2019.10.28
平成30(ネ)10043 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和元年10月3日 知的財産高等裁判所
知財高裁(2部)は、化分野の発明について、特許請求の範囲が抽象的な表現で記載されている場合、特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定せず、明細書などの記載から当業者が実施できる範囲は、その技術的範囲に含まれると判断基準を示しました。ただ、結論は、1審と同じく、技術的範囲に属しないとしました。問題の用語は「凝血促進活性を増大させる」です。
本件特許請求の範囲の請求項1(本件発明1に係る特許請求の範囲)の
記載は,「第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって,
凝血促進活性を増大させる,抗体または抗体誘導体(ただし,抗体クローンAHI
X−5041:Haematologic Technologies社製,抗体
クローンHIX−1:SIGMA−ALDRICH社製,抗体クローンESN−2:
American Diagnostica社製,および抗体クローンESN−3:
American Diagnostica社製,ならびにそれらの抗体誘導体を
除く)。」であり,請求項4(本件発明4に係る特許請求の範囲)は請求項1を引用
している。ここで,「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については,本件
明細書においてこれを定義した記載はない上,「血液凝固障害の処置のための調製
物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり,か
つ,本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表\現しているのみで
あって,本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。\n特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示する
ことの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が
機能的,抽象的な表\現にとどまっている場合に,当該機能や作用効果を果たし得る構\成全てを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含めて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独\n占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきで
ある。
したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表\現で記載されて
いる場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすること
はできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具
体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。もっとも,このことは,特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定す\nるものではなく,明細書及び図面の記載から当業者が理解することができ,実施す
ることができるのであれば,同構成はその技術的範囲に含まれるものと解すべきである。\n
イ そこで,本件明細書において開示された具体的構成に示されている技術思想について検討する。\n
(ア) ある抗体が,FIX又はFIXaに結合し,FIXaの凝血促進活性
を増加するか又はFVIII様活性を有することを示すための試験方法としては,
凝血試験や色素形成試験等があり,これらによって評価が可能である(段落【0013】,【0014】,【0037】,【0065】)。そして,FIXaに対する抗体を\nスクリーニングし,色素形成アッセイによってFVIII様活性を有するモノクロ
ーナル抗体(モノスペシフィック抗体)が複数作製されており(実施例4,9),そ
の中でFVIIIインヒビターを有する血漿の凝血をもたらす抗体(193/AD
3)も確認されている(実施例7)。したがって,当業者は,FIXaに対する抗体
をスクリーニングすることにより,過度の試行錯誤を要することなく,一定の割合
で凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)を作
製できたと認められる。
また,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)
からの誘導体も複数作製されているから(例えば,CDR3領域由来ペプチド及び
その誘導体〔実施例11,12〕,キメラ抗体〔実施例13〕,Fabフラグメント
〔実施例15〕,単鎖抗体〔scFv。実施例10,16,18〕,ミニ抗体〔実施
例17〕),当業者は,凝血促進活性を増大させるモノクローナル抗体(モノスペシ
フィック抗体)からの誘導体も作製できたと認められる。
(イ) バイスペシフィック抗体については,本件明細書において,実施例と
して作製された例は記載されておらず,FIX又はFIXaに結合するアーム以外
のアームが結合する対象の抗原がいかなるものかも開示されていない。
しかし,バイスペシフィック抗体は,抗体誘導体の一態様として明記されている
(段落【0019】及び【0026】)。そして,バイスペシフィック抗体ではない
ものの,凝血促進活性を増大させるモノスペシフィック抗体からの誘導体も複数作
製されている(実施例10〜13,15〜18)。
また,FIX又はFIXaに対するバイスペシフィック抗体の作製法は,本件出
願日当時に複数知られており,その中でも,クワドローマ技術は簡便な方法であり,
本件出願日当時の当業者にとって,合理的な時間及び努力の範囲内でバイスペシフ
ィック抗体を作製できる手法であったのであり,また,バイスペシフィック抗体を
産生するクワドローマを融合し及び選択する種々の方法及びプロトコルは,199
9年において,利用可能であり,良好に確立され,二重特異性のIgG分子を作製するのに幅広く用いられていた(本件明細書の段落【0026】,甲97,100〜\n104,甲140の1)のであるから,当業者は,本件出願日の技術常識から,F
IX又はFIXaに対するバイスペシフィック抗体を作製可能であったと認められる。\nさらに,前記3(2)のとおり,バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性と
抗FIXのモノスペシフィック抗体とは乏しい相関関係しかなく,バイスペシフィ
