記趣旨などにも照らすと,特許権に基づく侵害訴訟におい
ても,特許権者の権利行使その他の行為の目的,必要性及び合理性,態様,
当該行為による競争制限の程度などの諸事情に照らし,特許権者による特許
権の行使が,特許権者の他の行為とあいまって,競争関係にある他の事業者
とその相手方との取引を不当に妨害する行為(一般指定14項)に該当する
など,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,当該事案に現れた諸事
情を総合して,その権利行使が,特許法の目的である「産業の発達」を阻害
し又は特許制度の趣旨を逸脱するものとして,権利の濫用(民法1条3項)
に当たる場合があり得るというべきである。
ところで,一般指定14項(競争者に対する取引妨害)は,「自己・・・と国
内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について,
契約の成立の阻止,契約の不履行の誘因その他いかなる方法をもってするか
を問わず,その取引を不当に妨害すること」を不公正な取引方法に当たると
規定しているところ,乙3先例において,公正取引委員会が,プリンタのメ
ーカーが,技術上の必要性等の合理的理由がなく又はその必要性等の範囲を
超えてICチップの書換えを困難にし,カートリッジを再生利用できないよ
うにした場合や,ICチップにカートリッジのトナーがなくなったなどのデ
ータを記録し,再生品が装着されたときにレーザープリンタの機能の一部が\n作動しないようにした場合には同項に違反するおそれがあるとの見解を示し
ていることは,上記(1)コ(イ)のとおりである。
以上を踏まえると,本件において,本件各特許権の権利者である原告が,
使用済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定し\nた上で,その実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な必要性及\nび合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じることにより,
リサイクル事業者が原告電子部品のメモリの書換えにより同各特許の侵害を
回避しつつトナー残量の表示される再生品を製造,販売等することを制限し,\nその結果,当該リサイクル事業者が同各特許権を侵害する行為に及ばない限
りトナーカートリッジ市場において競争上著しく不利益を受ける状況を作出
した上で,同各特許権に基づき権利行使に及んだと認められる場合には,当
該権利行使は権利の濫用として許容されないものと解すべきである。
以下,本件各特許権の行使が権利の濫用に該当するかどうかについて,検
討する。
(3) トナーの残量表示を「?」とすることによる競争制限の程度について\n
ア 原告プリンタにおいては,前記第2の2(7)のとおり,純正品であるトナ
ーカートリッジが装着された場合には,トナー残量が段階的に表示される\nのに対し,使用済みの原告製品にトナーを補充した再生品が装着された場
合には,印刷動作には支障がないものの,トナーの残量表示が「?」と表\
示されるとともに,トナーがもうすぐなくなる旨の予告表\示はされず,ト
ナーを使い切ると,トナーがなくなった旨のメッセージが出て,赤色ラン
プが点灯するとの事実が認められる。
イ 原告は,トナーの残量の表示が「?」であるトナーカートリッジであっ\nても印刷は可能であり,ユーザーは価格を重視するので,純正品に比較し\nて廉価な再生品が競争上の不利益を被ることはないと主張する。
(ア) しかし,市場で競合する他の製品の場合と異なり,トナーカートリッ
ジの再生品の場合には,再生品の価格の方が純正品の価格よりある程度
安いことはそのユーザーにとって当然の前提であり,再生品がユーザー
に対して訴求力を有するのは,再生品と純正品の価格差のみならず,当
該再生品が純正品との価格差にもかかわらず,純正品と同等の品質を備
えているという点にあると考えられる。
(イ) このことは,被告DSジャパンのウェブサイト(甲7の2)において,
被告製品が「高品質で低価格」,「高品質で安全なリサイクルトナーを
安価で販売」などと記載され,その品質が優れていることが強調され,
更に「当社リサイクルトナーの品質」として,E&Qマークを取得して
いる旨が記載されていることからもうかがわれるところである。
また,原告のウェブサイトには,前記(1)オ記載のとおり,「プリンタ
の性能を安定した状態でご使用いただくために,リコー純正品のご使用\nをおすすめします。リコー純正品以外のご使用は,印字品質の低下やプ
リンタ本体の故障など,製品に悪影響を及ぼすことがあります。」と記
載されており,同記載に接したユーザーは,プリンタメーカーは品質上
の理由から純正品の使用を勧めており,廉価な再生品の購入に当たって
