◆H15. 2.17 東京高裁 平成15(行ケ)39 特許権 行政訴訟事件
平成15年(行ケ)第39号 審決取消請求参加事件(被参加事件・平成13年(行ケ)第88号)(平成15年2月3日口頭弁論終結)
判 決
参加人 住化武田農薬株式会社
訴訟代理人弁護士 品 川 澄 雄
同 弁理士 青 山 葆
同 岩 崎 光 隆
同 田 中 光 雄
同 田 村 恭 生
被参加事件原告(脱退)武田薬品工業株式会社
被 告 特許庁長官 太 田 信一郎
指定代理人 竹 林 則 幸
同 森 田 ひとみ
同 一 色 由美子
同 宮 川 久 成
主 文
特許庁が訂正2000−39037号事件について平成13年1月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
参加人は,名称を「グアニジン誘導体,その製造法及び殺虫剤」とする特許第2546003号発明(特願昭63−332192号に基づく優先日を昭和63年12月27日,特願平1−23589号に基づく優先日を平成元年1月31日,特願平1−187789号に基づく優先日を同年7月19日とする国内優先権主張,平成元年12月22日出願,平成8年8月8日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被参加事件原告は,平成12年4月7日,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下,願書に最初に添付した明細書を「当初明細書」といい,平成7年1月31日付け手続補正書による補正後のものを「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の訂正(以下「本件訂正」という。)をすることについて審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2000−39037号事件として審理した上,平成13年1月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月5日,被参加事件原告に送達された。
参加人は,被参加事件原告から本件特許に係る特許権を譲り受け,平成15年1月17日その旨の登録を経由し,被参加事件原告は訴訟から脱退した。
2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,7の記載
【請求項1】
式
(省略)
[式中,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチルを,R2aは水素を,R3aはメチルアミノを,Xaはニトロを示す。]で表わされるグアニジン誘導体またはその塩。
【請求項7】
式
(省略)
[式中,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチルを,R2aは水素を,R3aはメチルアミノを,Xaはニトロを示す。]で表わされるグアニジン誘導体またはその塩を含有する殺虫剤組成物。
3 本件訂正の要旨
(a) 特許請求の範囲の請求項1,7の式の「R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチル」を「R1aは2−クロロ−5−チアゾリル」に訂正する(以下「本件訂正(a)」という。)。
(b) 当初明細書10頁20行目以下に挿入された箇所の(1)及び(7)(特許公報4頁上欄の式[J’]及び5頁中欄の[J’])の定義中,「R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチル」を「R1aは2−クロロ−5−チアゾリル」に訂正する(以下「本件訂正(b)」という。)。
4 審決の理由
審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件訂正は,平成6年法律第116号附則6条の規定により,なお従前の例によるとされた平成5年法律第26号により改正された特許法126条1項ただし書1号ないし3号のいずれにも該当しないものであるか又は同条2項の規定により許されないものであるとした。
第3 参加人主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件訂正が誤記の訂正に該当しないとした判断の誤り)
