新たな拒絶理由を通知すべきであったのにしなかったとして拒絶審決が取り消されました。
被告は,1)補正前発明1と本願発明とは,炭酸源として炭酸ガスを選択する態様において同一であり,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸ガスを混入する場合を特定するものではないことは自明であるから,本件拒絶理由通知によって,補正前発明1のうちかかる態様について新規性を欠くとの拒絶理由が通知されている以上,本願発明のうちかかる態様についても,実質的に,新規性を欠くとの拒絶理由が通知されている,2)補正前発明2は炭酸源を炭酸水に限定するものであり,炭酸ガスを選択する態様を含むものではないから,補正前発明2について新規性を欠くとの拒絶理由が通知されていないのは不自然ではない,と主張する。しかるに,補正前発明2は,補正前発明1の全ての特徴を含んだ上で,遊離炭酸濃度の特定事項を付加するものであるから,補正前発明2の炭酸源が炭酸水に限られ,炭酸ガスを選択する態様を含まないと解することはできない。なお,審判合議体が,補正前発明2の炭酸源が炭酸水のみならず炭酸ガスを含むことを前提としていたことは,審決の「本件補正…は,特許請求の範囲について,補正前の請求項1を削除し,補正前の請求項2の項番を請求項1とする…ものである」との記載からも明らかである。そして,本件拒絶理由通知によって,補正前発明2のうち炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することが困難であることは,前述したとおりである。なお,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸ガスを選択する態様を特定するものではない以上,本件拒絶理由通知においては,補正前発明2についても,補正前発明1と同様,引用発明と差異がないとの拒絶理由が通知されるべきであったのであり,本件拒絶理由通知は,理由は定かではないものの,これを看過していたといわざるを得ない。これによる不利益を出願人である原告に帰せしめることは,出願人の防御権を保障し,手続の適正を確保するという観点からは,相当ではないといわざるを得ない。よって,被告の上記主張を採用することはできない。
◆判決本文
2013.10. 1
引用文献の認定誤りを理由として、進歩性違反無しとした審決が取り消されました。判決文の最後に、審決を前提とする当事者系の取消審判の留意点について付言されています。
以上の各記載によれば,引用発明は,従来の窒化物半導体レーザ装置において,レーザダイオードの端面に設けた保護層(SiO2又はTiO2)と窒化物半導体レーザダイオードとの間における格子不整合や熱膨張係数が異なること等に起因して,結晶層中に格子欠陥を生じ,特に高出力時の寿命が短くなるという課題を解決するために,保護層の材料を窒化物半導体レーザダイオードが発振するレーザ光に対して透明である上記一般式から選択することで,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができ,格子不整合及び熱応力による欠陥発生を抑制できるため,低出力時は勿論のこと,歪みや欠陥の影響が大きい高出力発振時においても高信頼性で長寿命の窒化物半導体レーザ装置が得られるものであることが開示されている。他方で,審決が,引用発明の技術的意義であると認定した「保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下,保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすること」に関しては,上記段落【0042】,【0043】の記載に照らすと,いずれも上記の条件を満たすように「選択することが好ましい」と記載されていること,格子定数の差に関して,段落【0042】のなお書には,「約3%を超える格子不整合があっても,寿命が低下しない場合がある。」と記載されていることに照らすと,引用発明における上記条件については,好ましい条件とされているにすぎず,必須の条件であると見ることはできない。そして,刊行物1に示された従来の保護層(SiO2又はTiO2)がアモルファス層であり,結晶構造をとっていないのに対し,「Al1−x−y−zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)」の一般式で示されるものは,必ずNを含む窒化物系半導体としての結晶構\造を有することから,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードとの格子定数の整合がとれることは当業者に自明の事項である。また,後記のとおり,熱膨張係数も窒化物系半導体と相当に異なるものであったことからすると,従来の保護層との比較において,窒化物系半導体である保護層が熱膨張係数において,一般的に整合がとれるものであることも,当業者に自明の事項である(段落【0024】参照)。