H15. 2. 4 東京高裁 平成13(行ケ)527 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第527号 審決取消請求事件
     判    決
 原 告 ダイニック株式会社
 訴訟代理人弁理士 青山葆、矢野正樹
 被 告  特許庁長官 太田信一郎
 指定代理人 岡田和加子、青山紘一、森田ひとみ、林栄二、一色由美子


     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。


     事実及び理由
 以下において、「および」は「及び」に、「または」は「又は」に表記を統一した。


第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2000−7709号事件について平成13年10月9日にした審決を取り消す。」との判決。


第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、発明の名称を「ラベル素材」とする発明(本願発明)につき平成10年9月29日特許出願したところ(平成10年特許願第275374号)、平成12年4月20日拒絶査定があったので、同年5月24日審判を請求し(不服2000−7709号)、同年6月20日手続補正書を提出したが、平成13年9月18日に同手続補正書の却下決定があって(補正却下決定)、同年10月9日に「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月23日原告に送達された。


 2 本願発明の要旨
 (1) 平成12年6月20日付け手続補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明
 基材としてのナイロン織物又はナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けてなり、ここに、該湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%以下であることを特徴とするラベル素材。
 (2) 上記補正前の特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明
 【請求項1】 基材としてのナイロン織物又はナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けてなり、ここに、該湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が20重量%以下であることを特徴とするラベル素材。

 【請求項2】 該湿式ナイロン層の表面が王研式透気度平滑度試験機(旭精工社製)を用いて測定した値で80秒以上の平滑度を有し、該湿式ナイロンよりなる層を設けていない基材の裏面に生地目が露出していることを特徴とする請求項1記載のラベル素材。
 【請求項3】 該湿式ナイロンよりなる層の厚さが3〜20μである請求項1又は2記載のラベル素材。
 【請求項4】 ナイロン織物2枚又はナイロン/ポリエステル芯鞘織物2枚を重ねて上方から下方に移動させつつ、重ねた織物の両側から、塩化カルシウム・メタノール溶液にナイロンを溶解させた塗料を塗布し、水に浸漬させて塗膜を凝固させ、溶媒を抽出し、乾燥し、次いで2枚の織物を分離することを特徴とする請求項1記載のラベル素材の製法。


 3 審決の理由の要点
 補正却下決定は、平成12年6月20日付け手続補正後の請求項1に係る本願発明(補正発明1)は、引用例(特開平5−204313号公報)に記載された発明(引用発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができる程度のものであるから特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないと判断した。審決は、この補正却下決定を前提にして、当該手続補正前の請求項1〜4に係る発明をもって本願発明であると認定し、請求項1に係る本願発明は当業者が容易になし得る発明とするのが相当であって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとした。
 補正却下決定の理由及び審決の理由は、別紙のとおりである。


第3 原告主張の審決取消事由
 1 取消事由1(相違点の判断の誤り)
 (1) 補正発明1の認定の誤り
 補正却下決定においては、「本件補正前の発明にあっても補正後の発明にあっても、発明の本質的部分は、基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として、基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めるというにあるものと認められる。」と認定している。
 しかし、補正によって、「該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%である」と限定されたから、基材片面にのみ湿式ナイロンが存在するラベル素材は、もはや補正発明1には含まれない。

 したがって、補正却下決定における、「発明の本質的部分は、基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提とし」との前記認定は誤りである。

 (2) 引用発明の認定の誤り
 補正却下決定は、「これに対して、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、補正後の発明と同様に、「ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶剤を除去する湿式凝固方式によって生成される」ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かに拘らず、容易に発生することでもあると認められる」との認定を引用発明についてしている。
 しかし、引用例には「湿式ナイロンが基材中や基材裏面にも存在する」と積極的に記載されておらず、「結果として含浸し得る」との単なる可能性から、補正発明1における「5〜10重量%」の構成は想到されるものではない。

 本願明細書の【0009】や【0013】では塗料の裏漏れに対する基準を記載しているが、例えば、織物の打込み数をかなり大きくしたり、塗料の粘度を更に上げていくと、塗料は基材にほとんど含浸されなくなるのである。さらに、製造工程での基材の供給スピードやドクターナイフの押圧も含浸に影響を与え得る。
 このように、基材への塗料の含浸は、種々の条件に影響されるものであり、「含浸することはあり得る」が、「意図するか否かにかかわらず、容易に発生する」とまではいえない。
 したがって、補正却下決定における引用発明の認定は誤りである。


 (3) 補正発明1の進歩性判断の誤り
 (3)−1 補正却下決定には、「出願前に当業者が請求項1に係る発明に容易に到達できたことの論理づけ」が説示されていない。わずかに、4の項の冒頭に、「これらを考慮すれば」と説示されているが、考慮された結果どのように論理づけされたかの説示はない。
 このように論理づけされることなく、補正却下決定が「本件補正後の発明は、全体として当業者が容易になし得る発明とするのが相当である。よって、本件補正後の発明は特許出願の際独立して特許を受けることができない。」と判断したのは誤りである。
 (3)−2 被告の(イ)(ロ)(ハ)の主張(本判決10頁)について、反論する。
 (イ)に関しては、「5〜10重量%」が有利な効果を奏することは、下記(3)−4で述べるように明らかである。

