知財高裁(3部)は、一定の形態が変化するものではないとして、発泡状態の形状は、意匠ではないと判断した審決を維持しました。
こうした特別委員会等における議論を踏まえて、上記ウにおける意匠法
改正の過程では、上記ウ2)、3)のとおり、再度上記イにおける「びっくり
箱」を想定して動的意匠についての意匠法による保護が検討されたところ、
上記ウ2)のとおり、当初、「意匠に係る物品の形状・・・が・・・変化する
場合において、その変化の前後の形状」の意匠(下線は判決で付記)を出
願する場合を想定したのに対し、上記ウ3)のとおり「びっくり箱は複数の
ものが同時にとれる。複数意匠ではないか。」との法制局審査における問題
提起や上記ウ6)のとおり複数意匠であるとの指摘を受けて、上記「変化の
前後の形状」との記載では複数意匠と捉えられかねないことから、これを
修整することとした。
そして、上記ウ3)のとおり物品自身が動くことは物品そのものであると
考え、上記ウ6)のとおり、動的意匠が一意匠であることを前提とした上で、
特別の例外規定を置くことなく、上記ウ7)のとおり、意匠法6条5項(現
同条4項)を、「その変化の前後にわたるその物品の形状」について意匠登
録を受けようとする(下線は判決で付記)との文言に修正して、意匠法改
正をすることとされたものである。
このように、昭和34年意匠法改正の過程においては、動的意匠につき、
物品の形状について「その変化の前後の形状」とするのでは、一意匠であ
ることに疑義が生じることから、物品自身が動くことは物品そのものであ
るとの認識のもとに、「その変化の前後にわたるその物品の形状」と規定さ
れたものであり、特別の例外規定が置かれなかったことからしても、物品
の形状は、その変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の
物品に必要とされる形状についての要件を満たすことが前提とされてい
たことは明らかである。
(5) 上記(3)、(4)を踏まえると、意匠法6条4項に定める動的意匠のうち物品の
形状が変化するものについて、その物品の形状は、変化の前後にわたるいず
れの状態においても、意匠法上の物品としての要件、すなわち物品の属性と
して一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を捉え
ることのできる定形性があり、その変化の態様に一定の規則性があるか変化
する形状が定常的なものであることが必要であると解される。
(6) 意匠法6条4項の解釈についての原告の主張に対する判断
原告は、前記第3〔原告の主張〕1のとおり、動的意匠は、物品の機能に\n基づいて、一定の規則性をもって変化する形態であれば、「定形性」を有する
こととなるから、本件審決は意匠法6条4項の解釈を誤っている旨を主張す
る。
しかし、意匠法6条4項の「意匠に係る物品の形状・・・がその物品・・・
の有する機能に基づいて変化する場合において、その変化の前後にわたるそ\nの物品等の形状等」を願書に記載しなければならない旨の出願の規定により、
意匠に必要とされる物品の形状の要件が直ちに変更されるとは解し難いとこ
ろであり、上記(1)ないし(5)で検討したとおり、動的意匠について定める意匠
法6条4項の改正の経緯や、意匠一般に係る意匠法の定めにも鑑みると、上
記のとおり変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品と
しての要件、すなわち物品の属性として一定の期間、一定の形状があり、そ
の形状認識の資料である境界を捉えることのできる定形性があり、その変化
の態様に一定の規則性があるか変化する形状が定常的なものであることが必
要であると解されるところである。
・・・
エ 本願において登録を受けようとする意匠は、容器の蓋の開栓により変化
する形状等であって、変化前である閉蓋時は、容器上面の蓋部の周囲に位
置する大径リング状縁部の形状等であり、変化後である開蓋時は、大径リ
ング状縁部の形状等に加え、その内方に現れる、容器内部の一部、濃褐色
