◆H15. 6.11 東京高裁 平成14(行ケ)617 特許権 行政訴訟事件
平成14年(行ケ)第617号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成15年4月23日
判 決
原 告 コーニング・インコーポレーテッド
同訴訟代理人弁理士 藤 村 元 彦
同 北 島 恒 之
被 告 特許庁長官 太田信一郎
同指定代理人 大 野 克 人
同 宮 川 久 成
同 涌 井 幸 一
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決の上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が不服2002−10058号事件について平成14年8月6日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1,2項と同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続等の経緯(文末に証拠を掲記した以外は当事者間に争いがない事実又は当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 原告は,平成8年1月25日,発明の名称を「シングルモード光導波路ファイバ」とする発明につき特許出願(平成8年特許願第30106号。平成7年1月26日出願に係る米国特許出願第378780号に基づく優先権を主張。以下「本件出願」という。)をした。特許庁は,上記特許出願を拒絶すべき旨の査定(以下「本件拒絶査定」という。)をし,同拒絶査定の謄本は平成14年3月6日に原告に送達された。
(2) 原告は,本件拒絶査定を不服として,特許庁に対し,平成14年6月6日に同査定に対し審判を請求(以下「本件審判請求」という。)した。特許庁は,同請求を不服2002−10058号事件として審理し,同年8月6日,「本件審判の請求を却下する。」旨の審決(以下「本件審決」という。)をし,同審決の謄本は同年8月19日に原告に送達された。
(3) 原告は,本件審決を不服として,平成14年12月10日,本件審決の取消しを求め,本訴を提起した。
特許庁は,平成15年2月7日,本件審決中に明白な誤りがあったとして,「審決書の理由中,5行目の「30日」を「90日」と,7行目の「上記法定期間」を「上記期間」と,それぞれ更正する。」旨の更正決定(以下「本件更正決定」という。)をし,同決定の謄本は同月19日ころ原告に送達された(甲6)。
2(1) 本件更正決定による更正前の本件審決の理由は,要するに,本件拒絶査定に対する審判の請求は,特許法121条の規定により査定の謄本の送達があった日から「30日」以内である平成14年6月4日までにされなければならないところ,本件審判請求は同年6月6日にされているので,「上記法定期間」経過後の不適法な請求であり,その補正をすることができないものである,したがって,本件審判請求は,特許法135条の規定により却下すべきである,というものである(甲2)。
(2) 本件更正決定は,上記(1)記載の「30日」を「90日」と,同(1)記載の「上記法定期間」を「上記期間」と更正する趣旨のものである(甲6)。
第3 当事者の主張
1 原告の主張する本件審決の取消事由
(1) 本件拒絶査定に対する審判の請求は「査定の謄本の送達があった日から30日以内である平成14年6月4日までにされなければならない」とした本件審決の認定判断の誤り等について
ア 特許庁は,本件拒絶査定に対する審判の請求は,@「査定の謄本の送達があった日から30日以内である平成14年6月4日までにされなければならない」と認定判断した上,この認定判断を前提に,A本件審判の請求は法定期間経過後の不適法な請求であると判断した。
しかしながら,特許法121条1項は,拒絶査定に対する不服の審判はその査定の謄本の送達の日から30日以内にしなければならない旨規定しているところ,本件拒絶査定の謄本の送達日は平成14年3月6日であり,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期限は上記法定期間30日の末日である同年4月5日であるから,上記請求期限を同年6月4日とした上記@の認定判断は明らかに誤りであり,この誤った認定判断を前提とする上記Aの判断も明らかに誤りである。
イ 特許庁は,本訴提起後に,本件更正決定をしたが,同決定は次のとおり違法無効である。
(ア) 特許法に基づく審判事件に対する審決については,判決について更正 決定ができる旨を定めた民事訴訟法257条1項の規定を準用するとの明文の規定はなく,本件更正決定はその法的根拠を欠くものである。