審決は,「訂正前の請求項1或いは請求項7の記載を見て,化学構造式におけるR1aの定義として『R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチル』とあるのが誤記であると判断できるものとは到底考えることができない」(審決謄本5頁第1段落)としているが,誤りである。被参加事件原告は,平成7年1月31日付け手続補正書による補正において,R1aを「2−クロロ−5−チアゾリル」と定義すべきところ,錯誤により「2−クロロ−5−チアゾリルメチル」と記載してしまったものである。「化合物A」(注,審決謄本3頁の式[A]で表される化合物,以下同じ。)が当初明細書の開示範囲を超えたものであり,本件明細書の発明の詳細な説明の実質的な開示が「化合物B」(注,同4頁の式[B]で表される化合物,以下同じ。)に関するものであるところからすれば,上記補正後の請求項及び発明の詳細な説明の対応箇所のみに「化合物A」が記載されていることは不自然である。また,2−クロロ−5−チアゾリル基にメチル基のついた化合物は当初明細書及び本件明細書の開示範囲を超えるものであり,一方,当該メチル基のない化合物のみが,当初明細書においても,本件明細書においても具体的な実施態様によって支持されているところからすれば,上記補正が,当該メチル基のない化合物への限定を目的としたものであって,メチル基を付したのは錯誤によるものと理解するのは極めて自然なところであり,本件訂正が,誤記の訂正に該当することは明らかである。
2 取消事由2(本件訂正が明りょうでない記載の釈明に該当しないとした判断の誤り)
審決は,本件訂正が明りょうでない記載の釈明に当たらないとしている(審決謄本6頁第2段落)が,誤りである。審決は,「請求項1が『化合物A』で,発明の詳細な説明に『化合物A』とそれに類似した化合物を含む多くの化合物(化合物Bも含む。)が記載されている」(同)とし,請求項の記載と発明の詳細な説明の記載に不一致はないから,明りょうでない記載があるものということはできないとするが,発明の詳細な説明における「化合物A」は,請求項の繰返しであって,「化合物A」が明細書の記載要件を満たすほどに記載されていない。元来,「化合物A」は,本件発明の範囲外のものであり,当初明細書及び本件明細書には,「化合物A」の具体的な開示はなく,その発明の詳細な説明の記載は実質的に「化合物B」についてのものであることは明らかである。このように,実質的な記載が「化合物B」についてのものであるにもかかわらず,請求項には「化合物A」が記載されていることは,請求項と発明の詳細な説明の記載が一致していないことになり,明りょうでない記載である。
3 取消事由3(本件訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものであるとした判断の誤り)
審決は,「本件訂正(a)が,特許法第126条第1項ただし書第1号〜第3号のいずれかに該当したとしても,実質上特許請求の範囲を変更するものである」(審決謄本7頁第3段落以下)とするが,誤りである。上記のとおり,本件訂正は,誤記の訂正ないし明りょうでない記載の釈明であるから,当初明細書の記載をも考慮し,本件発明の技術的意義を参酌すると,実質上特許請求の範囲を変更するものではない。
第4 被告の反論
1 取消事由1(本件訂正が誤記の訂正に該当しないとした判断の誤り)について
被参加事件原告が誤記として訂正しようとする対象は,特許請求の範囲に記載された事項であることから,審決は,まず,本件明細書の特許請求の範囲に記載された化合物が化学常識から見て存在し得ない化学構造のものであるか,化学構造式とその化合物名が一致していないというような不自然な記載がないかを判断し,次いで,発明の詳細な説明の記載を検討している。すなわち,審決は,「特許請求の範囲の記載(請求項1及び請求項7)をみる限り・・・不自然な記載はなく・・・誤記であると判断できるものとは到底考えることができない」(審決謄本4頁第4段落〜5頁第1段落)とした上で,発明の詳細な説明の記載を検討し,「従って,発明の詳細な説明の項の記載を参酌したとしても,特許請求の範囲の化合物Aに関する記載が誤記であると直ちに判断できるものではなく,まして,それが化合物Bの誤記であると直ちに判断できるものではない」(同5頁第2段落)としているのである。また,特許請求の範囲の記載に誤記があるか否かは,特許権者の主観的意図にかかわらず,当業者の認識を基準として客観的に判断されるべきであり,補正が錯誤であったかどうかという主観的要因によって判断されるものではない。
2 取消事由2(本件訂正が明りょうでない記載の釈明に該当しないとした判断の誤り)について
