H15.10.16 東京地裁 平成14(ワ)15810 特許権 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第15810号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成15年7月25日)
          判         決
     原    告          元旦ビューティ工業株式会社
     原告訴訟代理人弁護士      八 掛 俊 彦
     補佐人弁理士          鍛冶澤   實
     被    告          アルアピア株式会社
     被    告          日東紡績株式会社
     被告ら訴訟代理人弁護士     鈴 木 秀 彦
         補佐人弁理士          鈴 木 秀 雄
          主         文

    1 原告の請求をいずれも棄却する。
    2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告の請求
 1 被告アルアピア株式会社は,別紙イ号及びロ号物件目録記載の屋根板を製造してはならない。
 2 被告らは,別紙イ号及びロ号物件目録記載の屋根板を販売してはならない。
 3 被告アルアピア株式会社は,原告に対し,4878万5047円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 被告日東紡績株式会社は原告に対し,4878万5047円及びこれに対する平成14年8月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
    本件は,横葺き屋根板に関する特許権を有する原告が,被告アルアピア株式会社が製造販売し,被告日東紡績株式会社が販売している横葺き屋根板は,当該特許権の技術的範囲に属するものであると主張し,特許法100条に基づき,被告アルアピア株式会社に対して製造及び販売の差止めを,被告日東紡績株式会社に対して販売の差止めをそれぞれ求めるとともに,同法102条2項に基づき,被告らに対して損害賠償を求めている事案である。

 1 争いのない事実等(証拠により認定する場合には末尾に証拠番号を示す。)
  (1) 当事者
    原告は,屋根材の製造及び販売並びに建築工事の設計・施工・請負等を業としている会社である(弁論の全趣旨)。
    被告アルアピア株式会社(以下「被告アルアピア」という。)は,金属屋根材等の製造及び販売を業とする会社である。
    被告日東紡績株式会社(以下「被告日東紡」という。)は,繊維製品及び建材等の製造及び販売を業とする会社である。
  (2) 原告の特許権
    原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者である。
    ア 発明の名称  横葺き屋根板
    イ 特許番号   第2628417号
    ウ 出願日    昭和61年4月10日
    エ 分割の表示  特願昭61−81086の分割

    オ 出願番号   特願平3−197284号
    カ 登録日    平成9年4月18日
  (3) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)参照)の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,請求項1記載の特許発明を「本件発明」という。)。
    「【請求項1】 金属板の長手方向中央部に面板部,この面板部の一側に軒側成形部,他側に棟側成形部をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の棟側成形部に上段側の軒側成形部を係合接続させる屋根板において,
     前記軒側成形部には,面板部の一側を下方に折曲げた上部前縁部と,その下端縁を内側に折曲した圧接片部と,さらに圧接片部の棟側に延長した係合片部とをそれぞれ形成させ,

     前記棟側成形部には,面板部の他側を上方に立上らせて,上端に前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部と,前記上端突当て縁から棟側に折曲した延長部と,延長部をさらに棟側に延長し上方軒側に折返して前記係合片部を係合抱持させる抱持部と,抱持部の端縁部を立上げた被取付け立上り部とをそれぞれ形成させ,
     棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成したことを特徴とする横葺き屋根板。」
  (4) 本件発明を構成要件に分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。なお,括弧内の符号は本件公報の図面の符号に対応する。)

   A 金属板の長手方向中央部に面板部(22),この面板部の一側に軒側成形部(23),他側に棟側成形部(24)をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の棟側成形部(24)に上段側の軒側成形部(23)を係合接続させる屋根板(21)において,
   B 前記軒側成形部(23)には,面板部(22)の一側を下方に折曲げた上部前縁部(25)と,その下端縁を内側に折曲した圧接片部(27)と,さらに圧接片部の棟側に延長した係合片部(29)とをそれぞれ形成させ,
   C 前記棟側成形部(23)には,面板部(22)の他側を上方に立上らせて,上端に前記圧接片部(27)の下面を圧接させる上端突当て縁(32)を設けた下部前縁部(31)と,前記上端突当て縁(32)から棟側に折曲した延長部(33)と,延長部(33)をさらに棟側に延長し上方軒側に折返して前記係合片部(29)を係合抱持させる抱持部(35)と,抱持部(35)の端縁部を立上げた被取付け立上り部(36)とをそれぞれ形成させ,

   D 棟側成形部(24)と軒側成形部(23)とを係合させたときに,前記下部前縁部(31)より上方に,棟側成形部(24)の抱持部(35)及び立上り部(36)と,軒側成形部(23)の上部前縁部(25)の一部及び圧接片部(27)とにより,本来の軒側成形部(23)が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間(60)を形成する
   E 横葺き屋根板(21)。
  (5) 本件特許は,次のような経緯を経て設定登録された(甲1,2,4,乙2ないし4,弁論の全趣旨)。
     昭和61年4月10日   原出願(特願昭61−81086号)
     平成3年7月12日    分割出願(特願平03−197284号)
     平成6年7月5日     拒絶理由通知
     平成6年8月25日    手続補正,意見書提出

     平成7年4月18日    拒絶査定
     平成7年5月16日    拒絶査定に対する審判請求
     平成7年6月14日    手続補正,審判請求理由補充
     平成8年12月27日   審決起案(請求認容)
     平成9年4月18日    設定登録
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 被告製品の構成
   (原告の主張)
     ア 被告アルアピアは,別紙イ号及びロ号物件目録記載の屋根板(以下これらをそれぞれ「イ号物件」及び「ロ号物件」といい,両者をあわせて「被告各製品」という。)を製造及び販売し,被告日東紡は被告各製品を販売している。
   イ イ号物件の構成
     イ号物件の屋根板本体は次の構成を有する(番号は別紙イ号物件目録添付の図面に対応する)。
    A1 アルミ製押出し形材の長手方向中央部に本体平坦部2,この本体平坦部2の軒側前端部分には下方に屈曲した係止部3,棟側後端部分には上方に屈曲した係合部4をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合接続させる屋根板1である。

    B1 係止部3には,本体平坦部2の前端から円弧状に屈曲して下方にのびる前面円弧部3aと,前面円弧部3aの下端から垂下する前面垂下部3cと,前面垂下部3cの上端が前面円弧部の3aの下端よりも前面に張り出した状態の前面段部3bと,前面垂下部3cの下端角隅部3iから略直角に内側に屈曲した下面水平部3dと,下面水平部3dの先端から上方に略直角に屈曲した下面立上部3eと,下面立上部3eの上端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3fとがそれぞれ形成されている。
    C1 係合部4には本体平坦部2の後端から略垂直上方に屈曲した後部第1立上部4aと,後部第1立上部4aの上端角隅部4jから棟側に略直角に屈曲して後方にのびる後部水平部4bと,後部水平部4bの後端から略垂直上方に屈曲して形成されている後部第2立上部4cと,後部第2立上部4cの上端から軒側に向かって円弧状に彎曲してのびる背面第1彎曲部4dと,背面第1彎曲部4dの先端から斜め上方に彎曲してのびる背面第2彎曲部4fと,背面第2彎曲部4fの下端が背面第1彎曲部4dの下面よりも下方に張り出した状態で形成されている段落部4eと,背面第2彎曲部4fの上端から前方に向かって略水平に突出している背面水平部4gとがそれぞれ形成されている。

    D イ号物件を施工配置する際に,棟側から軒側に下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を合する(to join)状態は,平坦な勾配を有する屋根面上に施工配置する場合,及びアーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合に,それぞれ次のとおりである。
    D1 平坦な勾配面を有する屋根面上に施工配置する場合
    d1−@ 係止部3の下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜部3fが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c,背面第1彎曲部4d及び段落部4eによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際係止部3の下面傾斜部3fの先端3gは,係合部4の後部段落部4eよりも内側において背面第1彎曲部4dの内面と接触し,係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部は係止部3の下面水平部3dの下面に圧接している。

    d1−A そして,d1−@の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1彎曲部4dの上部部分,同背面第2彎曲部4f及び同背面水平部4gと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d,同下面立上部3e及び同下面傾斜部3fとにより,毛細管現象防止用の空間Mを形成する(別紙「イ号物件係合状態図(1)」の右図参照)。
    d1−B 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面立上部3e,下面傾斜部3f及び傾斜部先端3g)で形成される空間S(別紙「イ号物件係合状態図(1)」の左図参照)の略1/2の容積を占める。
    D2 アーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合

    d2−@ 係止部3の下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜3fが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1彎曲部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3fの先端3gは,係合部4の後部段落部4eよりも内側において背面第1彎曲部4dの内面と接触し,係止部3の下面水平部3dの角隅部3hは係合部3の後部水平部4bの上面に圧接している。
    d2−A そして,上記d2−@の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1彎曲部4dの上部部分,同背面第2彎曲部4f及び同背面水平部4gと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d,同下面立上部3e及び同下面傾斜部3fとにより,毛細管現象防止用の空間Mを形成する(別紙「イ号物件係合状態図(2)」の右図参照)。

    d2−B 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面立上部3e,下面傾斜部3f及び傾斜部先端3g)で形成される空間S(別紙「イ号物件係合状態図(2)の左図参照)の略1/2の容積を占める。
    E1 横葺き屋根板である。
     ウ ロ号物件の構成
     ロ号物件の屋根板本体は次の構成を有する(番号は別紙ロ号物件目録添付の図面に対応する)。
       A1 アルミ製押出形材の長手方向中央部に本体平坦部2,この本体平坦部2の軒側前端部分には下方に屈曲した係止部3,棟側後端部分には上方に屈曲した係合部4をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合接続させる屋根板1である。

    B1 係止部3には,本体平坦部2の前端から円弧状に屈曲して下方にのびる前面円弧部3aと,前面円弧部3aの下端から垂下する前面垂下部3cと,前面垂下部3cの上端が前面円弧部3aの下端よりも前面に張り出した状態の前面段部3bと,前面垂下部3cの下端角隅部3hから略直角に内側に屈曲した下面水平部3dと,下面水平部3dの先端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3eとがそれぞれ形成されている。
    C1 係合部4には,本体平坦部2の後端から略垂直上方に屈曲した後部第1立上部4aと,後部第1立上部4aの上端角隅部4jから棟側に略直角に屈曲して後方にのびる後部水平部4bと,後部水平部4bの後端から略垂直上方に屈曲して形成されている後部第2立上部4cと,後部第2立上部4cの上端から軒側上方に向かってのびる背面第1傾斜部4dと,背面第1傾斜部4dの先端からさらに斜め上方にのびる背面彎曲部4eと,背面彎曲部4eの上端から前方に向かって突出している背面第2傾斜部4fとがそれぞれ形成されている。

    D ロ号物件を施工配置する際に,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を合する(to join)状態は,平坦な勾配を有する屋根面上に施工配置する場合及びアーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合に,それぞれ次のとおりである。
    D1 平坦な勾配面を有する屋根面上に施工配置する場合
    d1−@ 係止部3の下面水平部3d及び下面傾斜部3eが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1傾斜部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3eの先端3fは,係合部4の背面第1傾斜部4dの下部において係合部4の内面と接触し,係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部は係止部3の下面水平部3dの下面に圧接している。

    d1−A そして,上記d1−@の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1傾斜部4dの上部部分,同背面彎曲部4e及び同背面第2傾斜部4fと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d及び同下面傾斜部3eとにより,毛細管現象防止用の空間Mを形成する(別紙「ロ号物件係合状態図(1)」の右図参照)。
    d1−B 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面傾斜部3e及び傾斜部先端3f)で形成される空間S(別紙「ロ号物件係合状態図(1)」の左図参照)の略1/2の容積を占める。
    D2 アーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合
    d2−@ 係止部3の下面水平部3d及び下面傾斜部3eが,係合部4の後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1傾斜部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3eの先端3fは,係合部4の後部第2立上部4cと背面第1傾斜部4dとの屈曲個所において係合部4の内面と接触し,係止部3の角隅部3gは係合部4の後部水平部4dの上面に圧接している。

    d2−A そして,上記d2−@の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1傾斜部4d,同背面彎曲部4e及び同背面第2傾斜部4fと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d及び同下面傾斜部3eとにより,毛細管現象防止用の空間Mを形成する(別紙「ロ号物件係合状態図(2)」の右図参照)。
    d2−B 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面傾斜部3e及び傾斜部先端3f)で形成される空間S(別紙「ロ号物件係合状態図(2)の左図参照)の略1/2の容積を占める。
       E1 横葺き屋根板である。
   (被告らの主張)
   ア 被告各製品の構成について
     被告アルアピアが製造,販売し,被告日東紡が販売している被告各製品の構成については,以下の2点を除き,別紙イ号及びロ号物件目録記載のとおりであることを争わない。

