◆H14. 9.10 東京地裁 平成13(ワ)10442 特許権 民事訴訟事件
平成13年(ワ)第10442号 報酬金請求事件
口頭弁論終結日 平成14年6月7日
判 決
原 告 A
訴訟代理人弁護士 隈 元 慶 幸
被 告 ニッカ電測株式会社
訴訟代理人弁護士
又 市 義 男
訴訟復代理人弁護士
南 かおり
主 文
1 被告は,原告に対し,金52万5752円及びこれに対する平成13年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 原告と被告は,別紙特許目録記載の特許は原告が特許権者であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,金400万円及びこれに対する平成13年5月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告を発明者,被告を出願人とする別紙特許目録記載の特許(以下「本件特許」といい,特許請求の範囲各請求項の発明を「本件発明」という。)につき,被告の元従業員であった原告が,本件発明は、被告在職中の発明ではあるが原告の職務とは関係なく独自に発明したものであるから、特許法35条所定の職務発明には当たらず,本件特許の特許権者は原告であると主張して,被告に対し,主位的に,原告が特許権者であることの確認及び特許実施料相当額の支払を求め,予備的に,仮に本件発明が職務発明に該当する場合の特許を受ける権利の譲渡の対価の支払を求めている事案である。
2 争いのない事実等(証拠を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
被告は,金属検出機,重量検査機,錠剤検査機を主体とする医薬品関連機器,食品関連ピンホール検査機,缶チェッカー,のり検査機等の製造,販売を業とする株式会社である(乙3ないし6,弁論の全趣旨)。
原告は,被告の元従業員であり,昭和59年5月に被告に入社し,平成3年10月に退社した。
(2) 本件発明
原告は,被告に在職中の昭和62年ころ,本件発明をした。
本件発明は,本件特許公報記載のとおり,缶詰などの密封容器の製造に際し,その密封不良や変形を検出する方法及び装置(缶チェッカー)に関するものである。すなわち,従来缶詰などの密封不良や変形を検出する方法としては,打缶士が缶詰などを打缶し,その音から密封不良の有無を識別する方法が一般的であったが,この方法はもっぱら作業者の聴覚等に依存するものであるから,必然的に人によってばらつきが生じるという問題があった。また,缶の上部で電磁石を瞬間的にオン−オフさせて缶の上面を叩いたのと同様な作用をさせるという方法(電磁打缶式)もあるが,これも非磁性体材料には使用できないという問題があった。さらに,缶の上部の静電容量を測定して凹凸の状態を測定するという方法(距離式)もあるが,これも測定結果にばらつきが生じ信頼性に問題があった。本件発明はこれらの問題を解決し,缶の種類を問わず,高精度に密封不良等を検出する検査方法及びその装置を実現するものであって,密封容器の接合面を含まない壁面の外側の気圧を減少又は増大させるなどすることによって,例えばその壁面が外部に膨張し又は内部に陥没した場合に,当該膨張又は陥没寸法を検出し当該膨張又は陥没寸法が所定の寸法よりも大であるときは,密封容器が変形しているかあるいは密封不良が生起されていると判断することを特徴とする発明である(甲1,乙7)。
(3) 被告による本件発明の特許出願及び登録
被告は,別紙特許目録記載のとおり,平成元年6月13日,本件発明につき,原告を発明者,被告を出願人とする特許出願をし,平成8年,本件特許が設定登録された。
(4) 被告における本件発明の実施
被告は,本件発明の実施として,平成元年から平成12年までの間に,本件発明の技術的範囲に属する検査装置を合計7台製造,販売した。
(5) 被告の原告に対する本件発明に対する報酬の支払
被告は,その内部規程として,従業員の発明に適用される職務発明規程(乙1。以下「本件職務発明規程」という。)を有し,同規程によると,職務発明がされた場合,会社による特許出願時において3000円,登録時において5000円がそれぞれ権利承継の対価として支払われることになっていた。被告は,原告に対し,同規程に基づいて,まず,特許出願時である平成元年5月2日に3000円を支払い,本来登録時に支払うべき5000円についても,その金利を考慮した7000円を平成14年5月7日に原告に送金して支払った(乙2,乙12の1・2)。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
