◆H15. 5.28 東京高裁 平成14(行ケ)591 商標権 行政訴訟事件
平成14年(行ケ)第591号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成15年3月5日
判 決
原 告 株式会社加美乃素本舗
同訴訟代理人弁理士 萼 経 夫
同 館 石 光 雄
同 村 越 祐 輔
被 告 ザ プロクター アンド ギャンブル カンパニー
同訴訟代理人弁護士 松 尾 和 子
同 外 村 玲 子
同訴訟代理人弁理士 藤 倉 大 作
主 文
1 特許庁が取消2001−31244号事件について平成14年10月17日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 争いがない事実等
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,「DON」の欧文字と「ドン」の片仮名文字とを2段に横書きしてなり(以下「DON/ドン」と表示することがある。),商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの。以下同じ。)1条別表第4類の「せっけん類(薬剤に属するものを除く),歯磨き,化粧品(薬剤に属するものを除く),香料類」を指定商品とする登録第2221773号商標(昭和62年12月7日登録出願。平成2年4月23日設定登録。平成12年4月11日存続期間の更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
(2) 被告は,平成13年11月7日,原告を被請求人として,本件商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」についての登録を商標法50条の規定により取り消すことについて特許庁に審判を請求し,同請求の予告登録が平成13年12月5日にされた(甲2の(2))。
(3) 特許庁は,被告の請求を取消2001−31244号事件として審理を行った上,平成14年10月17日,「登録第2221773号商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」については,その登録は取り消す。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年10月29日にその謄本を原告に送達した。
2 本件審決の理由の要点
本件審決の理由は,要するに,被請求人である原告が,本件審判請求の登録
(平成13年12月5日)前3年以内に本件商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」について,本件商標を使用していたことを証明したものとは認められず,また,これを使用しないことについて正当な理由があることを明らかにしていないから,本件商標は,商標法50条の規定により,その指定商品中の「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」について登録を取り消すべきである,というものである。
第3 当事者の主張
1 原告の主張
原告は,本件審判請求の登録前3年以内に本件商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」について,本件商標を使用していたものであり,この点に関する本件審決の認定判断は誤りである。
(1) 「DON」の標章の使用の有無について
ア 原告は,包装容器に「DON」の表示がされた「加美乃素/薬用シャンプーB&P」を平成12年(西暦2000年)12月22日ころ及び平成13年6月11日ころ,「阪急電鉄X創遊営業部宝塚営業課/パラダイスレビューショップ」(兵庫県宝塚市栄町1−1−57)に販売・納入した(甲4,甲11の(1),(2))。原告は,平成13年11月1日以前から少なくとも平成14年8月23日までは,上記商品を継続して販売していたものである(甲10)。
イ 原告は,包装用箱に「DON」の表示がされた「薬用加美乃素シャンプー」を株式会社パルタックに販売納入し,同商品は,同会社の小売店舗に少なくとも平成10年4月1日から同年12月末日まで継続して消費者に販売できる状態で置かれていた(甲3の(1)ないし(3),7,25)。原告が,特定の会社に販売した上記商品が平成11年(西暦1999年)1月7日及び同年2月9日に返品されている(甲12の(1),(2))。このことは,上記商品がそれ以前に上記会社に販売され,その店舗に上記返品がされるころまでの間消費者に販売できる状態で置かれていたことを示すものである。
(2) 本件商標の構成のうち「DON」の標章の使用が社会通念上本件商標の使用と同視し得るか否かについて
ア 次に述べる理由により,本件商標のうち「DON」の標章の使用は本件商標の使用と認められるべきである。
本件商標は,首領,ボス,親分,大人物を意味する「DON」とその称呼の「ドン」を2段に併記してなる商標であり,その上下の関係に格別不自然とされる点はない。そして,「ドン」(DON)は,多くの辞書類において,首領,ボス,親分,大人物を意味する語として記載されており,広く世人に親炙された言葉として「財界のドン」の用例を挙げるまでもなく,日本語として多用されている。このように本件商標は,日本語化し世人に広く親しまれている「ドン」と「DON」の2段併記であり,かような商標の欧文字「DON」に接する取引者及び需要者は,これより「ドン」と称呼し,首領,ボス,親分,大人物の観念を看取するものである。