    (ア) 別紙イ号物件目録3頁2行目の「係合する」は「嵌合する」とすべきであり,同目録4頁15行目(7項の標題)及び同頁17行目の「係合状態」は「嵌合状態」とすべきである。なぜならば,イ号物件のような,アルミ押出形材により高度の寸法精度をもって製作された屋根板の係止部と係合部がぴったりとはめ合わされている状態は,はめ合わされた状態を意味する「嵌合」なる文言をもって表現することが適切であるからである。
    (イ) 別紙ロ号物件目録2頁末行の「係合する」は「嵌合する」とすべきであり,同目録4頁10行目(7項の標題)及び同頁12行目の「係合状態」は「嵌合状態」とすべきである。その理由は,上記(ア)と同様である。
   イ 被告各製品の構成に関する主張について
     原告が主張する被告各製品の構成のうち,係合部と係止部との接触状態について,原告指示の特定の個所が,それぞれ「圧接している」旨の主張は争う。原告が指摘する個所は,いずれも「接触」はしているが,本件発明におけるような「圧接」がなされているものではない。

     また,被告各製品がその嵌合状態において,原告が「空間M」及び「空間S」と指称する特定の空間が形成される旨の主張は争う。被告各製品の各嵌合時に,原告主張の「空間M」に相当する部分が,独自の「毛細管現象防止用空間」として形成されることはなく,また原告主張の「空間S」に相当する部分が,独自の空間として認識されることはない。
  (2) 被告各製品は本件特許権の構成要件を充足するか。
   (原告の主張)
    被告各製品は,以下に述べるとおり,それぞれ本件特許権の構成要件を充足する。
   ア 被告各製品の「アルミ製押出し形材」は本件発明の構成要件Aにおける「金属板」に包含される。また,被告各製品が「長手方向中央部に面板部,この面板部の一側に軒側成形部,他側に棟側成形部をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の棟側成形部に上段側の軒側成形部を係合接続させる屋根板」を充足することも明らかである。したがって,被告各製品は,本件発明の構成要件Aを充足する。

   イ 被告各製品の「前面垂下部3cの下端角隅部3i,3hから略直角に内側に屈曲した下面水平部3d」は,本件発明の「上部前縁部の下端縁を内側に折曲した圧接片部」と同一であり,被告各製品の「下面水平部3eの先端から上方に略直角に屈曲した下面立上部3eの上端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3f,3e」(イ号物件),「下面水平部3dの先端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3e」(ロ号物件)は,本件発明の「さらに圧接片部の棟側に延長した係合片部」と同一である。したがって,被告各製品は,本件発明の構成要件Bを充足する。
   ウ 被告各製品の「本体平坦部2の後端から略垂直上方に屈曲した後部第1立上部4a」は,本件発明の「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」と同一であり,ならびに,被告各製品の係合部4は,本件発明の「延長部をさらに棟側に延長し上方軒側に折返して前記係合片部を係合抱持させる抱持部と,抱持部の端縁部を立上げた被取付け立上り部とをそれぞれ形成させ」という構成に含まれる。したがって,被告各製品は,本件発明の構成要件Cを充足する。

     エ イ号物件の「係止部3の下面傾斜部3fの先端3gは,係合部4の後部段落部4eよりも内側において背面第1彎曲部4dの内面と接触する」及びロ号物件の「係止部3の下面傾斜部3eの先端3fは,係合部4の内面と接触する」は,本件発明の「棟側成形部と軒側成形部とを係合させる」為の当然の手段の1つであり,被告各製品の「嵌合状態のとき空間Mを形成する」という構成は,本件発明の「棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより……空間を形成する」構成と同一であり,空間Mは,毛細管現象を防止する役目をするから,本件発明の「毛細管現象防止用の空間」に該当し,被告各製品の「空間S」は,本件発明の「本来の軒側成形部が有する空間」に該当し,被告各製品の「空間Mの容積は,空間Sの略1/2の容積を占める」との構成は,本件発明の「棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成する」に該当する。したがって,被告各製品は,本件発明の構成要件Dを充足する。
     オ 被告各製品の構成E1も,本件発明の構成要件Eも,ともに横葺き屋根板であり,同一である。
   (被告らの主張)
    被告各製品は,いずれも,少なくとも次の諸点において本件発明と相違しており,したがって,本件発明の技術的範囲に属するものではない。
   @ 被告各製品は,いずれも「厚さ1.2mmのアルミ押出し形材」を素材とするものであり,この素材は,本件発明における「金属板」に該当するものではない。したがって,被告各製品は,いずれも,本件発明の構成要件Aを充足しない。(以下「相違点@」という。)
   A 被告各製品の「係止部3」(本件発明の「軒側成形部」に対応する部分)には,本件発明におけるような「圧接片部」及び「圧接片部」の棟側に延長した「係合片部」は,形成されていない。したがって,被告各製品は,いずれも,本件発明の構成要件Bを充足しない。(以下「相違点A」という。)

   B 被告各製品の「係合部4」(本件発明の「棟側成形部」に対応する部分)には,本件発明における「前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」,ならびに,「前記係合片部を係合抱持させる抱持部」は形成されていない。したがって,被告各製品は,いずれも本件発明の構成要件Cを充足しない。(以下「相違点B」という。)
   C 被告各製品は,その嵌合状態(本件発明における「棟側成形部と軒側成形部とを係合させたとき」に対応する状態)において,本件発明におけるような「前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間」は形成されない。したがって,被告各製品は,いずれも,本件発明の構成要件Dを充足しない。(以下「相違点C」という。)

   以下,それぞれの相違点について詳述する。
   ア 相違点@について
     本件発明の構成要件における「金属板」は,出願当初の特許請求の範囲においては「長尺鋼板」なる用語が用いられていたものが,第1回手続補正の際に,本件特許出願の願書に添付された明細書(出願公開公報(乙1)に記載されているものを指す。以下「出願当初明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載に裏付けられることなしに,「金属板」に変更されたものである。したがって,ここで「金属板」とは,手続補正が明細書の要旨を変更するものに該当しないものとなるような限定的な意義を有する用語として解釈すべきである。具体的には,屋根板用として通常用いられるような長尺鋼板と実質的に同一の性質,すなわちロールによる折り曲げ成形が可能で,かつ,高度の弾力性を有するものを意味すると解すべきある。

     被告各製品を形成する肉厚1.2mmの押出し形材は,硬質であるために曲げ加工は極めて困難であり,かつ,弾力性に乏しいものであり,「金属板」には該当しない。一方で,被告各製品は,押出し形材によって形成された屋根板であるため,その寸法精度は高い。ちなみに,本件発明で用いられているような長尺鋼板のロール成形によって,被告各製品におけるような高い寸法精度の実用製品を得ることは不可能である。このように,被告各製品は,弾力性が乏しく,かつ高い寸法精度を有する押出し形材を用いるために,係合部と係止部との嵌合に際し,本件発明の軒側成形部と棟側成形部との係合時におけるような,各部位間の強力な圧接は不必要であり,通常の挿入操作により,係合部と係止部との良好な嵌合状態を得ることができる。
     なお,仮に,被告各製品の施工嵌合時に,本件発明におけるような強力な圧接状態(すなわち,寸法精度の誤差を吸収しうるような強力な圧接状態)をもたらす程の強力な押圧力を加えたりすれば,当該個所の塗装が損傷を受けたり,施工後における温度の変動による屋根材の伸縮によって,「圧接」個所に極めて不愉快なきしみ音が発生し,需要者と施工者との間に重大な紛議が生じることは必定である。

         また逆に,長尺鋼板のロール成形によって,あえて被告各製品と同等の寸法精度を得ようとすれば,ロール成形の工程を飛躍的に増加させなければならず。それによるコストの増大は,メーカーにとって到底堪え得ないものになることもまた必定である。
     このように,押出し形材によって形成された被告各製品は,素材としての性質において長尺鋼板とは大きく相違するのであるから,本件発明における「金属板」すなわち長尺鋼板と実質的に同一の性質を有する金属板には該当せず,したがって,本件発明の構成要件Aを充足しないことが明らかである。
   イ 相違点Aについて
    (ア) まず,構成要件Bにおける「圧接片部の棟側に延長した係合片部」は「圧接片部の棟側に延長し,かつその先端に『縁曲げ部』のような折り曲げ部分を有する係合片部」を指すものと解すべきである。

      すなわち,本件明細書の作用及び発明の効果の項の記載によれば,「係合片部」は,「抱持部」内への「曲面と曲面とで接触」する挿入係合によって,「緻密に」かつ「強固に」係合抱持され,それによって,本件発明の屋根板において極めて重要な意義を有する「減圧空間(49)」を形成しなければならない存在である。ところが,圧接片部を棟側に単に「延長」しただけの「係合片部」では,抱持部によって「緻密かつ強固に」抱持係合される状態となることもできず,また,重要な機能を有する「減圧空間(49)」を形成することもできない。したがって,「係合片部」は,その先端が,「縁曲げ部(30)」のように折り返されて,抱持部との係合曲面を有するものでなければならないはずである。
    (イ) 被告各製品の係止部3における「下面水平部3d」は,形状的には本件発明の軒側成形部における「(上端前縁部の)下端縁を内側に折曲した」部分に対応するが,本件発明における上記折曲部分は,棟側成形部の「上端突当て縁」と「圧接」する作用を営む「圧接片部」であるのに対し,被告各製品における「下面水平部3d」は,嵌合時においては,その直下に位置することになる係合部4の「後部第1立上部4a」と「接触」しているのみであって,本件発明におけるような特段の圧接状態とされるものではないから「圧接片部」には該当しない。

      また,被告各製品において,下面水平部3dのさらに棟側に形成されている部分(すなわち,イ号物件における「下面立上部3e」,「下面傾斜部3f」及び「傾斜部先端3g」ならびに,ロ号物件における「下面傾斜部3e」及び「傾斜部先端3f」)を本件発明において「圧接片部」からさらに棟側に形成されている部分である「圧接片部の棟側に延長した係合片部」と対比すると,まず被告各製品における上記各部分は,いずれも「下面水平部3d」を「棟側に延長した」部分ではないことが明らかである。すなわち,「延長」なる用語は,本来,元の線分の方向と同一方向にのびることを意味するものである。また,本件明細書における,当該部分の構成についての具体的説明は,実施例の説明における「さらに上方への短い立上り段部(28)を介して,棟側に延長して係合片部(29)を形成し」との記載のみであり,本件公報添付の図3においても,係合片部(29)は,圧接片部(27)と平行して同一方向にのびている。また,本件明細書における特許請求の範囲の記載においても,元の部分と同一方向にのびるものではない部分については,特に「棟側に折曲した延長部」なる表現が用いられている。
      したがって,本件発明の「圧接片部の棟側に延長した係合片部」の「延長」は,その通常の語義のとおりに,圧接片部がのびる方向と略々同一方向にのびることを意味するものと解される。しかも,「係合片部」は,棟側成形部の奥深くまでのびて,その「抱持部」に抱持されるべき機能を有するものであり,圧接片部とほぼ同一方向にのびるものでなければ,そのような機能を果たし得ないことも明らかである。すなわち係合片部が圧接片部とほぼ同一方向にのびるものであるべきことは,本件発明の作用効果の観点からも必要な事項である。
      これに対して,イ号物件における「下面立上部3e」,「下面傾斜部3f」及び「傾斜部先端3g」,ならびに,ロ号物件における「下面傾斜部3e」及び「傾斜部先端3f」は,いずれも,「下面水平部3d」がのびる方向とは大きく異なる斜め上方に向かってのびているものである。これは,硬質の押出し形材によって高い寸法精度で製作されたものを,その嵌合時の接触部に水漏れが生じないようにぴったりと嵌合させつつその奥に十分な空間を設ける目的から,そのように形成されたものである。すなわち,構成的にも機能的にも,被告各製品の前記各部分は,下面水平部3dを単に「延長」したものではない。