(イ) 仮に,民事訴訟法257条1項の規定が特許法に基づく審判事件に対する審決に類推適用されるとしても,本件更正決定の上記内容は,同項が更正の要件として規定する「誤記その他これに類する明白な誤り」に関するものとはいえず,更正が許される範囲を逸脱している。すなわち,特許法121条は1項は,拒絶査定に対する審判請求の請求期間について上記ア記載のとおり規定している。他方,特許法4条は,拒絶査定に対する審判請求の請求期間を延長する権限を被告に付与しているから,同条に基づき被告が上記請求期間を延長したのであれば,その旨を拒絶査定を受けた者に示さなければならない。しかるに,本件拒絶査定について,かかる職権延長がされたこと及びその延長期間についての原告に対する教示はないから,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間は不明であるというほかなく,これを本件拒絶査定の謄本の送達の日から90日とする根拠は何もない。
(2) 行政不服審査法57条1項等の教示義務違反等について
ア 行政不服審査法57条1項は,行政庁は,不服申立てをすることができる処分を書面で行う場合には,処分の相手方に対して当該処分について不服申立てをすることができる期間を教示しなければならないと規定し,また,同法47条5項も,処分庁が,審査請求をすることもできる処分に係る異議申立てついて決定する場合について,同趣旨を規定しており,したがって,特許庁は,特許出願について拒絶査定をする場合,特許法121条1項の規定する同査定に対する審判請求の請求期間のほか,同期間につき職権で延長された場合には,その旨及びその期間が教示されるべきである。しかるに,本件拒絶査定について,被告はかかる不服申立期間の教示をしなかった。また,本件拒絶査定の謄本から,本件拒絶査定に対する審判の請求期限がいつであるかを読みとることもできない。したがって,本件拒絶査定は,行政不服審査法57条1項又は同法47条5項に違反するものである。
なお,特許法195条の4は,特許法の査定等の処分については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨規定しているが,これは,特許法において不服申立ての途が別途担保されている処分については,行政不服審査法による不服の申立てを認めない旨を規定しているにすぎず,特許法上の処分について,処分の相手方に対する不服申立期間の教示義務を免除する趣旨の規定ではない。
また,特許庁編「工業所有権・方式審査便覧」の「2.手続をする者が在外者である場合(1)」の欄の記載によれば,特許法4条の規定により延長する期間について,出願人が在外者である場合には職権による延長期間を60日とする旨定められているが,同法121条1項に規定する法定期間の職権による延長は被告が処分ごとにその権限に基づいて定めるべきものであり,上記記載の存在をもって,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間を定めたものと解することはできない。
イ 本件出願をした原告の住所は米国であり,原告は在外者であるから,特許法4条の規定により,同法121条1項の拒絶査定に対する審判請求の請求期間(査定の謄本の送達の日から30日以内)は,被告の職権により延長することができるものである。そして,同法4条により期間が延長されれば,上記請求期間はその延長された期間となる。
それ故,仮に,拒絶査定に行政不服審査法の上記ア記載の各規定の適用がないものとしても,在外者がした特許出願について拒絶査定をする場合には,上記各規定の趣旨にかんがみ,職権による上記請求期間の延長の有無及びその期間についての教示がなされるべきである。
ウ 上記のとおり,本件拒絶査定に同査定に対する審判請求の請求期間が教示されていないから,上記請求期間は不明というべきである。
したがって,上記請求期間を90日とし,本件審判請求を不適法として却下すべきものとした本件審決の認定判断は,誤りである。
(3) 特許法121条2項の規定の適用について
ア 特許等の出願の代理を業とする弁理士は,多数の依頼者から出願を並行して代理していることから,その各事務所においては,専任の期限管理担当者を置き,同担当者に出願事件に関する特許庁の各種指令に対する応答期限の管理を任せているのが通常であり,原告代理人らも,その事務所において,「OAノート」(OAとは「Office Action」の略である。)と称する期限管理台帳を作成して備え付け,特定の事務員を期限管理担当者と定めて,その者に上記期限管理台帳に基づく期限管理を任せていた(以下,本件拒絶査定当時の上記期限管理担当者を「本件期限管理者」という。)。そして,上記「OAノート」には,特許庁から発せられる種々の指令がその発行順に羅列・記載され,これとともに上記各指令に対する応答期限が併記されていた。また,同ノートには,その冒頭に,上記応答期限を算出するための期限計算表が添付されていた。
