◆H15. 5. 8 東京高裁 平成14(行ケ)118 特許権 行政訴訟事件
平成14年(行ケ)第118号 審決取消請求事件
平成15年4月24日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社システックキョーワ
訴訟代理人弁理士 高 田 修 治
被 告 株式会社奥田製作所
訴訟代理人弁理士 安 田 敏 雄
同 岡 本 宜 喜
同 吉 田 昌 司
同 喜 多 秀 樹
同 安 田 幹 雄
主 文
1 特許庁が無効2000−35338号事件について平成14年2月1日にした審決をすべて取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「ウィング付き収納ボックスとこれに用いるオートロック装置及びデッドボルト」とする特許第3041307号の特許(平成8年10月24日(優先権主張,平成8年2月22日)に出願された特願平8−282654号について平成11年11月15日になされた分割出願に基づき,平成12年3月3日に設定登録された。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成12年6月23日,本件特許を請求項1ないし3に関し無効にすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を無効2000−35338号事件として審理し,その結果,平成14年2月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年2月14日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲(以下,【請求項1】の発明を「本件発明1」,【請求項2】の発明を「本件発明2」,【請求項】3の発明を「本件発明3」といい,まとめて「本件発明1ないし3」という。別紙図面(1)参照。なお,符号(A)ないし(D)は,説明の便宜上付したものであり,以下,「本件発明1の構成A」などという。)
「【請求項1】(A)ボックス本体(3)内に取り付けられる地震時オートロック機能を有するロック装置本体(1)と,
(B)前記ボックス本体(3)の前面開口部(4)に枢着されたウイング(5)の内面(5A)に取り付けられるブラケット(40)と,
(C)前記ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されかつ前記ブラケット(40)に引っ掛かって前記ウイング(5)の開放を阻止する突出端部を有するデッドボルト(16)と,を備えたウイング付き収納ボックスのオートロック装置において,
(D)前記デッドボルト(16)の突出端部に,前記ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられていることを特徴とするウイング付き収納ボックスのオートロック装置。
【請求項2】
(A)ボックス本体(3)と,この本体(3)の前面開口部(4)に枢着されたウイング(5)と,前記ボックス本体(3)内に取り付けられた地震時オートロック機能を有するロック装置本体(1)と,
(B)前記ウイング(5)の内面(5A)に取り付けられたブラケット(40)と,前記ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されかつ前記ブラケット(40)に引っ掛かって前記ウイング(5)の開放を阻止する突出端部を有するデッドボルト(16)と,を備えたウイング付き収納ボックスにおいて,
(C)前記デッドボルト(16)の突出端部に,前記ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられていることを特徴とするウイング付き収納ボックス。
【請求項3】
(A)ボックス本体(3)内のロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されており,かつ,ウイング(5)の内面(5A)に設けたブラケット(40)に引っ掛かって前記ウイング(5)の開放を阻止する突出端部を有するウイング付き収納ボックスのオートロック装置に使用するデッドボルトにおいて,
(B)前記突出端部に,前記ウイング(85)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられていることを特徴とするウイング付き収納ボックスのオートロック装置に使用するデッドボルト。」
3 審決の理由