    (ウ) 次に,被告各製品の係止部3の各部分は,本件発明における「係合片部」に該当しない。
      すなわち,本件発明における「係合片部」は,上記(ア)記載のとおり,棟側成形部の抱持部内面と「面接触」状態で「抱持」されるべき部分であり,そのためには,その先端に「縁曲げ部」のような折り曲げ部分が形成されているものであることを必要としている。
      これに対して,被告各製品における前記各部分は,その先端に,係合部4の空間内面と面接触し得る折り曲げ部分などは全く形成されていない。すなわち,イ号物件においては「傾斜部先端3g」が,係合部4の「背面第1彎曲部4d」と線接触し得るのみであり,また,ロ号物件においても,「傾斜部先端3f」が,係合部4の「背面第1傾斜部4d」又は「後部第2立上部4c」と線接触し得るのみである。したがって,被告各製品は,本件発明の「係合片部」には該当しない。

    (エ) 以上のとおり,被告各製品の係止部の前記各部分は,いずれも本件発明の「圧接片部の棟側に延長した係合片部」には該当しない。すなわち,被告各製品は,本件発明の上記係合片部に該当する部分を有しないのであって,本件発明の構成要件Bを充足しない。
     ウ 相違点Bについて
    (ア) まず,構成要件Cにおける「圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁」は,それを形成するための折曲個所が,「圧接片部の下面と線接触状態で圧接し得る上端突当て縁」を意味するものと解される。そのような突当て縁でなければ,本件発明の詳細な説明に記載されている作用効果を奏し得ないからである。
      すなわち,まず「上端突当て縁」なる文言自体が,「上端に形成された縁状に突出した部分」を意味することが明らかであり,そのような「突当て縁」が「圧接片部の下面」に圧接するのであるから,両者の圧接は「線状の圧接」にならざるを得ない。

      また,本件明細書の作用,発明の効果さらには実施例の記載においては,「圧接片部の下面」と「上端突当て縁」とが線接触の状態であることを前提とする記述が再三再四現れており,このことが本件発明の特徴事項のひとつであることは明らかである。
      したがって,構成要件Cにおける「圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁」は,「圧接片部の下面と線接触状態で圧接し得る上端突当て縁」を意味するものと解するべきである。
      被告各製品の係合部4において,本件発明の棟側成形部における「面板部の他側を上方に立上らせた」部分及びその上端の部分に対応する部分,すなわち被告各製品における「後部第1立上部4a」及びその上端の「上端角隅部4j」は,いずれも,嵌合状態において,それに続く部分である「後部水平部4b」とともに,係止部3の「下面水平部3d」に接触する部分であるが,その接触個所は「圧接」状態となるものではない。

      本件発明においては,上記のとおり,棟側成形部の下部前縁部の上端と軒側成形部の圧接片部とを屋根板製造の際の寸法精度の誤差を吸収し得るほどに強くかつ線状の圧接状態とすることが,重要な特徴となっているが,被告各製品は,前記の接触個所がそのような強い「圧接」となるものではない。被告各製品は,いずれも押出し成形により高い寸法精度をもって製作されるものであるから,そのような強い圧接状態とする必要は全くなく,また,仮にそのような強い圧接状態とした場合には,かえって様々な不都合が生じるからである。
      また,被告各製品は,いずれも,イ号物件目録及びロ号物件目録の図2に示すような平坦勾配屋根上に施工配置された場合には,それぞれの図5に示すように,係合部4の4j及び4bの部分は,係止部3の3dの部分と面接触状態となるものであって,本件発明におけるような,「上端突当て縁」が「圧接片部」と線接触状態で圧接される状態とは相違している。

      さらに,被告各製品は,いずれも,イ号物件目録及びロ号物件目録の図3に示すようにアーチ型の曲面勾配の屋根上に施工される場合には,それぞれの図6に示すように,係止部3の「下面水平部3d」が傾斜して,「角隅部3h」(イ号物件の場合)または「角隅部3g」(ロ号物件の場合)が係合部の「後部水平部4b」と線接触状態となるが,この状態も「圧接」状態ではなく,また,本件発明におけるように,棟側成形部の角隅部が軒側成形部の面状部と圧接状態となるものとは,面と角隅部の関係が逆である。本件発明では,棟側成形部の角隅部を軒側成形部の面状部と圧接することによって特定の効果を得ようとすることが極めて重要な特徴となっているのであるから,本件発明の構成において,相互に圧接される角隅部と面状部の関係を,被告各製品におけるように逆転させることは不可能である。
      以上のとおり,被告各製品の係合部4には,本件発明の棟側成形部におけるような「上端に前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」に該当する部分は存在しない。
    (イ) さらに,被告各製品の係合部4において,係止部3との嵌合時に係止部3の上方傾斜部分(イ号物件においては「下面立上部3e」,「下面傾斜部3f」,「傾斜部先端3g」及び「角隅部3h」。ロ号物件においては,「下面傾斜部3e」,「傾斜部先端3f」及び「角隅部3g」。)が挿入係止されることになる部分,すなわち,イ号物件においては「後部水平部4b」の右側部分,「後部第2立上部4c」,「背面第1彎曲部4d」及び「段落部4e」からなる部分。ロ号物件においては,「後部水平部4b」,「後部第2立上部4c」及び「背面第1傾斜部4d」からなる部分。)は,係止部3の前記部分の挿入係止後において,次のとおり,当該部分を「抱持」する状態となるものではない。

      まず,イ号物件については,イ号物件目録の図2及び図5に示すように,平坦勾配屋根上に施工配置された場合においては,係止部3の「傾斜部先端3g」は,係止部4の「段落部4e」(すなわち係脱防止用の部分)よりも僅かに後方の位置において「背面第1彎曲部4d」の内面と接触し,係止部3の「角隅部3h」は,係合部4の「後部水平部4b」のほぼ中間位置においてその上面と接触している。すなわち,係合部4の「背面第1彎曲部4d」と「後部水平部4b」が,「傾斜部先端3g」及び「角隅部3h」との接点を介して,係止部3の下面傾斜部3fと下面立上部3eを「挟持」した状態となる。
      また,イ号物件が,イ号物件目録の図3及び図6に示すように,アーチ型曲面勾配屋根上に施工配置された場合においても,「傾斜部先端3g」の位置が,上記の場合よりも下方に移動した点において「背面第1彎曲部4d」の内面と接触している点において,上記の場合と相違するのみであり,係合部4の「背面第1彎曲部4d」と「後部水平部4b」が,「傾斜部先端3g」及び「角隅部3h」との接点を介して,係止部3の「下面傾斜部3f」と「下面立上部3e」を「挟持」した状態となる点においては,上記の場合と全く同じである。

      次に,ロ号物件については,ロ号物件が,ロ号物件目録の図2及び図5に示すように,平坦勾配屋根上に施工配置された場合においては,係止部3の「傾斜部先端3f」は,係合部4の「背面第1傾斜部4d」の下面と接触し,係止部3の「角隅部3g」は,係合部4の「後部水平部4b」のやや後端寄りの位置でその上面と接触する。すなわち,係合部4の背面第1傾斜部4dと後部水平部4bが,傾斜部先端3f及び角隅部3hを介して,係止部3の下面傾斜部3eを「挟持」した状態となる。
      ロ号物件を,ロ号物件目録の図3及び図6に示すように,アーチ型曲面勾配屋根上に施工配置された場合においても,傾斜部先端3fの位置が,上記の場合よりも後方において「背面第1傾斜部4d」と接触する点においてのみ異なり,係合部4の「背面第1傾斜部4d」と「後部水平部4b」が,「傾斜部先端3f」及び「角隅部3h」を介して,係止部3の「下面傾斜部3e」を「挟持」した状態になる点においては同じである。

      以上のとおり,被告各製品の係合部4のうち,嵌合状態において係止部3の挿入部分(イ号物件においては3e及び3fの部分。ロ号物件においては3eの部分。)を受け入れる部分(被告各製品における,4bの後方部分,4c及び4dからなる部分。)には,係止部3の上記挿入部分を面接触状態で受け入れる部分は全くなく,挿入部分の先端及び角隅部と接触してそれを挟持しているのみである。
      構成要件にある「抱持」という文言は,面接触を伴う保持状態を意味し,係止部の先端が係合部の面と線接触状態となるように挿入されることを排除するものと解されるところ,被告各製品の嵌合時における前記のごとき挿入係止状態は,それを自然な用語をもって表現すれば「挟持」というべきであるし,しかも,まさに本件発明において除外されているものと解される,係止部3の先端(イ号物件における3g,ロ号物件における3f)が係合部4の被挿入個所の内面と線接触する係止状態となっているものである。

      すなわち,被告各製品の係合部4には,係止部3の挿入部分を「抱持」する部分は存在しない。したがって,被告各製品は,本件発明における「前記係合片部を係合抱持させる抱持部」を有していない。
    (ウ) 以上のとおり,被告各製品の係合部は,いずれも本件発明における「上端に前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」ならびに,「前記係合片部を係合抱持させる抱持部」を有しておらず,本件特許の構成要件Cを充足しない。
     エ 相違点Cについて
    (ア) まず,構成要件Dについては,第2回手続補正により,出願当初明細書の記載には全く裏付けられていない事項が,付加記載されたものであって,しかも,その構成,作用効果においても多くの不明確な点を有するものである。したがって,構成要件Dを解釈するに当たっては,構成要件Dの付加が,実質的には明細書又は図面の要旨変更をもたらさないような,極めて狭い範囲の事項を定めたものと解すべきである。

      具体的には,構成要件Dは,補正の際の図示そのままの事項,すなわち,「図3」(本件公報参照)記載のごとき構成を有する屋根板(「立上り段部(28)を伴う「係合片部(29)」を有する屋根板)において,原告が図示によって示した外延線によって囲まれた二つの空間(具体的には,「上部前縁部(25)」,「圧接片部(27)」,「立上り段部(28)」,「係合片部(29)」及び「面板部(22)」のうち「係合片部(29)」の先端を通る垂直線と交わる点よりも前方部分によって囲まれた範囲の空間並びに「圧接片部(27)」,「立上り段部(28)」,「係合片部(29)」,「抱持部(35)」の上半部分,「被取付け立上り部(36)」及び「上部前縁部(25)」のうち「被取付け立上り部(36)」の上端を通る水平線と交わる点よりも下方の部分によって囲まれた範囲の空間)が,その図示による「容積比」と実質的に同程度の容積比を有することを意味すると解するべきである。
    (イ) そうすると,まず,被告各製品の各嵌合時に,原告主張の「空間M」に相当する部分が独自の「毛細管現象防止用空間」として形成されることはないし,また,原告主張の「空間S」に相当する部分が独自の空間として認識されることもない。仮に,「空間M」あるいは「空間S」に相当する空間を仮想的に設定したとしても,それらの空間の形状及びその大きさの比率は,原告の図示にかかる空間の形状や空間の容積比と相違していることは明らかである
      また,前記のとおり,被告各製品は,いずれも本件発明におけるような「圧接片部」や「抱持部」を有していない構成である。
      したがって,被告各製品は,いずれもその嵌合状態において本件発明の構成要件Dに該当する状態とはなっておらず,したがって,本件発明の構成要件Dを充足しない。