本件期限管理者は,上記期限計算表の計算方式に従わず,在外者に対する拒絶査定に係る審判請求期間について,被告により職権で延長された後の期間を,在外者に対する拒絶理由通知に係る応答期間と同一の期間であるとの錯誤に陥り,上記期限計算表を遵守することなく,本件拒絶査定に対する本件審判請求を平成14年6月6日にするという結果が生じてしまったものと考えられる。
イ 上記のような錯誤が生じたことについては,そもそも,被告が,処分庁としてなすべきものとされている拒絶査定に対する審判請求の請求期間についての教示義務を全うせず,本件拒絶査定の謄本の送達に当たり,同謄本に審判請求の法定請求期間及びこれについての職権延長期間を教示しなかったことに誘因があるというべきである。
特許出願手続における特許庁からの指令に対する応答期限の設定は,特許出願人による手続の懈怠を未然に防止して,迅速な手続の遂行を期し,もって迅速な審査遂行を図るという趣旨に出たものであり,その究極の目的が,発明の保護及び利用を図り,発明を奨励して産業の発達に寄与することにある(特許法1条)ことを勘案すれば,特許出願人側の善意の事務管理の中で生じた錯誤による期間徒過を理由のない手続期限の懈怠と同列に扱うのは相当でない。また,被告が拒絶査定に対する審判請求の請求期間の教示義務を履行していないため,上記のような錯誤等による審判請求の請求期間の徒過の事例が多く発生しているが,かかる状況を放置し,これに対する救済措置を講じないことは,拒絶査定等に対する審判請求に関して,在外者たる特許出願人に日本国民と比較して実質的に不利益を与えるものであり,外国人に対して特許取得手続における内国民との平等を定めたパリ条約2条の規定に違反するというべきである。
なお,ヨーロッパ特許条約122条やドイツ特許法123条等には,本件のような出願人の善良な管理の下での請求期間の徒過に対する救済が規定されており,日本においてのみ,上記のような請求期間の徒過に対する救済を一切認めないとするのは,知的財産基本法17条に定められた国際的整合性のとれた知的財産制度の構築の趣旨に明らかに反する。
以上の点を勘案すれば,本件拒絶査定につき同査定に対する審判請求の請求期間の教示がされていなかったことを誘因として生じた上記錯誤による請求期間の徒過は,特許法121条2項に規定する「その責めに帰することができない理由」によるものに該当するとの解釈がなされるべきである。しかして,本件審判請求について同項を適用すれば,同請求は適法なものというべきである。
2 被告の反論
(1) 原告の主張(1)について
ア 本件審決においては,本件拒絶査定の謄本の原告への送達日が平成14年3月6日であることを認定した上で,被告が職権によって請求期間を60日延長したことを前提として,本件拒絶査定に対する審判請求は平成14年6月4日までにされなければならないところ,本件審判請求は平成14年6月6日にされているので,請求期間経過後の不適法な請求である旨判断したものである。このことからすれば,本件更正決定による更正前の本件審決の理由中の「30日以内」の記載は「90日以内」と記載すべきであったところを誤記したものというべきである。
しかして,本件審決は,本件審判請求が請求期間を徒過した不適法な請求であるとして,特許法135条の規定によりこれを却下したものであり,本件審決の認定判断に誤りはない。
イ 特許法には審決についての更正決定に関する明文の規定はない。しかしながら,審決における誤記の故に当該審決が直ちに違法なものとなるとするのは相当でなく,また,審決の手続を判決の手続以上に厳しく取り扱わなければならないとする合理的な理由があるともいえないから,「明らかな誤記」のある審決については,民事訴訟法257条による判決の更正決定の場合に準じて,更正決定を行うことは許容されるべきである。そして,本件更正決定による更正は,まさに明らかな誤記の訂正に該当するものであることは,上記アの記載から明らかである。
本件更正決定を違法無効ということはできない。
(2) 原告の主張(2)について
特許法195条の4によれば,査定については,行政不服審査法による不服申立てをすることができないとされており,拒絶査定について同法の適用はないと解される。また,特許法施行規則35条は,査定の記載事項を定めているが,同規定には,審判請求の請求期間を拒絶査定書に記載すべき旨の定めはなく,その他にも同趣旨を定めた法令の定めは存在しないのであって,本件拒絶査定に審判請求の請求期間の教示がないことをもって,本件拒絶査定に瑕疵があるということはできない。