審決は,別紙審決書写しのとおりである。原告が本訴で問題としている無効理由(3)については,本件発明1ないし3は,特開平7−305551号公報(甲第3号証(審判甲第7号証)。以下,審決と同様に「引用例3」という。)に記載された発明(以下,審決と同様に「引用例3発明」という。別紙図面(2)参照),並びに,米国特許第5121950号明細書(甲第20号証(審判甲第5号証)。)に記載された発明(以下,審決と同様に「引用例1発明」という。)及び特開平3−13680号公報(甲第22号証に添附された甲第6号証(審判甲第6号証)。)に記載された発明(以下,審決と同様に「引用例2発明」という。)に基づいて,当業者が容易に想到し得るものではない,と認定判断した。
審決が,上記認定判断において,本件発明1ないし3と引用例3発明との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである。
本件発明1との一致点
「ボックス本体内に取り付けられる地震時オートロック機能を有するロック装置本体と,前記ボックス本体の前面開口部に枢着されたウイングの内面に取り付けられるブラケットと,前記ロック装置本体に設けられかつブラケットに引っ掛かって前記ウイングの開放を阻止する突出端部を有するデッドボルトと,を備えたウイング付き収納ボックスのオートロック装置において,前記デッドボルトの突出端部に,前記ブラケット引っ掛かりのための窪み部が設けられたウイング付き収納ボックスのオートロック装置」
本件発明1との相違点
「本件発明1のデッドボルトがロック装置本体に上下方向に沿って出退自在に挿通され,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているのに対し,引用例3発明のデッドボルトはロック装置内に傾動自在に設けられた爪部材であって,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられていないる点(判決注・「いない点」の誤記である。)」
本件発明2との一致点
「ボックス本体と,この本体の前面開口部に枢着されたウイングと,前記ボックス本体内に取り付けられた地震時オートロック機能を有するロック装置本体と,前記ウイングの内面に取り付けられたブラケットと,前記ロック装置本体に設けられかつブラケットに引っ掛かって前記ウイングの開放を阻止する突出端部を有するデッドボルトと,を備えたウイング付き収納ボックスのオートロック装置において,前記デッドボルトの突出端部に,前記ブラケット引っ掛かりのための窪み部が設けられたウイング付き収納ボックス」
本件発明2との相違点
「本件発明2のデッドボルトがロック装置本体に上下方向に沿って出退自在に挿通され,デッドボルトとブラケットとによるボックス本体に対するウイングのロックは地震時のオートロックであり,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているのに対し,引用例3発明のデッドボルトはロック装置内に傾動自在に設けられた爪部材であって,デッドボルトとブラケットとによるボックス本体に対するウイングのロックは地震時のオートロックの他ウイングの通常の閉時にもロックするものであり,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられていないる点(判決注・「いない点」の誤記である。)」(判決注・審決は,「通常の閉時にもロックする」との相違点については,後記のとおり,本件発明3と引用例3発明との相違点として判断しているのであるから,本来,本件発明3と引用例3発明との相違点としてこれを認定すべきであった。記載箇所の明らかな誤りである。ただし,審決のこの相違点の認定が,引用例3発明の認定を誤ったために生じたものであることは,後述のとおり,当事者間に争いがない。)
本件発明3との一致点
「ボックス本体内のロック装置本体に出退自在に挿通されており,かつ,ウイングの内面に設けたブラケットに引っ掛かって前記ウイングの開放を阻止する突出端部を有するウイング付き収納ボックスのオートロック装置に使用するデッドボルトにおいて,前記突出端部に,窪み部が設けられているウイング付き収納ボックスのオートロック装置に使用するデッドボルト。」
本件発明3との相違点