本件明細書の特許請求の範囲の記載自体に不明りょうな点はなく,特許請求の範囲と発明の詳細な説明が記載不一致で,それが不明りょうな記載であるとすることもできない。本件明細書には「請求項1が『化合物A』で,発明の詳細な説明に『化合物A』とそれに類似した化合物を含む多くの化合物(化合物Bを含む。)が記載され」(審決謄本6頁第2段落)ているものであって,特許明細書における特許請求の範囲の記載の重要性にかんがみれば,「化合物A」が本件明細書の特許請求の範囲に記載されている以上,それとは異なる化合物である「化合物B」が特許請求の範囲であるということはできない。
3 取消事由3(本件訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものであるとした判断の誤り)について
最高裁昭和47年12月14日第一小法廷言渡しの二つの判決(民集26巻10号1888頁及び1909頁)が判示するとおり,特許請求の範囲は,特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであって,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条2項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」であるか否かの判断は,もとより,明細書の特許請求の範囲の記載を基準としてされるべきものである。したがって,化合物Aを示すものとして文言上及び技術常識上何ら不明りょうな点がない本件明細書の特許請求の範囲の記載を,別の化合物である化合物Bに変更する本件訂正が,実質上特許請求の範囲を変更するものであるとして,許容されないことは明らかである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正が誤記の訂正に該当しないとした判断の誤り)について
(1) 本件明細書(甲4)には,以下の記載がある。
@ 特許請求の範囲の請求項1,7の記載は,上記第2の2のとおり。
A 「発明が解決しようとする課題 本発明は・・・人畜毒性,魚毒性及び天敵に対する毒性が低く,安全でかつ害虫に対して優れた防除効果を有するグアニジン誘導体またはその塩を殺虫剤として提供する」(6欄第3段落)
B 「課題を解決するための手段 本発明者らは,上記課題を解決すべく,従来使用されてきた殺虫剤とは全く構造の異なった殺虫剤を見い出すため,長年鋭意研究を続けてきた。その結果
式
(省略)
[式中,R1は置換されていてもよい同素または複素環基を,nは0または1を,R2は水素または置換されていてもよい炭化水素基を,R3は第一,第二または第三アミノ基を,Xは電子吸引基を示す。但し,Xがシアノ基である時,R1はピリジル基を除く置換されていてもよい同素または複素環基を,nが0である時,R1は置換されていてもよい複素環基を示す。]で表わされるグアニジン誘導体及びその塩が,意外にも非常に強い殺虫作用を有することを知見し,さらに毒性の低いことも知見し,これらに基づいて,本発明を完成するにいたった」(6欄第4,第5段落)
C 「(注,R1で示される)複素環基の好ましいものは,たとえば・・・2−,4−または5−チアゾリル等の5−又は6−員含窒素複素環基である」(14欄1〜3行目)
D 「R1で示される・・・複素環基は,同一又は相異なる置換基を1〜5個(好ましくは1個)有していてもよく,この様な置換基としては・・・たとえばフッ素,塩素,臭素,ヨウ素等のハロゲン・・・から選ばれる1〜5個が用いられる」(14欄4行目〜15欄7行目)
E 「nは0または1を示すが,1の場合が好ましい」(15欄第3段落)
(2) また,本件明細書(甲4)の実施例1〜12(35欄〜38欄)には,12個のグアニジン化合物について,その合成方法が,それらの物性値とともに詳細に記載され,参考例1〜14(30欄〜34欄)にはグアニジン化合物を製造する際に原料として使用される化合物の合成方法が物性値とともに詳細に記載され,試験例1〜3(26欄〜30欄)には,実施例で合成された化合物を含む40個の化合物について,それらの殺虫効果をテストした結果が示され,「表−4」(39欄〜48欄)には,上記式[J]と同一の化学式を掲げた上で,実施例及び試験例に示された化合物を含め,同化学式に該当する48個の化合物が一覧表示されているところ,これら化合物のnの値はすべて,nの値が「1」又は「0」であり,一方,nが「2」に該当する化合物の具体例は,実施例,参考例,試験例及び「表−4」を含め,本件特許公報には,全く記載されていないばかりでなく,そのような化合物について,間接的にも触れた記載は全く存在しないことが認められる。なお,「表−4」に示されている化合物のうち,nが「1」のものは47個であり,「0」のものは1個である。
