2020.12.22
令和2(行ケ)10096 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年12月2日 知的財産高等裁判所
特許権の延長登録無効審決の取消訴訟です。本案前に当事者参加適格があるのかが争われました。裁判所は155条1項の参加資格ありと判断しました。
審判便覧(丙1)によると,1項参加人も3項参加人と同様,被参加人が審判請
求を取り下げない限り,被請求人が答弁書を提出した後でも,被請求人の同意なく
参加を取り下げることができるとされている。また,1項参加の申請に際して,特\n許法施行規則様式第65によると,参加申請書に「請求」を記載することは求めら\nれていない。
しかし,審判便覧の上記取扱いについては,被参加人が取下げをしない限り,特
許法155条2項が保護しようとしている被請求人の利益,すなわち,審決を得て,
審判請求の理由がないことを確定するという利益の保護は図られているのであるか
ら,その段階で1項参加人の取下げについて被請求人の同意を要する実益は乏しい
ことから,上記のように取り扱われていると解され,上記の取扱いが,1項参加人
が「請求」を定立していないことに基づくものとはいえず,1項参加人が特許法1
79条1項の「請求人」に当たらないことの理由とはならない。
また,特許法施行規則様式65についても,1項参加人の請求は,被参加人の請
求と同一のものであるとの理解の下に上記のような様式が定められていると解され,
そのことから1項参加人が「請求」を定立していないということはできず,1項参
加人が,特許法179条の「請求人」に当たらないことの理由とはならない。
(3) 上記4),5)について
特許法148条1項は,被参加人が請求を取り下げた場合に限り,1項参加人が
「請求人」となるとは規定しておらず,1項参加人が同項に基づいて「請求人」と
なるのは,被参加人が審判請求を取り下げ,1項参加人が審判手続を続行した場合
に限られると解することはできない。
また,1項参加人に審決取消訴訟の被告適格を認めることが1項参加人の意思に
反する事態を招来するとは認められない。1項参加人が多数いるからといって,そ
のことにより,訴訟手続がいたずらに煩雑化したり,遅延を招いたりして,訴訟経
済に反するとは認められない。
さらに,被告ニプロは,審決取消訴訟の係属中に被参加人が無効審判請求を取り
下げた場合,「請求人」として1項参加人が審決取消訴訟を受継することができると
主張するが,いかなる法的根拠に基づいてそのような「受継」ができるのか明らか
ではない。また,仮に,このような「受継」をすることができたとしても,1項参
加人が受継した時点での訴訟の進行状況によっては,主張立証が制限されることも
あり得るといえ,1項参加人の手続保障に欠けるところがないとはいえない。
◆判決本文
こちらは関連事件です。
◆令和2(行ケ)10097
◆令和2(行ケ)10098
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2020.11.21
平成30(ワ)21448 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 令和2年7月9日 東京地方裁判所
被告製品は構成要件を有していない、さらに、進歩性違反の無効理由ありとの判断されました。同時期に継続していた審取の判断については「証拠が異なる」として、審理再開の 必要なしと判断されました。
イ 本件発明の技術思想(課題解決手段)について
前記(1)によれば,本件発明は,鋼管等を回転して圧入する立坑構築機に\n関し,輸送する際に幅を狭くする必要があったところ,従来技術において
は,円弧状歯車片同士の端部が当接されず,その隙間から内部の転動体が
こぼれ落ちてしまうため,標準的なベアリングを使用することができない
という課題が生じていたので,これを解決するため,構成要件Eに係る構\
成を採用し,円弧状ベアリング片が隙間なく接続して環状の歯車付ベアリ
ングを構成し,もって,分割して幅方向の寸法を狭くすることができると\n共に,転動体がこぼれ落ちなくなり回転を安定させることができ,標準的
なベアリングを使用して装置を安価に構成することができるようにした\nという技術的思想であるものと認められる。すなわち,本件発明において,
円弧状ベアリング片は,それぞれ両端部を隙間なく接続して環状の歯車付
ベアリングを構成するという技術的意義を有しているものというべきで\nあり,このことは,前記のとおり,課題解決手段の欄(段落【0011】)
において,「円弧状ベアリングは隙間なく接続して環状の歯車付ベアリン
グを構成し,内輪及び外輪の間に配置された球やころ等の転動体がこぼれ\n落ちない構造になっている。かかる構\成によって,分割して幅方向の寸法
を狭くすることができると共に,標準的なベアリングを使用して回転を安
定させることができる。」と記載されていることからも根拠付けられるも
のである。
ウ 構成要件Eへの被告製品の充足性について\n
しかして,構成要件Eには,円弧状ベアリング片が「それぞれの両端部\nを各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成する」との文言が記載され\nているところ,「接続」とは「つなぐこと。つながること。続けること。続
くこと。」を意味するものである(広辞苑第7版)。そうすると,その文言
の一般的意義,上記の本件発明の技術的思想(本件発明において,円弧状
ベアリング片は,それぞれ両端部を隙間なく接続して環状の歯車付ベアリ
ングを構成するという技術的意義を有しているものであること)に照らせ\nば,環状の歯車付ベアリングを構成するために隙間なく接続する部品,す\nなわち,つなぐ部品が円弧状ベアリング片であって初めて,円弧状ベアリ
ング片が「それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構\n成する」といえるものであると解するのが相当である。そうすると,環状
の歯車付ベアリングを構成した際に,円弧状ベアリング片の両端部に隙間\nが有るならば,「接続」とは評価し難いものというべきである。
しかるに,前記アによれば,被告製品においては,環状の歯車付ベアリ
ングは,2つある分割フレーム14に設けられた内外輪部ケースそれぞ
れの両端部及び回転リング部材51−3,51−4それぞれの両端部を
隙間なく接続して構成するものであって,分割内輪部23や分割外輪部\n24それぞれの両端部を隙間なく接続するものでも,つなぐものでもな
く,円弧状ベアリング片である円弧状部材36,37それぞれの両端部
には,客観的に隙間があるから,被告製品の円弧状部材36,37は
「それぞれの両端部を各々接続して環状の歯車付ベアリングを構成す\nる」ものであるとはいえず,被告製品は,構成要件Eを充足しないもの\nというほかない。
