国際特許出願について、期限内に翻訳文を提出しなかった点について、救済を求めましたが、1審はこれを認めませんでした。知財高裁も同様です。
法184条の4第4項は,外国語特許出願の翻訳文の提出について,手続
期間を遵守しなかったことによって出願又は特許に係る権利の喪失を引き起
こしたときの権利の回復について定めた特許法条約(PLT)12条に整合し
た救済手続を導入するために,平成23年の特許法改正により新設されたも
のであり,こうした規定新設の経緯からすると,外国語特許出願人について,
期限の徒過があった場合でも,柔軟な救済を図ることを目的としたものであ
ると解される。しかし,他方で,1)特許協力条約(PCT)に基づく国際特許
出願の制度は,国内書面提出期間内に翻訳文を提出することによって,我が
国において,当該外国語特許出願が国際出願日にされた特許出願とみなされ
るというものであるから,同制度を利用しようとする外国語特許出願の出願
人には,自己責任の下で,国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出する
ことが求められる。また,2)取り下げられたものとみなされた国際特許出願
に係る権利の回復を無制限に認めると,国内書面提出期間経過後も,当該国
際特許出願が取り下げられたものとみなされたか否かについて,第三者に過
大な監視負担をかけることになる。そうすると,法184条の4第4項にい
う「正当な理由があるとき」とは,特段の事情がない限り,国際特許出願を
行う出願人が相当の注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内
書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいう
ものと解すべきである。控訴人は,法184条の4第4項の「正当な理由」
の解釈は,期限管理システムが通常の状態で有効に機能しているのであれば,\n人は間違えることもあるのだからそれは救済するという立場に近づける方向
で緩やかにすべきであると主張するが,その解釈に当たって上記1),2)の点
も考慮しなければならないことからすると,「正当な理由」の解釈を一概に緩
やかにすべきであるということはできず,控訴人の上記主張は,採用するこ
とができない。
(2) 相当な注意を尽くしていたか否かについて
控訴人は,本件担当パラリーガルが控訴人に送付した本件メールに,日本
の国内移行手続の期限として誤った記載がされたのは,本件代理人事務所に
おいてダブルチェック体制による期限管理システムが有効に機能していたに\nもかかわらず,偶発的でかつ予期し得ない人為的ミスが重なって生じたもの\nであり,偶発的に生じた予期し難いものであったとした上で,法184条の\n4第4項の「正当な理由」の解釈を控訴人主張のとおりに緩やかにすれば,
本件においては,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて
国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったもので
あり,法184条の4第4項の「正当な理由」があると主張する。
しかし,法184条の4第4項の「正当な理由」の解釈を控訴人主張のと
おりに緩やかにすることができないことは,前記(1)に述べたとおりである。
また,本件代理人事務所では,国際出願の出願人に,国内移行手続の期限と
して,国・地域にかかわらず,国内移行手続の期間が30か月である場合の
期限を報告するのが標準の実務であり,また,費用見積りは,クライアント
から要望があった場合に行う手続であった(甲23和訳3〜4頁)。そうする
と,費用見積りを,クライアントの要望がないにもかかわらず,本件担当弁
護士が選択した国について,国内移行手続の期間が30か月の国と31か月
の国に分けて用意し,それに伴って国内移行手続の期限も,国内移行手続の
期間が30か月の国と31か月の国に分けて表示するというのであれば,そ\nれは通常の取扱いと異なるのであるから,通常の取扱いと異なる部分につい
て,誤りが生じないように,通常の取扱い以上にチェックすることが必要と
なるというべきである。そして,本件の取扱いにおいては,国内移行手続の
期限を,国内移行手続の期間が30か月の国と31か月の国に分けて表示す\nるという点が,同期間が30か月である場合の期限のみを報告するという通
常の場合と異なっており,同期限は,国際特許出願の出願人であるクライア
ントの権利の得喪に非常に重要な意味を有するから,通常と異なる取扱いを
する以上は,同期限の表示の誤りの有無は,入念に点検すべきであるといえ\nる。そして,本件メール案には,国内移行手続の期限及び同手続に要する費
用の見積額が記入された一覧表(本件一覧表\)が記載され,国によって異な
る期限が表示されていたのであるから,これらの国ごとの期限に誤りがない\nかを点検すべきであり,これをすることは容易にできたものと認められる。
しかしながら,本件一覧表に示された期限が正しいかどうかについてダブル\nチェック等により入念な点検が行われたことはうかがわれない。
本件一覧表に記載されていたのと同じ誤った期限は,本件担当パラリーガ\nルが日本の特許事務所に送付した,見積額を問い合わせるメール(甲19の
英文2頁目)にも表示されていたが,それは,本文の上の「Re:」という欄に