「本件発明3のデッドボルトがロック装置本体に上下方向に沿って出退自在に挿通され,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているのに対し,引用例3発明のデッドボルトはロック装置内に傾動自在に設けられた爪部材であって,また,ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられていないる点(判決注・「いない点」の誤記である。)」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明1ないし3と引用例3発明との上記各相違点についての判断を誤ったものであり(後記1及び2は,本件発明1ないし3に共通する判断の誤りであり,後記3は,本件発明3に特有の判断の誤りである。),これらの誤りは,各請求項についての審決の結論に影響を及ぼすものであるから,いずれの請求項についても違法として取り消されるべきである。
1 上下方向出退自在のデッドボルトに関する相違点についての判断の誤り
(1) 審決は,本件発明1の構成(C)の,「ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通され・・・るデッドボルト(16)」に対し,「引用例3発明のデッドボルトはロック装置内に傾動自在に設けられた爪部材であ(る)」(審決書18頁15行〜16行)点で相違すると認定した上で,「引用例発明1(判決注・「引用例1発明」の誤記である。)の突出端部に窪み部を設けたデッドボルト,引用例2発明の扉の開放を阻止する突出端部を有する可動角軸,を引用例発明3(判決注・「引用例3発明」の誤記である。)の傾動自在なデッドボルトに代えて適用しても,本件発明1のように直線運動(上下方向に沿っての出退自在な運動)では引用例3発明のブラケットに該デッドボルトを引っ掛からせるには(判決注・「には」は「ことは」の誤記と認める。)できないのであり」(同18頁20行〜24行),「引用例1発明乃至引用例3発明から本件発明1の相違点にかかる構成を導き出せるものではない。」(同18頁27行〜28行)と判断している。
しかしながら,引用例3発明における係着金具7に対する爪部材9の動きに着目すれば,爪部材9の先端部分は,係着金具7の上端に対し,上下方向に移動自在に設けられている,ということができる。引用例3発明は,本件発明1と同様に,いずれも係着金具7に引っ掛かってウイングの開放を阻止する先端部分を有する爪部材9を備えたウイング付き収納ボックスのオートロック装置である。また,本件発明1と引用例3発明との上記相違点は,本件発明1と引用例3発明の技術的効果の違いに及ぼす影響が全くないか,あるいは,あっても,その影響は微々たるものである。したがって,本件発明1の構成(C)と引用例3発明の前記構成とは実質的に同一であると判断すべきである。
(2) 審決は,本件発明2の構成(B)の「ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通され・・・るデッドボルト(16)」,及び,本件発明3の構成(A)の「ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されており,・・・するデッドボルト」と,引用例3発明との同様の相違点についても,同様の判断を示している(審決書19頁22行〜26行,29行〜30行,20頁29行〜34行)。しかし,本件発明2及び本件発明3と引用例3発明との上記相違点については,上記(1)で述べたのと同様に,実質的に同一であると判断すべきである。
2 ブラケットの掛止部に関する相違点についての判断の誤り
(1) 審決は,本件発明1の構成(D)では,「ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているのに対し,引用例3発明の・・・ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられていないる点(判決注・「いない点」の誤りである。)で相違する。」(審決書18頁14行〜18行)と認定した上で,「本件発明1の相違点にかかる構成中のブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているとの構成要件も当業者が容易に想到できるものとする技術的理由も見当たらないのであるから,引用例1発明乃至引用例3発明から本件発明1の相違点にかかる構成を導き出せるものではない。」(同18頁24行〜28行)と判断した。
しかしながら,ロック機構においてロックを確実にするために凹部と凸部による係合手段を用いることは,自明のことであるから(甲第4号証〜甲第20号証),引用例3発明の扉のロック機構において,扉のロックを確実にするために,デッドボルトに窪み部を設け,ブラケットに掛止部を設け,これを係合させることは,当業者にとって技術常識であったというべきである。
