H15.11.18 東京高裁 平成15(行ケ)218 特許権 行政訴訟事件

平成15年(行ケ)第218号 審決取消請求事件
平成15年11月18日判決言渡、平成15年10月21日口頭弁論終結


         判    決
   原   告           株式会社タカラ
   訴訟代理人弁護士   田中齋治、楢崎礼仁、吉久保信一
     同    弁理士   瀬川幹夫
   被   告      株式会社リコス
   訴訟代理人弁護士   飯田秀郷、栗宇一樹、早稲本和徳、七字賢彦、 
              鈴木英之、大友良浩、隈部泰正
   同    弁理士   木下實三、石崎剛、黒田博道、北口智英
              伊藤嘉昭


         主    文
   特許庁が無効2002−35357号事件について平成15年4月23日にした審決を取り消す。
     訴訟費用は被告の負担とする。


                 事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 主文第1項同旨の判決。


第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 本件特許第3031538号に係る発明(名称「歌唱個所指示方法」)は、特願平2−330750号からの分割出願として、平成8年10月17日に特許出願され(特願平8−274802号、遡及出願日昭和57年3月17日)、平成12年2月10日に特許権の設定登録がされ、その後に被告に対して特許権の譲渡がされ、平成14年3月17日に存続期間が満了した。
 原告は、平成14年8月27日、本件特許の無効審判を請求し(無効2002−35357号事件)、特許権者(被告)は、平成14年12月2日に訂正の請求をしたところ、特許庁は、平成15年4月23日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成15年5月2日、原告に送達した。


 2 本件発明の要旨
  (1) 平成14年12月2日付け訂正請求による訂正後の特許請求の範囲(この発明を「本件発明」という。)
 「伴奏に合わせて歌詞を歌うために、文字情報としてあらかじめ記録された歌詞の文字を表示器の画面に表示しておき、この文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、この文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させることを特徴とする歌唱個所指示方法。」
  (2) 上記訂正前の特許請求の範囲(この発明を「訂正前の発明」という。)
 「表示器の画面に歌詞の文字を表示しておき、伴奏の進行に伴ってこの歌詞の歌うべき文字の色を変化させることを特徴とする歌唱個所指示方法。」


 3 審決の理由の要点
 審決の理由は、別紙審決書の理由欄記載のとおりであり、その要点を摘記すると、次のとおりである。
  (1) 原告(審判請求人)の提示した甲第2号証(米国特許第1516277号明細書、特許取得は1924年)、甲第3号証(米国特許第1573696号明細書、特許取得は1926年)及び甲第11号証(米国特許第3199115号明細書、特許取得は1965年)を含め当業者に知られた従来技術に鑑みれば、本件発明は、明細書記載の内容で充分当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。したがって、本件発明である「歌唱個所指示方法」を実現するための構成は、記録装置、記録方法、再生装置及び再生方法が、いずれも当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえるから、特許法36条3項の要件は満たしている。また、本件発明の特許請求の範囲の、伴奏の進行に伴ってこの歌詞の歌うべき文字の色を変化させる、という事項は、明細書記載の発明を機能的に表現したものととらえることができ、発明の構成に欠くことのできない事項を記載したものということができるから、特許請求の範囲の記載は、特許法36条4項の要件を満たしている。

  (2) 本件発明と甲第2号証に記載の発明とを対比すると、原告(請求人)が挙げる下記相違点aないしdのうち、相違点bないしdは進歩性を認めるに足りる相違とはいえない。
 相違点a:甲第2号証の伴奏は生演奏であるが、本件発明はビデオテープをスピーカで再生したものである点。
 相違点b:甲第2号証は歌詞の文字を黒から白に変えるものであるのに対し、本件発明は文字の色を変化させるものである点。
 相違点c:甲第2号証に示したものは、フィルム上の歌詞をスクリーンに投影したものであるが、本件発明の「表示器」はビデオテープを再生するブラウン管である点。
 相違点d:甲第2号証に示したものは、映画館で観客が歌う場合における方法であるのに対し、本件発明はカラオケで個人が歌う場合における方法である点。

 相違点aについては、甲第2号証及び甲第3号証に示されている、伴奏に合わせて歌うという課題を解決する意図の下に、甲第2号証の生演奏に代えてスピーカによる音声を採用することは当然に想到し得る程度のことにすぎないとする原告の主張は、この相違点のみでは、甲第11号証に示されたトーキー技術に鑑みて妥当なものともいえる。
 しかし、本件発明の特許請求の範囲には、「あらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って」とあるように、本件発明は、伴奏があらかじめ記録されているものであり、甲第2号証において、スピーカによる音声を採用するにしても、その伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録することまでは当業者が容易に想到し得るとはいえない。甲第2号証記載の発明における生演奏では、あらかじめ伴奏を記録することは意図されていないし示唆もされていない。

 また、一般のトーキー技術は、画面の動きに音声を一致させるものであることから、あらかじめ音声等を記録することが公然実施された周知な技術であっても、伴奏を記録し、かつ、記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うことは、甲第2号証及び甲第3号証を参酌しても、当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。
 したがって、本件特許が特許法29条2項の規定に違反してされたものいうことはできない。


第3 原告の主張の要点
 1 本件発明の進歩性についての判断の誤り(取消事由1)
 審決は、本件特許出願当時の技術水準の認定を誤った結果、相違点aに係る構成は想到容易でないとして、本件発明の進歩性を肯定した誤りがある。
 本件特許出願当時の技術水準をみると、審決が進歩性を認めた「伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」も、「記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うこと」も、既にカラオケビデオによって当業者により実施されていたことにすぎない。カラオケビデオでは、記録した伴奏の進行に合わせて、所望小節単位ごとに歌詞を画面表示し、その歌詞を歌うことも、一般に行われていた。したがって、これらの点を当業者が容易に想到し得ないとの理由により、本件発明の進歩性を認めた審決の判断は誤りである。