そうすると,上記のような引用発明における従来技術の問題点及び解決課題に,上記段落【0011】,【0024】,【0026】,【0039】,【0040】の各記載を合わせて考慮すれば,引用発明は,保護層の材料をレーザ光に対して透明であり,かつ,上記の一般式を満たす材料を選択することで,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができるものであるといえる。以上により,引用発明において,「保護層の材料をAl1−x−y−zGaxInyBzN(以下「一般式」という。)から選択する技術的意義は,単に,レーザの発振光に対して透明になるようにするのみならず,保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下,保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすることにあるものと解される」とした審決の判断は誤りである。
(3) 次に,引用発明における保護層の材料として,「AlN」が開示されているか否かについて見るに,刊行物1には,GaN及びIn0.02Ga0.98N層(ただし,In0.02Ga0.98N層については,窒化物半導体レーザダイオードの後面の保護層のみ)は記載されているが,「AlN」を保護層の材料として選択した実施例に関する記載はない。しかし,AlNがレーザ光に対して透明であることは当事者間に争いがなく,上記一般式においてx=y=z=0を代入した場合には,保護層の材料が「AlN」となることは明らかである。そして,段落【0039】には,Alを含有した窒化物半導体材料を用いることが開示されており,刊行物1中において,特段,x=y=z=0を代入することを阻む事情についての記載はない。また,刊行物1には,窒化物半導体レーザダイオードの活性層及び従来の保護層の熱膨張係数について,「例えば,上述のMQW活性層64の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)と保護層69の熱膨張係数(1.6×10−7K−1)とは大きく異なる。」(段落【0009】)との記載及び「保護層20aおよび20bを形成するGaNの熱膨張係数は3.17×10−6K−1であり,MQW活性層14の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)と非常に近い」(段落【0033】)との記載があり,また,AlNの熱膨張係数については,文献(甲14,乙3ないし6)によってばらつきがあるものの,2.227×10−6K−1ないし6.09×10−6K−1の範囲に収まっているから,いずれの数値をとるにせよ,AlNの熱膨張係数は,従来の保護層の熱膨張係数(1.6×10−7K−1)と比較して,活性層の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)に近く,そのことからも,一般式において,x=y=z=0を代入した材料であるAlNからなる保護層は,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードと熱膨張係数の整合がとれているといえる。さらに,AlNが窒化物系半導体であることから,前記のとおり,従来の保護層(SiO2又はTiO2)に比べて窒化物半導体レーザダイオードの活性層との格子整合がとれることも明らかである。以上によれば,刊行物1において,保護層の材料として「AlN」が除外されているとはいえず,刊行物1には,レーザ光に対して透明であり,かつ,AlNを含む一般式からなる材料が開示されていると認められる。したがって,審決が,「甲1に,保護層の材料として「AlN」が開示されていると認めることはできない」としたのは,誤りである。
・・・・・
そうすると,相違点2”に関し,引用発明における保護層としてAlNを含むAl1−x−y−zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる層」の中から「AlN」を選択することについての容易想到性の有無,並びに保護層の材料としてAlNを選択したとして,それを積層すること及び光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層することについての容易想到性の有無について検討し,同様に相違点3”に関する本件発明1の構成についての容易想到性,さらには,相違点1に関する本件発明1の構\成についての容易想到性の有無を判断して,本件発明1が引用発明から容易に発明することができたか否かの結論に至る必要がある。ここまで至って,引用発明を主たる公知技術としたときの本件発明1の容易想到性を認めなかった審決の結論に誤りがあるか否かの判断に至ることができる。しかし,本件においては,審決が,認定した相違点1及び3に関する本件発明1の構成の容易想到性について判断をしていないこともあって,当事者双方とも,この点の容易想到性の有無を本件訴訟において主張立証してきていない。相違点2(当裁判所の認定では相違点2”)に関する本件発明1の構\成については,原告がその容易想到性を主張しているのに対し,被告において具体的に反論していない。