H15. 7.17 大阪地裁 平成14(ワ)4565 特許権 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第4565号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結の日 平成15年5月28日
                           判      決
                   原告            オーエヌ工業株式会社
                   訴訟代理人弁護士       谷 口 由 記
                   補佐人弁理士         渡 辺 三 彦
                   同             三 宅 一 郎
                   同             西 木 信 夫
                   被告            株式会社東洋機工
                   被告             株式会社リケン
                   上記被告ら訴訟代理人弁護士 鳥 海 哲 郎
                   同             道 下   崇
                   被告            株式会社吉年
                   訴訟代理人弁護士      溝 上 哲 也

                   同                         岩 原 義 則
                           主      文
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
                           事実及び理由
第1 請求
 1(1) 被告株式会社東洋機工は、別紙イ号物件目録及びハ号物件目録記載の各物件を製造し、販売し、貸し渡し、販売又は貸渡しの申出をしてはならない。
   (2) 被告株式会社リケンは、別紙ロ号物件目録及びニ号物件目録記載の各物件を販売し、貸し渡し、販売又は貸渡しの申出をしてはならない。
   (3) 被告株式会社吉年は、別紙イ号物件目録及びハ号物件目録記載の各物件を販売し、貸し渡し、販売又は貸渡しの申出をしてはならない。
 2(1) 被告株式会社東洋機工は、その占有に係る別紙イ号物件目録及びハ号物件目録記載の各物件及びその半製品を廃棄せよ。

   (2) 被告株式会社リケンは、その占有に係る別紙ロ号物件目録及びニ号物件目録記載の各物件及びその半製品を廃棄せよ。
   (3) 被告株式会社吉年は、その占有に係る別紙イ号物件目録及びハ号物件目録記載の各物件及びその半製品を廃棄せよ。
 3(1) 被告株式会社東洋機工は、原告に対し、金2100万円及びこれに対する平成14年5月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
   (2) 被告株式会社リケンは、原告に対し、金1100万円及びこれに対する平成14年5月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
   (3) 被告株式会社吉年は、原告に対し、金1100万円及びこれに対する平成14年5月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
    本件は、被告らによる各物件の製造又は販売等の行為が、原告の有する特許権を侵害するとして、原告が、被告らに対し、同特許権に基づき、その侵害行為の差止めと各物件及び半製品の廃棄を請求するとともに、民法709条、特許法102条2項に基づく損害賠償を請求した事案である。
(基本的事実)
 1 原告は、次の特許権を有している(以下、「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」、本件特許出願に係る明細書を「本件明細書」という。)。
   特許番号  第1522358号
   発明の名称  薄肉ステンレス鋼管の拡管装置
   出願年月日  昭和59年6月4日(特願昭59−115146)
   登録年月日  平成元年10月12日
   特許請求の範囲  本判決末尾添付の別紙特許公報(以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおり。

 2 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(なお、本判決における促音の表記は、本件明細書の記載にかかわらず、すべて「ッ」又は「っ」を用いる。)。
   A 圧力流体の給排口と連通した中径内孔及び該中径内孔と隣接して小径内孔を有すると共に該小径内孔に隣接して更に大径内孔を有する油圧シリンダと、
   B 該油圧シリンダの中径内孔内に摺動自在に設けられたピストン部を有する加圧ピストンロッドと、
   C 油圧シリンダの一端側に固定されたカバーと、
   D 該カバーと前記ピストン部との間に嵌入されて加圧ピストンロッドをカバーと反対方向へ付勢する復帰ばねと、
   E 前記油圧シリンダの他端側に取り外し自在に固定されると共に先端部に拡管ヘッド部を有する蓋部枠と、                        
   F 該蓋部枠内で前記加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結固定する連結管と、

   G 前記拡管ヘッド部の内部に前記カバー方向へ移動不能に嵌め込まれたゴム受けと、
   H 該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に介在させた拡管ゴムと、
   I 拡管ヘッド部の外周に設けたねじ部と螺合し、
   J かつ、内孔に前記薄肉ステンレス鋼管を挿通したナットからなり、
   K 前記拡管ヘッド部とナットとが螺合固定された際に、該拡管ヘッド部の内周面とナットの内周面との連接部に断面形状が山型の周溝が形成されるように、前記両内周面にテーパー部を形成したことを特徴とする
   L 薄肉ステンレス鋼管の拡管装置。
 3(1) 被告株式会社東洋機工は、別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。他の物件も同様の略称を用いる。)及びハ号物件を製造し、販売し、貸し渡している。
   (2)  被告株式会社リケンは、ロ号物件及びニ号物件を販売し、貸し渡している。

   (3)  被告株式会社吉年は、イ号物件及びハ号物件を販売し、貸し渡している。
 4 イ号物件ないしニ号物件(以下、一括して「被告物件」という。)の各構成は、それぞれ対応する各物件目録記載のとおりである(ただし、その構成の一部につき当事者間に争いがある。)。
 5 被告物件は、本件発明の構成要件C、D、E、I、J、K、Lを充足する。
(争点)  
 1 本件発明の構成要件充足性
   (1) 構成要件A「(圧力流体の給排口と連通した)中径内孔及び該中径内孔と隣接して小径内孔を有すると共に該小径内孔に隣接して更に大径内孔を有する」、構成要件B「中径内孔(内に・・・ピストン部を有する)」について
     (原告の主張)
      本件発明において中径内孔を設けたのは、隣接する小径内孔と内径を異ならせることにより段差部を形成し、この段差部にピストン部の環状突起部を当接させることによって、加圧ピストンロッドの復帰ばねによる付勢移動を規制するためである。大径内孔を設けたのも、隣接する小径内孔との間に内径差を設けることにより段差部を形成し、この段差部に蓋部枠の嵌め込み部を挿入するためである。したがって、小径内孔より大きい径の内径を形成して、その左右端で段差部を形成することが目的であるから、大か中かは絶対的な意味を持つものではなく、小径内孔よりも内径が大きいという相対的な呼び名にすぎず、隣接する内径との差を表現するために用いた用語にほかならない。本件発明の設計が、カバーに隣接する内孔の径より蓋部枠に隣接する内径の孔を大きくしたために、前者を中径内孔、後者を大径内孔と呼んでいるだけで、設計上、前者の径を後者の径より大きくしたとしても、作用効果は何ら異ならず、大径か中径かは単なる呼び名の差異にすぎない。