ック抗体のFVIII補因子活性は,抗FIX抗体由来の構造だけなく,抗FX抗体由来の構\造にも影響を受けるのであるが,バイスペシフィック抗体においては,FIX又はFIXaに対する結合部位は1価になるものの,1価でも凝血促進活性
を増大させる効果があり(本件明細書実施例10〜12,15,16,18),バイ
スペシフィック抗体の二つの抗原間で立体干渉が生じない限り,モノスペシフィッ
ク抗体の活性は維持される(甲140の1)。FIX又はFIXa以外の結合部位が
FXである場合を想定すると,本件出願日当時,FIXaとFXaの構造が明らかとなっており,FIXaとFXaの立体構\造からすると,当業者は,FIXaとFXに結合するバイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフ
ィック抗体)で,FIXa結合部位の活性に対する干渉は起こりにくいと予測できる(甲140の1)。\nしたがって,当業者は,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型
バイスペシフィック抗体)が,モノスペシフィック抗体が有する凝血促進活性を増
大させる作用を維持できると予測できたと認められる。そうすると,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)についても,\nモノスペシフィック抗体の活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体の一態
様として「抗体誘導体」に含まれると解される。
(ウ) 以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,
「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子
に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつ
つ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であるものの,バイスペシフ
ィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィック抗体)は「抗体誘導
体」の一態様としてこれに含まれ得ると解すべきである。
もっとも,FIX又はFIXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィッ
ク抗体)がFIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものでない場合には,別
異に解すべきである。すなわち,本件各発明の技術的範囲に属するというためには,
「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子
に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつ
つ当該抗体を改変した抗体誘導体」であることが必要であると解されるところ,こ
れには,FIXaの凝血促進活性を実質的に増大させるものではないFIX又はF
IXaに対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)は含まれないし,
このようなモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)から誘導される抗体誘
導体(バイスペシフィック抗体もこれに含まれる。)も含まれないというべきである。
このような抗体誘導体(バイスペシフィック抗体)は,たとえ,それ自体がFIX
aの凝血促進活性を増大させる効果を有するものであったとしても,本件各発明の
課題解決手段とは異なる手段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたらされ
ているのであって,本件明細書の記載に基づいて当業者が理解し,実施できるもの
とはいえないというべきである。
(エ) 被控訴人は,(1)非対称型バイスペシフィック抗体の著しく高い活性
は,一つの分子が2種類のアームを有するというバイスペシフィック抗体に固有の
機序によって初めて実現されたもので,非対称型バイスペシフィック抗体は,本件
明細書においてハイブリドーマ方法によって得られたモノスペシフィック抗体とは
活性及び機序の点で大きく異なっており,本件各発明の課題解決手段とは異なる手
段によって凝血促進活性を増大させる効果がもたされていることになる,(2)FVI
II補因子活性は,抗FX腕によって影響を受けるため,抗FIX(a)腕及び抗
FX腕の何れの組合せが非対称型バイスペシフィック抗体のFVIII補因子活性
を発現するのか,予測することが困難である,(3)現時点においてすら,非対称型バ
イスペシフィック抗体の適切な評価手法が確立できていないことなどからすると,
本件明細書は,非対称型バイスペシフィック抗体を想定していなかったといえると
主張する。
しかし,バイスペシフィック抗体(被控訴人が主張する非対称型バイスペシフィ
ック抗体)が抗体誘導体の一態様として「抗体誘導体」に含まれ得ることは,既に
判示したとおりであって,このことは,被控訴人が主張する非対称型バイスペシフ
ィック抗体の凝血促進活性を増大させる効果が大きいことや,抗FIX(a)腕と
抗FX腕の何れの組合せが効果があるかを予測することが困難であることや現時点において,非対称型バイスペシフィック抗体の適切な評価方法が確立していないこ\nとによって左右されるものではない。
(オ) 本件明細書においては,凝血促進活性を図る方法について,2時間の
インキュベーション後のFVIIIアッセイ(例えば,COATEST(登録商標)
アッセイまたはイムノクロム(Immunochrom)試験)において少なくと
も3のバックグラウンドの対測定値の比を示すとされている(段落【0013】,【0
014】。なお,「バックグラウンドの対測定値の比」は,「ネガティブコントロール
との比」と同義である。)が,色素形成アッセイ以外にも凝固アッセイなどFVII
I活性を決定するために使用される全ての方法が使用でき(段落【0037】,【0
065】),同じ色素形成アッセイであってもインキュベーション時間が2時間では
ない例も記載されている(実施例2,4,5,実施例11・図18〜22,実施例
15〜18)。
このように,本件明細書に記載された凝血促進活性の評価方法は,複数存在して
おり,一般に,評価方法が異なればその基準が同一であるとは限らないとはいえる
ものの,本件明細書では,段落【0013】及び【0014】に前記2(1)クのとお
り記載され,色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が,1.7
程度(例えば,段落【0081】・図11において,198/AP1はネガティブコ
ントロールとの比が1.7程度であるが,凝血促進活性を示さないとされている。
