数値限定発明について、実施可能性違反なしとした審決が維持されました(知財高裁3部)。
特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発
明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすること
ができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。\nその趣旨は,特許制度が,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当
該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであることに鑑み,その制
度趣旨が損なわれることがないよう,発明の詳細な説明に当該請求項に係る
発明について当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載を求めるとした\n点にある。
そして,特許法上の実施とは,1)物の発明にあっては,その物の生産,使
用等をする行為であり,2)物を生産する方法の発明にあっては,その方法に
より生産した物の使用等をする行為であるから(特許法2条3項1号,3号),
実施可能要件を満たすためには,それぞれ,明細書及び図面の記載並びに出\n願当時の技術常識に基づき,当業者が,1)当該物を生産できかつ使用できる
ように具体的に記載すること,2)当該方法により物を生産できかつ使用でき
るように具体的に記載することが必要である。
本件訂正発明は,同1,3,5,7,8が炭酸飲料という物の発明であり,
同9が炭酸飲料の製造方法という物の生産方法に関する発明であるから,こ
れらの発明が実施可能要件を満たすためには,それぞれ,上記1)又は2)を満
たす必要がある。
(2) かかる実施可能要件に関し,原告は,「可溶性固形分」,「高甘味度甘味\n料によって付与される甘味の全量」及び「甘味量」の技術的意義が本件訂正
明細書の記載から把握できず,また,甘味の相対比が不明確であるため,甘
味の相対比に基づいた本件訂正発明における「全甘味量」,「高甘味度甘味
料によって付与される甘味の全量」及び「スクラロースによって付与される
甘味量」の数値範囲も不明確であって,そのような不明確な数値範囲の技術
的意義も理解できないため,実施例で用いられている甘味料以外の甘味料を
使用して,植物成分を10〜80重量%,及び炭酸ガスを2ガスボリューム
より多く含む炭酸飲料を調製する場合に,甘味料をどの程度の量添加すれば,
「植物成分由来の重い口当たりと炭酸ガスに起因する苦味や刺激を軽減」し
た炭酸飲料が得られるのか不明であるから,本件訂正発明を実施する際に,
本件訂正明細書の記載及び本件出願時の技術常識を考慮しても,当業者に期
待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするものであり,
実施可能要件が満たされていないと主張する。\n(3) そこで検討するに,まず,本件訂正発明の「砂糖甘味換算」及び「砂糖甘
味換算量」という文言の意味が不明確であるとはいえず,本件訂正発明にお
ける砂糖甘味換算量は,必要に応じて,換算又は測定可能なものといえるこ\nとは,前記1(取消事由5)で検討したとおりである。
また,植物成分,炭酸ガス及び可溶性固形分の含量,甘味量,並びに高甘
味度甘味料によって付与される甘味の全量については,それぞれの数値範囲
を逸脱した場合に,本件訂正発明の課題が解決できない旨が本件訂正明細書
に十分記載されており,換言すれば,それらの数値範囲内であれば,当業者\nは,本件訂正発明の課題が解決できると理解するものといえ,また,そのよ
うな理解を妨げるような本件出願当時の技術常識があったとは認められない
こと,他方で,スクラロースによって付与される甘味量については,その数
値範囲を逸脱した場合に,本件訂正発明の課題が解決できないことまでが本
件訂正明細書に記載されているわけではなく,単に,その数値範囲が好まし
い旨が本件訂正明細書に記載されているのみであるが,この記載に接した当
業者は,その数値範囲を少々逸脱した場合でも本件訂正発明の課題が解決で
きるであろうと理解するといえること,換言すれば,その数値範囲内であれ
ば,当業者は,本件訂正発明の課題が当然解決できると理解するといえ,ま
た,そのような理解を妨げるような本件出願当時の技術常識があったともい
えないことは,前記4(取消事由3)で検討したとおりである。
そして,本件出願時の技術常識からみて,本件訂正発明の炭酸飲料を調製
するに当たり,果物又は野菜の搾汁を10〜80重量%の割合とすること(請
求項1の構成要件(1)),炭酸ガスを2ガスボリュームより多くすること(同
(2)),全甘味量を砂糖甘味換算で8〜14重量%とすること(同(4)),高
甘味度甘味料によって付与される甘味の全量を,砂糖甘味換算で全甘味量の
25重量%以上とすること(同(6)),全ての高甘味度甘味料によって付与さ
れる甘味の全量100重量%のうち,スクラロースによって付与される甘味
量を,砂糖甘味換算量で50重量%以上とすること(同(7))自体が,当業者
にとって困難なことであるとは認められず,可溶性固形分含量を屈折糖度計
で測定して4〜8度のものとすること(同(3))も,当業者にとって困難な操
作であるとは認められない。
さらに,前記のとおり,本件訂正明細書には,実施例1として,ぶどう果
汁含有量50重量%,炭酸ガス3.0ガスボリューム,スクラロース0.0
065重量%,可溶性固形分含量5.1度の「グレープ炭酸飲料」を,実施
例2として,りんご果汁,レモン果汁及び人参の搾汁を合わせて31重量%,
炭酸ガス2.5ガスボリューム,スクラロース0.0075重量%及びアセ
スルファムカリウム0.0035重量%,可溶性固形分含量4.5度の「果
汁入り炭酸飲料」を,実施例4として,リンゴ果汁33重量%,炭酸ガス2.
6ガスボリューム,スクラロース0.0067重量%,可溶性固形分含量6.
0度の「アップル炭酸アルコール飲料」を,それぞれ調製したことが,具体
的に記載されている(前記1(1)ス〜ソ)。また,本件訂正明細書には,甘味\n料について多数の例示があるとはいえ(同ケ),スクラロースと組み合わせ
る高甘味度甘味料について具体的に例示されており(同)コ),搾汁とすべき
果物や野菜についても具体的に例示されている(同カ)。
以上を考慮すれば,本件訂正発明の(方法で)炭酸飲料を調製するに当た
り,当業者が特段の困難な操作を要するとは認められず,また,その調製に
当業者の過度の試行錯誤を要するとも認められない。
よって,当業者は,本件訂正発明の(方法で)炭酸飲料を作ることができ
るというべきであり,「(当該方法により)物を生産でき…る」の要件を満
たすといえる。
(4) また,そのようにして作られた本件訂正発明の数値範囲を満たす炭酸飲料
は,本件訂正発明の課題を解決する,すなわち,果汁等の植物成分と炭酸ガ
スの両者を含有する飲料であって,植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽
やかな刺激感(爽快感)をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料である
といえる一方,そのような理解を妨げるような本件出願当時の技術常識があ
ったとも認められない。
よって,本件訂正発明の数値範囲を満たす炭酸飲料は,技術上の意義のあ
る態様で使用することができるというべきであり,「物を…使用できる」の
要件も満たすといえる。
◆判決本文