 (ロ)に関しては、補正後の発明にあっては成立しないことである。
 (ハ)に関しては、進歩性の判断の過程というには程遠いものである。すなわち、
 @ 引用例では補正発明1と同様に湿式凝固方式によって生成されるのでコーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得るとしている理由、すなわち、「引用例では本願発明と同様に湿式凝固方式によって生成させる」との点は、後願である本件出願の明細書の記載に基づいて先に出願された引用発明における可能性を認定し、その可能性から逆に後願の特許性を否定するもので、後に出願された発明が公知の先に出願された発明等から容易に想到するかを判断するという特許法第29条第2項の大原則に反する論拠である。
 A 補正却下決定は、「引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生することでもある」と説示するが、「引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に少量の湿式ナイロンが含浸され得る」にすぎず、このような単なる少量含浸の可能性から、前述のような技術的意義を有する「5〜10重量%」なる構成要件に想到するのは困難である。

 (3)−3 引用発明はラベルの表示部分の耐久性を向上させることを課題とするもので(【0005】)、補正発明1の「衣服などの被接着物からの脱落がほとんどないラベル素材の提供」という課題とは異なる。そして、引用例には、補正発明1の課題がラベル素材において存在することの記載も示唆もない。
 構成に関しても、引用発明においては基材としてのナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層が設けられているが、湿式ナイロンが基材中や基材裏面にも存在するとは引用例に記載されておらず、ましてや、湿式ナイロン層、基材中及び基材裏面に各々存在する湿式ナイロンの量的関係についての記載も示唆もない。
 したがって、当業者が、引用例に記載も示唆もない「被接着物からの脱落がほとんどないラベルを得る」という課題を解決するために、引用例に記載も示唆もない「湿式ナイロンよりなる層、基材中及び基材裏面に各々存在する湿式ナイロンの量が特定の関係を満たす」という構成を採用するのは、困難というよりもむしろあり得ない。

 (3)−4 「該湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%以下である」ことの技術的意義は、本願明細書の記載から明らかである。
 補正発明1のラベル素材は、本願明細書の【0013】に記載されているごとき製造法で製造されるが、裏面に湿式ナイロンが適量存在しない場合には塗布時に基材のズレ、分離困難の問題が生じる。また、本願明細書【0011】の記載から、基材中及び基材裏面に多く存在しすぎると湿式ナイロンの破壊が起こるのであるから、10重量%を超えるよりは10重量%以下であるとそのような破壊がより起こりにくいことが分かる。

 このように、基材中及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量が「5〜10重量%」であると、この範囲外の量である場合よりも、製造上有利であるとともに、湿式ナイロンの破壊がより起こりにくいという有利な効果が奏されるのである。
 補正発明1においては、存在する湿式ナイロンの量のうち基材中の量及び基材裏面の量の和で規定しているのは、湿式ナイロンのコーティングに際して、供給量と塗布面上の量は測定しやすいが、基材中の量及び基材裏面に存在する量を個別的に測定するのは困難であるために、便宜的に、供給量から塗布面上の量を差し引いて得られる、基材中の量及び基材裏面の量の和を用いているものである。
 そして、その和が5〜10重量%程度のときは、湿式ナイロンは基材裏面側には凹部(これは、基材中である)に存在し、裏面には(凸部を越えては)存在しない。したがって、5〜10重量%程度のときは、基材中の量及び基材裏面の量の和は裏面凹部に存在する湿式ナイロンの量の大小の直接的指標となっているのである。

 補正発明1は湿式ナイロンの破壊による表示ラベルの脱落防止を目的とするもので、それを踏まえると、「5〜10重量%」は、本願明細書には明記されている技術的意義のほか、技術常識を参酌すると、次のような意義を有する。
 基材が織物であると、どうしても基材面に凹凸が生じる。補正発明1における基材裏面にも凹凸が生じるが、裏面凹部に湿式ナイロンが存在しなければ、ホットメルト加工時に、ホットメルト樹脂シートを加熱・加圧下で表示ラベルに接着させる場合に、ホットメルト樹脂シートと表示ラベルの基材裏面との界面における密着は、凹凸の凸部との点接着になりやすくて密着度が低く、したがって表示ラベルを衣服等の被接着物に取り付けると洗濯等により界面剥離が起こりやすい。
 他方、裏面凹部にある程度湿式ナイロンが存在すれば(本願明細書にいう「連続皮膜を形成しない程度」(【0011】))、ホットメルト樹脂シートと基材裏面との密着度が高くて前記した理由による界面剥離は起こりにくく、また、ホットメルト加工時の加熱・加圧により界面部の湿式ナイロンの弱い微多孔構造が潰されて丈夫な構造となるので、被接着物に付けた後に裏面凹部の湿式ナイロン自体の破壊も起こりにくくなる。