段落【0067】・図7A(196/AF2 35μM Pefabloc Xa〔登
録商標〕),段落【0068】・図7B(198/AM1 35μM Pefablo
c Xa〔登録商標〕)も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において,A
1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが,有意な凝血促進活性は
ないと評価されている。)の場合においては,「凝血促進活性を増大させる」とは評
価されていない。
本件明細書のこれらの記載に加え,前記アのような本件各発明の請求項の記載を
考慮すると,当業者は,本件各発明の範囲に含まれる抗体又はその誘導体は,複数
の評価方法のうち,色素形成アッセイ(FVIIIアッセイ)を実施した場合には,
少なくとも3のバックグラウンドの対測定値の比(ネガティブコントロールとの比)
を示すものが本件各発明の抗体及び抗体誘導体であると理解すると認められるから,
「凝血促進活性を増大させる」とは,色素形成アッセイを実施した場合には,ネガ
ティブコントロールとの比が3を超えることを意味すると認めるのが相当である。
これに対し,控訴人らは,「凝血促進活性を増大させる」について,当業者は,ネ
ガティブコントロールとの比が1を超えるものであるか否かで判断する旨主張し,
本件明細書の段落【0013】の記載は,「最終的に生成された物の評価をする際に
何らかの値を決めておく必要があるので,とりあえず3としたという程度の意味で
ある」(甲131の3頁),「任意に設定された仮の基準であり,すべての候補物質に
適応すべき必須の条件ではない」(甲132の3頁),「ノイズや測定誤差の大きさに
関する記載がない以上,統計学的議論から根拠をもった基準として3を導くことは
できない」(甲136の1頁)などの意見書を提出するが,これらの意見書によると,
本件各発明の技術的範囲が当業者にとって明らかでないことになるから,これらの
意見書の意見や控訴人らの主張を採用することはできないことは,既に判示したと
おりである。
(2) 上記(1)のとおり,「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは,色素形成
アッセイを実施した場合のネガティブコントロールとの比が3を超えることを意味
するが,色素形成アッセイの測定方法について,控訴人らは,本件明細書の記載及
び技術常識によると,コンティニュアス法によるアッセイを行うのであればインキ
ュベーション時間を2時間とし,サブサンプリング法によるアッセイを行うのであ
れば第1ステップのインキュベーション時間を5分とし,長時間のインキュベーシ
ョン時間をとるのであれば,酵素の最大反応速度をみるために,継続的に測定すべ
きである旨主張する。
ア コンティニュアス法及びサブサンプリング法について
証拠(甲210,甲229の1)及び弁論の全趣旨によると,サブサンプリング
法とは,FXaを生成させる第1ステップと,生成したFXaを定量する第2ステ
ップを分離して実施する色素形成アッセイの方法であり,第1のステップではFX
aを生成させるのに必要な試薬と被験抗体を混合させ,一定時間インキュベーショ
ンさせてFXaを生成し,第1ステップで生成されたFXaの反応をみるために,
第2ステップに移行する前にFXaの生成を止め,第2ステップで,上記混合物に
発色性合成基質を添付することで,第1ステップで生成されたFXaが発色性合成
基質を切断し,発色する様子を測定するという標準的な FVIIIアッセイで用い
られている方法であること,コンティニュアス法とは,第1ステップ(FXa生成
反応)及び第2ステップ(FXaによる発色反応)からなる一連の反応を1ステッ
プで行う方法であり,被験抗体,FIXa,FX,リン脂質,カルシウムイオン,
発色性合成基質等の一連の反応に必要な試薬を全て最初から投入し,第1ステップ
であるFXa生成反応と,第2ステップである生成したFXaによる発色反応とを
同時に進行させて,吸光度を経時的に測定することにより,FXa生成量の推移を
継続的に観察するものであることが認められる。
イ 証拠(甲208,211,213,乙39)及び弁論の全趣旨によると,
本件明細書の段落【0013】に記載されているCOATEST(登録商標)やイ
ムノクロムは,サブサンプリング法の色素アッセイキットであり,コアテストの仕
様書や,イムノクロムの後継品であるテクノクロムの仕様書にはインキュベーショ
ン時間は5分間とされていることが認められるが,本件明細書の段落【0013】
においては,インキュベーション時間は2時間とされているから,本件明細書の段
落【0013】においては,サブサンプリング法を用いつつも,インキュベーショ
ン時間を2時間として色素形成アッセイを実施したところ,少なくとも3のバック
グラウンドの比を示すものが本件各発明である旨記載されていることになる。
この点について,控訴人らは,インキュベーション時間を2時間とすると,イン
キュベーションの途中で,基質の消費に伴い,反応速度は最大反応よりも低下し,
第1ステップのインキュベーション時間の間,FIXaが失活してしまい,その結
果,FXaの生成速度も低下し,さらに,生成物であるFXaも自己消化を起こし,
血液凝血性やアミド活性を持たないFXaγに変換してしまうので,FXaの産出
量は本来の産出量より少なくなっていて,適切でなく,インキュベーション時間は
仕様書のとおり5分が適切であると主張する。
しかし,本件明細書には,上記のとおり,インキュベーション時間を2時間とし
たものしか記載されていないのであって,本件明細書においては,インキュベーシ
ョン時間を仕様書の記載に反してあえて2時間とし,そのときのFXaの産出量を
もって,3のネガティブコントロールとの比を評価するときの産出量としているの
であるから,当業者は,3のネガティブコントロールとの比を評価するに当たり,
インキュベーション時間が5分の場合を想定することはできないというべきである。
なお,本件明細書において,インキュベーション時間を2時間とした理由につい
ては,本件明細書に記載はなく,本件の証拠によるも必ずしも明らかでないが,そ
のことは上記判断を左右するものではない。
そうすると,当業者は,本件各発明の「凝血促進活性を増大させる」というため
には,インキュベーション時間を2時間とする測定を要すると理解すると解される。
ウ 以上によると,本件各発明の技術的範囲に含まれるというためには,「第
IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対
するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当
該抗体を改変した抗体誘導体」であり,インキュベーション時間を2時間とする色
素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が3を超えるものを意味す
ると認めるのが相当である。
・・・