の液体及び液体の上方を順次覆うように出現する乳白色の気泡の形状等で
ある。
このうち、「変化の前後にわたるその物品の形状」である発泡状態の変化
を示す開蓋後の平面図1ないし10に基づく上記10秒間の発泡状態の
経時的変化は以下のとおりであり、これらは写真1枚につき概ね1秒ごと
に生じる変化である。
(ア) 発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図1によれば、上記イの開蓋後の
平面図が大径リング状縁部内の飲料上部が全面濃褐色であるのに比べて、
缶周縁部液面上に沿って乳白色の泡が生じているところ、気泡の量が少
なく細い帯状となっていたり、泡がない箇所(図内右斜め上部分、下部
分等)と、気泡の量が多く太い帯状となっている箇所(上部分、右下部
分等)とがあり、中央部にはほのかに白い部分がある。
(イ) 発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図2について、泡が略円環状の輪
郭を形成しているものの、缶周縁に帯状となった気泡の幅は一定ではな
く、その輪郭形状はいびつな円形である。
前記(ア)と比べて、気泡による帯の幅が増した箇所(右上部分)がある
一方、消滅ないし減少した箇所(右下部分)がある。また、中央部には
前記平面図1の白い部分が消えて、白い気泡の小さな集合が不規則に散
在する。
(ウ) 発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図3及び同平面図4に至り、円環
形状の径が漸次的に狭まっていくものの、輪郭形状の径が狭まる進行の
度合いは場所により一定ではなく、全体として缶の中心より上方向へそ
れて行き、形状も円ではなくいびつな形状である。円環形状の中央付近
には白い気泡がある。
(エ) 発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図5において、円環形状の径はす
ぼまって縦長になり、同平面図5及び同平面図6において、円環形状の
径が漸次的に狭まっていくものの、輪郭形状の径が狭まる進行の度合い
はところにより一定ではなく、全体として缶の中心より上方向へそれて
行き、形状も円からはかけ離れたいびつな形状である。同平面図7及び
同平面図8において、形成された泡は次第に開口部全面を覆うが、中央
部付近にくぼみがあり、同平面図7から同平面図8にかけて小さくなっ
ている。
(オ) 発泡状態の変化を示す開蓋後の平面図9、同平面図10及び発泡後の
状態を示す開蓋後の開口部拡大斜視図においては、泡沫面が缶口部へ向
けて盛り上がっていき、缶口面上部に概ね円錐台状の立体形状を形成す
るが、発泡の状態は一様ではなく、大きな単独の気泡が見え隠れする部
分(左部分)がある上、気泡が盛り上がった立体形状は、2段の円錐台
状である。
(2) 本願意匠の要旨認定に係る原告の主張についての判断
ア 原告は、前記第3〔原告の主張〕2及び3のとおり、本願意匠の要旨は
開蓋後の濃褐色の液体及び液体の上方を順次覆うように出現する乳白色の
「泡沫」の総体が、濃褐色の液体の上方を覆うように盛り上がって変化す
る形状等にあり、本件審決の本願意匠の要旨認定は誤りである旨主張する。
しかし、前記2で検討したとおり、動的意匠におけるその物品の形状は、
変化の前後にわたるいずれの状態においても、意匠法上の物品に必要とさ
れる形状についての要件を満たすものであり、動的意匠として登録を受け
ようとする意匠出願の要旨についても、それに沿い認定されるべきである
ところ、原告の上記主張は、願書の記載及び添附された写真に基づき必要
にして十分なものとはいえない。\n
その上で、意匠の要旨は、願書に添附された説明及び写真に基づき認定
されるものであるところ、原告の上記主張は、上記(1)エ(ア)及び(イ)のとおり、
中央部付近に当初生じた泡の一部がいったん消えること(乳白色の気泡が
一旦生じた後に再度濃褐色の液体が現れる箇所)などについても記載され
