◆H15. 1.28 東京高裁 平成13(行ケ)361 特許権 行政訴訟事件
平成13年(行ケ)第361号 審決取消請求事件
平成15年1月14日 口頭弁論終結
判 決
原 告 A
被 告 特許庁長官 太 田 信一郎
指定代理人 栗 田 雅 弘
同 舟 木 進
同 大 橋 良 三
同 涌 井 幸 一
同 大 野 克 人
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成8年審判第18063号事件について平成13年7月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成5年11月8日,発明の名称を「圧力場に空間を創出し,空間と置換する流体の運動により仕事を得る方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成5年特許願第303394号。以下「本願出願」という。)をし,平成8年9月12日拒絶査定を受けたので,同年10月25日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成8年審判第18063号として審理し,その結果,平成13年7月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月18日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面参照)
「【請求項1】水深Hでの高圧が負荷されている状況下において,先ず,第1の作業物である水35を熱ポンプ32を用いて氷結固化させ,これによって生じる体積の増加により高圧状態の水24を排除(揚水・排水)して新たな第1の空間を創出させる。一方,前記水35から奪った熱を別の液体作業物38に作用させて温度上昇させ,これによって生じる体積膨張により高圧状態の水24を排除して新たな第2の空間を創出させる。次に前記液体作業物38の熱により前記氷結固化した水35の融解を行い,これによって水35の体積を縮小させることで前記第1の空間に高圧状態の水24を流入置換させ,その際の仕事を発電機25で取り出す。一方,前記液体作業物38の残留熱量を装置C外に排熱することで該液体作業物38の温度を元の温度に復帰させ,これによって液体作業物38の体積を縮小させることで前記第2の空間に高圧状態の水24を流入置換させ,その際の仕事を発電機25で取り出す。以上からなることを特徴とする圧力場に空間を創出し,空間と置換する流体の運動により仕事を得る方法。」
(請求項2ないし7は省略。)
3 審決の理由
審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願発明の目的は,「地球資源を枯渇させず,人類が必要とするエネルギ・燃料・熱量を充分に供給し続ける方法を提供することを課題として,特許請求の範囲の請求項1に記載された構成により,その課題を解決すること。」であるものの,本願発明は,この目的を達成することができないものであるから,特許法29条柱書きに規定する「産業上利用することができる発明」に該当するものということができない,と判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,「エネルギー保存の法則」若しくは「熱力学の第一法則」を前提として,本願発明における装置Cのエネルギー収支を検討し,本願発明が特許法29条柱書きに規定する「産業上利用することができる発明」に該当しない,と判断した。しかし,「エネルギー保存の法則」若しくは「熱力学の第一法則」自体が誤った考えであるから,審決はその前提において誤っており,違法として取り消されるべきである。
1 本願発明における装置Cのエネルギーの収支は,次のとおりである。
装置Cが必要とするエネルギーは,熱ポンプ稼働に要する電力のみである。そのために必要な電力量は,水の融点が,加えられる圧力に応じて低下するものであるため,高圧の下では相当な低温に冷却しなければならず,相当量の熱量を移動させる必要があるものの,移動させる熱量の成績係数分の1の熱量相当量とされる電力量で足りる。
これに対して,得られる仕事量は,創出した空間の体積と,深さの距離である水頭(判決注・単位体積の水のもつ機械的エネルギーを水の高さで示したもの。)との積の電力量であるから,深い位置程得られる電力量は大きくなる。