1 本件の争点
(1) 本件発明は,特許法35条所定の職務発明か否か
(2) 原告の被告に対する本件特許を受ける権利の譲渡の有無及びその有効性
(3) 実施料相当額又は譲渡の対価の額
2 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(被告の主張)
原告は,被告に入社した直後から被告の第三事業部に配属され,その後昭和60年12月1日技術第二部に配属され,さらに,昭和63年6月1日から開発部に配属されたが,それらの部署はいずれも缶詰の内圧検査装置である缶チェッカーの開発業務を業務分担の一部とする部署であったので,本件特許の対象である缶チェッカーの開発は,一貫して被告における原告の職務内容とされていた。また,本件特許の出願は,原告から被告に提出された「基礎実験願い」に基づいて被告において実験をした上で,その1年後にされたものである。以上の事実から,本件発明が職務発明であることは明らかである。
(原告の主張)
原告は,被告に入社した直後は,金属検査機の部門に配属され,半年又は1年後から,第三事業部に配属され,その後原告が主張するとおり配属されたのであるが,主に缶の検査機械の製造やメンテナンス業務に従事していたのであって,缶の検査機の研究開発に携わっていなかった。また,本件発明は,原告が昭和62年ころ自宅で思いつき,自己所有の真空ポンプを使用して自分で実験を繰り返した上で発明したものである。したがって,本件発明は,原告の職務とは関係がなく,被告の就業時間外に発明されたものであるから,原告独自の発明であって,職務発明ではない。
(2) 争点(2)について
(被告の主張)
原告は本件特許を受ける権利を被告に譲渡している。このことは,原告が被告に対し本件特許を受ける権利を譲渡した旨の譲渡証書(乙2)に原告が署名押印していることから明らかである。
(原告の主張)
原告が譲渡証書(乙2)に署名押印していることは認めるが,同証書は職務発明であることを前提としたものであるところ,本件発明は職務発明ではないから,原告の被告に対する特許を受ける権利を譲渡する旨の意思表示は無効又は不存在である。仮に,そうでないとしても,譲渡証書(乙2)は,会社とその社員という特別な関係の中で,被告が特許権の帰属や対価の支払について無知であった原告に不相当な価格で譲渡させるために記載させたものであるから,原告の被告に対する特許を受ける権利を譲渡する旨の意思表示は,錯誤により無効である。
(3) 争点(3)について
(原告の主張)
本件特許権が原告に帰属する場合,原告は被告に対して実施料相当額を請求することができる。通常,実施料は本件発明を実施した製品の販売金額に対して,一定のパーセントを乗じて算出されるところ,被告は本件発明を実施した製品を7台販売し,その販売価格の合計は4464万6000円であるから,その3割を原価率とし,一般経費として考えられる物流費,人件費及び研究開発費等を考慮したとしても,販売額の10パーセント程度を実施料相当額と考えるのが相当である。そうすると,被告が原告に支払うべき実施料相当額は少なくとも400万円となる。
仮に,本件発明が職務発明であったとした場合,原告は被告に対して相当な対価を請求する権利を有する。ところで,その相当対価の計算方法としては,まず,原告が特許権者であることを前提とした場合の上記実施料相当額を基礎に被告の関与の度合いを考慮する方法が考えられるが,被告は本件発明には一切関与しておらず,被告の寄与はないに等しいから,原告が受け取るべき相当な対価の額は,400万円を下ることはない。また,本件発明を実施した製品の利益を算定し,これに対する原告及び被告の寄与割合をもって算定する方法も考えられるが,その場合,上記販売価格の合計額の2割5分に当たる1116万1500円が原被告間で分け合うべき利益であり,本件発明に対する原告の寄与割合は100パーセントであるから,同金額を折半した558万0750円が原告が受け取るべき相当な対価額である。
したがって,原告が受け取るべき実施料相当額又は職務発明の相当な対価の額は400万円を下ることはない。
(被告の主張)
本件発明は職務発明であるから,本件職務発明規程(乙1)が適用されるところ,被告は原告に対し,同規程に基づき支払うべき特許出願時の3000円及び登録時の5000円(金利を含めた7000円)について支払っているから,被告は原告に支払うべき職務発明の相当な対価は既に全額支払済みである。
