『Wayback Machine』に保存・公開されている意匠を引用意匠として拒絶審決が成されました。知財高裁は審決を維持しました。争点は、本願意匠の意匠に係る物品は、『工具の落下防止コード』であり、部分意匠です。引用意匠はヨット用ハーネスライン(安全ベルト)ですが、創作容易か否かです。
ア 創作容易性の判断方法
・・・
さらに、出願された意匠が、物品等の部分について意匠登録を受けよ
うとするものである場合は、その創作非容易性の判断に当たり、「意匠登
録を受けようとする部分」の形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの
結合や、用途及び機能を考慮するとともに、「意匠登録を受けようとする部分」を、当該物品等の全体の形状、模様若しくは色彩若しくはこれら\nの結合の中において、その位置、その大きさ、その範囲とすることが、
当業者にとって容易であるか否かについても考慮して判断すべきである。
そして、意匠法3条2項は、物品との関係を離れた抽象的なモチーフ
を基準として、それから当業者が容易に創作することができる意匠でな
いことを登録要件としたものであって、創作非容易というためには、物
品の同一又は類似という制限をはずし、上記周知のモチーフを基準とし
て、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさや独創性を要すると解す
べきであり(最判昭和49年3月19日同45年(行ツ)第45号民集
28巻2号308頁、最判昭和50年2月28日同48年(行ツ)第8
2号最高裁裁判集民事114号287頁参照)、本願意匠に係る物品と厳
密には同一といえなくても、それと目的又は機能を共通にし、製造又は販売等する業者が共通している物品は、本願意匠に係る物品の当業者が\nその形状等を当然に目にするものと推認されるから、同一の物品分野に
属するものとして、創作容易性を判断する際の資料となるものと解すべ
きである。
イ 本件審決における創作容易性の判断の適否
(ア) 物品分野について
a 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」は、一方を
人側に、他方を各種工具に取り付けて、人が所持する工具の落下を
防止するものであり、他方、引用意匠2に係る物品である「ハーネ
スライン」(安全ベルト)は、一方をヨットのフレーム等側に、他方
を人側に取り付けて、ヨットから人が落下するのを防止するもので
あって、落下防止を図るという目的において共通する。また、いず
れも、全体が帯状で両端に取付具を有するという形状は共通してお
り、一方の端を、落下の防止を図ろうとする目的物に取り付け、他
方の端を、固定された物の側に取り付け、固定された物から目的物
が落下するのを防止するという機能も共通する。いずれの材質・形態についても、目的物の落下を防ぐために必要十\分な強度を有し、取付けや落下の防止が確実・容易にできることが要請される。この
ように、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引
用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)は、目
的、機能、材質・形態に要請される事項が共通する。
b 本願意匠に係る物品等の製造販売の実態は、次のとおり認められ
る。
(a)甲1(本件審決別紙第2)、乙6の1、2によれば、「播州三木
の道具屋『アルデ』」(以下「アルデ」という。)のウェブサイトに
おいて、その一番上に「大工さんの道具箱!大工道具・金物の専
門通販なら三木金物オンラインショップ『アルデ』」との記載があ
り、「カテゴリー一覧」の中に、「鋸(のこぎり)」、「ハンマー」、
「マリン」等とともに「安全用品・ロープ」の項目があり、「安全
用品・ロープ」の項目の中に、「その他」、「墜落制止用器具」等の
項目があり、「その他」の中に引用意匠1の「【NRK】布製安全コ
ード 赤 3kg(落下防止コード)」が掲載されており、「墜落制
止用器具」の中にランヤード、安全帯などが掲載されている。
そうすると、アルデのウェブサイトでは、工具の落下防止コー
ドと、人の落下を防ぐ安全用コードが販売されていることが認め
られる。
(b)甲4(本件審決別紙第5)は、「【プロ志向】職人の為の安全帯
ハーネス・作業用品専門店 梅春 いちや 総本店」(以下「いち
や」という。)のウェブサイトであり、「CATEGORIES」(カテゴ
リーズ)の中に、「ハーネス」、「ハーネス+ランヤードセット」、
「ハーネス対応ランヤード」、「1本つり安全帯」、「ランヤード」、
「安全帯胴ベルト・付属品」等の項目があり、「安全帯胴ベルト・
付属品」の項目の中の「落下防止対策」、「安全コード」の細項目
の中に「【NRK】布製 安全コード 3kg 【セーフティコード】
落下防止コード」が掲載されている。
そうすると、いちやのウェブサイトでは、工具の落下防止コー
ドと、ハーネスやランヤードなどの人の落下を防ぐ安全用コード
が販売されていることが認められる。
(c) 乙7は、作業服・作業用品専門店「ZOOM」(以下「ZOOM」と
いう。)のウェブサイトであり、「Category」(カテゴリー)の中に、
「フルハーネス」、「安全帯」等とともに「ランヤード」、「落下防
止対策用品」の項目があり、「落下防止対策用品」の項目の中に、