したがって,深い位置で本願発明の装置Cを稼働させれば,熱ポンプ稼働電力量に相当する電力は,融解による作業物の体積縮小により創り出す第1の空間に流入する水量で得られるので,第2の空間で得られる余剰の電力を,ほかの用途に使用することができる。
なお,増圧器の原理を利用すれば,任意の深さの位置で,必要な深さの圧力を創り出すことができる。
2 エネルギー保存の法則から導かれる「エネルギー一定の法則」により,外からエネルギーを与えなければ,外にエネルギーを取り出すことはできない,といわれており,永久機関を作ることは不可能であるとされていた。しかし,熱学的な現象に力学的現象が加わるときには,力学的エネルギー保存の法則は成り立たなくなり,エネルギー一定の法則は否定されるのである。そこで,熱学的現象も含め,いかなる場合にも永久機関は存在し得ないというために,「熱力学の第一法則」が改めて提唱されたものである(「教養物理學」(原島鮮著,昭和29年3月31日第1版発行,甲第4号証。以下「甲4文献」という。))。本願出願に対する拒絶理由に明記された「エネルギー一定の法則」は,甲4文献等の物理学の書籍で否定されており,科学技術の常識とはいえないのである。本願発明は,「深さの位置エネルギー」の存在を発見して,自然の現象に則して発明された「可逆機関の発明」であり,これを,架空の,自然現象に反する現象を記述している「エネルギー保存の法則」という仮説で否定することはできない。
3 「熱力学の第一法則」は,「エネルギー保存の法則」を真に科学上の法則と信じる観念論の信奉者により創出された哲学的思考であり,自然現象と相違するものである。自然現象では,熱は作業物に出入りして作業物が仕事をする原因となっている。しかし,自然界において熱そのものが直接(何も介せず)エネルギーに変換している現象は,見当たらないのである。にもかかわらず,「熱力学の第一法則」は,熱がエネルギーに変換するものであるとして,その現象を説明する論証を,熱の温度が水の高さに相当し,水の質量に当たるものは「エントロピー」(判決注・熱量と温度に関しての物質系の状態を表す熱力学的量の一つ)であるとして,縦軸に温度を,横軸にエントロピーを目盛りとするグラフを作成し,熱の温度目盛りとエントロピーの目盛りに囲まれた熱の量が,仕事の量に変換する,とし,熱とエネルギーは等しいとしている。この見解は,近代科学の最高峰の学問である,との評価を得ているものである。
しかし,この熱=エネルギーとしての論説は,自然界では熱≠エネルギーであるから,観念論にすぎず,空論である。これは,以下の各事実からも明らかである。
@ 高空での,水滴の位置エネルギーと付近の大気に移動した熱量とは共に存在しているものである(原告著作の論文「エネルギー一定の法則の数値的考察より永久熱源の存在について」,甲第2号証参照。以下「甲2文献」という。)。
A 氷の膨脹の仕事は,水の内部熱量を奪ってなされているので,熱がなくても膨脹の仕事が行われる。すなわち,高圧を受ければ,水は氷点を下げて,加えられた圧力に応じた温度で氷結する。氷結すれば体積が増加するのは否定できず,増加した容積の圧力を排除する事実も否定することができない。熱を奪われて圧力を排除する仕事の量と,奪う必要熱量の係数が示されているのであるから,熱≠エネルギーの証拠になるものであることは否定できないものである(「物理化学の基礎」(西川勝・渡辺啓共著1979年12月第1版第1刷発行),甲第3号証参照。以下「甲3文献」という。)。
B 熱が仕事に変換する証拠と一般に受け取られている,定積比熱と定圧比熱の差量の存在は,算術計算で算出されており(「教養物理學」(原島鮮著,昭和29年3月31日第1版発行,甲第4号証93頁第4段落参照。以下「甲4文献」という。),熱がエネルギーに変換する証拠にはならない。
4 被告において,現在一般に肯認されている熱学が,空論ではなく,真に科学として貢献している,と信じるのであれば,熱がエネルギーに変換している事例を挙げて原告の論証を覆すべきである。
熱を加えれば電流が流れる「熱電対」も,熱が電気に変換している証拠とすることはできない。自然現象を純粋に力学的な現象でとらえると,永久機関が不可能であることは19世紀のはじめころには一般に認められていたところであるものの,熱の現象をも含めるとき,果して永久機関が不可能であるかどうかということは末だ解決されていないことである。