は,その品質に十分に留意する必要があることを容易に理解し得るもの\nと考えられる。
(ウ) さらに,再生品トナーカートリッジの市場シェアをみると,前記(1)ク
のとおり,トナーカートリッジにおける平成21年から平成29年まで
のリユース率は,モノクロ・カラー合計で23.1〜26.4%で推移
しているものと認められる。再生品の価格が純正品に比べて廉価であり,
価格面においては競争上優位に立っているにもかかわらず,その市場シ
ェアが上記の程度にとどまっているとの事実は,ユーザーにとってトナ
ーカートリッジ再生品の品質が非常に重要であり,再生品がユーザーの
信頼を得ることが難しいことを示しているものということができる。
(エ) 以上のとおり,ユーザーは,再生品を購入するかどうかを決めるに当
たり,純正品との価格差に勝るとも劣らず,その品質が純正品と同等か
どうかを重視しているということができる。
ウ 本件において,原告プリンタに純正品であるトナーカートリッジを装着
した場合には,トナー残量が段階的に表示されるのに対し,再生品を装着\nした場合には,トナーの残量表示が「?」と表\示され,予告表\示もされな
いことは,上記アのとおりである。
プリンタにとってトナー残量表示は一般的に備わっている機能\であると
認められるところ(弁論の全趣旨),トナー残量が「?」と表示されると,\nユーザーとしてはいつトナーが切れるかの予測がつかないことから,トナ\nーが切れたときに備えて予備のトナーカートリッジを常時用意しておか\nなければならず,トナー残量の表示がされる場合に比べ,本来不必要な保\n守・管理上の負担をユーザーに課すこととなる。
また,プリンタに純正トナーカートリッジを装着した場合にトナー残量
が「?」と表示されることは通常あり得ないことから,同表\示に接したユ
ーザーは,トナーカートリッジの再生品の品質にはやはり問題があって,
プリンタのトナー残量表示機能\が正常に作動していないのではないか,あ
るいは,トナーカートリッジが純正品ではないことからプリンタがトナー
カートリッジに記録された情報を適正に読み取ることができないのではな
いかなどの不安感を抱き,再生品の使用を躊躇すると考えられる。
前記のとおり,プリンタメーカーである原告自身が品質上の理由から純
正品の使用を勧奨していることや,価格差にもかかわらず再生品の市場占
有率が一定にとどまっていることなどに照らすと,我が国において再生品
の品質に対するユーザーの信頼を獲得するのは容易ではないものと考えら
れる。このような状況下において,トナーの残量が「?」と表示される再\n生品を販売しても,その品質に対する不安や保守・管理上の負担等から,
我が国のトナーカートリッジ市場においてユーザーに広く受け入れられる
とは考え難い。
エ 実際のところ,我が国のトナーカートリッジ市場において,トナー残量
を「?」と表示する再生品が製造,販売等されていることを示す証拠は存\n在しない。このことは,原告製のプリンタのうち,対応するトナーカット
リッジの電子部品のメモリの書換えが可能な機種はもとより,本件書換制\n限措置がされている機種(C830及びC840シリーズ)についても同
様である。被告らを含むリサイクル事業者が,わざわざ費用を費やして原
告電子部品のメモリの書換え又は同部品の取替えを行い,トナー残量が表\n示されるようにした上で再生品を販売しているとの事実も,トナー残量を
「?」と表示するトナーカートリッジを市場で販売したとしても,ユーザ\nーから広く受け入れられる可能性が低いことを示しているというべきであ\nる。
オ 加えて,前記(1)ケのとおり,公的機関によるカラーレーザープリンタ用
トナーカートリッジ等の入札においては,メーカーによる再生品以外の再
生品について,トナーカートリッジに装着するチップの情報を,リサイク
ルの都度確実に書き換えることや,純正品と同等の機能を有することなど\nが条件とされているものがあるとの事実が認められる。これによれば,本
件書換制限措置がされている原告電子部品について,被告電子部品と取り
替えることなく,トナー残量が「?」と表示される再生品を製造,販売等\nした場合,このような条件を課す公的機関による入札において当該再生品
が入札条件を満たす可能性は低いというべきである。\n この点について,原告は,上記の入札条件は,あらゆる点で純正品と同
等の機能を有することまで求める趣旨ではなく,又は定型的な条件にすぎ\nずメモリの書換えが制限されていることを想定したものではないと主張
する。しかし,トナー残量が正確に表示されない再生品が「純正品と同等\nの機能」を有するということはできず,また,電子部品のメモリの情報を\n確実に書き換えるという条件が定型的なものであるとしても,他の手段に
より電子部品のメモリの情報を書き換えた場合と同様のトナー残量表示\nをすることが求められる可能性が高いと考えるのが自然である。\n したがって,本件書換制限措置により,被告らが官公庁等との取引を継
