H15. 4.14 東京高裁 平成13(行ケ)262 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第262号 審決取消請求事件(平成15年3月31日口頭弁論終結)
          判         決
       原      告   ローム株式会社
       訴訟代理人弁護士   村 林 隆 一
       同          松 本   司
       同          岩 坪   哲
       同    弁理士   石 井 暁 夫
       同          東 野   正
       同          西   博 幸
       同          川 崎 勝 弘

       被      告   アオイ電子株式会社
       訴訟代理人弁護士   潮   久 郎
       同          伊 原 友 己
       同    弁理士   澁 谷   孝
       同          須 藤 阿佐子
       同          藤   文 夫
          主         文
      特許庁が平成11年審判第35678号事件について平成13年4月20日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨

第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
  (1) 原告は,名称を「サーマルヘッド用印刷回路基板」とする特許第2103950号発明(昭和63年6月23日出願,平成8年7月30日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
    被告は,平成11年11月18日,本件特許の無効審判を請求し,同請求は,平成11年審判第35678号事件として特許庁に係属し,原告は,平成12年3月27日,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の訂正を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成13年4月20日,「訂正を認める。特許第2103950号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年5月11日,原告に送達された。

  (2) 原告は,平成13年6月11日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提起した後,平成14年12月7日,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の訂正(以下「本件訂正」という。)をする訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2002−39263号事件として審理した結果,平成15年2月6日,本件訂正を認める旨の審決(以下「訂正審決」という。)をし,その謄本は,同月18日,原告に送達された。
 2 本件明細書の特許請求の範囲の記載
  (1) 本件訂正前のもの
   【請求項1】絶縁基板上に,発熱抵抗体を形成するとともに,この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において,
    前記導体パターンの末端部には幅広のボンディングパッド部を形成し,該ボンディングパッド部の表層が無機金ペーストよりなる層とすることを特徴とするサーマルヘッド用印刷回路基板。

  (2) 本件訂正に係るもの(訂正部分には下線を付す。)
   【請求項1】アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に,発熱抵抗体を形成するとともに,この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において,
    前記導体パターンの末端部には幅広のボンディングパッド部を形成し,該ボンディングパッド部の表層を,ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層とすることを特徴とするサーマルヘッド用印刷回路基板。
 3 本件審決の理由
   本件審決は,本件発明の要旨を,本件訂正前の本件明細書の特許請求の範囲記載のとおりと認定した上,本件発明は,その出願日前に頒布された刊行物である特開昭62−49640号公報及び特開昭61−89655号公報に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,同法123条1項2号に該当し無効とすべきものであるとした。

第3 原告主張の審決取消事由
   本件審決が,本件発明の要旨を本件訂正前の本件明細書の特許請求の範囲記載のとおりと認定した点は,訂正審決の確定により特許請求の範囲が上記のとおり訂正されたため,誤りに帰したことになる。本件審決は本件発明の要旨の認定を誤った違法があり,取り消されなければならない。
第4 被告の主張
 1 無効審決取消訴訟の係属中に特許請求の範囲を減縮する訂正審判がされた場合において,当該無効審決を当然に取り消すべきものと解することは,特許請求の範囲のさ細な減縮をする訂正審判の繰り返しにより,無効審決の確定を長期にわたって阻止することを可能とし,特許法の趣旨目的に根本的に背馳する。
   本件において,原告は,請求棄却が必至と見て,無効審決である本件審決の確定を阻止すべく,審理終結の段階に至って訂正審判の申立てに及んでおり,訂正審決が確定したとの一事をもって本件審決を取り消すと,これまでの訴訟における審理を無駄にすることとなって相当ではない。

