H15. 7.30 東京地裁 平成14(ワ)2473 特許権 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第2473号損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 平成15年4月7日
            判    決
       原   告     株式会社東芝
       訴訟代理人弁護士  吉 武 賢 次
             同         宮 嶋   学
       補佐人弁理士        佐 藤 政 光
       被   告     オルガノ株式会社
       訴訟代理人弁護士  永 島 孝 明
       同                  飯 島 紀 昭
       同                  伊 藤 晴 國
       補佐人弁理士        伊 藤 高 英
       同         磯 田 志 郎
             同                  細 田 浩 一

            主    文
  1 原告の請求を棄却する。
  2 訴訟費用は,原告の負担とする。
                       事実及び理由
第1 請求
    被告は原告に対し,金16億9700万円及びこれに対する平成14年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
    本件は,原告が被告に対し,特許権侵害による損害賠償を求めた事案である。
 1 争いのない事実
   (1) 原告の特許権
      原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する。
         発明の名称    中空糸膜濾過装置
         出願年月日    昭和59年3月31日
         出願番号      特願昭59−62180号
         登録年月日    平成6年6月21日

         特許番号      第1851891号
         特許請求の範囲  後記訂正後の明細書請求項1のとおりである。
           「少なくとも流入口と流出口を設けた容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成された中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしたことを特徴とする中空糸膜濾過装置。」
   (2) 本件発明の構成要件
      本件発明は,次のとおりに分説できる。
     A 少なくとも流入口と流出口を設けた容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成された中空糸膜濾過装置において,

     B 前記中空糸膜モジュールは
       a 取水管と,
       b 前記取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,
       c 前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材と
       から構成され,
     C 前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしたことを特徴とする
     D 中空糸膜濾過装置。
   (3) 被告の行為
      被告は,業として,別紙物件目録記載の物件(以下「被告物件」という。)を製造し,販売している。
   (4) 構成要件充足性
      被告物件は,本件発明の構成要件A,C(ただし,後記のとおり,「取水管」の点を除く。)及びDを充足する。
   (5) 本件特許に係る明細書の訂正
      原告は,平成13年7月11日,本件特許に係る明細書の訂正を求める訂正審判を請求した。特許庁は,平成13年8月30日,訂正を認める審決をし,同年9月12日,この審決は確定し,同年10月10日,その旨の登録がされた(甲1,3,以下,この訂正を「本件訂正」といい,訂正前の明細書を「訂正前明細書」,訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)。

第3 争点に関する当事者の主張
 1 被告物件は,本件発明の構成要件Bの「取水管」を具備しているか。
 (原告の主張)
    訂正明細書の特許請求の範囲には,本件発明の構成要件Bの「取水管」は,「中空糸膜モジュール」の構成要素であること,「取水管」の周囲に多数本の中空糸膜フィルタが配設されていること,その両端が解放状態で,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から「取水管」に流れるものであることが記載されているのみであって,訂正明細書には「非浸透性の管」に限定すべきである旨の記載も示唆もないから,「取水管」を「非浸透性の管」に限定して解釈することはできない。
    被告物件における「多数本の太い中空糸膜フィルタ」は,別紙物件目録の第2図のとおり,中空糸膜モジュールの構成要素であり,これをひとまとまりのものとして見れば,その周囲に,多数本の細い中空糸膜フィルタが配設され,接着樹脂a,bが多数本の太い中空糸膜フィルタと細い中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定し,細い中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が,細い中空糸膜フィルタの中空部の下端から,太い中空糸膜フィルタに流れる構造になっているので,本件発明の構成要件Bの「取水管」に該当する。

 (被告の反論)
    被告物件は,以下のとおり,本件発明の構成要件Bの「取水管」を有しない。 訂正明細書の特許請求の範囲には,「取水管」は,「取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタ」,「取水管・・・の両端を解放状態で接着固定した端部材」及び「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにした」と記載されていること及び,訂正明細書の発明の詳細な説明及び願書に添付された図面の記載によれば,構成要件Bにおける「取水管」は,「中空糸膜フィルタ」と別体であること,両端が解放されている形状を有すること,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの下端から流れる先にあることが記載されている。そうすると,構成要件Bの「取水管」とは,単に水を流すだけの「非浸透性の管」であって,水を浸透させるものは除外されると解すべきである。

    これに対して,被告物件の「太い中空糸膜フィルタ」は,「水のみを浸透させ」,「固液分離を行っている」から,被告物件は,本件発明の構成要件Bの「取水管」を有しない。
 2 被告物件は,本件発明の構成要件Bの「端部材」を具備しているか。
 (原告の主張)
    被告物件の接着樹脂a,bは,「太い中空糸膜フィルタ」と「細い中空糸膜フィルタ」の両端を解放状態で接着固定したものであるから,本件発明の「端部材」に当たる。
    なお,後記4(無効理由2)で詳述するように,本件訂正は特許法126条1項ただし書の規定に違反するものではないから,被告の主張する無効理由2を回避するために「端部材」を限定して解釈する必要はない。
 (被告の反論)
    「端部材」に関しては,「両端に解放状態で接着固定された」から「両端を解放状態で接着固定した」と訂正された。同訂正は,後記4のとおり,平成5年改正特許法126条1項ただし書の規定に違反する無効理由を有するが,仮に無効理由がないように解釈すれば,「端部材」は,以下のとおり解釈されるべきである。

    構成要件Bの「端部材」は,特許請求の範囲請求項1の記載からは明白とはいえない。そこで,訂正前明細書の発明の詳細な説明及び図面(第3図)を参照すると,発明の詳細な説明においては,「取水管の両端に配設した端部材」(甲2の4欄10〜11行),「中空糸膜フィルタの両端を解放状態で・・・端部材に接着固定した」(同4欄12〜13行),「モジュール結合体の最上端の端部材20(以下端栓という)は仕切板17と結合するように幅広の端部を形成して[いる。]」(同5欄4〜6行),「端部材21と固定金具16または22並びに端栓20と仕切板17との間にシール材23を設けて廃液と処理液とが混合しないようにする。」(同5欄8〜11行)等と記載され,第3図においては取水管と中空糸膜フィルタの長手方向の上端に仕切板17と結合するように,また下端に固定金具16と結合するようにそれぞれ配設された端部である端部材20,21が図示されていることに照らすならば,構成要件Bの「端部材」は,接着固定される対象であって,「中空糸膜モジュールと仕切板や固定金具とを結合するための別個の部材」であると解すべきである。
    これに対して,被告物件の接着樹脂a,bは,「中空糸膜モジュールと仕切板や固定金具とを結合するための別個の部材」とはいえないから,被告物件の中空糸膜モジュールは「端部材」を有しない。
 3 本件発明は,進歩性を欠く無効理由があるか(無効理由1)。
 (被告の主張)
    本件発明は,以下のとおり,いずれも本件特許の出願日より前に頒布された特公昭53−35869号公報(以下「869公報」という。乙3の3)に記載された発明(以下「869公報記載の発明」という。)及び特開昭58−183916号公報(以下「916公報」という。乙3の4)に記載された発明(以下「916公報記載の発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