 さらには、凹部に湿式ナイロンが存在しない場合と比べて、存在する場合には、最終的に表示ラベルを衣服等の被接着物と接着させる場合に、ホットメルト接着樹脂が表示ラベル側よりも被接着物側で利用できる量が増え、多様な被接着物に対して対応性のよいバランスの良好な接着が可能となり、これは表示ラベルの脱落防止につながる。
 したがって、裏面凹部にはある程度湿式ナイロンが存在する方が、補正発明1の目的とする表示ラベルの脱落を改良するという観点より有利である。「5〜10重量%」は、基材裏面凹部に湿式ナイロンをある程度存在させた方がよいという範囲を表したものである。


 2 取消事由2(効果の看過)
 (1) 補正発明1では、引用例に記載ないしは示唆のない「被接着物からの脱落がほとんどない」という、引用発明とは異質な効果(有利な効果)が奏される。
 審査基準によれば、補正発明1が引用発明とは異質な効果を有する場合には進歩性を判断するに際し、これらを考慮することになっているところ、補正却下決定では、考慮されていない。したがって、補正却下決定には進歩性の判断の手法にも誤りがある。
 (2) 被告は、乙第1号証(特公平3−24335号公報)を挙げ、補正発明1の効果が予測されると主張するが、そもそも、乙第1号証は2頁4欄8〜17行から明らかなように、印刷面側については湿式ナイロン量に特に制限はないとし、裏面側の湿式ナイロン量は、基体の重量との相対量で述べているので、補正発明1のように、湿式ナイロンよりなる層、基材中及び基材裏面に湿式ナイロンをどのような割合で存在させるかについては明らかでない。したがって、乙第1号証の記載から、湿式ナイロンよりなる層、基材中及び基材裏面に特定割合で湿式ナイロンを存在させる補正発明1の効果が予測されることはあり得ない。

 さらに、補正発明1においては「脱落がほとんどない」ということだけが発明の効果ではなく、本願明細書【0020】に記載のように、「ホットメルト加工又は粘着加工後にカールが発生しない」との効果、そして、「基材を2枚通しで加工する製法で作成する場合に、【0009】に記載されたことより塗布時に基材のズレが生じにくくて加工スピードが上がる」という効果も奏されるのであり、それらの効果は引用発明や乙第1号証に記載のところからは予測されないのである。

第4 審決取消事由に対する被告の反論
 1 取消事由1(相違点の判断の誤り)に対し
 (1) 補正発明1の認定の誤りについて
 補正却下決定は、平成12年6月20日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおり補正発明1を認定するものであって、誤りはない。
 (2) 引用発明の認定の誤りについて
 コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用発明において、基材中に少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生することである。
 特に、ナイロンの溶液は基材であるナイロン織物に対して濡れやすいこと、基材であるナイロン織物には織物である以上織物を構成する糸間に微細な空間があり毛細管現象が生じやすいことは技術常識であり、引用例記載の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、「ナイロン…の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶剤を除去する湿式凝固方式によって生成される」ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることである。

 引用発明においても、基材表面にコーティングされたナイロンの溶液が基材中に含浸され、結果として基材中に湿式ナイロンが含まれることは、引用例の【0013】中の「凹凸のある繊維布帛を被覆して平滑面を生成し、しかも着色層を受け止め、ある程度内部に拡散させるために、多孔質樹脂層は繊維布帛自体の厚みを越えてさらに0.5〜20μm程度の層に形成されるように設計することが好ましい。繊維布帛の繊維間隙にも多孔質樹脂層は形成されて、多孔質樹脂層と繊維とは密着性の良い一体構造となる。」旨の記載からも明らかである。
 (3) 補正発明1の進歩性判断の誤りについて
 (3)−1 補正却下決定は、先に示したように、補正発明1と引用発明の一致点及び相違点を認定した上、相違点に関し次のとおり説示する。
 (イ)本願明細書中の実施例をみても、基材中や基材裏面に湿式ナイロンが5〜10重量%存在した方が存在しない場合より有利な効果を奏することは明らかでない。

 (ロ)むしろ、明細書の発明の課題、効果などの記載からみれば、本件補正前の発明にあっても補正後の発明にあっても、発明の本質的部分は、「基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材」にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として、基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めるというにある。
 (ハ)これに対して、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、本件補正後の発明と同様に、「ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させる」(3頁右欄34〜37行)ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生することでもある。

 補正却下決定は以上のことを示し、その上で、「これらを考慮すれば、本件補正後の発明は、全体として当業者が容易になし得る発明とするのが相当である。」としており、容易であることの論理づけがされているのは明らかである。
 (3)−2 「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」ことの技術的意義は、本願明細書の記載からは読み取れない。
 本願明細書の記載事項からは、基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量が、特定の製造方法でラベル素材を製造するとき2枚の基材のズレが生じるという製造上の問題が生じない量で、しかも上記の製造方法でラベル素材を製造するとき2枚の基材が剥がれなくなるという製造上の問題、及び裏面をホットメルト加工又は粘着加工後、衣服等の被接着物に付けたときにホットメルト層又は粘着層と結合した湿式ナイロンの破壊が起こってしまうという問題が生じるまでには至らない量ということが分かるだけであって、「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」ときの意義は記載されていない。

 すなわち、基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量は、存在する湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和のみによって特定されるものではなく、存在する湿式ナイロンの全量、基材中及び基材の裏面に存在する湿式ナイロン量のうちの裏面に存在する割合によっても変わるものであるが、これらの特定がない補正発明1において、基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量が製造上及び湿式ナイロン層破壊の問題が生じるまでには至らない量であることと、「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」こととは対応関係にないから、基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量についての技術的意義が、この発明の「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」ことの技術的意義であるということはできない。