イ(ア) 商標法50条1項において「継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下,この条において同じ。)の使用をしていないときは」,何人も,その指定商品等に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる旨規定している。
(イ) 上記規定によれば,仮に「DON」のみの登録商標の場合,「ドン」,「どん」の変更使用が当該登録商標の使用と認められることを意味する。また,仮に「ドン」のみの登録商標であれば,「DON」,「どん」の変更使用が当該登録商標の使用と認められることを意味する。
(ウ) 本件商標は,上記ア記載のとおり,首領,ボス,親分,大人物を意味する語として日本語化し世人に広く親しまれている「DON」と,その称呼の「ドン」の2段構成の商標であり,上下各段の称呼・観念が共通であるから,上段の「DON」のみの使用であっても,本件商標と社会通念上同一の商標の使用というべきである。
のみならず,本件商標のように,欧文字とこれに対応する発音(辞書等に記載されたもの)が併記された2段構成の商標にあっては,その意味を考えるまでもなく,上下2段のうちのその一方の使用をもって,本件商標と社会通念上同一の商標の使用と認められるべきである。
ウ なお,欧文字と欧文字に対応する発音(辞書等に記載されたもの)が併記された2段構成の登録商標については,その一方のみの使用をもって,商標法50条1項かっこ書きに規定する「社会通念上同一と認められる商標」の使用として,当該登録商標の使用であるとすることは,特許庁における登録商標の使用の認定基準として運用されてきたものであり,この運用に照らしても,上記の解釈は妥当性を有するというべきである。
エ 前記(1)記載の「DON」の標章の使用において,同文字は,「加美乃素」に比して小さく表示されてはいるが,表示の大小を問わず,識別標識として使用されており,本件商標の使用と認められるべきである。のみならず,商標法50条所定の登録商標の使用は,商標がその指定商品について何らかの態様で使用されておれば十分であって,識別標識としての使用(すなわち,商標の彼此識別など商標の本質的機能を果たす態様の使用)に限定しなければならない理由はないというべきである。
2 被告の主張
(1) 原告の主張(1)の事実は否認する。
(2) 原告の主張(2)は争う。
ア 次に述べるとおり,本件商標「DON/ドン」と「DON」は称呼及び観念において社会通念上同一とはいえない。
(ア) 商標法は1商標1出願の原則(同法6条)に立脚するものであるから,2段併記の構成であっても,1商標として登録された以上全体を1個の商標としてとらえるのが原則であるというべきところ,同法50条1項かっこ書きは,1商標1出願の原則の例外を規定するものであるから,登録商標と同一視できる商標とは,両者を同一視するのが社会通念上自然であり,合理的であり,容易であるときに限定されるべきである。
上記の観点からすれば,登録商標の構成部分あるいは構成文字が2つ以上あり,その両構成部分又は両構成文字の間に称呼上あるいは観念上の関連性がない場合,両構成部分等について2以上の呼称が生ずる場合,若しくは,登録商標が文字と図形等が結合してなる場合であって,その一部のみが分離して使用されるときに,当該一方の構成部分等の使用をもって,当該登録商標の使用と認めることは,1商標1登録主義の原則に反する結果をもたらすという問題がある。
登録商標と使用商標とが社会通念上同一といえるかどうかは,上記の点に留意して,個別具体的事案に即し,合理的になされるべきである。
(イ) 本件商標に関してみると,まず,上段の「DON」の欧文字は,「ドン」と称呼するほか「ディー・オー・エヌ」と称呼することが可能であるし,また,「鈍」,「呑」,「貪」,「丼」などの漢字を充てることも可能である。このように欧文字の「DON」からは,複数の称呼が生ずるほか,複数の漢字表示が想定できるものである。
(ウ) 「DON」,「ドン」は,原告の主張するとおり,首領,ボス,親分,大人物という意味を有しているが,そればかりでなく,スペインなどの男子の敬称として用いられ,我が国においても,「ドン・キホーテ」,「ドン・ジョバンニ」,「ドン・ファン」などの用例で親しまれている。そのほか,「DON」,「ドン」は,ロシア西部の川の名称として使用され,フランス語で「寄付,寄進」の意味を有し,また,爆発音や衝撃音の擬態語でもあるところから,「DONどん」が和太鼓のグループ名として知られ,さらに,「音助どん」などという場合の「どん」や「丼」といった平仮名や漢字が「DON」と欧文字で表記される場合もある。さらに,「どん」の称呼を有する馴染まれた漢字も複数存在する。このように「DON」,「ドン」は,現実に多義的に用いられている。
(エ) 以上から明らかなとおり,本件商標は,2段構成によりなる上下の各 構成部分が称呼及び観念において共通しているものとはいえないから,一方のみの使用をもって安易に本件商標の使用であると断定することはできない。