      被告物件は、その中径内孔と大径内孔の位置関係が、小径内孔を境にして、本件発明と左右が逆であるが、作用に差はなく、単なる呼び名の差異にすぎないから、上記構成要件を充足する。
     (被告らの主張)
      本件発明において、カバーに隣接する内孔を中径内孔とするのに対し、蓋部枠と隣接する内孔を大径内孔としているのは、「連結管」を蓋部枠と隣接する内孔に収容しなければならないためである。したがって、「中径内孔」及び「大径内孔」は、相対的な呼び名の相違などではなく、その字義どおりに解すべきである。
      被告物件は、カバーに隣接する内孔を大径内孔とし、蓋部枠と隣接する内孔を中径内孔とするものである(後記(2)のとおり、被告物件は「連結管」を有しない結果、蓋部枠と隣接する内孔を大径内孔とする必要がない。)から、上記構成要件を充足しない。

   (2)  構成要件F「連結管」について
     (原告の主張)  
     ア 本件発明は、加圧ピストンロッド及び薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを螺合連結固着するための「連結管」が別体に形成されている。しかし、本件明細書には、連結管を1段の雌ねじでなければならないとする限定はなく、株式会社技報堂発行「メカニズム」(昭和50年3月15日1版13刷)76頁〜77頁(甲16)の連結機構の一種である差動装置に関する図2において、外径の異なる2段のボルト(雄ねじ)と内径の異なる2段の雌ねじの連結機構が開示されているように、複数の外径の異なる雄ねじとの連結を目的として、その径と対応させた内径の異なる複数段の雌ねじとの連結機構は、本件特許出願前の周知技術であった。したがって、連結管の内径を3段の雌ねじに形成して螺合連結させることも、本件特許発明の技術的範囲に属する。

        被告物件は、加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドとを着脱自在に螺合連結固着するために、加圧ピストンロッドの軸心を貫通する方向に貫通孔を形成して加圧ピストンロッド自体を管に仕上げ、ガイドロッドの外径に対応させて先端に向かって内径が大きくなる3段の雌ねじを形成したものである。しかし、被告物件のそのような構成は、本件特許出願前の周知技術を採用した、設計上の微差ないし単なる設計変更を加えたものにすぎないから、上記構成要件を充足する。
     イ 被告らの主張イについて反論すれば、本件発明は間隙距離a(ストローク)の調節を特徴とする発明ではなく、被告らの指摘する本件明細書の記載も実施例に関するものにすぎないから、本件発明にいう「連結管」を被告らの主張のように限定解釈すべき根拠はない。

     (被告らの主張) 
     ア 本件明細書の特許請求の範囲には「連結管」の存在が明記されており、その発明の詳細な説明の〔作用〕の項にも、加圧ピストンロッドとガイドロッドとが連結管を介して連結された拡管装置であることが記載されているから、別体としての「連結管」は本件発明の必須の構成要件である。原告が周知技術と主張する差動装置(甲16)は、連結機構とは無関係であり、また、実施不能なものである。
        被告物件は「連結管」それ自体を有しないから、上記構成要件を充足しない。
     イ 本件明細書の〔実施例〕や〔発明の効果〕の項の記載に照らすと、油圧シリンダの小径内孔と大径内孔とが形成する段差部は、拡管の際の加圧ピストンロッドのカバー方向への移動を連結管との当接により規制できるようにしており、加圧ピストンロッドの同方向へのストローク量は、油圧シリンダの上記段差部と連結管の大径部とが形成する間隙距離a(本件公報第1図参照)であり、該間隙距離aによって薄肉ステンレス鋼管の拡管サイズに合ったストローク量を決定できるようにしたものである。そして、直径の異なる鋼管を拡管する場合、間隙距離a(ストローク)を所定値に選定しなければ、「直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、連結管、蓋部枠、ゴム受け、拡管ゴム、ガイドロッド及びナットを取り換えることにより、同一装置で拡管できる。」(本件公報9欄5〜9行)という本件発明の効果を奏することができない。したがって、構成要件Fの「連結管」とは、加圧ピストンロッドとガイドロッドを連結固定するだけではなく、「間隙距離aを調節することができる連結管」でなければならない。

        被告物件は、拡管する薄肉ステンレス鋼管の直径にかかわらず、ストローク量が常に一定であり、これを調節するものではない(被告物件では、拡管ヘッド部の環状突出部と前記ガイドロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設け、この隙間の幅を調整することにより、適正な圧縮幅を得ることができる。)から、上記構成要件を充足しない。
   (3) 構成要件G「カバー方向へ移動不能に嵌め込まれたゴム受け」について
     (原告の主張)  
      構成要件Gにおいて「移動不能」と表現しているのは、加圧ピストンロッドが加圧されて、ゴム受けがカバー方向へ移動不能の状態になって初めて拡管が開始されることに拡管装置として意義を有する(ゴム受けがいつまでも移動可能状態に置かれているのでは、拡管は開始しなくなってしまう。)点を踏まえたものである。つまり、ゴム受けの移動不能又は移動可能は、いつの時点を捉えた表現をするかの相違にすぎない。