   (原告の再反論)
   ア 相違点@について
     被告らは,「金属板」が「長尺鋼板」以外の他の材質の素材も含む趣旨であるとすると,第1回手続補正における「長尺鋼板」から「金属板」への記載の変更が要旨の変更に当たることになってしまうので,「金属板」とは「長尺鋼板」のことのみを意味するものと解すべきと主張するが,本件特許の出願時以前から,この種の金属製の横葺き屋根板において鋼板以外の金属板として銅板やアルミニウム板を使用することは周知慣用技術であったのであるし,補正によって発明の目的(横葺き屋根板の雨仕舞向上)は少しも変化していないのであるから,本件補正は当業者にとって自明な事項であるといえる。したがって,「金属板」の意義を被告ら主張のごとく限定的に解する必要はない。
   イ 相違点Aについて

    (ア) 被告らは,被告各製品における「下面水平部3d」は,嵌合時にはその直下に位置することになる係合部4の「後部第1立上部4a」と「接触」しているのみであって,本件発明におけるような特段の圧接状態とされるものではないから,「圧接片部」に該当しないと主張する。
      しかし,「接触」とは「物が他の物と触れ合って一続きにつながる」という意味であって,「下面水平部3d」が「後部第1立上部4a」と接触しているといったところで,それはこの両者の接続の状態を外形的に描写表現したに過ぎない。
      問題の個所は,屋根材の軒側及び棟側両端部の接続点であり,どのような技術をもってこれに対処するかが重要になるところであるので,どのような態様で接触させるかの説明が必要になるはずである。

           その観点から「下面水平部3d」と「後部第1立上部4a」とのs「接触」の態様(機能)をみれば,これは「圧接」,すなわち「圧することで部材を接触させる」という態様(機能)以外に考えられない。この点で被告らは,本件発明における「圧接」を「特段の圧接」として強い圧接であるとし,本件発明との相違を殊更に強調するが,本件発明においても,被告各製品においても,共に「圧接」であって,相違はない。
    (イ) 次に,被告らは,被告各製品において,下面水平部3dのさらに棟側に形成されている部分(すなわち,イ号物件における「下面立上部3e」,「下面傾斜部3f」及び「傾斜部先端3g」並びにロ号物件における「下面傾斜部3e」及び「傾斜部先端3f」)は,いずれも「下面水平部3d」を「棟側に延長した」部分ではないと主張する。

      しかし,本件発明は,屋根材の軒側末端部分と棟側末端部分の構成にかかるものであるところ,軒側成形部(23)は,圧接片部(27)をもって終わるのではなくて,その先にまだ係合片部(29)が形成されるのであるから,そのことをいうために請求項1においては「延長」という用語を用いているのみであって,圧接片部がのびる方向と同一方向であるとの限定がされているものではない。
   ウ 相違点Bについて
     相違点Aに対する反論において述べたように,被告各製品の接触の態様(機能)は圧接である。被告らは本件発明の圧接の状態は強い圧接状態であると主張しているが,強かろうと弱かろうと圧接は圧接である。
     また,被告らは,被告各製品における係合部4と係止部3が係合する状態を「抱持」ではないと主張する。しかしながら,「抱持」とは「中に包み込んで保持する」という意味であり,被告各製品において,係止部3の挿入部分(下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜部3f)が係合部4の空間(後部水平部4b,後部第2立上部4c,背面第1彎曲部4d及び段落部4eによって形成される空間)に挿入される状態を係合部4を主体にして表現すれば,正に「抱持」である。被告らは「抱持」ではなくて「挟持」であると主張するが,長さを有する抱持部分(抱持するものにはある長さが必要である)上の点を2個所を捉えてこの2点で挟持していると言っているものである。つまり,被告らは「挟持」であるといっているが,これは「抱持」の状態にある係合部4と係止部3との関係の一部分をそのように表現しているに過ぎない。

  (3) 均等侵害
   (原告の主張)
    仮に,本件発明の特許請求の範囲の記載の文言解釈上,被告各製品が構成要件Cを充足しないとしても,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると解すべきである。その理由は以下のとおりである。
   ア 置換された部分が本件発明の本質的部分ではない。
         過去の公知例(実公昭52−10190)と対比すると,本件発明の本質的部分は棟側成形部と軒側成形部とが緻密に係合抱持された状態で,下部前縁部(31),及びその上部に減圧空間(49)を形成した上で,さらに上部に〔1/3以上の〕大きな空間(60)を不離一体に形成することにあると解される。
     そして,被告各製品は「後部第1立上部4aが存在し,係合部4の後部水平部4b,後部第2立上部4c,背面第1彎曲部4dと係止部3の下面傾斜部3fとによって減圧空間が形成され,その上方に,係合部4の背面第1彎曲部4dの上部部分,同背面第2彎曲部4f及び同背面水平部4gと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d,同下面立上部3e及び同下面傾斜部3fとにより〔約1/2〕の毛細管現象防止用の空間Mが形成されている」構成を有しているので,本質的部分は同一であり,「棟側成形部と軒側成形部とを緻密に係合抱持」するところのみが相違しているということになる。

     この相違点は,本件発明の有する「上端突当て縁(32)を圧接片部(27)の下面に圧接する」という構成を,被告各製品において,「平坦屋根の場合は係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部は係止部3の下面水平部3dの下面に圧接し,アーチ屋根の場合は,係止部3の下面水平部3dの角隅部3hは係合部3の後部水平部4bの上面に圧接する」というように置換することで生じるものである。しかし,この置換された部分が,本件発明の本質的部分でないことは明らかである。
   イ 相違部分を被告各製品におけるものと置換しても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を有する。
    (ア) 本件発明における「上端突当て縁(32)の圧接片部(27)の下面への圧接」を,被告各製品のように,「係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部の係止部3の下面水平部3dの下面への圧接」(平坦屋根の場合)又は「係止部3の下面水平部3dの角隅部3hを係合部3の後部水平部4bの上面に圧接」(アーチ屋根の場合)に置換したとき,その置換による係合により,係合部4の後部水平部4b,同後部第2立上部4c,同背面第1彎曲部4d及び係止部3の下面傾斜部3fによって形成される「空間」は,例えば台風等の強風雨下において,後部第1立上部4aの上端角隅部4jの外側に高い風圧がかかったときには,上端角隅部4jの外側とこの空間内との間で圧力差が生じ,この空間によって減圧され,この空間内外の圧力差を緩和させる作用効果がある。

      したがって,被告各製品における前記「空間」は,本件発明の減圧空間(48)と全く同一の効果を奏する。他方,被告各製品は,上記のように置換してみたところで,本件発明との間の相違を際だたせるような上記以外の特段の作用効果は見いだせない。
    (イ) また,被告各製品の空間Mは,減圧空間の上部に形成された大きな空間で,これは専ら雨水等が毛細管現象によって侵入するのを防ぐ作用及び効果を奏するものであって,これもまた本件発明の大きな空間(60)の有する作用効果と全く同一である。他方,空間Mには,上記作用効果の外に,本件発明の作用効果と相違する特段の作用効果は見いだせない。
   ウ 置換は,当業者が被告各製品の製造等の時点において容易に想到することができたものである。
     登録第917559号意匠公報に記載の意匠及び登録第744190号の類似2号意匠公報に記載の意匠によれば,屋根材の軒側端部を折り曲げて垂下部を形成し,さらに垂下部の端部を内側(棟側)に折り曲げて形成される面と,棟側端部を立ち上げてその第1立上部の上端を外側(棟側)に折り曲げて形成される面とを当接させる,いわゆる面接触の技術は侵害時に既に公知であったと解される。

     したがって,いわゆる屋根材に係る当業者にとって,侵害時に,上記公知技術をもって本件発明の「上端突当て縁(32)の圧接片部(27)の下面への圧接」を,被告各製品のように「係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部の係止部3の下面水平部3dの下面への圧接」(平坦屋根の場合)に置き換えることは極めて容易に想到できたといわざるを得ない。
     また,アーチ屋根という構造は周知のものであるので,平坦屋根に使用する屋根材をアーチ屋根に使用すれば,下に葺かれる屋根材と上に葺かれる屋根材との係合の態様が多少変わることも周知である。したがって,平坦屋根の場合にいわゆる面接触である場合に,屋根に彎曲させれば,当然「係止部3の下面水平部3dの下面」と「係合部4の後部水平部4bの一部」との接触(面接触)は不可能となり,「係止部3の下面水平部3dの角隅部3h」のみが「係合部3の後部水平部4bの上面」に接触することになるのは当然の成り行きであって,格別の技術的発想を要しない。それゆえ,当業者にとって,侵害時に,本件発明の「上端突当て縁(32)の圧接片部(27)の下面への圧接」を被告各製品のように,「係止部3の下面水平部3dの角隅部3hを係合部3の後部水平部4bの上面に圧接」(アーチ屋根の場合)に置き換えることは極めて容易に想到できたといわざるを得ない。

   エ 被告各製品が本件特許出願時における公知技術と同一ではないし,当業者が同出願時に容易に推考できたものでもない。
   オ 被告各製品が,本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる事実はなく,その他特段の事情もない。
   (被告らの主張)
      そもそも,原告の均等論に関する主張は,被告各製品のいかなる構成が,本件発明中のいかなる構成と均等であるかという点についての明確な特定がなされておらず,適切とはいえない。さらに,原告の主張には以下のような問題があり,均等侵害が認められる余地はないものと考えられる。
   ア 原告は,本件発明の本質的部分として「減圧空間(49)」を挙げているが,当該部分は,特許請求の範囲には記載されていない事項であり,そのような事項を「本質的部分」として挙げるのは不適切である。また,原告は,本件発明の本質的部分を導き出すために,実公昭52−10190の実用新案との対比を論じているが,そもそも,ただ1つの公知技術との対比から発明の本質的特徴を導き出すこと自体が不適切であるといわざるを得ない。

   イ 原告は,被告各製品における「置換」によっても,それによる「効果」は本件発明と同じであり,またその置換は,被告各製品の製造開発時において当業者が容易に想到し得たことである旨を主張しているが,いずれも理由がない。
     すなわち,原告のいう「同一の効果」なるものは,すべて,本件特許出願当時すでに公知または周知であった事項による効果であると考えるほかはなく,本件発明による独自の効果であるとは考え難い。したがって,仮に被告各製品がそのような公知の事項による公知の効果を有しているとしても,被告各製品の「均等性」をもたらすものではない。のみならず,被告各製品は,後記のとおり,精密な寸法精度による緻密な嵌合によって,本件発明の屋根板よりも優れた防水効果を奏し得るものであり,また,防水効果のみならず,下地材の省略によるコスト低減,アーチ屋根上への施工の容易性等,本件発明の屋根板で到底奏し得ない優れた効果をも奏し得るものである。本件発明と被告各製品との効果が同じであるかのようにいう原告の主張は理由がない。

     また,原告は,登録第917559号意匠公報に記載の技術及び登録第744190号の類似2号意匠公報に記載の技術が存在することをもって,原告のいう「置換」が容易であることの根拠としているが,この主張も理由がない。「面接触」に関するそれら2つの公知例の存在が,原告の主張する「線接触」と「面接触」との置換容易性につながるものではない。さらに,両技術例とも「面接触」の態様が被告各製品における態様とは全く相違しているし,登録第917559号意匠公報は,被告各製品の製造開始時である平成6年5月以降である平成7年1月発行であって,そもそも公知例となり得るものではない。
   ウ また,置換部分を被告各製品におけるものとした場合に本件特許と同一の作用効果を有するともいえない。すなわち,本件発明における「上端突当て縁(32)の圧接片部(27)の下面への圧接」による作用効果については,被告各製品の対応個所の接触はそもそも圧接ではないから,「圧接」による効果はないものといわざるを得ないし,「大きな空間(60)」による効果についても,その空間がいかなる空間であるのかあらゆる意味において不明確であり,そのような不明確な構成に該当する空間は被告各製品には存在しておらず,かかる空間の存在を前提とする作用効果もないものといわざるを得ない。その一方で,被告各製品においては,寸法精度が高いために施工作業の容易化や施工コストの低減を図ることが可能であり,強度が高いためにバックアップ材の使用を省略することができるなど,本件発明によっては期待し得ない独自の作用効果があるものである。