   (1) 869公報記載の発明について
      869公報には,以下のような発明が開示されている。
       「排出口を設けた耐圧管と耐圧管内に固定された浸透膜モジュールとから構成された液体濾過装置において,
        前記浸透膜モジュールは連通管13と,連通管13の周囲に配設された多数本の中空フィラメント1と,連通管13と中空フィラメント1の両端を解放状態で集束したチューブシート8とから構成され,中空フィラメント1内に膜透過した透過液の一部が中空フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れるようにしたことを特徴とする液体濾過装置。」
   (2) 本件発明と869公報記載の発明との一致点
      869公報記載の発明の「耐圧管」,「耐圧管の排出口」,「浸透膜モジュール」,「液体濾過装置」,「連通管」,「中空フィラメント」及び「チューブシート」は,それぞれ,本件発明の「容器本体」,「流出口」,「中空糸膜モジュール」,「中空糸膜濾過装置」,「取水管」,「中空糸膜フィルタ」及び「端部材」に相当する。したがって,本件発明と869公報記載の発明は,

       「流出口を設けた容器本体と,中空糸膜モジュールとから構成された中空糸膜濾過装置において,
        前記中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流れるようにしたことを特徴とする液体濾過装置」
     である点において一致する。
   (3) 本件発明と869公報記載の発明との相違点
     ア 相違点1
        本件発明においては「容器本体に流入口を設け」,「容器本体内に仕切板を配設し」,「仕切板に中空糸膜モジュールを固定し」ており,「処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる」のに対し,869公報記載の発明においては,「容器本体に流入口」及び「容器本体内の仕切板」が存在せず,仕切板がないので「仕切板に中空糸膜モジュールが固定」されていない点において相違する。

     イ 相違点2
        本件発明においては,「処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流れる」が,869公報記載の発明においては,「下端から」流れることが明示されていない点において相違する。
   (4) 相違点についての検討
     ア 相違点1について
       (ア) 916公報には,中空糸ろ過膜集束体を使用したろ過装置に関する,以下の発明が開示されている。
           「原液供給ライン5およびろ過液ライン6を有するろ過容器1と,ろ過容器1内に配設した仕切板2と,仕切板2に鉛直に固定された中空糸ろ過膜集束体4とから構成される中空糸ろ過装置」
       (イ) 916公報記載の発明の「原液供給ライン」,「ろ過液ライン」,「ろ過容器」,「仕切板」,「中空糸ろ過膜集束体」及び「中空糸ろ過装置」は,それぞれ,本件発明の「流入口」,「流出口」,「容器本体」,「仕切板」,「中空糸膜フィルタ」及び「中空糸膜濾過装置」に相当する。

          したがって,916公報記載の発明は,「中空糸膜濾過装置において,流入口と流出口を設けた容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとからなる」構成を具備する。
          ところで,869公報記載の発明も916公報記載の発明も「中空糸を濾材とする濾過装置である点」及び「逆浸透圧法による液体濾過に使用する点」においてその技術分野を共通とし,さらに,869公報記載の発明が「新規な膜モジュールを提供する」ことを目的としていることから,869公報記載の発明において,916公報記載の発明の構成及び技術思想を考慮し,「容器本体に流入口を設け,容器本体内に仕切板を配設し,仕切板に中空糸膜モジュールを固定する」構成を付加し,「少なくとも流入口と流出口を設けた容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成された中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とからなる」構成とすることは,必要に応じて当業者が容易に想到し得ることである。

     イ 相違点2について
        本件訂正明細書及び図面には,従来技術としてU形モジュールが記載され,また,916公報記載の発明の図面には,中空糸膜モジュールが鉛直に配置されている。さらに,本件特許出願当時,中空糸膜モジュールを横方向で使用するか又は縦方向で使用するかは当業者が適時選択し得る設計事項に属することであり,しかも,869公報記載の発明の中空糸膜モジュールを鉛直に配置し,「中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる」という本件発明の構成とすることに特段の技術的意義を見出すことはできない。さらに,869公報記載の発明には,中空糸膜モジュールの格納態様(使用態様)を鉛直に配置することを排除し又は制限する記載は存在しない。
        したがって,869公報記載の発明に,916公報記載の発明における中空糸膜モジュールの鉛直配置の構成及び技術を考慮して,869公報記載の発明の中空糸膜モジュールを鉛直に配置し「前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れる」という本件発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。

   (5) 以上のとおり,本件発明は,869公報記載の発明に916公報記載の発明を適用することにより当業者が必要に応じて容易に発明できたことは明らかである。
 (原告の反論)
   (1) 本件発明と869公報記載の発明との一致点
      否認する。
      869公報記載の発明は,逆浸透圧法による濾過装置に関するものであり,本件発明は懸濁物を濾過する精密濾過法を用いた装置に関するものである。したがって,869公報記載の発明の「排出口」,「浸透膜モジュール」,「液体濾過装置」,「連通管」,及び「半透性中空フィラメント」は,本件発明の「流出口」,「中空糸膜モジュール」,「中空糸膜濾過装置」,「取水管」及び「中空糸膜フィルタ」に相当するものとはいえない。
   (2) 本件発明と869公報記載の発明との相違点

      原告の指摘する以外に,以下の相違点がある。
     ア 869公報記載の発明は,逆浸透圧法による濾過装置に関するものであり,本件発明は懸濁物を濾過する精密濾過法を用いた装置に関するものである。
     イ 869公報記載の発明では,半透性のフィラメントと,非半透性フィラメントとを交互に交差させて層状とし,該層の単層または複層をもって浸透膜モジュールが構成されている(869公報6欄6〜9行)のに対し,本件発明における中空糸膜モジュールは,取水管とその取水管の周囲に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,端部材とにより構成されており,869公報記載の発明における「浸透膜モジュール」と本件発明における「中空糸膜モジュール」とはその構成を異にしている。
     ウ 869公報記載の発明では,取水管に対応するという連通管の周囲に中空フィラメントが設けられておらず,本件発明とはその構成を異にしている。

