H15. 4. 9 東京高裁 平成13(行ケ)369 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第369号 特許取消決定取消請求事件(平成15年3月26日口頭弁論終結)
          判        決
       原      告   株式会社イー・ピー・ルーム
       被      告   特許庁長官 太田信一郎
       指定代理人      板 谷 一 弘
       同          森 田 ひとみ
       同          一 色 由美子
       同          宮 川 久 成
       被告補助参加人    住友石炭鉱業株式会社
       訴訟代理人弁護士   鈴 木   修
       同          小 林 邦 聡
       同    弁理士   神 田 藤 博
          主        文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成10年異議第70682号事件について平成13年7月4日にした決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「放電焼結装置」とする特許第2640694号発明(平成2年9月18日特許出願(特願平2−23962号〔同年2月2日特許出願,以下,その願書に最初に添付した明細書又は図面を「優先権明細書等」という。〕に基づいて国内優先権主張),平成9年5月2日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

    原告は,平成7年3月14日付け手続補正書により明細書等の補正(以下「本件補正」という。)をし,さらに平成8年12月20日付け手続補正書により明細書の補正(以下「平成8年補正」という。)をした。
   本件特許につき特許異議の申立てがされ,平成10年異議第70682号事件として特許庁に係属した。
   特許庁は,同特許異議の申立てについて審理した上,平成13年7月4日,「特許第2640694号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。
 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】大径のピストンを有する油圧シリンダと,この大径のピストンを往復移動する為に油路を切り換え中立位置で油路をフロックする切換弁と,低圧高圧を発生する油圧源と,油圧シリンダ内の油を加圧するロットと,このロットの加圧力を変えるロット駆動装置と,前記ロットによって押し出した油圧シリンダ内の油をタンクに戻す切換弁と,からなる加圧装置。

   【請求項2】加圧台と,この加圧台の先端に設けた絶縁体と,この絶縁体を介して前記加圧台に取り付けた電極とを一対備え,加圧装置で被加圧体を加圧し通電する一対の電極の端面の平行度を前記加圧台のねじ又は楔で調整する加圧及び通電装置。
   【請求項3】加圧台と,この加圧台に設けた絶縁体と,この絶縁体を介して前記加圧台に取り付けた電極とを一対備え,この加圧台内に高周波振動子を備えた加圧及び通電装置。
   【請求項4】被加圧体を収容するチャンバと,このチャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続した加圧及び通電装置。
 3(1) 本件補正後の特許請求の範囲の記載
   【請求項1】先端部にジャケットを設けこのジャケットに冷却水を送る給水路と排水路とを備えた一対の電極と,一方の電極に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジと,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し周囲に流れる水壁と端部に水平な接合面とを有するチャンバーと,このチャンバーを鉛直方向に移動するチャンバーの移動装置と,他方の電極に嵌合する電気絶縁性のフランジと,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し前記チャンバーの水平な接合面と接合してチャンバー内の雰囲気を変える装置を接続するチャンバー受け台と,を備えた放電焼結装置。

   【請求項2】電極の基端部を電気的に絶縁して固定した揺動板と,この揺動板に設けた押しねじと,引きねじと,で電極の先端面の傾きを調整する放電焼結装置。
   【請求項3】チャンバーをチャンバーの移動装置と,電極の移動装置と,で移動する放電焼結装置。
   (2) 本件補正により追加された発明の詳細な説明の記載
   「電極32の円筒状部分に,内面にOリング等のシール部材を有する耐熱温度260℃のテフロン等の電気の絶縁部材で作ったフランジ60を摺動することが出来,しかも気密を保つように嵌合する。そのフランジ60に椀状のチャンバー61を図示していないねじで気密に固定する。」(平成7年3月14日付け手続補正書〔甲6〕5頁最終段落)
 4(1) 平成8年補正後の特許請求の範囲の記載(以下,この【請求項1】〜【請求項3】に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明3」という。)