(3) 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,7の上記化学式において,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチル基であるので,同化学式のR1aの部分を2−クロロ−5−チアゾリルメチル基に置き換えると,次の(式J)のとおりと認められる。
(省略)
(式J)
これに対し,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている化学式(上記式[J])では,R1は,置換されていてもよい同素又は複素環基であり,この複素環基は,5−チアゾリル基であってよく(上記(1)のC),また,塩素で置換されていてもよい(上記(1)のD)ことから,R1は2−クロロ−5−チアゾリル基であり得ることは明らかであるので,当該化学式のR1が2−クロロ−5−チアゾリル基であるとして,nが1である場合及びnが0である場合を化学式で表すと次の(式K)及び(式L)のとおりとなるものと認められる。
(省略)
(式K)(n=1)
(省略)
(式L)(n=0)
上記(式J),(式K)及び(式L)を比較すると,これらは,複素環基(2−クロロ−5−チアゾリル基)と窒素原子の間に存在する−CH2−基の数が,(式J)では「2」であるのに対し,(式K)では「1」,(式L)では「0」と,その数が食い違うことは明白である。
また,上記(式J)において,複素環基(2−クロロ−5−チアゾリル基)と窒素原子の間に存在する−CH2−基の数が「2」とされていることは,本件明細書記載の実施例,試験例及び具体的な化合物を取りまとめた上記「表−4」において,−CH2−基の数を表すnが「1」又は「0」と規定されていることとも食い違うことは明白である。
そして,この食違いは,−CH2−基の数が,一方が「2」であるのに対し,他方が「1」又は「0」である点で相違するという単純なものであるから,本件明細書に接した当業者は,たやすく認識できたものと認められる。
(4) 進んで,本件明細書に上記のような食違いが存在することを認識した当業者において,上記食違いが,特許請求の範囲の請求項1,7の記載と,発明の詳細な説明のいずれの誤りにより生じたものと理解するかについて検討するに,当業者であれば,以下のとおり,特許請求の範囲の請求項1,7の記載が誤りであって,同請求項に誤記があるものと理解することが明らかである。
すなわち,本件発明は,「害虫に対して優れた防除効果を有するグアニジン誘導体またはその塩」(上記(1)のA)に関するものであり,本件明細書の参考例及び実施例には,多数の化合物(グアニジン誘導体)及びその製造原料の製造方法の詳細が,得られた化合物の物性値と共に記載されていることは前示のとおりである。
また,本件明細書の試験例では,実施例で得られた化合物を含む多数の化合物についてテストされ,それらが優れた特性を示すことが明示されていることも前示のとおりである。一方,請求項1,7に記載されたnの数が「2」の化合物の具体例については,その製造方法が全く記載されていないだけでなく,その殺虫性能について触れた記載が存在しないことも前示のとおりである。
このような本件明細書の記載に接した当業者が,発明の詳細な説明中の参考例,実施例及び試験例の記載が一貫して誤りであり,特許請求の範囲の請求項1,7の記載が正しいと考えることは,特段の事情がない限りあり得ないというべきところ,本件全証拠によっても,本件明細書において,上記参考例,実施例及び試験例の記載が一貫して誤りであると認めるべき特段の事情の存在を認めるに足りない。
(5) 以上によれば,複素環基と窒素原子との間に存在する−CH2−基の数が「2」である化合物のみを包含する本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,7の記載が誤記であること,この−CH2−基の数は,正しくは「1」又は「0」であるべきことは,本件明細書の記載全体から明白であり,当業者はたやすくこのことを認識し得たものと認められ,本件訂正(a)は,上記のような誤記の存在する特許請求の範囲の請求項1,7の記載を以下のとおりに訂正するものであることが認められる。
【請求項1】
「式
(省略)
[式中,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルを,R2aは水素を,R3aはメチルアミノを,Xaはニトロを示す。]で表わされるグアニジン誘導体またはその塩。」
