◆H15. 1.30 東京高裁 平成13(行ケ)12 特許権 行政訴訟事件
平成13年(行ケ)第12号 審決取消請求事件
平成15年1月16日口頭弁論終結
判 決
原 告 ソニー株式会社
訴訟代理人弁理士 土 屋 勝
被 告 特許庁長官 太田信一郎
指定代理人 川 上 美 秀
同 麻 野 耕 一
同 小 林 信 雄
同 大 橋 良 三
同 高 橋 泰 史
同 涌 井 幸 一
主 文
1 特許庁が平成11年審判第20343号事件について平成12年11月13日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成2年1月31日に,発明の名称を「光ディスクシステム」とする発明について特許出願をした(平成2年特許願第21210号。以下「本願出願」といい,その発明を「本願発明」という。)。特許庁は,これにつき,平成11年11月30日に拒絶の査定をした。原告は,平成11年12月29日にこれに対する不服の審判を請求した。特許庁は,同請求を平成11年審判20343号事件として審理し,その結果,平成12年11月13日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月18日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面参照)
「記録及び/又は再生のためにレーザビームが照射される記録層と,この記録層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過する透光性カバーとを備えている光ディスクと,上記レーザビームを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズとを具備する光ディスクシステムにおいて,上記透光性カバーの厚さが0.6〜0.44mmであり,上記対物レンズの開口数(NA)が0.55〜0.70であることを特徴とする光ディスクシステム。」
3 審決の理由
審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願発明は,本願出願前の他の出願であって,その出願後に出願公開された特願平1−197741号の願書に最初に添付された明細書及び図面(以下,これらをまとめて「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから,特許法29条の2に該当し,特許を受けることができない,とした。
審決が上記結論を導くに当たり,本願発明と先願発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点
「記録及び/又は再生のためにレーザビームが照射される記録層と,この記録層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過する透光性カバーとを備えている光ディスクと,上記レーザビームを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズとを具備する光ディスクシステム」
相違点(一応の相違点)
「本願発明では,透明カバーの厚さを0.6〜0.44mmと限定しているのに対し,先願明細書に記載の発明では,高々数百ミクロンメートルとしている点」(相違点1)
「本願発明では,対物レンズの開口数(NA)を0.55〜0.70と限定しているのに対し,先願明細書に記載の発明では,0.6以上としている点」(相違点2)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,先願発明の認定を誤り,その結果,本願発明と先願発明とが同一であると誤って判断したものであり,この誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,取り消されるべきである。すなわち,審決が,本願発明と先願発明との相違点として認定した二つの点につき行った,「相違点1について,本願発明の透明カバーの厚さ0.6〜0.44oは600〜440μmであり,先願明細書に記載の発明の「ミクロンメートル」が「μm」であるとは(判決注・「あることは」の誤り)自明であるから,本願発明の透明カバーも,これに相当する先願明細書に記載の発明の保護膜もその厚さが数百μmである点では共通しており,この点は実質的な相違ではない。また相違点2についても,先願明細書に記載の発明でも,記載Bに示されているように,記録密度を向上させるために低物(判決注・「対物」の誤記と認める。)レンズの開口数(NA)を0.6〜0.9へと大きくすることを前提にしていることを考慮すると,両者の開口数(NA)は0.6〜0.7の範囲において共通しており,この点でも実質的な相違は認められない。したがって,この2つの相違点はいずれも実質的な相違ではないため,上記2つの発明は同一と認められる。」(審決書4頁6行〜17行)との認定は誤りである。
1 先願明細書の記載について
(1) 先願明細書中,本願発明の透光性カバーに当たる保護層の厚さと,対物レンズの開口数(NA)(以下単に「開口数」という。)の具体的数値の双方が記載されている箇所は,次の箇所だけである(審決が審決書3頁「G.」(1行〜9行)で摘示した記載である。以下「先願明細書の記載G」という。)。