 2 特許法36条3項、4項についての判断の誤り(取消事由2)
 本件特許は、特許法36条3項、4項違反に違反してなされたものである。


第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1に対して
  (1) 審決は、原告(審判請求人)が主張した本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点aないしdについて、相違点aが存在する以上、甲第2号証記載の発明からの本件発明の想到容易性は到底根拠づけることができないとして、本件発明の進歩性を肯定したものである。その判断は、もとより正当であるが、相違点aは、正確に表現するとすれば、下記相違点Aのようになる。なお、相違点b、cも正確に表現すれば、以下の相違点B、Cのようになる。
 相違点A:甲第2号記載の発明は、無声映画で音声情報が記録されず、そのため文字情報と同期するようにあらかじめの記録された音声情報はなく、音声情報に基づく演奏の進行もなく、したがって、記録された音声情報による伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させることもないのに対し、本件発明は、文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、この文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させる点。

 相違点B:甲第2号証記載の発明は、歌詞の文字を低露出による映像から適正露出の白文字に代えるものであるのに対し、本件発明は、文字の色を変化させるものである点。
 相違点C:甲第2号証記載の発明は、フィルム上の歌詞を映写機を介してスクリーン上に投影したものであるが、本件発明の「表示器」は、ビデオ等の再生をするもので、スクリーン上に投影するものに限られない点。
  (2) 相違点aについて、審決は、「(しかし、)本件発明の特許請求の範囲には、あらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴ってとあるように、伴奏があらかじめ記録されているものであり、甲第2号証において、スピーカによる音声を採用するにしても、その伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録することまでは、当業者が容易に想到しうるとはいえない。甲第2号証記載の発明における生演奏では、あらかじめ伴奏を記録することは意図されていないし、かつ記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うことは、甲第2号証及び甲第3号証を参酌しても当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。」とした判断の中で、音声情報と文字情報を同期して記録する点に言及していることから、相違点aについて考察するに際し、原告の主張した相違点aを正確に把握し、前記相違点Aのように理解した上で、本件発明は甲第2号証記載の発明から想到容易でないと判断したものである。この審決の判断に誤りはない。

 すなわち、相違点Aは、特許請求の範囲に記載された本件発明の構成の主要部分である「この文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、この文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させることを特徴とする」という構成に係るものであるところ、甲第2号証記載の発明は、上記の構成を全く備えていない。甲第2号証記載の発明では音声情報である伴奏を記録することは全く意図されていないし示唆もされておらず、演奏者がスクリーン上の色変わりに合わせて伴奏を行っているだけで、この生演奏の伴奏がスクリーン上の色変わりに影響を与えることはあり得ない。このように明らかな相違点Aについて、本件特許出願時の周知技術をどのように参酌しても、その周知技術(仮にそれがカラオケのビデオテープに関するものを含むとしても)には、上記要件を開示したり示唆するものが全くないのであるから、到底本件発明には至らない。
  (3) 本訴における原告の主張は、審判段階での甲第2号証及び甲第3号証に加えて、審判段階では審理対象となっていなかった新たな事実関係(カラオケビデオという従来技術)を主張するものものであり、審決取消訴訟の審理範囲を逸脱する主張として許されないというべきであるが、被告は、念のため、本件特許出願時の当業者の実情を考慮しても、本件発明の進歩性は肯定されるとの主張をするものである。
 すなわち、従来技術としてのカラオケビデオは、伴奏の進行に従って歌詞が大まかな部分ごとにまとめて表示されるというものにすぎず、伴奏の進行中の歌詞の表示の切り替え時点のタイミングさえ一致させておけば足りるものである。本件発明のように、音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録することについては、全く実現していなかったし、これを示唆するような状況もなかった。甲第11号証に開示されたトーキー技術は、審決が述べるとおり、「画面の動きに音声を一致させるものであるから、あらかじめ音声等を記録することが公然実施された周知な技術」ということはできても、映像情報からなる映像フィルムに音声情報がサウンド・トラックのようなものとして合成されたものにすぎず、「文字情報」と同期するように音声情報が記録されているわけではないから、本件発明とは全く異なる。したがって、甲第11号証に記載された発明を甲第2、第3号証と組み合わせても、本件発明には至らない。

 したがって、本件発明の進歩性を認めた審決の判断に誤りはない。

 2 取消事由2に対して
 本件発明を実現するための手段は、本件明細書の発明の詳細な説明中に記載されており、また、特許請求の範囲には、発明の構成が明確に記載されている。審決の判断は正当である。


第5 当裁判所の判断
 原告主張の取消事由1(本件発明の進歩性の判断の誤り)を検討する。
 1 審決の認定及び当裁判所における争点
 審決は、原告が審判手続において本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点として主張した相違点aないしdについて検討し、相違点bないしdは進歩性を肯定するに足りる相違点ではないが、相違点aに係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものではないと判断した。この判断について、原告は、本件特許出願時の技術水準に照らせば、相違点aに係る構成は当業者が容易に想到し得たものであるとして、審決の判断を争っている。一方、被告は、原告の審判時の主張に係る相違点aは、正確には、被告主張の相違点Aのように把握されるべきものであるとした上で、相違点Aに係る本件発明の構成は当業者が容易に想到することができない旨主張している。被告がその主張する相違点Aについて、特に強調する点は、本件発明では、@「音声情報である伴奏があらかじめ記録される」という点、及び、A「(記録した音声情報による)伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させ」ており、そのために、「音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録する」という点である。