ジュール(joule)が行った,錘の落下によって翼を回し,熱量計Aの中の液体を攪拌して,その摩擦熱によって温度を上昇させる実験によって,得られた熱量は,錘が落下する仕事の熱当量であり,これが熱の仕事当量であることが,熱の現象も含めて一般的な力学的エネルギー保存の法則として打ち立てられたのである。
5 一般には,永久機関は不可能であるとの教えが広く染み込んでいる。しかし,永久機関は,純粋に力学的手段のみによっては不可能であるものの,力学的現象に熱の現象をも含めるときに,果して永久機関が不可能であるかどうかということは,未だ解決のできていないことであった(甲第4号証102頁)。すなわち,力学的エネルギー一定の法則及びエネルギー保存の法則については,科学者の間では疑問符が残されていたのである。しかるに,断熱膨脹の現象(判決注・断熱変化の一つで,気体を熱の出入りなしに膨張させること。この場合温度は低くなる。)が発見され,液化できないとされていた気体を液化することができることになったとの事実により,それまで空気等を永久ガスと呼んでいた呼称がなくなったのである。この断熱膨脹の方法が発見され,低温から高温へ熱を揚熱し得る現象が存在することにより,力学的エネルギー保存の法則は成り立たなくなり,永久機関開発の可能性が出てきたのである。これを不可能と決め付けるために,熱が仕事に変換するとして,熱=エネルギーとして打ち出された考え方が,熱力学の第一法則である。エネルギーとは,仕事をする能力であり,仕事をさせる能力ではない。それは,地球の重力が高所の水に影響を及ぼして水の落下によるエネルギー(運動→仕事)を発生させても,引力と定義し,地球エネルギーと呼ばないのと同義である。熱が仕事をさせ得る能力と仕事をする能力とを混交した思考に大きな欠陥が生じているのである。
6 原告は,海洋の深層に働く大きな圧力から仕事を得ようと研究を重ね,深層の位置に空間を創出すれば,その空間に流入する海水の運動から発電できる事実に気付き,本願出願の前に,永久発電の原理とその応用,と題して特許を出願した。この特許出願は,永久機関は不可能との拒絶理由で拒絶査定となった。原告は,拒絶査定不服審判の請求をし,熱力学の第一法則=一般的エネルギー保存の法則が間違いであるとの証拠(本訴の甲第2号証と同じもの)を,特許庁及び京大等の六つの大学に提出した。しかし,特許庁は,「力学的エネルギー保存の法則」により,原告が出願した発明を実施することは不可能であるとして,審判請求は成り立たない,との審決をした(甲第9号証)。原告は,再審の請求を行ったものの,特許庁は,再審の請求は違法である,としてこれを却下する審決をした(甲第10号証)。原告は,永久機関は可能との判断を示しながら,再審の請求は違法として却下した審決を不服として,東京高等裁判所に審決取消の訴え(甲第11号証の1)を提起した。しかし,同裁判所は,「現在一般に肯認されている物理学上の知識をもってしては到底理解することができず・・・」として,この訴えを棄却する判決を言渡した(甲第11号証の2)。原告は,この判決に対し,上告をしたものの,上告棄却の判決が言い渡された(甲第12号証)。
原告は,特許庁は,永久機関は可能であるとの心証を有していると考え,物理学の誤りを指摘した「力とエネルギー」と題した論文を,東大・京大・神大の3大学と,工業技術院,新エネルギー開発機構,宇宙開発事業団に提出した。東大の有馬朗人学長は,「諭理的でない」として,同論文を原告に送り返してきた。神大及び暫く日時を置いて京大も,これを送り返してきた。
そこで,原告は,熱学の誤りの中心と考えられる部分を,「エントロピー批判」と題して平成4年8月25日付けで京大等国公私立の10大学に提出した(甲第13号証)。
原告は,このような経過をたどって,この実験装置(甲第2号証に記載のもの)の方法を,本願発明の【請求項1】として本願出願をした(甲第14号証1)。
原告は,以上のとおり,常に公開して研究を進めており,原告の独り善がりの見解に終始しているものではないことは明らかである。
第4 被告の反論の骨子