「保護層の厚みは保護層の材質(屈折率)と,対物レンズの大きさ(有効径)とNAによって上限がある。レンズの有効径を1ミリメートル程度,NAを0.5程度とするときレンズ設計上レンズ系のワーキングディスタンスが高々数百ミクロン程度が限度であることを考慮すると保護層の厚さもまた高々数百ミクロンメートルに抑えなければならない。NAを大きくするためにはさらに薄くすることが必要であって望ましくは100ミクロンメートル以下にすること,理想的には10ミクロンメートル以下にすることが必要である。」(甲第7号証5頁左下欄18行〜右下欄8行)
(2) 広辞苑(甲第9号証1568頁,乙第2号証1178頁〜1179頁)によれば,「高々」は「上限がそれを超えない」を意味し,「数百」は「3,4百または5,6百」を意味するので,「高々数百ミクロンメートル」とは,「上限が400〜500μmを超えない」の意味である。
そうすると,先願明細書の記載Gには,次の2種類の発明が記載されていることになる。
(ア) 保護層の厚さが「上限が400〜500μmを超えない」ものであり,対物レンズの開口数が「0.5程度」である光記録装置(以下「先願第1発明」という。)。
(イ) 保護層の厚さが「上限が400〜500μmを超えない数値よりもさらに薄くて,望ましくは100μm以下,理想的には10μm以下」であり,対物レンズの開口数が「0.5程度より大きい」光記録装置(以下「先願第2発明」という。)。
(3) 先願第1発明の対物レンズの開口数「0.5程度」は,本願発明の対物レンズの開口数である「0.55〜0.7」の範囲外である。したがって,両発明は同一ではない。また,先願第1発明は,保護層の厚さの下限を定めておらず,薄ければ薄いほどよいものであるから,その厚さの下限を本願発明のように「0.44mm」に限定するものでもない。
先願第2発明は,保護層の厚さが,「400〜500μmを超えない数値よりさらに薄くて,望ましくは100μm以下,理想的には10μm以下」であるから,その上限は高々100〜200μmで下限は1〜2μmであると解すべきである。したがって,先願第2発明の保護層の厚さは,本願発明の透光性カバーの厚さ「0.6〜0.44o」とは異なる。
(4) 審決が2頁「B.」(13行〜14行)において認定している先願明細書の「絞りレンズの開口数(NA)を現行の0.5程度から例えば0.6ないし0.9へと大きくする等がある」(甲第7号証3頁右上欄15行〜17行)との記載は,従来技術における光記録手段についての記述であって,先願発明に関する記述ではない。したがって,審決が,「相違点2についても,先願明細書に記載の発明でも,記載Bに示されているように,記録密度を向上させるために低物レンズ(判決注・「対物レンズ」の誤り)の開口数(NA)を0.6〜0.9へと大きくすることを前提にしていることを考慮すると,両者の開口数(NA)は0.6〜0.7の範囲において共通しており,この点でも実質的な相違は認められない。」(審決書4頁11行〜15行)と認定したのは誤りである。
(5) 被告は,先願明細書の請求項2に,光学的に透明で高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層を形成した記録媒体と,開口数0.6以上の対物レンズを搭載することが記載されているから,審決の先願発明の認定に誤りはない,また,先願明細書の記載Gに2種類の発明(先願第1発明及び同第2発明)が記載されていると解釈すべき理由もない,と主張する。
しかし,先願明細書の請求項2は,先願第1発明と先願第2発明を一緒にして上位概念で表現したものにすぎない。したがって,請求項2に記載されている光記録装置における保護層の厚さ(高々数百ミクロンメートル)及び対物レンズの開口数(0.6以上)のさらに具体的数値は,先願第1発明と先願第2発明における数値であり,先願明細書に記載されている発明もこの二つの発明である。
2 本願発明における透光性カバーの層の厚さと対物レンズの開口数の値は,コマ収差への影響も考えて,設定されたものである。これに対し,先願明細書には,保護層の厚さと対物レンズの開口数との関係や,対物レンズの開口数とコマ収差との関係については記載がないのであるから,先願発明における保護層の厚さと対物レンズの開口数は,本願発明と同じ観点に基づいて設定されたものではない。
(1) 審決は,甲第8号証(「応用光エレクトロニクスハンドブック」株式会社昭晃堂1989年4月10日初版1刷発行437頁〜440頁。以下「甲第8文献」という。)を挙げ,「ビーム径を小さくして記録密度を向上させるために開口数を大きくすると,各種収差が大きくなり,これを小さくする上で透明層の厚さをできる限り小さくする方がよいことは理論的にも明白で,」(審決書4頁31行〜33行)と述べている。また,被告も,甲第8文献及び乙第1号証(「レーザーディスクテクニカルブック」株式会社アスキー1986年11月1日初版発行35頁〜36頁,39頁〜40頁。以下「乙第1文献」という。)を挙げ,本願発明のような光ディスクにおいては,透光性カバー自体が再生光学系の一部となり,当該透光性カバーに由来する各種収差の大きさは,対物レンズの開口数と透光性カバーの厚さに比例することが,本願出願時において,本願明細書(甲第2号証)の7頁,8頁に記載された式(1),(2),(3)とともに周知であって,対物レンズの各種収差と開口数及び透光性カバーについての上記関係は,先願明細書に記載はなくとも周知の事項である,と主張する。
しかし,仮に,乙第1文献及び甲第8文献に記載されたところにより,本願明細書に記載された前記各式の内容が周知の技術事項であったとしても,これらの式は一般論としての式にすぎない。乙第1文献及び甲第8文献をもってしても,先願明細書には,対物レンズのコマ収差等を考慮しつつ,記録密度の向上を図るとの技術思想が記載されているとはいえない。審決の前記立論及び被告の主張は認められない。