  (4) 本件特許権の無効性@(出願時繰り下げによる新規性・進歩性欠如)
   (被告らの主張)
    本件特許には,以下に述べるとおり,明白な無効理由が存在し,原告による特許権行使は権利の濫用に当たるものとして許されない。
   ア 第1回手続補正について
     本件特許の出願について,平成6年8月25日になされた手続補正(以下「第1回手続補正」という)は,以下に述べるとおり,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条(以下「改正前法40条」という。)における「明細書又は図面……の要旨を変更する」補正に該当するものである。
    (ア) 第1回手続補正において,出願当初明細書の請求項1(以下「出願時の請求項1」という。)の記載のうち,@「長尺鋼板の」なる文言が「金属板の裏面に断熱防音部材層を設けると共に」なる文言に変更され,A「さらに面板部の軒側端縁部から棟側成形部の端縁までにわたる断熱防音部材層を前記長尺鋼板の裏面に設けた」なる文言が削除された。その一方で,出願時の請求項1にはなかった「棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記棟側成形部の上端突当て縁と軒側成形部の下端縁とが軒棟方向に少許離間するように形成した」なる文言が請求項1に付加された。

      (イ) 第1回手続補正において,出願当初明細書における発明の詳細な説明の記載についても,上記の請求項1における「長尺鋼板」から「金属板」への変更及び断熱防音部材の特定の貼着範囲態様に関する記載の削除に対応する形で記載の変更が行われた。
    (ウ) 第1回手続補正によってなされた,上記のごとき請求項1及び発明の詳細な説明の変更は,明細書の要旨を変更する補正に該当すると解される。
      すなわち,まず,第1に補正後の「金属板」なる文言は,文言上,「鋼板」以外の金属板を広く包含することになるが,出願当初明細書においては,本件発明の構成及び作用効果については,実施例の記載も含め,折り曲げ成形が可能であって,かつ十分な可撓性を有する「長尺鋼板」をもって屋根板を構成する態様及びそれによる作用効果のみが記載され,かつ請求項1においても「長尺鋼板」を用いることが必須の事項として記載されており,折り曲げ成形の不可能な金属板を本件発明の素材として用いることは,全く記載されていなかった。したがって,請求項1における「長尺鋼板」なる文言を,あたかも,折り曲げ成形の不可能な金属板まで含むかのように解されるおそれのある「金属板」なる文言に変更し,かつ,それに対応する発明の詳細な説明の記載変更を行うことは,明らかに出願当初明細書の記載に基づかずに特許請求の範囲を拡張するものであって,明細書の要旨を変更する補正に該当する。

      原告は,本件特許の発明の要旨は「屋根構造」にあって「屋根材質」にかかわるものではなく,また本件特許の出願当時において,屋根板に各種金属板を用いることは周知慣用技術であったから,その範囲内の補正として「長尺鋼板製」を「金属製」に補正することは,出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内の補正であると主張する。しかしながら,出願当初明細書において鋼板以外の材質の金属板をも用いうることの示唆は全くなく,逆に「長尺鋼板製」という材質に言及した個所が多数みられるのであって,出願当初明細書に記載された発明は明らかに「長尺鋼板製」という材質をも発明の要旨としていると解さざるを得ないし,出願当初明細書の「長尺鋼板製」という記載からそこに記載された発明がすべての金属板を含むことが自明な事項であるということはできない。さらに,出願当時において,「長尺鋼板」と「金属板」を同義のように扱うことが技術常識であったという事実はない。
      第2に,出願当初明細書においては,実施例の記載も含めて,「断熱防音部材」を「面板部の軒側縁部」から「棟側成形部の端縁」までのびるように貼着する態様及びそれによる作用効果のみが記載されていて,その他の貼着範囲態様は全く記載されておらず,請求項1においても,その貼着範囲態様が発明の必須構成事項として記載されていた。したがって,断熱防音部材を上記のごとき範囲態様で貼着することは,出願当初における発明の必須の構成事項であったことが明らかであるから,請求項1から断熱防音部材の特定の貼着範囲態様を削除した上で「裏面に断熱防音材層を設け」として,あたかも,どのような貼着範囲態様をも包含するかのように変更し,しかも,出願当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていたところの,特定の貼着範囲態様による作用効果の記載を削除したことは,明らかに特許請求の範囲の記載を,出願当初明細書に記載されていた範囲を超える事項を包含するおそれのある態様に変更するものであって,特許請求の範囲を拡張し,明細書の要旨を変更する補正に該当するものである。
      この点についても原告は,断熱防音部材の貼着範囲に関する記載を特許請求の範囲から削除した点は,発明の目的を変更するものではなく,また金属製屋根板において,軒側から棟側の裏面にわたって断熱防音部材を貼ることは周知慣用技術であったから,当初明細書記載事項の範囲内における補正である旨主張している。しかし,本件特許出願当時において,金属屋根板の裏面に断熱防音部材を貼着する際の貼着範囲は様々であったのであり,このような技術状況下において,まさにその貼着範囲を「面板部の軒側縁部から棟側成形部の端縁まで」と特定することによって特定の作用効果を得ようとしたのが,出願当初明細書に開示された発明の,重要な特徴の1つであったのであり,このことは,本件出願当初明細書の記載によって極めて明らかである。
    (エ) したがって,第1回手続補正は,少なくとも上記の2点において,明細書の要旨を変更する補正を行ったものであるから,全体として,改正前法40条に規定する明細書又は図面の要旨を変更する補正を行った場合に該当するものである。
   イ 第2回手続補正について
     本件特許の出願について平成7年6月14日になされた手続補正(以下「第2回手続補正」という。)も,以下に述べるとおり,改正前法40条にいう「明細書又は図面の要旨を変更する」補正に該当する。
    (ア) 第2回手続補正において,第2回手続補正前の請求項1(第1回手続補正によって変更された請求項。以下「補正前の請求項1」という。)の記載のうち,@「金属板の裏面に断熱防音部材層を設けると共に,」なる文言が単に「金属板の」なる文言に変更され,A「棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記棟側成形部の上端突当て縁と軒側成形部の下端縁とが軒棟方向に少許離間するように形成した」なる記載が削除された。その一方で「前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成した」という記載(すなわち構成要件Dの記載)が請求項1の末尾に付加された。

       (イ) 第2回手続補正において,出願当初明細書における発明の詳細な説明の記載についても,上記の請求項1の記載の変更,特に新たに構成要件Dを付加したことへの対応を中心とする記載の変更が行われた。
    (ウ) 第2回手続補正によってなされた,上記のごとき請求項1及び発明の詳細な説明の変更は,明細書の要旨を変更する補正に該当すると解される。
      すなわち,第2回手続補正においては,請求項1への構成要件Dの付加とそれに合わせた,発明の詳細な説明の記載変更が行われたのであるが,出願当初明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の屋根板の嵌合時に,構成要件Dに示されるような空間が形成されることについての記載は全く存在しない。すなわち,第2回手続補正においては,出願当初明細書には全く記載されていない事項を,卒然として請求項1の構成要件として付加し,それに合わせて,発明の詳細な説明の記載を大幅に補充したものである。しかも,補正によって付加された構成要件Dはその技術的意義及び作用効果が極めて不明確なものであり,技術的には無意義とも評価できるものである(そもそも,構成要件Dにおける「毛細管現象防止用の空間」なるものが,係合時のいかなる個所における「毛細管現象」を「防止」しようとするためのものであるのかさえ,本件明細書には明らかにされていない。また,構成要件Dにある略1/3以上なる数値限定の根拠も全く不明である。)このような補正が,明細書の要旨を変更する補正に該当することは明らかである。

      さらに,第2回手続補正においては,上記のとおり「裏面に断熱防音部材層を設けると共に」という記述が削除されたために,文言上は,裏面に断熱防音部材を設けないものも,請求項1の範囲に含まれることになった。しかし,上記アでも述べたとおり,出願当初明細書においては,「面板部の軒側縁部から棟側成形部の端縁までにわたる断熱防音部材層」を裏面に設けることが本件発明の必須の構成要件とされていたのであるから,断熱防音部材層を全く設けないものをも範囲に包含するように特許請求の範囲の記載をさらに拡張変更することは,明細書の要旨を変更する補正に該当するものである。
   ウ 本件特許の出願前公知性及び公然実施性
    (ア) 以上のとおり,本件特許出願中になされた第1回手続補正及び第2回手続補正は,いずれも明細書の要旨を変更する補正に該当する。したがって,本件特許は,改正前法40条の規定により,第1回手続補正がなされた日である平成6年8月25日,または第2回手続補正がなされた日である平成7年6月14日に出願されたものとみなされるべきものである。

    (イ) 本件特許の出願については,上記繰下げ出願日のいずれよりも前である平成4年12月4日に,出願公開公報(乙1)が発行頒布されており,同公報には,本件発明のすべての要件を満たす実施例及び図面が記載されており,また昭和62年10月22日には,本件特許の分割出願前の原出願(特願昭61−81086号)の出願公開公報(特開昭62−242040号公報。乙6)が発行頒布されており,同公報にも分割出願に関する公報(乙1)と同一の屋根板の図面が記載されている。さらに,昭和62年には,上記各公報の図面に記載されている屋根板と同一の屋根板,すなわち,本件発明のすべての要件を備えていることが明らかな屋根板の図面が記載されている製品カタログ(乙7)が,原告から発行頒布されている。
         したがって,本件発明は,上記各公報及び原告の製品カタログに記載された発明,または少なくとも,それらの刊行物から当業者が容易に発明することができた発明に該当し,出願前に公知性を有していたものである。

    (ウ) 原告は,遅くとも上記原告の製品カタログ(乙7)が発行された昭和62年末までには,本件発明の実施行為を行ったことは明らかである。また,屋根板は,大量に生産され,かつ不特定多数の需要者に対して販売され,また,何人も目視し得る状態で使用施工されるものであるから,本件発明の実施品について,原告の製造,販売行為を通じて,前記繰下げ出願日前に公然実施行為がなされたことも明らかである。したがって,本件発明は,前記繰下げ出願日前に,公然と実施され,又は少なくとも,上記公然実施行為に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものに該当することは明らかである。
   エ 上記のとおり,本件特許は,その出願中に明細書又は図面の要旨を変更する補正がなされたことにより,当該手続補正がなされた日である平成6年8月2日又は平成7年6月14日に出願されたものとみなされるべきものであるところ,上記繰下げ出願日前には,本件発明の技術的範囲に属することが明らかな屋根板が記載された刊行物(乙1,乙6及び乙7)が頒布されており,また,上記繰下げ出願日前に本件発明が公然実施されていたことも明らかである。

     したがって,本件発明は,特許法29条1項または2項に該当するものであって,改正前法の特許法123条1項1号により,無効とされるべきものであることが明らかである。
     したがって,原告の本件特許権の行使は,権利の濫用として許されないと解される。
   (原告の主張)
      以下に述べるとおり,第1回手続補正及び第2回手続補正のいずれにおいても,特許明細書の要旨の変更は行われておらず,出願日が繰下がることはない。したがって,本件発明に無効理由は存在しない。
   ア 第1回手続補正について
     被告らは,第1回手続補正において,@「長尺鋼板製」を「金属製」に変更した点及びA断熱防音部材の貼着範囲態様の記載を削除した点を捉えて,第1回手続補正が要旨の変更に当たると主張するが,以下のとおり,上記の各点とも明細書又は図面の要旨の変更に当たるものではなく,被告らの主張は失当である。

    (ア) 「長尺鋼板製」を「金属製」に変更した点について
      この発明の要旨は,本件特許の特許請求の範囲に記載されているとおり,横葺き屋根の軒側と棟側の成形部の確実な係合により雨仕舞い機能を有する屋根構造にあり,屋根材質にかかわるものではない。
      また,本件特許の出願時以前から,この種の金属製の横葺き屋根板において鋼板以外の銅板やアルミニウム板を使用することは周知慣用技術であったから,本件特許の審査時における審査基準に照らして,この周知慣用技術の範囲内の補正は,出願当初の明細書の記載及び出願当時の技術常識からみて自明な事項である。
      それゆえ,審査手続の過程において「長尺鋼板製」を「金属製」に補正した結果は,特許請求の範囲に記載された技術的事項が出願当初の明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものであるといえるから,要旨変更にはならない。