 2 上記のとおり,無効審決取消訴訟の係属中に特許請求の範囲を減縮する訂正審決がされた場合において,当該無効審決を当然に取り消すべきものとするのが最高裁判決(最高裁平成11年3月9日第三小法廷判決・民集53巻3号303頁,最高裁平成11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号231頁)の立場であるとしても,訂正審決により特許請求の範囲が減縮されない場合については,これら判決の射程外であり,無効審決を当然に取り消すべき場合には当たらない。そして,特許請求の範囲が減縮されたかどうかは,特許庁ではなく,無効審決の取消訴訟が係属する裁判所において判断すべき事柄である。
 3 本件において,訂正審決は,本件明細書の特許請求の範囲中「該ボンディングパット部の表層が無機金ペーストよりなる層とする」を「該ボンディングパット部の表層を,ガラスエポキシ材との間での組合わせワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層とする」とする訂正が特許請求の範囲の減縮に当たるとした。しかしながら,ボンディングパット部の無機金ペーストをどのような材料との組合せの下でワイヤボンディングを行う対象とするかは,本件訂正前の本件発明に包含された事項とは認められない。本件訂正に係る本件明細書の実施例の欄では,従来の記載をそのまま維持した上,これに続けて「本件発明では,ガラスエポキシ材との間で組合せワイヤボンディングを行う」との記載を挿入している。これについて,原告は,本件訂正前の本件発明の実施例として,導体パターンをアルミナセラミック基板に形成し,ICはガラスエポキシ等の異種材料に搭載したものが存在していたが,図面には表示されていなかったとして,本件訂正に係る本件発明が本件訂正前の本件発明の実施例であるかのように主張するけれども,そのような実施例の記載はない。訂正審決は,本件訂正前の本件発明に包含されず,その発明の効果として記載されていたにすぎないものを,新たに特許請求の範囲に含ませるものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。
第5 当裁判所の判断
 1 無効審決取消訴訟の係属中に当該特許権について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には,当該無効審決は取り消されなければならないことは,判例(最高裁平成11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号231頁)とするところである。
   被告は,このような判例の立場について,特許請求の範囲のさ細な減縮をする訂正審判の繰り返しにより無効審決の確定を長期にわたって阻止することを可能とし,特許法の趣旨目的に根本的に背馳すると主張するところ,特許権者が,このように不当な訂正審判を繰り返す行為に出たような場合にあっては,これを違法と解すべき余地があるとしても,記録に照らせば,本件がこのような場合に当たらないことは明らかであるから,被告の主張は採用することができない。

   また,被告は,原告が審理終結の段階に至って訂正審判の申立てに及んだこと,本件審決を取り消すとこれまでの訴訟における審理が無駄になることも主張するが,このような事情があるからといって,訂正審決の確定により本件発明の要旨が変更されたのに,これを無視して,本件訂正前の本件発明に係る本件特許を無効とする旨の本件審決を維持し,原告の請求を棄却すべきものということはできない。
 2 無効審決取消訴訟の係属中に訂正審決が確定した場合において,当該無効審決を当然に取り消すべきときは,その訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするときに限られるのであって,その余の場合においては,上記判例の射程が及ぶものではない。そして,被告の主張するとおり,その訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするかどうかは,無効審決取消訴訟の係属する裁判所が判断すべき事柄であって,当該裁判所が訂正審決の理由中における特許庁の判断に拘束されると解すべき根拠はない。

 3 しかしながら,本件において,訂正審決は,上記第2の2のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の記載中,「絶縁基板」を「アルミナセラミックよりなる絶縁基板」と,「該ボンディングパット部の表層が無機金ペーストよりなる層とする」を「該ボンディングパット部の表層を,ガラスエポキシ材との間での組合わせワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層とする」と,それぞれ訂正するものであるところ,この訂正は,「絶縁基板」の構成についてその材質を特定し,「ボンディング」の構成について一方の部材を特定するものとして,いずれも,その構成を更に限定するものであって,訂正前の構成に新たな構成を付加する,いわゆる外部的付加ではないから,本件訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とすることは明らかである。
   被告は,ボンディングパット部の無機金ペーストをどのような材料との組合せの下でワイヤボンディングを行う対象とするかは,訂正審決前の本件発明に包含された事項とは認められないとして,本件明細書における発明の詳細な説明の記載等について主張する。しかしながら,本件訂正がいわゆる外部的付加に当たらず,本件訂正に係る本件発明が本件訂正前の本件発明に包含されるものであり,本件訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは,上記のとおり明らかであって,これを反対に解すべき根拠はうかがわれない。また,本件訂正に係る本件発明が本件訂正前の本件明細書に記載されていたことは,訂正審決が適法であることの要件であって,本件訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするかどうかとは関係がない。この点でも,被告の主張は失当である。

 4 そうすると,訂正審決により本件明細書の特許請求の範囲が上記のとおり訂正され,本件訂正によって本件明細書の特許請求の範囲は減縮されたことが明らかである。
   したがって,本件審決が本件発明の要旨を本件訂正前の本件明細書の特許請求の範囲記載のとおりと認定したことは,結果的に本件発明の要旨の認定を誤ったこととなり,この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官   篠  原  勝  美

            裁判官   岡  本     岳

            裁判官   長  沢  幸  男