 審決は、相違点aに対する判断において、被告の主張する上記@の点については、「本件発明は伴奏があらかじめ記録されているものであり、甲第2号証において、・・・その伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録することまでは当業者が容易に想到し得るとはいえない。」と判断しているが、これと並列的に、「また、一般のトーキー技術は、画面の動きに音声を一致させるものであることから、あらかじめ音声等を記録することが公然実施された周知な技術であっても、伴奏を記録し、かつ記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うことは、甲第2、第3号証を参酌しても容易に想到し得たものとすることはできない。」と判断していることに鑑みると、審決の以上の判断には、理由不足のきらいはあるものの、上記Aの点に対する判断が含まれているものと解することができる。
 争点に関する上述のような状況に鑑み、以下では、まず、2で甲第2号証記載の発明についてみた上、3、4で審決における相違点aないしdについての判断の当否を検討し、5で、被告が相違点Aについて特に強調する「音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録する」点について検討することとする。

 2 甲第2号証記載の発明
  (1) 1924年に特許権が成立した米国特許第1516277号明細書(甲2)には、以下の記載がある。
「本発明は、改良された映画撮影プロセスおよびフィルム、並びにそのようなフィルムを製作するための改良された処理方法に関するものである。本発明は、映画館内で観客全員の合唱を容易にするのに特に有用である。」(1頁9行〜14行) 
「歌を歌っている間中、歌のテキスト全体またはその一節全体をスクリーン上に投影しておき、楽譜の音符と正確に同期させて連続的に、音節あるいは歌詞を観客が歌えるようにして正確に観客を導けば、観客は、大きな興味をもって躊躇なく歌を歌えることがわかった。これは、テキスト全体の光強度すなわち照度と、歌うべき音節あるいは歌詞部分の照度とを歌うべき時に異ならせるシステムによって達成される。テキストは、特定の光強度すなわち照度の下でスクリーンに投影され、これにより、観客はテキストを読むことができ、そしてその(歌うべき)音節あるいは歌詞には、連続的に、すなわち、1つずつ、対照的に目立つ光強度が与えられる。したがって、観客は、適切なタイミングで音楽と完全に一致し、且つ音楽に同期して歌詞を歌えるように導かれる。例えば、テキストは、スクリーン上にぼんやりとして光が弱いものの判読可能な状態で表れるが、(歌うべき)テキストの歌詞部分は、歌うべき音符に合わせて連続的に強い光強度が与えられる。観客は、歌詞の一部分を歌っている間、次に来る歌詞を簡単に見ることができ、光強度調節のコントラストによって正確に導かれ、音楽に合わせて歌うことができる。

 本発明のもうひとつの重要な目的は、拍数表示についての改良された手法を提供し、指揮者がその拍数表示を簡単に追うことができ、間違いや混同が生じないようにすることである。」(1頁27行〜63行)
「この映写フィルムを映写機を通じて走行させると、最初の2拍の間、この歌の歌詞又は1節の歌詞が全てスクリーン上に移される。この歌詞は、・・・黒を背景にして、ぼんやりとして光が弱い状態であるが、読むことはできる。しかしながら、3拍目が始まるとこの歌詞は、連続的に鮮明になり白色を呈する。歌詞が鮮明になった時に、その部分の歌詞を歌う。演奏者又はオーケストラの指揮者は、拍数表示に従い、音楽を歌に合わせて演奏し続ける。そして、観客は容易に、完全に音楽と歌の合った状態を保つことができ・・・る。観客は、先を読んで次に来る歌詞を知ることができるが、(次の)歌詞は、鮮明にだんだん明るくなるので、観客は、適切なタイミングおよびリズムに正確に合わせて歌を歌い続けられる。」(2頁105行〜124行)

「1.音楽の伴奏に合わせて歌うべき歌を投影するプロセスであって、歌を歌っている間中、走行するフィルムから歌のテキストを投影してスクリーン上に映すとともに、歌う人が歌うべき歌詞の音符の演奏と同期して歌詞を歌えるように、同じフィルムから現れる歌詞を順次変化させるようにしたプロセス。」(特許請求の範囲第1項)
  (2) 上記各記載によれば、甲第2号証記載の発明は、伴奏に合わせて歌詞を歌うために、あらかじめ記録された歌詞の文字をスクリーン(表示器)の画面に表示しておき、スクリーン上の拍数表示に従って生演奏される伴奏の進行に伴って、表示されている歌詞の歌うべき部分を歌うべき音符に合わせて連続的に変化させる(例えば、文字の光強度を強くして白色を呈するようにする)ことにより、観客が演奏(伴奏)と完全に合った状態で歌を歌い続けられるようにしたものであると認められる。


 3 本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点bないしdについて
  (1) 審決は、原告の主張する、本件発明と甲第2号証記載の発明との相違点aないしdのうち、相違点bないしdについては、「歌詞の文字の色を甲第2号証に示された、黒から白に変えることに代え、文字の色を他の色に変化させるようにすることは、白を含む特定の色に限定する意味はなく、当業者であれば適宜実施し得る程度のことにすぎない。」(相違点b)、「甲第2号証のスクリーンに代え、歌詞をブラウン管で再生することは、特別な技術的特徴を有さないばかりでなく、特許請求の範囲には、単に「表示器」と表現されており、スクリーンも含む限定であることから、この点は、進歩性の判断に影響しない事項である。」(相違点c)、「伴奏に合わせて歌を歌うという課題は甲第3号証にも示されているが、このような課題を解決したいという欲求は多人数であろうと個人であろうと変わらず、多数の観客に代えて個人にすることは、当然に考えられる程度のことにすぎないばかりでなく、特許請求の範囲には、かかる特徴を表現する記載もない。」(相違点d)、「したがって、請求人(原告)が挙げた相違点bないしdは、請求人(原告)主張のとおり進歩性を認めるに足りる相違とはいえない。」と判断した。当裁判所も、審決と同様に、相違点bないしdは進歩性を認めるに足りる相違ではないと判断するものである。
 なお、被告は、相違点b及びcは、正確には被告主張の相違点B及びCのように認定されるべきであったと主張する。しかし、被告主張のとおりの相違点Bを認定しても、被告主張の相違点Bの「歌詞の文字を低露出による映像から適正露出の白文字に変えること」は、審決に記載された相違点bの「歌詞の文字を黒から白に変えること」と格別異なるものではなく、被告主張の相違点Bを前提としても、同相違点は、本件発明の進歩性を認めるに足りる相違ではないというべきである。また、被告は、相違点Cとして、「本件発明の「表示器」はスクリーン上に投影するものに限られない」と主張するが、本件発明の「表示器」は、特許請求の範囲の記載上何ら限定されておらず、「ビデオテープを再生するブラウン管」や「スクリーン」を含むものであるから、原告主張の相違点Cは、実質上は相違点ではなく、仮に相違点であるとしても、本件発明の進歩性を認めるに足りるような相違点ではないというべきである。


