2024.10.22
令和6(ネ)10010 損害賠償請求控訴事件(特許権侵害) 特許権 民事訴訟 令和6年8月29日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
女性の下着に関する特許権について、原審は102条3項に基づき、約700万円の損害賠償を認めました。1審被告は控訴しましたが、知財高裁は控訴棄却しました。控訴趣意書で新たに行った無効主張については、時機に後れた攻撃防御方法に該当すると判断したものの、判断しても無効理由なしと判断されました。
控訴人は、前記第2の4〔控訴人の主張〕のとおり、原審において主張し
ていた無効理由とは異なる新たな無効理由(当審において新たに提出する乙
31文献による新規性欠如、同文献を主引用例とする進歩性欠如)を主張し、
被控訴人は、これにつき時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下を申し立てている。\n
(2) そこで、まず時機に後れた攻撃防御方法に当たるかについて検討すると、
控訴人による当審における新たな無効理由の主張は、令和6年2月6日付け
控訴理由書においてなされたものであるところ、特許権侵害訴訟において、
無効の抗弁は、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続
内で迅速に解決するため、特許無効審判手続による無効審決の確定を待つこ
となく主張することができるものとされており、特許無効審判とは別の手続
である民事訴訟手続内でのものであるから、審理の経過に鑑みて、審理を不
当に遅延させるものであるときは、時機に後れた攻撃防御方法に当たるもの
として却下されるべきである。
これを基に原審における審理経過についてみると、一審被告である控訴人
は、原審において、令和3年10月27日提出の同月22日付け答弁書にお
いて、被控訴人製品の本件発明の構成要件該当性を否認するとともに、乙8文献を主引用例とし、これと周知技術との組み合わせないし乙9文献を副引\n用例とする進歩性欠如の無効理由を主張した。これに対する一審原告である
被控訴人の反論等を受け、令和4年3月18日付け準備書面(3)において、乙
8文献による新規性欠如の無効理由を追加し、これに対する被控訴人の更な
る反論を受けて、令和4年5月27日付け準備書面(4)において、更に乙8文
献を主引用例とし、乙10文献を副引用例とする進歩性欠如の無効理由を追
加した。これについての被控訴人の反論に対しては、更に令和4年8月29
日付け準備書面(5)において反論をした。
そして、侵害論について当事事者が主張立証を尽くしたことを前提とし、令
和4年8月31日に行われたウェブ会議の方法による書面準備手続において、
裁判所から損害論に審理を進める旨の心証開示を受けて(令和4年8月31
日の書面準備手続の経過表には、協議の結果欄に、「当事者双方 侵害論につ
いての主張立証は尽くした。」「裁判長 今後、損害論についての審理を進め
る。」との記載がある。)、損害論の審理が進められ、令和5年9月22日に行
われた口頭弁論期日において、控訴人は他に主張立証することはない旨を陳
述し、原審口頭弁論が終結されて原判決が言い渡されたものである。
こうした原審での審理経過に鑑みると、当審における新たな無効理由の主
張は、時機に後れて提出された攻撃防御方法に当たり、その提出が後れたこ
とについて控訴人には重過失があるから、本来であれば却下は免れないが、
被控訴人から、予備的にではあるものの、当審において提出された無効理由についての反論がされており、これに対する控訴人の再反論の主張はなく当\n審の口頭弁論終結に至っていることから、この限度では訴訟の完結を遅延さ
せることになるとまではいえないため、以下、判断を加えることとする。
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2024.04.10
令和5(行ケ)10069 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和6年3月25日 知的財産高等裁判所
無効審判の判断について争いましたが、第一次判決の拘束力により、請求理由なしと判断されました。
前記第2の1(特許庁における手続の経緯等)並びに証拠(甲39、乙22)及
び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 原告は、令和元年11月12日、本件各発明に係る本件特許について特許
無効審判の請求をした。
(2) 特許庁は、令和3年10月8日、本件訂正を認めた上、本件発明1等に係
る本件特許を無効とし、本件発明4に係る本件特許に対する審判請求は成り立たな
い旨の第一次審決をした。第一次審決においては、次の点がその理由とされた。
ア 本件発明1等は、いずれも本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて
容易に発明をすることができたものである。
イ 本件発明4は、本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて容易に発明
をすることができたものとはいえない。
(3) 被告は、令和3年11月13日、第一次審決のうち本件発明1等に係る本
件特許を無効とした部分の取消しを求める訴えを提起し、原告は、同月16日、第
一次審決のうち本件発明4に係る本件特許に対する審判請求は成り立たないとした
部分の取消しを求める訴えを提起した。
(4) 知的財産高等裁判所は、被告の訴えに係る事件及び原告の訴えに係る事件
を併合審理した上、令和4年8月31日、被告の請求を認容し、第一次審決のうち
本件発明1等に係る本件特許を無効とした部分を取り消すとともに、原告の請求を
棄却する旨の第一次判決を言い渡し、第一次判決は、その後確定した。第一次判決
においては、次の点がその理由とされた。
ア 本件発明1等は、いずれも本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて
容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 本件発明4は、本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて容易に発明
をすることができたものとはいえない。
(5) 特許庁は、令和5年5月22日、本件訂正を認めた上、本件各発明に係る
本件特許についての審判請求は成り立たない旨の本件審決をした。本件審決におい
ては、次の点がその理由とされた。
ア 本件発明1等は、いずれも本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて
容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 本件発明4は、本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて容易に発明
をすることができたものとはいえない。
(6) 原告は、令和5年6月29日、本件審決のうち審判請求を不成立とした部
分の取消しを求めて本件訴えを提起した。本件訴訟における原告の主張は、前記第
3のとおりであるが、結局、次のとおり要約することができる。
ア 本件発明1等と甲1引用発明との間に本件構成に係る相違点2及び相違点4\nは存在しないというべきである。しかるところ、本件審決は、このような相違点が
あることを前提に、本件発明1等に係る本件構成は、いずれも本件出願日前に当業\n者が甲1引用発明に基づいて容易に想到し得たとはいえないと判断した点において
判断を誤っている。
イ 本件発明4は、本件出願日前に当業者が甲1引用発明に基づいて容易に発明
をすることができたものであるから、その進歩性を認めた判断は誤りである。
2 本件発明1等に係る本件特許について(審決取消判決の拘束力)
(1) 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が
確定したときは、審判官は、特許法181条2項の規定に従い、当該審判事件につ
いて更に審理を行って審決をすることとなるが、審決取消訴訟は、行政事件訴訟法
の適用を受けるから、再度の審理又は審決には、同法33条1項の規定により、当
該取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに
必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は、取消判決の当該
認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手
続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につき、こ
れを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは、当該主張を裏
付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束
力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟におい
てこれを違法とすることができないのは当然である。
このように、再度の審決取消訴訟においては、審判官が当該取消判決の主文のよ
って来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上、その拘束力に従ってされた
再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは、確定した取消判
決の判断自体を違法として非難することにほかならず、再度の審決の違法(取消)
事由たり得ない。
以上を特許発明の進歩性判断が問題となる特許無効審判事件の審決の取消訴訟に
ついて具体的に考察すると、特許無効審判の対象とされた特許発明が、特許出願前
に当業者において特定の引用例に記載された発明に基づき容易に発明をすることが
できたとはいえないとの理由により、当該特許発明に係る特許を無効とした審決の
認定判断が誤りであるとして当該審決を取り消す旨の判決がされ、これが確定した
ときは、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は、同一の引用例
に記載された発明に基づく進歩性の判断に当たり、当該判決と異なる認定判断をす
ることは許されない。したがって、再度の審決に係る審決取消訴訟において、関係
当事者が、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断が誤りである
