知財高裁は、進歩性なしとした審決を、阻害要因ありとして取り消しました。また、手続き違背についても認めました。
(1) 引用発明1を含む甲8に記載された発明は、特に、「被膜を有しないSn耐食
性に優れた合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子を
提供することを目的とする」ものである(甲8の段落[0006])ところ、銀の添加に
ついては「Sn耐食性」の向上については触れられていない(同[0018])一方で、
ニッケルの添加は「Sn耐食性の向上・硬度上昇に効果がある」ことが明記されて
いる(同[0019])。
そして、実施例においても、硬度等とともに「Sn耐食性」が独立の項目として
評価され(同[0036])、甲8に係る発明の実施例には全てニッケルが添加され、い
ずれも「Sn耐食性」において「○」と評価されている(同[0038]及び[表1]。\nなお、同[0003]及び[0047]等の記載のほか、同[0040]〜[0045]の比較例1
〜6に対する評価に係る記載をみても、甲8に係る発明は、硬度とSn耐食性を含
む複数の要請をいずれも満たすことを目的としたものであると認められる。)。
この点、比較例7のみにおいては、ニッケルの添加がされていないが、「Sn耐食
性」において「×」と評価され、かつ、「Snはんだ等低硬度材向けのコンタクトプ
ローブ用途として好ましくないといえる」と明記されている(同[0046]及び[表\n1])。
以上の点に照らすと、引用発明1においては、ニッケルの添加が課題解決のため
の必須の構成とされているというべきであり、引用発明1の「合金材料」について、\nニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることには、阻害要因があるというべ
きである。そして、甲8の記載に照らしても、引用発明1の「合金材料」について、ニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることの動機付けとなる記載は認められず、
他にそのようにすることが当業者において容易想到であるというべき技術常識等も
認められない。
したがって、引用発明1に基づいて、相違点1に係る本願補正発明の構成とする\nことについて、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
(2) 被告の主張について
ア 被告は、一次特性と二次特性の区別を前提として、甲8の記載に接した当業
者においては、導電性と硬度という最優先の二大特性が最低限満たされたベース合
金のコンタクトプローブも意識するはずであるから、相違点1に係る本願補正発明
の構成に容易に想到し得る旨を主張する。\nしかし、一次特性と二次特性についての被告の主張を前提としても、前記(1)で指
摘した諸点に照らすと、甲8の記載に接した当業者においては、導電性と硬度とい
う最優先の二大特性を最低限満たした銅銀二元合金に、ニッケルをどのような割合
で添加すること等によって、「Sn耐食性」を向上させ、それや硬度を含めたコンタ
クトプローブとしての要請をどのように実現させるかという観点から引用発明1を
みるものといえるから、「Sn耐食性」が専ら二次特性に係るものであるという理解
を前提としても、そのことから直ちにニッケルの省略が動機付けられるものとはい
えず、相違点1に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとの被告の主張は採\n用できない。
・・・・
(2) 特許法50条本文や同法17条の2第1項1号又は3号による出願人の防御
の機会の保障の趣旨は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由
を発見した場合にも及ぶものと解される(同法159条2項)。
また、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含
む。)において、同法17条の2第1項3号による補正や審判請求時にされた補正が
独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定めら
れ、同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含
む。)において、上記により補正の却下の決定をするときは拒絶理由通知を要しない
旨が定められたのは、平成5年法律第26号による特許法の改正によるものである
ところ、同改正の際には、審判請求時にされた補正の判断に当たって審査段階にお
ける先行技術調査の結果を利用することが想定されていたものとみられるととも
に、同改正の趣旨は、再度拒絶理由が通知されて審理が繰り返し行われることを回
避する点にあったものと解される。
以上の点に加え、新たな引用文献に基づいて独立特許要件違反が判断される場合、
当該引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正については当該引用文献を示
されて初めて検討が可能になる場合が少なくないとみられること等も考慮すると、\n特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合
であっても、特許出願に対する審査手続や審判手続の具体的経過に照らし、出願人
の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、拒絶理由
通知をしないことが手続違背の違法と認められる場合もあり得るというべきであ
る。
(3) 本件においては、次の各事情が認められる。
ア 証拠(甲3、7、13)及び弁論の全趣旨によると、甲16(引用文献5)
については、審査段階で指摘されることはなく、本件審判手続に至っても予め指摘\nされることなく、本件審決で初めて指摘された文献であると認められる。
イ 本願の特許請求の範囲の請求項1については、進歩性に関し、1)令和2年6
月22日起案の拒絶理由通知書(甲7)において、甲8が引用文献として指摘され、
「銅銀合金を製造する上で、銅に対する銀の添加量をどのような値とするのかは、
当業者が適宜行う設計的事項にすぎない」という理解が示された上で、甲8に記載
された発明と本願発明との相違点は一点(本件審決にいう相違点2に相当するもの)
に限られることが指摘され、その相違点に係る本願発明の構成が容易想到である旨\nが指摘されたこと、2)原告は、同年8月19日付け意見書において、上記拒絶理由
通知書における上記理解が誤りである旨を指摘し、甲8に記載された合金はニッケ
ルを含むもので、甲8の銅銀ニッケル合金において銀の添加量を変更しても本願発
明には至らないことなどを主張したこと(甲11)、3)同年10月22日付けで上記
拒絶理由通知書の記載に沿う拒絶査定がされたこと(甲13)、4)原告は、令和3年
2月3日付けで本件審判請求及び合金の組成に係る本件補正をしたこと(甲14、
15)、5)令和元年12月9日付けの補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1に
おいても、本願発明の合金は「銅銀合金体」と記載されており、それと上記2)の意
見書における原告の主張を併せて考慮すると、本願発明の「銅銀合金体」がニッケ
ルを含むものではないことを原告が前提としていることは、同意見書の提出の時点
で理解できたことが認められるところであり、原告においては、上記のとおり審査
段階において本願発明について進歩性欠如の根拠とされた唯一の文献である甲8に
対し、合金の材料に係る他の相違点が存在するという点に専らその主張を集中させ
て争い、本件審判請求の際にもそれに沿う趣旨の本件補正をしたものである。
しかるに、前記2(1)及び(2)のほか、本願発明と引用発明1の対比によると、本
願補正発明と引用発明5との相違点である相違点3は、本願補正発明と引用発明1
の相違点2及び本願発明と引用発明1の相違点4と実質的に全く同一のものである
と認められる一方、本願補正発明と引用発明1との相違点1は、本願補正発明と引
用発明5の相違点としては認められないものである。それゆえ、拒絶理由通知をも
って甲16(引用文献5)を示されていた場合には、原告においては、審査段階や
審判段階において、引用発明5の認定並びに本願補正発明と引用発明5の一致点及
び相違点について争ったり、相違点2及び相違点3をより重視した反論をしたり、
あるいは相違点3に係る本願発明の構成に関して補正することを検討するなどして\nいた可能性もあるものとみられ、原告の方針には重大な影響が生じていたものとい\nうべきである。
(4) 前記(2)を前提として、前記(3)の諸事情を踏まえた場合、相違点3と同一の
相違点2については審査段階で原告に反論の機会が与えられていたこと等を考慮し
ても、なお、引用発明5を主引用例として本願補正発明の進歩性を判断することは、
原告の手続保障の観点から許されないというべきである。
◆判決本文