 4 相違点aについての審決の判断について
  (1) 生演奏の伴奏に代えてスピーカによる音声を採用する点について
 審決は、原告が審判手続で相違点aとして主張した「伴奏が甲第2号証記載の発明では生演奏であるのに対し、本件発明ではビデオテープをスピーカで再生したものである点」について、甲第2号証及び甲第3号証に示されている伴奏に合わせて歌うという課題を解決する意図の下に甲第2号証の生演奏に代えてスピーカによる音声を採用することは、当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎないという原告の主張を、甲第11号証(米国特許第3199115号公報、1965年8月3日特許成立)に示されたトーキー技術に鑑みれば、妥当なものである旨、判断している。
 当裁判所も、審決の上記判断、すなわち、伴奏を生演奏の代わりにスピーカにより再生される音声とすることが想到容易であるとの判断、を相当と認めるものである。

 念のため、甲第11号証を検討し、当裁判所の判断を補足すると、次のとおりである。
   ア 甲第11号証には、以下の記載がある。
「本発明は、音響・映像用として使用されるタイプの映像フィルムに関するものであり、この映像フィルムにより、映像、記録された歌詞、音楽及び歌詞を発声するにあたり、同期を取って、相互に適切な時間的関連をもって、瞬時に(その歌詞を)見て、読取り、発声し、及び/又は歌唱できるようにするものである。」(1欄8行〜13行)
「本発明の目的は、次のような映像フィルムの作成プロセスを提供することである。このフィルムは、フィルム映写時に、移動する背景を有し、弱い光で照らされた歌詞の複数行を表示し、かつサウンド・トラック上の単語の発声につき、音声と時間とを関連づけて、その各単語を順次、にわかに強い光に照らされた強調状態とするフィルムである。」(1欄24行〜30行)

「図1は本発明のプロセスの第1ステップを示しており、歌手1が従来の映像用カメラ2で撮影されている。映像フィルム3上に映像が撮影されるのと同時に、同期化されたレコーダ6により音声トラック4が記録テープ5に録音される。・・・図2には本発明のプロセスの第2ステップを概略的に示しており、同期化された音声再生装置7により、サウンド・トラック4を持つテープ5が再生される。オペレータ8は、・・・イヤホンでこのサウンド・トラックを聴く。・・・オペレータは、明瞭でシャープなクリック音を生成する装置11を持っており、その音は空の録音テープ12に記録される。テープには13に示すようなクリック音だけが録音される。・・・クリック音は、各単語の歌唱または発声を開始すべき時にオペレータにより生成され、単語を発声するのに必要な最初の発声サウンドと正確なタイミングで同期化される。・・・図3は第3ステップを示しており、テープ再生装置14および光学式レコーダ15が概略的に示されている。これら装置により、音声テープ上では目視できなかったビート・トラック13が、映像フィルム16のサウンド・トラック上に目視できる状態で記録される。これにより、各単語の発声開始点17と、各単語が明るく照らされるべき時間とが目に見えるかたちで決定される。この転写作業の後、図4のアニメーション・カメラ18により明るく照らすべき単語の開始点を固定するためにフレームの数から表が作られる。図8は本発明の第4ステップを示しており、テープ再生装置14と光学式レコーダ15とが示されている。これらにより、テープ5上の対象の音声全体4が映像フィルム32上に転写され、対象フィルム上に形成されるべき最終的なサウンド・トラックとなる。図4は、本発明のプロセスの第5ステップを概略的に示す。アニメーション・カメラ18を使用して、第3ステップで決定した各単語の開始点で明るく照らされる歌詞を順次撮影する。・・・順次単語を明るく照らされた状態で露光して撮影し、かつマスクされた単語は弱く照らされた状態で撮影して、文字フィルム29のようにする。つまり、このフィルム上に、明るく照らされた歌詞は符号30のように表れ、弱い光に照らされた歌詞は符号31のように表れる。・・・ビート・トラックと同期させ、かつビート・トラックが決定する通りに、各単語に必要なフレーム枚数分撮影し、さらに次の行が映写される画面に表れ、そこから消えるまで続けられる。次に合成フィルムを公知の映画技術により作成する。対象を撮影した映像フィルム3(図1)と、歌詞を撮影した文字フィルム29(図6A)と、サウンド・トラック4を記録したフィルム32(図8)とが、これら各フィルムの最初の部分にある共通基準開始点穴33により、適切に位置決めされて相互に重ね合わされる。」(2欄6行〜3欄49行)
「こうして、明るく照らされる歌詞は、最初に記録された対象の音声表現と様式に同期し、また同時に、弱く照らされる歌詞は、明るく照らされる歌詞の音声が流れる間に順次映し出され、このようにして歌詞は一行ずつ、映写される画面に映し出されては消えてゆくのである。」(3欄67行〜末行)
   イ 上記各記載によれば、甲第11号証に記載された発明は、映像と音声とを同期させて記録し、映像と音声を同時に映写・再生する映像・音響用フィルムの技術(いわゆるトーキー技術)に関するものであって、その特許の成立時期(1965年)からみて、そこに示されたフィルムにあらかじめ音声を映像と同期させて記録するという事項は、公然と実施され、本件特許出願時には周知の技術であったと認められる。この音声がスピーカにより再生されるものであることは、明らかである。 