・・・
以上によれば,本件特許は当業者が乙2発明に基づいて容易に発明するこ
とができたもの(特許法29条2項)であるから,特許無効審判により無効
にされるべきもの(同法123条1項2号)である。
なお,本件特許については,知的財産高等裁判所令和2年(行ケ)第10
102号事件同2年3月24日判決(裁判所ホームページ)が,特許無効審
判請求の不成立審決に対する取消請求を棄却しているところ,原告は,これ
を理由として,口頭弁論再開の申立てをしているが,同判決は,乙2発明を\n主引用発明とし,乙20発明を副引用発明として適用することに基づく進歩
性の欠如については判断しておらず,上記判断は同判決と矛盾するものでは
ないから,再開の必要性は認められない。
◆判決本文
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2020.10.29
令和1(行ケ)10126 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和2年10月22日 知的財産高等裁判所
本件特許についての第三次取消訴訟で無効理由無しの審決が取り消されました。第一次、第二次はいずれも、「無効理由無し、審決維持」でした。
正規状態での施工の利点(上記(2)ア)及び2枚目クランプ状態での施工の
問題点(同イ)にかんがみると,甲1発明において,400mmの場合に2
枚目クランプ状態で施工すると,地盤が硬い場合や鋼矢板が長い場合には施
工不能となるおそれがあるから,正規状態での施工が可能\になるように構成\nすることを当業者は動機付けられるといえる。
ここで,600mm用のチャック装置のままで400mmの鋼矢板を正規
状態で施工すると,チャック装置が大きすぎるために干渉問題が生じる(上
記(2)ウ)。この干渉問題を解決するために,上記(3)の周知事項を適用して,
必要に応じて圧入機に仕様変更を加えつつ,600mm用のチャック装置よ
りも小型であり干渉問題の解消が可能な400mm用のチャック装置を備え\nる一体型チャックフレームに交換することにより,あるいは,600mm用
の着脱式チャック装置よりも小型であり干渉問題の解消が可能な400mm\n用の着脱式チャック装置に交換することにより,400mmの場合でも正規
状態での施工が可能になるように構\成することは,当業者が容易に想到し得
たことといえる。
なお,本件特許の明細書の【0027】には,従来技術の説明として,溶
接事項記載に相当する記載があるが,溶接の工程にはそれなりの手間や費用
を要する上に,溶接した鋼矢板は,その再利用にも支障が生じ得ることなど
を踏まえると,鋼矢板の溶接は,あくまでも次善の策にすぎず,当業者とし
ては,より抜本的な解決策の採用に向けて動機付けられるであろうことは否
定できない。そうすると,溶接事項記載の存在により,相違点に係る本件発
明1の構成を採用することが阻害されるとはいえない。\n
2 第2次審決(甲7−1)との関係について
なお,甲7の1,2によれば,本件審判手続と第2次審決に係る無効審判手
続とでは,類似の無効理由が主張されていたことが認められるので,第2次審
決との抵触等が問題にならないではないが,同証拠によれば,両者で主張され
た無効理由は,主引例が異なる上に,その根拠として提出された証拠にも違い
があることが認められるから,本件において,原告が,甲1発明に基づく進歩
性欠如を主張することが,第2次審決の効力に違反するものではないし,また,
その主張が既に決着済みの問題を蒸し返すものであって信義則に違反するとま
で認めるに足りる証拠もない。
◆判決本文
1次判決はこちら
◆平成28(行ケ)10161
2次判決はこちら
◆平成30(行ケ)10030
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2020.09.11
平成29(ワ)27378 特許権持分一部移転登録手続等請求事件 特許権 民事訴訟 令和2年8月21日 東京地方裁判所
「オプジーボ」について、原告Xは発明者であるとの確認を求める訴訟にて、東京地裁は、「訴えの利益無し、発明者ではない」と判断sました。原告Xは研究室にいた研究者と小野薬品です。被告Yは本庶教授なのでしょう。
原告は,本件発明の発明者であることの確認を求める利益を有すると主張す
る。しかし,確認の利益は,原告の権利又は法律的地位に危険や不安定が現存し,
かつ,その危険や不安定を除去する方法として,当事者間に当該請求について
判決をもって法律関係の存否を確定することが必要かつ適切な場合に認められ
ると解されるところ,本件発明の発明者であることの確認請求は,原告が本件
発明の発明者にあるという事実関係についての確認を求めるものにすぎず,給
付の訴えである不法行為に基づく損害賠償請求をすれば足りるのであるから,
原告には本件発明の発明者であることの確認を求める利益があるということは
できない。
したがって,本件訴えのうち,原告が本件発明の発明者であることの確認を
求める部分は確認の利益を欠き,不適法である。
・・・
上記(2)ないし(4)によれば,1)本件発明の技術的思想を着想したのは,被
告Y及びZ教授であり,2)抗PD−L1抗体の作製に貢献した主体は,Z教
授及びW助手であり,3)本件発明を構成する個々の実験の設計及び構\築をし
たのはZ教授であったものと認められ,原告は,本件発明において,実験の
実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの,その貢献の度合いは限ら
れたものであり,本件発明の発明者として認定するに十分のものであったと\nいうことはできない。
したがって,原告を本件発明の発明者であると認めることはできない。
(6) 原告の主張について
ア 発明者の認定基準について
(ア) 本件実験のほぼ全てを原告が行ったことについては,当事者間に争い
がないところ,原告は,化学の分野においては,発明の基礎となる実験
を現に行い,その検討を行った者が発明者と認められるべきであると主
張する。
しかし,前記判示のとおり,発明者と認められるためには,当該特許
請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着
想し,それを具体化することに現実に加担したことが必要であり,仮に,
発明者のために実際に実験を行い,データの収集・分析を行ったとして
も,その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には,発明者という
ことができないと解すべきである。
原告が本件発明に係る技術的思想に関与せず,抗PD−L1抗体の作
製・選択及び本件発明を構成する実験の設計・構\築に対する貢献もごく
限られたものであったことは,前記判示のとおりであり,これによれば,
原告の本件発明における役割は補助的なものであったというべきであ
