H14.10.29 東京高裁 平成14(ネ)2887等 著作権 民事訴訟事件

平成14年(ネ)第2887号,平成14年(ネ)第4580号 著作権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件(原審・東京地方裁判所平成13年(ワ)第22066号)
平成14年9月12日口頭弁論終結
                 判           決
         控訴人(附帯被控訴人)    株式会社XYZABC
         (以下「XYZ」という。)
         控訴人(附帯被控訴人)    A
         控訴人(附帯被控訴人)両名

     訴訟代理人弁護士       空   田   卓   夫
         被控訴人(附帯控訴人)    B
         (以下「被控訴人B」という。その他の被控訴人(附帯控訴人)らについても同様に略称する。)

         被控訴人(附帯控訴人)    C
         被控訴人(附帯控訴人)    D
         被控訴人(附帯控訴人)    E
         被控訴人(附帯控訴人)    F
         被控訴人(附帯控訴人)    G
         被控訴人(附帯控訴人)    H
         被控訴人(附帯控訴人)    I
         被控訴人(附帯控訴人)    J

         被控訴人(附帯控訴人)    K
         被控訴人(附帯控訴人)    L
         被控訴人(附帯控訴人)ら
         訴訟代理人弁護士       影   山   光 太 郎
                 主           文
         一 原判決中,金員請求に関する部分(主文3,4項)を次のとおりに変更する。
           1 控訴人らは,連帯して,被控訴人Cに対し5500円,被控訴人Kに対し1100円,被控訴人Eに対し1100円,被控訴人Iに対し1万2100円,被控訴人Iに対し2200円,被控訴人Dに対し8800円,被控訴人Lに対し2200円及びこれらに対する平成13年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

           2 被控訴人B,同G,同F,同Jの各請求及び被控訴人C,同K,同E,同I,同I,同D,同Lのその余の請求をいずれも棄却する。
         二 その余の本件控訴及びその余の本件附帯控訴をいずれも棄却する。
         三 訴訟費用は,第一,二審を通じ,これを5分し,その3を控訴人らの,その2を被控訴人らの負担とする。
         四 この判決は,第一項1に限り,仮に執行することができる。
                 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴について
   (1) 控訴人ら
       原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
       被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
   (2) 被控訴人ら
       本件控訴をいずれも棄却する。
 2 附帯控訴について
   (1) 被控訴人ら
     ア 原判決中,被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

     イ(主位的請求)
         控訴人らは,連帯して,被控訴人Bに対し10万6700円,被控訴人Cに対し16万6700円,被控訴人Kに対し12万2300円,被控訴人Eに対し12万1200円,被控訴人Iに対し26万2600円,被控訴人Iに対し11万7800円,被控訴人Dに対し18万2400円,被控訴人Gに対し10万7800円,被控訴人Fに対し10万8900円,被控訴人Jに対し10万6700円,被控訴人Lに対し7万7800円及びこれらに対する平成13年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
       (予備的請求)
         控訴人らは,連帯して,被控訴人Bに対し10万6700円,被控訴人Cに対し12万6700円,被控訴人Kに対し11万2300円,被控訴人Eに対し12万1200円,被控訴人Iに対し23万2600円,被控訴人Iに対し10万7800円,被控訴人Dに対し15万2400円,被控訴人Gに対し10万7800円,被控訴人Fに対し10万8900円,被控訴人Jに対し10万6700円,被控訴人Lに対し6万7800円及びこれらに対する平成13年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

   (2) 控訴人ら
       附帯控訴をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
     本件は,XYZが設置,管理するホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ被控訴人らが,同人らが書き込んだ文章の一部を複製(転載)して書籍を作成し,出版,販売頒布した控訴人ら及び出版社に対し,同人らの行為は被控訴人らが上記文章につき有する著作権を侵害するとして,上記書籍の出版等の中止及び損害賠償金の支払などを請求したのに対し,原判決が,上記侵害を認めて,被控訴人らの請求を,金員支払請求の一部を除いて認容したため,控訴人らがこれを不服として控訴を提起し(出版社は控訴を提起しなかったため,原判決が確定),被控訴人らが認容額を不服として附帯控訴をした事案である。
     事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。なお,当裁判所も,「本件書籍」,「本件掲示板」,「原告各記述」,「原告各記述部分」,「本件各転載文」の用語を,原判決の用法に従って用いる。