(当該特許発明は特許出願前に当業者において同一の引用例に記載された発明に基
づき容易に発明をすることができた)として、これを裏付けるための新たな立証を
し、また、裁判所が、これを採用して取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決
を違法とすることは許されないと解するのが相当である(前掲最高裁平成4年4月
28日第三小法廷判決参照)。
(2) これを本件についてみるに、前記認定のとおり、第一次審決(本件発明1
等に係る本件特許を無効とした部分。以下、この(2)及び後記(3)において同じ。)
は、本件発明1等につき、これらがいずれも本件出願日前に当業者において甲1引
用発明に基づき容易に発明をすることができたものであると判断して、本件発明1
等に係る本件特許を無効としたところ、第一次判決(第一次審決を取り消した部分。
以下、この(2)及び後記(3)において同じ。)は、本件発明1等につき、これらがい
ずれも本件出願日前に当業者において甲1引用発明に基づき容易に発明をすること
ができたものとはいえないと判断して、第一次審決を取り消したものである。また、
第一次判決の確定後にされた本件審決(本件発明1等に係る本件特許に対する審判
請求は成り立たないとした部分。以下、この(2)及び後記(3)において同じ。)は、
本件発明1等に係る甲1引用発明に基づく進歩性について、第一次判決と同様の判
断をして、本件発明1等に係る本件特許に対する審判請求は成り立たないとしたも
のである。
ここで、前記(1)によると、再度の審判請求において、本件発明1等が本件出願
日前に当業者において第一次判決が認定判断した同一の引用例(甲1)に記載され
た発明に基づき容易に発明をすることができたか否かにつき、審判官が第一次判決
とは別異の事実を認定して異なる判断を加えることは、第一次判決の拘束力により
許されないのであるから、本件審決は、第一次判決の拘束力に従ってされた限りに
おいて適法であるとされなければならない。
そして、前記(1)によると、第一次判決の拘束力に従ってされた本件審決の取消
訴訟(本件訴訟)において、第一次判決の認定判断(本件発明1等が本件出願日前
に当業者において甲1引用発明に基づき容易に発明をすることができたものとはい
えないとの認定判断)を否定する関係当事者の主張立証は許されないことになるか
ら、原告は、本件訴訟において、このような主張立証(本件発明1等の甲1引用発
明に基づく進歩性欠如の主張立証)をすることができないというべきである。
したがって、甲1引用発明に基づいて本件発明1等が進歩性を欠く旨原告が主張
することは許されない。
(3) 原告は、本件訴訟における原告の主張(取消事由1及び2)につき、これ
は「相違点2又は4に係る本件発明1等の構成のうち本件構\成に係る部分は、本件
発明1等と甲1引用発明との相違点ではない」との第一次判決が判断していない事
項についての本件審決の判断の誤りを指摘するものであるから、本件訴訟において
取消事由1及び2を提出することは第一次判決の拘束力に反しないと主張する。
確かに、乙22によると、第一次判決においては、原告が本件訴訟において取消
事由1及び2として指摘する事項(相違点2又は4に係る本件発明1等の構成のう\nち本件構成に係る部分の実質的相違点性)についての判断がされなかったものと認\nめられる。しかしながら、本件発明1等に係る甲1引用発明に基づく進歩性の判断
は、本件発明1等及び甲1引用発明の各認定並びにこれを前提とする一致点及び相
違点の認定を踏まえて行われる法律判断である。前記のとおり、拘束力は、判決主
文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、甲1
引用発明に基づく進歩性欠如を否定した第一次判決の法律判断の前提となった本件
発明1等と甲1引用発明との間の相違点に係る事実認定についても、第一次判決の
拘束力は及ぶというべきである。したがって、本件審決の審判官が、同じ甲1引用
発明に基づく進歩性の判断に当たり、第一次判決とは別異の事実を認定して異なる
判断を加えることは、第一次判決の拘束力により許されず、第一次判決の拘束力に
従ってされた本件審決は適法なものである。原告の主張は、第一次判決の拘束力が
及ぶ事実認定及び法律判断部分について、本件審決が誤りである旨主張し、本件審
決の取消事由とするものにほかならず、前掲最高裁平成4年4月28日第三小法廷
判決に照らし、採用することはできない。
3 本件発明4に係る本件特許について(請求棄却判決の既判力)
行政処分の取消訴訟については、請求棄却判決が確定すると、処分に違法性がな
いことについて既判力(行政事件訴訟法7条、民事訴訟法114条)が生じるから、
審決取消訴訟についても、請求棄却判決が確定すると、審決に違法性がないことに
ついて既判力が生じる。
しかるところ、最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(昭和42年(行ツ)第
28号)民集30巻2号79頁の趣旨を踏まえると、特許発明の進歩性判断が問題
となる特許無効審判事件の審決の取消訴訟における請求棄却判決の既判力は、審決
に違法性一般がないことではなく、特許無効審判事件において審理された特定の引
用例に記載された発明(公知技術)に基づく進歩性の有無について判断した審決に
違法性がないことに関して生じるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定のとおり、第一次判決(原告の請求を棄却
した部分。以下同じ。)は、本件発明4につき、これが本件出願日前に当業者にお
いて甲1引用発明に基づき容易に発明をすることができたものとはいえないと判断
して、これと同じ判断をした第一次審決を是認し、原告の請求を棄却したものであ
る。そして、第一次判決は、その後確定したのであるから、甲1引用発明に基づき、
本件発明4が進歩性を欠くとはいえないとした第一次審決に違法性がないことは、
既判力をもって確定されているというべきである。
本件で問題となっているのは、本件審決の違法性であって、第一次審決の違法性
ではないが、原告が、本件訴訟において、甲1引用発明に基づき、本件発明4が進
歩性を欠く旨主張(取消事由3)し、進歩性欠如を否定した本件審決の判断部分が
違法である旨主張することは、実質的にみれば、第一次審決の違法性に関し既判力
が生じている部分(同じ引用発明に基づき進歩性がないとはいえないとの判断)に
ついて、これと異なる判断を求めるものとして、許されないというべきである。
仮にこの点を措くとしても、甲1発明の半田鏝は、先端部の開口部の径が1.0
mmであり、後端部の貫通孔の径が2.5mmであり、この貫通孔内に半田片が落
下し溶融できるように半田鏝筒内のテーパが構成され、これにより、半田片は、途\n中で引っかかって溶融してしまうことなく、そのまま先端まで落下して溶融するも
のである(甲1の段落【0006】、【0031】、【0034】)。そうすると、
甲1発明の半田鏝については、甲11から13までに記載されたように半田鏝先端
部の内径を半田鏝後端部の内径より大きくすることには、阻害要因があるというべ
きである。したがって、いずれにせよ、本件発明4について、甲1引用発明に基づ
いて進歩性を欠くとは認められない旨の本件審決の判断に誤りはない。
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2024.03.28
令和4(行ケ)10127等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 令和6年3月18日 知的財産高等裁判所
争点は、発明特定事項「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり」がPBPクレームか否か、その他、第1次判決の拘束力、不可能・非実際的事情の有無、明確性要件、サポート要件などです。知財高裁(4部)は、「不可能\・非実際的事情の検討をするまでもなく、本件訂正後の請求項の記載は明確性要件に違反する」と判断しました。
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2は、「セレコキシブ粒子が、
ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」との発明特定事項
(以下「本件ピンミル構成」ということがある。)を含む(削除された請求\n項を除く他の請求項も、請求項1又は2を直接又は間接的に引用することで
本件ピンミル構成を含むことになっている。)ところ、本件ピンミル構\成を
巡っては、そのクレーム解釈(PBPクレームといえるか否か、「ピンミル
のような」は衝撃式ミルの単なる例示か、衝撃式ミルの一部に限定する構成\nかなど)と、当該クレーム解釈を前提とした明確性要件の適合性の議論が重
層的に争われているので、以下、順次検討していく。
(3) まず、本件ピンミル構成がPBPクレームに当たるかについて検討するに、\n本件ピンミル構成に関する本件明細書の【0024】、【0190】の記載\nが、セレコキシブ粒子を粉砕する製造工程、製造方法を開示していることは
明らかであり、したがって、本件訂正によって特許請求の範囲の発明特定事
項とされるに至った本件ピンミル構成についても、「ピンミルのような衝撃\n式ミルで粉砕」するという製造方法をもって物の構造又は特性を特定しよう\nとするもの(その意図が成功しているかどうかはともかく)と理解される。
この限度では、被告が主張し、本件審決が判断を示しているとおりである。
第1事件原告は、製薬組成物の製造には複数の工程が必要であるなどとし
てこれを争うが、そのような工程の全てを特定することがPBPクレームと
しての必須条件とはいえない。実質的に製造方法の明確性を問題にしている
とすれば、この点からの検討は後に示すこととする。
(4) 次に、本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、\n「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して
考えた場合、1)ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味すると
いう理解、2)衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の
特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地が
あり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない。