   【請求項1】先端部にジャケット33,51を設けこのジャケット33,51に冷却水を送る給水路34,52と排水路35,53とを備えた一対の電極32,41と,一方の電極32に嵌合した電気絶縁性のチャンバーフランジ60と,このチャンバーフランジ60に一端部を支持し,内部に冷却水を通す空間62cを有し,他端部にチャンバー端部フランジ65を有するチャンバー61と,このチャンバー61を電極32に対して相対的に移動させるための移動装置71と,他方の電極41に嵌合した電気絶縁性の受け台フランジ78と,この受け台フランジ78に一端部を支持し,他端部に前記チャンバー61のチャンバー端部フランジ65と接合してチャンバー61内を気密に保つ受け台端部フランジ76を有し,側部にチャンバー61内の雰囲気を変える装置を接続する接続口79,81,86を有するチャンバー受け台77と,を備えた放電焼結装置。
   【請求項2】電極32の基端部を電気的に絶縁して固定した揺動板30と,この揺動板30に電極32の先端面38の傾きを調整する引きねじ37と,押しねじ39と,を備えていることを特徴とする請求項1記載の放電焼結装置。
   【請求項3】チャンバー61を移動する電極32の移動装置23,24と,チャンバー61を電極32に対して相対的に移動させるための移動装置71と,を備えていることを特徴とする請求項1記載の放電焼結装置。
   (2) 平成8年補正により補正された上記3(2)の記載
   「電極32の円筒状部分に,内面にOリング等のシール部材を有する耐熱温度260℃程度の合成樹脂等の電気の絶縁部材で作ったチャンバーフランジ60を摺動することが出来,しかも気密を保つように嵌合する。そのチャンバーフランジ60に椀状のチャンバー61の一端部を図示していないねじで気密に固定して支持する。」(平成8年12月20日付け手続補正書〔甲10〕6頁第2段落)

 5 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件補正は,当初明細書及び図面(以下,併せて「当初明細書等」という。)の要旨を変更するものと認められ,本件発明1〜3についての特許出願は,本件補正について手続補正書を提出した時である平成7年3月14日にしたものとみなされ,本件発明1〜3は,いずれも特開平4−9405号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
 1 本件決定は,本件補正について,特許法等の一部を改正する法律(平成5年法律第26号)附則2条の規定によりなお従前の例によるとされる特許法(以下,同法による改正前の特許法を「旧法」という。)41条を適用せず,明細書又は図面の要旨を変更するものと誤って判断した(取消事由)ものであり,違法として取り消されるべきである。

 2 取消事由(本件補正を要旨変更に該当するとした判断の誤り)
   (1) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載に,当初明細書等(甲4)の図号,名称及び符号を括弧内に記載して対比すると,「先端部にジャケット(第1図の冷却水路21)を設けこのジャケットに冷却水を送る給水路と排水路(第1図の冷却水路12,13)とを備えた一対の電極(第5図の電極20,15)と,一方の電極(第5図の電極20)に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジ(第5図のフランジ82)と,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し周囲に流れる水壁(14頁「このチャンバ83は二重構造になっていて,中に水を通して冷却する」)と端部に水平な接合面とを有するチャンバー(第5図のチャンバ83)と,このチャンバーを鉛直方向に移動するチャンバーの移動装置(第5図のリフタ89,ロット90)と,他方の電極(第5図の電極15)に嵌合する電気絶縁性のフランジ(第5図のフランジ104)と,このフランジで電極と電気的に絶縁して支持し前記チャンバー(第5図のチャンバ83)の水平な接合面と接合してチャンバー内の雰囲気を変える装置を接続するチャンバー受け台(第5図のチャンバ受け台91)と,を備えた放電焼結装置」 となるから,