     エ 本件発明では,従来のI型モジュールに比べて最大で理論上約2倍の透水量を得られるが,869公報記載の発明の構成では,従来のI型モジュールに比べて透水量がほとんど増加しないばかりか,減少する場合もあるから,本件発明とは明らかに顕著な作用効果の差がある。
   (3) 相違点についての検討
     ア 一般に,液体中の不純物を分離除去するろ過方法としては,通常の砂ろ過装置では除去できない微細な懸濁物を除く精密ろ過法,及び細菌類を除去する限外ろ過法,並びにイオンや低分子を分離する逆浸透膜分離法がある(甲5)。逆浸透膜分離法とは,例えば,水は透過させるが,水に溶解した溶質(イオンや分子)をほとんど透過させない性質を持つ半透膜を隔てて,塩水と淡水とを収容し,塩水側に浸透圧以上の圧力を加えることにより,塩水側から淡水側へ水のみを浸透させ,塩水から淡水を分離して採水するものである(甲5の82頁)。したがって,懸濁物より小さい孔を有するろ過エレメントに直接原水を通して懸濁物を上記ろ過エレメントにより分離除去する精密ろ過法とはその原理を全く異にする。

 869公報記載の発明は,半透性フィラメントの表面から圧力によって膜透過させる逆浸透圧法を利用したものであり,中空でない半透性の線などの糸状,棒状などのフィラメントを使用可能なものである。これに対し,本件発明は,精密ろ過方法を利用するものであって,869公報記載の発明とはろ過方法を全く異にしている。
 しかも,本件発明は,中空糸膜フィルタの中空部内の圧損の影響を少なくすることを目的とするものであり,中空糸膜フィルタの中間部付近より下方で中空糸膜フィルタの中空部内に浸透した処理液が中空糸膜フィルタ内を下方に流れ,その結果,中空糸膜フィルタ内での処理液の流れが上下二方向に分かれることにより,中空糸膜フィルタの透水量を多くでき,より大量の廃液を処理することができるようにしたものである。これに対し,869公報記載の発明は,膜の充填密度が大で,膜と膜との異常な密着並びに膜汚染を防止し得る新規な膜モジュールを提供することを目的とするだけのものであり,前記のとおり,必ずしも中空糸膜フィルタを使用しなければならないものではない。869公報記載の発明においては,中空糸膜フィルタの中空部内の圧損を考慮する必要はなく,本件発明におけるような中空糸膜フィルタの中空部内の圧損の影響を少なくするという課題は全く存在しない。

     イ 以上のとおり,869公報記載の発明は,本件発明と,解決しようとする課題及びその構成を全く異にしており,869公報には,中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにして,上記中空糸膜フィルタの中空部内での圧損の影響を少なくしようとする技術思想は全く開示されていないし,869公報記載の発明は,本件発明との構成の相違から,本件発明とは顕著な作用効果の差がある。
        したがって,当業者が両発明を組み合わせ,本件発明の構成を想到することは容易ではなく,本件発明は進歩性を有する。
 4 本件訂正は,平成5年改正特許法126条1項ただし書に違反してされたものか(無効理由2)。
 (被告の主張)
    本件訂正は,以下のとおり,@出願公告時の明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではないこと,A特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正又は明瞭でない記載を明らかにするものとはいえないことから,平成5年改正特許法126条1項ただし書の規定に違反してなされたものであり,本件特許は,同法123条1項7号の規定により無効とされるべきである。すなわち,

   (1) 訂正前の特許請求の範囲請求項1の「端部材」に関する記載は,「両端に解放状態で接着固定された端部材」と記載されていたが,本件訂正により,「両端を解放状態で接着固定した端部材4」と訂正された(以下「本訂正事項」という。)。
      本件訂正により,出願公告時の明細書等(特公平5−63207号公報。乙3の5)において,「端部材」を,中空糸膜モジュールと他の部材(仕切板や固定金具)とを結合するための別個の部材に限っていたものから,「両端を解放した状態で接着固定するもの」,すなわち「両端を束ねて接着固定する接着剤や樹脂等の接着媒体」というものに拡張された。
      したがって,「端部材」を「両端を接着固定するもの」とした本件訂正は,出願公告時の明細書等に記載された事項の範囲内においてされたものではない。

   (2) 本件訂正は,「端部材」の技術的概念を「端部材21等の予め成形されている剛性部材」から,新たな別個の「接着剤等の接着媒体」に変更するものであって,誤記の訂正を目的とするものではない。さらに,本件訂正事項は特許請求の範囲を減縮しないから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものでもなく,本件訂正事項に関して訂正前の請求項には明瞭でない記載はないから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものでもない。
      以上のように,本件訂正は平成5年改正特許法第126条1項ただし書で定める事項のいずれにも該当しない。
 (原告の反論)
    特許請求の範囲請求項1の「両端に解放状態で接着固定された」を「両端を解放状態で接着固定した」とした本件訂正は,以下のとおり,出願公告時の明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものである。

    すなわち,取水管と中空糸膜フィルタの「両端を解放状態で端部材に接着固定すること」は,訂正前明細書や図面(第3図)に示されており,また,取水管と中空糸膜フィルタの両端を解放状態で固定しなければ,本件発明の目的や効果が達成されないことは明らかである。
    したがって,本件訂正は,出願公告時の明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであり,しかも,「両端を」とするべきところを誤って「両端に」とした点を訂正したにすぎないのであるから,誤記の訂正に当たることも疑いがない。本件訂正には,何ら違法性はない。
 5 消滅時効(抗弁)
 (被告の主張)
    仮に,本件特許が有効であり,かつ被告物件が本件特許権を侵害するとしても,東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎原発」という。)の4号機及び6号機への納入並びに中部電力株式会社(以下「中部電力」という。)の浜岡原子力発電所(以下「浜岡原発」という。)4号機についての3回の中空糸膜モジュールの交換についての損害賠償請求権は,時効により消滅している。