このような主張立証の対応は,特許庁の審決の取消訴訟で一般によく行われてきた審理態様に起因するものと理解されるので,当裁判所としては,当事者双方の主張立証が上記のようにとどまっていることに伴って,主張立証責任の見地から,本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく,前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって,少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして,ここでまず審決を取り消し,続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当と考える。本件のような態様の審決取消訴訟で審理されるのは,引用発明から当該発明が容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるか否かにあるから,その判断に至るまでの個別の争点についてした審決の判断の当否にとどまらず,当事者双方とも容易想到性の有無判断に至るすべての争点につき,それぞれの立場から主張立証を尽くす必要がある。本件については,上記のように考えて判決の結論を導いたが,これからの審決取消訴訟においては,そのように主張立証が尽くすことが望まれる。なお,本件発明3〜7の容易想到性判断も,本件発明1についてのそれを前提とするものであり,これについても本件発明1に関する判断と同様である。\n
◆判決本文
2013.10. 1
引用文献の認定誤りを理由として、進歩性違反無しとした審決が取り消されました。判決文の最後に、審決を前提とする当事者系の取消審判の留意点について付言されています。
以上の各記載によれば,引用発明は,従来の窒化物半導体レーザ装置において,レーザダイオードの端面に設けた保護層(SiO2又はTiO2)と窒化物半導体レーザダイオードとの間における格子不整合や熱膨張係数が異なること等に起因して,結晶層中に格子欠陥を生じ,特に高出力時の寿命が短くなるという課題を解決するために,保護層の材料を窒化物半導体レーザダイオードが発振するレーザ光に対して透明である上記一般式から選択することで,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができ,格子不整合及び熱応力による欠陥発生を抑制できるため,低出力時は勿論のこと,歪みや欠陥の影響が大きい高出力発振時においても高信頼性で長寿命の窒化物半導体レーザ装置が得られるものであることが開示されている。他方で,審決が,引用発明の技術的意義であると認定した「保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下,保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすること」に関しては,上記段落【0042】,【0043】の記載に照らすと,いずれも上記の条件を満たすように「選択することが好ましい」と記載されていること,格子定数の差に関して,段落【0042】のなお書には,「約3%を超える格子不整合があっても,寿命が低下しない場合がある。」と記載されていることに照らすと,引用発明における上記条件については,好ましい条件とされているにすぎず,必須の条件であると見ることはできない。そして,刊行物1に示された従来の保護層(SiO2又はTiO2)がアモルファス層であり,結晶構造をとっていないのに対し,「Al1−x−y−zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)」の一般式で示されるものは,必ずNを含む窒化物系半導体としての結晶構\造を有することから,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードとの格子定数の整合がとれることは当業者に自明の事項である。また,後記のとおり,熱膨張係数も窒化物系半導体と相当に異なるものであったことからすると,従来の保護層との比較において,窒化物系半導体である保護層が熱膨張係数において,一般的に整合がとれるものであることも,当業者に自明の事項である(段落【0024】参照)。そうすると,上記のような引用発明における従来技術の問題点及び解決課題に,上記段落【0011】,【0024】,【0026】,【0039】,【0040】の各記載を合わせて考慮すれば,引用発明は,保護層の材料をレーザ光に対して透明であり,かつ,上記の一般式を満たす材料を選択することで,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも,窒化物半導体レーザダイオードと格子定数及び熱膨張係数の整合をとることができるものであるといえる。以上により,引用発明において,「保護層の材料をAl1−x−y−zGaxInyBzN(以下「一般式」という。)から選択する技術的意義は,単に,レーザの発振光に対して透明になるようにするのみならず,保護層の格子定数とMQW活性層の格子定数との差をMQW活性層の格子定数の約3%以下,保護層の熱膨張係数とMQW活性層の熱膨張係数との差をMQW活性層の熱膨張係数の約20%以下とすることにあるものと解される」とした審決の判断は誤りである。