(2) 被告は,先願明細書の記載Gには,対物レンズの開口数が大きくなれば,保護層の厚さが減少するという相補的な関係が示されており,先願発明も対物レンズの開口数と保護層の厚さを考慮したものである,と主張する。
しかし,先願明細書の記載Gにおける「レンズ系のワーキングディスタンス」が短いからといって,必ずしも保護層の厚さを薄くしなければならない理由はない。例えば,同じ開口数の対物レンズでも,小型にすると,対物レンズと記録媒体との距離が短くなるものの,このことは,保護層の厚さを薄くしなければならないという理由にはならない。この場合には,ワーキングディスタンスと保護層の厚さの双方を併せた距離を短くしなければならない。したがって,先願明細書の記載Gには,対物レンズの開口数が大きくなれば,保護層の厚さが減少するという相補的関係は示されていない。
本願発明は,透光性カバーの厚さの下限を「0.44mm」とすることにより,ダストの悪影響を回避するとの効果を,対物レンズの開口数を「0.55〜0.70」とすることにより,記録密度を向上させる,との効果をそれぞれ奏するものである。これに対し,先願発明は,保護層の厚さ及び対物レンズの開口数が本願発明のものとは異なるから,上記効果を奏しない。
(3) 二つの発明の構成が数値を除き互いに同一である場合において,その数値が一部重複したとしても,二つの発明が同一であるとは限らない。数値につき何ら限定をしない先願発明に対して,その数値につき最適な範囲を限定した本願発明は,先願発明と同一ではない。
(4) 以上のとおり,本願発明の透光性カバーの厚さ及び対物レンズの開口数は,いずれも,先願発明のものとは異なるものである。これらがいずれも同一であるとする審決の認定は誤りである。
3 審決は,「本願明細書中に下限値を440μmに限定する理由が記載されておらず,もともと請求の範囲に規定された数値の臨界値にはさほどのデータを伴う根拠が認められない」(審決書4頁37行〜末行)と認定した。しかし,この認定は,誤りである。
本願明細書(甲第2号証7頁12行〜19行,12頁6行〜末行,第1表,13頁8行〜14頁1行)に記載されているとおり,本願発明は,フィールドテストとコンピュータシミュレーションとにより,透光性カバーの厚さを「0.6〜0.44o」の範囲とすれば,記録密度を高めるために対物レンズの開口数を0.55〜0.70と大きくしても,コマ収差を従来と同じかそれ以下にできること,特に,透光性カバーの厚さの下限を「0.44mm」とすれば,対物レンズの開口数を「0.7」まで大きくしても,コマ収差を従来と同程度かそれ以下にできることを知った結果,コマ収差を従来と同程度かそれ以下にするとともに,対物レンズの焦点深度の低下及びダストの悪影響をもたらすことなく,記録密度を向上させることができる透光性カバーの厚さ及び対物レンズの開口数の最適範囲を選定したものである。したがって,透光性カバーの厚さの下限「0.44mm」及び対物レンズの開口数「0.7」には臨界的な技術的意義があるのである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 先願明細書の請求項2には,光学的金属ヘッドに,同時に,光学的に透明で高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層を形成した記録媒体と,開口数0.6以上の対物レンズを搭載することが記載されている。審決の先願発明の認定に誤りはない。
(1) 原告は,先願明細書の記載Gを根拠に,先願明細書には先願第1発明及び先願第2発明という二つの発明が開示されている,と主張する。
しかし,先願明細書の記載Gの「保護層の厚みは保護層の材質(屈折率)と,対物レンズの大きさ(有効径)とNAによって上限がある。レンズの有効径を1ミリメートル程度,NAを0.5程度とするときレンズ設計上レンズ系のワーキングディスタンスが高々数百ミクロン程度が限度であることを考慮すると保護層の厚さもまた高々数百ミクロンメートルに抑えなければならない。NAを大きくするためにはさらに薄くすることが必要であって望ましくは100ミクロンメートル以下にすること,理想的には10ミクロンメートル以下にすることが必要である。」との記載によれば,対物レンズの有効径が異なれば,それに伴ってワーキングディスタンス(動作距離)も変わり,その結果,保護層の厚さも変わることが明らかである。先願明細書の記載Gは,先願発明のうち,レンズの有効径が1ミリメートル程度の場合における,複数の異なる態様を例示したものにすぎない。原告の主張は,先願発明のうちの一定の場合の異なる態様を,異なる複数の発明であると解釈したものであり,誤りである。
(2) 先願発明の「高々数百ミクロンメートル」における「高々」とは,上限の目安を示す用語であり,「数百」とは「5〜6百ほどの数」をいう(乙第2号証(広辞苑1178頁〜1179頁))。したがって,先願発明の「高々数百ミクロンメートル」とは,「500〜600μmほどが上限の目安である」を意味する。