1 審決は,本願発明の目的を認定し,本願発明がその目的を達成するには,本願発明に係る装置Cが外部に与える運動エネルギー,熱エネルギー又は電気エネルギー等の総量が,該装置Cに外部から与える運動エネルギー,熱エネルギー又は電気エネルギー等の総量を超える必要があることから,それらを対比した上で,本願出願に添付された明細書及び図面,さらに,審判請求人(原告)の主張を参酌しても,「エネルギー保存の法則」が真の科学の法則であることを前提とする限りにおいては,前者が後者を超える合理的な根拠を見出すことができないので,「本願特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,特許法第29条柱書きの規定により特許を受けることができない。」としたのであって,この点に誤りはない。
2 原告は,拒絶理由に明記されている「エネルギー一定の法則」は,甲4文献等の物理学書で否定されており,科学技術の常識とはいえない,として,「エネルギー保存の法則」が成り立たない,と主張している。
しかし,被告が拒絶理由の根拠としている「エネルギー保存の法則」とは,「物質および空間の場から成るあらゆる物理系が外界からいかなる作用も受けないならば,その物理系の中でどんな変化が生じてもエネルギーの総量は保存されるという法則」(「機械用語大辞典」(社団法人実践教育訓練研究協会編,1997年11月28日初版第1刷発行,乙第1号証(以下「乙1文献」という。)78頁)であって,当該エネルギーとは,運動エネルギー及び位置エネルギー等の力学的エネルギーに加え,熱エネルギー等,すべての種類のエネルギーを含む意味である。そして,「これらの種々のエネルギは,ただその形が異なるのみであって,その本質においては全く同一のものであり,その一つの形から他の形に変換することが可能である。しかし,どんなエネルギでも消滅したり創造することはできない。」(「工学基礎熱力学」(谷下市松著,昭和62年9月15日全訂第19版発行,乙第2号証(以下「乙2文献」という。)28頁第2段落)という事実に基づき,エネルギー保存の法則は打ち立てられ,現在の科学技術の常識となっているものであり,原告が主張する「物理学書で否定されており,科学技術の常識とはいえない」という事実は存在しない。
3 原告は,甲2文献,甲3文献及び甲4文献を根拠として,自然界において,熱そのものが直接(何も介せず)エネルギーに変換している現象は,見当たらないから,「熱=エネルギー」としての論説は空論にすぎない,と主張している。
しかし,自然界において,熱そのものが直接(何も介せず)エネルギーに変換している現象が見当たらなくとも,「熱は本質上仕事と同じくエネルギの一つの形であって,仕事を熱に変換することもまたその逆も可能である。これを熱力学の第一法則(the first 1aw of thermodynamics)という。」(乙第2号証27頁第2段落)ことは,現在の科学技術の常識となっているものである。
甲2文献は,原告が,上記科学技術の常識に反する原告独自の論理を記載しているものであり,その論理を立証する実験結果等は何ら記載されておらず,また,この論理が正しいということが学会等において認められたという事実も認められないことからして,上記の原告の主張を立証するものとは認められないことが明らかである。
甲3文献は,その中のどこに「熱≠エネルギー」について記載されているのか不明であり,原告主張の根拠とはならない。
甲4文献は,「定積比熱と定圧比熱との差量が存在する」との趣旨の記載があるものの,これにより「熱がエネルギーに変換する証拠にはならない」との結論を導き得る根拠が不明であり,これまた,原告主張の根拠となり得るものではない。
第5 当裁判所の判断
1 原告は,「エネルギー保存の法則」若しくは「熱力学の第一法則」は誤りであるから,審決が,「エネルギー保存の法則」若しくは「熱力学の第一法則」を前提として,本願発明は,これらの法則に反しているから特許法29条柱書きに規定する「産業上利用することができる発明」に該当しない,と判断したことは誤りである,と主張する(第3柱書き及び第3・2)。