イ(ア) 登録商標の使用の有無の認定に際しては,登録商標に係る指定商品の 属する産業分野における商取引の実情を十分に考慮する必要があるというべきである。
(イ) これを本件についてみると,「DON」は,「ドン」のほか,「ディー・オー・エヌ」と読むことも可能というべきである。ところで,「DON」の標章が使用されていると原告が主張する商品は日常生活品としてのシャンプーであるが,シャンプーに付された「DON」の標章が「首領,ボス,親分,大人物」を意味するとみるのは普通人の感覚に合わないとするのが自然であり,むしろ,この場合は「ディー・オー・エヌ」と称呼される可能性が大いにある。上記シャンプーについての「DON」の標章のみの使用が,本件商標の使用であるとみるのは容易でない。
(ウ) また,上記シャンプーの具体的な取引状況をみると,原告の主張によれば,「DON」の標章は,上記シャンプーの包装容器に極めて小さく記載されているにすぎない。すなわち,同包装容器の正面に,「髪健やか頭皮ケア」,「ふけ,かゆみを防ぎ健やかな髪のための頭皮環境を整えます」,「いつもご利用くださいましてありがとうございます」との記載の下に「医薬部外品」という記載と並んで小さく表示されているだけであり,特段「首領」等の観念を喚起させるような状況や文脈はなく,上記シャンプーの包装容器に付された「DON」の標章を見た取引者及び需要者において,原告の主張する「首領,ボス,親分,大人物」の観念を生ずるものとは考え難い。
原告は,本件商標のほか,「DO−ON」の欧文字と「ドゥオン」の片仮名文字を2段書きしてなる登録第4207634号商標を有しているところ,別件訴訟(原告が提起した上記商標に係る不使用取消審決の取消訴訟)で原告が提出した証拠によれば,原告は,「薬用加美乃素シャンプー」の包装用箱の右側面に「DO−ON HAUT REFRESHER」と本件商標の構成部分である「DON」の欧文字を2段書きで表示し,同包装用箱の左側面に「ドゥオン オ リフレッシャ」と上記「DON」とを2段書きで表示していることが認められるが,このような使用態様からみても,本件商標の構成部分である「DON」の標章のみの使用をもって本件商標の使用であるということは到底許されないというべきである。
(エ) 上記のとおり,本件商標の上段の「DON」の標章が使用されている 本件商標の指定商品との関係においても,上記「DON」の標章と本件商標とが社会通念上同一であると認めるのは困難である。
第4 当裁判所の判断
1 商標法50条によれば,継続して3年以上日本国内において商標権者,専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは,何人も,その指定商品等に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができ,同審判請求があった場合においては,その審判請求に係る指定商品等についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにした場合を除き,その請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等のいずれかがその請求に係る指定商品等のいずれかについての登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しない限り,その指定商品等に係る登録商標は取消しを免れないとされている。そして,同条1項は,同条にいう「登録商標」の使用には,「書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標,平仮名,片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであって同一の称呼及び観念を生ずる商標,外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標」の使用を含む旨規定している。
なお,商標とは,標章,すなわち文字,図形,記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩の結合であって,業として商品を生産し,証明し,又は譲渡する者がその商品について使用をするもの等をいい(商標法2条1項),また,商標法で標章について「使用」とは,商品又は商品の包装に標章を付する行為,商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し,引き渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,又は輸入する行為等をいう(同条3項(平成14年法律第24号による改正前のもの))とされている。
本件の争点は,原告が,本件審判請求の登録(平成13年12月5日)前3年以内に本件商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」について,本件商標を使用していたと認められるか否かである。そこで,以下この点に関して判断する。