      さらに,建築の屋根部材業界では,アルミ,銅,鋼などの金属板が広く屋根材として使用されていて,金属製屋根材の総称のように長尺鋼板を使用したりすることが,本件特許の出願以前から認識されていた(ちなみに,アルミニウム製の屋根材に「アルミ鋼板」又は「アルミニウム鋼板」という用語が用いられていることも多い,)。
      上記のような技術的背景の下に,原告は,出願当初明細書では長尺鋼板という用語を使用していたけれども,審査手続の過程において,発明の本来の技術内容と技術用語を適切に一致させるのが妥当と判断して補正したにすぎない。
      以上のとおりであるので,「長尺鋼板製」を「金属製」に変更した点は要旨の変更には当たらない。
    (イ) 断熱防音部材の貼着範囲態様の点について

      請求の範囲の記載から「断熱防音部材」の貼着範囲態様を削除したことは,本件特許の出願時以前からこの種の金属製の横葺き屋根板において軒側から棟側の裏面に渡って「断熱防音部材」を貼ることが,周知慣用技術であったこと,及び貼着範囲態様を特定しないことが発明の目的を変更することにならないので,補正によって特定された特許請求の範囲に記載の技術的事項が,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものであるといえるから,要旨変更には当たらない。
   イ 第2回手続補正について
     被告らは,第2回手続補正において要旨の変更に当たる記載の変更があったというが,被告らが記載の変更として問題にする点は以下のとおり,第2回手続補正前の明細書及び審判請求理由補充書に説明された事項から明らかに理解できるものである。

    (ア) 「大きな毛細管現象防止用空間」に関する構成要件Dの付加と詳細な説明の記載変更は出願当初明細書の図面の記載から明らかに理解できる。
    (イ) 構成要件Dの記載中の「本来の軒側成形部が有する空間」や「上部前縁部の一部」は出願当初明細書の図面の記載から明らかに理解できる。
    (ウ) 「略1/3以上」は出願当初の図面の記載から明らかに理解できることである。また,略1/3以上という数値限定は,「大きな毛細管現象防止用の空間」と「本来の軒側成形部が有する空間」との関係を定義づけるためのものであるが,現実の様々なサイズ,形状の屋根板において,確実に毛細管現象を生じない空間の大きさを金属板長尺屋根材専門メーカーとしての原告が経験上割り出した数値である。
    (エ) 構成要件Dの作用効果の内容的事項は,審判請求理由補充書(甲4)において説明したように,出願当初の図面の記載から理解できる。

    (オ) 「断熱防音部材層」を削ることは,前記ア(イ)で述べたとおりであって,要旨変更とはいえない。
     したがって,本件特許の出願時の技術水準及び審理経過等から明らかなように,第2回手続補正が要旨の変更であるとする被告らの主張は失当である。
  (5) 本件特許権の無効性A(出願時点における新規性・進歩性欠如)
     (被告らの主張)
      原告は,遅くとも昭和60年末以前に,原告の新製品である「(新)元旦ルーフ」の広報リーフレット(乙11。以下「本件リーフレット」という。)を発行した。
    本件リーフレットには,原告が昭和60年秋に発売予定であるという,本件特許公報の図面記載の屋根板に酷似した屋根板のスケッチ図及び断面図が記載されている。その屋根板を本件発明と対比すると,本件特許の請求項1の記載文言をその一般的語義に従って理解し,かつ,構成要件Dの意義を原告主張のとおりのものと理解する限りにおいては,唯一の不明確な点,すなわち,本件特許の請求の範囲において「圧接」と表現されている個所に対応する個所が,「圧接」であるのか通常の「接触」であるのかが不明確である点以外は,本件発明の要件をことごとく充足しているものであることが,一見して明らかである。

    したがって,本件発明における「圧接」が,通常の接触とは異なる特別に強い「圧接」を意味するものでない限り,本件発明は,その出願前に頒布された刊行物である本件リーフレットに開示された発明であることが明らかである。原告は本件リーフレットの記載を技術的に説明したものが特公昭63−34266号公報の記載であるとして,同公報の記載に基づく主張をするが,同公報は本件特許出願日後である昭和63年7月8日に発行されたものであるから,第三者が本件特許出願日前にそれを見て,本件リーフレット記載の屋根板の構造,性状についての参考資料とし得るものではない。
    また,本件発明における「圧接」が特別に強い圧接を意味するとしても,本件リーフレット記載の屋根板において,本件発明における「(軒側成形部の)圧接片部」と「(棟側成形部の)下部前縁部」との「圧接」個所に対応する個所を,何らかの手段を用いて強い圧接状態とすることは,当業者にとって容易なことと思われる。したがって,仮に,本件特許の請求の範囲における「圧接」を特別に強い圧接を意味すると解しても,本件発明は,当業者が本件リーフレットの記載に基づいて容易に発明しうる程度のものに過ぎない。

    以上より,本件発明は,本件特許出願前に頒布された刊行物である本件リーフレットに記載され,又はその記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものに該当し,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができないものであることは明らかである。
   (原告の主張)
       本件発明では,毛細管現象防止用の比較的小さな減圧空間(49)が形成される構成になっている。この減圧空間を形成させるため,本件発明は,軒側成形部(23)においては,圧接片部(27)の延長部に,圧接片部(24)とは別個に,係合片部(29)を形成し,棟側成形部(24)においては,上端突当て縁(32)から棟側に折曲した延長部(33)を形成し,この係合片部(29)と延長部(33)とを前記比較的小さな減圧空間(49)を形成する要素としている。このことは,本件明細書及び図面を斟酌すれば本件特許の請求の範囲の記載から十分解釈できるところである。

    一方,本件リーフレットの図面そのものには上記のような減圧空間がないことは一見して明らかであるし,また,そもそも,本件リーフレットに記載された製品には,本件発明にあるような比較的小さな減圧空間を形成させるという発想は,全くみられない。すなわち,本件リーフレットの記載を技術的に説明したものが特公昭63−34266号公報(甲29。本判決末尾に添付の同公報参照)の第2図及び第3図であるが,これらの図面から明らかなように,本件リーフレットで紹介されている技術では,本件発明の「圧接」に対応する部位である「係合突き合せ部(48)」,つまり「棟側係合部の立上り部(42)と軒側係合部の垂下部(36)のそれぞれの折り返し縁(43),(37)及び上辺部(44)及び下辺部(38)」は,僅少な隙間を距てて対向される構成になっているのであり,本件発明における「圧接」の構成を備えていない。   
    したがって,本件発明は本件リーフレットに記載されているものではないし,またその記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
  (6) 原告の損害
   (原告の主張)
   ア 被告アルアピアは本件特許権が成立した平成9年4月18日以降現在に至るまで被告各製品を販売している。また,被告日東紡は,平成11年ころより現在に至るまで被告各製品を販売している。
     上記期間中の被告ら両名による被告各製品の推定販売額は,合計して2億4964万7782円である。
   イ 被告両名は,屋根材の販売に際しては,屋根材の取付け工事に必要な吊子,カバー及び捨て板の3付属部材も被告各製品の付属部材として常に販売しており,この付属部材の推定販売額は合計して7558万5868円である。

   ウ したがって,被告各製品の販売を原因として被告ら両名が上記期間中に販売した被告各製品及びその付属部材の合計推定販売額は,3億2523万3650円であり,被告らのそれぞれの推定販売額はその2分の1である1億6261万6825円であると推定される。
   エ 被告らがそれぞれ被告各製品を販売して得た利益は,各販売額の30パーセントを下らないので,被告らは,それぞれ,少なくとも上記推定販売額に30パーセントを乗じた額である4878万5047円の利益を上げていると認められる(小数点以下切り捨て)。
   オ 上記被告らの各利益は,特許法第102条により,それぞれ原告の受けた損害と推定されるので,被告らは原告に対してこの損害を賠償すべき義務がある。
   (被告らの主張)
    原告の主張は争う。

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(被告製品の構成)及び争点(2)(被告各製品は本件特許権の構成要件を充足するか)について
  (1) 被告らは,被告各製品は,基本的には別紙イ号及びロ号物件目録記載のとおりであることを認めつつ,被告各製品のようなアルミ押出形材により高度の寸法精度をもって製作された屋根板の係止部と係合部がぴったりとはめ合わされている状態を表現する文言としては,「係合」ではなくる「嵌合」という文言を用いることが適切であると主張している。この点,「係合」とは「係わり合うこと」を意味し,歯車同士による動力伝達を表現する場合などに一般的に用いられる表現であり,「嵌合」とは「形状が合ったものを嵌め合わせること」を意味し,受け孔と突起を嵌め合わせることを表現する場合などに一般的に用いられる表現であることは当裁判所に顕著であるが,本件の被告各製品の係合部と係止部が合わされているような状態を表現する場合に,「係合」と「嵌合」のいずれが適切であるかについては,必ずしも明らかではない。しかしながら,文言表記をそのいずれにするかという点と,被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するかどうかの点は、別の問題である。本判決においては,便宜上,被告各製品の係合部と係止部が合わされている状態については,原告の目録の記載に従い「係合」と表記することにする(このように表記するからといって,被告各製品が本件特許の技術的範囲に属するかどうかの議論に何ら影響を与えるものではない。)。
  (2) 被告各製品の構成
    当事者間に争いのない事実,証拠(甲3,16,乙9の1,2,24,検乙1の1,2,2の1,2)によれば,被告各製品は以下の構成を有するものと認められる(文章中の符号は別紙イ号及びロ号物件目録各添付の図面に対応する。)。
   ア イ号物件の構成
    (a) アルミ製押出し形材の長手方向中央部に本体平坦部2,この本体平坦部2の軒側前端部分には下方に屈曲した係止部3,棟側後端部分には上方に屈曲した係合部4をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合接続させる屋根板1である。

    (b) 係止部3には,本体平坦部2の前端から円弧状に屈曲して下方にのびる前面円弧部3aと,前面円弧部3aの下端から垂下する前面垂下部3cと,前面垂下部3cの上端が前面円弧部の3aの下端よりも前面に張り出した状態の前面段部3bと,前面垂下部3cの下端角隅部3iから略直角に内側に屈曲した下面水平部3dと,下面水平部3dの先端から上方に略直角に屈曲した下面立上部3eと,下面立上部3eの上端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3fとがそれぞれ形成されている。
    (c) 係合部4には本体平坦部2の後端から略垂直上方に屈曲した後部第1立上部4aと,後部第1立上部4aの上端角隅部4jから棟側に略直角に屈曲して後方にのびる後部水平部4bと,後部水平部4bの後端から略垂直上方に屈曲して形成されている後部第2立上部4cと,後部第2立上部4cの上端から軒側に向かって円弧状に彎曲してのびる背面第1彎曲部4dと,背面第1彎曲部4dの先端から斜め上方に彎曲してのびる背面第2彎曲部4fと,背面第2彎曲部4fの下端が背面第1彎曲部4dの下面よりも下方に張り出した状態で形成されている段落部4eと,背面第2彎曲部4fの上端から前方に向かって略水平に突出している背面水平部4gとがそれぞれ形成されている。

    (d) イ号物件を施工配置する際に,棟側から軒側に下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合する状態は,平坦な勾配を有する屋根面上に施工配置する場合,及びアーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合に,それぞれ次のとおりである。
    (d-1) 平坦な勾配面を有する屋根面上に施工配置する場合
    (d-1-@) 係止部3の下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜部3fが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c,背面第1彎曲部4d及び段落部4eによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際係止部3の下面傾斜部3fの先端3gは,係合部4の後部段落部4eよりも内側において背面第1彎曲部4dの内面と接触し,係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部は係止部3の下面水平部3dの下面に圧接している。

