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知財みちしるべ:最高裁の知的財産裁判例集をチェックし、判例を集めてみました

争点別に注目判決を整理したもの

著作権(ネットワーク関連)

令和5(ネ)10110 発信者情報開示請求控訴事件  著作権  民事訴訟 令和6年5月16日  知的財産高等裁判所  東京地方裁判所

発信者情報開示請求について、主な争点は、(争点1)「権利が侵害されたことが明らかである」(プロ責法5条1項1号)か、(争点2)本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(同5条1項柱書)に当たるかでした。1審はいずれも該当しないとして請求を棄却しましたが、知財高裁は、これを取り消しました。

(1) 前提事実(訂正の上引用した原判決の「事実及び理由」の第2の2)によると、 共有対象となる特定のファイルに対応して形成されたビットトレントネットワークに ピアとして参加した端末は、他のピアとの間でハンドシェイクの通信を行って稼働状 況やピース保有状況を確認した上、上記特定のファイルを構成するピースを保有する\nピアに対してその送信を要求してこれを受信し、また、他のピアからの要求に応じて 自身が保有するピースを送信して、最終的には上記特定のファイルを構成する全ての\nピースを取得する。
そして、証拠(甲5〜9、11)及び弁論の全趣旨によると、ビットトレントネッ トワークで共有されていた本件複製ファイルが本件動画の複製物であること、原判決 別紙動画目録記載の各IPアドレス及びポート番号の組合せは、本件監視ソフトウェ\nアが、本件複製ファイルを共有しているピアのリストとしてトラッカーから取得した ものであること、同目録記載の発信日時は、上記IPアドレス及びポート番号を割り 当てられていた各ピアが、本件監視ソフトウェアとの間で行ったハンドシェイクの通\n信において応答した日時であることがそれぞれ認められる。
そうすると、上記各ピアのユーザーは、その対応する各発信日時までに、本件動画 の複製物である本件複製ファイルのピースを、不特定の者の求めに応じて、これらの 者に直接受信させることを目的として送信し得るようにしたといえ、他のピアのユー ザーと互いに関連し共同して、本件動画の複製物である本件複製ファイルを、不特定 の者の求めに応じて、これらの者に直接受信させることを目的として送信し得るよう にしたといえる。これは、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動 公衆送信装置である各ピアの端末の公衆送信用記録媒体に本件複製ファイルを細分化 した情報である本件複製ファイルのピースを記録し(著作権法2条1項9号の5イ)、 又はこのような自動公衆送信用記憶媒体にビットトレントネットワーク以外の他の手 段によって取得した本件複製ファイルが記録されている自動公衆送信装置である各ピ アの端末について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続を行った(同号ロ) といえるから、本件動画につき控訴人が有する送信可能化権が侵害されたことが明ら\nかである。
(2) 被控訴人は、各ピアのユーザーが送信可能化権を侵害したことが明らかという\nには、当該ピアのユーザーのピース保持率が100%又はこれに近い状態に達してい ることを要すると主張する。しかし、上記(1)のとおり、ビットトレントネットワーク に参加した各ピアは、共有対象となったファイルの一部であるピースをそれぞれ保有 してこれを互いに送受信し、最終的には当該ファイルを構成する全てのピースを取得\nすることが可能な状態を作り出しているのであるから、各ピアのユーザーは、他のピ\nアのユーザーと互いに関連し共同して、当該ファイルを自動公衆送信し得るようにす るものといえる。そして、ハンドシェイクの通信に応答したピアは、当該ファイルの 一部であるピースを保有してこれを自身の端末に記録し、他のピアの要求に応じてこ れを送信する用意があることを示したものと認められるから、その保有するピースの 多寡にかかわらず、上記送信可能化行為を他のピアと共同して担ったものと評価でき\nる。被控訴人の主張は採用することができない。
・・・・
(1) 前記1(1)のとおり、原判決別紙動画目録記載のIPアドレス、ポート番号及び 発信日時により特定される通信は、各ピアが本件監視ソフトウェアとの間で行ったハ\nンドシェイクの通信において応答した通信であって、他のピアとの間で本件複製ファ イルのピースを送受信し、又は本件複製ファイルを記録した端末をネットワークに接 続する通信そのものではない。このような通信に係る発信者情報(本件各発信者情報) も、法5条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるかが問題となる。
(2) そこで検討すると、法5条1項は、開示を請求することができる発信者情報 を「当該権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅を持たせたものとし、「当該権利の 侵害に係る発信者情報」のうちには、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害 関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの。)を含むと規定しているところ、 特定発信者情報に対応する侵害関連通信は、侵害情報の記録又は入力に係る特定電気 通信ではない。上記の各規定の文理に照らすと、「当該権利の侵害に係る発信者情報」 は、必ずしも侵害情報の記録又は入力に係る特定電気通信に係る発信者情報に限られ ないと解するのが合理的である。