エ 以上によると,被控訴人製品は,「第IXa因子の凝血促進活性を実質的
に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペ
シフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該
当するとは認められない。
◆判決本文
1審はこちらです。
◆平成28(ワ)11475
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2014.11. 7
平成25(ワ)32665 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 平成26年10月30日 東京地方裁判所
機能クレームについて特許権侵害が認められました。
本件特許の特許請求の範囲には,構成要件Dとして「前記本体と可動的に接続されたガイド板」と,構\成要件Eとして「前記本体が前記ガイド板に対して動くことにより前記ガイド板から前記第1の刃または第2の刃が出る」と記載されており,その文言上は,本体がガイド板に対して動くとガイド板から刃が出てくるものであれば足り,本体とガイド板の接続態様や本体の動き方についての限定はないということができる。しかし,構成要件Eの上記文言は,発明の構\成をそれが果たすべき機能によって特定したものであり,いわゆる機能\的クレームに当たるから,上記の機能を有するものであればすべてこれを充足するとみるのは必ずしも相当でなく,本件明細書に開示された具体的構\成を参酌しながらその意義を解釈するのが相当である。そして,構成要件Dの「可動的に接続された」との構\成についても,構成要件Eと整合するように解釈すべきものと解される。\n
・・・
(3) 本件明細書の上記記載によれば,「前記ガイド板から前記第1の刃または第2の刃が出る」との機能を果たすための本体のガイド板に対する動き方として本件明細書に開示されているのは,本体をガイド板に対して傾けること(上記(2)オ,カ)及びスイングするガイド板を設けること(同カ)であり,要するに本体をガイド板に対して傾け,又は回転運動させるということである。そして,本体をガイド板に対して左右に傾け,又は回転運動させた場合には,本体の左下又は右下の端部がガイド板から外に出るから,本体の左下及び右下の端部に第1及び第2の刃の各先端を位置させて
おけば,本体を傾けるだけで刃が出てきて,あとはノンスリップシート等の凹凸に沿わせて滑らせるだけで簡単,きれいかつ迅速に切断できるという本件特許発明の効果(同オ)を奏すると認められる。そうすると,構成要件Eの「動く」には少なくとも回転運動が含まれるとみることができる。\n次に,本体がガイド板に対して回転運動するように「可動的に接続」すること(構成要件D)についてみるに,2枚の板状の部材を回転可能\に接続する態様としては,1)それぞれの中心部分をシャフト等により軸着する構成のほか,2) 一方の周辺部に円弧状の溝等を設け,この溝等に他方を摺動可能に取り付けるといった構\成を採用し得る。このうち本件明細書に明示されているのは1)の構成のみであるが(上記(2)エ〜カ),いずれの構成であっても特許請求の範囲にいう「可動的に接続」に該当し,かつ,本件特許発明に係る課題を解決して上記の効果を奏すると考えられる。したがって,2)の構成も構\成要件Dの「可動的に接続」に含まれると解すべきものである。
(4) 被告製品は,前記前提事実(5)イのとおり,本体3(回転板)とガイド板6(固定板)が円弧状の溝を有する接続部7を介して接続され,本体を左右に傾けてこの溝に沿って円周方向に動かすと,刃1又は刃2がガイド板から外に出るように構成されている。したがって,被告製品は,構\成要件D及びEを充足し,本件特許発明の技術的範囲に属すると認められる。
(5) これに対し,被告は,1) 本件特許発明の技術的範囲は本件明細書に開示された構成(本体とガイド板がシャフトにより接続され,本体がシャフトを軸にしてガイド板に対して回転する構\成)に限定して解釈されるべきである,2) 被告製品は本件特許発明とは異なる課題を解決するものであるから,本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張する。そこで判断するに,1)について,上記(3)に説示したところによれば,本体とガイド板を回転可能に接続するに当たり,シャフトにより軸着するか,円弧状の溝に摺動可能\に嵌合するかは,当業者が適宜選択し得る実施の形態にすぎないということができる。また,2)について,被告製品が本件特許発明の構成要件を充足し,その効果を奏することは上記(3)及び(4)のとおりであるから,被告製品が本件特許発明と異なる課題をも解決するとしても,この点は上記の判断に影響するものではない。
◆判決本文
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2014.04.11
平成25(ネ)10107等 特許権侵害行為差止請求控訴,同附帯控訴事件 特許権 民事訴訟 平成26年03月26日 知的財産高等裁判所
請求項の技術的範囲の解釈について、1審の判断(請求項に参照符号がふられていても実施形態に限定されない)が維持されました。私の記憶では、知財高裁が明言したのは初のケースです。
また,控訴人は,補正において符号が付されたことにより,第三者が符号で特定された実施形態に限定されたものと認識する以上,本件発明の構成要件Eにおける金属収集機構\\は,符号により特定された実施形態に限定されるべきである旨主張する。しかし,上記において認定したところに照らすと,第三者において控訴人の主張するように認識するとは認められない。よって,控訴人の上記主張を採用することはできない。
◆判決本文
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2013.11. 9
平成24(ワ)3817 特許権侵害行為差止請求事件 特許権 民事訴訟 平成25年10月31日 東京地方裁判所
機能的クレームの特許権侵害が認められました。請求項に参照符号がふられていることについても限定されないと認定されました。