本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであって,旧法41条の規定により明細書の要旨を変更しないものとみなされる。
   (2) 本件決定は,電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造は,優先権明細書等(甲3)により平成2年2月2日以前に公知であったと認定しているところ,「単なる従来の公知技術方法を記載し,出願の方法もこれによるものであることを明らかにするものであるに過ぎないような場合には,明細書が不完全に作成された場合における不明瞭な記載の釈明と解すべく,これによっては要旨の変更を来さない」(東京高裁昭和37年6月28日判決・行裁例集13巻6号1178頁)から,公知の「フランジにチャンバーを支持した構成」を記載した本件補正は明細書の要旨変更と解すべきではない。
   (3) 本件決定は,「本件請求項1に係る発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」(決定謄本8頁第2段落)とし,刊行物1(甲5)は当初明細書等(甲4)の公開公報であって当初明細書等と一致し,「本件請求項1に係る発明」は本件補正により補正された請求項1記載の発明と実質的に同一であるから,上記決定の記載を言い換えると,「本件補正により補正された請求項1記載の発明は当初明細書等に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」ことにほかならず,本件補正は当初明細書等の要旨変更には当たらない。

   (4) 本件決定は,「電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは・・・公知であった」(決定謄本8頁第1段落)と認定しており,そうであれば,「電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持することは,出願時において,周知,慣用技術であったとは認められず,・・・自明な事項であるとも認められない」(4頁最終段落)との認定は誤りである。
   (5) 本件決定は,「『当初明細書等』には・・・『電極39にテフロン等のフランジ40を固定し,その,フランジ40にベローズ41の一端を気密に固定し他端をチャンバ42に取付ける。』(第7頁8〜11行)・・・と記載されている。すなわち,当初明細書等には,発明の作用効果であるチャンバ(チャンバー)内の気密を保つために,チャンバ(チャンバー)と電極との接続手段についての『発明の構成に関する技術的事項』として,電極にテフロン等電気絶縁性のフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバ(チャンバー)に取付けてシールすることが示されているだけで,電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持することは示されていない」(決定謄本4頁第3〜第4段落)とし,当初明細書等(甲4)に記載されたベローズが本件補正により省略されているが,当初明細書等には,ベローズを省略した記載はないと認定している。しかし,上記認定は,当初明細書等の第1図で例示した第1実施例であって,本件補正の根拠とした第5図(第2実施例)の構成と異なるから,誤りである。