    (d-1-A) そして,(d-1-@)の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1彎曲部4dの上部部分,同背面第2彎曲部4f及び同背面水平部4gと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d,同下面立上部3e及び同下面傾斜部3fとにより,空間Mが形成される。
    (d-1-B) 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面立上部3e,下面傾斜部3f及び傾斜部先端3g)で形成される空間Sの略1/2以上の容積を占める。
    (d-2) アーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合
    (d-2-@) 係止部3の下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜3fが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1彎曲部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3fの先端3gは,係合部4の後部段落部4eよりも内側において背面第1彎曲部4dの内面と接触し,係止部3の下面水平部3dの角隅部3hは係合部3の後部水平部4bの上面に圧接している。

    (d-2-A) そして,上記(d-2-@)の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1彎曲部4dの上部部分,同背面第2彎曲部4f及び同背面水平部4gと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d,同下面立上部3e及び同下面傾斜部3fとにより,毛細管現象防止用の空間Mを形成する。
    (d-2-B) 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面立上部3e,下面傾斜部3f及び傾斜部先端3g)で形成される空間Sの略1/2の容積を占める。
    (e) 横葺き屋根板である。
     イ ロ号物件の構成
    (a) アルミ製押出形材の長手方向中央部に本体平坦部2,この本体平坦部2の軒側前端部分には下方に屈曲した係止部3,棟側後端部分には上方に屈曲した係合部4をそれぞれ形成させ,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合接続させる屋根板1である。

    (b) 係止部3には,本体平坦部2の前端から円弧状に屈曲して下方にのびる前面円弧部3aと,前面円弧部3aの下端から垂下する前面垂下部3cと,前面垂下部3cの上端が前面円弧部3aの下端よりも前面に張り出した状態の前面段部3bと,前面垂下部3cの下端角隅部3hから略直角に内側に屈曲した下面水平部3dと,下面水平部3dの先端から棟側斜め上方にのびて形成されている下面傾斜部3eとがそれぞれ形成されている。
    (c) 係合部4には,本体平坦部2の後端から略垂直上方に屈曲した後部第1立上部4aと,後部第1立上部4aの上端角隅部4jから棟側に略直角に屈曲して後方にのびる後部水平部4bと,後部水平部4bの後端から略垂直上方に屈曲して形成されている後部第2立上部4cと,後部第2立上部4cの上端から軒側上方に向かってのびる背面第1傾斜部4dと,背面第1傾斜部4dの先端からさらに斜め上方にのびる背面彎曲部4eと,背面彎曲部4eの上端から前方に向かって突出している背面第2傾斜部4fとがそれぞれ形成されている。

    (d) ロ号物件を施工配置する際に,棟側から軒側へ下り勾配を与えた状態で,下段側の係合部4に上段側の係止部3を係合する状態は,平坦な勾配を有する屋根面上に施工配置する場合及びアーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合に,それぞれ次のとおりである。
    (d-1) 平坦な勾配面を有する屋根面上に施工配置する場合
    (d-1-@) 係止部3の下面水平部3d及び下面傾斜部3eが,係合部4の,後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1傾斜部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3eの先端3fは,係合部4の背面第1傾斜部4dの下部において係合部4の内面と接触し,係合部4の後部第1立上部4aの上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bの一部は係止部3の下面水平部3dの下面に圧接している。

    (d-1-A) そして,上記(d-1-@)の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1傾斜部4dの上部部分,同背面彎曲部4e及び同背面第2傾斜部4fと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d及び同下面傾斜部3eとにより,空間Mが形成される。
    (d-1-B) 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面傾斜部3e及び傾斜部先端3f)で形成される空間Sの略1/2の容積を占める。
    (d-2) アーチ型の曲面勾配を有する屋根面上に施工配置する場合
    (d-2-@) 係止部3の下面水平部3d及び下面傾斜部3eが,係合部4の後部水平部4b,後部第2立上部4c及び背面第1傾斜部4dによって形成される空間内に挿入された状態となり,その際,係止部3の下面傾斜部3eの先端3fは,係合部4の後部第2立上部4cと背面第1傾斜部4dとの屈曲個所において係合部4の内面と接触し,係止部3の角隅部3gは係合部4の後部水平部4dの上面に圧接している。

    (d-2-A) そして,上記d2−@の状態のときに,係合部4の後部第1立上部4aより上方に,係合部4の背面第1傾斜部4d,同背面彎曲部4e及び同背面第2傾斜部4fと,係止部3の前面垂下部3cの下部部分,同下面水平部3d及び同下面傾斜部3eとにより空間Mが形成される。
    (d-2-B) 上記空間Mの容積は,本体平坦部2と係止部3(前面円弧部3a,前面段部3b,前面垂下部3c,下面水平部3d,下面傾斜部3e及び傾斜部先端3f)で形成される空間Sの略1/2の容積を占める。
       (e) 横葺き屋根板である。
   ウ 被告らは,上記認定に反し,係合部と係止部との接触状態は,単なる「接触」であって「圧接」ではないと主張する。しかしながら,背面第1彎曲部4d(イ号物件)あるいは背面第1傾斜部4d(ロ号物件)の内面は,奥に行くほど幅狭に形成されており,被告各製品の組み付け時,軒側成形部の傾斜部先端3g(イ号物件),3f(ロ号物件)は,この背面第1彎曲部4d(イ号物件),背面第1傾斜部4d(ロ号物件)の内面にスライド接触することになるから,被告各製品の下面水平部3dは軒側成形部に圧接することは明らかであり,被告らの主張を採用することはできない。

     また,被告らは,被告各製品がその係合状態において,「空間M」及び「空間S」が独自の空間として認識されることはない旨の主張をしているが,独自の空間かどうかはともかく,被告各製品が組み付けられた際において,上記「空間M」及び「空間S」として認定した空間が形成されることは明らかであるから,この点に関する被告らの主張も採用することはできない。
    以上認定にかかる被告各製品が,本件特許の構成要件を充足するかどうかを判断する。
  (3) 構成要件Cの充足性について(被告製品は,本件発明の「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」並びに「係合片部を係合抱持させる抱持部」を有しているか)
   ア 本件発明における下部前縁部(31)は,上端に圧接片部(27)の下面を圧接させる上端突当て縁(32)を設けている。この上端突当て縁(32)は下部前縁部(31)がその上端において折曲されることにより形成されている部分であり,この部分においてのみ圧接片部(27)は棟側成形部と圧接されることになる。このように,上端突当て縁(32)のみが圧接片部(27)と圧接されるという構造になっていることから,両者は線接触で強力に圧接することになる。このことは,発明の詳細な説明の「係合接縁部(50)となる上端突当て縁(32)は,圧接片部(27)の下面への圧接であることから,必ずしも精密な寸法精度を必要とせず」(本件明細書段落【0022】参照)及び「上端突当て縁(32)が圧接片部(27)の下面に,線接触で強力に圧接されて係合接縁部(50)を形成し」(本件明細書段落【0062】参照)という記載においても示されているところである。

     そして,このような線接触による強力な圧接をすることにより,「毛細管現象などで,雨水などが減圧空間(49)内へ一部侵入したとしても,ほとんど圧力を持たない浸み込む程度の侵入でしかなく,係合接縁部(50)での有効な係合圧接と相まって,減圧空間(49)内の空気を排除してまで侵入するおそれが少ない。」(本件明細書段落【0020】及び【0059】参照),「必ずしも精密な寸法精度を必要とせず,このため,圧接片部(27),係合片部(29)と,延長部(33),抱持部(35)との長さ寸法の誤差を容易に吸収することができる。」(本件明細書段落【0022】及び【0061】参照),さらには「上端突当て縁(32)が圧接片部(27)の下面に,線接触で強力に圧接されて係合接縁部(50)を形成し,下部前縁部(31)の前方にあって,圧接片部(27)の前半部及び上部前縁部(25)が軒側に突出され,下部前縁部(31)の前方,面板部(22)上に前方空間部(52)が形成されることになる。このため,……,屋根上の積雪(53)が,大きい段差と前方空間部(52)のために,雪切れ良く滑雪し,併せて前方空間部(52)に形成される雪洞によって,融雪作用
を助長し,融雪水の氷結を防止できる。」(本件明細書段落【0023】及び【0062】参照)という作用・効果を奏するものと認められる。
     従って,本件発明における「下部前縁部」は,「上端に圧接片部の下面と線接触状態で圧接し得る上端突当て縁を設けた下部前縁部」のことを意味するものと解される。
     これに対して,被告各製品における上端角隅部4jの部分は,下面水平部3dの部分(本件発明の圧接片部(27)に相当する部分)と少なくとも本件発明のように線接触状態となることはなく(むしろイ号及びロ号物件目録によれば面接触状態になることが通常と認められる。),更に,被告各製品をアーチ型の曲面勾配の屋根上に施工する場合には,角隅部3h(イ号物件),3g(ロ号物件)が,係合部の後部水平部4bと線接触状態となるが,上端角隅部4jは下面水平部3dに圧接しない。従って,被告各製品の係合部4には,本件発明の「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」に該当する部分は存在しない。

   イ また,本件発明における「係合抱持させる抱持部」について,「抱持」とは一般的技術用語として「抱き抱え,支持すること」を意味する文言であること及び上記「抱持部」は「抱持部(35)内への係合片部(29)の挿入係合により,緻密に抱持され,強固に係合接続された減圧空間(49)が形成される」(本件明細書段落【0020】及び【0059】参照)という機能を有するものであることに照らすならば,本件特許にいう「係合抱持させる抱持部」とは,「係合片部をその中に受け入れ,強固に係止する部分」を意味すると解するのが相当である。
     これに対して,被告各製品の係合部4は,係合状態において,下面立上部3e及び下面傾斜部3f(イ号物件),角隅部3g及び下面傾斜部3e(ロ号物件)と当接しているだけであって,下面傾斜部3f(イ号物件),下面傾斜部3e(ロ号物件)をその中に受け入れ,強固に係止する部分はない。

   ウ この点原告は,「抱持」とは,「中に包み込んで保持する」という意味であり,被告各製品において,係止部3の挿入部分(下面水平部3d,下面立上部3e及び下面傾斜部3f)が係合部4の空間(後部水平部4b,後部第2立上部4c,背面第1彎曲部4d及び段落部4eによって形成される空間)に挿入される状態を係合部4を主体にして表現すれば,正に「抱持」であると主張している。しかしながら,本件発明における「係合抱持させる抱持部」については,上記のとおり「係合片部をその中に受け入れ,強固に係止する部分」意味を有するものと解するのが相当であり,単に係合片部が係合部4の空間に挿入される状態を表現するものではないと解されるから,原告の主張を採用することはできない。
   エ 結局,被告各製品は,本件発明の「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」及び「係合片部を係合抱持させる抱持部」をいずれも有しておらず,従って,本件発明の構成要件Cを充足しないものと解される。

 2 争点(3)(均等侵害)について
  (1) 原告は,本件発明の特許請求の範囲の記載の文言解釈上,被告各製品が構成要件Cを充足しないとしても,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許説明の技術的範囲に属すると解すべきである旨主張する。
    特許権侵害訴訟において,特許発明に係る願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても,(1) 当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,(2) 当該部分を対象製品におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,(3) 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,(4) 対象製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,(5) 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,その対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)

  (2) そこで,被告各製品が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものといえるためには,まず,構成要件Cのうち被告各製品において置換されている部分(具体的には「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」及び「係合片部を係合抱持させる抱持部」)が,本件特許の本質的部分ではないことが必要である。
    そこで,まず,上記の置換された部分が,本件発明の本質的部分ではないかどうかを検討する。
   ア この点については,まず,本件明細書の記載によれば,本件発明が解決しようとした問題点及び本件発明の提示する解決方法は,概ね以下のとおりであったことが認められる。
    (ア) 従来の技術では,風雨圧により,係合接縁部から内部へ毛細管現象による浸水のおそれを生じると共に,風雨圧及び合成圧によって前縁部を上方に浮き上がらせる作用を生じてしまい,係合接縁部が押し開かれ雨水が侵入する他,砂,泥,その他の塵埃などの夾雑物が構造内部に侵入して堆積する結果,当該個所が電蝕作用などにより錆,腐食を生じやすいという問題があった。