本件特許の特許請求の範囲には,構成要件Eとして単に「金属粉収集機構\\」と記載されており(なお,符号「(12H,16,19A,19B)」については後述する。),その文言上は,バリ除去用工具がトルシアボルトの破断面に生じたバリを除去する際に発生する金属粉を収集する機能を有する構\\造であれば足り,その構成に格別の限定はないということができる。また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると,本件発明は,フード部により金属粉が装置の外部に漏れ出して周囲に拡散することがなく,金属粉収集機構\\により装置の外部に金属粉が拡散する以前に金属粉が収集され,金属粉が装置外部に拡散してしまうことが確実に防止されるとの効果を有するものであるから(【0020】,【0022】),このような効果を奏するものであれば,「金属粉収集機構」に当たるとみることが可能\\である。しかし,特許請求の範囲の「金属粉収集機構」という上記文言は,発明の構\\成をそれが果たすべき機能によって特定したものであり,いわゆる機能\\的クレームに当たるから,上記の機能を有するものであればすべて技術的範囲に属するとみるのは必ずしも相当でなく,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された具体的構\\成を参酌しながらその技術的範囲を解釈すべきものである。そこで,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,金属粉収集機構としては,1)空気侵入系統及び空気排出系統を設け,空気流を発生させて金属粉を連行するようにした構成(第7及び第8実施形態)や,永久磁石又は電磁石を設け,磁力を発生させて金属粉を収集するようにした構\\成(第9及び第10実施形態)が開示され,これらの構成が好ましいと記載されているものの(【0014】,【0053】〜【0066】,図13〜16),これらに加え,2)フード部の半径外方に膨らむようにフード部の円周方向全周にわたって凹部を設けた構成も記載されている(第1実施形態。【0025】,図1及び2)。そして,上記2)の構成については,例えば垂直に延在するトルシアボルトの破断面1cのバリを除去する際に発生する金属粉の収集には不充分であるとも記載されているが(【0053】),これは上記1)の構成と比較した場合に効果が劣る旨を記載しているにとどまり,2)の構成であっても金属粉を収集してその拡散を防止するという本件発明の効果を奏しないとはいえないから,上記記載をもって本件発明の構\\成要件Eにいう「金属粉収集機構」を上記1の構成に限定したとみることは困難である。以上によれば,構\\成要件Eにいう「金属粉収集機構」は,上記1)及び2)の各構成を含むものと解することができる。一方,前記(1)ウで認定したとおり,被告製品の凹部(12H’)は,円筒状のフード部の半径外方に膨らむようにフード部の円周方向全周にわたって存在するものである。また,この凹部は,フード部のうち,被告製品においてトルシアボルトの破断面のバリを切削加工する際に切削屑が発生し,これが飛散する箇所,すなわち,別紙「被告製品の構成」の第3図,第4図及び第6図に示された専用刃(バリ除去用工具)(10CG’)の第1の刃(101C’)及び第2の刃(102C’)がトルシアボルトの破断面(1c’)に当接し,切削加工により切削屑が生じると,これがアウターソ\\ケット(22)側面の開口部(22a)を通って飛散する箇所に対応する部分に位置していると認められる。そうすると,被告製品の凹部(12H’)は,本件明細書に記載された上記2)の構成と同様に,金属粉を収容することによって金属粉を収集する機構\\であるということができるから,構成要件Eにいう「金属粉収集機構\\」に当たると解するのが相当である。
イ これに対し,被告は,(ア) 本件特許の特許請求の範囲には「金属粉収集機構(12H,16,19A,19B)」と記載されており,その出願経過に照らしても,これらの符号により特定される実施形態に限定されること,(イ) 被告製品を使用する向きによっては凹部(12H’)に切削屑がたまらないし,切削屑はカバー(24)内を移動するから,凹部には金属粉収集の機能はないこと,(ウ) 被告製品の蛇腹状のカバー(24)は,切削屑の外部への拡散を防止して切削屑を保持する機能及び伸縮により母材との密着性を高める機能\\を有するものであること,(エ) 本件明細書の第1実施形態の凹部(【0025】)と蛇腹の谷部である被告製品の凹部(12H’)は大きさが異なること,(オ) 本件明細書には,本件発明の第5実施形態(【0046】〜【0048】,図11)におけるベローズ120が金属粉収集機構であることを示す記載がなく,本件出願人において蛇腹状のカバーの内面の凹部が金属粉収集機構\\に当たるとの認識がなかったことを理由に,被告製品の凹部が構成要件Eにいう「金属粉収集機構\\」に当たらない旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
(ア) 特許請求の範囲の括弧内に符号を記載することに関しては,特許法施行規則24条の4及び様式29の2の〔備考〕14のロに「請求項の記載の内容を理解するために必要があるときは,当該願書に添付した図面において使用した符号を括弧をして用いる。」と規定されているところであり,これによれば,特許請求の範囲中に括弧をして符号が用いられた場合には,特段の事情のない限り,記載内容を理解するための補助的機能を有するにとどまり,符号によって特許請求の範囲に記載された内容を限定する機能\\は有しないものと解される。この点に関し,被告は,本件出願人は,本件補正書に係る補正によってこれらの符号により特定される実施形態以外の構成を意識的に除外したから,「金属粉収集機構\\(12H,16,19A,19B)」は,これらの実施形態の構成に限られ,蛇腹状のカバーの内面の凹部は構\\成要件Eにいう「金属粉収集機構」に当たらない旨主張する。しかし,これらの符号は本件補正書に係る補正の前から明細書及び図面中で使用されていたものであり(乙1),前記(1)イ記載の本件特許の出願経過に照らし,本件出願人が拒絶理由の回避のために特定の構成を除外する意図でこれらの符号を付したとは認め難い。そうすると,本件において上記特段の事情があると認めることはできないから,符号「(12H,16,19A,19B)」の記載は,特許請求の範囲に記載された内容をこれらの符号により特定される実施形態の構\\成に限定するものではないと解すべきである。
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2013.06.10
平成24(ネ)10094 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成25年06月06日 知的財産高等裁判所
侵害訴訟の控訴審で機能的クレームに基づく均等侵害について、本件については均等侵害は否定されましたが、「機能\的クレームについての均等侵害は想定しうる」との一般論を述べました。
被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構\成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構\成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。\n
(2) 第1要件(非本質的部分性)について
