H15. 2.26 東京高裁 平成13(ネ)3453 特許権 民事訴訟事件

平成13年(ネ)第3453号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成11年(ワ)第2931号)(平成14年12月9日口頭弁論終結)
          判          決
       控訴人        A
       控訴人        B
       控訴人        C
       3名訴訟代理人弁護士 千原 曜
       同          町 田 弘 香
       同          木 下 直 樹
       同          松 井 清 隆
       同          泊   昌 之
       同          松 村 昌 人
       同          蓮 見 和 也
       同          松 尾 慎 祐

       同          上 田 直 樹
       同          久 保 健一郎
       同          望 月 賢 司
       同          光 岡 健 介
       被控訴人       株式会社トライテックス
       訴訟代理人弁護士   岡 田 春 夫
       同          小 池 眞 一
       同          石 井 靖 子
       同          矢 倉 信 介
       補佐人弁理士     北 村 修一郎
       同          橋 本   薫
          主          文
      本件控訴をいずれも棄却する。
      控訴費用は控訴人らの負担とする。
          事実及び理由

第1 控訴の趣旨
   1 原判決を取り消す。
   2 被控訴人は,原判決別紙原告目録1,同2記載の物件を製造し又は販売してはならない。
   3 被控訴人は,控訴人Aに対し6187万円,控訴人B及び控訴人Cに対しそれぞれ3094万円並びにこれらに対する平成10年12月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
   4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
    控訴人らは,名称を「車輌在庫情報システム」とする発明(特許第2747477号,以下,請求項1記載の発明を「本件発明1」,請求項2記載の発明を「本件発明2」,これらを併せて「本件各発明」といい,その特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である。本件は,原判決別紙原告目録(以下「控訴人目録」という。)1,同2記載の各物件として特定される「WIFE」という名称の車輌在庫情報システム(DOS版とWINDOWS版。以下,併せて「被控訴人システム」という。)を製造,販売する被控訴人の行為が控訴人らの本件特許権を侵害するとして,控訴人らが,被控訴人に対し,上記各物件の製造,販売の差止め並びに特許法65条1項に基づく補償金及び不法行為に基づく損害賠償金(控訴人Aにおいて,補償金5700万円及び損害賠償金487万円の合計6187万円,控訴人B及び同Cにおいて,それぞれ補償金700万円及び損害賠償金2394万円の合計3094万円。ただし,損害賠償金につき,上記各金額を超える部分はいずれも当審において請求減縮)の各支払を求めている事案である。

    原審は,被控訴人システムに係る控訴人目録1,2記載の各物件は,本件各発明の技術的範囲に属さないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
    当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1,2のとおりであるから,これを引用する。
 1 原判決の訂正
    原判決35頁15行目の「平成9年」を「平成10年」に改め,同24行目の「5000万円」の次に「のうち487万円」を加え,同24行目〜25行目の「1億0700万円」を「6187万円」に改め,同末行の「5000万円」の次に「のうち2394万円」を加え,36頁1行目の「5700万円」を「3094万円」に改める。なお,原判決3頁10行目〜11行目に「本判決末尾添付の特許公報」とあるが,脱漏しているので,これを本判決末尾に添付する。

 2 控訴人らの当審における主張
   (1) 原判決は,「『電源をオフする』の語の本来の意味は,『機械的オフ』すなわち,電源を切断することのみを指し,スリープ状態ないしサスペンド状態はこれに含まれない」(原判決40頁第1段落)とするが,情報処理システム業界に属する通常の者の理解からすれば,本件各発明の特許請求の範囲の記載における「電源をオフする」との文言は,省電力状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)を含むものである。
      一般的に,情報処理システム業界において,「電源をオフする」との概念は,多義的である。すなわち,「機能が停止されたスリープ状態」「主電源による電源供給が停止され,ハードディスク上にデータが待避されているサスペンド状態」「主電源のみならず内蔵電源も落とされている状態」「主電源及び内蔵電源のみならずパソコン内蔵時計への微弱電源供給も停止された状態」等があり,いずれも「電源をオフする」に当たるものと解される。通常の用法として一義的ではない表現については,特許請求の範囲の記載及び実施例を参考にしながら総合的に解釈すべきである。それにもかかわらず,原判決は,これらの記載を無視して,国語の通常の用法に重点を置いて上記のように解釈したものであるが,説得力に欠ける。