保護層の厚さとして「数百μm」がディスクの構成上大きすぎて使用不可能な数値であれば,上限としては「高々数百ミクロンメートル」ではなく,もっと小さな数値が記載されるはずである。先願明細書において,そのようには記載されず,あえて「高々数百ミクロンメートル」と記載されている以上,先願明細書においては,その数値近傍までは使用可能であるとされているものと理解すべきである。したがって,たとい,先願明細書に,保護層の厚さについて,「望ましくは100ミクロンメートル以下にする」又は「理想的には10ミクロンメートル以下にする」との記載があったとしても,それに限定されるものではなく,先願発明は「数百μm」までの厚さの保護層を意図しているというべきである。
(3) 先願発明において,保護層の厚さが「高々数百ミクロンメートル」に抑えられるのは,対物レンズの開口数が「0.5程度」の場合に限られる,と理解すべき根拠はない。したがって,先願発明においては,開口数が「0.5程度より大きい」場合も,その保護層の厚さは「高々数百ミクロンメートル」に抑えられることになる。開口数が「0.5程度より大きい」場合に係る先願第2発明の保護層の厚さは,上限が400〜500μmを超えない数値よりもさらに薄い,との原告の解釈は誤りである。
(4) 原告は,先願明細書の「絞りレンズの開口数(NA)を現行の0.5程度から例えば0.6〜0.9へと大きくする等がある。」との記載は,従来技術における光記録手段についての例示であって,先願発明に関する記述ではない,と主張する。
しかし,先願明細書の「発明が解決しようとする課題」の項全体においては,記録密度を高める手段の一例として「絞りレンズの開口数(NA)を現行の0.5倍程度から0.6〜0.9へと大きくする」(甲第7号証3頁右上欄15行〜17行)方法があることが示されるとともに,この方法には「動作距離(ワーキングディスタンス),ならびに焦点深度がかなり小さくなることから記録媒体の構成,記録ヘッドの構成を含めてフォーカッシングサーボ等の現行の光記録技術をそのまま適用することはできない」(甲第7号証3頁右上欄19行〜左下欄3行)という問題点があることが指摘された上で,先願発明は,記録媒体の積層構造を採用すること等によって,「従来よりも開口数の大きい光学系による記録を可能とし,かつ小形の装置で記録媒体を積層した構造を可能とすることで光記録でなければ達成され得ない超大容量記録装置を実現」(甲第7号証3頁右下欄5行〜8行)することを目的とする旨が記載されているのである。また,先願明細書には,「発明の効果」の項に,「本発明は従来よりも開口数の大きい光学系の使用を容易にし,」(甲第7号証7頁左下欄8行〜12行)との記載があり,特許請求の範囲においては,「開口数0.6以上の対物レンズを搭載した」(請求項2)ことが記載されている。
先願明細書のこれらの記載によれば,先願発明が「開口数を0.6〜0.9へと大きくする」ことを前提とした発明であることは明らかである。
2(1) 原告は,先願明細書には,保護層の厚さと対物レンズの開口数との関係や,対物レンズの開口数とコマ収差との関係についての記載がないから,先願発明の保護層の厚さと対物レンズの開口数は,本願発明と同じ観点に基いて設定されたものではない,と主張する。
確かに,先願明細書には,本願明細書に記載されているビームスポットの式(1),球面収差の式(2)及びコマ収差の式(3)(甲第2号証7頁〜8頁)のような明示的な形では,保護層の厚さと対物レンズの開口数との関係や,対物レンズの開口数とコマ収差との関係について記載されていない。しかし,上記関係は,いずれも乙第1文献及び甲第8文献に記載されているように,周知の事項であり,先願明細書においても,明示的に記載されていなくとも,既に当業者において認識されている事項である。そして,先願明細書の記載Gには,対物レンズの開口数が大きくなれば保護層の厚さが減少するという相補的な関係があることが明示されており,先願発明も対物レンズの開口数と保護層の厚さとの関係を考慮したものであることは明らかである。
(2) 原告は,対物レンズの「開口数を大きくすると,各種収差が大きくなり,これを小さくする上で透明層の厚さをできる限り小さくする方がよいことは理論的にも明白で」(審決書4頁31行〜33行)あるとの審決の認定を否定し,透光性カバーに由来する各種収差の大きさは,対物レンズの開口数と透光性カバーの厚さに比例することが周知である,との被告の主張は認められない,と主張する。
しかし,上記のビームスポットの式(1),球面収差の式(2),及び,コマ収差の式(3)が周知であることからすれば,上記事項がそれぞれ明白又は周知であることは,明らかである。また,光学式光ディスクの仕組自体から,ビーム径を小さくすることが記録密度を向上させるための一手段であることは明らかである。そして,ビーム径を小さくするには,ビーム波長を短くするか,開口数を大きくすればよいことは乙第1文献に記載されている式(1)から自明である。また,コマ収差は,透光性カバーの厚さに比例し対物レンズの開口数の3乗に比例するものである(甲第8号証の表6.6)から,開口数を大きくすることにより増大するコマ収差を小さくするには,透光性カバーの厚さを小さくすればよいことも自明である。
(3) 原告は,本願発明は,透光性カバーの厚さの下限を「0.44mm」とすることにより,ダストの悪影響を回避するとの効果を,対物レンズの開口数を「0.55〜0.70」とすることより,記録密度を向上させる,との効果をそれぞれ奏するものである,これに対し,先願発明は,保護層の厚さ及び対物レンズの開口数が本願発明のものとは異なるから,上記効果を奏しない,と主張する。
しかし,発明の構成が同一であれば,その発明が奏する作用効果に差異が生じる理由がないから,発明の同一性を論ずるに当たり作用効果を参酌する必要はない。原告の主張は失当である。