 1 当審における控訴人らの主張の要点
   (1) 原告各記述部分の著作物性について
       原告各記述部分につき一部を除き著作権を認めた原判決は,インターネット上の情報,発言の特質を十分に理解しておらず,著作権法の解釈を誤ったものというべきである。
     ア インターネット上での発言は,出版物などに定着された著作権法が予定している従来の著作物と同一に考えることができない。
         出版物などに定着された著作物は,社会に対して広く「公示」され,同時に,著者の著作物として「公認」される。著作物を発表しようとする者は,その分野の既に「公示」された著作物を事前に網羅的に見ることができるから,これらの著作物と同様の表現を用いることを避けるべきであり,これらの著作物を利用しようとする場合には,著者の許可を得るべきであるとしても,何ら差し支えない。

         これに対し,インターネット上の発言は,世界中で毎秒ごとに数え切れない数量の発言が爆発的になされ,また随意に消去されているため,いつどこでどのような発言がなされたのかを網羅的に知ることはできず,常に変更される可能性を含んだ,一時的・流動的なものである。このため,同様の表現を用いないようにするため,インターネット上の発言を事前にいちいち調査せよと要求することは無理である。
         インターネット上の書込み(発言)を読んだ者がその内容を利用して自ら表現行為をしようと考えた場合,その書込みを利用するために承諾を得ようとしても,書込みはそのほとんどが匿名でなされるので,書込みをした者に連絡をとることはほとんど不可能である。他人の書込みの引用をするにも,その書込みがいつ消滅するかもしれないインターネットにおいては,事実上大きな障害がある(引用箇所を説明したとしてもその後その書込みが削除されることは,十分にあり得る。)。従来の出版物においては,至って容易なこれらの手続が,インターネットにおける書込みにあっては,その性質上,極めて困難である。これらの手続が法律上要求されるとするならば,インターネット上の情報はそれを利用することが極めて制限されることになり,情報をいつでもだれでも無料で取得して利用することができるというインターネットの本質的価値を損ない,今後のインターネットの発展は大きく阻害されることになる。

         インターネット上で書込みにより発言する者は,上記のようなインターネットの特質を十分に承知した上で書込みをしていると考えられる。従来の出版物等の情報伝達手段にあっては,それが対価を支払って取得されることを前提とし,かつ出版等の頒布にも相当の費用をかける必要があるのであるから,内容はそれだけの価値のあるものでなくてはならず,書き手もそれに相当するだけの手間と費用と能力を使っており,発行する出版社等もその価値があるかどうかを厳密に審査する。これに対し,インターネット上の書込みはだれでもがいつでもほとんどの場合無料でみることができるのであるから,書込みの内容は,それを読む相手が限定されておらず,だれが読んでもよいような秘密に属さないもので,情報の価値からみてもその対価を通常は得られないような程度の内容であるものが,大部分を占める。
         このように,インターネット上の書込みに著作権といった法的な権利を認めると,それを利用する行為を著しく妨げる結果となり,かえってその機能を没却することになり,それを書く者の実状からみて,それに著作権を認めるだけの実質的な根拠がない場合も多い。確かに,著作権を認めるべき内容の書込みも皆無であるとはいえない。しかし,上記の実状にかんがみると,インターネットにおける書込みの著作物性の判断に当たっては,従来の情報伝達手段についてのものよりも厳密な基準によるべきである。
         原判決は,@事実の記述であっても筆者の事実に対する何らかの評価,意見等が表現されていれば,「思想又は感情の表現」に当たるとし,A何らかの個性が発揮されていれば「創作的な表現」に当たるとしている。しかしながら,原告各記述部分がそうであるように,インターネットの掲示板に書き込まれる記述は,単なるたあいもない雑談である場合も多い。それに「何らかの評価,意見」や「何らかの個性」があるとしても,それはたまたま結果的にそうなったにすぎない。それに著作物性を認めるというのであれば,インターネットから情報を得てそれを活用しようとする活動は著しく制約を受ける。インターネットにおける書込みに著作物性を認めるためには,「何らかの評価,意見」や「何らかの個性」では足らず,「相当程度にまとまった独自の思想又は感情に基づく独創性が表現されている」ことが必要であると解すべきである。