      被告物件におけるゴム受けは、空引き前には移動可能であっても、空引き後は「移動不能」であり、この移動不能状態となって初めて拡管が開始されるのであるから、被告物件は上記構成要件を充足する。
     (被告らの主張) 
      本件明細書の〔問題点を解決するための手段〕や〔実施例〕の項には、ゴム受けと拡管ゴムを隙間を設けずに移動不能に配置した上で、「前記ナットの内周面と前記ゴム受け、前記拡管ゴムの外周面とが形成する隙間内へ薄肉ステンレス鋼管を挿通」する旨が記載されている(本件公報3欄3行から28行、6欄30行から7欄38行)。したがって、本件発明においては、薄肉ステンレス鋼管を挿通する以前の段階、すなわち、加圧ピストンロッドが圧油によりカバー方向へ移動する前の状態で、ゴム受けと拡管ゴムが隙間を設けずに「移動不能」に配置されていることは明らかである。また、原告は、本件発明の特許出願過程において、昭和60年2月12日付け手続補正書(乙2)により、本件発明の特許請求の範囲の記載を「前記拡管ヘッド部の内部に
前記カバー方向へ移動不能に嵌め込まれたゴム受けと、該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に介在させた拡管ゴムと、」と下線部のとおり自ら補正したのであるから、本件発明の技術的範囲は、ゴム受け及び拡管ゴムが隙間を設けずに「移動不能」に配置されていることを前提とするものに限定されたというべきである。したがって、構成要件Gの「移動不能」とは、加圧ピストンロッドに引張力が作用していない状態で、ゴム受け及び拡管ゴムが隙間を設けずに移動不能に配置された場合をいい、ゴム受け及び拡管ゴムが隙間を設けて「移動可能」に配置されている場合はこれに該当しないというべきである。
      被告物件は、カバー方向へ移動可能になるように嵌め込まれたゴム受けと、前記拡管ヘッド部の環状突出部と前記ガイドロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設けて配置された拡管ゴムとを有するものであるから、上記構成要件を充足しない。
   (4) 構成要件H「該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に介在させた拡管ゴム」について
     (原告の主張)  
      本件発明の特許請求の範囲上、加圧ピストンロッドの引張力の作用していない状態であるか否かについて、何らの限定もされていない。被告らの主張のように、「介在」が「両者の間に他のものがはさまってあること」を意味し、「はさまる」とは「物と物との間に入って動きがとれなくなる」ことを意味するとしても、「はさまる」は「はさむ」の活用形であり、「はさむ」には「中間の位置に置く」という意味もある(広辞苑第5版)から、距離を置いて離れた物と物との間の中間の位置に置かれた場合における構成要件Hの「介在」とは、その離れた距離の範囲内でしか動きがとれないことと解釈することができる。

      被告物件は、その拡管ゴムがゴム受けとガイドロッドの段差部との間に位置し、その離れた距離の範囲内でしか動きがとれないものであるから、上記構成要件を充足する。
     (被告らの主張)
      「介在」とは「両者の間に他のものがはさまってあること」を意味し、「はさまる」とは「物と物との間に入って動きがとれなくなる」ことを意味する(広辞苑第5版)。したがって、構成要件Hは「該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に隙間を設けずに配置された拡管ゴム」と読み替えることが可能である。そして、上記(3)で主張したとおり、本件発明ではゴム受けがカバー方向に移動不能に嵌め込まれていることも合わせ考えるならば、構成要件Hは「前記拡管ヘッド部の環状突出部と前記ガイドロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設けずに配置された拡管ゴム」と読み替えるべきである。

      被告物件は、前記拡管ヘッド部の環状突出部と前記ガイドロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設けて配置された拡管ゴムを有するものであるから、上記構成要件を充足しない。
 2 均等の成否
   (原告の主張)  
    仮に被告物件が「連結管」を有しない点で本件発明の文言侵害に当たらないとしても、被告物件は、次のとおり、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)というべきである。なお、構成要件A、Bは単なる呼び名の相違にすぎず、構成要件G、Hも、どの時点において構成を見るかの相違にすぎないから、いずれもそもそも均等の成否には影響しない。
   (1) 第1要件(発明の非本質的部分)について

      本件発明の課題は、薄肉ステンレス鋼管の端部外周を環状の山型に拡管させる装置を提供することにあるところ、本件発明の課題解決原理は、加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌したガイドロッドとを着脱自在に螺合連結固着し、薄肉ステンレス鋼管の内部に挿入した拡管ヘッド部及びナットで形成するテーパー部との間に薄肉ステンレス鋼管を挟み込み、拡管ゴムが軸心方向に圧縮することにより軸心を通る断面形状が山型を形成するように拡管ゴムの中央部の径を拡大させ、加圧ピストンロッドの加圧移動により、薄肉ステンレス鋼管の端部外周を環状の山型に形成して拡管させるという技術的思想である。このような技術的思想は、本件発明の特許出願前には全く存在しなかった。そして、この技術的思想の中核をなす特徴的部分は、加圧ピストンロッドとガイドロッドを螺合連結固着させ、加圧ピストンロッドの移動に伴ってガイドロッドを移動させて拡管ゴムを変形させ、鋼管端部を拡管させる点にある。本件発明は、螺合連結固着手段に特徴を有する発明ではないから、加圧ピストンロッドとガイドロッドを螺合連結固着させる手段として、「連結管」を用いるか、「連結管」を用いないでピストンロッドにガイドロッドを直接ねじ込むかは、本件発明の本質的部分での差ではない。螺合連結固着手段にすぎない「連結管」は、本件発明の本質的部分ではないのである。
      すなわち、連結管とはまさに連結させるための管というほどの意味であり、本件発明の特許請求の範囲上も「加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結固定する連結管」と記載され、連結固定具として構成されている。その発明の詳細な説明欄の〔従来の技術〕や〔発明が解決しようとする問題点〕の項にも連結管に関する記載はなく、わずかに、〔実施例〕の項に連結管に関して拡管サイズに合ったストローク量aを決定できるとの記載や、〔発明の効果〕の項に、拡管効果に付加して直径の異なる鋼管を拡管するための交換部品の一つとして連結管が記載されているにすぎない。連結管はせいぜい径の異なる鋼管を拡管するためのものにすぎず、径の異なる鋼管の拡管に対応させることができるという点は、本件発明の本質的部分ではない。