そこで、本件明細書の記載を参照するに、本件明細書の【0024】には、
「セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミル(pin mil
l)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作
製することは、改善された生物学的利用能を提供するに際して効果的である\nだけでなく、かかる混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性
と関連する問題を克服するに際しても有益であることを発見した。ピンミル
を利用して粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネ
ルギーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブ
よりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体には容
易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が高くなり、
このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合において、非常に
重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合する際のエアージェッ
トミルのような液体エネルギーミルの有用性に予期せぬ結果をもたらす。特\n定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕により長い針状からより均一な結
晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質させ、ブレンド目的により適するよ
うになるが、長い針状の結晶はエアージェットミルでは残存する傾向が高い
と仮定される。」との記載が、【0135】には、「セレコキシブは先ず粉
砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕機若し
くは破砕機が利用することが可能であるが、セレコキシブのピンミリングの\nような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組成物に改善さ
れたブレンド均一性がもたらせる」との記載がある。
以上の記載に上記(3)の解釈を併せて考えると、本件ピンミル構成は、被\n告が主張(第3の3(6)ア)するように、本件訂正発明に係る薬剤組成物の含
むセレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られる
のと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下
し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定す\nる構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピン\nミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキ\nシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相
当である。
(5) 以上を前提に、本件ピンミル構成を含む本件訂正発明の特許請求の範囲の\n記載が明確性要件を満たすかどうかを検討する。
ア 衝撃式粉砕機に分類される粉砕機としては、本件審決も認定していると
おり、多種多様なものがある(ハンマーミル、ケージミル、ピンミル、デ
ィスインテグレータ、スクリーンミル等が知られており、ハンマーの形状
によっても、ナイフ型、アブミ型、ブレード型、ピン型等がある。甲イ1
11、112、136)ところ、上記(4)で示したクレーム解釈によると、
衝撃式粉砕機によって粉砕されたセレコキシブ粒子を含む薬剤組成物で
あっても、本件特許の技術的範囲に属するものと属しないものがあること
になるが、本件明細書に接した当業者において、「ピンミルで粉砕された
セレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形
へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性\nを有するセレコキシブ粒子」を製造できる衝撃式粉砕機がいかなるものか
を理解できるとは到底認められない。すなわち、一般に、明細書に製造方
法の逐一が記載されていなくても、当業者であれば、明細書の開示に技術
常識を参照して当該製造方法の意味するところを認識できる場合も少な
くないと解されるが、本件の場合、本件明細書には、「ピンミルで粉砕さ
れたセレコキシブ粒子」の凝集力の小ささ、改善されたというブレンド均
一性が、ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がない
ため、衝撃式ミル一般によって実現されるものなのか、衝撃式ミルのうち、
ピンミルと何らかの特性を共通にするものについてのみ達成されるもの
なのかも明らかとなっていない。そのため、技術常識を適用しようとして
も、いかなる特性に着目して、ある衝撃式ミルが本件ピンミル構成にいう\n「ピンミルのような衝撃式ミル」に当たるか否かを判断すればよいのかと
いった手掛かりさえない状況といわざるを得ない。
イ そうすると、本件明細書等に加え本件出願日(明確性要件の判断の基準
時)当時の技術常識を考慮しても、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範
囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセ
レコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に
記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確であるとはいえな
い。
ウ ところで、PBPクレームは、物自体の構造又は特性を直接特定するこ\nとに代えて、物の製造方法を記載するものであり、そのような特許請求の
範囲が明確性要件を充足するためには、不可能・非実際的事情の存在が要\n求されるのであるが、本件においては、不可能・非実際的事情を検討する\n以前の問題として、前記ア、イに示したようにそもそも特許請求の範囲に
記載された製造方法自体が明確性を欠くものである。
(6) 本件審決は、「ピンミルのような衝撃式ミルは、いわゆる衝撃式粉砕機で
あり、粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機と
は異なる粒度分布の粉体を作製する装置であることが理解できるから明確
である」としており、これは、「ピンミルのような」について、「いわゆる
衝撃式粉砕機」のなかでも、さらに、「粉砕された粉体は、ジェットミルの
ような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」こと
のできる装置であるとの意味づけを与えた認定であると解される。
そして、「ピンミルによる」粉砕が、「粉砕された粉体は、ジェットミル
のような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する」も
のであることについて、本件審決は、本件明細書の、ピンミルと、エアージ
ェットミルのような他のタイプのミルとの粉砕物の凝集力の違いに関する
記載(【0024】)、及び、粉砕装置の粉砕機構が異なれば得られる粒子\nの粒度分布が異なるという技術常識を認定したことにより、導き出している
ものと認められる。
しかし、本件明細書には、凝集力の違いが、粉砕装置の違いに基づく粒子
の粒度分布の違いに起因するものであるとの記載も示唆もない。粉砕装置の
違いが、粒度分布の違い以外の粒子特性を導くことも当然考えられるところ
である(これを否定する技術常識があるとは認められない。)。そうすると、
「ピンミルのような」が、「衝撃式ミル」に対して、さらに「粉砕された粉
体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の
粉体を作製する装置」であるとの意味づけを与えた本件審決の解釈は、本件
明細書等の記載及び技術常識を考慮しても、無理があるものといわざるを得
ない。
(7) 以上より、不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、本件訂正後の\n請求項1、2、4、5、7〜13、15、17〜19の記載は明確性要件に
違反するものであり、取消事由3は理由がある。
3 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
上記2のとおり、取消事由3が認められる以上、本件審決(原告らが取消しを
求めている請求項に関する部分)は既に取消しを免れないものである。しかし、
明確性要件違反の原因となった本件ピンミル構成は、前訴判決がサポート要件\n違反を肯定する判断をしたことを受けて、その瑕疵を回避するために特許請求
の範囲に加えられたという本件の経過を踏まえると、本件訂正後の特許請求の
範囲を前提としたサポート要件の適合性の問題(取消事由2)についても、併せ
て判断を示すことが適切と考えられることから、以下に当裁判所の判断を示し
ておくこととする。
なお、その場合、本件ピンミル構成を含む特許請求の範囲は明確性要件を欠\nくことが前提となるから、サポート要件の判断においても、本件ピンミル構成\nを発明特定事項として考慮しない前提で検討することとする。
(1) 前訴判決がサポート要件違反を認めて第1次審決を取り消したことは前
述のとおりであるところ、本件においては、前訴判決の拘束力がいかなる範
囲に及ぶかが問題となっているので、まずこの点を検討する。
ア 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判
決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判
事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は
行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法3
3条1項の規定により、上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束