均等の第1要件における特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち,上記部分が他の構\成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものである。本件各特許発明の特許請求の範囲の記載(請求項1,2及び5)と本件明細書によれば,従来,ノート型パソコンの本体ケーシングに開設されたスリットに連結する連結具として,先端に掛止部が形成された掛金具と,該掛金具に着脱可能\に嵌合する卵形のカバーから成る連結具があったが,従来の技術では,「掛金具の掛止部をスリットに挿入した後,掛金具から手を離すと,掛金具がスリットに吊り下がったり,スリットから脱落することがあり,カバーを装着できない。このため,掛金具を片手で押さえたままで,他方の手でカバーを挿入する必要があった。しかしながら,掛金具,カバーは共に小型であり,また,スリットは,ノート型パソコンの下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。」(本件明細書の段落【0003】)ことから,本件各特許発明は,「片手で簡単に取付けできるノート型パソ\コン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供すること」(本件明細書の段落【0005】)を目的とし,上記課題を解決するための手段として,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能\に保持する構成(構\成要件B,D,Eに係る構成)を採用することで,「片手で連結具を掴んで,主プレートの抜止め片をスリットに挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレートの回止め片を差込片と重なるようにスリットに押し込むだけで,連結具をスリットに取付けできる」(本件明細書の段落【0007】)という作用効果を奏するようにしたものであると認められる。
本件各特許発明の上記の課題,目的,構成,作用効果等に照らすと,本件各特許発明は,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能\に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持するものとして構\成することで,盗難防止用連結具を片手で簡単に取付け可能にした点に,本件各特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち本質的部分があるというべきである。しかるに,被告各製品は,補助部材が,主プレートに対して,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って前進スライドすることによりスライド可能\に係合するものではなく,一つの枢結点を中心として回転方向にスライド可能に係合する構\成を採るものであって,上記相違点は,本件各特許発明の本質的部分に係るものというべきである。したがって,第1要件である非本質的部分性については,これを認めることができない。
(3) 第3要件(置換容易性)について
控訴人は,二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等は,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であること,技術分野を問わず部品点数を減らすことは自明の課題であり,当業者が部品点数を減らす観点から二つのスプリングピンを一つにすることは当然に検討されるべきことからすれば,本件各特許権の請求項又は本件明細書の記載から,主プレートと補助プレートとを一つのピンによって枢結し回動する方向でスライドする被告各製品の構\成とすることは,被告各製品の輸入販売時はもとより,本件出願時においても容易に想到することができたものである旨主張し,同主張に沿う証拠として,甲14ないし18,20,22ないし29,甲30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等が,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構\成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術等を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがなく,結局,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,当業者が被告各製品を実施し得るものとは認められないことは前記のとおりであり,被告各製品の販売等の時点において,これが容易想到であったことを認めるに足りる証拠はない。また,技術分野を問わず部品点数を減らすことが自明の課題であったとしても,それだけでは,当業者が本件各特許発明から被告各製品の構\成を容易に想到することができることにつながるものではない。したがって,第3要件である置換容易性については,これを認めることができない。
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◆原審はこちらです。平成23(ワ)10341
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2012.11.19
平成23(ワ)10341 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 平成24年11月08日 大阪地方裁判所
機能表\現クレームについて、「明細書に開示された内容から,当業者が容易に実施しうる構成であれば,その技術的範囲に属するものといえるが,実施することができないものであれば,技術思想(課題解決原理)を異にするものして,その技術的範囲には属さないものというべき」として、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断されました。
前記アのとおり,本件明細書には,主プレートと補助プレートのスライドに関する構成について,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構\成のものしか開示されていない。このことからも,前記(1)のとおり,解釈すべきであると考える。
(4) 機能的クレームの解釈
仮に,上記原告の主張を前提としても,本件各特許発明の「スライド可能に係合」ないし「分離不能\に保持」という記載は,機能的,抽象的なものであるから,当該機能\ないし作用効果を果たしうる構成であれば,全てその技術的範囲に含まれるとすると,明細書に開示されていない技術思想(課題解決原理)に属する構\成までもが,本件各特許発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。したがって,上記のような,いわゆる機能的クレームについては,【特許請求の範囲】や【発明の詳細な説明】の記載に開示された具体的な構\成に示されている技術思想(課題解決原理)に基づいて,技術的範囲を確定すべきものと解される。また,明細書に開示された内容から,当業者が容易に実施しうる構成であれば,その技術的範囲に属するものといえるが,実施することができないものであれば,技術思想(課題解決原理)を異にするものして,その技術的範囲には属さないものというべきである。そこで検討すると,以下のとおり,被告各製品の構\成については,当業者が,技術常識等を参酌することにより,本件明細書の記載に基づき,容易に実施することができるものであったとは認めることができない。