 2 取消事由2(効果の看過)に対し
 (1) 発明の進歩性の判断は、その発明の構成が当業者が容易になし得たか否かによって判断されるものであって、発明の効果を必ず考慮しなければならないということではない。
 「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」ことの技術的意義が明確ではないことは前示のとおりであるが、さらに、被接着物からの脱落がほとんどない等の効果は、本件補正後の発明の一態様の効果というべきであって、発明全体の効果であるとはいえないし、当業者が容易に予測し得る効果にすぎない。
 (2) ラベル素材を被取付け物に取り付ける手段としては、ラベル素材の裏面にホットメルト加工又は粘着加工を施し、形成されたホットメルト層又は粘着層の作用により接着するという本願明細書に記載された手段ばかりでなく、引用例の【0022】に記載された、ラベル素材を被取付け物に直接縫い付ける手段もある。

 湿式ナイロンよりなる層を設けない基材の裏面にホットメルト層又は粘着層を設けたものは、補正発明1を特定する事項ではなく、本件補正発明1のラベル素材の一実施例にすぎなく、被接着物からの脱落がほとんどないという効果は、補正発明1全体についていえる効果であるとはいえない。
 ホットメルト加工又は粘着加工後にカールが発生しない効果についても同様に上記の一態様の効果にすぎない。
 塗布時に基材のズレが生じにくくて加工スピードが上がるという効果も、基材を2枚重ねて加工するという特別な製造方法により製造したときの効果であり、製造方法を発明を特定する事項としない補正発明1全体の効果とはいえない。
 (3) さらに、被接着物からの脱落がほとんどないという効果は、当業者が容易に予測し得る効果にすぎない。乙第1号証(特公平3−24335号公報)によれば、ナイロン織物基材の両面に湿式ナイロン層を有し、さらにその片面に感熱接着剤層を有するラベルは、衣服に接着固定した場合、感熱接着剤層と結合した裏面の湿式ナイロン層が破壊される、その結果衣服から脱落しやすいことが示唆される。

 してみれば、裏面に破壊されやすい湿式ナイロンが無いか又は少ないため、大きい剥離強度を有し、被接着物からの脱落がほとんどないという効果が奏されることは、当業者が容易に予測し得る程度のことにすぎない。

第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点の判断の誤り)について
 当裁判所は、以下の(1)ないし(4)で説示するとおりの理由により、取消事由1は理由がないと判断するものである。
 (1) 相違点の技術的意義について
 (1)−1 補正却下決定において相違点と認定した補正発明1の構成である「湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%」についての技術的意義ないし作用効果について検討する。
 (1)−2 上記構成に関連して、本願明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明及び図面には、以下の記載がある。
 ◇【0009】

 「織物の打ち込み数は、好ましくは、170本〜210本/inchとする。170本/inch未満であると、裏面への塗料漏れが大きくなって、後記する「分離する工程」で2枚の基材が剥がれなくなり、一方210本/inchを超えると、裏面への塗料漏れが無くなり、塗布時に基材のズレが生じる。また、基材の厚さは、通常、80〜150μ、好ましくは、100〜120μである。」
 ◇【0011】
 「本発明においては、湿式ナイロン層は基材の片面に設けるが、基材の中及び基材の裏面に湿式ナイロンが存在してもよく、存在する湿式ナイロンの全量のうち、基材の中の量及び基材の裏面に存在する量の和は20重量%以下とする。好ましくは、5〜10重量%である。20重量%を超えると、裏面をホットメルト加工又は粘着加工後、衣服等の被接着物に付けたときにホットメルト層又は粘着層と結合した湿式ナイロンの破壊が起こってしまう。このように、本発明においては基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量が少なく、あるいは存在しないので、裏面では湿式ナイロンが連続皮膜を形成しておらず、その全面において又は一部において織物の生地目が露出している。」

 ◇【0013】
 「本発明のラベル素材は、図4に示すごとく、基材(2)となるナイロン織物2枚又はナイロン/ポリエステル芯鞘織物2枚を重ねて上方から下方に移動させつつ、重ねた織物の両側から、ドクターナイフ(7)を用いてドクターコーティング法により塩化カルシウム・メタノール溶液にナイロンを溶解させた塗料(本明細書では、適宜、「ナイロン塗料」ともいう)(8)を塗布し、水に浸漬させて塗膜を凝固させ、溶媒を抽出し、乾燥し、次いで2枚の織物を分離することによって得られる。ここに、裏漏れが大になると剥がせなくなるという観点より、ナイロン塗料の粘度は2000mPa・s以上にする。また、2枚重ねの織物を上方から下方に供給するのは、塗布量(ないしは裏抜け量)を調節するのに便利だからである。また、「2枚の織物を分離する工程」においては、塗料を塗布した際に一部が織物に侵入して裏面に達して2枚の織物がくっついてしまう場合には2枚の織物を剥がす必要があり、また裏面に達する量が極少ない又は無い場合には2枚の織物を単に分ける。従って、本明細書においては、「分離する」とは「剥がす」及び「分ける」を共に含む概念である。なお、織物中及び裏面に20重量%を超えて湿式ナインが存在するようになる量で塗料を塗布すると「分離工程」で2枚の織物を剥がすのが困難となる。」
 ◇図4(ラベル素材の製法におけるコーティング工程を示す概略図)