工具の落下防止コードが掲載されている。
そうすると、ZOOM のウェブサイトでは、工具の落下防止コー
ドと、ハーネスや安全帯などの人の落下を防ぐ安全用コードが販
売されていることが認められる。
(d) 乙8は、「第55回全国建設業労働災害防止大会 in 横浜」、「安
全衛生保護具・測定機器・安全標識等 展示会」のパンフレット
であり、出展企業の一つである「スリーエム ジャパン(株)」の主
な取扱品目として、「工具落下防止用製品」とともに「ハーネス型
安全帯」、「ランヤード」が記載されており、工具の落下防止コー
ドと、ハーネス、安全帯、ランヤードなどの人の落下を防ぐ安全
用コードの双方を製造又は販売している会社があることが認めら
れる。
(e)甲5(本件審決別紙第6)は、株式会社 TOWA のウェブサイト
であり、「高所作業&ガラスクリーニング」、「レスキュー&タクテ
ィカル」、「マリン」の項目に分けられている。また、甲7(本件
審決別紙第8)は、株式会社 TOWA のカタログであり、「ツール
ランヤード」(落下防止用ランヤード)が掲載されていることが認
められる(「ランヤード」という用語は、人の体を支えるものを指
すために用いられる場合が多いが、甲7(本件審決別紙第8)に
示されたものは、「ツールランヤード」と記載されているので、工
具の落下防止コードであると認められる。)。
本願意匠の「工具の落下防止コード」は、高所作業やガラスク
リーニングで使われるものであり、他方、引用意匠2の「ハーネ
スライン」は、ヨット用で、マリンスポーツで使われるものであ
るところ、甲5(本件審決別紙第6)によれば、株式会社 TOWA
でヨット用ハーネスが販売されているか否かは定かでないが、高
所作業やガラスクリーニングで使われるものとマリンスポーツで
使われるものが同一の業者により販売されていることは認められ
る。
また、乙10、11によれば、コードとフック等による構成により落下防止が配慮された安全用のコードに係るものとして、工\n具の落下防止用のコードと人の落下防止用のコードが、高所作業
において同時に使用されていることが認められる。
c(a) さらに、甲9公報の【考案の詳細な説明】、【背景技術】、【00
02】には、「工具連結用索具として、従来、例えば実用新案登録
第3156504号の工具用安全策具や、特開2012−248
70号の工具用安全索具や、特開2012−200310号のラ
ンヤードなどが提案されている。これらは、いずれも作業範囲に
余裕をもって届く範囲の長さで伸縮自在なスプリングに可撓性を
有する被覆体を被せ、その両端をフックやリングに連結した構成からなっている。」と記載されている。上記「特開2012−20\n0310号のランヤード」は、人体を吊下し得る強度を有するラ
ンヤードであり(乙5)、引用意匠2の「ハーネスライン」と同様
に人の落下を防止する安全用コードであると認められる。上記甲
9公報の記載は、工具の落下防止コードである上記「実用新案登
録第3156504号の工具用安全策具」(乙3)及び上記「特開
2012−24870号の工具用安全索具」(乙4)と、人の落下
を防止するランヤードである「特開2012−200310号の
ランヤード」(乙5)を、同様の構成を有するものとして同列に記載しており、これによっても、工具の落下防止コードと、人の落\n下を防止するハーネスライン等の安全用コードが、同じ種類の物
品として認識されていることが認められる。
(b) 乙9公報の考案は、【背景技術】【0002】及び【0003】
等の記載によれば、工具用落下防止安全ロープを実施対象の一つ
にあげている安全用ロープに係る考案であることが認められ、【考
案の概要】、【考案が解決しようとする課題】、【0018】に、「図
7に示すのは、該連結部の両端がエクササイズハンドル80に設
けられる実施形態で、また、弾力ロープはそれぞれ、複数の連結
で使用される場合であり、本考案の弾力ロープの特性によって、
筋力トレーニング器具として用いられ、または、本考案の弾力ロ
ープを海上でのサーフィンボードの安全ロープ(図示省略)とし
て用いられてもよいが、弾力ロープの両端をそれぞれサーフィン
ボードとプレヤーの踝につなぐことにより、プレヤーの安全性を
守り、サーフィンボードの漂流などを防ぐ効果がある。」と記載さ
れていることから、マリンスポーツも危険を伴う分野の一つとし
て、コードとフック等による構成により落下防止が配慮された、安全用のコードに係る物品が用いられる分野の一つとして想定さ\nれていることが認められる。
d(a) 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引用意
匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)は、落下
を防止する対象において、工具と人体という違いがあり、対象の
重量等の違いに応じて、構成部材の寸法、材質、強度などが異なる場合があると推認される。また、本願意匠に係る物品である「工\n具の落下防止コード」は、主として高所作業において用いられる
のに対し、引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全
ベルト)はヨット用であり、マリンスポーツにおいて使用される
ものである。そのため、本願意匠に係る物品と引用意匠2に係る
物品は、厳密には同一の商品とはいい難い面がある。
