H15. 1.29 東京高裁 平成13(行ケ)96 特許権 行政訴訟事件

平成13年(行ケ)第96号 審決取消請求事件(平成15年1月20日口頭弁論終結)
          判         決
           原      告   ダイニチ工業株式会社
             訴訟代理人弁理士   吉   井       剛
       同          吉   井   雅   栄
           被      告   三菱電機株式会社
             訴訟代理人弁護士   近   藤   惠   嗣
          主         文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
     特許庁が平成11年審判第35764号事件について平成13年1月22日にした審決を取り消す。

第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は,名称を「温風暖房機」とする特許第1841614号発明(昭和59年8月22日出願,平成6年5月12日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。原告は,平成11年12月20日,本件特許の無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を平成11年審判第35764号事件として審理した結果,平成13年1月22日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月7日,原告に送達された。
 2 本件発明の要旨
   液体燃料を気化させる気化器と,液体燃料の気化ガスと空気との予混合気を燃焼させるバーナーと,燃焼ガスと空気を混合させた温風を送風ファンにより水平面に対し下向きケース外へ吹き出す通路を形成する熱遮蔽板及びダクトとを備えた温風暖房機において,

   上記バーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させるとともに上記気化器を前方に設けたことを特徴とする温風暖房機。
 3 審決の理由
   審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)は,特許請求の範囲について,これが明りょうでないとか,発明の構成に欠くことができない事項(以下「必須要件」という。)でないものが記載されているとはいえないから,特許法(昭和62年法律第27号による改正前のもの)36条4項に違反しているということはできず,かつ,本件発明は,実願昭54−142070号(実開昭56−58044号)のマイクロフィルム(審判甲1,本訴甲24。以下「甲24」という。),特開昭55−38427号公報(審判甲2,本訴甲23。以下「甲23」という。),実願昭55−28090号(実開昭56−128940号)のマイクロフィルム(審判甲3),「ダイニチブルーヒーター取扱説明書・注意書」(審判甲4,本訴甲5。以下「甲5」という。),「公知の石油ファンヒーター(公知構造)」(審判甲13,本訴甲14),「販売製品(FA−261)の現品写真」(審判甲14,本訴甲15),「FA−261参考平面見取図」(審判甲15,本訴甲16。以下「甲16」という。),実願昭55−12915号(実開昭56−115651号)のマイクロフィルム(審判甲17,本訴甲17。以下「甲17」という。),実願昭57−81911号(実開昭58−184145号)のマイクロフィルム(審判甲18,本訴甲18),実願昭57−81912号(実開昭58−184151号)のマイクロフィルム(審判甲19,本訴甲19),実願昭55−88000号(実開昭57−11452号)のマイクロフィルム(審判甲20,本訴甲20。以下「甲20」という。),実願昭56−108142号(実開昭58−15862号)のマイクロフィルム(審判甲21,本訴甲21)及び「東芝開放式石油ストーブ取扱説明書・注意書(形名KSG33MTR)」抜粋(審判甲23,本訴甲22)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえず,特許法29条2項に違反しているといえないから,本件特許を無効とすることはできないとした。

第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本件明細書の特許請求の範囲の記載不備を看過し(取消事由1),本件発明は当業者が上記の各発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえないとの誤った判断をした(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(明細書の記載不備の看過)
  (1) 審決は,本件明細書の特許請求の範囲中「気化器を前方に設けた」の記載を「気化器をカートリッジタンクの前方に設けた」の意味に限定解釈することにより,本件明細書の特許請求の範囲は明りょうであり,必須要件のみが記載されていると判断する(審決謄本5頁第1,第2段落)。しかしながら,この限定解釈によっても,本件明細書の特許請求の範囲の記載は明りょうではない。
  (2) 審決のように,「前方」は「カートリッジタンクの前方」の意味であると解しても,カートリッジタンクの斜め前方でバーナーの後方,カートリッジタンクの斜め前方でバーナーの前方等,種々の配置が含まれる。このような種々の配置の中で,気化器をカートリッジタンクの前方でバーナーの脇に配置する構成は,明らかに本件発明から除外されるべきであるにもかかわらず,「前方」を単に「カートリッジタンクの前方」の意味であると解釈したのでは,上記のような除外されるべき構成も本件発明に含まれてしまう。