   (1) 東京電力の柏崎原発4号機は株式会社日立製作所(以下「日立」という。)の製造に係るものであり,被告は日立の下請けとして柏崎原発4号機に被告物件を納入した。他方,柏崎原発3号機は原告の製造に係るものである。原告と日立は,自己のプラントを製作するに当たり,東京電力から各プラントの復水濾過装置に用いる中空糸膜モジュールが互換性を有するよう仕様を標準化することを求められ,昭和62年10月,共同で中空糸膜モジュールの標準化に関する報告書を作成し,東京電力に提出した(乙4)。同報告書には被告物件搭載の中空糸膜モジュールの構成を示す図面が掲載されており,原告は同報告書を作成する過程で被告物件の構成を知るに至った。
   (2) また,被告は,原告と共に,1989年(平成元年)に開催された水化学に関する国際会議に参加調査団の一員として参加し,それぞれ自己の中空糸膜モジュールの構成等を他の参加調査団員及び海外訪問先に開示した。1990年(平成2年)3月に発行された上記参加調査団の報告書(乙5)には,上記会議において被告が参加者に頒布した被告物件の構造図が掲載されている。同報告書には被告物件の中空糸膜モジュールの構成が図示されており,「Hollow Fiber Filter(中空糸膜フィルタ)」の内側に「Bold Fiber(太糸)」が存在し,中空糸膜フィルタに浸透した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から太糸に流れ,太糸の中空部を通って上に流れるという構成が明確に示されている(乙5の244頁)。加えて,同報告書には被告物件の中空糸膜濾過装置を示す図5が掲載されていた(同号証245頁)。したがって,1989年(平成元年)に開催された国際会議の調査団活動において,原告は被告物件の構成を知った。

   (3) さらに,被告は,平成3年4月22日から同月25日に開催された「1991 JAIF International Conference on Water Chemistry in Nuclear Power Plants」(以下「水化学国際会議91」という。)に,原告,日立,中部電力らと共に出席した。同月25日,日立は,被告と中部電力の連名で,中部電力の浜岡原発4号機に納入する予定の被告物件の構成に関してポスターセッションによるプレゼンテーションを行った。水化学国際会議91の参加者に配布された資料集には,「Fig.2 Filter Vessel」において被告物件を示す図7が掲載され,「Fig.3 Module and the Inside Water Flow」において被告物件の中空糸膜モジュールの構成及び処理液の流れが図示されている(乙6の624頁)。したがって,同月22日から同月25日に開催された国際会議においても,原告は被告物件の構成を知ることとなった。
   (4) 以上から,原告は,遅くとも平成3年4月25日には被告物件の構成を知るに至ったものといえる。
      ところで,被告が被告物件を東京電力の柏崎原発4号機に納入したのは平成6年10月31日,同6号機に納入したのは平成8年12月30日,中部電力の浜岡原発4号機に納入したのは平成5年8月25日,浜岡原発4号機につき中空糸膜モジュールの交換を行ったのは,平成8年1月ころ,平成9年5月ころ,平成10年9月ころのことである。原子力発電所に納入する中空糸膜モジュールを用いた復水濾過装置のメーカーは,日本において原告と被告の2社だけであり,通常メンテナンス要員が納入先の原子力発電所に常駐しているので,原告は,被告が復水濾過装置を納入した時期及び中空糸膜モジュールを交換した時期を知悉している。したがって,原告は,被告による上記各原子力発電所への被告物件の納入及び中空糸膜モジュールの交換の事実につき,それらの行為が行われた時点で知っていた。

      以上のとおり,原告主張の被告物件の納入時点及び中空糸膜モジュールの交換時点において,原告は,既に被告物件の構成を知悉していたのであり,被告物件が本件特許権を侵害し,原告に損害が発生したことを知っていた。しかるに,それらの時点から本訴提起まで3年以上が経過している。
      したがって,原告の本件特許権侵害に基づく上記損害賠償請求権は時効により消滅した。被告は,上記消滅時効を援用する。
 (原告の反論)
      被告の主張を争う。
      乙4ないし6には,そこに説明された装置が実際に被告により製造,販売されたことを示す記載は一切ないから,これらにより,原告が,平成3年4月25日の時点において,被告物件の構成を知ったということはできない。原告は,平成11年2月ころまで,被告が被告物件を製造,販売したことを知らなかった。また,被告物件が中空糸膜濾過装置のすべてではなく,他の構成の中空糸膜濾過装置も存在するから,被告による中空糸膜濾過装置の納入及び中空糸膜モジュールの交換を知ったとしても,被告物件が納入されたことを知ることはできず,原告が損害の発生を知ったことにはならない。

 6 権利失効の原則(抗弁)
 (被告の主張)
   (1) 本件特許権に基づく損害賠償又は不当利得の返還請求権は,以下のとおり,信義則に反するものとして失効した。
      すなわち,原告の損害賠償又は不当利得の返還請求権は,@長期間の権利の不行使,Aもはや権利行使を受けないとの正当な信頼,B権利を行使することが信義則に反すると評価し得る権利者の帰責性があれば,失効により消滅したと解すべきである(最高裁昭和30年11月22日判決民集9巻12号1781頁参照)。
      東京電力の柏崎原発の3号機及び4号機の中空糸膜濾過装置は,昭和62年10月,東京電力の要望により,原告と日立との間で協調設計され,特に両社間の中空糸膜モジュールの互換性を図った。その過程において,中空糸膜濾過装置の系統構成,濾過塔,中空糸膜モジュール等の情報交換が頻繁になされ,原告は,柏崎原発4号機に納入予定の日立の下請けである被告の中空糸膜濾過装置の詳細を知ることとなった。上記協調設計の時点においては,本件特許よりも広い特許請求の範囲が既に公開されており,原告は,柏崎原発4号機の中空糸膜濾過装置がその公開特許に係る発明の実施であるとして補償金請求権の警告をすることが可能であったのであり,また,本件特許が公告された平成5年9月10日の時点で直ちに本件特許権を行使して本件発明の実施の中止を求めることも可能であったのである。