また、法5条の趣旨は、特定電気通信による情報の流通には、これにより他人の権 利の侵害が容易に行われ、その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し、匿名で情 報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという、他 の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ、特定電気通信による情報の流通 によって権利の侵害を受けた者が、情報の発信者のプライバシー、表現の自由、通信\nの秘密に配慮した厳格な要件の下で、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信 設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することがで きるものとすることにより、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図るこ\nとにあると解される(最高裁平成21年(受)第1049号同22年4月8日第一小 法廷判決・民集64巻3号676頁参照)。なお、令和3年法律第27号による改正 により、特定発信者情報の開示請求権が新たに創設されるとともに、その要件は、特 定発信者情報以外の発信者情報の開示請求権と比して加重されている。その趣旨は、 SNS等へのログイン時又はログアウト時の各通信に代表される侵害関連通信は、こ\nれに係る発信者情報の開示を認める必要性が認められる一方で、それ自体には権利侵 害性がなく、発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性\nが高いことから、侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内において開示を認 めることにあると解される。 さらに、著作権法23条1項は、著作権者が専有する公衆送信を行う権利のうち、 自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含むと規定する。その趣旨は、著作権者\nにおいて、インターネット等のネットワーク上で行われる自動公衆送信の主体、時間、 内容等を逐一確認し、特定することが困難である実情に鑑み、自動公衆送信の前段階 というべき状態を捉えて送信可能化として定義し、権利行使を可能\とすることにある と解される。
ビットトレントによるファイルの共有は、対象ファイルに対応したビットトレント ネットワークを形成し、これに参加した各ピアが、細分化された対象ファイルのピー スを互いに送受信して徐々に行われるから、その送受信に係る通信の数は膨大に及ぶ ことが推認できる。しかるところ、ピースを現実に送受信した通信に係るものでなく ては「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないとすると、ビットトレントネット ワークにおいて著作物を無許諾で共有された著作権者が侵害の実情に即した権利行使 をするためには、ネットワークを逐一確認する多大な負担を強いられることとなり、 前記のとおり法5条が加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることとし\nた趣旨や、著作権法23条1項が自動公衆送信の前段階というべき送信可能化につき\n権利行使を可能とした趣旨にもとることになりかねない。\n
他方、ハンドシェイクの通信は、その通信に含まれる情報自体が権利侵害を構成す\nるものではないが、専ら特定のファイルを共有する目的で形成されたビットトレント ネットワークに自ら参加したユーザーの端末がピアとなって、他のピアとの間で、自 らがピアとして稼働しピースを保有していることを確認、応答するための通信であり、 通常はその後にピースの送受信を伴うものである。そうすると、ハンドシェイクの通 信は、これが行われた日時までに、当該ピアのユーザーが特定のファイルの少なくと も一部を送信可能化したことを示すものであって、送信可能\化に係る情報の送信と同 一人物によりされた蓋然性が認められる上、当該ファイルが他人の著作物の複製物で あり権利者の許諾がないときは、ログイン時の通信に代表される侵害関連通信と比べ\nても、権利侵害行為との結びつきはより強いということができ、発信者のプライバシ ー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性を考慮しても、侵害情報そのもの\nの送信に係る特定電気通信に係る発信者情報と同等の要件によりその開示を認めるこ とが許容されると解される。
以上によると、本件各発信者情報は、法5条1項にいう「当該権利の侵害に係る発 信者情報」に当たると解するのが相当である。

◆判決本文

1審はこちらです。

◆令和5(ワ)70029

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