      被告らの主張(1)について反論すれば、本件発明の本質的部分はストローク量の調節の部分にはない。すなわち、本件発明は、加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌したガイドロッドとを着脱自在に螺合連結固着し、薄肉ステンレス鋼管の内部に挿入した拡管ヘッド部及びナットで形成するテーパー部との間に薄肉ステンレス鋼管を挟み込み、拡管ゴムが軸心方向に圧縮することにより軸心を通る断面形状が山型を形成するように拡管ゴムの中央部の径を拡大させ、加圧ピストンロッドの加圧移動により、薄肉ステンレス鋼管の端部外周を環状の山型に形成して拡管させるという技術思想に立脚する。本件明細書の〔従来の技術〕の項に記載のとおり、このような技術思想は本件特許出願前には全く存在しなかった。本件明細書の実施例には、連結管の交換によってストローク量を調整でき、径の異なる鋼管の拡管に対応させる技術思想も開示されてはいるが、特許請求の範囲に「調整」という文言が全く記載されていない以上、これを特徴的部分ということはできない。被告らの主張に係る特開昭53−85766号公開特許公報(乙7)の発明は専ら温水ボイラーに利用するものであり、本件とは技術分野を異にするばかりか、同公報(乙7)及び特開昭56−9028号公開特許公報(乙8)のいずれの発明も、工場で製造する場合の拡管加工法であり、本件のように現場で簡易に拡管加工できることを目的としたものではない。
      したがって、被告物件に「連結管」がないとしても、均等の第1要件(発明の非本質的部分)を満たす。
   (2)  第2要件(置換可能性)について
      本件発明の作用効果は、加圧ピストンロッドとガイドロッドを着脱自在に螺合連結固着させるということにあり、その螺合連結固着する手段として本件発明は「連結管」を採用したにすぎない。この「連結管」の代わりに、加圧ピストンロッドを軸心を中空にした管状に仕上げ、内周面に3段の雌ねじを形成してガイドロッドの端部外周に形成した雄ねじと螺合連結固着させても、加圧ピストンロッドとガイドロッドを着脱自在に螺合連結固着させるという同一の作用効果を奏することができる。

      被告らの主張(2)について反論すれば、原告の主張(3)のとおり、被告物件に作業の容易化や取扱部品の軽量化という効果はない。仮にそうでないとしても、均等の第2要件は、当該特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏するか否かの問題であり、非本質的部分の効果の差ではないから、被告らの主張に係る各効果は、別の作用効果を併有するというものにすぎず、加圧ピストンロッドとガイドロッドとを着脱自在に螺合連結固着させるという本件発明の作用効果との同一性には何ら影響しない(むしろ、被告物件には、3段の雌ねじの奥の掃除が面倒であること、雌ねじを傷つけると加圧ピストンロッドやシリンダ自体を交換しなければならず不経済であること、構造が複雑であること、径の小さいガイドロッドの場合には2本のガイドロッドを螺合固着しなければ拡管ゴムの交換ができないこと等の不便な点があるが、これらの点も着脱自在の螺合固着という作用効果の同一性には何ら影響しない。)。
      したがって、均等の第2要件(置換可能性)も満たす。
   (3)  第3要件(置換容易性)について
      脱着自在に螺合固着させる連結機構において、一方を複数の外径の異なる雄ねじに形成し、それとの連結を目的として、その各径に対応させた内径の異なる複数段の雌ねじを形成した連結機構は、争点1(2)で主張したとおり、本件特許出願前の周知技術であったから、当業者が連結管を3段の雌ねじに置換することは容易であった。また、原告は、平成4年4月以降、連結管を設けずに、加圧ピストンロッドに直接ガイドロッドを接続した大径拡管機(甲21の1〜4、甲22の5頁、甲25の1〜5)を製造販売し、その具体的構成を記載した製品カタログ(甲22)や施工マニュアル(甲32、33)を頒布していたから、連結管を用いない構成は、被告製品の製造販売時に周知であり、当業者が連結管を用いない構成に置換することは容易であった。

      被告らの主張する作業の容易化や取扱部品の軽量化という点について反論すれば、作業の容易化の点で、被告物件が本件発明より明らかに優れているとはいえない。軽量化という点も、取扱部品だけの重量比を比較しても意味はなく、装置全体の重量比としてはほとんど変わらないから、この点で明らかに被告物件が本件発明より優れているともいえない(原告が小径拡管機について被告物件のような設計を採用しなかったのは、むしろ、被告物件の構成には、3段の雌ねじの形成や細い径の鋼管の拡管装置の際のガイドロッドの分離という製作上の問題点、雌ねじの奥の清掃という使用上の問題点、雌ねじを傷つけた場合に、加圧ピストンロッド自体の交換という経済上の問題点があったためである。)。
      したがって、均等の第3要件(置換容易性)も満たす。

