H15. 9. 8 東京高裁 平成14(行ケ)603 特許権 行政訴訟事件

平成14年(行ケ)第603号 審決取消請求事件(平成15年8月25日口頭弁論終結)
          判    決
       原   告      A
       訴訟代理人弁護士   湯 川 二 朗
             同                    道 端 慶二郎
             同    弁理士   石 橋 佳之夫
             同          粕 川 敏 夫
       被   告      特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      中 村 和 夫
       同          瀬 津 太 朗
             同          小 曳 満 昭
             同          宮 川 久 成
             同          伊 藤 三 男

          主    文
          特許庁が不服2001−19584号事件について平成14年10月25日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
    原告は,平成12年10月20日,発明の名称を「パチンコホールで得た景品の換金システム」とする特許出願(特願2000−320926号)をしたものであるが,平成13年2月22日,その願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載を補正し,その後,特許庁から最後の拒絶理由の通知を受けたことから,同年7月13日,特許法17条の2第1項2号の規定に基づき,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載を補正する旨の手続補正書を提出した(以下,この補正書に係る補正を「本件補正」という。)。

    本件特許出願について同年9月19日に拒絶査定がされ,原告は,同年10月3日,拒絶査定の謄本の送達を受けたので,同年11月1日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,同請求を不服2001−19584号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した結果,平成14年10月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年11月12日,原告に送達された。
 2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下,同請求項に係る発明を「本願発明」という。)
 (1) 本件補正前の平成13年2月22日付け手続補正書により補正されたとおりのもの
      通信網を介して注文を受け商品を販売する電子商取引サイトが提供する景品に関する情報を格納するデータベースと,
      通信網を介してパチンコホールにおいて客が獲得した玉の玉数に応じて玉と交換する景品の注文を受け付け,注文を受けた景品に関する景品注文データを出力し,景品の販売を管理するサーバと, 

      パチンコホールに設置され,通信網を介して前記サーバより提供される景品情報に含まれる景品を注文するための情報入力手段と,該情報入力手段により入力して注文した景品及び注文に関する情報を記録した注文済目録を発行する目録発行手段及び注文された景品の品目と個数を記録した注文明細レシートを発行するレシート発行手段を備えたホール端末と, 
      客が持参する景品としての注文済目録と注文明細レシートを買い上げる換場業者に設置され,前記注文済目録と注文明細レシートに記録された景品情報を読み取る注文済目録読取手段と,注文された景品に対応する金額を表示する換場業者端末と, 
      該注文目録読取手段により読み取ったデータとパチンコホールにより送信される注文済目録と注文明細レシートに関するデータとを照合する照合手段と

     からなるパチンコホールで得た景品の換金システム。
 (2) 本件補正に係るもの(補正部分を下線で示す。)
      通信網を介して注文を受け商品を販売する電子商取引サイトが提供する景品に関する情報を格納するデータベース
を有し
      通信網を介してパチンコホールにおいて客が獲得した玉の玉数に応じて玉と交換する景品の注文を受け付け,注文を受けた景品に関する景品注文データを出力し,景品の販売を管理するサーバと, 
      パチンコホールに設置され,通信網を介して前記サーバより提供される景品情報に含まれる景品を注文するための情報入力手段と,該情報入力手段により入力して注文した景品及び注文に関する情報を記録した注文済目録を発行する目録発行手段及び注文された景品の品目と個数を記録した注文明細レシートを発行するレシート発行手段を備えたホール端末と, 

      客が持参する景品としての注文済目録と注文明細レシートを買い上げる換場業者に設置され,前記注文済目録と注文明細レシートに記録された景品情報を読み取る注文済目録読取手段と,注文された景品に対応する金額を表示する表示手段と,該注文目録読取手段により読み取ったデータとパチンコホールにより送信される注文済目録と注文明細レシートに関するデータとを照合する照合手段を有する換場業者端末と
     からなるパチンコホールで得た景品の換金システム。
 3 審決の理由
    審決は,別添審決謄本写しのとおり,本願発明の要旨を本件補正前の本件明細書の特許請求の範囲の請求項1記載のとおり(上記2(1))であると認定した上,本願発明は,特開平11−57178号公報(以下「刊行物1」という。)及び平成7年9月20日プレイグラフ社発行「パチンコ業界用語辞典」記載の本件特許出願前に周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとした。

第3 原告主張の審決取消事由
 1 審決は,本件補正の存在を看過した結果,本願発明の要旨の認定を誤ったものであり,その瑕疵は,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
 2 特許法159条1項(平成14年法律第24号による改正前のもの)は,その前段で,同法53条の規定を同法121条1項の審判に準用するとともに,その後段で,「この場合において,第53条第1項中・・・『補正が』とあるのは『補正(同項第2号に掲げる場合にあっては,第121条第1項の審判の請求前にしたものを除く。)が』と読み替えるものとする」と規定し,拒絶査定に対する不服審判の段階においては,審判請求前にした補正について,補正の却下をすることができないものとしている。
    本件審判事件の審判体は,審決後の平成14年10月28日に至って,「補正の却下の決定」(甲2,以下「本件補正却下決定」という。)を発しているが,上記のとおり,審判段階においては審判請求前にした補正を却下することはできないのであるから,本件補正却下決定は権限のない者のした決定であって無効である。したがって,審決は,本願発明の要旨の認定に当たり,本件補正により補正されたとおりのもの(上記第2の2(2))であるとして認定すべきであったのに,上記第2の3のとおり,本件補正前のもの(上記第2の2(1))であると誤って認定したものである。