 さらに、同号証に具体的に示されている内容は、映写時に、移動する背景と歌詞の複数行をスクリーンに表示しながら、サウンド・トラック上の単語の発声について音声と時間とを関連づけて、観客が歌唱する時に単語を発声すべき正確なタイミングで歌詞の各単語を明るい光に照らされた強調状態とするというものである。その映像・音響用フィルムの作成プロセスは、撮影された映像と音声とを同期させて記録した音響・映像フィルムと、歌詞の各単語の歌い出されるべきタイミングを記録したビート・トラックと同期させて歌詞の歌うべき単語を順次明るく照らした状態で撮影した文字フィルムとを合成し、1つのフィルムとするというものであり、この合成されたフィルムを映写すると、音声(演奏)が流れる間に、画面に映し出された歌詞の各単語が、その単語を発声すべき正確なタイミングで順次明るく照らされることになる。
 したがって、同号証に記載のものは、音声(伴奏)に合わせて歌詞を歌うために、あらかじめ記録された歌詞の文字をスクリーン(表示器)に表示しておき、あらかじめ記録された音声情報による伴奏の進行に伴って、表示された歌詞の歌うべき個所(単語)を明るく照らし出す歌唱個所指示方法であるということができる。また、同号証に記載されたものは、音声(伴奏)とスクリーン上に映し出される歌詞の文字(複数単語)、さらには、歌詞の中の明るい強調状態とされる部分(文字)が音声の進行に合致するように作成されているから、音声と歌詞の文字とは同期して記録されているということができる。
   ウ 上記イに認定した映像とスピーカによる音声とを同期させて映写する周知技術としてのトーキー技術、特に甲第11号証が具体的に開示する、音声の進行に同期させて画面上に表示されている歌詞の歌うべき個所(単語)を明るく照らし出すという技術に照らすとき、甲第2号証記載の発明における「生演奏」の伴奏に代えて、あらかじめ記録した音声情報をスピーカにより再生して得られる「スピーカによる」伴奏を採用することは、審決も認めているとおり、当業者が容易に想到し得たことであることは明らかである。

  (2) 伴奏をあらかじめ記録し、記録された伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うことについて
 ところで、審決は、原告主張の相違点aについて、甲第2号証の生演奏の伴奏に代えてスピーカによる音声を採用することは当業者に想到容易なことであると認めつつも、@「その伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」、さらには、A「伴奏を記録し、かつ記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌う」ようにすることは、当業者が容易に想到し得たことではないと判断した。
 しかしながら、上記@Aの点が想到容易でないとした審決の判断は、以下のとおり、是認することができない。
   ア 歌の歌詞を表示画面上に表示するようにしたものにおいて、「伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」、及び、「記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うこと」は、本件特許出願当時、既に、カラオケビデオ等により、日本国内において広く行われていたと認められる。

   (ア) 本件明細書(本件特許公報、甲1)の【従来の技術】の欄には、
「【0002】最近磁気テープに録音された伴奏曲を再生し、それに合わせてその歌詞を歌ういわゆるカラオケ装置が普及してきた。」、
「【0003】また一方で、ビデオテープレコーダーの普及からカラオケビデオテープが市販されるようになった。これは
歌うべき曲の伴奏となる音声情報と、該曲の歌詞となる文字情報と、該曲の背景となる映像情報とが記録されているもので、これを再生すれば、伴奏は勿論歌詞およびその曲に合った背景がブラウン管上に映し出される。」
「【0004】したがって歌詞カードがなくとも歌うことができ、歌詞カードの保管が不要で取扱い易く、また背景から歌に情感がこもる等の利点を有するものの、歌詞は数小節分が表示されるので」

と記載されており、これらの記載(特に下線を付加した部分)に照らすと、伴奏となる音声情報と歌詞となる文字情報とをビデオテープ等の記録媒体にあらかじめ記録しておき、音声情報に基づいて再生される伴奏の進行に伴って、その伴奏が演奏されているときに歌われるべき歌詞の文字の数小節分を画面上に表示するようにすることは、本件特許出願前にカラオケビデオで既に広く行われていたことであり、本件発明も、このカラオケビデオの一般技術を前提として成立していることが明らかである。
 「伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」、及び、「記録した伴奏に合わせて表示される歌詞」を歌うことがカラオケビデオで広く行われていたことは、本件明細書の上記記載のみならず、証拠(甲14、15)の次の記載からも裏付けられる。