   (4)  第4要件(非容易推考性)について
      本件発明の特許出願時において、関連発明もなく、特許庁審査官から実体的な拒絶理由の通知を受けることなく特許登録されたことから見ても、被告物件は、本件発明の特許出願時における公知技術と同一ではなかったし、公知技術から出願時に容易に推考できたものでもない。
      したがって、均等の第4要件(非容易推考性)も満たす。
   (5)  第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
      加圧ピストンロッドとガイドロッドとの着脱自在の螺合連結固着手段について、本件明細書には、これを連結管に限定した記載はなく、被告物件の螺合連結固着手段を意識的に除外したことはない。
      被告らの主張する昭和60年2月12日付け手続補正書(乙2)は、本件公報の第1図記載のとおり、ゴム受けが環状突起部に当たってカバー方向(左方向)へ移動不能状態にあることによって初めて拡管させることができるという意味(仮にゴム受けが移動可能状態のままであれば、拡管ゴムの圧縮は始まらず、拡管できないことになってしまう。)を明確にするために、自発的に補正したものであり、特許庁審査官の特許拒絶理由を回避するために付加されたものでも、公知技術を回避するためになされたものでもない。

      したがって、均等の第5要件(意識的除外等の特段の事情)も満たす。 
   (被告らの主張) 
    均等についても、次の各要件を欠くから、被告物件は本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。
   (1) 第1要件(発明の非本質的部分)について  
      本件発明の効果は、「直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、連結管、蓋部枠、ゴム受け、拡管ゴム、ガイドロッド及びナットを取り換えることにより、同一装置で拡管できる」というものであり、このような効果を達成するために、本件発明は、連結管により拡管ゴムを圧縮するストローク量を調節するという技術的思想を採用したものであるから、この連結管は、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分である。原告が本件発明の本質的部分と主張する「薄肉ステンレス鋼管の内部に配置されたゴムを加圧圧縮することにより薄肉ステンレス鋼管を拡管する拡管加工法」は、特開昭53−85766号公開特許公報(乙7)及び特開昭56−9028号公開特許公報(乙8)に見られるとおり、本件特許出願前の公知技術にすぎない。

      また、ゴム受けと環状突出部との間の「隙間」の有無及び拡管ゴム及びゴム受けを「移動不能」とするか否かも、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分である。
      したがって、被告物件は、このような本件発明の本質的部分と相違するから、均等の第1要件(発明の非本質的部分)を満たさない。
   (2)  第2要件(置換可能性)について
      本件発明が、本件明細書の〔発明の効果〕の項記載のとおり、「直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、連結管、蓋部枠、ゴム受け、拡管ゴム、ガイドロッド及びナットを取り換えることにより、同一装置で拡管できる」という効果を有するのに対し、被告物件は、連結管を不要とし、これに代えて加圧ピストンロッドの内周面に3段の雌ねじを形成する方法を採用するとにより、取扱部品が軽量化できたほか、直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合に連結管を交換する手間が省けるものである。このように、両者の効果は明らかに異なるのであるから、連結管の有無にかかわらず、同一の作用効果を奏するということはできない。

      したがって、被告物件は、均等の第2要件(置換可能性)も満たさない。
   (3)  第3要件(置換容易性)について
      連結管を加圧ピストンロッド軸部に3段の雌ねじ部を形成することに置き換えるためには、薄肉ステンレス鋼管のサイズに合った最適な拡管を実施するために、ストローク量を調節するという課題を解決しなければならないが、このような課題解決を伴う置換が、当業者にとって、特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さで想到できるものであったとはいえない。連結管を用いない被告物件の構成は、本件発明と比較して作業の容易化や取扱部品の軽量化といった点において明らかに優れている(大径拡管機について原告が連結管を用いない構成を採用したのも、連結管を用いる本件発明の構成よりも優れていることを認識していたためである。)。

      原告主張の連結管を用いない大径拡管機の製造販売の事実は知らない。仮に同事実が認められるとしても、その製品カタログ(甲22)上、大径拡管機の具体的構成を窺い知ることはできないし、原告の施工マニュアル(甲32、33)も、その出庫台帳(甲23)や管理カード(甲24)を見る限り、特定の顧客に期間限定で貸し出されたにすぎず、当業者であれば誰でも知り得たとはいえない。
      したがって、被告物件は、均等の第3要件(置換容易性)も満たさない。
   (4) 第4要件(非容易推考性)について  
      この点に関する原告の主張は争わない。
   (5) 第5要件(意識的除外等の特段の事情)について
      構成要件Fにいう「連結管」は、争点1(2)で主張したとおり、加圧ピストンロッドとガイドロッドを連結固定するだけではなく、「間隙距離aを調節することができる連結管」を意味していると解釈しなければならないから、このような機能を有しない螺合連結固着の手段は、本件発明から意識的に除外されている。

      また、原告は、本件特許出願手続に際し、昭和60年2月12日付け手続補正書(乙2)において、特許請求の範囲の記載を「…、前記拡管ヘッド部の内部に前記カバー方向へ移動不能に嵌め込まれたゴム受けと、該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に介在させた拡管ゴムと、…」という記載に補正(下線部が補正に係る部分)しており、その外形上、本件発明は、ゴム受けと環状突出部との間の「隙間」をなくし、拡管ゴム及びゴム受けを「移動不能」とするものをその技術的範囲とし、ゴム受けと環状突出部との間に「隙間」を設け、拡管ゴム及びゴム受けを「移動可能」とするものを意識的に除外している。
      被告物件は、「間隙距離aを調節することができる連結管」を有さず、また、ゴム受けと環状突出部との間に「隙間」を設け、拡管ゴム及びゴム受けを「移動可能」としたものであるから、均等の第5要件(意識的除外等の特段の事情)も満たさない。