3 原告は,本願発明は,フィールドテストとコンピュータシミュレーションとにより,コマ収差を従来と同程度かそれ以下にするとともに,対物レンズの焦点深度の低下及びダストの悪影響をもたらすことなく,記録密度を向上させることができる透光性カバーの厚さ及び対物レンズの開口数の最適範囲を選定したものである,と主張する。
しかし,本願明細書の第1表は,同明細書に記載されている周知の式を用いた単なる計算結果を示したものにすぎず,臨界的な技術的意義を示すデータではない。仮に,原告がフィールドテストとコンピュータシミュレーションを行ったとしても,新しい効果を見出したものとはいえず,単に,コンピュータシミュレーションの結果が,理論値どおりであることを確認したにすぎないものである。
原告は,本願明細書の記載(甲第2号証12頁6行〜末行,第1表,同13頁8行〜14頁1行)を指摘して,透光性カバーの厚さの下限「0.44mm」は,対物レンズの開口数を「0.7」まで大きくしても,コマ収差を従来と同程度かそれ以下にできる数値であるほか,ダストの悪影響が実用性を損なうほど顕著にならない数値であるから,厚さの下限「0.44mm」及び開口数の上限「0.7」には臨界的な技術的意義がある,と主張する。
しかし,本願明細書の「ここで,コマ収差W31が,従来のような対物レンズのNA=0.50及び透光性基体(透光性カバー)の厚さt=1.2mmの場合に得られるコマ収差W31の値と等価になるNA及びtを,4ケースについて求めた結果を下の第1表に示す。」(甲第2号証12頁6行〜10行)との記載によれば,第1表は,コマ収差の式(3)(甲第8号証439頁。コマ収差W31は,t×signα3すなわちt×NA3用に比例するとの式)を用いて,従来の(NA=0.50,t=1.2mm)の場合のコマ収差を評価指標とし,この従来の場合のコマ収差と等値になる透光性カバーの厚さと対物レンズの開口数を算出したもので,これを実験に基づくものとすることはできない。本願明細書には,第1表に記載された開口数の最大値である「0.70」が上限であるとの記載もない。
コマ収差は,透光性カバーの厚さが0.44mm以下でも従来値より小さくなることは明らかである(例えば,透光性カバーの厚さが0.29mmで,対物レンズの開口数が0.80でも従来と等価になる)。たとい,コマ収差が従来値を越えたとしても格別支障があるとはいえない。コマ収差は,小さいほどよいことは確かではあるものの,どの程度まで許容され得るかとの臨界点は,記録再生の条件によるのである。
原告が指摘する本願明細書(甲第2号証)の13頁8行〜14頁1行の記載は,ダストの悪影響は,カートリッジホルダー式あるいは固定式を採用すること,及び,対物レンズの開口数が大きいことにより何ら問題にならないことを示すだけである。
第5 当裁判所の判断
1 本願発明について
甲第2ないし第4号証によれば,本願発明の目的,構成,作用効果は,次のとおりであると認められる。
(1) 本願発明の目的
従来の光磁気ディスクシステムは,透明基体の片面に記録層を形成したディスク状の片面光磁気記録媒体と,ディスクに対して透明基体側に設けられたレーザ装置及び対物レンズから成る光学系と,ディスクに対して記録層側に設けられた磁界発生装置(磁気系)とから成り,光学系の対物レンズの開口数は0.50〜0.53に,透明基体の厚さは1.2mmに設定されていた。
これに対し,上記光学系,上記磁気系及びこれらの駆動系から成る光磁気ピックアップを,より小型にするために,上記光学系と上記磁気系とを一体にしてディスクの同一面側(透明基体側)に配置する装置が考えられ,記録情報量の増大化を図るため,両面に情報信号の記憶ができる,両面光磁気記録媒体が既に開発されており,この場合には,両面光磁気記録媒体に対し,光学系と磁気系とをディスクの同一面側に配置することになる。
しかし,光学系と磁気系とをディスクの同一面側に配置することとした場合,対物レンズの開口数が小さいと磁界発生装置と記録層との距離が大きくなり,充分な強度の磁界を印加することが困難である。このため,現行の技術では両面光磁気記録は極めて困難とされ,大容量化が阻まれていた。
(2) 本願発明の構成
(ア) 記録及び/又は再生のためのレーザビームが照射される記録層と,
(イ) この記録層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過する透光性カバーとを備えた光ディスクと,
(ウ) 上記レーザビームを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズとを具備する光ディスクシステムにおいて,
(エ) 上記透光性カバーの厚さが0.6〜0.44mmであり,
(オ) 上記対物レンズの開口数(NA)が0.55〜0.70である
(カ) ことを特徴とする光ディスクシステム。
(3) 本願発明の作用効果
本願発明は,その対物レンズの開口数が従来のもの(0.50〜0.53)よりも大きいことから,集束ビームの最小直径が,より小さくなって記録密度を大きくすることができる。また,対物レンズの有効径を一定とすれば,開口数が大きくなったことにより,焦点距離が短くなるので,磁気系とディスクとの距離を小さくすることができる。対物レンズの開口数を大きくすると,同レンズの厚みが増すものの,透光性カバーの厚さが従来の厚さ(1.2mm)よりも小さくなるので,厚みの増した対物レンズが光ディスクに接触することはない,との効果を奏する。