(3) 次に,引用発明における保護層の材料として,「AlN」が開示されているか否かについて見るに,刊行物1には,GaN及びIn0.02Ga0.98N層(ただし,In0.02Ga0.98N層については,窒化物半導体レーザダイオードの後面の保護層のみ)は記載されているが,「AlN」を保護層の材料として選択した実施例に関する記載はない。しかし,AlNがレーザ光に対して透明であることは当事者間に争いがなく,上記一般式においてx=y=z=0を代入した場合には,保護層の材料が「AlN」となることは明らかである。そして,段落【0039】には,Alを含有した窒化物半導体材料を用いることが開示されており,刊行物1中において,特段,x=y=z=0を代入することを阻む事情についての記載はない。また,刊行物1には,窒化物半導体レーザダイオードの活性層及び従来の保護層の熱膨張係数について,「例えば,上述のMQW活性層64の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)と保護層69の熱膨張係数(1.6×10−7K−1)とは大きく異なる。」(段落【0009】)との記載及び「保護層20aおよび20bを形成するGaNの熱膨張係数は3.17×10−6K−1であり,MQW活性層14の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)と非常に近い」(段落【0033】)との記載があり,また,AlNの熱膨張係数については,文献(甲14,乙3ないし6)によってばらつきがあるものの,2.227×10−6K−1ないし6.09×10−6K−1の範囲に収まっているから,いずれの数値をとるにせよ,AlNの熱膨張係数は,従来の保護層の熱膨張係数(1.6×10−7K−1)と比較して,活性層の熱膨張係数(3.15×10−6K−1)に近く,そのことからも,一般式において,x=y=z=0を代入した材料であるAlNからなる保護層は,従来の保護層(SiO2又はTiO2)よりも窒化物半導体レーザダイオードと熱膨張係数の整合がとれているといえる。さらに,AlNが窒化物系半導体であることから,前記のとおり,従来の保護層(SiO2又はTiO2)に比べて窒化物半導体レーザダイオードの活性層との格子整合がとれることも明らかである。以上によれば,刊行物1において,保護層の材料として「AlN」が除外されているとはいえず,刊行物1には,レーザ光に対して透明であり,かつ,AlNを含む一般式からなる材料が開示されていると認められる。したがって,審決が,「甲1に,保護層の材料として「AlN」が開示されていると認めることはできない」としたのは,誤りである。
・・・・・
そうすると,相違点2”に関し,引用発明における保護層としてAlNを含むAl1−x−y−zGaxInyBzN(0≦x,y,z≦1,且つ,0≦x+y+z≦1)からなる層」の中から「AlN」を選択することについての容易想到性の有無,並びに保護層の材料としてAlNを選択したとして,それを積層すること及び光出射側鏡面から屈折率が順に低くなるように2層以上積層することについての容易想到性の有無について検討し,同様に相違点3”に関する本件発明1の構成についての容易想到性,さらには,相違点1に関する本件発明1の構\成についての容易想到性の有無を判断して,本件発明1が引用発明から容易に発明することができたか否かの結論に至る必要がある。ここまで至って,引用発明を主たる公知技術としたときの本件発明1の容易想到性を認めなかった審決の結論に誤りがあるか否かの判断に至ることができる。しかし,本件においては,審決が,認定した相違点1及び3に関する本件発明1の構成の容易想到性について判断をしていないこともあって,当事者双方とも,この点の容易想到性の有無を本件訴訟において主張立証してきていない。相違点2(当裁判所の認定では相違点2”)に関する本件発明1の構\成については,原告がその容易想到性を主張しているのに対し,被告において具体的に反論していない。このような主張立証の対応は,特許庁の審決の取消訴訟で一般によく行われてきた審理態様に起因するものと理解されるので,当裁判所としては,当事者双方の主張立証が上記のようにとどまっていることに伴って,主張立証責任の見地から,本件発明1の容易想到性の有無についての結論を導くのは相当でなく,前記のとおりの引用発明の認定誤りが審決にあったことをもって,少なくとも審決の結論に影響を及ぼす可能性があるとして,ここでまず審決を取り消し,続いて検討すべき争点については審判の審理で行うべきものとするのが相当と考える。本件のような態様の審決取消訴訟で審理されるのは,引用発明から当該発明が容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるか否かにあるから,その判断に至るまでの個別の争点についてした審決の判断の当否にとどまらず,当事者双方とも容易想到性の有無判断に至るすべての争点につき,それぞれの立場から主張立証を尽くす必要がある。本件については,上記のように考えて判決の結論を導いたが,これからの審決取消訴訟においては,そのように主張立証が尽くすことが望まれる。なお,本件発明3〜7の容易想到性判断も,本件発明1についてのそれを前提とするものであり,これについても本件発明1に関する判断と同様である。\n