  (3) 本件発明が解決しようとした課題は,従来の温風暖房機は奥行が長く,これを短くするには気化器をカートリッジタンクの脇に配設しなければならず,そうすると間口が広くなるという問題点があったため,この問題点を解決することであった。そして,温風暖房機において奥行を短くし間口を広くしないというのが,本件発明の奏する作用効果である。
    そうすると,バーナーを後方に傾斜させること,気化器をカートリッジタンクの前方に置くことだけでは不十分であり,気化器をカートリッジタンクとバーナーのいずれの脇でもない位置に置くという構成を採用して,初めて,本件発明の作用効果を奏することができる。例えば,気化器がバーナーの脇に置かれた場合も,脇にバーナーがあるため間口が広がってしまい,本件発明の作用効果を奏することができない。

    以上のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の「前方」は,カートリッジタンクの前方であって脇にバーナーのない位置,バーナーの前方であって脇にカートリッジタンクのない位置,カートリッジタンクとバーナーとの間の前方であって脇にカートリッジタンクもバーナーもない位置を意味し,これが,本件発明の作用効果を奏するために必要な気化器の位置であり,「前方」は,これらの要件を全部満たす必要十分な範囲が気化器の位置を意味するものと限定解釈されるべきであるから,その記載は,不明りょうであり必須要件でない事項を含むというべきである。
  (4) 被告は,本件発明が,熱遮蔽板と整流板の間に温風が混合する空間を必要とするために温風暖房機の奥行が長くなるという問題点(以下「問題点A」という。)を,バーナーを垂直面に対して後ろ向きに傾斜させることで解決し,他方,バーナーと気化器をカートリッジタンクの脇に置くと奥行が短くなるが間口が広がるという問題点(以下「問題点B」という。)を,気化器を前方に設けたことにより解決するものであると主張する。

    しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲には,「気化器を前方に設けた」と記載され,また,奥行を短くして間口を広げないことで問題点A及びBの双方を解決するために重要な点は,気化器をどこに配置するかであって,バーナーの位置ではないから,本件発明の「気化器を前方に設けた」という構成要件の解釈に当たって,気化器ではなくバーナーの位置をもって位置関係を論ずることは誤りである。
    本件明細書の特許請求の範囲には,単に「気化器を前方に設けた」と記載されているだけで,気化器が何に対して前方であるのか,気化器とバーナーの位置関係について何ら記載されていない。また,本件明細書の発明の詳細な説明を参酌して,このような不明りょうな記載を解釈することは,本件明細書の他の記載との間で矛盾を生ずる。

 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)
  (1) 審決は,本件発明の進歩性の判断に際し,各公知文献記載の発明と本件発明の一致点及び相違点をそれぞれ認定しており,主引用例を決め,本件発明と主引用例との一致点及び相違点を認定し,相違点を副引用例により解消し得るかどうかを認定判断をしていないため,各公知文献に記載された発明の組合せの困難性について判断しておらず,本件発明の進歩性の判断を誤っている。
    審決は,審判甲号各証に,液体燃料を気化させる気化器を前方に設けること,液体燃料の気化ガスと空気との予混合気を燃焼させるバーナー,燃焼ガスと空気を混合させた温風を送風ファンにより水平面に対し下向きケース外へ吹き出す通路を形成する熱遮蔽板及びダクト,バーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させることを組み合わせることについての記載がないことのみをもって,本件発明の進歩性を肯定し(審決謄本9頁(2)−7),組合せの困難性を判断していない。