仮にそれらの金額が直ちに相当対価とはいえないとしても,本件発明の実施品として製造された検査機は,吸引チャンバーを逐一個々の缶の上部に接着し当該接着部分内の空気を吸引して減圧するという構成をとっているため,作業速度が遅く,しかも,直径1ミリメートル以下のリーク(密封不良)については正確な計測ができないという欠点があった。そのため,販売台数は7台であり,その販売価格の合計は4464万6000円である(ただし,これらには本件発明とは関係ない搬送装置等の価格が含まれているので,実際にはもっと低額である。)。そして,販売することができた7台全部の費用として,特許申請登記費用(210万円)を要している。また,7台のうち,平成3年末までに販売した3台については,パーツ等の仕入れ代金,設計費用及び製造工賃として合計898万3374円を要しており,他にも梱包運送費用,据付け調整費用等を要している。平成4年以降に販売した4台については,機械の製造原価(3349万円)の他,販売,納入及び保守の費用(700万円)を要している。したがって,収支はマイナスであって,被告には本件発明を実施したことによる利益はないのであるから,被告には原告に既に支払済みの金額以上に対価を支払う義務はない。
第4 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 本件発明をした当時,原告が被告の従業員であったことは当事者間に争いがなく,被告は,缶チェッカーの製造及び販売等を業とする株式会社であるから,本件発明がその性質上被告の業務範囲に属するものであることは明らかである。
(2) そこで,本件発明が原告の職務に属するか否かが問題となるが,前記争いのない事実及び証拠(甲1ないし3,乙3ないし10,証人B,原告本人)によると,次の事実が認められる。
ア 原告は,昭和59年5月に被告に入社し,当初は主に金属検出機の製造を職務としていたが,同年12月1日から,「缶チェッカー及びのり検査機を主体として,その他の機器の製造,販売,アフターサービス及び開発業務」を業務分担とする第三事業部に所属し,被告の組織変更に伴って,昭和60年12月1日からは,「ピンホール検査機,錠剤検査機を主体とする医薬品関連機器の製造及び食品関連ピンホール検査機,缶チェッカー,のり検査機,その他の機器の製造,アフターサービス及び開発業務」を業務分担とする技術第二部に所属することになった。
原告は,第三事業部及び技術第二部において,主に電磁打缶式又は距離式の缶チェッカーの製造,納入,修理を行っていた。被告においては,これらの缶チェッカーに関する業務は,原告のみが担当していた。
イ 原告は,昭和61年12月ころ,本件発明のアイディアを自宅で思いつき,自己所有の真空ポンプを使用して自宅において何度か実験を試みた。その後,被告の社内において行われていた発明・考案に関するアイディア募集に応募する形で,昭和62年2月ころ,本件発明のアイディアを被告へ報告した。
なお,原告は,上記報告までの間に,被告から本件発明について具体的な命令又は指示を受けたことはない。
ウ 原告は,昭和62年5月31日付けで「提案2(基礎実験願い)缶チェッカーにおける検査方法」と題する書面(乙10)を被告に提出した。原告は,この中で,本件発明の原理及び有用性について説明し,その開発に当たって必要な基礎実験の許可を求めた。そして,原告は,その後,電磁打缶式又は距離式の缶チェッカーの製造,納入,修理を行うかたわら,被告の許可を得て,勤務時間内に基礎実験を行い,本件発明の原理に基づいて現実に実施できることを確認した。
エ 原告は,昭和63年6月1日付けで,「市場ニーズ調査,新規技術開発に関する業務全般,各部技術指導品質管理,錠剤検査機,缶チェッカー及びコンピューター関連業務」を業務分担とする開発部に所属することになった。原告は,同部において,電磁打缶式又は距離式の缶チェッカーの製造,納入,修理を行うかたわら,本件発明を製品化するための作業を行った。
オ 本件発明に関する特許は,昭和63年6月16日,被告を出願人として出願され,この出願に基づく優先権を主張して出願されたのが,本件特許出願である。
被告は,本件発明に関する特許出願について,当時技術第二部の部長であったBに出願手続を担当させるなどして特許出願の手続をすべて行い,それに要した弁理士費用(約90万円)を含む費用もすべて負担した。
本件特許出願については,高千穂精機が有する特許の特許公報を引用例として拒絶理由通知がされたが,意見書を提出したところ,特許査定がされ,登録された。