(2) 審決は,「本件発明1は前記相違点にかかる構成を採用したことにより,「以上説明したように,本発明によれば,デッドボルトがウイングの開放方向に若干転倒してもブラケットの掛止部を確実に捕まえることができるので,デッドボルトによる地震時のロックを確実にすることができる。」(段落【0044】)との作用効果を奏するもので,かかる作用効果は引用例1発明乃至引用例3発明から当業者が予測できるものではない。」(審決書18頁29行〜34行)と判断した。
審決は,このように,本件発明1の構成(D)のうちの「ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)」を発明の本質的部分と認定し,進歩性があるとして,その特許性を認めたのであるから,もしこれが正当であるとすると,上記構成によって顕著な技術的効果がもたらされなければならないはずである。ところが,本件発明1の構成(D)のうちの「ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)」に顕著な技術的効果はみられない。本件発明1について,進歩性を認めることはできないというべきである。
(3) 審決は,本件発明2の構成(C)の「デッドボルト(16)の突出端部に,前記ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられている」及び本件発明3の構成(B)の「前記突出端部に,前記ウイング85)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられている」と,引用例3発明との同様の相違点についても,同様の判断を示している(審決書19頁26行〜36行,20頁34行〜21頁6行)。しかし,本件発明2及び本件発明3と引用例3発明との上記相違点については,上記(1)で述べたのと同様に,引用例3発明の扉のロック機構において,扉のロックを確実にするために,デッドボルトに窪み部を設け,ブラケットに掛止部を設け,これを係合させることは,当業者にとって技術常識であったというべきである。
3 引用例3発明のロック機能についての認定の誤り
審決は,「引用例3発明は,地震時のオートロック機能の他ウイングの通常の閉時にもロックするもので,このために傾動自在な爪部材(ロックボルト)と薄肉部を備えた棒状部材とを一体不可分の構成として採用しているのであるから,この薄肉部を備えた棒状部材の存在を無視して地震時のオートロック機能しかないという本件発明2(判決注・「本件発明3」の誤記と認める。)のロック構成を想定することはできないというべきである。」(審決書20頁24行〜29行)と判断して,前記1,2のみならず,これをも根拠として,本件発明3について進歩性を認めた。しかし,審決のこの判断も誤りである。
審決は,引用例3発明の「爪部材9」が平常時にも「係着金具7」に係合して扉の開放を阻止しているものと認定している。しかし,引用例3には,「平常時は,扉2はこの状態で閉じられており,扉2を開くときは前記吸着手段20による吸着力よりも大きな力で扉2を手前に引くことにより,前記係着金具7により爪部9aが前記コイルばね13の付勢力に抗して開放する方向に回動し,扉2を簡単に開くことができる。」(甲第3号証,【0012】14行〜18行,【0016】17行〜21行)との記載があり,引用例3発明が「ウイングの通常の閉時にもロックするもの」でないことは明らかである。審決は,この点を誤認した上,これに基づき,引用例3発明から「本件発明3のロック構成を想定することはできないというべきである。」と誤って判断したものである。
第4 被告の反論の要点
原告の主張はいずれも理由がなく,審決の認定判断に誤りはない。
1 上下方向出退自在のデッドボルトに関する相違点についての判断の誤り,の主張について
引用例3発明は,爪部材9が軸11によって本体12に枢支されているものである。このような軸11によって枢支された爪部材9の場合,その爪部材9の先端部は,軸11を回転中心とした円運動を行うことになるのであり,当該先端部が上下方向に沿って移動し続けることはあり得ず,上下方向に対して傾いた方向から係着部材7の上縁に向かって係脱することになるのである。
審決が,引用例3発明の爪部材9を「傾動自在」と表現しているのは,軸11によって枢支された爪部材9の先端部によって描かれる上記円運動のことをいうためである。引用例3発明の爪部材のこのような円運動が,本件発明1ないし3におけるデッドボルトの,「上下方向に沿って出退自在」に動く運動に該当しないことは明らかである。したがって,引用例3発明の爪部材9は,本体12に対して上下方向に沿って出退自在に挿通される部材には該当しない。
2 ブラケットの掛止部の相違点についての判断の誤り,の主張について