    本件発明の進歩性は,甲5,16に記載された温風暖房機(以下「引用温風暖房機」という。)を主引用例とし,これと本件発明との相違点が甲23,24を副引用例として解消し得るかどうかにより判断すべきである。
  (2) 本件発明と引用温風暖房機との相違点は,第1に,本件発明が,燃焼ガスと空気を混合させた温風を送風ファンにより水平面に対し下向きケース外へ吹き出す通路を形成する熱遮蔽板及びダクトを備えるのに対し,引用温風暖房機は,燃焼ガスと空気を混合させた温風を送風ファンにより水平にケース外へ吹き出す通路を形成する熱遮蔽板及びダクトを備える構成である点(以下「相違点1」という。),第2に,本件発明がバーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させるのに対し,引用温風暖房機のバーナーは垂直に立っている点(以下「相違点2」という。)であり,その余の構成は,すべて一致している。また,相違点1は,当業者が容易に想到し得る周知の設計事項である。

    相違点2は,当業者にとって,甲23,24から容易に想到し得る技術事項である。すなわち,甲23には,バーナーを傾斜させることで温風暖房機全体の間口や奥行の長さを適宜設定し得る旨の技術事項が開示されている。確かに,甲23には,バーナーを後方に傾斜させるという点の開示はないが,バーナーを傾斜させるという点の開示があり,甲23のポット式バーナーは,何らかの形状の暖房機本体に内装され,バーナーをいずれかの方向に傾斜させることの開示があるから,間口や奥行など,温風暖房機の配置を決めるためバーナーを後方に傾斜させるという技術が開示されているということができる。したがって,相違点2は,甲23に接した当業者が容易に想到し得る技術事項であり,これを引用温風暖房機に適用することを妨げる特段の事情も認められない。
    また,甲24には,バーナーを後方に傾斜させる構成が開示されており,これを参酌するならば,引用温風暖房機と甲23との組合せは,当業者にとって一層容易ということができる。
  (3) 以上のとおり,本件発明は,当業者にとって,引用温風暖房機と甲23を組み合わせることによって容易に発明をすることができたものであり,進歩性を欠くというべきである。
第4 被告の主張
 1 取消事由1(明細書の記載不備の看過)について
  (1) 原告は,本件明細書の特許請求の範囲の「気化器を前方に設けた」という記載は,明りょうでなく,必須要件でないものを含むと主張する。
    しかしながら,本件発明の課題は,温風暖房機において,カートリッジタンクを気化器の間口方向一側に配置すると間口が広がるという問題点(問題点B)を回避しつつ,熱遮蔽板と整流板の間に温風が混合する空間を必要とするために温風暖房機の奥行が長くなるという問題点(問題点A)を解消することであるから,本件明細書の特許請求の範囲に記載された「気化器を前方に設けた」との構成は,カートリッジタンクを気化器の間口方向一側に配置せず気化器の後方に配置することを意味し,「前方」とは,カートリッジタンクの前方,すなわち,カートリッジタンクよりもケース前面寄りの位置を意味することは明らかであるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載は明りょうであり,必須要件でないものを含まない。

  (2) 原告は,気化器をバーナーの脇に配置する構成は本件発明の構成から除かれるなどとし,温風暖房機において,バーナーを後方に傾斜させる構成と,気化器をその脇でカートリッジタンクもバーナーもない位置に置くという構成により,初めて,間口を広げることなく奥行を短くするという作用効果が奏されるから,本件明細書の特許請求の範囲の「前方」は,そのような作用効果を奏する位置に限定解釈されるべきであると主張する。
    しかしながら,上記のとおり,本件発明の課題は,カートリッジタンクを気化器の間口方向一側に配置すると間口が広がるという問題を回避しつつ,温風暖房機の奥行を短くすることであり,温風暖房機の間口が可能な限りで最小になるように各部品を配置することではない。カートリッジタンクを気化器の間口方向に横並びに配置して間口が広がるという問題を回避するためには,気化器とカートリッジタンクを横並びに配置せずに,気化器をカートリッジタンクの前方に配置すれば足りる。したがって,「前方」とは,カートリッジタンクの前方,すなわち,カートリッジタンクよりもケース前面寄りの位置を意味するのであり,それ以上に「前方」の意味を限定して解釈すべき理由は存在しない。