力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる
ものであるから、審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断を
することは許されない(最高裁判所昭和63年(行ツ)第10号平成4年
4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁)。
この拘束力は、行政庁が裁判所の判断に反して同一の処分を繰り返し、
同一の案件が行政庁と裁判所の間を往復することを避けるためのもので
あり、原則として主文についてのみ生ずる既判力と異なり、判決理由中の
判断であっても、主文に直結する認定判断、すなわち主要事実の認定及び
その法規範への当てはめの判断にも及ぶものである。他方、判決の結論と
直接関係のない傍論の説示はもとより、主要事実を確定する過程における
間接事実の認定やその評価にまで及ぶものではなく、また、結論に至る推
論過程を基礎づける論拠、反対主張を排斥する理由等の説示についても同
様である。取消判決の理由中の説示の全てが拘束力を有するとした場合、
結論に影響する意味合いや程度も様々な議論が独り歩きを始め、その解
釈・適用を巡って新たな紛争を拡大させることとなり、そのような状況は、
行政事件訴訟法33条1項の想定するところではないというべきである。
イ 以上を前提に、前訴判決(甲イ86)の判断構造をみておく。\n
(ア) 前訴判決は、まず、サポート要件適合性について、「所定の数値範囲
を発明特定事項に含む発明について、特許請求の範囲の記載が同号所定
の要件(サポート要件)に適合するか否かは、当業者が、発明の詳細な
説明の記載及び出願時の技術常識から、当該発明に含まれる数値範囲の
全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか
否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である」とし、「これ
を本件発明1についてみると・・・『粒子の最大長において、セレコキ
シブ粒子のD90が200µm未満である粒子サイズの分布を有する』こ
とを特徴とするものであるから、所定の数値範囲を発明特定事項に含む
発明であるといえる。」としているので、「D90が200µm未満であ
る粒子サイズの分布を有する」本件発明1について、その数値範囲の全
体にわたりその課題を解決できるものであるかどうかを検討している。
(イ) そして、前訴判決は、(a)一方で、本件明細書の【0022】、【01
24】、【0135】の記載から、未調合のセレコキシブを粉砕し、「セ
レコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には、セ
レコキシブの生物学的利用能が改善されること、セレコキシブのピンミ\nリングのような衝撃粉砕により、他のタイプの粉砕と比較して、最終組
成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものとい
えるとしつつ、(b)他方で、1)本件発明1の請求項1には、セレコキシブ
を微細化する具体的な方法は記載されておらず、本件発明1の「微粒子
セレコキシブ」が「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕された
ものに限定する旨の記載もなく、かえって、本件明細書の【0135】
には、さまざまな粉砕機・破砕機が利用可能とされていること、2)本件
明細書の【0008】には、長く凝集した針を形成する傾向を有する結
晶形態を有する未調合のセレコシブは、錠剤成形ダイでの圧縮の際に、
融合して一枚岩の塊になり、他の物質とブレンドさせたときでも、セレ
コキシブの結晶は、他の物質から分離する傾向があり、セレコキシブ同
士で凝集し、セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する、非均一なブ
レンド組成物になるとの記載があること、3)本件優先日当時、粉砕によ
り溶出は改善されるが、難溶性薬物は凝集して溶解速度が遅くなること
があることが周知又は技術常識であったことを踏まえると、(c)難溶性
薬物であるセレコキシブについて、「『セレコキシブのD90粒子サイズが
約200μm以下(「未満」の誤記と認められる。)』の構成とするこ\nとによりセレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理\n解することはできない」(以下「説示(c)」という。)とした。
また、本件明細書には、(d)「D90」の値を用いて粒子サイズの分布
を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係\nが説明されていないことを述べた上で、(e)難溶性薬物の原薬の粒子径
分布が化合物によって種々の形態を採ることに照らすと、「200μm
以上の粒子の割合を制限しさえすれば、90%の粒子の粒度分布がどの
ようなものであっても、生物学的利用能が改善されるものと理解するこ\nとはできない」(以下「説示(e)」という。)とした。そして、(f)本件
明細書の例11及び例11−2の実験結果の記載は、微粉化したセレコ
キシブを含有する「組成物A」及び「組成物B」(これらに含まれるセ
レコキシブのD90粒子サイズは約30μmと推認される。)の生物学的
利用能は、未粉砕、未調合のセレコキシブである「組成物F」の生物学\n的利用能より高いことを示しているが、「組成物A」及び「組成物B」\nに加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが、生物学的利用能の\n実験結果に影響した可能性が高いものと認められ、この実験結果から、\n本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲
の全体にわたり、未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善\nするものと認識することはできないとした。
(ウ) 前訴判決は、以上を踏まえた結論として、本件明細書の発明の詳細な
説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が、本件発明1
に含まれる「粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200
μm未満」の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると
認識できるものと認められないから、本件発明1は、サポート要件に適
合するものと認めることはできないとした。
(エ) 前訴判決の本件発明2〜4のサポート要件の適合性に関する判断は、
以下のとおりである。
本件発明2は「前記粒子の最大長において、前記セレコキシブ粒子の
D90が100μm未満であること」を、本件発明3は同40µm未満で
あることを、本件発明4は同25µm未満であることをそれぞれ発明特
定事項とするものであるところ、セレコキシブ粒子のD90が200µm
未満である本件発明1がサポート要件に適合するものと認めることが
できないことは前記のとおりであると指摘した上で、例11及び例11
−2の実験結果も、ラウリル硫酸ナトリウムが生物学的利用能の実験結\n果に影響した可能性が高いものと認められることに照らすと、上記実験\n結果から、D90が約30µmよりも小さい値とした場合において、未調
合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識する\nことはできないとして、本件発明2〜4はサポート要件に適合するもの
と認めることはできないとした。
(オ) 前訴判決は、本件発明5、7〜19については、請求項1記載の製薬
組成物を発明特定事項に含むものであるところ、「本件発明1がサポー
ト要件に適合するものと認めることができないことは前記‥のとおり
であるから」という理由により、サポート要件に適合するものと認める
ことはできないとした。
ウ 取消判決の拘束力の範囲に関し上記アで述べたところに従って、前訴判
決の拘束力の生ずる部分を検討するに、主文に直結する認定判断(主要事
実の認定及びその法規範への当てはめの判断)は、本件訂正前の特許請求
の範囲及び本件明細書の記載並びに本件優先日当時の技術常識(主要事実
の認定に当たる。)を前提に、本件訂正前の特許請求の範囲によって特定さ
れる発明(本件発明)が特許法36条6項1号の要件に適合しないとした
判断(法規範への当てはめに当たる。)にほかならず、前訴判決中、拘束力
が生ずるのは当該部分であると解される。
他方、前訴判決の判断過程では、結論に至る推論過程を基礎づける論拠
として、説示(c)、(e)等の様々な理由が示されているが、その逐一について
拘束力が生ずるものではないことは、上記アで述べたとおりである。
エ そもそも、サポート要件は、明細書の記載(特許を受けようとする発明の
開示)から見て広すぎる特許請求の範囲を防ぐ役割を果たすものであると
ころ、被告は、本件訂正前の本件発明につきサポート要件違反を認めた前
訴判決を受けて、特許請求の範囲の減縮を目的とする本件訂正の請求をし
ており、これが訂正要件を充足することは前記1のとおりである。
その結果、本件では、本件訂正後の特許請求の範囲(ただし、本件ピンミ
ル構成は発明特定事項として考慮しない。)に基づく本件訂正発明のサポ\nート要件の適合性が問題となっているのであって、同じサポート要件の適
合性の問題であっても、本件訂正前の特許請求の範囲を前提とする前訴判
決とは判断対象が異なる。それにもかかわらず、「前訴判決の説示(c)、(e)
等に照らせば、本件訂正後の本件訂正発明についても、前訴判決と同様の
判断が妥当する(はずである)」といった推論を戦わせるのは、取消判決の
拘束力の問題とは異質の議論といわざるを得ない。
オ 本件審決は、前訴判決の説示(e)(難溶性薬物の原薬の粒子径分布は・・・、
200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば、90%の粒子の粒度分
布がどのようなものであっても、生物学的利用能が改善されるものと理解\nすることはできない旨の判示)について、これは、生物学的利用能の改善の\n観点では、90%の粒子の粒度分布も重要であることを述べたものである
との理解を示している。そして、ピンミルのような衝撃式粉砕機(衝撃式ミ
ル)により粉砕された粉体と、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕
