2018.06. 6
特許公報(実案公報)に記載された形状が、意匠法の創作容易性の基礎となる「公然知られた意匠」に該当するのかが争われました。知財高裁は、特許庁発行の公報の目的、および公表の期間、不特定又は多数の者に知られた事実を優に推認できると判断しました。
意匠法3条2項は,公然知られた形状等に基づいて容易に意匠の創作をする
ことができたときは,意匠登録を受けることができない旨を規定している。公然「知
られた」との文言や,同条1項が,刊行物に記載された意匠(同条1項2号)と区別
して「公然知られた意匠」(同条1項1号)を規定していることと対比すれば,「公然
知られた」というためには,意匠登録出願前に,日本国内又は外国において,現実に
不特定又は多数の者に知られたという事実が必要であると解すべきである。
イ 引用意匠1は,昭和54年に公開された公開実用新案公報に記載された意匠
であり,引用意匠2は,昭和61年に公開された公開実用新案公報に記載された意
匠である。したがって,引用意匠1の記載された公報は,本願意匠の登録出願時ま
でに37年が,引用意匠2の記載された公報は,同じく30年が,それぞれ経過し
ている。
特許庁発行の公報は,閲覧・頒布等によりその内容を周知する目的のものであり,
多数の公共機関に対し交付され,これらの機関の多くにおいて一般の閲覧に供され
ている。引用意匠1の記載された公報が発行された翌年の昭和55年当初における
交付先施設数は225か所で,このうち,一般の公開に供している地方閲覧所は1
15か所であり,昭和54年の一般地方閲覧所の公報類の閲覧者数は23万387
9人である(乙1の1・2)。引用意匠2の記載された公報が発行された昭和61年
当初における交付先施設数は211か所で,このうち,一般の公開に供している地
方閲覧所は109か所であり,同年の一般地方閲覧所の公報類の閲覧者数は17万
1665人である(乙2)。
さらに,特許庁では,平成11年3月にインターネットを通じて産業財産権情報
を無料で提供する「特許電子図書館(IPDL)」サービスを開始した。また,その
後,その運営の移管を受けた独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)に
おいて,平成27年3月から「特許情報プラットフォーム(J−PlatPat)」
の提供を開始している。J−PlatPatでは,明治以降発行された1億件を超
える公報類や諸外国で発行された公報を蓄積しており,文献番号,各種分類,キー
ワード等により検索することが可能である(乙3)。\n
ウ 以上の事実を総合すると,引用意匠1及び引用意匠2の記載された公報が,
いずれも,本願意匠の登録出願時まで長期にわたって公然知られ得る状態にあって,
現実に不特定又は多数の者の閲覧に供されたことが認められる。そして,これらの
事実によれば,これら公報に記載された引用意匠1及び引用意匠2に係る形状が,
現実に不特定又は多数の者に知られた事実を,優に推認することができる。
(2) 創作容易性について
本願意匠は,意匠に係る物品を「中空鋼管材におけるボルト被套具」とし,その形
状は,正面視をハット状,平面視を縦長長方形の板状としたものである。
引用意匠1は,建築構成材や建築構\造材に固定される横長長方形板状の支持具の
表面に現れるボルトの頭部を,支持具全体を被覆して保護するボルトカバーに係る\n意匠であり,横長長方形板の左側端部を内側にコ字状に屈曲させ,右側端部をL字
状に屈曲させた形状のものである(甲1)。
引用意匠2は,建築用の支持材に係る意匠であり,全体形状を,長手方向に垂直
な断面をハット状に形成した板状の長尺材としたものである(甲2)。
引用例1によれば,引用意匠1のボルトカバー(7)は,固定板(1)の係止リブ
(8a)(8b)に形合するように,その端部の形状が形成されているものであり,
端部の形状は,ボルトカバーを取り付ける箇所等に応じて,当業者が任意に選択で
きるものと解される。また,ボルトカバーの幅や長さも,当業者が適宜選択できる
ものである。そうすると,建築部材の分野における当業者であれば,引用意匠1の
ボルトカバーに,引用意匠2の形状を適用して,ボルトカバーの端部の形状を変更
するとともに,その幅及び長さを変更して,正面視をハット状,平面視を縦長長方
形の板状とすることは,容易になし得ることであるから,本願意匠は,当業者が,引
用意匠1に,引用意匠2を適用して,容易に創作することができたものと認められ
る。
◆判決本文
関連事件です。
◆平成30(行ケ)10009
創作容易であるとした審決が維持されました。