     イ 以上を前提として,原告各記述部分の著作物性を検討する。
         原判決は,別紙原告記述及び転載文一覧表記載の原告各記述部分のうち,「年明けに母と2人でNYに行くことになりまして」の記述には創作性がないとして著作物性を否定したのに対し,「予算は限られていますが母になるべく快適な滞在を楽しんでもらいたいです。アドバイスよろしくお願いいたします」の記述には創作性を認めた。しかし,この二つの文には,創作性の面で違いを認めることができない。前者の表現に創作性がないのは,表現が平凡でありふれたものであるばかりでなく,それが単に事実の切れ端を述べたにすぎないものであるからであり,そのことは後者の表現も同じである。単なる事実や思想の切れ端を書き散らした表現には,何ら保護すべき思想も感情も含まれていないというべきであり,「相当程度にまとまった独自の思想や感情に基づく独創性」があるとはいえない。

         原判決は,上記のほかにも,別紙対比表記載のとおり,原告各記述部分について,同様の内容表現であるにもかかわらず,一方は創作性なしとし,他方は創作性ありとしている。
         原告各記述部分は,いずれも,「○○ホテルの××がおいしい」「△△ホテルの□□が雰囲気がよい」などといった,事実の切れ端や感想の切れ端の記述にすぎない。それらは何かまとまった意見を述べたものでも,まとまった感想を述べたものでもないから,創作性を認めるべきではない。
         被控訴人らは,控訴人らが原告各記述部分を整理して出版し相当部数売れたことを根拠に,原告各記述部分には価値があると主張する。しかしながら,原告各記述部分は,いずれも単体では価値のないものであり,控訴人らが膨大な投稿の中から素材を選択,整理,編集したことによって,初めて価値が生まれたものである。

     ウ 原告各記述は,インターネットの掲示板という,いつでもだれでも自由に出入りして無料で閲覧し,自由に発言し,それを随意に消したり変更したりすることができる,従来とは全く異なる特性を有する情報伝達手段において,発言者が特定されない「匿名投稿」という手段を選んで,なされたものである。
         インターネットにおける匿名の発言は,発言者と発言内容との結び付きが限りなく薄い。著作権法の予定する著作権は,創作者が,これは自分の創作した意見表明である,と世間に明言して,広く不特定多数の者に対して権利を主張するとともに責任をも負う仕組みであり,自らの正体を隠して発言するインターネットにおける匿名の発言にはなじまない。
         インターネット上の発言(投稿)において,発言者(投稿者)が,自己の身元を明らかにしないで行ったものや,自己の身元を偽って行ったものについては,その発言内容の責任追及を免れやすい手段を自ら選んだ代償として,権利行使は許されないことになる,と解すべきである。

         原告各記述は,いずれも匿名でなされ,控訴人らは原告各記述がなされた当時,発言者(投稿者)らの身元の特定をすることができなかったのであるから,原告各記述について著作権を認めるべきではない。
         特に,被控訴人Jは,XYZの設置,管理するホームページに,偽名を用いて他人を誹謗,中傷する書込み発言を何度も行っている。このように,インターネットの特質を利用し,自らの責任追及を困難にする方法で違法行為を行った者が,他方で,インターネット上の自らの発言につき著作権を主張して金銭的利益を得ることを認めるのは,社会正義に反する
   (2) 弁済
       一審における共同被告であった株式会社光文社(以下「一審被告光文社」という。)は,平成14年4月23日ころ,原判決の請求認容額をすべて被控訴人らに支払った。

 2 当審における被控訴人らの主張の要点
   (1) 控訴関係
     ア 原告各記述部分の著作物性について
       a インターネットは情報伝達手段の単なる一態様にすぎない。そこにおける書込みに創作物性が認められれば,著作権が生ずる。その中に,情報自体としての価値のあるものとないものとがあることは,一般の著作物と同様である。
           控訴人らは,現に,原告各記述部分を営業活動に利用し,これらを整理して本件書籍を出版したこと,本件書籍が相当部数売れたことからみて,原告各記述部分に情報自体としても価値があることは明らかである。
       b 控訴人らは,原告各記述部分のうち,@「年明けに母と2人でNYに行くことになりまして」とA「予算は限られていますが母になるべく快適な生活を楽しんでもらいたいです。アドバイスよろしくお願いいたします」とについて,原判決が,前者には著作物性を認めず,後者に著作物性を認めたことを批判する。しかし,@の記述は,以後に述べる内容がNYにおけるホテル探しであることを示す全体の導入部であるから,これのみを取り出して著作物性を判断するのではなく,Aと一体として著作物性を判断すべきである。なお,原告各記述部分中の@とAとの間の文章は,本件転載文においては,勝手に削除されている。