しかし,乙1文献には,「エネルギー保存の法則」とは,「物質および空間の場から成るあらゆる物理系が外界からいかなる作用も受けないならば,その物理系の中でどんな変化が生じてもエネルギーの総量は保存されるという法則」である,と記載されており(乙第1号証78,79頁),また,乙2文献には,「熱は本質上仕事と同じくエネルギの一つの形であって,仕事を熱に変換することもまたその逆も可能である。これを熱力学の第一法則(the first 1aw of thermodynamics)という。」(乙第2号証27頁(2)),「エネルギには熱および仕事のほかに,運動エネルギ,位置エネルギ,電気エネルギ,磁気エネルギ,化学エネルギ,表面エネルギ,放射エネルギなど種々の種類がある。これらの種々のエネルギは,ただその形が異なるのみであって,その本質においては全く同一のものであり,その一つの形から他の形に変換することが可能である。しかし,どんなエネルギでも消滅したり創造することはできない。この事実から,ヘルムホルツ(H.Helmholtz)はエネルギ保存の原理(law of conservation of energy)と呼ばれるつぎの法則を設定した。すなわち,一つの系の保有するエネルギの総和は外部との間に交換のない限り一定不変であり,外部との間に交換があれば授受した量だけ減少または増加する。熱力学の第一法則は,この原理を熱現象に応用したものであり,本質上この原理にほかならない。エネルギ保存の原理を,動力を発生する機械に当てはめて考えると,機械は動力を発生するときには,それと同時に必ず他の形のエネルギを消費しなければならない。これを別のことばで表現すると,エネルギを消費しないで,継続して動力を発生できる機械は不可能である。もしこのような機械が存在するとすれば,それを第1種の永久運動(perpetual motion of the first kind)をする機械であるという。このエネルギ保存の原理は第1種の永久運動を否定したものであるが,それはとりも直さず熱力学の第一法則を別の形で表現したものにほかならない。」(乙第2号証28頁(3))と記載されている。
上記の各記載によれば,エネルギーには,熱及び仕事のほかに,運動エネルギー及び位置エネルギーの力学的エネルギー,電気エネルギー及び磁気エネルギーの電磁気エネルギー等の種々の種類があり,これらすべてのエネルギーがその本質においては全く同一のものであり,その一つの形から他の形に変換することは可能であるものの,どんなエネルギーでも消滅したり創造することはできないこと,したがって,「エネルギー保存の法則」とは「外界からいかなる作用も受けないならば,その物理系の中でどんな変化が生じてもエネルギーの総量は保存されるという法則」を意味するのであり,また,「熱力学の第一法則」とは,熱力学変化における「エネルギー保存の法則」に相当するものであって,これらは現在の科学技術の普遍的法則であり常識となっているものであると認められる。
したがって,「エネルギー保存の法則」及び「熱力学の第一法則」が誤りであることを前提として,審決が,本願発明は,これらの法則に反しているから特許法29条柱書きに規定されている「産業上利用することができる発明」に該当しないことは誤りである,との原告の主張には理由がなく,審決の上記認定判断に誤りはない。
2 原告は,一般には,永久機関は不可能であるとの教えが広く染み込んでいる,しかし,永久機関は,純粋に力学的手段のみによっては不可能であるものの,力学的現象に熱の現象をも含めるときに,果して永久機関が不可能であるかどうかということは,未だ解決のできていないことであった(甲第4号証102頁),すなわち,力学的エネルギー一定の法則及びエネルギー保存の法則については,科学者の間では疑問符が残されていたのである,と主張する(第3・6)。
しかしながら,甲4文献には,「1840年頃,ドイツの医師マイエル(Mayer)は(中略)力學的現象に熱学的現象をも含めるとき,一方に作用能力の損失があれば他方に必ず増加があり,無からは有を生じないことを述べて,熱学的現象をも含めて今日いうエネルギー保存の法則が成り立つべきことを主張したのである。同じ頃,英国のジュール(Joule)は摩擦による熱の発生量と,そのために費された力学的エネルギーとの間に一定の比率が存在すること(後に詳しく説明する)を多くの精密な実験から証明して,熱もエネルギーの一種であることを示した。最後にドイツのヘルムホルツ(Helmholtz)は1847年に一般的の立場から,総て仕事をなし得る能力,即ちエネルギーは如何なる現象においても保存されることを論じ,一般的なエネルギー保存の法則を打ち建てた。」(甲第4号証101頁第5段落〜102頁第2段落),「熱の現象をも含めるとき果して永久運動機械が不可能であるかどうかということは未だ解決のできていないことであった。それが以上述べたように19世紀の半ば頃,Mayer,Joule,Helmholtz等によって一般的な力学的エネルギー保存の法則が打ち建てられるに到り如何なる場合にも永久