仮に,特許法121条1項の拒絶査定に対する審判請求が行政不服審査法57条の「又は他の法令に基づく不服申立」に該当し,同審判請求に同条の規定が適用されるとしても,同法は不服申立期間の教示の方法については,明示ないし限定をしていない。特許庁としては,従前,拒絶査定の謄本を送達するに際し,同謄本に注意書を添付し,「この査定に不服があるときは,この謄本の送達があった日から30日以内に特許庁に審判を請求することができます。」等の記載をし,不服申立期間について注意喚起を行ってきたところであるが,平成4年4月より,送達書類等ごとにしてきた上記のような注意書の添付を廃止することとし,その廃止を通達するとともに,これに代えて,上記注意書をまとめたものを弁理士会を通じて弁理士事務所又は弁理士ごとに予め配布する方法により不服申立期間を教示するものとし,現在もその方法を継続して行っている。
また,特許法4条に規定される職権による期間の延長については,その延長期間を「60日」と定めて基準化し,在外者については一律に職権で延長を認める運用をしており,このことは内部運用を定めるにとどまらず,外部にも公表し周知に努めているところである。なお,従前,拒絶査定書の謄本に「本書に定める期間は特許法4条の規定により職権でこれを60日延長する。」との内容のスタンプ印を押印していたが,昭和62年10月からの特許庁における発送事務機械化システムの稼働に伴い,これを省略することとなった。しかし,スタンプが省略されても,拒絶査定に対する審判請求の請求期間を職権で一律に60日延長する運用に変更はなく,その旨をシステム稼働に伴う変更の1つとして周知に努め,弁理士に対しても,同様に周知を図っている。
このような拒絶査定に対する審判請求の請求期間に関する運用によれば,本件拒絶査定の謄本に注意書の添付がなく,期間延長の表示がないことによって,これに対する審判請求の請求期間の末日が不明になることはなく,同請求期間は,法定期間で「30日」,特許法4条による期間延長がある場合に「90日」であることが明らかというべきである。
したがって,本件拒絶査定は,原告の主張するように,法定の要件を充足しない瑕疵あるものではないし,行政不服審査法57条1項等に違反する違法なものということはできない。
(3) 原告の主張(3)について
ア 特許法121条2項にいう「その責めに帰することができない理由」には,天災地変のような客観的な不可抗力の場合のほか,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお当該期間を徒過するのを回避できなかった場合が含まれる,と解されている。
ところで,原告は,本件拒絶査定に対する本件審判請求を平成14年6月6日にするという結果が生じたのは,本件期限管理者が在外者に対する拒絶査定に係る審判請求期間について錯誤に陥ったためと考えられるが,このような錯誤が生じたことについては,そもそも,被告が,処分庁としてなすべきものとされている拒絶査定に対する審判請求の請求期間についての教示義務を全うせず,本件拒絶査定の謄本の送達に当たり,同謄本に審判請求の法定請求期間及びこれについての職権延長期間を教示しなかったことに誘因があるというべきであるとし,かかる錯誤による請求期間の徒過については,同項の「その責めに帰することができない理由」に該当するものとして,同項の適用による救済がされるべきである旨主張している。
しかしながら,手続の懈怠に起因して依頼人(出願人)の発明が葬り去られないためにも,手続等の代理を業とする代理人は,審判請求手続等の手続に関する知識・情報について熟知しているべきであり,また,手続期間についての対応には万全の注意を払うべき立場にある者であり,仮に,手続の期間に疑義が生じた場合には,その確認をし,必要があれば,特許法4条に基づく期間の延長請求等の手続をすべき責務を負っているともいえる。本件にあっては,原告代理人ら及びその補助員が,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間について再確認・点検を怠り,払うべき万全の注意を欠いた結果,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期限を誤ったものである。原告代理人らが上記請求期限を誤ったことについて,原告は,被告が,処分庁としてなすべきものとされている拒絶査定に対する審判請求の請求期間についての教示義務を全うせず,本件拒絶査定の謄本の送達に当たり,同謄本に審判請求の法定請求期間及びこれについての職権延長期間を教示しなかったことに誘因があるかのようにいうが,同主張が理由のないものであることは前記(2)に述べたこと等から明らかである。
したがって,原告主張の上記事由をもって,特許法121条2項の「その責めに帰することができない理由」に該当するということは到底できない。