 (省略)

 ラベル素材の基材2枚を重ねて上方から下方に移動させつつ、重ねた織物の両側からドクターコーティング法によりナイロン塗料を塗布する方法を示すもの。
 (1)−3 以上の記載からすると、「湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、基材中に存在する湿式ナイロンの量及び基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和」の割合である「5〜10重量%」という数値範囲に関連して、本願明細書には、
 (イ)ラベル素材を、基材に図4に示すような方法で塗料を塗布したものを、凝固し、溶媒抽出し、乾燥した後2枚の織物を分離する方法によって製造する場合において、裏面への塗料漏れにより湿式ナイロンが基材の裏面に適量存在する場合には、塗布時に基材のズレ、塗布後の分離困難の問題がなく製造上有利であること(【0009】、【0013】)、

 (ロ)湿式ナイロンが基材中及び基材の裏面に20重量%を超えて多く存在しすぎると、ホットメルト層又は粘着層と結合した湿式ナイロンの破壊が起こるが、それより少量のときはそのような破壊が起こりにくいこと(【0011】)、
という作用効果が奏される旨が記載されているものと認められる。
 ここで、上記(ロ)における湿式ナイロンの破壊のしやすさという性質は、「ホットメルト層又は粘着層と結合した、破壊しやすい湿式ナイロンが少ないためと考えられる」(本願明細書の発明の詳細な説明【0020】。甲第2号証)のであるから、「湿式ナイロンの基材中の量及び基材の裏面に存在する量」のうち、「基材の裏面に存在する湿式ナイロン量」に基づく作用効果であると認められる。
 そうすると、上記(イ)(ロ)の作用効果は、ともに「基材の裏面に存在する湿式ナイロン量」の作用効果であると認めることができる。

 (1)−4 そこで、補正発明1が規定する「存在する湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和」の割合が、上記作用効果が由来する「基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量」と関係づけられるか否かについてみてみる。
 ここで、「湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量」をa、「基材中に存在する湿式ナイロンの量」をb、「基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量」をc、「存在する湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和」の割合をxとしてみると、補正発明1の前記構成である「存在する湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5〜10重量%」は、


 x=(b+c)×100/(a+b+c)=5〜10(重量%)

と表すことができる。
 この式から明らかなとおり、xは、cのほか、aとbの値により変動する値である。そして、a,bとも変動し得る値であって、xとcとは直接対応する関係ではないことは、次に説示するとおりである。
 1) 基材中に存在する湿式ナイロン量bについて
 補正発明1におけるような、ナイロン溶液塗料を塗布したものを、凝固し、溶媒抽出し、乾燥するいわゆる湿式凝固方式(引用例の【0011】)において、ナイロンの溶液は基材であるナイロン織物に対して濡れやすいこと、基材であるナイロン織物を構成する糸間に微細な空間があり毛細管現象が生じやすいことは技術常識であり、ラベル素材の基材にコーティングされたナイロン塗料の一部は基材中へ含浸されるものであることについては、原告も争うところではない。

 そして、その含浸の程度は、原告が主張するように、一般的には織物の打込み数、塗料の粘度、さらに、製造工程での基材の供給スピードやドクターナイフの押圧も影響を与え得るものであるが、ラベル素材の通常の製造条件下においては、例えば引用例(甲第4号証)に「凹凸のある繊維布帛を被覆して平滑面を生成し、しかも着色層を受け止め、ある程度内部に拡散させるために、多孔質樹脂層(判決注:湿式ナイロン)は繊維布帛自体の厚みを越えて更に0.5〜20μm程度の層に形成されるように設計することが好ましい。繊維布帛の繊維間隙にも多孔質樹脂層は形成されて、多孔質樹脂層と繊維とは密着性の良い一体構造となる。」(【0013】)、と記載されているように、含浸されたナイロンは、通常のラベル素材の湿式凝固条件下では、基材の少なくとも内部の表面近傍部分全体にわたり繊維布帛の繊維間隙を埋めるように存在するように設けられるものと認められる。
 このことからすると、基材中に存在する湿式ナイロン量bは、少なくとも基材の空隙割合に関係する値となる。そして、少なくとも、基材中に存在する湿式ナイロン量bは、空隙割合が多くなる(例えば、同種同径の糸を用いる場合には打込み数が少なくなる)に従い多くなることは明らかであるし、その他、基材の厚さにも関係する場合があると推認することができる。a,cを一定値とした場合、基材中に存在する湿式ナイロン量bを多くした場合、xは大きくなる。(x=(b+c)×100/(a+b+c)において、bのみ増加するとき、分子における増加割合は分母のそれより大きいことからくる帰結である。)。
 2) 基材表面に存在する湿式ナイロン量aについて
 基材表面に存在する湿式ナイロン量aは、同じ塗料を同条件で塗布した場合には湿式ナイロン表面層の厚さが厚くなるに従い多くなることは明らかである。そして、b、cを一定値とした場合、基材表面に存在する湿式ナイロン量aを多くした場合、xは小さくなる。(x=(b+c)×100/(a+b+c)において、aのみ増加するとき、分母のみ大きくなることからくる帰結である。)