機により粉砕された粉体は、異なる粒度分布の粉体となるという一般的な
知見をもとに、この粒度分布の差異は粉砕機構の差異に由来するものであ\nり、本件明細書に記載されたピンミルのような衝撃式ミルでの粉砕は、他
のタイプのミルとは異なる粒度分布を形成することにより、凝集性及びブ
レンド均一性の改善に寄与するとして、説示(c)、(e)を本件訂正発明1が
サポート要件に適合する理由の1つにしている。
これに対し、原告らは、D90を30μmにし、「セレコキシブ粒子が、
ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」との発明特定事
項を加えても、90%の具体的な粒度分布は明らかにならないとして、説
示(c)、(e)を本件訂正発明1がサポート要件に適合しない理由としている。
これらは、いずれも、前訴判決の説示(c)、(e)を独立して取り上げ、同判
断に拘束力が生じることを前提とするものと解されるが、失当というべき
である。
拘束力の問題を離れて考えても、前訴判決の当該部分の判示は、製薬組
成物の特徴が、実質的に「D90が200µm未満である粒子サイズの分布を
有する」ことで特定されていた本件発明1について、未調合のセレコキシ
ブに対して生物学的利用能が改善されるという課題を解決できるものであ\nるかどうかを検討する過程において、上記特定事項で特定しさえすれば、
課題を解決できるものと理解することはできないと判断したものであって、
前訴判決が、本件発明1がサポート要件に適合するには、90%の粒度分
布を示すことが必須の要請であると判断しているとの趣旨まで読み込むこ
とには無理がある。
カ よって、前記ウのとおり、前訴判決の拘束力は、本件訂正前の特許請求の
範囲及び本件明細書の記載並びに本件優先日当時の技術常識を前提に、本
件訂正前の特許請求の範囲によって特定される発明(本件発明)が特許法
36条6項1号の要件に適合しないとした判断について生じることを前提
に、サポート要件の適合性について判断する。
(2) 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は発明の詳細
な説明に実質的に裏付けられていなければならないというサポート要件を
定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な
説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な
説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳
細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該
発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して
判断すべきものと解される。特に、所定の数値範囲を発明特定事項に含む発
明について、特許請求の範囲の記載が同号の要件に適合するか否かは、当業
者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から、当該発明に含ま
れる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認
識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
ア 前記第2の2(3)の本件明細書の開示事項によれば、本件訂正発明の課題
は、未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経\n口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供することであり、\n取り分け、水溶液に溶解しにくいセレコキシブ粒子の特質から、混合中に
セレコキシブ同士で凝集し、非均一なブレンド組成物になるとの問題の解
決にあるものと認められる。
具体的には、本件明細書の【0008】では、「・・・セレコキシブは、
水溶性媒体には異常なほど溶解しない。例えば、カプセル形態で経口投与
させた場合、未調合のセレコキシブは胃腸管にて急速に吸収されるために、
容易には溶解せず、分散もしない。加えて、長く凝集した針を形成する傾
向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは、通常、錠剤成形ダイ
での圧縮の際に、融合して一枚岩の塊になる。・・・」として、セレコキシ
ブが、水溶性媒体には異常なほど溶解しないこと、未調合のセレコシブが
長く凝集した針を形成する傾向を有することを解決すべき問題として挙げ
ている。
イ 上記課題に関係する技術常識として、証拠(甲イ7、16、23、65〜
68、80、103)及び弁論の全趣旨によれば、本件出願日当時、1)粉砕
によって薬物の粒子径を小さくし、比表面積(有効表\面積)を増大させるこ
とにより、薬物の溶出が改善されるが、他方で、難溶性薬物については、溶
媒による濡れ性が劣る場合には、粒子径を小さくすると凝集が起こりやす
くなり、有効表面積が小さくなる結果、溶解速度が遅くなることがあるこ\nと、2)疎水性の難溶性物質であっても、界面活性剤が存在すると、微粒子は
凝集せずに均一に溶液中に分散され、粒子サイズが小さいほど溶出速度は
大きくなることは、周知又は技術常識であったものと認められる。
ウ 上記技術常識を踏まえて、本件訂正発明が上記課題を解決できると認識
できる記載が本件明細書に開示されているかどうかにつき、さらに検討す
る。
(ア) 本件明細書の【0022】には「本発明の組成物は微粒子の形態のセ
レコキシブを包含する。セレコキシブの一次粒子は、例えば、製粉若し
くは粉砕により、又は溶液から沈殿させて生成させ、凝集して二次の集
合体粒子が形成される。本願で利用する用語「粒子サイズ」とは、特に
本願で指摘しない限り、一次粒子の最長の大きさのことをいう。粒子サ
イズは、セレコキシブの臨床的効果に影響を与える重要なパラメータで
あると考えられる。よって、別の実施例では、発明の組成物は、粒子の
最長の大きさで、粒子のD90が約200μm以下、好ましくは約100
μm以下、より好ましくは75μm以下、さらに好ましくは約40μm
以下、最も好ましくは約25μm以下であるように、セレコキシブの粒
子分布を有する。通常、本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子
サイズの減少により、セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」、\n【0124】には「カプセル及び錠剤中でのセレコキシブの粒子サイズ
カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると、セレコキシブ粒子サイ
ズの減少により、セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見し\nた。したがって、セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下、
好ましくは約100μm以下、より好ましくは約75μm以下、さらに
好ましくは約40μm以下、最も好ましくは25μm以下である。例え
ば、例11に例示するように、出発材料のセレコキシブのD90粒子サイ
ズを約60μmから約30μmに減少させると、組成物の生物学的利用
能は非常に改善される。加えて又はあるいは、セレコキシブは約1μm\nから約10μmであり、好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均
粒子サイズを有する。」としており、セレコキシブの粒子サイズを減少
させることで、セレコキシブの生物学的利用能が改善されることが記載\nされている。
(イ) また、本件明細書の【0024】の「セレコキシブと賦形剤とを混合
するに先立ち、ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセ
レコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作製することは、改善され
た生物学的利用能を提供するに際して効果的であるだけでなく、かかる\n混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性と関連する問
題を克服するに際しても有益であることを発見した。ピンミルを利用し
て粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネルギ
ーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブ
よりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体に
は容易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が
高くなり、このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合に
おいて、非常に重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合す
る際のエアージェットミルのような液体エネルギーミルの有用性に予\n期せぬ結果をもたらす。特定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕に
より長い針状からより均一な結晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質
させ、ブレンド目的により適するようになるが、長い針状の結晶はエア
ージェットミルでは残存する傾向が高いと仮定される。」との記載から、
粉砕により粒子サイズを減少させるについて、ピンミルのような衝撃式
ミルを使用して長い針状からより均一な結晶とし、ブレンド目的により
適するものとすることが記載されている。
(ウ) 本件明細書の【0075】には「加湿剤 セレコキシブは水溶液にか
なり溶解しにくい。したがって、本発明の製薬組成物は、任意であるが、
好ましくは、キャリア材料として、一つ又はそれ以上の薬剤学的に許容
な加湿剤を含む。かかる加湿剤は、水と親和性があるようにセレコキシ
ブを維持させるように選択することが好ましく、その状態が製薬組成物
の相対的生物学的利用能を改善させると考えられる。・・・」、【00\n76】には「ラウリル硫酸ナトリウムは好ましい加湿剤である。存在す
るならば、ラウリル硫酸ナトリウムは、組成物の全重量の対して、約0.