           別紙対比表記載の原判決の創作性の有無の認定についての比較に関する控訴人らの主張は,次のとおり,いずれも理由がない。
           別紙対比表記載の「創作性ありとされた記述」欄記載の記述は,その後又はその前の部分の一部分である場合(後に続く部分の一部の例として,同欄中の5−(1),11−(2),11−(3)−@,(9),2−(2)−@,前の部分の一部の例として,1−A),控訴人らが取り出した部分が全体の一部にすぎない場合(2−(2)−@,4−(2),11−(2)),思想,感情の表現として相当に詳しい場合(3−(1),2−(6)−B)であり,いずれも創作性が認められる。
       c 控訴人らは,インターネットの特殊性から,匿名のものには著作権を認めるべきではない,と主張する。しかし,匿名であっても著作物性が失われるものではないことは,従来から争いがないところである。

           控訴人らは,本件においてインターネットの特性を利用して営業を行っており,かつホームページの書込みを無償無断で利用して本を作成し利を得たのであるから,その書込みの著作物性を否定することは許されないというべきである。
     イ 弁済について
         一審被告光文社が原判決の請求認容額を被控訴人らに支払ったことは認める。
   (2) 附帯控訴関係
     ア 著作物使用料相当額の損害について
         原判決は,本件書籍の作成過程で一審被告光文社が控訴人らに支払った著作権の対価が文章部分について合計110万1600円であることから,110万円を基準として,これに一審被告らにより複製された原告各記述部分が本件全書籍に占める割合を乗じて,著作物の使用料を算定した。
         しかしながら,出版物の販売価格や複製部数のいかんを問わない著作権使用料(承諾料)として一定の金額の支払を受けることは,出版社や新聞社等の業界において通常行われているところであるから,通常支払われるべき使用料の額を基準として損害額を算定するのが相当である(東京地方裁判所平成7年12月18日判決・判例タイムズ916号206頁参照)。

         一審被告光文社は,以前に同種の問題を起こした際には,上記通常行われている方式に従い,一記事につき原稿料として1万円を支払っている。このことからすれば,本件においても,著作権料として,少なくとも一発言当たり1万円が支払われるべきである。
     イ 主位的請求関係
         原判決は,原告各記述部分の一部について,創作性なしとして,著作物性を否定した。しかし,これらの部分は,@その前又は後の部分と一体として著作物性を認めるべき部分,A発言者の経験・判断を評価・意見として表現したもののいずれかであるから,いずれも著作物性が認められるべきである。
         このことを前提とするならば,被控訴人らが被った著作権使用料相当の損害額は,次のとおりである。
         被控訴人B        1万円
         被控訴人C         7万円

         被控訴人K        3万円
         被控訴人E        3万円
         被控訴人H           20万円
         被控訴人I          2万円
         被控訴人D         10万円
         被控訴人G        1万円
         被控訴人F        1万円
         被控訴人J            1万円
         被控訴人L          3万円
     ウ 予備的請求関係
         仮に,原判決が著作物性を認定した被控訴人らの記述の部分のみを取り上げるならば,被控訴人らが被った著作権使用料相当の損害額は,同部分の数に1万円を乗じた次のとおりの額である。
         被控訴人B   1記述  1万円
         被控訴人C   3記述  3万円
         被控訴人K   2記述  2万円
         被控訴人E   3記述  3万円

         被控訴人H      17記述 17万円
         被控訴人I     1記述  1万円
         被控訴人D   7記述  7万円
         被控訴人G   1記述  1万円
         被控訴人F   1記述  1万円
         被控訴人J   1記述  1万円
         被控訴人L     2記述  2万円
     エ 弁護士費用
         被控訴人らは,弁護士費用として,仮処分につき各10万円(被控訴人Lを除く。),本案訴訟について各10万円を請求したのに対し,原判決は,仮処分について各5万円,本件訴訟について各5万円しか認めなかった。
         しかし,これは少額にすぎる。特に本件については控訴もされているので,被控訴人らの請求額は,全額認容されるべきである。
     オ 損害額の合計
       a 主位的請求関係
           被控訴人B       21万円

           被控訴人C        27万円
           被控訴人K       23万円
           被控訴人E       23万円
           被控訴人H         40万円
           被控訴人I         22万円
           被控訴人D       30万円
           被控訴人G       21万円
           被控訴人F       21万円
           被控訴人J           21万円
           被控訴人L         13万円
       b 予備的請求関係
           被控訴人B       21万円
           被控訴人C        23万円
           被控訴人K       22万円
           被控訴人E       23万円
           被控訴人H         37万円
           被控訴人I         21万円
           被控訴人D       27万円