ア 公知技術ではないこと原告は,2つの部材をピンによって枢結し,回動させる構成が公知技術である旨主張する。しかしながら,原告が公知技術として提出するのは,クレセントおよびそのクレセントを備えた戸(甲22),サイドガラスロック装置(甲23),スライド式ウィンドの開閉装置(甲24),自動車のスライド窓ロック装置(甲25),荷物掛けを有する扉の掛け金具(甲26),ライター(甲28),鼻輪(甲29),折畳み式携帯電話機(甲30の1),無線機(甲30の2),脱落防止付きバッジ(甲31)であり,本件各特許発明とは,明らかに技術分野を異にするものである。
イ 当業者が容易に実施することができるものではないこと等
原告は,当業者が,複数の部材を「スライド可能に係合」する手段として,複数の部材を1点でピンないしヒンジ等で係合する構\成を採用することに格別の困難はない旨主張する。しかしながら,被告各製品の構成では,補助部材が円弧方向にスライドする場合,突起部も円弧方向に移動するから,突起部は,スリットの周りの壁にぶつかるか,スリット内に挿入できたとしても,すぐにスリットの内壁にぶつかり,スリットに挿入することができない。そこで,被告各製品では,ピンと突起部との距離を離した上,突起部の外側縁部を円弧状とすることで,突起部をスリット内に挿入するようにしている。以下,ピンと突起部の距離が短い場合と長い場合及び突起部の外側縁部が円弧状でない場合の図を示す(赤点線は,突起部のスライドする軌跡である。)。上記のとおり,被告各製品の構\成(主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成)では,突起部とピンとの距離を離したり,突起部の形状を工夫したりしなければ,主プレートと補助部材とをスライド可能\にすることはできないものである。被告各製品の構成を採用した場合に生じる上記課題は,本件各特許発明には存在しないものであるところ,上記課題が自明ないし公知のものであるとはいえないし,その解決手段として,上記被告各製品の構\成を当業者が容易に採用しうるものであるとする主張立証はない。これらのことからすれば,被告各製品の構成は,当業者が,技術常識ないし公知技術等を参酌することにより,本件明細書に基づいて容易に実施突起部とピンとの距離が長い場合 突起部とピンとの距離が短い場合突起部の外側縁部が円弧状でない場合することができるものであるとは認めることができない。また,前記(3)で検討したところからすると,本件各特許発明が開示する技術思想(課題解決原理)は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められることにより「スライド可能\に係合」し,かつ「分離不能に保持」するものである。そうすると,上記被告各製品の構\成は,「スライド可能に係合」及び「分離不能\に保持」という機能を実現するため,本件明細書等で開示された技術思想とは原理的に異なる構\成を採用したものというべきである。結局のところ,被告各製品の構成と本件各特許発明とは,「スライド可能\に係合」及び「分離不能に保持」という構\成の点において,異なる技術思想(課題解決原理)によるものであると解される。
2 争点1−3(構成要件Dの充足性)について
前提事実(3)のとおり,本件特許発明1の構成要件Dは,「補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向(判決注:構\成要件Dでは「突出設方向」)に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え,」というものである。これによれば,1) スライド板は,差込片の突出方向にスライドすること及び2) 逆向きにスライドすることも可能なものであることが認められる。また,「方向に沿ってスライド可能\」というのは,上記1)及び2)の相反する方向への移動(スライド)が可能であることを表\現したものと解される。前記1と同様に,「突出方向にスライド」というのも,「突出方向」ないし「方向」という単語の意義からすれば,移動(スライド)の態様は,差込片の形状に沿った方向にスライドすることを指すと解される。前記1で述べたとおり,被告各製品の主プレートと補助部材のスライド方向は,差込片の形状に沿ったものとは言い難い。したがって,被告各製品は,構成要件Dを充足するとは認められない。\n
◆判決本文
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2011.01. 7
平成21(ワ)34337 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 平成22年12月24日 東京地方裁判所
クレームの機能的表\\現について、イ号が技術的範囲に属すると判断されました。損害額について102条2項が認定されています。
構成要件Fにおける「操作体が前記元姿勢に位置するときには該可動歯先端が固定歯先端から離間する方向の回動が規制され」とは,「操作体が元姿勢に位置するときに可動歯の先端が固定歯の先端から離間する方向の回動(円運動)が規制(制限)される」ことを,「操作体の復帰弾機に抗する強制移動に伴い回動規制が解除されて可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するよう揺動する」とは,操作体を復帰弾機に抗して強制移動することにより,上記規制(制限)をとりやめ,「可動歯の先端を固定歯の先端から離間して拡開するよう揺動させる」ことを意味するものと認められる。もっとも,本件明細書の特許請求の範囲請求項1には,回動規制を達成するために必要な具体的な構\成は明らかにされていない。このように特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能\的,作用的な表現を用いて記載されている場合において,当該記載から直ちに当該機能\ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構\\成までもが発明の技術的範囲に含まれることとなりかねず,相当でない。したがって,特許請求の範囲に上記のような機能的,作用的な表\現が用いられている場合には,特許請求の範囲の記載だけではなく,明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。
・・・