 ・昭和53年8月3日日経産業新聞記事(甲14)
 「絵で見るカラオケ用ビデオ・ソフト 東映芸能ビデオ テレビ画面に映し出される記録フィルムと、歌詞に合わせて、気分よく−。こんな効果をねらった絵で見るカラオケ用ビデオ・ソフト=写真=が売り出される。」
 ・昭和55年1月25日 朝日新聞記事(甲15)
 「☆ビデオ付きカラオケ スナックなどで使われている業務用のカラオケにつくビデオ・テープが登場した。・・・
メロディーの流れに従って、歌うべき歌詞がテレビに出てくる仕組み=写真=は、音痴には、多少有効かも。例えば「霧の摩周湖」の前奏とともに、テレビ画面には、湖の情景が写し出され、歌い始めるところにくると、歌詞の一節が字幕として出てくる。「歌詞の書かれた本を片手に、といったわずらわしさもない。アクションもできる。さらに、歌に応じた画面が用意されているので、情緒にも浸りやすい」と開発した東映芸能ビデオ。」   (イ) また、カラオケにおいて、伴奏(音声)に対応する歌詞を表示し、これに合わせて歌うようにすることについては、以下に示されるような相当数の発明、考案が本件特許出願日前に出願、公開されている。
 ・ 特開昭54−114207号公報(甲24)
 「本発明は音楽等の音声信号を再生すると共に、これと対応した歌詩等の文字表示を同時に行なう表示再生装置に関するものである。」(1頁左欄下から6〜4行)、「本発明によれば、音楽、発声等の
音声再生と共にこれと対応した文字が同時に表示されるため、・・・容易にかつ楽しみながら歌唱、語学練習等を行なうことができる。」(3頁左下欄最下行〜右下欄6行)、との記載がある。
 ・ 実願昭55−117330号(実開昭57−40196号)のマイクロフィルム(甲27)
 「親機1はビデオテープ7の収納制御装置であって、そのビデオテープ7には予め主たる流行、リバイバル曲を500〜1000曲程度を、挿絵や歌詞と共に録画録音してある。」(3頁3〜6行)、「スピーカ3から曲目No.125の前奏曲が流れると同時に画面5にその曲の歌手の像や譜面のバック画等の挿絵が出、
タイミングを計るように曲目No.125の歌詞が写し出されるので、これをみながらマイク26で唄えばよいのである。」(5頁1〜5行)、「さらに画面5に映し出される歌詞は曲に合わせて一節ずつ大写しになるので曲に乗り易く、歌い易くなるのである。」との記載がある。
 同様の事項は、特開昭54−116905号公報(甲25)及び特開昭56−119582号公報(甲26)にも開示されており、映像と歌詞と伴奏をビデオテープにあらかじめ記録しておき、伴奏の進行に伴って、画面上に表示される歌詞を所望の小節分単位で変化させることは、常識化していたことが裏付けられる。
   イ 以上のように、「伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」及び「記録した伴奏に合わせて表示される歌詞」を歌うことは、本件特許出願当時、既にカラオケビデオで一般的に行われていたことなのであるから、このような技術水準を前提とするとき、甲第2号証記載の発明の生演奏による伴奏に代えて、スピーカによる音声(伴奏)を採用し、その際、「伴奏をビデオテープ等の記録媒体にあらかじめ記録し」、かつ「記録した伴奏に合わせて表示される歌詞」を歌うことも、当業者であれば、容易に想到し得たことというべきである。

 したがって、「伴奏をビデオテープ等何らかの記録媒体にあらかじめ記録すること」及び「伴奏を記録し、かつ記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うこと」は、一般のトーキー技術及び甲第2、第3号証を参酌しても当業者が容易に想到し得たものとはいえない旨の審決の判断は、本件特許出願当時の技術水準を正当に評価しておらず、誤りであるといわざるを得ない。

 5 被告の主張(文字情報と音声情報とを全部にわたって同期させることはカラオケビデオの周知技術からは示唆されない)について
  (1) 被告は、従来技術としてのカラオケビデオを考慮に入れても、本件発明の進歩性は肯定されると主張する。被告の主張は、従来技術としてのカラオケビデオは、伴奏の進行に従って歌詞を大まかな部分(例えば数小節分)ごとにまとめて表示するにすぎず、伴奏の進行中の歌詞の表示の切り替え時点のタイミングさえ一致させておけば足りるものであるのに対し、本件発明は、「音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録する」ものであり、上記のように音声情報(伴奏)と文字情報(歌詞)とを同期して記録することは、カラオケビデオでは実現されていなかったし、これを示唆するような状況もなかったから、カラオケビデオの周知技術を考慮しても、本件発明は当業者が容易に想到し得たものではなく、審決も相違点aに関して本件発明では音声情報が文字情報と同期して記録されるという点を正当に評価した上で、想到容易ではないとの判断をしているのであって、結局、審決の判断に誤りはない、というものである。

 そこで、被告の上記主張について、以下に検討する。
  (2) 音声情報と文字情報とを「同期」して記録することに関する特許請求の範囲の記載は、「文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、この文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させる」というものであり、その文脈上、同期して記録されるものが文字情報(歌詞)と音声情報(伴奏)であることは明らかである。しかし、そこにいう「文字情報と同期するように音声情報を記録する」ことの技術的意義や、「音声情報からの伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させる」ことと「同期するように記録」することとの関係は、特許請求の範囲の記載からは明確ではない。
 そこで、本件明細書中の発明の詳細な説明を参照すると、上記特許請求の範囲に記載された構成に関連する説明は、本件明細書の発明の詳細な説明欄の【発明を実現するための手段】の段落【0011】から【0014】にあり、そこには、記録再生装置としてビデオテープレコーダ等を用いる場合を例にとって、次のような説明がされている。

 「【0011】第2図において、1は伴奏曲に適する背景となる映像情報を混合器2に供給する映像情報供給装置であり、3はその曲の歌詞を文字情報として混合器2に供給する文字情報供給装置である。4は・・・文字情報に着色を行う色調変調器である。この色調変調器としては、例えばビデオ編集などに通常用いられている色調調整器を用いることができる。
 【0012】これら映像情報と文字情報及び上記色調変調器によって文字情報のうちの前記音声情報の進行に伴って歌うべき文字に着色された文字情報は、混合器2で混合された後、音声情報供給装置5が発生する伴奏曲としての音声情報と混合器6により混合され、ビデオテープレコーダ等の記録装置にて記録される。
 【0013】このとき、文字情報は音声情報と同期するように記録される。例えば、前述した曲「城ヶ島の雨」を記録する場合においては、「雨が降る降る城ヶ島の磯に」にという歌詞に対応する伴奏が始まる直前から終わる直前まで(または直後)まで「雨が降る降る」という歌詞が映し出されるように混合されるとともに、伴奏が進むにつれて歌うべき歌詞の色が変化するように記録される。

