特許を譲り受けたのに特許料を不能とした特許権者に対して、無効となった期間に対応する実施権料の不当利得返還請求が認められました。\n
(1) 以上より,被告が特許料不納付により本件特許権5〜8を消滅させたこと
は,本件許諾契約上の特許維持義務(本件許諾契約書8条2項)の不履行に当た
る。したがって,本件許諾契約は,原告の解除の意思表示(前記第2の1(10))に
より解除されたこととなるから,被告は,原告に対し,原状回復義務(民法545
条)として,本件許諾契約に基づき原告が支払った実施料の返還義務及び利息支払
義務を負う。
(2) 本件許諾契約書において,実施料の額は本件プラントの処理能力に基づき算\n定されており(5条1項。前記第2の1(4)),本件各特許権の実施料を個別に算
定し,これを合算した額をもって実施料とするといった定め方はされていない。本
件各特許権の存続期間終了に応じて実施料を減額するといった規定も存在しない。
また,本件仕様書において,本件プラントにおいて本件各発明が実施される設備な
いし方法及びそこで実施される発明を特定しているわけでもない。
これらの事情に鑑みると,本件許諾契約は,本件プラントの建設,操業及びリサ
イクル品の製造,販売等において,本件各発明に係る技術のどれがどのように使用
されるかを具体的に特定して実施料を算定したものではなく,本件各特許権を一体
的なものとして取り扱い,本件許諾契約書記載のとおり,本件プラントの処理能力\nに基づき実施料を算定したものと理解される。
そうすると,本件許諾契約は,出願日の最も遅い本件特許権8(出願日平成10
年4月11日)の存続期間が終了する平成30年4月11日までは,契約として意
義を有していた可能性が高く,同契約に基づく本件実施料は,平成18年4月1日\n〜平成30年4月11日の期間中,本件各特許権のいずれかの通常実施権を許諾さ
れることの対価として一体的に定められたものと見られる。
もっとも,本件各特許権のうち最もその消滅が遅かったのは本件特許権6(平成
23年7月6日)であり,それまでは,原告は,本件許諾契約に基づく通常実施権
者としての地位を享受していた。このため,本件許諾契約の解除により,原告も,
その間に享受した利益を返還すべき地位にある。
そこで,本件実施料として支払われた1億5750万円から,原告が実際に通常
実施権者としての地位を享受していた期間に相当する部分を控除すると,8857
万1347円となる。
\157,500,000-(\157,500,000*1923 日/4394 日)=\88,571,347
(日数は実日数,小数点以下切捨て)
(3) 被告の主張について
被告は,本件実施料はそもそも実質的には本件各特許権の実施に係る許諾料では
ない,本件許諾契約の目的は本件プラントが本稼働を開始した平成18年4月時点
で既に達成されている,本件プラントにおいて本件各特許権が実施されていないこ
とから,被告が本件特許5〜8を消滅させたことによって原告に損害が発生してお
らず,債務不履行となるべき事実自体がないなどと主張する。
しかし,本件許諾契約に至る経緯等(前記1(1))に鑑みれば,本件実施料が実
質的に本件各特許権の実施に係る許諾料でないと見るべき事情はない。また,本件
許諾契約は,本件プラントの操業を埼玉ヤマゼンが担うことを前提としたものであ
ることから(前記第2の1(2),第3の1(1)ケ,(2)),その目的が本件プラントの
本稼働開始により既に達成されたと見ることもできない。
さらに,そもそも,本件では本件許諾契約の債務不履行による解除に基づく原状
回復請求がされているのであって,損害賠償請求はされていないことから,損害の
発生の有無は問題とならない。その点は措くとしても,本件プラントにおける本件
各発明の実施の有無は必ずしも判然とせず(前記1(5)),また,本件許諾契約に
より原告が認められるのは通常実施権にとどまるものの,本件許諾契約には,JRT
が原告以外の者にも本件各発明の実施を許諾する場合は,事前に原告との協議を要
することが定められていること(本件許諾契約書3条。前記第2の1(4)ア)など
に鑑みると,なお本件特許権5〜8が権利として維持されることには意味があった
ものといえる。しかも,前記(2)のとおり,本件許諾契約においては,本件実施料