25%から約7%、好ましくは約0.4%から約6%、より好ましくは
約0.5%から約5%の量を含む。」として、セレコキシブは水溶液に
かなり溶解しにくいために、水と親和性があるようにセレコキシブを維
持させる加湿剤を含むことが好ましいこと、好ましい加湿剤はラウリル
硫酸ナトリウムであること、そのような加湿剤を添加することにより相
対的生物学的利用能を改善できることが記載されている。\n
(エ) 例11−2では、犬モデルでの調合の相対的生物学的利用能の試験\nがされている。
組成物A、Bは微粉化され、ラウリル硫酸ナトリウムが添加されてい
る(【0173】、【0174】、表11−2A)。本件明細書の【0\n124】に「・・・例えば、例11に例示するように、出発材料のセレ
コキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させる
と、組成物の生物学的利用能は非常に改善される。・・・」と記載され\nていることから、組成物A、BのD90粒子サイズは約30μmと認めら
れる。他方、参考例である組成物Fは、未粉砕、未調合のセレコキシブ
である(【0172】)。
生物学的利用能は、メス犬について、組成物Fが16.9%であるの\nに対し、組成物Aは31.2%、組成物Bは24.9%であり(【01
76】、(表11−2C)、オス犬について、組成物Fが16.9%で\nあるのに対し、組成物Aは49.4%、組成物Bは54.2%である(【0
177】、表11−2D)とされ、D90粒子サイズを約30μmに減少\nさせた組成物A、Bにおいて生物学的利用能が明らかに高い結果が示さ\nれている。
エ 以上を総合すると、本件訂正発明1は、粒子の最大長においてD90が3
0μmであるセレコキシブ粒子、及び加湿剤としてのラウリル硫酸ナトリ
ウムを含有することを特定するものであるところ、これは、1)セレコキシ
ブが長い針状の結晶形態を有することに対応するため、粉砕によって薬物
の粒子径を小さくし、比表面積を増大させることにより、薬物の溶出を改\n善させるために、セレコキシブの粒子サイズを「D90が30μm」に減少
させ、また、2)セレコキシブのような難溶性薬物については、粒子径を小さ
くすると凝集が起こりやすくなり、有効表面積が小さくなる結果、溶解速\n度が遅くなるが、界面活性剤が存在すると、微粒子は凝集せずに均一に溶
液中に分散され、粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなることから、
セレコキシブに、界面活性剤同様水に親和性を持たせる湿潤剤であるラウ
リル硫酸ナトリウムを含有させることとしたものである。そして、3)具体
的な実験結果においても、D90粒子サイズは約30μmとし、ラウリル硫
酸ナトリウムを含有させたセレコキシブ組成物が、未粉砕、未調合のセレ
コキシブに対して優れた生物学的利用能を示しているのであるから(例1\n1−2)、本件訂正発明1は、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮\nしなくても、本件明細書及び技術常識から、「未調合のセレコキシブに対し
て生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能\なセレコキシブ粒子を
含む製薬組成物を提供する」という課題を解決できると当業者が認識でき
る範囲の発明であるといえる。
本件訂正発明2は、D90が30μmよりも減少した数値範囲である「D
90が30μm未満」と特定されたものであるから、上記本件訂正発明1に
ついて述べたところと同様、本件明細書及び技術常識から、上記課題を解
決できると当業者が認識できる範囲の発明であるといえる。
本件訂正発明4、5、7〜13、15、17〜19も、本件訂正発明1及
び本件訂正発明2を直接的又は間接的に引用してこれらをさらに限定する
発明であるから、本件訂正発明1及び本件訂正発明2と同様に、本件明細
書及び技術常識から、上記課題を解決できると当業者が認識できる範囲の
発明であるといえる。
◆判決本文
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2024.03.26
令和5(ネ)10085 損害賠償請求控訴事件、同附帯控訴事件 商標権 民事訴訟 令和6年3月7日 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
1審、知財高裁とも、は、DVDのケースの「九鬼神流」などの記載は、商標的使用ではないと判断しました。知財高裁は、消滅時効の追加主張を時期に後れたものとはいえないとして、一部の債権については時効により消滅したと判断し、損害賠償額を減額しました。
被控訴人は、控訴人に対し支払義務を負うとしても、本件訴状が原審裁判所に提
出された令和3年10月14日時点で、平成23年10月14日以前に支払われた
出演料に相当する部分6万9420円(=41万6521円÷(1−0.1)÷7%
×1.05×7%−41万6521円)は消滅時効が成立していると主張し、その
時効を援用していることは記録上明らかであるため、この点について検討する。10
控訴人は、上記主張につき、時機に後れた攻撃防御方法であることや時効援用が
信義則に反することを主張するが、被控訴人の時効主張は、原審での審理経過及び
判断内容を踏まえてされたものであるところ、その主張内容からすると、その審理
のために訴訟の完結を遅延させることとなるものとは認められず、時機に後れたも
のとはいえないし、時効援用が信義則に反するものともいえない。
そして、本件訴訟提起時(令和3年10月14日)から遡って10年内に履行期
が到来した債権については、時効期間が経過していないものの、それ以前に履行期
が到来した債権については、本件訴提起時までに時効期間が経過し、かつ、権利行
使が可能であったといえ、時効中断等の事情もうかがわれないことからすると、平\n成23年10月14日以前に支払われた出演料に相当する未払部分6万9420円
(=41万6521円÷(1−0.1)÷7%×1.05×7%−41万6521
円)は消滅時効が完成し、被控訴人の時効の援用によって同額について時効により
消滅したものといえる。
(3) したがって、被控訴人は控訴人に対し、1万5177円(=8万4597円
(訂正の上引用する原判決第5の4(3))−6万9420円(上記(2)))及びこれに
対する履行期の到来後で控訴人の請求する令和3年11月16日から支払済みまで
民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
5 著作権侵害(当審における新たな請求原因の主張)について
控訴人は、当審における令和5年9月20日付け控訴理由書において、新たな請
求原因の追加的変更に当たる主張として、被控訴人の本件大会ビデオ・DVDの制
作・販売が控訴人の演武の著作権を侵害するとの主張を行ったが、被控訴人は、か
かる主張は原審において提出できたことは明らかであり、控訴審において更に審理
することは訴訟の完結を遅延することなるため、却下すべきと主張する。
上記請求原因の追加的変更については、原審においてその主張ができなったとい
うやむを得ない事情はうかがわれず、上記請求原因の追加的変更を許せば、控訴人
の演武の著作物性、著作権侵害の有無、仮に侵害が認められる場合においては損害
の有無等を新たに審理しなければならず、著しく訴訟手続を遅滞させることとなる
から,当該請求原因の追加的変更は不当であると認められる。
したがって、控訴人の著作権侵害に係る請求原因の追加的変更の申立ては、民訴\n法297条、143条1項及び4項に基づき、許さないのが相当である。
◆判決本文
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2024.03.24
令和5(ネ)10071 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和6年2月21日 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
1審は、均等の第2、4要件を満たさないとして、技術的範囲に属しないと判断しました。また原告の請求項2にかかる発明についての侵害主張については、時機に後れた主張であるとして却下しました。知財高裁も同様です。