 【0014】すなわち「雨が降る降る城ヶ島の磯に」という歌詞を示す文字が例えば白色で映し出され、伴奏の進行に伴って最初は「雨」の文字が、さらに「降」の文字がと、以下順に「に」の文字まで順に赤くなるように記録される。」
  (3) 上記説明及び図2によれば、本件発明では、背景となる映像情報と歌詞である文字情報(及び歌うべき文字に着色された文字情報)とを混合器2で混合したもの(映像・文字情報)が、混合器6において音声情報(伴奏)と同期するように混合された後、ビデオテープレコーダ等の記録再生装置7にて記録されるのであり、そのように混合したものが記録される結果として、「雨が降る降る城ヶ島の磯に」という歌詞に対応する伴奏が始まる直前から終わる直前(または直後)まで、「雨が降る降る城ヶ島の磯に」という歌詞が映し出される」とともに、「伴奏が進むにつれて歌うべき歌詞の文字色が変化する」ことになるというのである。そうすると、本件発明において、表示画面に表示された歌詞の文字の色が変化していくのは、記録装置で音声情報と映像・文字情報とが同期して記録される時点で、既に、文字情報が「歌うべき文字に着色された文字情報」となっているからにほかならない。

 そして、映像に文字をはめこんで着色することに関しては、被告が「本件特許出願当時、ビデオ編集用の機材を用いて文字に着色する技術が既に周知技術であったこと」(被告証拠説明書)を立証する証拠として提出した乙第1号証(「ラジオ技術’81−5月号臨時増刊」昭和56年発行)に、「上段の写真は絵の中に文字をはめこんだ例。字のワクをとったり、その中に色をはめこんだりすることができるが、元の字は黒字に白でぬかれた写植文字である。その信号を処理してワクどりをしたり色をつけたりする。左写真のタイムコード・ジェネレータは、このアドレスによって絵の編集や絵と音の正確な同期をとっている。・・・編集する部分にアドレスを打ちこんでおくと、それによって自動編集ができる。」、「絵の中に文字をはめこんだり、その文字に色をつけたり、ワクどりをするのはキーイングといわれる。」、「文字を入れるキーイング 絵の中に文字をはめこむ、つまり、スーパーインポーズを作るのはキーイングといわれる。これはフライング・スポットのスキャナー・・・の中で、黒地に白で書かれた写植文字、もちろん手書き文字でもよいが、それらをKEYというキーで読みとらせて、それを入れる他の絵の信号を文字のKEY信号で切りぬき、そこに100〜110%の白(輝度)を加えれば白文字になり、その部分に色を加えれば色文字になる。・・・この文字信号を発生させるのがフライング・スポットで、それを他の絵と合成するのがプロダクション・スイッチャである。」(223頁最左欄)として、「映像の中に文字をはめこみ、文字の色を変化させる」ことが記載されており、これによれば、ビデオ編集用の機材を用いて文字に着色をすることは、本件特許出願前に周知の技術であったと認められる。
  (4) ところで、被告は、本件発明のように「音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録」することは、従来技術のカラオケビデオでは実現されていなかった、と主張する。
 音声情報を文字情報(歌詞)の「全体にわたって同期する」ように記録することは、本件明細書の特許請求の範囲に記載された事項ではなく、発明の詳細な説明を参照しても、音声情報と文字情報との同期に関しては、映像情報と文字情報とを混合したもの(映像・文字情報)を、さらに音声情報と混合して記録するということ、そして、その結果、伴奏の対応する歌詞(例えば、曲の「雨が降る降る」という部分の伴奏に対応する「雨が降る降る」という歌詞の文字)が表示されるということしか開示されていない。

 そこで、被告の主張する「音声情報を文字情報の全体にわたって同期するように記録」することを本件明細書の上記開示内容のとおりのものとしてとらえるなら、カラオケビデオの従来技術においても、本件発明と同じように、曲の進行に伴って伴奏に対応する歌詞の文字が映像とともに画面に表示されるのであるから、音声情報(伴奏)と文字情報(歌詞)とは、本件発明におけるのと同等の意味において「同期して」記録されるものであることが明らかである。
  (5) もっとも、被告が本件発明が従来技術のカラオケビデオと異なる点として強調しているのが、記録した音声情報による伴奏の進行に伴って歌詞の歌うべき個所の文字色を変化させて指示する点であることを考慮し、被告の上記主張を善解すれば、被告のいう「音声情報である伴奏を文字情報としての歌詞の全体にわたって同期するように記録する」とは、「伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させるように記録する」ことを意味しているとも解し得る。この場合、本件明細書中に明示の説明はないものの、そこに開示された映像・文字情報と音声情報との混合及び記録の方法に徴すれば、本件発明において「伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字の色を変化させ」るためには、まず、音声情報の進行に伴った(同期した)着色がされた文字情報を用意し、しかる後に、この文字情報と音声情報とを同期するように記録することが必要であることは明らかである。そうすると、被告のいう「全体にわたって同期するように記録する」ことの中には、本件明細書中に説明された文字情報と音声情報とを同期して記録すること(この点に限れば従来のカラオケビデオも同じである。)