る。
(イ) また,原告は,特許発明に係る情報を記載した各種文書を作成し,こ
れを管理している場合には,いわば発明を占有するものとして発明者性
が推認されるべきであると主張するが,研究の補助者が特許発明に係る
情報を記載した各種文書を作成・保管することもあり得ることに照らす
と,特許発明に関する文書の作成・保管主体をもって直ちに発明者であ
ると推認することはできない。
◆判決本文
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2020.09. 9
平成31(受)619 特許権侵害による損害賠償債務不存在確認等請求事件 令和2年9月7日 最高裁判所第二小法廷 判決 その他 知的財産高等裁判所
1審は,確認の利益がないとして本件訴えを却下しました。知財高裁は訴えの利益ありと判断しました。最高裁は知財高裁の判決を取り消ししました。
論点は、不利益の可能性が潜在的にとどまっていても、訴えの利益があるかです。\n
本件確認請求に係る訴えは,被上告人が,第三者である参加人の上告人に対する
債務の不存在の確認を求める訴えであって,被上告人自身の権利義務又は法的地位
を確認の対象とするものではなく,たとえ本件確認請求を認容する判決が確定した
としても,その判決の効力は参加人と上告人との間には及ばず,上告人が参加人に
対して本件損害賠償請求権を行使することは妨げられない。
そして,上告人の参加人に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害
を被った場合に,被上告人が参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償
し,その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害
賠償請求をすることがあるとしても,実際に参加人の損害に対する補償を通じて被
上告人に損害が発生するか否かは不確実であるし,被上告人は,現実に同損害が発
生したときに,上告人に対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請
求訴訟を提起することができるのであるから,本件損害賠償請求権が存在しない旨
の確認判決を得ることが,被上告人の権利又は法的地位への危険又は不安を除去す
るために必要かつ適切であるということはできない。
なお,上記債務不履行に基づく損害賠償請求と本件確認請求の主要事実に係る認定判断が一部重なるからといって,同損害賠償請求訴訟に先立ち,その認定判断を本件訴訟においてあらかじめしておくことが必要かつ適切であるということもできない。
以上によれば,本件確認請求に係る訴えは,確認の利益を欠くものというべきで
ある。
◆判決本文
原審(知財高裁)は下記です。
◆平成30(ネ)10059
1審はこちらです。
◆平成29(ワ)28060
本件についての参考サイト(20200909時点では控訴審まで)
https://innoventier.com/archives/2019/03/8058
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2020.08.24
令和1(ネ)10066 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和2年6月17日 知的財産高等裁判所(2部) 東京地方裁判所(40部)
コンピュータ関連発明の特許権侵害事件で、1審の被告敗訴部分が取り消されました。理由は乙14から新規性無しです。乙14は1審で時期に後れた攻撃防御として採用されなかった証拠です。個人的には、新規性無しというレベルの証拠があるにもかかわらず、時期に後れたとして、1審判決を出すのは引っかかります。
構成要件6)(「前記識別情報を前記ウェブサーバに向けて送出可能な状\n態から送出不可能な状態へと変化させるステップを,前記ウェブサーバに向けて前\n記識別情報が送出されてから一定期間が満了した場合に,又は前記ウェブサーバへ
アクセスされた回数が基準に達した場合に実行する機能とを」)について\n
(ア) 「一定期間」の始期について
a 乙14では,「ウェブページ・・・を顧客のブラウザに表示させる」\n(段落[0032]),「バートの広告は・・・顧客にのみ表示されることになる」(段落[0033],「広告描画エンジン74は,キャンペーン管理インターフェイス・・・を広告主に表\示する」(段落[0042]),「表示ページ中でバートの広告を順位付\nける」(段落[0045]),「クリックして表示する方法」,「広告は,広告主の完全な電話番号を表\示していないが,その代わりに・・・残りの部分を表示するための\nハイパーリンクを含む。」(段落[0059]),「新聞の告知欄は,消費者がかける電話番号を表示するテレビコマーシャルと同様に」(段落[0070]),「歯科医らは\n同業者よりも上に表示されることを望む場合に高い料金を支払うことができる。広\n告会社は,架電単価が最も高いものから最も低いものへと降順に歯科医を表示する。」\n(段落[0089]),「広告会社は,ウェブサイト上に3つの広告を表示するとき,\n広告に現れる固有の電話番号を動的に割り当てる。」(段落[0090]),「広告主
に対応する広告が少なくとも2つの位置の第1の位置に表示された場合に・・・」\n(請求項11)などにおいては,「表示(display)」は,「情報が画面に映される(it
shows it on its screen)」,「画面に単語や写真等を見せる(to show words,
pictures, etc. on a screen)」,「コンピュータの画面に情報を見せる(to show
information on a computer screen)」などの意味で用いられていることが認めら
れる。
しかし,乙14には,「広告会社は,ウェブサイト上に3つの広告を表示すると\nき,広告に現れる固有の電話番号を動的に割り当てる。」(段落[0090]),
「広告会社は一日中10人の歯科医を何百もの異なるサイトに絶えず表示してい\nる。」(段落[0092])などのように,「表示」について,ユーザ端末等の画面の\nみに情報を映すという意味に限定されず,システム(広告会社)が要求パートナー
のウェブサイトに対して電話番号を割り当てた広告等の情報を提示することをも含
むと理解することができる記載がある。
また,乙14の「一実施形態において,ある特定の広告主の広告がある時間にあ
る特定のウェブサイトにある特定の固有の電話番号と共に表示されたことをシステ\nムが記録する。ますます多くの広告が異なるウェブサイトに表示されるため,一実\n施形態において,システムは割り当てられた電話番号がそれぞれ最後に表示された\nのはいつかを記録する。」(段落[0095])との記載では,「システムが記録す