前記(1)によれば,意匠の創作非容易性は,その意匠の属する分野における通
常の知識を有する者(当業者)を基準に,公然知られた形状,模様若しくは色彩又
はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたか否かを判断して
決するのが相当である(意匠法3条2項)。
本願意匠の「アクセサリーケース型カメラ」は,アクセサリーケースとしての用
途と機能を有し,併せて相手に分からないように撮影し,録画するという隠しカメ\nラとしての用途と機能を有するものである。アクセサリーケースに隠しカメラを設\n置する場合,多種多様な隠しカメラの撮像部の配置を参考にして,適切な設置場所
を決定すると考えられるから,本願意匠に係る当業者は,アクセサリーケースの分
野における通常の知識と,隠しカメラの分野における通常の知識を併せて有する者
である。
前記1(4)のとおり,引用意匠3は,ガム等の収納容器の内部に撮影機能を組み込\nんだ「撮影機能付ボトルケース」であり,引用意匠4は,ティッシュボックスの収\n納容器の内部に撮影機能を組み込んだ「撮影機能\付ティッシュボックス」である。
したがって,「アクセサリーケース型カメラ」の当業者にとって,隠しカメラで
ある引用意匠3及び4は,出願前に公然知られた形態といえるから,本願意匠にお
ける撮像部の設置場所を決定するに当たり,引用意匠3及び4を参考にすることが
できる。
イ 原告は,1)本件審決の認定と異なり,本願意匠と引用意匠3及び4は同じ分
野に属さない,2)本願意匠に係る当業者には,防犯用隠しカメラの分野に関する意
匠を転用する習慣などなく,防犯用隠しカメラの形態が広く知られていたとはいえ
ない,などとして,引用意匠3及び4を相違点Aの創作容易性の根拠とすることは,
誤りであると主張する。
しかし,1)本件審決は,本願意匠に係る当業者が,アクセサリーケースと隠しカ
メラの双方について,通常の知識を有するものと判断しているのであって,本願意
匠と引用意匠3及び4が同一の分野に属すると判断しているのではないから,原告
の上記主張は前提を異にするものである。また,2)アクセサリーケースに隠しカメ
ラを設置する場合,隠しカメラの分野においていかなる形態で撮像部が設置されて
いるかを参考にすると考えられるから,本願意匠に係る物品の当業者にとって,公
然知られた隠しカメラの形態は,公知というべきである。
したがって,本件審決が,引用意匠3及び4を相違点Aの創作容易性の根拠とし
たことに誤りはない。
(3) 相違点AないしCの創作容易性
ア 引用意匠3(別紙4。甲4)及び4(別紙5。甲5)の形状からすれば,こ
れに接した当業者は,隠しカメラの撮像部を収納部とすることを示唆されている。
引用意匠1は,アクセサリーケースを開いて指輪を見せ,ひざまずいた状態でプ
ロポーズを行うというアメリカの風習(甲13)に適するよう,撮像部を上蓋部に
設けたものである(甲2)。そこで,これと異なる形で,アクセサリーケースを使
用する場合にも適するよう,撮像部の位置を変更する動機付けが認められる。した
がって,撮像部を収納部に設置した引用意匠3及び4を参考にしつつ,引用意匠1
の撮像部を上蓋部から収納部に変更することは,当業者が,容易に創作することが
できたものである。
また,一つの要素をある箇所に設ける際に,その箇所の上下左右対称の中心部分
に配置する造形処理は,工業デザイン一般において通常行われていることであるか
ら,撮像部を収納部の中央部分に配置することは,特段困難なことではない。そし
て,カメラの撮像部の形態を円形とすることはごく普通にみられる広く知られた形
状であり,撮像部の直径を13%から15%に大きくすることは,多少の改変にす
ぎない。
したがって,相違点Aに係る本願意匠の形態には着想の新しさ・独創性があると
はいえず,引用意匠1に引用意匠3及び4を組み合わせることによって,当業者が
容易に創作することができたものである。
イ 相違点Bについて,引用意匠1の上蓋部の形態を,引用意匠2(甲3。別紙
3)の上蓋部のように,上蓋上面が平坦な略直方体状とすることに,着想の新し
さ・独創性があるとはいえず,当業者が,容易に創作することができたものである。
ウ そして,相違点Cについて,スイッチ等の操作部を大きくするような変更は,
操作性の向上等のために行われる特段特徴のない変更である。そうすると,引用意
匠1のスイッチの形態を,特段特徴のない変更をして広く知られた形態である略円
柱状にすることに,着想の新しさ・独創性があるとはいえず,当業者が容易に創作
することができたものである。
◆判決本文
◆本件意匠はこちら。意願2015−24653号