      このように,原告は,本件特許権を永らく行使していないので,日立及び被告は,もはや原告がその権利を行使することはないという期待権を持つこととなったものであり,この期待を裏切って権利を行使するのは信義則に反し許されない。
   (2) また,原告は,早い時点で被告に対し本件発明の実施を中止することを求めることができたにもかかわらず,被告からの賠償額を増大させるために権利行使をしなかったものであるから,英米法の「laches」の法理により,原告の被告に対する損害賠償及び不当利得の返還の請求は認められるべきでない。
 (原告の反論)
   (1) 被告の主張する事実については否認する。前記のとおり,原告は,平成11年2月ころまで,被告が被告物件を実際に製造,販売したことを知らなかった。
   (2) 前記のとおり,本件損害賠償請求権については消滅時効が成立せず,原告は,本訴提起日より3年以上前においては,被告に対して損害賠償請求も不当利得返還請求もなし得なかったのであるから,長期間にわたって権利を行使しなかったとしても,何ら非難される筋合いはない。そもそも,民法724条は20年の除斥期間を定めており,損害賠償請求権の長期間にわたる不行使があった場合,消滅時効が成立しないときでも,除斥期間の経過により損害賠償請求権は消滅するのであるから,権利の長期間の不行使による侵害者の不利益は,除斥期間の定めによって救済されている。これ以上に,英米法上の「laches」の法理により,除斥期間の定めより短期間で損害賠償請求権が行使できなくなるとすることは許されないというべきである。

   (3) また,被告物件が本件発明の技術的範囲に属するとすれば,被告は,最低でも原告に実施料を支払うべきであったことになるが,これをも支払わなくてよいとして,侵害者に明らかな利得を生じさせ,権利者を犠牲にするほどの信義則違反が原告にあるとは到底考えられない。不当利得返還請求権は,権利を行使できたときから10年で消滅時効が完成するのであるから,突然の権利行使で不当な結果となるような場合は消滅時効で救済されており,それ以上に侵害者を保護する理由はない。
 7 原告の受けた損害額
 (原告の主張)
   (1) 被告は,被告物件である中空糸膜濾過装置を,東京電力の柏崎原発の4号機,6号機,東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)の女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)3号機に納入し,中部電力の浜岡原発4号機において,少なくとも3回は,中空糸膜モジュールを交換している。

   (2) 中空糸膜濾過装置が一定期間使用され,その機能が低下し又はなくなったとしても,中空糸膜モジュールを交換することで,新品に近い状態になるのであり,この中空糸膜モジュール交換後の中空糸膜濾過装置は,本件発明の技術的範囲に属するものであるから,中空糸膜モジュールの交換は,実質的に本件発明に係る中空糸膜濾過装置の生産と同視すべきである。
      仮にそうでないとしても,中空糸膜モジュールの交換は,特許法101条1号の間接侵害に該当する。すなわち,中空糸膜モジュールは,本件発明の実施品である中空糸膜濾過装置の中空糸膜モジュールが消耗等した場合の取り替え部品としてのみ生産,販売されるものであるから,被告の上記行為が間接侵害に当たることは明らかである。
   (3) 原告が上記の納入,交換を行えば,その売上は少なくとも76億6000万円に上り,この売上額に原告の平均利益率である約22.15%を乗じると,16億9700万円となる。したがって,原告の逸失利益の額は,16億9700万円であり,これが,原告の受けた損害額となる。また,被告は,これと同額の利得を得ている。

   (4) よって,原告は,被告に対し,本件特許権侵害に基づく損害賠償金又は不当利得金として16億9700万円,及びこれに対する不法行為の後の平成14年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 (被告の反論)
    東京電力の柏崎原発の4号機,同6号機に中空糸膜濾過装置を納入したのは,日立であり,被告は同社の下請け会社である。東北電力の女川原発3号機については,本訴提起日にはまだ中空糸膜濾過装置は納入されていない。原告が,中部電力の浜岡原発4号機において,少なくとも3回中空糸膜モジュールを交換したことは認める。
 その余の原告の主張は,否認し,争う。
第4 当裁判所の判断
 1 争点3(本件発明の進歩性の有無)について
   (1) 869公報記載の発明の内容(乙3の3)

     ア 869公報の記載
       (ア) 特許請求の範囲
            「半透性のフィラメントと,非半透性フィラメントとを相互に交叉させて層状とし,該層の単層又は複層をもって浸透膜モジュールの構成要素とし該層中の半透性フィラメントの少なくとも一端を膜透過水集水部に連通せしめたことを特徴とする透過膜モジュール。」
       (イ) 発明の詳細な説明
         a 「本発明は,・・・浸透膜を装備した浸透膜装置,特に浸透膜として半透性フィラメントを利用したモジュールに関するものである。」(1欄21〜24行)
         b 「第1図示例において,半透性中空フィラメント1を経糸または緯糸とし,これに交叉させて緯糸または経糸に非半透性の例えばポリエチレン製のフィラメント2を使用して形成させた織布の間にコルゲイト式のスペーサ3を挟んで,被処理液導入管4に連通された多数の分散孔5を有する分散管6を中心軸として,のり巻き状に巻き,・・・のり巻き状に巻いた織布中の半透性フィラメント1の両端をエポキシ樹脂等のチューブシート8によって集束し,それぞれ集水室9に連通させてある。また集水室9には流出管10が接続され,集水室9外壁には流路11が形成されている。・・・被処理液は,加圧されつつ導入管4から分散管6内に送液され,多数の分散孔5からスペーサ3によって形成された間隙内に分散され渦巻状に流過して外端から噴出し,流路11を経て・・・次のモジュールに送液される。」(3欄34行〜4欄11行)

         c 「半透性フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液は,両端の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10から系外へ取り出される。」(4欄11〜14行)
         d 「このモジュールは耐圧管(図示せず)内に単数または複数個を格納されて使用され,また流路11を設けず直接耐圧管本体に適宜設けられた排出口から系外へ排出させることもできる。」(4欄19〜23行)
     イ 同発明の内容
        以上の各記載及び869公報の第1図ないし第3図,第6図,第8図によれば,869公報記載の発明には,
       「流入口及び排出口を設けた耐圧管18と,耐圧管18内に固定された浸透膜モジュールとから構成された液体濾過装置において,前記浸透膜モジュールは,連通管13と,連通管13の近傍に配設された多数本の中空フィラメント1と,連通管13と中空フィラメント1の両端を開放状態で接着固定したチューブシート8とから構成され,中空フィラメント1内に透過した透過液の一部が中空フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れるようにした液体濾過装置。」が開示されているものと認められる。