る」とされていて,システムが,ユーザ端末等の画面に電話番号が割り当てられた
広告が映されたことを把握し,それを記録に反映することについての記載が全くな
いことからすると,ここにいう「表示」は,ユーザ端末等の画面のみに情報を映す\nという意味に限定されず,システム(広告会社)が要求パートナーのウェブサイト
に対して電話番号を割り当てた広告等の情報を提示することを含む意味であると理
解することができる。
そして,構成要件(c)のとおり,乙14発明の要求パートナーの検索エンジン\nは,「検索要求に対する検索結果内に,システムから送信された『固有の電話番号が
挿入された広告』を表示する」ものであり,構\成要件(b),(c)のとおり,要求
パートナーの検索エンジンのウェブサイト等に情報を提示することは,システムが
「固有の電話番号が挿入された広告」を当該要求パートナーへ送信することにより
行われるのであるから,乙14発明において「表示」というときに,システムが,\n「固有の電話番号が挿入された広告」を,要求パートナーのウェブサイトに提示さ
せるために送出するという意味をも含むと理解することができる。また,構成要件\n(d)の「表示されたことを記録し」についても,システムが,「固有の電話番号が\n挿入された広告」を要求パートナーのウェブサイトに提示させるために送出したこ
とを含むと理解することができる。
したがって,乙14発明において,固有の電話番号が再利用のために「電話番号
のプール」に戻されるまでの期間の始期である「表示されてからある一定期間」に\nいう「表示されてから」は,「固有の電話番号が挿入された広告が要求パートナーの\n検索エンジンに送出」されたときを含むものと解することができる。
b これに対し,1審原告は,当業者は,「ウェブページが何時の時点で
ユーザ端末に表示されたか」を把握するためのウェブビーコン等の周知技術を参酌\nして乙14の記載を理解するため,ユーザ端末等に電話番号が表示された時期を容\n易に把握することができるから,乙14における「表示してから」は,文字どおり,\nユーザ端末等に電話番号が表示された時点と解すべきであると主張する。\nしかし,上記aのとおり,乙14には,システムが,ユーザ端末等の画面に電話
番号が割り当てられた広告が映されたことを把握することについて記載も示唆もな
く,また,乙14のシステムは,「固有の電話番号が挿入された広告」を提供した
ことを記録することにより,要求パートナーのウェブサイトに「電話番号が割り当
てられた広告」が提示されたことを把握できるから,乙14発明の出願時に,We
bページ(又は電子メール)上にグラフィックを設置し,利用者が当該Webペー
ジ(又は電子メール)を開いた際に,自社のサーバに対してGET要求をし,どの
IPアドレスのマシンが,いつ,どのWebページにアクセスしたのかについての
情報をトレースすることができるというウェブビーコンなどの技術が周知技術であ
ったとしても,乙14発明がこの技術を用いることを前提としたものであると理解
されるとは認められない。
また,乙14発明は,固有の電話番号を提供するには費用がかかるため,広告及
びウェブサイト毎に固有の電話番号を割り当ててペイ・パー・コールの実績型広告
を実施するための架電トラッキングを実施すると,非常に多くの固有の電話番号,
すなわち非常に多くの費用が必要になるとの課題(段落[0076])に対して,「当
該方法では,電話番号は,ジャスト・イン・タイム方式で広告に動的に割り当てら
れ,所定期間,電話番号が表示されない又は架電されないと,そのとき当該電話番\n号は,割り当て解除されて,再利用される。」(段落[0006])ことにより上記課
題を解決するものである。そうすると,このような乙14発明において,「所定期間」
の始期を,ユーザ端末等に電話番号が表示された時点に限定するような技術的な必\n要性は特に認められない。1審原告は,「一定期間」の始期を「送出されてから」と
する本件発明は,ユーザの動作部分を対象としておらず,サーバの側で完結するも
のであり,「一定期間の始期」がユーザ端末等に「表示されてから」とする乙14発\n明は技術思想が異なると主張するが,乙14発明の上記のような意義を考慮すると,
乙14発明において,システム設計の便宜(一定期間の計測の容易性)よりも,ユ
ーザ側の利益(表示期間の確保)を優先させる必要性は特に認められないから,1\n審原告が主張するような本件発明と乙14発明との技術思想の違いを認めることは
できない。
かえって,乙14発明において,「表示」をユーザ端末等に電話番号が表\示された
時点と解すると,通信エラー等で電話番号が送出されたがユーザ端末等に表示され\nなかった場合には,「一定期間」が進行しないことになり,乙14発明の上記の課題
が解決されないことになる。
したがって,1審原告の上記主張を採用することはできない。
c また,1審原告は,乙14の段落[0059]で引用されている米
国公開公報(甲33)によると,乙14発明の構成要件(c)における「表\示」は,
ユーザの「コンピュータの画面に情報を見せる(to show information on a computer
screen)」という意味を有するものとして使用されていると主張する。
しかし,乙14の段落[0059]には,広告が要求パートナーのウェブサイト
を介してユーザに提示されるに当たり,広告が,広告主の電話番号又は電話番号の
残りの部分を表示するためのハイパーリンクを含んでいる方法が記載されており,\nその中で,甲33に記載されている「クリックして表示する方法」が引用されてい\nるにすぎないから,仮に,甲33の「表示」が1審原告主張の「表\示」の意味のみ
を有するものとして用いられているとしても,甲33の記載をもって乙14の「表\n示」を1審原告主張のように認めるべき事情があるということはできない。
1審原告は,乙14発明の[0078]の「表示された」の解釈について,1審\n原告の主張に沿った内容を記載した意見書(甲32)を提出するが,上記説示に照
らし,この意見書の記載内容を採用することはできない。
d 以上によると,乙14発明においての「表示されてから」とは,要\n求パートナーの検索エンジンに向けて電話番号が「送出」されたときを含むと認め
るのが相当であるから,本件発明と乙14発明には「一定期間」の始期について相
違点がないことになる。
(イ) 「『送出可能な状態』である」ことについて\n
a 前記(2)によると,乙14発明では,エンドユーザから要求パートナ
ー(ある検索エンジンのウェブサイト)に対して検索要求がされると,「ジャスト・
イン・タイム方式」で,未割り当ての電話番号のプール内にある電話番号の中から
「固有の電話番号」となる電話番号が検索要求におけるキーワードと関連付けがさ
れた特定の広告主の広告に対して直前に動的に割り当てられて,その広告に自動的