続し得なくなることはあり得ないとの原告の主張は採用し得ない。
カ 以上のとおり,本件書換制限措置により,被告らがトナーの残量の表示\nが「?」であるトナーカートリッジを市場で販売した場合,被告らは,競
争上著しく不利益を被ることとなるというべきである。
(4) 本件各特許権の侵害を回避しつつ,競争上の不利益を被らない方策の存否
について
ア 上記(3)のとおり,被告らは,原告製プリンタのうち,本件書換制限措置
がされていない機種に適合するトナーカートリッジについて,トナー残量
が「?」と表示される製品を販売するのではなく,電子部品のメモリを書\nき換え,トナー残量の表示をすることができるようにした上で販売してお\nり,本件書換制限措置がされているC830及びC840シリーズ機種に
ついても,同措置がとられていなければ,同様にメモリを書き換えること
により再生品を製造,販売していたものと推認される。
本件書換制限措置は,原告製プリンタのうち,同各シリーズについて,
被告らによるこうした従前の対応を採り得なくするものであるが,被告ら
は,これにより競争上の不利益を被ることなく特許権侵害を回避すること
が困難な状況に置かれたと主張するのに対し,原告は,被告電子部品の構\n造を工夫するなどして,本件各特許権の侵害を回避することは可能である\nと主張する。
イ そこで,まず,前提として,被告らが従来行っていた原告電子部品のメ
モリの書換行為が本件各特許権を侵害するかどうかについて検討する。
(ア) インクタンク事件最高裁判決は,譲渡済みの特許製品について加工等
がされた場合の特許権侵害の成否について,「特許権の消尽により特許
権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国に
おいて譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者
等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,
それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造された
ものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権
を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許
製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,
特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総
合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製
品の機能,構\造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材
の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工
の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中に
おける技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきであ\nる。」と判示する。
(イ) これを本件についてみると,本件各発明のうち,例えば,本件各発明
1は,前記第4の1のとおり,情報記憶装置の基板に形成された穴部に,
画像形成装置本体の突起部に形成された設置用の本体側端子に係合す
るアース端子を形成した上,当該穴部を複数の金属板のうち2つの金属
板の間に挟まれる位置に配設することにより,情報記憶装置に電気的な
破損が生じにくくなるとともに,端子の本体側端子に対する平行度のず
れを最低限に抑えるようにするものであり,画像形成装置本体(プリン
タ)に対して着脱可能に構\成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)\nに設置される情報記憶装置(電子部品)の物理的な構造や部品の配置に\n関する発明であるということができる。また,本件各発明2及び3も,
同様に情報記憶装置の物理的構造や部品の配置に関する発明である。\n
これに対し,被告らが行っている原告電子部品のメモリの書換えは,
情報記憶装置の物理的構造等に改変を加え,又は部材の交換等をするも\nのではなく,情報記憶装置の物理的な構造はそのまま利用した上で,同\n装置に記録された情報の書換えを行うにすぎないので,当該書換えによ
り原告電子部品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと評
価することはできない。