   (2) 本件発明と869公報記載の発明との一致点及び相違点
     ア 一致点
        869公報記載の発明における「中空フィラメント1」は,液体濾過を行う浸透膜であるから,本件発明の「中空糸膜フィルタ」に相当し,869公報記載の発明も本件発明も共にこの浸透膜モジュールを用いた液体濾過装置であるから,869公報記載の発明の「耐圧管」,「排出口」,「浸透膜モジュール」,「液体濾過装置」,「連通管13」,「チューブシート8」は,それぞれ本件発明の「容器本体」,「流出口」,「中空糸膜モジュール」,「中空糸膜濾過装置」,「取水管」,「端部材」に相当する。
        そうすると,本件発明と869公報記載の発明とは,
         「流入口及び流出口を設けた容器本体と,中空糸膜モジュールとから構成された中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは,取水管と,前記取水管の近傍に配設された多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と中空糸膜フィルタの両端を開放状態で接着固定した端部材とから構成され,中空糸膜フィルタ内に透過した処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流れるようにした中空糸膜濾過装置」

       である点で一致する。
     イ 相違点
       (ア) 相違点1
          本件発明においては,仕切板に中空糸膜モジュールが固定されているのに対し,869公報記載の発明においては,仕切板が存在せず,仕切板に中空糸膜モジュールが固定されていない点が相違する。
       (イ) 相違点2
          本件発明においては,処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるのに対し,869公報記載の発明では,処理液の一部が中空糸膜フィルタの中空部の一端から取水管に流れるが,869公報には,その一端が「下端」であることが記載されていない点が相違する。
       (ウ) 相違点3
          本件発明では,取水管の「周囲に」多数本の中空糸膜フィルタが配設されているのに対し,869公報記載の発明では,取水管の「近傍に」配設されていることは確実であるが,869公報にはその位置関係が明記されていない点が相違する。

   (3) 容易想到性
     ア 相違点1について
       (ア) 916公報(乙3の4)には,「本発明に適用されるろ過装置は第1図に示すように,ろ過容器1にはろ過液帯部Aと原液帯部Bとに分ける仕切板2が設けられている。この仕切板には中空糸ろ過膜集束体4を収納した保護外筒3が取付けられている。懸濁物を含む原液は原液供給ライン5から原液帯部Bに導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,懸濁物は,中空糸ろ過膜集束体4の膜によって阻止され,ろ過液は中空糸内を通り,ろ過液帯部Aに導かれろ過液ライン6からろ過容器1外に取り出される。」(2頁右上欄19行〜同頁左下欄9行)との記載があり,同公報のこの記載及び図面から,同公報には,「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとからなる構成」を備えた中空糸膜濾過装置(916公報記載の発明)が記載されているものと認められる。

          916公報には,「中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外ろ過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されている」(1頁右欄5〜8行)との記載があり,同記載部分によれば,916公報記載の発明と869公報記載の発明とは,中空糸膜を濾材とする逆浸透法の濾過装置であることが認められ,技術分野を共通にする。
          したがって,916公報記載の発明の前記構成を869公報記載の発明に適用して本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることであると認めて差し支えない。
       (イ) のみならず,訂正明細書(甲2)における以下の記載からも,容易に想到し得ると判断すべきことは明らかである。すなわち,@本件発明は,従来の中空糸膜濾過装置においては,中空糸膜フィルタの中空部の内径が小径であるため,処理液が流通する際の圧損等からフィルタの長さは約1mが限度と考えられており,廃液濾過装置としては相当なスペースを必要としていたことから,「限られた場所に設置するのに適するとともに高い濾過効果を有し,かつコンパクトな中空糸膜濾過装置を提供する」(甲2の4欄1〜3行)ことを目的としてされたものである旨が記載されていること,A本件発明においては,取水管を設け,この周囲に中空糸膜フィルタを配置し,取水管及び中空糸膜フィルタの両端を解放状態で端部材に接着固定することにより,中空糸膜フィルタから中空部に浸透した処理水が,上方に流れてフィルタの上部開放端から流出するものと,下方に流れて取水管に流入し,取水管内を流れて取水管の上部開放端から流出するものとに分かれるようにするとの構成を採用したことにより,「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。また,中空糸膜モジュールを複数個直列接続しても中空糸膜フィルタの圧損の影響を受けることがないので,中空糸膜濾過装置を縦長構造にすることができる。」(甲2の6欄17行〜21行)との効果を有すると記載されていること,B原告である出願人自らが,訂正前明細書において,本件発明の先行技術として,「仕切板の存在する」中空糸膜濾過装置を図示していること等の事実に照らすならば,中空糸膜濾過装置において仕切板を配設する構成は,本件発明が前提としている技術的構成であって,新規性を肯定するに値する本質的な技術事項であるとはいえないからである。
       (ウ) 以上のとおり,916公報記載の発明と869公報記載の発明とは,ともに中空糸膜を濾材とする逆浸透法の濾過装置であり,技術分野を共通にするうえ,仕切板の存在する中空糸膜濾過装置は本件発明の先行技術とされ,本件発明の特徴に照らし,仕切板が存在することは本件発明の本質的事項とはいえないことからすれば,916公報記載の発明の前記構成を869公報記載の発明に適用して本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であると解すべきである。

     イ  相違点2について
        916公報記載の発明について,同公報の図面には,中空糸膜モジュールを上下方向に配置したろ過装置が図示されており,また,中空糸膜モジュールを水平方向で使用するか上下方向で使用するかは,設計事項の範囲内であるから,869公報記載の発明において,中空糸膜モジュールを上下方向に配置して使用し,本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得ることであると認められる。
     ウ  相違点3について
        869公報記載の発明について,同公報の第2図には渦巻状に多数配設された中空糸膜フィルタ(中空フィラメント1)外周部に取水管(連通管13)が位置し,その外側に織布7が位置している構成が図示されていることから,取水管の近傍に多数の中空糸膜フィルタが配設されていることは認められるが,同公報には,それ以上に取水管と中空糸膜フィルタとの位置関係を示す記載がない。

        ところで,本件発明においては,取水管の周囲に中空糸膜フィルタが配設されることとされているが,訂正明細書において,取水管の「全周囲に」中空糸膜フィルタが配設されると限定されているわけではない。また,本件発明は,中空糸膜フィルタの両端を解放状態で端部材に接着固定することにより,「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。また,中空糸膜モジュールを複数個直列接続しても中空糸膜フィルタの圧損の影響を受けることがないので,中空糸膜濾過装置を縦長構造にすることができる。」(甲2の6欄17行〜21行)との効果を奏するようにした点に特徴があるが,この効果を奏するためには,中空糸膜フィルタを取水管の近傍に配置すればよく,取水管の全周に配置する必要はない。
        以上の点に照らすならば,取水管と中空糸膜フィルタとの位置関係に関する上記相違点は,当業者が適宜選択し得る設計事項にすぎないものと認められる。