ているものではなく、原告の主張は、願書に基づくものとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は、前記第3〔原告の主張〕4で主張するとおり、本件審決が認定
した乳白色の気泡が一旦生じた後に再度濃褐色の液体が現れる箇所などは
実際の物品を見た者において全く言及しないなど(甲28、29)、需要者
の注意を全く引かない部分であるとともに、上記「乳白色の気泡」は泡沫
と区別される気泡で液体中の気体の粒子であり、これが液面に浮上して缶
周縁部で泡沫に成長しているのであって消滅しているものではないから、
本件審決は要旨認定の手法としても技術的にみても誤りである旨を主張す
る。
しかし、中央部付近に当初生じた泡の一部がいったん消えること(乳白
色の気泡が一旦生じた後に再度濃褐色の液体が現れる状況)を含め、本願
意匠の内容については、願書に添附された写真等に基づけば、前記(1)のと
おり認定されるべきものである。そして、開蓋後の液面の状態は、通常、
需要者が見ているものであり、需要者の注意を全く引かないとはいえない。
一方、気泡と泡沫の区別について原告の主張する内容は、願書の記載及び
添付された写真に示された「発泡状態」からは把握できないものであって、
それらを意匠を受けようとするものの内容とすることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない
4 本願意匠の意匠該当性について
(1) 既に検討したとおり、動的意匠は、出願に係る意匠が、意匠法2条1項の
「意匠」である状態を保ちながらその要素である形状等を変化させる場合に、
その変化の過程であるその前後の状況を含めて全体として一つの動的な形状
等として把握し、これを一つの意匠として保護しようとするものであり、変
化の前後にわたる物品の形状である中間状態も含め、全体として一つの物品
の形状等として把握できる定形性等が必要である。
具体的には、上記2(5)のとおり、物品の形状は、その変化の前後にわたる
いずれの状態においても、意匠法上の物品としての要件、すなわち物品の属
性として一定の期間、一定の形状があり、その形状認識の資料である境界を
捉えることのできる定形性があり、その変化の態様に一定の規則性があるか
変化する形状が定常的なものであることが必要である。
これを本願についてみると、前記3(1)エのとおり、発泡状態の変化を示す
開蓋後の平面図1ないし3において、缶周縁に帯状となった気泡の幅は一定
ではなく、その輪郭形状もいびつな円形であり、その過程において、気泡に
よる帯の幅が増した箇所がある一方で、消滅ないし減少した箇所がある。ま
た、中央部の白い部分が消えて、白い気泡の小さな集合が不規則に散在する
状態になった後、円環形状の径が漸次的に狭まっていくものの、輪郭形状の
径が狭まる進行の度合いも場所により一定ではなく、形状も円ではなくいび
つな形状を示した後に、2段の円錐台形状に至る。このような気泡の発生及
び消滅の状況は、上記意匠ないし動的意匠の要件である一定の期間、一定の
形状を有し、境界を捉えることのできる定形性があるものとみられないほか、
変化の態様に一定の規則性があるか、あるいは変化の形状が定常的であると
も認め難いものである。
なお、本願意匠を実施した商品とされる「生ジョッキ缶」についての公開
情報によっても、気泡の総体の形状及びその変化は、開栓ごとに異なり、缶
の周縁部に大きな泡が複数視認できる状態(甲31、15頁)、まだらに湧い
た気泡が増加する状態(乙8)、泡の総体が球の一部を切り取ったようなドー
ム形状に盛り上がった状態(乙9)、缶内部の液面の周縁部にかろうじて泡の
集合がみられる状態(乙10、4頁)などが認められるにとどまり、開栓の
都度、本願の願書の添付写真と同じ形状等が再現されるものとは認められず
(甲1、17、31、乙7ないし10)、この点に照らしても、本願意匠に示
された気泡の発生及び消滅の状況が定形性を欠き、変化の態様に一定の規則
性はなく、変化の形状が定常的であるとも認め難いとの上記の認定は、相当
ということができる。
そうすると、本願意匠は、意匠登録を受けることのできる意匠には該当し
ないものというべきである。
◆判決本文