 3 被告は,審決に上記の瑕疵が存在することを認めるものの,審決の結論に影響を及ぼさないから取消事由に当たらない旨主張するが,本件補正を看過し,本願発明の要旨の認定を誤った瑕疵の違法性は重大かつ明白なものであり,その瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
第4 被告の主張
 1 本件補正却下決定が無効であること,及び,審決は,本願発明の要旨の認定に当たり,本願発明は本件補正により補正されたとおりのものであるとして認定すべきところ,誤って本件補正前の平成13年2月22日付け手続補正書により補正されたとおりのものである旨認定したものであって,この点において瑕疵があることは,いずれも認める。
 2 しかしながら,審決の取消しは,その結論に影響を及ぼすべき瑕疵がある場合に限られる(東京高裁平成15年2月13日,同庁平成13年(行ケ)第105号事件判決参照)ところ,本件補正による補正箇所はいずれも軽微なものであって,補正の有無によって発明の要旨に実質的な差異をもたらさないから,上記1の瑕疵は,何ら審決の結論に影響を及ぼすものではなく,審決を取り消すべき事由に当たらない。

 3 審査官は,拒絶査定において,本件補正前の平成13年2月22日付け手続補正書により補正されたとおりの発明について通知した拒絶理由が,本件補正に係る発明にもそのまま妥当する旨を説示しており,原告は,拒絶査定に対する不服の審判を請求するに当たり,それについて意見を述べるとともに,必要な補正をすることが可能であった。したがって,本件審判事件において,本件補正に係る発明について特許をすることができない旨の審決をする場合であっても,再度,請求人である原告に意見を述べる機会を与える必要はないから,審決を本件補正に係る発明についてされたものとして扱ったとしても,手続保障の点で何ら問題はない。
第5 当裁判所の判断
 1 審決は,本願発明の要旨の認定に当たり,本願発明は本件補正により補正されたとおりのもの(上記第2の2(2))であるとして認定すべきところ,誤って本件補正前の平成13年2月22日付け手続補正書により補正されたとおりのもの(上記第2の2(1))である旨認定したものであって,この点において審決に瑕疵があることは,当事者間に争いがない。

 2 被告は,上記瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすものではない旨主張するので,この点について検討する。
 (1) 上記1のとおり,本願発明の要旨は,正しくは,本件補正により補正されたとおりのもの(上記第2の2(2))であるとして認定すべきであるから,本件補正に係る本願発明と刊行物1記載の発明とを比較すると,両者は,審決が本願発明と刊行物1記載の発明との相違点として認定した二つの点(審決謄本5,6頁相違点(あ),(い))と同様の相違点を有するほか,さらに,少なくとも,本件補正に係る本願発明においては,景品に関する情報を格納するデータベースが,景品注文データを出力し,景品の販売を管理するサーバに配置されているのに対し,刊行物1記載の発明では,当該データベースが存在することは認められるものの,それがどこに配置されているかは明らかでないという点(以下「相違点(う)」という。)でも相違するものと認められる。

      審決は,相違点(う)についての容易想到性等の判断を,実質的にも形式的にも,何ら行っていないと認められるところ,当裁判所においてその点を判断することは,審判手続において現実に争われ,又は審理判断されていない事項について,審決取消訴訟の審理の対象とするものであって許されないというべきである。そうすると,上記相違点(う)の看過をもたらした本願発明の要旨の認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすべきものであるというほかはない。
 (2) この点に関し,被告は,本件補正による補正箇所はいずれも軽微なものであって,補正の有無によって発明の要旨に実質的な差異をもたらさない旨主張するが,本願発明の要旨認定の誤りが,刊行物1記載の発明との相違点(う)の看過につながったことは,上記(1)において認定したとおりであるから,本件補正の前後において本願発明の要旨に実質的な差異が存在することは明らかであって,被告の主張は採用することができない(なお,審決における発明の要旨の認定に誤りがあり,それが相違点の看過につながる場合には,審決の結論に影響を及ぼすものと解すべきことは,被告引用に係る裁判例も認めるところである。)。

      また,被告は,本件審判事件において,本件補正に係る発明について特許をすることができない旨の審決をする場合であっても,再度,請求人である原告に意見を述べる機会を与える必要はないから,審決を本件補正に係る発明についてされたものとして扱ったとしても,手続保障の点で何ら問題はないとも主張するが,本願発明の要旨の認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは上記(1)で認定したとおりであり,このことと被告主張の手続保障の点とは関係がないというべきであるから,被告の主張は採用の限りではない。
 3 以上によれば,審決は,本願発明の要旨の認定を誤ったものであり,かつ,その認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきものであると認められるから,審決は,瑕疵があるものとして取消しを免れない。

    よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。

     東京高等裁判所第13民事部

         裁判長裁判官     篠  原  勝  美


                   裁判官     長  沢  幸  男


                   裁判官     早  田  尚  貴