に挿入されるものであり(段落[0006],[0033]〜[0035]),そのよ
うに「固有の電話番号」が挿入された広告は,検索結果のページ内に表示され,「固\n有の電話番号」は,「表示されてからある一定期間」が経過した場合には,「再利用」\nのために「電話番号のプール」に戻され(段落[0006],[0077]〜[00
81]),また,「問合せをもたらすが架電がない場合」には,この「固有の電話番号」が「表示されてからある一定期間」が経過するまでの「所定期間」の間,「動的に割\nり当てられた電話番号」は「その広告に関連付けられる」(段落[0082])ので
あるから,乙14発明の「固有の電話番号」は,広告情報と関連づけられて送出さ
れ,「表示されてからある一定期間」が経過するまでの「所定期間」の間は,広告情\n報と関連付けられていることが認められる。
b もっとも,乙14の段落[0078]には,固有の電話番号が表示\nされてから一定時間が経過した場合や固有の番号が架電されてから一定時間が経過
した場合,システムは自動的にその番号を再利用し,番号のプールに戻すことがで
きるなどの記載はあるが,乙14には,ある要求パートナー(検索エンジンのウェ
ブサイト)に固有の電話番号が表示された後,番号のプールに戻るまでの間に,当\n該電話番号が,同じ要求パートナー(検索エンジンのウェブサイト)で新たに検索
された際に同一の広告に表示されるのか否かについての明示の記載はない。\nしかし,乙14発明は,固有の電話番号を提供するには費用がかかるため,広告
及びウェブサイト毎に固有の電話番号を割り当ててペイ・パー・コールの実績型広
告を実施するための架電トラッキングを実施すると,非常に多くの固有の電話番号,
すなわち非常に多くの費用が必要になるとの課題(段落[0076])に対して,「当
該方法では,電話番号は,ジャスト・イン・タイム方式で広告に動的に割り当てら
れ,所定期間,電話番号が表示されない又は架電されないと,そのとき当該電話番\n号は,割り当て解除されて,再利用される。」(段落[0006])ことにより上記課
題を解決するものである。
そして,ペイ・パー・コールの実績型広告を実施するための架電トラッキングで
は,支払先を特定するために,架電があった電話番号が,どの検索エンジンのウェ
ブサイトで表示されたものなのかさえ特定できればよいのであるから,同じ検索エ\nンジンのウェブサイトの第2の顧客の検索に対して,第1の顧客の検索によって割
り当てた電話番号とは異なる電話番号を新たに割り当てて表示する必要はなく,同\nじ電話番号を再び割り当てて表示することにより,管理する電話番号の数を減らす\nことは,乙14発明が当然の前提としていると解される。そうでなければ,所定期
間「固有の電話番号」を広告情報と関連付けておく意義が乏しいことになる。1審
原告は,表示されてから一定期間,当該番号が送出不可能\である場合に,当該期間,
同じ要求パートナーや同じコンテキストで同じ番号が表示されないとしても,一定\n期間の長さなどを適宜調整するなどすれば,発明の課題は十分解決することができ\nると主張するが,1審原告が主張する方法をとるよりも,同じ要求パートナーの同
じコンテキストに同じ番号を表示する方が管理する電話番号の数を減らすことに資\nするのであるから,1審原告の主張を採用することはできない。
そうすると,乙14の段落[0078]の記載は,エンドユーザから要求パート
ナーの検索エンジンに対する検索要求に対して,広告に「ジャスト・イン・タイム
方式」でプール内にある電話番号を割り当てるに当たって,同じ要求パートナー又
は同じコンテキストにおいて,広告が表示されてから所定期間内の電話番号は,再\n度「固有の電話番号」として前記「広告」に割り当てられ,前記「所定期間内の電
話番号」が挿入された広告が要求パートナーの検索エンジンに送信されることを示
していると解される。
これに対し,1審原告は,乙14発明において,表示されてから一定期間,電話\n番号が送出不可能であったとしても,すでに送出された電話番号を「ウェブサーバ」\nに表示させ続けることにより,同じ要求パートナーや同じコンテキストについて同\nじ番号を表示することは可能\であるから,乙14発明において,所定の期間,電話
番号が送出可能である必要はない旨主張するが,乙14発明は,ジャスト・イン・\nタイム方式であり,検索された都度,電話番号が割り当てられるものであるから,
1審原告が主張するような構成を採るものであると解することはできない。\n
c 以上によると,乙14発明は,「固有の電話番号」が「表示されてか\nらある一定期間」が経過するまでの「所定期間」の間,識別情報(「固有の電話番号」
は広告情報(「その広告」)と関連づけられており,当該期間内の,エンドユーザか
ら要求パートナーの検索エンジンに対する検索要求に対して,同じ要求パートナー
又は同じコンテキストにおいて,広告に関連付けられた電話番号が挿入された広告
が要求パートナーの検索エンジンに送信され前記エンドユーザに対して表示される\nことになるから,本件発明における,「一定期間」が終了して「送出不可能な状態」\nとなるまで「送出可能な状態」である点は,乙14発明との一致点となる。1審原\n告は,乙14の段落[0078],[0086]及び[0098]の記載から,広告
に「ジャスト・イン・タイム方式」で割り当てられたプール内にある電話番号は,
表示されてから所定期間の間「送信可能\状態」が継続しているとの1審被告の主張
は,本件発明の「一定期間」(構成要件6))と乙14発明の「所定期間」を混同する
ものであると主張するが,乙14発明の「所定期間」については前記aのとおり認
められるのであり,1審原告の主張するところは前記aの判断を左右するものでは
ない。
(ウ) 前記ウによると,乙14発明は,構成要件3)を備えていることが認め
られる。そして,前記(ア),(イ)によると,乙14発明の「一定期間」の始期である
「『固有の電話番号』が『表示されてから』」とは,本件発明の「一定期間」の始期\nである「前記ウェブサーバに向けて前記識別情報が送出されてから」に相当し,乙
14発明には,「『一定期間』の間『送出可能な状態』であること」が記載されてい\nることが認められる。
したがって,乙14発明は,本件発明の構成要件6)を備えていると認められる。
◆判決本文
原審はこちら
◆平成28(ワ)16912
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2020.08.18
令和2(ラ)10004 訴訟行為の排除を求める申立ての却下決定に対する抗告事件 その他 令和2年8月3日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
原審は、A弁護士の行為は、弁護士法25条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」があると判断していました。知財高裁は代理人として職務ができないと判断しました。