と、音声情報(伴奏)の進行に伴った着色がされた文字情報を作成し記録することの両方が含まれることになる。
 しかしながら、伴奏の進行に合わせて文字表示の属性を変化させた文字情報をあらかじめ作成し、これを記録することによって、伴奏の進行に伴って文字情報としての歌詞の歌うべき文字を変化させるようにすることは、審決が判断の比較対象とした(審決書10頁23〜39行)甲第2、第3、第11号証に示されている。すなわち、甲第2、第3号証には、伴奏(生演奏)の進行に伴って、表示されている歌詞の歌うべき部分を歌うべき音符に合わせて連続的に変化させるように歌詞の文字の表示態様を変えた文字情報を作成することが示されているし、甲第11号証には、あらかじめ記録された音声情報の進行に伴った(同期した)変化を加えた文字情報(歌うべき文字が明暗(白黒)で強調表示された文字情報)を作成することが記載されている。

  (6) 以上に認定した事実を踏まえて、本件発明の進歩性について判断する。
 まず、音声情報(伴奏)と映像・文字情報とを同期させて記録しておき、これを再生することにより、伴奏の進行に合わせて、画面上に歌われるべき歌詞の文字を数小節ごとに表示すること(このようにすることにより、画面に表示される歌詞の文字は、伴奏の進行に伴って、数小節単位で変化することになる。)がカラオケビデオで一般化していたことは、前示のとおりであり、この点は被告も認めている。
 一方、1920年代には、既に認定したとおり、伴奏の進行に伴ってスクリーン上に表示された歌詞の文字の歌うべき箇所の光強度を強くする(文字を明るく(白色)に変化させる)ことによって歌唱個所を指示するという発明が存在しており(甲2)、さらに、1960年代には、音響・映像用フィルムに音声情報としての伴奏と文字情報としての歌詞とを同期させて記録しておき、フィルム映写時には伴奏の進行に伴って歌詞の歌うべき部分を、各単語を発生すべき正確なタイミングで、単語ごとに順次明るく表示していくことによって指示するという歌唱個所指示方法の発明(甲11)も存在していた。これらは、映画の技術ではあるが、そこにおける画面に表示された歌詞の歌うべき個所を指示するという課題は、本件発明の課題と共通するものであり、また、これらの発明には、画面に表示された歌詞の文字の中の歌うべき個所を、文字の表示態様を変化させることによって示す、という考えが明確に示されている。しかも、これらの従来技術には、音声情報の進行に伴った(同期した)変化を加えた文字情報(歌うべき文字が明暗(白黒)で強調表示された文字情報)をあらかじめ作成することも示されている。

 そうすると、伴奏の進行に伴って映像と共に表示されている歌詞の文字の中の歌うべき部分の光強度を変化させることにより歌唱個所を表示(指示)するという、歌唱個所指示方法の従来技術を基礎とし、歌唱個所の指示を文字の明暗(白黒)ではなく色の変化によって行うこととし(この点が容易に想到し得ることは審決も認めるとおりである。)、これを、その後に普及して周知となったカラオケビデオの「文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、文字情報としての歌詞を表示する」という技術と組み合わせることによって、「文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、文字情報としての歌詞を表示し、その表示された歌詞の歌うべき文字の色を変化させる」歌唱個所指示方法とすることは、当業者が容易に考えつく程度のことというべきである。そして、映像に重ねて表示される文字に着色をすることが本件特許出願当時、ビデオ編集における周知技術であったことは前示のとおりであるから、文字情報と音声情報とを同期させて記録したものにおいて表示される文字が適切なタイミングで着色される(変わる)ようにすることも、上記周知技術を前提とするとき、当業者であれば容易になし得たことであるということができる。
 (7) 以上によれば、文字情報と同期するようにあらかじめ記録された音声情報からの伴奏の進行に伴って、歌詞の歌うべき文字の色を変化させる、という被告主張の相違点Aに関わる本件発明の構成は、その着想及び実現手段のいずれの点からみても、当業者が容易に想到し得たものというべきである。


 6 補足(審理範囲に関する被告の主張について)
 被告は、原告がトーキーによる周知技術や甲第11号証などの公知技術に基づいた主張をすることは、申立書に記載された「請求の理由」の要旨を変更するものであって、許されず、また、本訴でそのような主張をすることは、審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものであると主張する。
 しかしながら、審決に記載されたところによれば、原告は、審判手続において、「この相違点は甲第3号証に示された内容や本件特許出願当時の技術水準等に基づいて当業者が容易に想到できたものである。」、「以上のとおり、本件発明の甲第2号証との相違点である前記aないしdの点は、甲第3号証及び本件特許出願前に日本国内において公然実施された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。」(審決書5頁5,6行、同27〜30行)と主張したことが認められるから、本訴において原告が出願時の技術水準や周知技術の主張をすることは、審判時における「請求の理由」の要旨を変更するものとはいえない。

 また、審決も、原告主張の相違点aに関する判断において、「この相違点のみでは、甲第11号証に示されたトーキー技術に鑑みれば妥当なものともいえる。」(10頁24〜25行)、「また、一般のトーキー技術は、画面の動きに音声を一致させるものであることから、あらかじめ音声等を記録することが公然実施をされた周知な技術であっても、伴奏を記録し、かつ記録した伴奏に合わせて表示される歌詞を歌うことは、甲第2号証及び甲第3号証を参酌しても当業者が容易に想到し得たものとすることはできない。」(10頁下から5〜1行)と説示しており、審決が周知技術としてのトーキー技術や当業者の技術水準を考慮し、審理の前提としたことは明らかであるから、本訴において原告が本件特許出願時の周知技術や技術水準についての主張立証をすることは、審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものではない。
 被告の上記主張は採用することができない。

 7 結論
 以上のとおりであるから、本件発明についての特許が特許法29条2項に違反してされたものではないとした審決は、誤りであり、取消事由1は理由がある。
 よって、審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。

 東京高等裁判所第18民事部

     裁判長裁判官   塚  原  朋  一


               裁判官   古  城  春  実


        裁判官   田  中  昌  利