 3 原告の損害
   (原告の主張)
   (1) 被告株式会社東洋機工 合計2100万円(30万円×200台×0.3+300万円)
      イ号物件及びハ号物件の
     ア 1台当たりの販売又は貸渡額          30万円
     イ 平成13年3月から現在までの販売又は貸渡台数 200台
     ウ 販売額又は貸渡額に占める同被告の利益率    30%
     エ 弁護士費用及び弁理士費用           300万円
   (2) 被告株式会社リケン  合計1100万円(40万円×100台×0.25+100万円)
      ロ号物件及びニ号物件の
     ア 1台当たりの販売又は貸渡額          40万円
     イ 平成13年3月から現在までの販売又は貸渡台数 100台
     ウ 販売額又は貸渡額に占める同被告の利益率    25%
     エ 弁護士費用及び弁理士費用           100万円

   (3) 被告株式会社吉年   合計1100万円(40万円×100台×0.25+100万円)
      イ号物件及びハ号物件の
     ア 1台当たりの販売又は貸渡額          40万円
     イ 平成13年3月から現在までの販売又は貸渡台数 100台
     ウ 販売額又は貸渡額に占める同被告の利益率    25%
     エ 弁護士費用及び弁理士費用           100万円
   (被告らの主張)
   (1) 被告株式会社東洋機工
       同被告が原告主張期間内にイ号物件及びハ号物件10台を販売し、140台を有償で貸し渡した限度で認め、その余は否認する。
   (2) 被告株式会社リケン
      同被告が原告主張期間内にロ号物件及びニ号物件15台を無償で貸し渡した又は自己使用した限度で認め、その余は否認する。
   (3) 被告株式会社吉年

      同被告が原告主張期間内にイ号物件を1台販売し、14台を貸し渡した限度で認め、その余は否認する。ただし、同貸渡しは、PR用の無償貸与にすぎない。
第3 判断
 1 争点1(2)(構成要件F「連結管」の充足性)について
   (1) 本件発明は、本件明細書の特許請求の範囲の記載からすると、「蓋部枠内で加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結固定する『連結管』」(構成要件F)の存在を要件とするものである。
   (2) そこで、本件発明にいう「連結管」の意義について検討すると、本件明細書の発明の詳細な説明によれば、本件発明は、薄肉ステンレス鋼管と継手との接続のために薄肉ステンレス鋼管の端部外周を環状の山型に突起させて拡管する薄肉ステンレス鋼管の拡管装置に関するものである(産業上の利用分野及び従来の技術の項)。そして、従来の技術として記載されている「薄肉ステンレス鋼管と継手の接続機構」に関する考案(実願昭58−2005号、甲19)を前提としても、薄肉ステンレス鋼管の端部を山型に突起させる既存の適当な装置がなかったことから(従来の技術及び発明が解決しようとする問題点の項)、本件特許請求の範囲記載の構成を備えることにより、油圧シリンダを作動させれば、加圧ピストンロッドと連結管を介して連結されたガイドロッドが拡管ゴムの軸心方向の体積を縮小するように拡管ゴムを加圧するため、拡管ゴムが軸心と直交する外向きの方向へその縮小分がはみ出すことによって、薄肉ステンレス鋼管を軸心と直交する外向きの方向へ拡大させ、拡管ヘッド部及びナットのそれぞれのテーパー部が形成する断面形状山型の周溝と同じ形状に拡管させることができる作用を有するものである(作用の項)。これにより、同じ直径の薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、ナットの取り付け及び取り外しだけで薄肉ステンレス鋼管の取り付け及び取り外しができると共に、排給口より圧油を給排することにより加圧ピストンロッドを作動することの2つの操作により拡管することができるため、作業が極めて単純化されて拡管できる。さらに、直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、連結管、蓋部枠、ゴム受け、拡管ゴム、ガイドロッド及びナットを取り換えることにより、同一装置で拡管できるという効果を奏するものである(発明の効果の項)。
      本件明細書の実施例について見ても、第1の実施例では、加圧ピストンロッドやガイドロッド等と対置して、連結管が薄肉ステンレス鋼管の拡管装置の主構成要素の一つとして掲げられ(本件公報3欄43行〜4欄13行)、第1の実施例を示す本件公報第1図ないし第3図においても、連結管7は加圧ピストンロッド3及びガイドロッド10とは別体の管状の部材であることが明示されている。そして、連結管の内部にそれぞれ第1雌ねじと第2雌ねじが形成され、この第1雌ねじは、加圧ピストンロッドの先端部の雄ねじと螺合固着され、第2雌ねじはガイドロッドと螺合固着されるものである(本件公報5欄1行〜7行、5欄28行〜34行、6欄32行〜39行、7欄3行〜5行、第1図、第2図)。このため、加圧ピストンロッドとガイドロッドとは連結管を介して連結されることになる(本件公報7欄22行〜24行)。また、拡管終了後に、次の直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を使用する場合は、ガイドロッドや連結管をいったん取り外すことが予定されている(本件公報8欄9行〜14行)。第2の実施例においても、第1の実施例に比し、ゴム受け及び拡管ゴムを連結部の小径部に外嵌させるようにしたことにより、径の大きな薄肉ステンレス鋼管の拡管に適するという違いがあるだけで、連結管に関する構成は第1実施例と大差ない(本件公報8欄21行〜39行、第5図)。
   (3) 以上のような本件発明の詳細な説明の記載に照らすと、構成要件Fにいう「連結管」は、加圧ピストンロッドやガイドロッドとは別体のものであり、これらと着脱自在に連結固定されるものであると解すべきである。
      これに対し、原告は、複数の外径の異なる雄ねじとの連結を目的として、その径と対応させた内径の異なる複数段の雌ねじとの連結機構が、本件特許出願前の周知技術であった(甲16)ことを根拠として、連結管の内径を3段の雌ねじに形成して螺合連結させることも、本件発明の技術的範囲に属する旨を主張するが、上記(2)で認定した本件明細書の記載と全く相容れないものであるから、採用の限りではない。