     エ 容易想到性に関する当裁判所の判断
       (ア) 以上に判示したとおり,本件発明と869公報記載の発明との相違点1ないし3は,いずれも,916公報記載の発明を組み合わせることにより当業者が容易に想到し得るか,又は単なる設計事項にすぎないものであるから,本件発明は,当業者が869公報記載の発明及び916公報記載の発明により容易に発明することができたものと認められる。
       (イ) これに対して,原告は,869公報記載の発明は逆浸透圧法によるろ過装置に関するものであるのに対し,本件発明は精密ろ過法を用いた装置に関するものであり,両者は技術分野が異なるから,869公報記載の発明の「排出口」,「浸透膜モジュール」,「液体濾過装置」,「連通管」,及び「半透性中空フィラメント」は,本件発明の「流出口」,「中空糸膜モジュール」,「中空糸膜濾過装置」,「取水管」及び「中空糸膜フィルタ」に相当するものとはいえず,また,本件発明は,869公報記載の発明及び916公報記載の発明により,容易に発明することはできないと主張する。

          しかし,原告のこの点の主張は,以下のとおり理由がない。
          まず,訂正明細書において,本件発明に係る中空糸膜濾過装置のろ過方法が精密ろ過法に限定されることを示唆する記載はないから,本件発明に係る中空糸膜濾過装置が精密ろ過法を用いた装置に関するものであるとする原告の上記主張は,主張自体その前提を欠く。
          のみならず,以下の各事実に照らすならば,精密ろ過法や限外ろ過法と逆浸透法とは,対象とする液体から小孔を通過するものと通過しないものを分離する点で共通の技術分野に属するものと認められるから,原告の上記主張は採用できない。すなわち,
         a 916公報には,「中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外ろ過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されている」(1頁右欄5〜8行)と記載されていること,

         b 本件特許出願前である昭和53年6月30日に発行されたH編著「逆浸透法・限外ろ過法 K応用 膜利用技術ハンドブック」(乙8)には,「逆浸透法,限外ろ過法,精密ろ過法では選択透過性膜を用いて,圧力を推進力として,溶液を分離しようとするものであり,ひとまとめにして透過法と呼んでもよい。」(同書1頁2〜3行)と記載されていること,
         c 本件特許出願前である昭和59年1月20日に第4刷が発行された社団法人化学工学協会編「改訂四版 化学工学便覧」(乙9)には,各ろ過法について,「一般に,加圧下で膜を透過させて分離しようとする分離法には,ろ過,精密ろ過,限外ろ過などの方法があり,この順にろ過されるものの大きさが小さくなり,最後の限外ろ過ではコロイドや高分子量のものを分離するのに用いられるが,逆浸透法はさらに低分子量の,無機塩類まで分離しようとする方法である。以上の各分離法の対象とするものの大きさを表わす目安として図12・22を参照されたい。」(同書930頁3〜12行),「逆浸透法はreverse osmosisの訳であるが,人によっては上に述べたようにろ過法の延長としてとらえて,hyperfiltrationと呼ぶ場合もあり,超ろ過法と訳する。」(同書同頁23行〜26行)と記載され,図12・22(同書同頁)には,逆浸透法,ウルトラフィルトレーション,精密ろ過,ろ過の対象とする粒子の大きさを示す図が示されていること,

         d 本件特許出願前である昭和58年5月10日に発行された造水技術編集企画委員会編「造水技術−水処理のすべて−」(乙10)には,「透析法では膜を透過する駆動力は濃度差であるために,透過速度が遅い。そこで圧力を加えて速く透過させるということで限外ろ過法が用いられるようになったという。・・・この時に用いられた膜はコロジオン膜であり,この膜の製膜条件をいろいろとかえることによって,いろいろの孔径の膜ができることが報告されている。これが発達して現在メンブレンフィルターと呼ばれている精密ろ過膜となるのである。限外ろ過法が工業的に用いられるようになるのは,1960年の逆浸透法出現以後のことであり,逆浸透膜やモジュールの開発に刺激されて,いろいろの限外ろ過膜やモジュールが開発され,その応用分野も逆浸透法を補う形で相互に発展した。」(同書73頁左欄4〜20行)と記載されていること,
         e 本件特許出願前である昭和57年6月25日に公開された昭57−102202公開特許公報(乙7)は,選択透過性を有する中空糸を用いた液体分離装置に関するものであるが,同公報には,「選択透過性を有する膜を用いて流体の成分を分離する流体分離装置の適用単位操作としては,気体透過,液体透過,透析,限外濾過および逆浸透などがある。」(1頁右欄4〜7行)と記載されていること,
         等の事実から,精密ろ過法や限外ろ過法と逆浸透法とは,共通の技術分野に属するものと認められる。
          その他,原告は,本件発明と869公報記載の発明との濾過方法の相違を前提として縷々主張するが,いずれも上記と同様の理由から採用することはできない。
       (ウ) また,原告は,869公報記載の発明においては,中空糸膜フィルタの中空部内の圧力損失を考慮する必要はなく,本件発明におけるような中空糸膜フィルタの中空部内の圧力損失の影響を少なくするという課題は全く存在しないと主張する。

          しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり理由がない。
          まず,前記のとおり,本件発明は,従来の中空糸膜濾過装置においては,中空糸膜フィルタの中空部の内径が小径であるため,処理液が流通する際の圧損等からフィルタの長さは約1mが限度と考えられており,廃液濾過装置としては相当なスペースを必要としていたことから,「限られた場所に設置するのに適するとともに高い濾過効果を有し,かつコンパクトな中空糸膜濾過装置を提供する」(甲2の4欄1〜3行)ことを目的としてなされたものである(甲2)。そして,本件発明は,中空糸膜フィルタの両端を解放状態で端部材に接着固定することにより,「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。また,中空糸膜モジュールを複数個直列接続しても中空糸膜フィルタの圧損の影響を受けることがないので,中空糸膜濾過装置を縦長構造にすることができる。」(甲2の6欄17行〜21行)との効果を有するとされている。