           被控訴人G       21万円
           被控訴人F       21万円
           被控訴人J           21万円
           被控訴人L         12万円
     カ 一審被告光文社の既払額
         一審被告光文社は,平成14年4月25日に,平成13年10月26日から平成14年4月25日までの遅延損害金を含めた次のとおりの金額を被控訴人らに支払った(かっこ内は,遅延損害金を除いた部分。)
         被控訴人B   10万5875円(10万3300円)
         被控訴人C    10万5875円(10万3300円)
         被控訴人K   11万0385円(10万7700円)
         被控訴人E   11万1513円(10万8800円)
         被控訴人H     14万0826円(13万7400円)
         被控訴人I     10万4748円(10万2200円)

         被控訴人D   12万0532円(11万7600円)
         被控訴人G   10万4748円(10万2200円)
         被控訴人F   10万3621円(10万1100円)
         被控訴人J   10万5875円(10万3300円)
         被控訴人L    5万3501円( 5万2200円)
     キ 損害額の合計
         以上により,被控訴人らは,控訴人らに対し,主位的請求として,オaからカの括弧内の金額を差し引いた額の損害賠償金とこれに対する不法行為の日以後である平成13年10月26日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまでの年5分の割合による遅延損害金の連帯しての支払を,予備的請求として,オbからカの括弧内の額を差し引いた金額の損害賠償金とこれに対する上記と同様の遅延損害金の連帯しての支払を求める。

第3 当裁判所の判断
 1 原告各記述部分の著作物性について
   (1) 著作権法において,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と定義されている。同規定によれば,ある表現が著作権法上の著作物として同法の保護を受ける著作物であるというためには,それが,「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」であること(この要件は,主として実用品について問題となるものであり,本件では問題とならない。)に加えて,それが,@思想又は感情の表現であること,A創作的表現であること,すなわち創作性を有すること,が必要である。単なる事実の記述は思想又は感情の表現であるということはできない。もっとも,単なる事実の記述のようにみえても,その表現方法などから,そこに筆者の個性が何らかの形で表われているとみることができるような場合には,思想又は感情の表現があるとみて差し支えない。

       著作物と認めるためのものとして要求すべき「創作性」の程度については,例えば,これを独創性ないし創造性があることというように高度のものとして解釈すると,著作権による保護の範囲を不当に限定することになりかねず,表現の保護のために不十分であり,さらに,創作性の程度は,正確な客観的判定には極めてなじみにくいものであるから,必要な程度に達しているか否かにつき,判断者によって判断が分かれ,結論が恣意的になるおそれが大きい。このような点を考慮するならば,著作物性が認められるための創作性の要件は厳格に解釈すべきではなく,むしろ,表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば足りるという程度に,緩やかに解釈し,具体的な著作物性の判断に当たっては,決まり文句による時候のあいさつなど,創作性がないことが明らかである場合を除いては,著作物性を認める方向で判断するのが相当である。
       ある表現の著作物性を認めるということは,それが著作権法による保護を受ける限度においては,表現者にその表現の独占を許すことになるから,表現者以外の者の表現の自由に対する配慮が必要となることはもちろんである。このような配慮の必要性は,著作物性について上記のような解釈を採用する場合には特に強くなることも,いうまでもないところである。しかし,この点の配慮は,主として,複製行為該当性の判断等,表現者以外の者の行為に対する評価において行うのが適切である,と考えることができる。一口に創作性が認められる表現といっても,創作性の程度すなわち表現者の個性の発揮の程度は,高いものから低いものまで様々なものがあることは明らかである。創作性の高いものについては,少々表現に改変を加えても複製行為と評価すべき場合があるのに対し,創作性の低いものについては,複製行為と評価できるのはいわゆるデッドコピーについてのみであって,少し表現が変えられれば,もはや複製行為とは評価できない場合がある,というように,創作性の程度を表現者以外の者の行為に対する評価の要素の一つとして考えるのが相当である。このように,著作物性の判断に当たっては,これを広く認めたうえで,表現者以外の者の行為に対する評価において,表現内容に応じて著作権法上の保護を受け得るか否かを判断する手法をとることが,できる限り恣意を廃し,判断の客観性を保つという観点から妥当であるというべきである。
   (2) 原判決は,別紙原告記述及び転載文一覧表の原告記述欄1@,2−(2)A,2−(2)B,2−(3)@ないし2−(6)A,2−(6)Cないし2−(7)C,3−(3),5−(2),5−(3)Aないし5−(4)B,5−(6)A,5−(13)@,5−(16)@,5−(20)@ないし6−(1)B,6−(2)A,7−(2)@,7−(2)A,7−(2)C,7−(2)D,7−(3)@,7−(6)@ないし7−(6)B,7−(9)ないし8@,10A,11−(1),11−(3)Aの各記述部分について,同表転載文欄記載の転載文中に,一部分が省略された形で転載されているため,転載された部分ごとに分けて,それぞれ著作物性を判断し,一部分につきその著作物性を否定した。しかしながら,原審の上記判断は,その判断手法自体に問題があるというべきである。まず,被控訴人らは,原告各記述部分の著作物性を主張するに当たり,一次的には,それの属する原告各記述(例えば,上記一覧表の原告記述欄2−(1))それぞれの全体が,一個の著作物であり,それの一部として著作物性を有すると主張しているものと理解するのが相当である。そうである以上,著作物性の有無の判断は,まず,これらそれぞれの記述全体について行われるべきである。そして,上記(1)で述べた解釈に照らすと,原告各記述は,一個の記述全体としてみたとき,いずれも記述者の個性が発揮されていると評価することができるから,これに対しては,著作物性を認めるのが相当である(このことは,仮に,各番号ごとの一個の記述全体を構成する部分の中に,それだけを取り出して評価すれば創作性の認められないものが含まれていたとしても,影響を受けるものではない。極論すれば,全体としては創作性の高い著作物であっても,それを構成する部分に細かく分けていって,各部分のみを独立に評価すれば,多くの場合,その中に創作性の低いもの,場合によっては,上記(1)の基準によっても創作性を認めることの困難なものが出てくることは,避けられないであろう。)。