(3) 上記(2)認定の事実によると,原告が所属していた部署が,缶チェッカーの「製造,修理」のみならず「開発」をもその業務分担としており,かつ,原告が被告の社内における唯一の担当者として電磁打缶式及び距離式缶チェッカーの製造,納入及び修理を担当していたことからすると,原告がそれら従来の缶チェッカーの抱える問題点を解決する本件発明を発案しそれを完成する活動を行うことは,使用者との関係で一般的に予定され期待されていたものということができる。上記(2)認定のとおり,原告は,被告の社内において行われていた発明・考案に関するアイディア募集に応募する形で,本件発明のアイディアを被告へ報告し,後記2(1)認定のとおり,本件発明について特許を受ける権利を被告に譲渡した旨の譲渡証書(乙2)に署名押印しているのであるが,これらの事実は,原告が本件発明を行うことが,使用者との関係で一般的に予定され期待されたものであったことを示しているということができる。
また,上記(2)認定のとおり,原告は,被告の許可を得て,勤務時間内に実験を行い,本件発明の原理に基づいて現実に実施できることを確認したものである。
これらのことからすると,本件発明は原告の職務に属するものと認めるのが相当である。
上記(2)認定のとおり,原告は,本件発明の当初,被告から本件発明について具体的命令又は指示を受けていたわけではなく,また,本件発明の原理を自宅で思いつき,自己所有の装置を用いて実験するなどした事実があったとしても,以上述べたところに照らすと,これらの事実は,本件発明が原告の職務に属するとの上記認定を左右するものではないというべきである。
2 争点(2)について
(1) 証拠(乙1,2,原告本人)によると,本件職務発明規程(乙1)は,昭和54年12月1日以降新たに手続を行うものに適用されるものであって,同規程には,従業者が職務発明をしたときは,その工業所有権を受ける権利は会社がこれを承継すること(第2条1項),この権利の承継は発明等をした者から譲渡証を徴することによって行うこと(第2条3項)が規定されていること,原告は,平成元年5月2日ころ,本件発明について特許を受ける権利を被告に譲渡した旨の譲渡証書(乙2)に署名押印した上,これを被告に提出していること,以上の事実が認められる。
(2) 以上の認定事実によると,本件発明についての特許を受ける権利は,原告から被告に譲渡されたと認めることができる。
この点,原告は,原告の被告に対する本件発明についての特許を受ける権利を譲渡する旨の意思表示は,前記第3の2(2)(原告の主張)記載の理由により無効又は不存在であると主張する。しかし,前記1認定のとおり,本件発明は,職務発明であるから,上記意思表示は,前提に誤りがない。また,原告と被告には,会社とその社員という関係があり,原告が特許権の帰属や対価の支払について無知であったとしても,そのことをもって特許を受ける権利の譲渡が直ちに錯誤により無効となるものではないし,職務発明規程中に規定されている対価の額が不相当な場合には,後記のとおり従業者が相当な対価についての請求権を有するのであるから,そのことをもって譲渡が直ちに錯誤により無効となるものではない。したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
3 争点(3)について
(1) 証拠(乙7ないし9,11,証人B,同C,原告本人)によると,被告は,本件特許につき第三者に実施権を付与したことはないこと,被告は,本件発明の実施品である密封容器の検査装置を製造販売することとし,発明者である原告を開発部に転属させてその製品化の作業を行わせるとともに,上記装置の機構設計を開発部の他の従業員に行わせ,コンピュータの部分を外注したこと,このようにして製品化された検査装置は,処理速度が毎分60缶程度と遅く,処理能力を高めようとすると,機械が大きくなって価格が高くなるという問題があったこと,そのため,本件発明の実施品である検査装置は,平成元年から平成12年の間に7台製造販売されたのみであったこと,その販売価格の合計は4464万6000円であること,本件発明後,より良い密封容器の検査方法が開発されていること,以上の事実が認められる。
なお,被告は,本件発明の実施品の販売によって利益が出ていないとして,上記第3の2(3)(被告の主張)のとおり主張するが,証拠(乙8,証人C)によると,被告が経費であると主張するものの中には,被告の従業員の人件費がかなりの割合で含まれており,一般管理費なども含まれているものと認められるから,それをそのまま控除することが相当であるかどうか疑問があり,直ちに上記被告の主張のとおり認めることはできない(もっとも,後記のとおり,職務発明の対価の額は,実施料をもとに算定されるべきであると解するので,被告の利益の点は,職務発明の対価の額の算定に直接かかわるものではない。)。