     当初明細書等でベローズを設けた理由は,当初明細書等の請求項3で高周波振動子により電極を振動することを構成要件としているから,請求項4で電極の振動をチャンバーに伝えないためであるところ,本件補正は,高周波振動子を省略するのに伴い,ベローズを省略(減少)したのであるから,旧法41条の「特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす」の規定に該当する。「チャンバー83」のシールに関するところは,「電極20」と「フランジ82」との間と,「フランジ85」と「チャンバー受け台91」との間の2箇所であって,「フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバー83に気密に固定した」構成の「ベローズ84」を省略して「フランジ82に椀状のチャンバー83を気密に固定した」構成に補正しても「チャンバー83」のシール性は変わらない。水平に調整されている端面に平行度を調整する場合は,電極を「すきまばめ」するフランジとのすきまの範囲内に収まるように動かすので,ベローズは不用である。
   (6) 本件決定は,本件補正により,「発明の詳細な説明に,『電極32の円筒状部分に,内面にOリング等のシール部材を有する耐熱温度260℃・・・のテフロン等・・・の電気の絶縁部材で作ったフランジ・・・60を摺動することが出来,しかも気密を保つように嵌合する。そのフランジ・・・60に椀状のチャンバー61・・・を図示していないねじで気密に固定して支持する』・・・という記載が追加された」(決定謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)ことを理由に,本件補正は,「チャンバーと電極との接続手段についての『発明の構成に関する技術的事項』を,『一方の電極32に移動出来るように嵌合した電気絶縁性のフランジ60と,このフランジ60で支持するチャンバー61』とした」(同4頁第2段落)と認定するが,誤りである。移動する円筒をOリングでシールすることは周知,慣用技術であるから,優先権明細書等(甲3)においては,従来技術を開示した第1図の「スリーブ19」にOリングを入れる溝を描いてOリングは省略したが,本件補正においては,電極とフランジとの気密を保つ構成を念のため記載したにすぎない。本件補正による上記固定は,優先権明細書等(甲3)の第1図,「スリーブ19を介して軸方向に移動する電極20を保持する」(6頁)の記載及び当初明細書等(甲4)の「チャンバを電極とは別に移動させ」(21頁最終段落)の記載から,「電極に移動できるように」する固定である。嵌合,すなわち「はめあい」(広辞苑第4版,甲12−1)は「軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう」(同,甲12−2)ものであり,当業者は,常用するはめあいを,「すきまばめ」「中間ばめ」「しまりばめ」としている(財団法人職業訓練教材研究会発行の「一級技能士訓練課程機械製図科〔教科書〕」,甲13)。当初明細書等の「電極20」と「フランジ82」とは「すきまばめ」で,「フランジ82」の「Oリング」の溝にはめたゴム製の「Oリング」の弾力で「電極20」に「フランジ82」を固定するので,「フランジ82」に「チャンバー83」を取り付けると,「ベローズ84」の有無にかかわらず,「フランジ82」は「チャンバー83」の重量で「チャンバー83」と共に「電極20」に沿って移動する。したがって,当初明細書等は,「チャンバー82」の移動を案内する「軸88」と,積極的に移動する「リフタ89」を設け(14頁)
,それを,本件補正により,特許請求の範囲の請求項1に「このチャンバーを鉛直方向に移動するチャンバーの移動装置」と記載して要件としたものであり,フランジは電極に移動するように固定(嵌合)したものである。本件決定は,当初明細書等の電極とフランジとの固定が「しまりばめ」であると誤って認定し,フランジと「ベローズ」とを一つの要素であると誤って認定したものである。
第4 被告及び補助参加人の反論
 1 本件決定の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(本件補正を要旨変更に該当するとした判断の誤り)について
   (1) 本件特許出願の優先権主張の基となった先の出願(特願平2−23962号)の願書に添付した優先権明細書等(甲3)に記載されているとおり,ベローズ手段を採用しない従来の放電焼結装置において,スリーブ(フランジ)とそれに支持(嵌合)され移動する電極からなる従来の装置の構成では,両者の気密を保つためにはシールする必要があるが,ベローズでシールする場合のように伸縮機能を有しないため,電極端面の平行を調整することができないというものであった。そこで,当初明細書等(甲4)において,「一方ベローズでチャンバとシールした電極はその端面の平行を自由に調整することが出来」(4頁第2段落),「電極39にテフロン等のフランジ40を固定し,その,フランジ40にベローズ41の一端を気密に固定し他端をチャンバ42に取付ける」(7頁),「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁),「移動する電極とチャンバとをベローズによってシールしたのでチャンバ内の気密を良く保つことができるようになった」(21頁最終段落〜22頁第1段落)と記載されているとおり,当初明細書等に開示された発明において,電極端面の平行度調整の観点から採用された可動性及び気密性を確保し得る手段はベローズであるから,ベローズを省略すると,電極端面の平行度を調整するとともに,電極とチャンバーとをシールするという目的が達成できなくなることは明らかである。原告は,「一方の電極(第5図の電極20)に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジ(第5図のフランジ82)」と対比しているが,当初明細書等には,第5図等を用いた第2実施例の説明中に「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し」(14頁)と記載されているから,第5図の「フランジ82」は「一方の電極に移動出来る」ように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジに相当するものではない。また,当初明細書等には,「フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁)とも記載されているから,当初明細書等に記載された発明は,原告の主張するような電極にテフロン等電気絶縁性のフランジを移動できるように嵌合するものではなく,本件決定の認定したとおり,「電極にテフロン等電気絶縁性のフランジを固定し,その,フランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバ(チャンバー)に取付けてシールする」(決定謄本4頁下から第2段落)ものである。
   (2) 本件決定は,「放電焼結装置において,電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,平成7年3月14日より前に公知であった」(決定謄本8頁第1段落)と認定するものであり,原告主張のように,電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造は,平成2年2月2日以前に公知であったとは認定していない。また,「電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造」が平成2年2月2日以前に公知であったとしても,本件補正は,原告の引用する判決にいう「単なる従来の公知技術方法を記載」したものでも,「明細書が不完全に作成された場合における不明瞭な記載の釈明」でもない。