本件発明1ないし3では,ブラケット(40)がウィング(5)の開放方向に突出している掛止部(43A)を備えているのに対して,引用例3発明では,爪部材9の爪部9aに嵌合する係着金具7の上縁部分は平面状に形成されており,係着金具7が扉2の開放方向に突出している引っ掛け部分を備えていない点で,両発明はその構成が相違している。
引用例3発明では,係着金具7の上縁部分が平面状に形成されているため,この上縁部分を爪部材9の先端側の爪部9aのコの字溝に入り込ませて爪部材9を係着金具7に引っ掛け,かつ,ころがり部材16で爪部材9の回動を阻止して地震時のロックが掛かった状態(甲第3号証図5の状態)になっても,爪部材9が係着金具7により扉2の開放方向(甲第3号証図5の左側)に引っ張られると,爪部材9の軸11等に対するガタ付きによって爪部9aが上方に逃げ,係着金具7に対する嵌合度合いが甘くなってロックが外れる可能性がある。
これに対して,本件発明1ないし3では,ブラケット(40)が「ウィング(5)の開放方向に突出している掛止部(43A)を備えており,この掛止部(43A)をデッドボルト(16)の突出端部に形成した窪み部(76)に入り込ませて同ボルト(16)に掛止させるようにしているので,デッドボルト(16)がウィング(5)の開放方向に若干転倒しても,掛止部(43A)のような突起が係着部材7に形成されていない引用例3発明の場合に比べて,ブラケット(40)の掛止部(43A)をより確実に捕まえることができ,引用例3発明の場合よりもウィング(3)の開放阻止がより確実になる。
したがって,ウィング(5)の開放方向に向けて突出する突起である掛止部(43A)の有無は,本件発明と引用例3発明との技術的効果に顕著な相違をもたらす構成であることが明らかである。
3 引用例3発明のロック機能についての認定の誤り,の主張について
引用例3発明の爪部材9が通常の閉時(地震のない平常時でかつ扉2が閉鎖されているとき)においても扉の開放を阻止するものであるとする,審決の認定が誤りであることは認める。
第5 当裁判所の判断
1 上下方向出退自在のデッドボルトに関する相違点についての判断の誤り,の主張について
(1) 本件発明1の構成(C)は,「前記ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されかつ前記ブラケット(40)に引っ掛かって前記ウィング(5)の開放を阻止する突出端部を有するデッドボルト(16)と,を備えたウィング付き収納ボックスのオートロック装置において,」というものである。本件発明1において,デッドボルトが上下方向に沿って出退自在となっているのは,ブラケットに引っ掛かるようにし,ウィング(5)の開放を阻止するためである。そして,本件発明1の構成(C)は,上記のとおり,デッドボルト(16)が「上下方向に沿って出退自在に挿通され」かつ「前記ブラケット(40)に引っ掛かって前記ウィング(5)の開放を阻止する」と規定されているものであるから,上下方向に直線的な往復運動をするものに限定されているわけではないというべきである。すなわち,本件発明1の構成(C)では,上下方向に沿って往復運動し,ブラケット(40)に引っ掛かるものであれば,上下方向に直線的な往復運動をするものでなくともよいというべきである。
引用例3発明は,本体12内に,爪部材9が傾動自在に設けられ,軸11を中心として,一定の中心角の範囲内で円弧運動を行い,爪部材の先端部が係着金具7の掛止部に係合し,扉2の開放を阻止するものである(甲第3号証)。引用例3発明の爪部材は,係着金具7の掛止部に係合するように,往復運動し,扉の開放を阻止するとの構成及び機能において,本件発明1のデッドボルトと差異はない。また,引用例3発明の爪部材9も,軸11を中心として,一定の中心角の範囲内で円弧運動を行うものであるけれども,係着金具7の掛止部の近辺においてこれをみれば,上下方向に沿って往復運動し,係着金具7に引っ掛かるものであるから,「上下方向に沿って出退自在に挿通され」るものとみることも可能なものである。したがって,引用例3発明の爪部材9は,本件発明1の「上下方向に沿って出退自在に挿通され」る「デッドボルト」に相当するもの,あるいは,少なくとも,これと実質的に同一のものであるということができる。
被告は,引用例3発明の爪部材9の先端部は軸11を回転中心とした円運動を行うことになるので,当該先端部が上下方向に沿って移動し続けることはあり得ず,上下方向に対して必ず傾いた方向から係着部材7の上縁に向かって係脱することになる,と主張する。しかし,本件発明1の構成(C)は,上記のとおり,「上下方向に沿って出退自在に挿通され」ることを規定しているものの,上下方向に沿って直線的に移動し続けることまでを要求するものではないというべきであるから,上下方向に対してやや傾いた方向から挿通されるものも,本件発明1の構成(C)にいう「上下方向に沿って出退自在に挿通され」るものとなり得るというべきである。被告の上記主張は採用することができない。