   (4) 被告物件は、別紙イ号ないしニ号物件目録の記載から明らかなとおり、加圧ピストンロッドの軸部にガイドロッドの外径に対応させて先端に向って内径が大きくなる3段の雌ねじを形成し、ガイドロッドの先端部に形成された雄ねじを直接加圧ピストンロッドに形成した雌ねじに螺合固着させるものであり、加圧ピストンロッド及びガイドロッドと別体としての連結管を有するものではないから、本件発明の構成要件Fを充足しない(被告物件が「連結管」それ自体を有しない以上、構成要件Fの「連結管」が「間隙距離aを調節することができる連結管」でなければならないか否かを更に検討する必要もない。なお、この点に関する被告物件の具体的構成につき、別紙イ号物件目録ないしニ号物件目録の各f項の下線部記載のとおり、当事者間に争いがあるものの、原告のいう「連結管部」が加圧ピストンロッドと別体でないことは、各添付図面に照らし、明らかであるから、原告被告ら各主張のいずれの構成を前提としても、上記結論を左右するものではない。)。したがって、その余の構成要件の充足性について判断するまでもなく、被告物件は本件発明の技術的範囲に属しない(文言侵害は成立しない)というべきである。
 2 争点2(均等の成否)について
    上記1で判示したとおり、被告物件は構成要件Fにいう「連結管」を欠くものであるが、原告は、被告物件が「連結管」を有しない点で本件発明の文言侵害に当たらないとしても、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する旨主張する。
    特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する対象製品と異なる部分が存する場合であっても、@ 同部分が特許発明の本質的部分ではなく、A 同部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B そのように置き換えることに、当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C 対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。そして、上記@にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付け、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる部分、換言すれば、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような、技術的思想の中核をなす特徴的部分をいうものと解するのが相当である。
    そこで、まず、構成要件Fにいう「連結管」が本件発明の本質的部分に含まれるか否かを検討する。
   (1) 前記1で判示したとおり、本件発明は、薄肉ステンレス鋼管の端部外周を環状の山型に突起させて拡管する既存の適当な装置がなかったことから、そのような薄肉ステンレス鋼管の拡管装置を提供することを課題とする発明であり、そのような課題を解決する手段として、特許請求の範囲記載の構成を採用したものであり、このような構成を備えることにより、油圧シリンダを作動させれば、加圧ピストンロッドと連結管を介して連結されたガイドロッドが拡管ゴムの軸心方向の体積を縮小するように拡管ゴムを加圧するため、拡管ゴムが軸心と直交する外向きの方向へその縮小分がはみ出すことによって、薄肉ステンレス鋼管を軸心と直交する外向きの方向へ拡大させ、拡管ヘッド部及びナットのそれぞれのテーパー部が形成する断面形状山型の周溝と同じ形状に拡管させることができるという作用を奏するものである。

   (2) 原告は、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分が、加圧ピストンロッドとガイドロッドを螺合連結固着させ、加圧ピストンロッドの移動に伴ってガイドロッドを移動させて拡管ゴムを変形させ、鋼管端部を拡管させる点にあり、その螺合連結固着手段にすぎない「連結管」は、本件発明の本質的部分ではない旨を主張する。
      しかし、本件発明の前提とする拡管の原理は、パイプ内部に拡管ゴムを挿入し、油圧によりこれを軸方向の圧縮荷重を加え、拡管ゴムが円周方向へ拡がる力を利用して拡管するというものであり(甲3、32、33)、このようなゴムによる成形それ自体は、株式会社養賢堂発行「新編機械製作上巻(昭和47年2月20日改訂後の第7版)」131頁〜132頁(甲31)記載のように、本件特許出願前の周知技術であったと認められる。したがって、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分が、このような周知の拡管原理自体にないことは明らかであり、本件発明の特徴は、加圧ピストンロッドの移動に伴ってガイドロッドを移動させて拡管ゴムを変形させ、鋼管端部を拡管させるようにした具体的な構成にあるというべきである。

   (3) 本件発明の「連結管」は、特許請求の範囲に記載されているとおり、本件発明の拡管装置において、加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結固定する働きをするものであり、原告が本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分であるとして主張するものの一部をなす「加圧ピストンロッドとガイドロッドを螺合連結固着させ、加圧ピストンロッドの移動に伴ってガイドロッドを移動させる」という作動を生じさせるための、加圧ピストンロッドとガイドロッドとの連結固定手段である。そして、本件明細書においては、本件発明がこのような連結管の構成を採用することにより、前記1で判示したとおり、同じ直径の薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合に限らず、直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合における本件発明の効果として、「直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合においては、連結管、蓋部枠、ゴム受け、拡管ゴム、ガイドロッド及びナットを取り換えることにより、同一装置で拡管できる。」ことが明記されており(本件公報9欄5〜9行)、〔実施例〕の項では、実施例1、2を通じて、連結管が加圧ピストンロッドやガイドロッド等と並ぶ拡管装置の主構成要素として、その構造や作用等が説明されている。また、原告及び被告株式会社吉年のステンレス鋼管の拡管式継手に関するカタログ(甲3、6)に非常に多くの直径の異なる製品が掲載されていることに照らすと、ステンレス鋼管の配管工事業者等(当業者)においては、直径の異なる薄肉ステンレス鋼管に対応した拡管を行うことができるということも、同じ直径の薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合に勝るとも劣らない、重要な問題であると推認される。本件明細書の〔従来の技術〕や〔発明が解決しようとする問題点〕の項にも、本件発明が作業現場における作業能率の向上を実現するための装置と位置付けられていることからしても、直径の異なる薄肉ステンレス鋼管を拡管する場合に、同一の拡管装置を用いる実際的な必要性が高いことがうかがわれる。そして、本件発明の特許出願時に、薄肉ステンレス鋼管の拡管装置において、加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結する連結管の構成が公知技術であったことを認めるに足りる証拠はない。
      これらの事実に照らせば、本件発明の拡管装置は、本件発明の特徴的部分の一部であり、また、本件明細書の〔発明の効果〕の項の上記記載は、単に実施例の効果を付加的に記載したものではなく、本件発明特有の効果として記載されたものとみるのが相当である。
   (4) 上記事実によれば、本件発明は、上記のような本件発明特有の作用効果を生じさせるために、加圧ピストンロッド及びガイドロッドとは異なる構成要素として「連結管」を別体として設けることにより、着脱自在な連結固定を可能としたのであると認められる。したがって、この「連結管」の構成は、本件発明特有の課題解決手段を具体的に基礎付け、かつ、本件発明特有の作用効果を生じさせる部分であり、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分の一部をなすものとして、本件発明の本質的部分であるというべきである。