   (3) 本件決定の「本件請求項1に係る発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」(決定謄本8頁第2段落)との判断は,両発明の相違点を認定した上で,その相違点について,出願日とみなした平成7年3月14日の時点で,その容易想到性を判断したものであり,他方,要旨変更についての判断は,平成7年3月14日にされた本件補正が,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正であるか否かを,本件特許出願時(平成2年9月18日)を基準に判断したものであるから,これらは別の事項を別の時点で判断したものである。原告の主張は,両者を混同したものであって,失当である。
   (4) 本件決定の「電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持することは,出願時において周知,慣用技術であったとは認められず」(本件決定4頁最終段落)とした「出願時」は,本件の国内優先権主張日である平成2年2月2日であり,他方,「放電焼結装置において,電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,平成7年3月14日より前に公知であったと認められる」(同8頁第1段落)との認定は,優先権明細書等(甲3)が本件出願後に公知になったことを前提にするものである。したがって,両者は,認定の基準とする時点が異なるのであり,原告の主張は,両者を混同したものであって,失当である。

   (5) 本件決定は,当初明細書等(甲4)には,単にベローズを省略した記載はないとするものではなく,「電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持することは示されていない」(決定謄本4頁第4段落)とするものであり,これを明らかにするために,当初明細書等におけるチャンバ(チャンバー)と電極との接続手段についての記載を,第1図(第1実施例)及び第5図(第2実施例)を含めてすべて挙げたものであるから,原告の主張は理由がない。本件補正の根拠が第5図(第2実施例)の構成にあるとしても,当初明細書等(甲4)には,第5図(第2実施例)の構成として,「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁)と記載されており,これは,第1図(第1実施例)の構成と同様のものである。本件決定は,この第5図(第2実施例)の構成等に基づいて,当初明細書等には,「電極にテフロン等電気絶縁性のフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバ(チャンバー)に取付けてシールすることが示されている」(決定謄本4頁第4段落)と認定したものであるから,誤りはない。
     当初明細書等(甲4)の請求項4は,請求項3を引用する形式の請求項ではなく,発明の内容的にも請求項3に係る発明とは別の発明を規定しており,請求項3と請求項4とは相互に独立のものであるから,請求項4で電極の振動をチャンバーに伝えないためにベローズを設けたものとはいえない。電極自体はフランジによってチャンバーに固定されているから,「電極端面」の平行度を調整するとともに,電極とチャンバーとをシールするためには,ベローズは,必要な構成であるから,省略することはできない。また,単なる省略であれば電極は「固定フランジ」を介して直接チャンバーに固定されることになるが,本件補正後は「固定フランジ」ではなく移動可能なフランジに変更されており,ベローズの省略に伴いフランジに関する構成が変更されているものである。