          一方,前記公開特許公報(乙7)には,中空糸型の逆浸透膜を用いた液体分離装置につき,大容量化装置を製作するに当たっての留意点として,「中空糸内透過液流動圧損のため,中空糸組立体中の中空糸はその長さ方向の制約を受ける。」(2頁左上欄13〜14行)と記載されていること,前記膜利用技術ハンドブック(乙8)には,逆浸透モジュールに用いられる半透膜の中空糸について,「透過水側の圧力損失が大きい。」(48頁17行)と記載されていること等の事実に照らすならば,逆浸透法を用いる869公報記載の発明においても,中空糸膜フィルタ内を流通する透過水に圧力損失が生ずるという技術的課題は存在したことが認められる。そして,869公報記載の発明は,「中空フィラメント1内に透過した透過液の一部が中空フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れるようにした」ことにより,中空フィラメント1の両端から透過液を取り出すことができるから,本件発明と同様に,中空フィラメント1内の圧力損失の影響を減少させるという効果を有するものと認められる。
          以上のとおり,869公報記載の発明においても,本件発明と同様の技術的課題及びこれを解決する構成が示されているというべきであるから,原告の上記主張は採用できない。
       (エ) さらに,原告は,本件発明では,従来のI型モジュールに比べて最大で理論上約2倍の透水量を得られるが,869公報記載の発明の構成では,従来のI型モジュールに比べて透水量がほとんど増加しないばかりか,減少する場合もあるから,本件発明とは明らかに顕著な作用効果の差があるとも主張する。
          しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり理由がない。
          すなわち,証拠(乙1,2)によれば,本件特許出願に対しては,特開昭59−4403号公報(引例イ)及び特開昭58−183916号公報(引例ロ)に記載された発明に基づき当業者が容易に発明することができたとして拒絶理由通知が発されたこと,これに対し,特許出願人である原告は,手続補正書を提出し,これにより,訂正前明細書に「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。」(6欄17〜18行)との文言が加わったこと,原告は,上記手続補正書とともに,意見書(乙2)を提出し,同意見書には,「引例イ及び引例ロはいずれも中空糸の上端面が開口し下端面が閉塞された所謂I型モジュールと称されるものである。・・・引例イ及び引例ロのI型モジュールは中空糸の片側からしか濾過水を引けないため,細い中空糸内を流れる濾過水の抵抗のため所定長さ以上長くしても透水量が増加しない。一方,本願発明の中空糸膜モジュールは,・・・中空糸膜フィルタの両端が解放状態で端部材に接着固定された構造であるため,同じ長さの中空糸を用いた引例イ及び引例ロの場合(I型モジュール)に比較して約2倍の透水量を得ることができる。」(3頁下から1行〜5頁1行)と記載されていること,以上の事実が認められ,これらの事実に照らすならば,訂正前明細書における「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。」(6欄17〜18行)との記載は,中空糸膜フィルタの一端から処理液を取り出すI型モジュールとの対比において,処理液を中空糸膜フィルタの両端から取り出すことになるという本件発明における処理液の取水構造を説明するものにすぎないと理解するのが相当であり,定量的にI型モジュールに比べて透水量が約2倍になるという効果を記載したものではないと認められる。
          そうすると,前記のとおり,869公報記載の発明においても,本件発明と同様に,中空フィラメント1の両端から処理液を取り出すという構成を有するのであるから,本件発明と同様の効果を有するものと認めるのが相当である。

          したがって,原告の上記主張は採用できない。
     オ  小括
        以上のとおり,本件発明は,869公報記載の発明及び916公報記載の発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明することができたものであり,無効理由が存在することが明らかである。したがって,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用として許されない。
 2 結論
   (1) 判決言渡しの経緯
      本件は,平成15年4月7日に口頭弁論を終結し,判決言渡日を,当初,6月25日(その後6月30日に変更)と指定した。この間に,本件特許に係る無効審判事件(無効2002−35245号)について,6月17日付けで,「本件審判請求は,成り立たない。」旨の審決がされた。これを受けて,原告から,口頭弁論再開の申立てがされたため,当裁判所は,原告,被告双方から,審理に関する意見を聴取した上で,本件については弁論を再開をしないが,他方,念のため,当事者からの事実上の主張を確認するために,判決言渡日を7月30日に延期することとした。

      本件のような事案において,特許権侵害事件を審理する裁判所が,権利濫用の抗弁を肯定して,本件請求を棄却すべきか,無効審判事件における審決が確定するまで中止すべきかは,事案の性質及び審理の進行状況によって異なる対応が考えられ,一様ではないというべきである。本件においては,当裁判所の本件特許の有効性に関する判断を示した上で,控訴審において,審決と本件判決の両者を,一回的に審理し,結論を出すのが,最も,紛争の迅速な解決に資するものと解したため,本判決を言い渡すこととした。
   (2) 以上のとおり,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
   
   東京地方裁判所民事第29部


       裁判長裁判官   飯   村  敏  明


          裁判官     榎  戸  道  也


          裁判官     佐  野     信





(別紙)
                    物  件  目  録


   別紙図面に示し,下記に説明する構造の中空糸膜濾過装置

第1 図面の説明
   第1図は被告製造に係る中空糸膜濾過装置の一部断面斜視図,第2図は同装置の中空糸膜モジュール部分の断面図である。


第2 図面の符号
  4…廃液供給管
  5…処理液排出管
 14…容器本体
 15…中空糸膜モジュール
 17…仕切板
 18…太い中空糸膜フイルタ
 19…細い中空糸膜フイルタ


第3 構造の説明
 1 本件中空糸膜濾過装置は,廃液の流入口である廃液供給管4と処理液の流出  口である処理液排出管5を設けた容器本体14と,前記容器本体14内に配設  した仕切板17と,前記仕切板17に固定された中空糸膜モジュール15とを  備えている。
 2 前記中空糸膜モジュール15は,
  a 多数本の太い中空糸膜フイルタ18と,
  b 前記多数本の太い中空糸膜フイルタ18の周囲に配設された,多数本の細い中空糸膜フイルタ19と,
  c 前記太い中空糸膜フイルタ18と前記細い中空糸膜フイルタ19の両端を解放状態で接着固定した接着樹脂a,bと
  から構成される。
 3 前記細い中空糸膜フイルタ19内に浸透した処理液の一部は,前記細い中空糸膜フイルタ19の中空部の下端から,前記太い中空糸膜フイルタ18に流れる。

                                                                          以上