  (3)  本件発明は,問題点Aを解決するに当たって,バーナーを後ろ向きに傾斜させることによって火炎の形を後傾させ,熱遮蔽板を後退させることで,熱遮蔽板と整流板との間に必要な空間を取りつつ,温風暖房機の奥行を短くし,問題点Bを生ずることなく問題点Aを解決したものである。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
  (1) 甲23について
    原告は,本件発明と引用温風暖房機の相違点2は,甲23に基づいて当業者が容易に想到し得る技術事項であると主張するが,甲23には,本件発明の構成要件のうち,バーナーを備えていること,バーナーを傾斜させること,温風暖房機であることが開示されているにすぎず,本件発明の構成中,燃焼ガスと空気を混合させた温風を送風ファンにより水平面に対し下向きケース外へ吹き出す通路を形成する熱遮蔽板及びダクトとを備えていること,バーナーを垂直面に対して後向きに傾斜させることは全く開示されておらず,しかも,炎口の位置や火炎の形についても全く言及されていない。

    また,甲23には,発明の効果として,温風暖房機の高さを低くする効果は開示されているが,間口を広げずに奥行を短くするという本件発明の効果は全く開示されておらず,むしろ,温風暖房機の幅を広げるという本件発明と正反対の効果が開示されている。
    このような甲23を引用温風暖房機と組み合わせても,本件発明の構成にはならない上,本件発明と正反対の効果を開示している引用温風暖房機は,甲23と同様,本件発明の上記課題を想起させないから,当業者にとって,これらを組み合わせることも容易ではない。
  (2) 甲24について
    原告は,甲24を参酌すると,引用温風暖房機と甲23との組合せは一層容易になると主張するが,甲24には,本件発明の構成要件のうち,バーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させること及び温風暖房機であることが開示されているだけである。

    また,甲24のバーナーは,後傾しているものの,本件発明を構成する,液体燃料の気化ガスと空気との予混合気を燃焼させるバーナーとは全く異なる,セラミックプレートを有するガスバーナーである。
    さらに,甲24の従来技術が,地面と並行に火炎が出るセラミックプレート炎孔を本体ケース前面に正対させて,その至近距離にガスバーナーを配置する構成であるのに対して,甲24には,ガスバーナーを本体ケース前面から離して,セラミックプレート炎孔を本体ケース後方やや上向きに配置した実施例が記載されているところ,この実施例のバーナーの配置は,従来技術よりも火炎の位置を低くする,ケース前面付近の無駄な空間を省略して温風暖房機の奥行を短くするといった本件発明の作用効果とは,全く正反対の作用効果を奏するものであり,当業者が本件発明の構成に想到することを阻害するものである。

  (3) 以上のとおり,当業者にとって,甲23,24と引用温風暖房機を組み合わせて本件発明を容易に想到することはできない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(明細書の記載不備の看過)について
  (1) 原告は,本件明細書は,その特許請求の範囲の記載中「気化器を前方に設けた」の意味が明りょうでなく,必須要件でないものが含まれる点で記載不備があると主張するので,この点について判断する。
  (2) 本件明細書(甲2,3)の特許請求の範囲には,「気化器を前方に設けた」と記載され,それ以上に,気化器の配置についての記載はない。そこで,本件明細書の発明の詳細な説明を参酌すると,以下の記載がある。
   ア〔発明が解決しようとする問題点〕(3欄)
    「上述のような従来の温風暖房機は,温風をケース11正面から下向きに吹き出させるために,カートリッジタンク1の前方に気化器5とバーナー6が設置されていると共に,熱遮蔽板7と整流板10の間に温風が混合する空間を必要とするために,温風暖房機の奥行が長くなり,また奥行を短くすると気化器5の間口方向一側にカートリッジタンク1が配置されるために間口(幅)が広くなり,暖房機が大型化するという問題があった。