   (6) 当初明細書等(甲4)には,「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズの一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁)等と記載されているだけで,電極にフランジを移動できるように嵌合し,電極とフランジとの気密を保つためにOリングでシールすることは記載されていないから,本件補正により「電極32の円筒状部分に,内面にOリング等のシール部材を有する耐熱温度260℃・・・のテフロン等・・・の電気の絶縁部材で作ったフランジ・・・60を摺動することが出来,しかも気密を保つように嵌合する。そのフランジ・・・60に椀状のチャンバー61・・・を図示していないねじで気密に固定して支持する」(決定謄本4頁第1段落)という記載が追加されたものであることは明らかである。「固定」の意味は,広辞苑第2版補訂版(乙1)によれば,「ひと所に定まって移動しないこと。また,動かぬようにすること」であり,「移動できるようにする」ことを排除するものであるから,当初明細書等に記載された「電極20にテフロン等のフランジ82を固定」が,原告の主張するように「電極に移動できるように」する固定であるということはあり得ない。また,電極とフランジとの固定に関しては,「嵌合」「はめあい」であるとの文言の記載はなく,仮に,図面から看取することが可能であるとしても,その種類(「すきまばめ」「中間ばめ」「しまりばめ」,はめのきつさ具合の程度)についてまでは示されていない。そして,その種類のいかんによらず,「固定」である以上,「移動できるように」嵌合されるものは排除されるものと解すべきである。また,本件決定は,フランジとベローズとを一つの要素であるとしたものではない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(本件補正を要旨変更に該当するとした判断の誤り)について
  (1) 当初明細書等(甲4)には,チャンバーと電極との接続関係について,a.「被加圧体を収容するチャンバと,このチャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続した加圧及び通電装置」(2頁特許請求の範囲4),b.「チャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続するようにしたものである」(4頁第1段落),c.「電極39にテフロン等のフランジ40を固定し,その,フランジ40にベローズ41の一端を気密に固定し他端をチャンバ42に取付ける」(7頁,第1実施例),d.「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁,第2実施例),e.「移動する電極とチャンバとをベローズによってシールしたのでチャンバ内の気密を良く保つことができるようになった」(21頁最終段落〜22頁第1段落)との記載がある。そうすると,上記a.b.の記載によれば,当初明細書等には,「チャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続」することが記載され,上記e.の記載によれば,ベローズは電極とチャンバとをシールするものであって,チャンバの気密を保つ作用を有するものであることが認められ,上記c.d.の記載によれば,当初明細書等の第1,第2実施例は,いずれも電極にテフロン等のフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバーに取り付けたものであることが認められる。また,当初明細書等の「第2実施例と異なる点はその駆動装置にあって」(17頁第3段落,第3実施例),「前記第1,2,3の実施例に於ける油圧シリンダ65内の油に高圧を発生させる装置を第9図で説明する」(18頁第2段落,第4実施例),「前記実施例と異なる点はその駆動装置にあって」(19頁最終段落,第5実施例),「第5実施例と異なる点はその駆動装置にあって」(20頁最終段落,第6実施例)と記載されていることから,当初明細書等に記載された第3,第5,第6実施例は第1,第2実施例の駆動装置を変更したもの,第4実施例は第1〜第3実施例における油圧シリンダ内の油に高圧を発生させる装置に関するものと認められるから,結局,当初明細書等に記載されたすべての実施例が,電極にテフロン等のフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバーに取り付けたものであることが認められる。そして,当初明細書等には,「電極にフランジを移動できるように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバを支持する」との構成が実質的に開示されていると認めるに足りる記載はないから,同構成は,当初明細書等の記載から自明であるとは認められない。そうすると,当初明細書等には,チャンバーと電極との接続関係に関しては,専ら,電極にフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバーに取り付けて,チャンバー内を気密に保つことが記載されていることが認められ,「電極にフランジを移動できるように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバを支持する」ことが記載されていると認めることはできない。
    原告は,本件補正後の「一方の電極に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジ」が当初明細書等の「第5図のフランジ82」に対応するとして,本件補正は旧法41条の規定により明細書の要旨を変更しないものとみなされると主張するが,当初明細書等には第5図の説明として「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し」と記載されていることは上記d.の記載のとおりであり,フランジ82が電極に移動できるように嵌合されたものであるとは認められない。したがって,本件補正後の「一方の電極に移動出来るように嵌合したテフロン等電気絶縁性のフランジ」を当初明細書等の「第5図のフランジ82」に記載した事項の範囲内のものということはできず,原告の上記主張は理由がない。