ア 前記(1)イのとおり,C弁護士は,平成20年1月11日から令和元年1
2月31日までの間,抗告人塩野義に社内弁護士として在籍し,抗告人塩
野義の知的財産部情報戦略グループのサブグループ長として,他の抗告人
塩野義の従業員とともに,平成29年4月1日以降,抗告人らが有する本
件特許権に対応する外国の特許権侵害を理由とする相手方の親会社に対す
る米国及びカナダでの訴訟提起の準備,米国訴訟提起後のディスカバリー
手続への対応,米国訴訟における特許の請求項の解釈の検討,カナダ訴訟
における訴訟戦略の検討等を行い,平成30年2月15日から令和元年1
0月15日までの間,基本事件の追行を委任する弁護士の選定,基本事件
の実体的な内容を含む抗告人ら代理人や関係者との訴訟準備に係る協議,
抗告人ら代理人に対する相談資料の作成等,基本事件の訴訟提起のための
準備を担当していたことが認められる。
上記認定事実によれば,C弁護士は,基本事件の内容について,抗告人
塩野義から法律的な解釈及び解決を求める相談を受けて,具体的な法律的
な見解を示し,法律的手段を教示又は助言をしたものと認められるから,
基本事件は,C弁護士にとって,抗告人塩野義の「協議を受けて,賛助し
た事件」(弁護士法25条1号及び本件基本規程27条1号)に該当する。
そうすると,C弁護士は,弁護士法25条1号及び本件基本規程27条
1号により,基本事件について,被告である相手方の訴訟代理人としての
職務を行うことはできないものと認められる。
イ そして,前記(1)ウ,オ,カ及びキ(イ)の認定事実によれば,C弁護士は,
抗告人らが令和元年11月20日に基本事件の訴訟を提起した後の令和2
年1月1日,本件事務所に入所し,同日から同年2月10日までの間本件
事務所に在籍したこと,その間の同年1月16日,相手方は,本件事務所
に所属するA弁護士らに基本事件の訴訟追行を委任する旨の同月8日付け
の訴訟委任状を原審裁判所に提出し,A弁護士らは,相手方の訴訟代理人
となったことが認められる。
上記認定事実によれば,基本事件は,本件事務所の所属弁護士のA弁護
士らにとって,所属弁護士であったC弁護士が本件基本規程27条1号に
より職務を行い得ない事件であるといえるから,本件基本規程57条本文
に定める「他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が本件基
本規程27条1号の規定により職務を行い得ない事件」に該当するものと
認められる。
(3) A弁護士らの「職務の公正を保ち得る事由」の有無について
相手方は,本件基本規程57条ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」
の有無は,職務の公正らしさ,すなわち職務の公正な外観の保護という一律
の基準をもって判断すべきではなく,諸事情を総合考慮して具体的事案に即
して実質的に判断されるべきであるところ,1)A弁護士は,基本事件の受任
後直ちに,C弁護士とA弁護士らを含む本件事務所の弁護士らとの間での基
本事件に関する情報の共有や漏えいを防止するための情報遮断措置を講じた
こと,2)C弁護士が本件事務所において勤務した期間は1か月余りの短期間
にとどまり,その間に基本事件の情報の共有や漏えいをしたことはなく,C
弁護士の退職(退所)により基本事件に関する情報の共有や漏えいのおそれ
も存在しないこと,3)仮にC弁護士及びA弁護士らが基本事件に関する秘密
保持義務違反行為やそれを唆すような行為に及べば,弁護士として懲戒処分
を受けるのみならず,巨額の損害賠償責任や刑事責任を負う可能性すらあるから,そのような行為に及ぶことはあり得ないこと,4)相手方が基本事件の
訴訟代理人を変更したのは,いったんは相手方の特許出願に主に携わってい
るD弁護士の所属する特許法律事務所に相談して委任したが,その後,製薬
特許専門訴訟に特化し,その分野での経験が豊かな訴訟専門弁護士に依頼す
べきと考えるに至り,2年前に依頼したことがある本件事務所に訴訟遂行を
委任することにしたからであり,その経緯に特段不自然な点はないこと,5)
基本事件は,医薬品に関する特許関係訴訟であって高度に専門特化された分
野の訴訟であり,かつ,渉外案件である基本事件を取り扱うことができる弁
護士は限られており,抗告人ら及びその関係会社のいずれをも顧客としない
法律事務所を探すことは極めて困難であるという実情があり,本件基本規程
57条によってA弁護士らについて訴訟行為の排除が認められるとすると,
相手方において憲法32条が保障する裁判を受ける権利が十分に満足されない事態に発展することからすると,基本事件について抗告人らと相手方との\n利害対立の程度は小さいとはいえない点を踏まえても,基本事件の情報漏え
いとそれによる依頼人の利益の侵害の危険性がなく,また,そのような情報
漏えい及び利益の侵害も現に発生していないから,A弁護士らには「職務の
公正を保ち得る事由」がある旨主張する。
ア 「職務の公正を保ち得る事由」の意義について
前記3(2)ウで説示したとおり,本件基本規程57条が,本件基本規程2
7条1号との関係において,他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を
含む。)が同号により職務を行い得ない事件について,所属弁護士が,「職
務の公正を保ち得る事由」があるときを除き,その職務を行うことを禁止
しているのは,所属弁護士がその事件について職務を行うことは,依頼者
に所属弁護士の職務の公正に対する疑念と不安を生じさせるものであり,
他方で,先に他の所属弁護士又は共同事務所を離脱した他の所属弁護士を
信頼して協議又は依頼をした当事者においても,所属弁護士の職務の公正
に対する疑念を生じさせるものであることから,依頼者の信頼を確保し,
依頼者及び上記当事者の利益を保護するとともに,弁護士の職務執行の公
正を確保し,弁護士の品位を保持することを目的とするものであり,この
ような本件基本規程57条の規定の趣旨に照らすと,同条ただし書の「職
務の公正を保ち得る事由」とは,所属弁護士が,他の所属弁護士(所属弁
護士であった場合を含む。)が本件基本規程27条1号により職務を行い
得ない事件について職務を行ったとしても,客観的及び実質的にみて,依
頼者の信頼が損なわれるおそれがなく,かつ,先に他の所属弁護士(所属
弁護士であった場合を含む。)を信頼して協議又は依頼をした当事者にと
って所属弁護士の職務の公正らしさが保持されているものと認められる事
由をいうものと解するのが相当である。
以上を前提に,A弁護士らの「職務の公正を保ち得る事由」の有無につ
いて判断する。
イ 相手方の1)ないし4)の主張について
(ア) 前記(1)の事実関係を前提に検討するに,1)基本事件は,医薬品に関
する本件特許権に基づく特許侵害訴訟であり,抗告人ら又はその関連会