       次に,上記一覧表によれば,上記各記述部分は,いずれもさほど長いものではないこと,分けられて転載された部分同士が近接していることが認められることを考慮すると,上記各記述部分については,全体として一個の転載行為がなされたものとみるべきであって,転載行為についての評価も,転載文全体を単位として行うのが相当であり,転載された部分ごとに分けて行うのは相当でないというべきである。
   (3) 上記(1)で述べた解釈に照らすと,原告各記述部分は,それ自体としてみても,原判決が著作物性を否定した部分も含め,いずれも,程度の差はあれ記述者の個性が発揮されていると評価することができるから,著作物性を認めるのが相当である。この点において,当裁判所は,原判決と判断を異にする。
   (4) 本件各転載文は,一部を省略したり,順序を変えたり,接続詞など細部を変えたりした部分はあるものの,基本的には,原告各記述部分の表現を変えずにほとんどそのまま複製したものであり,そのいわゆるデッドコピーに近いものであると評価すべきものであることは,別紙原告記述及び転載文一覧表から明らかである。

   (5) 以上を前提に,原告各記述,それに対応する,原告各記述部分,本件各転載文を対比した場合,本件各転載文中の多くは,全体として,それに対応する原告各記述の複製として評価し得るものであり,少数(例えば,上記一覧表の2−(5)など)は,原告各記述全体に対する割合が小さすぎるため,原告各記述全体の複製として評価することはできないものの,対応する原告各記述部分の複製として評価することができるというべきである。
   (6) 上述したところによれば,控訴人らが本件書籍を著作,出版,販売した行為は被控訴人らの複製権を侵害する行為であるというべきである。本件書籍の出版,発行等の差止めを求める被控訴人らの請求には理由があり,これを認容した原判決(主文第1,2項)は相当である。
   (7) 控訴人らは,原告各記述部分のようなインターネット上の掲示板への書込みの著作物性について,@インターネット上の掲示板への書込みは全世界において毎秒単位で膨大な数がなされ,しかも,随意に消去されているため,その全容を把握することが困難であること,Aインターネット上の書込みを利用するために,書込みをした者の承諾を得ようとしても,書き込みが多くの場合匿名でなされるため,連絡をすることが困難であることから,このような承諾手続が必要となるとインターネット上の情報の利用が制約されることとなり,ひいてはインターネットの発展を阻害することになること,Bインターネット上での掲示板への書込みは,多くの場合対価が得られないような程度の内容のものが大部分であること等の実状に鑑みると,インターネット上の掲示板への書込みの著作物性の判断に当たっては,従来の情報伝達手段におけるより厳格な基準によるべきであり,具体的には「何らかの評価,意見」や「何らかの個性」があるだけでは足りず,「相当程度にまとまった独自の思想又は感情に基づく独創性が表現されている」ことを必要とすると解すべきである,と主張する。