   (2) 原告は,本件決定は,電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造は,優先権明細書等(甲3)により平成2年2月2日以前に公知であったと認定していると主張する。しかし,本件決定は,「放電焼結装置において,電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは,平成7年3月14日より前に公知であった」(決定謄本8頁第1段落)と認定するものであり,原告主張のように,電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造は,平成2年2月2日以前に公知であったとは認定していないことが明らかである。
     また,原告は,公知の「フランジにチャンバーを支持した構成」を記載した本件補正は明細書の要旨変更と解すべきではないとも主張するが,本件決定は,「当初明細書等に記載された『チャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続する方法』を,『電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持する方法』に変更し」(決定謄本5頁第3段落)たことを要旨変更と判断したものであり,「フランジにチャンバーを支持した構成」を要旨変更であると判断したものではない。したがって,本件決定の上記判断は,「電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造」が公知であったか否かに左右されないから,原告の上記主張は,前提において誤っており,失当というほかない。なお,原告が引用する東京高裁昭和37年6月28日判決・行裁例集13巻6号1178頁は,明細書等の訂正補充が,これによってその発明を特徴付けているような新規な技術方法の開示ではなく,単なる従来の公知技術方法を記載し,出願の方法もこれによるものであることを明らかにするものであるにすぎないような場合には,明細書が不完全に作製された場合における不明瞭な記載の釈明と解すべく,これによっては要旨の変更を来さないとするが,本件補正は,当初明細書等に記載された「電極にフランジを固定し,そのフランジにベローズの一端を気密に固定し他端をチャンバに取り付ける」構成を,「電極にフランジを移動できるように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバを支持する」構成に変更するものであって,同判決にいう「単なる従来の公知技術方法を記載し,出願の方法もこれによるものであることを明らかにするもの」ということはできない。
   (3) 原告は,本件決定の「本件請求項1に係る発明は,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」(決定謄本8頁第2段落)との判断は,言い換えると,「本件補正により補正された請求項1記載の発明は当初明細書等に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」ことにほかならず,本件補正は当初明細書等の要旨変更には当たらないと主張する。しかしながら,本件決定の容易想到性の上記判断は,平成8年12月20日付けで補正された請求項に係る発明が,出願日とみなされた平成7年3月14日の技術水準に基づいて,当業者にとって容易に想到できるものであったと判断したものであるのに対し,要旨変更の判断は,本件補正が,本件特許出願時(平成2年9月18日)の技術常識を参酌して,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであるか否かを判断するものであって,両者は,判断の対象及び基準時が全く異なるから,原告の主張は,それ自体失当というほかはない。