運動機械が存在し得ないことがはっきりと認められたのである。」(同102頁第3段落)と記載されており,原告の主張する「熱学的の現象に力学的の現象が加わるときには上に述べた力学的エネルギー保存の法則も成り立たなくなり,又熱を物質のように考える理論も破綻してしまうのである。」(同101頁第2段落),「熱の現象をも含めるとき果して永久運動機械が不可能であるかどうかということは未だ解決のできていないことであった。」(同102頁第3段落)との甲4文献の前記記載は,一般的な力学的エネルギー保存の法則,あるいは一般的なエネルギー保存の法則が打ち立てられる以前の状況を説明した記載であるにすぎず,「エネルギー保存の法則」が科学技術の普遍的法則であることは,甲4文献においても支持されているものであることが明らかである。原告の上記主張は失当である。
3 原告は,本願発明の装置Cにおいて,必要とするエネルギーは,熱ポンプ稼働に要する電力のみであり,移動させる熱量の成績係数分の1の熱量相当量とされる電力量で足りる,これに対して,得られる仕事量は,創出した空間の体積と,深さの距離である水頭との積の電力量であるから,深い位置で本願発明の装置Cを稼働させれば,余剰の電力を他の用途に使用することができる,と主張する(第3・1)。
しかしながら,「エネルギー保存の法則」により,本願発明の装置Cに加えたエネルギー以上のエネルギーを装置Cから取り出すことは不可能である以上,いかに深い位置で装置Cを稼働させても,装置Cに加えるエネルギーが熱ポンプ稼働に要する電力のみであるとすれば,得られる電力量の合計は熱ポンプ稼働に要する電力以上にはならず,余剰の電力は存在しないのであるから,原告の主張は失当という以外にない。
4 原告は,熱そのものが直接(何も介せず)エネルギーに変換している現象は見当たらないから,熱=エネルギーとしての論説は観念論にすぎず,空論であるとして,甲2文献,甲3文献及び甲4文献をその根拠として主張している(第3・3)。
しかしながら,前述のとおり,乙2文献には,「熱は本質上仕事と同じくエネルギの一つの形であって,仕事を熱に変換することもまたその逆も可能である。これを熱力学の第一法則(the first 1aw of thermodynamics)という。」(乙第2号証27頁(2))と記載されており,熱は本質上エネルギーの一つの形,すなわち,熱=エネルギーであることが示されている。
そして,甲第2号証によれば,原告は,その著作した「エネルギー一定の法則の数値的考察より永久熱源の存在について」と題する論文(甲2論文)を,東京大学等の六つの大学と特許庁に書留郵便にて送達したことが示されており,また,同論文には,@エネルギー一定の法則と潜熱,A自然現象の図解による説明,B潜熱を捕捉する実験装置,C装置組織図,からなる内容が記載されており,Aの自然現象の図解による説明中の,海面に直射した太陽熱による水循環系の図から,「高空での,水滴の位置エネルギーと付近の大気に移動した熱量とは共に存在している」から,これがエネルギー一定の法則否定の根拠となる,という趣旨の記載がある。しかし,この図は,水循環系全体の場所・時間について,そのエネルギー収支を分析してエネルギー保存の法則が破綻していることを示したものということはできず,また,水蒸気は位置エネルギーと凝縮熱に相当する熱エネルギーの両者を有していたのであるから,水蒸気の凝縮後も,水滴が位置エネルギーを有し,凝縮熱に相当する熱エネルギーを周囲の大気が有するのは当然である。また,原告が昭和55年に甲2文献(上記論文)を東京大学等の六つの大学に送達したにもかかわらず,これら大学がエネルギー保存の法則が誤りであることを認めたとの事実を認めるに足りる証拠はないことからも(東大,神大,京大から,これらの論文が送り返されてきたことは,原告も自認するところである。),甲2文献も原告の主張が正しいことを認める根拠とはならないことが明らかである。