この相違点について,「引用例発明1(判決注・「引用例1発明」の誤記である。)の突出端部に窪み部を設けたデッドボルト,引用例2発明の扉の開放を阻止する突出端部を有する可動角軸,を引用例発明3(判決注・「引用例3発明」の誤記である。)の傾動自在なデッドボルトに代えて適用しても,本件発明1のように直線運動(上下方向に沿っての出退自在な運動)では引用例3発明のブラケットに該デッドボルトを引っ掛からせるには(判決注・「には」は「ことは」の誤りである。)できないのであり」(同18頁20行〜24行),とした審決の判断は,本件発明1のデッドボルト(16)が直線運動するものに限定されると誤って解した結果,引用例3発明の爪部材が本件発明1の「上下方向に沿って出退自在に挿通され」る「デッドボルト」に相当するもの,あるいは,少なくとも,これと実質的に同一のものであることを否定したことにより犯した誤りであるというべきである。
(2) 審決は,本件発明2の構成(B)の「ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通され・・・るデッドボルト(16)」及び本件発明3の構成(A)の「ロック装置本体(1)に上下方向に沿って出退自在に挿通されており,かつ,・・・するデッドボルト」と引用例3発明との上記同様の相違点についても,同様の判断を示している(審決書19頁22行〜26行,29行〜30行,20頁29行〜34行)。しかし,本件発明2の構成(B)及び本件発明3の構成(A)の「上下方向に沿って出退自在に挿通され」については,上記のとおり解すべきであり,引用例3発明の爪部材9は,本件発明1の「上下方向に沿って出退自在に挿通され」る「デッドボルト」に相当するか,少なくとも,これと実質的に同一のものであるということができるのであるから,審決の判断は,上記と同様に誤りである。
2 ブラケットの掛止部の相違点についての判断の誤り,の主張について
(1) 本件発明1は,ブラケットとデッドボルトからなる地震時のオートロック装置において,ブラケットに掛止部を設け,デッドボルトに窪み部を設ける,との副次的なロック機構により,「ブラケットの掛止部がデッドボルトの窪み部に入り込んで同ボルトに掛止されるので,デッドボルトがウイングの開放方向に若干転倒してもブラケットの掛止部を確実に捕まえることができる。」(甲第2号証【0007】)ものであり,これにより,「デッドボルトによる地震時のロックを確実にすることを目的とする。」(同【0005】)ものである(同【0044】【発明の効果】にも同旨の記載がある。)。
原告は,ロック機構においてロックを確実にするために凹部と凸部による係合手段を用いることは,自明のことであるから,引用例3発明の扉のロック機構において,扉のロックを確実にするために,デッドボルトに窪み部を設け,ブラケットに掛止部を設け,これを係合させることは,当業者にとって技術常識であったというべきである,と主張する。
引用例3発明は,地震発生時における扉等のロックを確実に行えるようにすることを目的とする発明である。引用例1発明は,火災発生時における扉のロック機構に関するものではあるものの,扉のロックを確実にするために,ロックボルト34による主たるロック機構と,ロックボルトに設けられた溝38が扉の堅枠12aに係合することによる副次的なロック機構とを開示するものである(甲第20号証訳文2頁第2段落,FIG.4,FIG.5参照)。この引用例1発明が開示するところのもの,及び,引用例3発明は,地震発生時における扉等のロックを確実に行えるようにすることを目的とする発明であるから,大きな地震にも耐え得るように,扉等のロックをより確実にすることは,この技術分野における当然の課題というべきであることからすれば,引用例3発明において,地震発生時に,扉のロックをより確実に行うようにするために,主たるロック機構に加え,副次的なロック機構を追加することは,当業者にとって容易に想到し得ることというべきである。