       しかしながら,膨大な表現行為が行われているため全容の把握が困難であること,匿名で行われた場合に表現者の承諾を得るのが困難であること,対価が得られないような程度の内容の表現行為が多く見られることは,インターネット上の書込みに限られず,他の分野での表現についてもいえることであるから,これらの事情は,インターネット上の書込みの著作物性の判断基準を他の表現についてよりも厳格に解釈することの根拠とすることはできないというべきである。控訴人らは,インターネット上の書込みについて,承諾を必要とする範囲を広く解すると,インターネット上の情報の利用を制約することになり,ひいてはインターネットの発展を阻害することになる,と主張する。しかしながら,インターネット上の書込みについて,その利用の承諾を得ることが全く不可能というわけではない。また,承諾を得られない場合であっても,創作性の程度が低いものについては,多くの場合,表現に多少手を加えることにより,容易に複製権侵害を回避することができる場合が多いと考えられるから,そのようなものについても著作物性を認め,少なくともそのままいわゆるデッドコピーをすることは許されない,と解したとしても,そのことが,インターネットの利用,発展の妨げとなると解することはできないというべきである。
       控訴人らは,被控訴人らは匿名で書込みをし,その内容について責任追及を困難にすることを選んだ以上,その書込みについて著作権等の権利を主張することは許されない,と主張する。確かに,例えば,他人の名誉を毀損するなど,その内容について法的な責任を追及されるような内容のインターネット上の書込みを匿名でした者が,他方で,その書込みについて権利を主張することが,権利の濫用などを理由に許されないとされる場合があり得ることは,否定できない。しかしながら,そのような場合があり得るからといって,その理屈をインターネット上の書込み一般に及ぼし,およそ匿名で行った書込みについては,内容のいかんを問わず,権利行使が許されないなどど解することができないことは明らかである。

       控訴人らは,被控訴人Jが,インターネット上で偽名を用いて他人を誹謗,抽象する書込みを行っているとして,そのことを理由に,本件について,権利行使を認めるべきではない,と主張する。しかしながら,本件の書込みとは別の書込みの内容は,何ら本件の書込みについての権利行使に影響を及ぼすものではないというべきであり,控訴人らの上記主張は主張自体失当である。
       控訴人らの主張は,いずれも採用することができない。
 2 損害額について
   (1) 著作権使用料相当の損害について
     ア 損害額算定の基礎となる,著作物使用料の基礎となる事実関係については,基本的に原判決14頁16行ないし15頁3行,15頁18行ないし22行に記載されているところを引用する。すなわち,原告各記述部分の著作物の使用料は,本件書籍の総販売額や実際に支払われた著作権料等を総合考慮して,110万円を基準にして,本件各転載文が全体に占める割合を乗じて算定した額をもってするのが相当である。

         上記引用にかかる認定によれば,本件書籍の総ページ数は388ページであり,甲第4号証によれば,本件書籍の1ページ当たりの行数は平均して12行程度であることが認められるから,本件書籍全体の行数は12×388=4656行として算定することとする。
         甲第4号証及び別紙原告記述及び転載文一覧表の記載によれば,本件各転載文の各行数及びこれに基づいて算出された,本件各転載文が本件書籍全体に占める割合並びにその著作権使用料相当額は,次のとおりである。
                      行数 本件書籍全体に占める割合 著作権使用料相当額
       @原告記述1  13行  約0.3パーセント    3300円
       (被控訴人B関係)
       A原告記述2  35行  約0.8パーセント    8800円
       (被控訴人C関係)

       B原告記述3  35行  約0.8パーセント    8800円
       (被控訴人K関係)
       C原告記述4  40行  約0.9パーセント    9900円
       (被控訴人E関係)
       D原告記述5 208行  約4.5パーセント  4万9500円
       (被控訴人I関係)
       E原告記述6  18行  約0.4パーセント    4400円
       (被控訴人I関係)
       F原告記述7 114行  約2.4パーセント  2万6400円
       (被控訴人D関係)
       G原告記述8   8行  約0.2パーセント    2200円
       (被控訴人G関係)
       H原告記述9   3行  約0.1パーセント    1100円
       (被控訴人F関係)
       I原告記述10 14行  約0.3パーセント    3300円