   (5) そうすると、被告物件は、「連結管」を有しない点で、本件発明の本質的部分において相違するから、上記の均等成立のための第1要件(発明の非本質的部分)を欠く。
     したがって、均等のその余の要件について判断するまでもなく、被告物件は、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとはいえず、その技術的範囲に属さない。
第4 結論
    以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
   
   大阪地方裁判所第21民事部
       
          裁判長裁判官    小  松  一  雄
       
             裁判官        田  中  秀  幸
       
                      裁判官        守  山  修  生




                             イ号物件目録


(商品名)     拡管機「サスフィッター」

(図面の説明) 第1図  断面図
               第2図  分解断面図
               第3図  分解斜視図
(構成の説明)
 ステンレス鋼管などの薄肉ステンレス鋼管の拡管装置であり、次の構成を具備する(下線部は当事者間に争いがある部分であり、本文が原告の、括弧内が被告らの各主張である。以下、各物件目録につき同じ。)。          
a 圧力流体の給排口と連通した大径内孔及び該大径内孔と隣接して小径内孔を有すると共に該小径内孔に隣接して更に中径内孔を有する油圧シリンダと、
b 該油圧シリンダの大径内孔内に摺動自在に設けられたピストン部を有する加圧ピストンロッドと、
c 油圧シリンダの一端側に固定されたカバーと、
d 該カバーと前記ピストン部との間に嵌入されて加圧ピストンロッドをカバーと反対方向へ付勢する復帰ばねと、

e 前記油圧シリンダの他端側に取り外し自在に固定されると共に先端部に拡管ヘッド部を有する蓋部枠と、
f 該蓋部枠内で前記加圧ピストンロッドと薄肉ステンレス鋼管を外嵌するガイドロッドを連結固定する
連結管部に(ために、前記加圧ピストンロッドの軸部に前記)ガイドロッドの外径に対応させて先端に向かって内径が大きくなる3段の雌ねじを形成し、
g 前記拡管ヘッド部の内部に前記カバー方向へ
空引き距離が生じる時にはその距離を移動した後に移動不能になるよう(移動可能)に嵌め込まれたゴム受けと、
h 
該ゴム受けと前記ガイドロッドの段差部との間に介在させた(前記拡管ヘッド部の環状突出部と前記ガイドロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設けて配置された)拡管ゴムと、
i 拡管ヘッド部の外周に設けたねじ部と螺合し、

j かつ、内孔に前記薄肉ステンレス鋼管を挿通したナットからなり、
k 前記拡管ヘッド部とナットとが螺合固定された際に、該拡管ヘッド部の内周面とナットの内周面との連接部に断面形状が山型の周溝が形成されるように、前記両内周面にテーパー部を形成したことを特徴とする
l 薄肉ステンレス鋼管の拡管装置。

(第1図,第2図,第3図省略)



                             ロ号物件目録


(商品名)   拡管機「サスフィッター」「コマ・サスフィット専用拡管機」

(図面の説明) 別紙イ号物件目録の(図面の説明)欄と同じ。

(構成の説明) 別紙イ号物件目録の(構成の説明)欄と同じ。




                             ハ号物件目録


(商品名)     拡管機「サスフィッター」

(図面の説明) 第1図  断面図
               第2図  分解断面図
               第3図  分解斜視図
(構成の説明)
a,b,c,d,e,f
   別紙イ号物件目録の(構成の説明)欄a〜fと同じ。

g1 前記ガイドロッドは、前記連結管部(雌ねじ部)と連結する反対側の端部が小径に形成された第1ロッドと、この第1ロッドの小径部の先端と着脱自在に螺合固着する大径に形成された第2ロッドからなり、

g2 別紙イ号物件目録の(構成の説明)欄gと同じ。

h  該ゴム受けと前記ガイドロッドの第1ロッドと第2ロッドの境界の段差部との間に介在させた(前記拡管ヘッド部の環状突出部と前記第1ロッドと第2ロッドの段差部との間に前記ゴム受けと共に隙間を設けて配置された)拡管ゴムと、

i,j,k,l 
   別紙イ号物件目録の(構成の説明)欄i〜lと同じ。
  
(第1図,第2図,第3図省略)





                             ニ号物件目録


(商品名)     拡管機「サスフィッター」「コマ・サスフィット専用拡管機」

(図面の説明) 別紙ハ号物件目録の(図面の説明)欄と同じ。

(構成の説明) 別紙ハ号物件目録の(構成の説明)欄と同じ。