甲第3号証によれば,甲3文献の77頁に,水は1気圧毎に0.0075K融点が低下することが示されているのみであり,原告が主張する熱≠エネルギーの根拠は示されていないことが明らかである。原告は,氷結すれば体積が増加するのは否定できない,増加した容積の圧力を排除する事実も否定できず,熱を奪われて圧力を排除する仕事の量と,奪う必要熱量の係数が示されているのであるから,熱≠エネルギーの証拠になるものであることは否定できないものである,と主張する。しかし,上記文献には,「水は固体の方が密度の小さい例外的な液体なので圧力を加えると融点が下る。」(甲第3号証77頁)と記載されており,水は氷結すると体積が増加する例外的な液体であるから,圧力を加えると融点が下がることは記載されているものの,原告が主張する「熱を奪われて圧力を排除する仕事の量」や「奪う必要熱量の係数」などの事項は記載されておらず,まして,熱とエネルギーとが同じでないことなどは記載されていない。
甲4文献には,気体の比熱が,体積を一定にした定積比熱と,圧力を一定にした定圧比熱との間で差があるとの記載があるものの(甲第4号証93頁第4段落),このことは,固体や液体に比して温度変化による体積の膨張収縮が著しい気体については当然のことであり,このことが「熱がエネルギーに変換する証拠にはならない」との結論を導き得る根拠となるとは,到底認めることができない。
以上のとおり,原告の提出する証拠によっても,熱=エネルギーとしての論説は観念論に過ぎず,空論であると認めることはできない。
5 原告は,被告において熱学が空論ではなく真に科学として貢献していると信じるのであれば,熱がエネルギーに変換している事例を挙げて原告の論証を覆すべきである,と主張する(第3・4)。
しかし,甲4文献に記載されているように,ジュールが錐Pの落下によって翼を廻わし熱量計Aの中の液体を攪拌してその摩擦熱によって温度を上昇せしめる実験により,仕事が熱に変換すること,すなわち仕事=エネルギー=熱である証拠を発見しており(甲第4号証103頁第6段落以下参照),また,乙2文献に記載されているように,熱,仕事,運動エネルギー,位置エネルギー,電気エネルギー,磁気エネルギー,化学エネルギー,表面エネルギー,放射エネルギーなどを同一のエネルギーとし,エネルギーはその一つの形から他の形に変換することが可能であるが,どんなエネルギーでも消滅したり創造することはできない,という事実から,ヘルムホルツがエネルギー保存の法則を設定したものである(乙第2号証28頁(3))。
上に述べたところによれば,熱=エネルギーの証拠が存在することは明らかであり,また,熱=エネルギーとして,エネルギー保存の法則が現在の科学技術の普遍的法則として認められているのであるから,被告が熱がエネルギーに変換している事例を挙げるまでもなく,熱学が空論であるとの原告の主張は採用し得ないものであることが明らかである。
6 原告は,本件出願より前の原告による特許出願の経緯,及び,その論文を東大・京大・神大の3大学と,工業技術院,新エネルギー開発機構,宇宙開発事業団に提出した事実等から,原告の主張は独自の考えにすぎないものでなく,また,特許庁も,再審において永久機関が可能との判断を示した,と主張する(第3・6)。
しかしながら,本件出願より前の原告による特許出願の経緯は,単に,原告の過去の類似の出願が拒絶されたことを示すものにすぎず,また,東大等に提出した論証は論理的でない等の理由により返却されたことは原告が自認するところであり,これらの大学が「エネルギー保存の法則」が誤りであると認定しなかったことは明らかである。また,再審の審決において再審の請求が却下された理由は,甲第10号証によれば,「確定審決に対する再審請求については特許法第171条第2項により準用する民事訴訟法第420条第1項および第2項ならびに第421条に規定する理由を必要とするが,請求人の主張する上記再審請求の理由は上記の法で規定される再審事由のいずれにも該当しない。」(甲第10号証3頁)というものであり,「エネルギー保存の法則」を否定する永久機関は可能であると判断したものではない。
したがって,原告の主張は公に認められた主張ではなく,原告独自の考えというべきであるから,原告の主張を採用することができない。
7 結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 高 瀬 順 久