◆判決本文
2013.07. 5
少し前の事件ですが、挙げておきます。主引例の差し替え(周知技術として例示されていた引例を主引例とした)について、手続違背があるとして、進歩性なしとした審決が取り消されました。
一般に,本願発明と対比する対象である主引用例が異なれば,一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになる。したがって,拒絶査定と異なる主引用例を引用して判断しようとするときは,主引用例を変更したとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,原則として,法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものとして法50条が準用されるものと解される。
イ 前記(2)ウ,(3)ウのとおり,本件においては,引用例1又は2のいずれを主引用例とするかによって,本願発明との一致点又は相違点の認定に差異が生じる。拒絶査定の備考には,「第1及び第2のインバータを,電源に接続されるコンバータに接続することは,周知の事項であって(必要があれば,特開平7−213094号公報を参照。)…」と記載されていることから(甲17),審判合議体も,主引用例を引用例2から引用例1に差し替えた場合に,上記認定の差異が生じることは当然認識していたはずである。
ウ そして,前記(3)エのとおり,引用発明2を主引用例とする場合には,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として考慮すべきであるのに対し,引用発明1を主引用例として本願発明の容易想到性を判断する場合には,引用例2のような交流/直流電源の相違が生じない以上,上記解決課題を考慮する余地はない。そうすると,引用発明1又は2のいずれを主引用例とするかによって,引用発明2の上記解決課題を考慮する必要性が生じるか否かという点において,容易想到性の判断過程にも実質的な差異が生じることになる。
エ 本件において,新たに主引用例として用いた引用例1は,既に拒絶査定において周知技術として例示されてはいたが,原告は,いずれの機会においても引用例2との対比判断に対する意見を中心にして検討していることは明らかであり(甲1,16,20),引用例1についての意見は付随的なものにすぎないものと認められる。そして,主引用例に記載された発明と周知技術の組合せを検討する場合に,周知例として挙げられた文献記載の発明と本願発明との相違点を検討することはあり得るものの,引用例1を主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。また,本件において,引用例1を主引用例とすることは,審査手続において既に通知した拒絶理由の内容から容易に予測されるものとはいえない。なお,原告にとっては,引用発明2よりも不利な引用発明1を本件審決において新たに主引用例とされたことになり,それに対する意見書提出の機会が存在しない以上,出願人の防御権が担保されているとはいい難い。よって,拒絶査定において周知の技術事項の例示として引用例1が示されていたとしても,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるといわざるを得ず,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情が存在するとはいえない。
オ 被告は,審判請求書において原告が引用例1を詳細に検討済みであると主張する。しかし,一般に,引用発明と周知の事項との組合せを検討する場合,周知の事項として例示された文献の記載事項との相違点を検討することはあり得るのであり,したがって,審判請求書において,引用例1の記載事項との相違点を指摘していることをもって,これを主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。
(5) 小括
以上のとおり,本件審決が,出願人に意見書提出の機会を与えることなく主引用例を差し替えて本願発明が容易に発明できると判断したことは,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるにもかかわらず,「特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならない」とする法159条2項により準用される法50条に違反するといわざるを得ない。そして,本願発明の容易想到性の判断に係る上記手続違背は,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。よって,取消事由3は,理由がある。