本願発明は,このようにレーザビームを集束する対物レンズの開口数をより大きくし,光ディスクの透光性カバーをより薄くしたため,より高密度な記録が可能となるとともに,両面記録も可能となり,大容量化を図ることができる。
2 本願発明と先願発明の構成の同一性について
(1) 審決の認定について
審決は,第2の3で述べたとおり,本願発明と先願発明とを対比して,「「記録及び/又は再生のためのレーザビームが照射される記録層と,この記録層を覆うように設けられているとともに上記レーザビームが透過する透光性カバーとを備えている光ディスクと,上記レーザビームを上記透光性カバーを介して上記記録層に集束する対物レンズとを具備する光ディスクシステム」である点」(審決書3頁27行〜32行)を一致点として認定し,両発明は,「相違点1 本願発明では,透明カバーの厚さを0.6〜0.44mmと限定しているのに対し,先願明細書に記載の発明では,高々数百ミクロンメートルとしている。」(審決書3頁33行〜36行)という点,及び,「相違点2 本願発明では,対物レンズの開口数(NA)を0.55〜0.70と限定しているのに対し,先願明細書に記載の発明では,0.6以上としている。」(審決書3頁37行〜4頁1行)という点で「一応相違する。」(審決書4頁2行)と認定した(この認定については,原告も争わない。)。
審決は,その上で,まず,相違点1について,「本願発明の透明カバーの厚さ0.6〜0.44oは600〜440μmであり,先願明細書に記載の発明の「ミクロンメートル」が「μm」であることは自明であるから,本願発明の透明カバーも,これに相当する先願明細書に記載の発明の保護膜もその厚さが数百μmである点では共通しており,この点は実質的な相違ではない。」(審決書4頁6行〜10行)と判断した。
(2) 先願明細書の記載について
(ア) 先願明細書の請求項2には,次の記載がある。
「レーザ光線の照射によって検出可能な複数の状態間を可逆的または非可逆的に変化する記録薄膜を単板基板の両面に備えた記録媒体,もしくは前記記録薄膜表面にさらに必要に応じて光学的に透明で高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層を形成して構成した記録媒体と,前記記録媒体を回転または移動させるための手段と,前記記録媒体の両側の面にそれぞれ近接して配置され,前記記録媒体の回転,移動に伴い周囲の環境ガスの抵抗によって所定の距離を保ちつつ浮上し前記記録媒体の各記録薄膜上に情報に応じた記録を行なう開口数0.6以上の対物レンズを搭載した光学的記録ヘッドとを備えた光記録装置。」(甲第7号証1頁左欄18行〜右欄11行。下線付加。)
(イ) 先願明細書の請求項2の上記記載によれば,同項には,「光学的に透明で高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層を形成して構成した記録媒体と,開口数0.6以上の対物レンズを搭載した光学的記録ヘッドとを同時に備えた光記録装置」が記載されていることは明らかである。
「高々」は,「十分に見積もっても。せいぜい。」といった意味の語であるから(甲第9号証(広辞苑第4版1568頁参照),「高々数百ミクロンメートル」とは「せいぜい数百ミクロンメートル」を意味するものである。
広辞苑第4版1362頁,1363頁には,「【数】・・・二〜三あるいは五〜六の少ない数を漠然と示す語。」,「【数個】二〜三個から五〜六個程度の個数をいう語。」,「【数刻】二〜三時間から五〜六時間程度の時間をいう語。」,「【数日】二〜三日から五〜六日ほどの日数をいう語。」との記載があり,大辞林1267頁,1268頁にも,「【数】・・・Aいくらかの。二,三の。五,六の。」,「【数個】二,三個から五,六個程度の個数。」,「【数刻】二,三時間から五,六時間程度の時間。」,「【数人】二,三人から五,六人程度の人数。」との記載がある。これらの記載により,「数」とは,2,3あるいは5,6の数を漠然と示す語であると認められる。そうすると,「高々数百ミクロンメートル」は,「せいぜい200〜300μmあるいはせいぜい500〜600μm」を漠然と意味するものと認められる(乙第二号証(広辞苑第2版補訂版1178頁,1179頁)によれば,「【数】・・・C三,四または五,六の程度の不確定数を示すのに用いる。」,「【数個】三,四個。四,五個。五,六個。」。「【数日】三,四日または五,六日。」等の記載があり,これによれば,「高々数百
ミクロンメートル」は,「せいぜい300〜400μmあるいはせいぜい500〜600μm」となる。しかし,広辞苑第4版が第2版の改訂版であること,及び,大辞林も広辞苑第4版と同趣旨の記載をしていることからすれば,広辞苑第4版及び大辞林の上記記載のとおり認めるのが相当である。)。
そうすると,先願発明の「高々数百ミクロンメートル」は,「せいぜい200〜300μm」,「せいぜい300〜400μm」,「せいぜい400〜500μm」,「せいぜい500〜600μm」のいずれかの意味か,あるいは,これらのいくつかないしはすべてを連続的に組合せた範囲の長さを意味するものと認められる。
(ウ) 次に,先願明細書の発明の詳細な説明を検討する。
先願明細書(甲第7号証)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある。
@「本発明の目的は従来よりも開口数の大きい光学系による記録を可能とし,かつ小形の装置で記録媒体を積層した構造を可能とすることで光記録でなければ達成され得ない超大容量記録装置を実現しようというものである。」(3頁右下欄4行〜9行)