      また,本件各発明における「電源をオフする」との概念は,「立ち上げ」に対する反対概念である。ここで,「立ち上げ」の意味は,端末を稼働状態にするというものであるから,その反対概念である「電源をオフする」との概念は,その余の状態を含むものと解するのが合理的である。仮に,センターが端末から情報を吸い上げる処理をした後,端末の装置を完全に電源供給を遮断する状態にしたとすると,その後の配信処理の際に端末を立ち上げて情報処理をすることができなくなってしまう。本件各発明においては,元来,吸い上げ処理後に再度立ち上げ処理をすることができる程度の電源オフをも想定しているものである。具体的には,コンピュータ本体の自動立ち上げ用のリモート電源装置に微弱な電流が流れているがコンピュータ本体に電流が流れていない状態はもとより,ISDNボード「機能が停止されたスリープ状態」「主電源による電源供給が停止され,ハードディスク上にデータが待避されているサスペンド状態」をも包含している。
      さらには,本件各発明において,センターが各端末の「電源をオフする」理由は,「センターに接続される端末が増えてセンター側の処理時間が長くなると,この間各端末は強制的にオン状態となり続ける。したがって,不必要に端末側が強制稼働されることになり,端末側の利用に制約を受ける」(本件明細書の発明の詳細な説明【0005】)との課題を解決するためである。すなわち,センターが各端末を不必要に強制稼働せず,その利用を制約しないことを目的とするものであるから,センターが車輌情報マッチング処理手段を行っている際に,各端末が完全に電源オフになっている状態である「機械的オフ」であることを要求するものではない。むしろ,電源オフ後にセンターの配信処理によって配信されたデータを記憶すべく立ち上げ可能な省電力状態,具体的には,当該端末において一定時間データ入力等がない場合に,端末装置内部の周辺機器への電力供給を遮断したり,CPUのクロック周波数を下げる状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)をも想定しているものである。
   (2) 原判決は,「本件各発明の出願時の技術常識としては,センターからの指示により端末の電源をオフする方法と端末自身が電源を処理する方法とが知られ」(原判決42頁最終段落)と認定しながら,本件各発明において,「『端末の電源をオフする』行為の主体は『センター』である」(同)と判断した理由が明らかではない。むしろ,上記両者の方法が知られていたのであるなら,本件各発明は,上記の点に特徴はなく,端末の電源がオフの状態で「特許請求の範囲」に記載された各操作を達成することに特徴がある。
   (3) 上記(2)のとおり「本件各発明の出願時の技術常識としては,センターからの指示により端末の電源をオフする方法と端末自身が電源を処理する方法とが知られ」(原判決42頁最終段落)ているのであれば,「センターからの指示により端末の電源をオフする方法」に代えて「端末自身が電源を処理する方法」を採用することは,一方の公知の方法に代えて他方の公知の方法を採用することにほかならず,当業者にとって極めて容易にし得る置換であり,均等の範囲内のものである。

 3 被控訴人の反論
   (1) 「電源をオフする」には,省電力状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)を含むという見解は,独自の見解であり,情報処理システム業界に属する通常の者の見解ということはできない。
      また,「立ち上げ」の反対概念の中に「電源をオフする」との意味が含まれるから,「電源をオフする」との構成は「立ち上げ」以外の状態にする機能実現手段をすべて意味するとの主張は,論理として成り立たないトートロジーにすぎない。
   (2) 原判決の認定する「本件各発明の出願時の技術常識としては,センターからの指示により端末の電源をオフする方法と端末自身が電源を処理する方法とが知られ」(原判決42頁最終段落)との技術水準を前提にすれば,本件発明1の「センターに・・・端末の電源をオフする・・・処理手段・・・を備え」との構成及び本件発明2の「センターは・・・端末の電源をオフする・・・処理手段とを備え」との構成を,センターからの指示により端末の電源をオフするものと解釈するのは当然である。