イ 原告は,在外者は,拒絶査定等に対する審判請求に関して,日本国民に比べて実質的に不利益を被っている旨主張しているが,特許庁は,在外者については一律に上記審判請求の請求期間を延長する運用をしており,上記審判請求の手続について,在外者を日本国民より不利益に扱っていることはない。特許庁の上記審判請求手続がパリ条約2条等に違反しているとの原告主張は理由がない。
また,原告は,日本において,本件のような出願人の善良な管理の下での請求期間の徒過に対する救済を一切認めないとするのは,知的財産基本法17条に定められた国際的整合性のとれた知的財産制度の構築の趣旨に明らかに反する旨主張するが,特許法121条2項の存在を看過したものといわざるを得ない。
第4 当裁判所の判断
1 原告の主張(1)について
(1) 原告は,特許法121条1項は,拒絶査定に対する不服の審判は同査定の謄本の送達の日から30日以内にしなければならない旨規定しているところ,本件拒絶査定の謄本の送達日は平成14年3月6日であり,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期限は上記法定期間30日の末日である同年4月5日であるから,同請求期限を同年6月4日とした本件審決の認定判断は明らかに誤りであり,この誤った認定判断を前提として本件審判請求を請求期間を徒過したものとして不適法とした本件審決の判断も明らかに誤りである旨主張する。
そこで,検討するに,特許法121条1項は,拒絶査定を受けた者は,その査定に不服があるときは,その査定の謄本の送達があった日から30日以内に審判を請求することができる旨規定しているから,拒絶査定に対する審判の請求は,原則として,その査定の謄本の送達の日から30日以内にしなければならないものである。もっとも,同法4条は,被告は,遠隔又は交通不便の地にある者のため,請求により又は職権で,同法121条1項の規定する期間を延長することができる旨規定しているところ,証拠(甲5,乙1,4)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,手続をする者が在外者の場合,同法4条により延長する期間を60日とするものと定め,同法121条1項に規定する期間も職権で一律に60日延長したこととして取り扱うこととしており,その運用については特許出願等の手続の代理を業とする弁理士をはじめ外部に公表し,周知を図っていることが認められる。
しかして,本件拒絶査定を受けた原告は在外者であるから,同拒絶査定に対する審判請求の請求期間は,同法121条1項に定める30日の期間を60日延長した期間となる。本件審決は,本件拒絶査定の謄本の原告への送達日が平成14年3月6日であることを認定した上で,上記法定請求期間を職権で60日延長したこととする被告の取扱いを前提として,本件拒絶査定に対する審判請求は上記謄本送達の日から90日以内,すなわち同請求期間の末日である平成14年6月4日までにされなければならないと判断したものである。なお,本件審決に「30日」とあるのは「90日」,「上記法定期間」とあるのは「上記期間」の誤記であることは,以上の説示に照らして明らかである。本件拒絶査定に対する審判請求の請求期限を同年6月4日とした本件審決の認定判断に誤りはない。
付言するに,拒絶査定に対する審判の請求期間は特許法121条1項に定められており,同法4条に基づき被告がこれを延長した場合には延長された後の期間が上記請求期間となるものである。このように上記請求期間は客観的に定まるものであり,仮に審決がこの点に関し誤った判断をしたとしても,上記請求期間が不明になったり,変更になったりするものではない。
本件審判請求がなされたのは平成14年6月6日であるから,同請求が上記請求期限を徒過していることは明らかである。原告の上記主張は,その前提において理由がないというべきである。
(2) 原告は,本件更正決定は違法無効である旨主張する。
しかしながら,特許法等の関係法令には,審決に計算違い,誤記その他これに類する明白な誤りがあった場合に更正決定ができる旨の明文の規定はないが,特許法157条2項が審決に理由を記載すべきものと規定しているのは,処分を慎重にさせ,その客観的合理性を担保するとともに,事後の争訟提起に便宜を与えるためであり,かかる理由記載の趣旨のほか,審決の手続を判決の手続よりも一層厳格にする必要も認められないことを考え併せれば,審決の理由に明白な誤りがある場合には,これを更正して審決の名宛人に告知するのが相当であるから,かかる場合には,民事訴訟法257条1項の規定を類推適用して,更正決定をすることができるものと解するのが相当である。