を定めるに当たり本件各特許権は個別にではなく一体的に取り扱われていることか
ら,本件特許権1〜4が本件譲渡契約の時点で既に消滅していたことは,原状回復
が認められる範囲を定めるに当たり考慮すべき事情とはいえない。その他被告が
縷々指摘する事情を考慮しても,この点に関する被告の主張は採用できない。
◆判決本文
独占的権利(特許または専用実施権)については,特許の取得費用についても支払うとの契約があり,その一部について非独占的権利への変更通知をした場合に,その取得費用について支払う必要があるのかが争われました。知財高裁は1審と同じく,支払い義務ありと判断しました。
「(1)ア 特許実費の支払義務を負う対象となる権利の範囲について,本件契約
書5条1項は,「専用実施権又は独占的通常実施権を有している本件特許権等」と
規定していることから,控訴人は,専用実施権の設定登録がされた特許権について
のみ,それらの特許実費を負担することになるのかが問題となる。
(ア) 出願中の特許について
本件契約書1条1号は,「本件特許権等」について,出願中の特許も含まれるも
のと定義していること,本件契約書5条1項は,「当該特許権又は出願中の特許に
係る出願,登録及び維持に要する実費(以下「特許実費」という。)を負担する」
と規定していること,本件契約書5条2項は「2条3項に基づく非独占的通常実施
権への変更通知をしたときは,当該変更通知がなされた対象特許権及び/又は出願
中の特許については,前項の費用負担義務を免れるものとし」と規定していること
からすると,本件契約書5条1項により控訴人が負担することになる特許実費には,
出願中の特許についての特許実費も含まれることは明らかである。
そして,出願中の特許については,専用実施権の設定や独占的通常実施権の許諾
はできないから,それが特許権の設定登録がされた後に本件契約上専用実施権や独
占的通常実施権の対象となるのであれば,特許実費の支払義務を負う対象となると
いうべきである。なお,出願中の特許については,仮専用実施権の設定や仮通常実
施権の許諾をすることができる(特許法34条の2,34条の3)が,本件契約書
には,仮専用実施権の設定や独占的仮通常実施権の許諾がされたものに限り,控訴
人がその特許実費を負担する旨の規定はないから,控訴人がその特許実費を支払う
義務がある出願中の特許がこれらのものに限られると解することはできない。
したがって,出願中の特許についても,本件契約書2条3項に基づく非独占的通
常実施権への変更がされていないものであれば,控訴人がその特許実費を支払う義
務があるというべきである。
(イ) 特許権の設定登録がされた特許権について
本件契約書2条1項,2項は,本件特許権等につき,当初は,専用実施権の設定
合意をするが,本件契約締結日から3年経過したときに,その専用実施権が独占的
通常実施権に変更される旨規定しており,本件契約においては,専用実施権の設定
合意がされ,その設定登録がされていなくても,その専用実施権は,3年経過後に
独占的通常実施権に変更されるものとされているのであるから,本件特許権等のう
ち特許権の設定登録がされた特許権については,「専用実施権又は独占的通常実施
権を有している本件特許権等」とは,本件契約書2条1項により専用実施権の設定
の合意がされた特許権及び本件契約書2条2項により同専用実施権が独占的通常実
施権に変更された特許権を意味し,控訴人は,そのような特許権であり,本件契約
書2条3項に基づく非独占的通常実施権への変更をしていないものであれば,専用
実施権の設定登録がされているかどうかにかかわらず,それらの特許実費を支払う
義務があるというべきである。
イ 次に,本件契約書1条1号において,「本件特許権等」が「本件製品を
技術的範囲に含む」ものと定義されていることから,その意味が問題となる。
本件契約書1条3号は,「本件製品」について,「(1)圧電型加速度センサ(L字
タイプ),(2)触覚センサ(薄型力覚センサ),(3)トルクセンサ,(4)マイクロ発電
機,及び(5)MEMSミラーを意味する。」と定めており,そこに控訴人が製造,販
売するあるいは製造,販売する予定の製品といった限定はないから,本件契約上,\n「本件製品」とは,これらの技術分野の製品一般を意味するものである。
したがって,「本件製品を技術的範囲に含む」とは,これらの技術分野を技術的