     この発明は,上述説明したような従来のものの問題点を解決して,奥行が短く小型な温風暖房機を簡単な構成で提供することを目的としている。」
   イ〔作用〕(3欄)
    「この発明は,バーナーを後向きに傾斜させたことで,バーナーの炎口をケースの後側にずらすと共に,火炎も後傾することで,温風暖房機の間口を広くすることなく,奥行を短くして小型化を図ったものである。」
   ウ〔発明の効果〕(4欄)
    「以上説明したように,この発明によれば,温風を水平面に対して下向きに吹き出す温風暖房機において,バーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させるという簡単な手段により,間口が狭まく奥行が短く小型であると共に,燃焼が良好なものを提供できるという効果が得られる。」
  (3) 本件明細書の上記の記載を参酌するならば,本件発明は,温風暖房機の小型化に関し,気化器を後方にずらしてカートリッジタンクの側方に配置すると,奥行は短くし得るが,間口が広がってしまうという問題を生ずるので,従来技術と同様に気化器を前方に配置したまま,バーナーを後方に傾斜させることによって,間口を広げず奥行を短くしたものであると認められる。

    したがって,本件明細書の特許請求の範囲における「気化器を前方に設ける」との記載は,このような,気化器を後方に下げてカートリッジタンクの脇に配置するような構成を排除する意味で,気化器をカートリッジタンクの前方に配置する構成を採ったものであると理解し得る。本件明細書の特許請求の範囲の記載は,その発明の詳細な説明を参酌することにより,上記のように理解することができるから,特許請求の範囲の記載が明りょうでないということはできず,必須要件でないものを含むということもできない。
  (4) 原告は,本件発明の「気化器を前方に設けた」という構成要件の解釈に当たっては,バーナーの位置ではなく,気化器の位置が重要であると主張する。
    しかしながら,明細書の特許請求の範囲を解釈するに当たっては,一体の発明である本件発明の内容が全体として合理的に理解可能となるように解釈すべきである。そして,気化器の位置を解釈するに当たって,本件発明の構成要件であるバーナーの作用効果を検討し,これに基づいてその位置を検討することによって,本件発明の意義を明らかにして特許請求の範囲を解釈することは,当然のことである。

  (5) 原告は,本件発明について,バーナーを垂直面に対し後方に傾斜させること,気化器を前方に設けることの2点をもって,温風暖房機の間口を広げることなく奥行を短くしたものであるから,気化器の配置は,本件明細書の特許請求の範囲の文言どおりに,間口を広げることなく奥行を短くし得る位置に特定されなければならないと主張する。
    確かに,本件明細書の特許請求の範囲中「前方」の記載は,それ自体一義的に明確ということはできないが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することにより,上記のとおり「カートリッジタンクの前方」の意味であると解釈することができる。また,本件発明は,気化器によって加熱して発生した灯油蒸気をバーナーで燃焼させるものであるから,気化器とバーナーは隣接して配置されることが技術常識であり,この技術常識を無視し,気化器の位置をバーナーから離れたものとして解釈することは不合理である。

  (6) 原告は,本件明細書の特許請求の範囲の解釈について,問題点A及びBの双方を同時に解決し得るようにすべきであるとして,「前方」の解釈に関する審決の判断を非難するが,原告の上記解釈の当否はともかく,この主張に関する限り,原告も「前方」の意味が解釈可能であることを認めており,そうであるならば,「前方」の意味が明りょうでないとして,必須要件でないものが特許請求の範囲に記載されていることにはならない。したがって,この点に関する原告の主張は,本件明細書の記載不備の有無に関する審決の結論に影響を及ぼすものではない。
  (7) 以上のとおり,本件明細書の特許請求の範囲の記載が明りょうでないとか,必須要件でないものを含むということはできない。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
  (1) 本件発明がバーナーを垂直面に対し後向きに傾斜させる構成であるのに対し,引用温風暖房機は,この点が明らかではないが,原告は,甲23には,バーナーを傾斜させることで温風暖房機全体の間口や奥行の長さを適宜設定し得る旨の技術事項が開示されていると主張する。