(ウ) そうすると,原告電子部品のメモリを書き換える行為は本件各特許権
を侵害するものではないというべきである。
ウ 原告は,原告プリンタに使用可能な電子部品の製造等に当たっては,原\n告プリンタ側の形状に合う構造であれば足りるので,被告電子部品の構\成
を工夫するなどの他の手段により本件各特許権への抵触を回避することが
可能であると主張する。\n
しかし,本件各発明に係る情報記憶装置は,画像形成装置本体(プリン
タ)に対して着脱可能に構\成された着脱可能装置(トナーカートリッジ)\nに搭載されるものであり,当該情報記憶装置に形成された穴部を介して,
画像形成装置本体の突起部と係合するものであるから,被告製品の構成や\n形状は,適合させる原告プリンタの構成や形状に合わさざるを得ず,その\n設計上の自由度は相当程度制限されると考えられる。
実際のところ,原告プリンタに関し,リサイクル事業者によって販売さ
れている再生品は,いずれも電子部品を交換しており(乙2,37),そ
の構造自体を本件各特許権の侵害を回避するような態様で変更している製\n品が存在することを示す証拠は存在しない。被告らは,本件各特許権の侵
害を回避するため,被告電子部品の設計を変更したが,設計変更後の被告
電子部品がなお本件各発明の技術的範囲に属することは前記判示のとおり
であり,その他の方法により本件各特許の侵害を回避することが可能であ\nることをうかがわせる証拠は存在しない。
エ 以上によれば,被告らをはじめとするリサイクル事業者が,現状におい
て,本件書換制限措置のされた原告製プリンタについて,トナー残量表示\nがされるトナーカートリッジを製造,販売するには,原告電子部品を被告
電子部品に取り替えるほかに手段はないと認められる。そして,本件各特
許権に基づき電子部品を取り替えた被告製品の販売等が差し止められるこ
とになると,被告らはトナー残量が「?」と表示される再生品を製造,販\n売するほかないが,そうすると,前記(3)のとおり,被告らはトナーカート
リッジ市場において競争上著しく不利益を受けることとなるというべきで
ある。
(5) 本件書換制限措置の必要性及び合理性について
原告は,本件書換制限措置について,1)トナーの残量表示の正確性の担保,\n2)電子部品のメモリに書き込まれたデータの製品開発及び品質管理・改善へ
の活用,3)●(省略)●の観点から行っており,このような措置を行うこと
は必要かつ合理的であると主張するので,以下,検討する。
ア 本件書換制限措置の必要性及び合理性全般について
原告の主張する上記1)〜3)の各点について検討するに当たり,本件書換
制限措置の必要性及び合理性全般に関し,以下の点を指摘することができ
る。
(ア) 本件書換制限措置がされた原告製プリンタ(C830及びC840シ
リーズ)のうち,先行して販売されたのはC830シリーズであるが,
その開発時点においては,既に原告製プリンタの他機種に適合するトナ
ーカートリッジの電子部品のメモリを書き換えた再生品が市場に流通
していたものと推認される。
ところが,上記C830シリーズの原告製プリンタの開発時点におい
て,メモリの書換えをした再生品による具体的な弊害が生じており,そ
の対応が必要とされていたことや,この点が同プリンタの開発に当たっ
て考慮されていたことをうかがわせる証拠は存在しない。原告の主張す
る上記1)〜3)の各点については後に検討するが,これらの点とC830
シリーズの開発を具体的に結びつける証拠は本件において提出されてい
ない。
(イ) また,本件書換制限措置が,本件各特許権に係る技術の保護やその侵
害防止等と関連性を有しないことは当事者間に積極的な争いはない。そ
うすると,本件書換制限措置を講じる必要性及び合理性は,本件各特許
の実施品であるC830及びC840シリーズ用トナーカートリッジ
にとどまらず,C830及びC840シリーズ以外の機種用トナーカー
トリッジについても同様に妥当すると考えられるが,同各シリーズ以外
の機種については同様の措置は講じられていない。
原告は,その理由について,●(省略)●と主張するが,その説明は
抽象的であり,本件各特許の権利行使の可能性を考慮して上記各シリー\nズの機種についてのみ本件書換制限措置がされたのではないかとの疑
念を払拭することはできない。
なお,この点に関し,原告は,C830及びC840シリーズ以外の
原告製プリンタ用カートリッジのメモリについても書換えに一定の制約
を付してきたと主張するが,本件書換制限措置と同様の措置がされ,ト
ナー残量表示が制限されている他の原告製プリンタが存在すると認める\nに足りる証拠はない。
(ウ) 加えて,本件書換制限措置は,純正トナーカートリッジを原告製プリ
ンタに装着して印刷をする上で直接的に必要となる措置ではなく,使用
済みとなったトナーカートリッジについて,リサイクル事業者が再生品