社は,米国及びカナダにおいて本件特許権に対応する外国の特許権に基
づく特許侵害訴訟を相手方の親会社に対して提起し,これらの訴訟が基
本事件と並行して審理されていることからすると,基本事件は,抗告人
らと相手方との間の利害の対立が大きい事件であると認められること,
2)基本事件において,現時点では,相手方から訴状記載の請求原因に対
する認否及び反論が提出されていないが,訴状の記載内容から,基本事
件の審理では,被告製品及び被告成分が本件発明の構成要件を充足するかどうか,均等論の各要件を満たすかどうかなどが主要な争点となるこ\nとが予想され,更には,相手方が本件特許に関する無効の抗弁を提出し,それが争点となり得ることも予\想されるところ,C弁護士は,本件事務所に入所する前に,抗告人塩野義において,知的財産部情報戦略グルー
プのサブグループ長として,基本事件の訴訟提起のための準備に中心的
に関与するとともに,本件特許権に対応する外国の特許権侵害を理由と
する相手方の親会社に対する米国及びカナダの特許侵害訴訟に係るディ
スカバリー手続への対応,請求項の解釈,訴訟戦略の検討等について深
く関与していたことからすると,本件特許に係る薬剤の開発及び特許出
願の経緯,上記開発過程における薬理試験の結果,薬理試験に供された
候補化合物,インテグラ―ゼ阻害作用を奏する化学構\\造等に関する様々
な情報を知り得る立場にあったものと推認され,これらの情報は,基本
事件の訴訟追行において重要な意味を有するものと解されること,3)相
手方は,基本事件の訴訟が提起された当初の段階では,本件事務所とは
異なる法律事務所に所属するD弁護士らに基本事件の訴訟追行を委任し,
令和元年12月23日の基本事件の第 1 回口頭弁論期日にはD弁護士が
相手方の訴訟代理人として原審裁判所に出頭したが,C弁護士が令和2
年1月1日に本件事務所に入所した後,同月16日,A弁護士らに基本
事件の訴訟追行を委任する旨の訴訟委任状を原審裁判所に提出し,一方
で,D弁護士らは同月18日に相手方の訴訟代理人を辞任する旨の辞任
届を原審裁判所に提出したことに照らすと,C弁護士が本件事務所に入
所した時期と近接する時期に,基本事件の被告である相手方の訴訟代理
人が,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らから本件
事務所に所属するA弁護士らに切り替わったものといえること,以上の
1)ないし3)の事情は,抗告人らにとって,A弁護士らが基本事件の相手
方の訴訟代理人として職務を行うことについて,その職務の公正らしさ
に対する強い疑念を生じさせるものであるものと認められる。
(イ)a これに対し相手方は,A弁護士は,基本事件の受任後直ちに,C
弁護士とA弁護士らを含む本件事務所の弁護士らとの間での基本事件
に関する情報の共有や漏えいを防止するための情報遮断措置を講じた
旨主張(相手方の1)の主張)する。
そこで検討するに,前記(1)の事実関係によれば,1)A弁護士は,令
和2年1月1日にC弁護士が本件事務所に入所することが内定してい
た状況下で,令和元年12月27日,相手方との間で,基本事件を受
任することについて合意をした後,同日,C弁護士と面談した際,C
弁護士が基本事件に担当者として関わっていた旨を述べたことから,
C弁護士に対し,それ以上の発言をしないように伝え,C弁護士から
抗告人塩野義で担当した基本事件を含む一切の秘密情報を本件事務所
に漏らさないことを誓約する旨記載された誓約書の提出を受けたこと,
2)同日,A弁護士は,本件事務所に所属するB弁護士及び弁理士及び
事務局の職員に対し,C弁護士から基本事件の情報を一切受け取らず,
C弁護士にも漏えいしないようにすること等を指示した上,基本事件
に関するメールでのやり取りはC弁護士以外の本件事務所の所員全員
(本件メンバー)間のみで行い,その際のメールの宛先は本件メンバ
ー全員とし,宛先の追加又は削除をしないこと,勤務時間の内外を問
わず,基本事件についてC弁護士からは一切聞かず,C弁護士に一切
伝えないこと,基本事件に関するファイルを本件事務所のサーバコン
ピュータ内のC弁護士がアクセスできないように設定された本件フォ
ルダにのみ入れるものとし,誤ってC弁護士がアクセスできるように
設定されたフォルダに入れた場合には,直ちに削除するとともに,A
弁護士に報告すること,基本事件に関する打合せ及び会話は,C弁護
士が執務室に不在でも本件事務所の第2会議室のみで行うこと等の指
示をしたこと,3)C弁護士が本件事務所での勤務を開始してからは,
A弁護士は,基本事件に関する紙媒体の管理の徹底や基本事件に関す
る書類をスキャンしたデータの管理の徹底などをC弁護士が不在の場
で弁護士,弁理士及び事務局に指示をし,また,基本事件の訴訟記録
を弁護士及び弁理士の執務室から離れた事務局の執務室の鍵付きのキ
ャビネットに保管させ,A弁護士と事務局のみがその鍵を管理するよ
うにしたことが認められ,これらの1)ないし3)の措置は,基本事件に
関する情報の共有や漏えいを防止することを目的とする情報遮断措置
に相当するものと認められる。
しかしながら,他方で,C弁護士が本件事務所での勤務を開始した
令和2年1月2日当時,本件事務所には,A弁護士,B弁護士及びC
弁護士を含む合計8名の弁護士及び弁理士が所属し,同じ執務室で執
務を行っていたが,執務室内の構造としては,各弁護士及び弁理士個人の執務スペースの周囲三方がノートパソ\コンの画面の2倍程度の高さの仕切りが設けられていたにとどまること,本件事務所では,本件
事務所の各弁護士及び弁理士の間で,補助する事務局の職員を別にす
るといった態勢は執られていなかったことに照らすと,上記1)ないし
3)の措置は,本件事務所において,C弁護士とA弁護士らを含む本件
事務所の他の弁護士及び弁理士らとの間における口頭による基本事件
に関する情報の伝達,交換,共有等を遮断するには一定の限界があり,
基本事件に関する情報遮断措置として十分なものであったものと認めることはできない。\nそうすると,A弁護士が講じた上記情報遮断措置は,抗告人らにお
けるA弁護士らが基本事件の相手方の訴訟代理人として職務を行うこ
とについての職務の公正らしさに対する疑念を払拭させるものである
ということはできない。
b 次に,相手方は,C弁護士が本件事務所において勤務した期間は1
か月余りの短期間にとどまり,その間に基本事件の情報の共有や漏え
いをしたことはなく,C弁護士の退職(退所)により基本事件に関す
る情報の共有や漏えいのおそれも存在しない旨,仮にC弁護士及びA
弁護士らが基本事件に関する秘密保持義務違反行為やそれを唆すよう
な行為に及べば,弁護士として懲戒処分を受けるのみならず,巨額の
損害賠償責任や刑事責任を負う可能性すらあるから,そのような行為に及ぶことはあり得ない旨主張(相手方の2)及び3)の主張)する。