(2) ところで,職務発明にかかる特許権等の承継に関しては,特許法35条3項所定の「勤務規則その他の定め」により,使用者がこれを一方的に定めることができるが,その場合の「相当の対価」の額についてまで使用者が一方的に定めることができるわけではないことは,同条項の文言上明らかである。したがって,使用者が職務発明の「相当の対価」の額について職務発明規程等で一方的に定めても,発明者である従業者がこれに拘束される理由はなく,職務発明規程等に定められた対価の額が特許法35条3項及び4項の定める「相当の対価」の額に足りないと認められる場合には,対価請求権を有効に放棄するなどの特段の事情のない限り,従業者は,会社に対し,不足額を請求できると解するのが相当である。
(3) そこで,相当の対価の額について検討するに,相当の対価の額は「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定め」るべきところ(特許法35条4項),使用者は,元来,職務発明については無償の法定通常実施権を有しているのであるから,同条4項の「使用者等が受けるべき利益の額」とは,単に発明を実施することによって使用者が受ける利益の額ではなく,それを超えて,特許を受ける権利を承継し発明の実施を排他的に独占することによって受ける利益の額であると解される。そして,発明の実施を排他的に独占することによって受ける利益の額は,被告が第三者に対し有償で発明の実施を許諾した場合に得られる実施料相当額に基づいて算定することができるというべきである。
上記(1)認定のとおり,被告が本件発明を実施して製造販売した製品は7台であり,その販売総額は,4464万6000円であるところ,上記(1)認定の事実からすると,原告が第三者に対し有償で発明の実施を許諾した場合には,この販売総額に実施料率を乗じた額の実施料を得られたものと推認することができる。
本件発明を第三者に実施許諾した場合の実施料率を検討するに,これを直接認定しうる証拠はないが,被告は本件発明を実施して一定の売上げを上げたものの,本件発明の実施品には,上記(1)で認定したとおり問題点があって,現在までに7台しか製造販売されなかったこと,証拠(乙8)によると,上記販売総額には,本件発明の実施品ではない搬送装置の価格や運搬,備付けの費用も含まれていると認められることからすると,上記販売総額に2パーセントを乗じたものをもって本件発明の実施料相当額と認めることができるというべきである。
そうすると,本件の実施料相当額は,89万2920円となる。
(4) 次に,本件発明がされるについて「使用者等が貢献した程度」について検討するに,前記1認定の事実からすると,本件発明は,原告が原理を思いついたことによるところが大きいものということができるが,被告は,原告に対して,勤務時間中に基礎実験を行うことを許可して,これを行わせていたのであり,特許の出願手続はすべて被告において行い,拒絶理由通知に対して意見書を提出するなどして,特許が認められたのであるから,これらの事実に本件に現れた他の諸事情を総合考慮すると,被告の貢献度は全体の40パーセントと認めるのが相当である。
そうすると,本件発明につき特許を受ける権利の承継に対する相当な対価の額は,53万5752円と認めるのが相当であるところ,前記第2の2(5)認定のとおり,原告は職務発明の対価として既に合計1万円を受領しているから,被告が原告に支払うべき相当な対価の残額は,52万5752円となる。
なお、原告が職務発明の対価として1万円を受領しているからといって、対価請求権を有効に放棄するなどの特段の事情があるということはできないし、その他上記特段の事情があるとすべき事実は認められない。
5 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 森 義 之
裁判官 東海林 保
裁判官
瀬 戸 さやか
特 許 目 録
発明の名称 密封容器の密封不良および変形検出方法並びに装置
出願日 平成元年6月19日
公開日 平成2年3月16日
公告日 平成7年10月18日
登録日 平成8年
発明者 原告
出願人 被告
特許請求の範囲 別紙特許公報(「本件特許公報」という。)の「特許請求の範囲」欄記載のとおり。