2 証拠(甲10)の「証明願」と題する書面は,その記載からして,阪急電鉄株式会社創遊事業本部の担当部長が特許庁に提出すべく原告の依頼を受けて平成14年8月23日付けで作成したものであること,その内容は,上記阪急電鉄が包装容器の表面の最下部に「DON」の表示のある「加美之素/薬用シャンプーB&P」という名称のシャンプー(商品コード4987046870025)を平成13年11月1日以前から上記作成日時までの間原告から仕入れて同会社レビューで販売していたこと証明するというものであることが明らかであり,また,弁論の全趣旨によれば,原告は,一般代理店を通じた流通ルートではなく,直接販売により販売しているカタログ記載の上記商品についてはその包装容器に「DON」の表示をしていることが認められる。この事実と証拠(甲4,5,11の(1),(2))及び弁論の全趣旨によれば,原告は,その製造に係る「加美之素/薬用シャンプーB&P」という名称のシャンプー(商品コード4987046870025。指定商品中の「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」に属する商品)を平成12年(西暦2000年)12月22日ころ及び平成13年(西暦2001年)6月11日ころ,阪急電鉄株式会社の「創遊営業部 宝塚営業課/パラダイス レビューショップ」に販売・納入しており,同商品を平成13年11月1日以前から少なくとも平成14年8月ころまで継続して,阪急電鉄株式会社の上記営業部に販売納入していたこと,そのシャンプーの包装容器の表面下部には「医薬部外品」の横に本件商標の構成中の「DON」の標章が表示されていたことが認められる。
被告は,「加美之素/薬用シャンプーB&P」という名称のシャンプー(商品コード4987046870025)のカタログ記載の包装容器には「DON」の表示がないところ,証拠(甲11の(1),(2))の売上伝票は,上記カタログ記載のシャンプーが販売されたことは認められるとしても,「加美之素/薬用シャンプーB&P」という名称のシャンプー(DONの表示がされたもの)が販売されたとの証明があったとはいえない旨主張するが,原告は,代理店を通さない直接販売の場合には,上記カタログ記載の商品の包装容器に「DON」の表示をしていたものと認められることは前示のとおりであり,カタログ記載の商品を販売するに当たって,その包装容器の表示を流通ルートにより区別することは格別不自然なこととは考えられない。したがって,上記シャンプーのカタログ記載の包装容器に「DON」の表示がないことのみから,被告主張のように断定することはできない。
しかして,上記シャンプーは,商標法施行令1条別表第4類の「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」に属するものである(平成3年通商産業省令第70号による改正前の商標法施行規則別表第4類の「せっけん類」の項)。
3 次に,本件商標の構成部分である「DON」の使用が社会通念上本件商標の使用と同一視できるか否かについて検討する。
(1) 本件商標は,「DON」の欧文字と「ドン」の片仮名文字とを2段に横書きしてなるものであるが,その構成のうち欧文字の「DON」の語は,英語読みで「ドン」と発音するとされているところ(旺文社「英和中辞典 普及版」1986年重版発行。甲20),現在の我が国における外国語使用の実情にかんがみれば,商標が欧文字等外国語で表示されている場合,その外国語は通常英語風の発音により称呼されるものと認められるから,「DON」の語も一般には「ドン」と発音されるのが自然であると考えられる。そして,「DON」を英語風に発音した「ドン」の語はスペイン語に由来する外来語として我が国に定着しており,広辞苑第5版(1998年11月第5版第1刷発行。乙1)では,@スペインなどの男子に対する敬称,A首領,ボスの意味を有するものとされ,「外国からきた新語辞典[第6版]」(1989年4月第6版第1刷発行。甲14)では,首領,親分,大人物を意味するものとされ,「昭文最新外来語辞典」(昭和57年5月第8刷発行。甲15)では,スペインなどで使われる尊称,首領の意味を有するものとされている。
上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,我が国においては「DON」の語は,一般の取引者及び需要者には,「ドン」と称呼され,また,「スペインなどの男子に対する敬称」,「首領,ボス」といった観念を生じさせるものと認めるのが相当である。そして,本件商標は,「DON」の欧文字が一般的に上記のとおりの称呼,観念を生ずるものであることを前提に,「DON」の語の下段にその一般的な称呼である「ドン」の文字を付加したものと認めるのが相当である。
被告は,「DON」の語は,「ディー・オー・エヌ」の称呼も生ずる旨主張するところ,我が国では複数の語を連ねてなる外来語等の複合語については,これを構成する各語の頭文字(欧文字)を並べてこれを当該複合語の略称とすることがよく行われ,その意味において,「DON」の語について,これを複合語の略称であるととらえて,「ディー・オー・エヌ」と称呼する取引者及び需要者が存在する可能性を否定することはできない。しかしながら,我が国において,「DON」の語が何らかの複合語の略称であるとする記載は公知の一般辞書類には見出せないのであって,取引者及び需要者の中に,「DON」の語を上記の複合語の略称としてとらえ,これを「ディー・オー・エヌ」と称呼する者がいるとしても,それは例外に属すると認めるのが相当である。