   (3) 控訴人らは,出願時の置換容易性のみを主張するが,主張自体あいまいである上,「センターからの指示により端末の電源をオフする方法」に代えて「端末自身が電源を処理する方法」を採用することは,最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁の掲げる均等成立のための5要件中,第1,第4,第5要件を満たさないことが明らかである。
第3 当裁判所の判断
   当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断するが,その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 争点(2)について」の項のとおりであるから,これを引用する。
 1 控訴人らの当審における主張について
   (1) 控訴人らは,情報処理システム業界に属する通常の者の理解からすれば,本件各発明の特許請求の範囲の記載における「電源をオフする」との文言は,省電力状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)を含むものであると主張する。しかしながら,広辞苑第5版(甲47−2)には,「オフ」の語義として「スイッチや機械などが停止中のこと」との記載が,経済産業省作成の「国際エネルギースタープログラム制度運用細則」(甲54)には,コンピュータ及びディスプレイ等に関し,「低電力モード:一定時間動作が行われなかった後,自動的に切り替えられ実現される低電力状態をいう・・・ディープスリープモード:低電力モードに移行後,引き続き動作が行われなかった場合,自動的に切り替えられ連続的に実現される第二の低電力状態をいう」(5頁),「オフモード:複写機が適切に電源に接続され,自動オフ機能によって電源を切った状態をいう」(11頁)との記載があり,加えて,原判決の引用する,名称を「遠隔電源制御装置」とする発明に係る公開特許公報(特開昭52−79841号,乙45)の記載(原判決39頁20行目〜40頁9行目)を併せ考えると,本件各発明における「電源をオフする」の技術的意義は,電源を機械的にオフすること,すなわち,電源を切断することであり,控訴人ら主張の省電力状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)はこれに含まれないと解するのが相当である。
      また,控訴人らは,本件各発明における「電源をオフする」との概念は,「立ち上げ」に対する反対概念であり,「機能が停止されたスリープ状態」「主電源による電源供給が停止され,ハードディスク上にデータが待避されているサスペンド状態」をも包含すると主張するが,そのように解すべき根拠を見いだすことはできない。
      さらに,控訴人らは,本件各発明において,センターが各端末の「電源をオフする」理由は,センターが各端末を不必要に強制稼働せず,その利用を制約しないことを目的とするものであるから,センターが車輌情報マッチング処理手段を行っている際に,各端末が完全に電源オフになっている状態である「機械的オフ」であることを要求するものではないと主張する。しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明の「請求項1の構成によれば・・・車輌情報マッチング処理手段が新たなマスターデータを作成しているときには,各端末に対する電源はオフ状態になっているので,センターが各端末を不必要に強制稼働することがなくなる」(【0010】),「請求項2の構成によれば・・・センターが新たなマスターデータを作成する際,各端末の電源はオフ状態となっているため,センターは各端末を不必要に強制稼働することがない」(【0011】)との記載に照らせば,本件各発明は,「電源をオフする」構成が上記作用効果を奏することにより上記目的を達成するとの技術的思想を有するものであって,省電力状態(スリープ状態ないしサスペンド状態)をも想定しているものでないことは明らかである。

       したがって,原判決の「原告目録1,2を前提にしても,被告システムは稼働状態にある端末を微弱な電流が流れているスリープ状態ないしサスペンド状態にするものであって,上記の意味(注,『機械的オフ』,すなわち端末装置への電力の供給を遮断して,完全にその機能を停止させること)での『電源をオフする』ものではないから,本件各発明の上記各構成要件(注,本件発明1の構成要件(B),(D),本件発明2の構成要件(K),(M))を充足しない」(原判決40頁第2,第3段落)とした判断に誤りはなく,控訴人らの上記主張は採用することができない。
   (2) 控訴人らは,「本件各発明の出願時の技術常識としては,センターからの指示により端末の電源をオフする方法と端末自身が電源を処理する方法とが知られ」(原判決42頁最終段落)と認定しながら,本件各発明において,「『端末の電源をオフする』行為の主体は『センター』である」(原判決42頁最終段落)と原判決が判断した理由が明らかではないと主張する。しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の「センターに・・・端末の電源をオフする・・・処理手段・・・を備え」との記載及び【請求項2】の「センターは・・・端末の電源をオフする・・・処理手段とを備え」との記載によれば,「端末の電源をオフする」行為の主体が「センター」であることは,上記各請求項の文言上明らかである。したがって,控訴人らの上記主張も理由がない。

   (3) 控訴人らは,「センターからの指示により端末の電源をオフする方法」に代えて「端末自身が電源を処理する方法」を採用することは,当業者にとって極めて容易にし得る置換であり,均等の範囲内のものであるとも主張するところ,上記主張は,被控訴人システムが「端末自身が電源を処理する方法」を採用していることを前提とするものである。しかしながら,被控訴人システムに係る控訴人目録1は,「センターは・・・該『WIFE』をスリープ状態にする」,「センターの車輌情報配信処理手段は・・・該『WIFE』をスリープ状態にする」構成を有するもの,同控訴人目録2は,「グループセンターは・・・該『WIFE』を,微弱な電流が流れている省電力状態(スリープ状態またはサスペンド状態)にする」,「グループセンターの車輌情報配信処理手段は・・・該『WIFE』を,微弱な電流が流れている省電力状態(スリープ状態またはサスペンド状態)にする」構成を有するもの,すなわち,センターが電源を処理する構成を有するものとして被控訴人システムを特定しているのであって,控訴人らの主張に係る「端末自身が電源を処理する方法」を採用したものは上記各目録に特定された構成を有しないことが明らかである。したがって,控訴人らの上記主張は,前提において,それ自体失当というほかない。
 2 結論
   以上のとおり,控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所第13民事部


         裁判長裁判官     篠  原  勝  美

                   裁判官     岡  本     岳

                   裁判官     宮  坂  昌  利