本件についてみると,前記(1)で説示したとおり,本件審決において「30日」とあるのが「90日」,「上記法定期間」とあるのが「上記期間」の誤記であることは明白であるから,この点について更正する旨の本件更正決定に違法はない(なお,同様に本件審決中の「特許法121条」は特許法121条及び4条」と更正するのが望ましいと考えられる。)。
2 原告の主張(2)について
(1) 原告は,本件拒絶査定について,被告は行政不服審査法57条1項等に基づく不服申立期間の教示をしていないし,本件拒絶査定の謄本から,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間がいつであるかを読みとることもできないから,本件拒絶査定は,同法57条1項等違反の瑕疵のあるものである旨主張する。
確かに,行政不服審査法57条1項によれば,行政庁は,審査請求若しくは異議申立て又は他の法令に基づく不服申立てをすることができる処分を書面で行う場合には,処分の相手方に対して当該処分につき不服申立てをすることができる旨及び不服申立てをすることができる期間等を教示しなければならない旨規定し,また,同法47条5項も,処分庁が,審査請求をすることもできる処分に係る異議申立てについて決定する場合につき,同趣旨を規定している。しかし,特許法195条の4によれば,査定等及び同法の規定により不服を申し立てることができないこととされている処分については,行政不服審査法による不服申立てをすることができない旨規定されており,したがって,拒絶査定について同法の適用はないと解される。また,特許法施行規則35条には,査定の記載事項が規定されているが,審判を請求することができる査定について,審判請求の請求期間は記載すべき事項とはされておらず,特許法その他の関係法令にも査定に審判請求の請求期間を記載すべきことを定めた規定は存在しない。そして,この点に関し,原告のような在外者について別異に解釈すべき根拠はない。
したがって,本件拒絶査定に同査定に対する審判請求に請求期間や特許法4条によるその延長期間を記載していなくても,同査定に法令違反の瑕疵があるということはできない。また,その記載がないことにより,審判請求の請求期間が不明になるものでないことも明らかできる。
(2) 本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間は,前記1に説示したとおり特許法121条1項に規定する法定期間30日に特許法4条に基づく職権による延長期間を併せて90日であり,これと同様の解釈に基づき,本件審判請求について請求期間を徒過した不適法なものであるとした本件審決に違法はない。
3 原告の主張(3)について
(1) 原告は,本件期限管理者は,原告主張の「OAノート」と称する期限管理台帳に添付された期限計算表の計算方式に従わず,在外者に対する拒絶査定に係る審判請求期間について,被告により職権で延長された後の期間を,在外者に対する拒絶理由通知に係る応答期限と同一の期間であるとの錯誤に陥り,上記期限計算表を遵守することなく,本件拒絶査定に対する本件審判請求を平成14年6月6日にするという結果が生じてしまったものと推認されるが,このような錯誤が生じたことについては,そもそも,被告が,処分庁としてなすべきものとされている拒絶査定に対する審判請求の請求期限についての教示義務を全うせず,本件拒絶査定の謄本の送達に当たり,同謄本に審判請求の法定期間及びこれについての職権延長期間を教示しなかったことに誘因があるというべきであるとし,かかる錯誤による請求期間の徒過については,特許法121条2項の「その責めに帰することができない理由」に該当するとして,同項の適用による救済がされるべきである旨主張する。
そこで検討するに,特許法121条2項にいう「その責めに帰することのできない理由」とは,天災地変その他客観的に避けることのできない事故のほか,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払っても回避することのできない事情を意味するものと解される。
本件についてみると,証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば,本件拒絶査定がなされた当時,原告から本件出願の手続等を依頼された原告代理人事務所においては,「OAノート」と称する期限管理台帳が作成,備え付けられ,本件期限管理者がその管理に当たっていたこと,上記「OAノート」には,特許庁から発せられる種々の命令,決定等がその発出順に羅列・記載され,これとともに上記命令等に対する応答期限が併記され,かつ,その冒頭には,同応答期限を算出するための期限計算表が添付されていたこと,同期限計算表において,在外者に対する拒絶査定に係る審判請求期間は90日であり,その延長は不可である旨,また,在外者に対する拒絶理由通知に係る意見書の提出期間は3か月であり,さらに3か月以内(商標について1か月以内)の延長が可能である旨が記載されていたこと,原告代理人らが本件審判請求をしたのは本件拒絶査定の謄本が原告に送達された日から3か月経過した平成14年6月6日であったことが認められる。この事実によれば,原告代理人事務所の本件期限管理者は,本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間を,在外者に対する拒絶理由通知に係る意見書の提出期限と誤認し,