そして,引用例3発明において,副次的なロック機構を設けるとすれば,係合する二つの平面上の部材に凸部と凹部を設けること,すなわち,係着金具7の上端部に凸部を設け,その凸部に対する引っ掛かりを確実にするための凹部を,爪部9aの溝部のうち,係着金具7の上端部に対向する面に設け,これにより副次的なロック機構を構成することは,当業者にとっては,技術常識に属する事柄として容易に想到し得る事項であるというべきである。このことは,例えば,特開平1−101919号公報(甲第14号証)の第7図に示されている,平板状の棚板11の上面に設けられた突条部(係合部11a)と棚板受け12の係合溝(被係合部12a),あるいは,同公報第1図ないし第5図に示されている,平板状の棚板の凹状の被係合部2aに係合する凸状の係合片3bなどからも明らかである。
審決は,上記相違点について,「本件発明1の相違点にかかる構成中のブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているとの構成要件も当業者が容易に想到できるものとする技術的理由も見当たらない」(審決書18頁24行〜27行)と判断する。しかし,審決は,引用例1発明ないし引用例3発明から上記構成を容易に想到することができないとする特段の理由を具体的に示しているものではなく,審決の判断は,上記のとおり,誤りであるという以外にない(なお,審決は,本件発明1は,引用例3発明及び引用例1発明からみても,当業者が容易に想到し得るものではない,と判断しているだけであり,引用例3発明及び引用例1発明と当業者の技術常識からみて,容易に想到し得るものではない,と判断しているわけではない。しかし,審決は,常に当業者の技術常識を考慮して判断すべきである,と解するのが相当であるから,審決が,「引用例3発明及び引用例1発明からみても,当業者が容易に想到し得るものではない」,と判断した趣旨は,「当業者の技術常識を前提に,引用例3発明及び引用例1発明をみても,当業者が容易に想到し得るものではない」というものであると解すべきである。審決が,判断の資料に含めるべき当業者の技術常識を判断資料に入れていないとしたら,そのこと自体の不当性が問われることになるというべきである。いずれにせよ,裁判所が,審決の上記判断の当否を判断する際に,当業者の技術常識も踏まえて,これを判断することは,審決取消訴訟における審理の範囲内のことである,というべきである。)。
審決は,「本件発明1は前記相違点にかかる構成を採用したことにより、「以上説明したように、本発明によれば、デッドボルトがウイングの開放方向に若干転倒してもブラケットの掛止部を確実に捕まえることができるので、デッドボルトによる地震時のロックを確実にすることができる。」(段落【0044】)との作用効果を奏するもので、かかる作用効果は引用例1発明乃至引用例3発明から当業者が予測できるものではない。」(審決書18頁29行〜34行)と判断し,被告も同趣旨の主張をしている。
本件発明1において,ブラケットに掛止部(43A)を設け,デッドボルトに窪み部(76)を設けることにより,ウィングの開放阻止がより確実になるとの上記効果を奏することは,明らかである。しかし,その効果は,副次的なロック機構を設けるとの構成から生ずることが自明であるものにすぎない。したがって,本件発明1の,ブラケット(40)がウィング(5)の開放方向に突出している掛止部(43A)を備えているとの構成,及び,デッドボルト(16)の窪み部(76)との構成が,引用例3発明,及び,引用例1発明ないしは当業者の技術常識に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであることは前示のとおりである以上,審決の上記判断及び被告の同趣旨の主張はこれを採用することができない。
審決は,本件発明1の「デッドボルト(16)の突出端部・・・の窪み部(76)」を一致点と認定している(審決書18頁11行〜13行)。これは,引用例3発明の爪部9aの溝部を窪み部(76)に相当すると判断したものと推認される。しかし,本件発明1における,ブラケットの掛止部(43A)とデッドロックの窪み部(76)とは,上記のとおり,副次的なロック機構とみるべきであり,これに対し,引用例3発明の爪部9aの溝部は,主たるロック機構を構成するものであって,副次的なロック機構を構成するものではないから,引用例3発明には,本件発明1のデッドロックの窪み部(76)に相当するものは存在しない(このことは,引用例3発明には,副次的なロック機構は存在しないのであるから,当然である。)。審決は,デッドロックの窪み部(76)をも相違点と認定して,本件発明1ないし3の進歩性について判断をすべきであったものである。もっとも,審決が,本件発明1と引用例3発明との相違点を,ブラケット(40)の掛止部(43a)のみと認定しても,これに窪み部(76)も含めて認定したとしても,掛止部(43A)と窪み部(76)は,凸部と凹部の関係にあるから,この相違点についての判断は,上記のとおりであることに変わりはない。