A「本発明では記録膜面への光照射は各面とも記録膜側から行なうために記録膜の表面には硬度が記録膜よりも高く光学的に透明な高々数百ミクロンメートル厚,望ましくは100ミクロンメートル以下の厚さの耐摩耗層を形成した構成をとる。」(4頁右上欄2行〜6行)
B「保護層を設ける理由は一つには光学的な干渉効果を利用して反射率等の調整をするためであり,一つにはヘッドが衝突した際に記録膜を損傷から守るためである。従って,保護層には使用光源の波長にたいして光学的に透明であること,摩耗しにくいこと,例えば硬度が記録膜やスライダー材料に比べて高いことといった特性が必要である。」(5頁左下欄6行〜12行)
C「保護層の厚みは保護層の材質(屈折率)と,対物レンズの大きさ(有効径)とNAによって上限がある。」(5頁左下欄18行〜20行)
D「レンズの有効径を1ミリメートル程度,NAを0.5程度とするときレンズ設計上レンズ系のワーキングディスタンスが高々数百ミクロン程度が限度であることを考慮すると保護層の厚さもまた高々数百ミクロンメートルに抑えなければならない。」(5頁左下欄20行〜右上欄5行)
E「NAを大きくするためにはさらに薄くすることが必要であって望ましくは100ミクロンメートル以下にすること,理想的には10ミクロンメートル以下にすることが必要である。」(5頁左下欄5行〜右上欄8行)
F「本発明の第2のポイントは記録媒体の各面に浮上型の光学的記録ヘッド10を配置する点にある。前記光学的記録ヘッドはスライダー7と対物レンズ8とミラー9とから構成され・・・記録媒体の表面上に数ミクロンメートルから数十ミクロンメートルの空気層を介して浮上する・・・対物レンズは記録媒体の表面までの間隔が最小数ミクロン程度にすることができるので絞りレンズの口径を限界まで小さくすることができる。同様の理由で従来の0.5程度から0.6〜0.9程度NAの大きい対物レンズを用いることが可能になり記録密度の向上を図ることができる。」(5頁右下欄9行〜6頁左上欄7行)
(エ)@ 上記Dの記載(先願明細書の記載Gの前半)中の「高々数百ミクロンメートル」は,対物レンズの開口数を「0.5程度とするとき」の保護層の厚さであって,その開口数を「0.6以上」とするときの厚さではないから,請求項2の発明(ここでは,開口数は「0.6以上」とされている。)に対応する実施例の記載ではない。
上記Eの記載(先願明細書の記載Gの後半)の意味するところが,対物レンズの開口数すなわち「NAを0.5程度よりも大きくするためには,保護層の厚さを,「高々数百ミクロンメートル」よりもさらに薄くすることが必要であって「望ましくは100ミクロンメートル以下」にすること,「理想的には10ミクロンメートル以下」にすることが必要である。」というものであることは,文脈と文言に照らして明らかである。これにより,先願発明においては,レンズの有効径を1ミリメートル程度とし,対物レンズの開口数を0.5よりも大きくした場合(本願発明の開口数は,0.55〜0.70である。)には,保護層の厚さは,対物レンズの開口数を0.5程度とするときの最大厚さである「高々数百ミクロンメートル」よりも,さらに,薄くすることが必要である,と解されているものと認められる。
A 上記Aには,対物レンズの開口数,レンズの有効径についての記載はなく,単純に,「本発明では・・・記録膜の表面には・・・光学的に透明な高々数百ミクロンメートル厚,望ましくは100ミクロンメートル以下の厚さの」との記載がある。この記載によれば,先願発明において,保護層の厚さは,「100ミクロンメートル以下の厚さのもの」が望ましいとされていることが明らかである。しかし,その上限である「高々数百ミクロンメートル」が,200ないし300μm,300ないし400μm,400ないし500μm,あるいは500ないし600μmの範囲の数値中,100μmに近い,200ないし300μmあるいは300ないし400μmの低い方の数値であるのか,500ないし600μmの高い方の数値であるのかを,この記載自体から明らかにすることはできない。
B 先願明細書の請求項2においては,保護層の「高々数百ミクロンメートル」の厚さ,対物レンズの「0.6以上」の開口数に加え,光学的記録ヘッドが「環境ガスの抵抗によって所定の距離を保ちつつ浮上」することも構成要件とされている。したがって,先願発明においては,光学的記録ヘッドが「浮上する所定の距離」も考慮する必要がある。
上記Fの記載によれば,先願発明においては,浮上型の光学的記録ヘッドを配置することにより,光学的記録ヘッドは記録媒体の表面から数ミクロンメートルから数十ミクロンメートル浮上し,記録媒体の表面から対物レンズまでの間隔(ワーキングディスタンス)を最小数ミクロン程度にすることができることから,開口数が0.6〜0.9の対物レンズを用いることができる旨が記載されている。これは,請求項2の「環境ガスの抵抗によって所定の距離を保ちつつ浮上し」に対応するものである。このとき,対物レンズの開口数は0.6〜0.9であり,ワーキングディスタンスが数十ミクロンメートルから最小数ミクロンメートルであることが認められる。しかし,このときの保護層の厚さについては全く記載がなく,「高々数百ミクロンメートル」かどうかも不明である,といわざるを得ない。
C 上記のとおり,先願発明の上記記載D,E及びFのいずれも,請求項2の「開口数0.6以上の対物レンズ」を前段とした場合の「高々数百ミクロンメートルの厚さの保護膜」の意味を明確にするものではない。また,上記記載Aは,「高々数百ミクロンメートル」が,200〜300μmから500〜600μmの範囲の数値のうち,低い方の数値を含むことを明確にするものではあるものの,上限の数値についての十分な手掛かりとなるものではない。