 3) しかしながら、これらa,bに影響することが明らかな要素、例えば、上記湿式ナイロン表面層の厚さや基材の打込み数などについて、補正発明1が要件として限定しているものではないから、「基材の裏面に存在する湿式ナイロンの量」cと、「存在する湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和」の割合xとは、対応する関係にないことが明らかである。
 したがって、xを所定割合に限定することと、cが所定範囲にあることとは、関連するものということはできない。
 (1)−5 なお、a,bが、請求の範囲に規定されていないものの、技術常識からみて所定の範囲の値をとるものか否かについて、念のため検討してみる。
 本願明細書には、a,bへ影響する要素の一部である、基材の打込み数の好ましい範囲(170本から210本/inch)及び厚さの通常の範囲及び好ましい範囲が各80〜150μ、100〜120μと記載され(【0009】)、湿式ナイロン表面層の厚さの通常の範囲及び好ましい範囲が各3〜20μ、10〜15μと記載されており(【0010】)、また、実施例1、2には、打込み数が各200本(70d)、210本(80d)の基材(厚さ不明)を用いた場合の全湿式ナイロン量(a+b+c)が各10g/m2及びx値が各10重量%、5重量%であることが記載されている。(湿式ナイロン表面層の厚さは不明)

 また、引用例(甲第4号証)には、湿式ナイロン表面層の厚さは0.5〜20μ(【0013】)であること、また、実施例ではその厚さが12.5μ(=(110−85)/2:両面同じ厚さとしたとき)、基材の厚さが85μであること(打込み数は不明)、乙第1号証には、表面側の付着量について制限はない(第4欄第6〜7行)こと、実施例には、径108本/inch(70d)、緯90本/inch(70d)の基材(厚さ不明)が用いられることが記載されている。
 これらの記載からすると、a,bの一つの決定要因である湿式ナイロン表面層の厚さや基材の打込み数、厚さについて、ある程度の範囲を取り得ることが示されているものであり、特定値のものを用いるという技術常識はないと評価せざるを得ない。
 (1)−6 しかも、本願明細書に記載された条件内においてすら、x=5〜10とc量の望ましい値とが対応関係にないことは、以下に示すとおりである。

 実施例1として、打込み数200本/inchの基材に、ラベル素材に湿式ナイロン層を設ける際の通常の条件と認められる条件下で湿式ナイロン層を形成した場合、x値が10の上限となり、この場合に基材裏面の湿式ナイロン量cが所期の効果を奏する適量となることが記載されている(【0015】)。
 そうだとすると、好ましい範囲内であって実施例1のものより少ない打込み数、例えば、打込み数が170本/inchの基材を用いた場合、基材の空隙量が増えるから、基材中の湿式ナイロンの量bが増える。基材裏面の湿式ナイロンが実施例1におけるのと同じ適量存在するためには、実施例1と同じ湿式ナイロン表面層の厚さとすると、x値は範囲の上限10を越える値とする必要がある(x=(b+c)×100/(a+b+c)において、bのみ増加するとき、分子における増加割合は分母のそれより大きい。)。すなわち、この場合x=5〜10の範囲内ではcは適量を取り得ないことになる。

 まして、湿式ナイロン表面層の厚さや基材の打込み数両者を共に変動させると、適量のcは更にx=5〜10の範囲をはずれる程度が大きくなるものが存在することとなる。さらには、a,bに影響を与える要素は、湿式ナイロン表面層の厚さや基材の打込み数に限らないのである。
 このように、仮に本願明細書に記載された条件に従ったとしても、xが5〜10の範囲であることと、基材の裏面に存在する湿式ナイロン量cが所定の値であることとは、対応するものとはなっていないものである。
 (1)−7 基材の裏面の湿式ナイロン量cに由来する作用効果が、前記のように本願明細書に記載されているのであるが、以上説示したところによれば、この作用効果をもって、相違点の構成に係る「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5〜10重量%である」との点の作用効果ないし技術的意義ということはできない。結局、「湿式ナイロンの全量のうち基材中の量及び基材の裏面に存在する量の和が5重量%〜10重量%である」という補正発明1の構成の技術的意義については不明瞭というほかなく、この構成は、せいぜい、基材中及び基材裏面の湿式ナイロンが表面層に比し僅かに存在することを示し及びその存在量を単に数値の範囲で限定したという程度の意義を有するにすぎないものと認められる。


 (2) 補正発明1の認定の誤りの主張について
 したがって、補正発明1の上記相違点に係る構成は、明細書に記載のような技術的意義を有するものとは認められず、せいぜい、湿式ナイロンの基材中及び基材裏面に表面層に比し僅かに存在すること及びその量を単なる数値の範囲で限定したという意義を有するにすぎない。したがって、上記補正却下決定が「基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めるというにあるものと認められる。」とした判断に、誤りはないことに帰する。