その結果,本件審判請求が請求期限である平成14年6月4日を経過してなされることになったものと推認することができる。
原告は,原告代理人事務所の事務員が審判請求期限を上記のとおり誤認したのは,被告が,処分庁としてなすべきものとされている拒絶査定に対する審判請求の請求期間についての教示義務を全うせず,本件拒絶査定の謄本の送達に当たり,同謄本に審判請求の法定期間及びこれについての職権延長期間を教示しなかったことに起因するかのようにいう。しかしながら,特許庁に本件拒絶査定において審判請求期間を教示すべき義務のないことは既に説示したとおりである。また,被告は,特許法4条に規定される職権による期間の延長については,その延長期間を「60日」と定めて基準化し,在外者については一律に職権で延長を認める運用をしており,このことを内部運用として定めるにとどまらず,外部にも公表し周知に努めており(甲5,乙4ないし6),現に,原告代理人事務所に備え付けられた上記「OAノート」にも在外者に対する拒絶査定に係る審判請求期間は90日と記載されているのである。そうすると,原告代理人事務所の本件期限管理者において審判請求期限を誤認し,本件審判請求が請求期間を徒過する事態となったのは,特許庁が本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間を教示しなかったことに原因があるのではなく,原告代理人らないしその補助員である本件期限管理者が本件拒絶査定に対する審判請求の請求期間について確認,点検をするなど万全の注意義務を尽くさなかったことによるものと認めるほかない。
(2)ア 原告は,被告が拒絶査定に対する審判請求の請求期間の教示義務を履行していないため,本件のような錯誤等による審判請求期間の徒過の事例が多く発生しているが,かかる状況を放置し,これに対する救済措置を講じないことは,拒絶査定等に対する審判請求に関して,在外者たる特許出願人等に日本国民と比較して実質的に不利益を与えるものであり,外国人に対して特許取得手続における内国民との平等を定めたパリ条約2条の規定に違反する旨主張する。
しかしながら,特許庁に本件拒絶査定において審判請求期間を教示すべき義務のないこと,また,被告は,特許法4条に規定される職権による期間の延長については,その延長期間を「60日」と定めて基準化し,在外者については一律に職権で延長を認める運用をしており,このことを内部運用として定めるにとどまらず,外部にも公表し周知に努めていることは,既に説示したとおりであり,特許庁が,拒絶査定等に対する審判請求の手続に関して,在外者を日本国民と比較して不利益に取り扱っているということはできない。原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,日本において,本件のような出願人の善良な管理の下での請求期間の徒過に対する救済を一切認めないとするのは,知的財産基本法17条に定められた国際的整合性のとれた知的財産制度の構築の趣旨に明らかに反する旨主張する。
しかしながら,特許法121条2項は,拒絶査定に対する審判を請求する者がその責めに帰することができない理由により同条1項の規定する期間内にその請求をすることができない場合について,救済措置を定めているのであり,本件がこの規定による救済を受けられないのは,原告代理人らないしその補助員が本件拒絶査定の審判請求をするに当たり,万全の注意義務を尽くさなかったことによるものである。上記規定が,他国の制度と比較して著しく合理性を欠くということはできない。原告の上記主張は理由がない。
(3) したがって,本件審判請求について請求期間を徒過したことにつき特許法121条2項にいう「その責めに帰することができない理由」があるとする原告の上記主張は,採用することができない。
4 以上によれば,原告が本件審決の取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,他にこれを取り消すべき瑕疵は見あたらない。
よって,本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官 北 山 元 章
裁判官 青 蛛@ 馨
裁判官 沖 中 康 人