表示されていたにとどまり,そのメールの本文の問い合わせ事項に含まれて\nいたものではなかった。そのため,これに返信した日本の特許事務所がこの
表示の誤りを指摘しなかったとしても,日本の特許事務所がその表\示に誤り
がないことを確認したと考えることは必ずしもできないようなものであった。
そうすると,上記メールに対する日本の特許事務所の返信メールに誤りの指
摘がなかったことをもって,その表示が正しいことについて確認がされたと\n認めることはできない。
したがって,控訴人は,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観
的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかっ
たものであるとは認められず,法184条の4第4項の「正当な理由」があ
るとは認められない。
◆判決本文
1審はこちら
◆令和2(行ウ)316
2022.02. 1
期間徒過後にPCT国際出願の翻訳文提出したのは、期限管理ソフトへの入力ミスがあり、184条の4第4項の「正当な理由」にあたると争いました。知財高裁1部は、これを認めませんでした。
エ 控訴人は,1)法184条の4第4項の立法趣旨や立法経緯,特許庁の
ガイドラインに鑑みると,期間徒過の原因となった事象が予測可能\であ
るといえない場合は,当該事象により期間徒過に至ることのないように
事前に措置を講じておくことを出願人等に求めるのは酷であることから
すると,期間徒過の原因となった事象が出願人等の補助者の人為的ミス
に起因するときは,ガイドラインの「相応の措置」(状況に応じて必要と
されるしかるべき措置)が採られたかどうか,すなわち,期間内に手続
をすることができなかったことについて「正当な理由」があるかどうか
は,監督者が個々具体的な人為的ミスを防ぐための措置を採っていたか
ではなく,当該補助者を使用する出願人等がガイドライン3.1.5(5)
に規定するaからcの3要件を満たしているか否かによって判断される
べきである,2)本件特許事務所では,特許期限管理システム「IPマネ
ージャー」を使用し,経験豊富な補助者(A,B及びC)を起用するな
ど期間徒過が生じることがないようにするための期限管理体制が採用さ
れていたが,本件期間徒過は,本件国際出願の期限前日である平成28
年9月21日,本件国際出願の出願書類の準備と本件国際出願用の新た
な期限管理ファイル(本件期限管理ファイル)作成の作業が並行して行
われるという緊急事態の状況下で,Aが錯誤により本件期限管理ファイ
ルに本件国際出願の基礎出願の優先日を誤入力し,優先日の入力に対す
るB及びCによるダブルチェックが働かず,Aの誤入力が見過ごされた
結果,IPマネージャーによって誤った優先日に基づいて誤った国内移
行の移行期限が自動作成され,それに気づかなかったことが重なって偶
発的に起きた事象であり,このような特殊な事態に起因する複数の補助
者による偶発的な確認ミス等は予測可能\であるといえないから,上記期
限管理体制は,「相応の措置」に該当し,本件期間徒過を回避することが
できなかったことについて「正当な理由」があるというべきである旨主
張する。
しかしながら,1)については,ガイドラインは,期間徒過後の救済規
定に関し,救済要件の内容,救済に係る判断の指針及び救済規定の適用
を受けるために必要な手続を例示することによって,救済が認められる
か否かについて出願人等の予見可能\性を確保することを目的として,特
許庁が作成したものであり(乙4の表紙から4枚目の「期間徒過後の救\n済規定に係るガイドラインの利用に当たって」),法令等の法規範性を有
するものではなく,裁判所の法令の解釈やその判断を拘束するものでは
ない。
次に,2)については,前記(2)及び(3)によれば,IPマネージャーの期
限管理ファイルの「基礎出願」欄に優先日として優先権を主張する基礎
出願の出願日を正確に入力することは,控訴人から本件国際出願の委任
を受けた本件特許事務所の基本的な業務であり,これを正確に入力する
必要性が高いことは明らかであること,本件においては,国際出願手続
及び各国への国内移行手続を担当するCから,ドケット管理部署に所属
するAへの連絡が適切ではなかったこと,本件期限管理ファイルを作成
したAは本件国際出願に係る優先日として米国特許仮出願1及び2のい
ずれの出願日を入力すべきであるかを十分に確認することなく誤った優\n先日を入力(本件誤入力)したこと,本件国際出願の際のD弁護士等に
よるチェック,本件国際出願後のBによるチェック及び本件国内移行期
限管理ファイル作成の際のドケット管理部署による優先日の事後的なチ
ェックがいずれも行われなかったか,不十分であったことによって本件\n期間徒過が発生したことが認められる。
また,本件国際出願の期限の前日に,本件国際出願の出願書類の準備
と本件国際出願用の新たな期限管理ファイル(本件期限管理ファイル)
作成の作業を並行して行うことが,緊急事態であるということも,特殊
な事態であるということもできないし,本件国際出願を期限に余裕をも
って行えば,このような事態に至ることを回避することも可能であった\nものである。
さらに,Aの本件誤入力は,本件期限管理ファイルへ優先日として米
国特許仮出願1の出願日である「2015年9月22日」と入力すべき
であったのに,米国特許仮出願2の出願日である「2015年12月1
6日」と入力したという単純なミスであり,D弁護士等,B又はドケッ