当裁判所は、本件請求原因の追加は攻撃方法の提出であって、民事訴訟法
143条ではなく同法157条の規律に服するものではあるが、結論的には
時機に後れたものとして却下を免れないと判断する。その理由は、以下のと
おりである。
(1) 控訴人の本件請求は、特許法100条1項、3項に基づく差止請求、廃
棄請求及び不法行為に基づく損害賠償請求である。そのいずれも、被控訴人
による被控訴人製品の譲渡等が控訴人の有する「本件特許権」を侵害すると
の請求原因に基づくものである。
そして、特許法は、一つの特許出願に対し一つの行政処分としての特許査
定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特許
権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が\n付与されるものではない。そうすると、ある特許権の侵害を理由とする請求
を法的に構成するに当たり、いずれの請求項を選択して請求原因とするかと\nいうことは、特定の請求(訴訟物)に係る攻撃方法の選択の問題と理解する
のが相当である。請求項ごとに別の請求(訴訟物)を観念した場合、請求項
ごとに次々と別訴を提起される応訴負担を相手方に負わせることになりかね
ず不合理である。当裁判所の上記解釈は、特許権の侵害を巡る紛争の一回的
解決に資するものであり、このように解しても、特許権者としては、最初か
ら全ての請求項を攻撃方法とする選択肢を与えられているのだから、その権
利行使が不当に制約されることにはならない。
(2) 以上によれば、控訴人による本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に
当たるものではなく、新たな攻撃方法としての請求原因を追加するものにと
どまるから、本件請求原因の追加が民事訴訟法143条1項ただし書により
許されないとした原審の判断は誤りというべきである。
(3) もっとも、被控訴人は、本件請求原因の追加が攻撃方法に該当する場合に
は民事訴訟法157条1項に基づく却下を求める旨の申立てをしている(引\n用に係る原判決の第3の2「被告の主張」欄(2))から、以下この点につい
て判断する。
ア まず、本件請求原因の追加に至るまでの原審における手続等の経緯とし
て、別紙「本件請求原因の追加に至る経緯」記載の事実が認められる
(本件記録から明らかである。)。
すなわち、被控訴人は、答弁書(令和4年2月28日付け)の段階で、
乙1公報及び乙3公報等の公知文献を具体的に示して、均等論の第4要
件の充足を争う詳細な主張を提出した。その後、控訴人と被控訴人は、
同年11月までに、当該争点に関する議論を含む主張書面を2往復させ
主張立証を尽くしてきた。この間の書面準備手続調書には、被控訴人の
「均等論の第4要件を中心に反論書面を提出する」との進行意見が記載
されるなど、均等論の第4要件の充足性は、少なくとも本件の中心的な
争点の一つと認識されていた。そうして、侵害論に関する主張立証が一
応の区切りとなった同月28日のウェブ会議による協議(書面による弁
論準備手続に係るもの。以下同じ。)において、裁判所から双方当事者
に被控訴人製品は本件発明1の技術的範囲に属さないとの心証開示があ
り、双方は和解を検討することとなった。その後間もなく和解交渉は不
調に終わったところ、令和5年1月27日の協議において、控訴人は、
消弧作用についての再反論(注・均等論の第2要件関係)及びこれまで
の主張の補充等を記載した準備書面を提出すると述べた。ところが、控
訴人は、同年2月27日付け準備書面をもって、本件請求原因の追加の
主張をするに至った。これに対し、被控訴人は、同年4月13日付け準
備書面をもって、時機に後れた攻撃方法としての却下又は著しく訴訟手
続を遅延させる訴えの変更としての不許決定を求める申立てをした。\n
イ 以上に基づいて、まず、本件請求原因の追加が「時機に後れた」ものと
いえるかどうかを検討するに、本件において、控訴人が本件請求原因の
追加を求めた理由は、請求項1に係る本件発明1の技術的範囲の属否を
問題とする限り、被控訴人が提出した公知文献(特に乙1公報及び乙3
公報)との関係で均等論の第4要件(公知技術等の非該当)は満たさな
いと判断される可能性が高いことを踏まえ、本件付加構\成を備える請求
項3に係る本件発明2を議論の俎上に載せることで、均等論の第4要件
をクリアしようとしたものと理解される。
しかし、上記アのとおり、均等論の第4要件を争う被控訴人の主張は、
既に答弁書の段階で詳細かつ具体的に提出されており、これに対する対
抗手段として、本件請求原因の追加を検討することは可能であったもの\nである。その後、約9か月にわたり双方が主張書面を2往復させてこの
点の主張立証を尽くしていたところ、その後に裁判所からの心証開示を
受けた後に、しかも、控訴人自ら、補充的な書面提出のみを予定する旨\nの進行意見を述べていたにもかかわらず、突然、本件請求原因の追加を
行ったものであって、これが時機に後れた攻撃方法の提出に当たること
は明らかである。
ウ 次に、故意又は重過失の要件についてみるに、本件請求原因の追加は、
当初から本件特許の内容となっていた請求項3を攻撃方法に加えるとい
う内容であるから、その提出を適時にできなかった事情があるとは考え
難い。外国文献等をサーチする必要があったケースとか、権利範囲の減
縮を甘受せざるを得なくなる訂正の再抗弁を提出する場合などとは異な
る。控訴人からも、やむをえない事情等につき具体的な主張(弁解)は
されていない。そうすると、時機に後れた攻撃方法の提出に至ったこと
につき、控訴人には少なくとも重過失が認められるというべきである。
エ そして、本件請求原因の追加により、訴訟の完結を遅延させることとな
るとの要件も優に認められる。すなわち、本件発明2の本件付加構成を\n充足するか否かについては、従前全く審理されていないから、本件請求
原因の追加を許した場合、この点について改めて審理を行う必要が生ず
ることは当然である。そして、被控訴人は、仮に本件請求原因の追加が
許された場合の予備的主張として、本件発明2の本件付加構\成のクレー
ム解釈及び被控訴人製品の特定に関する詳細な求釈明の申立てをする\n(控訴答弁書19頁〜)などしていることを踏まえると、この点の審理
には相当な期間を要し、訴訟の完結を遅延させることとなることは明ら
かである。
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2024.02.23
令和5(ネ)10026 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟 令和6年1月31日 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
特許権侵害訴訟の控訴審判決です。原審は、被告製品は本件発明2の技術的範囲に属さない、本件発明1は公然実施発明Bであって新規性を欠くとして請求棄却しました。控訴審も同様です。
ア 控訴人は、構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表\面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要する」と解する根拠は、特許請求の範囲の文言にも本件発明2の課題にも
なく、当業者の技術常識等からみても非現実的である旨主張する。
イ しかし、構成要件2Bは「前記排水溝の壁面の表\面粗さが、算術平均粗
さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする」と規定してお
り、本件発明2の特許請求の範囲の文言全体をみても、排水溝壁面の表面粗さについて、一部は2.0μmを超えるが製品の一定範囲や所定の\n測定箇所が2.0μm以下であるものを含む、あるいは全体の算術平均
粗さ(Ra)の平均値が2.0μm以下であるものを含むと解すべき文
言はない。
この点は、本件明細書2の記載をみても同様である。控訴人が指摘す
る本件明細書2の記載や図面は、従来技術や実施例に係る排水溝の性状
等を特に留保なく説明するものであり、控訴人が主張するように、作業
過程で異常(イレギュラー)が発生した箇所があることを前提とし、こ
れを除いた「任意の箇所」を示すものであることを窺わせる記載はない。