    確かに,甲23には,特許請求の範囲(1頁左欄)において「有底筒形のバーナーを・・・傾斜して配置し・・・たことを特徴とする傾斜型ポット式燃焼装置」,発明の詳細な説明において「本発明の目的は,有底筒形のバーナーを傾斜させ・・・各種使用形態を幅広く適用し得る傾斜型ポット式燃焼装置を提供する」(2頁左上欄),「本発明によれば・・・傾斜形のバーナーであるため燃焼筒,熱交換器等をたて長にも横長にも構成することが可能となり,製品への適用範囲が拡がる。・・・これを温風暖房器に設けた場合は,温風の下吹き出しが可能となり商品性の向上が図れる」(3頁左上欄〜右上欄)との記載があるから,バーナーを傾斜させることで,ポット式燃焼装置のレイアウトを適宜変更し得ること,これを温風暖房機に適用し得ることが示唆されているということができる。
  (2) しかしながら,甲23には,上記のとおり,バーナーを傾斜させることで温風暖房機全体の配置を適宜設定することができるとの技術事項が開示されているものの,バーナーを傾斜させればバーナー及び火炎の水平投影長さが長くなることは当然であるから,甲23において機器の長さとバーナーの傾斜方向について特段の記載も示唆もない以上,甲23に接した当業者であれば,機器を短くしたい方向にはバーナーを傾斜させない構成に想到するというべきであって,機器を短くしたい方向にあえてバーナーを傾斜させるという構成を採用することは考え難い。
    これに対し,本件発明は,バーナーを後傾させても熱遮蔽板を後退させる余裕が装置後部に存在し,これに従ってダクトも後方に移動させ,熱風の混合のために必要であったケース前面付近の空間を省略して,ケース前面を背面方向に後退させることを可能にしたものである。本件発明は,上記の構成を採ることにより,間口を広げずに奥行を短くするために,あえて後ろ向きにバーナーを傾斜させることが可能となり,バーナーを傾斜させることによって,傾斜させた方向に機器を短くするという特異な作用効果を奏するものである。

    原告は,甲23が温風暖房機において間口や奥行の配置を設定するためにバーナーを傾斜させるという構成を開示しており,このことは,バーナーを傾斜させることで温風暖房機の奥行を小さくすることも含むと主張するところ,確かに,甲23が一般にバーナーを傾斜させることによって機器の配置を変更する可能性を示唆しているから,バーナーを傾斜させることにより温風暖房機の奥行を小さくすることは,概念的には上記の技術事項に含まれる。しかしながら,本件においては,上記のとおり,本件発明が独特の構成を採用することにより,バーナーを傾斜させることによって,傾斜させた方向に機器を短くするという特異な作用効果を奏するのであって,甲23がこのように特異な構成までも示唆するものということはできない。
  (3) 甲24は,温風式ガス暖房器具に係る当該考案の実施例を示す第1図において,傾斜したガスバーナーを開示しているが,同図面によれば,バーナーを傾斜させた方向に機器が長くなるものと認められ,バーナーを傾斜させた方向に機器を小型化するという本件発明に想到することを阻害するものであることは,甲23と同様である。また,甲17,20は,いずれも,機器の配置において本件発明と類似する温風暖房機であるが,バーナーを後方に傾斜させるという技術事項を示唆する記載はない。

    さらに,原告は,バーナーを傾斜させることは当業者に周知の技術であるとして,甲27〜35を提出するが,これらいずれの文献にも,バーナーを傾斜させた方向に機器を短くし得ることを示唆する記載がない点で,上記の甲号各証と異なるところはない。
 3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。


     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官   篠   原   勝   美

            裁判官   岡   本       岳

            裁判官   長   沢   幸   男