       (被控訴人J関係)
       J原告記述11 17行  約0.4パーセント    4400円
       (被控訴人L関係)
     イ 被控訴人らは,出版物の販売価格や複製部数のいかんを問わない著作権使用料(承諾料)として一定の金額の支払を受けることは,出版社や新聞社等の業界において通常行われているところであるから,本件においても通常支払われるべき使用料の額(本件においては,一発言当たり1万円)を基準として著作権使用料相当額の損害額を算定すべきであると主張する。しかしながら,出版社等において,出版物の販売価格や複製部数のいかんを問わず一定の著作権使用料(承諾料)が支払われることがあることが認められるとしても,そのことから直ちに,本件各転載文について,一発言(一記述)当たりにつき通常支払われる使用料が1万円であることを認めるに足りる証拠はない。被控訴人らは,一審被告光文社が,以前にも同種の問題を起こした際に,一記事につき原稿料として1万円を支払ったことをその根拠として挙げる。しかしながら,仮に,一審被告光文社が一記事につき1万円を支払ったことがあることが認められるとしても,別件での支払額が直ちに本件に妥当なものと認められるということができないことは,事柄の性質上,明らかである。

         被控訴人らの主張は採用することができない。
   (2) 弁護士費用について,
       被控訴人らは,弁護士費用として,一人当たり,各20万円(仮処分につき10万円,本案訴訟につき10万円)が,損害額として認容されるべきである,と主張する。
       しかしながら,前記被控訴人らの認容額等をはじめとする諸般の事情に照らすと,弁護士費用相当の損害額は,被控訴人一人当たり,各10万円(仮処分につき5万円,本案訴訟につき5万円)が相当であり,これと同旨の原判決に誤りはない。
   (3) 弁済について
     上記(1),(2)によれば,控訴人らの著作権侵害により生じた被控訴人らの損害額は,次のとおりである。
                              損害額     原判決認容額
         被控訴人B   10万3300円(10万3300円)

         被控訴人C    10万8800円(10万3300円)
         被控訴人K   10万8800円(10万7700円)
         被控訴人E   10万9900円(10万8800円)
         被控訴人H     14万9500円(13万7400円)
         被控訴人I     10万4400円(10万2200円)
         被控訴人D   12万6400円(11万7600円)
         被控訴人G   10万2200円(10万2200円)
         被控訴人F   10万1100円(10万1100円)
         被控訴人J   10万3300円(10万3300円)
         被控訴人L      5万4400円( 5万2200円)
       原判決が,控訴人ら及び一審被告光文社に対し,連帯して,それぞれ下記のかっこ内の原判決認容額欄記載の金額及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまでの各年5分の割合による遅延損害金を被控訴人らに支払うよう命じたこと,一審被告光文社は,平成14年4月25日に,平成13年10月26日から平成14年4月25日までの遅延損害金を含めた下記支払額欄記載の金額を被控訴人らに支払ったことは,当事者間に争いがない。

                               支払額     原判決認容額
         被控訴人B   10万5875円(10万3300円)
         被控訴人C    10万5875円(10万3300円)
         被控訴人K   11万0385円(10万7700円)
         被控訴人E   11万1513円(10万8800円)
         被控訴人H     14万0826円(13万7400円)
         被控訴人I     10万4748円(10万2200円)
         被控訴人D   12万0532円(11万7600円)
         被控訴人G   10万4748円(10万2200円)
         被控訴人F   10万3621円(10万1100円)
         被控訴人J   10万5875円(10万3300円)
         被控訴人L      5万3501円( 5万2200円)

     上記弁済の結果,被控訴人らの損害額の残額は,次の金員とこれに対する不法行為の日以後である平成13年10月26日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金となる。
         被控訴人B         0円
         被控訴人C       5500円
         被控訴人K      1100円
         被控訴人E      1100円
         被控訴人H      1万2100円
         被控訴人I        2200円
         被控訴人D      8800円
         被控訴人G         0円
         被控訴人F         0円
         被控訴人J             0円
         被控訴人L        2200円
第4 結論
     以上のとおりであるから,原判決のうち,金員請求に関する部分を主文第一項のとおり変更することとし,その余の本件控訴及びその余の本件附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法67条,61条,65条を,仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

       東京高等裁判所第6民事部
     
                 裁判長裁判官     山   下   和   明
               
               
                       裁判官     設   樂   隆   一
                       
                       
                       裁判官     阿   部   正   幸


@ 原判決添付の原告記述及び転載文一覧表を,「別紙原告記述及び転載文一覧表」として,添付
A 丙第9号証中の一覧表を,「別紙対比表」として添付