【請求項7】
「式
(省略)
[式中,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルを,R2aは水素を,R3aはメチルアミノを,Xaはニトロを示す。]で表わされるグアニジン誘導体またはその塩を含有する殺虫剤組成物。」
そして,上記式において,R1aは2−クロロ−5−チアゾリルであるので,当該式のR1aを2−クロロ−5−チアゾリル基に置き換えると,次のとおりであるところ,当該式において複素環基(2−クロロ−5−チアゾリル基)と窒素原子との間に存在する−CH2−基の数が「1」であることは,明らかである。
(省略)
そうすると,本件訂正(a)は,複素環基と窒素原子との間に存在する−CH2−基の数を「1」に訂正することをその内容とするものであり,かつ,この訂正が前記の明白な誤記を訂正するものであることは明らかである。また,訂正後の−CH2−基の数である「1」は,当業者が正しい数と認識し得た内容と整合するものであることも明らかである。
さらに,本件訂正(b)は,本件訂正(a)に対応した発明の詳細な説明の項の記載の訂正であるから,本件訂正(a)について上記に説示したのと同様の理由により,誤記の訂正であると認められる。
したがって,本件訂正は,特許法126条1項2号に該当するものというべきである。
被告は,特許請求の範囲に誤記があるか否かは,特許権者の主観的な意図にかかわらず,当業者の認識を基準として客観的に判断されるべきであると主張する。しかしながら,本件明細書の記載に基づいて,特許請求の範囲の請求項1,7の記載に誤記があることを当業者がたやすく認識し得たことは前示のとおりであるところ,上記のような認識は,当業者であれば,客観的にし得ることは,上記のとおり明らかであるから,被告の上記主張は,採用することができない。
2 取消事由3(本件訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものであるとした判断の誤り)
審決は,「本件訂正(a)が,特許法第126条第1項ただし書第1号〜第3号のいずれかに該当したとしても,実質上特許請求の範囲を変更するものである」(審決謄本7頁第3段落以下)とするので,更に検討するに,本件明細書に接した当業者が,その特許請求の範囲の請求項1,7に誤記があること,その誤記の内容は複素環基と窒素原子との間に存在する−CH2−基の数が「2」であること,その数は正しくは「1」又は「0」であることを,たやすく認識し得たことは,前示のとおりである。また,本件訂正が,上記誤記を,当業者がたやすく認識し得た正しい−CH2−基の数である「1」とするものであることも,前示のとおりである。そうすると,本件訂正前の請求項1,7の「R1aは2−クロロ−5−チアゾリルメチル」との記載が,本件訂正後の請求項1,7の「R1aは2−クロロ−5−チアゾリル」との記載の誤記であることは明白であって,当業者であれば,訂正前の特許請求の範囲の請求項1,7の上記記載を,その記載どおりにではなく,後者の趣旨に理解するのが当然であるから,そのような当業者の理解を前提とするならば,本件訂正の前後で特許請求の範囲は同一であり,本件訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものということはできない。
なお,特許請求の範囲の記載の訂正が,明細書中に記載された特許請求の範囲を信頼する一般第三者の利益を害することになるとして,特許法126条2項(注,平成6年法律第116号による改正前のもの)により許されないとした被告引用の最高裁判決は,いずれも事案を異にし,本件に適切ではない。
3 以上に検討したところによれば,本件訂正が,誤記の訂正に該当せず,かつ,実質上特許請求の範囲を変更するものであるから,平成6年法律第116号附則6条の規定により,なお従前の例によるとされた平成5年法律第26号により改正された特許法126条1項ただし書1号ないし3号のいずれにも該当しないものであるか又は同条2項の規定により許されないものであるとした審決の判断は誤りというべきである。
したがって,参加人主張の取消事由は理由があり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点につき判断するまでもなく,審決は取消しを免れない。
よって,参加人の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 篠 原 勝 美
裁判官 岡 本 岳
裁判官 長 沢 幸 男