を製造,販売するために電子部品のメモリを書き換える段階でその効果
を奏するものである。すなわち,本件書換制限措置は,特許実施品であ
る電子部品が組み込まれたトナーカートリッジについて,譲渡等により
対価をひとたび回収した後の自由な流通や利用を制限するものである
ということができる。
この点に関し,被告らは,トナーカートリッジの譲渡後の流通を妨げ
ることはできないとして,本件各特許権について消尽が成立すると主張
するが,「特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるの
は,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに
限られる」(インクタンク事件最高裁判決)と解されるので,特許製品
である「情報記憶装置」そのものを取り替える行為については,消尽は
成立しないと解される。
しかし,譲渡等により対価をひとたび回収した特許製品が市場におい
て円滑に流通することを保護する必要性があることに照らすと,特許製
品を搭載した使用済みのトナーカートリッジの円滑な流通や利用を特
許権者自身が制限する措置については,その必要性及び合理性の程度が,
当該措置により発生する競争制限の程度や製品の自由な流通等の制限
を肯認するに足りるものであることを要するというべきである。
以上を踏まえ,原告が本件書換制限措置の必要性及び合理性の根拠と
して挙げる上記1)〜3)の各点について,順次検討する。
イ トナーの残量表示の正確性担保について\n
原告は,本件書換制限措置をした理由として,●(省略)●からである
と主張する。
(ア) しかし,●(省略)●であることから,使用済みの原告製品にトナー
を再充填して原告製プリンタにそのまま装着した場合に,そのトナー残
量を「?」と表示することに合理性があるとしても,そのことは,その\nメモリの書換えを制限する措置を講じることにより,当該第三者が自ら
の責任でトナーの残量を表示するのを妨げることまでも正当化するもの\nではない。
本件書換制限措置は,リサイクル事業者がメモリの書換えにより,自
らの責任でトナー残量を表示することを制限するものであるから,その\n必要性及び合理性を是認するには,そのような措置をとらないと,トナ
ー残量が不正確なトナーカートリッジが市場に流通してユーザーの利益
を害し,ひいては,原告製品への信頼が損なわれる具体的なおそれが存
在することを要するというべきである。
(イ) 原告は,再生品を含む第三者のトナーカートリッジには,製品ごとに
印刷枚数に大きなばらつきがあるので,再生事業者が「?」以外のトナ
ー残量表示をできないようにしないと,トナー残量が不正確なトナーカ\nートリッジが市場に流通してユーザーの利益を害すると主張し,再生品
の印刷可能枚数が純正品と大きく違うことを示す具体例として,1)同一
顧客から回収した特定の第三者メーカー(E&Qマーク付きのもの)の
同一種類の再生品2つを分析したところ,一方の製品は純正品の73.
9%しか印刷できなかったのに対し,他方の製品は純正品の141.8%
も印刷できたこと(甲39の添付資料1),2)同一メーカーのカラート
ナーカートリッジの印刷枚数は,純正品の約75%〜88%しか印刷で
きなかったこと(同添付資料2),3)他のメーカー(E&Qマークのな
いもの)の再生品の中には,純正品の60%しか印刷できないものもあ
ったこと(同添付資料3)などを指摘する。
a しかし,上記1)〜3)の調査は,対象となるメーカーの数は2つにす
ぎず,調査の対象となった再生品の数も少数であるので,その分析結
果から,当該メーカーの再生品のトナー充填量が純正品と大きく異な
り,その残量表示が一般的に不正確であると推認することはできず,\nまして,市場に流通する他のメーカーも含めた再生品のトナーカート
リッジ全般について,そのトナーの充填量が純正品の充填量と大きく
異なり,その残量表示が不正確であると推認することはできない。\n
b また,トナーカートリッジの再生品については,E&Qマーク等の
認証基準が設定され,このうち,E&Qマークについては,前記(1)キ
のとおり,第三者審査機関が再生品の製造工場に出向き,所定の環境
管理基準及び品質管理基準に基づく審査を行い,これに適合すると判
定された製品に付されるものであり,品質関連基準には,印刷枚数が
純正比90%以上であるという項目が含まれると認められる(乙28)。
このように,トナーカートリッジの再生品については,認証基準の
設定により品質の確保が図られているところ,本件証拠を総合しても,
かかる認証を得たトナーカートリッジの再生品について,トナー残量
表示が不正確な製品が多く流通しており,メモリの書換制限により同\n表示を行うことができないようにしないと原告製品に対する信頼を維\n持することが困難であるなどの事情が存在するとは認められない。