範囲に含むことを意味し,「本件特許権等」は,これらの技術分野に関する特許権
又は出願中の特許を意味すると解するのが相当である。
ウ そして,本件契約についての以上の解釈は,前記1(2)で認定した本件
契約締結に至る経緯,前記1(3)で認定した本件契約締結後の当事者のやり取りの
状況等及び前記1(5)アで認定した控訴人による本件契約に基づく特許実費の支払
状況とも矛盾なく整合するものであって,これ以外の解釈をすることはできない。
(2) 以上のとおり,控訴人は,被控訴人に対して,本件製品(圧電型加速度セ
ンサ(L字タイプ),触覚センサ(薄型力覚センサ),トルクセンサ,マイクロ発電
機,及びMEMSミラーの技術分野)に関する出願中の特許,専用実施権の設定の
合意がされた特許権及び同特許権から独占的通常実施権の許諾のある特許権に変更
された特許権のうち,上記の専用実施権又は独占的通常実施権が非独占的通常実施
権に変更されていないものについての特許実費を支払う義務を負うが,前記1(7)
アのとおり,平成29年度第2半期における上記範囲の特許実費は,4512万6
043円である。
◆判決本文
1審はこちら。
◆平成31(ワ)3197
被告は,本件変更通知以降は,被告が本件特許権等につき何らの専用実施権を
有しないことが明確となった以上,それ以降に発生した本件変更通知後特許実費につ
いては,本件契約上,被告が負担すべきものと解釈されるべきではないし,仮にその
ように解釈されたとしても,本件変更通知後特許実費の発生原因となった原告による
特許出願等が被告にとって必要性がなく,また,早期に行われる必要もないものであ
ったことも踏まえると,原告の本件変更通知後特許実費の請求は権利の濫用に該当す
る旨主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,本件契約上,原,被告間に本件特許権等について
の専用実施権の設定合意が存在する間は,被告が本件特許権等の特許実費を負担すべ
きであると解されるところ,前記1(6)のとおり,本件変更通知によって上記の合意
が解消されるのは平成30年3月31日である上に,本件変更通知の対象には本件特
許権等に含まれる出願中の特許は含まれておらず,前記(1)アの本件特許権等の文言の解釈を前提とすると,本件変更通知の対象とされたのは本件契約の対象となる本件特
許権等のうちの一部にとどまることとなるから,本件変更通知により被告が本件特許
権等につき何らの専用実施権を有しないことが明確になったともいえない。
また,証拠(甲2,43)及び弁論の全趣旨によれば,原告の請求に係る平成29
年度第2半期における特許実費のうち,原告において平成29年11月10日以前に
特許事務所に対して出願等の依頼をしたにもかかわらず,特許事務所からの実際の請
求が平成30年2月23日以降にされたにすぎないものも相当額含まれていること
が認められるし,また,これに当たらないものに関し,原告において,同日以降に殊
更同年3月31日までに特許出願等の特許実費を発生させる行為をしたと認めるに
足りる証拠もないこと,本件契約上,被告における実施の必要性がないこと等を理由
として被告において特許実費の負担を免れることができる旨の定めも存在しないこ
とに照らすと,原告の本件変更通知後特許実費の請求が権利の濫用に該当するともい
えない。
エ 被告は,過去に原告の有する本件製品に関する特許権及び出願中の特許を対象
としてその特許実費全額を支払っていた点について,後に精算することを前提に仮払
したにすぎない旨主張する。
しかしながら,本件契約書上,支払対象とならない特許実費に関する仮払やその精
算に関する定めは存在しない上に,証拠(甲6〜15,24〜28)及び弁論の全趣
旨によれば,被告が,原告の特許実費の請求に応じてその支払をするに当たり,仮払
であることや後に精算する必要があることを示すことなく支払をしたことが認めら
れるほか,前記1(7)カのとおり,Bは,過去の特許実費の支払につき,仮払という説
明ではなく,支払当時将来的に独占的な実施権を得られるであろうとの期待から自発
的に支払ったなどと説明していたのであって,他に被告が原告に対して仮払であるこ
とや精算の必要性があることを支払の際に示していたことをうかがわせる証拠もな
いことに照らすと,被告の上記主張は採用することができない。