 (3) 引用発明の認定の誤りについて
 一般の基材への塗料の含浸は、原告主張のとおり、例えば、織物の打込み数、塗料の粘度、さらに、製造工程での基材の供給スピードやドクターナイフの押圧にも影響されるものであるが、ラベル素材のいわゆる湿式凝固方式においては、ナイロンは基材に容易に含浸され繊維布帛の繊維間隙を埋め、その余の部分が布帛自体の厚みを越えて布帛層表面に形成されるものと認められる(引用例(甲第4号証)の【0013】)。したがって、補正却下決定が、「引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生する」とした認定に誤りはない。


 (4) 補正発明1の進歩性判断の誤りの主張について
 被告が指摘する補正却下決定の理由(イ)〜(ハ)(本判決10頁)に即してみるに、まず(イ)の「本願明細書中の実施例をみても、基材中や基材裏面に湿式ナイロンが5〜10重量%存在した方が存在しない場合より有利な効果を奏することは明らかでない」点は、前示のとおり後者の技術的意義が明らかでないから、これと他のものを比較した場合の効果も明らかでないとした(イ)の説示に誤りはない。
 (ロ)の「むしろ、明細書の発明の課題、効果などの記載からみれば、本件補正前の発明にあっても補正後の発明にあっても、発明の本質的部分は、「基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材」にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として、基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めることにある」との認定部分も誤りはないことは、前記(2)において説示したとおりである。ただし、「基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として」との説示部分は、補正発明1の構成からみて誤りであるが、この誤りは、「基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めることにある」との認定部分に影響を与えるものではない。

 次に(ハ)の補正却下決定の説示部分、すなわち、「これに対して、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、本件補正後の発明と同様に、「ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶媒中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させる」ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベルにおいて、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生することでもある」との説示部分について、原告は本判決5頁の@とAのように述べている。
 この@の主張についてみると、補正却下決定は、ラベル素材という特定のものに適用する湿式凝固方式における技術常識から「少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かにかかわらず、容易に発生することでもある」との結論を導いているのであって、原告主張のように本願明細書の記載を根拠にして引用発明の内容を認定しているものではないことは明らかであり、@の主張は理由がない。
 また、Aの主張が前提としている、「技術的意義を有する「5〜10重量%」なる構成要件」に技術的意義を認めることはできないことは前示のとおりである(本判決19頁)。Aの主張は、この数値範囲に技術的意義があること前提とするものであって、理由がない。
 補正却下決定は、相違点についてこれら(イ)(ロ)(ハ)の理由をもって、補正発明1には進歩性がないと認定判断したものであり、そこに誤りはない。


 2 取消事由2(効果の看過)について
 原告は裏面に存在する湿式ナイロン量に基づく効果を主張するが、この点は補正発明1で規定されていないから、この点によって奏されるとされる効果は、補正発明1に基づく効果ということはできない。
 補正発明1のラベル素材は、裏面にホットメルト層又は粘着層を設けることを構成とするものではないから、このような使用態様による効果として本願明細書【0020】に記載されているカールが発生しない点は、補正発明1の効果であるということはできない。
 また、補正発明1のラベル素材は物の発明であって、製造方法の発明ではなく、特定の製造方法でのみ製造される物でもない。例えば、補正発明1のラベル素材は、1枚の織布に対し片面から塗料をコーターで塗布して片面に塗膜を形成するといった方法でも製造されるものである。したがって、基材を2枚重ねて加工するという特定の製造方法における効果(塗布時に基材のズレが生じにくく、加工スピードが上がり、2枚を分離しやすいという原告主張の効果)は、補正発明1の効果とはいうことはできない。

 したがって、取消事由2も理由がない。

第6 結論
 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成15年1月21日口頭弁論終結)
 東京高等裁判所第18民事部


         裁判長裁判官       塩   月   秀   平


            裁判官       古   城   春   実


                       裁判官       田   中   昌   利




          平成13年(行ケ)第527号 不服2000−7709

    補正却下決定の理由

1.本願は、平成10年9月29日の出願であって、平成12年6月20日付け手続補正書に基づく明細書の補正は、特許請求の範囲の記載を下記の請求項1記載のとおりとするものである。
「請求項1
 基材としてのナイロン織物またはナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けてなり、ここに、該湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、該基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%であることを特徴とするラベル素材。」


2.そして、本件補正は、特許法第17条の2第1項第3号に基づく補正であって、本件補正前の請求項1中の「20重量%以下」を「5〜10重量%」とするとともに、請求項2以下を削除するものであるから、同条第3項第2号に該当する。
 しかしながら、補正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明は、原審の拒絶理由に引用された本願の出願前に頒布された刊行物である特開平5−204313号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができる程度のものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。


3.すなわち、引用例には、
(ア)「繊維布帛の一方・・・の表面に多孔質ナイロン樹脂層・・・を有する構造体・・・から構成されている衣料用表示ラベル」(第3頁左欄第5〜16行)
(イ)「繊維布帛が、ナイロン・・・を主要構成繊維とする織物である・・・衣料用表示ラベル。」(第3頁左欄第17〜20行)
(ウ)「かかる多孔質構造を生成するには、ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させることができる。」(第3頁右欄第34〜37行)
などの記載がある。
 これらを総合すると、引用例には、「基材としてのナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」が記載されているものと認められ、これを本件補正後の発明と対比すると、両者は、「基材としてのナイロン織物またはナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設け(た)ラベル素材」である点で実質的に一致するものと認められる。一方、本件補正後の発明が、「湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が5〜10重量%である」のに対して、引用例には、その記載がない点で相違する。