ト管理部署が,通常の注意力をもって,他の資料等と照合してダブルチ
ェックを行えば,容易に発見することができたものと認められる
そうすると,控訴人から委任を受けた本件特許事務所の担当弁護士や
補助者事務員が本件期間徒過を回避するために相当な注意を尽くしたも
のと認められないから,控訴人において,本件期間徒過を回避すること
ができなかったことについて「正当な理由」(法184条の4第4項)が
あるものと認めることはできない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
◆判決本文
同様の人為ミスの事件です。
知財高裁2部は、正当理由についてかなり踏み込んで判断しています。
◆令和3(行コ)10002
(ア) 控訴人は,本件技術担当補助者は特許庁における7年以上の職歴を有する弁
理士であり,担当弁理士においては,本件案件について相当な注意を払って本件技
術担当補助者を選任したものである旨を主張するが,一般的に,本件技術担当補助
者が特許庁において担当していた業務と,その後担当弁理士の事務所において担当
するに至った業務とを同視することはできないものであるところ,本件全証拠によ
っても,これらを同視することができる事情を認めることはできない。補正して引
用した原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」(以下,単に「原
判決の第4」という。)の1(3)イ(ア)で認定したとおり,本件技術担当補助者は,
平成30年4月に担当弁理士の事務所に採用され,本件案件について指示を受けた
当時,同事務所における勤務経験は2か月程度にすぎなかったものであって,そも
そも「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れについてすら,必ずしも習熟
していたといえるか疑問が残るところである。
上記に関し,同じく原判決の第4の1(2)で指摘した本件回復理由書の記載によ
ると,本件期間徒過に至った当時,本件技術担当補助者に対する指導・教育等のた
めに担当弁理士の業務負担は一時的に更に増大していたなどというのであるが,そ
のことは,本件技術担当補助者の特許庁における経験や弁理士という資格をもって,
直ちに担当弁理士の事務所における技術担当補助者としての業務の遂行能力を評価\nすることができないことを裏付けているといえる。なお,控訴人が提出する世界知
的所有権機関のPCT受理官庁ガイドライン(甲35)の166Mの(f)においても,
出願人又は代理人が説明すべき事情の一つとして,当該補助者が「その特定の業務」
を任されていた年数が指摘されているところである。
したがって,控訴人の上記主張は,本件期間徒過について正当な理由が認められ
ないとの前記認定判断を左右するものではない。
(イ) 控訴人は,本件技術担当補助者の誤認や思い込みは,担当弁理士の想定外の
人為的ミスというほかない旨を主張するが,本件期間徒過の原因について,専ら本
件技術担当補助者の単独の人為的過誤であると評価することが相当でないことは,
補正して引用した原判決の第4の1(3)アで説示したとおりである。
(ウ) 控訴人は,補助者の選任について相当な注意を払っていた以上,担当弁理士
においては,補助者を信頼することが許されるという旨を主張するが,補正して引
用した原判決の第4の1(3)アで説示したとおり,本件期間徒過に関しては,担当弁
理士の指示の方法が本件技術担当補助者の誤認に無視できない影響を与えたものと
みるのが相当であって,そのことや,前記(ア)で指摘した点を考慮すると,控訴人の
上記主張は,その前提を欠くものというべきである。
(エ) 控訴人は,来客対応や外出等が重なれば,担当弁理士において,期限管理シ
ステムにアクセスする余裕がないことが生じ得ることや,補助者への指示が万事円
滑に行われているという認識の下において担当弁理士に期限管理システムにアクセ
スする義務があるとはいえない旨を主張するが,前者の点は,何ら正当な理由を基
礎付ける事情に当たらず,後者の点は,前記(ウ)で説示したところからして,本件期
間徒過についてはその前提を欠くものというべきである。
(オ) その他の控訴人の主張する点も,本件期間徒過について正当な理由が認めら
れないとの前記認定判断を左右するものではない。
以上に関し,本件技術担当補助者の誤認についての主張からすると,控訴人は,
要するに,弁理士であって国内書面の提出期限の重要性を認識していた本件技術担
当補助者においては,少なくとも事務担当補助者から国内書面の印刷物を渡された
以上,担当弁理士が直接に事務担当補助者に国内書面の作成を指示したといった事
情にかかわらず,自らの経験も踏まえ,国内書面提出期間の徒過に至らないよう対
応すべきであったものであり,そのような対応をしなかった本件技術担当補助者に
本件期間徒過のほぼ全面的な責任があるとの捉え方を前提として,担当弁理士には
正当な理由があったことを主張するものとみられるが,本件技術担当補助者に対す
るそのような要求ないし期待は,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れ
における技術担当補助者の責任の範囲すらも一定程度超えるものとみ得るものであ
り,ましてや,担当弁理士が通常の業務の流れから逸脱した形で指示を行った本件
において,担当弁理士が相当な注意を尽くしていたことを基礎付ける事情とは到底
なり得ないものである。