控訴人は、1)製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条
件に基づいて均一的に連続加工されるものであること、2)作業時の諸要
因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないこと、3)排
水溝の壁面を全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、任意に選定された排水溝の壁面を測定する作業によって製品の性状を把握\nするという、当業者の技術常識を考慮すべき旨主張する。
しかし、上記のとおり明確な構成要件2Bの文言について、明細書にも記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な\n拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者
の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ない。
控訴人の主張は、当業者が定める自社製品の品質基準としてはともかく、
独占権が付与される特許請求の範囲の解釈としては採り得ない。
なお、控訴人が指摘する大阪地方裁判所平成15年(ワ)第10959号
同17年2月28日判決は、控訴人の主張を裏付けるものではない。
ウ したがって、原判決判示のとおり、構成要件2Bは「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表\面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であること」を要すると解するのが相当である。
そうすると、控訴人が主張する<ステップ1>から<ステップ2の2
B>まで、すなわち「各測定結果に係る9溝ないし18溝のデータ数値
を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同一壁面に比して突出して高くなっている」ものを「当業者からみて明らかに溝加工作業時\nに生じた異常(イレギュラー)」として除外すること、及び「測定結果
に係る各壁面の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否か」(控訴人の他の主張と併せると、\n任意の測定箇所の算術平均粗さの「平均値」が2.0μm以下であるこ
とを意味すると解される。)により充足性を判断する判断手法は、構成要件2Bを逸脱する独自の解釈に基づくものといわざるを得ず、採用で\nきない。
・・・
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無について
イ 公然実施をされた発明に当たるかについて
(ア) 控訴人は、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面にD
MTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可能な分析方法によって知ることができなかった旨主張する。\n
(イ) しかし、まず、証拠(乙37、124、128、129)によれば、
エタキュアー300は、本件特許1の出願前から実用化され、ウレタン
用の硬化剤として注目されていたことが認められる(原判決44頁〜)。
控訴人は、上記文献等はシュープレス用ベルトに使用される硬化剤に
ついて言及するものでないと主張するが、上記文献等はポリウレタン全
般向けの硬化剤としてエタキュアー300を説明するものであるところ、
シュープレス用ベルトに利用される硬化剤が他の一般的なポリウレタン
の硬化剤と異なるとみるべき根拠はない(上記文献等には、代表的な従来品が本件明細書1【0003】に従来のシュープレス用ベルトの硬化\n剤として記載されているMOCAである旨の記載も複数ある。)。
また、被控訴人は、遅くとも平成9年7月時点ではエタキュアー30
0を使用していたところ(原判決45頁)、上記ア(イ)の認定事実によ
れば、被控訴人は硬化剤としてDMTDAを使用することを独自に見出
したのではなく、エタキュアー300を製造販売するアルベマール社の
国内関連会社との取引を契機として知ったと認められる。この事情は、
他の当業者が硬化剤の候補としてエタキュアー300に着目する蓋然性
を裏付ける事情となることは明らかである。
控訴人は、さらに、ポリウレタンの硬化剤はDMTDAの他にも約8
0種類存在し(甲43)、その全てについて標準品を準備して分析依頼
を行うことは非現実的であると主張する。
しかし、「ポリウレタン樹脂ハンドブック」(乙128)に「実用化
されている熱硬化PUエラストマー用芳香族ジアミン架橋剤」として記
載された5種類、あるいは特開2000−248040号公報(乙12
7)にポリウレタンプレポリマーと反応させるアミン硬化剤組成物とし
て記載された芳香族ポリアミンの15種類、その中でも好ましいと記載
された4種類には、いずれもエタキュアー300又はDMTDAが含ま
れており、当業者は、従来用いられているMOCA(本件明細書1【0
003】)と同類であるこれらの硬化剤を想定するとみるのが自然であ
る。
(ウ) 控訴人は、ベルトの外周面に着目し、外周面のみを切り出して分析を
依頼することは、当業者が通常に利用可能な分析技術とはいえない旨主張する。\nしかし、本件特許1の出願日前において、外周層、内周層等の複数の
層を積層してベルトを製造することやウレタンプレポリマーと硬化剤と
を混合してベルトの弾性材料とすることは技術常識であり(原判決44
頁)、自由に解析等をなし得る状態に置かれたベルトを解析して構造等を特定することは可能\であったと認められる(このことは甲25に記載された断面写真から明らかであり、原判決の認定に問題はない。)。
したがって、ベルトBの外周層を切り出して分析を依頼することは、
本件訴訟において控訴人(甲10の1〜4)及び被控訴人(乙1〜3)
が行ったのと同様、本件特許1出願前の当業者にも可能であったと認められる。\n
なお、当業者が仮に外周層と内周層に異なる硬化剤を用いる製造方法
を認識せず、これらを区別せずに分析を依頼した場合、全体について硬
化剤としてDMTDAが使用されているという分析結果を知ることにな
り、この結果はベルトBの正しい構成なのであるから(乙32)、「外周面を構\成するポリウレタンは、」「ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている」との構成を含め、本件発明1の内容を知り得たといえることに変わりはない。\n
(エ) したがって、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面に
DMTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可
能な分析方法によって知ることができたと認められる。ベルトBが公然実施された発明とはいえない旨をいう控訴人の主張は採用できない。\n
◆判決本文
原審はこちら。
◆大阪地裁平成29(ワ)4178
原審では、被告は、一旦、損害論に入ってから、2.0μm以下である」との構成要件を充足しないとして、非侵害の主張を行いましたが、これは「時機に後れた」とは認定されませんでした。
原告は、第15回弁論準備手続期日から損害論の審理が開始されたにもかかわ
らず、被告は、被告製品1〜3及び5と同じシリーズの製品等における排水溝壁
面の表面粗さの測定結果(乙152〜159)を新たに証拠提出するとともに、非侵害の主張を行ったことが時機に後れた攻撃防御方法に当たる旨を主張する。\nしかし、被告が前記証拠等を提出したのは、原告が、訴状においてはイ号製品
が本件発明2の技術的範囲に属する旨を主張しつつも、被告製品1〜3及び5の
排水溝壁面の表面粗さに限定して立証活動をしていたが、裁判所が本件発明2については損害論に入る旨の心証開示を行ったことを受けて、被告製品1〜3及び\n5の各製品と同じシリーズの製品等についても本件発明2の技術的範囲に属する
旨を改めて主張したことに対応するものであって、必ずしも時機に後れたものと
は認められない。したがって、原告の前記主張は採用できない。
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