上記発明の詳細な説明の記載及び図面によれば,本件発明は,操作者が指掛け部から指を離す,すなわち,操作部を操作しない状態において,魚の口(下顎)をしっかり挟持することができ,魚掴み操作の操作性が向上することを,効果として狙ったものであり(段落【0005】),その効果を奏するために,魚が釣れた場合,魚掴み器の握り部を把持した状態で操作体の引き上げ操作をして可動歯を固定歯から拡開させ,魚の針掛かりしている口の下顎を挟むようにしていずれかの歯を入れ,操作体を離すと,可動歯が揺動して閉じて下顎を両歯で挟持することになり,この状態で針を外せば,魚体を触ることなく針外しができ,魚にダメージを与えることがないという手法(段落【0017】)をとったものと認められる。・・・そうすると,構成要件Fの「回動規制」の技術的意義は,復帰弾機の付勢力によらずに,ピンや長孔を用いて操作体の移動を阻止する構\\成を採用し,操作体が元姿勢に位置していること自体によって,可動歯が動かないようにすることにあると認められる。
(5) 被告製品は,・・・別紙図面1及び別紙図面2のとおり,操作体をコイル弾機に抗して右方向に強制移動させると,上記回動規制の状態を脱し,可動歯先端が固定歯先端から離間して拡開するものであることが認められる。そうすると,被告製品における上記構成は,本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に開示されたところの,操作体に左方向(固定歯向きの左方向)の力が掛かった際に,ピンや長孔を用いて操作体の移動を阻止することによって可動歯を動かないようにするという構成と,技術思想を同じくするものであると解され,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて採用し得る範囲内の構\成であるといえる。
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2009.09.15
平成19(ワ)16025 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 平成21年09月10日 大阪地方裁判所
技術的範囲の判断において、請求項の「〜手段」という文言が明細書開示事項に基づいて限定解釈がなされました。
「特許請求の範囲において,加減圧手段は,「レンジ室内と連通されレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返す加減圧手段」というように,加減圧という作用,機能面に着眼して抽象的に記載されているだけであって,加減圧手段の具体的な構\成は明らかにされていない。このように,特許請求の範囲の発明の構成が機能\的,抽象的な表現で記載されている場合に,当該機能\ないし作用効果を果たし得る構成がすべてその技術的範囲に含まれるとすれば,明細書に開示されていない技術的思想に属する構\成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねず,特許権に基づく独占権が当該特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することになり,相当でない。そこで,本件特許発明1の技術的範囲を確定するに当たっては,本件明細書1の発明の詳細な説明及び図面を参酌し,そこに開示された加減圧手段に関する記載内容から当業者が実施し得る構成に限り,その技術的範囲に含まれると解するのが相当である。・・・・本件明細書1には,上記調圧器5の具体的構\成や,それがいかなる作用,機能を有するものであるかについて,一切開示されておらず,当業者にとっても「調圧器5」がいかなる構\造,機能を有するものであるかを理解することはできない(本件明細書1の【図面の簡単な説明】の欄には「ポンプ4」が, 「加減圧手段としてのポンプ」と記載されているのに対し,「調圧器5」は単に「調圧器」と記載されているだけである。)。そして,本件明細書1には,加減圧手段として採り得る他の構成は開示されおらず,また,他の構\成を採用し得ることについての示唆もない。してみると,本件明細書1で加減圧手段として開示されている具体的構成は,気密室6を構\成する外枠1に接続された管路に接続し,ポンプ4の作動により,加圧と減圧を繰り返すものである。以上によれば,本件明細書1の発明の詳細な説明及び図面を参酌して,その記載内容等から当業者が実施し得る加減圧手段の構成は,ポンプ4のようなそれ自体の作動により加圧及び減圧を繰り返すことができるようなもの,すなわち,加熱手段によるレンジ室内の加熱に伴う圧力変化とは無関係にそれ自体の作動によりレンジ室内の加圧及び減圧を繰り返し行うものと解するのが相当である」。
◆平成19(ワ)16025 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 平成21年09月10日 大阪地方裁判所
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2009.04.30
◆平成21(ワ)4394 損害賠償 特許権 民事訴訟 平成21年04月27日 大阪地方裁判所
機能的クレームについてサポート要件違反を理由として、権利行使ができないと判断されました。
「原告は,「地震時のロックが確実になる」との効果を奏する取付位置は,当業者が試行錯誤をしてみれば極めて容易に判明すると主張するが,かかる主張は「自由端でない位置」という特許請求の範囲の記載が本件明細書で記載された課題解決の手段である「自由端から蝶番側へ(一定程度)離れた位置」を超えるものであることに対する反論にはなっておらず,失当である。仮に,係止手段の大きさや地震検出感度,地震時の係止手段の作動速度や作動時間,開き戸の開口の大きさ,並びに地震時の開き戸の開口速度や開口時間等の条件が明らかであれば,当業者にとって,技術常識に照らし,一定の位置を特定することも可能であるといえるが,本件明細書には,これらの諸条件の記載や示唆すら全くないのである。さらに,原告は「自由端でない位置」では課題を解決する手段として十\分でなくても,「押すまで閉じられずわずかに開かれた」との構成要件により作動が確実との課題を解決できるとも主張するが,そのようなことは本件明細書の発明の詳細な説明において何ら記載されていない。また,段落【0005】の「開き戸の動きが最も大きい自由端ではないため地震時のロックが確実になる」との記載によれば,取付位置は確実に係合する(ひっかける)ための構\成と位置づけられるところ,原告の主張によれば「押すまで閉じられずわずかに開かれた」という構成は,一旦係合した後の係合状態を維持するためものと解されるから,かかる構\成をもって,自由端に近接した位置における係合が確保できるとは解されない。以上より,構成要件Dの「自由端でない位置」との記載は,発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を超えるものであり,特許法36条6項1号の定めるサポート要件を充たすとは認められない。」
◆平成21(ワ)4394 損害賠償 特許権 民事訴訟 平成21年04月27日 大阪地方裁判所
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