そこで検討するに,C弁護士が本件事務所に在籍した期間は令和2
年1月1日から同年2月10日までの1か月余りであるが,前記aの
とおり,A弁護士が講じた本件事務所内の情報遮断措置は,C弁護士
とA弁護士らを含む本件事務所の他の弁護士及び弁理士らとの間にお
ける口頭による基本事件に関する情報の伝達,交換,共有等を遮断す
るには一定の限界があり,基本事件に関する情報遮断措置として十分なものであったものといえないことに照らすと,C弁護士が本件事務\n所に在籍した期間が1か月余りの短期間であったことを考慮してもな
お,客観的及び実質的にみて,C弁護士の在籍中に,C弁護士とA弁
護士らとの間で基本事件に関する情報の伝達,交換,共有等が行われ
たのではないかという抗告人らの疑念は解消されるものではない。
また,C弁護士の本件事務所の退所は,A弁護士とC弁護士の合意
によるものであり,しかも,相手方から,C弁護士作成の令和2年2
月12日付け陳述書(疎乙12)が本件の疎明資料として提出されて
いることに照らすと,A弁護士らとC弁護士は,C弁護士が本件事務
所を退所した後も,互いに連絡を取り合うことのできる関係にあると
いえるから,C弁護士の上記退所の事実から直ちに,C弁護士とA弁
護士らとの間で基本事件に関する情報の伝達,交換,共有等が行われ
るおそれがあるのではないかという抗告人らの疑念を払拭させるもの
ではない。
さらに,口頭による基本事件に関する情報の伝達,交換,共有等が
内部的に行われた場合,その事実を外部から把握することは事実上困
難であることに照らすと,弁護士が受任事件に関し秘密保持義務違反
行為やそれを唆すような行為に及べば,懲戒処分を受けるのみならず,
損害賠償責任や刑事責任を負うおそれがあることは,抗告人らにおけ
るA弁護士らが基本事件の相手方の訴訟代理人として職務を行うこと
についての職務の公正らしさに対する疑念を払拭させるものであると
いうこともできない。
c 相手方は,相手方が基本事件の訴訟代理人を変更したのは,いった
んは相手方の特許出願に主に携わっているD弁護士の所属する特許法
律事務所に相談して委任したが,その後,製薬特許専門訴訟に特化し,
その分野での経験が豊かな訴訟専門弁護士に依頼すべきと考えるに至
り,2年前に依頼したことがある本件事務所に訴訟遂行を委任するこ
とにしたからであり,その経緯に特段不自然な点はない旨主張(相手
方の主張4))する。
しかしながら,本件においては,相手方が,2年前に依頼したこと
のある本件事務所に対して当初から基本事件の訴訟遂行を委任せずに,
本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁護士らに委任するに
至った具体的な経緯,その後,製薬特許専門訴訟に特化し,その分野
での経験が豊かな訴訟専門弁護士である本件事務所のA弁護士らに依
頼すべきであると考えるに至った時期及びその具体的理由等について
の疎明がないことに照らすと,相手方の4)の主張は,C弁護士が本件
事務所に入所した時期と近接する時期に,基本事件の被告である相手
方の訴訟代理人が,本件事務所とは異なる法律事務所に所属するD弁
護士らから本件事務所に所属するA弁護士らに切り替わったことから
生じる,抗告人らにおけるA弁護士らが基本事件の相手方の訴訟代理
人として職務を行うことについての職務の公正らしさに対する疑念を
払拭させるものであるということはできない。
ウ 相手方の5)の主張について
相手方は,基本事件は,医薬品に関する特許関係訴訟であって高度に専
門特化された分野の訴訟であり,かつ,渉外案件である基本事件を取り扱
うことができる弁護士は限られており,抗告人ら及びその関係会社のいず
れも顧客としない法律事務所を探すことは極めて困難であるという実情が
あり,本件基本規程57条によってA弁護士らについて訴訟行為の排除が
認められるとすると,相手方において憲法32条が保障する裁判を受ける
権利が十分に満足されない事態に発展する旨主張(相手方の5)の主張)す
る。
しかしながら,基本事件が医薬品に関する特許関係訴訟であって高度に
専門特化された分野の訴訟であり,かつ,渉外案件であるとしても,我が
国において,本件事務所に所属する弁護士以外に,基本事件の相手方の訴
訟代理人として訴訟追行を行うことのできる弁護士が存在しないというこ
とはおよそ考えられないから,相手方の上記主張は,採用することができ
ない。
エ まとめ
以上によれば,相手方主張の1)ないし5)に係る事情は,本件事務所に所
属するA弁護士らが,本件事務所の所属弁護士であったC弁護士が本件基
本規程27条1号により職務を行い得ない事件である基本事件について,
相手方の訴訟代理人として職務を行ったとしても,客観的及び実質的にみ
て,先にC弁護士を信頼して協議し,賛助を受けた抗告人塩野義にとって,
A弁護士らの職務の公正らしさが保持されているものと認められる事由に
当たるものということはできないから,A弁護士らに本件基本規程57条
ただし書の「職務の公正を保ち得る事由」があるものと認めることはでき
ない。
◆判決本文
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2020.01. 8
平成30(ワ)32519等 発信者情報開示請求事件 著作権 民事訴訟 令和元年10月30日 東京地方裁判所
YouTubeに対する発信者情報開示請求が一部、認められました。なお、利用者の住所(本件発信者情報2−2)については、動画投稿の際に登録が必要となるアカウントとは独立した異なるものであるとして、認められませんでした。
原告は,被告グーグルが本件発信者情報2−2を保有している旨主張する。
しかしながら,被告グーグルは,原告の上記主張を否認しており,他に被告グー
グルが本件発信者情報2−2を保有していることを認めるに足りる的確な証拠はな
い。
この点,証拠(甲6,7,乙5〜8)及び弁論の全趣旨によれば,本件サイトへ
の動画投稿により広告収入を得ようとする利用者は,支払を受ける住所を登録して
Google AdSenseアカウントを開設する必要があり,同アカウントの
中には被告グーグルが管理するものがあるが,同アカウントは,本件サイトへの動
画投稿の際に登録が必要となるアカウントとは独立した異なるものであることが認
められる。そうすると,本件各投稿者が本件各動画の投稿により広告収入を得る目
的でGoogle AdSenseアカウントへの登録をし,その結果,被告グー
グルが本件各投稿者に係る支払先住所に係る情報を管理していたとしても,同情報
は,本件各動画の投稿に用いられた各アカウントを登録するために用いられたもの
には該当しないから,被告グーグルが本件発信者情報2-2を保有しているというこ
とはできない。
よって,原告の主張は採用することができない。
◆判決本文
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