    (イ) しかも,従来の技術では,いったん侵入した雨水が排出されにくく,特に寒冷地では侵入した雨水が夾雑物に含水保持された後,氷結かつ膨張されて,係合態様を阻害するという問題もあったし,従来の技術による係合接続部では,面板部からの立上りが低いために,積雪時における段差部の雪切れが悪く,氷結の原因にもなっていた。
    (ウ) 更に,(ア),(イ)の課題を解決するための従来の技術として,実公昭52−10190号公報(乙5。別紙実用新案公報参照)記載の金属屋根瓦の接合構造があり,この技術は毛細管現象防止用空間を設けたものであるが,この技術でも毛細管現象の防止の点で問題があり,加えて,軒側成形部の係合溝によって形成される大空間に対し,棟側成形部の係合突脈を係合させたときに形成される毛細管現象防止用の空間は,前記大空間の1/10に満たないものであり,これは前記大空間を,係合時には過半数以上を占める係合突脈によって,無為に空費していることに他ならず,係合個所における毛細管現象防止用の空間を有効に使用できない問題点があった。

    (エ) そこで,本件発明においては,この従来の技術の,係合個所における毛細管現象防止用の空間を有効に使用できないという問題点及び軒側成形部との係合を確実に行い得る構成によって毛細管現象の発生を未然に防止して優れた雨仕舞機能を有するという従来の技術では達成できなかった技術的課題を解決するために,「棟側成形部には,面板部の他側を上方に立上らせて,上端に前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部と,前記上端突当て縁から棟側に折曲した延長部と,延長部をさらに棟側に延長し上方軒側に折返して前記係合片部を係合抱持させる抱持部と,抱持部の端縁部を立上げた被取付け立上り部とをそれぞれ形成させ,棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成し」という構成を採用したものである。これによって,抱持部内への係合片部の挿入係合により,緻密に抱持され,かつ強固に係合接続された減圧空間を形成するとともに,上端突当て縁が圧接片部の下面に,線接触で強力に圧接されて係合接続部を形成し,更に毛細管現象防止用の大きな空間を,下部前縁部及び減圧空間の上部にこれらと不離一体の強固な係合接続によって形成し,上記課題を解決しようとしたものである。
   イ 上記の本件発明の解決しようとした問題点及び本件発明の提示する解決方法によれば,本件発明の本質的部分は,まさに上記ア(エ)において摘示した構成部分,すなわち「棟側成形部には,面板部の他側を上方に立上らせて,上端に前記圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部と,前記上端突当て縁から棟側に折曲した延長部と,延長部をさらに棟側に延長し上方軒側に折返して前記係合片部を係合抱持させる抱持部と,抱持部の端縁部を立上げた被取付け立上り部とをそれぞれ形成させ,棟側成形部と軒側成形部とを係合させたときに,前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成し」た部分であるというべきである。

   ウ そうすると,本件発明のうち,被告各製品において置換されている部分,すなわち「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」及び「係合片部を係合抱持させる抱持部」は,いずれも本件発明の本質的部分というべきである。
   (3) したがって,上記の点において,原告の均等侵害の主張はすでに失当であるが,更にいえば,被告各製品における「係止部3の下面水平部3dの下面に圧接させる上端角隅部4j及びこれに続く後部水平部4bを設けた係合部4の後部第1立上部4a」(平坦屋根の場合)及び「係止部3の下面水平部3dの角隅部3h(イ号物件)3g(ロ号物件)に圧接させる後部水平部4bを設けた係合部4の後部第1立上部4a」(アーチ屋根の場合)においては,本件発明における「上端に圧接片部の下面を圧接させる上端突当て縁を設けた下部前縁部」にあるような毛細管現象防止効果は期待することができず,両者の作用効果は相違する。したがって,相違部分を被告各製品におけるものに置換しても,特許発明と同一の作用効果を奏するということもできない。この点に照らしても,原告の均等侵害の主張を採用することはできない。

 3 争点(4)(本件特許権の無効性@:出願時繰下げによる新規性・進歩性欠如)及び争点(5)(本件特許権の無効性A:出願時点における新規性・進歩性欠如)について
   以上判示したとおり,被告各製品は原告の特許権を侵害するものとは認められず,その点において原告の請求はすでに理由がないというべきであるが,本件特許には以下に述べるとおり,無効理由が存在することが明らかでもある。
  (1) 出願時繰下げによる進歩性欠如
   ア 第2回手続補正により,特許請求の範囲の請求項1に新たに付加された「前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間を形成した」という記載(すなわち構成要件Dの記載)は,出願当初の明細書及び第1回手続補正後の明細書にも記載されておらず,かつ当業者にとって自明とはいえない新たな事項が付加されたものであり,改正前法40条の「明細書又は図面の要旨を変更する」場合に該当するものと認められる。

     原告は,上記構成要件Dは,出願当初明細書に記載された発明の詳細な説明及び図面の記載から当業者が明らかに理解できると主張するが,大きな空間があれば毛細管現象を防止できることは当業者にとって自明な事項であるといえても,大きな毛細管現象防止用の空間が,本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占めることは明らかとはいえないし,特許図面は,設計図面や製造図面とは異なり,発明の理解を助ける概念図に過ぎないのであるから,本件明細書の図面の各部材の寸法等から空間の容積比率を割り出すこともできないのであって,構成要件Dが出願当初明細書の説明及び図面から明らかであるということはできない。
     結局,第2回の手続補正は,明細書又は図面の要旨を変更するものであるから,本件特許出願の出願日は,改正前法40条の規定に従い,第2回手続補正がなされた日である平成7年6月14日に繰り下がると解される

   イ 前記争いのない事実,証拠(乙1,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,上記繰下げ出願日よりも前である平成4年12月4日に,本件特許出願に関する出願公開公報(乙1)が発行頒布され,同じく上記繰下げ出願日よりも前である昭和62年10月22日には,本件特許の分割出願前の原出願(特願昭61−81086号)の出願公開公報(特開昭62−242040号公報。乙6)が発行頒布されたこと,それぞれの公報に掲載された屋根板の構造はほぼ同一であり,本件発明とこれらに記載された発明とを比較すると,本件発明は,棟側成形部と軒側成形部を係合させたときに,前記下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより形成される空間を「本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間」とした点で相違し,その他の点で一致していることが認められる。
       上記相違点についてみると,大きな空間が毛細管現象を防止できることは当業者にとって自明な事項であり,また,その空間をどの程度の大きさにするかは,その目的に応じて設計上決めることであるから,上記相違点は当業者の容易になし得た設計事項というべきである。
     したがって,本件発明は,上記各公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
   ウ また,証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によれば,上記繰下げ出願日よりも前である昭和62年には,耐火構造屋根板に関する原告の製品カタログ(乙7)が発行頒布されたこと,本件発明とこれに記載された発明とを比較すると,本件発明は,素材を「金属板」に限定した点,棟側成形部と軒側成形部を係合させたときに,下部前縁部より上方に,棟側成形部の抱持部及び立上り部と,軒側成形部の上部前縁部の一部及び圧接片部とにより形成される空間を「本来の軒側成形部が有する空間の略1/3以上の容積を占める大きな毛細管現象防止用の空間」とした点で相違し,その他の点で一致していることが認められる。

     上記相違点についてみると,耐火構造の屋根を構成するために金属製の屋根板を用いることは当該技術分野において周知の事実であると認められるところであるし(乙11,弁論の全趣旨),大きな空間が毛細管現象を防止できることは当業者にとって自明な事項であり,また,その空間をどの程度の大きさにするかは,その目的に応じて設計上決めることであるから,この相違点も当業者の容易になし得た設計事項というべきである。
     したがって,本件発明は,乙7号証のパンフレットに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
   エ 以上のとおり,本件特許は,その出願中に明細書又は図面の要旨を変更する補正がなされたことにより,改正前法40条に従い,当該手続補正がなされた日である平成7年6月14日に出願されたものとみなされるべきものであるところ,上記繰下げ出願日前には,その記載から当業者において容易に本件発明をすることができたことが明らかな屋根板に関する記載のある刊行物(乙1,乙6及び乙7)が頒布されていたものであり,本件発明は,特許法29条2項に違反してされたものであるから,無効理由を有することが明らかである。

   (2) 当初出願時点における進歩性欠如
     ア 前記争いのない事実等,証拠(乙5,11)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許に関する当初出願日である昭和61年4月10日よりも前である昭和60年に,本件リーフレットを発行したこと,本件発明とこれに記載された発明とを比較すると,本件発明は,棟側成形部に設けた下部前縁部の上端突当て縁で棟側成形部の圧接片部の下面を圧接している(その結果,減圧空間が形成されていることになる。)のに対して,本件リーフレットに記載された発明は,前記圧接片部及び係合片部と前記延長部及び抱持部を面接触の状態で圧接するとともに,軒側成形部の上部前縁部と棟側成形部の下部前縁部を同一面状に配置している点が相違しているが,その他の点は一致していることが認められる。
     さらに,本件明細書が従来の技術として紹介している実公昭52−10190号公報(別紙実用新案公報参照)には,棟側成形部に設けた下部前縁部の開口部隅部3b(本件発明の上端突当て縁に相当)で軒側成形部の先端部4b(本件発明の圧接片部に相当)の下面を圧接し,下部前縁部の前側に前方空間部を形成すると共に,開口部隅部3bの後ろ側に空間を形成している発明が記載されているところであるが,開口部隅部3bの後ろ側の空間は,毛細管現象を防止できるものであり(同公報2頁左欄17行目から21行目参照),本件発明の減圧空間に相当するものと認められる。以上の各事実及び弁論の全趣旨によれば,本件発明は,本件リーフレットに記載された発明及び上記実公昭52−10190号公報に記載された発明に基づき,本件特許に関する当初出願時において当業者が容易に発明をすることができたものであるものと認められる。

   イ 原告は,本件発明では,毛細管現象防止用の比較的小さな減圧空間(49)が形成されている構成になっているのに対して,本件リーフレットの記載された図面にはそのような減圧空間がなく,また,本件リーフレットに記載された製品において,本件発明における「圧接片部(27)」と「上端突当て縁(32)を設けた下部前縁部(31)」に相当する部分は「僅少な隙間を距てて対向される」構成になっているから,本件発明が備えている「圧接」の要件も備えていない旨主張する。
     しかしながら,棟側成形部に設けた下部前縁部の上端突当て縁で軒側成形部の圧接片部の下面を圧接することは,前記実公昭52−10190号公報に記載されているところであり(同公報1頁右欄32行目から34行目,2頁右欄2行目から5行目参照),このように構成すれば毛細管現象防止用の比較的小さな減圧空間が形成されることは明らかである(同公報2頁左欄17行目から21行目参照)。したがって,この点に関する原告の主張を採用することはできない。

     また,本件リーフレットの記載を見る限り,棟側成形部に設けた下部前縁部の上端突当て縁から棟側に折曲した延長部の上面と軒側成形部の圧接片部の下面を面接触で当接しているから,原告の「僅少な隙間を距てて対向される」構成になっている旨の主張は採用することができないし,仮に本件リーフレットに掲載された技術が「僅少な隙間を距てて対向される」構成であったとしても,棟側成形部に設けた下部前縁部の上端突当て縁で軒側成形部の圧接片部の下面を圧接することが上記実公昭52−10190号公報に記載されている以上,この点の原告の主張は結論を左右するものではない。
   (3) 以上のとおりであって,本件特許に無効理由が存在することは明らかである。従って,原告の本件特許権に基づく請求は,権利の濫用に当たるものとして,許されない。

 4 結論
   以上によれば,原告の被告らに対する各請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
   よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


     東京地方裁判所民事第46部

         裁判長裁判官   三 村 量 一

            裁判官   大須賀 寛 之

            裁判官   松 岡 千 帆