   (4) 原告は,「電極に嵌合したチャンバーフランジにチャンバーの一端部を支持する構造とすることは・・・公知であった」(決定謄本8頁第1段落)のであれば,「電極にフランジを移動出来るように嵌合し,ベローズを介さずにフランジでチャンバ(チャンバー)を支持することは,出願時において,周知,慣用技術であったとは認められず,・・・自明な事項であるとも認められない」(4頁最終段落)との認定は誤りであると主張する。しかし,本件決定の前者の認定の基準時は,本件特許出願の国内優先権主張日である平成2年2月2日であり,他方,後者の認定は,優先権明細書等(甲3)が本件出願後に公知になったことを前提にするものであって,両者は,認定の基準とする時点が異なるのであるから,原告の主張は,両者を混同した誤りがあり,また,本件補正に係る要旨変更の判断が,「電極に嵌合したフランジでチャンバーを支持する構造」が公知であったか否かによって左右されないことは上記(2)のとおりであって,理由がない。
   (5) 原告は,本件決定は,当初明細書等(甲4)に記載されたベローズが本件補正により省略されているが,当初明細書等には,ベローズを省略した記載はないと認定しているところ,この認定は,当初明細書等の第1図で例示した第1実施例であって,本件補正の根拠とした第5図(第2実施例)の構成と異なるから,誤りであると主張する。しかしながら,本件決定は,「『当初明細書等』・・・には,『チャンバと電極とを絶縁体を介してベローズで接続』(特許請求の範囲の請求項4,明細書第4頁3〜4行),『ベローズでチャンバとシールした電極はその端面の平行を自由に調整することが出来』(第4頁16〜17行,『作用』の欄),『電極39にテフロン等のフランジ40を固定し,その,フランジ40にベローズ41の一端を気密に固定し他端をチャンバ42に取付ける。』(第7頁8〜11行),『電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する。』(第14頁6〜9行),『チャンバ受け台91は・・・ジャケット103を設け,そのジャケット103と電極15に固定したテフロン等のフランジ104との間にベローズ105を設けてシール装置を構成している。』(第15頁11〜15行),『移動する電極とチャンバとをベローズによってシールしたのでチャンバ内の気密を良く保つことができるようになった』(第21頁下から1行〜第22頁2行,『発明の効果』の欄)と記載されている」(決定謄本4頁第3段落)と認定しており,原告が指摘する箇所のみではなく,第5図に関する記載を含む当初明細書等の全体の記載を検討した上で,補正の適否を判断しているのであり,その判断に誤りはない。
      また,原告は,当初明細書等(甲4)でベローズを設けた理由は,当初明細書等の請求項3で高周波振動子により電極を振動することを構成要件としているから,請求項4で電極の振動をチャンバーに伝えないためであるところ,本件補正は,高周波振動子を省略するのに伴い,「超音波振動子97」及び「ベローズ84」を省略(減少)したのであるから,旧法41条の「特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなす」の規定に該当すると主張する。しかしながら,当初明細書等には,「電極15及び20に超音波振動子97で振動を与えてもよい」(13頁),「移動する電極とチャンバとをベローズによってシールしたのでチャンバ内の気密を良く保つことができるようになった上に,チャンバ内の気密を良く保つことによってチャンバ内を真空にし,あるいは,他のガスを充満して電極を超音波による高周波振動をすることが出来」(21頁最終段落〜22頁第1段落)と記載されており,この記載によれば,ベローズの第一義的な作用はチャンバーと電極とのシールによるチャンバー内の気密化であって,高周波振動は,チャンバー内の気密化に付随して行われるものと認められるから,ベローズを設けた理由は電極の振動をチャンバーに与えないためであるという原告の主張は採用できない。そして,ベローズを省略することについて,当初明細書等には明示的な記載はなく,また当初明細書等の記載から自明であるとも認められないことは上記(1)のとおりであるから,これを省略する補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものということはできない。さらに,原告は,「チャンバー83」のシールに関するところは,「電極20」と「フランジ82」との間と,「フランジ85」と「チャンバー受け台91」との間の2箇所であって,「フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバー83に気密に固定した」構成の「ベローズ84」を省略して「フランジ82に椀状のチャンバー83を気密に固定した」構成に補正しても「チャンバー83」のシール性は変わらないとも主張する。しかし,当初明細書等(甲4)には,第5図及び第6図の説明として「電極20にテフロン等のフランジ82を固定し,その,フランジ82にベローズ84の一端を気密に固定し他端を椀状のチャンバ83に気密に固定してシール装置を構成する」(14頁)と記載され,同記載によれば,ベローズはフランジとチャンバの間の気密性に影響を及ぼすものであって,これを省略すればチャンバー内のシール性に悪影響が出ることは明らかというべきであるから,原告の上記主張も採用することができない。
   (6) 原告は,本件補正において,発明の詳細な説明に「電極32の円筒状部分に,内面にOリング等のシール部材を有する耐熱温度260℃・・・のテフロン等・・・の電気の絶縁部材で作ったフランジ・・・60を摺動することが出来,しかも気密を保つように嵌合する。そのフランジ・・・60に椀状のチャンバー61・・・を図示していないねじで気密に固定して支持する」という記載を追加したのは,電極とフランジとの気密を保つ構成を念のため記載したにすぎず,本件補正による上記固定は,「電極に移動できるように」する固定であり,本件決定は,当初明細書等の電極とフランジとの固定が「しまりばめ」であると誤って認定し,フランジとベローズとを一つの要素であると誤って認定したものであると主張する。しかしながら,広辞苑第2版補訂版(乙1)によれば,「固定」とは,「ひと所に定まって移動しないこと・・・動かぬようにすること」を意味する語であり,当初明細書等における「固定」の用語が通常とは異なる意味で用いられ,原告のいう「すきまばめ」を意味すると認めることはできない。また,本件決定は,フランジとベローズとを一つの要素であるとしたものということもできない。したがって,原告の上記主張も,理由がない。
   (7) 以上検討したところによれば,本件補正は明細書又は図面の要旨を変更するものであるとの本件決定の判断に,誤りはない。
 2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官     篠 原 勝 美

                   裁判官     岡 本   岳

                   裁判官     長 沢 幸 男