被告は,「DON」の語は,ロシア西部の川の名称として使用され,フランス語では「寄付,寄進」の意味を有し,また,爆発音や衝撃音の擬態語であるなど,多義的である旨主張するが,我が国においては,前示のとおり,「DON」の語は,スペインの男子の敬称,首領,ボス等の意味を有する外来語として一応の定着をみているから,本件商標の構成部分として用いられる「DON」の語からロシアの特定の河川名を想起し,あるいはフランス語の「寄付,寄進」の意味を有するものと認識する者がいるとしても,それも例外に属することと考えられる。また,爆発音ないし擬態語の「ドン」,下輩,同僚を呼ぶ場合に名前の下に付ける接尾語の「どん」,「丼」,「曇」等はいずれも本来日本語であるから,これを漢字以外の文字で表記する場合には片仮名文字か,平仮名文字で表記するのが普通であり,「DON」の表記から爆発音や擬態語の「ドン」等の観念を生ずるとは考えにくい。
のみならず,「DON」の語が多義的であるとしても,「DON」の標章は,本件商標の「DON/ドン」のうち欧文字の構成部分と共通するから,これらの標章に接した取引者及び需要者は,両者から同一の観念を看取するのが通常であり,両者で異なる観念を生ずる可能性は低いと考えられる。
(2)ア 上記説示から明らかなとおり,「DON」の欧文字と「ドン」の片仮名文字とを2段に横書きしてなる本件商標とその構成部分である「DON」とは,称呼,観念を同じくするものであり,外観も類似していると認められるから,社会通念上,「DON」の語の使用は,本件商標の使用と同一視できるものと認めるのが相当である。
イ 被告は,原告が「DON」の文字を使用しているとする商品はシャンプ ーであるところ,このような商品に付された「DON」の標章が「首領,ボス,親分,大人物」を意味するとみるのは普通人の感覚に合わないことであり,上記標章は「ディー・オー・エヌ」と称呼される可能性が大きいとし,同商品の取引者及び需要者において,上記「DON」のみの使用が本件商標の使用であるとみるのは困難である旨主張する。しかしながら,特定の商品の取引者及び需要者は,その商標の構成自体から受ける印象によりその称呼,観念を認識するものが一般的であると考えられ,せっけん類等を含む各種家庭用品の購入を通じて得られる経験則に照らしても,商品の種類や性質から,その商品に付された商標をどのように称呼し,その商標がいかなる観念を示すものかを考え,認識するというのは例外に属するというべきである。この点に関する被告の主張は採用できない。
ウ また,被告は,「DON」の標章の使用態様についてみると,「加美乃素/薬用シャンプーB&P」の包装容器の表面には,「髪健やか頭皮ケア」,「ふけ,かゆみを防ぎ健やかな髪のための頭皮環境を整えます」,「いつもご使用くださいましてありがとうございます」等の記載の下に,「DON」の文字が「医薬部外品」という記載と並んで小さく表示されているだけであり,これらの表示において特段「首領」等の観念を喚起させるような状況や文脈はなく,上記各商品の容器に表示された「DON」を見た取引者が,原告の主張する「首領,ボス,親分,大人物」の観念を生ずるものとは考えにくい旨主張する。しかしながら,「DON」の標章が使用されている以上,その標章が小さく,商品又はその容器の目立ちにくい部分に記載されているなどの事情があるとしても,それを見た取引者及び需要者は,通常,スペインなどの男子に対する敬称,首領,ボス等の観念を看取するものと考えられるから,上記のような使用態様であることを理由にこれが本件商標の使用に当たらないということはできない(前記第3の2の被告の主張(2)イの(ウ)後段の主張も,被告の独自の見解であり,採用することはできない。)。
エ なお,商標法6条は,商標登録出願は,商標の使用をする1又は2以上の商品又は役務を指定して,商標ごとにしなければならない旨規定し,1商標1出願の原則を定めているが,この規定は,文字通り,1つの商標ごとに1つの商標登録出願をしなければならないこと,一つ商標出願登録は商品及び役務の区分ごとにしなければならないことを定めたにとどまるものであり,それは一定の商標の使用が既に登録された商標の使用と社会通念上同一視できるかどうかの問題とは直接には関係のないことである。上記アのとおり認定することが1商標1出願の原則に反するといえないことは明らかというべきである。
4 以上によれば,原告は,本件審判請求の登録前3年以内に本件商標をその指定商品である商標法施行令1条別表第4類の「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」に属する「シャンプー」に使用していたことを証明したものというべきである。したがって,その余の点について判断するまでもなく,上記と異なる認定判断の下に,本件商標の指定商品中「せっけん類(薬剤に属するものを除く)」についてその登録を取り消すべきものとした本件審決は,違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官 北 山 元 章
裁判官 青 蛛@ 馨
裁判官絹川泰毅は転補につき,署名・押印することができない。
裁判長裁判官 北 山 元 章