(オ) 以上によれば,先願明細書の発明の詳細な説明を検討しても,先願発明の「高々数百ミクロンメートル」が,「せいぜい200〜300μm」,「せいぜい300〜400μm」,「せいぜい400〜500μm」及び「せいぜい500〜600μm」のうちのいずれかの意味か,あるいは,これらのいくつかないしはすべてを連続的に組み合せた範囲の数字の意味であるかは明らかではなく,確実にいい得るのは,100μmに近い方の数値が望ましいということだけである。
特許法29条の2は,「特許出願に係る発明が当該特許出願前の日前の他の特許出願・・・の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明・・・と同一であるときは,その発明については,・・・特許を受けることができない。」と規定しているのであるから,「同一である」ことを立証すべき責任は,被告(特許庁長官)にあるというべきであり,先願発明の要件の解釈が多義にわたり,その内容を確定することができない場合は,この発明をもって,本願発明と同一の発明であると認定することはできないことが明らかである。本件の場合,前記のとおり,先願発明の「高々数百ミクロンメートル」を「せいぜい200〜300μm」,「せいぜい300〜400μm」,「せいぜい400〜500μm」,「せいぜい500〜600μm」,「せいぜい400〜600μm」あるいは「せいぜい200〜600μm」のいずれかの意味であると解すべき積極的な根拠が先願明細書には見当たらないのであり,これを「せいぜい200〜300μm」,「せいぜい300〜400μm」あるいは「せいぜい200〜400μm」と解釈すべき十分な可能性が残されている以上,先願発明を,本願発明の「0.6〜0.44o」の透光性カバー(保護層)を具備していると認めることはできず,本願発明と同一の発明と認定することはできない。
したがって,先願発明の「高々数百ミクロンメートル」を,本願発明の透光性カバーと,「その厚さが数百μmである点では共通しており,この点は実質的な相違ではない。」(審決書4頁9行〜10行)とした審決の認定は,誤りである,といわざるを得ない。
3(1) 被告は,先願明細書の請求項2には,光学的に透明で高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層を形成した記録媒体と,開口数0.6以上の対物レンズを搭載することが記載されている,「高々数百ミクロンメートル」は「500〜600μm以下」の意味であり,その上限「高々数百ミクロンメートル」は本願発明の「440〜600μm」に包含される,と主張する。
しかし,先願明細書の請求項2に記載されている「高々数百ミクロンメートルの厚さの保護層」の「数百ミクロンメートル」は多義的であり,本願発明の「透光性カバーの厚さが0.6〜0.44o」との要件を具備するものであると認定することはできず,両者が「数百μmである点では共通しており」(審決書4頁9行〜10行)との審決の認定が誤りであることは上記のとおりである。被告の主張は採用することができない。
(2) 被告は,原告が二つの発明が記載されているとする記載Gには,先願発明のうち,レンズの有効径が1ミリメートル程度の場合における,複数の異なる態様を例示したものにすぎない,と主張する。
しかし,先願明細書の記載Gには,被告主張のとおり,先願発明のうち,レンズの有効径が1ミリメートル程度の場合における,複数の異なる態様が例示されているにすぎないものであるということはできるものの,先願明細書の記載Gには,「NAを(判決注・0.5よりも)大きくするためには」,保護層の厚さは,高々百ミクロンメートルよりも「さらに薄くすることが必要であって望ましくは100ミクロンメートル以下にすること,理想的には10ミクロンメートル以下にすることが必要である」との記載があるにすぎないことは前記のとおりである。そして,先願明細書には,レンズの有効径を他の大きさにした場合についての記載はないのであるから,レンズの有効径が他の大きさの場合に,保護層の厚さが,「高々数百ミクロンメートル」の数値範囲のうち,大きい方の数値範囲のものであることを推認させるような記載は,先願明細書には存在しないのである。結局,先願明細書の他の箇所を参照しても,保護層の厚さ「高々数百ミクロンメートル」について,本願発明の「0.6〜0.44o」が含まれることを認め得るような記載はなく,被告の上記主張は,前記結論を左右するものではない。
(3) 被告は,その他種々の主張をするものの,これらは,いずれも,本願発明と先願発明との保護層と対物レンズに関する観点の相違,及び,本願発明の臨界的な技術的意義に関する原告の主張に対する反論にすぎないものである。
前記のとおり,先願発明の保護層の厚さの「高々数百ミクロンメートル」を,本願発明の透光性カバーの厚さの「0.6〜0.44o」を包含するものと認定することはできない以上,そもそもこれらの点について論じる必要がないことは明らかである。
4 結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がある。よって,原告の請求を認容することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 高 瀬 順 久