◆判決本文
審判手続に不備はあるとしたが、審決は維持されました。
第1次審決は請求項1,3の特許請求の範囲の記載に明確性要件違反があり(無効理由6),請求項2の発明はKS7−12発明に基づいて当業者が容易に発明することができたもので進歩性がない(無効理由3)として,請求項1ないし3に係る特許を無効とする判断をしたが,審決は原告が主張する無効理由はいずれも理由がないとして請求を不成立とした。この審決に至るまでの経緯として,審判長は,起案日・平成23年12月7日で,訂正審判請求に対し特許法165条に基づき訂正拒絶理由通知書を作成し,同月12日被告に発送した(乙13)。その理由は,訂正後の本件発明1ないし3は当業者が容易に想到し得たものであるから独立特許要件を欠く,というものであった。この通知書は原告も写しを入手していたが,原告訴訟代理人弁護士枩藤朋子が,平成24年2月24日,審判長に本件無効審判請求の進行を電話で問い合わせたところ,審判長からは訂正審判請求については訂正請求があったものとみなして審理をしているとの応答があり,弁駁書提出を求める予定を聴くと,その予\定がなく審理は近々終結予定である,との応答であった(甲64)。同年3月12日ころ,無効審判請求の審理終結通知があり(甲67,乙15),その後された審決は,前記のとおり,訂正を認め無効審判請求を成り立たない,とするものであった。本件においては,特許を無効とした第1次審決が,取消訴訟提起後の訂正審判請求がされたことにより取り消され,訂正審判請求が訂正請求とみなされた経緯にあるから,無効審判請求の主たる攻防は,実質的には,訂正が認められるか否か,そして認められるとして訂正後の発明の容易推考性の有無に移行していたことは明らかであり,これらの点について請求人(原告)の意見を十\分に聴取した上で審決に至る必要があったといわなければならない。しかるに,訂正拒絶理由が通知されたのに請求人(原告)の意見を聴かないままに審判が終結し審決が出される予定であることを審判長から聴いたとすれば,審判合議体は請求人である原告に不利な審決をする予\定ではないとの見通しを立てた,との請求人である原告の主張は当然のものということができる。すなわち,原告が,訂正要件を満たさないか訂正後の発明が容易想到であるとの理由で再度特許を無効にする審決が出されると見込んだのは自然な発想である。無効審判請求においては特許権者及び請求人の主張が尽くされ意見を述べる機会が与えられなければならず,その機会が得られなかった場合には,適正な手続が行われなかったものとして審判手続は違法と評価されるが,上記の経緯で請求人(原告)に弁駁の機会を与えなかった本件ではその違法があったといわなければならない。審決では訂正前の発明に関する請求人(原告)主張の無効理由を踏まえて判断がされているが,訂正請求があったときには(本件ではみなし訂正請求),請求人(原告)に,訂正後の発明に関して従前の無効理由の主張を構成し直すよう促し,その際にも請求人(原告)に訂正についての弁駁をする機会を与える必要があったのに,本件審判ではこの手続を踏まなかった点にも手続の不備がある。このように本件審判には上記の違法があるが,本件訴訟において,訂正要件の有無及び各無効理由についての当事者双方の主張が十\分にされているので,進んでこれらについて判断を加えることとする。
2 取消事由2(請求項2の訂正要件の充足判断の誤り)について
請求項2(本件発明2)についての本件訂正は,訂正前の特許請求の範囲の末尾の「を特徴とするオープン式発酵処理装置。」との記載を,さらに特定事項X,Yを具備する「オープン式発酵処理装置。」との記載に改めるものであるところ,従前は「長尺広幅の面域」としか特定されていなかったのを,この「面域」が「日を改めて投入する有機質廃物について,少なくとも複数日にわたるものをすでに投入したものとは別の空いた領域に経時的に投入することができるだけの」との要件(特定事項X)を充たす規模であることとし,かつ従前は「長尺壁」等としか特定されておらず,高さについて格別特定されていなかったのを,この「長尺壁」,「ロータリー式撹拌機」が「有機質廃物の堆積高さを高温発酵を確保するに足るだけの高さ構成を備えること」(特定事項Y)とするものである。そうすると,「面域」が「有機質廃物を経時的に投入堆積発酵処理する」もので,したがって「面域」がかかる処理に適した規模を有することが本件訂正前から含意されているとしても,本件訂正は「面域」の形状,規模を,「長尺広幅」との構\成以上に,特定事項Xに係る規模に明示的に限定するものであるし,「長尺壁」,「ロータリー式撹拌機」の高さを特定事項Yに係る高さに明示的に限定するものであるということができる。したがって,請求項2に係る本件訂正(訂正事項2)は特許請求の範囲の減縮に当たり,訂正要件を充足するとの審決の判断に誤りはない。原告は,「面域」の複数の領域を「経時的に」利用するか,「日を改めて」利用するかは単なる使用方法の問題にすぎないなどと主張するが,前記のとおり,特定事項X,Yは発明の構成を従前より特定しているといい得るから,訂正要件の非充足をいう原告の主張を採用することはできない。\n
◆判決本文