c さらに,E&Qマーク等を得ている再生品については,同マークが
製品に貼付されているので(乙28),当該再生品を使用するユーザ\nーは,通常,それが再生品であることを認識して購入,使用するもの
と考えられる。このため,仮に,E&Qマーク等を得ている再生品の
トナー残量表示が不正確であるとしても,それによりユーザーの信頼\nを失うのは,当該再生品を製造,販売したリサイクル事業者自身であ
って,それによって,本件書換制限措置を必要とするほどに原告製品
の信頼が損なわれるとは認め難い。
d もとより,市場で流通しているトナーカートリッジの再生品の中に
は,認証を得たもののみならず,認証マークを貼付していないものも\n存在し,こうした製品については,ユーザーが純正品と誤認すること
も考えられなくはない。しかし,こうした認証を得ていない再生品に
ついて,トナー残量表示が不適切なトナーカートリッジが現に市場に\nおいて多数流通するなどして,原告製品の信頼性に対して影響を及ぼ
していると認めるに足りる証拠は存在しない。
e なお,前記(1)イのとおり,●(省略)●ところ,純正品である原告
製品においても,印刷可能枚数と実際の印刷枚数に一定の乖離が生じ\nることは,前記(1)ウのとおりである。このようなトナー残量の算出方
法等に照らすと,リサイクル事業者が,原告製品に充填されるトナー
の規定量と同量のトナーを再充填すれば,印刷可能枚数の残量を純正\n品と同程度の正確性をもって表示することは可能\であると認められる。
(ウ) 以上によれば,本件書換制限措置がされた当時はもとより,本訴提起
時点においても,トナーカートリッジの再生品市場にトナー残量表示が\n不正確な製品が多く流通しており,そのメモリの書換えを制限すること
により「?」以外の残量表示を行うことができないようにしないと原告\n製品に対する信頼を維持することが困難であるなど,本件書換制限措置
を行うことを正当化するに足りる具体的な必要性があったと認めるこ
とはできない。
したがって,本件書換制限措置は,トナーの残量表示の正確性担保の\nための装置としては,その必要性の範囲を超え,合理性を欠くものであ
るというべきである。
・・・
ア 差止請求について
上記(1)ないし(5)によれば,本件各特許権の権利者である原告は,使用
済みの原告製品についてトナー残量が「?」と表示されるように設定した\n上で,本件各特許の実施品である原告電子部品のメモリについて,十分な\n必要性及び合理性が存在しないにもかかわらず本件書換制限措置を講じ
ることにより,リサイクル事業者である被告らが原告電子部品のメモリの
書換えにより本件各特許の侵害を回避しつつ,トナー残量の表示される再\n生品を製造,販売等することを制限し,その結果,被告らが当該特許権を
侵害する行為に及ばない限り,トナーカートリッジ市場において競争上著
しく不利益を受ける状況を作出した上で,当該各特許権の権利侵害行為に
対して権利行使に及んだものと認められる。
このような原告の一連の行為は,これを全体としてみれば,トナーカー
トリッジのリサイクル事業者である被告らが自らトナーの残量表示をし\nた製品をユーザー等に販売することを妨げるものであり,トナーカートリ
ッジ市場において原告と競争関係にあるリサイクル事業者である被告ら
とそのユーザーの取引を不当に妨害し,公正な競争を阻害するものとして,
独占禁止法(独占禁止法19条,2条9項6号,一般指定14項)と抵触
するものというべきである。
そして,本件書換制限措置による競争制限の程度が大きいこと,同措置
を行う必要性や合理性の程度が低いこと,同措置は使用済みの製品の自由
な流通や利用等を制限するものであることなどの点も併せて考慮すると,
本件各特許権に基づき被告製品の販売等の差止めを求めることは,特許法
の目的である「産業の発達」を阻害し又は特許制度の趣旨を逸脱するもの
として,権利の濫用(民法1条3項)に当たるというべきである。
イ 損害賠償請求について
差止請求が権利の濫用として許されないとしても,損害賠償請求につい
ては別異に検討することが必要となるが,上記ア記載の事情に加え,原告
は,本件各特許の実施品である電子部品が組み込まれたトナーカートリッ
ジを譲渡等することにより既に対価を回収していることや,本件書換制限
措置がなければ,被告らは,本件各特許を侵害することなく,トナーカー
トリッジの電子部品のメモリを書き換えることにより再生品を販売して
いたと推認されることなども考慮すると,本件においては,差止請求と同
様,損害賠償請求についても権利の濫用に当たると解するのが相当である。
ウ したがって,本訴において,原告が,被告らに対して,本件各特許権に
基づき,被告製品の製造,販売等の差止め及び損害賠償等の請求をするこ
とは,いずれも権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
◆判決本文