(2) 審決は,本件発明2の構成(C)の「デッドボルト(16)の突出端部に、前記ウイング(5)の開放方向に向けて突出している前記ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられている」と引用例3発明との同様の相違点についても,上記と同様の判断を示している(審決書19頁26行〜36行)。しかし,本件発明2と引用例3発明との上記相違点については,上記(1)で述べたのと同様に,引用例1発明ないしは当業者の技術常識から,容易に想到し得る事項であるというべきである。
(3) 本件発明3は,デッドボルトについての発明である。その構成(B)において,「ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための窪み部(76)が設けられていることを特徴とする・・・デッドボルト。」と規定されていることから明らかなように,本件発明3においては,デッドボルト(16)とその窪み部(76)は構成要件とされているものの,ブラケット(40)とその掛止部(43A)は構成要件とされてはいない。すなわち,その構成(B)の「ブラケット(40)の掛止部(43A)に対する引っ掛かりを確実にするための」との文は,「窪み部(76)」を修飾するための文であり,「ブラケット(40)の掛止部(43A)」を,その発明の構成要件として規定しているものではない。したがって,審決が,「本件発明3の・・・ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているのに対し、引用例3発明の・・・ブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられていないる点(判決注・「いない点」の誤記である。)で相違する。」(審決書20頁8行〜13行)と認定した上で,本件発明3について,「本件発明1(判決注・「本件発明3」の誤記である。)の相違点にかかるブラケットにはウイングの開放方向に向けて突出する掛止部が設けられているとの構成も当業者が容易に想到できるものとする技術的理由も見当たらない」(同20頁34行〜36行)と判断したのは,本件発明3と引用例3発明との相違点ではないものを相違点であると認定し,この相違点を理由として,引用例3発明から本件発明3を容易に想到することができない,と判断したものであるから,明らかに誤りである。
審決は,本来,本件発明3のデッドボルト(16)の窪み部(76)を引用例3発明との相違点として認定し,これについて判断をすべきであったこと,及び,これについても,本件発明3のデッドボルト(16)に,ブラケット(40)の掛止部(43A)に引っ掛かる窪み部(76)を設けることが,引用例1発明ないしは当業者の技術常識からみて,容易に想到し得るものであることは,上記説示のとおりである。
3 引用例3発明のロック機能についての認定の誤り(本件発明3について)について
審決の,「引用例3発明は,地震時のオートロック機能の他ウイングの通常の閉時にもロックするもの」との認定が誤りであることは,当事者間に争いがない。
審決は,引用例3発明についての上記の誤った認定を前提として,「引用例3発明は,地震時のオートロック機能の他ウイングの通常の閉時にもロックするもので,このために傾動自在な爪部材(ロックボルト)と薄肉部を備えた棒状部材とを一体不可分の構成として採用しているのであるから,この薄肉部を備えた棒状部材の存在を無視して地震時のオートロック機能しかないという本件発明2(判決注・「本件発明3」の誤記と認める。)のロック構成を想定することはできないというべきである。」(審決書20頁24行〜29行)と判断し,前記1,2のみならず,これをも根拠として,本件発明3について進歩性を認める判断をしたものである。したがって,審決のこの判断も誤りであることは明らかである。
4 以上のとおり,審決が,本件発明1ないし3と引用例3発明との相違点についてなした判断はいずれも誤りであり,これらの判断の誤りが,請求項1ないし3のいずれについても審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は全部につき取消しを免れない。
第6 結論
以上によれば,原告の本訴請求は,請求項1ないし3のいずれについても理由がある。そこで,これらをすべて認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官 山 下 和 明
裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 高 瀬 順 久