 ところで、本願明細書中の実施例をみても、基材中や基材裏面に湿式ナイロンが5〜10重量%存在した方が全く存在しない場合より有利な効果を奏することは何ら明らかでない。
 むしろ、明細書の発明の課題、効果などの記載からみれば、本件補正前の発明にあっても補正後の発明にあっても、発明の本質的部分は、「基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材」にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として、基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めるというにあるものと認められる。
 これに対して、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、本件補正後の発明と同様に、「ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させる」(第3頁右欄第34〜37行)ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に5〜10重量%といった少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かに拘わらず、容易に発生することでもあると認められる。


4.これらを考慮すれば、本件補正後の発明は、全体として当業者が容易になし得る発明とするのが相当である。
 よって、本件補正後の発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。


5.したがって、本件手続補正は、特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第4項に違反するので、同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。



    審決の理由


1.本願は、平成10年9月29日の出願であって、その発明は、平成11年8月11日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された下記のものにあると認める。
「請求項1
 基材としてのナイロン織物またはナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けてなり、ここに、該湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、該基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、該基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が20重量%以下であることを特徴とするラベル素材。
 請求項2
 該湿式ナイロン層の表面が王研式透気度平滑度試験機(旭精工社製)を用いて測定した値で80秒以上の平滑度を有し、該湿式ナイロンよりなる層を設けていない基材の裏面に生地目が露出していることを特徴とする請求項1記載のラベル素材。

 請求項3
 該湿式ナイロンよりなる層の厚みが3〜20μである請求項1または2記載のラベル素材。
 請求項4
 ナイロン織物2枚またはナイロン/ポリエステル芯鞘織物2枚を重ねて上方から下方に移動させつつ、重ねた織物の両側から、塩化カルシウム・メタノール溶液にナイロンを溶解させた塗料を塗布し、水に浸漬させて塗膜を凝固させ、溶媒を抽出し、乾燥し、次いで2枚の織物を分離することを特徴とする請求項1記載のラベル素材の製法。」
 なお、平成12年6月20日付け手続補正は、別途補正却下された。


2.これに対して、原審の拒絶理由に引用された本願の出願前に頒布された刊行物である特開平5−204313号公報(以下「引用例」という。)には、
(ア)「繊維布帛の一方・・・の表面に多孔質ナイロン樹脂層・・・を有する構造体・・・から構成されている衣料用表示ラベル」(第3頁左欄第5〜16行)
(イ)「繊維布帛が、ナイロン・・・を主要構成繊維とする織物である・・・衣料用表示ラベル。」(第3頁左欄第17〜20行)
(ウ)「かかる多孔質構造を生成するには、ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させることができる。」(第3頁右欄第34〜37行)
などの記載がある。
 これらを総合すると、引用例には、「基材としてのナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」が記載されているものと認められ、これを本願の請求項1に係る発明と対比すると、両者は、「基材としてのナイロン織物またはナイロン/ポリエステル芯鞘織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設け(た)ラベル素材」である点で実質的に一致するものと認められる。一方、本件補正後の発明が、「湿式ナイロンよりなる層に存在する湿式ナイロンの量、基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量を合計した湿式ナイロンの全量に対して、基材中に存在する湿式ナイロンの量および基材裏面に存在する湿式ナイロンの量の和が20重量%以下である」のに対して、引用例には、その記載がない点で相違する。

 ところで、本願明細書中の実施例をみても、基材中や基材裏面に湿式ナイロンが20重量%存在した方が全く存在しない場合より有利な効果を奏することは何ら明らかでない。
 むしろ、明細書の発明の課題、効果などの記載からみれば、本願の請求項1に係る発明の本質的部分は、基材の片面にのみ湿式ナイロンよりなる層を設けたラベル素材にあり、基材中や基材裏面には湿式ナイロンが存在しないことを前提として、基材の表面に塗布されたナイロンが基材中や基材裏面に転移したとしても、その量が表面の量に比してごく僅かに止めるというにあるものと認められる。
 これに対して、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」は、本願の請求項1に係る発明と同様に、「ナイロン・・・の溶液を基材の上にコーティングし、水などの非溶剤中に浸漬して溶媒を除去する湿式凝固方式によって生成させる」(第3頁右欄第34〜37行)ものであるから、結果として、コーティングされたナイロンの一部が基材中に含浸されることは当然あり得ることであり、引用例の「ナイロン織物の片面に湿式ナイロンよりなる層を設けた衣料用表示ラベル」において、基材中や基材裏面に20重量%以下の少量の湿式ナイロンが含浸されることは、意図するか否かに拘わらず、容易に発生することでもあると認められる。

 これらを考慮すれば、本願の請求項1に係る発明は、全体として当業者が容易になし得る発明とするのが相当であって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4.したがって、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく拒絶をすべきものである。