(b) しかし、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」
と引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)
は、前記aのとおり、目的、機能、材質・形態に要請される事項が共通し、前記b(a)ないし(c)のとおり、工具の落下防止コードと、
人の落下を防ぐハーネスやランヤードなどの安全用コードが同じ
業者のウェブサイトで販売されていることが認められ、前記b(d)
のとおり、工具の落下防止コードと、ハーネス、安全帯、ランヤ
ードなどの人の落下を防ぐ安全用コードの双方を製造又は販売し
ている会社があることが認められる。また、前記c(a)、(b)のとお
り、工具の落下防止コードと、ハーネスライン、ランヤードなど
の人の落下を防止する安全用コードが、同じ種類の物品として認
識されていることなども認められる。
そして、前記b(e)のとおり、高所作業やガラスクリーニングで
使われるものとマリンスポーツで使われるものが同一の業者によ
り販売されていることが認められ、前記c(b)のとおり、マリンス
ポーツも危険を伴う分野の一つとして、コードとフック等による
構成により落下防止が配慮された、安全用のコードに係る物品が用いられる分野の一つとして想定されていることが認められるこ\nとからすると、用途において、高所作業とマリンスポーツという
違いがあったとしても、それ故に、本願意匠に係る物品を取り扱
う当業者が引用意匠2に係る物品を目にすることが否定されるこ
とはない。
そうすると、本願意匠に係る物品である工具の落下防止コード
を取り扱う当業者は、人の落下を防ぐ安全用コードの形状等を当
然に目にするものと認められ、人の落下を防ぐ安全用コードに属
する引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)
についても、その形状等を当然に目にするものと推認されるから、
引用意匠2に係る物品は、同一の物品分野に属するものとして、
本願意匠の創作容易性を判断する際の資料となるものと認められ
る。
e 以上によれば、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コー
ド」と引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)
は同一分野の物品であるとして、引用意匠2に基づいて本願意匠の
容易想到性を判断することができるものと認めた本件審決の判断に
誤りはない。
(イ) 創作容易性について
a 引用意匠1及び参考意匠(本件審決別紙第4)は、本願意匠に係
る物品である「工具の落下防止コード」に係るものであり、本願意
匠に係る物品について当業者に該当する者は、引用意匠1及び参考
意匠を当然に目にするものと認められる。また、上記(ア)eのとお
り、引用意匠2に基づいて本願意匠の容易想到性を判断することが
できるものと認められる。
b 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」を含む安全
用のコードという物品の分野において、コードの長手方向の一端を
ナスカン状のフックとすることはごく普通に見られ、本願部分にお
けるフック部の形状も、本願意匠に係る物品と同じ物品の公知意匠
である引用意匠1に示されていた。また、安全用のコードの物品の
分野において、二又に分岐する構造のものも、公知意匠である引用意匠2に示されていた。さらに、薄いテープをDカンに巻いて帯部\nとし、フック部の先端側と略同じ長さとする態様も、帯部より先を
蛇腹タイプの波形伸縮コードとする態様も、引用意匠1及び引用意
匠2に表れていた。甲2(3枚目)、乙12によれば、引用意匠2の分岐根元部において、蛇腹タイプの波形伸縮コードは、内側に一山、\n外側に一山の波打った形態を示していることが認められる。本願意
匠に係る物品である「工具の落下防止コード」において、帯部につ
いて、引用意匠1のように糸を同色として目立たないようにしたも
のもあり、また、縫い目を有さないようにしたものも、参考意匠(本
件審決別紙第4(図5、7))(甲3)のとおり公知であった。
そうすると、引用意匠2のフック部を、引用意匠1の形状のもの
とし、帯部より先の二又に分岐した2方向のコードのうち、平たい
テープ状のコードを蛇腹タイプの波形伸縮コードとし、分岐根元部
について、上下共に内側に一山、外側に一山の波打った形態とし、
帯部を縫い目がないようにして、本願意匠を創作することは、本願
意匠に係る物品と同じ安全用のコードの分野の公知の意匠(引用意
匠2)をもとに、その構成要素の一部を、同じ物品の分野で公知であった意匠と置き換え、又は同じ物品の分野で公知であった意匠を\n寄せ集めたにすぎないものであり、そのような置き換え又は寄せ集
めに関して、当業者の立場からみて意匠の着想の新しさや独創性が
あるとは認められず、そのため、本願意匠は、その意匠の属する分
野におけるありふれた手法により創作されたものであると認めら
れる。
以上に検討したところによれば、本願意匠は、当業者が、本願意
匠の出願前に公知であった引用意匠1及び引用意匠2に基づいて
容易に創作をすることができたものであると認められ、同旨の本件
審決の判断に誤りはない。
◆判決本文
関連事件です。
◆令和3(行ケ)10159